2010年02月28日

Harvest Festival

 YouTube で、イギリスの小学校の Harvest Festival を探してみました。


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2010年02月27日

Harvest festival 訳

 歌詞の言葉だと、ムールディングの「Fruit nut」にも関連しますし、何より、『 Wasp Star 』のパートリッジの「 Playground 」に繋がるように思えます。これまでの、「 You're the Wish You Are I Had 」なども思い浮かびます。

 歌詞の中で、興味深いのは、パートリッジは、髪型と果物を並列することです。「 Ballet for a Rainy Day 」でも、使っていました。
 「 crops 」ですが、収穫祭ということなので、収穫物のようにも思えます。クロップという、女性のショートカットの髪型の名称でもあります。その双方を言っているのでしょう。

 you をあの娘に変えて読みました。
 拙訳です。



ぼくは、それが今起こっているかのように思いだせる、
ぼくの目には、今でも、演台の回りを飾る花々が見える、
ぼくの目には、今でも、校長先生の椅子の下のブリキ缶の中の桃の作り物が見える、
学校の収穫祭の光景が……。

選ばれた二人の生徒が、ぼくの目には見える、今でも、
二人が手を取り合って講堂の中央に進み出るのが、ぼくの目には見える、今でも。

収穫祭だ、
あれは学校の収穫祭だ、
収穫祭の催しの中でも一番だったのは、
あの娘がぼくに向けた羨望の眼差し、
あの羨望の眼差しは、その学年の間ずっと、ぼくを勇気づけるのに十分過ぎたんだ。

ぼくの目には、今でも、籠を抱えた生徒たちが見える、
ぼくの目には、今でも、校則で、玉蜀黍のように刈られ、こぎれいに櫛を入れられた生徒たちの髪が見える。

収穫祭、
収穫祭の行事の中で何よりだったのは、
あの娘がぼくに向けた羨望の眼差し、
あの羨望の眼差しは、讃美歌集や帆布張りの椅子を越えてやって来た、
あの羨望の眼差しは、その学年の間ずっと、ぼくを勇気づけるのに十分過ぎたんだ。

何ていう年だったんだろう、試験にも失敗したし、髪型も変になってしまった、
あの娘が合格したのは当然だったけれど、それ以来、あの娘を見ることがなくなった、
僕たちはみな大人になった、世間に揉まれ、傷付けられ、罪に問われもした、
そして、思いもかけなかった金文字の招待状、あの娘の結婚式の招待状が来た。

そして、今このとき、ぼくの目には、祭壇の回りを飾る花々がまざまざと見える、
あの娘と新郎が結婚式を挙げる、ぼくはそれを見ている、僕はあの娘の幸福を祈る。

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2010年02月24日

River of Orchids 訳

 繰り返しが多いので、それは省きました。

 「take yourself out to play」、play は、ホースで水を噴出することを言うこともあります。それに近い使い方だと思いました。

 歌詞は、ライオン→サーカス、orchidの orc の部分、 arc ( 弧 )、 ark ( 車、ノアの方舟 ) など、多様な連想が働いているのだと思います。
 ペッカムの薔薇、ペッカムはマッチ銘柄で、その箱に薔薇の絵があるのだそうです。薔薇の香りに加えて、マッチの薫り、マッチ売りの少女の説話などが連想されるのでしょうか。

 拙訳です。


おおーい!
僕は、ピカデリー広場でたくさんの蒲公英が咆哮するのを聞いたんだ!
僕は聞いたんだ! 蒲公英は咆哮するんだ! ピカデリー広場でね、
さあ、一抱えの種の入った袋を持ち上げて出掛けよう、
それを自分たちの手で撒き散らすんだ!
僕は、自動車道路だったところが、蘭の河のようになるのを見てみたいんだよ。

君たちの自動車を道路から押し出そう!
環状線の中で君たちが乗っている自動車、それを押し出そう!
君たちは、自分の尾を追っているみたいだ、発狂した犬みたいだ、
君たちは、果てしもなく回っている、環状線の中で。

草がコンクリートを破って芽吹く、
草はコンクリートより活き活きしているに決まっている、
それは、君の家の裏庭で起こっていることのすべてなんだ、
君は、気分の足元に全世界を持っているんだ、
さあ、君の自動車を道路から押し出そう!

河のような蘭の群生が道路に巻付いてしまった、その日には、
逆立ちになって、ロンドンに入城しようではないか!
河のような蘭の群生が道路を覆い尽くしてしまった、その日には、
歩いてロンドンに入ろう、その日のロンドンは、ペッカムの薔薇の香りがするんだ。

君たちは、出来ることは分かっているだろう、
発狂した犬みたいに回っている自動車を環状線から追い出せる、と。

僕は、自動車が化石になると言う時を夢見ているんだ、
さあ、一抱えの種の入った袋を持ち上げて出掛けよう、
それを自分たちの手で撒き散らすんだ!
僕は、自動車道路だったところが、蘭の河のようになるのを見てみたいんだよ。

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2010年02月21日

Karma

 『 Karma 』という、1986年公開のインドの映画があります。「 Knights in Shining Karma 」とは関係ないのですが。

Karma (1986)





posted by ノエルかえる at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Knights in Shining Karma 訳

 パートリッジは、歌詞に対を多用します。この「 Knights in Shining Karma 」でもそうです。太陽と月です。ですけれど、一組の対になる、二つのものだけで、この歌詞ができているのではありません。その対になっている一組のものと、対峙する別のものが置かれています、それが、「輝く運命の騎士たち」です。
 この「 Knights in Shining Karma 」は、「 Church of Women 」と同様の女性礼賛の歌のようです。
 女性を礼賛しているのが、「輝く運命の騎士たち」です。それと対峙している「太陽と月」は、女性を虐げているものということでしょう。
 「太陽と月」の対の構成も、面白いものとなっています。通常であれば、暖かいものが太陽で、冷たいものが月なのでしょうけれど、この「 Knights in Shining Karma 」では、それが反対になっています。また、「妬む」「高慢」という形容も、太陽と月が反対にされているように思えます。
( 「Jealous winter sun」と「Swollen summer moon」は相反するものが対にされていますので、Swollen は、ここでは膨れると言う意味ではなくて、「妬む」と反対になるような「高慢」の意味です。 )

 歌詞の語の中での面白みは、「 flame 」が「 brazier 」と、その程度が大きくなっているのに呼応するかのように、「 cold 」が「 cool 」と、その程度を減じさせているところにもあります。



 拙訳です。






輝く運命の騎士たちは、
あなたの焔を見守っています、
鎧となった愛を身に纏って、
騎士たちは変わることなく見守り続けます。

いつでも、あなたの臥所のそばにいます、
あなたが眠っている時でさえ、騎士たちはあなたを守っています、
このような雨を遮って、あなたの魂を守っているのです、
輝く運命の騎士たちは変わることがありません。

つめたく冷やされたヴィシソワーズのような
妬みがりやの冬の凍えた太陽は、
焚き付けにしようと、あなたの微笑みを盗むのです、
太陽は、星を暖める紅蓮の炎を熾そうとするのです。

輝く運命の騎士たちは、
あなたの足を洗います、
瑕疵のない作法で、あなたの足を完璧に美しくします。

いつでも、あなたの台所の脇に控えていて、
紅茶の滴を乾かすのです、
このような熱を遮って、あなたの魂を守っているのです、
輝く運命の騎士たちは、完璧に乾かすのです。

熱く茹で上げられた卵のような
自惚れやの夏の熱した太陽は、
あなたの夢に乱入し、夢を灰にしてしまう、
あなたの静かな眠りから、冷たい一口を盗むのです、
月は、冷たいビール樽を満たそうとするのです。
posted by ノエルかえる at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

I Can't Own Her 訳

 トッド・ベルナールさんとの対談で、パートリッジは、この歌は、自然のイメージ、例えば、沸き上る雲のようなイメージがあると言っています。何か螺旋を描いて、あるいは、渦を巻いて蠢動すると言うイメージは、これまでも、「Ballet for a Rainy Day」などにもありました。パートリッジは、雨のイメージを好んで使うようです。
 また、50年代のシガレットのコマーシャルで、男性が一人寂しげにテムズ川を逍遙するというものがあったそうで、そのイメージもあるのだと言うことです。

 この歌の歌詞は、その俯瞰の大きさ、広さに魅力があるのだと感じます。始めに、月の情景があって、そこから見下ろす河があって、その畔に街があって、と言う広大な俯瞰です。ベクトルは反対になるのですが、人の目線に近いところにある屋根の樋に発生している渦、それが、荒漠とした空へ写像されて、雨雲、降りしきる雨のつくる大きな渦になります。そのような自然の大きさが魅力的に描かれているように思います。
 また、その渦が、独りの女性の乱れ髪のイメージとも重ねられているのですが。
 歌詞は、解り難いのですが。
歌の後半は掛け合いになっています、その部分の、I と You は、同じ人物をさしているので、「私」に統一して読みました。
 拙訳です。


ああ、私と言うものは! 弥が上にも、月でさえこの手にと望んだのだろうか。

私はこの河を手に入れた、そこを遡る船人たち誰をも。
私はこの街を手に入れた、そこを滑る酔人たち誰をも。

ああ、だからと言って、彼女は手に入れられないのだ、私と言うものは! 望みもしないのだ、
彼女を手には入れられない、認め難い真実ではあるのだが、
私はそれを雨と共に呑み込もう、
そして、樋は、雨に洗われその虚ろさが露わになる、
空が、吹き荒ぶ雨に洗われた後に、その虚ろさを輝かす様そのままに。

巡って来るどの朝も、巡って来るどの年も、私は得意でいる、
明るい陽光をポケットの中に折り畳んで持ち歩いているのだから。

ああ、だからと言って、彼女は手に入らないのだ、望みもしないのだ、
彼女を手には入れられない、認め難い真実ではあるのだが、
私はそれを雨と共に呑み込もう、
どうやって、彼女の髪の毛を洗い流せるのだろうか、
空から吹き荒ぶ雨がするようには、どうすればいいのだろうか。

彼女を手に入れると入っても、
無論、買うと言うことではない、
金にはまったく関係のないことだ、
単にただ、私は彼女を腕に抱きたいだけだ、
永遠の永遠に、奇怪な望みだろうか? 
何か可笑しいだろうか?

果たされる機会などありもしない望み、
まるで、月をこの手にと望んでいるようなものだろうか、この私は!

彼女を手には入れられない、認め難い真実ではあるのだが、

彼女を手には入れられない、
私が手に入れたもの全てがあったとしても、私が望むものは彼女だけなのだ、
彼女は、私が所有することの出来ない唯一のものなのだ。
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2010年02月15日

Frivolous Tonight 訳

 ムールディングの「Frivolous Tonight」。
 今は、カーニバルの季節ですが、それに似つかわしいようにも思います。陽差しだけが暖かげで、地面から浮いた所に楽しさがあると言うような。
 frivolous は、真面目な内容のないと言うような意味ですが、また、表面だけのと言うような意味でもあります。それを思い浮かべるような語がないかなと考えて、「うたかた ( 泡沫 )」と言う語を思いつきました。でも、そうすると、東洋的な無常観のようになってしまうかも知れません。
 ridiculous は、ラテン語の笑うと言う語が語源なので、そんなふうに変えてみました。

 ムールディングのこの歌は、真面目な取引、商行為から離れた、何の利害も発生しない所に、人間性が見出されると、歌っているのでしょうけれど。記録するような価値はないと思われる、生活の些末な行為、それを寿いで、それこそに、聖的なものが感じられるとも、歌っているのでしょう。

 歌には、商行為に使われる語が選ばれていて、しかも、それを違う意味で使うと言う可笑しみがあります。drive とか。

 拙訳です。





さあ皆さん、僕たちの好きな瑣事について何かお話でもしましょうよ、
アレやコレといった、ちょっとしたこと、
ああ、そう、あの太っちょのうわさ話とか、どうです?

黒ビールは手酌でお願いですよ、
レイル・ブルック・ワイシャツは洗濯に出したままにして置きましょうよ、
契約書にはもう何も盛り込みませんよ、
さあさあ、意味のないちょっとした話しでのたりのたりしましょうよ。

僕たちは、みな、うたかたの身、今夜はね、今夜は流されていくだけ。

さあ皆さん、子供っぽさを隠さないでいましょうよ、
株も明細書も下落にまかせましょう、
さあさあ、しだらになりましょう!

家内のお義母さんを笑う冗談でも話しましょうよ、
でもでも、お義母さんが戸口に立った時の婿殿の跳躍は見物ですよ、
宴は円滑に進んでいますよ、
だから、僕たちは、瑣事について話しましょう。

僕たちは、みな、うたかたの身。

だけど、どうしたっているもんなんだね、
商売のことを話したがる輩って言うのがね、
そんな輩は、玄関まで引き取ってもらいましょうよ、
箒かモップを使ってね。

さあ皆さん、はかないお話をしましょうよ、
ああ、そう、貧乏を陳列しているあの可哀想な奴の話し、どうです?
ソレ、ソレ、ソーレー!
女性たちには、スラックスを履いてもらってですね、
夫君の毛むくじゃらの背中の話しをしてもらいましょうよ。

誰だか、僕たちはちょっとばかり底抜けの笊だと思っているらしいですね、
だけど、今夜は僕たちにとって一番楽しい時に違いないですよ!

僕たちは、みな、うたかたの身、今夜はね、今夜は流されていくだけ。
今夜は笑いのさざめきに流されていくだけ。




2012年7月9日 訂正:
レイル・ブルック・ワイシャツは洗濯に出したままにして置きましょうよ

レイル・ブルック・ワイシャツは脱いで洗濯に出しましょうよ
posted by ノエルかえる at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

新作

 パートリッジの新作二つが用意されているようです。一つは、Andy Partridge 名義で『Powers』の題名( 予定 ) 。もう一つは、Monstrance の新作『Birdsong』。
 年内に発売されるかどうかは不明。録音は済んでいると思われます。

 Partridge の『Powers』は、SF小説のイラストレーションを描いている画家 Richard M. Powersの作品に触発されて、ということだそうです。

参照 web ページ:
http://members.cox.net/sjrohde/
posted by ノエルかえる at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Sacrificial Bonfire 訳

 ムールディングの歌「 Sacrificial Bonfire 」。一種のキャロルでしょうか。二回繰り返しのロンド。Idea のサイト、チョークヒル、歌詞カードでは、22行一連で書かれているのですが、一回りのロンドは、11行なので、それを一連と考えます。その一連は、4行ー3行ー4行の構成です。
 そのように分けて書いてみます。連の中の区別のために行を空けます。

1
Fire they cried
So evil must die
And yields are good
So men pull back hoods and smile

The scapegoat blood spilled
Spittled and grilled it crackled and spat
And children grew fat on the meat

Change must be earnt
Sacrificial bonfire must burn
Burn up the old
Ring in the new


2
Assembled on high
Silhouette against the sky
The smoke prayed and pranced
And sparks did their dance in the wind

Disguises wore thin with less and less skin
And the clothes that were draped
Was all that told man from ape

Change must be earnt
Sacrificial bonfire must reign
Reign over good
Banish the bad


 「Spittled」は、「涎 spittle」を動詞に使っているのだと思いました。
 「earnt」は、earn の分詞形なのですか、ミススペルと言うわけではなくて、このような変化形を使うこともあるそうです。このような使用は、地域や時代で特定は出来ないそうですが。

 「Disguises wore thin with less and less skin」の行、Idea や歌詞カードでは、「Shadows wore thin with less and less skin」となっています。チョークヒルでは、 [Disguises] と注が入れられているのですが、耳で聞くとDisguises のように聞こえますので、そちらを取りました。


 『ソング・ストーリーズ』では、ムールディングは、古代の架空の祭儀を歌ったと言っています。また、グリーンマンの祭儀でも、悪を打ち払う火を祭る地域もあるようなのですが、それが伝統的なものか、近年に、催しとして作られたのかは分かりません。古くからの火祭りとしては、夏至祭に、丘の上で行われるものがあります。犠牲獣については、イスラム教でしたら、犠牲祭がありますし、東方正教では、復活祭に、羊を丸焼きにする風習があります。

 この歌のテーマ、およびオーケストレーションへの指向は、後のパートリッジの創作へ強く影響しているのかもしれません。『Apple Venus』は、この歌から発展したもののように思われます。


 拙訳です、




燃やせ!
燃やせば疫神は死ぬ筈だ、
収穫は豊穣になる筈だ、と喚声を挙げる者たち、
火を前に男たちは頭の覆いを後ろに払い、ほくそ笑んだ。

犠牲獣の血が飛び散って、
その肉を焼くと、肉汁の弾ける音、跳ね散る脂に、涎が出る、
子供たちは、その肉で、肥え太った。

変革が起こらなければならない、
犠牲祭の篝火は燃え上がらなければならない、
過去を燃え尽くして、
未来へと環を描いて登る炎は燃え盛らなければならない。

丘の上、
集まった影法師が空に映えていた、
祈りを捧げられた煙が、快活な生き物のように跳ねていた、
そして、火の粉が風に舞っていた。

纏われた仮装は、
肌をほとんど見えなくして、その衣裳は美麗に飾られている、
それは人類と類人とを分け隔てるものだと言われた。

変革が起こるにちがいない、
犠牲祭の篝火が遍く照らすにちがいない、
その火は、善を治め、
悪を懲らしめる。
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2010年02月07日

To a Skylark

 もう随分前、( 2007年9月)に、gutch15 さんのブログ「気まぐれ音楽紹介 from 横浜♪」を拝読して、コメントも入れていたのですが、すっかり忘れていました。きょう、たまたま、検索していて見つけました。
http://blogs.yahoo.co.jp/gutch15/23563058.html
 パーシー・ビッシュ・シェリー ( Percy Bysshe Shelley )のことは、備忘しておきたいと思います。
 作品「To a Skylark ( ひばりに寄せて )」は1820年の作品。

ウィキソースにあります。

To a Skylark - Wikisource

 ここにも、写しておきます。

Hail to thee, blithe Spirit!
Bird thou never wert,
That from Heaven, or near it,
Pourest thy full heart
In profuse strains of unpremeditated art. 5
Higher still and higher
From the earth thou springest
Like a cloud of fire;
The blue deep thou wingest,
And singing still dost soar, and soaring ever singest. 10
In the golden lightning
Of the sunken sun,
O'er which clouds are bright'ning,
Thou dost float and run,
Like an unembodied joy whose race is just begun. 15
The pale purple even
Melts around thy flight;
Like a star of Heaven,
In the broad daylight
Thou art unseen, but yet I hear thy shrill delight, 20
Keen as are the arrows
Of that silver sphere
Whose intense lamp narrows
In the white dawn clear
Until we hardly see―we feel that it is there. 25
All the earth and air
With thy voice is loud,
As, when night is bare,
From one lonely cloud
The moon rains out her beams, and Heaven is overflow'd. 30
What thou art we know not;
What is most like thee?
From rainbow clouds there flow not
Drops so bright to see
As from thy presence showers a rain of melody. 35
Like a poet hidden
In the light of thought,
Singing hymns unbidden,
Till the world is wrought
To sympathy with hopes and fears it heeded not: 40
Like a high-born maiden
In a palace tower,
Soothing her love-laden
Soul in secret hour
With music sweet as love, which overflows her bower: 45
Like a glow-worm golden
In a dell of dew,
Scattering unbeholden
Its aerial hue
Among the flowers and grass, which screen it from the view: 50
Like a rose embower'd
In its own green leaves,
By warm winds deflower'd,
Till the scent it gives
Makes faint with too much sweet those heavy-winged thieves: 55
Sound of vernal showers
On the twinkling grass,
Rain-awaken'd flowers,
All that ever was
Joyous, and clear, and fresh, thy music doth surpass. 60
Teach us, sprite or bird,
What sweet thoughts are thine:
I have never heard
Praise of love or wine
That panted forth a flood of rapture so divine. 65
Chorus hymeneal
Or triumphal chaunt
Match'd with thine, would be all
But an empty vaunt―
A thing wherein we feel there is some hidden want. 70
What objects are the fountains
Of thy happy strain?
What fields, or waves, or mountains?
What shapes of sky or plain?
What love of thine own kind? what ignorance of pain? 75
With thy clear keen joyance
Langour cannot be:
Shadow of annoyance
Never came near thee;
Thou lovest; but ne'er knew love's sad satiety. 80
Waking or asleep,
Thou of death must deem
Things more true and deep
Than we mortals dream,
Or how could thy notes flow in such a crystal stream? 85
We look before and after,
And pine for what is not:
Our sincerest laughter
With some pain is fraught;
Our sweetest songs are those that tell of saddest thought. 90
Yet if we could scorn
Hate, and pride, and fear;
If we were things born
Not to shed a tear,
I know not how thy joy we ever should come near. 95
Better than all measures
Of delightful sound,
Better than all treasures
That in books are found,
Thy skill to poet were, though scorner of the ground! 100
Teach me half the gladness
That thy brain must know,
Such harmonious madness
From my lips would flow
The world should listen then―as I am listening now. 105
posted by ノエルかえる at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Dying 訳

 ムールディングの「Dying」、Ideaとチョークヒルのサイトでは、歌詞は14行に書かれています。ソネット形式。4行ー4行ー4行ー2行の構成と言うことになり、脚韻だけだと、そのようにも見えます。ソネット形式だと、歌は二部形式で、a-a'-b-a' になるのでしょう。
 ところが、この歌は、実際には、そうではなくて、3行ー4行ー3行ー3行ー3行で、16行の詩になっているようです。歌も、三部形式で、a-a'-b-b'- c の構成になっているようです。
 破調のソネット形式と言う感じでしょうか。
 Idea のサイト掲載の歌詞を元に、連立てと行替えを変えてみました。

It frightens me when you come to mind
The day you dropped in the shopping line
And my heart beats faster when I think of all the signs

When they carried you out your mouth was open wide
The cat went astray and the dog did pine for days and days
And we felt so guilty when we played you up
When you were ill, so ill

What sticks in my mind
is the sweet jar on the sideboard
And your multicolored tea cosy

What sticks in my mind
is the dew-drop hanging off your nose
Shrivelled up and blue

And I'm getting older, too
But I don't want to die like you
Don't want to die like you




 you を老人に変えて読みました、
拙訳です。


あの老人のことを思い浮かべる時はいつもいつも空恐ろしくなる、
あの日、老人は買い物の列で倒れてしまった、
なにか、それがあの時の痕跡だと思ってしまうと、いつも僕の鼓動は速まってしまうんだ。

老人が運び出されるとき、その口は大きく開いていた、
老人の飼猫はいなくなってしまったし、飼犬は、切なげに鳴き呼んでいた、何日も、
僕たちは、老人にいたずらをしたことに、今は罪悪感を持っている、
老人は病気だったんだ、とても悪い病気だったんだ。

僕の脳裏に、焼き付いている光景、
それは、サイドボードの上のお菓子入れの瓶、
それに、老人のたくさんの色糸で刺繍された急須掛けなんだ。

僕の脳裏に、焼き付いている光景、
それは、老人の鼻から垂れ下がる鼻水、
それを啜り上げる様子、それに、鼻水の青さなんだ。

僕もいずれ年を取るんだ、
けれども、あの老人と同じようには死にたくない、
あんなふうには死にたくないんだ。
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the sweet jar and the multicolored tea cosy

 ムールディングの歌「Dying」の歌詞に出る、the sweet jar と the multicolored tea cosy、どのようなものかをweb で画像を探しました。

 the sweet jar 、お菓子を入れる容器、瓶。これは贈り物にする習慣があるようです。この歌の老人のお菓子瓶も、家族からか、友人からかの、何かのお祝いの贈り物かもしれません。歌には、工場を退職した人に送られる記念の時計を模した音が使ってありますから、お菓子瓶も退職記念なのかもしれません。

http://www.thesweetjar.com/special-occasions.html

RetroSweetJar.jpg


 the multicolored tea cosy 、紅茶のポッドの保温のための覆い。

http://www.customcozies.com/FabricsSeasonalandOthers.html

Wild_About_Berries_Medium_Web_view.jpg
posted by ノエルかえる at 12:39| Comment(1) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする