2007年05月29日

『Glory Bumps』

 『Glory Bumps』とおまけ『having a moment』が、もう来ました。
昨夜、一度だけ聴きました。
 『Cormotant』にあったような、静謐な深みと言う印象ではありませんでした。陶酔する浮遊感の『Monstrance』とは、かなり違う印象です。『Cormotant』のほうが、『Monstrance』に近い印象を覚えました。
 『Cormotant』は、ジャズ・フィールドの音楽と言ってもいいようでしたけれど、『Glory Bumps』は、ロック・フィールドにあるようです。とはいっても、初期の頃の、ある種のダンス音楽ではないようです。重いビートが、感覚を麻痺させるようで、禍々しさを感じます。『Monstrance』セッションの演奏をループにして使ってあるということです。アルバム『Monstrance』のものはないのでしょう。『Monstrance』だと、分かりやすいのは、終尾のインストルメンタル曲「Yarg 7」です。
 『Naked Apes & Pond Life』、『Cormotant』と静謐さが印象的だった、シェリークバックでしたけれど、また違った面へ移ったのでしょうか。


 iTunes store.us では、シェリークバックのビデオ「Nemesis」が販売されています。

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2007年05月21日

Wonder Annual

 『Fuzzy Warbles』シリーズは、XTC のデモンストレーション・テイク集と言うのとは、結果として、異なったものになりました。
 パートリッジの、意図と言うのは、インタビューなどからは、確信されるものが窺えないのですけれど。
 それでも、「Wonder Annual」に固執していたことは、分かります。これを、どうしても発表したかったのでしょうか。それにしても、完成しないままでも、発表を望んだのか知ら。

 さて、インタビューでは、幾度も言及されている「Wonder Annual」なのですが、Idea フォーラムの「Fuzzy Warbles, single favorite track」では、今の所、この歌を挙げる方はいないようです。
 XTC のファンの大部分は、アンディ・パートリッジのポップ・ソングと歌い方、声が好きだから、と言われます。それなのに、ムールディング、グレゴリーが不可にしても、それでも、この歌が傑作だと主張するパートリッジの見方には、同調しないのか知ら。

posted by ノエルかえる at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Fuzzy Warbles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

AサイドBサイド

 アルバム『Go 2』は、パートリッジ、ムールディングとも振り返ってみて、好ましく思っていない作品のようです。製作当時のバンド内の諍いが思い返されるからかもしれません。諍いは、パートリッジとアンドリューズの間に起こったものですが。
 収録された歌も、前作からの間も少ない上に、過密な日程に組まれたステージに追われ、作歌に専念出来ないままに書き散らしたものだと、言っていますけれど。出来上がった作品は、傑出したものとなっていると思います。
 よい結果になったのは、短期間であったことや、バンド内の緊張が、彼らから意図した演技を取り去り、無意識に持っている彼らの音楽の資質を浮び上がらせたからかもしれません。

 それで、これも意図したことではないのでしょうけれど、『GO 2』は、AサイドとBサイドに分かれてしまっています。ANDY-side と、BARRY-side です。アルバムのA面が、忙しなく動き回る甲虫、あるいは、絶え間ない衝突音を伴いながら断続した動きをする玩具を想起させる、パートリッジの面。B面が、霧の夜のような、底知れない恐怖感と、肌に粘り着く不快感を持った、アンドリューズの面、です。
 それぞれの面を、パートリッジもアンドリューズも、高い緊張感を持って、引立てていると思います。

 このアルバムで、訝しく思っていることが、私にはあります。「Andy paints Brian」という添え書きです。これは、このアルバムが、当初、Brian Eno に制作を委ねる計画だった為、パートリッジが、Eno への献辞として書いた歌に付けられています。その歌は、「Battery Brides」です。けれども、このミニマル歌謡は、Eno 的なのでしょうか。「Life is Good in the Greenhouse」の方が、Eno 的に、私は思うのですけれど。
 (英国の作曲家で、Brian といえば、Ferneyhough かも知れませんけれど…)


 A面とB面の違いは、発表当時は、レビューなどで言及されていたように覚えるのですが。あるいは、渋谷陽一 氏が、ラジオで言われていたのか知ら。

オペラ『Shadowtime

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2007年05月10日

アルバム『Mummer』

 アルバム『Mummer』は、XTC の経歴の中でも、もっとも彼らの特性が面に現れているものかもしれません。このアルバムでは、彼らは、面を被る無言劇の扮装をしているのですが。
 また、このアルバムから、パートリッジは、音盤を作り上げる、その過程にも意識を持って臨むようになりました。録音を記録ではなく、作品へと織り上げていく過程だと考えるように。それが、このアルバム以降では、扮装をした写真を使うこととも繋がっていると思います。音盤を、独立した作品と考え、その中で演奏している自分達も、実際の自分達ではなく、創造された架空の人物と看做しているのです。
(架空の人物が、現実世界の舞台に上がって演奏することは不可能です)
(『Black Sea』でも、当初は架空のバンドを構想していたので扮装してますが)

 このアルバムの魅力は、それぞれの歌が、お互いに反映し合っていることから発していると考えます。一つの歌の余韻が、別の歌に浸透して、響きを増幅しているようです。その干渉が成功しているのです。
 「Wonderland」は、「水辺」「少女」と言う印象を浮かべています。それは、「Ladybird」の「草地」「成人女性」との印象の下層となっています。そして、「Ladybird」の「虫」「火事」と言う印象は、「Great Fire」を惹起します。また、同時に、「Wonderland」にある「冷たい水」の印象は、「Great Fire」へ挿入されています。そして、「Great Fire」で吹き上がった「風」は、「Me and the Wind」を吹き抜けています。一方で、「Ladybird」の「草地」は、「 In Loving Memory of a Name」の「墓地公園」へと続いています。
 また、ムールディングの「Wonderland」「Deliver Us from the Elements」「In Loving memory of name」は、「水」「気(空)」「土(人)」の象徴になっています。これに、パートリッジの「Great Fire」「Ladybird」「Me and the Wind」が「火」「大地」「風」となって呼応しています。同時に、この三つは、「現在」「未来」「過去」でもあります。

 『Mummer』は、『Skylarking』がそうであるように、一人の者が明確な意図を持って、構成したものではないでしょう。偶然が重なって出来した一期一会のものなのでしょう。偶々そこに落ちていた石に、どういう加減か木漏れ日が射してその先端に当たり、光が回析を起して周囲に幾本もの異った色の光線を投げ、それが、また、別のものに当って変調された光を投げ…。
 ある種の不可思議さが、この『Mummer』にはある様です。それは、ゆらぎなのかも知れません。「Wonderland」で、静かな池の中に深く沈められた鐘が鳴って起ったゆらぎは、アルバムを通して聴こえてくるようで、「Me and the Wind」の、高い空で鳴っている虎落笛にまで、伝わっているようです。


Album deatails: Idea


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2007年05月08日

Rook

 パートリッジは、数ヶ月の間一音も記譜出来ずにいた後に湧き上がった四つの和声が基になったものが、「Rook」だと言っています。
 歌は、その和声をピアノで一つずつ引き伸ばすように鳴らす部分と、ピアノの震音でなされている部分が、合わせられる二面となっています。
 含まれた音が重さとなって、地面へと沈み込んでいくような印象を齎すその和声は、教会の鐘を連想させます。鐘が、複雑な倍音を孕んでいるように、ピアノで奏でられる「Rook」の和声も、倍音によって押されてない鍵が鳴り、幻聴のような旋律が聴かれる気がします。
 和声の中で聴かれるその幻聴のような旋律は、震音の部分に反照します。その反照は、和声の部分の歌の旋律を、震音の部分では、反転させる要素となっているようです。それも、和声の部分の短調を、震音の部分では長調へと変えることも伴っています。
 
 パートリッジは、和声に導かれながら旋律を作り、そこから歌詞を連想したと言うことです。その際連想したのは「死」なのだそうです。けれども、その「死」は、短調部分の凝固するような重い面と、長調部分の浮遊するような軽い面が、同時にあるのでしょうか。
 歌詞を見ても、二種類の鳥が歌われ、それぞれ、違った役割が与えられているようです。
 「Rook」は、凝視するものです。「Crow」は、吐き出すものです。そして、「Rook」には、book、brook といった硬質な感の語が重ねられて、暗黒の印象を作り、一方で、「Crow」には、cloud、soul といった柔和な感の語が重ねられて、輝く白の印象を作っています。

 「死」の持つ、全く相反する印象の二面を、硬貨の表裏のように一つに創り上げた、パートリッジの最大の傑作ではないでしょうか。


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「Rook」from 『Fuzzy Warbles 5』Andy Partridge on iTunes music store

posted by ノエルかえる at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Helium

 XTCは、レコードデビュー前に、Helium kids と言うバンド名を使用していましたが、『Helium』と言うタイトルのアルバムがありました。2000年に発表された、Tin Hat Trio のアルバムです。
 ジャズ、フォーク、クラシック等々を混淆した、室内音楽です。

Tin Hat Trio

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2007年05月04日

ウィキペデイアの記事 2

 ウィキペデイアのXTC の項で、もう一つ気になっていることがあります。それは、バンドの基本的な資料になることですので、記しておきます。
 バンド名、XTC 。「アンディ・パートリッジがEcstasyを捩ったもの。」と説明されています。これは間違いです。
 XTC と言う名称は、パートリッジが、ジミー・デュランテの伝記映画を見ていて、その中で、デュランテの言った言葉が、何と言ったのかは分からなかったのだけれど、その響きがいいので、耳で聞いたままメモしていたものを、使用したものです。
 実際に、デュランテは、「ecstasy」とは言ったのですが。その言葉は、ピアノでコードを探っていて、思わずいいコードを見つけた時に出たものだということです。
 ですので、XTC は、「ecstasy」と言う語とは直接の関係はないのでしょう。無機的で、記号的な感じが良かったのではないでしょうか。

 デュランテについては、以前の記事を Jimmy Durante

posted by ノエルかえる at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月03日

アルバム『 Drums and Wires 』

 アルバム『 Drums and Wires 』は、A面に6曲、B面に6曲が収められ、付録のシングルで2曲が加えられて、発表されました。14曲が『 Drums and Wires 』と言う題名でまとめられています。
 インナースリーブには、エレベーターホールの前に並んだメンバーの写真が載せられています。
 中央に、黒のシャツとパンツのパートリッジとムールディング。パートリッジは、絨毯敷の床に伏せて上体だけ反らせて起しています。ムールディングは、その後ろに立って。左に離れて、チェンバースが煙草の吸殻捨ての箱の上に座っています。右には、中央の二人の脇に、グレゴリーが、床に膝をついてしゃがんでいます。四人の顔の位置を、点にして結ぶと、やや歪んだ菱形になります。
 後ろのエレベーターの扉は閉まっていて、下降の灯が点いています。壁はコンクリートが剥き出しです。床の絨毯も厚みはないように見えて、コンクリートの硬さを感じさせます。合金と思われる扉の後ろのエレベーターは、もちろん、立方体です。
 この写真の印象は、アルバムの内容と、そのまま重なるようです。とても素っ気なく、そして、薄いフェルトで覆われているけれども硬質で、そして、幾何的で合理に見えるけれど何処か均整を欠いているようにも思える、そんな印象です。

 『 Drums and Wires 』は、XTC の最後のフロアのための歌集ではないでしょうか。ここでの彼らは、フロアの上で音を放っています。聴衆が立つ同じフロアの上でです。自分達が起す律動に乗り、自分達は音を放つ心地良さを感じているようです。一方、その律動に聴衆が乗って踊ることも、興趣の中にあるようです。これ以降、彼ら(パートリッジ)は、book となる歌を作り始めます。

 アルバムに収められたムールディングの4曲は、どれも完成度の高いもので、技法も彼独自のものを手にしています。(左右のギターに異なったリフを当て、それを統合して、複雑なものに聴かせると言う手法です。) そのため、アルバムの印象も、彼の歌に拠っているのではないでしょうか。ムールディングのこの時期の歌は、同輩のトーキング・ヘッズとも通底しています。感情を排した乾いた感覚が、この時期のポップ・ソングには好まれていたのでしょう。ポップ・ソングとしてのXTC の印象は、実は、ムールディングのものではないかと、私は思います。簡素で、しかし、人目を惹付けるという、「ポップ」の面はムールディングが負っていると。
 このアルバムも、もし、ラングレンが制作したのなら、ムールディングの歌からストーリーを作ったかもしれません。アルバムに収められなかった多くの歌、「Beautiful people」「Someon''s Been in My Room」「Cheap Perfume」などを加えれば、『ナイジェル物語』が出来ていたかも、と思ってしまいます。

 アルバム『 Drums and Wires 』の核は、A面最後の「Roads Girdle the Globe」からB面の二曲「Real by reel」「Millions」にあるかと思います。パートリッジの、険しい岩山の頂に立っているような、孤絶した感のする旋律と、微細な網目を持つような和声は、「ポップ」ではなく、沈潜したものです。(ポピュラー音楽ではありますけれど)
 この三曲と、ムールディングの硬質な表面下に潜まされた感傷を感じさせる四曲は、均衡を取り合って、アルバムを成立させているようです。
 けれども、「Helicopter」「Outside World」「Scissor Man」の三曲は、アルバムとの関連性が強く感じられません。「Outside World」「Scissor Man」は、ダブの試みという点が考えられますけれど。楽曲としては、XTC の水準に全く及んでいない「Helicopter」は、どうなのでしょうか。アルバムに収められなかった、「Pulsing pulsing」を、付録の「Chain of Command」と共に、「Helicopter」「Outside World」と取り換えれば、歌詞の面からは、物理的、即物的という関連が生まれるのではないかと思うのです。
 『Go 2』までで、アメリカンコミックの世界を表出していた彼らは、ここで、もっと幼い時期の稚気に向かったのでしょうか。絵本やブロック遊びのような。そうならば、それが、『Black Sea』以降の、Rhyme へ繋がる契機になったのかも知れません。そのように考えて、レゴブロックの歌も収めておこうかと思います。

 パートリッジは、このアルバム制作に臨んで、「頭の割れるようなでかい音を」と求めたとのことです。アルバムから聴かれる印象は、けれども、静止的なものです。それは、音のない、あるいは、小さな音があるだけの静かさではありません。轟音の静かさです。爆破の音が他を圧して無音化し、また、その衝撃で、私たちの見る光景も停止してしまった、そのような静止の空間が開けてしまったような。


 「Complicated Game」は、発表当初のLPでは、ムールディングの作とクレジットがありました。『Go 2』の終尾の歌「I am the Audience」もムールディングのものだったので、当時は、このような重たい歌はムールディングなのだろうと納得してたものでした。



Album deatails: Idea

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2007年05月02日

George Formby

 4月29日付Myspce のTodd Bernhardt さんによる パートリッジのインタビューは、「We're All Light」に関してでした。
 そのなかで、パートリッジは、彼の傾倒している演奏家を上げていたのが興味を引きました。George Formby と言う人です。20年代、30年代に活躍した、ウクレレとバンジョーの演奏家ということです。その頃の音楽を聴くと幸福になると、パートリッジは言っています。彼の高音を使うギターの奏法も、その頃の音楽を指向してのようです。
 ジュディ・シル( Judee Sill )も、パートリッジの好む作歌家とのことです。それを踏まえて、『アップルビーナス』シリーズを聴くと、彼の旋律に、シルの影響を感じます。同様に、George Formby の音楽も、パートリッジの音楽の所々に、現れているのでしょう。

George Formby Society

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2007年05月01日

ウィキペデイアの記事

 今日(5月1日)、ウィキペデイア(jp)のXTC の項を見ると、コリン・ムールディングは、2006年11月脱退と記載されていました。これは、確実な言明に基づいているのか知ら。パートリッジの一連のインタビュー記事しか、私は知らないのですが。ムールディング贔屓の私としては、未だ、ムールディングはXTC のメンバーだと思っていますけれど。
 昨クリスマスのムールディングの伝言では、作歌の可能性を保留していました。彼が、新しい歌を発表するとすれば、XTC ブランドでだと思います。
 むしろ、パートリッジの方が、XTC 下の創作に気持ちがないのかもしれません。『Apple Box』に収められたムールディングの「Say it」も、ムールディングは、『Wasp Star』の次のアルバムに収められることを考えていたようですし。
 パートリッジに関しては、Monstrance での演奏の方が、彼の本質なのだろうと思いますし、XTC での歌よりも魅力があります。これを続けて欲しいものです。一方、できれば、ムールディングの歌のために、XTC 名のシングルを作ることも、パートリッジには考えて欲しいのですが、、
 『ノンサッチ』以降は、ムールディングのシングルと言うのは、web からダウンロードの「Where Did The Ordinary People Go?」だけですもの。

posted by ノエルかえる at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする