2013年12月31日

2013年版 Nonsuch ムールディング・ノート 4

 『ノンサッチ』のときのドラムはデイブ・マタックスです。ドラム界の「チャールズ・ホートリー [ 1914年生まれ1988年没のイギリスの喜劇俳優。『 Carry on 』シリーズに出演。テレビの『 The Army Game 』にも。ビートルズのアルバム『 Let it be 』の「Two of Us 」で歌が始まる前のレノンのジョークにも登上。顔が似ている。 ]」ですね。でも、ぼくは、『ノンサッチ』はデイブのお陰だと思ってますよ、彼は決してビートを間違えないんですもの。デイブは、マッカートニーとかすごい人たちとも仕事をして来ていたし、みなさんが好きなようにどんな風にでも彼のドラムで踊れますからね、いまでも、金型みたいにぴちっとまっすぐなドラムなんですよ。ぼくらは、デイブを「ワンビート・フィル [ fill:オブリガート ]」の名人と呼んでたんですけど、とっても意味深い休止を置いてその後に一泊のドラムを打つんです、たいていはトムですけど、どんぴしゃりのところに入れるんですよ。デイブは、もう神業の境地にいるプロフェッショナルですけど、だれでもを魅了しますし、だから、ぼくたちも、デイブのたくさんある話しを楽しんだのです。デイブはこう言うんですよ、「セッション・ドラマーが一番好きなドラム・フィルは何か聞いたことがあるかい?」って、ぼくらは口をそろえて「いいや」って言うけど、興味津々なんですよ。それで、デイブは、まるで手にドラムスティックを持っているような身振りをして、言い放ったんです。「重ね録り! 重ね録り! 現金払い!」って。彼の働きに対して、当時のぼくらとしては相当の額をデイブに支払ったんですけど、それが笑われるようなものか泣き出すようなものかをぼくらが分かってたとは思えませんね。( もちろん、デイブのドラムはとっても価値のあるものだと言うことは、ぼくも分かってますけどね。 ) でも、デイブが、航空便用のケースに60張のスネア・ドラムを入れて持ち込んだ時には、この人はちょっと見栄っ張りなのかなと思ったのですけどね。セッションが終わった後には、見方が変わりました。ぼくがこんなにたくさんのドラムを自分で持って回らなければならない可哀想な人でなくてよかったと思ったことを覚えています。デイブは、人間メトロノームなんです、それで、音楽をきれいに安定したものにしたいと思った時には、見方になってくれるすごい人なんです。



チャールズ・ホートリー:
BFI Screenonline: Hawtrey, Charles (1914-1988) Biography

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2013年12月30日

2013年版 Nonsuch ムールディング・ノート 3

 セッションは「チッピー」( チッピング・ノートン ) で行われたのですが、そこは、古い学校、それも、校庭のようなところに教員宿舎のある学校の施設ですけど、それを改造したスタジオでした。セッションの内容と言えば、それはもうまるっきり、地域の校区だけの世界のようなもので、マスタードのようにどうしようもなくイングランド風でしたから、つまり、ロス・アンジェルスからはもうずっと遠いですし、『オレンジズアンドレモンズ』の時のようなうわべだけのきらびやかさとはぜんぜん違っていて、とってもXTC 的なのでした。あの夏、ぼくは、ふたつのものを融和させると言う仕事をしたのです。ひとつはイングランド、それは「お茶の国」で、ほんわかしていて、こじんまりして、( 一般的には ) 礼儀正しいのですが、もうひとつは合衆国で、それは、重役会議室のテーブルを叩くハンマーの固い音に業界独特の話し方をするところ、そのふたつです。ぼくたちが、それをうまく合わせられたかどうかと言えば、今考えても、そうは言えそうにないですねえ。
 「チッピー」は、でも、とってもすばらしくて、いろんな重圧をぜんぶ忘れさせてくれました。このスタジオは、イギリスのポップ・ミュージックと華々しい関係を持っていたのです。とくにヴァーノン兄弟とですけど。みなさんご存知のように、初期のフリートウッド・マックの全部ですよね。あの時も実際に、リチャード・ヴァーノンがまだスタジオを経営していました。このスタジオの「系統図」に載せられるなんてすばらしいですよ。イギリスで作られるポップ・ミュージックの大変な伝統のバトンを受け継いだ気分になるのです。でも、いまでは、そのレーベルを見ることがないですよねえ。
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2013年12月29日

2013年版 Nonsuch ムールディング・ノート 2

 たいていは、プロデューサーの名前は前もって触れ回されていましたけれど。あの時は、スティーブ・リリーホワイトの名前が挙がっていたのです、でも、そうなりませんでしたね。ジョージ・マーティン ( 長い間、本命として希望していたのですけれどね )、マーティン氏自身は「有頂天になって」いたのだけど、レコード会社がですね、氏はとてもとても高額だと思われるからと言って、儀式ばって候補の箱に名札を戻したのです。そうなると、「いつものこと」になるのです。プロデューサーを長いこと見てないよ、どうしたの?って言うことにです。そうして、おなじみのパターンが続いて起こるのです。「君が一味の首領をみつけたら( この場合、プロデューサーですけれどね、だって、その人が、ぼくらを言い合いになったり自分たちに甘くなったりするのを防いでくれるわけですから、それに、自分たちでプロデュースするのには、レコード会社は反対票を入れますしね、)、ぼくを起こしてくれない。」ということになったのです。それで、バンドが安静に出来るように、レコード会社が錠剤を飲ましてくれるのです。あの時のお薬は、落ち目になった古参者の形をしてもたらされたのですけど、それが、ガス・ダッジョンだったのです。昔日から鳴り響いて来るたくさんの名前には、好いこだまを伴ったものもあり、悪いこだまを伴ったものもありますけど、ガスと言う名前は、レコードがホップ・パーティーのために作られていたか、大体その頃の時代の好い感じの響きがしたのです。ガス・ダッジョンがぼくたちの田舎村のパブに遣って来てアルバムのことを話した時のことを、ぼくは覚えています。バットマンの一番の悪役、あのペンギンの乗っているような派手派手の自動車から業界の雰囲気いっぱいで降りて来たんです。その時、ぼくは心中で思いましたよ。「あんな風にまわりを見ていたら、殴り倒されてしまいそうだなあ、、、もしか、ぼくが殴るかも。」
 ぼくは、こっそりとガスをバーのいっと隅に連れて行ったのです、そうして、住民が彼を見ないですめば好いなあ、と思っていたのです。上手くいったと思ってました、でも、それも妻からの電話が来るまでのことでした。電話で妻は、ガスの自動車がぼくたちの通りを通れなくして、近所は左からも右からも真ん中からもクラクションが鳴り響いていると言うのです。道路を通れなくしているのは、他でもなく一台の自動車で、それも高級車なので、ぼくが何か騒動に巻き込まれているのではないか?と聞いて来たのです。その自動車は、アニメーションの『チキチキマシン猛レース Wacky Races long』で、ディック・ダスタードリー( ブラック魔王 ) が持っていそうな車で、いかにも高そうでかなり長いテールフィンが付いた華奢な感じだったのです。スウィンドンと言う町は、「大都会の伊達男」に見えるような人物にからっきし寛容でないイングランドの田舎町なのです。なんとか彼をぼくの家に入れるまで、近所の人たちは、ガスを疑わしげに見ていました。幸先の好いスタートではありませんでしたね。
 そんなことがあっても、ぼくはガスと言う人と彼のおふざけは無しと言う遣り方が好きでした。ガスは、プロデューサーと言うよりも、上級曹長と言う感じの人でしたから、スタジオに、サンドハースト王立陸軍士官学校の閲兵式を持ち込んで来たようでしたけれどね。彼は、ぼくたちの最高の演奏を絞り出す方法を持っていたことは、確かですね、でも、それは、ぼくたちがまるで戦いに出撃するかのようでしたけれど。実際あの時には、ぼくはいつも、ベースを録音しているというよりも、軍事作戦の前哨地に送り出されるような気がしていたのです。その遣り方は、ぼくには有効でした。プロデューサーのガスは、「極致の演奏」をものにしたのです。引き出させる力と言うのは、往々にして、プロデューサーの能力としては過小評価されているものですけれど、そんな閲兵式的な遣り方が、アンディにとっては適当だったかどうかは、ぼくには分かりません。でも、早くから、アンディには上手くいかないだろうなと言う気はしていました。ぼくは自分の歌を録音し終えると、指を耳につっこんで聞かないようにしたのです。
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2013年12月28日

2013年版 Nonsuch ムールディング・ノート 1

 ポピュラー・ミュージックの世界で成功を収めるのは、それはたのしいです。でも、成功を追い求めるとこころを傷つけることになり勝ちです。『オレンジズアンドレモンズ』、ぼくたちの『ノンサッチ』の前のアルバムですけど、それはほんのわずかだけれど合衆国で前進をしましたけれど、その前進は、実際のところ、「ディアゴッド」( 最初は「グラス」のB面で、それがA面になって、ラジオでかかったことでヒットして、アルバム『スカイラーキング』に勢いが必要でしたから、それに加えられてたのですけれどね。 ) から始まったことの成り行きに乗ってのことでした。 それはその時はよかったのです。それに、もし滑りやすい斜面をよけたいのなら、最後の審判の日までずっと、成功を繰り返さなければならないことになるよ、と耳に痛い忠告をしてくれるような人はいなかったのです。成功と言うのは、キングコングと同じで、食べさせなければいけないのです。レコード会社の重役が、アメリカで一曲がヒットしたことに喜んだら、もう一曲ヒットすることを望むのですよ。それで、それが、新しく作っている歌に過度の重圧を与えて、用心しないと、期待の大きさのせいで歌が駄目になってしまうと言うことがままあるのです。つまりですね、そんな事とも気がつかないまま、重役を喜ばそうと跳んで輪をくぐり抜けてるわけなんです。
 そんな圧力が「ピーター・パンプキンヘッド」に加えられたので、まあ、「ピーター・パンプキンヘッド」はぼくらが唯一ほんとにアメリカでの成功を求めようとした曲なのですけれどね、まあ、それで、「ピーター・パンプキンヘッド」は始めた時よりもずっとアメリカ的になって仕上がったのです。でもね、良い曲と言うのは、その良さを隠して置けはしないもので、出来上がったものは、ぼくたちの解釈が入ってもいるのですけれど、アンディのデモからそんなに飛躍もしていなくて、それでもやっぱり、アンディのぜんぶの曲の中で、ぼくが個人的に一番好きな曲であり続けてるのです。ぼくたちにかかれば、シングル曲はとってもシングル曲的になるし、風変わりな曲はとっても風変わりになるのです。と言うわけで、XTC のアルバムには、ときおり、まるで違った傾向の曲が一緒に入っているのです。
 ぼくたちは出来るかぎりキングコングを食べさせてはいたのですけれど、でも、ぼくたちって、自分の本来の気質に甘いわけなのですから、イギリス的と言うかもっともっと地域的なものが出てしまうのですね、どうしても、それで、『ノンサッチ』になってしまったのです。そんなありとあらゆるものの寄せ集めなんです。あからさまにキャッチーなものが童謡の「riddly diddly」的なもの( そんなのをどんなミュージックがほんとに好きなのか知らね? )の側に置いてあるわけです。それが、XTC にとっての闘争の場なのです。ぼくたちは、ヘアー・スタイリストのヴィダル・サスーン氏よりもたくさんのスタイルを持ってるんです。
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2013年12月24日

xoj

 Jen Olive 『 The Breaks 』届く。宛名書きは手書き。オリーブさん本人か。ブックレットも手作りの様。中のテキスト部分、レイアウトが上手くいってなかったのか、歌詞が掲載されているページ、歌によっては、題名が紙面に入っていないものがある。そこは、紫色のボールペンで書き加えてある。ジャケット自体も手作り的。クレジットにパートリッジの名前があるのは、「 sharks 」ギター、「 xoj 」パーカッション、「 the remedy of cake 」オルガン/プログラミング/手拍子、「 death of me 」タンバリン/ピアノ/プログラミング、「 bees 」プログラミング。

 『 Through the Hill 』、ビニール盤におまけのダウンロードは、mp3 ファイルとジャケットのイラストレーションだけだった。初版のブックレットにあった各曲に付けられていたイラストはなかった。と言うか、アクセスした出版社のサイトの中では、分からなかった。
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2013年12月23日

2013年版 Nonsuch デイブ・マタックス・ノート

 1991年のフェポート・コンヴェンションのツアー中のことでした。サウンドチェックの時間に、私は、スウィンドンの会場に到着したのです。[ ツアーは、1月から2月、スウィンドンでのコンサートは、2月2日。ワイバーン・シアター Wyvern Theatre ] その時に、私のスネアドラムに伝言があるのに気が付きました。「アンディ・パートリッジに電話を」とありました。「これは滑稽至極だなあ。」と誰にと言うこともなく叫んだのです。劇場の舞台裏の電話ボックスに10ペンスコインを入れて、( そう言う時代だったのですねえ。 ) こんな会話が始まったのです。「ええと、…、アンディ・パートリッジさんのお宅ですか?」「( 笑いを押し込めてる様子 ) デイブ・マタックスさんですか?」 

 実のところ、フェアポートのツアーのプログラム・パンフレットに、私は、XTC は是非とも一緒に仕事をしてみたいバンドだ、と書いていたのです。デイブ・グレゴリーの弟のイアンが、これを読んで伝えたのですね。そう言う次第で、私は巻き込まれてしまったのです。( ここで、イアンがフェアポート・コンヴェンションのファンであることが暴露されてしまいました。 ) バンドに会って見ました。とても嬉しかったですし、彼らが最高の連中であることが分かりましたが、それも当然至極のことでした。記憶がちゃんとしていればですが、私たちは、レコーディングのかなり前に、一週間か大体それくらい、リハーサルをしました。結局は、とても上手く出来たと言うところまでは行きませんでしたけれど。先に決まっていたプロデューサーとスケジュールや金銭上の問題がほんの少しだけあった後 ( そう言います。 )、懇意のガス・ダッジョンを紹介出来て、私はその時は嬉しく思ったのです。

 セッションは感慨深く思い出されます。作品、歌唱、演奏は、ただただあきれる程に素晴らしいものでした。チッピング・ノートン・スタジオで撮影されたフィルムは、全員がアイデアを出し合い、一丸となって作品を創り上げているのを、証してくれます。兎も角、素晴らしい音をテープに収めることが出来たことは、エンジニアのバリー・ハモンドのお陰ですから、その賞讃は彼に帰するべきなのです。

 記憶がちゃんとしていればですが ( またですけれど )、「 Omnibus 」とその他二曲程が、とても難しかったと覚えています。それとは反対に、「 Peter Punpkinhead 」は比較的早くいっぺんに出来ました。『 Nonsuch 』に参加出来たことを、とても誇りに思っています。それに、ポール・マッカートニーとニック・ドレイク NIck Drake を除けば、私が関わったレコーディングで、一番多く質問されるのが、『 Nonsuch 』のレコーディングについてなのです。この作品は、私には昔とちっとも変わらないままなのです。この作品集は、演奏の幸運にも機会を得られた最上のものとして長年に亘って、私の側にあるのです。結論です、これは、第一級品で、彼らは第一級の人たちなのです!


おわり


Fairport Convention 1991年のツアーのプログラム・パンフレット:
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誤訳、疑問点をご指摘下さると助かります。
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Guardian's '1000 Albums to Hear Before You Die' List

 きのうは、『 Through the Hill 』とChris Watson の『 Weather Report 』を聴く。Chris Watson、2013年には、『 In St. Cuthbert's Time 』と言うアルバムを発表している。『 Weather Report 』は、ガーディアン紙で、「死ぬまでに聴くべき1000枚」に選ばれたそう。このセレクションに、XTC は『 The Compact XTC 』が採られてました。
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2013年12月19日

今日は何の日:A Clockwork Orange 記念日

 きのうは、フルトヴェングラーのベートーベン交響曲第8番を聴いた。1948年の録音だからもちろんモノーラル。ストックホルム・フィル。SP盤から起こしたもの。
 で、きょうは、風邪気味なので何も。バーニング・シェッドから小包が届く。『 Through the Hill 』だろう。

 で、今日、12月19日は、映画『時計仕掛けのオレンジ A Clockwork Orange 』が公開された日。なので、世界中で記念して、XTC『 White Music 』がかけられるか知ら?? 1971年12月19日日曜日公開。
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2013年版 Nonsuch グレゴリー・ノート 5

 ガス・ダッジョンについて二、三のこと

 2002年7月21日に、ガス・ダッジョンは、妻のシイラSheila と共に、メイデンヘッド近くで高速道路M4 を降りたところで、自動車事故で亡くなっています。二人はパーティーから自宅に戻るところだったのです。日曜の明け方前の真夜中のことでした。ガス・ダッジョンの居眠り運転だと思われています。

 ガス・ダッジョンは、レコード制作の古い流儀で育った人でした。スタジオのスタッフは、技術面にだけ注意を払い、歌手と奏者は演奏を専らにする、と言う考えです。例えば、エルトン・ジョンですが、ガス・ダッジョンに作品を全面的に任せて、エルトン自身はアレンジについてやミキシングについての議論の渦中に入ることはなかったようです。それで、素晴らしい成果を上げていたのです。ですけれど、現代のアーティストたちの多くは、作品のあらゆる面、特にレコーディングに於いて、自分が「関わる」ことに固執するのです。アンディだけが例外なのではないのです。トッド・ラングレンが『 Nonsuch 』の五年前にそうしたように、自分の作品のミキシング作業に立ち会うことは歓迎されないと言い渡されることは、アンディの見方では、侮辱と同じに思えるのです。ただ、当時49歳だったダッジョンには、自分は、70年代と80年代の大成功した一連のアルバムで大望は既に叶えている、頂点は過ぎたプロデューサーであるし、XTC はそれらに較べれば然程のものではない、と言う思いがおそらくあったのでしょう。

 けれども、ダッジョンが私たちの作品制作に熱意を持っていたこと、アルバムを最も見映えのする明かりの下に送り出そうと臍を固めていたことは、私はしっかりと分かっています。それは彼の遣り方でなのですが。勿論、『 Nonsuch 』はダッジョンなしではきっと有り得なかったでしょう。ダッジョンが亡くなって残念です。




おわり

誤訳、疑問点をご指摘頂くと助かります。
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2013年12月18日

2013年版 Nonsuch グレゴリー・ノート 4

 ここに記している手記を纏めるために、自分の記憶を必要なだけ十分に蘇らせようと、私が持っている一枚しかない『 Nonsuch 』のビニール盤を念を入れて聴いたのです。その時、私は、嬉しい驚きに満たされていました。その質の高さに改めて気が付いたのです。『 Nonsuch 』が先行する二作品と同様に、売り上げが芳しくなかったことで、私は、自分の判断に自信を失くしていました。それで、16年経った今、再度聴くことで、当時聴いた時には思いもしなかったアルバム固有の弱点が即座に明らかにされるだろうと、決めてかかっていました。ですが、そうではなかったのです。『 Nonsuch 』こそが、XTC が創った作品の中で最高のものだと、断固として思うのです。1993年には、グラミー賞のベスト・オルタナティブ・アルバムにノミネートされました。それは、このアルバムは、何かしら人を満足させるものがあって、どこかの誰か、それも影響力のある誰かが聴いていたと言うことの証明なのでした。でも、結果は、トム・ウェイツの『 Bone Machine 』の後塵を拝すことになりました。『 Bone Machine 』は、まさに賞に値する作品でした。B52の『 Good Stiff 』、The Cure の『 Wish 』、Morissey の『 Your Arsenal 』と共に、私たちを次点に置いて、受賞したのです。

 1992年3月6日金曜日に、リチャード・ブロンソンは、ヴァージン・レコード社をソーン・EMIグループに、5億1千ポンドと言われている金額で売却しました。XTC と新しい経営陣営との関係は良好なものになることはありませんでした。そんな中、4月27日に、『 Nonsuch 』は刊行されたのです。結果、XTC がヴァージン社に持込む最期のスタジオ制作アルバムになったのです。
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すいかずら

 きのうは、近藤譲の作品集『忍冬』を聴く。すいかずら、花は冬に咲くのではないと思うけれど。それから、エリカ・ウェックスラーの『 Sunlit Night 』。優しくていいなあ。
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2013年12月17日

2013年版 Nonsuch グレゴリー・ノート 3

 ガス・ダッジョンとバリー・ハモンドは、一週間は持ち堪えたのですが、結局、解雇されました。アルバム制作を成功裏に終了させる為には、全くの猶予もなく、エンジニアを見つけ出す必要があったのです。誰をエンジニアにするかと言う議論は、アンディとヴァージン社のA&R マンに委ねられました。推薦されたのは、私たちは直ぐにそれがどういう人物なのか分からないような人でした。その時に最新のジェネシス Genesis のヴァージン社から出版され、全英のヒットチャートで1位になったアルバム『 We can't Dance 』を共同プロデュースした人ということでした。その人の名前は、ニック・デイヴィス Nick Davis 。そして、そのデイヴィス氏は難事業を引き受けてくれたのです。救いの騎兵でもあるかのようでした。11月25日月曜日、ディヴィス氏とアンディは、ロック・フィールド・スタジオに戻りました。そして、ダッジョンが遣り掛けたミックスを最初に戻して、ミックスを始めたのです。

 コリンと私は、終止、蚊帳の外でした。レコードのプロデュースを託された件の男には事の重大性を痛感する時が来るのではないかと恐れていました。アンディの介入は、それまでも、多くの嫌な感じを生じさせていました。それで、私は、個人的には、気が休まらなかったのです。アンディがニック・デイヴィスと仕事を初めて二日後に、私は、彼からの電話を受けました。こう言ったのです。「ニック・デイヴィスが我々のレコードにどんな仕上げをしたか、君はきっと信じようともしないだろうね。「 My Bird Performs 」はミックスし終わったよ。完璧だよ。今は、「 Holly up on Poppy 」を作業している最中なんだよ。夢見るような音だよ。君も、来るべきだよ!」

 ニック・デイヴィスは、バンドのメンバーがミックス作業に立ち会うのには、見るからに何の支障も感じていないようでした。ですので、そのとおりに従いました。それで、一挺のストラスキャスターと二台のフェンダーのアンプを持込んだのです。そして、私は自分が弾いた「 Wave 」のギター・ソロが曲の主題と合ってないと考えていたので、それを再録音したのです。再録音したものが、最終的に入れられて、『 Nonsuch 』は、ずっとよくなりました。

 ロック・フィールド・スタジオからスウィンドンにアンディと一緒に自動車で帰った時のことを、私は覚えています。完成されたアルバムのカセットテープを携帯していましたから、それをプレイヤーに入れたのです。私の自動車の貧弱なステレオでも、スタジオで演奏されたそのままの素晴らしさで聴こえました。自分が為終えた仕事で、それ程の幸福感を感じたことはありませんでした。『 Nonsuch 』が最高でした。自分たちは、完璧なレコードを創り上げたのだ、と確信させる幸福感なのです。その時には、1992年は、きっと私たちの年になると思ったのですけれど。
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オリジナルマスター

 きのうは、『 Nonsuch 2013 』、DVD -audio のオリジナルマスター、24bit/94khz を聴く。( 音は、Blu-rayもDVD-audio も同じだと思う。) 完璧。圧倒的。美しい。
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2013年12月15日

Didn't Hurt A Bit

 朝起きて、ラジオを点けると、『第七番交響曲』、『音楽のいずみ』で。いいなと思ったら、カルロス・クライバーだった。私は、クライバーは好きでなかったのだけれど。ウィーンフィルだからか知ら。とにかく、いいと思った。
 きょうは、『 Nonsuch /2013 Steven Wilson edition 』を聴く。小さな音で。小さな音だと本当に素晴らしい。ブリリアントカットのダイアモンドみたい。それから、『 Homegrown 』を出して、「 Didn't Hurt A Bit 」を。それから、『 Coat of Many Cupboards 』で「 Didn't Hurt A Bit 」を。Wilson 版、きれいなのだけれど、Idea Studio 版の方がいいかなあ。それから、Big Big Train 『 English Electric : Full Power 』。ポール・マッカートニーの『 Ecce Cor Meum 』も頭を過ったのだけれど。
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絶望

 XTC のアルバム11作品 ( 『 Apple Venus / Wasp Star 』は一作品として、 )、そのほとんどが、絶望の歌で締めくくっている。デビュー直後の『 White Music 』『 Go 2 』は別にしてだけれど。「 Complicated Game 」「 Travels in Nihilon 」「 Snowman 」「 Funk Pop a Roll 」「 Train Running Low on Soul Coal 」「 Books Are Burning 」「 The Wheel and The Maypole 」のどれもがそう。違うのは、「 Sacrificial Bonfire 」「 Chalkhills and Children 」の二曲、この二曲は希望の歌。悲劇的と言うのではなくて、何か、諦念のようなものがあるように思える。
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2013年12月13日

2013年版 Nonsuch グレゴリー・ノート 2

 二週間の内に、ドラム・トラックを終えました。それから、コリンが弾くベースのパートと私が弾く「 Wrapped in Grey 」と「 Bungalow 」のピアノのパートに取りかかりました。何日か経って、週末に休暇を取りました。その時に、クロプレディ Cropredy 近くで行われた、フェアポート・コンヴェンションのアニヴァーサリー・フェスティバルに行ったのです。[ 1991年は、8月9日金曜日と8月10日土曜日。 ] そこで、リチャード・トンプソンを見て、デイブ・マタックスさんが本来のメンバーの中で演奏するのを見て、聴いたのです。その後の月曜日[ クロノロジーに依ると、8月19日月曜日。 ]、BBCのテレビ取材班がレポータのニック・ハイアム Nick Higham と一緒にスタジオを訪れて来ました。[ 数学者のNicholas Higham なのかどうか?? ] ブレックファースト・ニュースで放送する予定の、ガス・ダッジョンと彼が重要なメンバーであるプロデューサー組合についての撮影でした。その時に取材されたものには、アンディとコリンと私が「 Dear Madam Barnum 」のギター・パートをリハーサルしている様子も含まれていました。それからの一週間は、ギター・パートのレコーディングを続けて、ギター、ヴォーカル、キーボードそれにベースのパートの仕上げにかかっていたのです。そして、アルバムは形になり始めました。それも、とても魅力的な感じになって行ったのです。
 四曲に付けるストリングス部分の為に、予算の一部を残しておいたのです。ストリングスについては、スタジオの場所が問題になりました。大抵のセッション・ミュージシャンは、ロンドンを拠点にしていたか、少なくてもロンドン近郊に居たからです。そのセッション・ミュージシャンをオックスフォードシャーに送り出すのは、費用がかかる上に、レコーディングは非効率になるので、ブリストルに居る友人のステュアート・ゴードン Stuart Gordon に電話をしたのです。決まった料金で演奏してくれる有能な奏者のカルテットを集められるかと聞いたのです。ステゥアートは、曲を聞きにチッピング・ノートンに遣って来ました。そうして、やると決めたのです。それで、まだ完成前のものを録ったカセットテープと、ステュアートのカルテットの奏者が練習するために私が書いた譜面を送ったのです。
 ステュアート・ゴードンは、9月27日に、彼の仲間の奏者と一緒にチッピング・ノートンに戻って来ました。四人全員が、ブリストルから一台の自動車に楽器と一緒に乗り込んで来たのです。長い一日になりました。それは、ガス・ダッジョンを疲労困憊させたのです。ダッジョンは、熟練した奏者と三時間程のセッションをすることに馴れていたのです。ところが、どうしても再録音が必要な箇所が、あまりにたくさん見つかってしまったのです。それは、ダッジョンが耐えられる三時間内では済まないものでした。でも、今、「 Wrapped in Grey 」「 Rook 」「 My Bird Performs 」「 The Disappointed 」を聞き返して見ると、ちゃんと成功していて、喜ばしい雰囲気の変化をもたらしています。それがアルバムに大変に貢献しているのです。
 アルバムのレコーディングが最終的に完了したのは、10月18日の金曜日でした。その時には、夏はもうずっと前に終わっていて、冬が近づいて来ていたのです。仕事をやり終えたことにとても満足をしていたのですけれど、セッションの期間を通じて、ガスとアンディの間の軋轢は次第に大きくなっていたのです。モンマス Monmouth のロック・フィールド・スタジオ RockField Studio で、11月の11日に、ミキシングを始めることになっていました。そこで、ガスは、作業をしている間は、アンディも他のメンバーの誰も居て欲しくはない、とアンディに伝えたのです。ダッジョンとバリー・ハモンドがミキシングをして、その後で、残っていた私たちが遣って来て意見を言い、最終的な調性をすると言うことでした。アンディはその申し出に激怒しました。ですけれど、私の意見は違いました。ガス・ダッジョンは、これまで、たくさんのたくさんのヒット・アルバムを送り出しています、それに、実際、バリー・ハモンドも居るのです、悪くなることが有り得るでしょうか? と考えたのです。アンディは、創作の最も重要な局面で、自分が計画した仕事から閉め出されて関与出来ないと感じたのです。
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2013年12月12日

Skies Deep

 きのうは、『相棒』を見て、それから、Big Big Train の2010年の40分あるEP『 Far Skies Deep Time 』を聴く。デイブ・グレゴリーさんのギターがいいなあ。
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2013年12月11日

Last Train

 きのうは、Big Big Train の『 the Underfall Yard 』を聴く。デイブ・グレゴリーさんのギターがとてもいい。
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2013年12月10日

Jane 1-11

 日曜日は、高橋悠治演奏のクセナキス『エヴリアリ』『ヘルマ』を聴く。きのうは、Big Big Train『 The Difference Machine 』。

 バーニング・シェッドからお知らせ有り、『 Through the Hill 』発送したと。今週は無理だろうけれど、年内には届くかも。Harold Budd の新作『 Jane 1-11 』もまだ聴いてないので、聴きたいな。
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2013年12月09日

2013年版 Nonsuch グレゴリー・ノート 1

 1991年7月15日月曜日、XTC は、ドラマーのディブ・マタックス Dave Mattacks 、プロデューサーのガス・ダッジョン Gus Dudgeon と一緒に、オックスフォードにあるチッピング・ノートン・レコーディング・スタジオに入りました。そして、後に『 Nonsuch 』と名付けられるアルバムのレコーディング・セッションを始めたのです。十四週間を通して予約されたスタジオは、ダッジョンもマタックスもよく知っているスタジオで、その上、アンディは、少し前にそこで、ライラック・タイム Lilac Time と言うバンドと仕事をしていたのです。[ Lilac Time 「 All for Love & Love for All 」だと思います。ガス・ダッジョンについては、Discogs で見ただけでは、チッピング・ノートン・スタジオを使ったレコードは見つかりませんでした。 ] 私が得ていたこのスタジオについての知識は世評からのものだけでした。以前は学校で1966年に閉校した後は、1972年までは空き家になっていて、それを、レコード・プロデューサーのマイク・ヴァーノン Mike Vernon と彼の弟リチャード・ヴァーノン、それに、デッカ・レコードの録音技師だったデイブ・グリンスティード Dave Grinstead が共同で購入して、レコーディング・スタジオに改造した、と言うことでした。改築に必要な資金は、そのほとんどが、ヴァーノンがプロデュースして、兄弟が経営していたレーベル・ブルー・ホライズン・レコード Blue Horizon Records から出版された、フリートウッド・マック Fleetwood Mac の大ヒット曲「アルバトロス Albatross 」( 1968年11月 )からの印税で賄われたのだと言うことです。
 スタジオは、常に予約で一杯でした。リチャード・ヴァーノンが、実質的には、一人で切り盛りしていました。兄のマイク・ヴァーノンは、その時には実際のところ、書類上の経営者であるだけになっていました。リチャードの私生活の伴侶であるシャーリー・ベネット Shirley Benett が台所を預かり、それに、経営の手助けをしていました。スタジオについては、実は、秘密兵器があったのです。スタジオ付きのエンジニア、バリー・ハモンド Barry Hammond です。彼は、チッピング・ノートン・スタジオの開所日から居て、スタジオの隅々まで知り尽くしていたのです。朗らかで、熟練していて、泰然とした人物でした。然し乍ら、バリー・ハモンドと言う人物について最も重要なことは、非常に鋭い聴覚を持っていたと言うことです。ハモンドは、何か問題が起こりそうな時点で、それを解決する要領を知っていたので、機材がちゃんと機能するまで待つと言うことは、全くなかったのです。それでも、時には、借りて来たデジタル・レコーダーが故障して、ロンドンから技師が到着するまでのほんの二三時間を無駄にしたことはあります。
 スタジオでの最初の三日間は、アルバム用に選んだ19曲のおさらいをしたのです。三月の第一週を通してリハーサルして以来、私たちは一緒に演奏していなかったからです。その三日間のおさらいは、同時に、ガス・ダッジョンに、どのような音に歌を録音するのが適当かと言う考えを示すことになったのです。私たちは、デイブ・マタックスと四週間を一緒に過ごしました。その四週間で、ドラム・トラックはすべて、素晴らしい出来で録音を完了しました。レコーディングがどのように進められたかは、幸いなことにフィルムに収められたので、今回のBlu-ray 版で、視聴することができます。
 XTC がレコーディングを始めると、私はいつも決まって、新しい手書きのノートを作ったものでした。すべての歌について、細かく書き留めたのです。楽譜の譜面もありますし、私独自の音楽を記す速記号もあります。それで、リハーサルではアレンジをどのようにしたのかを思い出せるようにしておくのです。とてもとても曲が多いので、相当の集中力が必要でした。レコーディングに先立つ二週間の間に、私は、何曲かのストリングスとキーボードのパートの編曲に着手したのです。私は、ローランド RD-250S を持っていました。鍵盤に重みを持たせてあるエレクトリック・ピアノです。それで、私はアルバムの曲を練習したのですけれど。それに、ローランド MC 500 マークUから取り出したシーケンスをE-mu シンセサイザー・プロテウスのサンプリング・モジュールに入れて、使ったのです。このE-mu プロテウスは、華麗で豊富な音を持っていて、とても役に立つ装置でした。新しいアルバムに味付けをする「シンセサイザー」サウンドのほとんどを創り出すのに、これを利用しました。E-mu プロテウスは、1980年代のサンプリング装置のほとんどの特徴である冷たい電子機器的な感触は、この装置にはなかったのです。
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2013年12月06日

VXTC10

 きのうは、河島英昭訳のパヴェーゼをパラパラめくりながら、Steven Wilson 版『 Nonsuch 』・CDをかけた。でも、ボリュームを下げて小さな音で。そうすると、とても魅力的に聴こえて、惹き付けられた。不思議なのは、小さな音なのに、「 Dear Madam Barnum 」では、スネアの音( あの豆が転がるような音 )が壁に響いて、頭の後ろで鳴っているように聴こえたこと。面白かった。
 その後は、ボリュームを戻して、細川俊夫『歌の庭』を聴く。それから、ビル・エヴァンスの『 Moon Beams 』。
 ラモーンズは、SIRE レーベルのアルバム6枚をセットのCDにして、2,300円で発売しているらしい。XTC もVirgin レーベルの10枚をセットで5,000円くらいで販売すればいいのに。オリジナルマスター、ボーナス・トラックは無しで。

 Todd Bernhardt さんとの対談「 Love on a Farmboy's Wages 」は終わったけれど。『 Mummer 』の対談はまだたくさん残っている。それに、Pete Phipps さんのインタビューも読みたいのだけれど。『 Nonsuch 』のノートを始めようかな、と思う。

 パートリッジのツィッターによれば、( たぶん、XLR プラグを修正したもの ) 「the corrected polarity」の『 Skylarking 』( CD か、兎も角デジタル音源 )を作っているらしい。リリースされるか?

 Jen Olive さんの『 The Breaks 』CDの発送は、12月7日の予定だったけれど、来週には来るか知ら? 『 Throygh the Hill 』Vinyl の方は遅れている。Amazon. uk には in stock になっているのだけれど、Burning Shed Shop では、カタログから消えている。バーニング・シェッドは、Pre-Order 時点で、決済するので、もう支払済なのだけれど。まあ、その内に届くかも。
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ベルナール、パートリッジ対談「 Love on a Farmboy's Wages 」9

ベルナール「構いませんよ。作家の特権です。では、この歌のシングル盤について話して下さい。私は、EPを買いましたよ。」
パートリッジ「シングル盤は、折り込みのスリーブで出来ていて、それは財布に見えますね。実際、あれは私の財布なのです。私がデザインを思い付いて、デザイン会社にこう言ったのです。「ねえ、どうして、財布の写真にレタリングを加えるのでなくて、本物の革製品の浮き出しにしなかったのですか? タイトルを僕の財布に浮き出しにして下さいよ。」 それで、そうしてくれたのです。それから、いくつかの切れっ端を財布に入れました。そうすると、私が裕福でないと思わせる事が出来ますから。古い10シリング紙幣と、それはもう通貨としてな無くなってしまいましたけれどね、頬の垂れた女の子の写真も。当時はその写真の女性を私の妻だと誰もが思っていたのです。でも、本当は、デザイン会社が選んだ1950年代の美人なのです。その写真を財布のクリアホルダーに入れたのです。
 当然、会社は、写真撮影の後、財布を戻してくれましたよ。でも、「ああ、財布にそのまんま出ている。パブに行ってこの財布を取り出したら、周りの者が、ああこの人は…、って思うぞ」と考えたのです。どうして、私は自分のバンドの名前を財布に浮き出しにしたのかなあ? それに、最新のシングルの題名も?って。それで、私は、新しい財布を買わなければならなくなったのです。」
ベルナール「( 笑い ) 貴方の芸術を産み出すための犠牲になったのですね。」
パートリッジ「その通りです。シングルのカバージャケット撮影のために、新しい財布の費用が要ったのです。」




おわり
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2013年12月05日

CET

 今週は、テレビで、オードリー・ヘップバーン『ローマの休日』を見た。ぼんやり見た。でも、見ながら、あれ、ビートルズの『ア・ハード・デイズ・ナイツ』は、『 Roman Holiday 』を下敷きにしてるのか知ら、と思った。そう言えば、ビートルズのファッション面、身体にぴったりのスーツ、前髪を下ろし頭の格好に沿った髪形、自由気ままに見えて何処か上品さを感じる振る舞い、などは共通しているような。それで、ビートルズ登上の十年近く前なのだから、新奇なものと言うよりすでに広く認知されて安心感があったのかもしれない。音楽的にもヘンリー・マンシーニの先鋭な部分をソフトにして取り込んでいたのかも。( あ、『ローマの休日』の音楽は、ジョルジュ・オーリックGeorges Auric でした。 )
 XTC の場合、『時計仕掛けのオレンジ』風貌でのデビューだったのだけど。XTCのデビューと同じ頃の映画、『未知との遭遇』にイメージを近づけていた方が、ヒットしたのか知ら、と思ったりして。バンド名も、XTC ではなくて、C.E.T. にして。
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2013年12月04日

ベルナール、パートリッジ対談「 Love on a Farmboy's Wages 」8

ベルナール「さて、歌詞を作り出して行く時には、どのように考えて進めて行ったのですか? 曲を作る時と同じ様にでしょうか。小さなギターでドラムビートのようなものを鳴らして作っていって、それから、ブリッジ部分を違うものにしようとした、と言われました。歌詞でもそうなのですか? それに、貴方は、歌詞は平板過ぎるとも言われます。何かの強弱法を考えなければいけませんか? [ 原文:these lyrics are too flat, 音が軟音と言うことか?有声子音が多すぎると言うことか? ]」
パートリッジ「この歌で、私が歌詞に関して最初にしたことはと言えば、私は多くの場合そうするのですが、ギターのパーターンに合わせて、馬鹿げていて意味のないことを捲し立てるのです。最初に出来た歌詞は、「 Shilling for the fellow who bring the sheep in 」です。それは、ギターで弾いていたものに、音的に似ていたからです。「 Shilling for the fellow who milks the herrrrd 」のところ、ベースで牛のように出来たと話したところですね。でも、最初に出来たのは、「 Shilling for the fellow 」です。それで、この句がこの歌の見出しになっているのです。この歌が映画でしたら、ポスターでは見出しになるのですよ。[ 原文では byline だけれど、おそらく headline の意味で使っていると思う。 ]
 その後のことを思い出そうとしているのですが、…、まずコーラス部分が出来て、それからヴァース部分だったと思います。」
ベルナール「歌詞についてですか?」
パートリッジ「曲についても同じです。」
ベルナール「本当ですか? 貴方は、ドラムのパターンを思い付いて、ヴァースのパターンから書き始めたと言われていたと思いますが。」
パートリッジ「ああ。ちょっと考えます。頭の中を探ってみると…、最初に出来たのは、やはり、「 Shilling for the fellow 」でした。ヴァースの部分ですね。貴方は過去に遡って、私にげんこつを呉れないといけませんね。記憶が前後に乱れていますよ。」
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2013年12月03日

コリン・ムールディングがソロでシングルを出すと言う……

 コリン・ムールディングがソロでシングルを出すと言う記事を見て、これはブログに書かなければと思い身を起こそうとした途端、ああこれは夢だ身体を起こせば覚めてしまうと気付いて、そのまま夢が続く様にと思ったけれど、夢は終わってしまった。
 でも、なぜ、ブログに書こうと思ったのか知ら。このブログ『ノエルかえる不恵留』は、始めた時の意図とはまるで違ってしまった。XTC のニュースを書くつもりでもなかったし。歌詞の訳をしようとも思ってなかったし、することになろうと予想もしてなかった。ベルナールさんの対談も、以前にBBSに要点を書いたことはあったけど、全文を訳そうとは思ってなかった。でも、訳そうと、あれこれ考えるのも楽しいので。
 その続きで、フィリップ・ラーキンを読んでみたり。でも、かなり以前から好きな詩人はウィリアム・カーロス・ウィリアムズだし、と書いて、でも実際には『パターソン』しか読んでないし、それも沢崎順之助さんの邦訳だし、それも本がぼろぼろになる程繰り返し読んだわけではないし、暗唱してもないし、それどころか覚えていないし、好きな詩人と言っていいのか知らと思うけれど、でも、まあ、好きなので、この最近、インターネットで「 The Descent 」が閲覧出来るページを開いて眺めている。城戸朱理さんのように才能があるわけでもなく、体系的に研究しているのでもないから、自分で訳せるとも思わないけれど、あれこれ考えるのは、やはり楽しい。で、最初の連だけ読んでみた。

元にしたのは、
The Descent- Poets.org - Poetry, Poems, Bios & More


降下は登上と同じに
      呼び覚ます。
           記憶は
改まりの完遂の
    ひとつであって、
        たとえそれが
始まりであってもそうなのは、記憶が開けてみせる空間には
       これまで気が付かなかった大勢の
           新しい人々が住んでいる
所だから。
     それに、その人たちは
         新しい目的地に向かって進んでいるのだから。
( その目的地が昔放棄された所であってさえ )  


それで、きょうは、the Monochrome Set『 Super Plastic City 』をかけよう。
posted by ノエルかえる at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

5.1サラウンドミックス

 きのうは、XTC『 Nonsuch 2013 』24bit オリジナルマスター版、24bit Steven Wilson 版、2001年 Ian Cooper 版を聴く。やはり、Cooper 版がいい。それで、思ったのは、これは、5.1サラウンドミックスの技術的問題ではないかと言うこと。クロスフェイドが出来ないと言うこともそうではないかと推察するし。Wilson 版は、何かだるいと言うか、緊迫感に欠ける感じがしていたのだけれど、それは、演奏がだらだらと一本調子で平板になっているからだと思う。XTC の音楽はどれもそうなのだけれど、『 Nonsuch 』では特に、曲の各局面で相貌が変化する。その変化は一瞬なので、曲全体に緊張感が生まれるのだ。各局面で音楽の焦点が変化していると言うことだけれど。それで、色調や感触、香りが変わるのだ。( 映画だとパンの切り替えに当たるのだろうか? ) 5.1サラウンドミックスだと、それが難しいのではないだろうか。
 チョークヒルは、レビューが出るとチェックして保存してくれる。Wilson 版『 Nonsuch 』のレビューもそう。チョークヒルもチェックしていた『 Super Delax Edition 』のレビューを、パートリッジも自信のツィッターで取り上げ、好いレビューだと言っている。けれども、このレビュー、簡単にまとめると、世間一般には、100ポンドもするデラックスセットが多く出回っていて、それも、内容はあまり多くのものが入っていないことがあるのに対して、これ見よがしでない簡素なパッケージに入った『 Nonsuch 』のセットは、15ポンドと安く、収録されているものが豊富でお得だ、というもの。内容、リミックスの評価については特にない。これは好いレビューなのか? 翻せば、廉価版ですよ、と言っているだけのような気がする。

 正直に言って、Steven Wilson 版の5.1サラウンドシリーズは、これで終わっても構わない。それよりも、John Dents 版の『 Oranges and Lemons 』を公表して欲しい。ビニール盤でも、CDもどちらでも構わないから。John Dents 版の『 Skylarking 』を聴いた時には、心底驚いたし、嬉しくて仕方がなかった。あの時の感動を今回も期待していたので、余計に落胆したのだと思う。今回のサラウンド化シリーズには、オリジナルマスターの24bitも併せて収録されているので、オリジナルマスターがDVD/ Blu-ray レベルになっていいのだけれど。サラウンド化より前に、SACD化をして欲しいとも思う。



追記:最もわかりやすいのは、「 Rook 」です。死に怯えて冥府に傾いた地上にいるヴァースの部分と、自由になった魂が喜悦に飛び上がり空を飛び回るコーラスの部分。その二つの面は正反対の相貌で音色と感触もそうなっています。フォーカスが違うと言うのか。オリジナルではそうなのですが、5.1サラウンドでは、それが同じままの音色なので、曲がのっぺらぼうの様になっています。
posted by ノエルかえる at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

Reasons for Attendance : Philip Larkin 訳

 フィリップ・ラーキンの「 Reasons for Attendance 」、一般には、アメリカでストリップ劇場に通った時のことを題材にした詩で、性をテーマにした作品と読まれています。私は、ラーキンはジャズ好きなので、ジャズに焦点を合わせて読んでみました。

the smoke 煙りの意味ですが、黒人を指すこともあるので、ジャズなので黒人と読みました。

そこにいる理由

トランペットの音、それは朗々として粛々だ、それは鳴り出した途端に、
私に煌めく硝子を描いて見せる。
その硝子を通して、私は踊り子たちを見るのだ。皆二十五歳以下の踊り子。
幸福の拍子をおごそかに踏んでいる。

私は夢想するのだ、黒人たちとその汗を感じているところを。
黒人女たちのいい感じ。もし夜の町に出るとしたらその理由は?
そして、猥雑な店に入る理由? 性、そうかもしれない。でも、
性とは何? そうなんだ、幸福の分け前は、王ライオンが独り占めするように、
カップルが持って行くと言う考え、きっとそうなんだ。

私に関する限り、少し違う。
私をそこに惹き付けるのは、吊るし上げられたガラガラ鳴る鐘なのだ。
( そう呼びたいのなら、芸術と言ってもいい。 ) その独特の音のためなのだ。
その音は、私もまた独特だと主張している。
鐘は演説している。私は傾聴している。他の人も聴いているかも知れない。

黒人たちは私に聴かせるのではない。私は黒人と一緒ではない。
それで平穏。だから、私は外にいる。
私は黒人の音楽を信じている。彼らは自在に音を振り回す。
誰も自分を見誤ってなく、嘘もついてないのなら、
この状態で私も黒人も満足なのだと、信じている。


元にしたのは、All Poetry の:
Reasons For Attendance, a poem by Philip Larkin. poets love Poem at allpoetry
posted by ノエルかえる at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする