2014年01月30日

今日は何の日:Oliver Cromwell's head

 今日、1月30日。1661年の今日、1658年の9月に亡くなった、オリバー・クロムウェル Oliver Cromwell は死後に叛逆者とされて、墓が暴かれて、その首がウェストミンスター寺院に1685年まで晒されました。

と言うわけで、きょうは、「 The Ballad of Peter Pumpkinhead 」を聴くべきか知ら?



File:Oliver Cromwell's head, late 1700s.jpg - Wikipedia, the free encyclopedia

507px-Oliver_Cromwell's_head,_late_1700s.jpg
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2014年01月27日

Good

 日曜日に、『エレニの帰郷』を見て来た。とてもよかった。
 それで、「 The Good Things 」をダウンロードして、プレイリスト「 colin moulding 」に入れて、ディスクにして、オーディオ・プレイヤーで聴いた。とてもよかった。
プレイリスト:
The Good Things
Didn't Hurt A Bit
say it
where did the ordinary people go
Brain Damage
It's Raining Again
The Man Who Died Two Times
Take the Money and Run
CHECK POINT KARMA
Are We to Believe?
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2014年01月26日

Robert Fripp のDGM

 Amazon.uk を見ると、XTC のいくつかのアルバムが2013年に再版されているようになっているのだけれど、それが、DGM からのリリース。真偽は分からない。Amazonの間違いかも知れない。アマゾン・ジャパンではそれはカタログされていない。
 ただ、私は、『 Nonsuch 』のスティーブン・ウィルソン版5.1 がリリースされた時に、そのレコード番号 ( CD番号、DVD番号、Blu-ray番号( APE からは、Blu-rayはリリースされたことがないのでBlu-ray番号は初めてだけど ) ) が、これまでのAPE house の番号の続きではないことに疑問は持ったのだけど。
 ロバート・フリップさんが、スティーブン・ウィルソンさんに指示して、XTC の作品の5.1サラウンド化を行ったのだろうから、もしかすると、XTC のヴァージン社時代の全作品を使用する権利か許可を、フリップさんが得たと言うことかも知れない。
 悪い想像をすると、APE house は解消して、その事業はロバート・フリップさんの DGM に引き継がれたと言うことかも。
 XTC の権利をヴァージン社、ユニヴァーサルミュージックが持っているのと、ロバート・フリップさんが持っているのと、どちらが、パートリッジにとって有利なのかは、分からないけれど。

 もう少し、勝手な想像をすると、アンディ・パートリッジは、新キング・クリムゾン ( 新が幾つ付くのかは、私には分からない。 ) に参加すると言う事態も。あるいは、あるいは、ロバート・フリップさんの指示で、アンディ・パートリッジとバリー・アンドリューズが参加して、XTC/ King Crimson と言うことも。



1月28日追記:
Robert Fripp ロバート・フリップをRobert Firipp ロバート・フィリップと間違えていたので訂正しました。
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2014年01月25日

アバド

 クラウディオ・アバドが亡くなっていた。
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2014年01月23日

The Good Things

 このところ、かけているのは、Jen Olive 『 the Breaks 』と the Monochrome Set 『 Super Plastic City 』。
 XTC 『 Nonsuch 2013 』から、ボーナストラックの「 Didn't Hurt A Bit 」をiTunesに読み込んで、プレイリスト『 Colin Moulding 』に入れたので、ついでに、「 The Good Things 」もと思ったのだけど、『 A Testimonial Dinner 』が見つからない。適当に積んであるからと、何度も探したけれど、出て来ない。「 The Mayor of Simpleton 」のシングルCDにはデモテイクも入っているのだけれど、7センチCDだから、MacBookには入れられない。外付けドライブも持ってないし。今は、アマゾンかiTunes ストアで、ダウンロード版が一曲だけ買えるので、そうしようと思う。そうしたら、プレイリストは、10曲 ( The Good Things に、Didn't Hurt A Bit、say it、where did the ordinary people go、Brain Damage、It's Raining Again、The Man Who Died Two Times、Take the Money and Run、CHECK POINT KARMA、Are We to Believe?。 )、45分程度で、ちょうどアルバムの分量になる。ディスクにしようかと。
 今週の週末は、アンゲロプロスの『エレニの帰郷』を見に行きたいから、その後にしようかと思う。
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2014年01月20日

There Comes a Time

 きのう聴いたのは、Jen Olive 『 The Breaks 』、それから、Larry Young 『 Into Somethin' 』、Gil Evans 『 There Comes a Time 』。
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2014年01月19日

Amiri Baraka

 パートリッジが、ツィッター上で、Amiri Baraka について言及していた。「there is a lyric. 」と。

 Amiri Baraka は、1934年生まれで、つい先日、2014年1月9日に亡くなったアメリカの詩人。暴力的で刺激的な語法。ポストモダン。50年代には、ギンズバーグ等と同じアヴァンギャルド/ビート派。その後は、次第に政治性が強くなっていったそう。でも、キューバ旅行の後、1970年代には黒人民族主義。その後は、マルクス主義。第三世界への関心。パートリッジが上げていた詩「 Somebody Blew up America 」は、晩年の作で、9.11テロ後の、反ユダヤ主義を批難するもの。と、政治的立場は、時代で変化している、と。

Amiri Baraka : The Poetry Foundation
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2014年01月18日

今日は何の日:cremation

 1884年1月18日、ウェールズの医師ウィリアム・プライスは、息子を火葬にした廉で逮捕される。その後、裁判で無罪になる。
 William Price は、ケルトの宗教、ドイルドリイ Druidry を再興した人でも。火葬は、ケルトの時には行われていたのだけれど、キリスト教化されて7世紀頃にはなくなったのだそう。

 ということで、『スカイラーキング』を、、
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2014年01月15日

WISH、SMALLTOWN、SEAGULLS、BALLOON

 APE のフォーラムに、パートリッジが XTC の4曲について、発想の元を書いていたので、備忘。

Anything You Wanted To Ask - Ape Forum

「It's surprising what little bits and pieces can be a spur to writing. A chord or two.A lick. Learning a new twist on things.

WISH came from sliding an open G up to the C position

SMALLTOWN verse came from dicking around with Jean Genie

SEAGULLS came from being the only one who had a spare room to store the Mellotron in.

BALLOON came from being asked to record with an Italian chap.I found a theme over his chords,only to change my mind about the recording.So I kept my theme,changed his chords under it to make my own song」

「 Jean Genie 」は、デヴィッド・ボウイの曲かと。
Italian chap と言うのは、誰? ベルナールさんとの対談では「 Yeah. An Italian musician -- I can't remember his name now -- came to see me and asked if I'd play on a track of his. I said, "Okay, fair enough, very flattering. Get me the track." So, he got me this track, and all it was was a bunch of chords. He said, "I want you to come up with a melody." So, I came up with this melody [sings the vocal melody] over the top of these chords, and I thought, "Do you know, that's a really good melody!" 」と。




 それから、最近も、毎日ギターを手に取って鳴らし、走り書きをしているとの事。特に、Tony Williams LIFETIME を研究しているとの事。
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2014年01月14日

2013年版 Nonsuch パートリッジ・ノート 3:プロデューサー

プロデューサー

 吾は、襟を正し、故人ガス・ダッジョン氏の難を上げる意図が殊更ないことを示して置かんと思う。氏は、不幸にも、愛妻と共に自動車事故で凄惨な最期を遂げられた。然るに、「何故に、貴君は、ガス・ダッジョンをプロデューサーに選んでのであるか?」と吾に質問する記者の数は数えられぬ程である。率直な答えは斯くの如くである。切迫した事態に直面し狼狽して択んだのが、ダッジョン氏であり、レコード制作の為に選んだのは、本来は、氏ではなかったのである。我々は、元々、スティーブ・リリーホワイトとヒュー・パジャムとチームを組み、共に昔に戻って、音楽に懐かしいブードゥーの秘術を擦り込まん、と言う心算であった。そして、我々は上京して、倫敦に有るスティーブの自宅で彼の男と面談したのである。数時間は、手に麦酒を持ち無駄口に興じて、その後、爾後の最善の道を決したのである。面談の間を通じてリリーホワイト宅のテレビジョンは点いていて、不吉にも、連綿と伊拉久による科威都の侵略の事態を放送していた。其の様な不穏な事態が絶えず目を引いている時に、暢気な展望が展けた気分であるとは、狐につままれたようではあるが、我々の間では、全てが上手く行っていたのだ。チームは合意された。嘗てのチームが戻って来たのだ。
 スウィンドンに於けるリハーサルは、スティーブとヒューが来ると言う前提で進められ、「製作の前段階」は完了し、そのままで保留されたのである。そして、それらの歌を聞いたり、少し変えてみたりしていたのである。数日経っても、デラムの二人組は臨場せずに、我々は電話を受けたのである。[ 原文 Deramic duo:1960年代にイギリスのデッカ・レコードが創立したレーベル。ムーディー・ブルースなどを出版。Deramic Sound System と言う独自の音響技術を用いた。 ] 電話は、スティーブはアルバム制作は出来ない、と知らせるものであったのである。彼の妻、クリスティ・マッコールが、アルバム制作が始まると言う正にその時期に、スティーブに家族で休暇を取るべしと譲らぬ為とのことであった。何たる痛手…、然はありながら、諸君! 我々は、まだ、ヒューと共に製作が出来るのである。( 我々は、以前に於いて一度、成したことがあるではないか、『 Settlement 』がそれ。 ) 嗚呼! 突然に、彼の者の経理が、若しプロデューサーが彼一人となるのであればと、見積額を上げたのである。何たる哉。
 チッピング・ノートン・スタジオでの録音が始まる日が、我々に差し迫って居った。我々には、誰かが必要であった、其が誰であっても、兎も角、早急に。デイブ・マタックス ( 指名されていたドラマーである ) が、旧知のガス・ダッジョンはどうかと提案して来たのである、ダッジョンに面会するのは無料であることは、明白でもあったからである。吾は、ダッジョンに関しては僅かをしか知らなかった。ただ、エルトン・ジョンのレコード、ボウイの初期の曲は知って居った。また、吾の価値判断では、ダッジョンの王冠の宝石は、 The Bonzos の『 The Doughnut in Granny's Greenhouse 』なのであった。然り、我々は彼に会おうと意を決したのである。時は刻み続けて居った。
 吾は、出来した事の成り行きを鮮明に覚えて居る。コリンとデイブと吾は、コリンの自宅近くのパブで氏と落ち合うことにした。我々は、ちびりちびりと飲みながら、窓の外を見詰め、氏の到着を待ち受けて居ったのである。十分の後、GUS と言うナンバープレートを付けた一台のスポーツ・カー( 金属的青色のアストン・マーティン ) がエンジン音を轟かせながら駐車場へ入って来て、氏が降り立ったのである。細身の姿態は、頭頂から爪先まで統一された服を着て居ったが、即ち、三鞭酒色の繻子の旅行服、黒と白の縞の足に密着した皮穿袴、道化師の着る赤と黒の菱斑模様の繻子の襯衣、その襯衣は腰の所で開いて居り鋳塊の記章を見せて居った。足の先には、無闇に輝くトレーニング・シューズが見え、頭の先には、大聖堂の如く法外に掻き上げてスプレイで染めた綿飴の様な毛髪が見えたのである。コリンと吾は、振り返って、互いの瞳を見詰めたのであるが、音を発せずに「否」と口を動かしたのである。
 吾は、ガス・ダッジョンを批難するに此の章の全部を費やすべきではないし、然もなければ、我らの創造的なる角の突き合わせの殆どを御座なりにしてしまわん。彼の男は殊に優れた仕事をしたのであるが、当初から吾を抑圧する魂胆であったのだ、と言えば事足りるのである。其れは、トッド・ラングレンと吾が衝突した様を何かの記事で読んだが故の事である。ガスは、他でもなく吾の過ちであると端から決めてかかって居り、己の時計にアーテイストの「小細工」は入れぬ心算であり、出しなから吾の案を却下したのである。然し乍ら、其の心算は、雰囲気の目紛しい変様を引き起こしたのである。或る一瞬は、あの男は頗る楽しく善き友である、が、次の瞬間には、非妥協的な怒鳴り散らす校長なのである。我々は、スタジオに於いて、彼と共に、非常に実りの多い日々を持つことが出来た。作業が捗らぬ時には、ガスは、その惚けで士気を高める事が出来たのである。ただ、彼の放屁の伎能は、滑稽なヘラクレス擬きであった。スタジオが、短い間、「ガフ・ダンジョン 法螺吹き天守閣」と再命名されたのも、故のあってのことである。ガスは、主が子羊を導くが如くに、アルバムを安全に、( 略ではあるが ) 門まで導いてくれたのである。然し、編集の段階に於いて、ヴァージン社の要請により、ニック・デイヴィスと取って代わられたのである。このニック・デイヴィスとタイタン的な才能を賦与されたエンジニアのバリー・ハモンドの二人こそが、ショーの真のスターなのである。
 バリーは、仕事として呼び出されたのにも拘らず、その職務を越えて、夜っぴて働き、日中に録音したものを奇麗に仕上げ整頓し、聴衆諸君が聴いて居る此の美々しく音楽を奏でる音盤に収めたのであるから、諸君らの多大な感謝を受くべきなのである。金の賞牌を彼の人に。吾が演奏曲目の陰の主役、真のプロデューサーで、…、おそらくあるのだ。




おわり



誤訳、疑問点を指摘して下さると助かります。
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2014年01月13日

夏の夢

 きのうは、ショスタコーヴィチ『オランゴ・プロローグ』と交響曲第四番/サロネン指揮ロサンゼルス・フィルと、『ノンサッチ』サラウンド版を聴く。それから、2010年版『スカイラーキング』D面。私には、2010年版『スカイラーキング』の方がずっと立体的に奥深く聴こえる。
 その後は、エリカ・ウェッスラーの『 Sunlit Night 』。
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2014年01月12日

みどりの小鳥

 前にビートルズの「 And Your Bird Can Sing 」を読んだ時に、緑の鳥について、イタリアの古い喜劇を備忘したのですが、カルヴィーノが民話として集めた話しの中にもみどりの鳥があって、それが岩波書店から出版されていたので。

みどりの小鳥


 それから、やはり岩波書店から、『チャーリー・パーカーの技法』。
濱瀬元彦さんの著作。
チャーリー・パーカーは、以前、パートリッジが飼っていた犬に付けられた名前でも。

チャーリー・パーカーの技法
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XTC "Nonsuch" 2013, 5.1  レヴュー記事

 スティーブン・ウィルソン版『ノンサッチ』をレビューしている記事を備忘。

 チョークヒルで紹介されていた記事:
Steven Wilson: Remixing Yes, Jethro Tull & XTC

「 Wilson's surround mix is, perhaps, more appealing here than the stereo remix if only because the original sounded very good to start with. Still, Wilson's stereo remix reveals greater clarity, revealing more small details, but the surround mix is a perfect example of how Wilson uses It to place the listener inside the music. 」
作品の内容についても興味深い見解を述べています。
「 Meanwhile, after playing with a variety of fine drummers, XTC recruited Dave Mattacks for Nonsuch, and couldn't have made a better choice. First coming to attention with British folk-rockers Fairport Convention (an on-again/off-again relationship that was, at this point, on), here−as was pretty much the case with any context he in which he would subsequently find himself−he acted as the unshakable anchor around which everything else swirled. That said, Mattacks was a deceptively simple drummer; deceptive, because he may have seemed to play very little when compared to many of his contemporaries, but every single hit of a stick−every pump of his foot−counted, and there was never anything superfluous. His tone was huge; few drummers can get the kind of natural tom tom sound Mattacks does when he hits them−just once−at the start of each chorus on "The Smartest Monkeys." And few drummers can build a song the way Mattacks does− again, on "The Smartest Monkeys," a simple move from quarter-note ride cymbal to quarter-note high hat completely altering its complexion.

But it's not just Mattacks that makes "The Smartest Monkey" work so well; Moulding's bass playing is impressive, too, his syncopated lines intimately locked in with the drummer's bass drum. Dave Gregory may often be overlooked since he doesn't contribute any writing to the group, but his brief keyboard solo mid-song smacks of Canterbury keyboardists like David Sinclair and Dave Stewart. XTC wasn't anywhere near being a progressive rock band but, based on structural undercurrents, there's no denying that its members were fans, at least to some extent; from a textural perspective, as well, XTC had long graduated to a far broad palette than heard on its early recordings. It's no surprise that Wilson is a fan (he only remixes projects that have personal appeal); looking at XTC's career, it's clear that this a group possessed of no boundaries or constraints, and if it's not a progressive rock band, it sure is a band familiar with the concept of progression, as each member became not just a better player over the years, but a better conceptualist as well. 」


 日本語のもの、
どうぷのHarf time Shuffleな日々XTC - Nonsuch (cd/blu-ray)

「CD/Blu-Rayの2枚組。CDには、2013年リミックス音源を収録。マルチ・トラックからフラット・トランスファーでリミックスとの記述があるとおり、オリジナル・ミックスよりも全体的に音が太く(高域〜低域まで十分伸びている)、解像度も高いです。ただ音圧は控えめなので、この辺りオリジナルよりも鮮度に欠けると思う方もいるかなと。

サラウンド音源は、オリジナル・アルバムをLPCM(24bit/96kHz)とDTS-HD Master Audio(24bit/48kHz)でそれぞれ収録。これが予想以上に素晴らしい。2chオリジナルのやや硬質なデジタルらしい音数の多いサウンドは、ともすれば窮屈な感じに思えるときがありました。しかしスピーカーの数が増えて、一つの箱から出る音数が減ることによって生まれる空間が、まさに音場をくっきりと広げています。ワタシにとっては、間違いなく2013年のベスト・サラウンド音源です。」



前に備忘してたもの:
のんさっち2013: ノエルかえる不恵留
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2014年01月11日

2013年版 Nonsuch パートリッジ・ノート 2:タイトルとカバー

タイトルとカバー

 大概に於いて録音の早い段階で、嬰児の為の名を見つけ出さずには居られぬと言う時が来るものである。我らの聴衆諸氏に於いては、シカゴのように数字を付けて作品を世に送り出すと言うこと、即ち、6、7、8、等であるのだが、斯様なことを望んでは金輪際居られまい。無論、諸氏は良い題名を望まれて居られよう。加えて、何曲かある歌曲の題名の一つをアルバムの題名に望んで居られないことも明々である。即ち、『「 I love Baby 」、とその他11曲』の如くの命名方であるのだが、然はありながら、暫時、吾は、此の平凡な業界的案を漫然と思案して居り、剰え、『 XTC-Seven Songs 』なるアルバムに付す装丁の為の素描まで描いていたので有る。何たるか! 有り得ぬことで有る。
 吾は、又、『 The Dandelions Roared in Piccadilly Circus 』なる題名でも、素描を描いていたので有る。そは即ち斯様な図である。矮小な尺度の曲芸団小屋の中に我ら三人の頭首が造り置かれて居り、其の口から矮小な演者達が吐き出されて居るのである。極めて下品なり。然れども、吾は、此の句を後の日に使用せんが為に留め置いておこうと思い至ったのだが、其は、此の句が美々しい響きを有して居り、地口が無かった故である。而して、此の句は、後年、「 River of Orchids 」の主たる着想と成ったのである。又吾は、『 The Tiny Circus of Life 』なる題名も朧げながらでは有るが案出していた。( 明らかに曲芸団の中心天幕の雰囲気に関しての命名であった ) 此の句は、吾が思案中のまた別の歌曲の歌詞の一行から取り出したものであったのだが、やはり、そぐわぬように思えた。暫し、…、『 Fossil Kiss 』、此れも良くない、然れども、吾は「 Fossil 」なる語が好きなのであるから、頭中の箱に大切に仕舞っておこうと思った、或いは、選集の題名に良いかも知れぬと考えた故。或いは又、子羊が麗らかな空に浮かんで居る様子を描いたスイス旅行の広告画が、吾に、『 Milk Float 』なる題名を思い浮かばせもした。その題名は宜しくはなかったのであるが、豪奢な印象は、合衆国で『 Upsy Daisy Assortment 』なる題名を付されて発売される当り曲集に、再度検討されることと成った。諸君、諦める勿れ。
 コリンが欣喜雀躍したのは、吾が『 The Last Balloon Home 』なる題名を持ち出して見せた時である。実現していたならば、我々は、此れの装丁を音楽舞踊劇映画の音盤の如くにしていたであろう。『 South Pacific 』の類い、或いは、それに似したものであろうか。即ち、我々が、其を聴きながら育ったであろう音盤の装丁の種、八十日間世界一周の如きものであったであろうか。然り! 八十日間世界一周の主人公フィリアス・フォッグ式の淡い色の衣裳を纏った我々三人が、万国旗と花々で飾られた気球の籠から、クリノリンを履いた別嬪の一団に手を振り見下ろしておる写真をあしらわれた大判の小冊子が作られたであろう。カラー写真は、其の色彩が、五十年代のテクニカラーの手法によって、電子的に強調されたことであろうが、其は、正に撮影所に於ける贋造の手法である。極めて聖林的である。嵩む費費用は極めて莫大である、…、極めて浮薄である。リラの花を挿した帽子を頭に被り降誕祭の燻腿の如き姿態を持って籠に乗り込むことを、デイブは、断固として拒んだのである。スタジオでの日々が過ぎて行くのに従って、全体の構想は磨り減ってしまい、…、何処かへ流れて行ってしまった。
 録音終了の期日が迫っていた或る日、吾は、或る歴史に関する書物の中に美々しい線画を見る機会を得たのである。其は、1610年に著された、ジョン・スピードの手になるサリー州の絵図の中の一つであり、簡素な細線で描き出された見事な宮殿、ノンサッチと呼称されるヘンリー八世の為に建立された宮殿、の絵であったのだ。嗚呼! 吾は、其の言葉に深く愛着を持って居ったし、それ故、吾が歌「 Chalkhills and Children 」に其の言葉を使って居った。更に、スピードの素描、其れ自体が大層に上品であり、頗る整然として居り、略そのまま、アルバムの装丁の形式に合うように思えたのだ。ゴウネン![ 鐘の音 ] 慌てて辞書を開くと、吾は、自分が「 nonsuch 」の語義を誤って居ったことに気付いたのだ。吾は、「存したことのない/非在」と解して居った。然るに、真の意味は、「比類するもの無き、完璧な、或いは、卓抜した、人物又は事物。」であったのだ。此れでは、アルバムの題名として、余りにも巫山戯が過ぎないか、自慢が過ぎないかと、自省したのである。然れども、何故に不可なのか、吾には理があるのではないか、と推考した。我々は、有り余る程の長きに亘って、謙虚であったではないか。今こそ、立ち上がりそして「此れは崇高な音楽である。我々は自らが成したことに誇りを持して居る。我らは、真に「天下無双 NONSUCH」であるところの音盤を創り上げたのである」と宣言するべきではないのか、と断じたのである。
 此れは、蛇足であるのだが、先日、「 nonsuch 」が雑草コメツブウマゴヤシ( Black Medick ) の別名でもあることを知ったのである。コメツブウマゴヤシは肥料、牧草にするのであるが厄介な雑草とも看做されて居る。皮肉である。悲しい哉、我が母国では、多くの人々が、我々を秣か厄介な雑草と見て居るのだ。





 Black Medick に関しては、Wikipedia にも記述があります。異名については、1923年以前に出版されたと思われる『A Dictionary of English Plant-names』が参照されています。Black nonsuch と言う名前の様です。また、次のようなweb ページの記事も:
Black medick - Weed information - Organic Weed Management


追記:
 この部分の最初の文章は、原文「 There comes a time, usually during the early stages of recording, that a name for the infant must be found. 」です。There comes a time は、一般的な表現とは思いますが、Gil Evans のアルバム『 There comes a time 』( 1976 ) のタイトルでも。パートリッジが意図しているかどうかは分かりませんが。でも、アルバムタイトルにもなった曲「 There comes a time 」は、パートリッジの愛するトニー・ウィリアムスの作曲。
Gil Evans And His Orchestra - There Comes A Time (Vinyl, LP, Album) at Discogs



追記:
『 Milk Float 』は、牛乳配達の車のこと。パートリッジは、「 The Everyday Story of Smalltown 」の対談では、牛乳配達のバートンさんの思い出を話していましたけれど。
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2014年01月10日

In St. Cuthbert's Time

 最近、聴いているのは、ベーム/ウィーンフィルのモーツァルト40番、でなければ、ヴェーベルンのカンタータ2番作品31かオーケストラのためのヴァリエーション作品30。でなければ、クリス・ワトソンのアルバム。

 パートリッジは、頻繁にツィッターの写真を変えている。今は下の写真。最近のものだと思う。シェッドではないようだけど、キーボードがあって、ギターを抱えている様。キーボードの上には、何か書きかけた紙。新曲を書いている、と思いたい。

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2014年01月09日

2013年版 Nonsuch パートリッジ・ノート 1:アルバム

アルバム

 我々は如何にして、その、つまり、成長したのか? 我々は何の掲示も無いまま何処かで角を曲がっていて、もうギターを手に辺りを彷徨き回り仕事に就こうとセヌ傾( かぶ )き小僧の一団ではなくなっていたのだ。我々は成人であり、自らの職に従事していたのだ。最早徒弟ではなかった。我々の家には、来客に着いて頂く確りと安定したそして上等に意匠された椅子が在った。椅子は、お守りを付けてテープで接着させた多数の支え木で保たれているのではなかった。これは、『オレンジズアンドレモンズ』のシトラスの果汁が噴出して我々の系統の外に飛び出し、同時に、長年の我々の収益管理人の毒気から逃れた後の、我々の自負することの最も大なるアルバムである。老練の技になる被風が我々に被せられていたが、それは我々に相応しく、心地よいものであった。
 巨大な市場、合衆国からカンフル剤を射たれるまでの『スカイラーキング』以前は、商業的には全くの暗黒の日々であった。嗚呼、亜米利加人、彼の人々の可愛らしい柔らかな突撃銃に幸あれ。「ディ・ゴッド」の爾後、亜米利加人の一部の人々、大学生、思想家、加えて、独立系作品好きの少年たちが、我々を支持していた様であった。更に、彼の人々の支払うドルが、我々の脆弱なサイケデリック生命維持装置からヴァージン社が電源を抜くのを止めていたのである。吾は、ヤンキーに感謝をする、真に感謝する。爾来、我々は上昇傾向に在り、アルバム『オレンジズアンドレモンズ』では、殆ど崇拝を受けるばかりに至った。
 そして今や、我々は次ぎなる障害物の前に在った、だが、待望されていると感じて居り、自信に溢れ、先へ進もうと勇み立ち、毛が逆立っているので在った。準備期間中に、吾は、私事として多くを書いていた。だが、誰かが最早我々を聴きたがっていると思ったのである。我々は、暖簾に腕押しのような無駄をしているのではないと言う思いが在ったのである。
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2014年01月08日

2013年版 Nonsuch ムールディング・ノート 6

 ミキシング・スタジオには行かないようにして、ぼくは、あの秋の嵐を乗り切ったのです。ガスは、僕たち全員に、自分はとにかく一人でやりたいと言い渡していたのです、だから、ぼくは近づきませんでした。ガスはミキシングに手をつけることはありませんでした。今では、関係者やその他の誰もが知っていることですけれど、とんでもない騒動がその後に起こったのですよね、ぼくは、騒動には加わらなかったんですけど、それで結局は、ガスは仕事から降ろされてしまったんです。ぼくは、彼が辞めてしまうことに動揺したのですけれど、だって、彼がミキシングを仕上げるのをぼくが支持しなかったからと言って、ぼくのことをひどく怒っているって、知ってましたから。でも、ガスがミキシングしたら、作品の持つ可能性を十分に出した音にはならなかったろう、と言うことも、やっぱり分かっていました。それに、ガスと言う人は、そんなことを直接に言えるような人ではなかったのですから。それでも、今でも、ぼくは、ガス・ダッジョンは偉大なプロデューサーだと思っています。( 数年後に、自動車事故で亡くなってしまいました。 ) 『ノンサッチ』を素晴らしいレコードにするために多くのことをしてくれました。でも、彼のミキシングのやり方は、たぶん、ぼくたちには通用しなかったのでは? ぼくたちは、あらかじめ、ある何かを思い描いているようになっていたのだと、今ぼくは思うのですけれどね。でも、ぼくの考えだけど、ニック・デイヴィスのミックスでは、音楽がとても雄弁に語っているのです。ひとつのことにだけ長けている、というのは、良いことではないか知ら。ニックは、世界でも最高のミキシング・エンジニアの一人で、ガス・ダッジョンと言う名前は、レコーディングについて、その偉大さが歴史に残り続けて行くのです。
 で、何が問題なのでしょうね? なにか衝突がなければ、書くべきこともないし、ぜんぶが順調に行きました、と皆さんが知っても、詰まらなくて退屈するだけでしょうからね。で、ぼくは、溝に魔法をぜんぶ入れるまで、ぼくらはそれをレコードと言ってますけれどね、ノロノロ牛が家に帰りつくまで、って、いつまで経っても帰らないんですけど、とにかくそれまでずっと、「オンガク屋」はケンカをしてるもんだ、と描くわけです。探求なのです。ぼくはそれをちっとも見逃してはいなかったと思いますよ。では、思い出の人々に感謝して。



おわり


誤訳、疑問点を指摘して下さると助かります。
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2014年01月07日

2013年版 Nonsuch ムールディング・ノート 5

 ぼくは、毎日決まって、スウィンドンから自動車を運転して行ったんですけれど、だって、自分のベッドが何よりも好きだし、それに30マイルしかないのだし、妻と一緒に朝食を摂るのは人生を楽にするものだから。でも、田園風景も大好きなんです、コッツウォルズは、1991年の夏には最高の様相を見せていましたもの。それで、その風景は、いつも、ぼくを好い雰囲気の中に置かせてくれました。そうなんだけれど、作戦を実行中の野営地の雰囲気はやな感じになっていました、とは言っても、セッション自体は素晴らしいものに成りつつあったのですけれどね、と言うか、ぼくがそう思っていただけかも、で、またいつもの問題が醜い頭をもたげて来ていたのです、…、性格ですよね。アンディ・パートリッジとガス・ダッジョンは鍔迫り合いの最中でした。最初は友好的な試合だったのですけれどね、醜い試合になり始めているのがぼくには見て取れましたよ。ぼくは、関わらないで離れていました。プロデュースされる方を認めるのか、自分でプロデュースする方を認めるのか、人はどのように決めるのだろうかと、ぼくは思うのですよ、ともかく、アンディが全部を自分で出来ただろうことは確かなのですから、満足も出来ないのに、他の人にお金を払う意味があるのか?と言うことなんです。残念なことに、レコード会社はいつも、アンディに鎮静剤を飲ませることに固執するのです、ぼくらはそれを「プロデューサー」と呼んでいましたけれど、アンディは、何度も、ひまし油の様にスプーンで「鎮静剤」を飲んだのです。
 『ノンサッチ』の前のアルバムを担当した、ポール・フォックスやスティーブ・リリーホワイトは、ぼくらを強勢的に何かをさせる才に長けていたのです、彼らの性質は、ぼくらの前の作品ではとっても上手くいったのです。思うんだけど、ガス・ダッジョンは、棒でロバを叩きはしたんだけど、ニンジンを忘れたのですよ。ぼくに付いて言えば、それで上手くいきました、たぶん、ぼくは物事を進めるのに、せっつかれる必要があったのですね。レコーディング・アーティストと言うものが、繊細な種族なのかどうか、ぼくには分かりませんけれど、…、でも、朝食には、ココポップス[ シリアル食品 ]に全脂の牛乳をかけるのが好きなんですよ、さもないと、爆発してしまうでしょ。何が起ころうとしているか、ぼくには分かっていました。みんな、好い奴なんです、だれの失敗でもないんです、組み合わせがよくなかったのですよ。
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2014年01月04日

Jethro Tull seed drill

 12月31日は、EテレでN響の第九を見てそのまま寝た。それから39度の熱で寝ていた。3日の昼前に熱が引いて起きた。それで、インターネットを見た。チョークヒルには、1月18日にマサチューセッツ州のノーサンプトンである、XTC のトリビュート・バンドのコンサートの告知があった。そして、2013年は午年ということ、馬をデザインしたジャケットのアルバムを並べているブログ記事がいくつかあって、XTC の『 English Settlement 』も取り上げられているものも、その中で興味を引いたのは、このブログ:
うま年にちなんで: ろくろくロック夜話
Jethro Tull のアルバム『 Heavy Horses 』も取り上げられていて、それが興味を引いた。実は、Jethro Tull は名前しか知らないバンドだった。そのバンド名が、18世紀の農学者で、馬に引かせる種まき機を作って農業を飛躍させた人の名前を取ったもの、と知ってとても興味が湧いた。
File:Jethro Tull seed drill (1752).png - Wikipedia, the free encyclopedia
367px-Jethro_Tull_seed_drill_(1752).png

『 Heavy Horses 』は、1978年発表のアルバムだけど、XTC が『 Drums and Wires 』をタウンハウス・スタジオで録音している時に、隣りでレコーディングをしていて、テリー・チェンバースのドラムがうるさいと言われたと言うことだけど、それは『 Heavy Horses 』ではなくて、『 Stormwatch 』と思うけれど、クレジットでは、Maison Rouge スタジオになっている、マンドリンだけタウンハウスなのか知ら??
 それで、思ったのは、『 Heavy Horses 』『 Stormwatch 』の頃のジェスロ・タルは、土着的な面が前面に出ていたようなのだけど、XTC は当時、キュービックな未来派的、ポップ・アート的な音で土着的なものとは縁が全くないようだったのに、その直後の「 Wait Till Your Boat Goes Down 」から始まって、どんどん土着的になって行くというのも、面白いなあ、と。イアン・アンダーソンがうつったのか知ら、、
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2014年01月03日

Jeff Keen

 パートリッジ好み。

 パートリッジは、ツィッターで Jeff Keen について言及していた。Jeff Keen は、フィルム作家。ポップ・アートのフィルム。1923年11月26日生まれ、2012年6月21日没。ウィルトシャー州のトローブリッジ Trowbridge 出身。

Jeff Keen | BFI | BFI

Jeff Keen - IMDb
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Laura Mvula

 パートリッジは、ツィッターに、Laura Mvula に曲を書きたいと書いていた。Laura Mvula:1986年生まれの歌手、ソングライター。バーミンガム生まれ。

Laura Mvula | Sing To The Moon
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