2019年07月20日

Haig Yazdjian

 アルメニア系で、シリアのアレッポ出身、現在はギリシャ在住のHaig Yazdjian 。

http://www.haigyazdjian.com/biography.htm 

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2019年07月19日

『 Powers 』記念日

 2010年7月19日、アンディー・パートリッジはアルバム『 Powers 』をリリース、今日は記念日。9年前。  

Chalkhills: A.J. Partridge: Powers

https://www.youtube.com/watch?v=eQT8KgZ8WFA


Powers : Ape House



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2019年07月18日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート4 の1

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の6: ノエルかえる不恵留





バーンハート「多くの若いドラマーが衝動に駆られて叩きすぎると言う嫌いがあるのですが、この当時の貴方は、歌を支えるだけ、歌が必要としていることだけを叩いて満足してる様に聴こえます。」 
チェンバース「それは、同時に、音楽的能力が不足していることから来ているのですよ! ( 笑う ) 実際、自信を持っていたかどうかは、分かりませんね。おかしな話ですよ。ある日のことですが、ジョン・レッキーと対峙したことがあるのです。私はシンバルの音のことで色々と考えていまして、「シンバルの音をこうしたいのだけど、それにこんな音も」などと言っていたのですが、それがジョン・レッキーを苛立たせたのです。私の方に向き直って、切り詰めた声でこう言ったのです。「それが、レコードをもっと売れる様にすると思う?」 結局、認める以外ありませんでした。( 笑う ) 多分、売れなかったでしょうね。さあ、進め! ですね、全く( 笑う )。私は自分の立場を思い知ったのです。彼は、いろいろの言い方の中で、一番良い言い方で言ったのですけれど、もしかしたら、あれは、機嫌の悪い日だったのかもしれませんね。」 
バーンハート「兎に角、プロデューサーの役割ですね。きちんとチェックしないと。」 
チェンバース「ええ、そうです。」 
バーンハート「ところで、今、貴方はジョン・レッキーさんについてお話し下さいました。それは、『 Go 2 』でのことですね。私が、今話した、循環的なドラミングに最初に気が付いたのは、その『 Go 2 』でなのです。「 Battery Brides 」「 Life Is Good in the Greenhouse 」を聴いてからなのです。ですが、貴方たちは、バンド内で大きな変化を迎えたのですよね。プロデューサーが交代して、キーボード奏者がいなくなって、ギター・プレイヤーが入って来たのですよね。その時ですが、貴方はその変化をどう思われたのですか?」 
チェンバース「そうですね。ファースト・アルバムは、それまでずっとリハーサルして来たことそのままで仕上げられた、と思います。短い時間で、あっという間に仕上げたのです。 
 『 Go 2 』ですが、そこには、それまでとは作歌の仕方が少し違うものが入っていました。コリンの歌が少し多くなっていましたし、アンドリューズの歌が入っていました。そして、私たちは、前回とは違うスタジオに行ったのです。明らかに、事態は変化しつつあったのです。それで、アンドリューズが作歌の点でバンド内の役割をもっと得たいと思う段階に至っていたのです。アンディーは、彼の歌は違う方向を向いていると感じていました。それで、結局、バリーは去って行ったのです。私は思うのですが、コリンと私、それにもしかしたらアンディーも同様かもしれないのですが、最初の二枚のアルバムは、私たちの本質という点に於いて、何か出てないものがある様に感じていたのです。私たちがレコード制作において学んだことは、これは私がそう思っているのですが、多くの音楽はビニール盤になると、ずっと静かになってしまう、と言うことだったのです。私たちは、ステージのライブではとても喧しいバンドだったのです。その喧しさは、最初の二枚のアルバムではまるで表れていません。そう思いませんか? アルバムのジャケットに「 Play this album loud or not at all / このアルバムは大音量で再生のこと、さもなければ、全く再生しないこと」。と目につく様に記したのにも拘らずです、肝心のレコードが十分でなかったのです。それで、私たちは、私たちの演奏そのままに録音されることを望んでいたのです。 
それが、アルバム『 Drums and Wires 』で実現出来たのです。全体を通して、ずっと大きな音になったのです。前の二枚に比べれば、癖の少ないアルバムでした。キーボードのある編成から、ギター中心の編成に戻っていたのです。私たちは、ほとんど一回りしたのです。最初の二枚のアルバムでは、キーボードは、第二のリード楽器でした。『 Drums and Wires 』では、デイブは、ギター・プレイヤーだったのです。デイブはキーボードも弾くことが出来た訳ですけれど。詰まりですね、デイブの加入は、幅広い戦力の加入であり、ムーブ[ サッカー用語:パスを出した選手が立ち止まらずに前方に限らず次のポジションへ移動すること。 ]だったのです。音楽的には、より向上しました。と言うのは、パートリッジがリズム・ギターを弾き歌っている間に、デイブは、難しいフレーズを弾くことが出来たからです( 笑う )。それで、お分かりでしょうけれど、アンディーはそれにとても満足していました。デイブは、何かを言われると( 笑う )、すぐに承諾して、しかも出来ると言う人だったのですから。それに、彼も地元の人間でしたし、本当に、上手くいったのです。」   

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テリー・チェンバースのお誕生日

 1955年7月18日、テリー・チェンバースの誕生日。 

 この日、アイダホのアルコで、世界で初めて原子力だけで発電された電気が販売された。 

 それで、5日後の、1955年7月23日、イギリスで女性の最後の死刑が執行された。死刑になったのは、ルース・エリス Ruth Ellis 。彼女は、愛人のレーシング・ドライバー、デヴィッド・ブレークリーをリボルバーで射殺した。1926年10月生まれ。享年28。  


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2019年07月15日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の5の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の4訳: ノエルかえる不恵留




詩の重要性、 
地面の下で結束していく松明、

点光源の上の天空、のことを話すな。 
点光源、私たちの太陽には影がない、 

昼がしゃしゃり出て、夜は引っ込んでいる。 
影はどこにもない。 

大地、私たちが見る大地は、平たくて剥き出しだ。 
影はない。詩 

は、音楽を超えて、きっと、空っぽの天国 
それに天国を称える讃歌に取って代わる、 

君がギターを鳴らしている最中でも、 
詩に関わる私たち自身が、きっと、天国と讃歌に取って代わるんだ。 





Do not speak to us of the greatness of poetry,
Of the torches wisping in the underground,

Of the structure of vaults upon a point of light.
There are no shadows in our sun,

Day is desire and night is sleep.
There are no shadows anywhere.

The earth, for us, is flat and bare.
There are no shadows. Poetry

Exceeding music must take the place
Of empty heaven and its hymns,

Ourselves in poetry must take their place,
Even in the chattering of your guitar.


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Astronomica

 パートリッジの「All Along the Watchtower」のインタビューの中での、「All Along the Watchtower」と「Citadel」が同じ主題、対象を扱っているという発言には驚いた。そのように思ったことはなかったから。 
 それで、「Citadel」がSF的だと言うことも、思ってなかったし。そう言われると、「2000 Light Years from Home」などはSFそのものだし。アルバム『Their Satanic Majesties Request』全体がSF的に思えて来た。 
 それで、『Their Satanic Majesties Request』というアルバム・タイトルにしても、これまではどうしても、「悪魔」「背徳」を感じていたのだけれど、それはローリング・ストーンズの作られたイメージにそうさせされていたのかも、と思ってしまう。 
 実際、「Satanic」は、土星なのだろうし。ジャケットのアートワークにも、浮かんでいるし。 
 それは、ピンク・フロイドのデビュー・アルバム『The Piper at the Gates of Dawn』も同じ。同じように作られたフロイドのイメージで、「サイケ」な逸脱した世界の様に思わされていたけれど、実際には、タイトルが取られた『たのしい川べ』の第7章そのままの、夏の長い夜明けの空の黄道帯のイメージなのだろうし。 
 たぶん、宇宙への共感と言うことだったのではないだろうか。スプートニクも飛び、アポロ計画も進んでいたのだし。 

 などと思ったのは、パートリッジのインタビューを訳していたからでもあるけど、最近、『Astronomica』の記事を何かで読んだから。紀元30年から40年の頃、ローマの詩人、マルクス・マニリウスがへクサメタルで書いた詩。天文学を扱っていて、十二宮に十二神を当てている、と言うもの。広く読まれたいたことは確実だけれど、後代の書籍に引用されることはなかったのだそう。 
 兎も角、地上にいて、宇宙を目にする感覚と言うものだったのだろうなあ、と。  
 ( ホルストの『惑星』にも通じるのかも、あれは、占星術なのだけど、でも、占星術が宇宙を地上で感じると言うことかもしれないし、、、 )
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2019年07月14日

Contaminated Pop

 バリー・アンドリューズの「初めての[ 本人がそう言っているけど? ]」ソロ・アルバムが発売中。 
『 Contaminated Pop 』
https://shriekbackmusic.tumblr.com/post/186057772092/contaminated-pop-lyrics-barry-andrews-2019

シェリークバックのホームページから、バーニングシェッドでも、 

https://shriekback.com/store

https://burningshed.com/store/shriekback/barry-andrews_contaminated-pop_cd  



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2019年07月13日

JIGSAW TEASE

 7月9日に設けられた、APE house のTwitter の「3:51 - 2019年7月12日」付のコメントに、
「Raise a glass to the first piece of our 'JIGSAW TEASE'. Here's a glimpse of part of the cover to a forthcoming release from APE HOUSE. What CAN it be?」と。https://twitter.com/apehouseXTC/status/1149632262817767424
 おそらく、アンディー・パートリッジのソロ・アルバムだろう。ジャケットのアートワークも出来ているとすれば、リリースも近いのだろう。あるいは、The Clubmen がやっとリリースされるのか??? 

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2019年07月12日

『 Wing Beat Fantastic 』記念日

 2012年7月12日、アンディー・パートリッジはマイク・ケネアリーとの共作アルバム『 Wing Beat Fantastic 』をリリース、今日は記念日。  

Chalkhills: Mike Keneally: Wing Beat Fantastic


https://www.youtube.com/watch?v=Sug4hC3Ysb0


https://store.keneally.com/products/mike-keneally-wing-beat-fantastic
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2019年07月11日

芝祐靖さんの訃報

 雅楽の芝祐靖さんの訃報。7月5日に。1935年生まれ、享年83。 

https://reigakusha.com/home/3304


上田閑照先生も、享年93。6月28日に。
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2019年07月10日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」4

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」3: ノエルかえる不恵留





バーンハート「仰ることは分かります。それから、スタジオにいると、時間が消えてしまうと言うのも、可笑しいですね。」
パートリッジ「そうです。スタジオに入ったと思ってご覧なさい、「さて、みんな、もう片付けなくちゃ、朝の3時だよ。」と言うことになるのですよ。」 
バーンハート「( しばらく笑う ) その通りですね。さて、モールディングさんとチェンバースさんは、この歌では、一緒になって上手くグルーブを出しています、そして歌を通してずっと…」
パートリッジ「ええ。それに、よくステージのライブでも演奏したのですが、その時には、終わりの部分のダブ風の所ですが、あそこはずっと長く伸ばしていました。それに、だんだん速くなっていました。歌mp前半分は、「自分で転がる」ファンクの様なのですが[ パターンを歌う ]、それが後半分では、寸断されたものになるのです[ 歌の終わりに向かう部分を歌う ]、間が空いて大きな空間性があり、突き刺す様なリズムになるのです。ライブでは、この部分は、次第次第に速くなって行きました。私たちがこの歌をライブで演奏していた時には、最初の部分と次の禍々しくて突飛な部分との間に、ギア・チェンジがあったのです。この二つの部分は、テンポが完璧に合っていたのです。二つがぴったりと合うと、それを聴いていてこの上ない喜びを感じました。」 
バーンハート「この歌でのバリー・アンドリュースさんの演奏の仕方については、貴方はどうしてほしいと言われたのですか?」
パートリッジ「そうですねえ。前半部分では、バリーは、長く持続させる音を弾いています、スワールやスィープを使っていますね。でも、後半部分では、…」 
バーンハート「スタッカートですね。」
パートリッジ「後半では、スイッチを切ったり入れたりしながら、ブーとかピーとか言うノイズ的な音を弾き始めるのです。壊れたコンピューターの様な音ですね。それは、そう言う弾き方がリズミックだからなのです。ベースとドラムは当然にリズミックなのです。長く持続する音はもはやないのです。それで、私の歌い方も、どんどんと、短く途切れ途切れになって、リズミックになるのです。全てがリズミックになって、意味の取れない会話の様になっているのです。スキャットの歌い方に似てはいますけれど、スキャットではありません。ただのノイズなのです。」 
バーンハート「ええ、私は、あれはスキャットだと思ってました。」
パートリッジ「最近は、私は、なかなかのスキャットの歌い手なのですよ、実は。でも、あの頃は上手くありませんでした。スキャットではなくて、リズミックなノイズだったのです。ヴォーカル・ドラムと言うか、声でドラムを打っていた様なものだったのです。」 
バーンハート「そうですか。そこは、私は貴方と意見が合わないところですね。私は、初期にも貴方はスキャットをしていたと考えていますから。「 Watchtower 」や「 Scissor Man 」を自分が初めて聴いた時のことを覚えているのですが、私は、「この人はジャズのことをよく分かってるんだな。だって、ここでは、大体、スキャット・シンガーになってるからね。この人は、声を楽器にしてるんだ。それが詰まり、ジャズを分かってると言うことだよね。」と思ったのです。」
パートリッジ「( しばらく笑う )「早く、空にスキャット信号を上げて! 僕らにはスキャットマンがいなくちゃ!」[ この台詞、何に基づいているのか私には分かりません。 ] 
 この最近では、偉大なジャズ・シンガーとスキャットの対決をすることを始終夢見ているのですよ。そうですね、エラ・フィッツジェラルドとかとの対決ですね。」 
バーンハート「( 笑いながら ) そんなことを。例えば、他には、ルイ・アームストロングとかですか。 
 話を戻してですね、貴方たち四人のメンバーは、それぞれ、音楽に間を見つけようとしていたのですね、それは、戦いの様でもあり、貴方が言うところに依れば、会話であった訳ですけれど。」
パートリッジ「そうなのです。それに、この歌に対しては、私たちは音楽的な価値を感じていなかった、と言うことも理由にあると、今考えると、思うのです。それで、この歌を使って、私たちは冒険をすることが出来たのでしょう。私たちは、自分たちの音楽にこそ、この歌よりももっと価値があると思っていたのです。まあ、「自分の子供には手を上げない。」と言うことですかね。ですけれど、これはディランの歌であり、ヘンドリックスが自分の様式で演奏した版が既にあった訳ですから、それに、これまでどれだけの人がこの歌をカバーしたかも分かりそうにないですしね、兎も角、私たち自身の歌ではないのです、ただ、この歌を台無しにしてしまう認可は得たと言うだけですよ。それで、この歌の中に、とても創造的なものを私たちは見つけたと言う訳です。」 
バーンハート「まるで規制などないですから、心配することはないでしょう。貴方のもう一つのジャズとの共通項ですね、こう言う遣り方がジャズと共通しています。普通、ジャズ・ミュージシャンは、スタンダード・ナンバーを取り上げて、自分たち自身のものにしてしまうのですよね。それは広く認められている表現様式だからです。ですから、してはいけない理由はないですよね?」
パートリッジ「ええ。「All Along the Watchtower」を解体するのは、とても面白かったです。私の言う意味がお分かりでしょうか?」 
バーンハート「ええ。コルトレーンの様な人が、「 My Favorite Things 」を取り上げるのと同じですよ。それを分解して、自分の方法論に従って、それを再構成するのです。「All Along the Watchtower」のことで、印象に残っているものは何ですか?」
パートリッジ「そうですね、歌詞の「 and the wildcats did growl 」の所で、面白がって唸っていましたよ。( 笑う ) 私の「ジョニー・ウィンター」的唸りです。デイブは、今でも、私のジョニー・ウィンターの物真似が好きなのです。30秒ほど一つの音を伸ばして、それから飛び上がって、それで、ブルースのフレーズを弾く。これが、ジョニー・ウィンターの物真似です。この歌と、「 Citadel 」の歌詞が本当に好きなのです。とてもよく似ています。包囲された場所なのです。でも、それは現実の都市なのか? それとも、個人の心象としての包囲性[ besiegement ]なのでしょうか? besiegement という言葉があるのか知ら、もしかしたら、今、私が造った語なのか知ら。」   



おわり。 



誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。 

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2019年07月08日

ジョン・コルトレーン来日記念日

 1966年7月8日、ジョン・コルトレーンが来日。東京、大阪、広島、長崎、福岡、京都、神戸、静岡、名古屋で公演。ファラオ・サンダース、アリス・コルトレーン、ジミー・ギャリソン、ラシッド・アリのライン・ナップ。日本は興奮の坩堝に。  



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2019年07月07日

Wonderland : Naked Flames

 待ち遠しい、ライブ・アルバム『 Naked Flames 』ですが、 
TC&I のサウンドクラウドのページで、「Wonderland 」が聴かれます。 、、、素晴らしい、、、 


https://soundcloud.com/user-316294301

https://soundcloud.com/user-316294301/wonderland

 YouTubeのチャンネルではまだなにも、 
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リンゴ・スターのお誕生日

 今日はリンゴ・スターのお誕生日。
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2019年07月05日

そんなわけで

 Zee 『 Identity 』は、Pledge Music がなくなったので、なんだかんだで、Music Glue というところに注文し変えた。まだ届いていない。
 で、TC&I のライブ・アルバム『 Naked Flames 』は、仕方ないので、バーニング・シェッドに注文。バーニング・シェッドは信頼できないけど。今回も、注文の手続きを4回も仕直した、、、 
 サインつきポスト・カードなど、要りもしないし、どうせすぐに無くなるけど、、、  
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Naked Flames: Live At Swindon Arts Centre

 しばらく前に、フェイスブックのTC&I のファンのページに、ただ「 Live Album 」と書かれただけの記事があったので、リリースの予定が確実になって来たのかな、と思っていたら、バーニングシェッドで8月9日はリリースと。 

https://burningshed.com/tcandi_naked-flames_cd 

 驚いた。  


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2019年07月03日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」3

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」2: ノエルかえる不恵留





バーンハート「この歌では、聴衆のとても良い反応を得られたのではないかと思うのですが。」
パートリッジ「ええ。年上の人たちは、大抵、この歌を好きでしたからね。「この歌は大好きなんだ、彼らはどんな風に演っているのかな?」と言うところでしょうね。ところが、私たちが聖書に小便をかけているので仰天したでしょうね、きっと。」 
バーンハート「( 笑う ) 私は、この歌を公開で演奏した時に、歌詞が始まるまで誰も何の歌か分からずにいて、そして貴方が歌い始めると、聴衆は決まって笑って面白がっていた、というのを覚えていますけれど。」
パートリッジ「( 笑う ) 確かにそうですね。ステージで演奏する場合、歌い始めると、すぐに笑い出すのです。こう思っていましたよ。「歌い方を笑っているのだろうか、ハーモニカの演奏を笑っているのだろうか? それとも、聖書をバラバラに千切っているから笑っているのだろうか?」 
 初期のステージでは、聴衆はよく笑っていました。それはとてもとても私を喜ばせたのです。それは素晴らしい反応だと考えていたからです。軽蔑する様な笑いであっても、私は気にしませんでした。」 
バーンハート「煮え切らない反応よりも笑われた方が良いのですね。」
パートリッジ「その通りです。軽蔑して笑われるのでも、素晴らしいことです。兎に角、聴衆に私たちの演奏が届いたと言うことですからね。」 
バーンハート「初期の頃ですけれど、貴方たちの音楽に対して、とんでもない酷い仕打ちがたくさんあったのじゃないですか、違いますか?」
パートリッジ「ええ、それはその通りです。でも、それは同時にこの様なことでもあるのではないでしょうか。と言うのはですね、私はですね、自分が、本当に心底面白いもの、感銘させられるものに出会うと、どう反応していいのかわからにことが時々あるのです。そう言う時には、私は笑うのです。素晴らしいドラマーに会うと、まさに笑うのです。素敵な映画を観ると、必ず、座り込んで笑っています。それが真面目な映画でもそうです。それが深く心を揺さぶるからです。それが聴衆が私たちの音楽を笑った理由だと、私は思いたいですね。でも、勿論、私の歌い方が変だと言うのも混じっているでしょうね。それに、私たちがディランの音楽のひとつにあんなことをしていると言うことも、笑われる理由に混じっているでしょう。でもまあ、この歌をステージで演奏するのはとても楽しかったです。私たちは、いつも、暗くて風変わりで何か凄いことがありそうな地帯に突入していたのです。セルフ~ダブの一面もありましたしね。ものすごく好きでした、私は。もっと多くの歌を、あの様な空間のあるスタイルで演ってみたかったですね。でも、当時の私たちは考えもしなかったのですが、今は、ある制約があるのですね。」 
バーンハート「そうですか、今は出来るのではないですか、これからの未来もあります。」
パートリッジ「なんと、そう言いますか。」 
バーンハート「と言うのはですね、この歌は、それ程によく知られたライブ録りの歌なものですから。プロデューサーのレッキーさんは、これをライブで録ったのですよね?」
パートリッジ「ええ、ライブで録りました。ヴォーカルもです。マナー・スタジオでライブで録りました。」 
バーンハート「何テイクを録ったのですか?」
パートリッジ「2テイクだったと思います。もし多くても、3テイクでしょう。テイク2をレコードに使ったのだと思います。スタジオの隅に、木製の土台を敷いた小さなステージがあったのです。テリーはそこにドラムズをセットしました。コリンは一緒にそのステージに立ったのです。コリンのアンプは角のあたりに置いたのです。私は、そこから離れて、別の角の遮音エリアに位置を取りました。バリーは、メイン・ルームに位置したのです。私たちは、互いに全身がよく見えました、けれども、互いにかなりの距離があるところに位置したのです。」 
バーンハート「それはつまり、レッキーさんは、マイクに bleedthrough [ Print-through : 印刷の場合は表面滲み。裏面のものが表面に滲み出ること。音楽制作の場合は、磁気を使う機器が接近する他の機器の影響を受けること。 ]が起こるのを抑えようとしたと言うことなおですか?」
パートリッジ「Bleedthrough、Spillover、その通りです。告白しましょう。私は、自分のハーモニカがへなへなに聞こえると思っていたのです。私は、原理を全く理解していなかったのです。アンプリファイアーを通して演奏すれば、元の音に歪みが生じると言う原理をです。クラブのこの曲を演奏した時には、ハーモニカはもっと良かったと思ったのです。でもそれは、ハーモニカを歌う時に使うマイクにくっつけて吹いていたからなのです。ハーモニカをマイクにぴったりとくっつけて吹けば、マイクで増幅もされ音声信号は歪められ、本当にいい音に、そして叫んでいる様に聞こえる様になるのですから。それでですね、マナー・スタジオでは、本当に高価なマイクの前に立って、6インチは離れて歌い、ハーモニカもその様に離れて吹いたのです。ですから、演奏を再生して聞かされた時、私は、ハーモニカの音が細くてへなへなしているのはどうしてだろうと思ったものなのです。私が馬鹿なだけでした、アンプリファイアーで歪められてなかったからなのです。」 
バーンハート「そうですか、貴方たちは、その時、レコーディングには全く経験がなかったのですね、それですから、何を要求すればいいか分からなかったのですね。」
パートリッジ「ええ、何をして欲しいか分からなかったのです。それに、何もかもがとても恐ろしくて、それに、ワクワクしていたのです。スタジオに入ると、食事も喉を通らないし、おしっこも出なくなるのです。スタジオにいることに興奮して、舞い上がっていたのです。 
 私は、しなければならないことを、いつも、全部綿密に計画していたものです。歌の構成についてもそうなのです。歌については、私は、本当によく分かっているのにも拘らずにです。私は、何処かから一包み丸ごとのルーズリーフを手に入れていました。それで、そのオレンジ色の紙に何もかもを書き留めておいたのです。短い書き込みです。例えば、「ここでギター・ソロ。少し曲調を変える。」と言う様な。全部書き出しておいたのです。と言うのは、スタジオに入ると、へんてこなゾンビの様にとなることは分かっていたからです。夢遊病患者そのものでしたよ。」  
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2019年06月30日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の4訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の3訳: ノエルかえる不恵留





それでは、そのままのメロディーは生きていると言うことなのか? 
メロディーは、青いギターの上に進む道を採っている。 

一本の弦の上に百万の人がいて、 
このメロディーに、その百万の人の様式がすべてあると、言うのか? 

正しい様式も、間違った様式も、すべてが、 
弱い様式も、強い様式も、すべてがあると? 

感受性が、猛った様に、巧妙に細工された様に、 
秋の風に乗る蝿の様に、鳴く。 

だからやはろ、そのままのメロディーは生きているんだ、 
この青いギターから出る部分なる音は生きているんだ。  





W
So that's life, then: things as they are?
It picks its way on the blue guitar.

A million people on one string?
And all their manner in the thing,

And all their manner, right and wrong,
And all their manner, weak and strong?

The feelings crazily, craftily call,
Like a buzzing of flies in autumn air,

And that's life, then: things as they are,
This buzzing of the blue guitar.
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2019年06月27日

ちょっとメモ:藤倉大『ざわざわ』

 藤倉大の作品集、『ざわざわ』。ソニーミュージックからリリース。

https://www.daifujikura.com

https://www.youtube.com/watch?v=Ztnvo9qgqrg
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2019年06月26日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」2

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」1: ノエルかえる不恵留





バーンハート「生意気な若造と言うことですね。」
パートリッジ「そう生意気なのですよ。でもね、しょっちゅう生意気と言うのにですよ、その本人たちは、「生意気」のスペルを知らないと来ているのです。( 笑う ) The insolvency. The solvency of youth. と書けないのですから。 
 それでです、私たちはこの曲をよくライブで演奏していました。細かいことは省いてですね、どちらをカバーするかは、コインを投げて決めることにしたのです、結果、「 Wachtower 」になったのです。あの当時では、私は、ディランの原曲には馴染みがなかったのです。カバーした後からは聴いていますけどね、あの時では、知っていたのは、ヘンドリックスのカバーだけだったのです。」 
バーンハート「そうですか、ヘンドリックスの方がよく知られていますからね。」
パートリッジ「ディランが書いたものだと言うことは、特にディランのファンではない私でも知っていました。でも、当時の私は、ドノヴァンの方が好きだったのです。ディランの原曲がどの様だったかを、私は知らないでいました。」 
バーンハート「今でもドノヴァンがお好きですか? [ ドノヴァン - Wikipedia ] 私もですが、貴方もマーティン・スコセッシ製作のドキュメンタリーをご覧になったと言うのは聞いています。ディランに対する見方が変わったかと… [ 『 No Direction Home ( 2005 )』"American Masters" No Direction Home: Bob Dylan (TV Episode 2005) - IMDb ] 」
パートリッジ「ドキュメンタリーを見て、私は、以前よりも彼を高く評価する様になりました。それに、彼は有能でそれにお洒落な人だと分かりました。スーツがものすごく似合っていたのです。もっと、スーツを着ていれば良かったのにと思いますよ。でも、ドノヴァンはいつでもこざっぱりとしていたと思います。ドノヴァンがディランの信奉者の一人だと言うのは明らかでしょうけど、でも、ディランの体に Pop な頭[ head ]を載せていたのが、ドノヴァンです。簡明で分かりやすい Pop な見出し[ head ]が付いているのですね。 
 まあ、兎も角、「All Along the Watchtower」に決めたのです。それで、当時、私は、ダブ・レゲエの空間性が大好きだったのです。しょっちゅうダブを耳にしていました。それで、「どうして、「この美の原理を使わないんだ? 録音したものを文字通りばらして、そこから取った断片を集めて戻して一つにしているだけじゃないか? よし、僕たちは、曲の中に「間」を入れてみよう」と思っていたのです。 
 それで、方法を考え出したのです。それは、自分が歌いながらダブの様なことをすると言うものでした。この様なことをしていたのです、聞いて下さい、( 詰まる様なヴォーカル・スタイルを歌ってみせる )。誰か別の人がボタンを押してるか、コントロール摘みを回している様でしょう。そうですね、マイクロフォンに故障がある様にも聞こえますね。 
 それと、私は、ギターを弾こうとはしませんでした。ギターはたくさんある「間」を潰してしまうでしょうからね、意図してギターを弾かなかったのです。」 
バーンハート「それが、この歌で貴方がギターを弾かなかった理由なのですか?」
パートリッジ「加えて、私は、ギターとハーモニカを同時に演奏することが出来なかったからです。」 
バーンハート「その時までに、ハーモニカはどれくらい経験があったのですか? いつ始めたのでしょう?」
パートリッジ「ギターとほとんど同時ですよ。実際、ドノヴァンかディランが首にホルダーを掛けているのを見たことがあったのです。それで、駆け出しの頃の仕事で得た自分のお金でハーモニカを買ったのです。でも、もちろん、ホルダーに付けてブルースっぽくハーモニカを吹くなんてことは出来ないですよ、プッと言ったりブォーッと言ったりするだけです。喘息のアコーディオンの様ですよ。( 笑う )」 
バーンハート「それだと、遣り方も、月並みで陳腐になったでしょうね。」
パートリッジ「まるっきり月並みですよ。「フォークがしたいのかい、じゃあ、これだ。」と言う感じですね。ハーモニカを当てて、悲哀を込めて喘いでいると言うだけですね。調は合っているのですけれどね。調を外しちゃいけませんよ。 
 私は、ドノヴァンとかではなくて、ブルースのハーモニカを聴く様になったのですが、その時には、「ええ、この人たちは音をベンディングさせてるぞ、火を点ける様だし、音が太いぞ。」と思ったものです。当時、私は、そうしたハーモニカ奏者たちの多くがアンプリファイアを通していると言うことが分かっていなかったのです。小さなマイクをぴったりくっ付けているのですよね、それで、実際、音が歪んで叫ぶ様になっているのですよね。それでどうしたか、ですね。悲哀を込めて吹くのではなくて、もっと、吸う様にしたのです。口をすぼめて小さな穴を作って、空気の流れを制限するのです。それで音をベンディングするのです。それでとても上手く行きました。」 
バーンハート「成る程ですね。私は、ずっと、貴方は独特なハーモニカ奏者だと思って来ていました。このことについては、以前お話しして頂いたのですが、私は、貴方はハーモニカをギターの遣り方で演奏する人だと思っています。ファジー・ウォッブルズ・シリーズの中の「 Reing of Blows 」等がその例ですが、貴方は、ハーモニカのソロを採っているのですが、ガンガン演っていますよね、それで、その遣り方は、ギター・ヒーローが長いソロを採る様なのです。」
パートリッジ「( 笑う ) 『 Play in a Day 』の方法と言うことですね。[ Bert Weedon の書いたギターの教則本。1957年出版 The Official Bert Weedon Website - Play in a Day ]」  
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2019年06月25日

「ジョニー・サンダースと共演」記念日

 1977年6月25日、XTC は、ウェールズのランドリッドにある Grand Pavillion での Johnny Thunders and the Heartbreakers の公演で前座を務める。
 パートリッジにとっては、憧れのジョニー・サンダースとの共演ということ? 

 42年前、今日は記念日。 


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2019年06月24日

「 Wonderland 」記念日

  1983年6月24日、 XTC は、シングル「 Wonderland 」をリリース。アルバムからの先行シングル。36年前。今日は記念日。  
Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Wonderland" 
ジャケットのアートワークは、誰が描いたんだろう? 

この頃にヒットしていた歌は、ポリスの「 Every Breath You Take 」。 

翌25日に、アルゼンチンの作曲家、アルベルト・ヒナステラ Alberto Ginastera が亡くなっている。1916年4月11日生まれ。EL&Pのアルバム『 Brain Salad Surgery 』の中の「 Toccata 」は彼の作曲。 
( 去年も同じことを書いたけれど。 )  


1983年3月17日に、フランスのテレビ放送の番組『 Les enfants du rock 』で放送された、ビデオクリップ: 
スタジオ内で演奏してる風景( 当て振りだけど )。ビートルズの『ヘルプ!』の中のショットみたい。カラーだと良かったけど。
https://www.youtube.com/watch?v=HdkjeBYakE8 

ドラムは、ピータ・フィップスさん。

やっぱり、次のサラウンドは、『 Mummer 』が好いなあ、 


以前書いたのをそのまま。  


それで、ジャケットのアートワーク、 
Clyde Norman Provonsha という人らしい。1911年生まれで2006年に亡くなった、ハドソン川沿いのパリセイド生まれのアメリカの人。 
元の絵は、エデンのイブの絵ということらしい。 

Clyde Norman Provonsha - Artist, Fine Art Prices, Auction Records for Clyde Norman Provonsha

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2019年06月23日

The Beatles 「 Here, There And Everywhere 」訳

 ビートルズの「 Here, There And Everywhere 」。 

 構成は、イントロがあって、三つのヴァース、一つのブリッジ、それにアウトロ。ブリッジは、第三ヴァースにくっ付いていて、メロディーは繋がる様に。 

 歌詞の内容は、相当に難解。マッカートニーらしいと言うか。ナレーションは一つだと思うけれど、第一ヴァース、第二ヴァースと、微妙に視点がずらされている。 
 第一ヴァースで here 、第二ヴァースで there と、( たぶん ) 全く次元の違う世界を描いて、第三ヴァースでその両方を止揚する everywhere という、弁証法的(?) な。

 ただ甘い恋の歌にも読める。それで済ませても構わないのだろう。でも、絶望的な希求の歌にも読める。そう読んでも誤読だとは思えない。 
 ハンター・デイヴィスの『ザ・ビートルズ・リリックス 名作誕生』には、バロネス・オルツイの『べにはこべ』の12章「一枚の紙片」の中の詩に言及されていたけれど、関係はないのだろうけれど。でも、どことなく、ロココ風な感じもするから、マリー・ワントワネットを連想してもいいのかも。 

 『べにはこべ』の中のその詩の村岡花子の訳は: 
あちらだ、こちらだ  
 ぼくらはさがす、 
ここにお出でのフランス人は 
 のこるくまなく探してまわる。 
天にいなけりゃ − 地獄にか? 
 姿を消したる、べにはこべ   




元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Here, There And Everywhere | The Beatles

https://www.youtube.com/watch?v=xdcSFVXd3MU





少しでも幸せに暮らしたい、僕は 
だから、恋人に「現存」して欲しいんだ。 

此岸では、過ぎ去る一年のその日その日を、僕は 
彼女の手の合図で変えている。 
誰も打ち消せない、特別なものがあるのだと、彼岸には。 

彼岸では、僕の両手で彼女の髪を搔き上げる、 
僕たち二人とも、そんなことがあれば素敵だと思う。 
そう「大切な人」が言うのに、彼女は「大切な人」がいることも分からない。 

彼女に「遍在」して欲しい、僕は、 
そばに彼女がいれば、煩いはなくなると分かっている。 
でも、彼女を愛するには、彼女が「遍在」しないと。 

愛すると言うのは、共に生きると知ったから、 
二人、それぞれ、恋する相手は死なないと信じて、僕は 
彼女を見つめ続ける、僕がずっと彼岸にいれる様に願って。 

僕は彼岸にいようと決めた、 
「遍在」しようと、
此岸にも、彼岸にも、どこにでもいるんだ。   

posted by ノエルかえる at 18:20| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月22日

The summer solstice 2019 at Avebury

 今日は夏至、スウィンドン近郊のエーヴベリーの遺跡でも、夏至のお祭りが。 

エーヴベリー - Wikipedia

 ストーンヘイジはもっと南。 

 なので、今日は『スカイラーキング』。
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2019年06月21日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」1

 トッド・バーンハートさんのアンディ・パートリッジへのインタビュー、「 All Along the Watchtower 」について。 
2007年6月3日に、MySpace の公開されたもの。今はもうありません。チョークヒルのアーカイブに保存されています。 

Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "All Along the Watchtower"





バーンハート「「All Along the Watchtower」について話して下さい。XTC がカバーした本当に唯一の歌ですから。」
パートリッジ「私たちがカバーとして録音するのは、「All Along the Watchtower」にならなかったかもしれないと言うことは、貴方もよくご存知かと思いますが?」 
バーンハート「ええ。『 Song Stories 』で読みましたから。ストーンズの歌とこの歌と、どちらかを選ぼうとしていたのですよね。」
パートリッジ「ええ。「 Citadel 」です、ストーンズの歌です。それについては、雑誌 Mojo ための批評記事を書き上げたばかりなのです。[ Their Satanic Majesties Request 50周年記念版: ノエルかえる不恵留 ]Mojo は、多くの人のそれぞれの好きなストーンズの歌についての記事を掲載しているところなのです。ストーンズの歌については、私は好きな歌があまりにもたくさんあります。でも、この歌は、私の心の中で、特別な位置を占めているのです。」 
バーンハート「何故ですか?」
パートリッジ「とても大きな感銘、影響を私に与えたのです。「 Citadel 」は、ストーンズの『 Their Satanic Majesties Request 』に入っています。それで、私の友人の一人で、何故だか( くすくす笑う )、ちょっとミック・ジャガーに似ていたのです、厚い唇をしていて、まとまりの悪いふさふさの髪のおかっぱでしたけど、子供の時にはしょっちゅう遊びに来ていたのです。彼と私は、海賊ラジオ局ごっこをよくやっていたのです。二人は、お気に入りのレコードを持ち寄っていたのです。それに、私は当時、グルンディッヒのテープ・レコーダーを持っていたのです。[ グルンディッヒ - Wikipedia ] それは、「モンキーを描こう」コンテストに優勝して得たお金で買ったものでした。それで、自分たちがやった「放送」をそのまま録音していたのです。好きな曲をかけて、その曲の間に、ばかばかしいDJの様なことを喋ると言うのが私たち「放送番組」でした( 笑う )。 
 それである時に、友人の彼が、兄さんのアルバムを一枚持って来たのです。そこで私は「 Citadel 」を聴いたのです。「なんて、ファンタスティックなんだ!」と思いましたね。聴いたこともない様な無茶苦茶な曲だと思いました。ストーンズは、サイケデリアそのままをすることは出来なかったのです、それが、私がこのアルバムを好きな理由なのです。それは、素晴らしい作品で、見事な失敗なのです。バラをはじめ花々は、明らかにプラスティックなのです。( くすくす笑う ) 見た雰囲気はあまりよくないですよね。メンバーは何だか不機嫌の様です。それに、薬、効き目の弱い植物由来のものより、危険だと、貴方も感じるでしょうね。 
 けれども、「 Citadel 」を聴いた時、私は本当に感動したのです。私の心に刻みつけられたのは、その歌詞なのです。何度も繰り返して聴いて、聞き取ることが出来たのです。その歌詞は、SF的なものでした。例えば、「 Screaming people fly so fast / In their shiny metal cars / Through the woods of steel and glass. 」と言う行などがそうです。私はなんて夢幻的なんだろうと思いました。その歌詞が、ギターが奏でている未来都市の音、そしてメロトロン、小さなフィンガー・シンバル、フィードバック、と言った鋼の様な音、それらは他に代え様のない音なのですが、それらの音全部と完全に溶け合っているのです。 
 ところで、小学校の頃の私は、読むのがひどく遅かったのです。課題で、何か本を読まなくてはいけないとなると、私は本当に苦々しく思っていたものです。例えば、『 Lorna Doone [ 1893年の小説、作者はブラックモア。Lorna Doone - Wikipedia ]』の様なものだったり、プレスター・ジョンの伝説[ プレスター・ジョン - Wikipedia ]についての本だったりですね、そう言うのが課題になっていました。忘れてしまいましたけれどね。兎も角、私は自分がどうしようもなく愚鈍だと言うことに気が付いたのです。と同時に、大部の書籍というものに恐れを抱く様になったのです。私が難読症か何か、学習障害を患っていたかどうかは分かりません。わかっているのは、小学校では、読むことが出来る様になったのは、同学年で私が最後だった、と言うことなのです。読書に障害があると言うことは、明々白々でした。」 
バーンハート「でも、今はそうではないですよね。」
パートリッジ「ええ。でも、今でも絵の方が好きですよ。今でもやはり、絵のところに喘ぎながら這い上がって、一休みが出来る様な本が好きなのです。本の中の絵は小さな島ですね。それでですね、その頃、友人とラジオ局ごっこをしてた頃ですが、自分の意思で本を読みことを始めていたのです。それが、SFだったのです。信じられないペースでSFの本を吸収していっていたのです。ですから、「 Citadel 」の歌詞のSF的本質は、ちゃんと私には理解できたのです。おかしな話に思われるでしょうが、「All Along the Watchtower」の歌詞の内容を私が好きなのも、同じ理由からなのです。両方の歌の主題が似ているからなのです。片方に遠くの都市の中で安逸に暮らしている特別の人がいて、もう片方に武装した下層民がいて見張り塔から壁を超えて都市を注視しているのです、そう言う主題です。登場人物は、二つの歌の設定を行ったり来たりします、挨拶し合ったりするのです。中世の砦であり、個人の砦であり、未来の砦なのですけれど。両方の歌の歌詞の設定が、私から見ると、同じ景観の中にあるのです。それで、この様に考えたのです。「この二つの歌のどちらか一つをカバーしたら良いんじゃないだろうか、だって、どちらも保守派を代表する人の歌な分けだし。徹底的に斬新なアレンジでやって、僕らが保守派にちっとも畏敬の念を抱いてないことを見せつけたら、つまり、彼らが作ったものを取り上げて、それを完全に粉々にして、しかも、その粉々になったものを僕たちの遣り方で一つにまとめて全然別のものにすることが出来ると、見せつけたら、騒動になると思うな。」」   




バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」2: ノエルかえる不恵留
バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」3: ノエルかえる不恵留
バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」4: ノエルかえる不恵留

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2019年06月18日

X(@xtcfans)さん | Twitter

 アンディーが使っていた、@xtcfans のアカウント、他の人が使い始めた??? 

@motionbandhq とリンクされてる、「2019年6月に登録」と。

https://twitter.com/xtcfans
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2019年06月15日

さてとてと

 アンディー・パートリッジは、彼がtweetを止めてからほぼ一月経つのだけれど、「このTシャツを買わない様に」等と告示する機会を失って、どうなのだろう。tweetは止めたけれど、毎晩iMacの前に座って「XTC」検索はして、YouTubeのXTC の歌のビデオに付いた新しいコメントを見つけては憤慨すると言うこと等は、続けているのだろうか。それとも、無聊に酒を飲んでいるのだろうか。そうではなくて、作品制作に忙しくて、インターネットなど見てもいないのだろうか。 

 それで、テリー・チェンバースへのバーンハートさんのインタビューは、先のパート3の終わりとしたところから、そのまま会話は続いているのだけれど、プロデューサーに触れると『Drums and Wires』の事へも話題が進むので、あそこで止めたのだけれど。 
 それで、そのままパート4には進まずに、バーンハートさんの他のインタビューを読んでいこうかと思っている。『White Music』の「Radios in Motion」とか「All Along the Watchtower 」とか、『The Big Express』のものとか。あるいは、モールディングの「Frivolous Tonight」とか。 



 それと、テリー・チェンバースへのインタビュー、ブログ『世界最高のバンドXTCよ永遠なれ!!!』はもちろん参照しているのだけれど。Miko さんは、勘違いもあって。気になるところは、例えば、 
「I'd hate to think that people think we went into a big thing with rhythms perhaps in the same way that Devo did -- I think they really looked at it. I don't think we looked at it to the extent that they did.」のところ、 
チェンバースの趣旨は、自分たち XTC は、Devo の後追い、模倣をしていたのではない、と言う事なのだけれど、
彼女は、「Devoがやったみたいに、XTCがこの曲でリズムを深く掘り下げて考え抜いて作ったと思われるのは嫌ですね。Devoは本当に研究したと思うんですが。 僕らはそれほど深く考え抜いたわけでは無かったと思う。」としている。
http://long-live-xtc.seesaa.net/article/374937569.html?seesaa_related=category

また、「As things became a little bit more experimental for Andy, playing an empty drum pattern allowed him the room to put some ideas on top later in the recording process, if he wasn't sure of exactly what he wanted to put down himself.」のところ、
ここは、『Go2』の時点の話しで、『White Music』でレコーディングを経験したので、アンディーは手順を覚えて、オプションをいくつか作って、どうするかはゆっくり考えて、後から重ねて録音する様になった、と言う趣旨なのだけれど、 
彼女は、「アンディが音楽に対して、もう少し実験的な事をやり始めたので、録音プロセスの最初の段階ではアンディ自身が何をしていいかわからなくても、僕がスカスカのドラムパターンをプレイさえしておけば、後の方で色々アイデアを付け加えられたんです。」としている。
experimental の意味を勘違いしてるのだろうけど。
http://long-live-xtc.seesaa.net/article/375218793.html?seesaa_related=category


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2019年06月14日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の6

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の5: ノエルかえる不恵留





バーンハート「先程は、演奏技術について少しばかりのお話しをして頂いたのですが、同時に、何曲かについても話して下さいました。そこでですが、強拍のない所で、ハイハットを使うことが多い時がありました。「んと」の所ですね。パートリッジさんは、「豆スープ Pea soup : ハイハットを開けたまま叩いて直ぐに閉じる奏法 」と言う呼称を好んでいましたが。それが最初に聴かれるのが、「 Meccanic Dancing 」だと思うのです。その次に聞かれるは、「 Helicopter 」です。それから、「 Generals and Majors 」と続きます。」 
チェンバース「ああ、「 Meccanic Dancing 」はアンディーの「ダンス曲」の一つですよ。とっても踊り向きです! 今でもうんざりしますね( 笑う )、でも実際にアンディーが踊るところを見ると分かりますよ、あれがダンス曲だと言うことに納得されるでしょうね。アンディーが踊るのを見た後では、貴方は屹度こう言うでしょうね。「おお、この曲はなんて踊りやすいんだ! 但し、誰もがアンディーの踊り方で踊ることが出来ると言う条件付きだがね。若し、アンディーが世界中の者を彼の様に踊れる様にすることが出来たならば、彼はヒット曲を作れるだろうに!」 ( 笑う )。今、アンディーが踊っているところを頭に描いてしまいましたよ。何と言っても、時々踊っていましたからね、アンディーと言う人は。アンディーと言う人間は、周りをよく笑わせていたのです。ただ、彼の踊りのテクニックは、これは断言出来ますが、抱腹絶倒ものなのです。何と言うのでしょうね、彼が生まれてから此の方、誰かにダンスを教わったとすれば、その教師は誰だろうかと考えるとですね、私に思い浮かぶのは、ジョン・クリーズ John Cleese [ ジョン・クリーズ - Wikipedia] ですよ。( 笑う )。 
 そうなんですよ、アンディーは、彼流のダンスをブームにしたかったのです。「マッシュド・ポテト」を書くことが出来ればね、屹度そうしていたでしょう。[ Mashed Potato : 1962年に大流行したダンス。ジェイムス・ブラウンの「 Mashed Potatoes 」のヒットで流行した。Mashed Potato (dance) - Wikipedia ]」 
バーンハート「( しばらく笑う )、お話しを続けて下さい。それは、パートリッジさんが「ちょっとこうしてくれ」と言われたことなのですか? それとも、このテクニックを使っている他の曲に、貴方自身が魅了されていたからなのですか? それとも…、」 
チェンバース「そうですね、あの曲の当時ですが、二度ほどのドイツとヨーロッパのツアーを終えたばかりの時でしたから、ちょっとヨーロッパ風味があるのではないかと、思います。ドイツでは、あの様な機械的なディスコが出始めていたのです。一つ思い浮かぶのは、カン Can ですね。ドイツのバンドですが、アンディーには大きな影響を与えています。カンは、とても機械的ですよね。ドイツのディスコ曲の多くはとても規律正しいのです、とてもドイツ的ですよね、他にもっと良い言い方がないので。正確なのです。曲が始まって、かっきり三分で終わります、そう言うものなのです。三分と言うのは、ラジオで放送される時間なのです。それに、イーノとボウイがドイツでたくさんの仕事をしてましたし、ケルンでは何か新しいシーンが進行中の様でしたので。そう言うものに、アンディーは興味津々だったのです。 
 私は思うのですが、いくつかの曲、その一例が「 Meccanic Dancing 」ですけれど、それらは多分、ヨーロッパで聴いたものの結果なのでしょう。商業的な見地から、これらの曲を作っていったのではないです。聴かれれば、「商業的な自殺だ。」と言われるでしょうからね( 笑う )、でも、ヨーロッパの影響は見て取れると思いますよ。」 
バーンハート「成る程そうですか。もう一つ、この「 Meccanic Dancing 」の時期に於いての奏法で私が気が付いたことがあるのですが、それは、後になって、貴方の奏法で他より以上に目に付く様になるものなのですが、ある一つのパターンを取ると、そのパターンから全く離れることなく、曲全部をそれで押し通してしまうのです。」 
チェンバース「そうですね。それもまた同じことなのです。間を空けると言うことから起こっているのです。レコーディングを少しばかり経験して来たのですが、アンディーは、最初に自分自身どうするかを正確に把握していなくても、間を取ったドラムのパターンを演奏して録音しておけば、レコーディングの後の段階になって、思い付いた楽想を加える余地があるのだと言うことを経験から学んで来たのです。もし私がドラムのフィルを演奏して、曲のどこかでそれを先に録音してしまっていたら、後になってアンディーが他の考えを思い付いたとしても、それを入れる余地はあまり無いと言うことになるのです。そう言う次第で、ある特定のパターンに決まってしまったのです。アンディーはよくこう言っていましたよ。「この曲をやろう。で、ちょっと空きを残しておこう。後で何かする代を残しておくんだ。」 実際には、それはステージで答えが出されましたね。その幾つかを集めてスタジオに持ち込んだのです。「思い付いたものはやってみよう」と言う遣り方でした。 
 曲の大枠は出来ていたのですし、歌詞も出来ていました。でも、アンディーは、どうしても、二、三の選択肢を決めないままで取って置きたがっていたのです。選択肢は、制約を掛けることで残せたのです。それが私のドラムがしていたことなのです。私は、「制約」と言いましたが、言葉の最善の意味で使っている積りです。この曲を録音するのに、「バン−カシャン~ドン」をずっとしていたならばですね、アンディーは、必ずや、あちらこちらを取り除こうとしたでしょうからね。そう言うことはしなかったのです、そうではなくて、アンディーは、いつもこう言っていました。「そうだなあ、アイデアはあるんだよ、ここでキーボードを使って見るとかね、でも、キーボードがピッタリと来るかどうかは分からない、だからね、これだけは録音しておこうよ、僕がこうしたいと言うリズムだけは分かっているんだ。それでねえ、ちょっとだけ後からパーカッションを入れる余地を残して置かなくっちゃね、曲のどこかのリズム・セクションでシャッフルが要るかもしれないだろ。」 そう言う進め方だったのです。今思うと、その進め方だから上手く行ったのでしょうね。そうですね、私に関しては、兎も角も、上手く行ったのです。その時には、「ああ、まあ、それなら受け入れられるわ。」と私は思ったものでした。」 






バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3、ここまでにします。 
誤訳、疑問点を指摘して下さると助かります。  



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2019年06月12日

Areni Agbabian 『 Bloom 』

 カリフォルニアのヴォーカリスト、Areni Agbabian のアルバム『 Bloom 』がECMからリリース。 

https://www.ecmrecords.com/catalogue/1534926181  

 アレニ・アグバビアンは、アルバニア系の人。 

 アルバムのジャケットのアートワークの写真、大きな松毬。 

https://www.youtube.com/watch?v=P0nzE9tWNJQ
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2019年06月11日

Tala' al Badru 'Alayna

 スウィンドンのスプリング・フェスティバルで、Sarah Yaseen さんが、「 Tala' al Badru 'Alayna 」を歌ったそうで。 

 「 Tala' al Badru 'Alayna 」は、イスラムの伝統的な詩。 
 Sarah Yaseen さんは、イギリスに住まわれてるのだと思うけど。 

 


http://sarahyaseen.com
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2019年06月10日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の5

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の4: ノエルかえる不恵留





バーンハート「パートリッジさんは、アメリカのバンドが大好きでしたからね。」 
チェンバース「そうです。実際、アンディーは、コリンや私よりも、ずっと大きくアメリカのバンドに影響されているでしょう。アンディーと言う人は、何と言うか、私にはよく分からないのですが、アメリカのものに接する機会が多かったように思うのですが。貴方はご存知ですか?」 
バーンハート「ええ。そうですね、彼はレコード店で働いていたのですよね、違いますか?」 
チェンバース「おや、彼がレコード店で働いていたかどうかは知らないですよ。私が知っているのは、当時彼は絵を描くような仕事をしてましたよね、何と言うのでしょうね、ラベルを描くとかそう言うような類ですね。それを何と呼ぶのか知らないのですが。」 
バーンハート「グラフィック・デザイナーでしょうね。」 
チェンバース「ああ、そう言うのですね。彼はアメリカものに夢中でしたね、そう覚えています。それに、アンディーはカレッジに行っていましたから、そこの友人たちはアメリカからの輸入ものに大変に影響されていたのだと思います。もう夢中でしてね、コリンや私に、屡々、アメリカのものを紹介していましたよ。それで到頭、ウェールズの町外れで、ジョニー・サンダース Johnny Thunders の前座を務めることになったのです、本当ですよ。ニューヨーク・ドールズではありませんでした。ジョニー・サンダースがギタリストになっていた、ハートブレイカー Heartbreakers です。彼と、ニューヨーク・ドールズのドラマーだった、ジェリー・ノーランがいました。他のメンバーは、今はもう忘れてしまいました。ハートブレイカーの前座をやったのです。パンク時代ですね( 皮肉っぽく言う )。ウェールズのランドリッドの外れででした。[ 1977年6月25日に、ランドリッドの Grand Pavillionでライブがあった。About Us | Wales | Pavilion Mid Wales ] 記憶が正しければ、他から隔絶した場所で、どうしようもなかったですよ。彼らと私たちの時間の無駄でした。それに彼らの金を無駄にしてしまったのです。」 
バーンハート「( しばらく笑う ) そうですか。では、モールディングさんが貴方についての思い出話しをされたのを、ここで私が話して貴方を驚かせるのを勘弁してくださいね。ウェールズについて話されたことがあるのです。まだ若い頃、ヴァージン社と契約をされる前のことです。 XTC は、ウェールズの「谷間の華やかな場所の一つ」の場所で演奏したそうなのですが、Cuma Pioneer Club とかそういう名前のクラブです。モールディングさんの話しでは、本物の労働者のクラブだったそうで、大酒飲みが大勢いたそうです。それでですね、一セットが終わった後、貴方は、いかにもロック・スターの様な行為をされたそうですね。ドラム・スティックを客席に放り投げたのだそうですが。」 
チェンバース「ああ、貴方はクラブを思い違いしている様ですよ。Tonypandy Worker’s Club だったと思います。それで私は、ある男性の…」 
バーンハート「ええ、話しの続きはですね、貴方は何が起こったかを知らないままステージを降りられたのですね、すると、クラブの支配人が、突然に貴方を更衣室へ押し込んだというのです。実は、貴方は、ある偉丈夫の炭鉱夫のビールの杯を割ってしまっていたのですね、その男は機嫌を損ねて、楽屋の方へ押し進んで行って、貴方に…」 
チェンバース「ええ、本当の話しです。その男と取り巻きが遣って来て、「ドラマーを出せ」と叫んでいました( 笑う )。」 
バーンハート「( 笑う ) それでモールディングさんの話しでは、…」 
チェンバース「あの陸でなし達はですね、彼らもですよ、私を外へ出そうとしたのです、同じ様に「ドラマーを出せ」と言ってですね( 笑う )。あわや、私を押し出そうとしたのです、なんて連中だ。」 
バーンハート「モールディングさんは、「私たちは最後まで彼を出しはしませんでした。でも、そうしようと思わなかった、と言うことはないと思います。」と話されていましたよ。」 
チェンバース「( 笑う ) チェッですね。連中は、貴方が一緒に塹壕にいたいと思う様な者達でしょうかねえ、貴方を一緒に缶詰にしましょうか。あの日に、私は、バンドの他のメンバーの性格と言うのをちょっとばかり知ることになりましたね。それをお話ししますよ( 笑う )。」 
バーンハート「それでも、モールディングさんの話しでは、最後には貴方は出て行って、その男と話して、友人になったそうですね。貴方が一杯ビールを奢ったそうです。」 
チェンバース「ええ。凡そそう言うことだったと思います。場を鎮めたのだったと思います。」 
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2019年06月09日

Grand Tour

 Big Big Train の『 Grand Tour 』を聴く。素晴らしい。また新しい領域に入った様。 

 私は自動車では音楽は聴かないのだけど。車載のプレイヤーで流しながら、アウトストラーダを走ったら、気持ちいいかも。 
それよりも、まず思ったのは、アマルフィとトゥブロヴニクに行きたい、ということ。
posted by ノエルかえる at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月07日

Paper wasp アシナガバチ

 6月6日は、トーマス・マンの誕生日だった。1875年6月6日生まれ。亡くなったのは、1955年8月12日だから、コリン・モールディングが生まれる5日前。
 それで、6月7日は、ビザンチン皇帝テオドシウス2世がアエリア・エウドキアと結婚した日。421年。アエリア・エアウドキアは、古代ギリシャ世界とキリスト教信仰を結びつけた人。 


それで、XTC の「We're All Light 」。 


ああ、アシナガバチは、英語では、paper wasp と言うんだ。
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バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の4

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の3: ノエルかえる不恵留





バーンハート「( しばらく笑う )、私は思うのですが、すべてのドラマーは、受けた様々な影響のすべてからとったスープの様なものでしょう、それは一般的な場合ですね、貴方の場合、その影響のすべてを入れて混ぜてしまっているのでしょう、でも、結局は、何か違うものになっているのですね、そう思います。そして肝心なことは、貴方の場合、多々見受けられるのですが、材料の味が、まだ、そのまま出ていると言うことなのです。それがですね、私にとっては幸いなことであったのだと思うのです。と言うのはですね、貴方を手本にドラムを叩いていると、そうした「間の取り方」であったり「様々なドラム奏法、流派」であったりが聴き取れたと言うことです。それはどうしてかと言えば、私自身が、ビル・ブルフォードやカール・パーカーそれに初期のフィル・コリンズを聴いて育ったからなのですが…」 
チェンバース「そうですか、私の場合は、結局は、彼らを聴くのを止めてしまいましたけれど。「わかった、僕は彼らの様にとんでもなく上手くは絶対に成れない、もう、自分の道を行くことにしよう」と、その時に思ったのですよ。( 笑う )。それに、「僕ら彼らから引き出すことが出来るものはもう全部学んだんだから。」とも思いました。( 笑う )。私が彼らに追いつくと言うことは一度も起こりませんでしたね。「よし、この奏法を克服したぞ」と私が思う度にですね、彼らは新しいアルバムを出すのですが、そこでは、さらに新しいレヴェルの奏法を使っているのですから。私は決して彼らに勝つことはなかったですね。( 笑う )」 
バーンハート「( 笑いながら ) 仰ることはわかります。こう言って慰めになるかどうか分かりませんが、1980年のブルフォードさんのインタビューの記事を私は覚えているのです。ちょうど、キング・クリムゾンが再結成した時ですね。アルバム『 Discipline 』を発表した時です。記者たちは、ブラフォードさんに、その当時の時点で、興味を持って聴いているアルバムを五枚挙げて欲しいと尋ねていたのです。その五枚のうちの一枚が、『 Drums and Wires 』でした。」 
チェンバース「( 驚いて、言い淀む ) 冗談でしょう。」 
バーンハート「いいえ、冗談は言ってません全然。」 
チェンバース「君…、それは何だか、自分で自分の耳に息を吹きかけてこそばゆい思いをしている様ですよ。如何言う単語を使えばいいのでしょう…、ええと、「信じられない!」」 
バーンハート「( 笑いながら ) サッカーのターンアラウンド・キックの様でしたか? [ ボールを取って前に進む時、不意に振り返って蹴るプレー。チェンバースから見れば、常に背中を見せて前へ進んでいたブルフォードが突然振り向いてボールを蹴って来た、と言うイメージ。 ]」 
チェンバース「そうですねえ、なんと言うか…、彼の方、あの一流の人物について語る資格など私にはありませんよ! あのお偉いお方は生き神様ですよ! つまりですね、彼がギリシャ人だったら、確実に神になった人と言うことです。」 
バーンハート「先ほど、その様なドラマーたちが実際に演奏するのを見て、貴方は気持ちが挫かれてしまった、と話されたのですが、それは私も同じ様な思いをしました。その様な演奏を見ると、一方では、自分もと思ってとても奮起するのですが、一方では、ドラムスティックを二度と持ちたくなくなるのです。」 
チェンバース「怯んでしまうのです! 私はとても幸運でした。ドラマーがアラン・ホワイトに交代する前のイエスのライブを観たのです、ブルフォードがイエスで演奏していたのです。三枚目のアルバム『 The Yes Album 』から四枚目の『 Fragile 』に亘っての頃です。」 
バーンハート「私は、イエスで演奏するブルフォードさんを観たことは一度もありません。特別なものだったでしょうね。」 
チェンバース「君、それはそうでしょう。それで、最初に観た時には、キーボードがトニー・ケイでした。二度目では、リック・ウェイクマンに変わっていました、『 Fragile 』を演っていたのですね。それで、何を言えばいいでしょう? [ トニー・ケイは1971年3月リリースの『 The Yes Album 』に参加した後、ツアーにも参加して、1971年7月に脱退。ウェイクマンは、同年8月の 『 Fragile 』のリハーサルから参加。]」 
バーンハート「ええ。名立たる編成ですね。」 
チェンバース「ああああ、何と言うか、私はいまだに彼ら Yes のCDを買っているのですよ。私の妻は、その手のものは全く嫌いですけれどね。妻はマイケル・ボルトン Michael Bolton [ マイケル・ボルトン - Wikipedia ]を好んで聴いています( 笑う )。まあ、私はですね、ビールを二、三本持って、ソファに深々と座って、そう言ったものをプレイヤーにかけるのです。私だけの世界に浸ると言うわけです。まあ、雑音は入るでしょうけれど、基本的に私の世界ですね。Yes が好きと言うだけなのです。今でも好きです。今でもですよ。70年代のアルバムが、私にとっては、今でもやはり、気を惹くものなのです。 
 実際、これまで私はイギリスの音楽の影響だけを話して来ましたけれど、影響を受けたのには、アメリカのバンドもいます。そこは公平に言わなければなりませんね。例えば、グランド・ファンク・レイルロードとかエドガー・ウィンター Edgar Winter 等です。「 Framkenstein 」は、常時、ターンテーブルに載っています。[ Frankenstein (instrumental) - Wikipedia ] グランド・ファンクのライブ・レコードなどは、カイがいつも聴いていますね。あのドラムのソロですが…、名前は、何でしたっけ? ブレウスター? ブレワー?」 
バーンハート「ドン・ブリューワー Don Brewer だったと思います。」 
チェンバース「そう、間違ってはないですよね。本当に素晴らしい。あれも、三人編成でしたね。[ グランド・ファンク・レイルロードの『 Live Album 』( 1970年 ) は、三人編成で録音されている。Live Album (Grand Funk Railroad album) - Wikipedia ]」 
バーンハート「ええ。それに、歌うドラマーでもあります。」 
チェンバース「なんてアルバムなんでしょうね。素晴らしい。ジェイムス・ギャング[ James Gang - Wikipedia ]も大好きなのですよ。たくさんあるバンドの名前を思い出そうとしているのですけれど、すみません、多くを忘れてしまっています。でも、好きな、影響を受けたアメリカのバンドもたくさんあったことは確かです。モントローズ、サミーヘイガーがいたバンドですね、彼はギタリストですが、でも素晴らしいのです。ニューヨーク・ドールズ、ルー・リード、…、」 
バーンハート「成る程。そう言ったアメリカのバンドは、貴方たちの初期の頃に大きな影響があったのですね。」 
チェンバース「ええ。」 

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2019年06月03日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の3

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の2: ノエルかえる不恵留





バーンハート「その通りですね。そうすると、私には二つの設問が投げ掛けられるように思われます。一つは、ダブル・キックが XTC の音楽に於いて上手く機能するのかどうか、と言う設問です。おそらくは、「不可」でしょう。もう一つの設問は、一方で貴方自身はダブル・キックを使うことに興味を持っていたのではないか、と言う設問です。おそらくは、「是認」でしょう、違うでしょうか?」 
チェンバース「ええ、そうでしょうね。アンディーは顔を顰めたでしょうね、そう思います。アンディーはドラム・キットが大きくなるのを良しとしなかったからです。ご存知でしたか? ( 笑う ) パーカッションには、こまごましたガラクタがたくさんあると、アンディーはいたく喜んでいました。それとか、微妙な感じの出せるもの、小さなシンバルとか、二個一組のロト・トムとかが好きでしたね。一方で、バス・ドラムが大きくなっていくことは望んではいませんでした。ドラム・キットと台座がどうしようもなく嵩張るのが嫌だったのですね。まあ、アンディーはドラム・キットがステージで占める空間を抑えたかったのだと思いますよ。( 笑う ) 「後生だからさ、もう持っているものだけで間に合わせろよ。」と言ってましたね。」 
バーンハート「( しばらく笑う ) 全くそうですね。彼のドラムズに関する全般の考え方について、私に話してくれたのですが、その中で彼がよく言っていたことの一つに、彼は努めて間隙を見つける様にしている、と言うことでした。その間隙を活かすのだと言うのです。その事は、 XTC の曲を聴けば明らかです。それで詰まり、貴方は、ドラミングに…、」 
チェンバース「ええ。」 
バーンハート「間隙を残すのですね、そこに、パートリッジさんのギターかヴォーカルが入るのです。貴方がフォービートを叩いているのに対して、彼は、細かい三連符を入れるのですよね、それがヴォーカルだったりギターだったり、他の楽器だったりはしますけれど。そう言うのは、ダブル・キックのバス・ドラムに合わせて入れようとすると、相当の困難さがあっただろうと思います。」 
チェンバース「ええ、全般的に、貴方の言われること、そのどれもに同意します。つまりですねえ、私と言うのは、アンディーを良く見せるのに専心して叩いていたのです。( 笑う )、それは違いますけれどね。でも、貴方の言われることは、全くその通りです。例えば、そう、先程では、ドラマーのサイモン・カーク Simon Kirke [ Simon Kirke - Wikipedia ]について言及するのを忘れていたのですが、ご存知ですよね、フリーやバッド・カンパニーで活躍した人ですが。」 
バーンハート「勿論、知っています。」 
チェンバース「[ 音楽の構造での ]空間ということでは、彼は後進のドラマーに大きな影響を与えていた、と私は思いますよ。私のドラミングではそうした空間性は聴き取れないかと思いますが。でも、意識下では彼のドラムがあったのです。貴方が、間隙や切れ間を置いておくと言い出された時、私の頭に最初に浮かんだのは、彼なのです、本当に。」 
バーンハート「私は、貴方のドラミングにしっかりとそれを聴き取れます。」 
チェンバース「そうですか?」 
バーンハート「ええ。素晴らしいことが一つあるのですが、それは、そうですねえ、私はずっと貴方のドラムを手本に演奏して来ているのです、XTC のアルバムをカバーしているのです、おそらく、他のどのドラマーよりも XTC の曲を多く演奏していると思います、それですから、素晴らしいことというのは、また、ちょっと可笑しなことでもあるのですが、お分りいただけるでしょうか、今私がここに座って貴方とドラムングについて語り合うということなのです。」 
チェンバース「( 笑う ) ええ。」 
バーンハート「貴方の影響はとても大きなものなので、貴方のドラミングの幾つかはもう私にとっては内面化している様に思えるのです。」 
チェンバース「トッド君、君に必要なのは、私という中継者を飛ばして、先に私が話したドラマー達を注意深く聴くことですよ。( 笑う )」 
バーンハート「それは、もうしました。」 
チェンバース「何か繋がりを見つけましたか? と言うのはですね、私がしたこと、私が必死に得ようとしたことと言うのは、その繋がりを見つけると言うことだったからです。貴方が結局見つけたものと言うのは、私が先に話したドラマー達すべての混淆なのですよ。「繋がり」は私をどこへ連れて行ったか、それは神のみぞ知ると言うことでしょうか、ああ、一つ言えますね、大地の底へ連れて行ったのです。( 笑う )、文字通りですね。私は、私のドラム奏法を辺境の植民地の貴方の頭に叩き込んだと言うわけですね。嘗ては、我が国がそこに人々を送り込んだのですが、私もまだ同じことをしたと言うことですね。[ 貴方:バーンハートさんはアメリカ人。 ]」  


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2019年06月01日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の3訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の2訳: ノエルかえる不恵留





ああ、けれど、男が自分に弾く時は違う、 
それは、自分の心臓に短剣を打ち込むことであり、 

脳を台の上に置き、 
きつい色をつまみ出すことであり、 

自分の思想をドアに斜に釘付けることであり、 
すると、その思想の羽はグンと広がって、雨になり雪になるのだけれど、 

自分の脈つ命を打つことであり、ハイホーと、
ピクッと動かし、ドクッと動かし、本物にすることであり、 

金属の弦をジャンジャン掻いて、
青いギターから残酷な青を喧しく鳴らすことであり…





III
Ah, but to play man number one,
To drive the dagger in his heart,

To lay his brain upon the board
And pick the acrid colors out,

To nail his thought across the door,
Its wings spread wide to rain and snow,

To strike his living hi and ho,
To tick it, tock it, turn it true,

To bang from it a savage blue,
Jangling the metal of the strings….



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2019年05月31日

「 Mayor of Simpleton 」 Joe Jackson

 ジョー・ジャクソンがステージでピアノの弾き語りの「 Mayor of Simpleton 」を:
https://www.youtube.com/watch?v=SIWJS3ZlUpQ
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2019年05月28日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の2

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の1: ノエルかえる不恵留





バーンハート「この数日間ずっと、XTC のアルバムを聴いて、私は貴方の演奏のパターンを理解しようとしていたのですが、もう一つ気が付いたことは、貴方は常にトムを中心に据えている様に思えるということです。トムに頼ることをものすごく好まれている様なのです。普通でしたら、ライド・シンバルかハイハットを使う様なところでトムを使われています。どこで考え付かれたのですか?」 
チェンバース「よく気付かれましたね。あれは、熟考の上に選んだものだったと思います。それに、通常のハイハット、スネア、バスドラムといった定式から離れるというのは、バンドで決めたことだったと覚えています。「止めて、ここはコーラスじゃないか、それなら、ここでライド・シンバルを打たなくては行けないだろう。」その様なこと何もかもとは距離を置こうと決めたのです。コーラスでライド・シンバルと言うのは、決まり切った事の様に思われていますよね。でも、私たちは、道を外れなければならないのじゃないだろうかと思ったのです。時には、私たちもその定式のドラムズをしています。「 Neon Shuffle 」「 Atom Age 」はそうですね。あれは、ライド・シンバル/ハイハットの組み合わせでとても上手く行っています。でもそれは、曲そのものがとても優れているからで、通常ではないドラムズにする必要もなかったからだと、私は思います。ですが、他の面もありますよね。けたたましい消防車の鐘でなくて、古臭い定式なのですから、少しばかり曲の出来栄えを下げていたのかもしれない、と私は思います。ですが、私たちはあれを完全な踊れる歌にしましたよ! ( 皮肉な笑い方で笑う ) 本当です。 
 つまりですね、あの歌はコーラス部分がどこなのかすぐに分かる、と言うことです。「ああ、彼はライド・シンバルを叩いているぞ、それなら、ここがコーラスに違いない。」と言う分けです。でも、私たちは、聞き手がそこが何なのか分かり難くしたかったのです。「ちょっと待って、彼はコーラスをやっているの、ヴァースなの? 分からないなあ。いったい彼はどこをやっているんだ?」と言う風にです。それにです、恐らくは、バンドの他のメンバーにとっても分かり難いものになったでしょうね( 笑う )。又はですね、この歌をカバーしようとしている誰にとっても分かり辛いのでしょうね。」 
バーンハート「( 笑いながら ) ええ、そうです。貴方は、聴衆に緊張を強いているのです。」 
チェンバース「ええ、ええ。」 
バーンハート「さて、貴方は、キック・ドラムを使うのもお好きですね。例えば、「 The Rhythm 」ですが、キック・ドラムでこの様にしています。( 口でエイト・ビートのキック・ドラム真似る ) ダブル・キックをしようとは考えなかったのですか? 或いは…、」 
チェンバース「いえ、いえ、全く。『 English Settlement 』の後のアルバムも、私たちが一緒に仕上げていれば、とは思いますけれど。そうですね、一緒に仕上げると言うことも有り得たことではあるのですがね。その場合はどうだったでしょう。ですが、アンディーは、ダブル・キックを使う様な構成にはまるで関心がないのです。貴方がご存知かどうかは分かりませんが、アンディーと言う人は、基本的に、フォー・ビートとエイト・ビートの人なのです。本当です。彼は、基礎を単純なままにして置きたがる人なのです。そうすると、その上に重ねて実験的なことをする余地が出来るからです。ダブル・キックを使う様なリズム構成には、三人編成のバンドが適していますよね。私たちの当時のバンド編成といえば、ギターが二本で[ ベースギターも、ギターに数えている? ]、キーボードがあって、ヴォーカルは三部編成でしたし、ですから、ダブル・キックをたくさん使うアレンジメントにすると、入り乱れて収拾がつかなくなるでしょう、私はそう思うのです。それは、私の意見の一つです。私自身、それには反論もあるのです。ディープ・パープルはダブル・キックで素晴らしい作品を作っていますし、シンリジーだって、他のどのバンドでも、上手く使っていますから。弁明のために私が言えることは、私たちは異質な歌を書いていた、と言うことだけです。」 



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2019年05月25日

デーンロウ

 イギリスの首相が辞任を表明した。これからどうなるのかは分からないけれど。 
 一部には、かつてのデーンロウを復活させようと言う意見もある様。イングランドとは別れて、EU圏内に留まると言うことなのか? そうすれば、ケルトのウェールズもイングランドとは別れると言うことにもなるのか?? スコットランドは当然。 

 と、次の保守党党首、首相にパキスタン系の Sajid Javid が就くか知ら??? ムスリムの首相。実現すればヨーロッパ(?)で初めてのムスリムの行政の長ということ??? 実現すれば、イギリスは、いずれはイスラム教国家に??? 
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2019年05月23日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の1

 トッド・バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー。
 タイトルは、「 Senses Working Over Time (or, How Terry Chambers learned to stop worrying about XTC and love the drums again) 」。 
 初期の曲について。

Chalkhills: "Senses Working Over Time", July 5, 2002

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の1: ノエルかえる不恵留

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート2 の1: ノエルかえる不恵留





バーンハート「初期の歌について少しでもお話しくださいますか? 貴方が初めはどうしたか、年月を経てどのように変化していったか、と言うことを伺いたいのです。初期の歌で私が気が付いていることの一つは、多くの歌でそうなのですが、ビートのある音のすべてで、貴方はスネアを叩くことを選択していると言うことです。キック・ドラムと合わせることで、スネアを引き立てようとしているように思えます。「 Science Friction 」「 She’s So Square 」「 Hang on to the Night 」などです。[ 口で真似てみせる。 ] 何をお考えだったbのですか?」 
チェンバース「難しい質問ですね。と言うのも、それらは、私にしてみれば、自動的にそうなったものと思えるからです。ちょっと話して見ましょう。歌を書いたのが誰であってもですね、アンディーでもコリンでもと言うことですが、いつもこう言っていました、「ねえ、分かってる? 君がドラマーなんだけど、ブープ・バップ、ブープ・バップって叩くけど、僕は、バップ・ブープ、バップ・ブープってしたいわけ。」、私が言っている意味がわかりますか? それから、コーラスかブリッジ、あるいはソロのパートに差し掛かると、大抵はこう言うのです、「今までのと反対にしてほしい。」、時には、試して見た後こう言うのです、「どうかなあ? コーラスでやったことだけど、あれをヴァースでやってみたら?」。私達は、曲を最小の単位まで完全に細分化するのです。多くの場合、実際に演奏しているのは単純なリズムなのです。たぶん、正統なドラムではないのですけれど。 
 例えば、「 Making Plans for Nigel 」について見てみましょう。とても単純なリズムなのです。けれど、ひっくり返っているのです。普通のドラマーが、このリズムをハイハットとスネアとバスドラムで叩くとすれば、多分、こうなるでしょうね( 口で真似る )、 ハイハットは、八拍叩くでしょう。でも私が八拍叩いているのはフロア・トムなのです。実際には、至極簡単なリスムなのです。二拍毎にバスドラムが入って区切っているのです。こやって分析していくのです。違った視点から単純なことを見るのです。普通のそのまま演奏すると言うのではなくて、違った視点から試すのです。 
 私が覚えていることから言えば、「 Making Plans for Nigel 」を私は全く普通に叩くことで始めたのです、実際に。ハイハット、スネア、バスドラムと言うことですね。それで、コリンが「僕はもっと低くしてほしい。」と言ったのだったと覚えています。それで、ひっくり返してみたのです。実際に誰がそのリズムを決定したのだったか、私は覚えてはいないのですが、ハイハットではなくてフロア・トムを叩くことを私は始めたのです、そこから発展していきました。 
 そう言うことなのです。基本的に重要なのは、少し違った遣り方で全く簡単なリズムを考えてみると言うことなのです。「普通の四つ打ちにするのではなくて、もう少し面白いものに僕たちは出来るのじゃない」と言う様なことですね。聴衆の方達が、私達はおそらくディーヴォ DEVO のしたことと同じ方法でリズムに大躍進を得たのだと思われるかと思うと、とても嫌でした。ディーヴォの諸君は、彼らで、実際にあのリズムを考えたのだと、私も思います。けれども、彼らがして見せて開けた領域で、私たちが自分たちのリズムを考えたと言うことはないのだ、と私は言いたいです。」 
バーンハート「それはつまり、貴方達はスタンダードなリズムを踏襲するのだけれど、ほんの少し変える、同じ次元のリズム構造に於いて変えると言うことですが、そうしたらどうなるかを見てみたかった、と言うことですね。」 
チェンバース「ええ、そうです。変異の為に変えたのではありません。そうでしょう、殆どは、ハイハットとスネアとバスドラムで構成しているのですから。簡明な構成です。ですが、当時はそれが合っている様に思えたのです。そうですねえ、例えば「 Crosswires 」、( ビートを口で真似る )、ハイハットのパターンは( 口で真似る )、カウベルで叩いても良かったかもしれませんよね。あるいは、キーボードで鳴らした方が良かったかもしれません。他の何にでも置き換えられたのではないでしょうか…、分かりません。作品にするのに大慌てだったのです。認めます、あれは、私の好きな歌の一つではないのです。本当に言い難いことなのですが。( 笑う )。きっと許して下さいよ、二十何年前の録音ですからね。忘れてください!」  



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2019年05月22日

『 Wasp Star 』記念日

 XTC は、2000年5月22日、アルバム『 Wasp Star 』をリリース、今日は記念日。19年前。 

Chalkhills: XTC: Wasp Star (Apple Venus Volume 2)  

5月2日には、クリントン、アメリカ合衆国大統領が、GPS の非軍事への利用を無制限にすると宣言。 

5月28には、イギリスの数学者、Donald Davies ドナルド・ワッツ・デービスが死去。1924年生まれ、享年75。コンピューターのパケット通信を考案した人。 

翌日、23日に、Eminem エミネムが『 The Marshall Mathers LP 』をリリース、大ヒットに。

『 Wasp Star 』は、Billboard 200 で、108位。  



上の記事は、去年のと同じ。


日本盤は、ポニーキャニオンから、フォーマットが HDCD で、5月17日に、先行発売。 


上の記事は、去年のと同じ。

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2019年05月21日

THE CORRECTOR

 パートリッジのTwitterは無くなったのだけれど、チョークヒルが「 THE CORRECTOR 」シリーズはアーカイブしていたので、それは参照できると思っていた。でも、それもなくなっていた。
 チョークヒルがいつ「 THE CORRECTOR 」シリーズのページを削除したのか、わからない。
posted by ノエルかえる at 08:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月20日

このページは存在しません。 それから

 アンディー・パートリッジがTwitterのページを削除したことについて、Pugwash の Thomas Walsh さんのフェイスブックでのコメント、 

5月18日 2:00 付 

「So someone just wrote to me saying Andy Partridge was a "holocaust denier". I blocked them. I know him. He's no saint whatsoever but he's no hater and no idiot. As a businessman.....mehhhhh. 😂 Now I know none of you give a shit but I've been off Twitter a few months now. I've only seen this latest stuff third hand. So I spoke to Andy for a few hours yesterday. He cried a lot. He's going through heavy shit. I am too but I got off Twitter and it's really been beneficial. I told him that. Remember having a shit day as a kid and your Mam sent you to bed early and you screamed "I HATE YOU MAM..!!"? Well that's what Twitter is except the next day you don't just get on with your life and hug your Mam and say sorry. It's like waking up the next day and your Mam has booked you a one way ticket to Papillon island. I'm not after getting off Twitter to have its cancer spread to here. I'll block and I don't fucking care what you think. xx. 」 

 とある人物がアンディー・パートリッジは「ホロコースト否定論者」だと知らせてきた。私は彼らからのメールを遮断した。私は彼を知っている。彼は無論聖者ではない、しかし、排斥者ではないし、愚者でもない。ビジネスマンとしては…、むむむ。私は数ヶ月前にツィッターを止めたので、彼らが送る罵詈雑言を一つも知らない。伝え聞で、最新のものを見ただけだ。それで、昨日、アンディーに電話して数時間話した。彼は大泣きした。とんでもない罵詈雑言を浴びてきたのだ。私もそうだった。私はツイッターを止めた。ツイッターを止めると言うことは、本当に有益なことだ。私はそう彼に言った。それにこうも言った。子供の時、嫌なことがあった日を思い出して。かあさんは早めに貴方を寝室へ入れたでしょう、それで、貴方は「かあさん大嫌い!」と叫んだわけですけど。それがツイッターと同じですよ。違うのは、子供の時には、次の日になれば、生活が続いていて、貴方はかあさんに抱きついて「ごめんなさい」と言ったことだけです、次の日の朝には、かあさんはパピオン島への片道切符を買っていてくれたわけです、と。私は、癌がここまで広がってからツィッターを止めたわけではない。私は遮断するつもりだ。だから、人が何を考えようがまるで構わない。 

追記:この投稿はすでに削除されています。



と、XTC ファン、パトさん Ram Origami のtweet: 
13:33 - 2019年5月17日
「好きにすればええがな」  


元々は、パートリッジがイスラエルの軍事行動への異議を唱えていたことだ。それを捕まえて、反ユダヤ主義者だと追い込んだ様に見える。
posted by ノエルかえる at 10:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月19日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の2訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の1訳: ノエルかえる不恵留



2.
僕は、世界をすっかり網羅することは無理、 
でも、やれるだけは、当てるんだ。 

僕は英雄の頭に歌い掛ける、大きな片目、それに黄がかった 
茶色の髭が生えた頭、でも、ブロンズで人ではない、 

でも、やれるだけは、当てるんだ、 
そうしたら、ブロンズの英雄を通って、どうにか人に歌が届く。 

もし、そうやって、どうにか人に歌いかけたセレナードが 
ちゃんとしたメロディーから外れているならば、 

それが、青いギターを弾く男の  
セレナードと言うことだ。   




II
I cannot bring a world quite round,
Although I patch it as I can.

I sing a hero's head, large eye
And bearded bronze, but not a man,

Although I patch him as I can
And reach through him almost to man.

If to serenade almost to man
Is to miss, by that, things as they are,

Say it is the serenade
Of a man that plays a blue guitar.



posted by ノエルかえる at 16:39| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月18日

このページは存在しません。

 アンディー・パートリッジのTwitterのページ、「このページは存在しません。」になっている。  

 APE house のホームページはある。YouTubeのチャンネルもある。 




追記:Twitterのページは、元々、トッド、バーンハートさんが開設したものだったけど、パートリッジ本人が自身で削除したのか、バーンハートさんが削除したのか、パートリッジがバーンハートさんに頼んで削除してもらったのかは、私には分からない。  
posted by ノエルかえる at 08:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月16日

2017年版『 Black Sea 』ノート:アンディー・パートリッジ Song Notes 4

 2017年版『 Black Sea 』に付けられたノート。アンディー・パートリッジのもの:  
「 Song Notes 」の4





Sgt. Rock ( Is Going To Help Me )
 アルバムを『 Sergeants Of Sound 』と題を付してた私は、それにしても酷い題名だが、まるでこの曲一曲がアルバムの正式曲であるかの様に考えていたのであろう、この曲に合わせてスリーブのアートワークの案を素描したのを覚えている。と言うことはである、その時には、私はこの曲がいたく気に入っていたのに相違ない。その案の唯一の名残は、図像として、シングルの付録のポスターにある XTC のロゴが階級章を象っているところに見て取れる。[ チョークヒルのアーカイブ:http://chalkhills.org/reelbyreal/s_SgtRock.html#prettyPhoto[group]/5/ ]
 速歩のファンクは素晴らしいし、メロディーもまずまずである、ただ、間の抜けた歌詞が歌を駄目にしているのだ。その歌詞は、相応に、フェミニズムからの非難の手紙を呼び込んでしまった。淑女諸君、私は、女性への暴力を喧伝してはいないのだ。私はただ、漫画オタクの混線している頭の中で起こっていることを描いただけなのだ。 
 この曲は早くからシングルに選定されていたので、私たちは勇んでこの曲を一回目のポリグラム・スタジオでのレコーディングに於いて、「 Toweres 」と共に最初に録音したのだった。 
 最近になってこの曲を聴くと、即座に、テレビの子供番組の終わることのない口パク演技の思い出に放り込まれるのだ。もう一つ思うことがある、何故に、私は「 If I could only be tough like him… 」と言う行を歌詞に書いたのだったか? まるでバリー・アンドリューズの歌詞の様ではないか。その時も不可解だったが、今でも不可解なのである。  


Travel In Nihilon
 正直な私になろうと思う。私は、パンク/ニュー・ウェーブなるものの全てに失望していたのだ。パンク/ニュー・ウェーブなるものは、甲板から、旧式の思考方法、演奏法、服飾、行動様式、それら全てを洗い流すかのように思われていたのだが…、とてもとても、そんなことは全く無かった。 
 以前のものと寸分違わず同じだったのだ。見掛けだけなのだ、派閥を組み排他的なのだ、空虚なのだ、そして操られているのだ、同じなのだ、グラム、イッピー、ヒッピー、ビートニク、等、等、等と同じなのだ。潮流に名前を付ける、金が動く、それだけである、何も無いのだ。それら、新しいと言われる鐘、その響きは何れもが何と虚ろなことか。その時、教会の鐘も、私の耳には、うつろに響くようになり始めていたのだ。 
 何故にこの題名なのか。勿論、アラン・シリトーの1971年の小説から取られてはいる。しかし、題名だけなのである。歌は、小説についてのことは歌っていない、とは言っても、この題名が私は好きなのだった。ニヒロンとは、私にとっては、ある精神の状態を示しているものなのだ。虚無と背信から出来ている精神状態である。そう言う次第で、「若者文化」と宗教の両方が私を落胆させたのだった。そうして、私は、その失望をぶちまけたかったのだ、…、それも大声で。 
 元々は、最後の部分は、憂鬱な雨に振り込められる音にする積りであったのだ。だが、何マイルものケーブルを敷いてマイクロフォンをセットして、スティーブ・リリーホワイトのシャワーを録音する段取りを終えて、これで良しと言う段になって、結局、誰かが小便を垂らしたのだった。意図していない効果だった、しかしながら、それは完璧なものだった。 

 ではみなさん、お達者で。  
 








2017年版『 Black Sea 』に付けられたノート、すべて終わり。 
誤訳、疑問点を指摘してくださると助かります。  




追記: 
変換の間違いがあったので訂正。非難が避難になっているのは分かるけれど、ニヒロンが仁比論と無理やり漢字に変化すると言うのは?
posted by ノエルかえる at 10:00| Comment(0) | Black Sea | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月15日

2017年版『 Black Sea 』ノート:アンディー・パートリッジ Song Notes 3

 2017年版『 Black Sea 』に付けられたノート。アンディー・パートリッジのもの:  
「 Song Notes 」の3  





Towers Of London
 キングスヒル46 に居る時には曲を書いたり録音したりする小さな部屋が必要だと言う結論に、私は達したのだった。居間は、丘をエンジンの回転を上げて登ったり、軋む音を立てながら下るトラックの音で余りにも五月蝿かったからだ。私は、もう使われなくなった戸外トイレに着目したのだった。 
 便器は既に取り除かれていた。それは、私のちっぽけな赤いコンボ・アンプとギターにカセット録音機に正に誂え向きの広さだった。この歌は、結局、トイレで書き上げた唯一の歌となった。 
 ヴィクトリア朝時代のロンドンの建設についての書籍を読んでいたので、私の頭は、navvy[ 人夫 ] の辛い仕事とロマンスで満ち満ちていたのだ。それが主題となった。 
 私のノートブックには「 sing this altogeter[ 原文ママ ] 」と自ら記しているのが見て取れる。この歌がストーンズの『 Satanic Majesties 』のオープニングの歌に似ていると私自身が考えており、メロディーを思い出すためにそう記したことは、明らかだ。ビートルズの「 Rain 」もまた、音響上の手本としている。事実、レノン殺害のニュースが臨時ニュースで流された日、私たちはリヴァプールで公演をしていた。私は、「 Towers 」の終わりに「 Rain 」をくっ付けて歌ったことを思い出すのだ。私の顔を涙が流れ落ちるまま、私は歌ったのだった。 
 私たちのマネージャーの滑舌の良い上流階級の喋り方をテリーがモノマネしたものが、冒頭に聞かれるだろう。巫山戯て「 Take 103 」と言っている。   

Paper And Iron ( Notes And Coins )
 アルバムに収録する歌を書き始めた時、私は閃きを求めてあれこれ考えあぐねていた。二行程の歌詞は書いていたのだが。「 Slaving for a few iron coins, / think my fingers to the bone. 」である。鯔のつまり、私たちは硬貨の小銭と幾枚かの小額紙幣のチップの為に働いているのだと言う見方が気に入っていたのだ。実際、最初の二十年間では、アルバムの売り上げを、私たちが見ることはなかったのだから。 
 うねって進むモチーフは、元々は、インストルメンタル曲の一部だった。「 Möebius Mood 」と仮題を付けていた( どうなっているのかが分からない紙の帯に惑わされている気分 )。しかしながら、歌詞がピッタリと合ったのだ。 
 テリーが紅茶のトレイを叩いている部分がある。これをステージでライブ演奏すると、いつも、歌唱の終わりの繰り返しが終わると酸素不足で気絶していたものだ。コンピューターの前の時代では、自分が面白いと思うことを自分で作らないといけなかったのだ。 

Buring With Optimism’s Flames
 私たちがこの曲を演奏する時には何時でも私は瞬時に幸福になるのだ、と私が言うのを、読者諸君は信じないであろうが、それは真実なのである。歌の内容から幸せになると言うのではないのだ。ただただ、喜悦機関に浸り切るからなのだ、この小曲は、そう言う歌なのだ。 
 演奏と歌い方に関しては、肉体と精神が上手く絡み合ってグルーブしている様に思えるのだ。私一人がより一層の高みに挑んだのではない。テリーは、どれ程速く正確にハイハットを打ったか? コリンがドラムズとピッタリ合わせてベースを弾きながら、同時に、バッキングヴォーカルを歌う様子は如何であったか? デイブが自身で編み出したレース編みを思わせるバロック調のメロディーを滑らかに弾く様子は如何であったか? 
 神々よ、テリー、コリン、デイブと言った者共は、労働者階級の怠け者に過ぎないとお考えだったか?  

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2019年05月14日

「 No Thugs in our House 」記念日

 1982年5月14日、XTC は、シングル「 No Thugs in our House 」をリリース。今年は37周年。 
Chalkhills: Reel by Real: XTC: "No Thugs In Our House"  

 XTC はその前の月の4月3日のライブを最後に、アメリカ・ツアーをキャンセルして帰国していて、Fujimoto『クロニクル』に依れば、5月1日には、コリン・モールディング一人がBBC1のテレビのクイズ番組に出演していて、( その番組では、ビル・ブラッフォードのチームが優勝。 ) 5月3日には、BBC1の音楽番組で、3月に撮影された「 Ball and Chain 」が放送されて、司会の Noel Edmons が3月のパリのステージでアンディ・パートリッジが倒れたことを公言して、、、、 

 当時のイギリスのリスナーたちはどういう風に、シングル「 No Thugs in our House 」を受け止めていたのだろう? ツアー中止事件後最初のシングルだけど。 
 私自身がツアーの中止を知ったのは、いつ頃なのだろう? 次のアルバム『 Mummer 』が出てからだろうか? 雑誌のインタビューで、泊まった安宿で、売春の摘発があって、銃を持った警官が傾れ込んで、他のたぶんアメリカ人の宿泊客たちが直ぐ様床に伏せるのに、一人ぼーっと立っていた、と言っていたのを読んだのは、その頃だったのか??  

 XTC は、8月には、スウィンドンのMechanics Institute theatre で次のアルバムのリハーサルを始めているけど。  

 その頃のイギリスのヒット・チャート1位だったのは、その年のユーロ・ヴィジョン優勝曲の西ドイツの歌手 Nicole の歌う「 A Little Peace Ein bißchen Frieden 」。
Ein bißchen Frieden - Wikipedia 
この年のホストは、イギリスでBBCだけど、これは、画面にorf と見えるからオーストリア放送協会のものだと思うけど?? 
https://www.youtube.com/watch?v=S1ecsnjaECQ  
ブリテンからの参加曲は、 Bardo が歌う「 One Step Further 」 
https://www.youtube.com/watch?v=SuGPWE1UifI


以上の記事は、去年と同じ。
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2019年05月13日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の1訳

 ウォレス・スティーヴンズの「 The Man With Blue Guitar 」のパート1( 33パートある )、 
( ウィキソースなどには、全パートはないけど、)


1.
男がギターに被さっていた。
羊の毛を刈るのに似ている。日は朝まだき。 

皆が言う、「青いギターを持っているんだね、 
君は、でも、メロディーをちゃんと弾かない。」 

男が答える、「メロディーはそのまま、 でも、
この青いギターにかかると変わるんだ。」 

それで、皆が言う、「でも、メロディーは 
僕らが生まれる前からあって、僕らが死んだ後もあるんだ、」 

「だから、青いギターで奏でても、 
メロディーはちゃんと弾かないといけない。」 



The man bent over his guitar,
A shearsman of sorts. The day was green.

They said, 'You have a blue guitar,
You do not play things as they are.'

The man replied, 'Things as they are
Are changed upon the blue guitar.'

And they said then, 'But play, you must,
A tune beyond us, yet ourselves,

A tune upon the blue guitar
Of things exactly as they are.'


posted by ノエルかえる at 08:38| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする