当然のことなのだろうけれど、『 White Music 』には、水のイメージがない。『ママー』の池、『ビッグ・エクスプレス』の海、『スカイラーキング』の雨、『アップル・ビーナス』の河、のような。
2012年01月31日
never going to stop
きょうは、『ホワイト・ミュージック』B面と、武満徹『ジェモー』。
当然のことなのだろうけれど、『 White Music 』には、水のイメージがない。『ママー』の池、『ビッグ・エクスプレス』の海、『スカイラーキング』の雨、『アップル・ビーナス』の河、のような。
当然のことなのだろうけれど、『 White Music 』には、水のイメージがない。『ママー』の池、『ビッグ・エクスプレス』の海、『スカイラーキング』の雨、『アップル・ビーナス』の河、のような。
2012年01月30日
White
『 White Music 』A面を聞いて、それから、八村義夫「エリキサ 作品10の2」「星辰譜 作品5」。ハウスマン詩集をパラパラ。
いちばん美しい木、さくらが今、
枝もたわわに花をつけて、
森の乗馬道のあたりに立っている、
イースターのために白を着て。
( 森山泰男 訳 )
Loveliest of trees, the cherry now
Is hung with bloom along the bough,
And stands about the woodland ride
Wearing white for Eastertide.
いちばん美しい木、さくらが今、
枝もたわわに花をつけて、
森の乗馬道のあたりに立っている、
イースターのために白を着て。
( 森山泰男 訳 )
Loveliest of trees, the cherry now
Is hung with bloom along the bough,
And stands about the woodland ride
Wearing white for Eastertide.
2012年01月29日
星
今日、プレイヤーにかけたのは、『 Skylarking 2010 』A面、D面。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲十四番、十五番。八村義夫『星辰譜』
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 8
ベルナール「グレゴリーさんが加入した際には、この歌をライブでする時、アレンジを変えたのですか?」
パートリッジ「いいえ、同じアレンジですよ。ただ、それぞれの役割は、バリーの時よりも、ずっと対等に分担したと思います。」
ベルナール「グレゴリーさんは、ほとんどギターで演奏したのですよね? この歌でも、キーボードも演奏したのですか?」
パートリッジ「デイブは、ほんのすこしだけ、キーボードを弾きました。私の記憶が正しければですけれど。確かなことを言うには、ライブ録音を聞いてみないと分からないですね。ただ、デイブは、大抵、和声内で演奏していました。それで、私がソロやその他の部分を弾いていましたね。たぶん、アルバム版のような音で弾いていました。でも、ライブでは、二本のギターですから、しっかりと厚みのある様に聞こえましたね。それは良かったですね。分厚いビーフステーク。[ 厚みのある/ beefy との洒落] 」
ベルナール「なるほど、でも、貴方が、アルバム版を聴くには及ばないと考えられていると言うのは、どういうものでしょうと思います。貴方は、シングル版だけを取り上げられているのですけれど。」
パートリッジ「そうですね、アルバム『 White Music 』は、「ともかくやってみようよ」と言うものでしたから。正しくはないのです。一方で、シングル版は、もっと正しく出来たのです。」
ベルナール「アルバムを聴いてからシングル版を聴くまでには、何年かありました。それは、こちら、アメリカでは、シングル版はどこでも手に入るものではなかったからです。」
パートリッジ「あああ! それで、どう思いました? 「XTC は、「 This is Pop? 」を駄目にしている、あまりに普通に弾いているから。」と思われましたか。」
ベルナール「私は、シングル版も好きですよ、でも、聞いて、とてもショックでした。…、それは、もっと何と言うか、シューシュー鳴っていて、…、思うのですが、」
パートリッジ「シングル版は、ちゃんとプロデュースされたものですからね。ずっといい音質で聞こえるのです。エンジニアリングがより重要だと、私は思います。このように言うと、ジョン・レッキーをまるで認めていない様に聞こえるかもしれませんけど、そう言うつもりは私にはないのですよ、だって、ジョンは、素晴らしいエンジニアですから、ですけれど、アルバム版は、何だかデモの様に、音が薄いのですね。一方、シングル版は、ドラムズの音は深いですし、ギターもよく鳴っています、キーボードは、煌めいて聞こえます。」
ベルナール「ええ、確かにそうです。ドラムとベースでは、その後『 Black Sea 』『 English Settlement 』に発展するようなものが、一瞬見えますから。」
パートリッジ「そう思います。あの方向を指しています。」
了
パートリッジ「いいえ、同じアレンジですよ。ただ、それぞれの役割は、バリーの時よりも、ずっと対等に分担したと思います。」
ベルナール「グレゴリーさんは、ほとんどギターで演奏したのですよね? この歌でも、キーボードも演奏したのですか?」
パートリッジ「デイブは、ほんのすこしだけ、キーボードを弾きました。私の記憶が正しければですけれど。確かなことを言うには、ライブ録音を聞いてみないと分からないですね。ただ、デイブは、大抵、和声内で演奏していました。それで、私がソロやその他の部分を弾いていましたね。たぶん、アルバム版のような音で弾いていました。でも、ライブでは、二本のギターですから、しっかりと厚みのある様に聞こえましたね。それは良かったですね。分厚いビーフステーク。[ 厚みのある/ beefy との洒落] 」
ベルナール「なるほど、でも、貴方が、アルバム版を聴くには及ばないと考えられていると言うのは、どういうものでしょうと思います。貴方は、シングル版だけを取り上げられているのですけれど。」
パートリッジ「そうですね、アルバム『 White Music 』は、「ともかくやってみようよ」と言うものでしたから。正しくはないのです。一方で、シングル版は、もっと正しく出来たのです。」
ベルナール「アルバムを聴いてからシングル版を聴くまでには、何年かありました。それは、こちら、アメリカでは、シングル版はどこでも手に入るものではなかったからです。」
パートリッジ「あああ! それで、どう思いました? 「XTC は、「 This is Pop? 」を駄目にしている、あまりに普通に弾いているから。」と思われましたか。」
ベルナール「私は、シングル版も好きですよ、でも、聞いて、とてもショックでした。…、それは、もっと何と言うか、シューシュー鳴っていて、…、思うのですが、」
パートリッジ「シングル版は、ちゃんとプロデュースされたものですからね。ずっといい音質で聞こえるのです。エンジニアリングがより重要だと、私は思います。このように言うと、ジョン・レッキーをまるで認めていない様に聞こえるかもしれませんけど、そう言うつもりは私にはないのですよ、だって、ジョンは、素晴らしいエンジニアですから、ですけれど、アルバム版は、何だかデモの様に、音が薄いのですね。一方、シングル版は、ドラムズの音は深いですし、ギターもよく鳴っています、キーボードは、煌めいて聞こえます。」
ベルナール「ええ、確かにそうです。ドラムとベースでは、その後『 Black Sea 』『 English Settlement 』に発展するようなものが、一瞬見えますから。」
パートリッジ「そう思います。あの方向を指しています。」
了
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 7
ベルナール「ご両親は、ビートルズやあの辺りのバンドについてはどうだったのですか?」
パートリッジ「父も母も、髭を生やすまでのビートルズは好きでしたね。それで、母は、ビートルズがひげを生やした時に、「彼らは音楽もそれに自分たち自身も駄目にしてしまったわ!」と叫んだのです、本当ですよ。」
ベルナール「( 笑い ) 「あの良い子たちが…」ですね。」
パートリッジ「でも、一方私は、「何てことだろう、彼らはやっと本当に面白くなったぞ!」と思っていたのですけれどね。実家にいた時に、母に、キャプテン・ビーフハートの『 Spotlight Kid 』のジャケットを見せたことがあるのです。ジャケットでは、ビーフハートはヌーディーのスーツを着ていますけど、グレン・キャンベルのようなカントリー・アンド・ウエスタンの安っぽい感じのスーツでした。それで、母は言ったのです。「まあ、この人は誰なの? とっても良い感じね。きっと、素敵な音楽なのでしょうね。」 ( 喜色満面で ) それで私は思ったのです。「ううう、どんなもんだろう、母を僕の寝室に閉じ込めて、無理矢理に、ビーフハートの「 I'm gonnna Booglarize you baby 」を聞かせたりしたら、…」」
ベルナール「( 笑い ) お母さんは、自分がしてしまったことの報いを受けたかもしれませんね。」
パートリッジ「報いを受けたかもしれないですね、本当に。」
パートリッジ「父も母も、髭を生やすまでのビートルズは好きでしたね。それで、母は、ビートルズがひげを生やした時に、「彼らは音楽もそれに自分たち自身も駄目にしてしまったわ!」と叫んだのです、本当ですよ。」
ベルナール「( 笑い ) 「あの良い子たちが…」ですね。」
パートリッジ「でも、一方私は、「何てことだろう、彼らはやっと本当に面白くなったぞ!」と思っていたのですけれどね。実家にいた時に、母に、キャプテン・ビーフハートの『 Spotlight Kid 』のジャケットを見せたことがあるのです。ジャケットでは、ビーフハートはヌーディーのスーツを着ていますけど、グレン・キャンベルのようなカントリー・アンド・ウエスタンの安っぽい感じのスーツでした。それで、母は言ったのです。「まあ、この人は誰なの? とっても良い感じね。きっと、素敵な音楽なのでしょうね。」 ( 喜色満面で ) それで私は思ったのです。「ううう、どんなもんだろう、母を僕の寝室に閉じ込めて、無理矢理に、ビーフハートの「 I'm gonnna Booglarize you baby 」を聞かせたりしたら、…」」
ベルナール「( 笑い ) お母さんは、自分がしてしまったことの報いを受けたかもしれませんね。」
パートリッジ「報いを受けたかもしれないですね、本当に。」
novelty record
パートリッジがツィッターで上げていた、好きなノベルティ・レコード:
「 Martian Hop 」The Ran-Dells の歌、1963。
「 I Am a Mole and I Live in a Hole 」The Southlanders の歌、1958。
「 My Brother Makes The Noise For The Talkies 」、これは古い歌で、1920年代、
レコーディングされたのは、Jack Payne がBBC のオーケストラで歌ったものが、1930年代にあるようだけれど、
パートリッジの言うのは、Bonzo Dog Doo-Dah Band の1966年のものか?
「 Mommy, Gimme a Drinka Water 」、Danny Kaye が歌った、1958年のものか?
「 Martian Hop 」The Ran-Dells の歌、1963。
「 I Am a Mole and I Live in a Hole 」The Southlanders の歌、1958。
「 My Brother Makes The Noise For The Talkies 」、これは古い歌で、1920年代、
レコーディングされたのは、Jack Payne がBBC のオーケストラで歌ったものが、1930年代にあるようだけれど、
パートリッジの言うのは、Bonzo Dog Doo-Dah Band の1966年のものか?
「 Mommy, Gimme a Drinka Water 」、Danny Kaye が歌った、1958年のものか?
2012年01月28日
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 6
ベルナール「( 笑い ) さて、ブリッジの歌詞について話して下さいますか。あれには面食らうのですけれど。」
[ 「 We come the wrong way/We come the long way/We play the songs much too loud 」の部分 ]
パートリッジ「あれは全て批判なのですよ。全てのことへの批判なのです。レコード会社との契約、レコード会社に認められることは、延々と時間がかかる。聴衆が笑いながらどこかへ逃げて行かない様にも、いつまでたっても出来ない、そんなことへの批判です。本当に長い時間が掛かったのです。私たちは、私たち独自の道に進もう、他人の道を進んだりはしまい、と思っていたのですけれど。それで、間違った道に入ってしまったのですね。つまり、人々は、私たちの道を間違っていると思ったのです。それに、私たちは、あまりに五月蝿く演奏したのです。特に、自分たちのPAシステムを作り上げてしまってからは、ものすごく五月蝿かったのです。( 狂った悪者の科学者の声で ) 「ムゥハッ! 望むままの轟音だぞい。」」
ベルナール「実際に、「 What do you call noise? 」と言って、馬鹿にする人がいたのですか? 実経験からなのですか?」
パートリッジ「あれは、親の言葉ですね。ええと、その数年前まで私は両親と一緒に住んでいたと言うことを忘れないで下さいね。それでですね、私はプレイヤーで『 Trout Mask Replica 』を掛けていた訳です、分かりますか ( 笑い )。母はやって来て、私が差し込んでいたアンプのコンセントを引き抜くと言う訳ですね。まあ、そんなことです。」
ベルナール「本当ですか?」
パートリッジ「ええ、母は暗くて寒い中に、それでも座っているのです。ですから、エレクトリック・ギターをアンプにつないで鳴らせない訳ですよ。それで、ヘリウム・キッズの頃、コリンが家によく来ていたのですけれど、腕の下にベースを隠していましたね。私は、彼が入れる様に用意しておくのです、それで、私の寝室で、何曲か二人で会わせる様に用意しているのです。でも、コリンが来て「アンディはいますか、リハーサルする約束なのですが」と言うと、母は、私が在宅であることを否定するのです。母はドアの側に行って、「あら、いないのよ、コリンちゃん」と言うのです。母は、私が二階で待っているのを知っているのですけれどね。それで、私は、「どうして、コリンは上がってこないんだ?」と思うのですね。( 悲し気に笑って ) 母は、過剰に干渉しますからね。それで、母がコリンを上げた時には、電源を切るのですよ。」
ベルナール「 ( 笑い ) いいですね。それで、貴方は、アンプラグド・セッションを思いついたのですか?」
パートリッジ「( 笑い ) ええ! その頃、プラグは繋いでいましたよ! でも、ボリュームは上げないでですね。それを何と呼んだとしてもね、アン・ヴォルティッドですか。
父は、音楽には関心があったのですよ。ソファの後に、安物の古いギターが立て掛けてありました。それが、私が初めて手にしたギターですね。でも、母は、( pepperpotの声で [ BBC の『空飛ぶモンティ・パイソンのキャラクター ] )「そんな嫌らしい音」と言って、断固と反対したのです。」
ベルナール「どうしてでもすか、やれやれですね。」
パートリッジ「全然。」
ベルナール「お母さんが気に入られるような歌はなかったのですか?」
パートリッジ「いいえ。一般的な親たちだと、「さあ、聞かせて頂戴、それから…」ですけれどね。それで、それがJoe Lossの「 Wheels Cha Cha 」でなかったら、親たちは知ろうとはしないのですね。
「かあさん、僕は「 Dachau Blues 」を覚えたけど、聞きたい? ( 笑い )」」
[ 「 We come the wrong way/We come the long way/We play the songs much too loud 」の部分 ]
パートリッジ「あれは全て批判なのですよ。全てのことへの批判なのです。レコード会社との契約、レコード会社に認められることは、延々と時間がかかる。聴衆が笑いながらどこかへ逃げて行かない様にも、いつまでたっても出来ない、そんなことへの批判です。本当に長い時間が掛かったのです。私たちは、私たち独自の道に進もう、他人の道を進んだりはしまい、と思っていたのですけれど。それで、間違った道に入ってしまったのですね。つまり、人々は、私たちの道を間違っていると思ったのです。それに、私たちは、あまりに五月蝿く演奏したのです。特に、自分たちのPAシステムを作り上げてしまってからは、ものすごく五月蝿かったのです。( 狂った悪者の科学者の声で ) 「ムゥハッ! 望むままの轟音だぞい。」」
ベルナール「実際に、「 What do you call noise? 」と言って、馬鹿にする人がいたのですか? 実経験からなのですか?」
パートリッジ「あれは、親の言葉ですね。ええと、その数年前まで私は両親と一緒に住んでいたと言うことを忘れないで下さいね。それでですね、私はプレイヤーで『 Trout Mask Replica 』を掛けていた訳です、分かりますか ( 笑い )。母はやって来て、私が差し込んでいたアンプのコンセントを引き抜くと言う訳ですね。まあ、そんなことです。」
ベルナール「本当ですか?」
パートリッジ「ええ、母は暗くて寒い中に、それでも座っているのです。ですから、エレクトリック・ギターをアンプにつないで鳴らせない訳ですよ。それで、ヘリウム・キッズの頃、コリンが家によく来ていたのですけれど、腕の下にベースを隠していましたね。私は、彼が入れる様に用意しておくのです、それで、私の寝室で、何曲か二人で会わせる様に用意しているのです。でも、コリンが来て「アンディはいますか、リハーサルする約束なのですが」と言うと、母は、私が在宅であることを否定するのです。母はドアの側に行って、「あら、いないのよ、コリンちゃん」と言うのです。母は、私が二階で待っているのを知っているのですけれどね。それで、私は、「どうして、コリンは上がってこないんだ?」と思うのですね。( 悲し気に笑って ) 母は、過剰に干渉しますからね。それで、母がコリンを上げた時には、電源を切るのですよ。」
ベルナール「 ( 笑い ) いいですね。それで、貴方は、アンプラグド・セッションを思いついたのですか?」
パートリッジ「( 笑い ) ええ! その頃、プラグは繋いでいましたよ! でも、ボリュームは上げないでですね。それを何と呼んだとしてもね、アン・ヴォルティッドですか。
父は、音楽には関心があったのですよ。ソファの後に、安物の古いギターが立て掛けてありました。それが、私が初めて手にしたギターですね。でも、母は、( pepperpotの声で [ BBC の『空飛ぶモンティ・パイソンのキャラクター ] )「そんな嫌らしい音」と言って、断固と反対したのです。」
ベルナール「どうしてでもすか、やれやれですね。」
パートリッジ「全然。」
ベルナール「お母さんが気に入られるような歌はなかったのですか?」
パートリッジ「いいえ。一般的な親たちだと、「さあ、聞かせて頂戴、それから…」ですけれどね。それで、それがJoe Lossの「 Wheels Cha Cha 」でなかったら、親たちは知ろうとはしないのですね。
「かあさん、僕は「 Dachau Blues 」を覚えたけど、聞きたい? ( 笑い )」」
2012年01月27日
To a secret shadow land
きょうは、『 Nonsuch 』のB面、「 The Disappointed 」「 Holly Up On Poppy」「 Crocodile 」「 Rook 」を聞く。
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 5
ベルナール「( 笑い ) 先生、もっと『 White Music 』を聞かないと駄目ですよ。」
パートリッジ「( 笑い ) 嫌だなぁ、…、あれは、素っ裸の赤ちゃんの写真ですよ! ズボンを穿く位の面目は持たせて下さいな。
終わりの部分[ バースあるいはブリッジの終わりと言うこと? ]、コーラスとの間に、イントロのコードが再現されるのですけれど、あそこですけど、私たちがアルバムでしたのは全くの間違いだったと、私は考えたのです。それで、シングル版を作ることになった時に、それを訂正したのだったと、覚えているのですが。」
ベルナール「それで、ベースとドラムの分節も変えてしまった理由は覚えていらっしゃいますか?」
パートリッジ「覚えていませんね。どうしてそうしたのでしょう! 前にも言った通り、もう何年もアルバムは聞いていませんから。」
ベルナール「バリー・アンドリューズの演奏、それに楽器も、やはり変わっています。例えば、イントロですけれど、アルバムでは、クルーマーでサスティーン・コードを弾いています。でも、シングル版では、シンセを使っています。」
パートリッジ「ええ、バリーは、シングルでは、高い緊張した冷たい弦の音で弾いてますね。アルバムでは、オルガンとピアノですからね。」
ベルナール「それでは、ブリッジの部分について話して下さい。貴方がお話になった様に、ここで、貴方は和声構造から抜け出しているのですね、そうですね?」
パートリッジ「ああ、コードを忘れました。腰を据えて、この歌を分析しないといけませんね。まるで、私は、XTC のコピーバンドになったようですねぇ、」
ベルナール「( 笑い ) それは素晴らしい! 貴方はコピーバンドを始めるべきですよ。」
パートリッジ「まさに、検討しましょう。…、Talking Heads のコピーバンド!( 笑い ) そうですね、スウィンドンのTalking Shedsと言うのはどうです。 私は、ティナがいいな。」
パートリッジ「( 笑い ) 嫌だなぁ、…、あれは、素っ裸の赤ちゃんの写真ですよ! ズボンを穿く位の面目は持たせて下さいな。
終わりの部分[ バースあるいはブリッジの終わりと言うこと? ]、コーラスとの間に、イントロのコードが再現されるのですけれど、あそこですけど、私たちがアルバムでしたのは全くの間違いだったと、私は考えたのです。それで、シングル版を作ることになった時に、それを訂正したのだったと、覚えているのですが。」
ベルナール「それで、ベースとドラムの分節も変えてしまった理由は覚えていらっしゃいますか?」
パートリッジ「覚えていませんね。どうしてそうしたのでしょう! 前にも言った通り、もう何年もアルバムは聞いていませんから。」
ベルナール「バリー・アンドリューズの演奏、それに楽器も、やはり変わっています。例えば、イントロですけれど、アルバムでは、クルーマーでサスティーン・コードを弾いています。でも、シングル版では、シンセを使っています。」
パートリッジ「ええ、バリーは、シングルでは、高い緊張した冷たい弦の音で弾いてますね。アルバムでは、オルガンとピアノですからね。」
ベルナール「それでは、ブリッジの部分について話して下さい。貴方がお話になった様に、ここで、貴方は和声構造から抜け出しているのですね、そうですね?」
パートリッジ「ああ、コードを忘れました。腰を据えて、この歌を分析しないといけませんね。まるで、私は、XTC のコピーバンドになったようですねぇ、」
ベルナール「( 笑い ) それは素晴らしい! 貴方はコピーバンドを始めるべきですよ。」
パートリッジ「まさに、検討しましょう。…、Talking Heads のコピーバンド!( 笑い ) そうですね、スウィンドンのTalking Shedsと言うのはどうです。 私は、ティナがいいな。」
2012年01月26日
Fruit of sweating golden inca
きょうは、『 Skylarking 2010 』A面を聞いて、それから、BSで『世界ふれあい街歩き』それから、総合で『ブラタモリ』。
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 4
ベルナール「分かりました。それでは、イントロで、貴方が取られているギターのソロについて少しお話し下さいますか。あれを弾いた時、どういうことを考えていたのでしょうか? このように聞くのはですね、あのソロは、まったくの不協和音なものですから。」
パートリッジ「貴方が言われているのは、アルバム版のソロのことですか?」
ベルナール「そうです、私が頭に描いているのは、アルバム版のソロです。」
パートリッジ「あれは、私にしてみれば、チャック・ベリーを分解したものですよ、本当に ( 笑い )。彼が絶対する筈のないような局面にチャック・ベリーを追い遣ってみたのですね。チャック・ベリーのメロディを、同時に二つか三つの違ったキーで演奏するのです。ポップ・ミュージックの悪夢の類いですね。つまり、あれは、チャック・ベリーのフレーズであって、もしかしたら、ビートルズも使ってたかもしれないようなフレーズなのですよ。でも、そのフレーズをグチャグチャにして、本来のではないキーに押し込んだのです。お分かりですか、「 This is Pop? 」の歌のキーはD なのですけれど、私は、D♭とD♯とDで弾いているのです。ですから、チャック・ベリーの棘だらけの夢のような音に聞こえるのですね。」
ベルナール「それで、偶々そうなったのですか、それとも、それを狙って試したのですか? そのようなものを探求していたのですか?」
パートリッジ「そうですね、「自分の掌の上に投げ見て、そこに現れたものこそが、自らのものとなる。」と言う考えを、私は強く信じています。つまり、自分の手が遣ろうとしていることは、実は、頭の中で既に決定されたことである訳なので、それが適合するものでないと十分に分かっていたとしても、そこには、何か偉大な偶然があるものなのです。
私は、音楽的には破調してしまうような方法を取り勝ちなのです。何と言うか、音楽という自動車を運転中に、それを壁に向けて突進させるのです! それで、自動車がどんな形になるかを見ると言う訳です。それで、それが面白い形になれば、私は、それを違った場面にでもいつでも使おうと決めるのです。貴方も、音楽的壁に車を衝突させてひしゃげさせてみれば、いいものが得られるかもしれませんよ。それが、私をゾクゾクさせるのです。今でも、私はそれをやっています。Monstrance でね。「それでは、先に行こう!」「僕らは今、どのキーで演っているかい?」「気にしない気にしない、どんどん行こう!」と言う感じですね。」
ベルナール「音楽はその方法でされなければならないですね、未知のスリルであるべきなのですね。そうでなければ、まるっきり計算されたものになってしまいますからね、そうなると、それは音楽とは別の仕事ですね、そうではないでしょうか?」
パートリッジ「私はそう思います。全てのものが計測され、きちんと纏められるとするならば、偶然の入る余地はないですからね。偶然と言うのは、ほんとうに、スリリングなものです。」
ベルナール「その偶然と言う場で、音楽の女神が貴方に囁くのですね。」
パートリッジ「そこには、間違いと言うものがありません。物事の新しい方法と言うものがあるだけなのです。」
ベルナール「それで、私たちは、アルバム版とシングル版について、話し合っているのですが、ベースとドラムのパターンにほんの僅かな違いがあるのですけれど、ええと、…、」
パートリッジ「まあ、今日は、私はアルバム版を聞いてないのですよ!」
パートリッジ「貴方が言われているのは、アルバム版のソロのことですか?」
ベルナール「そうです、私が頭に描いているのは、アルバム版のソロです。」
パートリッジ「あれは、私にしてみれば、チャック・ベリーを分解したものですよ、本当に ( 笑い )。彼が絶対する筈のないような局面にチャック・ベリーを追い遣ってみたのですね。チャック・ベリーのメロディを、同時に二つか三つの違ったキーで演奏するのです。ポップ・ミュージックの悪夢の類いですね。つまり、あれは、チャック・ベリーのフレーズであって、もしかしたら、ビートルズも使ってたかもしれないようなフレーズなのですよ。でも、そのフレーズをグチャグチャにして、本来のではないキーに押し込んだのです。お分かりですか、「 This is Pop? 」の歌のキーはD なのですけれど、私は、D♭とD♯とDで弾いているのです。ですから、チャック・ベリーの棘だらけの夢のような音に聞こえるのですね。」
ベルナール「それで、偶々そうなったのですか、それとも、それを狙って試したのですか? そのようなものを探求していたのですか?」
パートリッジ「そうですね、「自分の掌の上に投げ見て、そこに現れたものこそが、自らのものとなる。」と言う考えを、私は強く信じています。つまり、自分の手が遣ろうとしていることは、実は、頭の中で既に決定されたことである訳なので、それが適合するものでないと十分に分かっていたとしても、そこには、何か偉大な偶然があるものなのです。
私は、音楽的には破調してしまうような方法を取り勝ちなのです。何と言うか、音楽という自動車を運転中に、それを壁に向けて突進させるのです! それで、自動車がどんな形になるかを見ると言う訳です。それで、それが面白い形になれば、私は、それを違った場面にでもいつでも使おうと決めるのです。貴方も、音楽的壁に車を衝突させてひしゃげさせてみれば、いいものが得られるかもしれませんよ。それが、私をゾクゾクさせるのです。今でも、私はそれをやっています。Monstrance でね。「それでは、先に行こう!」「僕らは今、どのキーで演っているかい?」「気にしない気にしない、どんどん行こう!」と言う感じですね。」
ベルナール「音楽はその方法でされなければならないですね、未知のスリルであるべきなのですね。そうでなければ、まるっきり計算されたものになってしまいますからね、そうなると、それは音楽とは別の仕事ですね、そうではないでしょうか?」
パートリッジ「私はそう思います。全てのものが計測され、きちんと纏められるとするならば、偶然の入る余地はないですからね。偶然と言うのは、ほんとうに、スリリングなものです。」
ベルナール「その偶然と言う場で、音楽の女神が貴方に囁くのですね。」
パートリッジ「そこには、間違いと言うものがありません。物事の新しい方法と言うものがあるだけなのです。」
ベルナール「それで、私たちは、アルバム版とシングル版について、話し合っているのですが、ベースとドラムのパターンにほんの僅かな違いがあるのですけれど、ええと、…、」
パートリッジ「まあ、今日は、私はアルバム版を聞いてないのですよ!」
今年のAPE house は、
パートリッジのツィッター ( XTC@xtcfan ) によれば、Lighterthief のアルバムは、今年の遅くになりそうだと言うこと。と言うことは、パートリッジの新バンド、the Club Men はないと言うことだろうか?
昨年は、マネージャーのスティーブさんが APE を退社したために、半年くらいは閉鎖の状態で、Pugwash も、EMI Iland からのリリースとなるなど、寂しいこともあったけれど、今年は、順調にいって欲しいと思う。ともかく、ブレグバドさんとの共作のなるべく早いリリースを期待する。マイク・ケネリ−さんとの共作も、今年こそはリリースを期待する。
Veda Hille さんのカバーではない、オリジナルの新作、オリーブさんの新作、モンスタランスの新作もあれば嬉しいのだけれど。それに、the Shadow Kabinet の新作は何時だろうか。
それに、Pugwash は、アイルランドの2011年のベストアルバムにノミネートされたそうで、発表は三月と言うことだけれど、もし選ばれるようだったら、本当に嬉しい。
それから、昨年は、藤本成昌さんによる『XTC Chronology 1966-1999』と言う素晴らしい本が上梓されたのですけれど、そうなると、今度は、詳細なと言うより完璧な、レコーディング・データの本が欲しくなります。日付はもちろん、使用楽器、機材、テイクの種類が知りたいです。グレゴリーさんの日記と言う形でもいいですけれど。
http://twitter.com/#!/xtcfans/status/162169382770970624
昨年は、マネージャーのスティーブさんが APE を退社したために、半年くらいは閉鎖の状態で、Pugwash も、EMI Iland からのリリースとなるなど、寂しいこともあったけれど、今年は、順調にいって欲しいと思う。ともかく、ブレグバドさんとの共作のなるべく早いリリースを期待する。マイク・ケネリ−さんとの共作も、今年こそはリリースを期待する。
Veda Hille さんのカバーではない、オリジナルの新作、オリーブさんの新作、モンスタランスの新作もあれば嬉しいのだけれど。それに、the Shadow Kabinet の新作は何時だろうか。
それに、Pugwash は、アイルランドの2011年のベストアルバムにノミネートされたそうで、発表は三月と言うことだけれど、もし選ばれるようだったら、本当に嬉しい。
それから、昨年は、藤本成昌さんによる『XTC Chronology 1966-1999』と言う素晴らしい本が上梓されたのですけれど、そうなると、今度は、詳細なと言うより完璧な、レコーディング・データの本が欲しくなります。日付はもちろん、使用楽器、機材、テイクの種類が知りたいです。グレゴリーさんの日記と言う形でもいいですけれど。
http://twitter.com/#!/xtcfans/status/162169382770970624
2012年01月25日
プシケー
テオ・アンゲロプロス死亡の記事。
今日も、『 Why not ? 』をかける。その後に、『 Skylarking 2010 』と思ったけれど、やはり、マリオン・ブラウンで、『 Vista 』。
パートリッジとムールディングにも、ライフ・ワークと言うものがあるだろうか、あるとして、神はその完成を許すだろうか。やはり、未完のまま閉ざさせるのだろうか。
今日も、『 Why not ? 』をかける。その後に、『 Skylarking 2010 』と思ったけれど、やはり、マリオン・ブラウンで、『 Vista 』。
パートリッジとムールディングにも、ライフ・ワークと言うものがあるだろうか、あるとして、神はその完成を許すだろうか。やはり、未完のまま閉ざさせるのだろうか。
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 3
ベルナール「( 安っぽい広告の声で ) どうすれば、一般市民は聞けますかね、アンディ?」
パートリッジ「( 笑い、それに合わせる声で ) お尋ねに感謝します、トッド。早速にも、ape.uk.net にアクセス下されば、ダウンロードがまだ出来ると存じます。それに、お値ごろだと存じます。おおよそ15分の収録時間でございます。お値段は、1ポンドと少々で御座います。URL は、だぶりゅだぶりゅだびゅりゅ…、、
ところで、今日、この曲をプレイヤーに掛けてみたのです。この歳になって実は初めてでした。開始部の「yes」を忘れてましたよ。それが何だったかをお話ししましょう( 笑い )。ロンドンのEssex Studio でボーカルを録音したのですけれどね、ああ、そのスタジオ、the Clash が後に多くの曲を録音したところだと思いますけれど、私は、プロデューサーのマット・ランゲに言ったのです。「聞いてくれる、僕は、この曲を冷たい未来的に聞こえる様にしたいんだ。音を冷たく出来るものを知ってる?」そうするとランゲはこう答えたのです。「フランジャーを使ってみようか。」
それで、彼は、フランジャーを使って録音したものを加えたのです。それは、彼に任されていたのです。「僕がミックス・編集の現場にいくぞ!」ではない事例でしたね。「テープに収録すると言うのはこう言うことである」と見せられると言う事例でした。それを、私は、ヘッド・ホーンで聞いたのですけれど、あまりに良いので、フランジャーを通した自分自身の声を聞きながら、話すことを止められなくなったのです。( フランジャーの声を真似て ) 「ヘェロロロオオ、ぃぃぃぃイエス、」とかやっていたのです。もちろん、その中の一つがテープに入ってしまったのですよ!( 笑い ) 技師たちは、テープを回していましたから、私は、これを録音知ることを提案したのです。それで、ヘッドホーンで、不思議な音になった自分のボーカルを聞きながら、あの歯擦音を作ったのです。彼らは、「Yes」をあそこに録音して、そのまま残したのです。テープを回してましたからね。
それで、オープニングのコードがあって、バリーが借りて来たクラビネットで、…」
ベルナール「ええ、シングル版ですね。「 Meccanic Dancing 」の話しをした時に、そのことも話しましたね。」」
パートリッジ「ええ、バリーは、明らかに、ここにクラビネットの音を持込もうとしていました。でも、自分のは持っていなかったのです。それで、録音の間ずっと、クラビネットを借りたのです。私は、少々辟易しました。「まったく、僕が考えた音から逸脱する男だな」と思ってましたから。」
パートリッジ「( 笑い、それに合わせる声で ) お尋ねに感謝します、トッド。早速にも、ape.uk.net にアクセス下されば、ダウンロードがまだ出来ると存じます。それに、お値ごろだと存じます。おおよそ15分の収録時間でございます。お値段は、1ポンドと少々で御座います。URL は、だぶりゅだぶりゅだびゅりゅ…、、
ところで、今日、この曲をプレイヤーに掛けてみたのです。この歳になって実は初めてでした。開始部の「yes」を忘れてましたよ。それが何だったかをお話ししましょう( 笑い )。ロンドンのEssex Studio でボーカルを録音したのですけれどね、ああ、そのスタジオ、the Clash が後に多くの曲を録音したところだと思いますけれど、私は、プロデューサーのマット・ランゲに言ったのです。「聞いてくれる、僕は、この曲を冷たい未来的に聞こえる様にしたいんだ。音を冷たく出来るものを知ってる?」そうするとランゲはこう答えたのです。「フランジャーを使ってみようか。」
それで、彼は、フランジャーを使って録音したものを加えたのです。それは、彼に任されていたのです。「僕がミックス・編集の現場にいくぞ!」ではない事例でしたね。「テープに収録すると言うのはこう言うことである」と見せられると言う事例でした。それを、私は、ヘッド・ホーンで聞いたのですけれど、あまりに良いので、フランジャーを通した自分自身の声を聞きながら、話すことを止められなくなったのです。( フランジャーの声を真似て ) 「ヘェロロロオオ、ぃぃぃぃイエス、」とかやっていたのです。もちろん、その中の一つがテープに入ってしまったのですよ!( 笑い ) 技師たちは、テープを回していましたから、私は、これを録音知ることを提案したのです。それで、ヘッドホーンで、不思議な音になった自分のボーカルを聞きながら、あの歯擦音を作ったのです。彼らは、「Yes」をあそこに録音して、そのまま残したのです。テープを回してましたからね。
それで、オープニングのコードがあって、バリーが借りて来たクラビネットで、…」
ベルナール「ええ、シングル版ですね。「 Meccanic Dancing 」の話しをした時に、そのことも話しましたね。」」
パートリッジ「ええ、バリーは、明らかに、ここにクラビネットの音を持込もうとしていました。でも、自分のは持っていなかったのです。それで、録音の間ずっと、クラビネットを借りたのです。私は、少々辟易しました。「まったく、僕が考えた音から逸脱する男だな」と思ってましたから。」
2012年01月23日
not
A.E. ハウスマンの詩集をくりながら、『 Why not? 』をかける。圧倒的な美しさと哄笑。それから、エルガーの歌曲集。きょうは、XTC を聞かない。
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 2
ベルナール「自信が着くに連れてそうなったのですね。」
パートリッジ「ええ、「 mak schau 」原理ですよ。「見せびらかしちゃえ!」ですね。」
ベルナール「歌の発想については話して下さいました。では、実際にどう書いたかは、覚えていますか?」
パートリッジ「成長した私は、ビートルズ・ファンになっていました。私にとって、ポップ・ミュージックを象徴するものは何だろうかと考えていたことを覚えています。それは、60年代の始まりでしたけど。そうですね、ビクトリア女王が亡くなった時ですね。それで、何がその象徴だったかと言えば、「 A Hard Day's Night 」のオープニングのコードだと考えたのです。その音、鋭く尖らしたリッケンバッカーで女王の背中を刺す音だったのですね。「見ろ! ビクトリア女王は本当に死んだぞ。」
それで、私はそのコードを取り上げて考えたのです。「 A Hard Day's Night 」的な寄せ集め、その巨大さを自分の歌の基礎にしたいと思ったのです。それで、あの天才の仕業のコードを色々な部分に、出来る限り歌全体に使って書こうと試みて見たのです。曲の開始部分だけではなくてね。「 A Hard Day's Night 」のコードとは、一音違えているのです。…これで、誰でも弾けますよ…、上昇順で、F-A-D-G-C-G♭です。
「 A Hard Day's Night 」の場合は、最上位の音はGですね。このコードに関する考え方には二つがあるのです。一つは、私が述べたもの。もう一つは、G-D-F-C-D-G と言うものです。
それで、私はそのコードを取り上げて、それから歌全体を作ったのです。Dコードで始めて、B に下げて、それから、G に進んで、そして半音上げて、セブンスのコードに移ります、A♭7th です。こうして、歌全部が出来ました。「 A Hard Day's Night 」のコードを一音変えたもので始まって、少しパーカッションを入れて、というのが、パターンです。このようにして、「 A Hard Day's Night 」のコードの混淆した感じの新しい音響構造を作り出したのです。」
ベルナール「成る程。それで、コーラス部分では、それを展開させたのですか?」
パートリッジ「ええ、C に行って、それから、D 。ですよね? それから、F-G-C-C です。バリーが装飾音を加えました。[ キーボードのパターンを歌う ] … とっても可愛らしいメロディですね。」
ベルナール「アンドリューズは、自分で作ったのですか?」
パートリッジ「そう思いますよ、私は。彼が作った小片が私はとても好きですから、それを短い覚え書きにしましたよ。その短い覚え書きを知りたいですか? 「 How They Came to Be 」に録音したのですけれどね。」
以前は、APE のサイトのポッドキャストにありましたけど、今はないと思います。「 This is Pop? 」の「 How They Came to Be 」があったかどうか、私は覚えてないのですけれど。
パートリッジ「ええ、「 mak schau 」原理ですよ。「見せびらかしちゃえ!」ですね。」
ベルナール「歌の発想については話して下さいました。では、実際にどう書いたかは、覚えていますか?」
パートリッジ「成長した私は、ビートルズ・ファンになっていました。私にとって、ポップ・ミュージックを象徴するものは何だろうかと考えていたことを覚えています。それは、60年代の始まりでしたけど。そうですね、ビクトリア女王が亡くなった時ですね。それで、何がその象徴だったかと言えば、「 A Hard Day's Night 」のオープニングのコードだと考えたのです。その音、鋭く尖らしたリッケンバッカーで女王の背中を刺す音だったのですね。「見ろ! ビクトリア女王は本当に死んだぞ。」
それで、私はそのコードを取り上げて考えたのです。「 A Hard Day's Night 」的な寄せ集め、その巨大さを自分の歌の基礎にしたいと思ったのです。それで、あの天才の仕業のコードを色々な部分に、出来る限り歌全体に使って書こうと試みて見たのです。曲の開始部分だけではなくてね。「 A Hard Day's Night 」のコードとは、一音違えているのです。…これで、誰でも弾けますよ…、上昇順で、F-A-D-G-C-G♭です。
「 A Hard Day's Night 」の場合は、最上位の音はGですね。このコードに関する考え方には二つがあるのです。一つは、私が述べたもの。もう一つは、G-D-F-C-D-G と言うものです。
それで、私はそのコードを取り上げて、それから歌全体を作ったのです。Dコードで始めて、B に下げて、それから、G に進んで、そして半音上げて、セブンスのコードに移ります、A♭7th です。こうして、歌全部が出来ました。「 A Hard Day's Night 」のコードを一音変えたもので始まって、少しパーカッションを入れて、というのが、パターンです。このようにして、「 A Hard Day's Night 」のコードの混淆した感じの新しい音響構造を作り出したのです。」
ベルナール「成る程。それで、コーラス部分では、それを展開させたのですか?」
パートリッジ「ええ、C に行って、それから、D 。ですよね? それから、F-G-C-C です。バリーが装飾音を加えました。[ キーボードのパターンを歌う ] … とっても可愛らしいメロディですね。」
ベルナール「アンドリューズは、自分で作ったのですか?」
パートリッジ「そう思いますよ、私は。彼が作った小片が私はとても好きですから、それを短い覚え書きにしましたよ。その短い覚え書きを知りたいですか? 「 How They Came to Be 」に録音したのですけれどね。」
以前は、APE のサイトのポッドキャストにありましたけど、今はないと思います。「 This is Pop? 」の「 How They Came to Be 」があったかどうか、私は覚えてないのですけれど。
2012年01月22日
Why not?
アマゾンから、Marion Brown の『 Why not? 』が届く。注文を何時したのかは忘れた、一年くらい前かもしれない、確か「在庫有り」だったと思うけれど。有難い。
今見ると、アマゾン、iTunes には、MP3 で、『 Porto Novo 』『 Capricorn Moon 』もあるよう。
まだ聴かずに、ジャケットのアートワークを眺めている。
朝は、テレビ放送の日曜美術館で、木村伊兵衛のパリを見る。「ブラタマキ」のようだったけれど、それも好かった。
夜は、番組表を見ると、N響アワーで、メシアンのトゥーランガリラ交響曲があるので、見るつもり。
アマゾンのカタログを見ていて、昨年買った、ピンク・フロイドの『 Dark side of the Moon 』は封を切っただけなのを思い出す。ビーチ・ボーイズの『 Smile Sessions 』は、ブライアン・ウィルソンの『スマイル』に沿った完成版を聞いただけで、ボーナストラックや、もう一枚の原盤(?)は聞いてないことも思い出す。
それより何より、アンソニー・ムーアの最新作(?) 『 Frkwys 』をまだ買ってない。Brian Ferneyhough の『 Shadow Time 』の後のオペラもディスク化されてたと思ったけれど。
今見ると、アマゾン、iTunes には、MP3 で、『 Porto Novo 』『 Capricorn Moon 』もあるよう。
まだ聴かずに、ジャケットのアートワークを眺めている。
朝は、テレビ放送の日曜美術館で、木村伊兵衛のパリを見る。「ブラタマキ」のようだったけれど、それも好かった。
夜は、番組表を見ると、N響アワーで、メシアンのトゥーランガリラ交響曲があるので、見るつもり。
アマゾンのカタログを見ていて、昨年買った、ピンク・フロイドの『 Dark side of the Moon 』は封を切っただけなのを思い出す。ビーチ・ボーイズの『 Smile Sessions 』は、ブライアン・ウィルソンの『スマイル』に沿った完成版を聞いただけで、ボーナストラックや、もう一枚の原盤(?)は聞いてないことも思い出す。
それより何より、アンソニー・ムーアの最新作(?) 『 Frkwys 』をまだ買ってない。Brian Ferneyhough の『 Shadow Time 』の後のオペラもディスク化されてたと思ったけれど。
2012年01月21日
パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 1
ベルナールさんとの対談、「 This is Pop? 」。2007/11/12
http://www.myspace.com/xtcfans/blog/327632641
前半は、雑談に近いので割愛して、後半:
ベルナール「スキッフルですか?」
パートリッジ「ええ、私は、スキッフルは、アコースティックなパンクだと思いますよ、基本的にはですけどね ( 笑い )。当時の人たちは、自分で楽器を作ったのですよね。茶箱・ベースとか。あるいは、リズム棒。水差しを吹いたりとか、洗濯板を擦ったりとか、油の缶を叩いたりですね。時には、2ポンドでギターを買ったりしたそうですけどね。カタログか何かそう言うもので買うのです、2ギニー・ギターとか言うものですね。もちろん、文字通り、弾けません。正しい楽音からすれば、雑音が出るのですけれどね。これが、私たち英国人が、アメリカ人の様に、電気のロックンロールが不可能だったことへの対応だったのですね。貧しい子供たちには、クラシック音楽は無理だし、無教養の子供たちには、上品なジャズは出来なかった訳です。ですから、自分たちで作った、馬鹿の様なエネルギーの爆発で、自分たちが属していない階級の、出来もしない曲を吹き飛ばした、と言う訳なのですね。
パンクも同じだと、私は思います。英国の公営住宅住まいの多くの洟垂れ小僧たちには、ポンプ・ロックは出来そうもないものでした。クラシックなんて、もちろんですよ。モダン・ジャズも、まあ、無理だったのでしょうね。それで、パンクを、私は、スキッフル 2 だと思いました。こう言う言い方でしょうか。「ええと、ボクらはね、キミらみたいには出来ないからさ、ジブンらを楽しくさせるもっと簡単でバカみたいなのを見つけようか。それで、ボロッちい安っぽい「楽器」でやろうよ。」」
ベルナール「それで、楽器を買って、貴方はそう言う考えに同調したのですか? それが、貴方が信じていたものだったのですか、それとも、楽器を弾くことが出来ると言う思いを抱くことで、幸福を感じていたのでしょうか?」
パートリッジ「私は、あのエネルギーが好きでした。あのミニマリズム、あの領域が好きでした。兎にも角にも、私は短い歌を書きたいと思っていて、その領域に行こうとしていました。当時、私は詰まらない曲に囲まれて暮らしていました。貴方はご存知かなぁ、、スウィンドンで夜にパブやクラブに出ると、ああ、スウィンドンには、数軒しかなかったのですけれどね、DJ は、Yes やELP とか、Chicory Tip の「 Son of My Father 」をかけてるのですね。私は、まるっきり、自分の音楽だとは感じなかったですね。それで、家に帰って、ニューヨーク・ドールズやボウイ、イギー、それに、余計なものが全くない根源的な感じの曲を聞いていました。
パンクが登場した時には、ですから、そのエネルギーが気に入ったのです。0歳児の精神が必要とされているのだろうと思いましたけれど、同時に、ちょっと、馬鹿馬鹿しいとも感じました。この「1977年以前には、音楽はなかった」と言う考え、それは、まるで紅衛兵のようですけれど、それ以前に存在していた素晴らしい文化を粉砕してしまったのです。彼らは、どんな前例も許さなかったのですから。パンクのもっと馬鹿げた側面は、自分たちより前のものを否定すると言うことでした。ですけれど、パンクは、音をでかくしただけのスキッフルのようでしたし、5年前にアメリカにあったものと似ていましたよね。
もし、貴方が『 3DEP 』の二三年前に私たちが作ったデモテープを聞いたら、私たちが、二分か三分の簡潔な歌を演奏しているのが聞けるでしょう。ですけれど、私たちは、アレンジメントに於いて、それに、メロディに於いて、また、構造に於いて、別の場所に行こうとしていたのが分かると思います。」
ベルナール「ええ、多くのパンクバンドがそうである、スリー・コードの間抜けな歌ではないですね。」
パートリッジ「そうですね、私はパンクのエネルギーが好きでした。でも、バカのふりをする必要は感じていませんでした。私は、ある程度演奏出来ましたし。弾けないふりをする必要と言うものが理解出来なかったのです。今でも、不必要だったと思いますよ。楽器の弾き方を学ばないことと、営業上の理由で下手クソのふりをするのとは、大きな違いがありますよね。知らなかったことで、学んで行く過程と言うのは、終わることがありません。ですが、「チェッ! 今夜は一晩中、EとAだけで演ろうぜ」とか言って、とりあえず上手く演奏出来る様になるというのは、価値のあることではないと思います。
それで、私たちは、数年前から考えていた、ポップ・ミュージックの作り方の新しい方法を模索していたのです。それで、私たちがライブをすると、大部分の観客を困惑させると言うのがいつもでした。」
ベルナール「それは、また、どうしてでしょう?」
パートリッジ「分かりませんね。1975年に、キーボードがジョン・パーキンスというライン・アップの時ですけど、どこかでライブをしたことがあるのですけど、大部分の観客は、笑いましたね。そうでない客は、にやにやして、引いていってしまいました。「やったね、観客に受けいられそうだ。どうやら、客はコミカルだと感じたようだし。」と私は思ったものです。誰かに印象を残しているとすれば、少なくとも、何か違うことをしているのですよ。ですけれど、観客は、私たちがしようとしていることは分かっていませんでした。ですけど、二年後に、「へえ! これは新しいぞ!」と客が言い、「へえ、僕らにはこれは数年前には新しいことだったけど、君らは笑ったじゃないか。」と言うことになったのです。」
ベルナール「なるほど、貴方たちが、75年にしていたことと、77年78年にしていたことには、大きい違いはないと、思っていますか?」
パートリッジ「あまり違いはないと思います。ただ、より良く録音されたのだと思います。それから、77年頃に、よりたくさんのエネルギーが注入されたのだとは思いますけれど。」
ベルナール「つまり、バリーの参加ですか?」
パートリッジ「そうです。それに、それまでよりたくさんのライブを彼としましたね。エネルギーと言うのは、ライブだと一層よくなることは、貴方もお分かりだと思いますけれど。それは、往年のビートルズの「 mak schau 」ですよね。ご存知ですか? ビートルズは、突然、曲を全部、二倍の速さ、二倍の音量で演奏し始めたのですよね。私たちに関しては、「 Neon Shuffle 」でそれが起こりました。1975年の古い録音があるのです、実は誰かがデモに録音していたのですけれど、その時は、スティーブ・ヒッチンズがボーカルで、私はギター、コリンはベース、テリーがドラムスでした。同じ曲ですけど、『ホワイト・ミュージック』より二年前のものです。77年までに、ライブで、だんだん速くだんだん激しくなっていったのです。」
http://www.myspace.com/xtcfans/blog/327632641
前半は、雑談に近いので割愛して、後半:
ベルナール「スキッフルですか?」
パートリッジ「ええ、私は、スキッフルは、アコースティックなパンクだと思いますよ、基本的にはですけどね ( 笑い )。当時の人たちは、自分で楽器を作ったのですよね。茶箱・ベースとか。あるいは、リズム棒。水差しを吹いたりとか、洗濯板を擦ったりとか、油の缶を叩いたりですね。時には、2ポンドでギターを買ったりしたそうですけどね。カタログか何かそう言うもので買うのです、2ギニー・ギターとか言うものですね。もちろん、文字通り、弾けません。正しい楽音からすれば、雑音が出るのですけれどね。これが、私たち英国人が、アメリカ人の様に、電気のロックンロールが不可能だったことへの対応だったのですね。貧しい子供たちには、クラシック音楽は無理だし、無教養の子供たちには、上品なジャズは出来なかった訳です。ですから、自分たちで作った、馬鹿の様なエネルギーの爆発で、自分たちが属していない階級の、出来もしない曲を吹き飛ばした、と言う訳なのですね。
パンクも同じだと、私は思います。英国の公営住宅住まいの多くの洟垂れ小僧たちには、ポンプ・ロックは出来そうもないものでした。クラシックなんて、もちろんですよ。モダン・ジャズも、まあ、無理だったのでしょうね。それで、パンクを、私は、スキッフル 2 だと思いました。こう言う言い方でしょうか。「ええと、ボクらはね、キミらみたいには出来ないからさ、ジブンらを楽しくさせるもっと簡単でバカみたいなのを見つけようか。それで、ボロッちい安っぽい「楽器」でやろうよ。」」
ベルナール「それで、楽器を買って、貴方はそう言う考えに同調したのですか? それが、貴方が信じていたものだったのですか、それとも、楽器を弾くことが出来ると言う思いを抱くことで、幸福を感じていたのでしょうか?」
パートリッジ「私は、あのエネルギーが好きでした。あのミニマリズム、あの領域が好きでした。兎にも角にも、私は短い歌を書きたいと思っていて、その領域に行こうとしていました。当時、私は詰まらない曲に囲まれて暮らしていました。貴方はご存知かなぁ、、スウィンドンで夜にパブやクラブに出ると、ああ、スウィンドンには、数軒しかなかったのですけれどね、DJ は、Yes やELP とか、Chicory Tip の「 Son of My Father 」をかけてるのですね。私は、まるっきり、自分の音楽だとは感じなかったですね。それで、家に帰って、ニューヨーク・ドールズやボウイ、イギー、それに、余計なものが全くない根源的な感じの曲を聞いていました。
パンクが登場した時には、ですから、そのエネルギーが気に入ったのです。0歳児の精神が必要とされているのだろうと思いましたけれど、同時に、ちょっと、馬鹿馬鹿しいとも感じました。この「1977年以前には、音楽はなかった」と言う考え、それは、まるで紅衛兵のようですけれど、それ以前に存在していた素晴らしい文化を粉砕してしまったのです。彼らは、どんな前例も許さなかったのですから。パンクのもっと馬鹿げた側面は、自分たちより前のものを否定すると言うことでした。ですけれど、パンクは、音をでかくしただけのスキッフルのようでしたし、5年前にアメリカにあったものと似ていましたよね。
もし、貴方が『 3DEP 』の二三年前に私たちが作ったデモテープを聞いたら、私たちが、二分か三分の簡潔な歌を演奏しているのが聞けるでしょう。ですけれど、私たちは、アレンジメントに於いて、それに、メロディに於いて、また、構造に於いて、別の場所に行こうとしていたのが分かると思います。」
ベルナール「ええ、多くのパンクバンドがそうである、スリー・コードの間抜けな歌ではないですね。」
パートリッジ「そうですね、私はパンクのエネルギーが好きでした。でも、バカのふりをする必要は感じていませんでした。私は、ある程度演奏出来ましたし。弾けないふりをする必要と言うものが理解出来なかったのです。今でも、不必要だったと思いますよ。楽器の弾き方を学ばないことと、営業上の理由で下手クソのふりをするのとは、大きな違いがありますよね。知らなかったことで、学んで行く過程と言うのは、終わることがありません。ですが、「チェッ! 今夜は一晩中、EとAだけで演ろうぜ」とか言って、とりあえず上手く演奏出来る様になるというのは、価値のあることではないと思います。
それで、私たちは、数年前から考えていた、ポップ・ミュージックの作り方の新しい方法を模索していたのです。それで、私たちがライブをすると、大部分の観客を困惑させると言うのがいつもでした。」
ベルナール「それは、また、どうしてでしょう?」
パートリッジ「分かりませんね。1975年に、キーボードがジョン・パーキンスというライン・アップの時ですけど、どこかでライブをしたことがあるのですけど、大部分の観客は、笑いましたね。そうでない客は、にやにやして、引いていってしまいました。「やったね、観客に受けいられそうだ。どうやら、客はコミカルだと感じたようだし。」と私は思ったものです。誰かに印象を残しているとすれば、少なくとも、何か違うことをしているのですよ。ですけれど、観客は、私たちがしようとしていることは分かっていませんでした。ですけど、二年後に、「へえ! これは新しいぞ!」と客が言い、「へえ、僕らにはこれは数年前には新しいことだったけど、君らは笑ったじゃないか。」と言うことになったのです。」
ベルナール「なるほど、貴方たちが、75年にしていたことと、77年78年にしていたことには、大きい違いはないと、思っていますか?」
パートリッジ「あまり違いはないと思います。ただ、より良く録音されたのだと思います。それから、77年頃に、よりたくさんのエネルギーが注入されたのだとは思いますけれど。」
ベルナール「つまり、バリーの参加ですか?」
パートリッジ「そうです。それに、それまでよりたくさんのライブを彼としましたね。エネルギーと言うのは、ライブだと一層よくなることは、貴方もお分かりだと思いますけれど。それは、往年のビートルズの「 mak schau 」ですよね。ご存知ですか? ビートルズは、突然、曲を全部、二倍の速さ、二倍の音量で演奏し始めたのですよね。私たちに関しては、「 Neon Shuffle 」でそれが起こりました。1975年の古い録音があるのです、実は誰かがデモに録音していたのですけれど、その時は、スティーブ・ヒッチンズがボーカルで、私はギター、コリンはベース、テリーがドラムスでした。同じ曲ですけど、『ホワイト・ミュージック』より二年前のものです。77年までに、ライブで、だんだん速くだんだん激しくなっていったのです。」
2012年01月20日
Drinking sodas as cold as frost
『ホワイト・ミュージック』をかける。「 This is Pop? 」の、バース部分。ギターは、二種類がダビングされているけれど、軽く触れる様に鳴らされた静かなコードが好き。もしかすると、指で弾いてるかも。ロバート・ランゲのシングル版だと、ピックで弾いて、しっかりした単音になっている。ジョン・レッキーのアルバム版の方が好き。
それから、『 Skylarking 2010 』のD面。「 Sacrificial Bonfire 」のフロア・タムと同時にタンバリンが鳴るのは、タムに、鈴を付けて叩いたのか知ら。でも、終部では、タムの音だけだから、、
それから、『 Skylarking 2010 』のD面。「 Sacrificial Bonfire 」のフロア・タムと同時にタンバリンが鳴るのは、タムに、鈴を付けて叩いたのか知ら。でも、終部では、タムの音だけだから、、
2012年01月19日
Address cloud eleven
昨日は、『相棒 season 10 』を見た。花の里が復活して嬉しかった。
今日は、『ノンサッチ』から、「 Omnibus 」「 That Wave 」「 Then She Appeared 」「 War Dance 」をかける。LPだと、C面。それから、『世界ふれあい街歩き』と『ブラタモリ』を見るつもり。
「 That Wave 」のグレゴリーのソロがかっこいい。グレゴリーは、決まって、右チャンネルなのだろうか?
今日は、『ノンサッチ』から、「 Omnibus 」「 That Wave 」「 Then She Appeared 」「 War Dance 」をかける。LPだと、C面。それから、『世界ふれあい街歩き』と『ブラタモリ』を見るつもり。
「 That Wave 」のグレゴリーのソロがかっこいい。グレゴリーは、決まって、右チャンネルなのだろうか?
2012年01月17日
faun
きょうは、マリオン・ブラウンの『ジョージア・牧神の午後』と、XTC『 Skylarking 2010 』B面を聞いた。
Earth Flying
きのうきいたのは、『 Skylarking 2010』D面と、Marion Brown『 Sweet Earth Flying 』。
2012年01月15日
the songs are too slow
『 White Music 』をかける。「 Radios in Motion 」のパートリッジのボーカル、That the songs are too slow のslow の ow が低くずれて、つぶれた声になるのが好き。パートリッジの言う、セイウチの喉が擦れる音?
『 Skylarking 2010 』D面を、次にかける。「 Dying 」、これは、パートリッジが「 1000 Umbrellas 」で、アコースティック・ギターと弦楽四重奏だけで歌にしようと試みたのと同様に、アコースティック・ギターに、室内楽的楽器をほんの僅か添えるだけにしようと試みたのだろうと思う。「 Dying 」と「 1000 Umbrellas 」は、アルバムの中で最も注目されるべきものなのだろう。
「 Dying 」、終部にパートリッジがコーラスを付けるのだけど、Don't want to die like you の you が伸ばされるところは、ハーモニクスが起こっているようで、不思議な反響になっている。
『 Skylarking 2010 』D面を、次にかける。「 Dying 」、これは、パートリッジが「 1000 Umbrellas 」で、アコースティック・ギターと弦楽四重奏だけで歌にしようと試みたのと同様に、アコースティック・ギターに、室内楽的楽器をほんの僅か添えるだけにしようと試みたのだろうと思う。「 Dying 」と「 1000 Umbrellas 」は、アルバムの中で最も注目されるべきものなのだろう。
「 Dying 」、終部にパートリッジがコーラスを付けるのだけど、Don't want to die like you の you が伸ばされるところは、ハーモニクスが起こっているようで、不思議な反響になっている。
2012年01月13日
ほわいと・みゅうじく
今日は、『ホワイト・ミュージック』を聞いた。かっこいい。
The Mayor of Simpleton
APE のForum に塔越されていた、Jeff Truzzi さんの「 The Mayor of Simpleton 」の感想。 Jan 5 2012, 05:25 PM
これは、Truzzi さんが、XTC を全く知らないと言う人がこの歌を聞いて、エルビス・コステロを思わせると言ったことへの反論でもあるそうです。( もちろん、コステロも優れた歌手であり、ソング・ライターではあるのですが。 )
( 全文ではなく、抜き出したものです。 )
I certainly can't recall any Elvis C remotely hinting at polytonality, which is what immediately caught my ear.
(The verse chords inferring C lydian & D major, with the bass line in G major.)
Also loved the tambourines hard panned left & right, one emphasizing beats 1 & 3 while the other does 2 & 4.
And the cool polyrhythm 'round' at the end.
Still, every time I hear the "Mayor" it gives me goosebumps, and a jolt of energy.
「 The Mayor of Simpleton 」で私の耳を即座に捉えた、多調性と言うものをすこしも持っていないエルビス・コステロを連想することは、僕には有り得ないことです。
( 「 The Mayor of Simpleton 」は、バースはC リディアンと D メジャーなのですが、ベースラインは、 G メジャー だと、僕は推察してます。 )
それに、強拍が、第2拍第4拍でなくて、第1と第3にある、タンバリンが、左右にパンするのもとても好きです。
それに、終部のポリリズムは、かっこいい。
いまだに、「シンプルトン」を聞く度に、鳥肌が立って、そのエネルギーに揺さぶられます。
これは、Truzzi さんが、XTC を全く知らないと言う人がこの歌を聞いて、エルビス・コステロを思わせると言ったことへの反論でもあるそうです。( もちろん、コステロも優れた歌手であり、ソング・ライターではあるのですが。 )
( 全文ではなく、抜き出したものです。 )
I certainly can't recall any Elvis C remotely hinting at polytonality, which is what immediately caught my ear.
(The verse chords inferring C lydian & D major, with the bass line in G major.)
Also loved the tambourines hard panned left & right, one emphasizing beats 1 & 3 while the other does 2 & 4.
And the cool polyrhythm 'round' at the end.
Still, every time I hear the "Mayor" it gives me goosebumps, and a jolt of energy.
「 The Mayor of Simpleton 」で私の耳を即座に捉えた、多調性と言うものをすこしも持っていないエルビス・コステロを連想することは、僕には有り得ないことです。
( 「 The Mayor of Simpleton 」は、バースはC リディアンと D メジャーなのですが、ベースラインは、 G メジャー だと、僕は推察してます。 )
それに、強拍が、第2拍第4拍でなくて、第1と第3にある、タンバリンが、左右にパンするのもとても好きです。
それに、終部のポリリズムは、かっこいい。
いまだに、「シンプルトン」を聞く度に、鳥肌が立って、そのエネルギーに揺さぶられます。
2012年01月12日
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 10
「 Dying 」「 Sacrificial Bonfire 」について
ベルナール「「 Dying 」では、ドラムがあるかどうか私には確かには分からないのですが。パカパカと言う音はあります。ですが、あれは、貴方が出した音なのですか?」
プリンス「私は、「 Dying 」ではブラシを演奏したと思います、たぶんですが。そう覚えています。でも、何て悲しい歌なのでしょう。」
ベルナール「「 Sacrificial Bonfire 」は、アルバムを締めくくる感動的なものですね。貴方が、この歌の終わりの部分を演奏しているのは、よく分かるのですが、イントロ部分が、どうなのかは、私にはよく分かりません。もしかしたら、機械でプログラミングされたものなのですか?」
プリンス「あれは、あの歌のために、上手く工夫してドラムを組み合わせて、作り出したものです。コリンは、「ティンパニの大きな音が欲しいんだけれど、ティンパニを借りられるかい?」と言ったのです。私は、「いや、借りられない。僕は、26インチのバス・ドラムしか持ってない」と答えました。私は、二つのドラム・セットを持っていました。セットは、それぞれ、2個の26インチのバス・ドラムがありました。つまり、バス・ドラムは合計4個あったのです。それをラックに積み重ねたのですけれど、上下を逆さまにして重ねたのです。私は、それが独特の音が出るように調音しました。それを叩いたのですけれど、大きなマレットを使いました。ドラムは大きく開けていました、パッティングや他の詰め物等は何も入れていませんでした。そうやって、あのティンパニのような音が出来たのです。ですが、本当は、ヤマハの26インチバス・ドラムなのです。それをラックに乗せて鳴らしたのです。
それから、「 Sacrificial Bonfire 」では、別のスネアを使いました。音を下げて、フィールド・ドラムのような音に調整したのです。」
ベルナール「それは、大きめな、底の深いスネア・ドラムなのですか?」
プリンス「14インチで、深さは7.5インチです。今でも持っています。それに、『オペラ座の怪人』の絵を描いているのです。最近、私は、よくドラムに絵を描くのです。」
ベルナール「それは、ご自身の為にだけなのですか、それとも、依頼があってなのですか?」
プリンス「そうですね、私自身のドラム・キットには、全て、絵を描いています。それも、映画の世界のよく知られた怪物達の絵です。バス・ドラムは、ドラキュラ。フロア・トムは、フランケンシュタイン。スネア・ドラムは、ファントム ( オペラ座の怪人 )。ラック・トムは、狼男。もう一つのフロア・トムは、ミイラ、です。」
ベルナール「かっこいいですね、全部が木製のドラムなのですか?どうして、そんなことが出来るのでしょう。」
プリンス「木製のヤマハのレコーディング用の特注ドラム・キットです。それで、底の深いスネアを「 Sacrifical Bonfire 」で使いました。絵を描く時ですけれど、大まかに描いてから、その後に、塗り上げます。それから、上塗りしてから、ウレタンを保護膜に塗って仕上げです。それから、磨いて、地獄を浮かび上がらせるのです。」
ベルナール「きっと、広い部屋をお持ちなのですね。通気が出来て、そのような作業を出来る広さが要りますから。他の人のものにも、されるのですか?」
プリンス「そうです。私の web サイトを見て下さい。私の絵を描いた特製のドラム・キットを載せています。」
ベルナール「それに、値段は書いてますか? ( 笑い )」
プリンス「( 笑い ) いいえ、実際、値段は、描く絵とドラムの数と時間と、その他細々したことで決まりますから。私が、これくらいのコストがかかるかなと考えた概算を伝えています。それで、もっとかかるかもしれないので、免責条項も添えてますけれどね。「これ以外にお支払い頂く場合があります」( 笑い )」
終わり
http://www.prairieprince.com/
ベルナール「「 Dying 」では、ドラムがあるかどうか私には確かには分からないのですが。パカパカと言う音はあります。ですが、あれは、貴方が出した音なのですか?」
プリンス「私は、「 Dying 」ではブラシを演奏したと思います、たぶんですが。そう覚えています。でも、何て悲しい歌なのでしょう。」
ベルナール「「 Sacrificial Bonfire 」は、アルバムを締めくくる感動的なものですね。貴方が、この歌の終わりの部分を演奏しているのは、よく分かるのですが、イントロ部分が、どうなのかは、私にはよく分かりません。もしかしたら、機械でプログラミングされたものなのですか?」
プリンス「あれは、あの歌のために、上手く工夫してドラムを組み合わせて、作り出したものです。コリンは、「ティンパニの大きな音が欲しいんだけれど、ティンパニを借りられるかい?」と言ったのです。私は、「いや、借りられない。僕は、26インチのバス・ドラムしか持ってない」と答えました。私は、二つのドラム・セットを持っていました。セットは、それぞれ、2個の26インチのバス・ドラムがありました。つまり、バス・ドラムは合計4個あったのです。それをラックに積み重ねたのですけれど、上下を逆さまにして重ねたのです。私は、それが独特の音が出るように調音しました。それを叩いたのですけれど、大きなマレットを使いました。ドラムは大きく開けていました、パッティングや他の詰め物等は何も入れていませんでした。そうやって、あのティンパニのような音が出来たのです。ですが、本当は、ヤマハの26インチバス・ドラムなのです。それをラックに乗せて鳴らしたのです。
それから、「 Sacrificial Bonfire 」では、別のスネアを使いました。音を下げて、フィールド・ドラムのような音に調整したのです。」
ベルナール「それは、大きめな、底の深いスネア・ドラムなのですか?」
プリンス「14インチで、深さは7.5インチです。今でも持っています。それに、『オペラ座の怪人』の絵を描いているのです。最近、私は、よくドラムに絵を描くのです。」
ベルナール「それは、ご自身の為にだけなのですか、それとも、依頼があってなのですか?」
プリンス「そうですね、私自身のドラム・キットには、全て、絵を描いています。それも、映画の世界のよく知られた怪物達の絵です。バス・ドラムは、ドラキュラ。フロア・トムは、フランケンシュタイン。スネア・ドラムは、ファントム ( オペラ座の怪人 )。ラック・トムは、狼男。もう一つのフロア・トムは、ミイラ、です。」
ベルナール「かっこいいですね、全部が木製のドラムなのですか?どうして、そんなことが出来るのでしょう。」
プリンス「木製のヤマハのレコーディング用の特注ドラム・キットです。それで、底の深いスネアを「 Sacrifical Bonfire 」で使いました。絵を描く時ですけれど、大まかに描いてから、その後に、塗り上げます。それから、上塗りしてから、ウレタンを保護膜に塗って仕上げです。それから、磨いて、地獄を浮かび上がらせるのです。」
ベルナール「きっと、広い部屋をお持ちなのですね。通気が出来て、そのような作業を出来る広さが要りますから。他の人のものにも、されるのですか?」
プリンス「そうです。私の web サイトを見て下さい。私の絵を描いた特製のドラム・キットを載せています。」
ベルナール「それに、値段は書いてますか? ( 笑い )」
プリンス「( 笑い ) いいえ、実際、値段は、描く絵とドラムの数と時間と、その他細々したことで決まりますから。私が、これくらいのコストがかかるかなと考えた概算を伝えています。それで、もっとかかるかもしれないので、免責条項も添えてますけれどね。「これ以外にお支払い頂く場合があります」( 笑い )」
終わり
http://www.prairieprince.com/
2012年01月11日
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 9
「 The Man Who Sailed Around His Soul 」「 Dear God 」について
ベルナール「さて、「 Dear God 」をXTC がアルバムのために持込んだのに、それを外してしまったのは、ちょっと、面目にかかわるように思いますが。」
プリンス「私は、そのことが少しも理解出来ないのです。私は、幾つかの違う版の『スカイラーキング』を持っています。「 Mermaid Smiled 」と「 Dear God 」の両方が入っている版も持っています。」
ベルナール「それは、たぶん、リマスター版でしょう。カナダの版は、両方が入っています。[ アメリカでは、2001年のリマスター版はリリースされていない。UK とCA とJP だけ。 ]」
プリンス「私のは、両方が入っている変わった版でした。両方を入れるべきだったと私は思います。」
ベルナール「ですが、アルバムはLP時代にリリースされた訳で、レコードの枠にあまり多くの音楽を収めるように合わせるのは、難しかったのでしょう。もし、貴方がトッド・ラングレンでしたら出来たかもしれませんね。」
プリンス「( 笑い ) そうですね。ラングレンは、音楽をアルバムにまとめてしまうのが好きですからね。」
ベルナール「それでは、「 Man Who Sailed Around His Soul 」ですが、これは、貴方が影響されたジャズと繋がっていると、仰っていましたけれど。」
プリンス「この曲では、どのようなドラムがいいと思うのかと、私は彼らに聞いたのです。彼らは、ジャンキーのように演じてよ、と言ったのです。それで、僕はなったことがないから、どんな風だか分からないよ、と答えたのです。すると、アンディとその一味は、分かった、じゃあ、1950年代の犯罪映画を思い出してくれるかい、そのサウンド・トラックのようにして欲しいんだ、ドラムを叩いている間に、煙草を三本吸えばいいんだ、と言ったのです ( 笑い )。
それで、一回で録音したと覚えています。」
ベルナール「それは凄いです。」
プリンス「二人でか、もしかしたら、彼らの内の二人と私とで合わせたと思います、確かではないのですが。[ ムールディングと二人で、あるいは、ムールディング、パートリッジと三人でと言う意味? ]」
ベルナール「貴方が合わせて演奏した時に、何種類の楽器が使われていたのでしょう? 管楽器があって、…」
プリンス「管はまだでした。私が覚えている限り、骨格だけですよ。パーカッション群もありませんでした。」
ベルナール「そのような状態で、どうやって合わせるのですか? 貴方が録音した時に、曲について知らされたことだけから、歌がどのように出来上がるか考えていたとすると、全て出来上がったものを聞いて、歌の全容が分かったとすれば、とても不思議な思いがするのではないでしょうか。」
プリンス「全くその通りです。とても衝撃的だった歌なのです。驚愕する様なものが出来上がってきましたから。私が始めた時には、ごく簡素なものだったのに、ものすごくたくさんのものが取り巻いていました。」
ベルナール「ラングレンやXTC は、この歌がどうなるか、貴方に説明はしなかったのですか?」
プリンス「いいえ、全然。どうなるか知りませんでした。お話したように、彼らは、麻薬中毒のジャズ・ドラマーのように、と言っただけですから。
ですが、アンディのボーカルに沿って演奏したのは確かですよ。アンディのボーカルは、それだけで、十分にリズミックなのです。確か、アンディは、私と一緒に演奏したと思います。誰かが一緒に演奏する必要はありますよ。そうでないと、どうしていいか分かりませんから。」
ベルナール「この歌のように、録音後にもっとたくさんの楽器で肉付けされることが分かっている場合ですが、あまり過剰に演奏しないように特に気をつけるのですか、それとも、流れにまかせて、それから、何が起こるのかを見るのでしょうか?」
プリンス「ああ、何度もお話ししたようにですけれど。私は、この歌については、何の制限もなかったと覚えています。彼らは、「狂ったように」と言ったのです。それで、私はそうしました ( 笑い ) 。私が録音してから、彼ら、ラングレンとXTC は、私のドラムの回りに音楽を築き上げたのだと思いますよ。私は、この歌について、アンディの思い出を聞ければとても嬉しく思います。彼は、全く違った見方をしているでしょうから。( 笑い ) 私は、100%を知っている訳ではありませんが、アンディは、もっと多くを覚えていることは、確実ですよ。」
ベルナール「いえ、パートリッジの記憶も、貴方と同様に曖昧なものです。グレゴリーさんは、しっかりした記憶があるので、誰もが彼の言葉を参考にするのです。」
プリンス「( 笑い ) 、ああ、そうですね。私はデイブさんが大好きですよ。またいつの日にか、XTC であるか、XTC でないかどちらでも、彼と一緒に演奏したいものです。」
ベルナール「少し前に、マイク・ケネリーさんがスウィンドンを訪れて、グレゴリーさんと一緒に、地元のクラブで演奏したのですよ。」
プリンス「そうですか、つい最近、私はマイクと会いました。彼は、アンディと何かやったと言っていましたけれど。」
ベルナール「二人は、一緒に何曲か書いて録音したのです。ケネリーさんは、いずれ、それを発表するでしょう。」
プリンス「それは素晴らしい。マイク・ケネリーと言う人は、大天才です。その二人が一緒だなんて、なんてことでしょう。」
ベルナール「私は、彼らが一緒にやったものを何曲か聴いたのですが、それは素晴らしいです。ケネリーさんは、素晴らしい名手ですし、二人の創造性が混ぜ合わされたならば、悪くなる筈がありませんからね。
それでですけれど、後になって改訂されたアルバムには、「 Man Who Sailed 」の次に、「 Dear God 」が来るのですけれど。「 Dear God 」は、XTC を無用のバンドと言う範疇から救い出した歌なのです。と言うのも、『スカイラーキング』の前の二枚のアルバムは、つまり、彼らがツアーを止めてからのアルバムですが、芳しくなかったからです。そのよく知られたデモ・テイクもあるのですが、貴方は、聞かれたことがないのですか?」
プリンス「聞いたことがあるかもしれません。でも、私は、そのようには覚えてないのです。と言うのも、レコードに入っている他のどの曲でもなく、この歌のドラム・パターンこそを、私が作り出したと思っているからです。」
ベルナール「貴方のドラム・パターンは、デモ・テイクとは、全く違うのです。貴方が加えたもので、個性的なものは、スネアが他の三つのパート[ バスドラム、タム、シンバル ] よりもよく鳴っていることです。」
プリンス「そうです。偶然になったと覚えています。でも、アンディが、それがいい、それを続けてくれ、と言ったのです。でも、そのやり方は、当時の私のトレード・マークでもあったのです。どうやって、それを造り出したかは覚えていないのです。スネアを、しょっちゅう、そう言う風に使ってましたからね ( 笑い )。片手のロールが出来て、それがいい音がしてたのです。それが、この歌に私が貢献出来たいい仕事なのだと思います。」
ベルナール「あれは、好戦的と言うか軍隊的な感覚を付与していますね。」
プリンス「ええ、行進曲のリズムの感じですね。「 Dear God 」がとても好きです。素晴らしい歌です。」
ベルナール「ブリッジの部分は、とても大きな音なのですが、やはり、四つの部品だけのドラムなのですか?」
プリンス「ああ、あれは、別に録音したものですが、一回で録音したものです。」
ベルナール「さて、「 Dear God 」をXTC がアルバムのために持込んだのに、それを外してしまったのは、ちょっと、面目にかかわるように思いますが。」
プリンス「私は、そのことが少しも理解出来ないのです。私は、幾つかの違う版の『スカイラーキング』を持っています。「 Mermaid Smiled 」と「 Dear God 」の両方が入っている版も持っています。」
ベルナール「それは、たぶん、リマスター版でしょう。カナダの版は、両方が入っています。[ アメリカでは、2001年のリマスター版はリリースされていない。UK とCA とJP だけ。 ]」
プリンス「私のは、両方が入っている変わった版でした。両方を入れるべきだったと私は思います。」
ベルナール「ですが、アルバムはLP時代にリリースされた訳で、レコードの枠にあまり多くの音楽を収めるように合わせるのは、難しかったのでしょう。もし、貴方がトッド・ラングレンでしたら出来たかもしれませんね。」
プリンス「( 笑い ) そうですね。ラングレンは、音楽をアルバムにまとめてしまうのが好きですからね。」
ベルナール「それでは、「 Man Who Sailed Around His Soul 」ですが、これは、貴方が影響されたジャズと繋がっていると、仰っていましたけれど。」
プリンス「この曲では、どのようなドラムがいいと思うのかと、私は彼らに聞いたのです。彼らは、ジャンキーのように演じてよ、と言ったのです。それで、僕はなったことがないから、どんな風だか分からないよ、と答えたのです。すると、アンディとその一味は、分かった、じゃあ、1950年代の犯罪映画を思い出してくれるかい、そのサウンド・トラックのようにして欲しいんだ、ドラムを叩いている間に、煙草を三本吸えばいいんだ、と言ったのです ( 笑い )。
それで、一回で録音したと覚えています。」
ベルナール「それは凄いです。」
プリンス「二人でか、もしかしたら、彼らの内の二人と私とで合わせたと思います、確かではないのですが。[ ムールディングと二人で、あるいは、ムールディング、パートリッジと三人でと言う意味? ]」
ベルナール「貴方が合わせて演奏した時に、何種類の楽器が使われていたのでしょう? 管楽器があって、…」
プリンス「管はまだでした。私が覚えている限り、骨格だけですよ。パーカッション群もありませんでした。」
ベルナール「そのような状態で、どうやって合わせるのですか? 貴方が録音した時に、曲について知らされたことだけから、歌がどのように出来上がるか考えていたとすると、全て出来上がったものを聞いて、歌の全容が分かったとすれば、とても不思議な思いがするのではないでしょうか。」
プリンス「全くその通りです。とても衝撃的だった歌なのです。驚愕する様なものが出来上がってきましたから。私が始めた時には、ごく簡素なものだったのに、ものすごくたくさんのものが取り巻いていました。」
ベルナール「ラングレンやXTC は、この歌がどうなるか、貴方に説明はしなかったのですか?」
プリンス「いいえ、全然。どうなるか知りませんでした。お話したように、彼らは、麻薬中毒のジャズ・ドラマーのように、と言っただけですから。
ですが、アンディのボーカルに沿って演奏したのは確かですよ。アンディのボーカルは、それだけで、十分にリズミックなのです。確か、アンディは、私と一緒に演奏したと思います。誰かが一緒に演奏する必要はありますよ。そうでないと、どうしていいか分かりませんから。」
ベルナール「この歌のように、録音後にもっとたくさんの楽器で肉付けされることが分かっている場合ですが、あまり過剰に演奏しないように特に気をつけるのですか、それとも、流れにまかせて、それから、何が起こるのかを見るのでしょうか?」
プリンス「ああ、何度もお話ししたようにですけれど。私は、この歌については、何の制限もなかったと覚えています。彼らは、「狂ったように」と言ったのです。それで、私はそうしました ( 笑い ) 。私が録音してから、彼ら、ラングレンとXTC は、私のドラムの回りに音楽を築き上げたのだと思いますよ。私は、この歌について、アンディの思い出を聞ければとても嬉しく思います。彼は、全く違った見方をしているでしょうから。( 笑い ) 私は、100%を知っている訳ではありませんが、アンディは、もっと多くを覚えていることは、確実ですよ。」
ベルナール「いえ、パートリッジの記憶も、貴方と同様に曖昧なものです。グレゴリーさんは、しっかりした記憶があるので、誰もが彼の言葉を参考にするのです。」
プリンス「( 笑い ) 、ああ、そうですね。私はデイブさんが大好きですよ。またいつの日にか、XTC であるか、XTC でないかどちらでも、彼と一緒に演奏したいものです。」
ベルナール「少し前に、マイク・ケネリーさんがスウィンドンを訪れて、グレゴリーさんと一緒に、地元のクラブで演奏したのですよ。」
プリンス「そうですか、つい最近、私はマイクと会いました。彼は、アンディと何かやったと言っていましたけれど。」
ベルナール「二人は、一緒に何曲か書いて録音したのです。ケネリーさんは、いずれ、それを発表するでしょう。」
プリンス「それは素晴らしい。マイク・ケネリーと言う人は、大天才です。その二人が一緒だなんて、なんてことでしょう。」
ベルナール「私は、彼らが一緒にやったものを何曲か聴いたのですが、それは素晴らしいです。ケネリーさんは、素晴らしい名手ですし、二人の創造性が混ぜ合わされたならば、悪くなる筈がありませんからね。
それでですけれど、後になって改訂されたアルバムには、「 Man Who Sailed 」の次に、「 Dear God 」が来るのですけれど。「 Dear God 」は、XTC を無用のバンドと言う範疇から救い出した歌なのです。と言うのも、『スカイラーキング』の前の二枚のアルバムは、つまり、彼らがツアーを止めてからのアルバムですが、芳しくなかったからです。そのよく知られたデモ・テイクもあるのですが、貴方は、聞かれたことがないのですか?」
プリンス「聞いたことがあるかもしれません。でも、私は、そのようには覚えてないのです。と言うのも、レコードに入っている他のどの曲でもなく、この歌のドラム・パターンこそを、私が作り出したと思っているからです。」
ベルナール「貴方のドラム・パターンは、デモ・テイクとは、全く違うのです。貴方が加えたもので、個性的なものは、スネアが他の三つのパート[ バスドラム、タム、シンバル ] よりもよく鳴っていることです。」
プリンス「そうです。偶然になったと覚えています。でも、アンディが、それがいい、それを続けてくれ、と言ったのです。でも、そのやり方は、当時の私のトレード・マークでもあったのです。どうやって、それを造り出したかは覚えていないのです。スネアを、しょっちゅう、そう言う風に使ってましたからね ( 笑い )。片手のロールが出来て、それがいい音がしてたのです。それが、この歌に私が貢献出来たいい仕事なのだと思います。」
ベルナール「あれは、好戦的と言うか軍隊的な感覚を付与していますね。」
プリンス「ええ、行進曲のリズムの感じですね。「 Dear God 」がとても好きです。素晴らしい歌です。」
ベルナール「ブリッジの部分は、とても大きな音なのですが、やはり、四つの部品だけのドラムなのですか?」
プリンス「ああ、あれは、別に録音したものですが、一回で録音したものです。」
2012年01月10日
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 8
「 Big Day 」「 Another Satellite 」について
ベルナール「私も、この歌をアルバムをかけながら自分で演奏するのは、とても楽しいです。
「 Big Day 」が次の歌ですね。これでは、貴方は、ブラシで演奏しているように聞こえるのですが?」
プリンス「たぶん、ブラシだったと思いますね。スネアの音が全く違いますね。この歌には、違うスネアを使ったのだと思います。いや、ひょっとしたら、ブラスティックと言う名前のものを使ったかもしれません。今では、私は、それをよく使っているのです。Chris Isaak [ 1956年生まれ、カリフォルニア出身のアメリカ人歌手、俳優。プリンスが参加しているのは、1986年発表の『 Chis Isaak 』 ]のレコードでも使いました。そのアルバムでは、全編で、使ったのです。同じ頃に制作されたものですね。」
ベルナール「ああ、私もそれを一組持っていますよ。ブラシスティックは、似た様なものの細い木の棒を束ねた Hot Rods が出来る前に、一般的になっていました。Hot Rods は、もうすこし大きな音がでます。
スタジオで違うドラムを使う場合なのですが、その場合、それは、全部が貴方のものなのですか、それとも、スタジオが持っている備品なのですか? 」
プリンス「そうですね、『スカイラーキング』のスタジオは、私たちのスタジオでした。私は、是非にも、その名前を述べなければいけません。と言うのは、私たちは、その名前に多いに誇りを持っていますからね。それは、 sound hole ( 音の淀み )と言う意味のラテン語で、 Cavum Soni です ( 笑い )。サンフランシスコのサウス・マーケットにあったのですが、小さなスタジオです。後になって、手放さなければなりませんでした。1989年に起こった、地震の所為です。ビルディング全体の中程に、ヒビが上から下に入ってしまったのです。5年程、そこを使いました。『 Love Bomb 』と『 Skylarking 』を制作して、その他幾つかの企画で使いました。面白い、面白い現場でしたね。
そう言う訳で、私たちのスタジオなのですから、ドラムズは、すべて、私のコレクションでした。」
ベルナール「なるほど、それで、ライナー・ノーツに、アンプの仕様に関して、The Tubes への謝辞が書かれているのですね?」
プリンス「そうです、アンディの内輪のジョークは、不可解ですよね ( 笑い )。」
ベルナール「「 Another Satellite 」が次です。ドラム・マシーンで始まっているように聞こえます。それに後から合わせて、貴方は録音したのですか?」
プリンス「そうです。ほとんど演奏していません。ほとんどが、ドラム・マシーンだと思います。」
ベルナール「ええ、貴方は、ライド・シンバルを演奏されていますね。それで、この歌を、よりジャズ的にしているようです。2拍4拍の強拍でなくて、ちょっと、アクセントを付けているようですね。
それから、「 Mermaid Smiled 」に続くのですが、それは、前に話しましたね。最初に、Mingo がほとんどを演奏して、あとから、貴方が録音したのでしたね。」
プリンス「ああ、私は、この歌が好きです。とても美しい歌ですね。」
Blastick :

Hot Rods :
ベルナール「私も、この歌をアルバムをかけながら自分で演奏するのは、とても楽しいです。
「 Big Day 」が次の歌ですね。これでは、貴方は、ブラシで演奏しているように聞こえるのですが?」
プリンス「たぶん、ブラシだったと思いますね。スネアの音が全く違いますね。この歌には、違うスネアを使ったのだと思います。いや、ひょっとしたら、ブラスティックと言う名前のものを使ったかもしれません。今では、私は、それをよく使っているのです。Chris Isaak [ 1956年生まれ、カリフォルニア出身のアメリカ人歌手、俳優。プリンスが参加しているのは、1986年発表の『 Chis Isaak 』 ]のレコードでも使いました。そのアルバムでは、全編で、使ったのです。同じ頃に制作されたものですね。」
ベルナール「ああ、私もそれを一組持っていますよ。ブラシスティックは、似た様なものの細い木の棒を束ねた Hot Rods が出来る前に、一般的になっていました。Hot Rods は、もうすこし大きな音がでます。
スタジオで違うドラムを使う場合なのですが、その場合、それは、全部が貴方のものなのですか、それとも、スタジオが持っている備品なのですか? 」
プリンス「そうですね、『スカイラーキング』のスタジオは、私たちのスタジオでした。私は、是非にも、その名前を述べなければいけません。と言うのは、私たちは、その名前に多いに誇りを持っていますからね。それは、 sound hole ( 音の淀み )と言う意味のラテン語で、 Cavum Soni です ( 笑い )。サンフランシスコのサウス・マーケットにあったのですが、小さなスタジオです。後になって、手放さなければなりませんでした。1989年に起こった、地震の所為です。ビルディング全体の中程に、ヒビが上から下に入ってしまったのです。5年程、そこを使いました。『 Love Bomb 』と『 Skylarking 』を制作して、その他幾つかの企画で使いました。面白い、面白い現場でしたね。
そう言う訳で、私たちのスタジオなのですから、ドラムズは、すべて、私のコレクションでした。」
ベルナール「なるほど、それで、ライナー・ノーツに、アンプの仕様に関して、The Tubes への謝辞が書かれているのですね?」
プリンス「そうです、アンディの内輪のジョークは、不可解ですよね ( 笑い )。」
ベルナール「「 Another Satellite 」が次です。ドラム・マシーンで始まっているように聞こえます。それに後から合わせて、貴方は録音したのですか?」
プリンス「そうです。ほとんど演奏していません。ほとんどが、ドラム・マシーンだと思います。」
ベルナール「ええ、貴方は、ライド・シンバルを演奏されていますね。それで、この歌を、よりジャズ的にしているようです。2拍4拍の強拍でなくて、ちょっと、アクセントを付けているようですね。
それから、「 Mermaid Smiled 」に続くのですが、それは、前に話しましたね。最初に、Mingo がほとんどを演奏して、あとから、貴方が録音したのでしたね。」
プリンス「ああ、私は、この歌が好きです。とても美しい歌ですね。」
Blastick :
Hot Rods :
2012年01月04日
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 7
「 Season Cycle 」「 Earn Enough for Us 」について
ベルナール「次の歌は、「 Season Cycle 」です。これは第一面の最終の歌ですね。ビニール・レコード盤での仕様に於いてですけれど。この曲で、私に強い印象を残すのは、フェイド・アウトの部分での貴方の演奏のスネアのロールです。」
プリンス「この曲では、相当回に分けて録音したのを覚えています。初めては中断してと言うのが屢々ありました。相当な時間が録音にかかったのです。」
ベルナール「貴方がやり難いと感じていた理由は何なのです? それから、バンドのメンバーは、貴方の感じている難しさについて、話し合ったり、それが何かを指摘しようと努めていましたか?」
プリンス「それは、もう、はっきりと分かっていたと思います。ドラムのパートもアンディが考え出したのだと覚えています。でも、それが、私が厄介さをずっと感じていた理由なのです。」
ベルナール「それは、今まで話されたことがないことですね。この曲での感覚は素晴らしいものですから。パートリッジは、アルバムで最も好きな歌だと言っていました。」
プリンス「それは、とっても「 Beach Boys 」ですからね。全員が素敵に歌っています。」
ベルナール「ええ、第二面は、貴方のリンゴ・スターに通じるような演奏の「 Earn Enough for Us 」で始まります。」
プリンス「ええ、スネア・ドラムが一番輝いている曲ですね。」
ベルナール「これは、バンドのメンバーが、貴方と一緒にスタジオで、ライブで録音したのですか?」
プリンス「そうしたのだったと思いますよ。四人全員で一緒に演奏した筈です。あ、でも、グレゴリーさんがいたかどうか、はっきりしないんですけど。アンディとコリンと私はいました、確実にです。あの曲は、「 Extrovert 」と同じ日に録音したのでした。それも一緒にしました。もしかしたら、「 Little Lighthouse 」も録音したかもしれません。それらは、その日のライブ・セッションです。その日から、私たちはレコーディングを開始したのでした。」
ベルナール「と言うことは、一群の「ロック」傾向の歌を演奏した訳ですね?」
プリンス「ええ、アルバムの中でも、とっても好きな歌ですね。」
ベルナール「そうですか、演奏していて楽しかったからですか?」
プリンス「楽しかったですよ、いい音になりましたし。ちょっとパンクっぽいかどうかは分かりませんけれど。私には、「 Living in Another Cuba」を連想させますけれど。その感じなのです。」
ベルナール「それは面白いです。頭の中で、ちょっと、もう一度聞いてみましょう。と言うのは、私は、ずっと、アルバムの歌の中で、最もビートルズ風のように、それに、70年代的と言うより60年代的だと聴いていましたから。」
プリンス「この歌の激しさが私にそう感じさせるのだと思いますね。「 Cuba 」が大好きなんです。XTC の歌の中でも大好きな歌の一つです。」
ベルナール「次の歌は、「 Season Cycle 」です。これは第一面の最終の歌ですね。ビニール・レコード盤での仕様に於いてですけれど。この曲で、私に強い印象を残すのは、フェイド・アウトの部分での貴方の演奏のスネアのロールです。」
プリンス「この曲では、相当回に分けて録音したのを覚えています。初めては中断してと言うのが屢々ありました。相当な時間が録音にかかったのです。」
ベルナール「貴方がやり難いと感じていた理由は何なのです? それから、バンドのメンバーは、貴方の感じている難しさについて、話し合ったり、それが何かを指摘しようと努めていましたか?」
プリンス「それは、もう、はっきりと分かっていたと思います。ドラムのパートもアンディが考え出したのだと覚えています。でも、それが、私が厄介さをずっと感じていた理由なのです。」
ベルナール「それは、今まで話されたことがないことですね。この曲での感覚は素晴らしいものですから。パートリッジは、アルバムで最も好きな歌だと言っていました。」
プリンス「それは、とっても「 Beach Boys 」ですからね。全員が素敵に歌っています。」
ベルナール「ええ、第二面は、貴方のリンゴ・スターに通じるような演奏の「 Earn Enough for Us 」で始まります。」
プリンス「ええ、スネア・ドラムが一番輝いている曲ですね。」
ベルナール「これは、バンドのメンバーが、貴方と一緒にスタジオで、ライブで録音したのですか?」
プリンス「そうしたのだったと思いますよ。四人全員で一緒に演奏した筈です。あ、でも、グレゴリーさんがいたかどうか、はっきりしないんですけど。アンディとコリンと私はいました、確実にです。あの曲は、「 Extrovert 」と同じ日に録音したのでした。それも一緒にしました。もしかしたら、「 Little Lighthouse 」も録音したかもしれません。それらは、その日のライブ・セッションです。その日から、私たちはレコーディングを開始したのでした。」
ベルナール「と言うことは、一群の「ロック」傾向の歌を演奏した訳ですね?」
プリンス「ええ、アルバムの中でも、とっても好きな歌ですね。」
ベルナール「そうですか、演奏していて楽しかったからですか?」
プリンス「楽しかったですよ、いい音になりましたし。ちょっとパンクっぽいかどうかは分かりませんけれど。私には、「 Living in Another Cuba」を連想させますけれど。その感じなのです。」
ベルナール「それは面白いです。頭の中で、ちょっと、もう一度聞いてみましょう。と言うのは、私は、ずっと、アルバムの歌の中で、最もビートルズ風のように、それに、70年代的と言うより60年代的だと聴いていましたから。」
プリンス「この歌の激しさが私にそう感じさせるのだと思いますね。「 Cuba 」が大好きなんです。XTC の歌の中でも大好きな歌の一つです。」
パートリッジの母
昨年のクリスマス数日前、パートリッジの母が亡くなったとのこと。
2012年01月03日
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 6
「 Ballet for a Rainy Day 」「 1000 Umbrellas 」について
ベルナール「「 Supergirl 」の次の歌は、「 Ballet for Rainy Day 」です。タムは、とても澄んだ音色でよく鳴っていて深い味わいがあり、響き渡るようです。これも、たった4部品のドラム・キットで演奏しているのですか?」
プリンス「基本的なキットだったと思います。」
ベルナール「私はもう一度聴き直す必要がありますね。それで分かると思います。さて、今では、それが、4部品のドラム・キットだと知っていますから。私は、長い間ずっと、貴方はもっと大きなキットをお使いなのだろうと思っていました。
それから、「 1000 Umbrellas 」です。そこでは、ドラムやパーカッションはないように聞こえるのですが、それでも、貴方にお聞きして、確かめたいと思うのですが。貴方は、この歌に、ドラムやパーカッションを付け加える可能性については、話されたことはないのですか?」
プリンス「いいえ、そのようなことは思い出せないですね。弦楽組がスタジオにやって来てセッションをしたのを見たのは覚えていますけれど。ですが、私は、その歌をそのセッションより前に聞いたことさえ覚えてないのです。たぶん、弦楽だけでやったのではないかと思います。ラングレンがアレンジしたのでしたよね、違いますか?」
ベルナール「このアルバムでデイブ・グレゴリーがアレンジしたもののうちの一つです。彼が弦楽のアレンジをしたのです。他の曲の弦楽はラングレンがしています。それで、バンドのメンバーは、ラングレンのアレンジの技術、その早さに強く印象づけられたと言っています。」
プリンス「「 1000 Umbrellas 」は傑作だと、私は思います。このアルバムで、最も好きな歌です。弦楽隊は、貴方もご存知でしょうけれど、私の友人のDick Bright でした。彼が補完したのだと推測するのですが。
Dick Bright を、私たち the Tubes は、バンドの初期の73年か74年に見出したのでした。The Boarding House と言うクラブでの the Tubes のオーディションに来たのです。彼はバイオリンを弾きながら歌いました。それで、彼を狼狽させたことがあって、つまり、彼はカツラを着けてたのですが、それが落ちてしまったのです。彼は泣き出してくずおれました。彼の友だちが来て、彼をステージから降ろしたのです。( 笑い ) 実はそれは、彼の演技だったのです。それで、私たちは彼を気に入りました、とても。
彼は、ここ、地元では有名人です。Faimont サンフランシスコ・ホテルやその他の一流ホテルで演奏しています。Led Zeppeline をカバーした人なんです。「 Stairway to Gilligan's Island 」、聞かれたことはないですか?」
ベルナール「( 笑い ) いいえ!」
プリンス「それは、曲は、「 Stairway to Heaven 」なのでが、歌詞は、「 Gilligan's Island 」なのです。とってもおかしいですよ。たぶん、告訴されたか、歌の販売を禁止させられたのでした。
彼は、典型的なコメディアンで、セッションミュージシャンを引き連れて『スカイラーキング』のセッションにやって来て、彼が指揮していました。」
ベルナール「「 Supergirl 」の次の歌は、「 Ballet for Rainy Day 」です。タムは、とても澄んだ音色でよく鳴っていて深い味わいがあり、響き渡るようです。これも、たった4部品のドラム・キットで演奏しているのですか?」
プリンス「基本的なキットだったと思います。」
ベルナール「私はもう一度聴き直す必要がありますね。それで分かると思います。さて、今では、それが、4部品のドラム・キットだと知っていますから。私は、長い間ずっと、貴方はもっと大きなキットをお使いなのだろうと思っていました。
それから、「 1000 Umbrellas 」です。そこでは、ドラムやパーカッションはないように聞こえるのですが、それでも、貴方にお聞きして、確かめたいと思うのですが。貴方は、この歌に、ドラムやパーカッションを付け加える可能性については、話されたことはないのですか?」
プリンス「いいえ、そのようなことは思い出せないですね。弦楽組がスタジオにやって来てセッションをしたのを見たのは覚えていますけれど。ですが、私は、その歌をそのセッションより前に聞いたことさえ覚えてないのです。たぶん、弦楽だけでやったのではないかと思います。ラングレンがアレンジしたのでしたよね、違いますか?」
ベルナール「このアルバムでデイブ・グレゴリーがアレンジしたもののうちの一つです。彼が弦楽のアレンジをしたのです。他の曲の弦楽はラングレンがしています。それで、バンドのメンバーは、ラングレンのアレンジの技術、その早さに強く印象づけられたと言っています。」
プリンス「「 1000 Umbrellas 」は傑作だと、私は思います。このアルバムで、最も好きな歌です。弦楽隊は、貴方もご存知でしょうけれど、私の友人のDick Bright でした。彼が補完したのだと推測するのですが。
Dick Bright を、私たち the Tubes は、バンドの初期の73年か74年に見出したのでした。The Boarding House と言うクラブでの the Tubes のオーディションに来たのです。彼はバイオリンを弾きながら歌いました。それで、彼を狼狽させたことがあって、つまり、彼はカツラを着けてたのですが、それが落ちてしまったのです。彼は泣き出してくずおれました。彼の友だちが来て、彼をステージから降ろしたのです。( 笑い ) 実はそれは、彼の演技だったのです。それで、私たちは彼を気に入りました、とても。
彼は、ここ、地元では有名人です。Faimont サンフランシスコ・ホテルやその他の一流ホテルで演奏しています。Led Zeppeline をカバーした人なんです。「 Stairway to Gilligan's Island 」、聞かれたことはないですか?」
ベルナール「( 笑い ) いいえ!」
プリンス「それは、曲は、「 Stairway to Heaven 」なのでが、歌詞は、「 Gilligan's Island 」なのです。とってもおかしいですよ。たぶん、告訴されたか、歌の販売を禁止させられたのでした。
彼は、典型的なコメディアンで、セッションミュージシャンを引き連れて『スカイラーキング』のセッションにやって来て、彼が指揮していました。」
2012年01月02日
艶容女舞衣
今日は、昼間は、テレビで新春檜舞台を見ながらうたた寝。竹本住太夫の義太夫がいいな、と思いながら。
夜も、初芝居生中継を見ていたけど、急に、ウィングスの『 Band on the Run 』が聞きたくなって、25周年版をプレイヤーに。
夜も、初芝居生中継を見ていたけど、急に、ウィングスの『 Band on the Run 』が聞きたくなって、25周年版をプレイヤーに。
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 5
「 That's Really Super, Supergirl 」について
プリンス「確かにね、…」
ベルナール「この歌でも、ラングレンのキーボードに合わせて演奏したのですか?」
プリンス「ええ。幾つかの理由で、合わせるのが最も難しかった曲の一つだと、覚えています。何故だったか、正確には、今となっては、思い出せません。でも、「 Supergirl 」は覚えています。何度もテイクを繰り返さないとなりませんでした。」
ベルナール「貴方は多くの場合、一回か二回のテイクなのですよね。曲毎で、変えているのですか?」
プリンス「大抵は、とても早く済ませていたと覚えています。たぶん、多くても、三回のテイクです。この歌に関しては、だけれど、何か音響的な問題か、何かそんなものがあったのです。長くかかりました。一回の直接の録音ではなくて、何度もオーバーダブを繰り返す必要があったと思います。」
ベルナール「前にお話しした、スネアの音は、この歌で出て来るのですが。」
プリンス「この歌でも使ってます。それから、もっと多く使っているのは、「 Earn Enough for Us 」でです。あれは、あのスネアを一番多く使ったものです。」
ベルナール「その他のことで私に強く印象に残っているものなのですが。それは他の曲でも貴方は同様にされてはいるのですけれど。それは、ハイ・ハットをアクセントに使っていると言うことです。クラッシュ・シンバルを使う時にでも、通常とは違う所で使っています。それは、いわゆる「 Rock Drum 」のやり方ではないのですけれど。」
プリンス「ああ、それはきっと間違ったのですね! ( 笑い ) 多くの所でそうなっています。アンディが、「おおっ、それはいい。ずっとそれをやってくれ。」と言ったのを覚えています。つまり、彼が最初に指示したものの上に、私が実際にやってしまったことなのです。」
ベルナール「何か違ったことをハイ・ハットでしたと考えていますか?」
プリンス「もちろんです。何がしかのことを試してみました。たぶん、キャプテン・ビーフハートのドラマー、John French 、それにザッパ・バンドの Artie Tripp 、その他のドラマーに感化されてです。そう言う人たちは、ハイ・ハットを突飛な所で使うのです。後に下がるような、ひっくり返るようなやり方です。それで、私は、いつも、ハイ・ハットのパターンを色々と試しているのです。」
ベルナール「貴方が研鑽を積んでいたころ、今でも練習はされるでしょうけれど、アルバムをかけて合わせながら練習されたのですか?」
プリンス「いつもですよ。いまでは、iPodですけれどね。iPodは他の機器よりも簡単ですからね。そのやり方が、私が、ドラムの奏法を学んだやり方なのです。当時は、ヘッド・ホーンは持っていませんでした。私は小さなハイ・ハットを持っていました。それで、ベッド・ルームで、ビートルズやサーフ・ミュージックやローリング・ストーンズ等をそれで叩いて合わせていたのです。」
ベルナール「貴方は、子供の頃は、ジーン・クルーパを聞いていたと話されてましたけれど。私は、勝手に、貴方は、バディ・リッチ [ 1919-1987 : ジャズ・ドラマー ]もお好きなのだろうと思ってました。」
プリンス「その通りです。ですけれど、本当の所、ジャズ・ドラマーについては、詳しくはないのです。ほんの二三人です。私は、サーフ・ミュージックが大好きでしたから。聞いていたのは、 Sandy Nelson です。「 Drums a Go Go 」や「 Let There be Drums 」です。それで、彼が、ジーン・クルーパから影響されていて、それに私が影響されたのです。つまり、ジーン・クルーパを中古で手に入れた訳ですね。
ですが、ブリティッシュ・イノベーションが始まって、それから、サンフランシスコからサイケディリックが始まって、初期のJefferson Airplane や Quicksilver や Grateful Dead ですが、同時に、フランク・ザッパの『 Freak Out 』もあった訳です。当時、私は、かなりの量のエレクトリック・ミュージックのレパートリーを持っていました。今お話したものや、私自身が押し広げてみたものやです。」
ベルナール「それでは、それらのものから、今、貴方が何か演奏するとすれば、何を選びますか? どのようなタイプの音楽がいいのでしょう?」
プリンス「実は、少し前に、「 The Man Who Sailed Around His Soul 」をかけながら、それに合わせて演奏したのです。私がどうやったか、覚えているかどうか試そうと思ったのです。」
ベルナール「そうですか、それで、貴方は、貴方ご自身によく似せて演奏出来ましたか? ( 笑い )」
プリンス「( 笑い ) ええ、実は、Mingoに合わせてましたよ。私は、この一月に、ロサンゼルスで NAMN Show に出ているのを見たばかりでした。」
ベルナール「彼はどうでした?」
プリンス「とてもよかったですよ。二人で喋って、少しだけ演奏もしました。私は、今日、彼を呼びたかったのですけれど。彼にこのアルバムについて聞きたかったし、彼の演奏は大好きですからね。」
ベルナール「とんでもないものですからね、私も彼の演奏がずっと好きなのです。」
プリンス「「 The Man Who Sailed Around His Soul 」のボンゴは、本当に普通でないですからね。あれは、まるで、電子機器か何かそんな機械のようなものに聞こえますね。」
ベルナール「その通りですね。貴方と私で、ラングレン・ラジオで話したことなのですけれど。私は貴方に、ラングレンとパートリッジの間に、明らかに緊張があったかどうか尋ねました。それで、貴方は、「 Let's Make a Den 」を録音しようとしていた時のことに触れられました。その時、貴方が見たのは…、」
プリンス「あれが、私が二人の緊張関係に気がついた最初でした。私は、あまり関心を払わないように努めました。私はいつも平穏を保つのが好きですから。それが私がすることなので。
私は、プロジェクトが始まった時にはいませんでした。ですから、歌がどのような意図で組み合わされているのか、最終的にどのように仕上げられるのかは、私には確かなことは分からなかったのです。私に分かっていることは、アルバムに含まれるだろう、他の選択肢がたくさん用意されていたと言うことだけです。パートリッジが、「 Let's Make a Den 」を提出して来た時には、これは凄く言いなぁ、と私は思ったのです。七曲目でした。私は優れていると思いました。けれども、ラングレンは、即座に、こう言って退けたのです。「俺はこれが嫌いだって、お前分かってるだろ。アルバムの全体に合うとは思えない。」 それが議論の始まりでした。アンディは言いましたね。「はい? 何故?」 ラングレンは、何故駄目かの長い説明をしました。そして、断固とした態度でした。それで、しようとはしなかったのです。
私は落胆しました ( 笑い )。 その歌をやりたかったですからね。私がどのようにしようとしていたのかは、分からないのですけれど。アンディが歌って演奏したのを聞いたのが全てですから。二度とは聞かれませんでした。」
ベルナール「それでは、デモ・テイクは一度も聞いてないのですか?」
プリンス「ええ、聞いてません。」
ベルナール「レコーディングの前に、どのデモ・テイクも聞いてないのですか?」
プリンス「『 Apple Venus 』の時には、彼は私にデモ・テイクを送ってくれました。ですが、『スカイラーキング』の時には、私がスタジオに入る前に、彼らがそれまでしていたものを何も聞いていませんでした。」
ベルナール「そうすると、貴方はスタジオに入って、彼らが貴方のためにする一回か二回だけの演奏を聞いて、それで、…」
プリンス「完璧にするのです。」
ベルナール「まあ。パートリッジは、この時から、デモ・テイクを取っています。後になって彼がしたことと未完成のものとを較べられるのです。私は、彼らかラングレンが、貴方にも、デモ・テイクを送っているのだと思っていました。」
プリンス「いいえ全然。そんなことは全く覚えていません。記憶から消えてしまったのかもしれませんが、スタジオに入って、その日に初めて聞いて、興奮したのを、確かに覚えています。」
プリンス「確かにね、…」
ベルナール「この歌でも、ラングレンのキーボードに合わせて演奏したのですか?」
プリンス「ええ。幾つかの理由で、合わせるのが最も難しかった曲の一つだと、覚えています。何故だったか、正確には、今となっては、思い出せません。でも、「 Supergirl 」は覚えています。何度もテイクを繰り返さないとなりませんでした。」
ベルナール「貴方は多くの場合、一回か二回のテイクなのですよね。曲毎で、変えているのですか?」
プリンス「大抵は、とても早く済ませていたと覚えています。たぶん、多くても、三回のテイクです。この歌に関しては、だけれど、何か音響的な問題か、何かそんなものがあったのです。長くかかりました。一回の直接の録音ではなくて、何度もオーバーダブを繰り返す必要があったと思います。」
ベルナール「前にお話しした、スネアの音は、この歌で出て来るのですが。」
プリンス「この歌でも使ってます。それから、もっと多く使っているのは、「 Earn Enough for Us 」でです。あれは、あのスネアを一番多く使ったものです。」
ベルナール「その他のことで私に強く印象に残っているものなのですが。それは他の曲でも貴方は同様にされてはいるのですけれど。それは、ハイ・ハットをアクセントに使っていると言うことです。クラッシュ・シンバルを使う時にでも、通常とは違う所で使っています。それは、いわゆる「 Rock Drum 」のやり方ではないのですけれど。」
プリンス「ああ、それはきっと間違ったのですね! ( 笑い ) 多くの所でそうなっています。アンディが、「おおっ、それはいい。ずっとそれをやってくれ。」と言ったのを覚えています。つまり、彼が最初に指示したものの上に、私が実際にやってしまったことなのです。」
ベルナール「何か違ったことをハイ・ハットでしたと考えていますか?」
プリンス「もちろんです。何がしかのことを試してみました。たぶん、キャプテン・ビーフハートのドラマー、John French 、それにザッパ・バンドの Artie Tripp 、その他のドラマーに感化されてです。そう言う人たちは、ハイ・ハットを突飛な所で使うのです。後に下がるような、ひっくり返るようなやり方です。それで、私は、いつも、ハイ・ハットのパターンを色々と試しているのです。」
ベルナール「貴方が研鑽を積んでいたころ、今でも練習はされるでしょうけれど、アルバムをかけて合わせながら練習されたのですか?」
プリンス「いつもですよ。いまでは、iPodですけれどね。iPodは他の機器よりも簡単ですからね。そのやり方が、私が、ドラムの奏法を学んだやり方なのです。当時は、ヘッド・ホーンは持っていませんでした。私は小さなハイ・ハットを持っていました。それで、ベッド・ルームで、ビートルズやサーフ・ミュージックやローリング・ストーンズ等をそれで叩いて合わせていたのです。」
ベルナール「貴方は、子供の頃は、ジーン・クルーパを聞いていたと話されてましたけれど。私は、勝手に、貴方は、バディ・リッチ [ 1919-1987 : ジャズ・ドラマー ]もお好きなのだろうと思ってました。」
プリンス「その通りです。ですけれど、本当の所、ジャズ・ドラマーについては、詳しくはないのです。ほんの二三人です。私は、サーフ・ミュージックが大好きでしたから。聞いていたのは、 Sandy Nelson です。「 Drums a Go Go 」や「 Let There be Drums 」です。それで、彼が、ジーン・クルーパから影響されていて、それに私が影響されたのです。つまり、ジーン・クルーパを中古で手に入れた訳ですね。
ですが、ブリティッシュ・イノベーションが始まって、それから、サンフランシスコからサイケディリックが始まって、初期のJefferson Airplane や Quicksilver や Grateful Dead ですが、同時に、フランク・ザッパの『 Freak Out 』もあった訳です。当時、私は、かなりの量のエレクトリック・ミュージックのレパートリーを持っていました。今お話したものや、私自身が押し広げてみたものやです。」
ベルナール「それでは、それらのものから、今、貴方が何か演奏するとすれば、何を選びますか? どのようなタイプの音楽がいいのでしょう?」
プリンス「実は、少し前に、「 The Man Who Sailed Around His Soul 」をかけながら、それに合わせて演奏したのです。私がどうやったか、覚えているかどうか試そうと思ったのです。」
ベルナール「そうですか、それで、貴方は、貴方ご自身によく似せて演奏出来ましたか? ( 笑い )」
プリンス「( 笑い ) ええ、実は、Mingoに合わせてましたよ。私は、この一月に、ロサンゼルスで NAMN Show に出ているのを見たばかりでした。」
ベルナール「彼はどうでした?」
プリンス「とてもよかったですよ。二人で喋って、少しだけ演奏もしました。私は、今日、彼を呼びたかったのですけれど。彼にこのアルバムについて聞きたかったし、彼の演奏は大好きですからね。」
ベルナール「とんでもないものですからね、私も彼の演奏がずっと好きなのです。」
プリンス「「 The Man Who Sailed Around His Soul 」のボンゴは、本当に普通でないですからね。あれは、まるで、電子機器か何かそんな機械のようなものに聞こえますね。」
ベルナール「その通りですね。貴方と私で、ラングレン・ラジオで話したことなのですけれど。私は貴方に、ラングレンとパートリッジの間に、明らかに緊張があったかどうか尋ねました。それで、貴方は、「 Let's Make a Den 」を録音しようとしていた時のことに触れられました。その時、貴方が見たのは…、」
プリンス「あれが、私が二人の緊張関係に気がついた最初でした。私は、あまり関心を払わないように努めました。私はいつも平穏を保つのが好きですから。それが私がすることなので。
私は、プロジェクトが始まった時にはいませんでした。ですから、歌がどのような意図で組み合わされているのか、最終的にどのように仕上げられるのかは、私には確かなことは分からなかったのです。私に分かっていることは、アルバムに含まれるだろう、他の選択肢がたくさん用意されていたと言うことだけです。パートリッジが、「 Let's Make a Den 」を提出して来た時には、これは凄く言いなぁ、と私は思ったのです。七曲目でした。私は優れていると思いました。けれども、ラングレンは、即座に、こう言って退けたのです。「俺はこれが嫌いだって、お前分かってるだろ。アルバムの全体に合うとは思えない。」 それが議論の始まりでした。アンディは言いましたね。「はい? 何故?」 ラングレンは、何故駄目かの長い説明をしました。そして、断固とした態度でした。それで、しようとはしなかったのです。
私は落胆しました ( 笑い )。 その歌をやりたかったですからね。私がどのようにしようとしていたのかは、分からないのですけれど。アンディが歌って演奏したのを聞いたのが全てですから。二度とは聞かれませんでした。」
ベルナール「それでは、デモ・テイクは一度も聞いてないのですか?」
プリンス「ええ、聞いてません。」
ベルナール「レコーディングの前に、どのデモ・テイクも聞いてないのですか?」
プリンス「『 Apple Venus 』の時には、彼は私にデモ・テイクを送ってくれました。ですが、『スカイラーキング』の時には、私がスタジオに入る前に、彼らがそれまでしていたものを何も聞いていませんでした。」
ベルナール「そうすると、貴方はスタジオに入って、彼らが貴方のためにする一回か二回だけの演奏を聞いて、それで、…」
プリンス「完璧にするのです。」
ベルナール「まあ。パートリッジは、この時から、デモ・テイクを取っています。後になって彼がしたことと未完成のものとを較べられるのです。私は、彼らかラングレンが、貴方にも、デモ・テイクを送っているのだと思っていました。」
プリンス「いいえ全然。そんなことは全く覚えていません。記憶から消えてしまったのかもしれませんが、スタジオに入って、その日に初めて聞いて、興奮したのを、確かに覚えています。」
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 4
「 The Meeting Place 」について
ベルナール「さて、「 Grass 」の次は、「 The Meeting Place 」なのですが。これは、ラングレンがプログラミングして、先に作っておいたものの一つだと思います。機械のサンプル音が曲を通してずっと鳴っていますから。貴方は、このサンプルに沿って何か演奏したのですか? まるで、クリック・トラック ( メトロノーム ) に従って叩くように。」
プリンス「そうです。この歌には、ちょっとした笑い話しがあります。私の恋人、Diana Mangano は、このアルバムが大好きだったそうです。彼女がハイスクールに通っていた頃のことだそうです。ええ、 ( 笑い ) 彼女は、ちょっとばかり、私より若いのです。それで、彼女は、レコードのクレジットを読んたのですが、「 The part of the time bomb was played by Prairie Prince 」とあるのを見たのですね。それで、彼女は、ずっと、この歌の最初の所の時計の音を、私がこのレコードで演奏している唯一のものだと考えていたのですよ! ( 笑い ) それで、私は座って彼女を見据えて言わなければなりませんでした。「違う、僕はね、ドラムも演奏してるんだよ!」」
ベルナール「 ( 笑い転げて ) この歌について、他に覚えていることはありますか?」
プリンス「実際の所、ないですね。それでも、私はコリンが大好きですけれどね。」
ベルナール「( 含み笑いをしながら ) それはまた何故です?」
プリンス「コリンは、剽軽者ですからね。それに、驚くべきベース・プレイヤーだし、偉大なソング・ライターです。前に言ったように、私は、XTC の長年の大ファンでした。パートリッジの巨大で大量の曲が発表されるのを待ち切れなかったのです。でもまた、パートリッジの曲とはまた違う、そして、特別なのだけれど、レコードの中では、パートリッジの曲ととても上手くまとまっている、コリンの曲も二曲か三曲あったのです。」
ベルナール「ええ、コリンは、パートリッジにとって、素晴らしい引き立て役ですね。
では、「 That's Really Super, Supergirl. 」について話して下さい。ラングレンのヘンテコなキーボードのある曲ですが…」
ベルナール「さて、「 Grass 」の次は、「 The Meeting Place 」なのですが。これは、ラングレンがプログラミングして、先に作っておいたものの一つだと思います。機械のサンプル音が曲を通してずっと鳴っていますから。貴方は、このサンプルに沿って何か演奏したのですか? まるで、クリック・トラック ( メトロノーム ) に従って叩くように。」
プリンス「そうです。この歌には、ちょっとした笑い話しがあります。私の恋人、Diana Mangano は、このアルバムが大好きだったそうです。彼女がハイスクールに通っていた頃のことだそうです。ええ、 ( 笑い ) 彼女は、ちょっとばかり、私より若いのです。それで、彼女は、レコードのクレジットを読んたのですが、「 The part of the time bomb was played by Prairie Prince 」とあるのを見たのですね。それで、彼女は、ずっと、この歌の最初の所の時計の音を、私がこのレコードで演奏している唯一のものだと考えていたのですよ! ( 笑い ) それで、私は座って彼女を見据えて言わなければなりませんでした。「違う、僕はね、ドラムも演奏してるんだよ!」」
ベルナール「 ( 笑い転げて ) この歌について、他に覚えていることはありますか?」
プリンス「実際の所、ないですね。それでも、私はコリンが大好きですけれどね。」
ベルナール「( 含み笑いをしながら ) それはまた何故です?」
プリンス「コリンは、剽軽者ですからね。それに、驚くべきベース・プレイヤーだし、偉大なソング・ライターです。前に言ったように、私は、XTC の長年の大ファンでした。パートリッジの巨大で大量の曲が発表されるのを待ち切れなかったのです。でもまた、パートリッジの曲とはまた違う、そして、特別なのだけれど、レコードの中では、パートリッジの曲ととても上手くまとまっている、コリンの曲も二曲か三曲あったのです。」
ベルナール「ええ、コリンは、パートリッジにとって、素晴らしい引き立て役ですね。
では、「 That's Really Super, Supergirl. 」について話して下さい。ラングレンのヘンテコなキーボードのある曲ですが…」
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 3
「 Summer's Cauldron 」と「 Grass 」
ベルナール「「 Summer's Caudron 」はアルバム・オープニングですが、貴方は、「第一音」で、大きな太鼓の音を出しています。あれは、後から付けた効果なのですか? それとも、ドラムの音なのですか? あれは、キック・ドラムではないですよね。私には、大きな大きなトムトム・ドラムに聞こえるのですけれど。」
プリンス「あれは、私のフロア・トム・ドラムです。」
ベルナール「なるほど、私は、あの音が大きく鳴るように、彼らは何かの方法で、加工したのだと推測するのですけれど。」
プリンス「アンディが、音響処理の技術を使って色々なことをしたかどうか、私は知りません。ですけれど、( くすくす笑って ) 全ての音の頂点に立つラングレンは、巧みですからね。あのレコーディングでのドラムの音は、本当に優れているのです。」
ベルナール「私は、あの曲のために、貴方がドラム・キットをどのようにセットしたかを教えて頂きたいのですけれど。あのアルバムでの貴方のドラムの音は、二つのことで、私には衝撃的なのです。一つは、スネアの音です。それは、トッド好みの音ですよね。」
プリンス「スネア・ドラムのことは、教えてられます。あれは、Willie Wilcox [ Utopia のドラマー ]から手に入れたものなのです。1929年製の真鍮の Ludwing / ラディック なのです。驚く程いい音を出すのです。倍音も、倍音の間にある音 [ undertone ] も、本当に素晴らしい音が出せるのです、どんな風にチューニングしてもですよ。もちろん、XTC は、出来る限り、開けた広々とした音を望んでいたのです。それで、湿った音はそこには入れなかったのです。それで、しっかりと堅い音で、ピッチを高く上げてました。
残りのドラムは、ヤマハのドラムです。私の最初のヤマハのドラム・セットです。70年代の初め頃に、手に入れたものです。私は、ヤマハを推奨する最初の何にかの一人でした。樺の木のレコーディング用の特注のキットでした。自然木の22インチのバス・ドラム。12インチのラック・トム。16インチのフロア・トム。それだけでした。」
ベルナール「本当ですか? たった四つのキットですか?」
プリンス「ええ。付け加えるドラムもありましたけれど、『スカイラーキング』を通して使ったのは、そのベーシックなキットでした。」
ベルナール「そのようなドラム・セットであることは、貴方がされているドラム・ロール について、ある考えを導きます、特に、「 Summer's Cauldron 」[ 歌詞を全部歌い終わった所、2分56秒頃 ] でのロールにです。あれは、絶品のロールですね。スネアを三連打して、最期の音はトムの大きな一音と一緒です。パートリッジは、アルバムで、一番好きなドラムの一瞬だと挙げていましたよ。」
プリンス「あの歌のドラムの仕方について、その全部をどうするか判断したのは、アンディなのですよ。」
ベルナール「本当に!!」
プリンス「ええ、そうです。彼は、頭の中にきちんとそれが入っていたのです。彼が何を望んでいるか、自分で正確無比に分かっていたのです。それだから、あの時は、私には非常に厄介でした。つまり、私が常にしていたような演奏では全くなかったのですから。ほとんど、レゲエの感じでした。何かひっくり返っている、あるいは後ろへ進む感じです。彼は私にそうさせたのです。後になって、彼がそうしてくれたことを私は嬉しく思うようになりました。と言うのは、何年間も、あの歌での私のドラミングに賛辞を貰い続けることになりましたから。ですから、私は言いましょう、「ええ、あれは、アンディ・パートリッジなのです。」って。」
ベルナール「( 笑い ) 「 Making Plans for Nigel 」のドラム・パターンをテリー・チェンバースと共に考え出した、あの男、アンディ・パートリッジですね。」
プリンス「正に。」
ベルナール「さて、「 Summer's Cauldron 」と「 Grass」はスタジオでは、一繋がりで録音したのですよね。違いますか?」
プリンス「そうだったと思います、一繋がりの曲ですね。」
ベルナール「ラングレンは、二つの歌を合わせようと考えていた、その上、編集でそうしようとは望んでいなかったのですね。彼は、XTC に歌を曲順に録音させたのですよね。」
プリンス「そうです。貴方も、「 Grass 」が始まる時に、そう感じるでしょう。明らかです。
「 Grass 」を演奏した時のことを何か思い出そうとしているのですが。Mingo がパーカッションを叩いていましたね。」
ベルナール「少なくとも、ライドシンバルのように聞こえます。ですが、私が思うに、彼がしているのは…」
プリンス「たぶん私が叩いたと思います。ライドシンバルは私だと思います。Mingo の演奏は、全部、オーバーダブで入れましたから。」
ベルナール「それでは、他の質問があります。貴方と Mingo は、このアルバムで、同時に演奏はしたのですか?」
プリンス「いいえ、 Mingo は、どれも、私が録音した後に、オーバーダブで入れています。」
ベルナール「「 Summer's Caudron 」はアルバム・オープニングですが、貴方は、「第一音」で、大きな太鼓の音を出しています。あれは、後から付けた効果なのですか? それとも、ドラムの音なのですか? あれは、キック・ドラムではないですよね。私には、大きな大きなトムトム・ドラムに聞こえるのですけれど。」
プリンス「あれは、私のフロア・トム・ドラムです。」
ベルナール「なるほど、私は、あの音が大きく鳴るように、彼らは何かの方法で、加工したのだと推測するのですけれど。」
プリンス「アンディが、音響処理の技術を使って色々なことをしたかどうか、私は知りません。ですけれど、( くすくす笑って ) 全ての音の頂点に立つラングレンは、巧みですからね。あのレコーディングでのドラムの音は、本当に優れているのです。」
ベルナール「私は、あの曲のために、貴方がドラム・キットをどのようにセットしたかを教えて頂きたいのですけれど。あのアルバムでの貴方のドラムの音は、二つのことで、私には衝撃的なのです。一つは、スネアの音です。それは、トッド好みの音ですよね。」
プリンス「スネア・ドラムのことは、教えてられます。あれは、Willie Wilcox [ Utopia のドラマー ]から手に入れたものなのです。1929年製の真鍮の Ludwing / ラディック なのです。驚く程いい音を出すのです。倍音も、倍音の間にある音 [ undertone ] も、本当に素晴らしい音が出せるのです、どんな風にチューニングしてもですよ。もちろん、XTC は、出来る限り、開けた広々とした音を望んでいたのです。それで、湿った音はそこには入れなかったのです。それで、しっかりと堅い音で、ピッチを高く上げてました。
残りのドラムは、ヤマハのドラムです。私の最初のヤマハのドラム・セットです。70年代の初め頃に、手に入れたものです。私は、ヤマハを推奨する最初の何にかの一人でした。樺の木のレコーディング用の特注のキットでした。自然木の22インチのバス・ドラム。12インチのラック・トム。16インチのフロア・トム。それだけでした。」
ベルナール「本当ですか? たった四つのキットですか?」
プリンス「ええ。付け加えるドラムもありましたけれど、『スカイラーキング』を通して使ったのは、そのベーシックなキットでした。」
ベルナール「そのようなドラム・セットであることは、貴方がされているドラム・ロール について、ある考えを導きます、特に、「 Summer's Cauldron 」[ 歌詞を全部歌い終わった所、2分56秒頃 ] でのロールにです。あれは、絶品のロールですね。スネアを三連打して、最期の音はトムの大きな一音と一緒です。パートリッジは、アルバムで、一番好きなドラムの一瞬だと挙げていましたよ。」
プリンス「あの歌のドラムの仕方について、その全部をどうするか判断したのは、アンディなのですよ。」
ベルナール「本当に!!」
プリンス「ええ、そうです。彼は、頭の中にきちんとそれが入っていたのです。彼が何を望んでいるか、自分で正確無比に分かっていたのです。それだから、あの時は、私には非常に厄介でした。つまり、私が常にしていたような演奏では全くなかったのですから。ほとんど、レゲエの感じでした。何かひっくり返っている、あるいは後ろへ進む感じです。彼は私にそうさせたのです。後になって、彼がそうしてくれたことを私は嬉しく思うようになりました。と言うのは、何年間も、あの歌での私のドラミングに賛辞を貰い続けることになりましたから。ですから、私は言いましょう、「ええ、あれは、アンディ・パートリッジなのです。」って。」
ベルナール「( 笑い ) 「 Making Plans for Nigel 」のドラム・パターンをテリー・チェンバースと共に考え出した、あの男、アンディ・パートリッジですね。」
プリンス「正に。」
ベルナール「さて、「 Summer's Cauldron 」と「 Grass」はスタジオでは、一繋がりで録音したのですよね。違いますか?」
プリンス「そうだったと思います、一繋がりの曲ですね。」
ベルナール「ラングレンは、二つの歌を合わせようと考えていた、その上、編集でそうしようとは望んでいなかったのですね。彼は、XTC に歌を曲順に録音させたのですよね。」
プリンス「そうです。貴方も、「 Grass 」が始まる時に、そう感じるでしょう。明らかです。
「 Grass 」を演奏した時のことを何か思い出そうとしているのですが。Mingo がパーカッションを叩いていましたね。」
ベルナール「少なくとも、ライドシンバルのように聞こえます。ですが、私が思うに、彼がしているのは…」
プリンス「たぶん私が叩いたと思います。ライドシンバルは私だと思います。Mingo の演奏は、全部、オーバーダブで入れましたから。」
ベルナール「それでは、他の質問があります。貴方と Mingo は、このアルバムで、同時に演奏はしたのですか?」
プリンス「いいえ、 Mingo は、どれも、私が録音した後に、オーバーダブで入れています。」
2012年01月01日
Let's Begin
『 Nonsuch 』を聞く。
Let's Begin!
Let's Begin!
2011年12月31日
You and I have memories
今日は、ビートルズの『 Let it Be 』をかけている。CDだけど、以前のもの、Naked でもない。リマスターは何も買ってない。
今年買った、ピンク・フロイドの『 Dark Side of the Moon 』のリマスターは、聞いてない。
なんだか、「 Dig a Pony 」がいい。
今年買った、ピンク・フロイドの『 Dark Side of the Moon 』のリマスターは、聞いてない。
なんだか、「 Dig a Pony 」がいい。
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 2
ベルナール「ラングレンは、 XTC と共に、『 Skylarking 』のために、ウッドストックでかなりの量の下準備をして、それから、サンフランシスコに来たのですよね。貴方のパートや、その他のミュージシャンのパートを録音するためにですけれど、 Mingo も、やはり、『 Skylarking 』で演奏していますけれど、そのようなやり方なのですけれど、貴方がラングレンと仕事をする時には、普通のやり方なのでしょうか?」
プリンス「私がスタジオミュージシャンとして活動する前にラングレンと仕事をした時のことを思い出して見ました。つまり、『 Love Bomb 』を創った時のことですけど、それは確実に私がスタジオミュージシャンになる前ですから。私たちは、たくさんのパートがある場合、かなりの量の下準備をして、それから、後になって、ドラムズを他の録音の上に重ねたのです。その私たちに使われた方法が、『 Skylarking 』の方法に似ています。 XTC は、かなりの量を録音していました。それをウッドストックのラングレンのスタジオで済ませていました。ループと楽器以外の音を使ってしたのですね。それで、私は、それにドラムを重ねたのです。ですけれど、何曲かでは、それとは対照的なやり方、基本的にライブで演奏して録音しました。」
ベルナール「ループを使った場合、誰も貴方と一緒に演奏はしなかったのですか? 例えば、アンディかコリンが一緒に演奏するとか、ヴォーカルかあるいは何かを演奏して録音するとかですけれど。」
プリンス「ええ、確かにあったと思います。ですけれど、正直に言って、もう随分前のことですし、思い出そうと遠い記憶を手繰っている所なのです。相当前ですし、忙しくて混乱していたころですから。
『 Skylarking 』の時、セカンド・エンジニアとして働いていたのは、貴方もご存知だと思いますが、キム・フォスカドですけれど、彼女が幾つかのアウトテイクを探し出したのです。それをラングレン・ラジオで貴方は聞かれたのでしょうけれど。「 Extrovert 」のアウトテイクでしたね。彼女は私のために探してくれたのです。私は、15年間と言うもの、彼女に会っていませんでした。それで、彼女に会った時に、彼女は古いアウトテイクを持っているけど、興味があるか知ら、と私に聞いたのです。私は、もちろん、それを聞きたいと答えました。それは、実際、ほとんど全てのレコーディングでした。歌があるものは、「 Let's Make a Den 」でした、それについては、ラングレン・ラジオで話しました。もう一曲は、「 Little Lighthouse 」です。その他に、歌詞がないものがありました。アンディが即興で何かやっていたのですね、でもそのノリは、Quicksilver Messenger Service の「 Who Do You Love? 」の様に聞こえました。ボ・ディドリーの歌ですね。私が聞き取れた歌詞は、 troubles とか何とかでした。」
ベルナール「ああ、それはきっと、「 The Troubles 」ですよ。」
プリンス「ええ、きっとそうですね。それはどこで発表されたのです?」
ベルナール「元々は、ホーム・デモの状態のままでXTC のEP のB面に入れられていた、と思います。」
プリンス「ちょうど「 Extrovert 」のようにですか。」
ベルナール「そうです、「 Extrovert 」も同様に、B面で発表されました。」
プリンス「ああ、「 Extrovert 」もキム・フォスカドさんのアウトテイクにありました。
それから、私が本当によかったと思う歌は、「 Mermaid Smiled 」です。」
ベルナール「ええ! 賛成です! そこで、アルバムについて、曲順にゆっくり伺ってもいいでしょうか。貴方がそれぞれの歌に付いて、覚えていらっしゃることを話して頂きたいのです。」
プリンス「もちろん、構いません。( 笑い ) たぶん、たくさんは覚えてないですけれどね。」
ベルナール「 ( 笑い ) ええ、それはそうです、その場合、貴方はお話にはならないでしょうね。」
プリンス「よし、最善を尽くしてみましょう。」
プリンス「私がスタジオミュージシャンとして活動する前にラングレンと仕事をした時のことを思い出して見ました。つまり、『 Love Bomb 』を創った時のことですけど、それは確実に私がスタジオミュージシャンになる前ですから。私たちは、たくさんのパートがある場合、かなりの量の下準備をして、それから、後になって、ドラムズを他の録音の上に重ねたのです。その私たちに使われた方法が、『 Skylarking 』の方法に似ています。 XTC は、かなりの量を録音していました。それをウッドストックのラングレンのスタジオで済ませていました。ループと楽器以外の音を使ってしたのですね。それで、私は、それにドラムを重ねたのです。ですけれど、何曲かでは、それとは対照的なやり方、基本的にライブで演奏して録音しました。」
ベルナール「ループを使った場合、誰も貴方と一緒に演奏はしなかったのですか? 例えば、アンディかコリンが一緒に演奏するとか、ヴォーカルかあるいは何かを演奏して録音するとかですけれど。」
プリンス「ええ、確かにあったと思います。ですけれど、正直に言って、もう随分前のことですし、思い出そうと遠い記憶を手繰っている所なのです。相当前ですし、忙しくて混乱していたころですから。
『 Skylarking 』の時、セカンド・エンジニアとして働いていたのは、貴方もご存知だと思いますが、キム・フォスカドですけれど、彼女が幾つかのアウトテイクを探し出したのです。それをラングレン・ラジオで貴方は聞かれたのでしょうけれど。「 Extrovert 」のアウトテイクでしたね。彼女は私のために探してくれたのです。私は、15年間と言うもの、彼女に会っていませんでした。それで、彼女に会った時に、彼女は古いアウトテイクを持っているけど、興味があるか知ら、と私に聞いたのです。私は、もちろん、それを聞きたいと答えました。それは、実際、ほとんど全てのレコーディングでした。歌があるものは、「 Let's Make a Den 」でした、それについては、ラングレン・ラジオで話しました。もう一曲は、「 Little Lighthouse 」です。その他に、歌詞がないものがありました。アンディが即興で何かやっていたのですね、でもそのノリは、Quicksilver Messenger Service の「 Who Do You Love? 」の様に聞こえました。ボ・ディドリーの歌ですね。私が聞き取れた歌詞は、 troubles とか何とかでした。」
ベルナール「ああ、それはきっと、「 The Troubles 」ですよ。」
プリンス「ええ、きっとそうですね。それはどこで発表されたのです?」
ベルナール「元々は、ホーム・デモの状態のままでXTC のEP のB面に入れられていた、と思います。」
プリンス「ちょうど「 Extrovert 」のようにですか。」
ベルナール「そうです、「 Extrovert 」も同様に、B面で発表されました。」
プリンス「ああ、「 Extrovert 」もキム・フォスカドさんのアウトテイクにありました。
それから、私が本当によかったと思う歌は、「 Mermaid Smiled 」です。」
ベルナール「ええ! 賛成です! そこで、アルバムについて、曲順にゆっくり伺ってもいいでしょうか。貴方がそれぞれの歌に付いて、覚えていらっしゃることを話して頂きたいのです。」
プリンス「もちろん、構いません。( 笑い ) たぶん、たくさんは覚えてないですけれどね。」
ベルナール「 ( 笑い ) ええ、それはそうです、その場合、貴方はお話にはならないでしょうね。」
プリンス「よし、最善を尽くしてみましょう。」
2011年12月29日
The loving's humming
きょうは、『オレンジズアンドレモンズ』のミニCD三枚組の Side 1。「 The Loving 」を聞きたかったから。それから、アンソニー・ムーアのオペラ『 Camera 』。
プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 1
トッド・ベルナールさんとプレイリー・プリンスさんの対談、『スカイラーキング』の思い出。MySpace のXTC のページに、2009年3月9日付けで、掲載されたもの。
全体で、7400語くらい、その2000語の辺りくらいまで。内容は、スカイラーキング・セッションの前まで。
http://www.myspace.com/xtcfans/blog/475390591
ベルナール「まず始めに、貴方の経歴を話してはどうだろうかと思います。多くの読者は、実際知らないでしょうから。おおよそのことは知っているでしょうけれど。貴方が、Tubes の設立メンバーで、 Journey の設立メンバーでもあるということですね、ですが、読者はそのことをよくは分からないでしょう。貴方は、トッド・ラングレンと共に、数多くのアルバムや企画で仕事をされてますし、随分のグループに関わっています、バンドのメンバーであったりスタジオ・ミュージシャンとしてであったりですが。そこで、貴方が受けた影響について話して下さいますか? 最初にドラムに興味を持ったのは、どうしてなのでしょう。何が貴方をこの楽器に惹かれさせたのでしょうか」
プリンス「たぶん、父親ですね。父は、ドラマーではありませんでした。でも、卓抜したリズムの感覚を持っていました。それに、踊ること、歌うこと、詩を朗誦することが好きでした。私は、父の影響で、ドラムに興味を持ち、リズム感を養ったのだと思います。父は、ビッグ・バンドを聞くのが好きでした。そう言う時代でしたから、ベニー・グッドマンやハル・ケンプ、そのようなバンドですね。
たぶん、初めて私が聞いたビッグ・バンドのドラマーは、ジーン・クルーパでしょう。彼の華麗なドラミングをよく聞いていました。彼のスタイルが大好きなのです。」
ベルナール「クルーパーは、色々な意味で、最初のドラムのスターですよね。」
プリンス「そうですね。XTC に関係したことでは、「 The Man who sailed around his Soul 」で、少しばかり、彼に繋がっていると思います。」
ベルナール「あの曲では、実際、貴方は、ジャズの刻み方をして見せていますね。」
プリンス「あれは、本当の所、偽のジャズです。私は、ジャズの曲から刺激を受けていますけれど、習得はしていないのです。私は、最初から、まるっきりロックアンドロールの男なのです。」
ベルナール「話して下さいますか、貴方は、レッスンを受けてドラムを覚えたのですか?」
プリンス「小学校で、その土地のバンドの指導者の先生からほんの何回かのレッスンを受けました。実際、私が学んだのは、友人達からですね。ドラムセットと言うのを手に入れる前には、友人達と一緒に、スネアドラムを共有していたのです。それで、サーフ・ミュージックとか、その他の、当時、私たちが聞いていた音楽を演奏していましたよ。Dion ( Dion DiMucci ) とか、そういうのですね。」
ベルナール「貴方は、アリゾナで育ったのですよね、違いますか。」
プリンス「アリゾナ州のフェニックスです。仲間と私は、互いに、教え合ったのです。そうですから、自己教育な訳ですね、そして、破滅。 (笑い) 脱構築な訳です。
出来れば、当時に戻って、正式なレッスンを受けたいですね。( 笑い ) いつも、そう思っています。でも、いまだに実現しないです。」
ベルナール「(笑い) 貴方がプロフェッショナルのミュージシャンとして働いている間は、難しいでしょうね。」
プリンス「本当にそうです。今でも私は、フルのドラム・セットを使って、他のドラマーと一緒に演奏するのが好きなのですよ。お互いに教え合いながらですね。」
ベルナール「The Tubes は、元来、ドラマーが二人でしたよね、違いましたっけ?」
プリンス「そうです、実際の所、フェニックス出身の二つのバンドが一緒になったのです。一つのバンドは、the Red,White,and Blue Band と言いました。それには、私自身と Roger Steen 、それにもう一人、ベース・プレイヤーがいました。その時、Fee Waybill がローディーでした。もう一つのバンドは、Beans と言い、Bill Spooner、Vince Welinick、そして、Rick Anderson がいました。もう一人のドラマーの名前は、 Bob MacIntosh です。
二つのバンドは、フェスティバル等で、よく一緒になったのです。山中のヒッピー・フェスティバルです。それから、それぞれ、60年代後半に、アリゾナからサンフランシスコへ、それぞれ、移ったのです。暫くは、それぞれが独立してやっていたのですが、一緒になって、二人ドラマーのビッグ・バンドになったのです。」
ベルナール「四人編成が基本だ、と言う時代に、どうやって、そんなことを為果せたのでしょう。」
プリンス「上手くいきました。私たちは、the Grateful Dead に影響を受けていたのですが、the Grateful Dead には二人のドラマーがいましたからね。それに、Allman Brothers にも二人のドラマーがいました。ジャム・バンドの発展した形態のバンドだったのです、私たちは。それに何より、フランク・ザッパに感化されていていましたからね。ザッパも、彼のバンドに、二人のドラマー、Arite Tripp と Carl Black を抱えていたのです。
ところが、不幸なことに、Bob は、癌のために早世してしまいました。70年代の早くでした。当時、あの病気を、現在のように治療出来る方法は、まだ、人類にはなかったのです。Bob は、21歳の時に癌と診断されて、23歳で亡くなりました。」
ベルナール「ああ、何て残念なこと。」
プリンス「ええ、大きな損失でした。その後、The Tubes は、私だけ、一人のドラマーで演奏していました。Mingo Lewis に会うまでそうでした。Lewis は、なんと言いますか、自分で、Tubes のドラマーだと公言していました。 ( 笑い ) それで、私たちは、一緒に演奏を始めたのです。彼の荒々しいパーカッションは、その後に続く、わくわくさせる要素を導き入れたのです。」
ベルナール「Mingo Lewis は、パーカッションと同様に、ドラム・キットも貴方と一緒に演奏していますよね?」
プリンス「彼は何でもします、彼が出来るものは何でも! コンガとティンバレスから始めたのですけれど、彼は、その荒ぶるドラムを北のドラム ( North Drums ) と呼んでいましたね、それから、ヤマハのドラム・セットを手に入れて、ステージの片方をドラム類ですっかり覆ってしまったのです。その中から、彼は望むものを何でも選べるようになったのです。」
ベルナール「貴方がトッド・ラングレンに初めて会ったのは、貴方たちのプロデューサーとしてですか?」
プリンス「いえ、最初に会ったのは、あるアート・プロジェクトを通じてでした。私は、サンフランシスコ・アート大学に行ったのです。絵画の学位を取りました。73年か74年に卒業して、75年に、ラングレンのコスチューム・デザイナーだった友人が何人かいたのですけれど、彼らに、ラングレンのために、あるコスチュームに何かエア・ブラシで描いてくれないかと頼まれたのです。それで、少しだけ、ラングレンに会ったことがあるのです。
私が、ラングレンと一緒にステージに立ったのは、ニューヨークの Bottom Line で、75年か76年だったと思います。
親しくなったのはもうすこし後で、たぶん、77年の遅くにだったと思います。その時は、また別の友人を通じてでした。それから、ラングレンに、私たちの『 Remote Control 』のプロデュースを依頼したのです。それは、78年か79年のことです。それ以来、彼と一緒に演奏しているのです。 ( 笑い )」
ベルナール「アルバム制作中に、固い絆を結んだということなのですか?」
プリンス「ええ、本当に。そうだと思います。」
ベルナール「貴方は、ラングレンと一緒に上手くやりおおせています。これは、音楽の世界ではとても稀なことだと思いますが。」
プリンス「正にそうですね。私は、私についてだけのことをお話しています。バンドの他のメンバーは、私と同じようには感じていませんでした。私は、少々、スターに会って感激した坊やだったのですね、今はそう思います。」
ベルナール「そうですか、では、貴方は、ラングレンの音楽をよく知っていたのですか?」
プリンス「ええ、私は大ファンでした! Nazz の時からです。」
ベルナール「それは面白いですね。私がこれまで話したことのある、ラングレンと仕事をした人と言うのは、まったく心服しているか憎んでいるかですよ。どちらにしても、彼自身、それに彼の能力、彼がしそうな何もかもに、すっかり圧倒されていて、彼は本当に厄介な親方だ、と言ったりしています。ある意味、ザッパと同じですね。多くの人が、ザッパについての愚痴を言います。「フランク学校」で学ぶのはどれだけ辛いことか、と呻吟しています。ザッパと仕事をするのは、大変なのです、にも拘らず、いえ、だからこそ、誰もが、入った時よりも出た時の方が、上手くなっていると言うのです。」
プリンス「ええ、トッドも同じですね。アンディも、それに気が付いていたと思います ( 笑い )。私は、デイブとコリンの考えはほとんど聞いていません。自分の考えを秘すような人たちなのでしょう。ですが、アンディは、自分の不満について、全く遠慮なく口にしていました。私は、双方の言い分を理解していたのですが、二人とも頑固で、自分の流儀でしようとしていました。大変な光景でした。 」
ベルナール「異なる見解を持ち、自分の理想を追い求める、秀でて創造的な二人なのですね。ミュージシャンであると同様に画家でもある貴方が、それに遭遇したのだと思います。」
プリンス「ええ、そうです。」
ベルナール「共同で仕事をするのは難しいのでしょうね。」
プリンス「支払って欲しければ、貴方は撤回しなければならないかも( 笑い )。」
ベルナール「( 笑い ) 本当に。このことは、でも、私が貴方にお尋ねしたい次のことへ導く、いいセグエになりました。では、貴方は、幾つかのバンドのメンバーでした。また一方で、雇われたスタジオミュージシャンとして、数多くの仕事をされています。その違いについて、少し、お話し下さいませんか?」
プリンス「そうですね、多くの場合、スタジオに行くと、ある曲のある部分を頼まれる訳です。例えば、XTC の場合、アンディは、ちょうどこのように言いましたよ。「僕は君のドラミング、あれもこれも全部大好きだよ。けど、このやり方で叩いてくれない?」 それで、私は答えるのですね。「分かりました。やりましょう。」
つまり、幾つかの箇所では、私自身のアイデアを出しているのですけれど、全体的には、彼の要求に沿って演奏しているのです。ドラムは、当然、歌に合わなければならない訳ですし、彼は歌については十分に考え抜いている訳です、それに、卓抜したリズム感をアンディは持っているのですから。彼は驚くべき人物だと、私は思いますよ。私は、確かに、彼がセットに座ってドラムズを演奏するのを聞いたことはありません。ですが、おそらく、すばらしい演奏をすると思いますよ。彼が、素晴らしいドラムのプログラミングをしたのを知っていますから。
私が許された以上の深さで感情を表現することができたのにと考えているような、落胆させられたセッションが何回あったかは、ちょっと言えません。ただ、支払いを受けたければ、黙ってドラムのパートを演奏するだけだ、と、私は言いましょう。屢々、このことを忘れるのですね。貴方も、ドラムズをされるのですから、このようなことが、心中にあるに違いないと思います。それをよい経験として、肝に銘じておくべきなのです。
チューブスとして演奏する場合、つまり、自分自身のバンドで、オリジナルのものを創る場合には、そんなことは全くありません。世界中で、最も満足出来る場所なのです。上手く音が響き合えば、特にですね。それに、ナンバーワン・ヒットになれば尚更 ( 笑い )! 残念ながら、私たちはまだナンバーワン・ヒットがないですけど、でも、まだ、諦めずに頑張っていますよ ( 笑い )。 」
ベルナール「この何年かの間に私がインタビューした多くのドラマー達は、他人と上手くやる能力が必要だと強調していました。それは、人間性の問題なのですね。ドラマーがいい人間であれば、ミュージシャン達はその人を呼ぼうとするのです、基本的にはですけれど。もちろん、貴方は素晴らしい方です。スタジオミュージシャンである貴方は、一回か、せめて、二回の録音で済ますことが出来なければなりません。ですけれど、スタジオで強いプレッシャーがかかった状態で、しかも、他のミュージシャンと上手くやれないと言う場合には、再度呼ばれると言うことはないのですね。」
プリンス「その通りです。私は、いつだって、他のミュージシャン誰もと上手くやれたと思っています。それで、大抵は、また呼んで貰えるのです。でも、ちょっぴり驚いたのですが、トッド・ラングレン体験の後の XTC の次のアルバムには、私は呼ばれなかったのです。彼らは、私をラングレンと不可分と考えていて、私もその嫌な思いの中に一体にされているのだろうと、何となく思いました。つまり、私がいいドラマーか下手なドラマーかと言うことではない、と言う風にですね。
ところが、12年後か、それぐらいの時に、彼らはこう言ったのですよ。「ところで、僕らは、自分たちの過去の二三枚のレコードを聴いたのだけど、それで、分かったんだ。僕らは君と一緒に仕事をするのがどれだけ楽しかったかを思い出したんだ。」 そう言われて嬉しかったですね。彼らは、私とともに過ごした体験を、考え直して再検討してくれたのです。ラングレンを外してですけれどね。とても嬉しかったのです。」
ベルナール「 Pat Mastellotto が『オレンジズアンドレモンズ』の仕事を得た大きな理由は、プロデューサーが彼を知っていたからですね。」
プリンス「それは、私が XTC の『スカイラーキング』で仕事を得た理由でもありますね! ( 笑い )」
ベルナール「確かにそうでした。それについて少しお話し下さいますか、ラングレンがこのアルバムで XTC と仕事をして、貴方が呼ばれて、… 」
プリンス「ラングレンが私を招聘したのです。こう言いました。「君、XTC のドラムズをしたいかい?」それで、「からかわれているのですか? もちろんですよ!」と私は答えました。」
ベルナール「まあ、そうすると、貴方は、彼らの作品をすでに知っていて、お好きだったのですか?」
プリンス「そうですとも! The Tubes は、トップ・オブ・ザ・ポップスで、XTC と共演したことがありました。たぶん、私たちは、「 Prime Time 」を演奏して、彼らは、「 Making Plans for Nigel 」を演奏したのだっと思います。
私は、彼らのファースト・アルバムから大のファンでした。The Tubes が初めてヨーロッパに行った時、たぶん、76年の遅くか77年だったと思いますが、パンクの潮流が隆盛になり始めた頃でした、それで、私たちが最初に聞いた XTC の曲は、「 I'm Bugged. 」だったと思います。私は打ちのめされました。それにもう一曲、「 Radio in Motion 」。私たちのバンドのキーボード奏者の Mike Cotton と私は、飛びつきました。「なんてこと! このバンドを聴いてみなよ、何て凄いんだ。」 私たちはその場でファンになりました。それで、『 Go 2 』がリリースされた時には、直ぐに買いました。
その時点から、私の彼らに対する思いは、 the Beatles に対するそれと似ていました。XTC の次のアルバムが、私は待てなかったのです。それほど、私は彼らの大ファンだったのです。そして、ついに、彼らと一緒に演奏出来る時が来て、ほんの数秒ですけど、アンディに話しかけたように覚えています。私はファンなのです、とアンディに言ったのです。ラングレンがプロダクションの仕事を受けて、私に打診して来た時には、「 何が何でも! 」と言わずにいられませんでした。それで、万事上手くいったのです! ( 笑い ) ところが、次の XTC のアルバムでは、トッド・ラングレンは、関与しませんでした。それで、私も呼ばれませんでした。私はとても狼狽えましたよ。 ( 含み笑い )」
全体で、7400語くらい、その2000語の辺りくらいまで。内容は、スカイラーキング・セッションの前まで。
http://www.myspace.com/xtcfans/blog/475390591
ベルナール「まず始めに、貴方の経歴を話してはどうだろうかと思います。多くの読者は、実際知らないでしょうから。おおよそのことは知っているでしょうけれど。貴方が、Tubes の設立メンバーで、 Journey の設立メンバーでもあるということですね、ですが、読者はそのことをよくは分からないでしょう。貴方は、トッド・ラングレンと共に、数多くのアルバムや企画で仕事をされてますし、随分のグループに関わっています、バンドのメンバーであったりスタジオ・ミュージシャンとしてであったりですが。そこで、貴方が受けた影響について話して下さいますか? 最初にドラムに興味を持ったのは、どうしてなのでしょう。何が貴方をこの楽器に惹かれさせたのでしょうか」
プリンス「たぶん、父親ですね。父は、ドラマーではありませんでした。でも、卓抜したリズムの感覚を持っていました。それに、踊ること、歌うこと、詩を朗誦することが好きでした。私は、父の影響で、ドラムに興味を持ち、リズム感を養ったのだと思います。父は、ビッグ・バンドを聞くのが好きでした。そう言う時代でしたから、ベニー・グッドマンやハル・ケンプ、そのようなバンドですね。
たぶん、初めて私が聞いたビッグ・バンドのドラマーは、ジーン・クルーパでしょう。彼の華麗なドラミングをよく聞いていました。彼のスタイルが大好きなのです。」
ベルナール「クルーパーは、色々な意味で、最初のドラムのスターですよね。」
プリンス「そうですね。XTC に関係したことでは、「 The Man who sailed around his Soul 」で、少しばかり、彼に繋がっていると思います。」
ベルナール「あの曲では、実際、貴方は、ジャズの刻み方をして見せていますね。」
プリンス「あれは、本当の所、偽のジャズです。私は、ジャズの曲から刺激を受けていますけれど、習得はしていないのです。私は、最初から、まるっきりロックアンドロールの男なのです。」
ベルナール「話して下さいますか、貴方は、レッスンを受けてドラムを覚えたのですか?」
プリンス「小学校で、その土地のバンドの指導者の先生からほんの何回かのレッスンを受けました。実際、私が学んだのは、友人達からですね。ドラムセットと言うのを手に入れる前には、友人達と一緒に、スネアドラムを共有していたのです。それで、サーフ・ミュージックとか、その他の、当時、私たちが聞いていた音楽を演奏していましたよ。Dion ( Dion DiMucci ) とか、そういうのですね。」
ベルナール「貴方は、アリゾナで育ったのですよね、違いますか。」
プリンス「アリゾナ州のフェニックスです。仲間と私は、互いに、教え合ったのです。そうですから、自己教育な訳ですね、そして、破滅。 (笑い) 脱構築な訳です。
出来れば、当時に戻って、正式なレッスンを受けたいですね。( 笑い ) いつも、そう思っています。でも、いまだに実現しないです。」
ベルナール「(笑い) 貴方がプロフェッショナルのミュージシャンとして働いている間は、難しいでしょうね。」
プリンス「本当にそうです。今でも私は、フルのドラム・セットを使って、他のドラマーと一緒に演奏するのが好きなのですよ。お互いに教え合いながらですね。」
ベルナール「The Tubes は、元来、ドラマーが二人でしたよね、違いましたっけ?」
プリンス「そうです、実際の所、フェニックス出身の二つのバンドが一緒になったのです。一つのバンドは、the Red,White,and Blue Band と言いました。それには、私自身と Roger Steen 、それにもう一人、ベース・プレイヤーがいました。その時、Fee Waybill がローディーでした。もう一つのバンドは、Beans と言い、Bill Spooner、Vince Welinick、そして、Rick Anderson がいました。もう一人のドラマーの名前は、 Bob MacIntosh です。
二つのバンドは、フェスティバル等で、よく一緒になったのです。山中のヒッピー・フェスティバルです。それから、それぞれ、60年代後半に、アリゾナからサンフランシスコへ、それぞれ、移ったのです。暫くは、それぞれが独立してやっていたのですが、一緒になって、二人ドラマーのビッグ・バンドになったのです。」
ベルナール「四人編成が基本だ、と言う時代に、どうやって、そんなことを為果せたのでしょう。」
プリンス「上手くいきました。私たちは、the Grateful Dead に影響を受けていたのですが、the Grateful Dead には二人のドラマーがいましたからね。それに、Allman Brothers にも二人のドラマーがいました。ジャム・バンドの発展した形態のバンドだったのです、私たちは。それに何より、フランク・ザッパに感化されていていましたからね。ザッパも、彼のバンドに、二人のドラマー、Arite Tripp と Carl Black を抱えていたのです。
ところが、不幸なことに、Bob は、癌のために早世してしまいました。70年代の早くでした。当時、あの病気を、現在のように治療出来る方法は、まだ、人類にはなかったのです。Bob は、21歳の時に癌と診断されて、23歳で亡くなりました。」
ベルナール「ああ、何て残念なこと。」
プリンス「ええ、大きな損失でした。その後、The Tubes は、私だけ、一人のドラマーで演奏していました。Mingo Lewis に会うまでそうでした。Lewis は、なんと言いますか、自分で、Tubes のドラマーだと公言していました。 ( 笑い ) それで、私たちは、一緒に演奏を始めたのです。彼の荒々しいパーカッションは、その後に続く、わくわくさせる要素を導き入れたのです。」
ベルナール「Mingo Lewis は、パーカッションと同様に、ドラム・キットも貴方と一緒に演奏していますよね?」
プリンス「彼は何でもします、彼が出来るものは何でも! コンガとティンバレスから始めたのですけれど、彼は、その荒ぶるドラムを北のドラム ( North Drums ) と呼んでいましたね、それから、ヤマハのドラム・セットを手に入れて、ステージの片方をドラム類ですっかり覆ってしまったのです。その中から、彼は望むものを何でも選べるようになったのです。」
ベルナール「貴方がトッド・ラングレンに初めて会ったのは、貴方たちのプロデューサーとしてですか?」
プリンス「いえ、最初に会ったのは、あるアート・プロジェクトを通じてでした。私は、サンフランシスコ・アート大学に行ったのです。絵画の学位を取りました。73年か74年に卒業して、75年に、ラングレンのコスチューム・デザイナーだった友人が何人かいたのですけれど、彼らに、ラングレンのために、あるコスチュームに何かエア・ブラシで描いてくれないかと頼まれたのです。それで、少しだけ、ラングレンに会ったことがあるのです。
私が、ラングレンと一緒にステージに立ったのは、ニューヨークの Bottom Line で、75年か76年だったと思います。
親しくなったのはもうすこし後で、たぶん、77年の遅くにだったと思います。その時は、また別の友人を通じてでした。それから、ラングレンに、私たちの『 Remote Control 』のプロデュースを依頼したのです。それは、78年か79年のことです。それ以来、彼と一緒に演奏しているのです。 ( 笑い )」
ベルナール「アルバム制作中に、固い絆を結んだということなのですか?」
プリンス「ええ、本当に。そうだと思います。」
ベルナール「貴方は、ラングレンと一緒に上手くやりおおせています。これは、音楽の世界ではとても稀なことだと思いますが。」
プリンス「正にそうですね。私は、私についてだけのことをお話しています。バンドの他のメンバーは、私と同じようには感じていませんでした。私は、少々、スターに会って感激した坊やだったのですね、今はそう思います。」
ベルナール「そうですか、では、貴方は、ラングレンの音楽をよく知っていたのですか?」
プリンス「ええ、私は大ファンでした! Nazz の時からです。」
ベルナール「それは面白いですね。私がこれまで話したことのある、ラングレンと仕事をした人と言うのは、まったく心服しているか憎んでいるかですよ。どちらにしても、彼自身、それに彼の能力、彼がしそうな何もかもに、すっかり圧倒されていて、彼は本当に厄介な親方だ、と言ったりしています。ある意味、ザッパと同じですね。多くの人が、ザッパについての愚痴を言います。「フランク学校」で学ぶのはどれだけ辛いことか、と呻吟しています。ザッパと仕事をするのは、大変なのです、にも拘らず、いえ、だからこそ、誰もが、入った時よりも出た時の方が、上手くなっていると言うのです。」
プリンス「ええ、トッドも同じですね。アンディも、それに気が付いていたと思います ( 笑い )。私は、デイブとコリンの考えはほとんど聞いていません。自分の考えを秘すような人たちなのでしょう。ですが、アンディは、自分の不満について、全く遠慮なく口にしていました。私は、双方の言い分を理解していたのですが、二人とも頑固で、自分の流儀でしようとしていました。大変な光景でした。 」
ベルナール「異なる見解を持ち、自分の理想を追い求める、秀でて創造的な二人なのですね。ミュージシャンであると同様に画家でもある貴方が、それに遭遇したのだと思います。」
プリンス「ええ、そうです。」
ベルナール「共同で仕事をするのは難しいのでしょうね。」
プリンス「支払って欲しければ、貴方は撤回しなければならないかも( 笑い )。」
ベルナール「( 笑い ) 本当に。このことは、でも、私が貴方にお尋ねしたい次のことへ導く、いいセグエになりました。では、貴方は、幾つかのバンドのメンバーでした。また一方で、雇われたスタジオミュージシャンとして、数多くの仕事をされています。その違いについて、少し、お話し下さいませんか?」
プリンス「そうですね、多くの場合、スタジオに行くと、ある曲のある部分を頼まれる訳です。例えば、XTC の場合、アンディは、ちょうどこのように言いましたよ。「僕は君のドラミング、あれもこれも全部大好きだよ。けど、このやり方で叩いてくれない?」 それで、私は答えるのですね。「分かりました。やりましょう。」
つまり、幾つかの箇所では、私自身のアイデアを出しているのですけれど、全体的には、彼の要求に沿って演奏しているのです。ドラムは、当然、歌に合わなければならない訳ですし、彼は歌については十分に考え抜いている訳です、それに、卓抜したリズム感をアンディは持っているのですから。彼は驚くべき人物だと、私は思いますよ。私は、確かに、彼がセットに座ってドラムズを演奏するのを聞いたことはありません。ですが、おそらく、すばらしい演奏をすると思いますよ。彼が、素晴らしいドラムのプログラミングをしたのを知っていますから。
私が許された以上の深さで感情を表現することができたのにと考えているような、落胆させられたセッションが何回あったかは、ちょっと言えません。ただ、支払いを受けたければ、黙ってドラムのパートを演奏するだけだ、と、私は言いましょう。屢々、このことを忘れるのですね。貴方も、ドラムズをされるのですから、このようなことが、心中にあるに違いないと思います。それをよい経験として、肝に銘じておくべきなのです。
チューブスとして演奏する場合、つまり、自分自身のバンドで、オリジナルのものを創る場合には、そんなことは全くありません。世界中で、最も満足出来る場所なのです。上手く音が響き合えば、特にですね。それに、ナンバーワン・ヒットになれば尚更 ( 笑い )! 残念ながら、私たちはまだナンバーワン・ヒットがないですけど、でも、まだ、諦めずに頑張っていますよ ( 笑い )。 」
ベルナール「この何年かの間に私がインタビューした多くのドラマー達は、他人と上手くやる能力が必要だと強調していました。それは、人間性の問題なのですね。ドラマーがいい人間であれば、ミュージシャン達はその人を呼ぼうとするのです、基本的にはですけれど。もちろん、貴方は素晴らしい方です。スタジオミュージシャンである貴方は、一回か、せめて、二回の録音で済ますことが出来なければなりません。ですけれど、スタジオで強いプレッシャーがかかった状態で、しかも、他のミュージシャンと上手くやれないと言う場合には、再度呼ばれると言うことはないのですね。」
プリンス「その通りです。私は、いつだって、他のミュージシャン誰もと上手くやれたと思っています。それで、大抵は、また呼んで貰えるのです。でも、ちょっぴり驚いたのですが、トッド・ラングレン体験の後の XTC の次のアルバムには、私は呼ばれなかったのです。彼らは、私をラングレンと不可分と考えていて、私もその嫌な思いの中に一体にされているのだろうと、何となく思いました。つまり、私がいいドラマーか下手なドラマーかと言うことではない、と言う風にですね。
ところが、12年後か、それぐらいの時に、彼らはこう言ったのですよ。「ところで、僕らは、自分たちの過去の二三枚のレコードを聴いたのだけど、それで、分かったんだ。僕らは君と一緒に仕事をするのがどれだけ楽しかったかを思い出したんだ。」 そう言われて嬉しかったですね。彼らは、私とともに過ごした体験を、考え直して再検討してくれたのです。ラングレンを外してですけれどね。とても嬉しかったのです。」
ベルナール「 Pat Mastellotto が『オレンジズアンドレモンズ』の仕事を得た大きな理由は、プロデューサーが彼を知っていたからですね。」
プリンス「それは、私が XTC の『スカイラーキング』で仕事を得た理由でもありますね! ( 笑い )」
ベルナール「確かにそうでした。それについて少しお話し下さいますか、ラングレンがこのアルバムで XTC と仕事をして、貴方が呼ばれて、… 」
プリンス「ラングレンが私を招聘したのです。こう言いました。「君、XTC のドラムズをしたいかい?」それで、「からかわれているのですか? もちろんですよ!」と私は答えました。」
ベルナール「まあ、そうすると、貴方は、彼らの作品をすでに知っていて、お好きだったのですか?」
プリンス「そうですとも! The Tubes は、トップ・オブ・ザ・ポップスで、XTC と共演したことがありました。たぶん、私たちは、「 Prime Time 」を演奏して、彼らは、「 Making Plans for Nigel 」を演奏したのだっと思います。
私は、彼らのファースト・アルバムから大のファンでした。The Tubes が初めてヨーロッパに行った時、たぶん、76年の遅くか77年だったと思いますが、パンクの潮流が隆盛になり始めた頃でした、それで、私たちが最初に聞いた XTC の曲は、「 I'm Bugged. 」だったと思います。私は打ちのめされました。それにもう一曲、「 Radio in Motion 」。私たちのバンドのキーボード奏者の Mike Cotton と私は、飛びつきました。「なんてこと! このバンドを聴いてみなよ、何て凄いんだ。」 私たちはその場でファンになりました。それで、『 Go 2 』がリリースされた時には、直ぐに買いました。
その時点から、私の彼らに対する思いは、 the Beatles に対するそれと似ていました。XTC の次のアルバムが、私は待てなかったのです。それほど、私は彼らの大ファンだったのです。そして、ついに、彼らと一緒に演奏出来る時が来て、ほんの数秒ですけど、アンディに話しかけたように覚えています。私はファンなのです、とアンディに言ったのです。ラングレンがプロダクションの仕事を受けて、私に打診して来た時には、「 何が何でも! 」と言わずにいられませんでした。それで、万事上手くいったのです! ( 笑い ) ところが、次の XTC のアルバムでは、トッド・ラングレンは、関与しませんでした。それで、私も呼ばれませんでした。私はとても狼狽えましたよ。 ( 含み笑い )」
2011年12月28日
The Bleaching Stream
ピーター・ブレグヴァドの著書。2011年9月刊。Atlas Press 出版。五百部。
3 • Absolu 139 EP (September 2011 vulg.)
80 pp., 16 x 23.5 cm, decorated printed cover
The Bleaching Stream
Peter Blegvad, President of the LIP, in conversation with Kevin Jackson
A transcription divided into 5 chapters, abundantly illustrated with cartoons, sketches and diagrams by PB as well as several photographs plus 3 full-colour plates, including new works and others seldom seen before.
Contents:
The Empire of Play
Exile on Milk Street
Apollinaire's Handkerchief
The Opposite of Telephone
A Mib so Intensely Itself
Limited to 501 numbered copies
44 numbered copies, bearing the stamp of the President and the imprimatur of the Benign Inquisitor, signed by PB and KJ, £24 Buy item
301 copies, numbered 1-301, £12 Buy item
The remainder, un-numbered, are hors series, unavailable
ISBN 978-1-900565-53-0

Peter Blegvad の Atlas Press からの他の書籍。
『 Headcheese 』1994年刊

『 Stones in My Passway 』2002年刊
3 • Absolu 139 EP (September 2011 vulg.)
80 pp., 16 x 23.5 cm, decorated printed cover
The Bleaching Stream
Peter Blegvad, President of the LIP, in conversation with Kevin Jackson
A transcription divided into 5 chapters, abundantly illustrated with cartoons, sketches and diagrams by PB as well as several photographs plus 3 full-colour plates, including new works and others seldom seen before.
Contents:
The Empire of Play
Exile on Milk Street
Apollinaire's Handkerchief
The Opposite of Telephone
A Mib so Intensely Itself
Limited to 501 numbered copies
44 numbered copies, bearing the stamp of the President and the imprimatur of the Benign Inquisitor, signed by PB and KJ, £24 Buy item
301 copies, numbered 1-301, £12 Buy item
The remainder, un-numbered, are hors series, unavailable
ISBN 978-1-900565-53-0
Peter Blegvad の Atlas Press からの他の書籍。
『 Headcheese 』1994年刊
『 Stones in My Passway 』2002年刊
2011年12月27日
If the pot won't hold our love
今日は、『ワスプ・ストゥルメンタル』と『ノンサッチ』。
「 The Maypole 」の最後の部分、二分音符になる所、ベースに口琴のような細かく震える音がユニゾンで被さっているように思う。
「 The Maypole 」の最後の部分、二分音符になる所、ベースに口琴のような細かく震える音がユニゾンで被さっているように思う。
2011年12月26日
thin guitar
今日は、『 Go 2 』と、Marion Brown の『 Sweet Earth Flying 』。
『 Go 2 』、思っている以上に音が詰っているように思う。パートリッジは薄いエレクトリック・ギターの音を選んでいるから、膜のように他の音を入れやすいのか?
『 Go 2 』、思っている以上に音が詰っているように思う。パートリッジは薄いエレクトリック・ギターの音を選んでいるから、膜のように他の音を入れやすいのか?
2011年12月25日
ペン画のカード
昨日は、チョークヒルに、カナダのファン・マガジン Little Express 1990年冬の通算31号に、掲載されていた、パートリッジ直筆のクリスマスカードの画像が up road されていました。その絵を見ると、the Milk & Honey Bnad の『 In Colour 』を連想して、それを聞いた。
それから、今日は、『ドラムズアンドワイアーズ』、それに、『Explode Together』。その後は、Slapp Happy の『 Sort of 』。そして、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲最九番。
HMV で、ヤンソンスのショスタコーヴィチ交響曲全集 ( 10CD )が、マルチバイで、1,904円。コンドラシンの ( 12CDD )が、やはりマルチバイで、4,482円。どうしようか、、
それから、今日は、『ドラムズアンドワイアーズ』、それに、『Explode Together』。その後は、Slapp Happy の『 Sort of 』。そして、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲最九番。
HMV で、ヤンソンスのショスタコーヴィチ交響曲全集 ( 10CD )が、マルチバイで、1,904円。コンドラシンの ( 12CDD )が、やはりマルチバイで、4,482円。どうしようか、、
2011年12月23日
Laughter!
今日、再生したのは、『 Big Express 』のA面と、『 Nonsuch 』から、「 Holly up on Poppy 」「 Crocodile 」「 Rook 」「 Omnibus 」「 That Wave 」。でも、Apostolos Doxiadis の『 Logicomix 』をパラパラめくりながら。
それから、NHK教育テレビで、落語。「毛せん芝居」。
「 Holly up on Poppy 」、歌の最後、「 Laughter! 」のところで、左に聞こえるクァンと言うピアノの音が好き。
それから、NHK教育テレビで、落語。「毛せん芝居」。
「 Holly up on Poppy 」、歌の最後、「 Laughter! 」のところで、左に聞こえるクァンと言うピアノの音が好き。
Kicks YOUR ass?
APE Forum に投稿されていた、Jeff Truzzi さんの「 Shake You Donkey Up 」の解説
Dec 21 2011, 12:14 AM
Kicks YOUR ass?
To quote Andy Partridge quoting Josef Stalin:
Quantity has a quality all its own.
The music director for the Ringling Brothers Barnum & Bailey Circus told me that the admission price only pays the overhead:
ALL of the profit is in the concessions, programs, etc.
And the very first online disagreement and music theory discussion I ever had was praising "Shake You Donkey Up" on the Idea forum.
Someone challenged me by saying come on, it's just a country song.
I said right: the only country song you'll ever hear with a 13th chord in it.
Then he asked what a 13th chord was. (Big mistake.)
I said it's actually A9 on guitar, but Andy's voice on 'girl' slides from A up to F# - which is the 13th of a dominant 9th chord.
See how beautifully I brought this back around?
Dec 21 2011, 12:14 AM
Kicks YOUR ass?
To quote Andy Partridge quoting Josef Stalin:
Quantity has a quality all its own.
The music director for the Ringling Brothers Barnum & Bailey Circus told me that the admission price only pays the overhead:
ALL of the profit is in the concessions, programs, etc.
And the very first online disagreement and music theory discussion I ever had was praising "Shake You Donkey Up" on the Idea forum.
Someone challenged me by saying come on, it's just a country song.
I said right: the only country song you'll ever hear with a 13th chord in it.
Then he asked what a 13th chord was. (Big mistake.)
I said it's actually A9 on guitar, but Andy's voice on 'girl' slides from A up to F# - which is the 13th of a dominant 9th chord.
See how beautifully I brought this back around?
2011年12月22日
雛菊奥様は鏡の裏で鳥瞰の夢を見る
今日は、「 Dear Madam Barnum 」「 Humble Daisy 」「 Rook 」「 Wrapped in Grey 」「 The Ugly Underneath 」を聞く。
「 Dear Madam Barnum 」 の「オッ、オッ、オッ、」て言うパートリッジの掛声が好き。
それから、NHKで放送の『ブラクボタ』を見る。
「 Dear Madam Barnum 」 の「オッ、オッ、オッ、」て言うパートリッジの掛声が好き。
それから、NHKで放送の『ブラクボタ』を見る。
BALLET
APE の Forum でのパートリッジの短いコメント:
I really like the middle section of BALLET,which came out with more dream energy than I thought it had to start with.
I really like the middle section of BALLET,which came out with more dream energy than I thought it had to start with.
2011年12月21日
迷子の
今日も『ノンサッチ』を再生している、それから、BS-TBSで、イスラム映画『 ביקור התזמורת / The Band's Visit / 迷子の警察音楽隊 』を放送するので、見ようかと思う。

