2007年04月24日

The Brook

 「Rook」歌詞の中の言葉、「the brook」は、単に、「小川」なのでしょうけれど。
 The brook というジョン・F・ケネディも会員だった社交クラブの名前でもあります。このクラブの名称は、デニスンの詩「The Brook」からとられたということです。この詩の繰返される「For men may come and men may go, but I go on for ever」と言う行が、クラブの精神とのこと。
 テニスン( Alfred Lord Tennyson )の「The Brook」は、以下です。


The Brook

I come from haunts of coot and hern,
I make a sudden sally
And sparkle out among the fern,
To bicker down a valley.

By thirty hills I hurry down,
Or slip between the ridges,
By twenty thorpes, a little town,
And half a hundred bridges.

Till last by Philip's farm I flow
To join the brimming river,
For men may come and men may go,
But I go on for ever.

I chatter over stony ways,
In little sharps and trebles,
I bubble into eddying bays,
I babble on the pebbles.

With many a curve my banks I fret
By many a field and fallow,
And many a fairy foreland set
With willow-weed and mallow.

I chatter, chatter, as I flow
To join the brimming river,
For men may come and men may go,
But I go on for ever.

I wind about, and in and out,
With here a blossom sailing,
And here and there a lusty trout,
And here and there a grayling,

And here and there a foamy flake
Upon me, as I travel
With many a silvery waterbreak
Above the golden gravel,

And draw them all along, and flow
To join the brimming river
For men may come and men may go,
But I go on for ever.

I steal by lawns and grassy plots,
I slide by hazel covers;
I move the sweet forget-me-nots
That grow for happy lovers.

I slip, I slide, I gloom, I glance,
Among my skimming swallows;
I make the netted sunbeam dance
Against my sandy shallows.

I murmur under moon and stars
In brambly wildernesses;
I linger by my shingly bars;
I loiter round my cresses;

And out again I curve and flow
To join the brimming river,
For men may come and men may go,
But I go on for ever.


 パートリッジが踏まえていたかどうかは分かりません。


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2007年04月16日

XTC 像 ひねくれ(ポップ)考 2

 前に、「XTC 像」を書いた時に、かのこさんから、「ひねくれ」は、言葉の元々の意味ではなくて、「ひねりの利いたポップ」のような意味で使われているのでは? と言われて、(あるいは、「風刺の利いた」と言う面も) 気にかかっていました。その面でも、XTC を「ひねくれ」と言うのは、外れていると思いますので、もう一度、書いてみます。
 「ポップ」と言う点でも、問題があるのですが、それは、今回も、触れないでおいて。

 英文で、「ひねくれ(ポップ)」と書きたい時に、使うとしたら、「strange」か「twist」だと思います。この二つの違いを、ヒントに書いていきます。
 XTC の音楽が、「strange」であると言うのであれば、それは肯うことは出来ます。特に、デビュー時の彼らは、「strange」を意図していたでしょうから。ただ、この場合は、「他とは変わっている」程の意味です。
 一方の「twist」は、例えば推理小説などで、ストーリーにひねりがある、などと使われます。もし、XTC の音楽が「twist」だと言うのであれば、それは違うと考えます。たとえば、彼らの同輩のThe Monochrome Set は、「twist」な歌を作っていると言えます。仕掛けた悪戯をほくそ笑んでいるBid が目に浮かんできます。(私は、彼らの軽妙さと諧謔も大変好きです)
 XTC の場合、主線にひねりを加えているような歌は無いのではないでしょうか。上にも例にした小説に例えてみます。
 推理小説では、優れたものになると、主なストーリーとは別に、伏線となるストーリーが一つではなく張られています。それが、主なストーリーにひねりを加えることになります。一方、(純)文学の小説、ドストエフスキーのような、だと、推理小説と同様、たくさんの人物が登場していても、それは、伏線と言えるものにはなりません。多数の人物が、交響的に関係しています。
 XTC の歌は、このドストエフスキー様の小説に似ています。非常に、濃密で豊穣なのです。音楽が十二階音階の世界に入る直前のグスタフ・マーラーは、その和声に、おそらくそれ以上は入れられない程の音を入れてしまいました。もう一音入れれば、無調になるぎりぎりです。これと、XTC の歌、特にパートリッジ、は、似ているのではないでしょうか。
 XTC が「strange」であるのは、この点からではないでしょうか。ポピュラー音楽であるにも拘らず、「交響的」であるのは、「strange」です。一般に、ポピュラー音楽の歌は、歌の旋律が全てで、伴奏は単に旋律を飾り立てるだけですから。XTC の歌は、そうではなく、歌の旋律と楽器の旋律が、それぞれ独立していて、しかも、緊密に絡んでいるのです。
 ですので、やはり、「ひねくれ(ポップ)」ではないと、考えます。

posted by ノエルかえる at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Fruit Nut

 「 Making Plans for Nigel 」で、ひとつの形を手にしたムールディングですが、その後の彼の作歌の進展の帰結が、「 Fruit Nut 」なのでしょうか。もちろん、これからも、作歌を続けるのでしょうから、通過点の一つなのですが。
 ミニマル、キュビズム、というアンディの志向の下で完成された「 Making Plans for Nigel 」では、ムールディングは確固な空間を手に出来ました。それは、しかしながら、一つの地点に釘付けされたものでした。壁で囲まれた部屋のようでした。彼は、そこから出て、長い道程を逍遙したのでしょう。
 そして到った、「 Fruit Nut 」も、完成された空間になっています。けれども、それは、生き物の皮膚のような柔らかく伸縮する膜、それは壁のように継ぎ目もない、で包まれています。胎児を蔵した卵膜のような。その包そのものも、中にあるものも、息づくように脹らんだり縮んだりしています。
 このような印象は、伸縮する旋律が、柔らかく弾む拍と渾然一体になって、作られています。
 また、パン→ハーモニカ→バンジョー(を模したギター)→手回しオルガン(を模した)→ストリングス(キーボード)→オルガン→バンジョー→ギター、と左から右へゆっくり回っていく音像は、移動遊園地の回転木馬のようでもありますし、地球の自転のようでもあります。その回転が、一層に、この作品を生き物だと思わせます。
 パートリッジが、オーケストラワークを指向した作品群をものにしている中で、ムールディングの楽器使いは、小規模ながら、精緻で、卓抜です。
 パンの旋律は、古代的な感覚を呼び起こします。あるいは、中世に、辻を歩いていた笛吹きのものでしょうか。その印象は、苔むした地面と、堆積した落葉の香りを連想させて、また、柔らかな厚みを足下に感じることになります。このような、古代的な旋律は、完成されなかったパートリッジの「Wonder Annual」にも見られるのですが。
 彼は、古代から続く律動を捉えることに成功したのでしょうか。律動そのものは、ミニマムだけれども、悠久に続くオーガニズムの一点であるという。
posted by ノエルかえる at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

『Monstrance』

 『Monstrance』が到着したので、プレイヤーで演奏して、一通り聴いたところです。
 まずの印象は、水平に広がる空間、というものです。その表面に、パートリッジ、アンドリューズの立てる波が、交差して、紋様を織り上げていきます。ベイカーのドラムズワークは、知的で、その地平に座標を投射しているようです。(でも、柔軟なドラムズなので、定規的というのではありません。) 
 この揺らぎに、聴衆である私も、身を委ねて漂っている感じになります。奏者の三人も、たゆたう音に耳を預けて、それに音楽の展開を任せているのでしょうか。
 音色が、これまでのXTC になかった深みを持っています。どっぷりと、頭頂まで浸かってしまいます。それも、極微な粒子で、皮膚を難なく透過してゆきます。
posted by ノエルかえる at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月03日

Greenman

 暑い日だった。陽炎が見せる歪みが、地平も、屋根の尾根をも、取り巻いていた。ジョンとポール、それにジョージの三人の老神父は、教会の庭に卓を出して、お茶の時間を過ごしていた。ポプラの樹蔭が三人を、風景の中に暗く隠していた。セネガル人のリコが三人を団扇で扇いでいた。リコは、影には入っていない。輝いている庭の中で、黒い肌は目立っている。
 なだらかな丘の上にある教会からは、ふもとの小川まで俯瞰することが出来る。その小川のほとりに、紫の襟巻きをした少年が立っていた。揺らぐ陽炎の中で、少年の姿は、際立つ輪郭を持って、鮮明に認められた。
 三人の老神父は、少年を見つけるやいなや、同時に、欲望に火がついてしまった。これまでにないことだった。三人とも、敬虔な生活を送っていたのだけれど。覚えたことのない激情は、三人の抑制を消散させてしまった。三人は、丘を駆け下り、少年を拉した。
 「旦那様方、いけません!」リコの声が扉の向こうで聞こえていた。三人は、担ぎ込んだ少年を、教会の床の上に投げ下ろした。ポールが両の腕を押え、ジョージが脚を押えた。年老いた彼らには、思いもしないほどの力だった。ジョンは、少年に跨がり、服を引き裂いた。少年の白い胸が露になった。
 少年の目には、見上げたゴシック様式の教会の梁が、船底のように見えていた。そして、少年の心には、自分が後にしてきた海の波が浮かんだ。その波が、少年の心臓から吹き出した。
 少年の白い肌の下に、蒼い血管がはっきりと見え出した。それは、大樹の根のようであり、枝のようであった。三人の老神父は、瞬く間に分岐する流線に覆われていく少年の肌に目を奪われた。彼らが何も考える間もなく、床に押し付けていた少年の身体はなくなり、爆発的に伸び出している葡萄の樹が替わりに現われていた。伸び続ける蔓は、ジョンの咽を締め上げた。そのまま、伸び上がって、天井を突き破る。蔓は、泡を吹いているジョンを丘のふもとまで放り投げた。手を搦め捕られたポールも、足首を巻き付かれたジョージも、同様に放り出された。
 小川に落ち込んだ三人は、恐怖に震えるあまりに、その身体は、鯰へと変わってしまっていた。彼らは、小川を辿って、沼へと逃げていった。沼の底で、震えている。
 教会を打ち破った葡萄の樹は、はやくも、豊かな実を吊り下げていた。その樹冠の頂には、数千年の命を持つ緑人が寝そべっていた。
 リコは、余るほどの葡萄を口にし、千鳥足になっていた。






 この歌も、キリスト教(カソリック、英国国教会、ピューリタン等)を捨て去り、土着の信仰を取り戻すと言う話に読んで見ました。
 グリーンマンも、豊饒の神ですので、ディオニューソスになぞらえてみました。
posted by ノエルかえる at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Mr.A

「 New Broom 」の歌詞には、米国の著名なコミック作家Steve Ditko 氏の名前があります。それに続けて、彼の作品中の人物、Mr.A が登場しています。

Mr.A : DIAL B for BLOG

posted by ノエルかえる at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Take Away/The Lure of Salvage | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

Melt the Guns

 「 Melt the Guns 」の発想は、Steve Ditko のコミックの主人公から得たのだ、と言われています。『ソング・ストーリーズ』では、その主人公は、銃を武器にしているのだけれど、銃を手に持っていることで、自分は汚染されていると感じている人物、と説明されています。作品名やその主人公の名前が挙げられてないので、確かには分かりません。
 Steve Ditko は、『スパイダー・マン』の共作者の一人として知られているコミック作家です。『ハルク』の何話かも手掛けています。
 その他に彼の作った人物は、Hawk and Dove、The Odd man、Doctor Strange、Electro、Kraven the Hunter、The Mocker、Mr.A、Speedball などがいます。
 銃を武器にしているというのは、スパイダー・マンの敵役のKraven the Hunter です。ですけれど、性格は違うようでもあります。web の検索だけでは、分かりません。


Steve Ditko .com


追記
 Steve Ditko の作品中の人物は、パートリッジの『Take away』中の「New Broom」の歌詞にも登場します。Steve Ditko 自身も、Mr.Ditko と、登場しています。
posted by ノエルかえる at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

アルバム『 English Settlement 』

 アルバム『 English Settlement 』所収の歌「 Senses Working Overtime 」は、推敲を重ねるうち二つに分裂してしまった「 The Wonderment 」の片方が発展して完成されたものです。もう片方は、「Tissue Tigers 」です。 「 The Wonderment 」は、生きる喜びを歌おうとしたものだったそうです。歌詞は主に、「 Senses Working Overtime 」へ引き継がれたのでしょう。
 この「 The Wonderment 」の分裂は、けれども、この一曲に限ったことではないように思います。アルバム『 English Settlement 』全体が、「 Senses Working Overtime 」と「Tissue Tigers 」の二つの面に別れているようです。ひとつは、バラッド(物語歌)で、もうひとつは、輪舞のような、ぐるぐる輪を回る、祭儀的な感覚を呼び起こすものです。バラッドの面を最もよく表しているのは、アルバムには収められなかった「Punch and Judy」でしょう。「Jason and the Argonauts 」が、輪舞的な面の代表です。
 他のバッラド面は、「 No Thugs in Our House 」「 All of Sudden 」「 Leisure 」「Snowman 」。
 輪舞面は、「 Yacht Dance 」「 Melt the Guns 」「It's Nearly Africa 」「 Down in the Cockpit 」。
 ムールディングの歌は、この分裂には、考えていません。バラッドへと、輪舞へとの、相反するように思われるものへの傾向は、パートリッジが持っている、流麗なオーケストラと濁ったエレクトリック音響への嗜好が同時にあるのと同様に、常に抱えている矛盾なのでしょう。
 アルバムは、この二つの傾向が混在しているために、所収の15曲の全曲を通して聴くと、散漫な印象があるかもしれません。けれども、どちらか一方の面だけでは、単調になるでしょうから、この混在は、却って、好結果をもたらしていると思います。
 しかしながら、バラッドも、輪舞も、共通の基盤には載っているのだと思います。輪舞は、決して、舞踏会のホールのような所でのものではありません。ストーンヘンジ内での、密儀の様な感覚です。バラッドも、「 Punch and Judy 」のように、辻の露天で行われる劇の伴随音楽です。双方とも、土着的であり、民衆的です。
 「 No Thugs in Our House 」も、「Rock'n' Roll 」には聴こえません。パンチアンドジュリー劇同様、露天の台の上で見せている人形劇で、その台の脇で歌い上げている刺繍入りの衣装を着た男が想像されます。
 XTC の経歴を見ると、音楽的な発展は、『 Drums and Wires 』からこの『 English Settlement 』へ繋がるようです。『 Drums and Wires 』で、自分たちの音楽の骨格を得ることに成功した彼らは、このアルバムで、それに肉付けをすることになったのでしょう。それは、暖かい湿り気を含んだ大気のようで、私たちの肌に、静かに、けれども、深く浸透するのです。完成されなかった「 The Wonderment 」の主題の「生命」は、この音の感触の中で、再現されたのかも知れません。そして、この主題は、次のアルバム『 Mummer 』で、より昇華されることになります。


Album details:Idea


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posted by ノエルかえる at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする