2007年06月28日

Towers of London:歌詞 the men

 「Towers of London」の歌詞中、
did you watch over the men who fell
ですが、ここにある「the men」は、もちろん、一般的(抽象的で任意の)な「人」ではありません。
  「 ordinary members of the armed forces as distinct from the officers 」(oxford american dictionaries) です。兵士、下男などです。
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2007年06月27日

人魚姫 (Seagulls Screaming Kiss Her kiss Her)

 明るさはあるのだけれど、空は晴れわたっているわけではない。薄い灰色の靄が降りている。高空では冷たい風が吹荒んでいるのだろう。まだ温かみのある海面と高空との間で、空気は乱れている。靄が渦巻いているようだ。キャンパスの上の筆跡のように、陰影がその渦を見せている。
 海岸には、波が、絶えることなく打寄せている。砂浜に紋様を描いては、消し去って。僕は、また、この長い浜を歩いている。もう用済みになった腰掛には、防水シートが掛けられているから、休んで、海をうち眺めることも出来ない。歩きながら、波の描く紋様を見詰めている。
 それは、あの日と同じだ。思い出そうとして、夢見心地に誘われそうになると、向こうで鳴る吹流しのはためく音が、はっきりと聴こえて、幻想を吹払ってしまう。
 あの日、夏はすっかり過ぎてしまった九月の日、僕は、やはり、この海岸に来ていた。バカンスの客たちは、もう帰ってしまっていたけれど、僕は、残っていた。僕は、朝まだきの中、素足を砂に減込ませるようにして歩き、その冷たさを喜んでいた。そして、僕は、彼女を見つけた。
 それは、前日に、僕が造った砂山を波が彫像したものではないかと、目に入った瞬間は思ったのだけれど。そうではなく、一人の少女だった。波打ち際に、半身だけを見せて、俯せに横たわっていた。僕が近づくと、少女は半身を反り挙げて、僕に縋ってきた。波の中にある半身は、魚だった。
 彼女は、人魚だった。
 僕は、彼女を波から抱き上げるべきだったのだろうか。縋り付こうとする彼女は、けれども、波から抜け出ることは出来ないようだった。僕は、、 驚愕して砂に尻を突いた僕は、そのままの格好で後ずさりするばかりだった。幾杯もの波が人魚を洗った。そして、砂になってしまった。

 もう十一月になってしまった。砂は凍てついていて、とても素足にはなれない。僕は、人魚がいた辺りの砂を見詰めている。波の描くその紋様は、彼女の髪の型のよう、、
 目の前を、鴎が羽撃いて行った。その拡げた翼を漉かした光が、彩光のように輝いて、回っている。




"Seagulls Screaming Kiss Her kiss Her" on iTunes store

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2007年06月25日

猫公爵の倫敦見聞録 ( Towers of London )

 吾輩ハ、猫公爵デアル。此所、倫敦ノ地ニ、遥カ東方ノ邦ヨリ見聞に参ッタ。

 時ハ、正ニ、ビクトリア女王陛下ノ治下、大英帝国ノ盛栄ノ時ナル。ソノ活動力ノ激烈ナ様ハ、英国ニ上陸シタ折ヨリ明白デハアル。機関車ノ凄マジキ速サハ、近代ノ表象ナル。シカレドモ、吾輩ハ、ソノ機関車、ステプネイ号ナル名前ナル、車中ニテ、コノ高速ノ乗物ニテ始終移動シテ居ルト言フ、ビジネスマンニ話ヲ聞イタナル。
 エイボン川ニ、鋼鉄ノ橋ガ架カッテ居ル、ト。
吾輩ハ、ソレヲ見ント所望スルナル。オオ、英国ハ、鋼鉄ノ国ナル。鋼鉄ノ軌道ガ敷カレ、鋼鉄ノ汽車ガ走リ、鋼鉄ノ塔ガ立ツナル。アア、鋼鉄ノ響ガ鳴リ続イテイルナル。

クリフトン橋! 鋼鉄ノ筋肉ニヨリ中空ニ支エラレテイルソノ美麗!

建設中ニ、工兵ガ落チタト? ソレハ知ラヌコト、ソノヨフナコトモアロウ。

クリフトン橋! ソノ美麗!

オーストラリア連邦ハ成ッタ、トハ言ヘドモ、陛下ノ御力ハユルギナイ。
儀仗任務ノ近衛兵ノ美麗!
エイジプトヲ掌中ニシタ、陛下ノ御力ハユルギナイ。
打響ク長靴ノ音!
アイルランド自治ハ、未ダ、尚早ナル。

オオ、クリフトン橋ガ見ヘテ来タ、
何ト云フ見事サ!

雨中ヲ機関車ガ疾走スル、ターナーノ絵ノ様デハナイカ。

汽車ノ窓外ニハ、工夫ドモノ汗ガ飛ビ散ッテ居ルト?
卑小ノ者ハ目ニハ入ラヌ、ソレヨリモ、アノ橋ノ偉大サヨ。

カーン、カーン、カーン
アノ鋼鉄ノ響ヲ聴ケヨ!

カーン、カーン、カーン カーン、カーン、カーン
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2007年06月23日

威風堂々 XTC

 アンディ・パートリッジ、コリン・ムールディングによるXTC は、英国のポピュラー音楽のバンドです。
 英国の、最も著名な音楽家と言えば、サー・エドワード・エルガー Sir. Edward Elgar でしょう。『威風堂々 Pomp and Circumstance 』は、日本でもよく知られています。
 ところで、エルガーには、本人の遺言で未発表にされていた「XTC」という題の歌曲があります。エルガーの遺作です。
 この曲が、初めてレコードに録音されました。
ピアノ:David Owen Norris
ソプラノ:Amanda Pitt
テナー:Mark Wilde
バリトン:Peter Savidge
聴いていないので、誰が歌っているのだか分かりませんが、

『歌曲、ピアノ曲集:エルガー』 on HMV

on Amazon.uk

Avie レコードのカタログの詳細記事

試聴:New Releases on MP3



The Works の記事

BBC news


David Owen Norris webページ

Amand Pitt webページ

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2007年06月19日

an Apple seed

 『Wasp Star』のCDパッケージ、開いて中央のディスクの留め具、そのなかに、林檎の種の絵。
 でも、宇宙に浮かぶ木星のような惑星の写真にも見えます。
 パッケージ裏の、電子画面様の文字は、『2001年 宇宙の旅』のHAL9000 を思い起こさせますし、このアルバムで、XTC は、スターチャイルドに還った、と想像してみたりします。 
 『Wasp Star』は、『Aplle Venus』の俗の面、地上の面なのですけれど、、
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2007年06月11日

アルバム『Go 2』

 ロック音楽、ジャズもですけれど、は、もともと黒人のものだと言われることが多いようです。けれども、それは、あまりに表面的なことだと思います。ロック音楽も含めて、ジャズ音楽を演奏していたのは、主に黒人の人たちであったことは、そうなのですけれど。
 ここで言う、「黒人」は、合衆国に住んでいるアフリカ系移民のことですけれど。
 「黒人」の音楽と言うのならば、その音楽は、黒人独自の文化の上にあることが前提されます。そうすると、当然、移住させられた土地での変容はあるとしても、アフリカの文化(それも土地土地で多様でしょうけれども)が、その基盤でしょう。ところで、ジャズ音楽(ロックを含む)を素直に聴いて、それがアフリカ文化のものに聴こえるでしょうか。
 ジャズ(ロック)は、コンボなどの編成で演奏されます。この編成は、明らかに西洋的です。オーケストラや、四重奏と相似です。アフリカ文化の音楽とは、違っています。(南アメリカ大陸で発生したものは、アフリカ的な面があるのですが。) 
 ジャズ(ロック)は、アフリカ系の人びとが独自の音楽を継承、発展しようとしたものではなくて、西洋(白人)の文化に寄りかかって生まれたものではないでしょうか。西洋の楽器と、その編成を使って、白人達の音楽を聞きながら作られたものだと思うのです。
 無論、それは、西洋の音楽作法を正式に学んで、と言うものではありません。我流に模倣したものでしょう。ですから、ジャズ(ロック)音楽は、西洋の周辺文化の音楽の一つだと考えた方がよいでしょう。欧州大陸では、西洋文化の中心に入ることが出来ないロマの人びとが、西洋文化を反転させた鏡像のように映していました。それと、同様に、西洋式社会に圧迫されながら、それから逃れられることの出来ない黒人移民達は、西洋音楽を、張子のように、手に取ったのではないでしょうか。
 また、ジャズそしてロック音楽のそれぞれの中心となる楽器は、サクソフォーンであり、エレクトリック・ギターです。サクソフォーンは、19世紀半ば、エレクトリック・ギターは、20世紀に作られた新しい楽器です。双方とも、西洋の工業化された社会の中で作られた楽器です。もちろん、黒人(アフリカの人びと)の文化からではありません。
 ジャズ(ロック)が、西洋(白人)の音楽だとします。では、その特徴を、普遍性に見ることが出来るでしょう。それは、オーケストラ音楽が普遍的だということと同じです。(だから、ジャズ(ロック)は世界中で受容されたのでしょうか) 
 普遍的と言うのは、外在化された定式を持っているということなのですが。目に見えやすい構造があるということです。構造が明かであると、それを、一人の意図で操作が可能になります。(オーケストラを一人の指揮者が指揮するように) それは、その集合が一つの目的を持っていることを明示化もしているのです。工場が、そうであるようにです。
 ロック音楽が、8ビート、16ビートと言うリズムで拘束されているのは、このような構造を、社会から投影されていると共に、工場の出す規則的な(機械が出すのですから)音を反映しているのでしょう。

 『Go 2』は、この構造の究極の姿なのではないでしょうか。そうではなくて、構造だけを抜き出したものなのか知ら。
 その上、XTC は、構造化を、外在化される定式に留めることなく、各楽器パートにまで及ばせています。歌のリズムに合わせて、各楽器が伴奏するのではなくなっています。各楽器パートも、それぞれ独立に構造化されて定式を持つようになってしまいました。それが、ミニマリズムの風貌をもたらせているのでしょう。
 『Go 2』では、主役である歌、一人の意図、はなく、分散する世界があるのです。それは、わたしたちの世界の見方の変化と対応するかのようです。技術の展開に従って、身体全体でなく、細胞の次元、そして、その細胞の分子の次元、で見るようになって、一人を複雑な系で包括される群だと見ることに似て。
 そのような感覚のこのアルバムは、XTC という、数式、あるいは記号のようなバンド名に、最も相応しいアルバムではないでしょうか。


Album deatails: Idea

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2007年06月07日

Sgt. Pepper's Lonley Hearts Club Band

 書店に入ると、The Beatles の写真が目に止まりました。67年の6月に『Sgt. Pepper's Lonley Hearts Club Band』が発表されて40年ということで、雑誌「ロッキングオン」が特集していたのでした。
 『ペッパーズ』的なアルバムということで、XTC からは、『Oranges and Lemons』が選ばれていました。どうしてか知ら。『オレンジズ』は、最も、『ペッパーズ』から遠いはずですけれど。全体の明るい印象は似ていますけれど。それに、アートワークが赤味がちの暖色なのも。けれども、アートワークにしても、『ペッパーズ』ではなくて、『Oldies but Goldies』に近いでしょう。
 「ストロベリーフィールド フォーエバー」「ペニー・レイン」が、アルバムからは外れてしまったけれども、それでもやはり、『Sgt. Pepper's Lonley Hearts Club Band』のテーマは、少年性なのでしょう。また、仮装という面もあります。それに当たるXTC のアルバムは、『Mummer』から『The Big Express』『Skylarking』までの三作がそうではないでしょうか。
 これらはどれも、青味がかった寒色の印象で、『ペッパーズ』とは対称的ですが。また、ビートルズが、『ペッパーズ』制作に当たっては、メンバーもスタッフも一致団結して、納得できる仕上がりまで没頭できたそうです。一方、XTC は、制作を担当したナイ、ロード、の二人は、契約期間を延長出来ずに、途中で降板。ラングレンとは協調出来ず、ミキシングにはバンドは立合わずに仕上げられたとのことです。バンドのメンバー間の確執も。これも、ビートルズとは対称的です。
 けれども、この三作の内容は、自分達の幼、少年期の姿を、それを育んだ土地と共に、想像世界中に顕現させるというものです。『ペッパーズ』は、それが甘美な感覚を伴っているのですが、『Mummer』『Big Express』『Skylarking』では、苦い感覚が伴っています。それらは、仮装劇で演じられもします。
 ですから、『ペッパーズ』というのなら、上記三作だと思うのですけれど。
 『オレンジズ』は、祭りの体裁はとっていますけれど、インナースリーブの写真のように、レコード制作時の彼らの素の顔が映っているように思います。
posted by ノエルかえる at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

Seagulls play domino

 「Seagulls Screaming Kiss Her kiss Her」を聴いていると、コードが同じなのでしょうか、あるいは、旋律線が鏡像のように反転しているようにも思えたりもしますが、Syd Barrett の「Domineos」が浮かんできます。
 『The Big Express』セッションのシングル「Red Brick Dream」も、『原子心母』の頃までのピンク・フロイドのコードに似た雰囲気です。

posted by ノエルかえる at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Seagulls Screaming Kiss Her kiss Her

 エレクトリック・ギターとスウィンドンが軸のはずの『The Big Express』。その中で、両方とも満たしていない「Seagulls Screaming Kiss Her kiss Her」。やや似た構成を持つ「You're the Wish You are I had」は、スウィンドン市のバスが登場し、間奏に、撓められたエレクトリック・ギターが使われているのに。(スウィンドン市バスの停車を求めるボタンが、シングル「This World over」のアートワークに使用されています)
 けれども、このアルバムの焦点はこの歌にあると感じます。パートリッジの歌の典型的な型、圧縮されたバース、張裂けるまで緊張を高めるブリッジ、浮揚感に開放されるコーラス、が成功しています。
(テンポは、もっとゆっくりでも良かったかとは思うのですが)

 パートリッジが作歌に当たって、終止、キーボードで作ったものだということです。その上、水のイメージで作られています。すると、それは、ムールディングの「Wonder Land」に通じます。ムールディングが、水底に沈んだ鐘の音のような深い音を中心に作っていたのに対して、パートリッジは、乾いた木製の甲高い音を中心に作っています。それは、飛沫する水滴の印象なのでしょうか。
 ですので、この歌は、パートリッジが、「Wonder Land」に触発されて書いたものだろうかと思っていたのですけれど、実際は、『English Settlement』の頃から書き始めていたのだそうです。

 バースは、旋律が非常に大きな力で押し潰されたようなのですが、それは、隆起しては沈み込む波に、海自身の大量の水の重力と、それを払いのける程の張力が鬩ぎ合う様子を連想させ、海の重みを感じさせます。
 その重たい海の光景は、以前の作品『Black Sea』のアートワークを想起させます。(歌詞にも、black coastline と、出てきますけれど)
 ブリッジでは、杳い波打ち際で立ち騒ぐ鴎。その甲高い鳴声が、音像化されています。歌詞の「screaming」は、スクリューにも通じますし、巻貝をも連想させるかも知れません。
 そして、コーラスの浮遊感は、霧中にいる感覚を与えます。コーダは、落下の感覚。
 歌詞には、「screaming」の他にも、「tug」という、船・海を連想させる語が使われています。「牽き綱」が鳴る音が「Skylarking」のもう一つの意味でもあるのなら、「Seagulls Screaming Kiss Her kiss Her」は、『Skylarking』との紐帯でもあるのかも知れません。また、「砂に還る」という行は、人魚姫を連想させますから、『Skylarking』の「Mermaid Smiled」につながるようです。

 何より、この歌の特徴は、パートリッジの二つの面、呪文を唱えながらぐるぐる回るという面と、辻で演じられる歌物語の面、それが融合していることにあります。キーボードとウッドブロック様の打音の反復は、ただ、歌詞の旋律の背景であるのではなく、独立して一つの情景を生み出しています。その情景の揺らぎが、旋律の揺動と不思議な調和を鳴らしています。
posted by ノエルかえる at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする