2010年06月30日

My Brown Guitar 訳

 パートリッジの「 My Brown Guitar 」。
歌詞では、 Lovely を繰り返すので、私は、ミュージカル『 My Fair Lady 』の「 Wouldn't It Be Loverly? 」を思い浮かべてしまいました。
 『 My Fair Lady 』は、ミュージカルの古典であると共に、ポピュラー音楽の鑑にもなっているものですから、パートリッジがそこから着想を得たとしても不思議ではないのですが。
 歌詞の内容からは、『不思議の国のアリス』のようなイメージもあります。渚を脱ぎ捨てる海とか、尺取り虫は、アリスの国に登場していそうです。


拙訳です、



君は、僕のこの不可解な物の考えの中に、
何か可愛らしい物を見出そうとしているのか知ら、
僕に、この不可解な物の考えの中に、
何か可愛らしい物を入れることが出来るか知ら、
僕の考えの中では、
ライオンが正装してネクタイを結んでいるんだよ、
それに、宝石が咆哮しているんだよ、
それらは、可愛いと言えるのか知ら、君はどう思うの。

君は、僕のこの乱れた蒲団の夢の中に、
何か可愛らしい物を見出そうとしているのか知ら、
僕に、この乱れた蒲団の夢の中に、
何か可愛らしい物を入れることが出来るか知ら、
僕の夢の中では、
大海が渚を脱ぎ捨てるんだよ、
どこに脱衣所があるんだろうねぇ?
それらは、可愛いと言えるのか知ら、君はどう思うの。
( 僕はと言えば、裸で寝転がって君を待っているんだ )

毎日、
毎日、僕たちは、恋人を演じてもいいんだよ、
毎日、
毎日、僕たちは、僕の褐色のギター伴奏に乗せて演じてもいいんだよ。

君は、僕のこの整っていない中庭の中に、
何か可愛らしい物を見出そうとしているのか知ら、
僕の中庭には、
尺取り虫がいるんだよ、
そこに転がっているラグビー・ボールを、僕と尺取り虫は
巻き尺で計るんだよ、
どうだい? 君は、何か可愛い物を思い浮かべたかい?
( 僕はと言えば、裸で寝転がって君を待っているんだ )

君は、僕のこの荒らしたままの農園の中に、
何か可愛らしい物を見出そうとしているのか知ら、
僕の農園には、
緑の草が生い茂っているんだよ、
それに、空は薄桃色なんだよ、
その薄桃色の空には、青い鳥がいるんだよ、
鳥はやって来て巣を作るんだよ、君はどう思う?

毎日、
毎日、僕たちは、恋人を演じてもいいんだよ、
毎日、
毎日、僕たちは、僕の褐色のギター伴奏に乗せて演じてもいいんだよ。

君は、
僕のこの不可解な物の考えの中に、
僕が何か可愛らしい物を入れて欲しいんだね、
君のために。
posted by ノエルかえる at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Wasp Star | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

Great Fire 訳

 パートリッジの「 Great Fire 」。
ロンドンの大火は、1666年。ロンドン動物園の開園は、1828年。ですから、合わないのですけど、それは気にすることでもないので。
 現在のロンドンには、The London Ark というオフィスビルがありますが、昔から、Ark と言う地名があったのではないと思います。
 ark は、その後に動物が出てきますから、聖書のノアの方舟なのでしょうけれど、そうすると洪水「水」から逃れてきたのに、「火」に滅ぼされるということになり、二重の悲劇の歌と言うことなのでしょうか? 思えば、『道成寺』も、まず水で責められ、最後は火で焼き殺されるのですから、似ています。
 パートリッジは、燐寸が好きなのですね。


拙訳です





大火が燃えさかっている、
君が口火を切ったのだ、
幾筋の炎が運河の箱船を伝って広がっていく、“箱船”、
“箱船”に匿われていた獣たちは狼狽する、
私もその獣の一頭だ、私も狼狽している。

君の焚き付けへ燐寸の一擦り、
君は決して言わないだろうけど、私には分かっていたのだ、
流れているのだから、
君の両の目からは、涙が流れているのだから。

大火が燃えさかり、広がる、
大火が私の家も貫いていく、
大火が私の家も呑み込み、私の心も焼いてしまう。

大火が燃えさかっている、
何もかもが君が起こしたことだ、
幾筋もの炎がロンドンの密集した家屋を伝って広がっていく、“ロンドン動物園”、
“ロンドン動物園”で飼われていた動物たちは狼狽する、
私もその動物の一頭だ、私も狼狽している。

誰が奢ってくれた酒でもこの恋の思いは打ち消せないのだ、
そして、愉快な酒の席をしらけさせてしまう、
流れている、
私の両の目からは、涙が流れている。

大火が燃えさかり、広がる、
大火が私の家も貫いていく、
大火が私の家も呑み込み、私の心も焼いてしまう。

恋なら、以前にもしたことはあるのだ、
けれども、この恋ほどに熱くはなかった、
煙がドアを回り込んできた、そして、
昔の恋の思い出は、熱で弾けて火脹れして捲れていく、
「消防士よ! 頑張ってみたところで、私を助けることは出来まいよ。」

君の焚き付けへ燐寸の一擦り、
君は決して言わないだろうけど、私には分かっていたのだ、
流れているのだから、
君の両の目からは、涙が流れているのだから。

大火が燃えさかり、広がる、
大火が私の家も貫いていく、
大火が私の家も呑み込み、私の心も焼いてしまう。
posted by ノエルかえる at 23:08| Comment(3) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

In another Life 訳

 ムールディングの「 In another Life 」。長い間連れ添った夫婦を夫が歌う歌。あるいは、退職して、家庭で一日中妻と過ごすようになった夫婦なのかもしれません。「 Frivolous tonight 」と同様、家中だけの極めて狭い範囲の歌です。パートリッジも夫婦の歌「 I'd like that 」「 Stupidly Happy 」を歌っていますが、そちらが、広がりを持っているのとは対照的です。
 歌詞は、言葉遊びで満ちているように思います。それに英国の普段の生活の中で見慣れていて、もう特段の関心を引かないような品物も織り込まれていて、それが、ながい時間の感覚を醸し出すことに成功しているように思います。
 Mills and boon は、今は、ハーレクィーンと合併している、古くからの出版社で、恋愛読み物が主な会社。 Milk tray はチョコレートの商品名。そのテレビのコマーシャルで、007のパロディのようなシリーズがあって、パラシュートで降下した男性が女性の寝室へチョコを届けるというものがありました。エリザベス・テイラーとリチャード・バートンは英国出身の俳優。 Chippendale、Thomas Chippendale は、18世紀英国の家具職人。シノワズリー様式とロココ様式を融合した装飾的な家具で知られています。 Chippendale と言う時は、その家具を示します。 Test matches は、イングランドとオーストラリアのクリケットの試合のことなのですが、この歌では、matche の結婚の意味を使っての言葉遊びになっているようです。 gin 、お義母さんが買ったと言う物ですが、この歌では、お酒のジンではなくて、重い物をつり上げる三脚起重機のことです。足が不自由なので杖かなにかを買って足が三本と言う表現なのか、もうご自分が亡くなる時のことを考えて、棺を吊り降ろすための機械を買ったと言う表現なのか、分かりませんけれど、どちらにしてもユーモアなのだと思います。

 on girls night out の行、 night ではなくて、might ではないかと思います。


拙訳です。








ねえ、お前、
午後を一緒に過ごしてもいいかい?
お前が読んでるミルズアンドブーンの恋愛ものの中に、
私が登場するとしたら、
私はご主人様で、お前は女中になるのかな?
おやおや、そんなことで、機嫌を損ねないでお呉れよ、
ありもしないことなのだから。

お前にチョコレートのミルキー・トレイを持ってきてあげよう、
テレビのコマーシャルのようにパラシュートで降下してね、
それに、ハリウッドの美男子を演じてみせよう、
そうしたら、お前は、髪を根元までしっかり染めないといけないね、
私が、リチャード・バートンで、
お前が、エリザベス・テイラー、
そうそう、そんなこと、豚が空を飛ぶようなこと、
ありもしないことだね。

これが、私たちが愛を積み上げてきたやり方だよね、
この愛を枯らさないようにしよう。
私は、お前の扁平足を容認するよ、
だから、お前は私の癖を容認してお呉れ、
そうすれば上手く終わるさ私たちの人生は、とは言っても、別の優雅な人生もあったかもなぁ、、

お前の占星術によれば、
どうやら私は、お前と縁がないようだ、
頬の肉ばかり厚くしてしまった、
何かの引用を重ねて、本心を隠してしまった、
そうでなくて、女性は飛び退いてしまうような
チッペンドールか何かの装飾過多の椅子と、お前は私のことを思っているのか知ら?
ただの、大きな財布だと私のことを思っているのか知ら?
それはありもしないことだね。

これが、私たちが愛を積み上げてきたやり方だよね、
この愛を枯らさないようにしよう。
私は、お前の気まぐれを容認するよ、
だから、お前は私の趣味を容認してお呉れ、
そうすれば万事が上手く収まるさ、とは言っても、別の優雅な人生もあったかもなぁ、、

私が、リチャード・バートンで、
お前が、エリザベス・テイラー、
そうそう、そんなこと、豚が空を飛ぶようなこと、
ありもしないことだね。
それに、お前が煙草をやめると言うのも、
ありもしないことだね。

缶ビールは旨いさ、ハハハ、
私たちは、結婚の試練は乗り越えたのさ、ハハハ、
お義母さんは、どうやら、三脚起重機を買ったようだね。
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Thomas Chippendale

 ムールディングの「 In another Life 」の歌詞に出る Chippendale 。18世紀の家具職人、Thomas Chippendale の作った家具のことです。不定冠詞 a があるので、その類いということなのでしょうけれど。1718年から、1779年まで生きた人。ヨークシャーのFarnley 出身らしいと。
 シノワズリー様式とロココ様式を融合させた装飾的な家具を作ったと言うことです。家具だけでなく、室内装飾も手掛けたと言うことです。
 彼の家具とその様式は、19世紀仲頃から後半に、一般にも知られるようになったと言うことです。


 ウィキペディアにある写真:
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Chippendale_Desk.jpg

 アンティーク家具のweb ページの写真から:

ribbon_back_chippendale_chair.jpg

chippendale_chairs.jpg
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2010年06月21日

Ten Feet Tall 訳

 ムールディングの「 Ten feet tall 」。

 少年が自分の恋を友人に語る歌。ただ、この頃のXTC は、無機的なものを好む傾向にありましたので、恋を化学的現象にしていますけど。それ以上に、ムールディングは、詩想があって、歌を書くのではなく、音が先にあるので、この歌も、ふわふわ浮いているような音があって、それに詞を付けたのですから。

 You が二度ありますけれど、始めの you を女の子、二度目の you を語りかけている友人達と言うように読みました。そうでなくて、同じ you で、少年が少女に恋を語っている、と言う方が自然なのでしょうけれど。
 最後の ( ) は、私が付けたもので、元にはそのようなニュアンスもありません。


拙訳です、


ワクワクするよ! ぼく、足元から
浮き上がってきちゃったよ。
あの娘がぼくをクラクラさせちゃうんだ。
ぼく、膝から下に力がなくなっちゃったよ。
3メートルの高さを歩いている、
って、そんな気分さ。
君たちさぁ、ぼくが君らを騙そうとしてるって?
断言するよ、騙したりしないって。
ぼくはシャボンみたいに浮き上がる方法を見つけたんだ、
何かしらないけど、ちゃんと作れるんだよ。
3メートルの高さを歩いている、
って、そんな気分さ。

すごいよ! 化学はすごいよ、
ぼくはこんな高さに上がっちゃった。
こんな高さを歩いている、って気分、いつまでも続くんだ。
効能が切れても、直ぐ次の効能が効き始めるんだ。

( だって、あの娘が見てるんだもん )



2012年7月9日訂正

効能が切れても、直ぐ次の効能が効き始めるんだ。

それどころか、この気分どんどん強くなっていくんだよ。
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2010年06月20日

Stupidly Happy 訳

 パートリッジの「 Stupidly Happy 」。

 題の音韻からは、「 Statue of Liberty 」を連想しますけれど。

 歌詞の言葉からは、関連を見つけることは私には出来ないのですけれど、歌詞の内容からは、ゲーテの『ファウスト』を連想します。『ファウスト』では、知性の豊かなファウスト博士の魂を得るために、悪魔は美しいグレートヒェンと恋に落ちるように誘惑し、博士が魂を渡す契約を得ます。
 パートリッジのこの歌は、それをひっくり返したような印象があります。


 言葉について、
「extra proof」、ここでは、証明の意味ではないように思います。後の、「defence」と同じような意味で使っているように思いました。




拙訳です:



空々しい程にしあわせなんだ、
何もかもが心地いい。
空々しい程にしあわせなんだ、
心臓がワインを送り出して酔っているかのよう。
空々しい程にしあわせなんだ、
だから、しだらない笑みを浮かべているんだ。
空々しい程にしあわせなんだ、
これは、もうきっと、罪なんだと思う。
空にいる鳥たち、全部が私の家の台所の屋根に降り立って、
君の名前を叫び立てている。
湖にいる魚たち、全部も唱和するものだから、
君の家の屋根には、よっぽどの強度がないと駄目だよ。
空々しい程にしあわせなんだ、
私の空想は偏っていく。
空々しい程にしあわせなんだ、
私はたがが外れかかっているんだ。
それだから、もし、悪魔がぶらぶら歩いていて、
しかも、悪魔がどんな変装していてさえも、
この目で、見つけ出して、
襟首を引っ捕まえてやるだろう。

空々しい程にしあわせなんだ、
もはや、君は私の味方。
空々しい程にしあわせなんだ、
いまや、世界を身近に感じる。
空々しい程にしあわせなんだ、
私は列車よろしく定期運行する。
空々しい程にしあわせなんだ、
私の空想の中では、いつも君と一緒。
街路の自動車の尾灯、その六車線全部の灯りが繋がって、
巨大なギターの弦になる、だから私も巨人になって、
君がどこにいたとしても、
君に聞こえるようにそのギターを奏でるんだ。
空々しい程にしあわせなんだ、
歌の歌詞を気に入って欲しいな。
空々しい程にしあわせなんだ、
歌詞に内容なんてないけれど、悪くはないんだ。
それだから、もし悪魔が自動車でやって来て、
名詞を差し出しても、
私はそれを千切って、散り散りにしてしまうだろう。
そうして、微笑んで、そして叫ぶんだ。

空々しい程にしあわせなんだ、
いつでもそうなんだ。
空々しい程にしあわせなんだ、
いまや、君は私のものなのだから。
空々しい程にしあわせなんだ。
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2010年06月18日

Rocket From A Bottle 訳

 パートリッジの「 Rocket From A Bottle 」。

 歌詞の冒頭は、シェリーの「雲雀に寄せて」のようです。実際、Lark も出て来ますし。でも、シェリーのような精神性の歌では、もちろんないのですが。
 「might just crack」「grins」は、後年の恋の歌「 I'd Like That 」でも使っています。

 恋の歌、fall in love と言う言い方はよく使われるのですが。I'm feeling in love というのは、あまりないのかもしれません。fall を shot up にひっくり返して、面白がっているのか知ら?


 童謡のようです。

拙訳です。


鳥さんたち、気を付けなよ、ぼくがそこに行くと思いなよ!
今日ぼくは、空にいれるぐらい軽い気がするんだ。
ジェット機さんたち、隠れなさいよ、ぼくが側を飛ぶからね!
今日ぼくは、自信がしっかり張り付いているんだ。

かわいい女の子がぼくを発射台に載せて打ち上げたんだ。

ぼくは瓶の発射台から打ち上がるロケットなんだ、どこまでも昇るんだ。
女の子が点火しちゃって、ぼくは爆発してるんだ。
雲雀と一緒に昇るんだ!
ぼくは火花を散らしながら昇るんだ!

発射台から降りるなんて嫌だよ、ぼくはきっと破顔一笑するんだから。
今日のぼくはどこまでもいくのかと思うと、ほくそ笑まずにはいられない。
悪魔たち、しっかり見ときなさいよ、天使たちが琴線を奏でるよ。
今日ぼくは、勢いそのもののように無敵に思うんだ。

ぼくは瓶打ち上げ花火なんだ。
女の子がキスしちゃって、ぼくは爆発してるんだ!
雲の中まで昇るんだ!
白い雲をみんな取払っちゃうぞ!

ぼくは恋してるんだ。



shroud は、ロケットの先端部

「ぼくは瓶打ち上げ花火なんだ。
女の子がキスしちゃって、ぼくは爆発してるんだ!
雲の中まで昇るんだ!
白い雲をみんな取払っちゃうぞ!」の部分を訂正

僕は瓶打ち上げ花火なんだ。
女の子がキスしちゃって、ぼくは爆発してるんだ!
もう雲の中まで昇ってるんだ!
もう円錐被膜はとっぱらったんだ!
posted by ノエルかえる at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | Black Sea | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

Playground 訳

 パートリッジの「 Playground 」。

 言葉のメモ:
kisser はここでは、顔の意味。

 最後の連を除いて、 you は、ぼく に。

拙訳です。




ぼくは毎日やって来て、明るい昼の間をずっとそこで過ごしたんだ。
日が衰えて、夜の側へと滑り落ちたら、
ままごと遊びでぼくの妻の女の子は、
いつも、誰だか知らない男の子が持って来た自転車に乗って、
一緒に帰ってしまった。

遊び場、それは遊び場でのこと。
遊び場は、学校の先生が決めていた。
その遊び場では、暴れん坊に痣をつくられていた、
毎日、本当に毎日。
終わらない予行演習、
広い社会の広場に出るための予行演習だったんだ。

学校のベルが鳴ると、いつも、ドアを乱暴に開けたんだ。
ぼくらは、うさぎと猟犬に分かれる、
お決まりの鬼ごっこがはじまる。
「きみはもうつかまっちゃてるよ、鬼ごっこはおしまいさ!」
と言って頬にキスしたら、彼女からは平手打ちのお返しがあったんだ。

校庭の樹の葉を観察してると、全部の葉が吹き払われていった、
一枚一枚順に。
他の生徒たちはぼくを残していなくなったんだ、
あの娘もいなくなった、だけど、教科書に引いた下線のように記憶に残っている。
宿題の作文で、ぼくは何を言ったんだろう?
何か、決定的な一言なのだろうか?
ぼくは、膝をついてあの娘にプロポーズするには、よっぽど努力しなくっちゃならなかったんだ。

遊び場、遊び場でも、
必ず、話すことには注意をしなくてはいけないんだ。
遊び場、遊び場でも、
必ず、言ったことへの始末は取らされるんだ。

考えは鬱屈してしまったし、感情は引き裂かれてしまった。
教科書のページが閉じられたとしても、ぼくは、そこから離れることは出来ないんだ。
学校は終えてしまったけれど、そこでのことはいつまでも引き摺っているんだ。
それが、ぼくが学校で学べた唯一のことだったんだ。

遊び場、それは遊び場でのこと。
遊び場は、学校の先生が決めていた。
その遊び場では、暴れん坊に痣をつくられていた、
毎日、本当に毎日。
終わらない予行演習、
広い社会の広場に出るための予行演習だったんだ。

一度、世間が一人の人を遊び場に押し入れてしまったら、
その人は、高い跳躍が必要なんだ。そこから出るには。
遊び場からの逃げ道はないんだ、
広い社会の広場からの逃げ道はないんだ。
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2010年06月15日

Millions 訳

 パートリッジの「 Millions 」。彼の中国礼参の歌。

 Millions は、長江 ( 揚子江 ) のことでもあるだろうし、万里の長城も思いださせるし、膨大な人口のこともイメージしているのだと思います。
 中国は完璧だ、と言う感想は、ときどき、西洋人に見られるようです。フランスの哲学者 Michel Serres ( ミシェル・セール ) も、中国を訪れて、完璧さを感じたそうです。
 神が人間を焼いて創った時に、( 焼き物のようですけれど? ) 焼きがたらずに生焼けになったのが白人で、焼きすぎたのが黒人で、綺麗に焼けたのが中国人、と言う説話を、パートリッジは聞いたことがあるのだそうです。



拙訳です



竃で炊いた汁物の香りを嗅いだことがあるんだ、
玩具や鉛筆を見たこともあるんだ、それらは輝いて見えたんだ、
あまりに輝かしいから、まるっきり違ったものに思えたんだ、中国の品。
旗や幟が幡めく音も聞いたことがあるんだ、
中国人が手を打つ時に風を感じたと思ったんだ、
その時、いずれ中国の時代が来ると、ぼくは確信した。

万里の大河、滔々と流れる、
万里の大河、弾ける泡は寸断された囁きのように聞こえ、
万里の大河、水面の上を流れて行く、
万里の大河、それらは皆、さざめく笑いを引き起こしながら、煌めく。
大河は人々を育む、
大河は、揚子江の土に似た黄金の輝きに人を焼き上げるのだ。

中国からの船便で来た手紙を見たことがあるんだ、
切手には、橋と寺々が佇んでいるのが描かれていたんだ、泰然としていた、
あまりに泰然としているから、それらは恒久にそのままなんだと思ったんだ。
中国人が西洋思想に着いて尋ねていたんだけど、
鵜呑みしたら、それは毒になると思うんだ。
東洋のままでいた方がいい、夢を見られている間はずっと。
posted by ノエルかえる at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月13日

Living Through Another Cuba 訳

 パートリッジの「 Living Through Another Cuba 」。自分たちは全く与ることが出来ない駆け引きで生じる状況は、与っていないと言っても否応なく苦しみをもたらすのですが、その中でも、生き延びるたくましいユーモアを歌っている歌です。
 ロンドと言うのか、お祭りの囃子詞のような歌です。

 piggy in the middle は子供の遊び、bulldog と共に、板挟みの意味もあります。
 he's pulling fins from an atom bomb 、pin だと、爆弾のピンを抜いて爆発させると言うことでしょうが、fin なので、爆弾の尾翼のことかと思いました。( 尾翼と言うのかどうか? ) 尾翼を取り外すと、飛行するのに安定を欠いて、何処に飛んで行くのか分からなくなります。

 2011年6月13日、追記訂正。

it's hardly love all and somebody might
wind up red or dead
の行、このスタンザは、テニスの用語を使っているので、
love は、零のこと。
 love all をゲーム開始の意味と取るのか、点数がないと言う意味に取るのか、不分明です。
 ただ、現実の問題として、当時、合衆国とソ連邦は、冷戦のままで、実際の核ミサイルの打ち合いは始めなかったことを考えると、「 it's hardly love all 」は、ゲーム開始は難しいの意味なのではないかと、推測します。
 それで、
「みんなを愛すると言うのは難しいよね、誰かは血だらけか、もしかは死んでしまうかも。」を
「試合を開始するのは難しいね、だって、誰かは血だらけか、もしかは死んでしまうかも。」に訂正。

 2011-09-28の追記:
red or dead
red or dead: 2011年09月28日
「 it's hardly love all and somebody might
wind up red or dead 」
の行にある、red or dead は、
第二次世界大戦中のナチス・ドイツのスローガン、その後、冷戦期のアメリカ合衆国で使われたスローガン「 Lieber tot als rot ( Better dead than red )」と、第二次大戦後の米ソとヨーロッパの主要国以外の立場の弱い国々で、選択を迫られた「 red or dead ( 革命か破滅か / 革命か軍事独裁か )」の含意もあるのかもしれません。

 2011-12-18 の追記:
Another Cuba
Another Cuba: 2011年12月18日
ところで、Another Cuba について、「もう一つのキューバ」と言う読み方は、魅力的だと思います。カリブ海にある島国のキューバ共和国とは別の「キューバ」という場所がある、と言う読み方です。こう読むと、SF的な設定になります。そのような設定の仕方は、パートリッジの好むものです。アルバムには「 Travels In Nihilon 」という、全くSF的な設定の歌もあるのですから、あるいは、そう取った方が適当なのかもしれません。
 アメリカ合衆国とソビエト連邦の間にある島国、と言うことでは、キューバ共和国もグレート・ブリテン連合王国も同じですし。すると、日本国も同じく、「もう一つのキューバ」と言うことになりますが。
 上空をアメリカ合衆国とソビエト連邦が、ピギー・イン・ザ・ミドル遊びよろしくミサイルを投げ合っている、そんな島があって、そこの島人は、地面に穴を掘ってそれに頭を入れて隠して、尻は空に向けて突き出している、と言う。この様なSF的で滑稽な、と言うか、ラブレー的な歌なのですね。


拙訳です。



またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「1961年と同じだね、僕らは、ボールはこっち遊びの鬼みたいに真ん中で右往左往してるんだ。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「こっちでは戦争が太鼓を磨いているよ、あっちでは和平が第二バイオリンを弾いている。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「ロシアとアメリカが鍔迫り合いを演じているよ、まあでも、嘆かなくてもいいんだよ。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「跪いてお祈りを上げとけばいいんだ、伏せている間に、僕らのお尻にキスをして行ってしまうよ。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「僕らは誰かさんがテニスをしてるコートの囲いにくっ付けて顔が潰れているブルドックみたいだね。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「試合を開始するのは難しいね、だって、始めれば、誰かは血だらけか、もしかは死んでしまうかも。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「ちょこっとの油と水を素早く混ぜれば、実際、どっちがどっちか分かんないよ。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「あの男がぼくを大切に思っていてくれるのか、そうでないのか?
原子爆弾から尾翼を取り除いたからさ、どっちに飛んでくか分からないさ。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「こんなこと、二十年置に起きるんだね。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「あの男たちが用心深くなかったら、
放射線で輝くのは、きみの腕時計だけではなくなってしまうね。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「ぼくは指で耳をふさいで、あの男たちが手遅れになる前に始末してくれるのを願うんだ。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
「一切が上首尾に終わったとしてもね、あの男たち、また同じことをするに決まってるんだ、
1998年にはね。」
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!
またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!



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kiss chase

 パートリッジの「 Playground 」の歌詞に出る kiss chase 、英国の子供の遊びです。鬼ごっこの一種。二つのグループに分かれて、一つが他方のグループを全員捕まえたら終わり。捕まえる側と逃げる側が交代。

 YouTube で探したのですが、中々なくて。ウィンブルドンで、16、7歳の女の子のグループと、6歳くらいの男のたちの kiss chase がありましたけど。

posted by ノエルかえる at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Wasp Star | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

Books Are Burning 訳

 パートリッジの「 Books Are Burning 」。アルバム『 Nonsuch 』の最後の歌。中心の「 Rook」から、後ろに8曲目の歌で、前に8曲目・アルバム冒頭の「 The Ballad of Peter Pumpkinhead 」と対の歌。 Peter は殉教者です。この歌は、焚書を人の目から歌ったものですが、本からすれば、Peter と同様に殉教のように思えます。



拙訳です。


本が燃やされている、
表通りで、私はそこにいて見たのだ。
炎はまずは印字から呑み込んでいく。
本が燃やされている、
無風の時に、
誰でもが知っている所なのだ、本が燃やされている所は。
炎は次に人を呑み込んでいく。

出版された文は赦免されるべきだったというのが、私の信念だ。
何が書いてあるかにまでは、関心を持つべきでないのだ。
出版された文と言うのは、兎も角、死者から生者への智慧のホットラインなのだから、
またそれは、人々の心と頭脳のための貯蔵庫の鍵でもあるのだ。

本が燃やされている、
私たちの故郷でも、まずは自分たちの足元を注視すべきなのだ、
それから、他の場所に眼差しを向けたらいいだろう。
本が燃やされている、
子供の遊び場でも、
本が焼ける匂い、それは確かに人の髪が焼ける匂いとは似てもいないけれど、
だけれども。

出版された文は、善か悪かと言う尺度で測れる域を超えていて、
他から侵されるようなことのない領分だというのが、私の信念だ。
出版された文と言うのは、恐れや悲しみに満ちた暴力を超えて、
人々の魂を自由にあるがままにさせるという人類の権利でもあるのだ。

燐寸で出来た教会は、
その無知さの故に、ガソリンで塗油をするのだ。
燐寸で出来た教会は、
書物に書かれた夢想を燃やした煙を吸って肥大しているのだ。
それは、なんとおぞましいことだろうか。

本が燃やされている、
今日でも、日々多くの本が燃やされている、今や、私は願うだけだ、
人々がこの事業に飽きてしまうことを。
本が燃やされている、
このような状況にあっても、どうにかして、
不死鳥が炎から飛び立つことを私は望んでいるのだ。
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2010年06月07日

The Ballad of Peter Pumpkinhead 訳

 パートリッジの「 The Ballad of Peter Pumpkinhead 」。
そのまま読んだだけです。ナーシー・ライムの仕立てなので、そのように読みました。

拙訳です。



ピーター、カボチャ頭が町に来た。
智慧と金をばらまいて。
ひもじい者には食べさせて、貧しい者には庇護をやって。
バチカンに何が為の金かを教えてやって。
ピーター、でも、たくさんの敵も出来ちゃった。
ぼくらを跪いたままにさせておきたいお方たち、敵になっちゃった。
がんばれピーター、カボチャのピーター。
ピーター、カボチャ頭はどうなるでしょう、お祈りしてね。
さあ大変。

ピーター、カボチャ頭は、みんなを惹き付けた。
教会も商店街も空にして。
ピーターが語れば、喝采で屋根も浮いて。
ピーター、カボチャ頭は真実を話しちゃった。
それで、たくさんの敵も出来ちゃった。
ぼくらを跪いたままにさせておきたいお方たち、敵になっちゃった。
がんばれピーター、カボチャのピーター。
ピーター、カボチャ頭はどうなるでしょう、お祈りしてね。
さあ大変。

ピーター、カボチャ頭は平気だった。
カボチャ頭の名前をちゃんと言えない役所の面目をつぶして。
情事の醜聞をながす筋書きは失敗、まるっきり。
ピーターはこう言っただけ、
「どんな愛も素晴らしいです。」
それで、たくさんの敵も出来ちゃった。
ぼくらを跪いたままにさせておきたいお方たち、敵になっちゃった。
がんばれピーター、カボチャのピーター。
ピーター、カボチャ頭はどうなるでしょう、お祈りしてね。
さあ大変。

ピーター、カボチャ頭はちょうどいい。
太い柱に釘付けるのにちょうどいい。
ピーター、微笑みを浮かべて死んでった、テレビの生放送で。
そこにぶらさがって、みんなを見てた。
ぼくのことも見てた、ああこわい。
それで、たくさんの敵も出来ちゃった。
ぼくらを跪いたままにさせておきたいお方たち、敵になっちゃった。
がんばれピーター、カボチャのピーター。
ピーター、カボチャ頭はどうなるでしょう、お祈りしてね。
さあ大変。

がんばれピーター、カボチャのピーター。
ピーター、カボチャ頭はどうなるでしょう、お祈りしてね。
さあ大変。
悲しくって泣いちゃうね。





Oliver Cromwell's head:
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Oliver_Cromwell%27s_head,_late_1700s.jpg

507px-Oliver_Cromwell's_head,_late_1700s.jpg
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2010年06月06日

Peter Peter Pumpkin Eater

 このブログにも、ライム「 Peter Peter Pumpkin Eater 」を備忘していたと思ったのですが。

 どこかにあるかもしれないのですが、ともかくもう一度。

 このライム、18、19世紀にイギリスで出版されたライム集にはないそうです。1825年頃にアメリカのボストンで出版された『 Mother Goose's Quarto: or Melodies Complete 』に始めて見られるそうです。また、スコットランドで1868年に出版されたライム集に、似た歌があるそうです。
( ウィキペディアから )


Peter, Peter pumpkin eater,
Had a wife but couldn't keep her;
He put her in a pumpkin shell
And there he kept her very well.

Peter, Peter pumpkin eater,
Had another and didn't love her;
Peter learned to read and spell,
And then he loved her very well.

ピーター、ピーター、カボチャ食い。
おくさんいるけど、じっとしてない。
カボチャの殻におしこんだ。
そんで、どうにか、じっとさせた。

ピーター、ピーター、カボチャ食い。
新しいおくさん出来たけど、すきになれない。
読み書きをおそわった。
そしたら、おくさんをすきになった。

Peter_Peter_Pumpkin_Eater_2_-_WW_Denslow_-_Project_Gutenberg_etext_18546.jpg
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War dance 訳

 ムールディングの「 War dance」。

 この歌は、ムールディングの父親、あるいは、もう少し上の世代の人物が歌っていると言う設定のようです。一人称の独り語りです。語りの中にも登場人物はいません。
 自分の親の世代を語り手にすると言うスタイル、ムールディングには、「がんばれナイジェル」以来、よく使うものなのかもしれません。この歌には、ナイジェルのような特定の人物はいませんけれど、若者たちの心情はあります。

 歌を語る人物は、第一次世界大戦を若い時に経験し、おそらく出征、壮年で、第二次世界大戦を経験した人物に設定されているようです。ですから、ムールディングの父親よりもまだ年上なのだろうと思いますが。


 言葉に関してのメモ:
「 at bay 」は、窮地に追い込まれる、と言う表現に使うのですが、
ここでは、少し違ったように使っているようです。
歌の語り手は、青年時代に第一次世界大戦を経験していますから、自分の心にも、好戦的な感情があることを知っています。それに火が点くのを恐れているという心情を表しているようです。


 チャーチルは、1965年に90歳でなくなっています。この歌の語り手を、チャーチルと同年輩とすると、この歌の時には、110歳です。





拙訳です。


どうやら、若者たちの間で、
煽情的な気分が流行っているらしいな、
嘗ての戦役の従軍者の間にさえもそうらしい。
状況は悪化しておるな。
そうだな、このようなことを世間に見るのは、
戴冠式以来だろうかな。
とは言っても、通りの一団が煩くなったなら、
儂は、地下に潜ろうと思うよ、
狂犬を隅から出さないようにな。
狂犬、、覚えているさ、あの戦いの踊り、
愛国的浪漫主義とか言うものだ。
そんなものを見るのは、
戴冠式以来だろうかな。
とは言っても、紙吹雪が空を舞えば、
人々の血は沸き上るだろうし、
そのときにはもう、人々は波にのっていると気付くだろうな、
戦いの踊りに呑み込まれてしまっているのだ。
そうなってしまったら、安直な興奮が
新聞街 ( フリート街 ) を独占して、新聞は、
誰もが好戦的な気分に与ろうと言う気持ちに
差し向けるものなのだ。
人々はチャーチルを復活させようとするだろうな、
その上、徴兵と供出をまた始めようとするだろうな。
漲る力、崇高な熱狂、
そんなものが病んだ国旗 ( ユニオン・ジャック )を作るものなのだ。
分かるかな、儂は、今現在の戦いの踊りについて話しているんだぞ。
愛国的浪漫主義、
儂はよく知っておるよ、そんな妄想家達のことはな、
若者たちを煽るような連中のことは、
昔見て来たんだ、
第一次世界大戦の時にな。

ああ、あの時は、儂も戦いの踊りを……、
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coronation day

 ムールディングの「 War dance 」に出る、coronation day 、戴冠式。

 英国で戴冠式があったのは、エリザベス二世、現国王のものが最近のもの。1953年6月2日に催されています。
 ムールディングの生年月日は、1955年8月17日ですから、生まれる前です。パートリッジにしても、53年生まれなのですが、11月の生まれですから、エリザベス女王の戴冠式は見てはいないでしょう。

 ムールディングの歌には、しばしば、自分の父親世代の視点からの語りがあります。この歌もそうなのでしょう。
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2010年06月05日

Fleet Street

 ムールディングの「 War dance 」の歌詞に出る、Fleet Street 、ロンドンの街区の名前です。1702年に、Daily Courant がこの通りに本拠をここに置いて以来、Fleet Street は、主要な新聞社が本拠を置く通りとなりました。現在は、そのほとんどが移転したようですけれど。
 そのために、Fleet Street と言う名前は、イギリスの報道を指す言葉として使われています。
posted by ノエルかえる at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

Helicopter 訳

 「xtc helicopter 和訳」 と言う検索がありましたので。

 レゴランドで遊んでいる子供が、小さくなってそのレゴランドの町の中に入っているという空想をしている、という風に読みました。そこに、ハリガネ鳥と化したママがやって来て、町を壊してしまうかもしれない、と言う空想です。

 ですから、she はママにしました。

 heli と copter と、語が分断されているのは、音で分けているのでしょうけれど、元のギリシャ語、έλικας 螺旋、πτερό 翼 を活かすようにしてみました。

追記:
 パートリッジは、虫好きなのか、歌詞に虫がたびたび登場しますけれど、自身の歌の特徴を「アント・ミュージック」と言ったりもします。昆虫の身体のように、各部位が節になって分かれている形態が、パートリッジの歌の構造に似ているからでしょう。
 レゴ・ブロックも、部位が分かれていると言う点では同じです。それも、昆虫の部位と違って、一つのブロックは、頭にいっても尻にいっても構わない、と言う点は、よりパートリッジの傾向に合っているのかもしれません。


拙訳です。



わーい、マキー! わーい、グルグルマキー!
ぼくはちっちゃくなったんだ! 手には望遠鏡を持ってるけどね、
それでさ、レゴランドから見上げてるんだぞ!
ぼく思うんだ、きっと、ママがやって来る時間だぞって。
ママは、ゲタゲタ笑うハリガネ鳥さ。
ママは、頭の上で、メチャクチャになっちゃうぞ。
ぼくは思うんだ、きっと、ママがやって来る時間だ。

でもでも、ぼく、ママが選ぶ飛行士はだれも気に入らないんだ、
あの飛行士も、
あの飛行士もね。

ママは、レゴランドの上をぐるぐる飛び回ってるぞ!
ヘリコプターみたいだ。ハリガネの翼だ。
ママがレゴランドに着陸するぞ!
止めなくちゃ! ぼくはママを止めなくっちゃ!
レゴランドの上をママは旋回しているぞ!
ヘリコプターみたいだ。ハリガネの翼だ。
わーい、マキー! わーい、グルグルマキー!

ああ! ママはもうぜんぜん大人しくないよう、あばれちゃうよー!
ちゃんとした大人から子供になっちゃった。
もうすぐ、ママが舞い降りて来る時間だぞ!
ママは、ゲタゲタ笑うハリガネ鳥さ。
posted by ノエルかえる at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Yvonne Fletcher

 ムールディングの歌「 War dance 」、強硬な愛国心が昂揚してる街のスケッチです。完成されて、アルバムに収められたのは、1992年発表の『 Nonsuch 』なのですが、書き始められたのは、1984年10月発表の『 The Big Express 』でのセッションです。録音は、3月から7月まで。
 10 年近い年月の間に、その内容も変わって行ったと思います。
 ですが、その発端になった事柄が何であったかの見当をつけておくのも、無駄ではないだろうと思いますので。ムールディングは、歌を書いたのは、1983年で、前年のフォークランド紛争による街の興奮を書いたと言っています。
 また、『 The Big Express 』録音中の、4月17日に起こった事件があります。
ロンドン市内で、リビアの指導者カダフィに反対するリビア人のグループがセント・ジェイムズ街にあるリビア大使館前でデモを行っていたのですが、そのグループに向けて、大使館内から銃撃がありました。デモの整理に当たっていた、若い警官、イボンヌ・フレッチャーがその銃弾に当たり、死亡しました。
 27日には、リビア外交官たちは出国しましたが、銃撃の犯人と思われる人物もその中にいたと思われます。外交特権のために、英国警察は、捜査が出来ませんでした。
 リビアとイギリスは、すぐに国交を絶ちました。


Police Memorial for Yvonne Fletcher 1984




追記:
『ソング・ストーリーズ』を読み返すと、ムールディングは、『ママー』のセッションの時に書いたと言っています。
posted by ノエルかえる at 12:54| Comment(2) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

The Smartest Monkeys 訳

 ムールディングの「 The Smartest Monkeys 」。

 これは、ただそのまま読んだだけ。
 swing、dominant と言う、音楽用語でもある語があるのも気にはなりますが。



拙訳です。



“ヒト”は、中に入って寝るために段ボール箱を作ったんだとさ、
“ヒト”は、それに、新聞紙を毛布の代用に転用したんだとさ、
森の樹々の中を歩き回ってた頃とは、
格段の違いが“ヒト”にあることを、誰も認めないとね。
「われらは一等かしこい猿。」
最も賢明な猿だと言う証拠、
それは何処にでもある。
人の脳は他の動物より大きいんだ、
そのことは、私たちは既に知っている、
最も賢明な猿だと言うこと。

“ヒト”は、公園のベンチが可動式だと言うことに気が付いたんだとさ、
“ヒト”は、それに、公園に捨ててあるゴミが立派な栄養源だって気が付いたんだとさ、
そんなこんなの発見で、
文明人は、文明を賞賛することを、
受け入れているんだ。
「われらは一等かしこい猿。」
進化と言うのは、目にも明らか。
「われらは一等すぐれた種。」
最も賢明な猿なのだから。

私たちは、穴居人を石器時代から、
現代の地下鉄に連れて来たんだよ、
穴居人たち、どれだけたくさんのものを荷物に詰め込んだか、
急いで、ギネス世界記録に電話しなくっちゃ。
森の樹々の中を歩き回ってた頃とは、
格段の違いが“ヒト”にあることを、誰も認めないとね。
「われらは一等かしこい猿。」
posted by ノエルかえる at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

Washaway 訳

 ムールディングの「 Washaway 」、『 The Big Express 』のセッションで録音されて、「 All you Pretty girls 」のシングルのB面にカップリングされた歌です。
 歌は、スウィンドンの日常のお昼の情景をスケッチしたもの。パートリッジの「 Respectable street 」や、『 The Big Express 』の「 Smalltown 」にも繋がる歌です。
 
 歌詞は、B面発表の歌なので、Idea のサイトには掲載されていません。Chalkhills のサイトのものを読みました。

 歌詞の言葉に関してのノート:
「 loose change 」小銭。
「Mr. Softee」自動車でアイスクリームを販売するお店。
「 ringing for his supper 」sing for one's supper と言う表現があります。
何かのサービスをして、何かを手に入れると言う意味。


拙訳です。




かあさんは台所にいて、それで湯気を上げてる、湯気で窓がくもる、
茹であがったキャベツの匂い、流しから臭ってくる、
それで、どんなにこすっても、汁のしみは取れないんだ。

洗え洗え洗え、たっぷりの水で洗い流せ!
洗え洗え、つけちゃったしみをどれもみんな洗い流せ!

( お昼休みで )
通りは人気がなくなった、
だれももうひと仕事なんて思わない、
長いすでみんな休んでる、
財布には小銭だけだし、
小銭って言っても、使いようのない小銭だもの。

( お昼休みだから )
ミスター・ソフティーがやってくるんだ、
くるまは、アイスクリームのコーンの格好に飾ってある、
鐘を鳴らして、糧を得るんだ、
ミスター・ソフティー号、お屋敷の方に向かったぞ!
でもでも、お屋敷には、千ものヨークシャー・プディングがあるから、
たぶん、ちっとも儲からないんだ。

ねえみんな、町の人たちがどうやって、
無理矢理に時間をつぶしているかわかったかい?
お金と言うものは都会にあるんだ、
お金と言うものは心を喰って増殖するんだ、うんざりだね、
みんなを失望させるよね。

洗え洗え洗え、たっぷりの水で洗い流せ!
山の手では普通にコインランドリーという仕事があるんだよね。

洗え洗え、汚れを洗い流せ!
洗え!
汚れを洗い流すんだ。
posted by ノエルかえる at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする