2007年11月25日

お父さん、僕を抱きしめて下さいね。

お父さん、お元気ですか、
感謝祭が楽しみですね。

……、

 お父さん、これが戦場なんですね。お父さんの話、もっとよく聞いて置けばよかった。銃を撃つなんて、もっと簡単なことだと思ってました。
 僕、今、砂にまみれて地面に転がってます。顔なんか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃです。
 お父さん、僕を抱きしめて下さいね。
 弾って、こんな味だったのですね。戦場では、若造と老兵は役立たずなのでしょうか。
 タールに浸けられたみたいに、身体が重いです。お父さん、周りが、えらく平坦に見えます。どこまでも、誰もいません。
 お父さん、僕を抱きしめて下さいね。
 臓腑が出ないように抑えていた手も、力が入らなくなりました。だから、お父さん、抱きしめていて下さいね。

今、僕、イラクのどこかです。どこだったかなぁ、、

お父さん、感謝祭には帰りますから。そうしたら、僕を抱きしめて下さいね。





もしこれをお読みになる方があれば、「Hold Me My Daddy」を大きな音量でかけて下さい。
posted by ノエルかえる at 15:50| Comment(3) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月19日

strawberry、raspberry

 ムールディングの歌「Fruit Nut」にはいくつかの果物が登場します。
strawberry とraspberry 、それから、apples と pears です。これらの語には、果物の種名と共に、意味する概念もあります。
 「strawberry」は、地上に生るものなので、「価値の低い」とか「低俗」と言う意味があります。あるいは、「痛みやすい」と言うこともあるのか知ら。また、語に含まれている「straw」は、「空虚な」と言う語感もあるでしょう。
 「raspberry」は、酸っぱさで尖らした時のような口で発語して、軽蔑の意味を表します。
「blow (you) a raspberry」での「raspberry」は、「raspberry tart」です。この「tart」が「fart」の洒落になっています。ですので、「お前に屁を吹付けてやる」と言うような意味です。
 apples と pears は、上の二つの果物と違って、「実り」「価値ある」と言うような語感です。

 ですので、歌詞のこのコーラス部分は、

僕のことを本流から外れている、
頭の空っぽの下らない輩と言う人もいるよ。
でも、いつの日にか、その人たちも分かるよ。
そうしたら、おならでも嗅がせてやろう。
だって、価値ある者は僕なのだもの。

と言うような意味です。




2012年1月11日追記:

apples and pears は、英語で、階段の意味もあるのですが。
British rhyming slang stairs
posted by ノエルかえる at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

Leisure

 今日は、『English Settlement』を聴きました。このアルバムには、優れた歌が幾つもありますけれど、私は、「Leisure」が好きです。
 アルバム全体から受ける印象は、牧歌的なものです。柔らかな草に覆われた丘が連なって、広々と開放的な感覚があります。けれども、このアルバムに相応しい季節は盛夏ではないように思われます。ムールディングは、あるインタビューで、秋が、特に九月の、それも、夕方六時から七時頃が好きだと、答えていました。やや力を失った柔らかい陽光の頃です。『English Settlement』も、そのような感触か知ら。
 「Leisure」は、そのようなアルバムの中でも、弛緩した感覚を、私に与えます。このアルバムは二枚組なのですが、その、B面とC面には、ムールディングの歌が配置されていません。そして、この両面では、パートリッジの、旋律のいくらか緩んだ歌が集められているようです。C面は、特に、旋律線が緩く撓んでいます。
 その弛緩は、緊張がほどけて、ある種の満足感に浸っていると言うのとは違っています。鉄棒から落ちまいと握っていた手が痺れて、力が入らなくなり、遂に放してしまう時の感覚のようです。それは、苦痛であり、絶望の感情をともなう筈のものですけれど、なぜか、くすぐったく可笑しさが沸き上がってきます。そのような感覚ではないか知ら。「Leisure」は、その感覚が最も強く現れています。
 これは、その後の「Desert Island」にも続きます。
 この、絶望の果ての弛緩に恍惚としていると言う感覚が魅力的です。

ムールディングが、この歌への影響を指摘しているのは、The Groundhogs の「Thank Christ For The Bomb」です。
The Groundhogs webページ



「Leisure」 on iTunes store.jp



「Thank Christ For The Bomb」 on iTunes store.uk

posted by ノエルかえる at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

This is Pop

 11月11日付の(パートリッジの誕生日でもありましたけれど)、Todd Bernhardt 氏との対談は、「This Is Pop」でした。話は、シングル版の方に付いてです。と言うのも、パートリッジは、アルバムは、もう随分の間、聴いていないので忘れているとのこと。
 このシングル版では、パートリッジは、未来的な感覚が欲しいと、制作のRobert John Lange に注文したそうです。それに応えて、Lange はフランジャーを掛けることを提案したのだそうです。
 それから、冒頭に、「YES」というパートリッジの声が加えられました。この電子的に加工された声 (細かに振動させられた) は、この歌の特質を引き出すことに成功しています。Lange の制作は、きめ細やかなので、音は鮮明で、強さもあります。冒頭の、和声も、よく聞こえます。パートリッジは、とても満足しているようです。
 けれども、私は、音のふくらみがあって空間性を感じさせる、John Leckie のアルバム版の方が好きではあるのですけれど。



「This is Pop」シングル版
on iTunes store.jp


posted by ノエルかえる at 09:56| Comment(3) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

Mr.Softee

 ムールディングの歌「Wash away」に登場する、Mr.Softee は、小さなワゴン車でアイスクリームを販売する会社の名前です。The Beatles の『Help !』にも、カイリ教徒たちがリンゴたちを追いかける時に、使っていました。あれも、Mr.Softee だったか知ら。
(ビートルズの映画のは、Mr.Whippy でした)

 ニューヨークのMr.Softee のwebページがありました。もともとは、アメリカの会社です。

Mister Softee NY

posted by ノエルかえる at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「Wash away」を含むムールディングの三曲

 ムールディングの「Wash away」は、『The Big Express』制作時に、録音されたものですけれど、アルバムには採り上げられませんでした。アルバムのためには、「Shiny Cage」も書かれていたようです。どれも、スウィンドンをテーマにしているので、収められてもよかったのではないか知ら。
 ともかく、アルバムには三曲が録音されたようです。「Wake Up」「I remember the Sun」と「Wash away」です。

 「Wash away」は、耳に易しく入って来るような歌ではありません。半音ずつ上がっていくピアノの反復が基軸になっています。それは、焦燥感に背をくすぐられているような、快と不快が入り交じっている感覚です。ムールディング自身は、このピアノの音に付いては、ビートルズの「Lady Madonna」が頭にあったのか、と言っています。ボードヴィル風と言うのは共通していますけれど、「Lady Madonna」ほど楽し気ではありません。音楽ショーではなくて、劇音楽のように聞こえます。ミュージカルの一曲のような。あるいは、クルト・ワイルのキャバレー・オペラのようだと言う方が近くないか知ら。諧謔があって、騒々しいのですが、そのグロテスクさの中に、美しさが潜んでいます。不思議な歌です。
 「Wake Up」も、静謐さと、耳障りな衝突音が入り交じっている不思議な歌ですけれど。

 この歌を、アルバムから外したのは、私は残念い思います。歌詞の主題も、スウィンドンです。その歌詞に描写されている様子も、パートリッジの「The Everyday story of Small town」に呼応しています。また、音も、「Shake you Donkey up」と釣り合っていないでしょうか。
「Reign of Blows」を外して、こちらを入れた方がよかったのでは、と思うのです。
 ムールディングの三曲と言うのは、『Mummer』もそうでした。三つの全く異なった音響が、緊張感を生じさせます。「Wake Up」「I remember the Sun」と「Wash away」も、半睡半醒と静謐、騒乱が三面の祭壇画のように合わさっているように思えます。
 そうして見ると、『Skylarking』の五曲も、「Grass」「The Meeting place」を一部、「Big Day」を一部、「Dying」「Sacrificial Bonfire」を一部の三部に見立てることも出来ないか知ら。また、『Skylarking』で、ラングレンは、ムールディングの歌に、ストーリーを見いだしてるのですけれど、同様に、『The Big Express』の三曲にも、ストーリーを感じないでしょうか。「Wake Up」、「Wash away」、「I remember the Sun」と並べば、朝から夕方への時間の流れがあります。

 ともかく、奇妙に捩れた歌の旋律は、十九世紀末から二十世紀初頭の歌謡のようでもあるのですけれど、当時から同じように続いている下層階級の節くれ立った生活の、正直な反映ではないか知ら。ときおり、ムールディングの歌を、ディケンズ風と言う人がいます。この歌などは、そのように感じさせる典型でしょう。



on iTunes store

posted by ノエルかえる at 14:02| Comment(1) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

Help!

 The Beatles の映画『 Help! 』をDVD で見ました。全編を通して見るのは、多分、始めてなのではないか知ら。
 素晴らしい映画でした。スクリーンに映し出される、演奏するビートルズのモノクロの映像に、投げつけられたピンの頭のカラーの色彩の鮮やかさから始まって、ストーリーの面白さや、ビートルたちの瑞々しい若さ、倫敦市内や、ストーンヘンジのある草原、アルプスの雪景色、バハマの海など所々の光景の美しさが、相乗し合って、とても楽しめました。
 『A Hard Day's Night』では、『皇帝』をレノンが口ずさんでいましたけれど、『Help!』では、リンゴが第九交響曲を歌ってました。

(他に使われていた音楽は、自宅にいるビートルズをカイリ教団が襲撃する場面で、ワーグナー『ローエングリン』。ストーンヘンジのあるソールズベリー草原で、ビートルズの乗る戦車に砲撃を命中させたカイリ教団が喜ぶ場面で、チャイコフスキー『序曲1812年』。エンド・クレジットで、ロッシーニ『セビリアの理髪師』。)


 この映画を見ながら、XTC にも、せめて一本の映画があったらどんなに嬉しいだろうかと思いました。『English Settlement』の頃に、チェンバースのスニーカーを廻っての喜劇など、どうだったか知ら。チョークヒルのウフィングストン・ホースの前で、演奏するXTC というのを見たかったです。
posted by ノエルかえる at 12:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月05日

十億と一夜

 ぼくの作品は、どこの出版社も認めてくれなかった。尊敬している作家には、何とか読んでは貰ったけれど、彼はにこやかにお茶をご馳走してくれただけだった。
 そして、ぼくは田舎に帰る。考えが、頭の中で全く止まってしまっていて、列車の車窓から見える黒い海の上を飛ぶ鴎も、まるで止まっているように見えた。死んだように。
 列車の振動が、滞っているぼくの思考から記憶を揺すぶり出し始めた。ぼくのこれまでの生活をテープに記録してあるかのように、閃影が脳裏に写される。すぐに、そのテープは縺れてしまった。
 祖父に会おう、他に何の考えも浮かばなかった。

 祖父の家、ぼくが戸を押し開けると、軋む音が耳を満たす。そして廊下の軋む音が、まだ耳に残っている戸の音に絡みつく。そして、祖父の書斎の戸の音が、さらに絡まって、フーガのようにぼくの耳孔で響いている。
 戸口に近い書棚には、チェーホフ全集。そして、部屋の三面の壁を埋め尽くしている書棚には、英国の西班牙の、ペルシャの商人たち、航海士たちの旅行記も。
 祖父は、窓に面した机の前に座っていた。部屋に窓は二つあり、双方から柔らかく注ぐ陽を背にした祖父は、影の塊で、ぼくが幼年の時と変わらず大きく見えた。窓と窓の間の壁に掛けられた、「オヴェールの教会」の絵が漠と浮かんでいた。その暗い紺の渦が、耳の中のフーガと重なってしまう。

 「さあ、坊や、ここにお座り。」変わらない祖父の声。
 「さあ、足に絡まったコードは切ってしまおう。」
ぼくの足取りは、縺れていたのだ。そして、ぼくは、チェーホフの人物のように鴎を殺してしまうところだったのだろうか。それとも、ヴィンセントのように、自分自身を切りつけていたのか。
 「さあ、この話は本当だよ。」変わらない祖父の声。
 「さあ、一息入れる暇もない、次の話を聞かせようか?」
千も、万も、十億の夜も続く祖父の話。
 「陛下、殺してはなりません、どうかご褒賞を!」
女官の声が聞こえてきた。ぼくは、もう、祖父の話の世界に浸っているのだ。ぼくは、自分の人生を失っていたかも知れない、けれども、また違う人生を拾い上げたのだ。鞠がはねて回るように、失ったかと思うと、跳ね返って、別の一日が回り出してる。そして、この世のあらゆるところを回るには、十億の夜が…。

 ぼくは、祖父の椅子の中で目覚めた。窓から日が差している。

 祖父の葬儀以来、ぼくはここには来ていなかった。何年経ったのだろう。ぼくは忘れていた、祖父がぼくに注いでくれた、幾億の命を。その命は、生きていたのだ。少しも活力を失わずに。

 「さあ、これがお前の命、全うしてごらん。」変わらない祖父の声が耳にある。
posted by ノエルかえる at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする