2010年10月31日

Chalkhills and Children 訳

 パートリッジの「 Chalkhills and Children 」。

 古歌「 nonesuch 」は織り込みませんでした。
 「 three empty tyres 」は、『 The Big Express 』の「 Train Running Low on Soul Coal 」と似た表現ですけれど。balloon でなく、tyre で浮き上がると言うのは、ユーモアなのでしょうか? 単に、韻のためなのでしょうか?

 追記:タイヤにぶら下がって上昇して行く、と言うのは、それも遅々とした上昇と言うのは、この歌ではコミカルなイメージになっています。それに、この歌では、上昇は凶事なのです。ですけれど、この遅々とした上昇と言うイメージは、パートリッジの想像の中では、その後も重要な要素になったのではないでしょうか。この歌にも、baloon と言う語はあるのですが、それと結びついて、浄化のイメージに変換した時に、「 The Last baloon 」が生まれたのではないでしょうか。
 それに、サーカスの綱渡りのイメージは、「 Dear Madam Barnum 」で、再び使われます。

拙訳です、

11年2月25日訂正


僕は見覚えのない土地の上空を漂っている、そこは、
ショー・ビジネスの月で照らされたスパンコールが煌めく、張りぼての土地。
僕は見覚えのない土地の上空を漂っている、
いつまでも、僕は余所者なんだ、気球に乗っているのでもないのに、
僕はどんどん高く昇って行く、
名声と言う移ろい易い炎の熱に浮揚されて。
ところが、チョークヒルと、我が子たちが僕の足を取り押さえたんだ。
チョークヒルと我が子たちが、
僕を不変の大地へ、以前のままのアミン古街道へと、引き降ろしてくれたんだ。
( 僕は目も開かないままだから、どこへ行くのかさえ分からなかったんだ。 )

僕は薄氷の上を滑走していたんだ、
柔らかい金属製で先が丸まった刃をつけたスケート靴を履いて。
僕は薄氷の上を滑走していたんだ、
すると、他では見た事もない網が僕を攫って持ち上げた。
僕は、高く上げられて、
サーカスの運だけが頼りの高い渡り綱に乗せられたんだ。
ところが、チョークヒルと、我が子たちが僕の足を取り押さえたんだ。
チョークヒルと我が子たちが、
僕を不変の大地へ、以前のままのアミン古街道へと、引き降ろしてくれたんだ。
僕は目も開かないままだから、どこへ行くのかさえ分からなかったんだ。
僕は、舞台は誂えられたものかどうかと、調べたりはしなかったんだ。
その役は、僕がするべき役だったのかどうか、分かりもしなかったんだ。
僕の目は、あなたが本当に見えるものなのかどうか、判別も出来なかったんだ。

僕は、まだ、どんどん高く昇って行く、
旋回して上がって行く、三本のがらんどうのタイヤにぶら下がって、
僕は息を呑む群衆の上空を架空するんだ、なかなか進まない弾丸にも見えるけれど。
僕は息を呑む群衆の上空を架空するんだ、いつまでも続く悪夢を推進力にして上がって行くんだ。
僕はいつまでも登って行く、
イカルスは後悔しなかったのだろうか、困惑して途中で止めなかったのだろうか?
だけれど、チョークヒルと、我が子たちが僕の足を取り押さえたんだ。
チョークヒルと我が子たちが、途中で止めさせてくれたんだ。
( 僕は目も開かないままだから、どこへ行くのかさえ分からなかったんだ。 )

さあ、僕はまた、アミン古街道を歩こう!
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Sequin

 パートリッジの「 Chalkhills and Children 」。

 歌詞に出て来る sequined と言う語、スパンコールで飾られたの意味ですが、元の名詞 「 Sequin 」は、13世紀ヴェネチア共和国の金貨です。イタリア語では、Zecchino ( ゼッキーノ ) 。


Zecchino_Antonio_Venier_1382.jpg


追記:
フィレンツェ共和国の金貨は、フローリン ( fiorino d'oro ) です。ダンテは、『新曲』の中で、教皇は、フローリン金貨のヨハネ象ばかりを拝む、と、教皇庁の拝金主義を非難しています。
posted by ノエルかえる at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Ermin Street, Swindon, Wiltshire

 パートリッジの「 Chalkhills and Children 」の歌詞に登場する、「 Ermin Street 」。

 スウィンドンにある通りの名前なのですが、ローマ帝国時代の古街道の名前でもあります。ロンドン ( ラテン語でLondinium 、パートリッジは、「 Tower of London 」で、この古名を使っていました。 ) から、ヨーク ( ローマ帝国時代のラテン名は、Eboracum ) までの街道です。スウィンドンでは、現在の市街地の東端に接する道が、古街道であるようです。

 Google Map のストリート・ヴューで、そのエイミー・ストリートを見てみました。

スクリーンショット(2010-10-31 10.48.41).png
posted by ノエルかえる at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NONESUCH

 パートリッジの「 Chalkhills and Children 」。

 歌詞の、「 while some nonesuch net holds me aloft. 」の行にある、nonesuch 。
辞書だと、名詞で、
archaic a person or thing regarded as excellent or perfect、の意味と、
a small Eurasian medick which is widely grown as a constituent of grazing pasture、の意味があります。

 17世紀に、nonpareil ( 形容詞 ) から造られた造語ということです。

 パートリッジが歌詞にこの語を使うのは、ここが初めてだと思います。次のアルバムの題名に使われた「 Nonsuch 」は、ヘンリー八世の宮殿の名前なのですが。

 「比類のない網」と形容詞的に読んでいいのだと思います。
 なのですが、私は、何か納得し切れないものがあるので、調べてみました。

 NONESUCH と言う名前は、英国の海軍の軍艦の名前として、継承されています。軍艦だと、net と言う語と結びつきやすいのですが、「 Chalkhills and Children 」の中では、高空のイメージがあるので。

 もう一つは、17世紀頃のイングランドの古歌に「 nonesuch 」と言う題のものがありました。
その歌詞は、
And she shall bring the birds in spring

And dance among the flowers.
In summer's heat her kisses sweet

They fall from leafy bowers.

She cuts the grain and harvests corn.

The kiss of fall surrounds her.

The days grow old and winter cold.

She draws her cloak around her.

( 旋律、歌詞ともに作者不詳 )

そうして春になると、花々の中を踊りながら、
彼女は小鳥を連れて来るだろう。
夏の暑さが来ると、彼女の甘い口づけは、
繁った樹冠から落ちて来る。

彼女は穂を刈り小麦を収穫する。
落ちた口づけが彼女を囲む。
夏の日々は衰えて、冬の寒さが増して行く。
彼女は外套を身に引き付ける。


 古歌「 nonesuch 」は、『スカイラーキング』の「 Season Cycle 」 のようでもあるのですが、前半の部分は、「 Chalkhills and Children 」の歌詞の中での有頂天を表現する部分として、重ねられるようにも思います。

 この行は、次のアルバム『 Nonsuch 』の「 Dear Madam Barnum 」にも繋がっているように思えます。
posted by ノエルかえる at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

Miniature Sun 訳

 パートリッジの「 Miniature Sun 」。

 失恋の歌。「 Another Satellite 」と同じように、天体に関わる言葉を使った歌。少し、イカロスの神話の連想もあります。

 big King kong の後は、……と、言葉が使ってないのですが、猿と言う言葉を当てました。


 追記:
 この歌だけだと、失恋の歌のようなのですが、アルバムの次の歌「 Chalkhills and Children 」に続けて考えると、悪徳マネジャーに煽てられてステージに上がった挙句、失墜した歌手を歌っているようにも思えます。

拙訳です、



僕はまさに正午だ、隅々まで陽光が降り注ぐ時間、僕はその体現だ。
僕はあの娘の蒲団を暖めるだろう、あの娘の花を咲かせるだろう。
あの娘が意中の人は僕だけだと言ったから、
この僕、地球は燃え出したんだ、まるで小型の太陽のように。
僕は、もう以前とは違う。僕は、もう目立たない男の子ではないんだ。
僕は、全身燃え上がっているんだ。天上に君臨してるんだ、小型の太陽のように。

生きているものは近づけもしない、そんな高天に僕は登ったんだ。
それは聖日、それは恒星、あの娘は小型の太陽を造り上げたんだ。
あの娘が意中の人は僕だけだと言ったから、
もうこの世界に影は無くなったんだ。
僕は、もう以前とは違う。僕は、もう目立たない男の子ではないんだ。
僕は、全身燃え上がっているんだ。光と熱を放っているんだ、小型の太陽のように。

もう何もかもが隈無く正確に見えるんだ。一兆ワットの明るさだから。
僕は空を燃えながら飛ぶ何かだ、そして、あの娘の家の上空を旋回するんだ。
そして、あの娘に確かに言うんだ、君が僕をこんなに大きくしたんだって。
ところが、大人の男が帽子を脱いで僕に挨拶しただけで、そのまま居続けるんだ。
僕は、やっと、分かったんだ。

もう何もかもが間抜けに見える。
まるで、調子の外れた歌のようだ。
僕は、もう、強大なキングコングから、小型の猿になってしまった、、、

近づかないで、
僕は君の腕を焼いてしまうよ。君の髪を色褪せさせてしまうよ。
君の放牧地を乾燥地帯にしてしまうよ。君の目を潰してしまうよ。
君は僕の目を潰してしまったんだから。
僕は怒りで錐揉みするだろう。
夏の間中、君が小型の太陽を造っていたのは、ただ、夜の空を見上げるだけのためだったんだ。
僕はただ一人の意中の人ではなかったんだ。
僕は、もう以前とは違う。僕は、もう空威張りの男の子ではないんだ。
咎められること、全部が僕の仕業なんだ。下を気を付けて、僕は落ちるから。

男が堕ちて潰れた。小型の太陽のように。
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2010年10月19日

In Loving Memory of a Name 訳

 アクセス解析のリンク元に「 訳 in loving memory of a name xtc 」と言う検索がありましたので、とりあえず読んでみました。

 ムールディングの「 In Loving Memory of a Name 」です。ムールディングの歌は、言葉数が少ないので、そのままでは読み取り難いです。かなり補って読みました。
 地方の名もない教会の名もない墓を逍遙するというのは、それこそ、フィリップ・ラーキンのようですけれど。


拙訳です。



僕の胸は高鳴って行く、
墓に咲くヒナゲシの花園に近づくと、心躍るんだ。
ああ、教会の鐘が鳴り出すだろう。
そして、墓に座って、その歳を読み取とろう、
すると、見知らぬ名前に親しい夢想を覚えて、その中に
僕は流れ出てしまうんだ。
墓は苔に覆われている。
葬られている人は母国のために死んだのかもしれない。
訪れる人もなく忘れられたにしても、消え去ってはいないんだ。
ここで安らかに眠っている人、その人はここでまた見つけ出されたんだ。
僕は暫くここに佇んでいよう、
見知らぬ名前の優しい夢想の中に。

英国はその人に報いることはないだろう、
その人は、自分が愛おしんだ土地に
埋葬されるためだけに、自分の生命を供したのだから。
説教では、その人がまだ若かったと注意を促したけれども。
木霊が教会の墓地の壁に響いている。

英雄も悪漢も
一緒に自然に囲まれている。
そして、名前を低く歌い上げる僕の喉の奥で、一つになってしまう。
その人達が造り上げた土地に座って、
僕は、見知らぬ名前の優しい夢想の中に
浸ってしまおう。
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2010年10月17日

Pink Thing 訳

 パートリッジの「 Pink Thing 」。

 そのまま読んだだけですけれど、『 Skylarking 』の「 Season Cycle 」では、愛犬を相手にしての歌でしたけれど、これは、愛息を相手にしての歌。
 言葉遣いは、『 Wasp Star 』の「 You and the Clouds Will Still Be Beautiful 」にも共通したものがあるように感じます。

 押韻ではなくて、同様の意味の語を変えて使っているのが、面白みでしょうか。
第一連では、If I could only wake you from your slumber curled, 「 curled 」。
第二連では、If you could only see the way the way the gingham swirls,  「 swirls 」。
 それも、第一連では次の行に、反対の意味の「 straight 」を使い、
第二連では、類義の「 vibe 」を使っています。

拙訳です、




お前が目を覚ました時にはいつも、私はそばにいるよ、お前に私は夢中なのだから、桃色坊や。
お前は私を笑いたくさせるし、泣きたくさせる、
お前の頭を撫でていると、何百もの鼓動をはっきりと感じるんだよ、桃色坊や。
お前を外に連れ出して一巡り世界を見せて遣りたいんだ、坊や、世界は愉快だと思うよ。
お前が丸まって寝入っているのを起こしたりしたら、
桃色坊や、生真面目な連中は何と言うだろうね?
「この男は楽園に入る資格はないぞ、」かな、
「この男は罪人だ、きっと不徳の烙印を押されている。」かな。
桃色坊や、父さんの顔に唾を散らしなさい、父さんはそれも大好きなんだから。

お前が呼んだ時にはいつも、私は慌てふためくよ、桃色坊や。
お前は私に生きたいと思わせるし、死にたいと思わせる。
お前の頭を撫でていると、何百もの鼓動をはっきりと感じるんだよ、桃色坊や。
お前を外に連れ出して、女の子と言うものを見せてみたいんだ。
桃色坊や、女の子と言うのは、お前にはまったく初めての種族だね。
お前を巻き込んで惑わすのは、これまでは、ギンガム布だけだったろうね、
女の子と言うものには、まったく初めてで、目を回すだろう。
「この男には父親となる資格はないぞ、」
「この男は罪人だ。」 昔、生真面目な連中は私を、崖から落として死刑にしたんだ。
桃色坊や、父さんの顔に唾を散らしなさい、父さんはそれも大好きなんだから。
本当だよ、父さんはそれが大好きなんだ。

お前が目を覚ました時にはいつも、私はそばにいるよ、お前に私は夢中なのだから、桃色坊や。
お前は私を笑いたくさせるし、泣きたくさせる、
お前の頭を撫でていると、何百もの鼓動をはっきりと感じるんだよ、桃色坊や。
お前を世界に紹介したい、お前を崖っぷちに連れて行きたいんだ。
お前を世界に紹介したい、お前が何を考えているのか教えておくれ。
お前を世界に紹介したい、ミッシングリングを見つけ出そう。
お前は、もう、桃色お嬢ちゃんに会う時が来たと思うかい、どうだい?
お前は私を笑いたくさせるし、泣きたくさせる、
お前の目に涙があると言うのに、どうして私は満足しているのだろうね?
かわいい桃色坊や、どうしてだろうね?
posted by ノエルかえる at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

Hold Me My Daddy 訳

 パートリッジの「 Hold Me My Daddy 」。

 演劇のように読んでみました。三人の息子が、それぞれ自分の父親に語ると言う歌です。( それぞれ別の親子 )

 三連目の語り手を、一人の息子ではなくて、すべての息子を代表するような「語り手」と設定して読んでみました。


無数の《 子供 》の合唱 : 「抱きしめて、抱きしめて、お父さん」

《子供》の中から一人進み出て歌う:
「抱きしめて、お父さん、
僕これまで床の上で塵より下に転がってるなんて感じたことないんだ。
ねえ、お父さん、僕を抱きしめて、
荒れ狂った海のように泣き叫びたく感じることなんて、これまでないよ。
これが諍いと言うものなの? それならどうして僕と父さんは諍いをしてるんだろう?
僕は、たぶん、二発かそこら撃っただけだと思う、
撃つつもりなんてなかったんだ。
すべての父と息子が咀まなければいけない銃弾というものがあるのかなぁ、
ああ、お父さん、僕を抱きしめてよ。」
《子供》退場しながら
「お父さんに愛してると言うのを忘れてた、、、」


別の《子供》進みでて歌う:
「抱きしめて、お父さん、
大人がこんなふうに遣り合うのを見るなんて、僕は悲しいんだ。
ねえ、お父さん、僕を抱きしめて、
若犬と長犬が、共に主人となる日なんてないのかなぁ、
これは内輪の争い? でもどうして、僕と父さんが争っているのかなぁ、
すべての父と息子が通らなければならない焼けた石炭の道というものがあるのかなぁ、
ああ、お父さん、僕を抱きしめてよ。」
《子供》退場しながら
「お父さんに愛してると言うのを忘れてた、、、」


語り部進みでて歌う:
「さて、わたくしが忌み嫌っております、このすべての喧嘩、
その償いを私たちが行いますことを、皆様がご承知下さるならばでございます。
来る時代、来る土地では、私たちの歴史は変わるのでございます。
私たちはみな親友となるのでございます、ただ関係者と言うのではございません。
ここに、申さねばならない正しい言葉があります。
それは、言い出しがたい言葉ですがが真実でございます。
その言葉とは、すなわち、
「お父さん、僕を抱きしめてよ。」でございます。」
語り部退場しながら
「お父さんに愛してると言うのを忘れてた、、、」

無数の《 子供 》の合唱 : 「抱きしめて、強く抱きしめて、その子が赤ん坊だった時のように抱きしめて」
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2010年10月04日

Cynical Days 訳

 ムールディングの「 Cynical Days 」。

 そのまま読んだだけです。
 拙訳です、


またもう一年が過ぎてしまった、かつての世界は古びてしまった。
時に触れ、私は溜息をつく、人が素っ気なくなったから。
世に出て頭角を現そうと、私は日々最善を尽くしている、
私が知っているかつての世界ならそれは出来ると私は確信しているけど、
人々が持込んで来た忌まわしい様々な思想の中では、どれであっても、
人間の性質についての私の信頼は、極めて薄くなってしまった。
誰か、このひねくれた日々から私を救い上げてくれないか、
誰か、このひねくれた道程から私を救い出してくれないか。
人は、世界は変化するものだと言う、
そう言う人には、このひねくれた日々から私を救い上げる義務があるのではないか。

現在とは別の世界の見方をすれば、人々はとても浅はかに見える。
夜の暗い帷が降りると、私の暗鬱な考えが連なっていく。
私は、私の世界を少しは善くしようと努めているけど、
( そんな私の努力は徒労のようだ )
そんな私も人間の競争に加わっているのだから。
( それもまるっきりの無駄に終わるのだけれど )
競争と言うのは、私が重きを置かないものに価値をつけるものだから、
私には一体全体何なのだか分からないのです。
誰か、このひねくれた日々から私を救い上げてくれないか、
誰か、このひねくれた道程から私を救い出してくれないか。
人は、世界は変化するものだと言う、
そう言う人には、このひねくれた日々から私を救い上げる義務があるのではないか。
posted by ノエルかえる at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

Merely a Man 訳

 パートリッジの「 Merely a man 」。

 Gaddafy Duck は、80年代鋭く対立していた、リビアの指導者カダフィ大佐とアメリカ合衆国大統領ドナルド・レーガン大統領をくっつけたもの。
 Jimmy Swaggart は、テレビ伝道師の草分けの一人。Tommy gun は、アメリカの機関銃ですが、マフィアが使用して、それが映画などで大衆に知れ渡るようになり、機関銃の代名詞的なものになっています。Swaggart師には、スキャンダルも多いのですが、機関銃と関係したものがあるかどうかは分かりません。単に、アメリカの大衆によく知られている危険なものと言うだけかもしれません。


 パートリッジのこの歌は、表面的には、ビートルズ的に聞こえます。途中にバロック風トランペットが入ることなど、『サージャンド』前後の頃のビートルズのようです。
 けれども、パートリッジのインタビューを読んでいると、必ずしも彼は、ビートルズ、特に、ジョン・レノンを評価していないように感じさせる時があります。
 この歌も、表面的にはビートルズ的なのですが、構造的には、もしかしたら、それを否定していると感じさせる展開をしています。
 歌詞の点で、それはより顕著のように思えます。「I had no message and the message was, we're all Jesus, Buddha, and the Wizard of Oz!」と言う行は、ジョン・レノン、あるいは、ジョン・レノン的「愛と平和のロックンロール」の否定のように、私には思えるのです。
 パートリッジは、日常性・土着性を指向していますから。もっとも、レノンの「反戦」も本来は日常性への指向なのでしょうけれど。とすれば、パートリッジが忌避して否定しようとしているのは、レノンの上で増長して、マスメディアが膨張させた「メッセージ」なるものなのでしょう。



拙訳です







「もっと高く!」
「僕は王のようなものかもしれない、確かに、一国の主なんだろう、
だけど実際には、君の汚れた皿を洗う給士なんだ。
僕は主張なんかは持ってはいないよ、
「我々は、皆、イエズスである、仏陀である、オズの魔法使いである」
そんな主張なんかないんだ。
僕はただの人間だよ、君に何も渡すものはない、愛があるだけだよ。
僕はただの人間だよ、だから、君に出来もしないことを望んだりはしないんだ。
だって、
英知と愛で、僕たちは人間性を高め続けている、と言うことは本当なんだって、
君にも分かり切ったことだもの。」

「もっと高く!」
「僕の中では、はすべての宗教の特徴が一つになっているんだ、
どう言うものかと言えば、
テレビ伝道師ジミー・スワガード師のトンプソン短機関銃に煽られた、
カダフィ・ドナルド・ダック・レーガン大佐大統領と言う感じかな、
だから僕は、端に黄金の壷のある虹なんかを約束したりしないよ、
だから実際に、僕が君にあげるものは、君はもう持っているんだ、
分かってるんだけど。
僕はただの人間だよ、君に何も渡すものはない、愛があるだけだよ。
僕はただの人間だよ、君に出来もしないことを望んだりはしないだろう、ね?
だって、
英知と愛で、僕たちは意識を高めるのに十分な力をすでに持っているんだ、
だから、人間性を高め続けている、と言うことは本当なんだって、
君にも分かり切ったことだもの。」

「もっと高く!」
「僕たちが生き残って、正気の程度をもっと高度にしたいのなら、
迷信や恐れを心から追い払うべきだ、と言うことは本当なんだって、
君にも分かり切ったことだもの。」
posted by ノエルかえる at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする