2013年07月31日

Take The Money And Run

 きのうは、Amazonで、Colin Moulding「 Take The Money And Run 」をダウンロードして聴いた。楽しい。
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Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」2

 最初の計画では、私たちが真似ようとしているバンドに当時利用可能でレコーディングに使っていた、オリジナルの装備だけを使おうとしていました。つまり、1969年以降に製造されたものは全く無し、と言うことなのです。ですけれど、それは出来なかったのです。レコーディングに必要なほどのヴィンテージの装置を私たちは持っていなかったのですから。私たちのメロトロン、M400でさえ、1970年にはまだ発売されてなかったのです。サンプリングのテープは、それより以前のマークUモデルを使っていましたけれど。私は、五挺のギターを、25オクロック・セッションに持って行きました。ニ挺の1964Rose-Morisリッケンバッカー(1996・Lennonモデルと、1993・12ストリングス・モデル [1996と1993は製造年ではないのでしょう。私は詳しく知らないのですが。])、すばらしい1966年製のフェンダー・ストラトキャスター、1982年製のテレ・スタイルのエレクトリック・ギター(これは、私が持っていたものの中で、最も、シド・バレットそれにジェフ・ベックのフェンダー・エクスワイヤーに近いものでした。)、それに、ブリストルにあるKinkade Brothers工房で特別注文で造って貰った大きなソリッド・ギターです。アンプは、1963年製のフェンダー・スーパー・コンボを持って行きました。二つの10インチのスピーカーが付いて、驢馬の様に元気なよく響くトレモロ・ユニットが付いているものです。床には、新しいBoss社のペダルを置きました。一つは、CS-2コンプレッション・サスティナーで、もう一つは、DS-1ディストーション・ユニットです。それは、それまで創られたものの中で最も有用なファズ・ボックスではないでしょうか。それから、運ぶのに慎重にしたのを覚えているのですが、私の大のお気に入りのスティール・スライドも持って行きました。 
 古いフォルクスワーゲン・パサートに押し込めた何よりも肝要なものは、新品のローランド・シンセサイザーでした。JX-3Pです。それに、PG-200のプログラムも付帯してです。『Big Express』のプロデューサーだった、デヴィッド・ロードがそれを持っていて、私たちは、アルバム『ビッグ・エクスプレス』でそれを使ったのです。私は、その時に、直ぐに自分用にそれを買いに行きました。たくさんの実用的なサンプリングもです。それで、まるで本物の安っぽい電気オルガンの様な音を造ることが出来たのです。それを、「25 O'clock」のソロで使いました。それから、私たちは自分たちのミニ・コルグ700Sシンセサイザーも使いました。それは、ドラムズアンドワイアーズ・セッションの時に購入したもので、まだ十分に使えたのです。テルミンに似た音を「My Love Explodes」と「What in the World??」で使いました。それに、豪華なハモンドB3オルガンとレスリー・スピーカーを、モット・ザ・フープルの元メンバーのヴァーデン・アレンさんから借りることが出来ました。アレンさんは、地方住まいだったのです。でも、それも、アレンさんが不意にスタジオに現れるまでのことでした。アレンさんは、突然にスタジオに遣って来て、私たちがマイクロフォンのコードをプリアンプを通してレスリー・スピーカーに繋げているのを見てしまったのです。私たちは、ヴォーカルの面白いエフェクトを得るためにそうしていたのでした。ですが、アレンさんは、その目に見える蛮行に立腹して、私たちはハモンド・オルガンとレスリー・スピーカーを使うべきではないと思われて、あっという間にそれを自分のバンに積み込んだのです。けれども、「What in the World??」」にオルガンを録音するには、十分な時間が私にはありました。


グレゴリーさんのギターコレクションから:
1964 Rickenbacker Model '1996'
http://www.guitargonauts.info/pick-13.html
64rick1996.jpg

1964 Rickenbacker '1993' 12-String
http://www.guitargonauts.info/pick-12.html
64rick1993.jpg

1982 Schecter Tele-Style
http://www.guitargonauts.info/pick-10.html
1982schecter.jpg

984 Kinkade Custom Built
http://www.guitargonauts.info/pick-14.html
84kinkade.jpg
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2013年07月27日

96 page Booklet

 きのうは、『 25 O'clock 』を聴く。それから、MacBookを開けて、YouTube で、ズビン・メータ指揮シュターツカペレ・ドレスデン演奏のウェーベルン『管弦楽のための6つの小品』を見る。とてもいい演奏。

 Butch Morris ブッチ・モリスさんが、今年の1月29日に亡くなっていたことを知る。

 BIg BIg Train からお知らせ有り。『 English Electric 』、part1 とpart2 を纏めて96ページの booklet を付けて発売するそう。part2 の180gビニール盤も。
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2013年07月26日

Karda Estra

 きのうは、『 25 O'clock 』を聴く。
 岡部真一郎『ヴェーベルン』の続きを読む、指揮者としての面の章、ページ数としては一番長い。完全主義者で、演奏者に徹底的なリハーサルを強い、僅かでも不満があれば公演をキャンセルすると言う性格、その為に何度も問題を起こす。岡部さんによれば、ある意味プロフェッショナルではない、ということ。その一方で、マーラー以来の偉大な指揮者と親友ベルクに評されたり、問題を何度起こしても、先輩指揮者たちから再度、劇場への採用を計ってもらえたり、岡部さんによれば、それだけ音楽的に高い評価を得ていた、ということ。親友ベルクの追悼コンサートでも、遺作の『ヴァイオリン協奏曲』をオーケストラが十分表現出来ないと言って、散々もめた後、結局キャンセルして、別の指揮者が演奏してしまう。そう言う話し、なんだか、パートリッジの話しの様な気も。



 スゥインドンを拠点に活動している作曲家、Richard Wileman を中心とするバンド、Karda Estra 。面白く思う。
http://kardaestra.wordpress.com
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2013年07月23日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」1

 APE 版『 25 O'clock 』に掲載のグレゴリーさんのノート「 Stratosgear 」

 計画は何もかもが驚く早さで遣って来たのです。でも、散発的なアイデアがいくつかあるだけで、企画書で説明出来る様な曲は、一曲もなかったのです。ところが、スタジオは既に見つけていたのです。その上、使用代金まで払ってあったのです。1985年にサイケデリックのEP? 勿論、私たちはただ巫山戯ていたのです。XTCには、決まったドラマーがいませんでした。当時、テレビの番組に出演する時には、私たちに随行して、ドラムズ・キットの後ろで叩く振りをしていたのは、私の弟のイアンでした。そのイアンが、喜んで、仕事を休んで計画に参加したのです。ヴァージン社は、私たちに5000ポンドを前払いしていましたから、順調にいけば、ヘレフォード近郊のレーン教会スタジオを二週間借りるのには、十分だったのです。そこで、翌朝にはスタジオに入ると言う時になって、実のところはアンディ作の四曲と本当はコリン作の一曲と共に、私たちは、スウィンドンの私の小さなリヴィング・ルームに集まって、一度だけ、リハーサルをしたのです。
 私たちには、ロード・クルーもいないし、ヴァンもありませんでした。XTCのレコードに使われる機材は、自分たちの車にどれだけが詰め込むことが出来るかにかかっていたのです。当時、私は、フォルクスワーゲンのハッチ・バックを持っていました。後部座席は折り畳めたので、そこに、メロトロンとアンプ、ギターを数挺、それに間に詰め込む小さな色々のものをを押し込むことが出来ました。コリンは、大きな、カナリアの様な黄色のローバーを運転して、アンディと自分のギターを運びました。アンディは運転出来ませんからね。イアンは、フォード・カプリを持っていて、自分のドラムズを運ぶのには十分でした。
 その時、メロトロンには、テープが一巻だけありました。三つの音が入っていたテープです。増音されたブラス、増音されたストリングス、男性コーラスです。広く使われているので、すぐに聞き分けられる様なものです。私たちは、『ママー』と『ビッグ・エクスプレス』で効果的にそれらを使っていました。ですけれど、私たちは、「ストロベリー・フィールド」のフルートの音と甘いチェロの音が欲しかったのです。メロトロンを創った工場は、その時、まだ操業していました。名称をStreetly Electronicsと変えていましたけれど。テープもまだ売っていました。それで、私たちは、フルートとチェロとヴァイオリンの音のテープを注文することが出来ました。ヴァージン社がその代金を支払うことになったのです。レーン教会で仕事をしている二日の内に、テープは用意ができたので、私が自動車で工場に取りに行きました。魔法の様な機械を創り出す構内に足を踏み入れるたこと、工場を観察したこと、テープの在庫を見たこと、それに何より、とてもノスタルジックな雰囲気と言うものは、私たちのレコーディングに、大きな印象を残すことになったのです。私は、工場長のレス・ブラッドリーさんに案内されました。そして、絶え間なく繰り返されるマントラの様なテープを手に入れたのです。サンプリングが現在のように進歩していても、メロトロンの様な音楽的な音は他にはないのです。基本的には精巧なテープ再生機なのですが、不気味な感じの音を創り出す他に類のない機械なのです。嘗ては最先端の機能で一世を風靡したものが、嗜好と流行の犠牲になって、数を減らして、埃っぽい倉庫と修理工場にあるだけなのを見るのは、少々悲しいですね。会社は、結局、1986年に倒産しました。
 スタジオに戻ると、アンディがグランドピアノで何かを弾いていました。新しい曲でした。私の居ない間に書き進めていて、ほとんど出来上がっていました。「The Mole from the Ministry」
と言う題でした。録音出来る時間は限られていましたから、私たちは、早くから、不文律を作っていたのです。「オーバーダブは、一回限り!」と言うものです。さて、新しい曲は、是非にも具現化されなければなりません。極めつけの曲に思えましたから。それに、新しいメロトロンのテープの試験に打ってつけでした。でも、そんな時間があるのか?と言う疑問もありました。でも、出来たのです。基本的なトラックはその晩のうちに完成しました。初めてフルートの音を聴いた時、私たちはほくそ笑まずにはいられませんでした。フルートの音は、チェロとヴァイオリンの音と一緒になり、曲の中でたっぷりと聴こえたのです。この曲は、『25 O'clock』のEPの礎石になると思ったのです。
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2013年07月22日

Yellow Submarine

 ポール・ビートルの「 Yellow Submarine 」。訳してみました。今では、誰でもが、Submarine を潜水艦と思っているのですが、歌詞だけを見ると、どうも、「潜水艦」では無いような気がします。また、green、や yellow の意味を考えると、楽しいメロディに乗せて、いじけた感情を歌っているようにも思えます。

歌詞は、ビートルズのweb サイトのlyric を元にしました。
http://www.thebeatles.com/#/songs/Yellow_Submarine5





あの町にね、ぼくがうまれた町だよ、
あの男がね、うみに漕ぎ出た男だよ、
住んでてね、ぼくらに一生の自分を、
海の底の土地での一生を話したよ。

「さて、
俺らは水の上を進んでいたわけさ、天道様を目印にな。
ところが、俺ら航海には未熟だったわけさ、酔って真青。
それでな、波間の下に暮らすことになったんだ。
腰抜けうみの底、疑い深いうみの底さ。

俺らはみな、黄色い海底に居るんだぜ、
波を透かして届く黄色の光の下、びくびくと。
俺らはみな、黄色の海底に居るんだぜ、
波を透かして届く黄色の光の下、ねたましく。

俺らの仲間は、みんな、出航したんだぜ。
その中のほとんどが、今、この海の下、隣りに住んでいる。
さて、楽団が演奏を始めたぞ!

だらしない生活をしてるたって、
俺らはみな、要るものはあるんだし、
そらは青いし、うみは緑。
黄色い海底ではそうなのさ。

俺らはみな、黄色い海底に居るんだぜ、
波を透かして届く黄色の光の下、びくびくと。
俺らはみな、黄色の海底に居るんだぜ、
波を透かして届く黄色の光の下、ねたましく。
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2013年07月21日

Just a Complicated Game--XTC、ニホン(語)の旅

 雑誌『ユリイカ』の2005年1月号に、「Just a Complicated Game--XTC、ニホン(語)の旅 」と言う記事あり。( 私は未読 )
 執筆者は、太田晋さん。( 現在、成蹊大学にいらっしゃる英文学教授の? )

NDL-OPAC - 書誌情報 資料種別 記事
論題 Just a Complicated Game--XTC、ニホン(語)の旅
posted by ノエルかえる at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Red Curtain plays ?

 カナダのファンマガジン『 Little Express 』1987年秋号に掲載されている写真、藤本成昌さんの『クロノロジー』にも掲載、Red Curtain こと、ムールディングが、チターに似た楽器を演奏しているものなのですが。この楽器は? 写真は、『 Psonic Psunspot 』のセッション時のもなので。たぶん、「 Have You Seen Jackie? 」のコーラス部分で聞こえる、金属的な音がそうなのだと思います。この楽器は、XTC のメンバーの所有だったのか?
 グレゴリーさんのノートに、詳しく書いてあるといいけど。


スクリーンショット 2013-07-21 11.56.46.png
posted by ノエルかえる at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Psonic Psunspot | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月20日

Andy paints Skylarking

 カナダのファンマガジン『 Little Express 』87年2/3月号と、87年夏号に掲載された、パートリッジの『 Skylarking 』各曲のイラスト:


Summer's Cauldron/ Grass
Grass.png

The Meeting Place
Andy paints meeting.png

That's Really Super, Supergirl
Andy paints Super girl.png

Ballet for a Rainy Day
Andy paints Rainday.png

1000 Umbrellas
Andy paints 1000 umbrellas.png

Season Cycle
Andy paints Season cycle.png

Earn Enough for Us
Andy paints Earn Enough for Us.png

Big Day
Andy paints Big Day.png

Another Satellite
Andy paints Another Satellite.png

Mermaid Smiled
Andy paints Mermaid Smiled.png

The Man Who Sailed Around His Soul
Andy paints The Man Who Sailed Around His Soul.png

Dying
Andy paints Dying.png

Sacrificial Bonfire
Andy paints Sacrificial Bonfire.png
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That's Really Super, Supergirl 、ギター・ソロ

 カナダのファンマガジン、『 Little Express 』91年春/夏号に掲載されていた、グレゴリーさん手書きのギター・ソロの楽譜:


スクリーンショット 2013-07-20 7.59.24.png
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2013年07月19日

それで、

 きのうは、『 Powers 』を聴く。

 モノクローム・セットは、新しいアルバムを作るつもりらしい。ビドの言う所では、( 何で読んだか忘れた ) 『 Platinum Coils 』は、ファンへのサービスと言うか、ファンが「 the Monochrome Set 」に望んでいる様なものにした、と言うこと。次のアルバムは、今の自分たちが作ろうと望んでいる様なものになる、と言うことか知ら?


 それで、the Clubmen は、どうなったのだろう、、
posted by ノエルかえる at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る

 きのうは、『 Gonwrds 』を聴く。

 高校生の頃の私のアイドルは、伊東静雄だった。伊東静雄と島尾敏雄。でも、きっと、ぼんやり読んでいただけ。Wikipedia で、セガンティーニの『アルプス三部作』以外の作品を眺めていて、急に、これは伊東静雄がインスピレーションを得た絵ではなかったか、と思った。そうして、確かめてみるまで、セガンティーニの名前と絵は頭の中になかった。
 自分が好きだった、ヴェーベルンと伊東静雄の双方に大きな影響を与えていた画家なのに、全く関心を払ってなかったと言うこと。その程度の読み方だったのだ、きっと。あるいは、自分はすっかり忘れているけれど、伊東静雄に関するものを読んでいるうちに、ウェーベルンに言及するものがあって、それで、ウェーベルンを知ったのか?( NHKの『現代の音楽』のオープニング・テーマがヴェーベルン編曲のバッハ「6声のリチェルカーレ」だったから、それはないか。 ) どちらにしても、セガンティーニは頭の中になかった。
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2013年07月17日

PInk Thing 、ギター・ソロ

 カナダのファンマガジン、『 Little Express 』91年春/夏号に掲載されていた、グレゴリーさん手書きのギター・ソロの楽譜:

スクリーンショット 2013-07-17 22.41.39.png

スクリーンショット 2013-07-17 22.39.11.png
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Trittico delle Alpi

 きのうは、XTC を聴かない。ヴェーベルンの弦楽四重奏を聴いただけ。1905年の。ウェーベルン全集の。1905年だから、ヴェーベルンはまだウィーン大学の学生で、哲学博士号を取る前。シェーンベルクの門下生にはなっていたけれど、まだ調性音楽。私の耳には、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲のようにも聞こえる。
 Wikipedia で、セガンティーニ Giovanni Segantini の『アルプス三部作 :生/自然/死』を見ながら。イタリア語でも、『 Trittico delle Alpi 』で、Vita、Natura、Morte だけれど。ドイツ語だと、Werden – Sein – Vergehen 。岡部真一郎さんの評伝では、セガンティーニの三部作『生成 - 存在 - 消滅』と訳されている。ウェーベルンは、もちろん、生成/存在/消滅の意味で絵を見たのだろうけれど。イタリア語の Natura には、essentia の意味もあるけど。三つの連作と言うことでは、存在の方が意味を成しているようにも思える。
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2013年07月16日

さて、

 『 Nonsuch 』に関する、ベルナールさんとの対談、私が保存している分、チョークヒルに記録されている分も同じだけの本数だと思いますが、全部を訳したかと。5.1サラウンド版がリリースされる前に終わって一安心。APE house 版には、新しいノートが付くかも。ベルナールさんの対談は、6曲だけ。ムールディングとの対談は無し。もっとあった気もするけれど。今、改めて確認すると、対談が最も多いのは、『 Mummer 』。これも、ムールディングとの対談はないけれど、パートリッジの曲、7曲については、すべてある。その内、「 Beating of Hearts 」と「 Funk Pop a Roll 」の二曲については、グレゴリーの回想もある。「 Great Fire 」の対談は、既に訳した。残りをぼちぼちしようかとも思うけれど。その前に、APE house 版の『 25 O'Clock 』に掲載のグレゴリーのノートが面白そうなので、読んで見ようかと思う。

 9月には、リリースされると思う XTC『 Nonsuch 』だけれど、APE のフォーラムでは、「 Wrapped In Grey 」のビデオが話題になっていた。パートリッジ自身が当時、絵コンテまで描いたのだけれど、今は、ステュ・ロウさんと言う敏腕のアシスタントがいるのだから、実現して欲しいものだと思う。序でに、「 The Disappointed 」のビデオもパートリッジの思うままのものを作成出来ればいいけれど。





 昨年、Barre Phillips さんが来日した時に、小杉武久さん、高橋悠治さんと共演したものが録音されて、ディスクとして発表されていた。
『小杉武久 / Barre Phillips / 高橋悠治』
Egg Farm
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2013年07月15日

雲雀のさえずりのなかに 喜びの海にのみこまれた

 『 Skylarking 2010 』を聴いたり、『 Powers 』を聴いたり。岡部真一郎『ヴェーベルン』を少しだけ読んだり。
 『夏風のなかで』に関する部分で、インスピレーションを受けた、ブルーノ・ヴィレ Bruno Wille の詩の部分が引用されていて、それがまた、スカイラーキングに繋がるようで。

( 詩の訳は、岡部真一郎さんなのかどうか分からないけれど )

唸り、吹き荒む風の波よ
自由の喜びの如く、オルガンの響きの如く
そのざわめきは私の渇いた耳に届く。
私は軽く、羽毛のように軽くなる。
かねてからの湿った心の蟠りは解れ
あらゆる不安、千々に乱れた思いは
雲雀のさえずりのなかに −
喜びの海にのみこまれた。
沈んだのだ
塵に塗れた街も、些細な世事も。
消えたのだ
厄介者どもも。
汚らわしきを埋葬したのだ。
深く蒼い丘の彼方に沈めたのだ。





 Jen Olive さんのアルバムはタイトルが、『 The Breaks 』ということ。Green Man さんのブログによれば、素晴らしいらしい。前作では、ソングライターだったけれど、今作では、創作家(?) に成長しているって。
 Mike Keneally さんの『 You must be this tall 』は、そろそろ、ショップに出るか知ら。パートリッジの曲があるのかないのか?

 sftnetts さんのカバー、12曲が終わった。どれもとても素晴らしかった。



 それで、ヴェーベルン全集を出して、「 Vorfrühling 」を聴く。
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2013年07月13日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」9

ベルナール「さあ、それでは、アンディ・パートリッジによる「クロス・フェイド」擁護論をお聞かせ下さい。」
パートリッジ「では、ご清聴を。そもそも、アルバムを聴くと言う行為は、一つの事象 / 経験なのであります。即ち、それは、映画であるのであります。即ちそれは、演劇であるのであります。あるいは、また、書見なのであります。諸君は、そもそも、第九章から読み始めたりはせぬでありましょう。九章の次に第二章へ飛ぶなどと言う読み方をせぬでありましょう。諸君が書籍を読む際には、著者が読者にこのように読む様にと意図した通りに読むものでありましょう。つまり、一頁目から順に最後の頁に一頁毎に読み進むものでありましょう。映画を鑑賞する際にも、また同様でありましょう。最初の場面から最後の場面へと見て進むのであります。それ故にであります、諸君が歌曲が所収されたアルバムを聴取する際には、第一曲目から最終の曲へと順次に聴いていくべきなのであります。そこでであります。彼の吾人が「クロス・フェイドが無い方がよい」と言うのは、映画に於いて、全ての主要な場面と場面の間には、一秒か二秒の空白があるべきである、というのと同様なのであります。然に非ず! ある場面ではクロス・フェイドをし、ある場面では空白があり、ある場面では、ディゾルブするのであります!!
 まあ、そう言う分けです。経験を作品から取り出す方法ということなのです。私たちが聴き手に提示している順序と言うのは、作品を聴く時の道筋なのです。それを聴いて欲しいのです。ある曲が他の曲へ滲む様に吸い込まれていく様になっている時、それは、意図してのものなのです。レコード製造工場で起こった超自然的な事故なのではないのです。クロス・フェイドを批難しているあの人は、きっと、私たちの全てのレコードに恐ろしい病気が蔓延しているので、私たちはクロス・フェイドをコントロール出来ないのだ、と考えているに違いありません。そんな馬鹿なことはありませんよ。私は、そうしたかったのです。」
ベルナール「全くの意図ですよね。確かにそうです。貴方は、ほとんどのレコードでクロス・フェイドをしているのですから。」
パートリッジ「私が好きなアルバムを聴く時には、歌に導かれながら、第一曲目から、プレイヤーの軸に向けて進みながら聴いています。そうするのが好きなのです。人は、映画を見る時に、第五場面の前に第九場面を見たりはしませんよね。その映画で、監督や脚本家や編集がこのように見て欲しいと意図した通りに見るのですよね。音楽のアルバムも同じです。」
ベルナール「昨晩、友人と会ったのです。一組の夫婦と男の友人が一人なのですが。夜も更けたので、食卓から離れました。その時に、私たちは、飲みながら「アルバム」と言うものの終焉を嘆いたのです。」
パートリッジ「それは、デジタルの世界では、すべての曲がバラバラにされてしまう、と言うことなのでしょうね。それは、映画を各シーンごとにバラバラにすると言うのと同じなのですけれどね。本を章ごとに、切り離してバラバラにするということですよね。」
ベルナール「「アルバム」の終焉を嘆いた時に、友人に私が示した例は、XTC だったのです。アルバムの文脈に沿って、何度も何度も聴き返さなければ、アルバムにある素晴らしい何曲かは、私は好きにはなれなかったかもしれません。それらは、甘ったるいシングル向きの曲ではないのですから。それらの曲は、時間をかけてその魅力を現して来るのです。今、貴方が仰った様に、作者の意図に沿ってアルバムを通して聴くと言う意志が私に無かったならば、それぞれの曲について、現在私が理解しているレベルで、その魅力を発見することはなかったのだろうと思います。これからの若い世代の人たちは、アルバムを何度も繰り返して聴いて、その魅力を発見していく喜びと言うのを知らないままになるだろうということは、とても残念なことです。」
パートリッジ「ええ、アルバムは、一つの芸術の形式なのです。シングルが一つの形式であるのと同じですよね。アルバム全体を通して聴くと言うのは、総体としての経験を経ると言うことなのです。人生には、バラバラに分断されると言う時期は無いのですから。このアルバムと言う形式が総体的で分断されてはいけないのだと言う理由がそれなのです。対話がないところ、他のものに巻き込まれると言うことがないところでは、人は芸術の形式を考えることは出来ないのです。
 私、アンディ・パートリッジは、クロス・フェイドが心底に好きなのです。」





おわり


誤訳、疑問点を示して頂けると、助かります。

追記:
元のMySpace の記事は分からなくなったのですが、
チョークヒルがアーカイブとして保存して、改めて web上に公開しています。
http://chalkhills.org/articles/XTCFans20091004.html
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2013年07月12日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」8

ベルナール「ヴァージン社がこの歌をシングルの候補にしたのですよね、それとも、貴方がそう推したのですか?」
パートリッジ「会社はこの歌をシングルに決めそうだな、と、書いている最中から、私は感じていました。と言うのは、この歌は調子が良くて、時代遅れの様式を指向している感じでしたからね。それで、会社はこの歌をシングルにしようと磨きをかけるだろうな、と思ったのです。」
ベルナール「ですが、「 Peter Pumpkin head 」の後にシングルになったのですよね。」
パートリッジ「ええ。「パンプキン」が先でしたけれど、会社がこの歌をシングルに決定していたことは分かっていました。ですけれどね、イギリスの売り上げチャートで上位には入らなかったと思いますよ。20位から30位あたりだったかと思います。だって、どの局もどのDJもかけませんでしたから。私たちは、しかるべき人に賄賂を渡しませんでしたからね。それに、見当外れの人にも賄賂を渡しませんでしたけれど。( 笑い )」
ベルナール「そうですか、アルバムからの次のシングルは、「 Wrapped in Grey 」だったのですよね、それが最後のシングルでしたか知ら?」
パートリッジ「そうですね。それでノンサッチは終わりでした。」
ベルナール「それがどうなったかは、もう、周知のことなのですが。」
パートリッジ「それから、デイブがストライキを思い付いたのです。まあ、彼は冗談で言ったのでしょうけれど、私は、「妙案」だと思いましたね。」
ベルナール「ええ、でも、ストライキは効果があったのですよね、時間はかかりましたけれど、効果はあったのですよね。
 さて、私が伺いたい最後のことなのですけれど、それは、「 Holly up on Poppy 」とのクロス・フェイドのことなのです。」
パートリッジ「ええ、あのクロス・フェイドは何て素敵なのでしょうね! あれは、本当に上手くいっています。効果的です。」
ベルナール「そうですね。もしかしたら、この質問はもっと広範囲にすべてのXTC の歌に関わることかもしれませんね。つまり、貴方は、クロス・フェイドがお好きなのですね。」
パートリッジ「ああ、web上の色々なサイトで、発言している・・・さん ( 名前は編集で削除 )を知ってますよ。クロス・フェイドは彼の調子を狂わせるみたいですね。彼は、クロス・フェイドが無い方がずっと善いに決まっていると激しく主張していますからね。」
posted by ノエルかえる at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月11日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」7

ベルナール「それでは、歌の他のことについてお願いします。お二人のどちらがどちらのチャンネルで演奏しているのでしょう、この曲では、貴方は左チャンネルですか?」
パートリッジ「デイブは、切る様な choppy ギターを弾いていますね。それに、アルペジオも。アルペジオはデイブの十八番ですからね。私は、発動機の様な chuggy ギター。左側だと思いますよ。
 ええと、覚え書きには何て書いていたか知ら、そう、「全てのリズムを倍増するのに、ミキシング段階でのエコーの利用は有効」と書いてますね。」
ベルナール「なるほど、この歌では、ギターは本当に大きく聞こえます。」
パートリッジ「それは、リズミックなエコーの所為ですね。どのパートのものもエコーを大きくしているのです。仕掛けですね。
 ええと、覚え書きには、そうですね、私はこの曲のデモを1991年の4月15日に始めています。この歌の前は、「 Wonder Annual 」です。この歌の後には、ピーター・ブレグヴァドと「 Hell's Despite 」をしています。この歌が作られた順序はそうなのです。」
ベルナール「「 Wonder Annual 」がノンサッチ期の歌だったとは、私は気が付きませんでした。
 それから、クレジットでは、グレゴリーさんはキーボードを演奏と記されているのですが、それは、プロテウスのストリングスと言うことですか?」
パートリッジ「そうだと思います。それから、終部での、曲がりくねった、エコーやリヴァーブのかかった音もキーボードだと思います。」
ベルナール「この歌は、アルバムからのシングル曲の一つですよね。」
パートリッジ「そうですね。それに、有名な年増女性のテレビ番組での演奏もありましたね。『 Pebble Mill at One 』と言う番組です。ペブル・ミル Pebble Mill は、バーミンガムにあるBBCのスタジオの名前です。そこで、お昼時に「 Glad to be Gray 」スタイルのトークショーをしていたのです。( 婦人を真似て ) 「ああ、では、ポップのライブを御覧下さい。」ってね。私たちは、パントマイムをしたわけですよ。たぶん、イギリスでこの歌が放送された唯一のものでしょうね。( くすくす笑い )」
ベルナール「ドラムズは誰だったのですか、イアン・グレゴリーさんですか?」
パートリッジ「ええ、イアンです。イアンは、急場のパントマイムをよくやってくれたのです。まあ、ただ、飲みたいだけだったのでしょうけれどね。( 笑い ) それに、実際、そのトークショーからの帰りには、私たちは酔っていたのを覚えていますよ。運転手付きのハイヤーを雇うことにしたのです。バーミンガムで、昼間の年増のおばさんたちでいっぱいの番組に出てパントマイムをするわけだから、ちょっと飲んで、帰りにはパーティーをしないとなあ、と思ったのですよ。」
ベルナール「( 笑い ) 典型的なロック・スターの様ですねえ!」
パートリッジ「( くすくす笑って ) 典型的なロック・スター、なる程、それを私たちはしたわけですね。帰り道に、何本かの酒を持込んで、楽しくやったのです。」
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2013年07月09日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」6

ベルナール「イントロについて話して下さい。どうして、あの様なドラムズで始めたのですか?」
パートリッジ「あのぎこちないロールが、私はとても気に入っているのです。私はデイブに、イントロに他にない独特のロールが欲しいんだ、と言ったのです。」
ベルナール「そうですか。マタックスさんは、一番低いトムから一番高いトム、そして、スネアの順で叩いたのですね。」
パートリッジ「ええ、音を上げていっているのですね、貴方の言われた様にして、それから、全てのパターン、細々したことを演奏しています。
 私はこう言ったのです。「この歌のドラムの演奏は、徹底的に確実で規則的なものでなければいけないんだ。歌の中では、ロールはあまりないよね。規則的でないといけないからね。でも、一箇所ほど、独特なロールを入れて欲しいんだよ。」 それで、あの演奏をして私を満足させてくれたのです。デイブは、逆方向に演奏したのですよね。低いトムから初めて高いトムへ行ってから、スネアに移るのですから。そして、パターン、細々したもの。
 アルバムのリハーサルが始まった時には、「僕はこの歌を録音するのが楽しみだな。君は僕にシャッフルをさせようとしなければ、だけどね。僕はシャッフルは出来ないからね。」と、デイブは言ったのです。それで、この歌には、シャッフルがあるのですが、単にシャッフルと言うのではなくて、オフ・ビートのハイ・ハットと一緒のシャッフルなのです。しかも、ハイ・ハットは、三連符のハイ・ハットなのです。」
ベルナール「私は、マタックスさんを擁護したいです。この曲のドラムズ・パターンは、ものすごく難しいです。特に、ハイ・ハットの部分は、難しいです。マタックスさんが、貴方の水準で演奏しようとすると、付点付きの八分音符のハイ・ハットのパターンになって、それを貴方はシャッフルに…、」
パートリッジ「そう、デイブはそれが出来なかったのです。君の水準のシャッフルは出来ない、と言いましたね。」
ベルナール「少なくとも、マタックスさんは、ご自分の苦手はご存知だ、と言うことですね。」
パートリッジ「まさに。それで、私たちは、この歌では、ドラム演奏については、本当にたくさんの編集をすることになったのです。私は、徹底的に密度の濃いドラムズが欲しかったのですから。いったい何回の録音をデイブにさせたか、覚えてはいません。兎に角、全部を通して、一回の録音ではないのです。それぞれが、最高の部分なのです。
 まあ、でも、可哀想なデイブは、三連苻のオフ・ビートのハイ・ハットを叩かなくてはいけませんでした。プロデューサーのガスがデモ・テイクでそれを聴いて気に入っていたのです。それは、でも、簡単に解決が出来ることでした。私は、ドラム・マシンでプログラムすることが出来ましたから。ですが、ガスが、( 声真似して )「ウウム、あのオフ・ビートの三連苻のハイ・ハットがいいんだけどなあ。あれは、そのままにしよう。良いフックだ。」と言ったのです。それで、可哀想なデイブは、ハイ・ハットでリズムを刻みながら、三連苻を叩かなければいけなくなった分けです。」
ベルナール「あれは、本当に難しいです。いつまで経っても、やはり、難しいと言う他ないです。」
パートリッジ「で、あのロールを演った後、何と言うか、デイブは、本当に、偉人になりましたよ。」
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2013年07月06日

地表に蠢く音楽ども

 備忘

『地表に蠢く音楽ども』  ( 書籍 )
竹田賢一
月曜社 2013年7月刊
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2013年07月05日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」5

ベルナール「以前に、歌詞の雰囲気と曲調をずらすのが、貴方はお好きだ、と伺いました。楽しい曲には、悲しい歌詞を付けて、その反対に、悲しい曲調には楽しい歌詞をつけると言うことでした。ですが、この「 The Disappointed 」の場合にですけれど、歌詞も曲調も、私には、相当に陰鬱に思えるのです。」
パートリッジ「ええと、如何でしたか知ら、長調ですよね。でも、これは、長調と短調が混ざり合った型の曲になっていたと思うのですが。つまり、甘く且つ酸いのです。優しくて辛いのです。」
ベルナール「貴方は、「 the Disappointed 」についてお話をされて、人々を貴方と一緒に奈落へ連れ去りながら、貴方ご自身の首も項垂れてしまっていますね。人々は、あなたにそうさせたいのですねえ。」
パートリッジ「( 演劇的な調子で ) わたくしは、キンクスの最低線よりもさらに降下しておる最中であります。( 笑い ) そうですね、私はまだ下りますよ、「次の階は、ディスアポイントメントー!」
 実際、この歌の曲調は、楽しげな面と悲しげな面が混ざっているのです。評論家が言っていたことで、唖然としたことがあるのです。こう言っていたのですよ。「イントロとミドル・セクションは、フリートウッド・マックの様だ。」って。その時、考え込んでしまったのを覚えています。どう考えても、私が西海岸のフリートウッド・マックを好きな分けはないのですけれど。でも、ある人たちは、私たちがフリートウッド・マックの様に聞こえて満足しているのでしょうね。( 笑い ) ですけれど、私たちがこの歌を長調短調を一緒にした時に、私の考えの中では、フリートウッド・マックはものすごく遠い存在でしたけれどね、本当に。」
ベルナール「( 笑い ) それはそうですね。私が伺いたかったのはですね、この歌はブリッジから始まる様に私には思えるのです、それから…、」
パートリッジ「この歌は、ヴァコーラスに分類されますよ。」
ベルナール「確かに! この歌はヴァコーラスです。イントロの後に、すぐコーラスがあるのですよね。」
[ ヴァコーラス vhorus は、パートリッジがある種の歌の構造を呼ぶ時の呼称。ベルナールさんとの対談の中では、「 Thanks for Chrismas 」に於いて、説明している。バカラック作品の「 Do you Know the way to San Jose 」やマッカートニー・ビートルの作品「 Yestarday 」のように、テーマ・メロディ、テーマ・メロディへの返答メロディ、テーマの再現、返答の変容、テーマ・メロディと言う構造。ヴァースがないと言うことなのでしょう。 ]
パートリッジ「それが、テーマ・メロディなのです。バカラック / デイヴィッド風のテーマ・メロディです。それへの返答、そしてまた、テーマ。韻を踏んでの返答の変奏。これが、ヴァコーラスですね。」
ベルナール「ええと、ブリッジと言うかミドル・パートなのですが、貴方の歌では一番短いものなのでしょうか? そこに当たる歌詞は、二行なのですけれど。」
パートリッジ「( 自分に歌って聞かせる。 ) 八小節ですよね? そう思うけど。」
ベルナール「ええ、確かに、ミドル・エイトです。」
パートリッジ「古風な、ティン・パン・アレイ的なミドル・エイトです。( くすくす笑い )」
ベルナール「( 笑い ) 貴方は以前に、ブリッジから始めるのが好きだ、と仰っていましたね。」
パートリッジ「歌の作り方の技法の一つですね。聴く人は、「あれ、どうしたんだ? 歌を聞き始めたのに、変だぞ、ちょっと待って、イントロに戻ろう、イントロを聞き逃したかな?」と思うでしょうからね。」
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La Chute d’Icare

 おとといときのうは、Tin Spirits『 Wired to Earth 』、The Milk and Honey Band『 In Colour 』を聴く。おとといはそれだけ。きのうは、それから、MacBook を開いて、YouTube で、Brian Ferneyhough を聴く。『 La Chute d’Icare 』、1988年のクラリネットと小規模のアンサンブルのための。YouTube の画像は、楽譜なのだけれど、それは見ずに、Wikipedia で、ブリューゲルの『 イカロスの墜落のある風景 』を見ながら。


Pieter Bruegel de Oude 『De val van Icarus』


Pieter_Bruegel_de_Oude_-_De_val_van_Icarus.jpg
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2013年07月03日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」4

ベルナール「では、歌詞についてですね。」
パートリッジ「これは、予見なのでしょうね。きょう聴いたのですけれど、心の問題と言うだけではないように、思えました。人生一般についてのことのようですね。一般的問題の中には、ミュージック・ビジネスも入っていると思うのです。心についてと言うだけではなく、そこらの至る所で懸案になっている様々な問題に当てはまるものなのです。」
ベルナール「年を取って行けば、ほとんどの人が、何らかの失望を味わうに違いないと、私は思うのですけれど。」
パートリッジ「私もそう思います。自分がすべてを与えたのに、それが歓迎されなかったと感じたとすれば、それはつまり、報われなかった、と言うことですよね。そうですね、私たちは出来る限りのことをしたのです。そうして、落胆しました。でも、慎重にならなければなりません。そうすれば、泣き虫の小人のようには聞こえませんからね( 笑い )。」
ベルナール「そう仰るのを伺うと、興味深いです。と言うのはですね、貴方たち XTC のキャリアからすれば、当時は、比較的にいい地位に立っていたと思うからです。『 Skylarking 』も『 Oranges and Lemons 』も上々の売り上げだったからです。ただ、同じ頃には、元マネージャーとの訴訟があり、レコード会社との問題に直面していて…、」
パートリッジ「そうですね。アルバムの曲を書いた時、私たちはすべてを出し尽くしたのですね。そこには、今考えると、様々なものからなるどろりとした塊があったのですね。その中には、私の結婚生活、つまり私の失望も、入っていたのでしょう。それに、私たちは当然そうなるべきだと考えていたのに、音楽的に認められることのないままだと言う、私たちのキャリアもあったのでしょうね。それに、受けて当然だと思っていた金銭的な報酬がないと言う失望感も。そんなこんなの擬いもない失望何もかもが、この中に染み込んでいるのですよ。
 ですけれど、書き始めたのは、全く別の理由からだったのです。それは、廃棄したのですけれど。と言うのはですね、私たちは、私たちの様なおめでたい者には、本当の苦しみを理解することは出来はしない、と思い至ったからなのです。つまりですね、アルゼンチンの行方不明者たちについての番組をテレビで見て、歌詞を書こうとしていたのです。
 私は、番組を見ながら、「 The Disappeared …、」と歌い始めていました。でも、自分自身で歌い続けることを制止したのです。私には、後頭部に銃を突き付けられて連れ去られ、埃っぽい道の脇の浅い穴かどこかにに投げ捨てられた息子や娘なんて、いやしないのです。それなに、私に書けるのか?と思ったのです。私の経験にはないことなのですから。」
ベルナール「貴方は、その恐怖を想像して、そして…、」
パートリッジ「その通りです。でも、そのことについて、真に迫ったようには書けはしない、と分かっていたのです。でも、ともかく、歌そのものはそうして書き始めたのです。子供を奪われた母親たちの告発のドキュメンタリーを見たことで、私は、「 The Disappeared... 」と歌ったのです。
 私は、よく、テレビを見ながらギターを掻き鳴らすのです。ジョン・レノンがそうしていたと読んだことがあるのです。それで、「何で、そんな馬鹿なことをしてたのだろう?」と私は思ったものでした。でも、今思うと、私のよく出来た歌の多くは、そのように、テレビを見ながらギターを膝の上に載せていた時に、出来たのです。
 座り込んでテレビのドキュメンタリーを見ながら、何て恐ろしいことだ、と思い、それを歌い飛ばしてしまおうとしたのです。そして、頭の中で、「 The Disappeared... 」と歌い始めたのです。それを私は気に入ったのですが、歌の続きを作ろうとすると、これは歌に出来ない、自分の経験ではない、と気が付いたのです。」
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象眼細工

 きのうは、MacBook で、「 MELT THE GUNS (full length) 」を聞く。アルバム・ヴァージョンより30秒近く長い。最後のヴォイスのみになる前に楽器の演奏がある。それから、YouTube で、クラウス・フーバーの「 Kammerkonzert ≪Intarsi≫ 」を聴く。1994年の作品。これは、同年の2月になくなった、ポーランドのピアニスト、Witold Lutoslawski ヴィトルト・ルトスワフスキを偲んでのもの。モーツァルトの引用もある。
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2013年07月02日

Отчего душа так певуча

 きのうは、MacBookのiTunes で、ムールディング / XTC 「 Say it 」、ムールディング / Days Between Stations 「 The Man Who Died Two Times 」を聞く。それから、YouTube で、Klaus Huber の「 Des Dichters Pflug 」を聞く。1989年の作品。ロシアの詩人、О́сип Эми́льевич Мандельшта́м オシップ・エミリエヴィチ・マンデリシュタームを偲んでの作品。弦楽三重奏。マンデリシュタームは、1938年にラーゲリで亡くなっているけど。

 マンデリシュタームを研究されている鈴木正美さんのホームページから:
マンデリシュターム詩抄 Osip Mandelstam (japanese)


何故だろう 魂がこんなに歌うようで
愛しい名前がこんなに少ないのは
何故だろう つかのまのリズムが
不意に北風の吹く時だけなのは

それは埃の雲を舞い上げ
紙の葉を騒がせるだろう
そして二度と帰らない それとも
全く別のものとなって帰るだろう

ああ吹きわたるオルフェウスの風よ
おまえは海の涯へと去りゆく
そして創造されえぬ世界を胸に秘め
ぼくは要りもしない「ぼく」を忘れてしまった

ぼくは玩具の茂みに迷い込み
るり色の洞窟を見つけた…
はたしてぼくは現実のものなのだろうか
本当に死は訪れるのだろうか



テーマや展開は違うのだけれど、パートリッジの「 Mermaid Smiled 」を連想する。
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2013年07月01日

パートリッジ、ベルナール対談「 The Disappointed 」3

ベルナール「プロテウスで作って、それを演奏者が演奏したのですね。」
パートリッジ「私たちがプロテウスで作って、それを演奏者が演奏したのです。でもね、演奏者は、プロテウスで作ったものと違って、音を外していましたよ。それで、結局は、実際に演奏者が演奏したものとプロテウスで作ったものをミックスして作品に使いました。
 一人を除いて、みんな素晴らしい演奏者だったのです。チェロの奏者が音を外していたのだと、思います。私たちは、( バイオリニストの ) ステュアート・ゴードンにカルテットを一緒に連れて来るように頼んだのです。スタジオに入る予定の日の朝に、ステュアートは電話を掛けて来ました。「本当に残念なのだけど、良いチェロ奏者がいないんだ。病気なんだよ。一人だけ居たんだけどね…」と言うのです。彼女はそれ以前にスタジオでのセッションに参加したことはないのだろうと、私は思いますね。音程を合わせられないのですよ。それは酷いものでした。他の奏者の演奏を台無しにしてしまうのですから。彼らは素晴らしいのですけれどね。ステュアート・ゴードンはとんでもなく素晴らしいのです。ですが、彼女が足の間に動かないように抱えている褐色の大きな物にロジンを擦り始めると、部屋中に酷い音が鳴り響いたのです。」
ベルナール「ええ、貴方が話された「 Rook 」のことを思い出しますね。」
パートリッジ「そうですね。アルバムに録音するストリングスのパートは、一日で仕上げなければなりませんでした。でも、遣って来たカルテットは、ステュアートが望んだメンバーではなかったのです。
 でもね、スクィーズのクリス・ディフォードのスタジオでやった最初の『アップル・ヴィーナス』のカルテット程には、悪くなかったですよ。あれは、本当に酷いカルテットでした。その話しはまたにしましょう。」
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in memoriam Luigi Nono

 きのうは、ビル・エヴァンスの『 Waltz for Debby 』『 The Bill Evans Album 』『 We Will Meet Again 』を聞く。それから、YouTube で、Jen Olive さんのスウィンドンの the Vic でのライブを見る。それから、Klaus Huber のヴァイオリンのための『 ...Plainte... Für Luigi Nono. 』を聞く。夜は、テレビで、文楽。『心中天網島』の「大和屋の段」「道行名残りの橋づくし」を見る。
posted by ノエルかえる at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする