2013年10月31日

出荷

 APE のフォーラムに、レコード店で働いている方からの投稿があり、『 Nonsuch 2013 』が入荷したとのこと。バーニング・シェッドからの発送も始まっているかも知れない。実は、バーニング・シェッドのwebページでは、『ノンサッチ 2013』の発売予定は11月4日のままなのだけれど、イエスの『 Close to the Edge 』の予定が11月11日になっていたので、同じ様に遅れるのかも、と思っていたのだけれど。
 もうひとつ、フォーラムに。パートリッジの投稿もあり、上手くいけば、来年には、BBC の音源をボックスセットでリリース出来る、と。
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ぐるぐる

 パートリッジは、旋回・回転のイメージが好きなので、XTC の各アルバムから一曲ずつ選んでみました。必ずしも、ミニマル音楽的なものではなく、歌詞も含めて回転のイメージのあるものですけれど。ただ、『 Oranges and Lemons 』からは、選べませんでした。もしかすると、古くからのXTC ファンが『オレンジズアンドレモンズ』を好きでないのは、XTC 本来のミニマル音楽的な要素に欠けるからなのかも。

Spinning Top
Battery Brides (Andy Paints Brian)
Roads Girdle the Globe
Travels in Nihilon
Jason and the Argonauts
Me and the Wind
Seagulls Screaming Kiss Her, Kiss Her
The Man Who Sailed Around His Soul
Humble Daisy
River of Orchids
The Wheel and The Maypole
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2013年10月30日

Classroom Projects

 パートリッジがツィッターで言及していたレコード。
『 Classroom Projects 』
 1959年から1977年までに亘り、いろいろな小学校で録音された音源。フォークソングもあり、実験音楽もあり。

Classroom Projects

Various - Classroom Projects - Incredible Music Made By Children In Schools at Discogs


Classroom-Projects-CD_585.jpg
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ベルナール、パートリッジ対談「 Love on a Farmboy's Wages 」1

 ベルナールさんとパートリッジの対談、「 Love on a Farmboy's Wages 」について。
2007年1月28日公開のもの、
MySpace ではもう読めないのですが、チョークヒルのアーカイブで原文を確認出来ます。
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "Love on a Farmboy's Wages"





ベルナール「「 Love on a Farmboy's Wages 」について話して下さい。私の一番好きなアルバムの一番好きな歌なのです。」
パートリッジ「いつでもどうぞ。お気に入りのロッキングチェアにいつも座っていますからね。ロッキングチェアではまずいでしょうけれどね。」
ベルナール「貴方の椅子は、揺れる様には思われないのですが?」
パートリッジ「いえ、これは揺れていますよ。」
ベルナール「でも、回ってはいませんね。」
パートリッジ「そう。至上の揺蕩ですね。でも、回転の秘儀は伴わないのです。」
ベルナール「( 笑い ) では、歌に戻りましょう。」
パートリッジ「貴方は、フェアポート・コンヴェンション Fairport Convention のカバーを聴いたことがありますか?」
ベルナール「いいえ、でも、そのことは話しに聞いています。」
[ Fairport Convention のアルバム『 Sense of Occasion 』に収録。 ]
パートリッジ「私は、二三日前にその話しを聞いたばかりなのです。まだ聴いてはいませんけれど、きっと私は気に入ると思います。彼らは素晴らしい奏者です。彼らが曲を選んでくれて、私は有頂天になっていますよ。彼らがミドルエイトのジャズ的な感覚をどう捉えているのかは、分かりませんけれど。でも、とても嬉しいのです。」
ベルナール「ミドルエイトはジャズ的な感覚と仰いましたけれど、私は、むしろ、ラテンの感覚があるように思うのですが。」
パートリッジ「うううん!」
ベルナール「私が自分でこの曲に合わせてドラムズを演奏する時には、ダブルキックのパターンのように感じるのです。「アンド・ワン、アンド・トゥ、アンド・スリー、…」と言う感じですが。それで、そうすると、私には、サンバを連想させるのです。」
パートリッジ「この曲では、出来上がって来るドラムパターンを本当に楽しみにしていたのです。当時、私は、大きなドラムの音にうんざりしていたのです。分かりますか、ガツンとした大きなドラムの音です、それがもう嫌だったのです。」
ベルナール「このアルバム全体が、それまで貴方たちXTC が身を置いていた巨大なツアー・マシンへ対する反動のようなものがあると思われますね。」
パートリッジ「他の人たちが、私たちと同じ様な音を出して成功して行くのを随分と見たのです。それで思ったのです。「ああ、私たちは後を追われているんだなあ。それならば、道から降りてしまおう。」
 当時、私は、小さなドラムマシンを持っていました。名前は思い出せません。プログラムの一種でした。その小ささが好きだったのです。私がそれから向かおうとしている方向に合っていました。私は、大きなドラムの音から逃げ出したかったのです。それに、轟音のロックから逃げ出したかったのです。」
ベルナール「電子的に制御されたトムですね。 [ the gated toms ]」
パートリッジ「ええ、周囲を取り巻く電子的に制御された音、音量を目一杯に上げたギターやそのほかのもの。そのようなもの全部から逃げ出したかったのです。
 そこでですね、この曲ですね。この曲では、小さな可愛らしく回転する様なドラムのパターンを使ったのです。リハーサルはテリーとしました、本当です。ですが、テリーは、バンドを離れようとしていることを私たちに告白する方法を考え出そうとしていたのですね。自分がバンドを辞めようと言うことを正当化する為に、わざとこのドラムのパターンを上手く出来ない様に見せていたのかどうかは、私には分かりません。兎も角、テリーは「俺は辞める。」と言ったのです。パターンを把握している様には見えませんでした。普通だったら、テリーは、パターンの把握に手子摺ることはなかったのですけれど。この反復する小さな回転のパターンは、チェンバース通りにぴったりでしたよ。今でも私はそう思います。でも、彼は、「これは難しい。叩けないな。出来ないんだ。」と言ったのです。」
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2013年10月29日

ゆく河

 きのうは、ミーシャ・メンゲルベルグ/豊住芳三郎『逍遥遊』のセッション1を聴く。アルバムに収められた、二つのセッションには、それぞれ、題名が付けられていた。セッション1は、「行く河の流れは絶えずして」。セッション2は、「 The Laugh is important 」。「 Yuku Kawa no Nagare ha taezushite 」は、柴田南雄も同名の交響曲があったけれど、『ゆく河の流れは絶えずして』の表記。

 モノクローム・セットの『 Super Plastic City 』、発送したとのお知らせ有り。届くのは来週か知ら。楽しみ。

 アンディ・パートリッジ/ハロルド・ブッド『 Through the Hill 』、バーニング・シェッドでも予約を受け付けていたので、注文した。バーニング・シェッドでは、価格は安いけれど、送料が1,500円になる。
posted by ノエルかえる at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

The Long and Winding Road 改

 違う風に訳してみました。
「 The wild and windy night that the rain washed away,
Has left a pool of tears crying for the day. 」のところ、気になるので。pool にfool もかけてみました。


 路がある。この路を辿れば「アナタ」の住む家の戸口に着く、と私は信じている。路は長い、そしてずっと彎曲している。路の先は見通せないのだ。まるで、ぐるりと回っている様にも思える。私の視界には、足元の路しかない。辿って来た路面が、依然として、私の眼前にある。路はどうしても同じ此処に遣って来るのだ。「アナタ」の戸口に辿り着けるのだろうか。

 夜が過ぎる。風が出る。強い風は私を押し戻す。そして、路の上で渦巻く風は、私をきりきり舞いさせるのだ。風が吹き上げた様々な物が私の視界を遮りさえもする。降って来る雨が、それだけは洗い流してくれる。けれども、雨は愚かな私を涙溜まりにしてしまう。そして、夜は、いつまでも、昼になっても、この愚かな私を泣かせ続けるのだ。私をここに足止めさせる理由は何か、行く路を示して欲しい、と叫び続けるのだ。 
 何時間も私は一人で居続けている。何時間も私は叫び続けている。私は、何度も脇道に入ってみた。あるいは、それが脇道でなく本道であるのかもしれない、と思いながら。ただ、どの路も、やはり戻ってしまうのだ。何度も踏んで来た此処。私に視界には、先の見通せない彎曲した路しかない。その路が何処までも続く。「アナタ」は、私がこうして行き迷っていること、ずっとご存知なのだ。

 「アナタ」は、私をここで長い間待たせ続ける。長い間待たせ続ける。けれども、いつまでもここに立たせて置かないだろう、戸口へと連れて行ってくれるだろう、と私は信じている。



前のは:
http://noerukaerufueru.seesaa.net/article/378591576.html
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2013年10月27日

untrammeled happy

 モノクローム・セットの『 Super Plastic City 』は、きのう、ホームページで注文した。でも、土曜日だから、今週末までには届かないだろう。でも、楽しみ。
 きのうは、『逍遥遊』の、セッション1、きょうは、セッション2を聴いた。題名通りの自由なそして楽しくて美しい音楽。
 きょうは、それから、Slapp Happy / Henry Cow の『 Desperate Straights 』をかける。

 『 Through the Hill 』、2枚組のビニール盤でリリースされるらしい。予定は、11月25日。
posted by ノエルかえる at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

The Long And Winding Road

 パートリッジの「 Your House 」を聞いた時、ちょっと、ポール・ビートルの「 The Long And Winding Road 」を思い出していたのですが。あらためて、歌詞を見ると、「 Your House 」だけでなく、XTC の「 I Can't Own Her 」も思い出されます。
 それで、訳してみました。歌は、ポール・マッカートニーが、スコットランドの農場にいて、その土地にインスピレーションを得て書いたと言うことです。そこで、歌詞に歌われる you を神と設定して訳しました。






長く曲がりくねった路がある。それは神の門へと続くはずなのだけれど、
この路が果てることはない。これまでもずっと見て来た同じ路が、
また此処に導いて来る。ああ、路よ、私を神の門へと引いて行って欲しいのだ。

荒れ狂った風の夜が過ぎた。雨は路にある夾雑物を何もかも流し去ったはずなのだけれど、
涙の池が出来ている。その池が行く手を遮り、昼の間中、嘆かせてしまう。
ここに私を足止めさせる理由は何なのだ? ああ、行く路を教えて欲しい。

なんども、私は一人取り残された。なんども、神を呼び続けていた。
私が行き迷い入り込んだ、たくさんの路。その何れもを神はご存知なのだ。
だけれど、どの路も結局は、私をこの長く曲がりくねった路に戻してしまうのだ。

神は、私をここで長い長い間待たしている。
神よ、私をここに留め置かないで下さい! 貴方の門へと導いて下さい!







元にしたのは、Beatles のホームページ:
The Long And Winding Road | The Beatles

追記:
「 Anyway you've always known the many ways I've tried, 」の行、
以前は、「 Anyway you've never known the many ways I've tried, 」が流布していて、
日本版ライナーノーツに付けられている歌詞もそれに基づいて訳されていたと思います。
ビートルズの場合、歌詞がリリース時にプリントされて出されたのは、『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』だけだったのでは? 
ですから、歌詞はどれもレコード出版社の方で、聞き取りで付けていたのだと思います。
( まあ、never に聞こえますけれど、、 )
ホームページでは、上記の様になっていますので、それを定本化されたものと考えて、
上の様に訳しました。


追追記:
訂正
「荒れ狂った風の夜があった。雨は何もかもを流し去ったはずなのだけれど、
涙の池が残されている。その池が私をまた、昼の間中、泣かせてしまう。
ここに私を足止めさせる理由は何なのだ? ああ、行く路を教えて欲しい。


「荒れ狂った風の夜が過ぎた。雨は路にある夾雑物を何もかも流し去ったはずなのだけれど、
涙の池が出来ている。その池が行く手を遮り、昼の間中、嘆かせてしまう。
ここに私を足止めさせる理由は何なのだ? ああ、行く路を教えて欲しい。

 言葉を補って、二行目から三行目への繋がりを分かりやすくしてみました。
それから、この歌は人生と言う苦難、そして、神の方から救いに来てくれることは決してない、
という絶望感を歌っていると、思われます。
この考え方を、もう少しあからさまに歌うと、XTC の「 Dear God 」になるのではないでしょうか。


追追追記
訳しかえてみました:
The Long and Winding Road 改: ノエルかえる不恵留
posted by ノエルかえる at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

And Your Bird Can Sing

 今週聴いているのは、モンスタランス。ミシャ・メンゲルベルクと豊住芳三郎『逍遥遊』は、まだ聴いてない。モンスタランスの後は、棚から三善晃作品のディスクを出すのが面倒なので、YouTubeで『レクイエム』に繋ぐのだけど、直ぐに止まって聞けないので、クラウス・フーバーを聞いてる。

 『 Nonsuch 2013 』、11月4日リリース予定に。まだ、分からないけれど。モノクローム・セットの『 Super Plastic City 』の販売は始まった。

 先日、ブログ『キンクス日和』で、レイ・デイヴィスの『 Revolver 』評を見た。1966年のもの、リリース直後の感想ということ。興味深かった。私も、高校の生徒だった頃、一番好きだったのは、「 I’m Only Sleeping 」だった。でも、「 And Your Bird Can Sing 」もとても好きなのだけど。ああ、revolver って、Lがなければ、前から読んでも後ろから読んでも同じなんだ。
Dangerous Minds | The Kinks vs. The Beatles: Ray Davies thought ‘Revolver’ was garbage

 それで少し思ったのだけれど、パートリッジは、Big Big Train の『 English Electric 』を聴いたのか知ら。どんな感想を持つか知ら。「ああ、くだらん Pomp だ。」とか思うか知ら。それとも、グレゴリーの仕事に刺激されて、新しい作品が湧き出しているか知ら。
posted by ノエルかえる at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月25日

From Me to You

 Beatles の「 From Me to You 」、歌詞を改めて見ると、XTC の「 Are You Receiving Me? 」はモチーフを引っくり返したものかも、と思って。


君がほしいものがあったら、なんでもね、
僕ができることだったら、なんでもね、
電話してよね、郵便で送るから。
「僕から君へ、愛をこめて」

君がほしいもの、ぜんぶ買っちゃった、
心臓もね、本当だよ。
電話してよね、郵便で送るから。
「僕から君へ、愛をこめて」

僕のうでは長くなっちゃったから、
離れてる君を抱きしめて、そばに引き寄せられるよ。
僕のくちびるは長くなっちゃったから、
離れてる君とキスして、君を喜ばせるね。

君がほしいものがあったら、なんでもね、
僕ができることだったら、なんでもね、
電話してよね、郵便で送るから。
「僕から君へ、愛をこめて」


元にしたのは、Beatles のホームページ掲載のもの
From Me To You | The Beatles
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2013年10月24日

Μανώλης Χιώτης

 Μανώλης Χιώτης 1921年生まれ1970年没のブズーキ奏者で、ギリシャのライカの作曲家。
 最近聞いた話し。マノリス・ヒオティスが、アメリカに演奏旅行に行った際 ( 1966年 )、それを見た、Jimi Hendrix が衝撃を受けて、その奏法に影響された、と。詳細や確証は、分からない。
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2013年10月22日

King of the Birdhouse

 きょうは、Monstrance を聴く。『 Ape Loves Haiti 』に収められた「 King of the Birdhouse 」とEP 『 Fine Wires Humming A New Song 』を、自分でまとめてディスクにしたもの。
 それから『 Waspstrumental 』。
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2013年10月21日

上田仁のショスタコーヴィチ

 きのうは、Bill Evans の『 Waltz for Debby 』と『 Moon Beams 』を繰り返しかけて、でも、頭はぼんやりして、寝転がっていただけ。きょうも、積極的に耳を傾ける気にはならない。『 Waltz for Debby 』を5.1サラウンドにしたらどうだろうか、Village Vanguard に居る気分になるのだろうか、と思いもしたけれど、そもそも、録音はどのようにされたのか知ら、と思ったりもして。
 Richard Wright 、YouTube には、Zee も投稿されていた。Zee の『 Identity 』は、CD化されてないのでは。ということは、30年近く聞いてなかったわけ。当時は好きで、次のアルバムも期待してたけれど。すっかり忘れている。
 インターネットで、Guy Skornik と言う人、フランス人、のアルバム『Pour Pauwels』(1971)を見る、面白そう。
 雑誌「レコード芸術」を立ち読みして帰る。上田仁 ( うえだまさし ) 指揮、東京交響楽団の、1962年日比谷公会堂での録音の、ショスタコーヴィチ『交響曲第十二番』がSACDでリリースされる、とのこと。上田仁は、当時、ソビエト連邦からの情報が少ない中、ショスタコーヴィチの紹介に力を注がれて、日本初演も務められた、とのこと。ディスクには、上田仁のインタビューも付録されているとのこと。「レコード芸術」の記述で面白かったのは( 誰の記述だかは、覚えてない )、上田仁はショスタコーヴィチを明るい人だと思い込んでいて、実際に会ったら、暗い人だったので驚いた、ということ。
 私は、アンディ・パートリッジを内省的で寡黙な人だと思い込んでいることにしよう。

 やっぱり、XTC『 Waspstrumental 』をかけようかと。
 かけた。
TBS Vintage Classics 5 ショスタコーヴィチ:交響曲第12番 日本初演 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
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グレゴリー回想「 Beating of Hearts 」

 1982年の九月の下旬だったと思います。テリー・チェンバースは、まだ、私たちと一緒でした。その前の春の合衆国ツアーをキャンセルしてから住んでいたオーストラリアから、テリーは、スウィンドンに帰って来ていたのです。ヴァージン社のA&R 部門は、次のシングルを切望していたのです。二つの候補がありました。コリンの「 Wonderland 」と、アンディのとても興味深い「 Beating of Hearts 」でした。それに、B面として、「 Toys 」も挙げられていました。新しいプロデューサー、スティーブ・ナイを雇って、遣り方をまるっきり変えることに、私たちは決めていたのです。可能性を試すと言うつもりで、ストリートリー Streatley, Berkshire にあるマーティン・ラシェット Martin Rushent のジェネテェイック・スタジオを一週間予約しました。それで、新しい XTC/N組が「 Senses working overtime 」に続くヒットを作る事が出来るかどうかを、見てみたのです。
 「 Beating of Hearts 」をシングルにするかもしれないと考えると、私は、とても興奮したものです。型にはまらないメロディでしたし、ポジティブなメッセージがありました。インド音楽のスケールで書かれていることは明らかでしたし。アンディは。ギターの弦を、全部Eで調律していました。私も、12弦のリッケンバッカーを、同じ様にしたのです。下の弦四本は、低いEにして、D弦とG弦は、オクターブ高いEに調律したのです。上の弦四本はオープンEにしました。シタールの様なドローンは、シンセサイザー・プロフィット5 で、鳴っているギターのメロディーに被さる様にプログラミングしたのです。テリーは、単純で執拗なオスティナートを叩いていました。時おり、ティンバレスがオスティナートを遮りますけれど。
 アンディがレコーディングにどのギターを使ったかは、私は覚えていません。でも、音は、アンプに繋がずにマイクで拾った12弦リッケンバッカーの様ですね。アンディが、アコースティックな感じにモティーフを弾いて、それに、私がエレクトリックな12弦で応えているのです。私は、おそらく間違いないと思いますけれど、自分のアンプ、ローランド JC-120 を使っています。それに、もしかすると、アコースティックなギターもオーバーダブしたかもしれません。シンセサイザーは、確実に私です。すべてがプロフィット5です。ピッチホイール奏法で、擬い物のインド的な弦楽の音が上手く作り出せました。ミドルエイトの部分での、シンセサイザーで作ったコンチェルティーナ ( アコーディオンの一種 ) も私ですが、一回の録音で録ったのだったと思います。
 奇妙な時期でした。新しい環境、新しい状況、バンドの存続の不確実性、それらを、私たちは、アンディの割に合わない病気のせいだと思っていました。短いセッションの後、チェンバースは、リハーサルの途中で、スティックを放り出して、出ていくつもりだと、私たちに言ったのです。歩いて出ていきました。彼のドラムズは、セットされたままでした。数日後には、オーストラリアに帰って行ったのです。彼と彼の家族は、今でも、オーストラリアに居ますよ。
 「 Beating of Hearts 」は、シングルにはなりませんでした。残念です。その代わり、「 Great Fire 」がシングルになって、その後に、結局、「 Wonderland 」がシングルに選ばれたのです。厄介だったアルバム『 Mummer 』のほとんどのベーシック・トラックを作って、スティーブ・ナイはプロデュースを終えました。けれども、リリースされたのは、元になったセッションから約一年経ってからだったのです。プロデューサーとドラマーを変えて、多くをリミックスした後にリリースされたのです。




誤訳、疑問点を指摘して下さると助かります。

チョークヒルのアーカイブで:
Chalkhills: XTCFans: Dave remembers: "Beating of Hearts"
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2013年10月19日

this release has been delayed by a week

 Burning Shed から、お知らせ有り。XTC『 Nonsuch 』、遅れる。少なくとも一週間。10月中に発売開始になるかどうか。
 Tin Spirits の新しいアルバムのお知らせもまだ無し。
 Shriekback の新作もお知らせはまだ。バリー・アンドリューズのソロ・アルバム『 Haunted Box Of Switches 』は、私は、結局入手出来ずに居るのだけれど、YouTube にアップしている人がいる。

 実は、最近は、YouTube で、リチャード・ライトの『 Wet Dream 』ばかりを聴いている。再版して欲しい( CD で )。
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2013年10月18日

きこえるかしら

 XTC『 Nonsuch 』は、もう発送されたのか、その準備に入っているのだろうか。
 The Monochrome set の『 Super Plastic City 』の販売開始は、少なくても一週間遅れるよう。
 2013年にリリースされたCDの内の白眉である、ミシャ・メンゲルベルクと豊住芳三郎『逍遥遊』は届く、まだ再生機に入れてない。
 と言う間に、三善晃さんが亡くなった。『レクイエム』『詩編』『響紋』三部作を聴こうかと思うけれど、聴いてない。YouTubeで、『赤毛のアン』の主題歌を聞いただけ。
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2013年10月15日

Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood

 かなり以前、『 Nonsuch 』と言うタイトルについて、パートリッジが、「嘗てあったけれど今はない」と言う意味で付けた、と、インタビューで言っていた記憶があります。それで、「かつてあっていまはない」と言う句で、ワーズワースのオードを思い出したので、読んでみました。
 このオード、フィンジ Gerald Finzi が曲を付けているのですが ( 『 Intimations of Immortality 』作品29 )、ムールディングも付けないか知ら。

 元にしたのは、Wikisource のもの。
Ode: Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood - Wikisource, the free online library


1.
くさはら、こだち、ながれ、それに、じめん、
そんな何処にでも目にする風景が、
私には、
天から来る光、後光、それに、夢路から吹き込む風、
そんなものに装われて見える、そんな時間があった。
昔日にはそうであったのに、いまはそうでない。
あらゆるところを見回しても、
すこし前まで目にしていたものが、すっかり見えない、
夜だから、だけでなく、昼でも見えないのだ。

2.
にじは現れては消える、
ばらは心を惹く美しさ、
空に一点の曇りもない、
そんな時には、つきは散歩をして回る、
星が瞬く夜には、
うみは綺麗で航行日和、
日光は高貴の出。
けれども、私にはもう分かっている。その何処へ行っても、
地上からは輝かしさがもう消えているのだ。

3.
とりたちは楽しげな歌をうたっている、
テーバーに合わせてこひつじたちは跳ね回る、
そんな今、そこに孤立している
私には、悲しい思いが遣って来る。
その時、折からの音がその思いを解きほぐすのだ。
すると、私は、元気を取り戻す。
その音。断崖の上から滝がトランペットを吹いているのだ。
もう、私の嘆きが盛りの時を損なうことはないだろう。
こだまが、山々を通り抜けて押し寄せて来るのを、私は聴くのだ。
私のところに、風が、夢ののはらから遣って来る。
この世のすべてが楽しげだ。
陸も、海も、
五月のまっただ中で、
浮かれ上がっている。
生き物はみな、幾日も続くお祭りを祝う。
ああ、喜びの子供よ、
私の周りを叫んで回ってお呉れ、お前の声を聞かせてお呉れ、ああ、お前は幸そのもの、
羊飼いのこどもよ!

4.
神に護られた造物たち、私にはお前たちの声が聞こえる、
羊飼いのこどもたち、お前たちが呼び交す声だ。そして、
お前たちが祝うので、みそらが微笑むのが、私には分かる。
お前たちの祭りに私も夢中になり、
お前たちの花冠を私のの頭に冠った。
お前たちをはち切らせる福、その何もかもが、私には分かる。
一人黙り込んでいたとしたら、嫌な日だったろう!
ところが、大地が自分から着飾り出すと言う、
この五月の芳しい朝に、
羊飼いのこどもたちは、
何処までも続く幾千もの谷々の
あらゆるところで、咲いたばかりの花を
摘み出すのだ。それと言うのも、陽光がこどもたちを発奮させて、
赤ん坊でさえ、母なる大地の上に飛び上がるから。
私には聞こえる、こどもたちの声が聞こえる。楽しげに聞こえる。
ところが、やはりあるのだ。私が見晴らかした光景の中に、
多くの中から孤立した、一本の樹、一枚の花畑があるのだ。
その一本の樹、一枚の花畑は、無くなったものについて語っている。
ああ、私の足元の三色菫も、
同じ文句を繰り返している。
叡智あふれる閃きは何処へ飛び去ったのか、
天上の至福と夢想は、今、何処にあるのか、と。

5.
人が生まれると言うのは、目覚めよりも寝入るのに似ている。と言うのも、
人の生涯を導く星であり、人の誕生と共に立ち顕われて来る魂が、
ずっと前に何処かに没したのであり、その何処か遠くから、
遣って来たのだと言うことを、忘れているのだから。
魂は、何もかもを忘れているのではない。
魂は、何も身に帯びてないのではない。
私たちがそこから遣って来た、私たちの故郷である神から
続いている天上の輝く雲を棚引かせている。
天上の世界は、幼年時には、私たちの身近にあるのだ!
こどもが成長するのに従って、
牢獄がその光りを遮り始める。
けれども、こどもは、まだ、光を認められ、何処から射すのかも分かる。
こどもは、喜びながら光を見ているのだ。
そして、少年は、旅をして日々東から遠ざかって行くものなのだけれど、
それでもまだ、創造主の稚児であることは変わりなく、
輝かしい神の遠望の下で、
その旅路を見守られているのだ。
長い旅路の末に成人となると、人は、輝きが弱まって、
この世の昼の光の中で褪せて消えて行くのに気が付くのだ。

6.
大地は、持ち前の悦楽を膝いっぱいに拡げてみせる。
それは、大地がこどもを切望していたからだ。それが大地の素よりの性質なのだ。
大地は、いつも、預かったこども、同居する人間に
知っていた筈の至福、住んでいた天の宮殿を
忘れさせてしまう傾向があるのだ。
それも、母親の心延えを持って、
不穏な目的は露程もなく、
乳母の様に世話をして。

7.
まだこの世に生まれた喜びの中に浸っているこどもを観察してみる。
彼は、小人の大きさしかない六歳の可愛い児だ。
母親のキスの攻撃に邪魔されながら、
父親の瞳から来る明かりに照らされながら、
こどもが寝そべっているのは、自分が創った作品の中だと、分かる。
覚えたての遣り方で、自分の夢に描いた人間の生涯から
いくつかの場面を取り出して、地図や海図にしたものが、
こどもの足元にあるのが分かる。
結婚式、祭儀。
告別式、葬儀。
それらのことばを歌に作っていくことに、
いまは、夢中なのだ。
しばらくすると、仕事、愛、不和
と言うことばを舌に載せ始める。
けれども、それも長くは続かない。
それらのことばも、すぐに、放り出されてしまうのだ。
新しい喜びで、得意げに、
この小さな役者さんは、別の役柄を学び始める。
自分の「おかしな舞台」で、一日を過ごして行くのだ。
人生と言うものが、その馬車に乗せているありとあらゆる役柄、
その何もかも、中風の老人に至るまで全部を演じてみる。
まるで、こどもは、自分の天命が、
終わりのない物真似であるかのように。

8.
ねえおチビさん、見かけとは違って、お前の魂は、
果てもなく拡がっているんだね。
お前は、最高の哲学者なのだ。天から授かったものをまだ持っているのだから。
他の人たちは見られなくなったのに、お前一人が、天の永遠の魂に守られて、
耳を塞ぎ黙して、深淵を読んでいる。
お前は、そんな目なのだ。
お前は、なんでも当てる予言者。お前は、神に選ばれた占い師。
お前の上に、諸々の真実が静かに留まっている。
その真実を、私たち人間は、行きている間に見つけようと藻掻いて、
結局は、自分たちの墓の闇の中に見失ってしまうと言うのに。
ねえおチビさん、お前のその永遠なのだけれど、
ずっと留まっていると言うものではないのだ。ちょうど、
お前を暖める陽光に似ているか、奴隷を見回る主人のようなのだ。
私たち大人はもう見えない。
私たちが横たわっているところは、明るい景色も暖かい光もない
寂しい寝床、
墓場なのだから。
ねえおチビさん、お前が息づいているその高さでは、
あの至福は、天で生まれた自在な力をまだ保っていると言うのに、
どうして、そんなに熱心に苦痛を求めるのだい? 
そんな苦痛は、お前が成長して行けば、否も応もなく嵌められる軛だと言うのに。
そうして、その軛への怒りで幸福が見えなくなると言うのに。
すぐにも、お前は、地上の重荷を負わされるだろう。
そして、地上の慣習と言うものが、お前の一生の間ずっと、霧の様に、
重く深くのしかかるのだ。

9.
私たち大人の輝きを失った燃え残りの中に、
生きているものが何かある、そんなとても儚いものを
本性がまだ覚えている、と言うことは
何て嬉しいことだ。
過ぎ去った子供時代を思うことで、自分の中に、
久遠の天福を産み付けるのだ。天福は、実際には、
歓喜や自由のように最も価値あるものと尊ばれるものではない。
遊び回っていたり、眠り込んでいた、
あの子供時代の単純な信条なのだ。
こどもの胸でずっと羽搏いて巣立ちを待つ雛鳥の希望に裏打ちされた信条なのだ。
私は、歓喜や自由と言ったものを有難がり賞讃して、
歌い上げるのではないのだ。
人間が取り逃がし消えて見えなくなる、
あの外の世界のもの、
それを、飽きることなく尋ね続けて、歌うのだ。
人間に感知されない世界を飛び回り、
私は、被造物の不安を掻き消してしまう。
寿命のある地上の本能が罪に震えだす前に、
天上の本性が事物を捕まえるのだ。
その本来の性質の為に、
陰ってしまった子供時代の回想は、
それでもやはり、きっと、
私たちの日々の明かりの源であり、
私たちが見るもの全てを照らす主要な明かりなのだ。
この光は、私たちを忘れることなく、私たちを励まし、
騒音ばかりの私たちの日々が、永遠の静寂の中にあるように
見せる力がある。その静寂の中で、真実は顕われ、
決して滅び去ることはないのだ。
この真実を、無関心さも常軌を逸した熱心さも、
大人もこどもも
喜びの反対のものすべても、
まるっきり根絶やしにしたり破壊したりは出来ないのだ。
それだから、穏やかな季節になれば、
たとえ、内陸に私たちが居たとしても、
私たちの魂は、永遠の海を見ることになるのだ。
この海は、一瞬のうちに、私たちを
あちら、こちらへと、運ぶことが出来る。
そうして、こどもたちは、渚で戯れる。
そうして、私たちは、永遠に打ち寄せ続ける波の力強い音を聞くのだ。

10.
さあ、とりたち、だから、歌うんだ、楽しげな歌を歌うんだ!
さあ、こひつじたち、テーバーの音に合わせて、
跳ね回れ!
私たちもお前たちの仲間に加わるつもりだ。
ああ、お前たちはその笛を吹く、そして、その音を通して、
お前たちの心は、五月の喜悦を感じるのだ!
そして、あれ程に眩しく光ったあの輝きが、
今はもう、私の視界から無くなったとしても、
くさはらが輝いていたあの時、花が神々しかったあの時が、
もう、戻ることはないとしても、
私たちは、悲しみはしないのだ。むしろ、
後に残っている強いものを見つけるのだ。
その強いものは、根源的な共感のなかにある。
その共感は、今もあり続けているし、これからもずっとあるに違いない。
その強いものは、人間の苦しみから湧き出して来る
鎮魂の思いのなかにある。
そして、死の向こうを見る信念のなかにある。
そして、深い思索をもたらす歳月のなかにあるのだ。  

11.
ああ、いずみ、くさはら、おか、こだち。
これらへの思いを断ち切られるという恐れは少しもないのだ。
私の心の奥底では、それらの力を今でも感じ取っているのだから。
私は、ただ、これらが惰性的に私を支配する下で、
生活して行くと言う楽しみを諦めただけなのだ。
私は、今でも、水路を音を立てて流れる小川が好きなのだ。
そう、水と一緒に踊る様に歩いていたこどもの時よりも、好きなのだ。
あらたに登った新しい陽の清純な輝きは、
やはり素晴らしい。
そして、沈んで行く太陽に回りに集まって来る雲が、
限りある命を見つめ続けた瞳から、
穏やかな色を吸い上げて行く。
ここまでは一つの人生があった、そして今、別の栄誉を勝ち取った。
人の心に感謝しよう。私たちはその心のお陰で生きているのだから。
人の心の脆さ、喜び、畏怖に感謝しよう。
風に吹き飛ばされる最も見窄らしい花こそが、私に、
屢々涙にひたる思いをもたらすのは、その為なのだから。
posted by ノエルかえる at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Nonsuch | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

Drummer of the Week -- Pete Phipps

  Todd Bernhardt さんのインタビュー:Pete Phipps ピーター・フィップスさんへのインタビューが公開。

Chalkhills: XTCFans: Drummer of the Week -- Pete Phipps

 URL は、チョークヒルのアーカイブになっているので。( これ、新しいもの? 日付は、Sunday, October 13, 2013だけど。 ) 18,000語くらい。
posted by ノエルかえる at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

The Shaggs

 あるブログを閲覧していて、その中にリンクされているYouTubeのビデオのタイトルが「 I'M SO HAPPY WHEN YOU'RE NEAR 」だったので、XTC の「 When You're Near Me I Have Difficulty 」を思い出させた。それで、見てみて、驚愕した。The Shaggs と言うバンドの「 I'M SO HAPPY WHEN YOU'RE NEAR 」と言う曲。すごい曲。The Shaggs は、1968年から7年くらい活動したアメリカのバンド、ということ。私は全く知らなかった。ウィキペディアには、フランク・ザッパがビートルズよりもずっと重要なバンド、と評したと書いてある。本当にそう。パートリッジが影響を受けたかどうかは分からないけれど。


 Susan Orlean が The Shaggs を紹介している記事:
‎www.susanorlean.com/articles/meet_shaggs.html

The_Shaggs.JPG
posted by ノエルかえる at 11:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖母

 パートリッジの XTC の歌には、聖母信仰、と言うか、地母神讃歌の系譜がある様に思います。『 Mummer 』からですけれど。聖母信仰と言っても、ヨーロッパの民衆はマリアに重ねて、アフロディーテやデーテーメールのような古い神を見ているのでしょうし。

「 Ladybird 」
「 The Everyday Story of Smalltown 」
「 Season Cycle 」
「 The Loving 」
「 Humble Daisy 」
「 Easter Theatre 」


ただ、「 The Everyday Story of Smalltown 」と「 Season Cycle 」は、地母神というよりも、グリーンマンですけれど。
posted by ノエルかえる at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月11日

パートリッジ、ベルナール対談「Beating of Heart」7

ベルナール「さて、アコーディオンと弓で弾く楽器についても、先ほど貴方は話されていたのですが…、」
パートリッジ「ああ、そうですね。「コントラバスを一人、チェロを二人雇う余裕はないなあ、急拵えで何かを造り出さなくちゃねえ…、」、と言うことだったのです、分かりますか。十分な音でした。でも、それも、スティーブ・ナイが、彼のエンジニアリングで音を救い出したのです。とても美しい音です。」
ベルナール「この歌を初めてプレイヤーで再生した時のことを覚えています。当時、私は、出力の大きなステレオ・セットを持っていました。スピーカーは、15インチのウーハーのあるものでした。それで、「 bombers in flight 」のところで、音の衝撃で窓が震えるのが聞こえたのです。」
パートリッジ「( 低い声で歌う ) Bombers in fliiiiiiit 、[ フライイイイイト ]」
ベルナール「ああ、私の言いたいことがお分かりなのですね。私には、それが最も低い音かどうかが分からなくて…、」
パートリッジ「実際、一番の低音が引き起こしたことだと思いますよ。私たちが、一番最初に「 Wonderland 」をスティーブ・ナイと一緒にAIR Studios でミキシングした時はですね、そのミックスは使わなかったのですけれど、アレックス・サドキン Alex Sadkin とフィル・ソーナリー Phil Thonally のミックスを使ってしまいましたからね、兎に角、ナイがミキシングした時には、ジョージ・マーティン George Martin が側に居たのです。と言うのは、ナイが、音をオクターブ下げる装置を頼んでいたからなのです。私たちは、バス・ドラムより低くブーンと言うキーボードの音を創り出そうと試行錯誤していたのです。それで、ジョージ・マーティンがその装置を私たちの為にセットしてくれて、ダイヤルを回して調整してくれたのです。ですからね、私たち XTC は、5分間だけ、ジョージ・マーティンと一緒に仕事をした訳なのですよ。」
ベルナール「貴方は、マーティン氏を質問攻めにしなかったのですか?」
パートリッジ「質問攻め! ハハ! それはいいね。私たちは、彼の周りをぐるぐる回りましたよ。 [ 質問攻め:pepper 、回る:revolver 、両方ともビートルズのアルバムのタイトル。 ]」
ベルナール「( 笑い ) 貴方は、きっと、氏を責め立てましたね、[ taxed him :ジョージ・ビートルの曲名「Taxman」の洒落。 ]」
パートリッジ「そうですねえ。でも、実際には、ほんの短い時間で、見かけたというだけなのです。それで、ミックスを終えたのです。」



おわり




誤訳、疑問点を指摘して頂くと助かります。
posted by ノエルかえる at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Unfair Ground

 きのうは、スタート時の XTC に大きな影響を与えていた PInk Fairies をYouTubeで何曲か聞いた。影響は、ソングライターとしてのパートリッジ、ムールディングへ、それぞれ個人としてと言うのではなくて、バンド全体としてだと思う。
 それから、Richard Wright の『 Broken China 』を聴く。『 Wet Dream 』はCDで持ってないので。再版しないか知ら。
posted by ノエルかえる at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Roads Girdle The Globe Chords? - Ape Forum

 APE のフォーラムにパートリッジが書いた、「 Roads Girdle The Globe 」のギター・コード:
Roads Girdle The Globe Chords? - Ape Forum



Intro=
7.7.0.0.7.7
7.7.0.0.8.8
7.7.0.0.10.10
7.7.0.0.7.7
7.7.0.0.8.8

same again,but substitute last chord with...
8.8.0.0.8.8

Around again

"roads riff" part=
ROADS x.2.4.4.4.4
GIR...... x.4.4.4.4.4 ...DLE....low E note
THE......Gb note
GLOBE 4.2.4.4.4.4

then
G note
WE'RE...3.2.2.4.x.x
SAFE.....3.2.2.2.x.x
IN YOUR..3.2.2.4.x.x
CONCRETE ROBE.....2.4.3.2.2.2

then the single line run on top E string 4-2-4-2
B string 3-2

x.2.4.4.4.4
x.0.4.4.4.4
3.2.4.4.4.4
1.1.0.0.1.1then ROADS riff again

Verse=
posted by ノエルかえる at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月10日

The Untrammeled Traveler

 先週は、『 Full Power 』に圧倒されていたので、今週は、アンサンブル・ノマド演奏のアルバム、近藤譲の作品集『表面・奥行き・色彩』をかけてぼーっとしている。それから、XTC『 Mummer 』の「 Beating of Heart 」と「 Wonderland 」を聞いている。
 副島輝人さんが今年リリースされたCDの内の白眉だと言われている、ミシャ・メンゲルベルクと豊住芳三郎の『逍遥遊 The Untrammeled Traveler 』は、まだ購入していない。録音は、1994年のもの。
posted by ノエルかえる at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月09日

a lummox

 今朝見た、パートリッジのツィッターでのコメント「 Lovely 5 star review for 5.1 NONSUCH in latest Record Collector. It brought a lummox to me throat. Smashing stuff. 」
 Record Collector 誌の記事は、web上では閲覧出来なかったので分からない。その内、チョークヒルにアーカイブとして掲載されると思うけれど。
 ところで、コメントの後半の文が、朝には、意味不明だった。lummox は、「愚かな」とか「無様な」とかの語儀なので。British National Corpus で簡単に検索しただけでは使用例もなかったし。で、やっと推察が。ここで、パートリッジが使っているのは、スコットランド方言からの意味のよう。とても大きな物、の意味。喉に大きな物が詰まった、ということ。喜びが込み上げて、と言う意味なのか知ら。
posted by ノエルかえる at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

パートリッジ、ベルナール対談「Beating of Heart」6

ベルナール「では、ボーカルについて話して下さい。」
パートリッジ「「ブウヤ・ダダ、ブウヤ・ダダ、ブウヤ・ダダ、」と歌っている短い部分があるのは、お分かりだと思うのですが。ポパイのレコードにありそうなヴォーカルですよね。あれなのですが、実は、テレビジョンの番組で、インドのタブラの奏者が、楽器を学ぶ伝統的な修行の時には、奏法は、タブラのパターンを歌って覚えなければならない、ということを説明しているのを見たのです。「ダー・ダ、ディキ・ダ、ディキ・ダ、ディキ・ディ、ダダダ、」と言う感じですね。その歌から思い付いたものなのです。
 私がしようとしたのは、そのタブラの講師がしていたようなことなのです。上手くいったとは思っていません。さっきも言った様に、どちらかと言えば、調子外れのポパイの様になってしまいました。」
ベルナール「なる程、意図は実現していると私は思います。とてもパーカッシブなヴォーカルになっています。」
パートリッジ「でも、やっぱり、ちょっと可笑しいですよ。私はあれを聞くと、最後にはいつも、「どうして、自分のレコードにタブラ講師をものまねしたような音を入れたがったのかなあ?」と思ってしまうのです。( 笑い )
 それに、私は自分でハーモニーも…、」
ベルナール「ええ、私は、貴方が付けられたハーモニーがずっと好きなのです。全部が貴方の様に思うのですけれど。」
パートリッジ「あの時、私は、蛇の様にぴったりと合ったハーモニーが欲しかったのです。ですが、他人が音色も旋律の抑揚も正確に合わせるのは、とても難しいのです。」
ベルナール「それに、リズム感も区切りを入れる箇所を合わせるのも、同様に他人が正確に合わせるのは難しいですね。この曲では、貴方は、ハーモニーに関してとても興味深い方法を試みていますね。声部を分けていて、一つの声部が下がって行くと他方は上がって行きます。それから、双方が他方へ寄って行って再度合流して、また、別れます。あれは、予め考えていたのですか、それとも、スタジオで出来たのですか?」
パートリッジ「デモ・テイクでどうしていたかを、今は、思い出せません。デモ・テイクにコーラスがあったとしたらですけれど。デモにコーラスが付いていたら、早くから考えていたのでしょうし、なければ、後になって思い付いたのでしょうね。「ああ! これをやって見よう。」とか言ってですね。通常は、スタジオに入った時には曲は全部は完成してなくて、10パーセントくらいが残っているのです。それで、スタジオで演奏している最中に、奇妙な考えが頭を擡げて来るのです。それも偶然の賜物ですけれどね。
 スタジオで、歌を録音している時に、時には、思ってもいなかったことに気が付くこともあるのです。それが、歌を完璧なものに創り上げて行くこともあるのです。反対に、駄目になることもあります。それはですね、歌を虫眼鏡の下に置いてですね、歌が細部が拡大されてよく見える様になるのではなくて、太陽の光で燃えてしまうと言う感じですね。( くすくす笑い ) そうなると、歌は萎びて死んでしまいますね。」
posted by ノエルかえる at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月06日

Curator of Butterflies

 『 English Electric : Full Power 』を聴いて、頭の中に浮かんだのは、「ユスルナール『ハドリアヌス帝の回想』多田智満子訳を読み返したい」と言う思い。何か関係があると言うのではないけれど。

 曲順も、たぶんミックスも変えられて、曲によっては再録音されて、印象が全く違う。元のものは、広い眺望を眺める視線が何処までも延びていく様な感じがあったけれど、『 Full Power 』では、その光景が瞳を通じて心の中に飲み込まれ収縮して、内面で緊密に凝固した様な感じ。
posted by ノエルかえる at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

蜘蛛絲梓弦

 きのうはテレビで、常磐津舞踊『蜘蛛絲梓弦』を見る。

 APE のフォーラムでの、パートリッジの the Milk and Honey band に関するコメント。
「 Bob makes his living these days making library music for films and TV. Good on him. 」( 13年10月4日11:18 AM )
 ロバート・ホワイトさんは、映画・テレビの音楽の資料作りをされているよう。The Milk and Honey Band は、活動をしてない様子。

 ああ、
 The Monochrome set は、新しいアルバム『 Super Plastic City 』を10月17日に発売、と。
posted by ノエルかえる at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

Ted Hughes

 きのう聴いたのは、フランク・シナトラ『 No One Cares 』。何となく疲れてたから。きょうは、また、『 Full Power 』を聞こうと思う。
 きょうは朝から、詩人 Ted Hughes が何となく気になっていた。Big Big Train に引用されていたのは、John Betjeman だったと思ってたけど。ホームページを検索すると、Ted Hughes の名前も「 Keeper of Abbeys 」に。



長田弘さん翻訳の絵本『そらとぶいぬ』:
原題『 Shaggy and spotty 』
そらとぶいぬ - Webcat Plus

Earth-Moon: Information about Ted Hughes: Shaggy and Spotty

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posted by ノエルかえる at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月02日

パートリッジ、ベルナール対談「Beating of Heart」5

ベルナール「それでは、歌詞について少し話して下さい。歌詞はどの段階で出来たのですか?」
パートリッジ「曲が歌詞をどうやって呼び起こしたのか、思い出せません。こうだったかな、と推測するだけなのですが。でも、それはありきたりだけれど、でも、そう言う他ないと思いますし、…。兎も角こう言うことです。私にとって、インド的な音と言うのは、そのまま、1967年や1968年を意味しているのです。愛の時代ですね。それで、そのインド的な愛の音は、全てのものを最も強いリズムである心臓という存在に結びつけたのです。人間の鼓動は最も力のあるものなのです。
 実際、この歌は、「人間の心臓の鼓動よりも大切な物はなにもない。」と言う類いのよくある歌なのです。でも、感情の力を言い表すことにならないでおいて、鼓動の力を歌うことは、私には難しいことだったのです。「人間の感情、愛、それは善いものである。戦争、戦争の道具、それは悪いものである。」と言うことですね。」
ベルナール「それでは、音と騒音に関した言葉で歌詞を作られたのは何故なのですか?」
パートリッジ「そうですね、戦争の音、爆発であったり、銃の音であったり、金切り声の指揮官、戦車、爆弾、それに、最後に行き着く一番恐ろしい音は、人間を散り散りに吹き飛ばす原子爆弾の音なのですが、そのような人が思い付くことが出来る戦争の音は、たしかに大きな音で、人間の感情が立てる音それに人間の鼓動の音は、幽かで小さな音なのですね。けれども、この人間の感情が立てる音、人間の鼓動の音は、他の何よりも強力なのです。」
ベルナール「それはつまり、内面の音と外界の音の違いと言うことですか?」
パートリッジ「内面対外界ですね。でも、この小さな脈打つ運動が、人を生かすのですし、善行を行わせようと人を促すのですし、他人を殺したり破滅させたりしないように人を止めるものなのです。何よりも力強いものなのです。私は、たぶん、根っから涙もろい昔ながらの平和主義者なのだと思います。」
ベルナール「歌詞は理想で溢れています。でも、曲調はどちらかと言うと暗いのですが。」
パートリッジ「曲調は暗いと言うか、感傷的ですね。確かに、曲では人間の所行の破壊的な側面を描いています。それは、暗くなりますね…、」
ベルナール「「 Tanks on the highway 」と言う句は、とても無惨なイメージです…、」
パートリッジ「ええ、それに、「 bombers in flight 」も同じ様なものです。」
ベルナール「デモ・テイクは、『 Hinges 』に収録されていましたよね?」
パートリッジ「そうだったと思いますよ。」
ベルナール「あれでは、簡単なリズム・ボックスを使われていましたけれど…、」
パートリッジ「リズム・ボックスがうるさく鳴っていますね、ひどい録音だ…。とてもまずいデモ・テイクです。」
ベルナール「マルチ・トラック・レコーダーを使われたのですか、それとも、カセット・テープレコーダーに吹き込んだのですか?」
パートリッジ「あれは、4トラックのカセット・テープレコーダーです。『 Mummer 』は、マルチ・トラックのレコーダーを使ってデモを作った最初のアルバムなのです。まだ、十分に馴れてなかったのです。使いながら上手い遣り方を学んでいた最中だったのです。」
posted by ノエルかえる at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月01日

the Lovers

 きょうは、Big Big Train『 English Electric : Full Power 』ディスク2をかけようと思う。『 Full Power 』版で初めて発表された「 The Lovers 」は、クレジットでは、もちろん、元XTC の Dave Gregory なのだけれど、ブックレットでは、あの The Dukes of Stratosphear の Lord Cornelius Plum のギターと紹介されている。

 あ、間違い。クレジットにも。Dave Gregory : Electric guitars 、とは別に、Lord Cornelius Plum:Backwards guitar と。
posted by ノエルかえる at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする