2007年01月31日

Mermaid Smiled

 アルバム『Skylarking』の「Mermaid Smiled」。これも、ふと思い付いただけなのですが、イングランドの風習と関連があるのか知ら。
 ラングレンは、『Skylarking』を季節の環にすることを意図したとのことです。すると、最後の「Sacrificial Bonfire」は、冬至の火祭りに見立てられてるのでしょうか。
 イングランドでは、クリスマスの翌日はボクシング・デーです。「Mermaid Smiled」は、このボクシング・デーとの関係かなと思ったのです。冬至の祭りがクリスマスに取って代わられたのですから、前後してしまいますけれど。冬至の祭りは、クリスマスのみではなく、カーニバル( イングランドではカーニバルは行いませんが )や復活祭にも分散して受継がれているので、「Sacrificial Bonfire」を復活祭とすれば、問題はないですが。
 ボクシング・デーには、子供達のために、パントマイムの上演があります。『シンデレラ』や『白雪姫』などです。デンマークの作家アンデルセンも、子供のための物語をたくさん書いていますが、それもクリスマスのためのものなのでしょうか。『マッチ売りの少女』は、物語の設定がクリスマスですが。『人魚姫』も、アンデルセンの作品です。
 「Mermaid Smiled」の歌詞は、『人魚姫』とは、直接関係はない様です。けれども、アルバムのこの位置(終わりから4曲目)にあると、ボクシング・デーの演し物かな、と思ってしまいます。
 Geffin盤では、この曲が外されて、「Dear God」が入れられました。曲順も、「The Man Who Sailed around His Soul」と入れ替えられています。曲の流れも、「Mermaid Smiled」から「The Man Who Sailed around His Soul」が自然です。歌詞のテーマもつながっていきます。そもそも曲自体の完成度も「Mermaid Smiled」の方が格段によいのですが。
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2007年01月30日

Louis Affaire Trio

 先日、ある音楽家の方から教えて頂きました。Louis Affaire Trio と言うフランスのバンドです。このバンドの'95年に発表されたアルバム『L'homme aux milles vies』には、ムールディングが参加しています。チョークヒルのディスコグラフィでも確かめました。「 L'Homme aux Milles vies」「Le vieux sage」「Ma vie e´tait si simple 」「Le cimetie`re des e´le´gants」の四曲で、ベースギターを演奏しているとのこと。

Louis Affaire Trio webページ

 聴いた感触は、『ドラムズ・・』のスタイルを洗練した感じでした。入手出来そうなアルバムには、そのアルバムではなくて、『Mobillis In Mobile』があります。
on HMV



 私は、全く知りませんでした。



08年10月03日追記:
Hubert Mounier のwebページ:
http://hubertmounier.artistes.universalmusic.fr/
MySpace :
http://www.myspace.com/hubertmounier


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2007年01月29日

Rook

 『Nonsuch』の中心曲である「Rook」は、やはり、Rhyme の「Who killed Cock Robin?」を踏まえているのか知ら、と、不意に思いました。最初に聴いた時も、そのように思ったものですが。webでも、調べられるかと思い、Wikipedia を見てみました。Rook もやはり出ています。この歌は、長いので、その部分をメモしておきます。

Who'll dig his grave?
I, said the Owl,
with my pick and shovel,
I'll dig his grave.
Who'll be the parson?
I, said the Rook,
with my little book,
I'll be the parson.
Who'll be the clerk?
I, said the Lark,
if it's not in the dark,
I'll be the clerk.

誰が彼を葬るの?
私、と梟がいいました。
私の鶴嘴と十能でね、
彼の墓を掘りましょう。
誰が牧師を勤めるの?
私、と鴉がいいました。
私の小さな聖書でね、
牧師になりましょう。
誰が鬼簿を付けるの?
私、と雲雀がいいました。
暗くならなかったらね、
私が鬼簿を付けましょう。

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2007年01月28日

侃々諤々に始まった『Skylarking』は喧々囂々に

 XTC は、どのアルバムの制作時にも、困難な障害事や思わぬ出来事で、一連の騒動を引き起こすようです。
 アルバム『Skylarking』は、そのような中でも最も知られている、制作のラングレン(Tod Rundgren )との悶着があった、とのことです。けれども、悶着があったとは、広く知られているのですが、具体的に、何所の部分で意見が違ったのかは分かりません。
 パートリッジの自信のあった「Let's Make a Den」、ムールディングの同じく自信のあった「Find the Fox」が、選から外された、ということは事実でしょう。また、「Earn Enough for Us」のベースギターをめぐって、パートリッジとムールディングが衝突したことも。
 完成された「Earn Enough for Us」のベース部が、結局、どちらの意見のものになったかを、私は知りません。以前に出版されたブートレッグ『EXTATIC 6』では、この歌は外されていました。APE から正規に発表された『Fuzzy Warbles 5』での、ベースを演奏しているのは、パートリッジ自身と思われます。これは、基本的にリズムを保つものなので、彼がどのような演奏を望んでいたかは明瞭には分かりません。
 アルバムは、ラングレンの録音スタジオのある合衆国で行われました。バンドのメンバーは、録音後、すぐに英国に帰国しています。編集は、すべて、ラングレンに任されたということです。パートリッジは英国に居て、一旦編集を終えたテープを聴き、それに加える変更点の要望を伝える、と言う工程で、最終の編集に至ったということです。ですので、衝突は、編集に於いてではなかったと推測出来るのですが。
 ムールディングは、ラングレンの録音方法が変わっていて戸惑ったと言っています。その上、演奏を録音した後に、ラングレンは演奏の可否を言わないので、不安が募り、それが解消されることはなかったと言っています。
 このムールディングの発言には注目します。それは、このアルバムの質に関わる問題につながると思いますので。それは、下段で取り上げます。
 『EXTATIC 6』を聴き、アルバム『Skylarking』を聴いて、まず、気が付くのは、唱法です。発声法も含んで。パートリッジも、ラングレンから歌唱法について、細かに矯正されたと言っています。おそらく、衝突は、此所にあったのではないかと思います。また、『Skylarking』の歌唱は、他のXTC のアルバムの歌唱とは、違ったものになっていると思います。
 ラングレンは、非常に有能なポピュラー音楽の録音盤の制作者です。彼の手掛けた作品でしかも成功したものの枚挙には暇がありません。その音楽に関する知識も膨大です。彼の作品は、音が緻密でしかも鮮明です。グレゴリーが、熱心に彼の制作を薦めたのも、そのためでした。
 けれども、私は、彼のその長所が、XTC にとっては短所であったのではないかと思うのです。彼の手法は、ちょうど、アメリカのスーパーリアリズムの画風のように思えます。細かなところまで鮮明で、まさに、実物その物に見えます。けれども、その絵を見る時には、どこか、腑に落ちない不思議さも感じずには居れません。それは、リアルを越えたものなのですから。現在の私達のまわりには、デジタル画像が溢れています。それは、微細な部分のコントラストまで強調されているため、とても鮮明に見えます。そしてきれいです。けれども、それは自然の画像ではありません。自然を越えてしまっています。これと同じなのではないでしょうか。
 XTC のそれまでのアルバム、また、『Oranges & Lemons』を除く後のアルバムでは、自然な音を感じました。音がなっている空間も感じさせる、そのようなアルバムたちです。『Skylarking』には、その空間、音と音の間が無くなっているように思われます。空気が無くなって、窒息するのではと言うような不安さえ覚えます。
 ラングレンは、そのような、ある意味、理想の音に合わせるように、XTC の音を矯正したのではないでしょうか。パートリッジ、ムールディングとも、その唱法は、地の声のまま、自然な発声です。まるで、日本の茶道の茶碗のように、土の感覚を残しています。ラングレンは、それを、滑らかで流麗なものにしています。それは、合理的で普遍なものです。その美しさは、何処へ行っても、通じるものでしょう。
 ラングレンの制作方法は、このように合理に基づいていますから、各部は、全体から離されても、独立して認識出来るものになっています。これが、ムールディングの戸惑いを誘ったものです。全体の演奏なしに、部分だけを録音することは、彼には苦痛だったのでしょう。
 この合理は、XTC の非合理の音楽には合わなかったのではないでしょうか。XTC は、自分たちの土地に密着し、そこから聞き取れる音を楽音にしているバンドです(特に『Mummer』以降)。 それは、西洋音楽の合理には必ずしも従うものではありません。その部分を、完全に取り除いてしまったのがラングレンだったのではないでしょうか。Swindon と言う土地性を剥ぎ取り、ショーの音楽にしてしまっています。「Let's Make a Den」、「Find the Fox」が外されたのも、この理由だと思います。

 Swindon でないXTC は、XTC なのでしょうか…


 
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2007年01月26日

パートリッジのビジネス戦略?

 今は、四月発売予定の『Monstrance』が待たれるのですが、webでブログなどを拾い読みして、パートリッジの『商魂』を揶揄する記事が多いのも気になります。
 XTC に愛着がある方が新作こそを望まれているのは、当然で、分かります。『Apple Venus』シリーズの編集版や、デモシリーズは、好事家以外には不要なものに思われるのでしょう。
 ただ、これらの出版が、パートリッジに、イージーマネーをもたらせているのではないのです。また、おそらく、「儲け」のつもりで、これらの企画を立てたのでもないと思います。
 まず、『Apple Vinyl』ですが、 1000部の限定です。レコードを出版して、1000部では利益は出ません。完売したとしても、マイナスになるのではと思います。装丁にも凝っていますので、なおさらです。これは、音質への執着と、パートリッジ自身がアナログ盤で聴きたいと思っているからだと思います。
 『Apple Box』は、当初の二枚組企画を、資金が出来たので、出版したと言うところではないのでしょうか。
 デモシリーズ『Fuzzy Warbles』は、当初は、各アルバムのデモテイクを発表すると言うものでした。ムールディングの反対もあって、その趣旨とはやや違ったものになったのは否めないですが。これは、作家としてのパートリッジが、完成作と共に、そのスケッチも公表したいと言う、欲求があるのだと思います。スケッチには、完成作では伺えなくなっている、別の可能性が見えるでしょうから。
 また、『Fuzzy Warbles』以前に、ブートレッグで、8枚のシリーズになったデモテイク集が発表されているのは、、ファンの間では知られています。これは、カセットのままの音質です。パートリッジは、これを、著作権の問題も解決して、音質も、マスタリングをして、発表しています。これには、それなりの費用がかかります。マスタリングには、レコーディング・スタジオを、かなりの期間使用しなくてはなりません。エンジニアの費用もあります。それらを、賄えるほどの売り上げになるには、10万単位の部数の売り上げで大丈夫でしょうか。実際には、かなり厳しい状況だと思います。ですから、発売に、時間がかかったのだと思います。これも、資金繰りをしながらの発売だったと推測しますから。パートリッジは、自分の欲求と、ファンの希望を図りながらこの企画を実行したのだと思います。
 『Fuzzy Warbles』を、刊行するにあたって、Idea ではなく、APE というパートリッジのレーベルを別に設けたのは、もしかしたら、経済的に失敗した時に、ムールディングにまで、負債がかかるのを避けるためだったのかもしれません。
 XTC が、無名のバンドで、自費出版をしているだけならば、レコード出版事業の心配もないでしょう。数年毎に新作を届けられるかもしれません。音質も悪く、アートワークも凝ったものでないものになりますが。
 新作は待たれます。その期待が募り過ぎているのも分かります。けれども、それは、彼らが満足な水準に達したと考える曲が出来ない限り、発表されないでしょうから、待つ以外ないです。
 新作がないからと言って、彼らが新作を作らずに、ガレージセールでイージマネーを得ようとしている、という意見には賛同出来ません。
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2007年01月25日

『MONSTRANCE 』からの「Winterwerk」

 パートリッジの新しい録音盤の編集が終わったようです。バリー・アンドリューズとマーティン・ベイカー(Martyn Barker:ドラムズ・パーカッション)との共演で、即興音楽ということです。録音は、2005年のクリスマス週間に行われたと。APE のポッドキャストに、ビデオが掲載されていますから、視聴出来ます。これは、演奏を4分程度に編集したものです。
 編集されたものなので、実際の演奏がどのように展開されたのかは分かりません。ビデオから伺えるのは、アンドリューズが地を描き、そこにパートリッジが主題を掴み取り、アンドリューズが、その主題を、また拡散していくと言う経過です。ベイカーのドラムズも、内省的で、音楽の構造を重層化するように思えました。
 さて、Improvised Music (即興音楽)ということなのですが、だからといって、超絶技巧を用いているとか、難解な音楽理論に基づいているとか、前衛的であるとかの必要はないと思います。個々の演奏家の音楽性が十分に発揮されていれば、聴く者には楽しみなのですから。
 けれども、即興音楽と言う限り、自らの出自である音楽形態から離れるように努めていないならば、それは失敗です。より自由に、音楽の可能性を探ると言う趣旨に反するからです。(例えば、ロック音楽の奏者が集まって、曲目を決めないで演奏を始めたとしても、コードやリズムを取っている限り、ジャム・セッションに過ぎません) 思い付く例を挙げれば、能の囃子方の大鼓(おおつづみ)の演奏家である大蔵正之助さんは、ときおり、即興音楽の演奏に参加されています。その時の、大倉さんの演奏は、大鼓を能の囃子のように演奏はされません。大鼓と言う楽器の持つ音楽の可能性を十全に出すように心を砕いておられます。
 ですので、即興音楽は、一般に、ジャズ・音楽が出身の演奏家によってなされますけれども、それは、必ずしも、ジャズ音楽となっている訳ではありません。純粋音楽では、作曲家が譜面を書きますので、中々、即興音楽は出来ません。純粋音楽の演奏家が即興音楽の演奏に参加されることも多いのですが。

 即興音楽を広くまとめて紹介した書籍に、副島輝人氏の『現代ジャズの潮流』(丸善)があります。平成6年の出版です。XTC の聴衆は、大部分がロック音楽の聴衆で、しかも、ロック音楽だけを聴いている方も多いとは思うのですが、上記の本の中に紹介されている、ロック音楽が出身の演奏家には、フレッド・フリス(Fred Frith)がいます。また、ジョン・ゾーン(Jhon Zorn)はお馴染みかもしれません。

 ともかく、私は、いい演奏だと思いました。アルバムの発売が楽しみです。

 「Winterwerk」は、ドイツ語で、英語で書けば、「Winterwork」。冬に録音したから?
(かのこさん、ありがとう)
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2007年01月23日

miracle play

  miracle play と言う語が、「Ballet For Rainy Day 」の歌詞に使われています。これは、パートリッジが、制作のラングレンの反対を押し切って、守った言葉です。ラングレンは、この語を、 Passion play に訂正しようとしたとのことです。パートリッジは、 melting との頭韻と言う理由で、ラングレンを説得したということです。この語には、もっと重要な意味がありますから、ともかく、守られたことを喜ばしく思います。
 miracle play は、日本語に訳す場合は、「神秘劇」と言う語を当てます。イングランドの農村で、中世から行われている、聖書を題材に取った一連の劇を言います。各エピソードが、小さな円になぞらえられ、その多くの円を、大きな円が包み込むと言う構成です。一つの小さな円を回って、回り終わると、次の円に移る。それを繰り返して、全体の円を回る、と言うものです。
 ラングレンが、アルバム『Skylarking』に設定したテーマは、「Day passes」でした。それは、やはりパートリッジのペンの「Season Cycle」に軸を求めています。それだからなのでしょうか、あるいは、彼が合衆国の出身だからでしょうか。かれは、miracle play を、受難劇だと誤解していたのではないか知ら。
 miracle play を、「神秘劇」だと分かっていたならば、アルバム『Skylarking』も『Mummer』と同様の、イングランドの祭儀に基づくものとして、構成していたのかもしれません。
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2007年01月21日

祭り

 XTCの作品は、祭りと関連が強いようです。土地との結びつきや、日常生活とそれを越えたものとの緊張関係という祭りの様相が、彼らの音楽の姿でもあるようです。
 そこで、いくつか、祭儀に関連した書籍をメモしておこうと思います。

『ヨーロッパの祭りたち』浜本隆志、柏木治
明石書店  2003年4月刊
(この書籍のイギリスの祭りの章は、混乱を誘うようなな文章です。)
『イギリス祭事・民俗事典』チャールズ・カイトリー 渋谷勉 訳
大修館 1992年刊

『グリーンマン伝説』Katheleen Basford (カサリン バスフォード)  阿伊染徳美 訳
社会評論社  2004年7月刊


『グリーンマン - ヨーロッパ史を生きぬいた森のシンボル』William Anderson (ウィリアム アンダーソン) 板倉克子 訳
河出書房新社  1998年3月刊

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2007年01月17日

『Go 2』パズル

 『Go 2』のアートワークは、黒の紙に白いタイプ文字の文章が打たれたものです。題名が、囲碁からの連想ということで、白と黒なのかもしれません。パートリッジのモノトーンへの嗜好が、まだあったかと思われます。白紙に黒文字より、黒紙に白文字の方が、囲碁のイメジに近そうです。また、ツトムヤマシタのアルバム『Go 2』の題に倣ったとも言われています。ヤマシタの『Go』シリーズの『Go 2』の発表は1977年です。パートリッジは、あるいは、好んで聴いていたのかもしれません。このアルバムの発表当時、ヤマシタに発想を得たのなら、XTC というバンド名は、スティーブ・キューン(Steve Kuhn) のアルバム『ECSTASY』(74年)からなのか知ら、などと、私は思ったものです。(スクリャービン(Alexander Scriabin :Александр Николаевич Скрябин)『法悦の詩』ではないだろうとは思ったのですが)
 さて、アートワークは、裏面も同じ装丁です。黒紙に白タイプ文字です。文章の調子も同様です。裏面の文章は、レコードの情報が記してあります。ところが、曲名の辺りは、文章の一部が欠けています。まるで、印刷時に、他の紙が挟まって、そこだけ印刷されなかった具合です。私は、このLPを買った時には、ミスプリントだから、交換してもらおうと思ったくらいです。ですが、それは、ミスプリントではありませんでした。彼らの悪戯の一つ、パズルになっていたのです。欠けた部分は、インナースリーブの見開きの写真の左ページに斜めになって、印刷されています。日本版のLPでは、インナースリーブは、外側だけで、内側の見開き写真はありませんでした。スリーブの外側には、ムールディングの地図と、パートリッジの詩、アンドリューズ撮影の写真、チェンバースが蹴ったボードの写真が掲載されてました。
 長い間、当のパズルは、解けないままでした。日本でCD化された時にも、このパズルは、完成されませんでした。デジタルリマスターされて、紙ジャケットで発売された時に、やっと、完成されたのです。

 その部分は、以下のところです。
Many people think it helpful and
about the songs on the record in
1. Meccanik Dancing (Oh We Go!)
Paints Brian ) 3.Buzzcity Talki
Rhythm 6. Red 7. Beatown 8.Li
9. Jumping in Gomorrah 10. My
12. I am the Audience. You m
the record was produced and
assistant engineers Haydn Be
aiso, Andy Llewelyn and Jess
Roots photos were by Dave Eagle.
number on the insert for bureaucratic
 日本版以外は、早くから、パズルが完成されていたのか知ら。



Steve Kuhn webページ




ブーレーズ指揮『法悦の詩』 on Amazon.jp
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2007年01月16日

アルバム『Oranges & Lemons』

 アルバム『Oranges & Lemons』は、15曲の歌が集められています。発表当初のLPも、CD化されたものも、曲目は同じです。それぞれの編集によって、曲の順が違うということもありません。LPでは、2枚組。(スペイン版は、一枚に収められています) CDは、1枚のものが一般ですが、紙箱に収められた、3枚組のCDに編集されたものもあります。歌は、15曲のうち、12曲がパートリッジもペン、3曲がムールディングのペンです。ムールディングの歌が、一曲ずつに編集されている3枚組のものが、彼らの意図に、最も近いのでしょうか。この3枚組CDだけは、ムールディングの歌を一曲ずつ配置するために、「Cynical Days」と「Across This Antheap」の順が入れ替わっています。

 『Oranges & Lemons』は、アルバムの色調として、類似のものをこれ以前の彼らの経歴から探すと、『White Music』がそうなのではないかと思います。「ぼくらを聴いてくれ!」との叫びが聞こえるようです。そう考えて、彼らの経歴を振り返ると、『White Music』で、始まった彼らの音楽遍歴は、『Skylarking』で、一旦、到達点に達したのかと思えます。そして、また、新しい彼らの音楽創造の行程が始まったのではないでしょうか。

 この作品は、XTC が発表したアルバムの中で、最も明るくて色彩が鮮やかな、そして、楽しさに充ちたアルバムです。溌剌としていて、張りがあります。ドラムズを担当したパット・マセテロット( Pat Mastelotto )の演奏が功を奏しているのでしょうか。制作のポール・フォックス(Paul Fox)、録音技術のエド・タッカー( Ed Thacker )の技量でしょうか。録音されたのは、カリフォルニアなのですが、私達が思うカリフォルニアの像のように、影がない陽光に照らされた世界です。
 祝祭的なアルバムです。XTC あるいは、パートリッジの主な主題の生命の祝です。以前の『Mummer』も、祭儀を模したアルバムでした。それも生命を言祝いでいます。けれども、それには、影がありました。『Oranges & Lemons』のそれは、爆発的な祝祭です。
 上に言った、彼らの自己を喧伝する様も考えあわせると、博覧会なのかもしれません。あるいは、町を練歩くパレードかも。
 この『Oranges & Lemons』をプレイヤーに入れて演奏を始めると、ともかく、ディズニーランドのような別世界が始まることは確かです。
 ムールディングの三曲を手掛りに、三部に分けられたアルバムの構成を見てみます。「King for a Day」の部は、祭りの先駆けの道化が走る部です。「One of the Millions」の部は、山車の部。「One of the Millions」には、ボートと言う語があります。祭りの最高潮は、この山車の炎上にあります。「Cynical Days」の部は、山車の炎上の陶酔状態の後、日常に帰っていく部です。
 「 Garden of Earthly Delights 」でアルバムは開始します。このXTC ランドの入口で、「歓迎!」のファンファーレを聴くことが出来ます。阿呆市長や殺生元首の出し物が、賑やかに観客を楽しませます。そして、最初の山場、骸骨踊りです。メヒコの祭りを思い出しましたか。藁男と、蟻男も加わります。祭りの興奮は、この辺りが最高潮です。その後は、普段の生活が思い出され始めます。そんな普段の生活の中で、子供を得た時の喜びが、やはり、最上のものです。「 Chalkhills and Children 」 を聴きながら、この世界に別れを告げなければなりません。本当に夢のような楽しい時間でした…

 前作『Skylarking』は、ビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band』に比較される作品でした。ビートルズが、音楽経験の粋と甘美に浸る作品を提示したのに対して、XTC は、音楽経験の儚さと尊さを示しているように思えました。そして、この『Oranges & Lemons』は、ビーチボーイズの幻の『Smile』に比すことは間違っているでしょうか。
 『Smile』は、ウイルソン( Brian Wilson ) が、ティーンエイジャー・シンフォニーを企て、しかも、全アメリカの歴史と地理を包摂した、音響の図像を表そうとしたものです。『Oranges & Lemons』は、アメリカのような、現実の対象はないようです。けれども、世界のすべてを、パレードの山車に映して、行進しているという印象はあります。


 アルバム全体を通して、パートリッジの力技を見ることが出来ます。旋律を力で押し曲げています。(ショスタゴービッチのように) その曲がり方は、机上で作られたコンパス図面のような滑らかな曲線ではありません。強い風に耐えてきた老樹のような曲がり方です。それは、風のそして樹木の力が視覚化しています。パートリッジの旋律も、同様に、彼の耳を聾する轟音と、その中に音楽を聞き取ろうと、抗う彼の意思の凌ぎ合いの力を表しているようです。そのような力のパートリッジに、ムールディングが、そよぐ風の涼しさのような旋律で、呼応しています。物悲しさが薄く浮かんでいます。


Album detailes: Idea

on iTunes music store







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2007年01月14日

『Oranges and Lemons』は?

 現在のXTC のネーム・カードにさえなっている感のある、ダリ風ギーターを抱えた楽団のポップ・ポスター調のアートワークスに包まれた『Oranges and Lemons』。おそらく、最も人気のあるアルバムでもあるでしょう。
 よい作品集です、確かに。けれども、XTC の作品としてみれば、どうなのか知ら。失敗作、駄作、と言ってもいいのではないか知ら、と、思う時もあります。
 音像が、平板なのです。アートワークのポスターカラーのように。XTC 特有の奥行きのある音の広がりがなくなってしまっています。(それは、前作『Skylarking』でも言えることですが) 
 この作品は、出版社のヴァージン社が、商業的な成功をということで、強く介入したことが知られています。ヴァージン社のジェレミー・ラッセルズは、ヒットを狙えそうな歌を要求していましたが、一方、一旦出仕上げられたものを聴いて、これまでのXTC の二番煎じだと言って、遣直しを求めたそうです。そのような面があるののは否めません。
 また、パートリッジは、元のバンドのマネージャーだったイアン・リードとの訴訟問題や、個人生活の問題で、憂鬱の極にありました。そのために、彼は、この作品の制作の仕上がりまでは関わっていないのです。パートリッジが、途中で投げ出してしまった、唯一の作品です。
 それぞれの歌も、どうでしょうか。XTC の水準なのでしょうか。The Dukes of Stratosphear のような変名であれば、頷けるのですが。
 当初の、『Songs of Six pence』の意図のまま完成されていたならば、どんな風になっていただろうかと、想像します。
 アートワークも、シングル「The Mayor of Simpleton 」に使われた、板に描かれた農民画風の絵の方が、彼らには相応しいのですが。出来上がった『Oranges and Lemons』には、けれども、ハインツ・アイデルマン風の方が合ってます。もちろん、パートリッジのスケッチも公開されていますから、アートワークも彼らの意図で決められたものではあるのです。
 ムールディングは、自分たちの経歴の中でも、最上の演奏が録音された、と言っています。そのような面もあります。
 XTC は、シリアスな音楽の創作集団ではないのですから、このような作品があってもよいわけです。楽しめる作品集には、間違いありません。思うのですが、このアルバムは、XTC/The Dukes of Stratosphear の名義で発表したらよかったのではないでしょうか。
 少し残念なのは、前作『Skylarking』で、失敗作「Dear God」をアルバムから外すと言う正しい判断を、制作者のラングレンは、賢明にも、したのですが、合衆国での出版社のGeffin は、人気曲ということで、アルバムに戻してしまいました。「Dear God」が入れば、アルバム『Skylarking』自体が崩れてしまいます。どうして、少し待って、この『Oranges and Lemons』に収録しなかったのでしょう。


 アートワークは、ミルトン・グレイザーのラジオ局のポスターから発想を得た、とパートリッジは言っています。曲がった楽器を抱えた人物と背景の陽の光が、それなのだそうです。ミルトン・グレイザーのwebページは、下にリンクしますが、そのポスターは見つけられませんでした。
Milton Glaser
 パートリッジが、参考にしているデザインの雑誌「Graphis」も、スイス発刊の雑誌です。
Graphis
 レタリングの参考しした、Andy Williams のLP『Love, Andy』も、web で探したのですが、オフィシャルページのディスコグラフィは、今、閉鎖中のようでした。ショッピングサイトのものから画像を取り出しました。
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2007年01月12日

アルバム『Black Sea』

 アルバム『Black Sea』は、11曲から成っています。アルバムは、演奏されるべく回転しているビニールレコード盤を針が擦る音で始まり、水の撥ねる音で終わります。これは、パートリッジ、ムールディングが意図したことではないかもしれません。制作を担当したリリーホワイトの発想なのかもしれません。けれども、この冒頭と終末に、ある面では似た音が呼応するように配置されたことで、アルバム『Black Sea』は、それまでのXTC のアルバムとは、異なった性格を持つことになったのではないでしょうか。
 アルバム『Black Sea』は、まず、ビートルズを規範に据えるということで、ビートルズを価値の基準にした共通の文化世界を措定して、そこでの音楽の創造が可能なことを示しています。そのため、クラシカルな印象もあって、XTC の音楽を通してみた場合、やや異彩なアルバムでもあります。彼らの音楽の発展だけを考えるならば、『Drums and Wires』から『English Settlement』へ、直接つなげてみた方が自然です。といって、このアルバムを、特異なXTC 的でないものだとも言えないでしょう。
 むしろ、XTC は、このアルバムから、彼らの音楽創造の特徴を明らかにし出したからです。それが、あの針と水の雑音でアルバムが縁取られていることと関係していると思うのです。
 アルバム『Black Sea』は、歌集(Song Book)として制作されたのだ、と思うのです。一冊の本としてです。私達は、それを手に取って、開くことが出来ます。その中には、一つの完結した世界があります。そして、同時に、それを包んでいる装丁も、私達は鑑賞することが出来ます。そのような作品を彼らは、ここで始めて作ったのではないでしょうか。
 『Drums and Wires』までの三枚は、歌集ではなく、演奏曲目一覧(リスト)であったと思います。そのままステージで演奏するか、あるいは、ステージでの演奏をそのままスタジオで録音したのか。LPレコードでは、A面B面があります。それも、休憩を入れた2セットのように配置されているように見えます。
 パートリッジは、このアルバムでも、ステージでの演奏を考えて作歌したと言っています。それは、けれども、楽器編成についてのことだけです。歌の内容、そして、音色、それらは、ステージでの映えを考慮して創られたもののようには聴こえません。スクラッチノイズと水音が、本の表扉と裏扉になって、梱包されている一つの世界をなすように、慎重に心を砕いて制作されていると思います。
 アルバムの最高潮は、「Rocket from a Bottle」から「No Language in Our Lungs」へと演奏が途切れずに続いている所にあります。「Rocket from a Bottle」の終末のピアノの残響から、静かに「No Language in Our Lungs」のギターの一節が始まる所です。「Rocket from a Bottle」のピアノの残響は、ビートルズの「A day in the Life」のオーケストラの残響の反映です。私達は、スタジオに広がるこの残響の中に浸り、その美しさを堪能してきました。そして、誰か、この残響のなかに新しい音楽の芽吹きを見出したものが、これまであったでしょうか。パートリッジは、それをしたのです。彼は、耳を峙て、ビートルズの音像を探求し続けて、新しい音像を見つけたのです。そして、「No Language in Our Lungs」に聴こえる「I want you」のギターのアルペジオに橋渡されていきます。ここに、私達は、音響の経験を見ることが出来るのです。新しい音楽が生まれる所を目撃すると言う。
 また、彼らが、歌集の制作に向かったということは、歌の内容にも反映されています。それまでの、DCコミック世界からは離れてしまいました。彼らが、新しく向かったのは、Rhyme の世界でした。マザー・グーズのような歌です。寓意的で、意味深いのか、あるいは、意味を無化しているかのような歌です。そして、それは、また、彼らの育ったイングランドの生活に深く根付いているものです。
 「Rocket from a Bottle」は、ガイ・フォークスの祭りに関連しています。「No Language in Our Lungs」は、その韻の踏み方が、いかにもRhyme の様におどけています。イギリス人には耳に馴染んでいるテレビ番組の司会者の声も聞こえます。B面に移っての「Towers of London」は、まさにRhyme です。
 XTC が、ビートルズから受継いだもの、それは、このRhyme 的な世界なのです。

 アルバムは、発表当時にはおそらく最も先鋭であったろう音響の「Travels in Nihilon」で終わります。この苦渋に充ちた旅の歌は、彼らのイングランドの生活や寓意歌ではないようです。彼らが、まだ、世界旅行の途上にあったことを表しています。次のアルバム『English Settlement』に引き継がれる『6000キロの逃亡』の始まりです。



 アートワークスでは、彼らの始めての衣装姿が見られます。背景の書割りの鴎はX、帆柱はT、外灯はC の文字になっています。



Album detailes: Idea

on iTunes music store





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2007年01月08日

Making Plans for Nigel

 「Making Plans for Nigel」は、アルバム『Drums and Wires』の巻頭を飾る歌です。ムールディング作のものです。
 この歌からは、私は、「悲しみ」を感じます。往年に、モーツァルトを「疾走する悲しみ」と言った文筆家がいましたが、それに倣って、この歌を「疾走する悲しみ」と呼びたいと思います。歌の旋律も、歌詞の言葉も、感情を排した客観的なものなのですが、悲しみがあまりに深く湛えられているように聞こえます。

 この歌が発表されたのは、オルガン奏者のアンドリューズがバンドを離れ、かわりにギター奏者のグレゴリーが加わった後です。けれども、歌をつくる原則は、それまでの2枚のアルバムと大きく変わることはないようです。XTC の演奏の色調に重要な要素であったアンドリューズのオルガンがなくなると、骨組みだけが露になったように聞こえます。
 演奏は、ギターとドラムズだけになったのですが、そのギターも、前2作の打撃的な雑音に近いものではなくなっています。細かな襞が震えているような音色で柔らかく聞こえます。ですけれど、芯があって明快な線が分かります。その明快さが、より原則を際立たせているではないでしょうか。
 その歌を作る原則ですが、それはミニマリズムです。パートリッジが、ミニマリズムの作曲家 グラスやライヒに傾倒していたことは知られています。ムールディングも同様であったとは伝えられてはいません。けれども、ムールディングは、パートリッジの作風に合わせていたのですから、ミニマル風の歌を作ったのでしょう。アルバム前に発表されたシングルの歌「Life Begins at the Hop」もミニマル風です。
 「Making Plans for Nigel」を聴くと、私の頭の中には、正立方体が浮かんできます。(プロモーションビデオにも白い部屋がでますが) 六つの正方形がぴったりと組み合わさったものです。それぞれの正方形(壁)には、それぞれ全く別の紋様が浮かんでいます。紋様は、回転しています。紋様の回転の方向も、早さも、同調していません、それぞれです。
 六面の図は関連性もないにも関わらず、立方体をなすために、緊密に接合され一体化してるのです。
 その緊密に閉じ込められた空間の中に、ムールディングの歌声が漂っているようです。

 歌は、チェンバースのタムタムドラムで始まります。低音から次第に高音へ移っていくそのドラムパターンからは、発動機が動き出したような印象を受けます。それに、ギターの和声と反復旋律が和すと、駆動装置が作動しだしたようです。全体に、多数の歯車が、様々な向きを取りながら、噛合っているというようにも聞こえます。この歌は、大英製鉄で働く少年を歌うものですから、そのような雰囲気もあるのでしょうか。
 このように、全体に強い力を感じさせる音響の中に、ウッドブロックの拍子が入ってきます。この細いけれども、折れずに遠くまで響く音が、悲しみを感じさせます。そして、パートリッジのコーラスも。前作までも、高音のコーラスを使ってはいました。けれども、それは、ピエロ的な素っ頓狂さの滑稽感からでした。ここでは、それが悲し気です。
 バースが終わると、ギターの短いソロが間奏に入ります。それは、二度繰り返されます。けれども、ギターの音色も、音の位置も変えられています。二度目の間奏は、旋律の最後を跳ね上げています。このギターも悲し気です。一度消えてしまったものは、同じように再現されたとしても、前のものと同一ではないと言っているような気もします。

 「Making Plans for Nigel」で、ムールディングは、彼の歌の祖型を手に入れたのではないでしょうか。ここで聞かれる旋律の型は、彼の得意な、あるいは、彼を特徴づけるものだと思います。
 高低を、跳ねて進むような旋律です。稲妻形です。あるいは、波打つような型です。
(パートリッジの旋律形も、やはり、抑揚を基にした波打ち型のようです。)
 XTC は、ビートルズと屡々比較され、その曲相も似ているように言われます。しかしながら、ビートルズの特徴的な旋律形は、音階旋法です。レノンは下降が得意で、マッカートニーは、上昇が得意でした。ですので、XTC が、ビートルズに似ているというのは、旋律からではない筈ですが…
 ムールディングは、後年、「Grass」で、音階旋法を使用しているように見えます。ですが、それは、とても緩やかな上昇線です。この緩やかな上昇線は、また、「Bungalow」に結実します。この非常に緩やかな上昇は、音階旋法ではなく、漸次的な変化と見れば、やはり、ミニマルの手法と考えられます。

 この曲は、旋律の波形と、演奏のミニマル反復が、これ以上似ない妙で合わさった傑作だと思います。
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2007年01月05日

Wait Till Your Boat Goes Down

 シングル『Wait Till Your Boat Goes Down』のアートワークスは、英国ではよく知られたマッチ箱の装丁ということです。
 これも、web で検索してみました。
 コレクターを一覧したwebページ:British Machbox Label and Booklet Society for Phillumeny
phillumeny

 ここにリンクされている中で、コレクションが見やすかったのは、Paul Dobson 氏のページです。
matchboxes.net
 ここには、古いマッチ箱のコレクションもあり、船の絵柄もありますが、二つとも、汽船の絵です、帆船ではありません。

 帆船の絵柄を検索すると、交換に出されているものの中に、ありました。「Ship of The Sea」というシリーズで出されていたもののようです。NO.1 は、Marco Polo 。けれども、こちらは、絵が詳細に描かれています。

Marco Polo
39.jpg


The mermaid
Match-7.jpg


 Paul Dobson 氏のコレクションでも見れますが、この英国の古いマッチには、「ENGLAND'S GLORY」と印刷されています。これは、「 Senses Working Overtime 」の歌詞に使用されています。
参照:looking for footprints
posted by ノエルかえる at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Black Sea | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

Nonsuch Palace

 アルバム『Nonsuch』のアートワークは、Nonsuch Palace から採られています。
web検索をすると、「NONSUCH PALACE GALLERY」がありましたので、メモしておきます。
NONSUCH PALACE GALLERY

 Nonsuch Palace は、ヘンリー八世が、1538年から、九年をかけて建設させた宮殿です。1682年に、チャールズ二世の愛人バーバラ・カッスルメーンが破壊させてしまいました。


2013年6月21日追記:
上のリンクだと、画像が lost ? となっているので、

Nonsuch Gallery
posted by ノエルかえる at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月03日

Upsy Daisy Assortment

 このアルバムは、Geffen が編集したアンソロジーです。
アートワークに使われているのは、Donald Brun の描いた「Holidays in Switzerland」という題のポスター。1945年のものです。
 Museum fur Gestaltung Zurich に所蔵のもののようです。
Museum fur Gestaltung Zurich web で、コレクションを見ることは出来ないようですが…
 Donald Brun の経歴は、webを少し検索しただけでは分かりませんでした。

wikipedia の記事

Swissmede.com にあるカタログ


 また、ディスクのレーベル面には、スイスチョコレートが八粒並んでいます。

 XTC は、イングランドのバンド、Geffen は、合衆国のレコード出版社。何故、スイスなんでしょう。デザイン案は、パートリッジ自身なのですけれど。

3月16日追記:Swissmede.com にあった「Holidays in Switzerland」のポスターは、リンク先がなくなっていましたので、art.com にあるものをリンクします。
art.com
posted by ノエルかえる at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Easter Theatre

 ここに写真が一枚あります。白黒の写真で、古いものです。おそらく、二つの大戦の間のものでしょう。三人の男が写されています。季節は春のようです。路が泥濘んでいます。牧草地を抜けるのか耕地を抜けるのか、田舎道なのでしょう、細い道です。三人は何処かに向かっていたようです。三人とも足先は右を向いています。そして、歩を止めカメラのレンズの方を振り返っています。三人は、正装でシルクハットを被りステッキを手にしています。
 鼻筋も通り強い眼光を放つ中央の男は、三人のリーダー格。不遜な表情は、機知と頓知を使った笑いを武器に人を圧倒させる性格ではないかと思わせる。彼の名は、アンディ…
 先頭を行っていたのは、シルクハットよりも垂れた前髪の方がに合いそうな幼顔で、まだ少年。振り返った眼差しは、不安げにカメラを見ています。彼の名は、コリン…
 二人からやや遅れて、年嵩の男が付いて行きます。顔色が良くないのは、糖尿病を患っているのかもしれません。デイブ…

 …

 復活祭が終わり、冬は去って、もう帰っては来ないだろう。季節は、五月祭へと移っていく。
 三人は、写真家の為に止めていた歩みをまた始めた。
 すぐにも、生命を謳歌する春が、跳ねる野兎のようにやって来るだろう。

 向こうの緩やかな丘はまだ白い雪におおわれている。軌道が高くなり出した太陽に頂の雪だけが溶けて、褐色の地が小さな輪のように見える。女の乳房のようだ、と、アンディは思う。
 「あの娘は来てるかなぁ、きっと帽子に黄色のリボンを着けてると思うんだけど」と、コリンは、後ろの二人に小声で問う。
 「帽子の鍔に、髪に」と、妙な節をつけてアンディは歌い、コリンをからかう。「何所にでも、リボンを結ぶ娘」。コリンは、顔を赤らめて俯いてしまう。「アンディ!」と、叫んだディブの口から煙草の煙が吹き出して、アンディの顔にかかり視界を塞いでしまった。
 アンディは、煙を払うのに身を捩らせる。手に取ったシルクハットと、もう片手の杖まで振り回して、煙を払おうとした。やっとの思いで、煙から解放された彼の目は涙が溢れていた。そして、道を踏み外し草地の方に向いていた彼の目に入ったのは、一面を覆っている黄色の花だった。金鳳花の。
 そして、その向こうに、四辺を睥睨するように立つ糸杉の樹があった。その周りに人だかりが出来ている。「なんだろう」とコリンは言い、走っていった。後の二人は、ゆっくりと歩きながらではあるけど、見物に向かった。
 コリンは、硬直して立っていた。
 糸杉の樹には、フィンランドから来たという男が縊れていた。脇腹には、槍穂が刺さり、血が噴水のように吹き出していた。

 デイブは、途中の道脇に蹲っていた妊婦を助けている。
 アンディは、空を舞っている渡鴉の航跡を凝視している。








 上の文章でイメージしている写真は、アウグスト・サンダーの『舞踏会へ向かう三人の農夫』です。
参照:The Metropolitan Museum

 また、渡鴉は、北欧の神・オーディンの斥候として、二羽のフギン(思考)、ムニン(記憶)がいますが、そのイメージです。
posted by ノエルかえる at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする