2012年08月30日

チャック・サボ 『 Wasp Star 』回想2

ベルナール「それは、私にも想像出来ますよ。」
サボ「( 笑い )。直ぐにも引っ越しすることになりました。引っ越しは上手くいきました。ですが、当時はですね、テレビのチャンネルは四つだけで、しかも、夜中は放送してないのです。それで、パブは、午後11時には閉まります。ニューヨークだと、パブにいる時間なのですけれど、店を出るのは午前1時頃でですよね( 笑い )。でも、グラスゴーでは、11時にパブを追い出されて、家に帰るけれど、テレビはやってないと言うわけです。それで、私は、少しばかり、情緒不安定になりました。
 バンドは、MCA と契約しました。シングル一枚だけの契約でしたけれど。ですが、三ヶ月経って、シングルは出ないことになったのです。それで、私は方針を変えたのです。バンドに最初に会ったロンドンに行って、グラスゴーのバンドには、セッション・ミュージシャンとして参加したのです。また、家具を売り払うと言うことになったのですが、可能な限りたくさんのバンドで演奏しました。しばらくして、名前が知られるようになったのです。
 一番の高額な報酬は、フランスでの the Coateens のフォロワーのお陰で得ることができました。89年に、 Etienne Daho と言う歌手とツアーをしたのですけれど、彼はちょっとしたスターで、パリでは、8000席の公演を七日間完売したのです。いい給料でしたし、素晴らしいツアーの経験でした。ヨーロッパ中を回ったのです。」
ベルナール「そうですか、それで、その時点で、貴方はロンドンに五年いたわけですね。」
サボ「ええ。好機の端緒に付いたと感じたのは、マーティン・ウェア Martin Ware と言うプロデューサーが、彼が仕事をしていたアルバムに私を使ってくれた時です。ウェアは、Heaven 17 のメンバーだった人です。そのアルバムは、『 Music of Quality and Distinction, Vol. 2,1991 』と言うもので、彼が結成した British Electric Foundation のためのものでした。ほとんどソウルのレコードでした。彼はたくさんのメンバーを集めて、カバー・ソング集を作ったのです。その中のアルバムの一つで、私は、ティナ・ターナーと、それに、チャカ・カーンと一緒に演奏したのですよ。」
ベルナール「うわあ、すごいですね。」
サボ「チャカ・カーンは、スタジオでライブ録音しました。私たちが演奏する側で歌って録音したのです。」
ベルナール「それは、きっと楽しかったでしょうね。」
サボ「素晴らしかったです。テレンス・トレント・ダービー Terence Trent D'Arby 、彼もスタジオでライブをしました。それに、ビリー・プレストンやその他たくさんの人です。お分かりですか、私の履歴書は、突然に、そのアルバムに参加する前の10倍に膨れ上がったのです( 笑い )。Tashan と言う名前の歌手もそのアルバムで歌っています。後になって、私は、彼のアルバム『 For the Sake of Love 』( 1992年 ) に参加しました。それも、マーティン・ウェアがプロデュースしたのです。ソウルフルなアルバムです。私の好きなアルバムなのです。
 そこから始まったのだと思います。それから、Shakespear's Sister のアルバム『 Hormonally 』( 1992 年 ) に参加すると、ドラマー協会 [?] は、私を推薦者名簿に入れるようになったのです。Shakespear's Sister は、合衆国では大成功でした。チャートの4位に入りました。その時点で、私は、明確に、セッション・ドラマーになっていたのです。
 それから、Right Said Fred のレコードに参加して( 笑い )、彼らの「 I'm too Sexy 」を聴かれたことがありますか?」
ベルナール「いいえ、誰の歌ですか?」
サボ「 Right Said Fred の歌です。彼らのアルバム『 Up 』( 1992年 ) に私は参加したのです。その歌「 I'm too Sexy 」では演奏してないのですけれど、あれはプログラムされたものですから。ですが、彼らのNo.1になった歌「 Deeply Dippy 」では、演奏しています。
 それから、エルトン・ジョンの登場です。Shakespear's Sister の Marcella Detroit と言う名前の女性と一緒にアルバムを作りました。プロデュースはクリス・トーマス Chris Thomas でした。『 Jewel 』と言うアルバムで発表は1994年です。アルバム制作の途中で、トーマスさんが、エルトン・ジョンのアルバム『 Duets 』に誘ってくれたのです。私が演奏したのは、アルバムの最後の歌、「 Duets for One 」です。その歌は、アルバムの中で唯一、エルトン・ジョンが一人で歌っているものです。夢見るようで、神経が麻痺するような経験でした ( 笑い )。トーマスさんから、エルトン・ジョンは、偶に、歌詞を手にスタジオに入って来て他の者がいる前で曲を書いているということを聞いていました。それが、セッションの時にも起こったのです。ジョンは歌の歌詞を持って入って来ました。それで、リン・ドラムがセッティングされていたのですけれど、私は、リン・ドラムのプログラミングには不慣れだったのです。ですが、彼は、歌のビートとして、そのようなまがい物のビートを望んでいたのでした。」
ベルナール「ファンクの「 go-go 」の感じなのですね。」
サボ「ええ、そんな感じです。それは私には好都合でした。サウンド・チェックはほぼ済ませていました。ですが、リン・ドラムをちゃんと叩けるとは思えませんでした。それで、エルトン・ジョンがピアノに座って、曲を書いている間、私は、ドラム・キットに座って、このリズムを叩いていたのです。極上の時でした。二十分かそこらが経って、彼は粗方を書き上げて、言ったのです。「よし、僕らは、もう準備が出来てるね。」って ( 笑い )。
 それから、エルトン・ジョンの次のアルバムは、『 The Lion King 』でした。私は、「 Circle of Life 」「 Can You Feel the Love Tonight 」「 I just can't wait to be King 」の三曲で演奏しました。この三曲は、サウンド・トラックで、エルトンが歌っています。それから、エルトンのマネジメント会社を通じて、Kiki Dee と OMD のセッションの仕事を受けたのです。」




Shakespear's Sister:
1988年から1996年の間、活動したロンドンのバンド。2009年再結成。
Marcella Detroit は、アメリカのミシガン州生まれ、1993年からソロ活動。

Right Said Fred:
1989年から活動するイギリスのバンド。




31日訂正:
I came down to the London band that I'd originally met, and I did the Glaswegians' band as a session.
の部分、
最初に会ったロンドンのバンドに入って、

バンドに最初に会ったロンドンに行って、
posted by ノエルかえる at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | Wasp Star | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月29日

Salut d'amour

 テレビで、『相棒』シーズン2 の再放送があった。「消える死体」の回。右京さんは、名曲喫茶ライオンにいた。小道具に使われたのは、エルガーのMiniatures / 小品集。右京さんは、ロンドン帰りで、英国心酔者だからだろう。英国の音楽といえば、エルガーと言うことなのだろう。( ノエル・カワードではなく。) 使われたレコードは、Chandos 社からリリースの『 Elgar Miniatures 』。CBR 1016 。Norman Del Mar 指揮、Bournemouth Sinfonietta 演奏。1975年、ドーセットの Christchurch Priory 、76年、サザンプトンのGuildhallで録音。元のリリースは85年?? でも、右京さんが渡英して手に入れたとすれば、録音後すぐの76年よりも、85年の方がいいかも。当時だと、「 XTC 」は、録音されたものはなかったのだろう。
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2012年08月28日

I don't stand a ghost of a chance with you

 きょうは、フランク・シナトラの『 No One Cares 』をかけてる。
 インターネットを見ていて、2010年のブログだったけれど、自分がレコード・レーベルを持ったら、まず、コリン・ムールディングのソロ・アルバムを制作すると言う記事があった。アンディ・パートリッジは、「 Dear God 」などと言うけしからん歌を書いているので嫌いらしい。アメリカ人には有り勝ちなのかも。
posted by ノエルかえる at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

チャック・サボ 『 Wasp Star 』回想1

 ベルナールさんが、雑誌『 Modern Drummer 』のために書いた、XTC の『ワスプ・スター』でドラムを担当したChuck Sabo チャック・サボさんのインタビュー記事。その雑誌に使われなかった部分も含めたものが、チョークヒルのライブラリーにあります。それを読んでみます。
 記事は、おおよそ6,000語なのですが、 XTC に至るまで、4,000語弱あります。前半のサボさんの経歴の部分は割愛しようかとも思ったのですが、それはそれで興味もあるので、読むことにしました。
 日付は、2000年の5月19日。
http://chalkhills.org/articles/TBChuck20000519.html

Discogs のサボさんのディスコグラフィ:
http://www.discogs.com/artist/Chuck+Sabo#p=1&t=Credits_All



ベルナール「貴方がドラムを始めた経緯を教えて下さい。」
サボ「私は、ペンシルベニア州のアレンタウンで育ちました。母がスネア・ドラムとして私にくれることにした、鉢と鍋を叩くことで、ドラマーとしてスタートしたのです( 笑い )。それから、小学校で教わって、それを見た両親が個人レッスンを受けさせることに興味を持つ程に腕前を上げたのです。私がドラムにずっと興味を持っていたので、母は、それにお金をかけてくれたのです。クリスマスが来る度に、新しい装備が加わりました。最初の個人レッスン、最初のドラムキットは、そうして与えられたのです。その他の物も同様にです。それから、そのまま、カバー・バンドに入りました。私の州では、それは本当に大変なことだったのです。重要な学びの場でした。でも、残念なことに、大したことは起こりませんでした。

 1980年には、それまでに、アレンタウンで出来ることは私はもうやっていましたから、マンハッタンに引っ越したのです。何が何でも、行こうと決心する程、マンハッタンは魅力があったのです。私は自分のドラマーとしての経歴に資することを何かしなければなりませんでした。何をしたかと言えば、日常的な家具を売り払うことだったのです( 笑い )。大変でした、どうにかして、そうしないで済みたいと思ってましたから。

 当時、家具を処分する一方で、私は、六つのバンドで演奏していました。ほんとに、莫迦げていました。でも、出来る限りのチャンスを得なければならなかったのです。メジャー・レーベルで、初めてレコーディングをしたのは、1981年か82年です。Tom Dickie and the Desires と言うバンドでした。そのバンドをマネージメントしていたのは、現ソニー・ミュージックの CEO [ 対談の当時 ] であるトミー・モットーラ Tommy Mottola でした。それで、その時、私は、『 Gear 』と言う雑誌を手に取ったのです。と言うのは、ミッキー・カーリー Mickey Cuerry の記事があったからなのです。記事を全部読みました。ミッキー・カーリーは、Tom Dickie and the Desires のファースト・アルバムでドラムを演奏していたのです。それで、トミー・モットーラは、ホール・アンド・オーツのマネージメントもしていたのですが、カーリーにホールアンドオーツのアルバムでドラムを叩くように命じていたのです。その二週間後にアルバムは発表されました。それで、ミッキーは、ホールアンドオーツとブライアン・アダムスに行ってしまい、私が、Tom Dickie and the Desires のドラマーになってしまったのです( 笑い )。本当のところは、私には分かりませんけれどね( 笑い )。」
ベルナール「( 笑い ) 言って置きますね、ここで、編集はして欲しくないですね。」
サボ「( 笑い ) ええ、編集お断りです。それから、1984年に 別のバンド the Comateens でレコーディングをするまで、アルバムはほとんどなかったのですから。それが、私のニューヨークでの最後のレコードになりました。」
ベルナール「お話では、ニューヨークでは、スタジオを主な仕事場にするセッション・ミュージシャンではなくて、バンドとして成功しようと頑張っていたようですね。」
サボ「ええ。」
ベルナール「ところで、譜面は読めるのですか、ニューヨークに出た時に、もう譜面は読めたのですか?」
サボ「ええ、読めます。ですが、いい読み手ではありません。読譜が必要だったことはないのです。ニューヨークで少しばかりレッスンを受けました。( 著名な教師で、ビッグ・バンドのドラマーだった ) ソニー・アイゴー Sonny Igoe 先生についたのです。基本に戻って、読譜を学び直したのです。ですけれど、読譜には、私は、熱心になれませんでした。それで、結果、だんだんと悪くなったのです。落ち着いて演奏するには、読譜を身につけることが一番の方法だったのでしょうけれどね ( 笑い )。
 The Comateens が私にとって重要だったことは、バンドと一緒にツアーに行ったことなのです。初めてヨーロッパに行きました。ロンドンの公演も一回ありました、それから、二三週間、フランスでした。フランスは、バンドに取って大きな市場でした。私がロンドンに着いた時、「ワアッ」って思いました。貴方が憶えていられればですけれど、当時、アメリカのヒット・チャートの半分は、イギリス勢だったのです。ですから、そこで起こることに興奮を感じていたのです。大きなセールスポイントは、ニューヨークに較べて、ロンドンは田舎町のようだと言うことでした。安全に思えました。ニューヨークの地下鉄に較べると、ロンドン地下鉄は[ 一般時乗り入れ禁止 ]個人専用の列車に思えました。
 私は、「ここでやっていける。」と思ったのです。まあ、それで、実際そうしたのですけれど。ツアーが終わって、私は、ロンドンに留まりました。それで、『メロディー・メーカー』に広告を出していた二つのバンドのオーディションを受けたのです。一つは、Talking Drums と言うバンド。マイルス・コープランド Miles Copeland がマネジメントをしていました。グラスゴーのバンドで、ロンドンでオーディションをしていたのです。もう一つは、Decadence と言うバンド。ミック・ローシー Mick Rossey のマネジメントでした。ローシーは、同時に、Flock of Seagulls のマネジメントもしていました。私はオーディションではきっと良かったのだと思いますよ。二つのバンドとも、ニューヨークから私自身とドラムの引っ越しもしようと言って来ましたから。音楽の好みで、グラスゴーのバンドを選びました。」
ベルナール「なるほど、マイルス・コープランドの方がいい人脈があると考えたからではないのですね?」
サボ「ええ、全体的にと言うこともあったと思いますけれど、ドラマーの視点から見た音楽性です。いい曲でしたから。」
ベルナール「曲のどういった感じが良かったのですか?」
サボ「そうですね、高原の雰囲気かな [ Highland vibe:高原と訳しましたが、別の意味かも。60年代から70年代にカリフォルニアにあったレコード・レーベル。1992年のスウェーデンのバンド One More Time のアルバム。1999年から2002年に活動したドイツのバンド。Highlands:1997年のボブ・ディランの歌。 ]。でも、やはり、ポップ・ミュージックなのですね。それで、力のある歌詞とグルーブもあったのです。ですが、ニューヨークからグラスゴーに引っ越した時には、驚愕しました。」





Tom Dickie and the Desires:ニューヨークのバンド
http://www.myspace.com/tomdickiethedesires


the Comateens:
Dicogs にあるリスト:
http://www.discogs.com/artist/Comateens


Sonny Igoe:
1923年10月8日生まれ、2012年3月28日没。ニュージャージー州出身。
ジャズ・ドラマーで音楽教師。
ベニー・グッドマン・オーケストラなど、有名な楽団で演奏活動。
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2012年08月23日

Te recuerdo Amanda

 Víctor Jara ( ビクトル・ハラ ) 知りませんでした。
 YouTube で見たら、とてもいい歌だったので、備忘。
チリのソングライター、ピノチェット将軍のクーデーターの時に殺害される。1973年、享年40。

 Shibuya さん、ありがとうございます。


Te recuerdo Amanda
la calle mojada
corriendo a la fábrica
donde trabajaba Manuel.
La sonrisa ancha
la lluvia en el pelo
no importaba nada
ibas a encontrarte con él
con él, con él, con él
son cinco minutos
la vida es eterna
en cinco minutos
suena la sirena
de vuelta al trabajo
y tú caminando
lo iluminas todo
los cinco minutos
te hacen florecer.

Te recuerdo Amanda
la calle mojada
corriendo a la fábrica
donde trabajaba Manuel.
La sonrisa ancha
la lluvia en el pelo
no importaba nada
ibas a encontrarte con él
con él, con él, con él
que partió a la sierra
que nunca hizo daño
que partió a la sierra
y en cinco minutos
quedó destrozado
suena la sirena
de vuelta al trabajo
muchos no volvieron
tampoco Manuel.

Te recuerdo Amanda
la calle mojada
corriendo a la fábrica
donde trabajaba Manuel.


一連だけを訳してみたけど、まあ、たぶん、間違っているでしょうけれど、
でも、「 The Meeting Place 」と共通する雰囲気はあるかな、


僕は、君を覚えているよ、アマンダ。
君は、濡れた路を走って行ったね、
工場に行ったんだ、
マニュエルはそこで働いている。
髪は雨に濡れているけれど、
そんなことは気にもしないで、
顔一杯の笑顔、
恋人に会いに行くところだったね。
たった五分の逢瀬、
その五分は一生涯色褪せない。
けれども、サイレンが彼を呼び戻し、
君は路を歩き出したね。
あの五分が路を隈なく照らし、
君は満ち足りていたね。
posted by ノエルかえる at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リアさんて、どんなひと?

 『リアさんて、どんなひと?』
エドワード・リアのオムニバス。新倉俊一 訳。
みすず書房  2012年8月刊

 パートリッジの歌詞の遠い源と思われる、19世紀イギリスの画家で詩人のナンセンス詩の翻訳。

リアさんて、どんなひと?:みすず書房

07719.jpg
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2012年08月22日

ウォルト・ディズニー

 きょうは、9係を見て、NHKのウォルト・ディズニーの伝記を見た。徹底して細部に気を配る完璧さに感動する。一番最初の、ミーッキー・マウス、二小節ごとに舵を切る、と言うのは、とても興味深い。
 テレビを点ける前に、『ドラムズアンドワイアーズ』から、ムールディングの歌だけを選んで再生した。

 APE house のYouTube チャンネルが設けられた。ブレグヴァド、パートリッジの共作『 Gonwards 』の中の、今まで公表されているトラック・リストだとアルバムの最終曲、「 Sacred Objects 」のビデオが公開。パートリッジが、ブーバダ、ブーバダ、ブー、と歌っている。
 今度は、耳で聞く映画ではないのだろうか。
 ビデオを見て、私が思い浮かべたのは、手塚治虫の『メトロポリス』。でも、りんたろうの映画の方。「THERE'LL NEVER BE GOOD-BYE」が聞きたくなった。
posted by ノエルかえる at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

Friday is heaven

 きのうきょうは、『ドラムズアンドワイアーズ』をかける。ムールディングの「 Day in Day out 」が魅力的。左チャンネルの乾いた崩落するような音のギターはパートリッジ? 中央の深く済んだ音のけれども小さな音で、ムールディングのベース・ギターに隠れてしまうようなギターはグレゴリー? 不協和のリード・ギターはパートリッジだろうけれど、その下で、同じ旋律を澄んだ音色でグレゴリーは弾いている?
 冒頭の、「ブオン」と言う音、終結部のシロフォンの様な音は、シンセサイザーだと思うけれど、『 Go2 』までは、アンドリューズのオルガンだったから、録音の順序は分からないけれど、初めてのシンセサイザー使用? 最後は、テープの逆回転のように聞こえるけれど、これも、初めてのサイケデリックの技法?
posted by ノエルかえる at 22:23| Comment(4) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

Working-Beautifully

 パートリッジが使用しているツィッター、xtcfans に寄せられていたコメント。

 スウィンドンで行われている催し物のよう。働く人を写真に撮り、その写真に手を加えて芸術作品にしたものの展覧会?

ツィッター:
http://twitter.com/CummingArt/status/236345901134786560

Working-Beatifully と言う企画のホームページ:
http://www.working-beautifully.co.uk/
posted by ノエルかえる at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月18日

The Gypsy and the Poet

 ピータ・ブレグヴァドさん、David Morley ディヴィッド・モーリーと言う、詩人の本に絵を描いたのだそう。出版はこれから。
 David Morley さんは、動物学者で詩人。1964年生まれで、ロマの血を引いている人だと言うこと。前のモーリーさんの選集の挿画もブレグヴァドさんが描いたのだそう。今度の新しい詩集は、『 The Gypsy and the Poet ロマと詩人 』と言う題なのだそう。

 前の選集は、『 Enchantment 』。

The Gypsy and the Poet – images and experiments, 02/07/12, David Morley
posted by ノエルかえる at 09:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月17日

Say it 訳

 ムールディングの「 Say it 」。

 歌詞は、チョークヒルのサイトにあるものを見たのですけれど、テキストを眺めるだけで、美しさに感心してしまいます。入念に選ばれた言葉が丹念に並べられている感じ。
 『 Apple Vinyls 』では、「 Apple Venus 」サイドに入れられていたと思うので。


胸襟を開いて、
言ってしまいたいと思ったことを話してごらん。
言い難いことなのかもしれない、
けれど、ともかく、言ってしまうんだ。

紅茶とトースト、
そんな朝食を摂る、その時に、話してごらん。
誰が焼いたトーストが一番好きか、
それを言わずに、出掛けてはいけない。

墓地の入口で、
それを言っておけば良かった、
と、悔やむ人は幾人もいるもの。
そんなふうに、溜息を吐く一人に、君もなってしまってはいけない。
だから、今、話してごらん、迷わずに。

場所なんて、それが何処でも、
八時三十一分発ユーストン駅行きの
満員電車の中でもだよ。話してごらん。
同じ時は二度とこないのだから。

ただ一人の人に、話してごらん。
毎日、君の背広の襟にブラシを懸けてくれる人だよ、
それに、寒い十二月に、まるで温かい五月でのあるかのように、
外をぶらつきながら君を待ってくれる、その人だよ。

墓地の入口で、
それを言っておけば良かった、
と、悔やむ人は幾人もいるもの。
だけれど、私たちは、そんな失敗はきっとしないだろうよ。

さあ、話してごらん、それが何処ででも。
さあ、話してごらん、面と向かって。
さあ、
後生だから、話して。
posted by ノエルかえる at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Apple Venus | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アース

 きのう聞いたレコードは、『ウィングビートファンタスティック』。それから、ラジオで、グレン・グールド。
 それで、気が付いたこと。ビル・エヴァンスは、1929年生まれ1980年没で、グレン・グールドは、1932年生まれ1982年没。二人の偉大な音楽家は、ほぼ二年ずれるだけで、同じ時間を生きていたこと。

 Tin Spirits のホームページが新しく作り直されていた。『 Wired to Earth 』を売るべく努力もしている様ですが、その一方、新しいアルバムの制作にも取りかかっている様。楽しみ。
posted by ノエルかえる at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

FirstGroup

 きのうかけたのは、『ママー』。その後は、ラジオでグレン・グールドの特集を聞く。

 現在、スウィンドンを走る鉄道の West Coast line は、ヴァージン社が列車を運行させているのですが、先日入札があって、鉄道会社が変わる様です。新しい会社は、FirstGroup 。12月9日からの運行となる様です。ブロンソン卿と、スウィンドンの関係がまた一つなくなる?
 FirstGroup は、スコットランドが本拠の鉄道会社。


 ベームのベートーベン交響曲全集が出るらしい。オーケストラは、ウィーン・フィル。グラムフォン、ユニバーサル・クラシックで、SHM-CD の六枚組。9月26日発売予定だけど、アマゾンには在庫有り、直ぐにお届けに。?? タワーレコードだと予約。アマゾンは、フォーマットの区別が明記されてないし、分からない。レーベルは、ユニバーサル・クラシックになっているけど。


カール・ベーム | Karl Bohm - ベートーヴェン:交響曲全集 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
posted by ノエルかえる at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Your house 訳

 『 Wing Beat Fantastic 』の中の「 Your house 」。
 これも、パートリッジにしては色彩感、イメージを喚起させるものが少ないように思います。私が分からないだけかもしれません。
 曲は悲し気なので、失恋の歌のようにも思えますけれど、歌詞だけだと、はっきりは分かりません。成就した恋の初めを思い出しているようにも思えますし、家の中には死体があった、と言う結末も考えられます。
 ファンの中には、パートリッジが、決別して住所も教えないまま去って行ったムールディングの家を突き止めて、その前で途方に暮れている様子、と思う人がいるかもしれないのですが。ビートルズの「 The Long and Winding Road 」のように。





私は努めてゆっくりと歩こうとした、
決して走り出さないように。
路の辿り着く端の
両脇に一本ずつ樹が植えてある家が、
君の家だと知っていたから。
隠れることが出来ればと何れ程思っただろう、
だけど、馬鹿げている、
今にして見れば、君の家と言うだけなのに。

翌日には、また来てしまった、
不可解な磁力に引き寄せられて。
煉瓦と漆喰、家とはただそうした物体であるだけ、
中に君は居ないだろうから。
その時に、君が私を見たとしたら、
私は蒼白になって、消えてしまっただろう。
馬鹿げていることは分かっている、
今にして見れば、ただ、君の家があっただけなのだから。

私が住所を知ったのは、
友人の友人の友人から聞いたから。
その男は、何処の通りなのかを教え、
その通りの端に君が住んでいると言った。
私が君を見たのは、ただの一度だけ、
いつの日だったか、でもその日は、恒久に輝く夏の日だ。
ここに立っていると、自分自身、愚かに思える。
どうして、これほど、怖がっているのだろう?
これは、君の家というだけの物体なのに。

もう一度、ここに来ようとは思わない、
君に、私は狂人だと思われたくはないから。
もし、君に会うことができたなら、実際、私は何と言うだろうか?
君は、私を正気ではないと思うだろう、
私は、君の名前さえ知らないのだから。
だけど、馬鹿げている、
今にして見れば、君の家と言うだけなのに。
posted by ノエルかえる at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月15日

古田日出夫

 きょうは、聖母の被昇天。「 Lady Bird 」でも聞こうか知ら。
 きのうは、「 It's raining again 」を購入したので、それを聞いたり、MacBookなので、iTunesに入っている「 Say it 」や Duncan Maitland 、Anthony Strong を聞いたり、レコードで、ヴォーン・ウィリアムスの一番、交響曲『海』、ブラームスの三番四番。ラジオで、グレン・グールドの特集を放送していたのでそれを聞いたり。

 スウィンドン・アドバタイザーには、日本人の彫刻家が創った石の彫刻の修理の記事。
 古田日出夫 と言う彫刻家。1949年生まれ、2007年没。広島の出身。1985年、ウェールズのパブリック・コンペティションに優勝して渡英したのだそう。それで、スウィンドンに六ヶ月間滞在して、彫刻を制作したと言うこと。使われた石は、南ウェールズで産出するブルー・ペナント・スト−ン。その石は、ストーンヘンジに使われているものだと言うこと。古田さんの彫刻は、木の鉄道の枕木の上に載せられていて、それが摩耗していると言うこと。

古田日出夫さんの略歴
http://www.hishioarts.com/artists-in-residence/past-artists/hideo/

 思わず、スウィンドンと日本の人が関係しているのを知って、嬉しい。
posted by ノエルかえる at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

今日は何の日:The Lost Chord

 ウィキペディアによると、今日、8月14日は、アーサー・サリヴァン Arthur Sullivanの「 The Lost Chord 」が録音された日ということ。1888年の8月14日。
 「 The Lost Chord 」は、アーサー・サリヴァンが、1877年の1月13日に、兄 Fred Sullivan の病床の側で書いたもので、書き上げた五日後に兄は亡くなったということ。
 そして、エジソンが、完成した蓄音機をロンドンにいた George Edward Gouraud に送り、それを使って初めて録音された音楽が、「 The Lost Chord 」だということ。


File:Edison cylinder Lost Chord.ogg - Wikipedia, the free encyclopedia
posted by ノエルかえる at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

It's raining again

 きのうは、『ウイングビートファンタスティック』をかけた。テレビの『ワイルドライフ』を見るのを忘れてた。
 Billy Sherwood さんの企画アルバム、販売が開始された。『 The Prog Collective 』は日本盤 SHM-CDを待って、『 Songs of the Century - An All-Star Tribute to Supertramp 』の「 It's raining again 」だけをダウンロードで購入。

 オリンピック、ロンドン大会の閉会式、Eric Idle さんのショーが面白かった。綱渡りの最後、スーツ姿のマネキンと握手すると、マネキンが出火、「 Wish you wrer here 」だけれど、ショーの全体がピンク・フロイド的だったかも。山高帽の上に電球を載せた人たちがステージを囲んでいたし ( 警備? )。
 私見なのだけれど、ロンドンと言えば、夏はプロムスだし、ロイヤル・バレー団もあるし、ミュージカルの中心地だし、シェークスピアのような古典もあるけれど、ピーターパンやプーさん、アリス、ピーター・ラビットから、ハリー・ポッターまでの児童文学が世界中に伝播されているのだから、( ビートルズも含め ) バンドなど出さずに、ミュージカル的にした方が、万人向けだしよかったのでは。


8月15日追記:
オリンピック・ロンドン大会閉会式、アイドルさんのショーの時に、モーリス・ダンスもあったのだそう。気が付かなかった。修道女の団体はあったけど。あれは? モーリス・ダンス Morris Dance 、2010年4月23日放送の『世界ふれあい街歩き』コッツウォルズ編の2で紹介されていた。モーリス・ダンスについては、その時に、このブログにもメモしたと思ったけれど、検索しても出ないので、備忘。
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2012年08月13日

Sgt. Rock died

 漫画『 Sgt. Rock 』の作者 Joe Kubert が8月12日に亡くなったと言うこと。

posted by ノエルかえる at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月11日

ブランソン卿

 きのうは、レコードは聞かない。テレビを点けて、うたた寝していた。『チャーリーとチョコレート工場』を放送していた。テリーとコリンとデイブの三人が、ロンドン・オリンピックの式典で、「タワーズオブロンドン」を歌う夢を見た。ウーパールーパーだったかもしれない、、

 Mike Keneally さん、予定のツアーがキャンセルになったので、『 WIng Beat Fantastic 』のプロモーション・ツアーをするということ。Rick Musallam さんとのデュオということ。

 リチャード・ブランソン卿は、ヴァージン・レコードを買い戻す計画を持っていると言うこと。卿が買い戻せば、滞っていた、リマスタリング/180gビニール盤リィシューも速やかに進む? 無くなったと言われたマスター・テープも発見される? 『スカイラーキング』の5.1サラウンド版も実現?

 アクセス解析サービスに、『 Wing Beat fantastic 』日本版と言う検索の記録があったけれど、どこかのレーベルが出版するのか??
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2012年08月10日

ネコ歩き

 今週は、テレビで、『岩合光昭の世界ネコ歩き』を見ていた。イスタンブールのサフランちゃんが印象に残った。

 Billy Sherwood さんのアルバム、発売が近いけれど、日本盤では、SHM-CD が出るそうだから、『 The Prog Collective 』は9月まで待つつもり。「 It's Raining Again 」は、14日にiTunesでダウンロードしようかと。

 モノクローム・セットが日本でステージに出ると言うこと。まだ、ホームページでは案内されてない。今のところ、名古屋クアトロのスケジュールで出ているのみ。
 私は、ライブは見ない。


追記:
『 Songs of the Century - An All-Star Tribute to Supertramp 』、iTunesでは、アルバムのみになっているようだけど、どうしよう。

モノクローム・セットのスケジュール、
10月21日、東京。LIVE HOUSE FEVER
22日名古屋、24日広島、25日梅田、クアトロ。


8月18日追記:
モノクローム・セット、ホームページでアナウンスされていた。
~Lazyperfection presents The Monochrome Set Japan Tour 2012~
[20/10/12 - Private show, Tokyo, Japan]
21/10/12 - Shindaita Fever, Tokyo, Japan
22/10/12 - Club Quattro, Nagoya, Japan
23/10/12 - Metro, Kyoto, Japan
24/10 /12 - Club Quattro, Hiroshima, Japan
25/10/12 - Club Quattro, Umeda (Osaka), Japan
26/10/12 - TBA
27/10/12 - SuperDeluxe, Tokyo, Japan
posted by ノエルかえる at 09:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月06日

価格

 Erica Wexler さんの「 Wildflower 」、
Amazonだと、0.89ドルで、
iTunesだと、0.99ドル。

Amazon.uk だと、、0.69ポンド、
iTunes.uk だと、0.79ポンド。
ユーロだと、Amazon.fr は、0.69ユーロ。iTunes は、0.99ユーロ。


ですが、
アマゾンだと、100円で、
iTunes.jp だと、200円。
この差は大きい、やはり、著作権協会が取得するのか。
posted by ノエルかえる at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月05日

つばさ

 吉田秀和さんが亡くなった後、日曜の朝八時までには起きて、皆川達夫さんの『音楽の泉』を聞くようになった。AMラジオは、受信が難しかったけれど、インターネットで配信されるようにもなっているし。きょうは、何故か、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート。真夏に正月の催し物の録音を聞いて、涼しくなるのかも。
 それから、『 Wing Beat Fantastic 』。ジェケットのアート・ワークは、やはり、ヒバリ? スカイラーキング? カナリア?
posted by ノエルかえる at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月04日

八月の満月

 8月2日は満月だった。
 きのう聞いたのは、『スカイラーキング 2010』のA面、『オレンジズアンドレモンズ』三枚組のディスク3、それに、『ワルツフォーディビー』。
 7月28日から、8月3日までの、スウィンドンの天気はずっと晴れ。パートリッジも、八月の満月を楽しんだか? 気温は、最低が10℃前後、最高が17℃から19℃。『スカイラーキング』はこれくらいの気温? 日本の30℃以上の温度だと、ひばりも灼けてしまうかも。
 パートリッジのツィッターは、返信なしの表示になっていて、見やすい。まだ、ブレグバドさんのビデオの編集をしている様子。
posted by ノエルかえる at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

Wing Beat Fantastic 訳

 「 Wing Beat Fantastic 」の歌詞を読んでみました。最初の印象は、プレーンなのでパートリッジではないかもしれないと言うものでしたけれど、これまでもよく使われた語も多いとも思えました。
 Song a smile to slice the pear / If you'd be prepared to share の行は、よく分かりません。梨を切り分ける時の晴れやかな歌、/ それを、君が分ち合えてくれたなら。としたのですが。




夢見るような羽搏き、
それが急に飛び出し、暁の明星を越えて上がる。
ああ、君は、ケーキに灯る蝋燭のように輝くんだ。

夢見るような羽搏き、
それがカラカラと笑い声のような音を立てて、
大理石のように冷たく動きもしない大地から、僕を引き揚げるんだ。

君は自分のうちの裏庭で歌っている。
それが僕の庭まで渡って来て、聞こえるんだ。

ここで揚がったかと思えば、あちらで見えなくなる。
そして、君は、煙突の煙に取り巻かれた自分の空中庭園で
育っているものの中から、リボン品評会に出るための
自分の茶色の髪に似合うものを見つけ出す。
ああ、君、僕と一緒に巣を作らないかい?

夢見るような羽搏き、
それが、雲の後ろでかくれんぼをしている。
後ろからこっそり覗いて、それで、大声を上げるんだ。

夢見るような羽搏き、
そして、君は小枝を積み上げて遊んでいる。
ああ、いつの日か、一緒に家を作らないかい。

君は自分のうちの前庭にいる、
きれいな羽を纏っているのが、僕には見えるんだ。

ここで見えなくなったかと思えば、あちら、
ほかの鳥が行こうとは絶対に思いもしないところに揚がる。
梨を切り分ける時の晴れやかな歌、
それを、君が分ち合えてくれたなら。

この斑点のある卵の上でくるくる回って、
僕は君にお願いをするんだ、少しでも僕と過ごさないかって、
それに、他でもない君の手を貸して、
僕を太陽に吊り降ろしてくれないかって。

夢見るような羽搏き、夢見るような羽搏き、

君が僕のうちの庭にいて、
若枝や撚り糸を巻き付けている、僕はそう願うんだ。

ここで揚がったかと思えば、あちらで見えなくなる。
さあ、僕らは消えてしまうだろうね。猫も罠も僕らが何処へ行ったか分からなくなる、
僕らは、上手く逃れ出て、
滅多に見れぬ土地に移り住むんだ。
さあ、僕と一緒に巣を作ろうよ。

そうすると、大地から離れられない大衆は泣くだろうね、
そして、僕らが飛去るのを見上げるんだ。
posted by ノエルかえる at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする