2011年07月31日

きょうは

 今日も晴れて暑い日でした。今日聞いたのは、『 Powers 』と、山内桂の『祝子』、ユーチューブ・ビデオで、近藤譲の「 Hight Window 」。
 ラッヘンマンも聞きたいとは思ったけど。

 それから、テレビで、スウェーデンの切り絵作家、アグネータ・フロック ( Agneta Flock ) を見た。夏の夏至祭り。夏至にメイポールを立てて祭る様子。
 夕食後、テレビを点けると、志村ふくみさんがテレビに。日曜美術館のフェルメールの特集に。



Agneta Flock
posted by ノエルかえる at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月24日

ふわふわ

 今日は、the Milk & Honey Band の『 In Color 』と、『 Skylarking 』と、マリオン・ブラウンの『 Sweet Earth Flying 』をプレイヤーにかけました。
 「 Big Day 」はいいなぁ、アコーディオンの風を押し出す音で、浮いているような感じ。感情としては、苦みと甘みが混じり合って不思議な均衡の上にいるよう。浮遊感は、次の歌「 Another Satellite 」に続くよう。
posted by ノエルかえる at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

『オレンジズアンドレモンズ』はジャズっぽい?

 昨晩は、『 Oranges and Lemons 』を聞きました。ミニサイズの三枚組のCDのものです。第三部 ( 三枚目 ) から聞いていきました。続けてではなくて、間を置いて。途中に他のこともして。
 それで、ふと思ったのは、このアルバム、XTC の経歴の中でも、最もジャズ的なものではないかと言うことです。パートリッジは、自分の学校時代 ( 少年時代 ) を形作った、サイケディリックのシングルに思いを馳せて、と言っていますけれど。
 全体に、Mark Isham ( マーク・アイシャム ) が活躍しているからか知ら、ジャズ的に聞こえたのは。カーニバル風の雰囲気があるから、大規模なブラス・バンドが合いそう、とは思っていましたけれど。ギル・エヴァンス・オーケストラか、カーラ・ブレイのビッグ・バンドが演奏すれば、どうなるかしら、と思いました。
 そえぞれの歌の着想も、複数の声部 ( 三つ? ) を組み合わせることを主眼にしているように思えます。おそらく、前作『 Skylarking 』の「 Season Cycle 」以来なのでは。バッハに倣おうと言う意図だったようです。「 The Loving 」など、終結部は、フーガにすればよかったのに、と思いました。「 Chalkhills and Children 」は、バッハのカンタータのようにも聞こえるかも。そんな技巧的な面がジャズ的に思えたのかしら。
 ジャズ的と言っても、演奏に主眼を置いた、即興で一つの主題の無限の変奏を開示してみせる、と言うことではないです。歌ですし。唯一無二のものに定位された歌です。XTC がレコードに執着するのは、瑕疵のない最善の演奏を記録するためではないでしょう。唯一の実在としての作品を顕現する為なのだと思います。( つまり、二度と『オレンジズアンドレモンズ』は創れないと言うこと ) ですから、即興の理論をより高度にして、同じ演奏が現れないように研鑽しているジャズの音楽とは、対極的なのですが。それでも、ジャズ的に聞こえたのは、使われている語法や和声がジャズ的だからか知ら。
posted by ノエルかえる at 09:28| Comment(5) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

English Settlement 放浪と帰還

 今、改めて『 English Settlement 』のリストを眺めてみると、原版は二枚組であったものを、ヨーロッパ/日本と合衆国では一枚に編集したその仕方は、一枚目のレコードが基本であって、二枚目から三曲を選んでそれに挿入していると言うことが分かります。アメリカ版では、三曲の挿入と、一曲の入れ替えがあります。
 XTC 、パートリッジが原版にどのようなイメージを抱いていたのかは、分からないのですが、一枚目のレコードを基本とするのは、一つのテーマが浮かび上がって、理解をするのに容易です。
 「 Runaways 」「 Ball and Chain 」「 Senses Working Overtime 」「 Jason and the Argonauts 」の四つの歌は、流浪・放浪の歌で、「 No Thugs in Our House 」「 Yacht Dance 」「 All of a Sudden (It's Too Late) 」の三つの歌は、自分の居場所、正当性を喪失する歌です。「 Yacht Dance 」は均衡を保っている明るい歌なのですが。
 このように見ると、『 English Settlement 』と言うアルバム・タイトルもその意味合いが見えて来るように思われます。世界遠征に狩り出された XTC / パートリッジは、激務に疲弊して自分で自分を見失いつつあり、何所とも分からない場所を放浪している気分があったのでしょう。そうした思いを、ローマン街道に対しての English Settlement と言う言葉に託して、自分を取り戻そうと言う意図が、たぶん自分ではそうは思っていなかったのでしょうけれど、あったのでしょう。
 このように、一枚目のレコードを基本と捉えれば、二枚目のレコードに収められた歌は、自分を見失わせてしまった理由、ローマン街道と同じくグローバルを進める社会の世相、広がる銃と言う病、コンピューターによる管理化などを歌っているように思えます。
 けれども、『アナバシス』のように、タラッタ!タラッタ!と叫びながら、『 English Settlement 』に帰り得たかと言えば、原版二枚組最後の「 Snowman 」の歌詞も絶望的なもので、帰還は得られなかったように思えます。ただ、終息部の鈴の音は、English Settlement へ向かう橇のように聞こえ、希望が持てます。
posted by ノエルかえる at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

Knuckle Down のこと

 アルバム『 English Settlement 』の中で、最も注目すべき歌、名品でもあり、XTC の歌の特徴を端的に見せているのは、「 Knoucle Down 」ではないか知ら。
 XTC の歌の特徴、立体的/キュービックであるということなのですが、でも、それは、初期の特徴なのかもしれませんけれど。

 歌の旋律とベース・ギターの旋律が上下に対置され、和音を奏でるギターとドラムズのハイハットが左右に対置されて、立体的な空間が構築されています。そのそれぞれの対置の仕方もとても細心なもので、精緻です。
 歌の旋律はと言えば、「 Knuckle Down 」と言う三音の動機がまず投げられます。塊のようなかっちりした音像です。バースでは、その塊が、まるで毛玉から糸がほつれ出るように、旋律がほつれ出して落ちていくようです。塊がほぐれてしまった糸なのでとても長い感じがします。そして、ブリッジでは、その糸が、静かな水底で水平に延べられているようですが、バリッジの最後では、それが打ち震えます。そして、コーラスで、跳び上がっていって、幡のように振われているように感じます。この飛躍感は、XTC の特徴ではないか知ら。
posted by ノエルかえる at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする