2011年08月28日

Sherlock

 今日は、BBC 制作のテレビ・ドラマ『 Sherlock 』のシリーズ最終回・第三回を見ました。BBC で2010年放送、NHKで2011年夏に放送されたもの。放送は、夕方8時からだったので、最初からは見られず、それに必ず見ようとも思ってなかったので、9時過ぎてから、終わりの部分だけを見たのですが、画面が面白かったので、最終回だけ録画して見ました。面白く見ました。シャーロック・ホームズの唯我独尊で社会性が欠如していて嫌われ者の感じが、これまでのドラマとは違って強調されていて、よかったです。兄の内務大臣も負けず劣らず性格が悪そうで。

 それから、ノエル・カワードのレコード。1935年頃録音のものの選集。NAXOS のノスタルジア・シリーズのノエル・カワード、the complete recording の第二集。「 The PArty's over now 」が好きです。
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2011年08月25日

パートリッジの浮遊和音

 パートリッジが見つけて気に入り、「 That's really super,Supergirl 」を始め、何曲かに使ったと言うコード。
 シの♭から、二オクターブ上のシの♭という広い間隔の和音で、しかも、その中で均一に分けられてもいないで、中間のシの♭から一音半低いソが中心になっていて、そこに三音が集まっているのですけれど、それも、ファソラと一音半の中に集められていて、それも重心は低い方にあります。
 全体に低い方に重心があるのに、高い音が突出して高域にあるという和音なのです。
 それで、私は、この和音には、上向きの強いベクトルが働いているように感じるのです。真直ぐ上に飛び上がるのではなくて、70°から80°のきつい角度で上昇する感じなのです。
 このような構成の和音が、パートリッジ特有の浮遊感を産んでいるのではないかと、思います。


スクリーンショット(2011-02-20 11.28.03).png
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2011年08月24日

ノエルかえる

 私を批判するブログがありましたので、
ロックミュージックの翻訳の真髄はアーチストの魂の叫びを伝えること: 洋楽歌詞和訳 〜わがままROCK'N ROLL直訳意訳対訳集〜

 某と言わずに、ノエルかえる不恵留と書いて頂いて構わないのですが。

 私は暇です。同時に、 XTC が『ホワイト・ミュージック』で登場して以来のファンです。私のアイデンティティーがあるとすれば、XTC を聞くことだけです、ほかには何もありません。ですので、インターネットを使うのも、 XTC の情報を得ることが主になっています。
 ですので、もちろん、ブログ『洋楽歌詞和訳 〜わがままROCK'N ROLL直訳意訳対訳集〜』も拝読しています。コメントも入れました。私に疑問があればそうしますから。「つまらぬちっぽけな誤訳」と思うものはコメントも入れないのですけれど。

 さて、上記の記事で、「Ball And Chain」を修正してある、とありますが、「Ball And Chain」を訂正したことはありません。訂正したものは、そのように記しています。 ( 誤記に気が付いた場合は、そのまま訂正して、特に記してはいませんけれど。 )
 「 Then She Appeared 」は、私としては自信のあるもので、読み解きながら、パートリッジの仕掛けは、これほどに手が込んでいるのか、と思い興奮を覚えたものです。ただ、敢えて言及しなかったことがあります。三人目の女性は、フランスを象徴するマリアンヌなのですが、この名前は、パートリッジの前妻の名前です。この歌は、実は、当時の妻へのラブ・ソングなのです。
 「 This is Pop? 」も割合によく出来たと思うのです。岡本太郎の「芸術は爆発だ!」に近い思いがあると考えられます。
 「 Living Through Another Cuba 」の訳も気に言っています。
「またもやのキューバ下で年を越す、ほれほれ!」またもやの ( キュー・バカで ) 年を越す、ほれほれ
 歌詞は、囃し歌の様に作られているのですから、巫山戯た感じを出さないと、と考えています。

 もちろん嫌われ者なので、他人に受け容れられようとは思いません。
 さて、その上、私はいわゆる「ロック」が嫌いです。「ロック」はなければ善かったと思います。音楽、歌謡にとって、「ロック」が寄与したものはほとんどないと思います。「ロック」は、アメリカ社会が産んだもので、メガ・チャーチと対を成す病巣だと考えます。もちろん、私は、「ライブ」には行きませんし、フェスティバルと言うものには気味の悪さを覚えます。
 
 さて、『洋楽歌詞和訳 〜わがままROCK'N ROLL直訳意訳対訳集〜』から、ヒントを得て、私が訂正したものは、まず、「 Rocket From A Bottle 」です。その中の shrouds と言う語。これを経帷子として、白い雲の比喩に訳していたのを、ロケットの先に訂正しました。その訂正の際、『洋楽歌詞和訳』にそう訳されていたからではなく、カタカナのままにしてあったので、何故「経帷子」にしないのか疑問に思い、shrouds の使用例を調べました。
http://noerukaerufueru.seesaa.net/article/153672137.html
 それから、「 No Language In Our Lungs 」、これは、歌の中で歌われている歌詞が the word だ、と言うこと、それは『洋楽歌詞和訳』で気が付きました。もちろん、「言葉が邪魔をする」の意味ではありません。

 私は、「ロック」が嫌いです。「ロックは魂の叫びだ!」と言うのにはうんざりします。そして、XTC が好きです。その歌の、旋律、歌詞を分解して、そして、より細かに分解すればそれだけ、精緻なものが見えて来るのに、興味をより駆り立てられて、飽くことがないのです。


 それから、アンディ・パートリッジ、コリン・ムールディングは、実際、「ロック」ミュージシャンなのか知ら? 
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2011年08月21日

トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代

 『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代』を、XTC 『 Skylarking 』の部分だけ、書店で立ち読み。既出のことがほとんどで。ラングレンの視点からの歌の分析、編曲の意図等を期待していたのですが、何も無し。
 ただ、プレイリー・プリンスの発言が新しいもので、かつ、興味深いものでした。「 Sacrificial Bonfire 」のティンパニのような音は、タムを床にひっくり返して、( その他の詳細は覚えていません、ドラムの製品名も言っていたと思いますが ) 録音したと言うこと。全体で使っている、南北戦争時代のようなスネアは、特別に買ったもの ( これも、薦めてくれた人物、ブランド名を言っていましたけど覚えていません。 ) と言うこと。
 つまり、『 Skylarking 』が優れた作品となったのは、プレイリー・プリンスの御蔭だと言うこと。ラングレンのプロデュース能力については、ラングレン・ファンのグレゴリーも評価していないよう。(な感触を私は持ちました。) 「学ぶものは何もなかった」と言っていましたから。
 もちろん、ソング・サイクルに仕立てたのは、ラングレンの功績で、それがなければ、『 Skylarking 』は成り立たないのですけれど。
 また、グレゴリーは、ラングレンはXTC のキャリアを救ったとも言うのですが、実際にラングレンが仕上げて送って来たテープはひどいもので、もし、そのまま発表されていれば、XTC のキャリアは終わったのではないかと思われます。重ねての修正を要請したパートリッジが逆にラングレンのプロデューサーとしてのキャリアを救ったのではないかと、私は思います。

 レコーディングについての詳細は、何も無し。アルバムの曲順そのままに録音と言われているけれど、「 Another Satellite 」「 Earn Enough for Us 」など当初の候補になかったもの、「 Dear God 」や「 Extrovert 」「 Let's Make a Den 」はどうだったのか、実際、最後の「 Sacrificial Bonfire 」までそうなのか、よく分からないままです。
 「 Dear God 」については、グレゴリーは、子供を使うのは考えつかなかったと言うのですが、歌そのものが子供の神様宛ての手紙という体裁なのですから、本当に子供を使うことを考えなかったにしても、当然のことで、パートリッジには、そのように言うグレゴリーの方に驚くのかも。

 ラングレンのアレンジ能力については、私は、的確ではあるけれども、優れたものとは思いません。仕事がとても早いそうですが、それは、ビジネスとしては優秀なのでしょうけれど。XTC とトッド・ラングレン、私は、モーツァルトとサリエリのように思えます。

 それから、これは最も気になったことです。パートリッジが何度も録り返して、その中から最高のものを選びたいと申し出たのに対して、ラングレンは、「それは、違うものになるだけで、より善いものになる保証はない。」と答えたと記してありました。それが作曲家に対してではなくて、演奏家に対してであったにしても、それで納得する「音楽家」がいるのでしょうか。ラングレンは、あまりに杜撰な人間であるように思えました。




8月27日追記:

 読んでいる最中から、以前にこのブログでも読んだグレゴリーのノートが基本のような感触がしたのですが、( あれは、グレゴリーのインタビューでしたけれど。 ) 改めて、当の記事を見ると、インタビュアーは、ポール・マイヤーズでした。

同じ部分に注目している方のブログがありましたので、
( ただ、この方は、音楽に対する態度としての二つのあり方を並列してるだけで、価値判断はされていません。 )

音楽制作に対する二つの態度 | north marine drive blog
posted by ノエルかえる at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月19日

Lungs

 「 No Language In Our Lungs 」、Language とLungs は、L の頭韻だと思っていました。それだけだと思って。ふと思ったのですけれど、この歌、lungs、tongues、hearts、muscle、bones、mouth と身体の部位の言葉で作られてはいるのですが、同時に、bridge、stones、land、と言う構造物を示す語も使われています。数は少ないのですが、イメージとしては、重要に思われます。
 すると、Lungs もそれら、bridge、stones、land と関連あるようにイメージが働いているのでは、と思えました。例えば、「 Lungs of London 」の様な言い方、都市の中か近郊にある公園を指す時に使う使い方です。橋や石は公園と繋がります。
 Lungs を公園と思えば、一般の人がそこで演説をしている風景が思い起こされて、具体的なイメージを形成します。( ただ、都市の肺と言われる公園と、演説が行われる公園が重なるものかどうかは? ) そうすると、そこで言葉に詰まってしまうというのもイメージがしやすいように思えるのです。
 また、その時に、Language から、やはり頭韻で、luggage を連想すれば、次のアルバム『 English Settlement 』の「 Jason And The Argonauts 」で、世界遍歴を語る主人公とも繋がっているように思われます。
 歌の終部に加えられるドキュメンタリーの音声も、 ( それは、制作のリリーホワイトが加えたものなのですが ) luggage だと、その中に収められている見聞談として、繋がるように思えます。
posted by ノエルかえる at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | Black Sea | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月18日

the Olympus Sound

 聞いていて思ったこと、アルバムの構成は、『スカイラーキング』に似ているかもしれない。A・B面があるとして、「DEAR BELINDA」がA面の最後、B面の始まりが「15 KILOCYCLE TONE」と聞こえたのが最初で、そう思うと、ほかの曲の並び方が『スカイラーキング』の様だと思えたのです。
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2011年08月17日

XTC と言う名前

 これは昨日本を読んでいて、ふと思ったことです。

 XTC と言うバンド・ネームは、パートリッジがジミー・デュランテの伝記映画を見ていてメモした言葉と言うことでした。その言葉を発した時に、デュランテは、ピアノでコードを探求していて、意に適ったコードを見つけた時に、「 XTC! 」と叫んだと言うことでした。( 私はそのドキュメンタリーを見たことはありません。 ) それで、私は、何故デュランテがそう叫んだのかが、ずっと不思議でした。
 Εύρηκα ! Εύρηκα !
 この意味で、デュランテが使ったのだとしたら、よく分かります。
 でも、ευρίσκω と έκσταση は違うか知ら、やはり。εκστομίζω の方が近い感じもします。

 ただ、XTC が、Eureka の意味だと、面白いと、私は思います。
posted by ノエルかえる at 09:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月15日

Here we go 'round again

 『 the Olympus Sound 』来たので、再生機で一度聞きました。

 弾力のある柔らかい音。とても優しい。陽で温まった水溜まりに裸足を入れて、底の柔らかい土に優しく足を取られたよう。オリンパス・サウンドと言うのはどういう音なのか知ら。私は、アルバムを聞いて幻灯を思い浮かべましたけれど。影の輪郭はおぼろげで白い幕に滲んで消えるような感じ。
 パートリッジの声もとても優しい。長く続くメロディはパートリッジ的。
 メロディでは、「 I don't like ti but I've gotta do it 」が興味深く思われました。
posted by ノエルかえる at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月14日

タタタターン

 ムールディングの歌「 Ball and Chain 」で、強く印象に残るのは、ホルンに似せたキーボードの緩やかな挿入メロディと、ドラムズの打ちつけるような「タタタターン」と言うパターンです。
 キーボードのメロディは、晴れ渡る空のようで、解放感と爽快感があります。これは、たぶん、古いテラスハウスが立っている懐かしい風景を思い起こさせるものなのでしょう。
 それに挑むような、ドラムズ ( タム? ) の、運命交響曲のテーマのような「タタタターン」。土地を破壊する建設機械なのでしょう。邪悪な感じが出ているでしょうか。

 そもそも、アメリカで始まったポピュラー歌謡 ( ジャズやロックン・ロール・ソング ) 、工業化とそれ以前の規格化された農業形態を表象して、リズムをシステム化してしまいましたから。( ロックン・ロール・ソングに相応しいのは自動車のラジオなのだから ) テリー・チェンバースが体現しているのは、そのような工業化世界なのでしょう。それを、イングランドの大地の緩やかなうねりを体現するムールディングのメロディが駆逐することが出来たかどうかは、分かりません。
 チェンバースは、このアルバムの後、バンドを辞めますけれど。
posted by ノエルかえる at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月09日

Not Waving but Drowning

 ふと、Stevie Smith のことを思い出してしまいました。Stevie Smith は、1902年生まれ、1971年没の、イギリスの女性詩人。キングストン・アポン・ハルの出身。童話風の詩を書いた人。XTC にも影響があるかもしれません。

 インターネット検索で、簡単に見つかるのは、「 Not Waving but Drowning 」( 1957年 )と言う詩。

ちょっと読んでみました。


Not Waving but Drowning
 
by Stevie Smith

Nobody heard him, the dead man,
But still he lay moaning:
I was much further out than you thought
And not waving but drowning.

Poor chap, he always loved larking
And now he's dead
It must have been too cold for him his heart gave way,
They said.

Oh, no no no, it was too cold always
(Still the dead one lay moaning)
I was much too far out all my life
And not waving but drowning.




だれも耳をかさなかった、その溺死したひとに。
そのひと、まだ呻いてる。
「おれは、みんなが思うよりずっと離れていたんだ、
だから合図もしなかった、そして、沈んだんだ。」

可哀想なひと、そのひと、いっつも騒ぐのが好きだった。
でも、もう死んでる。
ほかのひとたちは言う、
恋人に逃げられるなんてそいつには辛過ぎたに違いない、と。

そんな、ちがうちがう、いつだって辛かったんだ。
( 死んだひと、まだ呻いている。 )
「おれの人生、ずっと、滅茶苦茶だった。
だから合図もしなかった。そして、溺れ死んだんだ。」





追記、8月10日:最初の行、訂正しました。
posted by ノエルかえる at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月07日

オリンパス・サウンド

 パグウオッシュの『オリンパス・サウンド』を 1969 レコードに注文。楽しみです。で、今日は、iTunesで全曲プレビューで試聴してます。
posted by ノエルかえる at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月05日

a hard day's night 訳

 ちょっと気になったので、
ビートルズの「 a hard day's night 」



ずっといそがしい、ひるがよるまで続いてる。
ぼくはまだ働いてるよ、いぬコロみたい。
ずっといそがしい、ひるがよるまで続いてる。
ぼくはきっと寝ながら立ってる、棒クイみたい。
でも、おうちに帰れば、
君がぼくをちゃんとさせてくれる、
そうわかってるんだ。

君は知ってるでしょ、ぼく一日中働いてるんだ。
で、君はお金を得て、君のものを買うんだ。
で、ぼくには君の言葉が値千金。
「あなたって、何でもくれるのね。」
で、天上天下、ぼくが嘆く理由はありもしない。
で、ぼくは、君を君の好きにさせる、だって、そうすると、
ぼくは機嫌がよくなるって、君は知ってるもんね。

おうちに帰れば、
何もかもがあるべき様にあるように思える。
おうちに帰れば、
君はぼくを抱きしめてくれる、きつくきつく。



元の歌詞は、http://www.beatles.com/ で。




補足:
'Cause when I get you alone,
You know I feel okay.
の所、
ぼくには君がいるだけで、
それだけでご機嫌だって、君は知ってるもんね。
でもいいのですけど、
I get you alone を  I leave you alone のように読んだのです。

それで、
この歌、歌われているのは、ずっといそがしいと言うビートルズの状況だと思います。
忙しい仕事が終わって、ほっとしている、と言う感じでなくて、
いそがしいスケジュールが、夜にまで食い込んでいると言うことなのだと思います。
だから、仕事は終わらず、夜にはならずひるのまま、と言う感じ。
そこで問題なのが、I should be sleeping like a log. の行。
sleep like a log と言う表現は、sleep very soundly. の意味なのですが、
レノンは、その普通の意味のまま使っているのか知ら?と思うのです。
仕事は終わらず働き続けているのだとしたら。
そこで、私は、通常の意味を取り替えて、
仕事をしながら、立ったまま寝てしまっている、と言う風に読んでみたのです。
この歌の中のビートルズは、
家に帰ることも出来ないで、働き詰めなのだと思うのです。
家に帰りさえすれば、「まとも」な生活が出来るのに、と言う感じ。
posted by ノエルかえる at 10:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする