2011年08月21日

トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代

 『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代』を、XTC 『 Skylarking 』の部分だけ、書店で立ち読み。既出のことがほとんどで。ラングレンの視点からの歌の分析、編曲の意図等を期待していたのですが、何も無し。
 ただ、プレイリー・プリンスの発言が新しいもので、かつ、興味深いものでした。「 Sacrificial Bonfire 」のティンパニのような音は、タムを床にひっくり返して、( その他の詳細は覚えていません、ドラムの製品名も言っていたと思いますが ) 録音したと言うこと。全体で使っている、南北戦争時代のようなスネアは、特別に買ったもの ( これも、薦めてくれた人物、ブランド名を言っていましたけど覚えていません。 ) と言うこと。
 つまり、『 Skylarking 』が優れた作品となったのは、プレイリー・プリンスの御蔭だと言うこと。ラングレンのプロデュース能力については、ラングレン・ファンのグレゴリーも評価していないよう。(な感触を私は持ちました。) 「学ぶものは何もなかった」と言っていましたから。
 もちろん、ソング・サイクルに仕立てたのは、ラングレンの功績で、それがなければ、『 Skylarking 』は成り立たないのですけれど。
 また、グレゴリーは、ラングレンはXTC のキャリアを救ったとも言うのですが、実際にラングレンが仕上げて送って来たテープはひどいもので、もし、そのまま発表されていれば、XTC のキャリアは終わったのではないかと思われます。重ねての修正を要請したパートリッジが逆にラングレンのプロデューサーとしてのキャリアを救ったのではないかと、私は思います。

 レコーディングについての詳細は、何も無し。アルバムの曲順そのままに録音と言われているけれど、「 Another Satellite 」「 Earn Enough for Us 」など当初の候補になかったもの、「 Dear God 」や「 Extrovert 」「 Let's Make a Den 」はどうだったのか、実際、最後の「 Sacrificial Bonfire 」までそうなのか、よく分からないままです。
 「 Dear God 」については、グレゴリーは、子供を使うのは考えつかなかったと言うのですが、歌そのものが子供の神様宛ての手紙という体裁なのですから、本当に子供を使うことを考えなかったにしても、当然のことで、パートリッジには、そのように言うグレゴリーの方に驚くのかも。

 ラングレンのアレンジ能力については、私は、的確ではあるけれども、優れたものとは思いません。仕事がとても早いそうですが、それは、ビジネスとしては優秀なのでしょうけれど。XTC とトッド・ラングレン、私は、モーツァルトとサリエリのように思えます。

 それから、これは最も気になったことです。パートリッジが何度も録り返して、その中から最高のものを選びたいと申し出たのに対して、ラングレンは、「それは、違うものになるだけで、より善いものになる保証はない。」と答えたと記してありました。それが作曲家に対してではなくて、演奏家に対してであったにしても、それで納得する「音楽家」がいるのでしょうか。ラングレンは、あまりに杜撰な人間であるように思えました。




8月27日追記:

 読んでいる最中から、以前にこのブログでも読んだグレゴリーのノートが基本のような感触がしたのですが、( あれは、グレゴリーのインタビューでしたけれど。 ) 改めて、当の記事を見ると、インタビュアーは、ポール・マイヤーズでした。

同じ部分に注目している方のブログがありましたので、
( ただ、この方は、音楽に対する態度としての二つのあり方を並列してるだけで、価値判断はされていません。 )

音楽制作に対する二つの態度 | north marine drive blog
posted by ノエルかえる at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする