2007年03月26日

アルバム『The Big Express』

 アルバム『The Big Express』は、音が充満しています。音の塊のようです。その塊は、身動きもせずに、端然と座っています。この印象は、それ以前のXTC の作り出していた音楽世界とは、違う様な気がします。『Mummer』までのXTC は、自分たちの心象が自由に飛び廻れる空間を切り開く、と言うものでした。この『The Big Express』は、その空間が詰まっているのです。
 あるいは、心象が実体化して、空間を占めてしまっているのでしょうか。これを制作したクレセントスタジオの煉瓦作りの室中の空気の全てが張りつめて音となり、目に見える塊となったのだ、と。そうならば、このアルバムは、XTC の音楽そのものだということです。
 パートリッジは、このアルバムに取り掛かるにあたって、出自であるスウィンドンをテーマに考えた、と言っています。けれども、歌詞からでは、「Smalltown」一曲のみがそうであるようです。ムールディングの二曲と、アルバムには収められていないシングル曲一曲は、スウィンドンの歌なのですが。
 パートリッジの頭中にあったのは、スウィンドンと言う土地が持つ響きだったのかも知れません。スウィンドンの大気に漂っている響きを捉えようとしたのでしょうか。それをクレセントスタジオに持込み、実体化したのかもしれません。
 また、アルバム制作に向けて、パートリッジが書き溜めていたものは、エレクトリック・ギター中心の歌でした。それ故、太い骨組みのものとなっていました。それが結果として、響きを詰込むことに好都合だったということもあるのではないでしょうか。
 アルバムは、実際は、エレクトリック・ギター中心の歌は半分で、アコースティックなシンフォニックな感触のものが半分です。この二分裂の傾向は、パートリッジは常に持っているのでしょう。二つに分裂はしているのですが、双方とも、充満した音響空間を実現しようと編成が大きくなっています。
(ムールディングの二曲が、エレクトリック・ギターの面と、アコースティックの面を分かりやすく見せていると思います)
 アルバムの制作を担当したのは、ロード(David Lord)。彼は、バース大学音楽学部長で、教会のオルガン奏者でもある人物。ロードが持っていた音楽の技術を使い、XTC は、大きな編成の音楽を創ることを学び、このアルバムで実践したのでしょう。
 編成が大きく、ヴァイオリンやユーフォニュームが使ってあると言っても、このアルバムの音楽の中心は、リズム部にあります。XTC の経歴中、最もリズムが前面に出ているものかもしれません。ドラムズだけではなく、多数の打楽器が使われています。オーケストラは、このアルバムでは使っていないのにも拘らず、シンフォニックに聴こえるのは、その打楽器群が統合されているからでしょう。その打楽器群をシンフォニックに統合するには、各楽器の音色が一定していないと難しいのでしょう。全編、リン・ドラムズが使用されている理由だと思います。
 歌の旋律はどれも、不安定で捉え難いものです。和声も、不協和音を多用してます。それは、旋律が空でなく、中身の詰まった実体であることを思わせます。豊かに実を結ぶ果樹の枝であるようです。
 とても豊かな印象のアルバムです。


album details: Idea

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posted by ノエルかえる at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月23日

English Roundabout : 回転木馬の夢

 広場に遊園地がやって来た。五月の催し物。町中から人が集まって来る。人の列は途切れることがないようだ。町に、これ程の人間がいたろうか。僕は、もう、通りで人海に呑まれてしまった。遊園地の入口は、まだ、遠い。列の中では、歩みは、自分のものではない。爪先の空間が空けば、そこに吸われるだけだ。
 降り注ぐ陽光は、人びとの肩を熱している。横隔膜から上の半身が茹だってゆく。
 僕は、回転木馬に乗りたかったんだ。金粉を散らした鞍。
 列の中で、僕は人に挟まれて、浮いてしまっている。爪先が地面に届かない。
 疲れ切ってしまったとき、僕は、地面に落とされた。遊園地の入口に着いたんだ。まわりを囲んだ肩越しに、回転木馬が見えた。誰も乗っていない白馬は、軽快に回っている。金粉を蹴散らしながら。
 近づこうと、一歩、足を前に出して、気が付いた。僕は羊になっている。僕だけではない。皆が羊だ。数えきれない羊が、身体をぴったりくっつけて、犇めいている。短い鳴き声を発しながら、のろのろと歩いて。羊たちは、反時計回りに回っている。大気はどんどん熱せられるようだ。前の羊が屁を出した。それでも、鼻を背けることもできない。
 空の回転木馬は、軽々と、時計回りに回っている。そして、僕は、もう眠れない。
posted by ノエルかえる at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月22日

アルバム『Skylarking』

 アルバム『Skylarking』は、ムールディングの歌を中心に編まれています。それは、XTC の経歴中、唯一のことです。アルバムの制作を担当したラングレンが、編纂まで掌中にしていたからなのでしょう。
 「Grass」「The Meeting Place 」「Big Day」「Dying」「Sacrificial Bonfire」と、並べられた歌は、緩やかではありますが、ひとつの物語を展開する糸に結ばれています。それに差し込まれるパートリッジの「Summer's Cauldron」「Season Cycle」「The man who Sailed around His Soul」は、物語の背景をなし、また、物語を深く観想するものとなっています。
 この8曲だけで、『Skylarking: 或る人生』としてもよかったのかもしれません。作品としては完結していますし、十分に美しいと思います。けれども、ムールディングに、そのような物語の意図があったかどうかは分かりません。
 もし、そうなっていたなら、パートリッジが制作したブレッグバッドの『Orpheus : The Lowdown』の様な作品になっていたかもしれません。聴く者の頭中だけで見ることができる映画の様な作品です。私見ですけれど、パートリッジの特性を考えると、物語的な主旋律や、詩は他者に任せて、その背景の音響と語感の広がりに専念した方が、よい作品になるのかもしれません。
 アルバム『Skylarking』には、他に、パートリッジの「Ballet for a Rainy Day」「1000 Umbrellas」「Another Satellite」と「Mermaid Smiled」が含まれます。これらは、上記の8曲の主題とは関わりが薄いように思われます。しかしながら、ラングレンは『Skylarking』を一曲の曲として構成しています。その音楽の流れの点からは、外せないものになっています。また、それ以上に、「1000 Umbrellas」は、パートリッジの屈指の傑作です。
 『Skylarking』の核、上記8曲、から、ラングレンは、「Day passes」のテーマを設定したのです。彼の意図には、どこか特定の土地と言うものはなかったでしょう。普遍的なものを考えていたと思います。けれども、ムールディングは、主題になる様な物語を持っていなかったとしても、彼の書く詞は、常に、自身の身辺によっています。ですので、ラングレンによって編纂された物語は、スウィンドンの物語となってしまいました。その上、グレゴリーの提案で付加された効果音が、一層、スウィンドンと言う土地を前面に浮き上げることになっています。「The Meeting Place 」の冒頭に入れられた、工場のサイレンの音(グレゴリーがテレビのドキュメンタリーから録音した、スウィンドンにあった鉄道工場が閉鎖されるその日の朝のサイレン)。「Dying」でのカチカチと鳴る時計の音の効果音。これは、鉄道工場閉鎖時に、退職者が貰った記念の時計の音。
 『Skylarking』の核8曲は、前作の『The Big Express』のアートワークの方が相応しい、スウィンドンへの賛歌、あるいは、哀悼歌であるようです。そのように考えるとき、「That's Really Super, Supergirl」「Earn Enough for Us」は不要に思えます。その代わりに、ムールディングの「Find the Fox」、それに、『The Big Express』制作時に作られて結局、デューク・オブ・ストラスフィアのアルバムへ収められた、「Shiny Cage」と「The Affiliated」を加えた方が、よかったのではないでしょうか。
 『Skylarking』は、図らずも、スウィンドン物語となったのでしょう。ともかく、一貫した物語のあるアルバムです。

 私たちは、完成された『Skylarking』をしか聴くことができません。たとえ、ラングレンの意図によって創られたものであったとしても。ただ、パートリッジが最終の編集に立ち会っていないとしても、四度も訂正を要求したということですから、結果は、バンドの意向も反映していると考えてよいのでしょう。
 デモテープ、また、最近耳にすることができた、ユートピアスタジオでのリハーサル、とラフミックステープを聴くと、このアルバムは、ピンク・フロイドの『The Piper at the Gates of Dawn』に似たものになっていたかもしれないとも思います。ある種の『牧神の午後』です。それもまた、面白いものだったでしょうが。

Album details:Idea

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seesaa のリンクにあった下のものは、英国virgin 盤のものです。付けられている説明書きは、米国geffin 盤のもののようで、食い違っています。





 人気曲「Dear God」は、独立したシングルです。そのように聴いた方がよいと思います。

posted by ノエルかえる at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

聖体顕示台

 待ち遠しい『MONSTRANCE』ですが、アマゾン、HMV には、予約のボタンがあります。けれども、APE ショップにはまだ出ていません。(3月21日) APE のサイトには、ブレックバッドのポッドキャストが最新の記事です。
 さて、『MONSTRANCE (聖体顕示台)』ですが、バッハの『音楽の捧げもの』の連想かな、と思ったりしていたのですが、原題は、『Musikalisches Opfer』でした。
 ただ単に、三人での演奏なので、「三位一体」に掛けているだけなのか知ら。「モンスタランス」は、もちろん、ラテン語からで、意味は「expose」ということです。即興なので、自分たちを曝した、と言うことか知ら。カバー・アートワークの黄金色の同心円は、聖体顕示台のイメージでしょうか。

ウィキペディアの聖体顕示台の写真
MONSTRANCE

礼拝に使う用具を一覧している英国の教会のwebページ
Artefacts used in worship

posted by ノエルかえる at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

The Ballad of Peter Pumpkinhead:Let's begin !

 録音の冒頭に、アンプリファイヤから電流が流れている念音が聞こえます。それから、エレクトリック・ギターのジャックを差し込む際の、ショートの音。そして、ギターの弦を鳴らして。
 そして、演奏が始まって、パートリッジの「Let's begin !」と言う掛声。「The Ballad of Peter Pumpkinhead」の開始なのか、アルバム『Nonsuch』の開始なのか。どちらにしても、この冒頭を、私はとても好きです。録音したのは、ニック・デイブスではなくて、ガス・ダッチョンなのでしょう。これをレコードに使うことを考えたのは、パートリッジでしょうか。
 ビートルズの「I feel fine」よりも地味ですけれど、いかにも、開始と言う感じです。

posted by ノエルかえる at 10:11| Comment(2) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

Church of Women:開かれた地母神の膝

 五月朔日だった。ピーターは、晴れた空の青さに見入ってから、戸外へ歩み出た。山羊たちを山へ連れてゆく日だ。夏が始まる、森の緑は沸き返るようだった。
 ピーターは、託された山羊の一群れを率いて山へ登って行った。「雪」と呼ばれる子山羊も群にいた。祖母と母と女だけ三人で暮らしている女の子が、そう呼ぶのだ。山腹はなだらかな傾斜。柔らかな草が靡いて波のよう、その波頭には、無数の花が浮いている。
 降り注ぐ陽に背を暖めながら、頭中からは思うことが全て抜出したピーターは、軽い足を運んでいた。山腹に一ところ、丘のように隆起した所がある。そこは深い森になっている。ピーターは、眺めるともなく目に入れていたのだけれど。「雪」が、一散に、その森を目指して駆けるのが分かった。
 ピーターが叫んでも、獣は帰っては来ない。少し苦笑いをして、ピーターは、子山羊を追うことにした。
 彼が森まで着いた時には、子山羊は、奥深く入っていた。ピーターも、森の奥へ行く。高い樹々が密に生えている森の中は、暗い。足元は湿っていて、歩が沈む様に思える。彼は、時折、子山羊の名前を呼びながら進んで行った。森の中程まで来たのではと思える頃、前方が明るく見えて来た。
 その明るい方を望むと、ピーターは、一瞬、巨大な女性が寝ている姿を見たと思った。幾本かの樹を押し倒して、膝を立てた二本の脚が投げ出されている。その向こうの薄い腹は陽を浴びていた。腹は押しつぶれ肋骨がむきだしに見える。ピーターは、近づいた。「雪」は、その薄い腹の中にいるようだった。
 脚に見えたのは、二本の尖塔だった。捨てられた教会。潰れた腹の様に見えたのは、屋根の落ちた教会堂で、列柱が肋骨に見えたのだろうか。柱頭には、ガーゴイルが残っている。醜怪な妖獣たち。会堂の周囲には、他にも、尖頭物が散乱している。細い流れが会堂を取り巻いている。散乱している鋭角のもの、それら、嘗ては、人々を威嚇していたものは、年毎に蘇る植物と流れに浮かぶ泡で、尖りを削られている。恐怖は、もう、ない。
 ピーターは落ちた屋根と床の僅かの間にいる「雪」を探して、屋根の下に潜り込んだ。「雪」は、水を嘗めていた。その音が聞こえた。狭い空間を這い進み、「雪」を捕らえたピーターは、大理石の女の胴を見た。朽ちた床を下から押し開いた様に、胴は現れていた。その乳から泡となった水が溢れている。泡は尽きることがない。胴は、泡に包まれていた。泡の中から生まれ出たようにも見える。その泡沫が、教会堂を下から崩したのだろうか。
 「雪」を抱えたピーターは、屋根の上に出た。彼は、青空を仰いだ。そこは、深い森の中にあって、上を覆う樹の無い、開かれた窓のようだった。ピーターは、霊感に打たれた。陽の中で、着ているものを全て、脱ぎ捨て全裸になった。彼は、再び、屋根の下に潜り、そして、大地と交わった。








蛇足:
5月1日は、メーデーです。この日に、家畜を放牧すると、病気にも罹らず、収穫が多いと言う、風習です。

ピーターは、聖ペテロの英語読み。キリストの使徒で、リーダー格。岩の上に教会を立てた聖人。ペテロは、ギリシャ語の岩に由来。

ギリシャの女神、アフロディーテーは、泡から生まれたと言う伝説があります。ギリシャ神話では、地母神に当たるのは、デーテーメールですが。


posted by ノエルかえる at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Wasp Star | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月17日

Church of Women:gargoyles とthorns

 私は、「Church of Women」の歌詞は、パートリッジが女性を礼賛したものだと思っていました。けれども、各語をたどりながら読み返すと、それだけではないのかもしれない、と思う様になりました。
 男性の宗教から、女性の宗教へと変わろうという意味を持っているのではないか知ら、と思うのです。男性の宗教とは、キリスト教です。それが、英国教会を指しているのか、カソリックを始め全般を指すのかは分かりませんけれど。女性の宗教は、自然崇拝なのでしょうか。
 歌詞には、gargoyles とthorns と言う語が使ってあります。gargoyles は、ゴシック様式の庇に付けられた怪物の格好をした雨水の落し口。魔除けとして教会にも付けられています。
 thorns は、聖書のコリントス書の15章にある、「死の刺」なのでしょうか。web で見た英文の聖書では、stings が使われていましたけれど。
 キリスト教は、そのような、人の心を傷つける様な鋭利な尖りで鎧われている、とパートリッジは考えているのでしょうか。
 一方の女性の宗教は、柔らかい触感で接してくるものと、しているのでしょう。それは、豊饒を与えてくれる地母神のようなものなのでしょうか。

 このように考えると、「Church of Women」は、思うように表現が出来なかった「Dear God」の主題に、再び挑んだものなのかも知れません。
posted by ノエルかえる at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | Wasp Star | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

鋼鉄の車輪は蟋蟀を轢かない

 XTC は、パートリッジの主導するバンドです。バンド活動の計画や方向は、彼の意思で決定されています。時に、彼は、バンドの90%は自分であると言います。80%ということもありますが、70%に落ちることはないようです。
 この数字は、バンドの創作への貢献度であるとは、私は思っていません。バンド内の発言力であるならば、そうなのだろうと思うのです。『Mummer』の一連の計画が終わった後、パートリッジは、開放E 弦にしたエレクトリック・ギターを抱えて、日を過ごしたそうです。そして、何曲かを完成させたと。次のアルバムは、その曲を中心に創ることを、彼は決めたのでしょう。ムールディング、グレゴリーは、この決定には、全く与ってないのだと思います。
 実際にアルバムに収められた曲では、「All You Pretty Girls」「Shake You Donkey Up」「This World Over」「I Bought Myself a Liarbird」「Reign of Blows」と「Train Running Low on Soul Coal」がそれに当たるのでしょう。これらのエレクトリック・ギターの打撃的な音響が、アルバム『The Big Express』の印象を占めることになります。この唐突な決定に、『Black Sea』に引き続き、ムールディングは対応出来なかったのでしょうか。
 変ホ長調は、「英雄の調」なのですが、このアルバムの重厚さも、そこからのものでしょうか。また、管楽器を合わせやすい調でもあるそうです。そのようなこのアルバムの特性が、最もよく聴かれるのは「Shake You Donkey Up」か知ら。
 調性の重厚さと、エレクトリック・ギターの打楽器的使用から出来上がった音像は、アートワークとなった鋼鉄の車輪に符合しています。けれども、私は、鋼鉄の冷たさを感じません。機関車がそうである様に、どこか、生き物の様な感触があるのです。
 鋼鉄の車輪の下方には、緑色の蟋蟀が留まっています。車輪は静止していて、この蟋蟀を踏みつぶすことはないでしょう。豪快な力を蓄えた者の優しさを見るようです。それは、XTC のヒューモアなのでしょう。
posted by ノエルかえる at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

『Beeswax』の気分

 アルバム『Beeswax』、たぶん、私の一番好きなアルバムです。単に、好き嫌いと言うだけならば。82年までに発表されたシングルのB面の曲が、時系列で並べられているだけです。それでも、胸の踊る気分にさせるのは、このアルバムが一番なのです。
 アートワークは、クレヨン画きの蜂の線画に、水彩絵具を上塗りした画面です。蝋が絵具をはじいている様子、そのざらついた不均一で、不純物を多く含んでいそうな様子が、収められている曲たちの様相でもある感じがします。
 冒険心に満ち溢れ、寄り道ばかり沢山し、がらくたにしか思えないような物でポケットを膨らまし、いつまで経っても暮れない夏の日の帰り道。そんな風に聴こえるのでしょうか。
 アルバム『English Settlement』の前に、シングル「Ball and Chain」を失敗するまで、XTC は、アルバム制作前にシングルを制作してました。そのシングルは、アルバムからは独立したものでした。アルバムの計画に入る前の、新しい方向を探り、新しい方法を試すと言う面もあった筈です。
 『English Settlement』以降は、そのような独立したシングルはなくなりましたけれど、シングル自体は、数多く制作しています。そして、B面には、アルバムには収録しなかった、アルバムとは肌合いの違う曲を収めています。その曲たちは、以前のシングルと同様に、冒険の方を向いています。
 『Beeswax』が誘う気分の高まりは、その冒険心からなのでしょうか。


 92年に、日本のみでCD化されました。実は、つい先日まで、私はそのことを忘れていました。自分で持っていることも忘れていました。米国でなら、CD化されているかも知れないので、ebay に出品されてないか知ら、と、思っていました。
 自分の棚で見つけて、喜んで聴いている今日です。


 ビートルズのアルバムでも、『Oldies But Goldies』が一番好きだったり…
posted by ノエルかえる at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Waxworks, Beeswax | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月09日

Ladybird

" Bird "

「ディジー! 何処へ行ったんだ。」
私は、放した犬の行方を探していた。片手には巻いた綱を下げていた。散歩をしていた河原は、茂った草叢が丈高く、見通すことができない。
 柔らかな風が川面を渡っていて、草叢も波を打っている。葉々は擦れ合って、ささめくような音を草下の影に落していた。私の犬、ディジーも、闇のような黒い毛並みをしている。伸びた草葉が重なり合い作り出した緑の天蓋の下で、黒い影に溶け込んでしまったのだろうか。

" Bird "

 私は、身体で草を押し分けながら、草叢の中を彷徨った。草の葉先が、私の腿を、手の甲を、そして頬を擦る。痒みに近い軽い痛みが肌に残る。
「ディジー!」 私は叫ぶのだけれど、犬は応えない。私の声も、逃げ水のように、草下の影に消えてしまう。私の踏み降ろした歩が、細い枯れ枝を折り、音を立てた。そして、少し向こうで、鳥が飛び立った。鳥は何者の侵入かを探るように、私の頭上を飛んでいった。鳥影が私を隠してしまう。
「クイナです!」

" Bird "

 甲高い少年の声。私は、その声を目指して草叢を進んだ。そして、岸辺に出ていた。少年は、川向こうにいた。少年を認めた私は、その少年が中にいる光景、芝の上で起っている光景に、衝撃を受けた。
 少年は、川向こうの広大な屋敷の敷地にいた。広々とした芝の庭。そして、彼の足下には、脇腹にフォークを突き立てられた、ずぶ濡れの犬が横たわっている。大地に付いた染みのように黒々とした犬。ディジーだ。
「君は?」私の声は掠れていた。少年は張りのある声で応える。
「僕は、クリストファー、キリストを運ぶ者です。」
 少年は、頭の上にもう一つ頭が乗っているような姿をしている。

" Bird "

 膝がくずおれた私は、俯く顔を支えようと片手を挙げた。綱を持っていた方の手だった。綱には、天道虫が乗っていた。それは、綱を上って来て私の指にまで達したところだった。赤い硬羽には、太陽の黒点に似た印が押されている。私が見詰めると、天道虫は硬羽を開き、薄羽を拡げ、飛び立っていった。
「マリア様…」 私は、口の中で称えた。

" Bird "

 少年の後では、屋敷が炎上していた。

posted by ノエルかえる at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月08日

Skylark

 XTC とは関係ないのですが、「Skylark」という題のスタンダード・ナンバーを見つけたのでメモしておきます。
 Billy Eckstine の歌う歌。彼は、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスビーのバンドに在籍したこともある歌手です。彼から影響を受けた歌手は、プリンスに至るまで多数いるとのこと。
 作曲は、Hoagy Carmichael。歌詞は、Johnny Mercer 。

Skylark
Have you anything to say to me?
Won't you tell me where my love can be?
Is there a meadow in the mist
Where someone's waiting to be kissed?

Oh skylark
Have you seen a valley green with spring?
Where my heart can go a journeying
Over the shadows and the rain
To a blossom covered lane

And in your lonely flight
Haven't you heard the music in the night?
Wonderful music
Faint as a will o' the wisp
Crazy as a loon
Sad as a gypsty serenading the moon

Oh skylark
I don't know if you can find these things
But my heart is riding on your wings
So if you see them anywhere
Won't you lead me there
Oh skylark
Won't you lead me there?


iTunes にはありますのでリンクしておきます。
on iTunes

 上のBilly Eckstine は、偶々見つけたものです。Ella Fitzerald の歌唱もあります。
iTunesでは、
on iTunes
収録されているアルバムには、『Ella Fitzgerald Sing the Johnny Mercer Songbook 』があります。
on Amazon



また、『Skylarking』の題を持つアルバムは、Horace Andy の1972年発表のものがありました。
on HMV
日本のiTunesにはありませんけれど、UK にはあります。
on iTunes .UK

posted by ノエルかえる at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

 XTC のアルバムのアートワークを見ていると、それぞれに、基調になっている色があるように思えます。それが、アルバムに収められている歌にも関わっているかどうかは分かりませんけれど。
 それぞれのアルバムの色を並べてみます。

『White Music』  白。(霞んだ白)
『Go 2』  黒。
『Drums and Wires』  黄。
『Black Sea』  紺。
『English Settlement』  緑。
『Mummeer』  藍。
『The Big Express』  暗緑青。
『Skylarking』   青。
『Oranges and Lemons』黄赤色。
『Nonsuch』  朱。
『Apple Box』  純白。



posted by ノエルかえる at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

Bungalow 歌詞

 Bungalow の歌詞にある「Luxury accommodation traps the sun」は、ギリシャ神話の、太陽を牽く二輪の馬車だと思います。ここで意味しようとしているのは、若い間には陽の光を見る暇もなく働いて、海岸にバンガロウを買うことができ、これからは、毎日陽を浴びながらのんびり暮らそう、というようなことではないでしょうか。

「Time to spare / Luxury accommodation traps the sun」の行は、
直訳ふうに訳すと、
「太陽に豪華に飾られた二輪馬車を付けてやる時間だ」です。
spare は、make available の意味だと思います。
posted by ノエルかえる at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Bungalow

 揺れている、と言うのだけれど、僕の目には動いているようには見えない。空にある大きな円盤は凝然としている。その黄金の円盤は振子の分銅なのだ、と言うのだけれど。
 長く歩いて、足は埃に塗れていた。その埃を、砂丘の砂が落していく。僕の足は青銅のように磨かれた。砂丘の頂に立つと、海が見える。打ち寄せる波は、岸に銀箔を貼るようだ。
 虎落笛が聴こえる。砂丘の砂が風に震えているのだろうか。それならば、この砂の丘は、巨大なオルガンだ。その旋律は、音階を、漸次、上がっていくものだ。半音?、半々音?ずつ、もっと微細な音階なのだろう。何時間も耳を欹てていないと、音の変化には気がつかない。同じ音のように思える。
 永遠、
 僕は、今、永遠を見ているのだろうか。

「アンディ、君はその二頭立て馬車に乗って太陽にまで往くつもりなのかい。」

posted by ノエルかえる at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

Scissor Man

 「Scissor Man」の元になった、Heinrich Hoffmann の『Struwwelpeter』を紹介しているwebページがあったのでメモしておきます。

Struwwelpeter

posted by ノエルかえる at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『Drums and Wires』の天才と才人

 XTC は、パートリッジの企画によるバンドです。バンドが、長年に亘って存続することが出来たのも、パートリッジの強靭な意志に因っています。バンドの形態と内容も、彼の考えで選ばれています。そのバンドの形態なのですが、パートリッジの好みは、キーボードを入れた編成なのです。パートリッジ自身は、ギター奏者なのですが、彼の楽器の好みは、まずドラムズで、そしてキーボードなのです。
 アルバム『Drums and Wires』では、この彼の好みの編成が成されていません。オルガン奏者のアンドリューズが、パートリッジとの意見の相違で、バンドを離れてしまいました。パートリッジは、バンドの継続の為に、ギター奏者のグレゴリーを参加させることを選択しました。けれども、それは、彼がギターバンドを指向したからではないだろうと思います。
 『Drums and Wires』は、嵐が去ったあとの、地面に撫付けられた草原の景観に似ています。草が、風の通ったそのうねりながらの路を、きれいに線にして見せているのです。その線から、私たちは、計り知れない風の力を伺うことが出来ます。また、草の作った線が、風の方向を明瞭に見せるように、このアルバムでは、曲の構造も明らかに見せています。
 『Drums and Wires』に収められたパートリッジの歌は、おそらく、まだ、キーボード編成のバンドを想定していたように聴こえます。この時のパートリッジは、作歌の方法に迷いがあったのかもしれません。
 同時に、バンド編成の改変は、パートリッジの作歌が、稚拙であることを明らかにしたようにも思われます。ポピュラー音楽では、楽曲の魅力よりも、奏者の魅力の方が大きな要素になります。彼が、このアルバムまでにバンドに提供した曲は、バンドの演奏に頼ったものだったのかもしれません。アンドリューズの奏法が前提になった曲だったのではないでしょうか。また、パートリッジ自身のギター奏法も。それは、エネルギーそのものの様な演奏でした。
 パートリッジの曲は分裂しています。その様が、破壊的に見えます。そこに、ある種の美しさと魅力が生まれているのです。けれども、それを魅力的に見せていたのは、曲そのものではなく、彼らの演奏のエネルギーだったのではないでしょうか。
 一方の、ムールディングの歌は、その端正さが画然と見えるようになりました。また、彼の作歌の技量の確かさも。ムールディングの歌は、この時に既に、完成の域に達しているのではないでしょうか。彼の歌は、どこか超越的な所があるように思えます。
 XTC の中に、音楽の天才がいるとすれば、それはムールディングです。それが明らかになったのが、このアルバム『Drums and Wires』なのでしょう。玩具を振り回す大童が終わって静かになった時、空からの仄かな明かりに包まれていたのは、彼だったのです。
 パートリッジも、それには気付いたと思います。パートリッジには、天才がないことを。彼は、ムールディングがするように、空中から絶妙な線を掴むことは出来ないことを知ったでしょう。それが、彼の作歌の方法を見つけ出させることになったのではないでしょうか。
 パートリッジには、枯れることなく溢れ出す楽想があります。それを、出来るだけすべて曲へ注ぎ込むことが、彼の出来る作歌の方法でした。そして、彼が、始めて完成の域にある歌に出来たのが、「Wait Till Your Boat Goes Down」でした。
 アルバム『Drums and Wires』は、ムールディングという天才と、パートリッジという才人が、バンドXTC にいるということを明かしたアルバムでしょう。(モーツァルトとベートーベンになぞらえれば分かりいいか知ら)


 ムールディングはパートリッジの影響下にあると、言われます。けれども、私はそうだとは考えません。ムールディングの歌は、パートリッジの計画に合わせてはいます。しかし、影響は、全く違うものからだと思います。XTC の経歴を見ても、彼らが注目されて、スウィンドンから中央へと出られたのも、ムールディングの「Cross Wires」に由ってです。それ以前に、スウィンドンでバンド活動していた時にも、ムールディングが加わる前は、パートリッジのバンドが壇上に登場すると、またパートリッジか、と言って聴衆は引き上げていた事も思うと、XTC と言うバンドを成立させているのは、実は、ムールディングなのではないかと思うのです。
 パートリッジは、ムールディングと言う他にはいない理解者を得て、彼の音楽を完成出来たのではないでしょうか。
posted by ノエルかえる at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月02日

XTC の同輩?

 このブログの監修のかのこさんが、CD販売店で、XTC がお好きならば、と、ジェリーフィッシュを薦められて、心外に思った、と言われていました。
 どのような音楽家も、様々な面があるので、どの面に焦点を持つかで、違った印象を持つものなのでしょう。
 私は、今は、ロック音楽を聴くことは、ほとんど、ありません。新しいバンドを聴くことはないかと。振り返って思うと、元々、ロック音楽は好きではなかったのではないか知ら、と思うのです。最も心地よく聴ける音楽のジャンルは、ボサ・ノバかもしれません。ディスクは持ってはいないのですけれど。
 XTC を聴き始めた頃、『White music』の頃ですが、他に聴いていたのは、ベームのモーツァルトや、クナッパーブッシュのブルックナーだったような気もします。クラッシックを聴いていたのは、即物的な理由でした。レコードが安かったからです。廉価版ばかりを買っていましたから。黒いジャケットの、現代音楽のシリーズも好きでした。最も好きだったのは、ベルクのバイオリン協奏曲でした。裏面は、ショスタゴービッチのチェロ協奏曲だったような覚えがありますが。
 けれども、その頃は、私も、まだ十代後半から二十代でしたので、ロック音楽も聴いていました。その中で、XTC と共に興味を持って聴いていたものを、思い出すままにメモしてみます。
 モノクローム・セット(The Monochrome Set)。ヤング・マーブル・ジャイアンツ(YMG)。フライング・リザーズ(The Flying Lizard)。このようなものでしょうか。
 私の耳では、これらがXTC に近く感じたのでしょう。それに、ケイト・ブッシュ(Kate Bush)は、XTC と同じ感性を持っているように感じています。
 それから、XTC のメンバーが、とは言っても結局パートリッジのことですが、好きで影響も強く受けているというので、より強く興味を持って、フィリップ・グラス(Philip Glass)やスティーブ・ライヒ(Steve Reich)、テリー・ライリー(Terry Riley)、それに、ビバップ・ジャズのディジー・ガレスビー(Dizzy Gillespie)を聴くようになりました。どれも、ジェリー・フィッシュとは縁遠いでしょうか、私は、ジェリー・フィッシュのよい聴き手ではないので分かりませんが。

posted by ノエルかえる at 19:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする