2014年03月31日

ベルナール、パートリッジ対談「 Ladybird 」4

ベルナール「ああ、ロック・スターの魅惑的な生活、ですね。それで、ヴァンの後ろで胎児の格好をして声を上げずに啜り泣いていた、と。良き時代、良き時代ですね。」
[ ミュージカル『 A Little Night Music 』の中のナンバー「 The Glamorous Life 」を使ったジョークなのだと思います。 ]
パートリッジ「( 笑い ) 貴方に訪れますよ。カート・コバーンさんの何かの記事を読んだことがあります。誰かが、控室で彼が胎児の格好をして啜り泣いているのを見つけたのですね。それを読んで、私は涙ぐみましたよ。私は、ああ、彼に何が起こっているか僕は分かっている、と思いましたね。長いツアーをすると、きっと草臥れ果てるのです。」
ベルナール「貴方にライブをさせようと、多くの人が貴方を激しく責め立てるのですが、この種のことを忘れている様ですね。ロバート・フリップさんは、こうした演奏者とファンの間にある、まるっきりのヴァンパイア的な関係について話しています。フリップさんはこのゲームを拒否していますから、気難しい人物だと思われているのです。でも、フリップさんは、ファンが自分から生き血を啜るのを拒否しているだけです。来る日も来る日も来る日も、情緒的、精神的に、血が流れ出ているのですから。」
パートリッジ「その通りです。請け合います。私は、約五年間もそうだったのではないでしょうか。そうして、空っぽになっていました。完全に空っぽでした。断言しますけれど、もし、私がツアーを止めなければ、音楽をまるっきり止めてしまおうと考えただろうと、思います。空っぽでしたから、精魂尽き果てていたのです。
 ああ、良かったことはですね。私たちは、少しだけお金を貯めていたと言うことです。住んでいるところに家賃を払わずに済んでいましたから。工事中の標識がぶら下がった、放棄されたお店に住んでいたのです。」
ベルナール「それは、奥さんのご両親の所有物件ですよね?」
パートリッジ「ええ。財産の一つに、屋上に二つの部屋がある閉められた店があったのです。それを、ただで貸してくれました。もちろん、当時ですよ。それで、私の実演権 [ Performing right ライブの出演料ではなくて、テレビ・ラジオで実演したものが放送される時に発生する権利。 ] を貯めたのです。著作権からはお金は入って来てませんでしたし、レコーディングからも、まったくお金は入ってませんでしたから。
 家の頭金を払うだけのお金は貯められたのです。その家に、今でも住んでいますよ。初めて、自分の庭を持ったのです。それで、その自分の家の庭で、たぶんその家に以前に住んでいた人が置いていった古い竹の椅子に座って、アコースティック・ギターを掻き鳴らして、たくさんのアイデアを歌に仕上げていったのです。 」


2014年5月02日訂正:
私の実演権 [ Performing right ライブの出演料ではなくて、テレビ・ラジオで実演したものが放送される時に発生する権利。 ]
の後に、を貯めたのです。 が抜けていたので。
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2014年03月29日

ベルナール、パートリッジ対談「 Ladybird 」3

ベルナール「何が、奥様のマリアンヌさんに薬をトイレに流せさせたのでしょうね?」
パートリッジ「私は思うのですが、彼女はジアゼパムに怖気を感じていたのでしょうね、それで、私が、何の見込みもないのに、薬に依存していると考えたのでしょうね。あの時、私たち二人は、ロサンゼルスにいました。トロピカナ・ホテル Tropicana Hotel です。悪名高い薄汚れたロックンロールのホテルですよ。ギグの後、私は飲みに出掛けていました。妻は、私の大きな業務用サイズの容器の中の薬をトイレに捨てて空にしたのです。そして、どっと流してしまったのです。
 私はひどく酔って帰って来ました。で、「僕の薬は?」と聞いたのです。「ぜんぶ流しちゃったわよ。」「うわぁ、なんて女だ!」と。私は、直ぐさま、激昂したのです。とんでもなく酔っていたのです、そんなこと、人生の中で一度きりでした。恥ずかしいけれど、そう認めざるを得ませんね。それで、ホテルをぶち壊しました。妻が薬の助けを私から取り上げたことに、それ程に怒っていたのです。今思えば、ギグも辛過ぎたのです。それが混ぜ合わさったのです、ひどくひどく酔っぱらって、そうすると、恥ずかしい行為をしてしまうのです。」
[ Tropicana Motel だと思います。参照:Topography: Tropicana Motel ]
ベルナール「そうですか、何もかもが一緒に起きたのですね。」
パートリッジ「何もかもが一緒にですね。それで、私は部屋の中の家具をたくさん壊したのです。そういうことをしたのは、その時の一回だけです。自慢にはなりませんけど、一度してみるといいですよ。」
ベルナール「一度はそう言うことをしないと、ロック・スターとは名乗れませんね。」
パートリッジ「まあ、スターなんてありそうもないですね。[ 原文:I'm almost in the Moon club. ] ( 笑い ) 本当にひどいホテルだったのですよ。部屋をよくしたのだから、ホテル側は私に料金を払うべきだったのですよ。家具がなくなって、見栄えが少し良くなりましたよ。」
ベルナール「( 笑い ) 確かにそうですね。それで、帰国して、どうなったのですか?」
パートリッジ「催眠療法を受けることになっていましたし、潰瘍があるかどうかを調べらてもらうことになっていました。胃にひどい痛みを覚えていましたから。それもこれも、禁断症状で引き起こされていたのです。それに、私は、健忘症の諸症状、自分が何所にいるのかとか、自分が誰かとか、何をしていたのかを思い出せないと言うことが、何故起こっているのかを、考えるどころではなかったのです。幸いに、それ程には頻発してなかったのです。」
ベルナール「目覚めると、そうなっていたのですか?」
パートリッジ「いえ、その中のどれか一つですよ。健忘症についてこれまで話したことがあるのは、二人にだけです。そうですね、例えばこんなことがありました。私たちバンドは、小さな座席のヴァンに乗って、合衆国を回っていたのですが、ニューヨークのような都市からは遠く離れた何所かに居たのですが、ひどい雪でした。それで、ものすごくゆっくりと進んでいたのです。私は、小便が漏れそうだ、と言ってヴァンから飛び降りたのです。そして、雪原の中を歩き回ってから、膝まで雪に埋まって、用を足しました。その時に、「俺は誰なんだ、一体何者なんだ、この雪原で何をしてるんだ?」と思ったのです。そして、自分が誰なのか分からないまま、ヴァンに戻ったのです。」
ベルナール「口を閉ざして、治まるまで待ったのですか?」
パートリッジ「覚えているのは、ヴァンの後ろ座席で胎児のような格好で横たわり、自分が一体誰か思い出せず声を立てずに啜り泣いていたと言うことです。」


Tropicana Motel
tropicana-dukes-2.jpg



補記:
『クロノロジー』に依れば、1982年の『イングリッシュ・セトルメント』ツアーで、ロサンゼルスに到着したのは、3月30日火曜日。4月3日に、サン・ディアゴのカリフォルニア・シアター California Theatre でショーを務めた。XTC の最後のライブショー。事件はその夜かと。翌日のハリウッドのPalladium はキャンセル。

冬に合衆国のツアーをしたのは、1980年の1月2月、10月15日から12月4日まで。ニューヨーク州は、1月14日にロング・アイランドの My Father's Place 。1月15日16日17日にニューヨークの Hurrah's 。11月28日にロング・アイランドの Nassau Coliseum 。30日にニューヨークの Ritz 。12月2日にロング・アイランドの My Father's Place 。12月3日4日にMadison Square Garden 。
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2014年03月28日

鶯の夢

 きのうも、ユリシーズをパラパラ。Part 1 を読み終えた。Part 1の最後の河口の場面、パートリッジは登場しないのだけれど、Pugwash の「 At The Sea 」を思い出した。Part 2 から後は、またにしようと思う。( Prolect Gutenberg だけど。 )
 それから、Lachenman の84年の作品『 Mouvement 』を聴いて、国会図書館ライブラリーの「鶯の夢」を聴いて寝た。作詞、野口雨情。作曲、中山晋平。歌、佐藤千夜子。ピアノ伴奏、中山晋平。1928年、ビクター。
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2014年03月27日

今日は何の日:the first European settlement

 3月27日。あさ、インターネットに繋げてみると、「 1850 – San Diego, the first European settlement in what is now California, was incorporated as a city. 」と言う文章が目に入る。サンディエゴが市になったのが、1850年の3月27日と言うこと。メキシコからアメリカ合衆国に編入されたのも1850年。

でXTC『 English Settlement 』
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2014年03月26日

Fixing A Hole 訳

 ポール・ビートルの「 Fixing A Hole 」。

 ビートルズのホームページの歌詞を元にしました。
Fixing A Hole | The Beatles 





私は穴を見定めている。道のそこに。雨が注ぎ込んでいる。
穴は、雨がどこに流れて行くのか、私に
心配させないでくれる。

私は割れ目を詰めている。割れ目。戸口を通り抜けている。
戸は、割れ目がどこに行っているのか、私に
考えさせないでくれる。

だけど、私が間違っているのか、正しいのか、
あまり問題ではない。
家の中では、私は安心。
家の中にいれば。

多勢が外に立っていて、
私の家には入れないと言うことに、
承服せず、納得しない。

私は壁を塗っている。私の部屋。極彩色に。
そして、私は思いをどこまでも馳せさせる、
そこに私は向かうだろう。

愚昧な人たちが走り回り、私を煩わせるけれど、
私が彼らに私の戸口を通さないわけを
私に聞きはしない。

私は係う。数々のこと。それに手間がかかる。
昨日までは、どうでもよかったことに。
それでも、私は進む。
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fixing a hole

 『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』を紛失してしまっているのは、ちょっとショックなのだけれど、仕方ない。昨日は、YouTube で聞いた。LPから録音したもの。聞きたいのは、「 Fixing A Hole 」。これ、「 Wrapped In Grey 」の下敷きか知ら? 
( 持ってたのは、1992年日本リリースの紙箱28ページブックレット付きの。リマスター盤はまだ買ってなかったから、「買え」と言うことかと。 )

それで、fix、修理の意味で使われていると思うのだけれど、固定する/合わせるの意味もあるし、穴を付けるの意味もあるように感じます。反対の意味になるけれど、両義的な感じで、マッカートニーの歌詞は、単純なレノンの歌詞と違って、とても技巧的だから、

追記:上の両義的と言うのは、間違い。私の、fixing a hole の意味の勘違い。「穴を修理する」と日本語でイメージするから? 開いた穴を塞ぐのではなくて、詰っている穴を水が通るように修理するのでした。
posted by ノエルかえる at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月25日

Un coche ensablé

 きょうも、ハイドンの交響曲をかけて、ユリシーズをパラパラ。
 そのあと、『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』をと思ったけど、ない。紛失してることに気付く。何時からか分からない。『 Help 』もない。まあ、いいか、と。

 ユリシーズ、「 Un coche ensablé 」と言う語、砂に乗り上げた車。「 Omnibus 」を思い浮かべさせた。oyster はないけど、razorshells はある。
posted by ノエルかえる at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Duncan Maitland さん

 ダンカン・メイトランドさん、Facebookでのコメントに依ると、2枚目のアルバム制作を始めた様子。ムールディングが、また、一曲でベースを弾くかしら。いっそ、一曲書いてくれればいいのだけれど。
posted by ノエルかえる at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベルナール、パートリッジ対談「 Ladybird 」2

ベルナール「貴方が『ママー』のための歌を書いたのは、ツアーを止めて健康になろうと決心した後ですね。」
パートリッジ「ツアーには疲れてうんざりしてたのです。それと、バリウム[ Valium は商品名。ジアゼパム Diazepam が薬名。抗不安薬。 ]への恒常的な依存に起因する様々な身体的な障害と服用の急な停止が引き起こすことを知らなかったのです。」
ベルナール「禁断症状は、とても酷かったのでしょうね。」
パートリッジ「禁断症状については何も知りません。ジアゼパム依存症についても何も知りません。ただ、毎日それを飲まなければならない、と聞かされていただけです。食事毎に、ジアゼパムを一握り飲んでいたのです。それに依存しているなんていう考えはありませんでした。もちろん、13年も飲み続けて、急に止めるべきではなかったのです。でもそんなことは知りませんでした。震え上がりましたよ。何が進行中なのか私は知りもしなかったのですから。私が分かっていたことは、ただ、私が健忘症になっていて、手足をちゃんと動かせなくなっていて、パニック障害に罹っていて、目眩がして、何だかおかしな「おしまい」になりそうだった、と言うことだけだったのです。」
ベルナール「なるほど、薬物禁断症状の状態だったのですね。」
パートリッジ「おそろしいです。と言うのはですね、耳目を集めるようには聞こえないでしょうけど、私は幼い時から依存症だったのです。」
ベルナール「それはつまり、当時では珍しくはなかったと言うことですね。」
パートリッジ「その通りです。「この子は変だ。母親は精神科に連れて行く。で、その子にジアゼパムを押し付ける。」ですね。それで、私は、ずっとそのままだったのです。」
ベルナール「どうのようにジアゼパムを服用するかの説明は無かったのですか。」
パートリッジ「どう服用するか、どう止めるかの説明はありませんでした。「再度、ジアゼパムの処方箋を出さなくてはいけないですね。」だけです。私は、生きてる限りジアゼパムを摂らなくてはならないのだろうと思っていました。それについては何も知らなかったのです。」
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2014年03月24日

contransmagnificandjewbangtantiality

 きょうも、ハイドンの交響曲をかけて、ユリシーズをパラパラ。
「You are walking through it howsomever. I am, a stride at a time. A very short space of time through very short times of space. Five, six: the nacheinander. Exactly: 」で、「 Senses Working Overtime 」を思い出したり、
「 Wild sea money 」と言う語句で、『 Black Sea 』を思い出したり、
contransmagnificandjewbangtantiality は、デューク・オブ・ストラトスフいあ、を。

 それで、何より。chippendale が登上。
「 He has nowhere to put it, you mug. Bring in our chippendale chair. Would you like a bite of something? None of your damned lawdeedaw airs here. 」

 こんな文章も、
「 Houses of decay, mine, his and all. You told the Clongowes gentry you had an uncle a judge and an uncle a general in the army. 」、
ああ、「 No Thugs In Our House 」に「 Generals and Majors 」。

 それにまだ、
「Paff! Descende, calve, ut ne amplius decalveris. A garland of grey hair on his comminated head see him me clambering down to the footpace (descende!), clutching a monstrance, basiliskeyed. Get down, baldpoll! 」、
Monstrance にbaldpoll ( 禿げ頭 )。
posted by ノエルかえる at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月23日

ベルナール、パートリッジ対談「 Ladybird 」1

 ベルナールさんとパートリッジの対談、「 Ladybird 」について。
2007年5月06日公開のもの、
MySpace ではもう読めないのですが、チョークヒルのアーカイブで原文を確認出来ます。
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "Ladybird"





ベルナール「「 Ladybird 」について話して下さい。」
パートリッジ「「 Ladybird 」を思い付いたのは、でも、これを話すと貴方は笑い出しますよ、さて、私はドイツのホテルにいて…、」
ベルナール「ああ、缶詰めにされて、巨体の女性に扱かれていたのですね…、」
パートリッジ「( 笑い ) それで、マッサージ・ベッドにお金を使い果たしたのです。実際、私がマッサージ・ベッドを知ったのは、あの時の旅だったと思います。ですけれど、マッサージのポイントを思うところに合わせるのは、とても難しいのです。
 兎も角ですね、私はドイツの人里離れたホテルにいたのです。何か、ギグだったか、ラジオ番組への出演だったか、取材を受けるのだったかですけど、二三時間ほど時間をつぶさなければならなかったのです。それで、部屋にはテラスへの硝子の引き戸があって、そこから小さな庭に行けるのに、気が付いたのです。雨が降り込んでいました。それに、庭は草が生い茂っていたのです。とても不思議な感じがしたのです。直ぐ外に雨で濡れそぼっている大きな茂みがあるのですから。私はドアを開けて見回しました。音楽的に感じたのです、何か着想が湧きそうだ、ここには私が書けそうな何かが現れそうだ、と思ったのです。すると、一匹の蜘蛛がいたのです。ああ、蜘蛛については書けないな、と思ったのです。
 でも、てんとう虫 ladybird なら書けそうだと思ったのです。ladybird なら言外に性的な意味も持たせられるからと考えましたし、たぶん、女性に語りかける風になるだろう、と思ったのです。本当に虫に話し掛けたりはしないですよ、私は、ジョナサン・リッチマン Jonathan Richman ではないですから。こんな風に、時間を潰そうとしてドイツのホテルの庭を眺めていて、出来たのです。」
[マッサージ・ベッドは原文では、the vibrating bed 。硬貨を入れて使うもの。日本の温泉旅館などにあるマッサージ・チェアのようなものかと。
Retro Thing: Magic Fingers Vibrating Bed ]
[ Jonathan Richman and the Modern Lovers の1976年のアルバム『 Jonathan Richman and the Modern Lovers 』に「 Hey there little insect 」と言う曲がある。]
ベルナール「それで、部屋に戻って、ギターを弾くか何かをしたのですか?」
パートリッジ「いえ、ノートに二三語を書き留めただけです。」
ベルナール「では、その時には、完成版とは程遠かったのですね。」
パートリッジ「ええ、音楽的な面はありませんでした。ギターも持っていませんでしたし。大雑把に言って、童謡に繋がるような歌を書くべきではと言う着想があっただけです。それに、その歌はたぶん女性に語り掛けるものだという思い付きが気に入っていたのです。実際に書き始めるのは、自宅に帰って、新品のタスカム4トラックポータスタジオ Tascam 4 track Portastudio の使い方を覚えてからです。新品だったのですよ!」
ベルナール「最新技術のですね。」
パートリッジ「ええ、大体1,100ポンド懸かりました。家で、マルチ・トラックをするのは初めてだったのです、とても興奮しました。「 Ladybird 」の最初のものを録音したのです。ファジー・ウォッブルに入れています。」
posted by ノエルかえる at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

13th

 Shriekback の13枚目のアルバムが出来たらしい。12枚目の『 Life in the Loading Bay 』にも、パートリッジは参加してなかったので、今回もないとは思うけれど。
 けれど、XTC は12枚で終わってしまっている。


26日訂正:
まだ出来上がってはないみたい。レコーディングはこれからみたい。
posted by ノエルかえる at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Die Seele muss vom Reittier steigen...

 きのうは、録画していた『相棒12』の「最終回:プロテクト」を見る。カラマーゾフの兄弟とゴッドファーザーを重ね合わせたような印象。私の頭の中では、「父殺し」の物語りには、ガンダムもあるけれど。ガンダムでは、アムロもカミューユも一人っ子だったけど。
XTC「 Hold Me My Daddy 」


 それから、クラウス・フーバーの2002年の作品『 Die Seele muss vom Reittier steigen... 』を聴く。マフムード・ダルウィーシュ ( ドイツ語表記:Mahmoud Darwisch、英語表記:Mahmoud Darwish、アラビア語表記:محمود درويش‎ ) の詩をテキストに用いたもの。アラビア語からフランス語に訳されたものをドイツ語に重訳。
Klaus Huber – Works
 マフムード・ダルウィーシュの作品の邦訳は、四方田犬彦さんが訳した選集『壁に描く』がある。
壁に描く - Webcat Plus
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2014年03月21日

Joice Heth

 「 Human Alchemy 」の対談を読み終えたところなのですが、「 Human Alchemy 」から「 Dear Madam Barnum 」へと繋げるようなことを備忘。
 Phineas Taylor Barnum が興行師として、最初に手掛けたのは、奴隷 slave ( アフリカ系アメリカ人 ) の Joice Heth を買い、彼女をジョージ・ワシントンの乳母だった女で、161歳と偽って見世物にしたこと。1835年のこと。
posted by ノエルかえる at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は何の日:Burning

 今日は3月21日。1556年3月21日、カンタベリー大司教トマス・クランマー Thomas Cranmer は、英国国教会からカトリックへ改宗しなかったので、メアリー1世女王の命により、オックスフォードで火刑に処された。

なので、XTC「 The Ballad of Peter Pumpkinhead 」と「 Books Are Burning 」を聴こう。


追記:
『 Nonsuch 』は、chapbook 。 と思い出したのは、まだ、『 Ulysses 』をパラパラしてるからで、
「 For Haines's chapbook. No-one here to hear. Tonight deftly amid wild drink and talk, to pierce the polished mail of his mind. What then? A jester at the court of his master, indulged and disesteemed, winning a clement master's praise. Why had they chosen all that part? Not wholly for the smooth caress. For them too history was a tale like any other too often heard, their land a pawnshop. 」
と言う箇所を読んだから。

上の箇所の少し先、「 Rook 」を思い出させる文章が、なぞなぞだけど、
The cock crew,
The sky was blue:
The bells in heaven
Were striking eleven.
'Tis time for this poor soul
To go to heaven.

−The fox burying his grandmother under a hollybush.

もう少し先には、『 Mummer 』が。
Across the page the symbols moved in grave morrice, in the mummery of their letters, wearing quaint caps of squares and cubes. Give hands, traverse, bow to partner: so: imps of fancy of the Moors. Gone too from the world, Averroes and Moses Maimonides, dark men in mien and movement, flashing in their mocking mirrors the obscure soul of the world, a darkness shining in brightness which brightness could not comprehend.
posted by ノエルかえる at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月20日

高橋英郎さんの訃報

 新聞のおくやみ欄に、高橋英郎 さんの訃報。

モーツァルト劇場 = Mozart Theatre =
このサイトには、お知らせはないのだけれど。

著作のひとつ:
モーツァルトで一日が始まり一日が終わる - Webcat Plus

私の場合、XTCで一日が始まり一日が終わる 、なのだけれど。
posted by ノエルかえる at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

THE CORRECTOR

 一昨日( ? ) から、パートリッジは大量のメモをツイッターに。私が、目新しく興味深いと思ったものを、備忘。

「The Dukes full name was to have been THE DUKES OF STRATOSPHEAR LAWNS」
「The drummers they never mention,Brian Doherty on CHERRY IN YOUR TREE and Chris Sharrock on THE GOOD THINGS」
[ Chris Sharrock については、既知のことだったけれど。 追記:Brian Doherty についても、チョークヒルにはクレジットしてあるし、調べれば分かることだったけど。 ]
「 Dave recorded,during Mummer, a Homo Safari instrumental that was never used,called THEME FOR AN IMAGINARY SCI FI MOVIE 」
「 George Martin was asked to produce XTC's SKYLARKING,but declined due to deafness. 」
「The DUKES were born on the SETTLEMENT sessions,in impromptu jams,as FAT FRUIT,the name that an early manager wanted to call us」
「Dave wrote a song for DRUMS AND WIRES,the band didn't like it so we didn't record it,shame,as I saw him as our George」

デイブ・グレゴリーの曲は是非に聴いて見たい。
posted by ノエルかえる at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月19日

今日は何の日:父の日

 今日は3月19日。父の日。イギリスでは、6月の第三日曜日が父の日だけれど。イタリア、スペイン、ポルトガル、リヒテンシュタイン、アントワープ、ティチーノでは、3月19日が父の日。

 なので、XTC「 Hold Me My Daddy 」を聴こうか知ら。
posted by ノエルかえる at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月18日

coronation day

 ムールディングの歌「 War Dance 」には、coronation day と言う語が使われています。戴冠式の日ですが、俗語では、「給料日:payday」の意味もあります。
slang for payday because the pay could be reckoned in crowns (five-shilling pieces). 王冠の記された5シリング硬貨で給料が数えられたので。

歌詞は:
No we ain't seen nothing like it
Since coronation day

「 War Dance 」に、意味が二重に重ねられているかどうかは、分かりません。


これ、今日、Joyce の『 Ulysses 』を捲ってて:

−Four shining sovereigns, Buck Mulligan cried with delight. We'll have a glorious drunk to astonish the druidy druids. Four omnipotent sovereigns.
He flung up his hands and tramped down the stone stairs, singing out of tune with a Cockney accent:
O, won't we have a merry time,
Drinking whisky, beer and wine!
On coronation,
Coronation day!
O, won't we have a merry time
On coronation day!
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Super Plastic City 訳

 The Monochrome Set の「 Super Plastic City 」。とても象徴的な表現で、私には訳すのは無理に思えました。歌詞カードを元にしました。この歌も、たぶん、病気のことを歌っているのではないかと、私は思うのですが。教えて頂ければ、助かります。



( なんだ、あれ ) 両腕を振り回して
( なんだ、あれ ) こんぐらかった音をだして
( あれはお前か ) 苦痛できりきり舞い
類人猿ロデオがやってくる。

( なんだ、あれ ) 痙攣してるのか目配せなのか
( なんだ、あれ ) ミッシングリンクのようにも
( あれは本当だ ) 自然に出来たものではない
しようがない、ねえ、夢中になるのも。

昼のあとに夜のあとに昼
秘伝の方法がいくつもあって
私はかわいくなってゆく
何週かで何月かで何年か
スーパープラスティックシティーに
私は居たいのだけれど。

( なんだ、あれ ) 優雅に歩いて
( なんだ、あれ ) 肩を粋に聳やかし
( あれはお前か ) 虫酸が走る程に上品
すべては一瞬、嫌悪と魅了を感じるのが。

( なんだ、あれ ) 金切り声だけれど、何か意味ありげにも
( なんだ、あれ ) まるっきり、外国人の発音
( あれはお前か ) 言葉が、鞭打つように鋭い音を立てる
私の唇から出て行く過去時制を聞き取ってほしい。

( なんだ、あれ ) 鳥なのか、飛行機なのか
( なんだ、あれ ) いやそうではない、配線仕替えた脳なのだ
( あれは本当だ ) 「涙の谷」を希求する
私の耳から出る放電の火花を見つけ出してほしい。

昼のあとに夜のあとに昼
秘伝の方法がいくつもあって
私はかわいくなってゆく
何週かで何月かで何年か
スーパープラスティックシティーに
私は居たいのだけれど。
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2014年03月16日

今日は何の日:Yom Tov of Joigny

 きょうは、3月16日。1190年3月16日、ヨークのヨーク城 York Castle で、暴徒に襲われたユダヤ人の一団が、ヨーク城に逃げ込み保護を求めたけれど、城を暴徒が取り囲んでいたので、ユダヤ人の指導者のYom Tov of Joigny が集団自殺をすることを決め、約150人が、暴徒に惨殺されるよりも自殺を選んで、集団自殺に従った。

XTC の歌から選ぶとすれば、「 Knuckle Down 」かな?
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2014年03月15日

今日は何の日:Cesaricidio

 きょうは、3月15日。カエサルが暗殺された日、紀元前44年。

 きのう聴いたのは、ハイドンの交響曲第70番。と、『 Skylarking 2010 』D面 ( 「 Dear God 」抜き )。

 Super Square Cloud の新しい7曲入りEP ( アルバム? ) も発売に。マスタリングはステゥさんなのだと。
Super Squarecloud – Soupeater Album : Secret Chord Records

 新聞広告に、小川美潮『 4 to 3 』のリマスター、Blu-ray spec があった。
posted by ノエルかえる at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月14日

今日は何の日:The Mikado 、と、Albert Einstein

 きょうは、3月14日。1885年3月14日、アーサー・サリヴァン Arthur Sullivan とウィリアム・S・ギルバート William Schwenck Gilbert のサヴォイ・オペラ Savoy Opera『 The Mikado 』が、ロンドンで初演。






追記:
それに、Albert Einstein の誕生日。1879年3月14日生まれ。
XTC=EG だ。

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ベルナール、パートリッジ対談「 Human Alchemy 」7

ベルナール「残っているのですか、それは、環境には良いことではないですねえ。」
パートリッジ「あれはプラスティックだから、、百万年も残るかも知れませんね。」
ベルナール「それは。皆んなが出掛けて行って、そのお宝の XTC 用品を探さないといけませんね。」
パートリッジ「( 笑い ) 未来の考古学者たちが、あの農地をプラスティック探知機で探索すると、あの人形を発見するかも知れませんね。「私たちは、五百に余る大量の茶色に塗られた人形を発見したぞ! これは一体何なのだろう? 宗教的小集団か何か? 三騎士を崇拝する宗教集団か? ( 笑い ) それに、一足のトレーニング・シューズも見つかった。私はこれらは確実に全てが関連していると思う。」とか言って。」
ベルナール「( 笑い ) 人形に跪拝せよ! 否、トレーニング・シューズに跪拝せよ!」
パートリッジ「( 笑い ) ですね。」
ベルナール「それでは、この歌について、他に何かありますか?」
パートリッジ「そうですね。意固地なのですけれど、この曲をシングルにしたかったのにと、当時、本当にずっと残念に思っていたのです。でも、実現することはありませんでした。あまりに風変わりの歌ですからね。一般向けのラジオ番組でこれがかけられることはありそうにないですからね、そうでしょう。」
ベルナール「ええ。でも、やはり、B面を開始するのにこの曲を選んだのですよね。そうしようとしたことを遣り遂げた、と貴方は感じたのに違いないと思います。」
パートリッジ「そうですね! 創り上げられてとても嬉しかったのです。特にですね、不出来な短いテーマ、それに、全部がダブで歌の付いていない、不出来のダブっぽいデモ・テイクから、あの完成版にまで、曲が成長して行ったと言う事実が嬉しかったのです。」


おわり  








誤訳、疑問点をご指摘下さすると、助かります。
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2014年03月13日

今日は何の日:Violin Concerto

 きょうは、3月13日。メンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲 作品64』が、ライプニッツで、フェルディナンド・ダヴィッド Ferdinand David がソロ・ヴァイオリンを務めて、初演された。
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Skylarking: Corrected Polarity Edition

 アマゾンで予約開始。2081円。
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ぽの

 ニール・ヤングさんが開発した、音楽ダウンロード・サービスとプレイヤーがサービス開始、発売されるのだそう。ニール・ヤングさんは、iPod、iTunesで始まった、音楽ダウンロードの音質の悪さに憤っていて、開発することになったのだそう。
 XTC も、カタログされるといいのですが。

PONO
posted by ノエルかえる at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

ベルナール、パートリッジ対談「 Human Alchemy 」6

ベルナール「この曲のためにビデオを作られましたよね。」
パートリッジ「デイブはメイキャップを拒絶しましたよ! ( グレゴリーの物真似で ) 「そんな泥を僕の顔には塗らないよ。とんでもない、なんて恥ずかしいんだ。」って。それに、私はデイブに、彼の白いトレーニング・シューズを脱ぐように頼んだのですけれど、履くとすればもっと見分けにくいような、暗い色の靴にして欲しいと言ったのですけれど、「嫌だよ。この靴は履き心地が良いんだから。あの大変な丘をとぼとぼ歩いて上り下りするのなら、僕はこの自分の靴を履くよ。」って。
 ですからね、貴方が、テレビの『 Play at Home 』シリーズに僕たちが出演して作った、まあ安上がりで不出来のビデオをご覧になったら、デイブ・グレゴリーさんはメイキャップをしてないし白いトレーニング・シューズを脱いでないのが分かるでしょうね ( 笑い )。」
ベルナール「どこで撮影したのですか?」
パートリッジ「町から外れたよく知っている石灰岩の丘が連なる地帯でですよ。私は、撮影隊と一緒にあの辺りを自動車で回って、地平線にちょうど良い具合の樹が一本立っているのを見つけたのです。その樹は、孤立しているようで悲しげでちょっと恐い感じもしたのです。私は撮影隊に「あそこが誰の土地か分かりますか? 二三時間あの丘や樹の周りを歩き回っても迷惑にならないでしょうか?」と聞いて見たのです。撮影隊は、誰の土地だか探し出しました。農家の人は、歩いても樹の側で叫んでも構わないと言ったのです。( くすくす笑い )
 私は言ったのです。「さあ、すごいものになるよ、まあ、なんとか僕たちが黙示録の「三」騎士になれたらだけどね。[ 黙示録は四騎士:War,Famine,Conquest( Pestilence ),Death. ] まあ、一人はインフルエンザか何かになったことにしておこうよ。」( 笑い )  疫病 ( Pestilence ) は豚をインフルエンザに罹らせてしまったというのにね。それで、戦争と飢饉と死は揃っていたのです。疫病はね、暮らし向きが悪くなったと思っていたのですね、立て直そうとオーストラリアに引っ越したのです。
 それで、私はこう言ったのです。「死神風の衣装を借りよう。それで、数千体の黒い人形をいくらで手に入れられか調べよう。」 私たちの場合、ビデオの小道具に仕えるお金は、300ポンドか400ポンドくらいだったのです。もちろん、自前のお金ではありません。マイケル・ジャクソンは、ビデオにいつも700万ドルを使うのです。私たちは、400ポンドを借りなければならなかったのです。
 十分な数の黒い人形を直ぐには手に入れられませんでした。お買い得の安い白い人形は手に入ったのです。それで、私と監督は、お恥ずかしいけど、今、名前を思い出せないのですけれど、兎も角、私と監督は、私の家の裏庭に新聞紙を拡げて、その白い人形を茶色に塗ったのです。何百塗ってまた何百。お金で手に入っただけの数の人形を塗ったのです。
 その人形を丘じゅうに散らばさせて、その周りを私たちは歩き回ったのです。ビデオで、私たちが歩き回っている所どこにでも、暗い茶色の小さい人形があるのを見ることが出来ますよ。それを、作物みたいに集めて回って、それから、溶かしたのですね。
 映画全体は、Spinal Tap の「ストーンヘンジ」そのものですよね、本当に。( くすくす笑い ) 勘弁して下さい。ひどいビデオを作ったのです。
[ モキュメンタリー『 This is Spinal Tap 』には、架空のバンド Spinal Tap がストーンヘンジでライブをしようとして、結局、模型を作ることになったのだけれど、18フィートと18インチを間違えて、約54センチの高さのストーンヘンジになった、というエピソード がある。]
  「 Funk Pop a Roll 」のビデオも、同じ週に作られたのですけれど、お金は使いませんでした。でも、とてもよく出来たと思います。

 ですけれど、変ですけれど、人形を拾って帰ることはなかったように思うのです。もしかすると、畑に残っているかも知れませんね。」
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2014年03月11日

SPINAL TAP

 少し前の Swindon Web に、SPINAL TAP と言う記事があった。モキュメンタリー Mockumentary と言うジャンルがあるのだそう。架空の出来事を巫山戯た調子でドキュメンタリー風に作った映画を言うのだそう。『 This is Spinal Tap 』もそのモキュメンタリーで、1984年の3月2日に、放送されたので、30周年と言う記事だった。『 This is Spinal Tap 』は、架空のヘヴィー・メタル・バンド Spinal Tap のドキュメンタリーと言う設定。バンドの歌う歌の歌詞に、Swindon が出て来るのだそう。
 それで、少し思ったこと。XTC が変名 The Dukes of Stratosphear でレコードを作ったのは、余った予算と時間があったからだけど、レコーディングは1984年の12月だし、お巫山戯で架空のバンドを演じると言うアイデアには、影響しているかもしれない。架空のサイケデリック・バンドではなく、ヘヴィー・メタル・バンドだったら、どうだったか?
Spinal Tap | The Swindon Connection | SwindonWeb

 それと、やはり、The Dukes of Stratosphear に関連して、このところ感じていること。スキャンダルの中心人物になった、新垣隆さんのこと。あのベートーベン風作品は、本人の名前では発表出来ないものだったのか知ら、と思う。現代の作曲家としては、勉強の為の習作かお巫山戯の遊びでしか、作れないものなのかどうか、と。新垣さんが、ネオ・ロマン派の作曲家となったとしても、あの作品は、作品としての質には至ってないのか知ら?と。
 それは、そのまま、XTC の問題。XTC が、ネオ・サイケデリックとして、パロディではなしに、真面目にサイケデリックの新作を創って発表することは、不可能だったのかどうか? と言う問題。


追記:
XTC が、変名のヘヴィー・メタル・バンドを演じたとしたら、バンド名は、Scissor Man 。アルバムは、アートワークには、妖怪を描いた浮世絵を使って、タイトルは漢字で『妖夫曳衒』、赤い墨を使い毛筆で書いたもの。
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2014年03月10日

ベルナール、パートリッジ対談「 Human Alchemy 」5

ベルナール「この歌は、アレックス・サドキン Alex Sadkin さんとフィル・ソーナリー Phil Thornalley さんとがリミックスをした曲のひとつですよね?」
パートリッジ「リミックスのものでしたか、それとも、ステーブ・ナイのミックスのものでしかたか?」
ベルナール「ライナーノートには、「 Wonderland 」「 Deliver us from the Elements 」「 Funk Pop a Roll 」と共に、リミックスされた、とあります。」
パートリッジ「おかしいですねえ。でも、そのライナーノートが間違いで、これは本当にスティーブ・ナイがミックスしたものだと実証するには、どうしたらいいか、私には分からないのです。当時、「ああ、会社はアルバムに間違いを書いてしまった。」と思い悩んだことを覚えていますよ。と言うのはですね、AIR スタジオでスティーブ・ナイと編集したことを覚えていますからね。それで、あれは、スティーブ・ナイのミックスのものだと思います。オリジナルのアルバムのアートワークの間違いなのです。デイブとコリンが違うことを言えば別ですけれど。可哀想なアレックス・サドキンは何も言えないですけれど。死んでいますからね。
 それから、AIR スタジオでの思い出がもうひとつあるのです。スタジオは、ロンドンのオックスフォード通りよりもひとつ上にありました。私たちは、右側のスタジオを使っていたのですが、左側のスタジオは、バンドのジャパンが使っていました。私がスタジオから出ようとして、何時間もミキシングの作業をしていましたから小用か何かだったと思いますけれど、ドアを開けるとですね、ジャパンのメンバーの三人だったか四人だったかが倒れ込んで来たのです。ドアに耳を当てていたのですね。」
ベルナール「( 笑い ) 誰が一番に入って来たか、調べないといけませんね。」
パートリッジ「( くすくす笑い ) そうですね。きっと、場都合が悪かったでしょうね。私は、小用に行こうと急いでいて、勢いよくドアを引きましたから。ジャパンのメンバーは、文字通りに落ちて来たのですよ。
 ジャパンというバンドは、高尚な芸術音楽という定評を得ていて、超然としているバンドでしたから。あんな風に競い合って耳を峙てている現場を押さえられて、面白かったです。」
[ Japan のスタジオ・アルバムは、1981年の『 Tin Drum 』が最後。それのプロデュースはスティーブ・ナイ。『 Mummer 』レコーディングの頃は、土屋昌己を加えたステージ・ツアーだけの時期。スタジオにいたとすれば、ライブ・アルバム『 Oil on Canvas 』の編集の為か? ]





補記:
バンド・ジャパンがスタジオに倒れ込んで来たところ、原文では、「 three or four members of Japan fell in! 」と。fall in、競技レースで、走者がゴールに傾れ込むように着く時にも使うので、ベルナールさんもパートリッジも、competition と言う語を使ってジョークを言っています。原文のパートリッジの言葉「 to catch them ear-balling the competition so blatantly as that was quite amusing. 」は、盗み聞き競争をしている彼らを捕まえた、と言うのが、そのままの意味です。追記:競馬だと「鼻の差」と言うけれど、ここでは、「耳の差」なのでしょう。

補記2:
liner notes について。
ライナーノートの各クレジット、売り文句、説明文、歌詞が付けられている場合も、それらは、読まれるべきテキストとして印刷されているのではなく、あくまでも、ジャケットのデザインの一部であるということ。実際、アルバム『 Mummer 』には、インナースリーブに歌詞がプリントされているけれど、それもデザインとして。
 なので、パートリッジは、「 that's a mistake from the original album artwork 」と言っています。
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2014年03月09日

デレク・ベイリー

 備忘 ( 書籍 ):
『デレク・ベイリー:インプロヴィゼーションの物語』
ベン・ワトソン Ben Watson
木幡和枝 訳
工作舎  2014年1月15日刊

フリー・インプロヴィゼーションの可能性を切り拓き、数多くのミュージシャンに影響を与えたギタリスト、デレク・ベイリー。膨大なインタビューを再構成し、ベイリーの生涯、音楽観を浮き彫りにする待望の書。

デレク・ベイリー : インプロヴィゼーションの物語 - Webcat Plus

原書:
『 Derek Bailey and the story of free improvisation 』
Verso  2004年刊

"Derek Bailey was at the top of his profession as a danceband and record-session guitarist when, in the early 1960s, he began playing an uncompromisingly abstract music. As the Joseph Holbrooke Trio, with bassist Gavin Bryars and drummer Tony Oxley, Bailey forged a musical syntax which has since operated as an international counter to the banality of commercialism. Refusing to be labeled a "jazz" guitarist, Bailey has collaborated with performance artists, electronic experimentalists, classical musicians, Zen dancers, tap dancers, rock stars, jazzers, poets, weirdos and an endless stream of fiercely individual musicians. Today his anti-idiom of "Free Improvisation" has become the lingua franca of the "avant" scene, with Pat Metheny, John Zorn, David Sylvian and Sonic Youth's Thurston Moore amongst his admirers." "Derek Bailey and the Story of Free Improvisation lifts the lid on an artistic ferment which has defied every known law of the music business. Telling the story via taped interviews with Bailey and his cohorts, gig reports and album reviews (including an exhaustive discography of Bailey's vast and hard-to-find output), Ben Watson's biography argues that anyone who thought the avant-garde was dead simply forgot to listen."--BOOK JACKET.

Derek Bailey and the story of free improvisation (書籍, 2004) [WorldCat.org]
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2014年03月08日

Nudybronque - Peachy Keen

 NudyBrounque の新しい EP から、「 Peachy Keen 」のビデオが、YouTube で公開されました。クレジットには、コリン・ムールディングの名前もちゃんとありました。

Recorded at Buckett 'O Blood and Earthworm
Produced by Jon Buckett
Co-produced by Colin Moulding
Mixed and Mastered by Jon Buckett & Colin Moulding at Earthworm & Warneage Wood

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今日は何の日:International Women's Day、Mother's Day

 きのうは、テレビでドラえもん映画を見た。

 今日は、3月8日。International Women's Day 。それに、3月だから母の日。今年は、3月30日が母の日。
なので、きょうは、XTC「 Church of Women 」を聴こう。

追記:
 あ、母の日には、水仙を贈るのが習慣だから、ピーター・ブレグヴァドさんの「 From Germ to Gem 」を聴いた方がいいか知ら。

訂正:
母の日、今年は、3月30日でした。15日になるのは、2015年でした。
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2014年03月07日

XTC - Skylarking (corrected polarity edition)

 あさ、APE のバーニングシェッドのショップを見たら、予約が始まっていた。ジャケットのアートワークも、2010年版と同じだった。
 パートリッジは、APE house の経理担当者を捜す必要に迫られているとツィッターに書いていたので、リリースに関する事務も留って、遅れるのかと心配していたけれど。リリースの予定は、4月14日だけれど、予定通りかどうかは分からない。
 私は Paypal で予約した。ペイパルを使うと、バーニングシェッドの表示の日本円の金額よりも少し高くなる。それに、バーニングシェッドは、予約時点で、引き落とすので。( 最初は、クレジットカードにしようと思ったのだけれど、クレジットカードを選択すると、カード会社の総合トップページに行って、そこで国を選ぶと、その国のトップページに行って、それからログインするのか? 何だか煩わしいので、ペイパルにした。 )


 きのう、聞いたのは、ハイドン交響曲第64番『 Tempora mutantur 』と、オーネット・コールマンの『ヴァージン・ビューティー』( Blue-Spec CD。Blue-Spec って、SACD より音は良いのか知ら? )。『ヴァージン・ビューティー』は、やっぱり、XTC 的。
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2014年03月06日

ベルナール、パートリッジ対談「 Human Alchemy 」4

ベルナール「歌詞について話して下さい。何がこのテーマを思い付かせたのでしょうか。何年間も音楽産業の奴隷であったと言う事実を考えていたのですか?」
パートリッジ「いいえ違います。たぶんですね、有り余る程の白人自由主義の罪悪感について考えていたのだと思います。ですけれど、「ああ、黒人の皆んな、何年も僕たちは君たちに非道いことをしてご免ね。」と、言いたくはないのです。奴隷市場で独占的に売られていたのが黒人だったわけではないからです。分かってもらえるか知ら。歴史上では、白人が奴隷として売られていた時期の方が、おそらくは長いのです。「 slave : 英語の奴隷 」と言う言葉は、「 Slav : スラヴ 」から来ているのです。奴婢に適していると思われれば、どんな種族でも奴隷になったのです。[ 原文では、slave と言う語と古語の chattel と言う語を使って書き分けている。後の部分に、古語の baseも使っている。 ] どの皮膚の色でも奴隷になったのです。ブリテン人は、ローマ人の奴隷だったのです。ローマや帝国の他の地域へ連れて行かれたのです。
 でも、学校で教え込まれたのですね。それで、「奴隷とは黒人のこと。」と思うようになったのではないでしょうか。その上に、私は、新しいものを加えようと考えたのです。「私たちは遺憾に思っています。『ルーツ』を見ました、今はどんなことだったのかが分かっています。」等とは、私は言いたくなかったのです。全ての背後には人間の貪欲がある、と言うことを付け加えたかったのです。貪欲のために、人々は奴隷になったのです。奴隷と言うのは、人間は他の人に売られて金と交換することが出来るものだ、と言う考えで成り立っているのです。これが錬金術なのです。奴隷状態にされた普通の人々を金に変えるのです。
 私は、別の視点を持ち込んで、奴隷の話しには二つの側面があると言うことを描きたかったのです。奴隷には、二つの状況に置かれた人々がいるのです。ひとつは、集められて売られると言う状況に置かれた人々。もうひとつは、集めて売ると言う状況に置かれた人々です。それが、アラブ人だったり、白人の船主だったり農園主だったりするのですけれどね。兎も角、彼らも、また、奴隷制度に捉われていたのです。彼らの貪欲が彼らを売られる奴隷と同様に制度の奴隷にしているのです。
 軽薄ではありますね。どちらの側が良いのかは、誰にでも分かり切ったことですからね。でも、私は、いつも、新しい側面を取ろうとするのですよ。
 この歌では、私はサウンドスケープに没頭しました。私は、音楽で惨めな人々の絵を描こうとしたのです。未開部族的なドラム、悼詞の様に反復するヴォーカル、それに、特に曲の最後の部分の、暗くて恐ろしげな虚ろな感じ、それらで描こうとしたのです。」
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2014年03月05日

今日は何の日:John Cabot

 きょうは、3月5日。

 いま、XTC「 Human Alchemy 」の対談を読んでいる途中なのですが。1496年3月5日に、ヘンリー七世がJohn Cabot ジョン・カボットに探検航海の許可状を下した、と言うこと。カボットは、ブリストルから出航したけれど、最初の航海は断念して引き返し、改めて出航して、カナダ東岸の島々、ケープ・ブレトン、ニューファンドランド、それにラブラドル半島を発見した、と。

 このときは、もちろん、ジョン・ハリソン John Harrison のクロノメーターはまだないから、航海は勘に頼っていたのだと。ハリソンの生まれは、新暦(グレゴリオ暦)では1693年4月3日だけれど、旧暦(ユリウス暦)では3月24日 ( O.S. 24 March )、亡くなったのは、1776年の3月24日 ( この時は、もう新暦 )。で、3月の人だなあ、と。
 それで、思ったのだけれど、ビートルズのメンバーの名前って、イギリスの人たちには、偉人ジョン・ハリソンの名前をもじったものに思えるのかも。
posted by ノエルかえる at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月04日

今日は何の日:Forth Bridge

 きょうは、3月4日。1890年3月4日、フォース鉄道橋 Forth Bridge が開通。スコットランドのエジンバラのフォース湾に架かる鉄道橋。鋼鉄の橋。英国で始めての鋼鉄の構造物。エッフェル塔の使用開始は、1889年3月31日。設計は、ジョン・ファウラー Sir John Fowler とベンジャミン・ベイカー Benjamin Baker 。橋の長さは、2530メートル。三つの菱形をしたカンチレバー構造、カンチレバートラス橋。

「 Painting the Forth Bridge 」と言う表現は、「 a task is never-ending 」の意味。


 なので、きょうは、XTC「 Towers Of London 」を聴こうか知ら。
 シングル「 Towers Of London 」は、1980年10月10日リリース。

File:The Forth Bridge seen from South Queensferry.JPG - Wikipedia, the free encyclopedia
posted by ノエルかえる at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月03日

ベルナール、パートリッジ対談「 Human Alchemy 」3

ベルナール「貴方が全部のギターを弾いているのですか? この歌にはギターはあまりないのですが。」
パートリッジ「ギターはあまりないですね。リズムを刻むギターだけですね。
 一番目だつのは、たぶん、「奴隷の合唱」の声ですね。本物の声とメロトロンなのですが。」
ベルナール「おや、貴方は私の質問を先取りしてしまいました。あのコーラスの音が、私には不思議だったのです。」
パートリッジ「ほんの少し人間的にしようとして、現実の人間を混ぜたのです。」
ベルナール「オクターブ装置ですけれど、声を下げるために、何かそのような装置を使ったのですか?」
パートリッジ「私は、「スプリット・オクターブ・ヴォーカル」のようなものが大好きなのです。でも、ジョージ・マーティンさんと彼の装置は必要はありませんでした。私は、とても低い音を歌えるのです。たぶん、私たちは、テープの速度を少しだけ速めたのだったと思います。そうすれば、もっと低い声になりますからね。あれは、全部が私の声です。」
ベルナール「なるほど。貴方は、朝一番にスタジオに遣って来て、そのパートを歌われたのではないかと、私は思うのですが。」
パートリッジ「( 笑い ) ええ、その通りです! 朝のコーヒーを飲む前に歌ったのですよ。
 でもですね、私は、あの装置、「スピリット・ヴォーカル spilit vocals」も大好きなのです。デビット・ボウイも少し使っていますよね。」
ベルナール「ピーター・ゲイブリエルも愛用者ですよ。」
パートリッジ「本当ですか? 私は、気が付きませんでしたよ。でも、デビット・ボウイが使っているのは知っています。とても効果的ですね。低いコーラスは、歌によく合っていると思えたのです。ところで、奴隷の痛ましい悲劇はご存知ですよね。」




訂正:愛好者→ 愛用者
posted by ノエルかえる at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | Mummer | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

らじお

 このところ聞いているのは、ハイドンの交響曲。交響曲全集を出して来たので、毎日一枚ずつ。交響曲が終わったら、弦楽四重奏全集にしようかと思ったりしている。でも、先週は、モンテヴェルディになった。それで、きょうは、ハイドンの交響曲のCDを一枚。それから、インターネットのBandCamp で Big Big Train のアルバム『 Gathering Speed 』。
 それで、Big Big Train のブログが更新されていたので、それを読んだ。どうして自分たちの作品を知ったのかをファンに聞いた結果についての記事。Gregory Spawton さん自身が興味深く思ったと言われているのは、Twitter や Facebook の様なソーシャルメディアを介して知ったと言うファンは皆無だった、と言うこと。ほとんどのファンは、誰かに薦められて、コンピレーション・アルバムなどで聞いて、インターネット・ラジオで聞いて、なのだそう。Big Big Train のファン層がそう言う人たちなのかもしれないし、ソーシャルメディアは実はほとんど影響を持たないで、やはり、ラジオなのかもしれない。
 私自身は、吉田秀和さんが亡くなって、ラジオもほとんど聞かないけど。まあ、XTC の12枚のスタジオ・アルバムを繰り返し聴くだけなので。

 それから、Big BigTrain の場合、他のバンドとのつながり、と言うのも。私も、そう。もちろん、XTC との関係で。グレゴリーさんが参加したから、聴いて、ファンになったので。

http://www.bigbigtrain.blogspot.jp/2014/03/prog-on-prescription-or-how-listeners.html
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mvdbase.com - index

 ミュージック・ビデオのデータ・ベースもあるのですね。それで、そのデータ・ベースの中のXTC の項を備忘。

mvdbase.com - XTC artist videography

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2014年03月01日

Paper Chase

 APE フォーラムで、パートリッッジが、提供・共作した曲の中で自信のある歌を上げていました。1997年にリリースされた、Nicky Holland のアルバム『 Sense And Sensuality 』の中の二曲「 Paperchase 」「 New York Inside My Head 」がそれ。
 私は知らなかったし、聞いたことがありません。ディスクは中古ならあるか知ら。iTunesにはカタログされていませんでした。

 Paper Chase は、子供の遊び。鬼ごっこの様な遊び。「うさぎ」と「キツネ」に別れて遊ぶ。「うさぎ」が先に逃げていって、紙をまいて置く。「キツネ」が紙を手掛かりに追いかける。と言う遊び。
 一読した感じでは、歌詞はパートリッッジ的。( チョークヒルで閲覧。 ) すぐ後の、『 Apple Venus 2 / Wasp Star 』の中の「 Playground 」に繋がるのかもしれないです。


フォーラムでのパートリッジのコメント:
「 Two I'm really proud of were the numbers I did with Nicky Holland, NEW YORK INSIDE MY HEAD and PAPERCHASE. They came out good I reckon. 」
Talk About Collaborations Andy Already Have Done. - Ape Forum

アルバム、Discogs には、データがありませんでした。

チョークヒルのデータ:
Chalkhills: Reel by Real: Nicky Holland: "Paperchase"
Chalkhills: Reel by Real: Nicky Holland: "New York Inside My Head"  


2015年2月28日追記、訂正: 
Discogs にデータがありました。 
Nicky Holland - Sense And Sensuality at Discogs
posted by ノエルかえる at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3月リリースのシングル

 3月には、XTC のアルバムはリリースされていません。でも、3月にリリースされたシングルはあります。

「 This is Pop? 」、1978年。( でも、『クロノロジー』では、4月21日金曜日に。 )
「 Ten Feet Tall 」、1980年。
「 Wait Till Your Boat Goes Down 」1980年3月14日。
「 Respectable Street 」1981年3月13日。
「 The Disappointed 」1992年3月23日。
と、アメリカのみでリリースされた「 Ten Feet Tall 」を除くと、何故か、全部がパートリッジの歌。
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする