2010年01月31日

The man who sailed around his soul. 訳

 「The man who sailed around his soul.」、パートリッジの歌。歌詞は八連。四連が二部形式になっていて、それが二度繰り返されています。形式は、a-a'-b-b' の形。

 歌詞の内容は、「Jason and The Argonauts」と重なるものがあるようです。第一連にある、 egoの語も、 Argonauts と重なる音があります。

 Todd Bernhardt さんとの対談で、Bernhardt さんは、内容は一般的なものだけど、歌詞は完璧と言っていました。レコーディングまでに、パートリッジは歌詞を完成してはおらず、ラングレンに締め切りを作られたそうですが。

 歌詞の言葉は、航海に関係する語が選ばれています。

 「 in the hold 」、hold は、a storage in the lower part of ship. です。船底の船倉。
 「To rope and tar his … 」の部分。船の麻で作られた帆綱は、腐敗を避けるためにタールを塗るのですが、そのタールの代わりに血を塗っていると言う描写だと思います。
 「was doomed to journey 」の部分、doom は運命付けられるの意味もあり、doomed love 悲恋 という使い方もありますけれど、ここでは、刑を宣告された、と言う意味で使われていると思います。
 「find a hole」、hole は、投錨地、係留地、停泊地。
 「Was doomed to journey from the start」、Idea、チョークヒルのサイトでは、from になっています。日本盤( リィシュー )の歌詞カードでは、to 。歌っているのを聞くと、to のようですが。ここの文は、二つの意味を同時に言おうとしているのかもしれません。次の行のof 以下は、journey に掛かっていると思われます。そうすると、全ての恋愛が壊れるように運命づけられた旅と言う意味に読めます。それを含意しながら、その旅を再び始めからやり直すように、刑が宣告された、と言うことではないかと思いました。

拙訳です。




こんな男がいる。自分の魂を航海したのだと言う男、
東から西、極から極まで航海したのだと言う。
その男の人格は、酔った船長であり、亡者であり、叛逆者であると言う男。
ありとあらゆる理性を船倉に閉ざしたのだと言う男なのだ。

こんな男がいる。自分の心を彷徨したのだと言う男、
羅針盤も持たずに、水先案内人も海図もなしに旅したのだと言う。
帆綱にタールの代わりに自分の乾いた血を塗ったと言う男。
自分自身を見出した時には、自分の醜怪さとおぞましさを
曝け出してしまったと言う男なのだ。

ああ、海にはセイレーンがいる、
人の鼻先で鈴を鳴らして歌うと言うのだ。
セイレーンは、人間たちを引き摺り込むと言うのだ、
罪に陥れるのだ。

今では、男はまるっきり独りになって座っている。
どこにも、家のような場所が男にはないのだ。
ただ、革製の鞄のようなもの、
それに生きた証を入れると言うのだけれど、それを持っているだけだ、
けれど、それも空のままだ。
自分の魂を航海したのだと言うのに。

自分の魂を航海したのだと言う男、
その男が帰って来た、そして、とある投錨地を見つけたのだ。
そこでは、男の帰還を同情と真心が待っていて、
男の凍えた身体を温めてくれると思っていたのだ。

自分の心を彷徨したのだと言う男、
その男は、これまで男が毀した恋を
また始めから旅するように宣告されたのだ。
男がついた嘘のすべてが腕に入れ墨されているのだから。

その入れ墨は、たくさんの足のある水母があり、
また、翼のある天使がある。
その男はあまりに深くを見ようとし、
どうしてでも覗き見ようとするような男だったのだ。

今では、男はまるっきり独りになって座っている。
男は、熱い血と骨は知っているのだ。
それが全てなのだから。
男は、追い求めていた宝を見つけたのだ。





追記:
「 journey (from / to ) the start 」の所、
from だと、始めら旅をやり直す、と言う意味で、
to だと、始めへと遡る旅、と言う意味なのでしょう。
パートリッジの歌詞の傾向から考えると、to の始めへと遡る旅の方が当たっているかもしれません。

posted by ノエルかえる at 17:45| Comment(2) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Le bateau ivre

 パートリッジの歌「The Man who sailed around his soul.」。その歌詞から連想できるもの、『 Le bateau ivre (The Drunken Boat) 』Arthur Rimbaud 。
 それに、『 Les Révoltés de la Bounty 』Jules Verne 。
 それに、『The Mutineers』という、1949年のJean Yarbrough 監督の映画もあります。映画のあらすじは、ダンカン船長が、ポケットに偽金を詰め込んだまま殺されているのが見つかるのだけれど、親友のニック・ショーは、ダンカンは無実だと信じて、嫌疑を晴らそうとする。本当の偽金作りのギャング、トーマス・ナイグル ( Thomas Nagle ) と情婦 ノーマ・ハリソンは、乗組員を人質に取り出航していた。ショーは彼らを追って、、、
posted by ノエルかえる at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

Mermaid Smiled 訳

 「Mermaid Smiled」、ロンド形式の歌。歌詞は二連に構成されています。1連が12行ずつです。ですけれど、5行が一回りなので、一連では、二度繰り返した後に、2行が加えられています。
 パートリッジはラーガと言っています。D を基底にしたこの音階は、「Red Brick Dream」と同様、シド・バレットーピンク・フロイドを特徴付けている音階のような気もします。夢見心地の音階です。

 「pools」は、rock pool と、パートリッジは言っていますし、歌詞の全体から見ても、岩磯の潮溜まりだと思います。
 「xylophone」についても、パートリッジの対談での言葉に沿いました。

 「Borne on foaming seahorse herd」は、子供の頃に読んで好きだった、絵本『Rupert Bear Annuals』のイメージなのだそうです。

 「lines across their hands」は、手の平の皺、手相を、詩としているようです。

 「As old as all the sands」、似た表現「as old as the hill」は、旧約聖書『ヨブ記』の15−7 由来の表現と言うことですが、all the sands は分かりません。
(ヨブ記 15-7 は、あなたは最初の人間として生まれたのか。山より先に生まれたのか。ですけれど)

 「laughing fish」は、バットマンに出て来る魚、ジョーカーの顔にそっくりの魚なのか知ら、とも思ったのですが、パートリッジは、魚は笑ったように見えるからと対談で言っていました。

 「diving bel」は、昔使われていた、鐘の形をした潜水のための乗り物です。この歌詞では、鐘の意味で使われているようです。

 「Breakers」は、ここでは、「砕波」だと思います。

 歌詞は、イメージで作られているので、語を追うだけでは理解しづらいので、かなり言葉を加えました。
 拙訳です。




岩磯の潮溜まりの水は澄んでいて
シロフォンの響きを思いださせるものだから、
その響きにつられて、私は遠い記憶の洞窟を
思いだす、その海に浸った洞窟に中に
私は、胸奥にうずもれた子供を見出したのだ、
( かつては誰もがそうだったのに )
ひとりではない幾人もの子供たちは、
泡吹くタツノオトシゴの群れに運ばれていた。

さあ、歌を作ろう!
ラッパ貝を使って、
掌に刻まれた詩行( ライン )から旋律を浮かび立たせて、
その歌は、
新月ほどに新しく、真砂ほどに古いのだ。

荒々しく弘大な大西洋は縮まって
この潮溜まりになった、
そこに立っていた私だけれど、
人魚が私に微笑みかけるまでは、
子供を失っていたのだ。

寄せ波は絶え間なく轟いていて
その響きは連打される太鼓のようだから、
笑う魚が強いられて岸に招き寄せられたのだ、
そして、海底へと沈む潜水鐘も
その寄せ波に打たれて鳴り響くものだから、
私の胸奥の幼い少年が目を覚ましてしまったのだ、
そして、枕のように掲げられた白浪は
浜を食している。

人魚は潮流に載ってたゆたっていると言うのに、
私は、大人の世界に鎖付けられたままだ、
さあ、戻ろう!
鏡の世界へ、そこでは、人魚が手に櫛を持ったまま
腕を振りながら滑るように泳いでいるのだ、

私は幸せ者だ、
人魚が私に微笑みかけてからと言うもの
子供へと成長して、
慰撫され続けているのだから。
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2010年01月27日

pools of xylophone

「Mermaid Smiled」の歌詞の最初の行は、
From pools of xylophone clear です。

 さて、この行の意味は、と、この言葉のまま考えようとすると、見当もつきません。
シロフォンのプール?
 しかも演奏で聞こえているのは、ビブラフォンのようです。

 『ソング・ストーリーズ』では、パートリッジは、子供の頃の思い出について語っています。大好きだったのは、海についての本。その本の裏表紙には、海の洞窟と舷窓の絵があって、その洞窟の中、窓の外には、本当の水が入った袋が嵌め込まれていて、その中をプラスティックの魚が泳いでいるのが見られる、仕掛けになっていたそうです。
 最初の二行は、どうも、そのことのようです。

 では、xylophone は?

 もしかしたならば、cellophane の言い換えではないのか知ら? 歌を聞いていても、セロファン と歌っているようにも聞こえます。
 セロファンのプールでしたら、オモチャ的な光景が思い浮かびます。
 もちろん、シロフォンの音のイメージも重ね合わされているのでしょうけれど。


 追記:
Todd Bernhardt さんとの対談で、パートリッジは、
「 Well, there you go. A pool of clear water is a xylophone, or vibraphone.」と言っています。
posted by ノエルかえる at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月24日

Another Satellite 訳

 「Another Satellite」、二部形式の歌です。歌詞は、繰り返しを除いて、四連。最初の二連が、バースで、二連目は一連の変形した繰り返し。脚韻も変えてあります。三連目がブリッジ。四連目がコーラスで、これも、第一連の変形。

 おそらくは、恋愛の歌なのですが、体裁は、SFコミックです。
 恋愛と言っても、歌っている側は、自分に欠陥があることを知っていて、そのために劣等感を感じていて、そのために、好意を寄せて来ると言うのが不気味に感じると言う歌なのですが。
 なので、やはり、恋愛の歌ではなくて、劣等感の歌なのかもしれません。
 歌詞として、とても面白いのは、各行に、天体用語・地学用語、あるいは、それに関連した語が一語ずつ使われていることです。行毎に並べると、
space
moon
revolve
gravity
satellite

clay
milky way
earth
atomosphere
satellite

orbit
collide
orbit
moon

mission
dark side
heaven
eclipse

「foot of clay」、欠陥が内在している、気が付かない欠陥がある、と言う意味。
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の使用例:「They discovered to their vast discomfiture that their idol had feet of clay, after, placing him upon a pedestal 」


拙訳です



私の中心は持ち去られてしまった、
 だからと言って、宇宙へ漂い出るわけではないけれど、
でもだから、君の満顔は見たくないんだ、喜色満面の君の顔を、
天地の何処に、君が私の周りを回る理由があるのか分からない、
君は地球の引力に気が付かないのだろうか、
もう一つの衛星は持てないのに。

土塊の踵、内在する欠陥を持ちながら存在していることに、
 私は満足している、
だから、輝く恒星として、君の広大な銀河の中で滑空したいとは思わないんだ、
天地の何処に、君が私に信号を送る理由があるのか分からない、
信号は私を取り巻いているのだけれど、それは、
大気を固めて駄目にするだけなのに、
もう一つの衛星は持てないのに。

これからも、私たちは軌道を周回するだろう、
でも、そのそれぞれの周回の系は二つのもの、一致はしないものだよ、
これからも、私たちは軌道を周回するだろう、
月は、ずっと、潮を持ち去ろうと試み続けるだろう。

だから、もう一つの衛星は持てないのに。

君の計画は中止してお呉れ、試しては見たのだから、
以前に、君は私の暗面を垣間みることには成功しただろう、
天地のどの神に尋ねても、君がこの旅に出た理由が分からない、
皆既“地”食のために凍死するだけなのに。
posted by ノエルかえる at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

Big Day 訳

 ムールディングの「Big Day」、少々、インド的。でも、回転しているようなハーモニュウム( ?、あるいはアコーディオン ? ) の音が、優しい足のスッテプのようで、ヨーロッパの鄙びた村落を思いださせます。
 この歌の祖型は、ジョージ・ビートルの「Blue Jay Way」かもしれませんが。


 歌詞は、結婚しようとしている若者に、父親か、年長の者が言葉をかけているというものです。

 tie the knot は、get married の意味。
( 4th,6/11 ネクタイを締めて→絆を結んで に訂正、と思ったのですが、
ネクタイを締める、と言うことも含意して、しゃれのように思えるので、ネクタイ ( 絆 ) に再訂正 )


拙訳です。

今日は君の大切な日だ、忘れようもない日だろう、
ネクタイ ( 絆 ) を結んで、君は結婚しようとしている、
きつく締めなさい、緩まないように、
結婚生活には気を引き締めて、だらしなくならないように、この日を忘れずに、
鐘の音で聾されて私の言うことは聞こえないかい?
君たち二人の閨での生活は、
極楽になるかもしれない、穢土になるかもしれない、
大事の日が巡って来て、大事の日は過ぎて行く、
生活は、催事が終わっても、続くものだよ、
だけれど、君の愛は、燠となって育っていくだろうね、どうだろう?
君の愛は、この大切の日の愛と同じだろうね、
統計からは、多くのことは言えない、
だけれど、君が得たこの愛を永遠に保っていけるよね?
学ばなければいけないこともある、
多くの人がミダスに触れられて指を灼かれてしまったことを忘れないように、
愛は起こりやすいけれど、また、愛は失せやすいものなのだから、
何が起こるのか、私にはわからないよ、
だけれど、君が愛を抱いているのなら、この大切の日と同様に、その愛を見せてくれ、
君は、今日、結婚生活の新人だ、
結婚衣装に身を包んでいる、
とても立派に見えるよ、
さあ、破線のところに署名をして、
聞こえて来るウエディング・マーチは、君のためのだよ。
posted by ノエルかえる at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

Earn enough for us 訳

 「Season Cycle」の後に、「Earn enough for us」。EA と言う文字が並んでいて面白い、とも思ったりしましたが、、

 拙訳です。


週日はずっと祈っているんだ、僕は、
家でも、職場でも、通勤のバスでも祈っているんだ、
僕たち二人が何とか渡世する程の実入りがあって、
君と離れずにいられるように、とね。

僕はさ、上司から屈辱的で傷付けられる言葉を
受け勝ちなんだ、だから、
僕は、ただもう、二人が何とか食べられる程の報酬があるようにと、
週末まで祈るだけなんだよ。

家を見つけたよ、けどね、家主は修繕しないんだ、
窓は割れているし、
屋根は穴でいっぱいなのにね、
それもこれも、僕たちが最下層の人間だからだよ、
けれども、僕たちは、僕たちと同じような人たち、
生活の改善を遥かに望んでいる人たちと変わらない、
もっと悲惨なわけじゃないと思うよ、
僕は喜ばなくてはね、君が僕の妻になりたいなんて、
でも、正直に言って、週日ずっと祈っていたんだ、、、、

僕たちは三人になろうとしている、と、君は言っている、
父親と言うものに、僕はなるんだ!
誤解しないで、僕はとても誇らしいんだ、
でも、今でさえひもじい思いなのに、
夜、別の仕事を見つけるよ。

何とか食べられる程の報酬がありますようにと、
週日ずっと祈っているんだ。




元の歌詞はIdea のサイトから
posted by ノエルかえる at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

Senses working overtime 訳

 数日前に、「Senses Working Overtime 和訳」と言う検索があったので。

 題名の「Senses Working Overtime」、これは言葉 ( meaning ) ではあるのですが、文 ( sentence ) ではありません。working は senses を修飾する形容詞( 動名詞 )です。「時を分たず始終機能している感覚」と言う語です。

 この歌の歌詞に見られる、いくつものタイプの人物をカタログのように並べる表現は、パートリッジはしばしば使うようです。「Tower of London」や「Across this Antheap」でも使っています。

 歌詞にある「the cannons」は、Old Jeremiah のことだと思います。1800年代から、第一次世界大戦の頃まで使われていた艦載砲。歌詞の後の方に「england's glory」と言うマッチの名前が出て来るのですが、そのマッチの箱の意匠は英国の軍艦なので、このcannon と連想が働いていると思います。
 「black ice」:a transparent coating of ice on a road surface.
白い雪ではなく、氷と言うこと。


 気になったのは、Idea のサイトでは、busses とアメリカ英語の言い方になっていたことです。歌詞カードでは、buses でした。

 訳すのには、歌詞をそのままではなくて、働いているのではないかと思った連想を盛り込んで、かなりのものを加えました。

 拙訳です。



ほら、見て、雲は乳漿だよ、おいしそう、
暖かい麦藁があるから、驢馬の姿に身を変えた放浪の王子たちも、
亡霊に身を貸す幼子たちも、安らかに眠れるよ、
みんな安らかに眠れるよ。

おや、まあ、太陽はパイだね、おいしそう、
間に合わせの消耗品で、もう使われはしない大昔の艦載砲も
真っ当に生きようと決心した前科者も、安心して眠れるよ、
もう戦わないから安心していられるよ。

世界はまるい、サッカーボールの形さ、
ぼくにはそう見える、宇宙へ蹴り上げるボールさ、
それに、ぼくは、見えるんだ、聞こえるんだ、嗅げるんだ、さわれるんだ、味がわかるんだ、
ぼくは持ってるんだ、時を分たず働き続けている、
ひとつ、いや、ふたつ、いや、みっつ、いや、よっつ、そう、いつつの感覚を、
ぼくは全部を身につけようとする、
いや、もうすでに、ぼくは持ってるんだ、
始終働いている、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつの感覚を、
そしてしようとするんだ、レモンとライムを味わい分けようと、
悲しみの涙と喜びの涙の違いをわかろうと、
ああ、教会の鐘が優しく鳴り出した、、

ほら、見て、夜と昼が張り合って追っかけっこだよ、どっちが前だろう、
お腹を満たす食べ物があるから、痩せた思想家たちも、
無垢の赤子たちも、何も気にせず暮らせるよ、
みんな時が止まったように暮らせるよ。

おや、まあ、空が泣き出しそうだ、
宝石はあるけれど、欲しがり屋さんも前科者も次第に死んで行くよ、
みんなだんだん死んで行くよ。

世界はまるい、ビスケットの形さ、
ぼくにはそう見える、ほら、「私の顔を食べて」て書いてある、アリスの不思議の国みたいだね、
それに、ぼくは、見えるんだ、聞こえるんだ、嗅げるんだ、さわれるんだ、味がわかるんだ、
ぼくは持ってるんだ、時を分たず働き続けている、
ひとつ、いや、ふたつ、いや、みっつ、いや、よっつ、そう、いつつの感覚を、
ぼくは全部を身につけようとする、
いや、もうすでに、ぼくは持ってるんだ、
始終働いている、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつの感覚を、
そしてしようとするんだ、レモンとライムを味わい分けようと、
悲しみの涙と喜びの涙の違いをわかろうと、
ああ、教会の鐘が優しく鳴り出した、、

鳥たちが暗い空から落ちて来るかもしれない、
らんぼう者たちが目に痣をくれるかもしれない、
バスが路面の透明な薄氷を滑るかもしれない、
でも、
この世界は、ぼくにはとてもとてもすばらしいんだ、
( 商標登録燐寸 “栄光の英国” !!)
すばらしいんだ
( 普く知れ渡った宣伝文句 「その安全性、実用性、ずば抜けて素晴らしい!」 )
世界はまるい、サッカーボールの形さ、
ぼくにはそう見える、宇宙へ蹴り上げるボールさ、
それに、ぼくは、見えるんだ、聞こえるんだ、嗅げるんだ、さわれるんだ、味がわかるんだ、
ぼくは持ってるんだ、時を分たず働き続けている、
ひとつ、いや、ふたつ、いや、みっつ、いや、よっつ、そう、いつつの感覚を、
ぼくは全部を身につけようとする、
いや、もうすでに、ぼくは持ってるんだ、
始終働いている、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつの感覚を、
そしてしようとするんだ、レモンとライムを味わい分けようと、
悲しみの涙と喜びの涙の違いをわかろうと、
ああ、教会の鐘が優しく鳴り出した、、
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The Guilty Ones

 「Senses working overtime」の歌詞に出て来る、The Guilty Ones 、これもやはり、同名の映画があります。1916年のアメリカ映画です。白黒の無声映画で、コメディと言うことです。監督と主演は、Oliver Hardy ( オリヴァー・ハーディー )。

 この映画の写真は見つけられなかったのですが、Hardy の写真はありました。古い無声のコメディ映画は、パートリッジの好みです。
 この歌詞の言葉も、あるいは、連想しているのかもしれません。

 映画のあらすじは、次のようなものです。


 前科一犯のケイトは、善良な市民生活を送ろうと、新聞記者になりました。彼女は、町に来た誰とも分からない人物から事情を聞く仕事を与えられます。彼女が驚いたことには、その男性は、以前に、犯罪を働いた仲間のベイブでした。彼は、ケイトを説き伏せて、彼の計画に加担させます。計画は、疑惑のある取引が発覚した、という広告を新聞に載せると言うものでした。一味が秘密にしたければ、ベイブに金を払はなくてはいけません。何人もの男たちが、ベイブに金を払います。ベイブとケイトは大金をせしめて、町を離れようとするのですが、素人探偵に捕まってしまいます。


The Guilty Ones (1916) - Release dates


OliverHardycheeks.gif


Laurel & Hardy - The Official Website
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The donkeys

 「senses working overtime」には、the donkeys と言う語もあります。donkey は、パートリッジの他の歌にも多く使われています。彼がよく使う語の一つなのだと思いますが。

 ただ、この歌の雰囲気を考えたときには、グリムの寓話にある「The Donkey」を連想します。
 寓話の概略は次のようなものです。

 あるところの王様と女王様は、長い間子供がいないことを嘆いていましたけれど、ようやく、一人の子供を授かりました。でも、その子供はロバでしたので、女王様は悲しみました。でも、王様はそのロバを王子として育てました。ロバは音楽がたいへん好きで、リュートを習いたいとねだりました。それで、とても上手になりました。でも、ある日、ロバは水たまりに映った自分の姿を見て落胆して、世界を放浪することにしました。それで、あるところに、一人の王女のいる王様のお城がありまして、そこに着きました。ロバは中に入れて欲しいと言ったのですが、許しては貰えませんでした。でも、リュートを弾くと、あまりに上手なので、中に招き入れられました。ロバは、私に相応しい席は王様の隣です、と言いました。で、そうしました。でも、ロバはときどき悲しそうにしました。それで、王様は、ロバが王女と結婚したがっているのだと思いました。王女も喜びました。王様は許しました。でも、家来を見張りにつけました。家来が見張っていると、ロバは夜にはロバの皮を剥いで美男子の王子になりました。それを家来から聞いた王様は、無理矢理にロバの皮を剥いでしまいました。王子はとても悲しがりましたが、王様は、このままここに留まって、自分の死後は王国を継いで欲しいと言いました。ロバは、この王様の領土と、自分の父王の領土の両方を受け継ぐことになりました。
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2010年01月14日

The Innocents

 パートリッジの歌、「Senses working overtime」の歌詞に出て来る、The Innocents 。何か気になっていました。
 『The Innocents』と言う題名の映画がありました。1961年の作品。監督は、Jack Clayton ( ジャック・クレイトン )。主演は、Deborah Kerr ( デボラ・カー )。

The Innocents (1961)

 この映画は、Henry James ( ヘンリー・ジェイムス ) の小説『The Turn of the Screw ( ねじの回転 )』を原作にしています。

 古い屋敷に住む、幼い兄と妹の家庭教師に雇われた若い女性が、その兄妹に取り憑いている、昔その屋敷に住んでいて惨殺された執事と、その執事の後を追って自殺した若い女性家庭教師の幽霊に苦しめられると言う話しです。

 「Senses working overtime」の歌詞には、古くからある英国のマッチのよく知られた宣伝文句も引用されていますが、映画『The Innocents』の宣伝文句「Do they ever return to possess the living?」も、歌詞にちりばめられているようにも思えます。


 この映画の邦題は、『回転』です。




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Buskers

 パートリッジ姓の人物に、the King of Buskers と呼ばれている、Don Partridge という人がいます。60年代には、歌をレコードに吹き込んで全国で発売もされたようです。

 Buskers、大道芸人と呼ばれる人々、もちろん、アンディ・パートリッジも見ていたことでしょう。ナース・ライムと同様に、彼の歌の基盤になっているのかもしれません。

 YouTube に、60年代のロンドンのBuskers のビデオがありました。

http://www.youtube.com/watch?v=D-pO2UmNz-8
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2010年01月04日

Season Cycle 訳

 Season Cycle、この語には、パートリッジの他の歌、例えば「I'd like that」にもあるように自転車のイメージがあるのだと思います。季節は四つあるので、四つの車輪が縦に並んでいるのかもしれませんが。また、season の語源は、ラテン語の「播く serere ( の分詞の satio )」なので、種を播く農具のようなものがイメージにあるのかもしれません。
 季節が巡って、生命が現れると言う歌は、これまでも、「Ladybird」にありましたし、その後も、「River of Orchid」や「Easter Theater」に窺えるものです。

 「Ladybird」と同様、この歌も、愛犬のチャーリー・パーカーとスウィンドンのローンズ(芝地)に散歩に出て、発想を得たものだと言うことです。
 ですので、愛犬を相手に、独り言を言っているように読みました。


拙訳です。

止まることなく幾度も幾度も歴回って来る、そして
凍えて枯れた大地から生命を押し上げる
そんな季節の大車輪、それは
芽吹く緑だ、そう、
可愛い仔、お前は歩みを止めて考えたことがあるかい?
雲のことだよ、そして、その雲の中の雹や雷のことを考えたことがあるかい?
赤ん坊と赤ん坊についている臍帯のことを考えたことがあるかい?
季節の大車輪のペダルを踏んでいるのは誰だろうね。

秋に追いつかれる夏、
冬に追いつかれる秋、/季節の車輪は死から生へと走る
春の日に追いつかれる冬、/季節の車輪は大地に稔を人に妻を運んで来る
それは芽吹く緑だ、そう、
可愛い仔、お前はしゃがみ込んでじっと窺ったことがあるかい?/考えたことがあるかい?
あの向こうの丘の生成のことを考えたことがあるかい?/有機物はどれも緊密に絡み合っているんだ
この青葉生茂った葛折りの小径を通って、僕らは何処へ出るのだろうね、
季節の大車輪のペダルを踏んでいるのは誰だろうね。

僕は本当に分からなくなってしまうよ、これらすべてを創っただろう者のことを考えるとね、
/天上に神様か何かがいるのかって?
皆は天国へ到る教えに入信するように言うけれどね、
僕は間に合ってると言うんだ、どうして、僕の心を浄めなければならないのかな?
僕は、もう、浄土にいるんだと思うよ。

春と夏は冬を終わらせる、
思えば、春は夏の魁の道化なのだ、
その夏を塗り直す、
秋こそ王なのだ。
posted by ノエルかえる at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

Ballet for a Rainy Day 訳

 この歌は、一連が六行のものに二行が一連のものが付いて、一つの段に成っています。それが繰り返されますが、繰り返しでは、一度目の繰り返しは、二行の連が四行になり、三度目の繰り返しは、六行の連が三行に、二行の連が八行に成っています。
 二度目と三度目の繰り返しの間に、五行のまったく別の形の連が挿入されています。
 脚韻は、六行連はabcabc 二行連は aa が基本のようです。
 歌としては、二部形式で、段の最初と二度目がバース。挿入されるお行連がブリッジ。三度目の繰り返しがコーラスです。

 各行は、語の頭韻を基本にしているようです。
また、冒頭の二行、
Orange and lemon
Raincoats roll and tumble
に見られるように、O、R、L、の音を巧みに組み合わせているようにも思えます。
 三連目の
Apples and Cherries
- - -
- - - bright dismay
dismay は、appall と同じ意味(程度が違う)なので、そのappall とapple の連想もあるのかもしれません。

 一つの段を形成している六行連と二行連は、異なった書かれ方をしています。六行連は、この歌を歌っている主人公の主観的な目で見た叙述で、二行連の方は、歌詞の作者による、やや客観的で俯瞰的な叙述です。

 雨の日に、想像力が膨らむことを歌っている歌です。



拙訳です。


温かい蜜柑色の、爽やかな檸檬色の
レインコートの色が、左右上下に幡めいて
一つになる、盆からころがり落ちた果物のそれのようだ、
濡れたいくつもの頭、パイナップルのようだ、
見てご覧よ、雨滴をまぶしたヘヤースタイル、クランブルのようだ、
陽光降り注ぐ光景は何処かへ行ってしまったけれどね。

雨の日のバレエ、それは
神秘劇を撮した色の抜けた無声映画のようだ。

樹に吊り下がった林檎の実や桜桃の実はどれも
水沫の中で見えなくなる、
雨除けはあったのに、雨がまるっきり打ち払ってしまって、ちょっと残念、
私は中空に絵筆を振るう、
そして、奇術のように見たことのない光景を雨筋から取り出す、
でも、私の絵は、じわじわと雨に洗い流されて行くのだけれどね。

雨の日のバレエ、それは
神秘劇を撮した色の抜けた無声映画のようだ、
バレエは私の窓から抜け出て行く、
そして、空にかかったまま動こうとしない雨雲の向こうで踊る。

雨が降れば、
あらゆる色彩が私の絵具箱に降り注ぐ、
雨が降れば、
屋上劇場の最前列の席のチケットが
どっさり舞い込む、全部独り占めだ。

幡めいているレインコートの蜜柑色、檸檬色、林檎、桜桃、
その色が一滴の雨粒の中で一つになる、
その様子は、光を乱反射するダイヤモンドのようだ。

雨の日のバレエ、それは
神秘劇を撮した色の抜けた無声映画のようだ、
バレエは私の窓から抜け出て行く、
そして、降りしきる雨の銀の帳の向こうで踊る。
posted by ノエルかえる at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Ballet "Orpheus"

 ドイツのハンブルグ・バレー団の監督で、米国出身の John Neumeier (ジョン・ノイマイヤー)氏が、『Orpheus』をバレー化。パートリッジとブレッグバッドの『Orpheus The Lowdown』も使われています。
 プレミア公演は、2009年の12月6日にハンブルグで行われたとのこと。

 (ジョン・ノイマイヤーとハンブルグ・バレー団は昨2009年に来日し『椿姫』の公演を行ったそうです。)




posted by ノエルかえる at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

Easter Theatre 訳

 これは以前に訳してみたもので、その後、検討はしていないのですが。

拙訳です、





黄金の太陽が回りだせば、
大地よ、
貴方の腕からは、
乳首のチョコレート褐色の欠片が溢れだし、
貴方の胸のように脹らむのだ。
大地は目覚める。
野兎たちは、跳ねては、貴方を蹴る。
花々が、熱り立つように昇り上がり、
虹の口の湿った口づけで咲きほころびる。


舞台上手
復活祭登場、卵黄色の衣装。
舞台下手
神の子は既に死んでいる、父なる神は産まれそうだ。
起立
私たちが胸いっぱい息を吸い込み、煙幕を吹き払うと、
新しい生命が現れる。
私たちは、復活の新しい生命に喝采する。

オーディンは樹上に昇り、
私たちのために
キリストに血を降り注ぐのだ。
オーディンは、春の足取りで跳ね回る。
芽吹き咲きこぼれる芽々は
先を争って
耕地を回る。
それらは、回転する台本のプロンプターの指示通り。


復活祭、彼女の帽子の上で、
復活祭、彼女の髪の中で、
復活祭、彼女が何処にでも結ぶリボンに、
posted by ノエルかえる at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

Ball and Chain 訳

 「Ball and Chain」を読んでみました。

 the diggers、掘削機、ショベルカーにしました。英国ではなんと呼ぶのでしょう。Excavator ではないのでしょうか? 他の建設機械があるのかもしれませんが。
 「it's not just bricks and mortar」、it は、Terraced house のこと。60年代、70年代、ムールディングの少年時代、に、スウィンドンでは大規模な再開発が行われて、貧民街だったテラスハウス群は取り壊されたと言うことです。

追記:
your compensation、your games, your helter skelter、このyou は、
市のcommissioner です。開発を進める委員会に対して異議を申し立てているのですが、二人称ではなくて、連中と、三人称に変えて読みました。

 歌詞は、Idea のサイトのものを元にしました。



 拙訳です

我々を鉄球と鉄鎖から救え!
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
ええと、
ショベルーカーとクレーン車のことね、
掘削機と起重機のことです、
我々は破壊を望まないぞ!
我々は補償金を望まないぞ!
テラスハウスは、レンガとモルタルだけってわけじゃないんだ!
我々は屠殺者に大人しく引かれて行く羊なのか?

我々を鉄球と鉄鎖から救え!
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
ええと、
ショベルーカーとクレーン車のことね、
掘削機と起重機のことです、
涙を流さない連中がもたらす恐怖、
その中で我々は暮らさなければならないのか?!
我々の一つのたった一つの避難場所、
それを連中のゲーム、連中を喜ばすぐるぐる滑り台にしていいものか?!

自動車道にオフィス街、
連中は、我々の家が建っているところにそんなものを造ろうとしている!
もう墓石の下に眠っている人々、
そんな人たちの思い出までも壊して、そんなものを造ろうとしている!
あの懐かしい人々、
墓石の下で静かに眠っていたのに、
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
我々を鉄球と鉄鎖から救え!
ええと、
ショベルーカーとクレーン車のことね、
掘削機と起重機のことですよ。
posted by ノエルかえる at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする