2007年02月26日

ピクニック English Settlemnt

 制作中の仮題の一つに、『Motorcycle Landscape』と言うものを持つ、アルバム『English Settlement』は、XTC の経歴の中でも、最も、心地好く聴けるアルバムではないでしょうか。自動車嫌いのパートリッジですが、オートバイには乗るのか知ら。
 あるいは、自転車で散策している、と言う気分のアルバムのような感じも受けます。開放的な感触がするのです。『Mummer』を牧歌的と評する方は多いのですが、私は、牧歌的と言うのは、この『English Settlement』の方が相応しいと思います。
 このアルバムの制作は、それまでの制作にエンジニアで参加していたパジャヤム( Hugh padgham )が、制作・指揮を執っています。ですけれど、バンドのメンバーの発言では、パジャムは、音楽上の指揮は、ほとんど執らなかったようです。メンバーは、思うままに演奏したのではないでしょうか。その伸びやかさが音像に反映しているのかもしれません。
 一方、パジャムは、エンジニアの腕の冴えを、見せています。彼の録音技術が、このアルバムを魅力的なものにしているのは間違いないでしょう。
 このアルバムの音は、まるで、印象派の画家たちがキャンバスを抱えて、アトリエを飛び出し、戸外で、自然光の下で描き始めた絵のように聴こえます。グレゴリー、ムールディングの演奏技術が達者であることは当然ですが、それを、空気感を持ったまま録音し、しかも、その音がスタジオ内の密室感もなく、吹き渡る風に乗っているように、テープに残せたパジャムの功績は大きいでしょう。
 そして、このアルバムはチェンバースのアルバムと言ってもよい程に、彼のドラムズが要所となっています。それも、大地を踏みつける裸足の足音のようです。その音が、なだらかの丘の景観を想像させて、開放的な気分にさせるのかもしれません。
 バスケットにサンドイッチを入れて、丘にハイキングに行く、あるいは、ブルック( brook)に小舟を浮かべて遊ぶ、そんな英国風戸外生活のたのしさが聴こえるようです。

SwindonWeb - Leisure Guide- Place to Go

posted by ノエルかえる at 14:44| Comment(2) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

共鳴する Mummer

 アルバム『Mummer』は、XTC の作品の中で最も陰影にとんだ豊かな音像を作り上げています。その音像の中に、私たちは、XTC の音楽性の全体と魅力とを見ることが出来るのではないでしょうか。
 『Mummer』の持つこの豊かさは、何所から発生しているのかと思い、一つの見方を考えてみました。それは、共鳴し合う歌たち、というものです。
 『Mummer』には、ムールディングの歌は三曲収められています。「Wonderland」「Deliver Us From the Elements」と「 In Loving Memory of a Name」です。この三曲は、スタイルが全く違っています。これまでのアルバムでは、これ程にスタイルを変えた曲を提供することはありませんでした。この三曲が、三角形をなすようにアルバムに配置されています。そのため、三つの極を持った広い空間が生じています。
 これに対して、パートリッジの三曲、「Great Fire」「Ladybird」と「Me and the Wind」も、同様に全くスタイルを異にして、ムールディングの三角形に呼応するように逆向きに配置されています。
 そして、パートリッジの二曲とムールディングの一曲、「Beating of Hearts」「Deliver Us From the Elements」「Human Alchemy」が、また一つの三角形をなしています。
 三角形は、三つの歌が共鳴することで生じているのですが、それに重ねて、三つの三角形も共鳴しています。共鳴は多層化されて、より複雑な共鳴となっています。それが、このアルバムの豊かさなのではないでしょうか。
 また「Ladybird」は、Rhyme の「Ladybird, Ladybird」を連想させます。このRhyme の歌詞は、直接に、「Great Fire」を想起させています。この二曲を繋ぐ糸は、大変に太いものです。その為、アルバムは、歌が緊密に繋がれているような印象を与えます。
 一つの歌が一つの歌に反照して、それがまた別の歌に反照します。アートワークの皺の寄った紙に差す光のように、干渉と回析を繰り返しながら複雑な影を創り出すようです。



 アルバムが発表された当時、私は、XTC は『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』級の作品を作ったと思ったものでした。その頃、音楽家の坂本龍一氏は、FMラジオの番組の司会をされていましたが、「Great Fire」を放送して、パートリッジこそ天才だ、というようなことを仰っていました。そのアルバムが、何故、好まれることが少ないのか、不思議です。
posted by ノエルかえる at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Grass - Cross

 アルバム『Skylarking』が発表された当時、私は二十代半ばでした。今でも、考えが足らないのですが、もっと考え足らずであったろうと思います。歌詞については、じっくりと読むこともせず、幾つかの言葉で、かってに連想していました。
 この歌「Grass」もそうでした。「Grass」と言う語が「Cross」と韻を踏めるので、これを置き換えて読むことが出来る、などと考えたのです。キリスト劇が隠されている、と。なんて考えが浅いのだろう、と、今は思うのですが。

posted by ノエルかえる at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

『Skylarking』の編曲

 アルバム『Skylarking』の編曲は、ほぼ全曲を、制作のラングレンが行っています。ただ一曲「1000 Umbrellas」は、グレゴリーが担当したとのことです。編曲に関しても、ラングレンとパートリッジを始めバンドのメンバーとの間に解決出来ない意見の相違があったとは聞いていません。むしろ、ラングレンの編曲に感歎していたようです。
 聴き手としては、しかしながら、ラングレンの制作に疑問もあるので、その編曲にも、同様に、考えなければならない点があると思います。幸いに、「1000 Umbrellas」は、ラングレンの編曲ではないので、これを対照させて聴くことが出来ます。
 まずは、ラングレンのこのアルバムへの貢献を指摘しておく必要があります。彼の編曲の、最も成功し、また、最も有意であったのは、アルバムを一つのまとまりにしたことです。パートリッジも、全体で一曲のように聴こえると感歎しています。それには、提出された曲の中からの選別と配列の妙が必要です。ラングレンは、それを持っていました。
 A面7曲、B面7曲は、一曲の曲のように展開していきます。A面は、ホ調で始まりニ調で終わります。そして、1〜3曲がバース、4曲目がブリッジ、5、6曲がコーラス、7曲目がコーダのようになっています。B面は、へ調で始まり、ニ調で終わります。1、2曲がバース、3曲目がブリッジ、5、6曲がコーラス、6、7がコーダです。とても細心された配曲でしょう。その上、AB面通しても、一曲であるように思える造りになっています。
(コードは、ChalkhillsのTAB を参考にしました)
 それから、デモテイクと較べて聴いて、拍の速さが耳につきます。「Summer's Cauldron」は、やや遅くなって、ゆったりとしたうねりを生じさせています。それが、そのまま「Grass」に傾れ込むようです。逆に、「That's Really Super, Supergirl」「The Man Who Sailed around His Soul」は、速めてあり、曲に張りを持たせています。
 ラングレンの編曲は、アルバム全体の流れと張りを非常に上手く配合させています。彼の制作者としての手腕は、やはり、一級のものなのでしょう。
 しかしながら、「1000 Umbrellas」で聴かれるグレゴリーの弦楽と比較すると、私は、ラングレンの編曲には不満を持ってしまいます。
 「1000 Umbrellas」と一体化している「Ballet for a Rainy Day」の編曲は、一聴すると、豪華に聴こえます。実際には、バンドの音と、コーラス、ピアノ、それにおそらくフルートが被せてあるのだと思いますが、の簡素な編成です。編曲は鮮やかで豪華です。けれども、それは歌の主旋律を、舞台で主役を前に置いた背景の絵のような感じです。主役を明瞭に見せさせながらも、細心の背景画であるということでは、優れた編曲です。ですけれど、それが背景画である以上、絵としての豊かさを感じさせることはありません。
 和声に豊かさを感じないのです。十分に間を埋め尽くし整えられた和声なのですけれど。豪華なのですけれど。「1000 Umbrellas」で聴かれる和声の豊かさはないのです。おそらく、それは、楽器の間に関することではないかと思います。「1000 Umbrellas」の弦楽では、チェロ、ビオラ、バイオリンの各旋律線に微細の繊毛が生えていて、それが触手のように伸びて行き、絡まっているというような印象があります。そのために、空間に襞が無数に生まれ、その穴から発せられる音によって、豊かな和声が生まれているのではないかと思うのです。あるいは、各旋律線が揺らいでいるために、微妙な共鳴が生まれているのではないかと。
 ラングレンの編曲は、すべての旋律線が正確に平行しているのです。それが録音方法にも関わっているのかもしれません。実際に、スタジオ内で鳴らされた楽器の音の混合を捉えることをしてきたXTC は、その中で、音の豊かさを見出してきたのです。それに対して、ラングレンは、各パート毎に録音するので、空気中で混合された音が作り出す、意図しない音の美しさを見出すことはないのでしょう。
 私のラングレンの編曲に対する不満は、ここにあるのかと思います。






アルバムの曲目は、正規盤のもので考えています。
A面
1 Summer's Cauldron
2 Grass
3 The Meeting Place
4 That's Really Super, Supergirl
5 Ballet for a Rainy Day
6 1000 Umbrellas
7 Season Cycle

B面
1 Earn Enough for Us
2 Big Day
3 Another Satellite
4 Mermaid Smiled
5 The Man Who Sailed around His Soul
6 Dying
7 Sacrificial Bonfire
posted by ノエルかえる at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

ヘリコプター

 僕は伏せて待っている。長い間待っている。僕の鼓動が、胸を押し付けている床から谺して来るのが聞こえるようだ。
 ドッ、ドッ、ドッ、
聞き耳を立てて、それを聞いていると、気分が悪くなって来る。
 ドッ、ドッ、ドッ、
でも、それは止まることがない。
 僕は、父の書斎から持ち出した双眼鏡で覗いている。レゴ・ブロックで作り上げた僕の町。今朝から一日を懸けて作ったんだ。部屋一杯になってしまった。僕は、この町の上空を背中に推進機を背負って飛び回る自分を思い描いている。
 だから、床に伏せて双眼鏡で見回しながら待っているんだ。何処に、飛んでいる僕を置くのがいいか、その考えが浮かぶのを待っているんだ。
 ドッ、ドッ、ドッ、
何処に置いて見ても気に入らない。鼓動の音で眩暈がしてしまう。もう、人形は作ってあるのに。僕をかたどった人形、針金で作ったんだ。
 ドッ、ドッ、ドッ、
眩暈がして、回転する円盤が見えて来た。
 円盤の上に、女神が顕れた。千の手を持っている。千の翼かな、旋回する翼…。

「早く片づけなさい!」




posted by ノエルかえる at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

左右対称の『Nonsuch』

 武満徹は、その晩年に於いては、「庭」という概念を作曲に用いていました。また、彼よりもずっと若い世代の細川俊夫も、彼は主に「カリグラフィ(運筆)」を作曲の概念としていますが、武満の「庭」の概念を取り入れた作品も創作しています。
 それらは、音の造形を可視的なもの、また、そこに留まる静的なものと捉えて、可能になるものです。
 XTC の『Nonsuch』も、そのような可視的で静的な音の造形ではないのでしょうか。アートワークに使われているのは、NONSUCH PALACE ですが、その庭に見立てていると、考えているわけではありません。しかしながら、この宮殿の左右が対称になっている様子は、このアルバムの造形を表していると思っています。
 アルバム『Nonsuch』は、XTC の傑作です。それ以上に、XTC、そしてパートリッジが考える「アルバム」というものの姿を、過たずに体現出来た作品だと思います。音が物体化して本になっています。十七曲ある歌は、それぞれが一頁となって、見開くことが出来るようです。それも、九曲目の「Rook」を要として、左右対称になっています。

The Ballad of Peter Pumpkinhead - Books Are Burning
Dear Madam Barnum - The Ugly Underneath
Humble Daisy - Wrapped in Grey
The Disappointed - Then She Appeared
Holly Up on Poppy - That Wave
Crocodile - Omnibus

と、パートリッジの歌が並び、
 初めから二曲目、終わりから二曲目に、
My Bird Performs - Bungalow
 初めから五曲目、終わりから五曲目に、
The Smartest Monkeys - War Dance

と、ムールディングの歌が置かれています。宮殿の尖塔が左右対称に立っている様子に思えます。

 このように、私達は、『Nonsuch』をWilliam Morris の豪華本を膝に置いて開いているように、その音を感じられないでしょうか。
 『Nonsuch』は、音で成っている本です。現実の世界にはないのですけれど、聴いていると、確かに目に見えて手触りのあるものが顕現します。

posted by ノエルかえる at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

クレジット記載のファンマガジン

 XTC のレコードのジャケットの添え書きは、制作に関わった者の記名や、献辞だけではなくて、読んでも面白い文章です。彼らのユーモアが現れている所でもある様です。
 それから、バンドに関してのより多くの事柄を知るためにと、ファンクラブの会誌までも、ジャケットの添え書きに入れています。他のポピュラー音楽の歌手やバンドはどうなのでしょうか。同じように記載しているのか知ら。第一作のアルバムには、マネジャ−のイアン・リード( Ian Reid )の名前や、公演要員のスティーブ・ウォーレン( Steve Warren )まで記名されていたのですから、彼ら独特の気質かもしれません。
 『Skylarking』には、日本のファンクラブ会誌も載せられています。
ECSTASY です。
住所は、
1-38-18 Higashi-Tamagawa,Setagaya-Ku, 158 となっています。
 私は、ファンクラブには入ってはいませんでした。どのようなことが書かれていたのでしょう。
 いまも、XTC のファンクラブはあるのか知ら。

posted by ノエルかえる at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

オリジナルアルバム収録曲

 Fuzzy Warbles シリーズで発表されたデモテイクを、オリジナルアルバムの順に並べてみました。
(括弧内の数字はシリーズの番号、H はhinges)

『White Music』 なし。
『Go 2』 なし。

『Drums and Wires』
 Complicated Game (1)
 Chain of Command (2)
 Helicopter (4)

『Black Sea』 なし。

『English Settlement』
 All of a Sudden (2)


『Mummer』
 Great Fire (3)
 Me and the Wind (5)
 Human Alchemy (6)
 Ladybird (7)
 Beating of Hearts (H)


『The Big Express』
 I Bought Myself a Liarbird (1)
 You're the Wish You Are I Had (2)
 Train Running Low on Soul Coal (3)
 Smalltown (5)
 Seagulls Screaming Kiss Her, Kiss Her (7)
 Reign of Blows (H)
 Shake You Donkey Up (H)


『Skylarking』 パートリッジの曲全曲あり。
 Summer's Cauldron (2)
 That's Really Super, Supergirl (4)
 Season Cycle (4)
 Earn Enough for Us (5)
 Mermaid Smiled (5)
 The Man Who Sailed around His Soul (6)
 Ballet for a Rainy Day (7)
 1000 Umbrellas (7)
 Another Satellite (8)


『Oranges & Lemons』
 Merely a Man (1)
 Miniature Sun (1)
 Pink Thing (6)
 Across This Antheap (7)
 Scarecrow People (7)
 Hold Me My Daddy (7)
 The Loving (8)
 Poor Skeleton Steps Out (8)
 Chalkhills and Children (8)
 Here Comes President Kill Again (H)


『Nonsuch』
 That Wave (1)
 Then She Appeared (2)
 Humble Daisy (3)
 Holly Up on Poppy (3)
 The Ugly Underneath (4)
 Crocodile (5)
 Rook (5)
 Omnibus (6)
 Books Are Burning (7)



シングル所収のもの
 My Train Is Coming (3)
 Blue Beret (4)
 Gangway, Electric Guitar Is Coming Through (4)
 Blue Overall (5)
 Red Brick Dream (5)
 Desert Island (7)
 Extrovert (8)
 Gold (H)
 Jump(H)
 Happy Families (H)



The Dukes of Stratosphear 名義のもの
 25 O'Clock (2)
 Collideascope (3)
 Little Lighthouse (3)
 Brainiac's Daughter (4)
 Bike Ride to the Moon (6)
 My Love Explodes (6)
 Open A Can Of Human Beans(7)



posted by ノエルかえる at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Fuzzy Warbles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

『Oranges & Lemons』アートワーク

 以下の文は、「『Oranges and Lemons』は?」と重複します。

 アートワークは、ミルトン・グレイザーのラジオ局のポスターから発想を得た、とパートリッジは言っています。曲がった楽器を抱えた人物と背景の陽の光が、それなのだそうです。ミルトン・グレイザーは、ニューヨーク出身の画家です。ミルトン・グレイザーのwebページは、下にリンクしますが、そのポスターは見つけられませんでした。パートリッジが、このポスターを見つけたのも、スイスで発刊されているデザイン雑誌「Graphis」です。グレイザーが描いたポピュラー音楽のアルバム・アートワークに、Lightnin Hopkins の『In the Key Lightnin Hopkins』があります。『Oranges and Lemons』よりも柔らかい色調です。どことなく、似通った雰囲気もありますが。


Milton Glaser
アマゾンにある『In the Key Lightnin Hopkins』。
on Amazon



 sknys さんが、ミルトン・グレイザーの描いたポスターを使ったラジオ局のwebページを教えて下さいました。そこに、当のポスターも掲載されています。モノクローム画像ですけれど。
REEL RADIO
posted by ノエルかえる at 11:47| Comment(2) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『Skylarking』 アートワーク

 アルバム『Skylarking』のアートワークは、初期のピカソの素描を思わせるような線描画です。パルナソス山中で遊ぶニンフたちのようにも見えます。
 Idea のディスコグラフィの説明によると、これは、Hans Erni が、クラシックのコンサートのプログラムのために描いた図をもとにしているのだそうです。1953年のもの。
 Hans Erni も、スイスの画家です。オフィシャルwebページでは、当のプログラムの図は見つかりませんが。
Hans Erni webページ
 『L’heure de bonheur, Stunde des Glu¨cks』という作品などは、似た雰囲気があります。


 インナースリーブでの衣装は、クエーカー教徒の服装とのこと。何故、クエーカー教なのかは、私は知りません。『Mummer』『The Big Express』の衣装は分かりやすかったのですが。


いくつかの作品

lheure_de_bonheur.jpg

6006a.jpg

Nr._814_Quelle_des_Seins.jpg
posted by ノエルかえる at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

XTC 像

 私がこのような拙いブログを作るのは、流布しているXTC 像について不満があるのも、一つの理由です。POP と言うのもよく分かりません。「ひねくれポップ」という言葉もよく使われますが、これなど、何を言おうとしているのかさえ不明です。「ひねくれる」と言う形容は、第一義には、捩じれている様をさします。そこから、人の性格に関して、善意を素直に受け入れず、疑い深く、悪意を持って応えるような態度の人の性格をさします。
 XTC の音楽は、そのユーモアが特徴をなしています。けれども、それは、悪意のある「ひねくれた」ものではないでしょう。彼らの音楽は肯定的な響きがありますから。嘲笑でなく哄笑の音楽だと思います。
 世界的にレコードが発売され、日本にも紹介された、当初の頃と、その後暫くは、一見ポップ(簡明)なメロディだけれど、捻りが効いている。と言うような言い方をされていました。それは工夫がされている、と言うような意味です。この形容が変化したものでしょうか。それにしても「ひねくれポップ」というのは当を得ているのでしょうか。
 また、パートリッジの歌声に魅力を感じている方も多いのですが、彼の唱法についても、エキセントリックと言う方がいます。これも、理解しがたい形容です。
 パートリッジ、ムールディングとも、その唱法は、地声をそのまま使う、自然な唱法です。活動当初、彼ら自ら『機械仕掛けのオレンジ』時代といっている頃には、奇矯な声を使っていました。それは、キートン映画のドタバタや、アメリカンコミックの擬態語を音楽にしていたからです。その時の彼らの唱法を、エキセントリック、と言うならば、そうでしょうけれど。でもそれも、『Drums and Wires』までです。
 英国在住の日本人で、XTC を聴いたことのない方に、彼らの歌を聴かせると、「まるで、パブによくいる、酔って声を張り上げて歌ってるおじさんみたい」という感想が返るそうです。声を作っての唱法ではない、英国の生活そのままの声の出し方、ということなのでしょう。その彼らの歌声をエキセントリックとは言えない筈です。パートリッジよりも、例えば桑田佳祐や稲葉浩志の方がよっぽど風変わりですが。
 『Black Sea』の「Living through Another Cuba」は、パートリッジの歌唱の中でも人気のある歌です。ここでの声は潰れています。彼は、酒に酔って歌っていますから。それでも可としたのは、楽曲としてXTC の水準には達していないものだからでしょう。単に勢いがあることと、「Generals and Majors」との関係でアルバムに残ってはいますが。この歌唱をあげて、パートリッジの特徴だとするのは、難があると思います。
(また、『Apple Venus』シリーズでの、ムールディングは声が衰えている、と言われます。インタヴューでの話し声は確かに枯れています。けれども、歌声はそうでもありません。自分の歌での歌唱は、キーがそれまでのものと違って低いので、声を出し難いのだろうとは思います。それは、彼がソングライティングのスタイルを変えたからです。パートリッジの歌に付けているコーラスを聴けば、決して衰えているとは言えないでしょう。もちろん、若い時の張りはないでしょうけれど。)
 パートリッジは、町のパブでの名物男という風があります。そういうところからは、gentleman とは言えず、odd な人物なのでしょうけれど。
 XTC の音楽は、彼らが面している世界を、何の衒いもなく、飾りもせず、そのまま素直に音楽化したものです。パートリッジの旋律が曲がりくねっているのは、自然の樹木が風や他の樹木に押されて撓曲しているのと同じです。ひねくれてもエキセントリックでもありません。
 
 これまで私が目にしたXTC を評する文章で、感心したのは、鈴木博文氏のものだけではないでしょうか。(あるいは、慶一氏だったか。)  XTC の音楽を、「凍った池の面の氷の下で泳いでいる鯉」というような形容で表現されてました。氏の高い感性と的確な表現に深く感銘したものです。

 思えば、日本でのロック音楽の評に感心するものは少ないようです。前の記事に書いた、Syd Barrett のPink Floyd にしても、サイケデリックとか、ドラッグといった言葉では語られるのですが、それは、当を得ているのでしょうか。私は、初期のPink Flyod には、少年性、あるいは、少年時の幻惑を感じます。その幻惑は、自然の絶妙な美しさと驚異に引き起こされたものです。私の少ない読書体験からは、北杜夫の『少年』『牧神の午後』それに『幽霊』に近似の感性を感じるのです。麻薬の耽溺とは全く違う音だと思います。
 そのようなロック音楽の世界でのXTC 像には、どうしても、諾うことができません。
posted by ノエルかえる at 15:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

Summer's Cauldron

 パートリッジは、以前から、Syd Barrett の在籍していたバンドPink Floyd に興味を引かれていたそうです。このアルバム『Skylarking』は、特に、Pink Floyd への親近性を感じさせます。製作時には、パートリッジは、それまで、Syd Barrett を知らなかったムールディングに勧めたそうです。
 ところで、Pink Floyd のデビューアルバム『The Piper at the Gates of Dawn』は、その題を、Kenneth Grahame の児童文学作品『The Wind in the Willows』の第七章から採られたというのは、Pink Floyd ファンの中では誰にでも知られていることなのだそうです。
 パートリッジも、この英国では有名な児童文学作品を読んでいるかも知れません。「Summer's Cauldron」の雰囲気も、関係しているのでしょうか。


on Amazon.jp



 日本語訳は、石井桃子氏の訳で、『たのしい川べ ヒキガエルの冒険』という題で、岩波書店から出版されています。
岩波書店

posted by ノエルかえる at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

FIFTIES KITCHEN CURTAIN

 アルバム『Go 2』に付けられていたインナースリーブに掲載のパートリッジの詩「FIFTIES KITCHEN CURTAIN (of Mr and Mrs PARTRIDGE)」を訳してみました。

  50年代台所の帳 (パートリッジ夫妻の)

ほとんど、失われた破片の
緑、ほとんど、針金の影で
黒、竹の
衝立のような影、猟師たちが
パリジェンヌに襲いかかる通りのカフェで、これはご存知のこと、
鋼鉄皆、遮蔽板皆、
白毛布皆、ペチコートは
ある縮尺、百万の人間がすっかり見失われる
エッフェル塔の脚に比して、細工に
細工して。

 食卓は薄い、現代的外観、何もかも、ジャズ的
ジャズ的、椅子は胴着の線に
沿って造られている、パリのジャズ風、
パリ、緑と黒の食卓、鉄の
脚、葡萄酒絵標、竹と
ジャズは寒中で結び合う、凍えたジャズ
情、セーヌの中のパリ、網獲られた魚は
川中で死んでいる、針金の川
四波の波が通りの
カフェを休店させる、薄い壁、鉄筋の欠乏、
平たいスカート、山積したサングラス、
有り余る脚、鋭く指す椅子、
エフェルの尖々、一兆の分岐が交差する
鉄のジャズ、パリの罅は行き交う、止むこと
なく、緑または黒、針金の尖、
注がれる葡萄酒の練線、瓶の
絵標から…、幻の桟、書かれた針金、
リュ、セーヌ、テゥーア、ジャズ風キス、
カフェ前の歩道を飛ぶ風船、針金
魚は安全、安全。





 行替えは、原詩に倣いました。
 パリの印象、エッフェル塔と女性が重ねられているのでしょうか。
 セーヌ (Seine) は、セーヌ川と英動詞のseine 「網で魚を獲る」が掛けられているのかと。
 「La Touer」は地名でしょうか、touer は、仏動詞の「曳航する」ですが。


 原詩は、

 FIFTIES KITCHEN CURTAIN
   (of Mr and Mrs PARTRIDGE)

In all, a green with pieces
of missing,in all a black with
wire figures,figures like a bamboo
room divider.Hunters on a
Parisienne street cafe,you know,
all wrought iron all skirts all
white blankets where the petticoats
areI/n a billion blankly missing
Eiffel Tower legs,wrought in
wrought.
 Tables as thin as a con-
temporary look,all in all,jazzy
jazzy,chairs with figured vests
in wrought stripes,paris jazzy,
Paris green,black table,iron
legs,wine sketches,bamboo jazz
interlocking in cold, coldjazz
love,Paris in Seine fish are
dead in a midstream,wire river
four waves then halt as street
cafe,wall of thin,starved iron,
flat skirts,pile of sunglasses,
pile of legs,sharp pointed chair
Eiffel heads,trillion criss cross
iron jazz,Paris criss crossed non
stopped,green on red wire heads,
pour wrought wine out of sketch
bottles....Ghost rail,wire writing,
Rue,Seine,La Touer,jazz kissing,
balloon over pavement cafe,wire
fish are safe,safe.


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2007年02月05日

Mermaid Smiled

 「 Mermaid Smiled 」の歌詞は、少年期の幻想を呼び起こす、と言うようなものです。パートリッジのペンです。
 さて、パートリッジは、好きな画家として、ミロを挙げていました。その好みが、アルバム『Drums and Wires』のアートワークに反映されています。そして、ミロの他にも、ルソーやダリの名前を挙げています。『Oranges & Lemons』制作時、録音のために用意されたものの完成されなかった「My Paint Heroes」は、ダリ( Salvador Dali´ )のことを讃える歌だとのことです。今は、パートリッジは、ダリを好きではないそうですが。
 この歌「Mermaid Smiled 」に、関係しているわけではないのですが、思い付いたことがあるのでメモします。
 ダリには、『 Dream of Venus (ヴィーナスの夢:広島県立美術館所蔵)』と言う作品があります。これは、1939年のニュークで行われた万国博覧会(the New York World’s Fair)のスペイン館に展示されたものです。展示に際しては、この絵の前に、大きな水槽が置かれ、その中で人魚に扮した女性が泳いでいる、という趣向がされたということです。
 『Dream of Venus 』には、ダリのそれ以前の成功作、『Persistance de la memoire』『Girafe en feu』がモチーフとして使われています。人魚ということもありますが、溶けた時計と言うイメージは、この歌「 Mermaid Smiled 」にも合うように思います。

Salvador Dali Biography


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Helicopter

 「 Helicopter 」の歌詞に出てくる「lego」は、もちろん、玩具製造会社の「レゴ LEGO」です。ビルディングが林立する町並みが、積木細工のようだという描写でしょうか。『ソング・ストーリーズ』では、子供の頃に見た学習雑誌『Look and Learn』にあったLEGO の広告が頭に残っていて、それを歌に使った、とパートリッジは言っています。レゴランドの空をジェットパックを背負った子供が飛び廻るという絵だった、と。
LEGO のwebページを見ると、ヘリコプターは、『トーマスと仲間たち』のハロルド(Harold)君があります。ほかにも、救急ヘリコプターもありますけれど。

Harold



Look and Learn



2月19日追記
 歌詞の「the air male」は、航空士、飛行士だと思います。日本盤の対訳では「気取った男」というように解されていましたけれど。飛行機に、雄機と雌機があるかどうかは知りませんので。
 「to be obscene」は、ここでは、淫らなという程でなく、行儀が悪く無作法だというくらいだと思います。この歌の主題は、パートリッジが何度も取り上げる「子供に帰る」というものなのですから。それに、無作法な子供としていた方が、B面の「Scissor Man」に関連して面白く聴けると思います。

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2007年02月02日

『Go 2』 の頃

 『Go 2』の頃の音楽と言うのは、どんなものがあったのか知ら、と、webで思い付くまま検索してみました。
 武満徹『鳥は星形の庭に降りる』77年。
 Luigi Nono は、転換の頃、『Fragmente - Stille, an Diotima』は80年。
 Steve Reich は、重要な作家だと位置づけられた頃、『Music for 18 Musicians』が、この頃。
 Helmut Lachenmann は、二本のギターのための『Salut fu¨r Caudwell』を発表。
 Terry Riley は、『Shri Camel』。
 Anthony Braxton は、George Lewis とのデュオを76年に発表しています。
 "Butch" Morris は、まだ、コンダクションをやってはなかった様ですが。


 この頃は、音楽の転換点の一つだったのかもしれません。
posted by ノエルかえる at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『Go 2』の衝撃

 XTCのアルバムで何が一番好きですか、と、尋ねられたならば、ビートルズでは、『Rubber Soul』ですねと答えます。XTC のどのアルバムも好きで、その程度には差はありませんから。答えられないのです。
 けれども、XTC のアルバムの中で、傑作はどれだと思いますか、と、尋ねられたら、『Go 2』『Mummer』『Nonsuch』を挙げます。中でも、『Go 2』は、その衝撃度の点で、他とは違うと思います。
 ポピュラー音楽、ロック音楽で、New Wave という言い方は、もうしないのでしょうけれど。80年代初頭では、よく聞かれたものでした。New Wave が、XTC の為に用意された言葉ではないことは明らかでしょう。XTC は、何故だか、常に、商業上の舞台からは離れていましたから。その上、すでに、Kraftwerk も、ULTRABOXも活動をしていたでしょうし。Ramones もTelevison も。
 でも、もしかしたら、New Wave とOld Wave を峻別してしまったのは、この『Go 2』なのではないか知ら、と思うのです。一旦ではありますけれど、Robert Fripp にKing Crimson を、また、Jimmy Page にLed Zeppelin を諦めさせたのは、このアルバムだったのかもしれないと。
 ポピュラー音楽では、常に、速い速度で流行が変わります。それに合わせて、人びとが求める歌手、演奏家の魅力も変化します。新しいカリスマが現れると、以前の者の魅力には、人びとは惹かれなくなります。『Go 2』の登場は、そのような流行の移り変わりとは、違うように感じます。
 音楽の対する軸を取り替えてしまった、という感があります。King Crimson やLed Zeppelin を聴くようには、XTC の『Go 2』を聴くことが出来ません。全く別の地平で鳴っている音なのです。まるで、鉱物の世界に入ったような。そこで見出される美しさは、他のポピュラー音楽のものとは、全く違っていました。
 『Go 2』から、数ヶ月遅れて、PIL が、『Public Image』を発表しました。この注目度の高いバンドの登場で、全く新しい音楽に対する感性は、周知されることになったのです。XTC の『Go 2』は、その祖型であったと思います。『White Music』では、まだ、その感性は現れ切ってはいませんでした。それに、XTC 自体、この軸での音楽からは、すぐに離れてしまうのですが。兎も角、『Go 2』は、全く異世界の音楽でした。

 蛇足:私は、日本の地方の小村の出身で大きなレコード店も知らずにいました。それで、たくさんのディスクが並んでいるのを見ずにいたからかもしれないのですが、後にヨーロッパの都市に住むことになって、驚いたことがあります。小さなCD店にも、Jah Wobble のコーナーがあるのです。XTC はもちろんありません。Sex Pistols のコーナーもないのですが。(もちろん、パリ市のような都会は違うでしょうが。) こんなに、音楽の嗜好に違いがあるものなのか、と驚いたのです。
posted by ノエルかえる at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする