2017年03月28日

ベルナール、パートリッジ対談「 It's Nearly Africa 」6

ベルナール「「マリンバ」について話して下さい。」
パートリッジ「( 笑う ) 電子のマリンバですね、ええ、分かりました。私たちは、自分たち専用に、キーボードのプロフィット5を買ったのです。5音が同時に出せるタイプだったと思います。当時では、本当に高価だったのです。それで、ゆっくりと、音造りに取り組めたのです。私は、いつも、それを自宅に持ち帰っていました。端をブルーで閉じられた、小さな灰色の練習帳があったのです。それで、私は、すべてのセッティングを自分でして、音を創り上げたのです。私が、この「マリンバ」と「木製の打楽器群」の音を造ったのです。」 
ベルナール「そうなのですか? 元から入っていた、サンプリングな様なものではなかったのですか? 貴方が造ったのですね?」
パートリッジ「私が造りました。あれこれ試してみて、気に入ったものを見つけると、「 save 」ボタンを押すのです。それに、全部の設定をノートブックに書き残していたのです。基本的な ADSR の使い方は、私自身が私に講習したのです。素晴らしい音を見つけたら、そのどれもを、保存したのです。それをリハーサルに持って行ったり、本番のレコーディング・スタジオに持って行ったりしたのです。で、「この音を出し見てくれ。どうだ、この音を何所かに使えないかなあ?」と言ったのです。 
 デイブがそれを聴くと、「ああ! これはいいよ。これでいいね、他にギターかなんか弾かなくていいよ。僕にこれを弾かせて欲しいな。」とか何とか言っていたのです。」 
ADSR - Wikipedia
ベルナール「つまり、貴方が造った音がアレンジのパート割りを決めてしまったと言うことですか?」
パートリッジ「そうですね、デイブがこの「マリンバ」を聞いた時、「よし、これを使って、他はベースとドラムだけで良いね。」と言うことになったのだった、と思います。お聞きになれば分かると思いますが、ギターのパートは、まったく重要でないのです。コードを示していると言うだけなのです。音が薄いですよね。調音されたシェーカーか何か見たいでしょう。」 
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2017年03月25日

The Beatles 「 Julia 」訳

 ジョン・ビートルの「 Julia 」。 

 内容をとても掴み難い歌だ。一つには、歌の構造が複雑だと言うこと。もう一つには、構造の複雑さとも関わっているけれど、他人の詩からの引用が挿入されていると言うこと。挿入されている詩行は、しかも、ジョン・ビートルによって、改作されてもいるので。 
 使われているのは、ハリール・ジブラーンの作品「 Sand and Foam 」から取られた行。ジブラーンは、1883年、レバノン生まれの、キリスト教徒。1960年代の、「ニューエイジ」の時代に、サブカルチャーの人たちに広く読まれた詩人。 
 「 Sand and Foam 」は、1926年の作品。全部で114篇の散文詩。ジョン・ビートルが取った、行は、35編目。それと、29編目の「 Our mind is a sponge; our heart is a stream. 」も、mind とheart と言う語を並べて使うと言うことで、利用している。 
 それなので、まず、ジブラーンの「 Sand and Foam 」の35編目までを前に置いて、ビートルズの「 julia」をその後に続けてみる。 

 さて、歌の構造の複雑さ。この歌、本来は、ヴァースとブリッジだけなのだと思う。そこに、「 Half of what I say is meaningless, / But I say it just to reach you, Julia, 」と言う行と、「 When I cannot sing my heart, / I can only speak my mind, Julia 」と言う行が挿入されているので。これは、小節数からすれば、ブリッジなのかも知れない、( ブリッジの機能は果たして無いと思うけれど ) あるいは、コーラスなのかも知れない ( コーラスにもなってないと思うけれど )。
 それだから、本来は、ヴァースの後ろに付けるものなのだと思う。本来後ろにあるコーラスをヴァースの前に持って来て、劇的効果を狙うことはあるけれど、それに似ているのかも知れない。
 ただ、繋ぎ方が、まるで切って付けた様に唐突なので、ある種のコラージュの様に、複数の時間の同時性を表現するものなのかも知れない。 
 本来のヴァースは、「 Julia / Julia, ocean child, calls me. / So I sing a song of love, Julia / Julia seashell eyes, / Windy smile, calls me. / So I sing a song of love, Julia. 」だと思う。
 そうして、この歌の感触だけれど、後年の「 Beautiful Boys 」と同じだと思う。つまり、子守唄なのだと。歌われているのは、ジョン・レノンの最初の子供、Julian Lennon なのだと思う。それも、「 Julia 」と言う名前は、ローマ神話でのローマ建国の祖の一人であるユリウスの女性形であって、それは、ローマ神話の最高神、ユピテルをも連想させるものでもある。だから、子供を得た、レノンが、汎宇宙的、汎時間的な感覚を覚えながら、我が子に歌っている様に、私には思える。 
 と言う理由で、ジブラーンからの引用部分での、Julia と言う名前は、ユピテルの呼格だと読んで、そう書いた。( 実際には、ユリアがユピテルの呼格ではないと思うけど。 ) 
 それと、ヴァース部分の Julia も、ジュリアと読むのではなくて、神話を連想させる様に、ユリアにした。
 歌詞は、歌われている順ではなくて、次のように、引用部分はヴァースの後ろにある様にした。

Julia

Julia, ocean child, calls me.
So I sing a song of love, Julia

Julia seashell eyes,

Windy smile, calls me.

So I sing a song of love, Julia.

Half of what I say is meaningless,

But I say it just to reach you, Julia,

Her hair of floating sky is shimmering,

Glimmering,

In the sun.

Julia,
Julia, morning moon, touch me.

So I sing a song of love, Julia

When I cannot sing my heart,

I can only speak my mind, Julia


Julia sleeping sand,
silent cloud, touch me.
So I sing a song of love, Julia.

Mmm calls me.

So I sing a song of love for Julia,
Julia, Julia.   



元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」 :
Julia | The Beatles

Alan W. Pollack's Notes on "Julia"  

それから、ハリール・ジブラーンの「 Sand and Foam 」は、グーテンベルグ・プロジェクト、オーストラリアの
Sand and Foam by Kahlil Gibran   



僕は、この渚を歩き続けるんだ、永遠に。 
高砂子と泡潮海の間を。 
潮流は僕の足跡を消し流すだろう。 
疾風は渚の泡を吹き飛ばすだろう。 
けれども、海と渚はきっと残る。 
永遠に。   

ある時、僕は、霞を手に掴んだ。 
そして、手をひらいて見ると、霞は一匹の蚯蚓だった。 
僕は、また、手を閉じて、また、開いてみた。すると、一羽の鳥になっていた。 
そして、また、閉じて、また、開いた。今度は、手の窪に、人が立っていて、悲しげな顔で上を見上げていた。 
僕は、また、閉じて、また開いた。今度は何もなく、霞だけだった。 
それでも、この上ない甘美な歌を、僕は聴いたんだ。 

ほんの昨日のことだった。僕は、自分を、生命界の中で何の周期もなく震えている一つの破片だと考えていた。 
ところが、今、僕は、僕自身が一つの界であり、しかも、その僕の中で、すべての生命が周期的な破片となって動いているのだ、と言うことが、分かっているんだ。 

目を覚ませている人々が、僕に、こう言うんだ。「君と君が住んでいる世界、でも結局それらは、涯の無い海の涯の無い渚にある、一粒の砂に過ぎないよ。」 
それに対して、眠って夢を見ている僕は、彼等に、こう言うんだ。「僕が、その涯の無い海なんだ。だから、全世界は、僕の海岸の砂の粒々なんだよ。」 

たった一度だけ、僕は、言葉を失ったことがある。それは、ある人が僕にこう聞いたときなんだ。「君は、誰なの?」 

神が最初に考えたのは、天使だった。 
神が最初に発した言葉は、人間だった。 

百万年前では、僕たちは、ただひらひらして漂い回るだけの生き物だった。そして、何か切望していたのだ。そんな僕たちに、海と森の風は、言い表す術を呉れていたのだ。 
現在、僕たちが生きている、このつい最近の音だけで、どうすれば、そんな古代を表現出来ると言うのだろう? 

スフィンクスは一度だけ喋ったことがある。スフィンクスは、こう言った。「一握りの砂は、砂漠だ。砂漠は、一握りの砂だ。さあ、私たち皆を、もう一度、無言にしてくれ。」  
僕は、スフィンクスが話すのを聞いた。けれども、分からなかった。 

私は長くエジプトの塵の中に横たわっていた。黙って、季節の移り変わりも知らずに。 
そうしていると、太陽が私を産んだ。私は、立ち上がり、ナイルの土手を歩いた。 
昼には歌い、夜には夢を見た。 
そして今また、太陽は、私の上、一千フィートの高さで、光を放っている。それで、私はまた、エジプトの塵の中に横たわった。 
けれども、驚異と謎には目を留めよ! 
私を引き寄せる、その他でもない太陽は、私を粉々にすることは出来ない。 
私はまだ直立している、ナイルの土手の上を歩いている足を確かめる。 

心に確かに留めておくことは、邂逅の一つの様式。 

心からきれいに払うことは、解放の一つの様式。 

私たちは、無数の恒星の動きから、時間を計る。ところが、彼の人たちは、小さなポケットにある小さな機械で時間を計る。さあ、教えてくれ。私たちと彼の人たちが、同じ場所で、同じ時間に、どうすれば、会えると言うのかを。 

宇宙とは、銀河の窓からそこを見下ろす人から見た、太陽と地球との間にある空間のことではない。

人間とは、光りの河である。それは、非・永遠から永遠へと流れているのだ。 

天空に住んでいる魂は、苦しんでいるからと言って、人を羨むのではないのか? 

聖都に向かう路で、僕は、別の巡礼者に会った。僕は尋ねた。「本当に、この路は聖都への路なのですか?」 
その人は答えた。「付いて来なさい。一日と一夜で、聖都に着くだろう。」 
僕は、その人に付いて行った。僕たちは、何日も、何夜も歩いた。それでも、聖都には着かなかった。 
僕が驚いたのは、その人が怒りだした、と言うことだった。僕を間違った道に導いてしまった、と怒るのだ。 

神よ、兎を私の餌食にするよりも、むしろ、私をライオンの餌食にして下さい。 

人ひとりは、夜の路を省いて、夜明けに到着することは出来ないものだ。 

僕の家が僕にこう言う。「わたしをすてていかないで。だって、ここにはあなたのかこが今ものこっているのだから。」 
それから、路が僕にこう言う。「さあ、わたしについてきて。だって、わたしはあなたのみらいなのだから。」 
それから、僕の家と路に僕はこう言う。「僕には過去はない。それに、僕には未来もない。僕が家に留まるならば、僕は留まることを続けると言うことだ。僕が路を行くのならば、僕は行くことを続けると言うことだ。愛と死だけが、すべての事共を変えるのだろう。」 

羽毛で眠る人々の夢が、大地で眠る人々の夢よりも、美しくないと言うのならば、私は、人生の正当性への信心を失わずにいられるだろうか? 
可笑しなことに、ある喜びへの欲求は、私の苦悩の一部なのだ。 

僕は、七度、自分の魂に嫌気が差したことがある。 
一度目は、高みに達しようとした時に、怖じ気を見せた時。 
二度目は、腰の立たない人を前にして、足を引き摺って見せた時。 
三度目は、困難と容易を選ぶのに、容易の方を選んだ時。 
四度目は、罪を犯した時、他の人もしていると、自分を安心させた時。 
五度目は、弱さから慎み深いのに、自分の忍耐は自分の力のおかげだと考えた時。 
六度目は、ある顔の醜さを見下した時。しかも、それは自分の仮面だとは知らないのだ。
それから、七度目は、讃美歌を歌い、それが美徳だと考えた時。 

完全な真実について、私は無知である。けれども、私は、無知であるから、謙虚であるのだ。その点に、私の誉れと称賛がある。 

人間の想像力と功績の間では、人は、ただ、切望しながら行きつ戻りつしているだけなのだろう。 

天国はそこにある。ドアの後ろにある。隣りの部屋にある。けれど、僕は、鍵を無くしてしまった。たぶん、置き忘れただけだと思うけど。 

君は目が見えない、僕は耳が聞こえず声が出ない。だから、手で触れ合って、分かり合おう。 

人間である意義は、何を達成したかではなく、その人が実現を切望しているものにこそある。 

私たちのある人たちはインクに似て、ある人たちは紙に似ている。 
だから、私たちの中のある人たちの黒さが無ければ、他のある人たちは唖になってしまう。 
そして、私たちの中のある人たちの白さが無ければ、他のある人たちは盲いになってしまう。

私に耳を下さい、そうすれば、私は貴方に声を上げよう。

私たちの思いはスポンジだ。私たちの心は川だ。 
私たちの多くが、流れるのよりも、吸い取る事を選ぶのは、不思議ではない。  

名付けようも無い恩恵を待ち望んでいる時、何故起こったのか分からない事を嘆いている時、君は、本当に、今よりも大きい自分へ向かって、成長しつつあるすべてのものと一緒に、成長しているのだ。 

人が幻想に酔い痴れている時、その儚い顕現をまさにワインだと思う。 

君はワインを飲めば酔うだろう。僕は、飲めば、前に飲んだワインの酔いから醒めるのだ。  

自分のカップが空だったら、僕は、諦めている。でも、カップに半分入っていると、僕は、半分しか入っていない事に怒りだすのだ。 

その人の本質は、その人が君に明かして見せたものではなくて、明かせなかったものにある。だから、君がその人を理解したいならば、その人の言う事に耳をかさないで、言わなかった事を注意しなければ。 

僕が言う事の半分は意味が無い。それはつまり、僕が明かさなかったもう半分が、君に届いている、と言うことなんだね。




ユリア、 
ユリアが、「うなばらのこ」、と僕を名付ける、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。 
ユリア、 
貝殻の瞳で、 
「どこまでもたなびくほほえみ」と、僕を名付ける、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう、ユリア。 

「私が喋る事柄の半ばは、意味を欠く、 
ただ、意味を欠いた事柄を話す事で、貴方に近づき得るのだ、ユピテル。」 

虚空に棚引く彼女の髪は、 
陽光に、 
揺らめいて、仄めいている。 

ユリア、 
ユリア、毎の朝の月が、僕を感動させる、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。 

「私が己の心情を謡えなくとも、 
思慮を語ることは出来よう、ユピテル。」 

ユリア、 
眠りこんでいる砂や、何も語らない雲が、僕を感動させる、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。  
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2017年03月23日

「 The Disappointed 」記念日

 XTC は、1992年3月23日、シングル「 The Disappointed 」をリリースした。今日は記念日。今年は25周年。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "The Disappointed"  

その前日の3月22日、スペース・シャトル、アトランティスが打ち上げられた。STS-45 。この宇宙飛行では、地球温暖化を観測する為の、Atmospheric Laboratory for Applications and Science (ATLAS-1) が行われた。 
STS-45 - Wikipedia  


歌詞: 
The Disappointed 訳: ノエルかえる不恵留
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2017年03月22日

ベルナール、パートリッジ対談「 It's Nearly Africa 」5

ベルナール「それで、貴方と、グレゴリーさん、モールディングさんは、貴方のパートとは別に録音したのですか?」
パートリッジ「私たちがした、ギターの使い方では、レコーディングの特性で、私のパートは、別に録音した筈だと、思いますよ。エレクトリック・ギターの弦の小さな音を捉える為には、マイクロフォンのレヴェルを相当に上げなければなりませんでしたから。大きなブーンと言う音を出すベースのアンプを側に置くわけにはいきませんしね、キーボードのアンプを下に置くわけにもいかないでしょう。たぶん、別に録音したのだったと言う感じがしてます。」 
ベルナール「貴方は、プラグを繋がずに弾いたと言われたのですけれど、「ラップ」部分のイントロで、エレクトリック・ギターが鳴って、「ラップ」部分を導入しているのですけれど。」 
[ 曲の開始から二分程のところで、( 歌詞の「our civilisation / car is running wild … 」の前 で、ギーンと言う音が鳴る。) ] 
パートリッジ「あれは、とても歪められたヴォーカルだと思いますよ。ギターではないです。再生してみて下さい。聴き取れると思います。」 
ベルナール「( CDをかけて、その部分を再生する。 ) ああ! 私は、まるで分かりませんでした。貴方の言う通りですね。はっきり分かります。」
パートリッジ「相当に歪めてます、音程を上げているのです。」 
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2017年03月17日

ベルナール、パートリッジ対談「 It's Nearly Africa 」4

ベルナール「録音は、各パート、それぞれで行ったのですか? それとも、一緒に録音したのですか?」
パートリッジ「リハーサルでは、メンバーが一緒に演奏した筈ですよ。これまでも、何度かお話ししたと思いますが、時々、テリーは、「録音には、パーチィーとだけ一緒にしたい。」と言っていたものです。ところが。この曲に関しては、テリーは、録音には、誰とも一緒になることを望まなかったのです。」 
ベルナール「それはつまり、チェンバースさんは、上手く合わせるのがいっぱいだった、と言うことですか?」
パートリッジ「テリーは、一人座って、調子をつかんで、同じ所をぐるぐる循環すると言うことをしたかったのです。スタジオのトークバック・システムを使って、私たちが「もう十分だろう。」と言う様になるまで、そうしていたのです。時には、曲が、テリーを落馬させるのです。( くすくす笑う ) 彼は、「ゼン」の境地に入っているのですよ。つまり、彼は、周期にかっきりと合わなければ、自分が済まないのです。それですから、途中で調子が変わる様な曲だと、時には、曲が彼を落馬させると言うことが、本当に、起こるのです。」 
ベルナール「成る程ですね。それが、どれだけ気を散らせてしまうか、よく分かります。ある一つのことをしようとしていて、他の演奏家の音が聞こえてしまうと、それに呼応しようと、何か、インタープレイをしたくなるでしょうからね。」
パートリッジ「そうですね。何か変化をしたくなったとしたら、他の奏者を見回して、それから、同じ輪をぐるぐる回って演奏している、「ゼン」の場所から出て行くのですよ。 
 まあ、テリーは、マナー・スタジオの石造りの室に入って行きました。『イングリッシュ・セトルメント』はそこで製作したのです。そこには、タウンハウス・スタジオにあったものと同じ様な石造りの室がありました。テリーは、「開始を言ってくれ、するから。そして、もう十分だと君らが思ったら、止めてくれ。」と言ったのです。」 
ベルナール「それでですね、録音には、クリック・トラックもメトロノームの類いも何も使わなかったのですか?」
パートリッジ「ええ、クリック・トラックは使っていません。テリーが一人演奏しているのです。私たちは、彼に初めの合図をだします、すると、彼は始めるのです。」 
ベルナール「驚きです。私が、この歌を演奏した時ですけれど、それは、私にとって、ある種の挑戦でしたから。このパターンを叩くことが出来ない、と言うのではないのです。叩けます。ですけれど、この同じパターンを、非常に正確に、いい乗りのまま、五分間叩き続けると言うのは、非常に非常に大変なのです。ですから、このことについても、何かお話して下さるのではないでしょうか。」
パートリッジ「そうですね、私たちがどうやって曲を終えればいいのか分からなかった、と言うのは確かですね。お聴きになれば分かると思いますけれどね。実は、テリーは、トークバック・システムを外して、ミキシング・デスクに置いて、スタジオに入ってしまったのです。おかしな話ですけれどね、誰も考えなかったんですよ。ヒュー・パジャムも含めてです。ドラムズにリヴァーブの装置を着ける時に、スタッフが、トークバック・システムのイヤフォンを外したのです。それで、テリーは、通じなくなったまま、演奏を始めたのです。もし、私たちがその事に気が付いていれば、曲の最後の部分には、リヴァーブが掛かる筈だったのです。リヴァーブの装置を着けた時、何か残ったままだったのです、それに気が付けば良かったのに。テリーは、デスクにイヤフォンを残したまま、スタジオに入って行ったのです。それで、私たちは、終りをどうすればいいか、まるで分からなかったのです。これでも、明らかですよね。私のリハーサルについての記憶が、漠然としているのは、何故なのか、と言うことがです。たぶん、この曲を通してのリハーサルは、二度程しただけなのでしょう。」
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2017年03月14日

「 Wait Till Your Boat Goes Down 」記念日

 1980年3月14日、XTC は、シングル「 Wait Till Your Boat Goes Down 」をリリース。今日は、その記念日。37年前。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Wait Till Your Boat Goes Down" 

 その四日後の1980年3月18日、ポーランド出身の画家、タマラ・ド・レンピッカ Tamara de Lempicka が亡くなる。81歳。 

 レンピッカの作品『 Musician 』: 
Lempicka_musician.jpg
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2017年03月13日

「 Respectable Street 」記念日

 1981年3月13日、XTC は、シングル「 Respectable Street 」をリリース。36年前。 
アルバム『 Black Sea 』は、前年の1980年にリリース。

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Respectable Street"  

 その二日後の1981年3月15日、フランスの映画監督ルネ・クレール René Clair が亡くなった。82歳。
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2017年03月09日

ベルナール、パートリッジ対談「 It's Nearly Africa 」3

ベルナール「ステージのライブで演奏したことがあるのですか?」
パートリッジ「ライブで演奏したことは一度もなかったと思います。でも、すれば良かっただろうに、と思っています。テリーと私は、ある部分で私がドラムを叩くと言うアイデアについて話し合っていたのです。そう、バンドは、当時、ドラムズ・キットを二つ持っていたのです。つまり、二人が一緒に演奏すると言うことも出来た、と言うことなのです。私は、キック・ドラムは上手く使えませんでした。それは、テリーに任せなければならなかったでしょうね。無理でない簡単なドラムを手だけで叩きながら、歌うことは出来たでしょう。こう考えたのはですね、完成されたアルバムの中では、ギター部分は、最小限あるだけで、目立ちませんから、それに、この曲がステージのライブのリストから外れるとは思ってなかったのですし、それで、キーボードとベースと二機のドラムズでしようと思ったのです。」 
ベルナール「それを見ることができたら良かったのですが。それに、ギターのパートは、とてもリズミカルですね。」
パートリッジ「とても、リズミカルです。実はですね、エレクトリック・ギターは、アンプに繋いでさえなかったのですよ。弦の直ぐ側に、マイクロフォンを近づけて録音したのです。」 
ベルナール「驚きました。その様な仕掛けを使っていたとは、思いもしませんでした。私は、アコースティック・ギターで演奏しているのだとばかり、思っていました。」
パートリッジ「ええ、実は、エレクトリック・ギターなのです。それだから、音がとても儚げなのですね。マイクロフォンを、弦から、1インチも離さずに設置したのです。」 
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2017年03月07日

ベルナール、パートリッジ対談「 It's Nearly Africa 」2

ベルナール「その歌詞に付ける曲があったのですか? それとも、歌詞だけだったのですか?」
パートリッジ「ああ、思い出せません。「 Jazz Love 」のコードの幾つかが、「 It's Neary Africa 」になったのです。それに、ある感情の塊りも、「 It's Neary Africa 」に引き継がれています、それに、「 Primitive Now 」の幾つかのカプレット[ 二行連句、対句 ]もです。 
 「 Primitive Now 」は、「 Rocket from a Bottle 」のすぐ後に書いています。「 When You're Near Me I Have Difficulty 」の直ぐ前です。」 
ベルナール「私は、「 Rocket from a Bottle 」を貴方が早くに書いていた、と言うことは、思いもしてませんでした。でも、貴方は、『 Drums and Wires 』の時期に、その「 Rocket from a Bottle 」を書いていたのですよね、実際に、レコードに製作したのは、『 Black Sea 』に於いてなのですけれど。」
パートリッジ「そう ( 笑う )。私も、自分の創作ノートを見るまで、もっと前に書いていたなんて、思いもしてませんでした。」 
ベルナール「「 It's Nearly Africa 」も、同じ頃に出来たのですか?」
パートリッジ「『 English Settlement 』のリハーサルの時にです。この歌を、創作の机上に載せたのも、自宅で考え続けていたのも、覚えています。でも、この歌を、リハーサルで練習したかどうかは覚えていないのです。でも、バンドでリハーサルはした筈なのです。と言うのは、幾つかの箇所で、短縮されていますから。それでも、私には、リハーサルした記憶がないのです。おそらくは、この歌は、「あるいは使うかも知れない候補」として、二度程、通して演奏しただけではないでしょうか。レコーディングするかも知れないし、しないかも知れない、と思っていたのでしょう。」 
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2017年03月04日

Sand and Foam

 ハリール・ジブラーン Kahill Gibran の詩「 Sand and Foam 」。ジブラーンは、レバノン出身の詩人。1833年生れ、1931年没。キリスト教徒、マロン派( 正教だから、ハリストス教徒? )。少年の時にアメリカへ移住。 
 詩は、英語で。主流の文学よりも、カウンター・カルチャーで好まれた様。デヴィッド・ボウイもアルバム『 The Man Who Sold the World 』の中の「 The Width of a Circle 」で、ジブラーンの詩「 A Tear and a Smile 」を踏まえているそう。 
 それで、ビートルズでも、ジョン・レノンが、「 Julia 」で、ジブラーンの詩「 Sand and Foam 」から引用しているので。

 「 Sand and Foam 」は、散文詩なのかな? スタンザと考えていいのか、よくわからないけれど、114片から構成されている長編詩。語数は、7,512語。 
 「 Julia 」で、ジョン・レノンが使っているのは、35番目の片。 
Half of what I say is meaningless; but I say it so that the other half may reach you. 
この辺は、この一行だけ。( 一行だけの片がたくさんある。 ) 
 レノンは、Half of what I say is meaningless, / But I say it just to reach you, Julia, Julia / Julia, ocean child, calls me. と少し変化させて使っている。「 ocean child 」と言うのも、ジブラーンの詩での主人公が、海岸にいるので、そのまま使っているのだと思う。 


 それで、「 Sand and Foam 」の冒頭の片 ( スタンザ? ) だけを。これは、散文詩でなくて、行替えのある詩。 
元にしたのは、グーテンベルグ・プロジェクト・オーストラリアのもの: 
Sand and Foam by Kahlil Gibran  



I AM FOREVER walking upon these shores,

Betwixt the sand and the foam,

The high tide will erase my foot-prints,

And the wind will blow away the foam.

But the sea and the shore will remain

Forever. 


僕は、この渚を歩き続けるんだ、永遠に。 
高砂子と泡潮海の間を。 
潮流は僕の足跡を消し流すだろう。 
疾風は渚の泡を吹き飛ばすだろう。 
けれども、海と渚はきっと残る。 
永遠に。
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25年ステージのライブから遠ざかっているので

 シェリークバックは、25年もステージのライブから遠ざかっていたのだけれど、再び、ステージをしようと計画中なのだそう。でも、ステージを行う為の資金が不足しているのだそう。それで、Kickstarter で、募金を募っていた。35,000ポンドが要ったのだけど、今朝見ると、募金額は、35,622になっているから、足りたのだと思う。なので、ステージを行うのだろう。 
 ツアーにするのかどうかは分からない。日本からも、募金されていたら、日本に来るのか知ら?? XTC の元メンバー5人の中で、来日してないのは、バリー・アンドリューズ、独りではないか知ら? ギャング・オブ・フォーが来日して、ステージを行ったかどうかも、私は知らない。( 追記: 再結成後の2005年と2013年に来日公演。2013年の時には、デイブ・アレンはいなかったのだと思う。 ) ( 追記2: Shriekback の元メンバーの Mike Cozzi ( 『Big Night Music』『Go Bang! 』に参加。 )は、ピーター・ゲイブリエル・トリビュート・バンドで来日するらしい。 )
 ヴィニール・ジャパンが招聘するかも知れない。  
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2017年03月03日

ビッグ・ビッグ・トレインの

 ビッグ・ビッグ・トレインのホームページが新しくなっていた。 それで、ショップが閉鎖されていた。これからは、バーニング・シェッドか、それぞれの販売店を通して、販売することになったそう。CDなどは、バーニング・シェッドで、グッズは The Merch Desk 。 
 販売規模が大きくなって、バンドのショップでは対応出来なくなったみたい。 

 それで、新しいアルバム『 Grimspound 』の予約が、バーニング・シェッドで始まっている。CDも、ビニール盤も。ビニール盤だと、二枚組。  


 うううん、また、日本盤も出るかなあ? アマゾンで購入しようかなあ、、、  


夜、追記: 
なので、アマゾン・ジャパンで、『 Powers 』と『 Grimspound 』を予約注文した。 
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2017年03月02日

ベルナール、パートリッジ対談「 It's Nearly Africa 」1

 アンディ・パートリッジとトッド・ベルナール Todd Bernhardt さんの対談、「 It's Nearly Africa 」について。
 2009年4月26日にMySpace に公開のもの。MySpace にはもうありません。今は、チョークヒルのアーカイブにあります。  
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: Andy discusses "It's Nearly Africa"

書籍『 Complicated Game 』には採られていません。    




ベルナール「「 It's Nearly Africa 」について話して下さい。この歌は、それ以前の貴方の歌の数々のどれとも、とても大きな違いがある様に思われるのです。」
パートリッジ「実はですね、今日、座ってこの歌を弾いてみたのですよ。それで、「あああ、これは、本当に、時代遅れのスウィングのメロディじゃないか。」と思いましたね。( ヴァース部分をスウィング時代のビッグ・バンドのスタイルで歌う。 ) それから、メジャーに移行ですね。( スウィングだとこうであるだろうと言う様なアレンジでの、アクセントをもっと強調した歌い方で歌う。 ) ほらね、まるで、スウィング時代の歌でしょう。」
ベルナール「( 笑う ) ええ。ホーンが颯と入って来るところを想像するのは、貴方には、易しいことでしょうね。」
パートリッジ「貴方だって、全体のアレンジメントが頭に浮かぶでしょう。」
ベルナール「ええ、ええ、そうですね。貴方がソロ・アルバムをお創りになる時には、まず、このスウィングをして下さい。」
パートリッジ「( 笑う ) ええ、そうしないといけないでしょうね。ところで、二年前でしたか、誰かが、ロックの歌をスウィングにしていましたね。あれは誰だったかしら? 名前が思い出せません。「 Black Hole Sun 」[ サウンドガーデン Soundgarden の1994年の歌。 ]と「 Smells Like Teen Spirit 」[ アメリカのバンド、ニルヴァーナ Nirvana の1991年の歌。 ]を録音してました。この二曲は、選ぶべきいい歌だったとは、私は思いません。でも、ある意味、上手くグランジっぽくはなってますね。」
ベルナール「ポール・アンカですか?」
パートリッジ「ポール・アンカ、そうでしたか。」
[ ポール・アンカ Paul Anka のアルバム『 Rock Swings 』( 2005年 ) ] 
Rock Swings - Wikipedia
ベルナール「前のお電話で、この歌に付けるつもりだった、別の歌詞を見つけた、と仰っていました。それについてお話をして頂きたいのですが。」
パートリッジ「この歌の起源はですね、二つの歌が、新しい小片の所為で、衝突して、一つになった、と言う感じなのです。実は、一つの歌は、1978年からあった歌なのです。ギグなどのリハーサルで、サウンド・チェックをする時に、その歌を使っていたのです。「 Jazz Love 」と題名を付けていました。コーラス部分は、よく覚えています。( 歌う )「 Jazz Love, Jazz Love, Jazz Love, drum and wire 」と歌うのです。」
ベルナール「それが、アルバムの題名になったのですか?」
パートリッジ「ええ、結局は、そこからアルバムの題名になったのだ、と思います。もう一曲、あるのです。「 Primitive Now 」と題を付けていました。同じ頃に出来ていたと思います。創作ノートを見てみますね。あの当時にこの二曲が書かれていたと言うのは、ちょっと意外ですね。貴方が思うのとは、随分違った年代にあるのではないですか。 
 さて、「 Primitive Now 」です、読み上げますから、書き取って下さい。 
The car you've built is nearing disaster
You human beans need to be eaten even faster
It's a pity you gave the wheel to
the fat man driving is the same god that you kneel to
All you need is a dose of
Primitive now
I will demand and I will shout
Primitive now
So Peter pull the plug out
Primitive now
I want to break my cable
And all you cavemen need a dose of
Primitive now
Your super speedboat just won't be docking
Your film-fed face is feeling fat from all the shocking  
 これで終りです。明らかに、この歌が使い物になるとは、当時の私も、思っていなかったのですね。でも、私は、この一部を使ったのです。幾つかの行がそうなのを、貴方も分かるでしょう。それに、ある感情も繋がっていますね。」    

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2017年03月01日

Powers

 アンディ・パートリッジの作品『 Powers 』の通常CDの予約が始まっていた。 
12ページのブックレットが付くそう、 
 4月21日リリース予定。
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2017年02月28日

『 Take Away / The Lure of Salvage 』前日記念日

 1980年2月29日、アンディ・パートリッジは、Mr. Partridge 名義で、『 Take Away / The Lure of Salvage 』をリリース。今年は、閏年ではないので。 
 37年前。 
 日本盤のリリースは、ビクターから、6月21日にリリース。 

Chalkhills: Mr. Partridge: Take Away / The Lure of Salvage 

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2017年02月27日

『 Oranges & Lemons 』記念日

 1989年2月27日、 XTC は、『 Oranges & Lemons 』をリリース。今日は記念日。28年前。 
Chalkhills: XTC: Oranges & Lemons 


 この日の出来事、ベネズエラの首都カルカスで大規模な暴動が発生( Caracazo )。軍隊が発砲し、多数の死傷者が出た。
「 Here Comes President Kill Again 」 
( XTC は、1981年4月29日と30日、カラカスでコンサートを行っているけれど、29日のコンサートでは、民衆と武装警官隊の間に挟まれて、非常に危険な思いをしている。 )



 この日亡くなった人、動物行動学者のコンラート・ローレンツ Konrad Lorenz 。享年85。 

 1989年のカーニバルは、2月5日か知ら? 告解火曜日 Shrove Tuesday は2月7日。 

2016年02月27日『 Oranges & Lemons 』記念日: ノエルかえる不恵留 と同内容  


日本盤は、LPはなくて、CDで、ビクターからリリース。1989年2月21日。( なので、先行発売? この日付は、以前にあった、Idea のサイトのものだけど、正しいのか? ) 
ROCKIN'ON ロッキングオン 1989年5月号 に記事がある様だけれど、分からない。 
ミュージックマガジン 1989年5月号には、「純粋培養された XTC 流 ”究極のポップミュージック”」と言う記事。高橋健太郎さん。 
両方の雑誌に、5月号で掲載されていると言うことは、発売は、4月だったのか??? 
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2017年02月25日

Joyce 「 Chamber Music 」の20 訳

 ジェイムズ・ジョイスの詩「 Chamber Music 室内楽 」の20 。( 「室内楽」は全部で、36篇。第5篇は、シド・バレットが曲を付けている。 ) 

 第20篇は、XTC / コリン・モールディングの「 Grass 」を思わせるので。  
コリン・モールディングは、『 The Big Express 』製作後から『 Skylarking 』製作前の間に、パートリッジからシド・バレットを聴かされて、感化されたそうだから。それで、『 Skylarking 』の彼の歌は、バレット風なのだけれど、もしかしたら、バレットが曲を付けたジェイムズ・ジョイスの「室内楽」にも目を通していたのかもしれない。『 Skylarking 』の彼のどの歌も、「室内楽」の詩に通じている様にも思えるから。「室内楽」も、『 Skylarking 』も、パルナシアニスムな感じがする。

元にしたのは、Wikisource のもの :  
Chamber Music - Wikisource, the free online library  





僕は思うんだ、僕ら、 
深い松の森に寝そべったら、どうだろうって。 
濃い涼しい影の中、 
真昼に、ね。 

寝そべるのには、素敵だよ、 
キスするのには、素敵だよ、 
松の巨樹の森林は、 
「孤絶境域」になるんだ! 

君のキスが降りてだんだん近づくと、 
どんどんよい薫りがつよくなる、 
君の乱れた柔かい 
髪といっしょになって。 

松の森に、 
真昼に、 
さあ、僕といっしょに 
行こう、愛しい君。  



西脇順三郎の訳 :
暗い松林の中で 
 僕達は横つてみたい、 
正午の時間に 
 深い涼しい影の仲で。 

そこで横はるとは、どんなに美はしいことか、 
 接吻はうるはしきことよ 
大きな松の林が 
 寺院の通廊のやうになるところまで。  

落ち来る君の接吻は 
 愈々美はしいものになるだろう 
君の髪の 
 柔かい混乱と共に。  

オー、松林へ、 
 日の正午に、 
僕と一緒に来たまへ 
 美はしい恋人よ、サー行かう。    




蛇足: 
「 wood 」と言う語が使われているけれど、ここでは、勿論、「森」。 
ビートルズの「 Norwegian Wood (This Bird Has Flown) 」のことで、
「woods」だったら、「森」だけれど、単数だから、「材木」だ言う、説明を、まだ見かけるけれど、そういうことはない。 
wood でも、woods でも、森の意味がある。 
Norwegian と言う形容詞、ノルウェー製の/ ノルウェーで産出された、が付いているので、「材木」の意味になる。
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2017年02月23日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」9

ベルナール「「オール・オブ・サドン」ですね!」
パートリッジ「( 笑う ) オール・オブ・サドン! 文字通りですね。録音を終えて、ギターを置いたのです。ギターはまだ温かったのです。でも、どう弾いたかは、忘れてしまっているのですよ!」 
ベルナール「それは、つまり、歌の「自然発生」と言うことですね。貴方はその瞬間を捉えたわけですけれど。でも、それですから、貴方は、この歌についての最善の説明が出来るかどうかも分からないし、この歌をもっと良い作品に仕上げられたかどうかも、分からないのですね。前にそう仰っいました。」
パートリッジ「ええ、ええ。前にも言いましたけれど、長過ぎたと、今は思っているのです。編集をして置けば良かったと思っていますよ。」 
ベルナール「貴方がそう言われるのは、興味深いですね。と言うのはですね、この歌は、神聖ですよ。私は、全くそのように関心を持っているのです。この歌は完璧です! 異論は認めません!」
パートリッジ「( 笑う ) はい、はい。死海文書ですね。貴方が、これを短くして下されば良かったなあ。シングル用に編集して欲しいのです、今でも、ね。」   






おわり、 
何方様でも、誤訳、疑問点をご指摘下さると助かります。  

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」1: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」2: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」3: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」4: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」5: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」6: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」7: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」8: ノエルかえる不恵留 

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2017年02月22日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」8

ベルナール「それでは、ヴォーカルについて、お話し下さいますか。ご存知かと思いますが、あの有名な、ブリティッシュ・インベーションの時期、こちらの聴衆は、イギリスの歌手が歌う時、アクセントがほとんど消えていることについて、議論し合ったものなのです。ところがです、この歌での貴方ですが、あんたご自身のアクセントを更に強調している様に聴こえるのですが、どうなのでしょう? それは、意図してのことなのですか?」
パートリッジ「そうですね、当時、私は、力みが無くなり始めていたのだ、と思います。話す声で歌うことを覚え始めていたのです。『 Black Sea 』で、既に、その話す声での歌い方が目立たなない程ですけれど、窺えると思います。それが、この『 English Settlement 』では、もっとたくさん聴かれるのです。そうして、それから先、この話し声での歌い方が、どっと多くなるのです。この歌については、特に、古いアンディが少しあって、まだ不定形な、新しい、現実の、力みのない、アンディとはこうしたものだと言う、大きな溶解がある様に思えますよ。」 
ベルナール「私がこの歌をとても好きなのはですね、貴方の声が、旋律的に跳躍しているからなのです。それは意図的なのですか? それとも、このメロディが、和声に合っていると思われたからなのですか?」
パートリッジ「メロディは、コードと一緒に思い付いたのだったと思います。時には、歌詞の言葉で、メロディがどうあるべきかを思い付くことがあります。ある句を思い付きますよね、あるいは、ある語を思い付いたとします、そうすると、それは、ある音程、あるいは音を想起させるのです。ある場合には、テレビ放送やラジオで誰かが言った句を聞くと言うこともあるのですが、それは詰まらない句ですよ、そうした時に、私は、その句を分解してみるのです。そうして考えてみるのです。「 Now, here's the news 」と言う台詞、これを歌うとすれば、どんな音になるだろう、と試行するのです。( 抑揚に於ける音程を真似てみせる。 ) その様な馬鹿げたことが、時折、私の頭の中を通り抜けるのですよ。けれども、こうしたことを通じて、私は、話し言葉の中に、旋律性を見つけ出すのです。」 
ベルナール「そうですね。実際に、人々は、話す時に、様々な部分で、様々な音形変化を使いますからね。例えば、何かを強調する時には、普通、高くしますよね。貴方も、ご自身がなさったことを述べられる時にも、そのように音を高くしてました。「 what noets are the singing? これを歌うとすれば、どんな音になるだろう」と言われたときも、そうでした。音を高く初めて、そしてちょっと下げて、最後は、また、上げていました。 
 私が考えているのは、この歌では、ヴァース部分の各行の最初の所で、音が跳躍している、と言うことなのです。他のソングライターでしたら、このようなメロディーを、ヴォーカルの為には思い付きもしないですよ。」
パートリッジ「そうですね、あのメロディは、管楽器か何かのメロディの様に思えるのでしょうね。ちょっと、コードを確認してみましょう。( ギターを弾いて、ヴォーカルのメロディーを口ずさむ。 ) F6 、ふうん、ささっと弾けないで、辿々しくなってしまうなあ ( 笑って、「 life's like jigsaw 」のところのギターのコードを弾いて見せる。 ) Eマイナー7 、あれ、次のコードは何でしたか知ら? 分からない、自分で書いたコードを忘れてしまいましたよ。演奏のレパートリーに入れたままにして置く必要は無いですからね。ステージのライブでするようになった、歌はどれも、ステージで何度も何度も弾きますからね、忘れないのですよ。でも、この歌はですね、頭の中に遣って来て、直ぐに、出て行ってしまいましたね、、、 」 
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『 Apple Venus 』記念日

 1999年2月22日、XTC は、アルバム『 Apple Venus 』を、自身のレーベル Idea からリリース。 
Chalkhills: XTC: Apple Venus Volume 1  
 18年前。


 できごと、その翌日の1999年2月23日、イギリスの「女性」作曲家、ルース・ギップス Ruth Gipps が死去。ギップスは、1921年2月20日生まれ、享年78。作曲は、ゴードン・ジェイコブ、ヴォーン・ウィリアムスに師事。調性音楽。五曲の交響曲がある。調性だけれど、構成は複雑で、そういうところ、イギリスのプログレッシブ・ロックの土壌になっているのかも。 

以上、2016年2月22日のと同文。 
『 Apple Venus 』記念日: ノエルかえる不恵留  

 日本盤は、2月17日に。
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2017年02月21日

パートリッジ好み : The Beatles Illustrated Lyrics

 パートリッジが、Twitterで触れていた本。 
『 The Beatles Illustrated Lyrics 』、初版は1969年。再版はされているみたい。 
編集は、Alan Aldridge アラン・アルドリッジ( と言う読み? )。 アルドリッジさんは、この2月17日に亡くなったそう。 

The Beatles Illustrated Lyrics - Wikipedia

The Beatles illustrated lyrics (書籍, 1980) [WorldCat.org] 

最近の再版: 
The Beatles illustrated lyrics (書籍, 2014) [WorldCat.org]  


Alan Aldridge - Wikipedia 


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2017年02月18日

The Beatles, Wings 「 Hold Me Tight 」訳

 ポール・ビートルとポール・マッカートニーの「 Hold Me Tight 」。同名の歌。ビートルズの時のは、1963年の作品。ウィングスのは、1973年の作品。 
 ( アンディ・パートリッジの「 Hold Me Daddy 」は、1989年の作品。 ) 

それぞれ、ウィングスのホームページ、ビートルズのホームページを元にしました、 

Hold Me Tight | PaulMcCartney.com 

Hold Me Tight | The Beatles  





ウィングス 
僕は待っていたんだ、君、これまでずっと、 
僕をつらまえて、しっかりと、 
僕を受け容れて、そうしたら、僕はしっかり出来る。 

僕をつらまえて、しっかり、僕をつかまえて。 
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱きしめて、ちゃんと。
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱き込んで、きつく。 
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱きしめて、ちゃんと。 
僕をつらまえて、しっかり、つかまえて、きつく、そばにいて、ぴったり。 
今晩は、僕は、君を他にはやらないよ、 
蝋燭の灯りの夜、 
僕を抱擁して、きっと、そうして。 


ビートルズ 
とうとう、叶った、ておもう、 
ぎゅっとして、 
ぼくが意中のひと、て言って、 
そうしたら、もう、
ぼくは孤独者でなくなるよ。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、 

ぎゅっとして、 
ぼくがきみに夢中なの、とめないで、 
きょう、きょうだよ、 
ぼくはきみだけを、抱擁するんだ。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、 
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、 

ぎゅっとするってこと、それは、 
きょうは、二人切り、てこと。 
とうとう、叶った、ておもう、 
ぎゅっとして。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、   

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Dick Bruna

 ディック・ブルーナ Dick Bruna さんの訃報。89歳。2月16日に亡くなったそう。 

Dick Bruna - Wikipedia 

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2017年02月17日

佐藤さとるさんの訃報

 ニュースに、佐藤さとるさんの訃報。9日に亡くなったそう。88歳。 

 きょう、机上に置いてあるのは、でも、西脇順三郎コレクション3。
posted by ノエルかえる at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『 Apple Venus 』プレ記念日

 『 Apple Venus 』は、イギリスでは、1999年2月22日のリリースだけれど、日本盤は、それに先立って、2月17日に、ポニーキャニオンからリリース。 
 なので、準記念日。 

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2017年02月15日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」7

ベルナール「今この歌をお聴きになって、ご自身、直ぐに、耳に付くことは、何かありますか?」
パートリッジ「初期の声の死、と言うことですかね。「過度に激しく歌おうとする」声が、今にも消えようとしている様子が、貴方にも聞かれるでしょう。」 
ベルナール「どういう意味ですか?」
パートリッジ「歌うのに、切り詰めた感じで歌っているのです。ちょっと、気取った感じですね[ 原文では、mannered と言う語を使っています。 ]。でも、まあ、これ以前のアルバムでの程には、気取っていないのですけれど。どう言う訳だか、この曲では、そうした切り詰めた感じの箇所がたくさんあるのです。この歌にはとても不釣り合いなのですけれどね。歳を重ねてから、今日、初めてこの曲を再生して聴いたのです。それで、「これは、僕が『 White Music 』『 Go 2 』『 Drums and Wires 』の時の声じゃないか!」と、私は思ったのです。おそらく、『 Black Sea 』でもそうだったのでしょうね。ですけれど、この歌の時の声は、もう死に懸っているのです。この歌い方の最後の喘ぎの様です。このアルバムでは、私は、もっと、自分らしく歌っているのですから。」 
ベルナール「ちょっと待って下さい。「気取っている mannered 」と言うのは、「お上品な」と言うことではありませんよね、「あざとい affected 」の意味ですね?」
パートリッジ「ええ。態とらしいのです。無理やりやっているのです。それでですね、このアルバムの幾つかの曲で、私は、私自身の声を発見したのでしょう。これ以降のアルバムでは、自身の声を見つけられた、と言うことは確実です。今では、そう考えていますよ。歌い手は、自分自身の声を見つけなければならないのです。デビッド・ボウイの三枚目か、二枚目までのアルバムを聴いてご覧なさい。ボウイは、まるで、アンソニー・ニューリーですよ。[ イギリスの歌手。1931年生まれ、1999年没。映画『 007 』の主題歌、「ゴールド・フィンガー」で知られる。 ] 私も同じなのです。最初の二枚のアルバムでの私の声は、バディ・ホリー Buddy Holly [ アメリカのロックンロールの歌手。 ]とスティーヴ・ハーレイ Steve Harley [ イギリスの歌手。1951年生まれ。大道芸からロックミュージックの歌手になった人。 ]の間の子なのです。」 
ベルナール「 ですけれどですね、貴方の活動歴のほとんどの期間に於いて、私が、歌手としての貴方に大きな印象を持っているのは、貴方が、ご自身の声を一つの楽器として使っている、と言うことなのです。勿論、歌の内容と流れに沿ってのことですけれど。それで、この「 All of Sudden 」の場合は、その事の好事例だと思います。と言うのはですね、この歌の貴方の声は、まるで流れる様なのです。多くの箇所で、音符で表記される音から、逸らせています。そうすることで、歌の悲し気な性格を強調しているのです。」
パートリッジ「でも、今日、私は考えていたのです。どうして、私は、外連味なく歌わなかったのか、もう少し絶望的に歌えば良かったのではないか、と思いました。そう言う性質の歌なのですから。おそらくは、歌に小さくても何か生命感のあるものを注入しなければならない、と感じていたのでしょう。そうしなければ、歌は、単に、厭世的で暗いものになってしまいますから。」 
ベルナール「ステージでの演奏を意識していたのではないでしょうか? 貴方の声を噴出させないといけないですからね。そこで、いくらか吼えるわけです。」
パートリッジ「いいえ、それはないですね。気取った声から脱却し始めたときだったのだと、思いますよ。気取った[ mannered ] 声と言うのは、「諸君は私を忘れ様が無い。何故ならば、諸君が忘れることのない声を、私は作り出したからだ。」と言うものです。それが、この歌には、まだ残っているのです。」 
ベルナール「その通りですね。それで、フェイド・インする導入部の所で、貴方は、「 ai ai ai ai 」と歌っていて、それに、ブリッッジ部分では…、」
パートリッジ「ああ、あれは、ハニーバス Honeybus の「 I Can't Let Maggie Go 」から取ったものです、そうだと思うけれど。」 
Honeybus - Wikipedia 
The Honeybus* - I Can't Let Maggie Go (Vinyl) at Discogs
ベルナール「それで、ヴァース部分の一行目と三行目では、声にエコーがたくさん掛かっていて…」
パートリッジ「ええ。運命的な雰囲気、破滅の兆しを思わせるものを付加しているのですね。」   
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2017年02月12日

『 English Settlement 』記念日

 1982年2月12日、 XTC は、アルバム『 English Settlement 』をリリース。今年は35周年。 

Chalkhills: XTC: English Settlement  


五日後の1982年2月17日、ピアニストのセロニアス・モンク Thelonious Monk が亡くなった。 

三日前の1982年2月9日、日本航空の旅客機が羽田沖に墜落。精神病の機長の幻覚による異常な操縦のために。 



追記: 日本盤は、同年4月21日に、ビクターからリリース。10曲収録の一枚アルバム。 
雑誌『ロッキングオン』1982年5月号に、「ゆるがぬ自律精神 XTC の新作「イングリッシュ・セトルメント」」と言う記事、市川哲史さん。 
雑誌『ミュージックマガジン』1982年6月号のクロス・レヴューの蘭で、中村とうようさんは、『イングリッシュ・セトルメント』に9点。
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2017年02月11日

Grimspound

 グレゴリーさんのバンド Big Big Train の新作アルバム『 Grimspound 』のトレイラー : 

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2017年02月10日

Television 「 Marquee Moon 」訳

 テレビジョンが、アルバム『 Marquee Moon 』をリリースして、40周年と言うことで。1977年2月8日にリリース。  

 アルバム・タイトルと同題の歌「 Marquee Moon 」を訳して見ました。
元にしたのは、インターネット上の歌詞サイトのものなので、正確かどうかは分からないけれど。 

the Marquee Moon は、固有名詞の様に思えるけれど、普通名詞の様に読んでみました。 



覚えている、
闇が二つ折りになる様、
思い出せる、
稲妻が稲妻に当たる様。 
耳を峙てた、 
雨音に、 
聞えていた、 
別の音。 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
待っている。  

お願いした、 
録音してくれ。 
尋ねた、 
変じゃないか。 
言った、「何を言う、若造、お前は嬉しそうでないな、 
まあ、でも、御陰さまで、悲しそうでもないな。」 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
踏み出せない。 

キャデラック、 
墓場から掘り出された代物、 
側に着けた。 
皆が言う、「乗れ。」、乗ろうと、 
車は、パタパタ音を立てて、墓場に戻った、 
私はと言えば、また、出た。 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
もう、待たない。  
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2017年02月09日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」6

ベルナール「貴方のパレットは拡がったのですよね。」
パートリッジ「ええ、とっても拡がったのです。でもですね、それ以上にですね、私の心のあり方が拡がったのですよ。「ご機嫌だ。これをライブでしなくていいんだ。僕は、バンドに、ツアーはしないって説得出来そうだからね。」と思っていたのですから。でも、連中は私に耳をかさなかったのです。」 
ベルナール「( 笑う ) アレンジで、12弦を選べると言うことには、きっと、楽しさを感じていらっしゃったと、思うのですが。」
パートリッジ「ええ。新しい色でしたね。それに、子供の頃に聴いた、たくさんの音楽を思い起こさせもしたのです。60年代の音楽です。バーズ The Byrds とか、ホリーズ The Hollies とかです。それらが、製作した当時には、12弦ギターが、曲と、とても上手く調和している、と思ったのです。と言うのはですね、私は多くの曲で、アコースティック・ギターを弾いていますし、コリンは、スライドを使った、うねる様なフレット・レス・ベースを使っていますから。それで、今思うと、この分野と言うことですけれどね、私たちは、いくつかの私たちの後を追うバンドを生み出したのではないか、と思うのです。例えば、アズティック・カメラ Aztec Camera は、このアルバム『 English Settlement 』から多くの影響を受けていますよ。」 
ベルナール「本当にそうですよ。このアルバムは、莫大な影響を持つアルバムでした。」
パートリッジ「ええとですね。今でも覚えているのですけれどね、彼らのアルバムが出て間もなく、私は、アズティック・カメラのレヴューを全部読んだのですけれど、彼らは、そのアコースティック・ロックの方向性について、熱弁を振るっていましたよ。それで、私は、「ええ! 彼らは、『 English Settlement 』を聴いてないと言うのか?」と思ったのです。 
 まあ、兎も角、その領域は、進んで見るのには、良かったのです。伸びて行く、良い道だったのです。その時の私は、もう自由になれそうだ、と確信していたのです。そして、もう、拘束状態に戻ることはないだろうと、思っていたのです。でも、現実には、直ぐに、連中の下に私は戻ったのです。以来、もう、そうんなことは考えることもありませんでした。」 
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2017年02月08日

パートリッジ好み : William Byrd

 パートリッジがTwitterで言及していた作曲家:William Byrd ウィリアム・バード。 
1543年頃( 不詳 ) の生まれ、1623年没の、イギリスの作曲家。ブリタニア音楽の父と言われている。
 王立礼拝堂の音楽家でエリザベス1世の保護を受けていたけれど、カトリック信者であったため、迫害を受け、カトリック信者だったジョン・ピーター卿の領地、エセックスで晩年を過ごした。 

 パートリッジが聴いていたのは、四声のミサ曲の様。 

Category:Byrd, William - IMSLP/ペトルッチ楽譜ライブラリー: パブリックドメインの無料楽譜  

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2017年02月07日

ちょっとメモ : 「穏やかな放射」「トリスティア」

 ロシア( ソヴィエト ) の作曲家、ヴャチェスラフ・アルチョーモフ Вячесла́в Петро́вич Артё́мов の作品を、アシュケナージとギリシャ出身の鬼才、クルレンツィスが録音。CDでリリース。 
 Divine Art Records から。 

 ヴャチェスラフ・アルチョーモフは、1940年生まれで、1975年から、グバイトゥーリナたちと即興演奏の活動をして、1979年から、フリーランスの作曲家としての活動。12音音楽や複調性、ミニマリズム、民族的様式、即興音楽を混淆させた作風。 
 って、ほとんど、もう一人の XTC 。 
 ロストロポーヴィチが高く評価していたそう。 
ヴャチェスラフ・アルチョーモフ - Wikipedia


divine art dda 25144 vyacheslav artyomov symphony gentle emanation tristia 

日本での流通版は、ナクソス???
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ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」5

ベルナール「ああ、それについても、伺いたいです。」
パートリッジ「アメリカで、この歌をシングルにすると言う話しがあったのです。私は思いましたよ。「やった! この歌は、アルバムの中でも、類型のないもっとも独特なものの一つなんだ。これを、アメリカの会社がシングルに考えているなんて! ( 熱の隠った声で、 ) よおし、ビデオを作るぞ!」 
 もちろん、ビデオには、自分たちが出費することになっている、なんて知りもしない、おぼこだったのです、私たちは。まったく、世間知らずでしたよ。「あの人たち、僕たちにキャビアをくれたよ、なんて親切なんだあ!」ってね。」 
ベルナール「( 笑いながら ) それは、貴方たちが…、」
パートリッジ「( 神様的な声で ) お前が払うのだぞよ…、 
 まあ、そうですね。それで、この歌のビデオを私たちは作ったのです。テリーはいませんでした。有給休暇だったのです。新妻とオーストラリアに行ってました。その時には、まだ、恋人だったわけですけれど。数ヶ月はあちらでした。なけなしの給料を貰ってたのですけれどね。私たちは、皆そうだったのですが。でも、私たちは、「テリーは帰って来るのだろうか? まだ、給料を払ってるんだけど、、、」と思ってましたよ。今、思うと、彼は、もうバンドには居られないと、どう私たちに切り出そうかと考えていたのでしょうね。 
 それで、ビデオを作った時には、「ああ、ヒェー、ドラマーがいないよ」と言う分けだったのですが、デイブが、「イアンにさせたらどうだろう?」と言ったのです。」 
ベルナール「それで、イアン・グレゴリーさんが、初めてバンドに登場したのですね。」
パートリッジ「その後のデュークスのE.I.E.I. Owen になる彼が、最初にバンドに姿を見せた時ですね。でも、「でも、人は、テリーじゃないって分かるだろう。姿を見せない様にしよう。イアンの影だけ見せよう。」と思ったのです。と言う分けで、ビデオでは、イアンは影だけなのです。」 
ベルナール「それで、当時、このビデオは、MTV とか何かの番組で放送されたのですか?」
パートリッジ「いいえ。放送されなかった、と今でも思っています。YouTube だけですよ。それに、合衆国でも、結局、シングルにはならず仕舞でした。[ レコード会社の台詞 ]「バンドにビデオを作らせよう。ふうむ、どうだろうね、もう考えが変わっているのじゃないかな、これは、シングル向きではないだろう、ちょっと迂闊だったなあ、」と言うことでしょうね。棚上げになっただけでした。たくさんの方がみられたとは思いませんね。もしかしたら、MTV で、一回か、二回、流されたかもしれませんけれど。貴方はご存知ですか? 私は知りません。私は、 MTV は、一切見ませんので。」 
ベルナール「はい。少し、楽器のことを話して下さい。誰が何を演奏したか、貴方は、アコースティック・ギターを…、」
パートリッジ「私はアコースティック・ギター、そうです。」 
ベルナール「グレゴリーさんは、12弦ギターを…、」
パートリッジ「その通りです、デイブは、12弦ギターを弾いています。とても素晴らしいです。ヴォーカルのメロディーの合間に弾く、デイブの短いフレーズが、私はとても好きなのです。デイブは、ギターで、主メロディーに呼応したメロディーを付けるのが、とても上手いのです。 
 あれは、デイブの新しい楽器だったのです。それで、全部で使わずにはいられなかったのです。誰でも似た様なものでしょう。実際、このアルバムの時に、メンバー全員が新しい楽器を購入したのです。テリーは、大きくて底の深い、軍楽隊用のスネア・ドラムを買ったのだったと思います。トム・トムの様に見えますけれどね。あれは、スネア・ドラムなのです。暫くの間、テリーの玩具になっていました。私は、アコースティック・ギターを購入しました。デイブは、12弦ギター。コリンは、フレット・レス・ベースです。 
 それに、自分たち自身で、シンセサイザーのプロフィット5も使いました。5音が一度に出せるものでした。それはつまり、新しい豊富な音の在庫を手に入れた様なものだったのです。ですから、「僕らの新しいオモチャを録音に使わなくっちゃね!」ということになったのです。」 
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2017年02月05日

パートリッジ好み : Mose Allison

 パートリッジがTwitterで言及していた音楽家、Mose Allison モーズ・アリソン。アメリカのジャズ・ピアニスト。1927年生まれ、2016年没。 

 ( 以前に、備忘していたと思ったけれど、検索しても出て来ないので、してなかったのだと、、、 ) 

 彼の音楽は、ロック・ミュージシャンにも影響を与えたのだそう、例えば、ジミ・ヘンドリックスとか、ザ・フーとか。  

Mose Allison | Official Web Site
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ちょっとメモ : イアン・ボストリッジ 著『シューベルトの「冬の旅」』( 書籍 )

 イギリスのテノール歌手で、音楽学者でもある、イアン・ボストリッジのシューベルトの『冬の旅』の分析。 

2017年2月に、アルテスパブリッシング社から、邦訳が出版。 
翻訳は、岡本時子、岡本順治。 
アルテスパブリッシング社のホームページから: 
シューベルトの「冬の旅」 | アルテスパブリッシング  

原書は、『 Schubert's winter journey : anatomy of an obsession 』。 
Schubert's winter journey : anatomy of an obsession (書籍, 2015) [WorldCat.org]  


まあ、それで、イアン・ボストリッジがコリン・モールディングの歌をソング・ブックにして、アルバムを作ると、嬉しいのだけれど。  

 と、それから、アンディ・パートリッジも、『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』の分析を書いて、本にすれば良いのに。  

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2017年02月04日

パートリッジ好み : Lennie Tristano

 パートリッジがTwitter上のコメントで言及していた音楽家: Lennie Tristano レニー・トリスターノ。 
1919年生まれ、1978年没の、アメリカのジャズ・ピアニスト、作曲家。クール・ジャズの先駆者と言われているけれど。オーバーダビングや即興演奏の嚆矢でも。 
 パートリッジが、コメントで、「 holiday on Mars 」と言っているのは、曲名やアルバムのタイトルではなくて、そう言う印象を受けている、と言うことだと思うけれど。 

The Lennie Tristano Experience
– LennieTristano.com a site dedicated to Lennie Tristano, one of the great original improvisers and innovators in jazz.  


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Stevie Smith 「 Tender Only to One 」訳

 イギリスの詩人 Stevie Smith スティーヴィー・スミスの「 Tender Only to One 」訳。 

 スティーヴィー・スミス は、1902年生まれ、1971年没の人。 
Stevie Smith - Wikipedia

 Tender Only to One は、女の子の遊びで、「彼は私を愛してる、愛してない、」と花びらをむしるものなのだけど。その時の言葉、「 Tender Only to One 」を日本語にしようとすれば、どういえば良いのか見当もつかなくて。 
 スティーヴィー・スミスの詩は、ナーシー・ライムの様なのだけど。言葉は平易だけど、私には、意味が取り難くて、、、 
 とりあえず、訳して見たけど、、、  

元にしたのは、Poetry Foundation の: 
Tender Only to One by Stevie Smith | Poetry Foundation

「どっちかよ、 
ただしくおいてね、」 
花びらが揺れる、
と、私の指が弄ぶ、 
あなたなの? それとも、あなたなの? それとも、あなたなの? 

「どっちかよ、」 
その人の名前、わたしは知らない。 
花びらの合図に、 
側の人たちは目を伏せる、
わたしの愛の所為だと思ってるのね。 

「どっちかよ、」 
この花びらには、答えの手がかりがある、 
表面に出てるの、 
花びらは、よおく、知ってるの。 
聞いてるわたしが、誰だか、って。 

「どっちかよ、」 
最後の花びらは、末期の息。 
氷の様な経帷子を通して、
はっきり聞こえる。 
「彼は、彼の名前は、死。」   




Tender only to one   
Tender and true   
The petals swing   
To my fingering
Is it you, or you, or you?

Tender only to one
I do not know his name
And the friends who fall   
To the petals’ call
May think my love to blame.

Tender only to one   
This petal holds a clue   
The face it shows
But too well knows   
Who I am tender to.

Tender only to one,
Last petal’s latest breath
Cries out aloud
From the icy shroud
His name, his name is Death.
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2017年02月02日

今日はそんな日だったんだ : Ulysses Publication

 きょうは、2月2日、1922年2月2日、ジョイスの『ユリシーズ』が出版された。 
 その同じ、2月2日に、「 Meeting Place 」がリリースされたと言うのも、何だか、意味がある様な気が。『ユリシーズ』のどこかに、「ミーティング・プレイス」が挿入されていてもいいなあ、と。
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「 The Meeting Place 」記念日

 1987年2月2日、 XTC は、シングル「 The Meeting Place 」をリリース。今日は記念日。今年は、30周年。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "The Meeting Place"

この日、スコットランドの作家、アリステア・マクリーン Alistair MacLean が亡くなっている。 

Alistair MacLean - Wikipedia  


追記: 2月2日は、柴田南雄の命日でも。
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2017年02月01日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」4

ベルナール「ドラムのパートについても少し話して下さい。この歌の、最も私の好きな部分なものですから。一例を挙げれば、三拍目にハイハットを打っているのですよね、その時同時に…、」
パートリッジ「ドラムのパートは、とても乞食っぽいですから、私も好きですね。テリーは、この風変わりな、それで、ドラムにとっては退屈なだけの仕事になるのだろうけど、歌をよく理解しているのです。彼のドラミングは、歌を感傷的にしていると、思いますよ。希望を失った様なギターと一緒です。歌詞の感傷的な面をよく出していますよ。」 
ベルナール「これは、低音と高音の注目される合わせ方です。フロア・トムを通底して叩いているのですが、アクセントとして、ラック・トムを叩いています。それに、ハイハットが、三拍目に入ります。それに、シンバルも。スネア・ドラムは使ってないのです。フロア・トムと金属製のハイハットなどとの間には、音程の大きな隔たりがあるのです。もちろん、その間に、貴方たちの鳴らす楽器の音が入っているのですけれど。」
パートリッジ「ええ、その通りです。素晴らしく、苦界の感じが出ています。マナー・スタジオの奥の石張りの部屋で録音されたのです。」 
ベルナール「そういうのを、どうやって、貴方は、バンドに提示したのですか? バンドのメンバーで、一緒に考え出した、アレンジメントなのですか?」
パートリッジ「まあ。正直に言って、まるで思い出せないのです。私の記憶の中の穴の様ですよ。この歌について、貴方に尋ねられるのではないかと、内心恐々としていたのです。本当に、ほとんど覚えていないのですから。出来て、録音して、そのまま、何所かに行ってしまったかの様です。そう言うことなのです。つまりですね、この歌を、私が所有している時間は無かったのです。まあ、こう言う言い方が、通じるかどうか分かりませんが。」 
ベルナール「分かりました。それで、ステージのライブでは、一度も、演奏されなかったのですか?」
パートリッジ「したとは思いません。ビデオを作っただけですね。」 
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2017年01月28日

Alfred Williams 「 The furnaceman 」訳

 XTC の『 English Settlement 』と言うアルバム・タイトルは、アルフレッド・ウイリアムスの『Villages of the White Horse』から取られたのだと思うのだけれど。 
 そのアルフレッド・ウイリアムスの詩「 The furnaceman 」。 
 スウィンドンの鉄道工場の鋳鉄をする蒸気ハンマーの職工を描いたものらしい。死後も未発表だったらしく、書かれたのは、1926年と推定されていると言うこと。 

 スタンザが三つ。それも、第一スタンザが10行、第二スタンザが20行、第三スタンザが30行と、加算的なのは、興味深い。たぶん、ヘクサメトロス ( 六歩格 ) なのだと思う。英語の詩は、五歩格、四歩格が多いそうだけど。脚韻も、原則二行が同じ韻で、進む様だけれど( カプレット couplet 的? )、それも、繰り返すことはなくて、変化し続ける感じ。独特な詩形なのだと思うのだけれど。 

 XTC の『 The Big Express 』にも通じるのかと思って、

元にしたのは、 the Alfred Williams Heritage Society の: 
www.alfredwilliams.org.uk - the official website of the Alfred Williams Heritage Society   



それが何処であっても構わないのだけれど、火夫を見て、人が最初にすることは、 
火夫の仕事について何でも聞いてみることだ。そして、彼の奮闘振りを讃えるのだ。
それから、彼の「徒弟期間」について尋ねる。何処の出身かを尋ねる。 
サンダーランド出身なのは確かだ。シェフィールドの者もいる。ウェールズの者も。
察した風な目配せをして、火夫は、錫の椀を口に持って行く。 
「南で生まれた、こいつらは、良い所があまりない。
俺が北部で技術を身に付けたとき、 俺は怖じけはしなかったんだ、
一月で、こいつらが一年でするよりも、もっと多くの仕事をしていたんだ。
こいつらは、畑を耕して麦を踏むのには、十分だ。 
だが、炉を見たことがなかったんだ。火をかんかんに熾せないんだ。」 

骨ばかりの腕と手で、ひょろひょろと柱の様に伸びて六フィートばかりの長身で、 
煤だらけ。それでも、この訳知りの火夫は生身の人間なのだ。 
大きい鼻。のっぺりした面。房になった巻き毛。小さい耳。丸い顎。 
狭い額。薄い頬も窪んでいるので、細い顎は骨が突出している。 
神経質そうな口。格好の良い唇は煙草が染みになっている。 
長い首。精彩のない顔色。深く皺の寄った狡猾そうな目。 
熱で火脹れし、土で汚れて、黒くなっている、 
それが、火夫の仕事が作った顔。頑丈な労働者の顔だ。 
火夫はいつも自分の持ち場にいる、日が変わろうと、どの時刻にでも。 
無帽で、上半身も裸、ずっと、竃の炎の前にいる。 
腰にぶら下がった布巾は、彼の細やかな美術作品あるいは装飾だ。いや、 
その布巾は、彼の腰に蛇の様に巻き付いている、脇にぶら下がっている。 
彼の落ち窪んだ頬から落ちる汗、滴る鼻水を拭い落とすのだ、 
そして、汗と鼻水は、川の様に流れて行く。 
熊手、シャベル、操作棒と取り替えながら、火夫の手はいつも塞がっている。 
竃を燃え立たせ、星の様に、輝かせているのだ。 
彼は、熱が竃の扉を通して刺す様な痛みを自分に与えてくるのが好きなのだ。 
黄色の熱塊の膨張を見るのが好きなのだ。竃が唸るのを聴くのが好きなのだ。 
火夫の嬉しげな視線は竃に向けられている、そして、喜びで煌めいている。 
炎は保たれている、すべてが上手く行っていると、分かっているからだ。 

まずは、ガラガラ、チリンチリンと鳴る首長の注入器で、重い鋳塊が入れられる。 
誰が考えたよりも速く、鉄の扉が持ち上げられる。 
用意万端の十二本の手は、手掛かりも無い重い塊を、招き入れようとしている。
そして、開いた隙間から、中の空洞へ放り込む。 
重い扉がまた閉まる、鋳塊は中だ。 
渦を巻く炎が鋳塊を取り巻いて包むと、休むことのない仕事が始まる。 
直ぐ様、黒く煌めく埃が、床から集められる。 
そして、ドアに沿った小さな口、その何れもを、鳴らない様にした。 
そして、冷たい隙間風が入らない様に、突然の冷気が、 
鉄あるいは鋼鉄の、鋳塊の真ん中に、当たらない様になる。
さて、火夫の敏捷な手で、竃の操作棒が忙しく動かされる。 
注意深く、棒を差し込み、中で石炭を掻き回す。 
さて、割れて崩れるのが上手く作用して、石炭は同じ高さに均される。 
後ろに少し傾いている、そこはちょうど、竃の円蓋の下になる。 
重い通風調節弁を上げる、二目盛りかそれくらいだ。 
そして、火室の中の固い焼塊を砕いて下に出す。 
そして、蒸気を管の束に直接に導いて通す。 
そして、竃を、本物の火山の様な、黄色の炎に燃え立たせる。
時々、鍛鉄工の助手たちが、カタカタ鳴る首長の注入器を引き寄せて、 
鉛色の金属をぐるりと回し、また、下ろす。 
やがて、鋳塊は、隅々まで熱せられる。 
そして、真昼の太陽の様に眩しくなる、そして、正に噴出しそうになる。 
通風調節弁が全開して行く。熱は出るに任される。 
外側が、少し、冷えて固まる。すると、打つのにちょうど良くなる。
直ぐに、扉が上がる、軋む音を立てながら、首長の注入器が振り向けられる。 
パチパチ、シューシュー鳴る鋳塊が出て来る。そして、遠く隅々まで明るくなる。 
重いハンマーが力を貯めて、前へ後ろへ動く。 
噴出で、広い土台が揺れて震える。 
次から次へ、熱が遣って来る。毎日、毎日、 
火夫の厳しい仕事は続く。 − 火夫は自らの命を流し出す。 





Where'er you find a furnaceman, the first thing, when you meet,
Just tackle him about his trade, and praise him for his heat,
Then ask about his 'prenticeship, and from what part he hails -
He's sure to come from Sunderland, from Sheffield, or from Wales;
He'll give a knowing wink, and raise the pewter to his mouth:
"These fellows aint a lot of good that's born about the South;
When I was working up the North, - I say it without fear -
We turned more stuff out in a month than they do in a year;
They're good enough to plough the farm, and trample out the wheat,
But they've never seen a furnace, and they can't draw out a heat."

Long, lank, and lean as any post, with skinny arms and hands -

Six feet of grimy flesh and blood, the knowing fireman stands;

Large-nosed, fair-featured, curling locks, small ears, and rounded chin,

A narrow forehead, lantern jaws, with hollow cheeks and thin,

Mouth sensitive, with shapely lips stained with the weed and dyed,

Long neck, a brown and withered face, deep-wrinkled, artful-eyed,

Blackened and blistered with the heat, and grimy with the soil -

The very feature of his trade, a sturdy son of toil.

Day after day he's in his place, and every hour the same,

Bare-headed, naked to the waist, before the furnace flame,

His wiper at this middle hung, with little art or pride,

Or, serpent-like, about his wrist, or dangling at his side,

To brush the perspiration off that, like a river, flows

Out of the hollows of his cheeks, or trickles down his nose.

He's always busy with the rake, the shovel, or the bar;

He'll work the flaming furnace up as radiant as a star;

He likes to feel the twingeing heat strike through the open door,

And watch the yellow mass expand, and hear the furnace roar;

His merry eyes will cast about and twinkle with delight,

For then he knows the heat is safe, that everything is right.

First by the rattling, clinking crane the heavy ingot's brought,

The iron door is hoisted up as quick as any thought,

A dozen ready hands are near the ponderous mass to guide,

And shove it through the open rift to the hollow place inside;

Down goes the heavy door again, and shuts the ingot in,

The curling flames have wrapped it round, the steady toils begin.

Forthwith the black and gleaming dust is gathered from the floor,

To stop each little gaping clink, and lay along the door,

That no cold draught may enter in and strike a sudden chill

Into the centre of the mass - the iron or the steel.

Now by the fireman's ready hand the furnace bar is plied,

Careful he thrusts the pointer in and stirs the coals inside,

Now, with the ravel's useful aid, levels the fuel down,

A little sloping to the rear, and well below the crown;

Raises the heavy damper up, a couple of points, or so,

And breaks the solid clinker in the fire-box down below;

Admits the vapour underneath straight through the hollow pile,

And fires the yellow furnace up in true Vulcanic style.

From time to time the forger's mates invoke the rattling crane,

And turn the livid metal round, and lower it again,

Till, by-and-by, the solid mass is heated through and through,

And dazzling as the noon-day sun, and fit to take the blow.

Down goes the damper overhead, the heat's allowed to soak,

To somewhat chill the outer part, and fit it for the stroke;

Now presently the door is raised, the creaking crane's applied,

Out comes the spluttering, hissing mass, and lightens far and wide,

The ponderous hammer gathers strength and travels to and fro,

Until the deep foundations quake and shiver with the blow;

Another and another heat's supplied; day after day

The fireman's steady toil proceeds - he sweats his life away.

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「 Wake Up! 」記念日

 1985年1月28日、 XTC は、シングル「 Wake Up! 」をリリースする。32年前。 
( この日付は、Fujimoto『 XTC Chronology 』に依る ) 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Wake Up!"  

 この日、ロサンゼルスの A&M Studios で、チャリティー用のシングル「 We Are the World 」が録音される。
We Are the World - Wikipedia
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2017年01月27日

Pianist in Trouble Paul Klee

 きょう、書店に立ち寄って、『レコード芸術』を立ち読みして来た。パウル・クレーの絵『手こずるピアニスト』が掲載されていた。水彩画のスケッチのような。完成された作品ではないよう。1905年( だったと思う ) に描かれたものだから、クレーの若い頃、習作時代( ? ) のもの。クレーは1879年生まれだから、25、6歳。[ 1909年だった。なので、クレーは30歳くらい。 ] 

 絵は、裸の老人と思われる人物がピアノに向かっているのを背後から描いたもの。人物は、お丸に座っている。両手はピアノの鍵盤に置かれているけれど、両足は、金具の様なものでピアノに繋がれていて、それで、何かの操作をする様なのだけれど。胴体はもう均整が崩れている感じ、背骨も歪んでいる感じ。その上に載っている頭は禿げている。それで、両目が左右に飛び出している様に見える。頭の向こうに伺える楽譜は、記号が乱雑に書散らされている感じ。 
 なんだか面白い。 

 パートリッジが、この絵をモチーフにして、音楽、アルバムを創らないかなあ、、、  


 この絵をインターネットで探したけれど、次のブログで見つけただけ。 
Music players | sketchuniverse  

『 Pianist in Trouble 』も英語での表題で、原題は何か分からないし、今何処に所蔵されているのかも分からない。 

by-klee-pianist-in-trouble-caricature-of-modern-music1.jpg
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2017年01月26日

今日はそんな日だったんだ : Cullinan Diamond

 きょうは、1月26日だった。1905年1月26日、南アフリカのカリナンで、史上最大のダイヤモンドが発見された。鉱山の所有者トーマス・カリナン Thomas Cullinan の姓をとって、カリナン・ダイヤモンドと名付けられた。 

Cullinan Diamond - Wikipedia  


 XTCの歌に出て来るのは、カリナン・ダイヤモンドではなくて、ブルー・ダイヤモンド ( ホープ・ダイヤモンド ) だけれど。 
 でも、まあ、 XTC の「 Dear God 」。
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2017年01月24日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」3

ベルナール「この時期に、貴方が多産だったのは何故だとお思いですか? 同じだけの時間で、一枚ではなく二枚組のアルバムを創れる程に創作が盛んだったわけですけれど。」
パートリッジ「( 溜息を吐く ) ツアーをしたくないと、決心していたのだと思います。それから、何と言うか、精神的な南京錠が掛かっていたのを外したのです。「ああ、これを再演する必要は無いぞ。アコースティック・ギターだろうが、キーボードだろうが、何だって使って構わないんだ、ステージで再演する心配をしなくていいんだ。」と思ったのです。それで、『 English Settlement 』のアルバムで、南京錠が外れたのです。『 Mummer 』では、楽器使用については、より以上にエキゾチックな感触があります。『 Big Express 』では、更に進んでいます。私の脳は全開になったのです。 
 皆さんが信じようが信じまいがですね、私たちは、ツアーを止めてものすごく良くなりました。曲をステージで再演すると言う圧迫感がなくなったのです。」 
ベルナール「このアルバムに取り掛かるにあたって、ツアーを止めることを決心していた、と言うお話には、とても注目させられます。と言うのはですね、このアルバムのアレンジメントを聴くと、まだ、ステージのライブで、四人編成で再演が可能なように思えるからです。」
パートリッジ「そうですね。でも、本当なのですよ。私は、「オーケー、もうツアーはしない。」と決心していたのです。それで、自分自身に、例えば、アコースティック・ギターを多用すると言うのを許可したのです。ステージのライブでは無理ですからね。私たちは、アコースティック・ギターのライブ・バンドではありませんから。」 
ベルナール「確かにそうですね。当時、他のメンバーがしていたことも、ライブ的ではありませんね。」
パートリッジ「そう。コリンは、ステージのライブで、フレットレス・ベースを弾くのを嫌がっていました。アルバムでは弾いていますけれどね。ライブでは、フレット・ベースを弾いていたのです。こんなこともありましたよ。コリンが音を外していたときのことですけれどね。こんな声が飛んで来るのです。「フレット・ベースを使え、モールディング!!」「後生だから、モールディング、フレット・ベースを使えよ!!!」 ( 笑う )」 
ベルナール「( 笑う ) そのことで、私は混乱しています。と言うのは、このアルバムで、フレットレス・ベースの様に聞こえているのは、実際には、モールディングさん所有のニューポートではないかと思うのです。」
パートリッジ「ええ。ニューポートは、アップライト・ベースの様に聞こえますよ。でも、ニューポートにはフレットがあるのです。」 
ベルナール「その通りです。でも、モールディングさんは、実際に、フレットレスをお持ちだったのですか?」
パートリッジ「コリンはフレットレスを持っていました。どこのメーカーだったか思い出せませんけれど。『 English Settlement 』では、たくさん使っています。お聴きになれば分かるでしょう。「 All of a Sudden 」もそうです。時々、音を出していませんからね。でも、果敢に試みているのです。」 
ベルナール「私は思うのですが、それが歌の特徴を際立たせているのではないでしょうか。」
パートリッジ「ええ、そうだと思います。( 笑う ) ある種の「惨めさ」を歌に加えていますよね、本当に。あるいは、貴方の言う、「哀愁」ですかね。」 
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2017年01月23日

パートリッジ好み : The Third Policeman

 1月22日付けのTwitter でのコメントに、パートリッジが、ピーター・ブレグヴァドさんに薦められて読んでいる本を書いていた。 
 『 The Third Policeman 』。 アイルランドの作家 ブライアン・オノラン Brian O'Nolan ( 1911 - 1966 )が、フラン・オブライエン Flann O'Brien のペンネームで発表した作品。書かれたのは、1940年。出版は、オノランの死後の1967年。 
 邦訳は、大澤 正佳訳が1973年に、筑摩書店から。2013年に、白水社のUブックスに入れられて、出版されている。 

 二人で、これを音楽劇にすると言うのなら、嬉しいけれど。 

The Third Policeman - Wikipedia  

第三の警官 - Webcat Plus  

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「 Love at First Sight 」記念日

 1981年1月23日、 XTC は、シングル「 Love at First Sight 」をカナダでリリース。今日は記念日。36年前。

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Love at First Sight"  


この日、アメリカの作曲家、サミュエル・バーバー Samuel Barber が亡くなっている。1910年生まれ、享年71。
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2017年01月22日

パートリッジ好み : 映画『 The Importance of Being Earnest 』

 パートリッジが1月21日付けで、Twitter に書いていたこと。1952年の映画『 The Importance of Being Earnest / 真面目が肝心 』を見ていると。 
 アンソニー・アスキス Anthony Asquith 監督作品。パートリッジは、プリズム女史を演じるマーガレット・ラザフォード Margaret Rutherford が好きらしい。 

 『真面目が肝心』は、オスカー・ワイルドの戯曲、喜劇。1895年に初演。 

The Importance of Being Earnest (1952 film) - Wikipedia 


真面目が肝心 - Wikipedia
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2017年01月21日

The Beatles 「 Misery 」訳

 ビートルズの「 Misery 」。 
 ポール・マッカートニーとジョン・レノンの共作と言うこと。たぶん、ジョン・レノンが主な作者だと思うけれど。 
 ヴァース部分は、五音でモータウン的なのだけど、ブリッジ部分は全音を使っての下降で、ドイツ・リード的、でも、そう聴こえるのは、ジョージ・マーティンのピアノの所為かも。 
 歌詞については、一人称 I の世界を一人称 I の視点で見て、一人称 I の語りで語る、私小説的な書き方。( 視点・行為者と語り手が同一で私である、と言う意味で。 ) それで、ヒロインが三人称になっているのが、注目点の一つだけど。それは、二人称にすれば、いかにも舞台上の台詞的で、聴衆に仮構性を印象付けるのだけど、三人称にすれば、切迫性があって事実めいて聞こえるからかも。そういう技巧的な手法は、いかにも、ポール・マッカートニー的なのだけれど。でも、この場合、ヒロインが主人公からの呼び掛けに応答することがない、と言う設定なのでは、とも思えるので。それだと、直感的で、ジョン・レノン的だと思う。それに、ヴァース部分、頭に強拍を持って来てリズムを作ってるのも、レノン的だと思う。 

 それで、基本的には、ラブソングなのだと思うけれど、そうでない様な気分も伺えて。愛する人を不条理な理由で亡くしてしまった人の悲嘆と言う面がある様に感じるので。 
 それで、突然に、母を亡くして孤児になってしまった少年の嘆き、の様に、訳して見た。たしか、ジョン・レノンは、少年の時に、母を交通事故でなくしていたと思うので。 

元にしたのは、ビートルズのホームページの Songs
Misery | The Beatles 

Alan W. Pollack's Notes on "Misery"  

ヴァース/ヴァース/ブリッジ 
ヴァース/ブリッジ/ヴァースの構成だけど、
ヴァースは基本2行で、最後の1行がフックと言うか、コーラス的に、
それで、その行を第一ヴァースの前に置いて、コーラスから入る感じにしてある。 



「この世界、いつもおいらにむごいんだ、無情!」 

おいらはもう一人前のおとこさ、
泣いたりしないんだ。 
「この世界、いつもおいらにむごいんだ、無情!」 

おいらかあさんをなくしたんだ、
もう会えやしないんだ。 
「これから、暗々の旅の空になるんだ、無情!」

おいらきっと思い出すよ、かあさんとの暮らし、
かあさんはわかってなかったのか、かあさんは一人しかいないって。 

かあさんを生きかえらせてよ。
だれにもわかるだろ、
かあさんがいないと、おいらひどい暮らしさ、無情! 

おいらきっと思い出すよ、かあさんとの暮らし、
かあさんも思い出すかな、ひとりむすこが心残りかな。 

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2017年01月20日

『 White Music 』記念日

 1978年1月20日、 XTC は、アルバム『 White Music 』をリリース。今日は記念日。39年前。XTC のデビュー・アルバム。 

Chalkhills: XTC: White Music  

 その四日後の1978年1月24日11時53分に、ロシアの原子炉衛星コスモス954号が、コントロールを失って、地上に落下。カナダの無人地帯に落ちた。 
コスモス954号 - Wikipedia
 「 Radios in Motion 」は、楽しい歌なのだけれど、何だか、コスモス954号落下の不穏な雰囲気にも通じている様な気も。 
 それに、大気圏で原子炉が消失して行くのなんて、核搭載ピンク・フロイド ( シド・バレット ) と言われて登場した XTC を象徴している様な気も。 

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