2014年12月28日

swing easy!

 きょうは、フランク・シナトラのマスターウォーク the 1954-61 アルバムから、『 Swing Easy! 』と『 Songs for Young Lovers 』のカップリングCDをかけて、寝転がっていた。オリジナルアルバムに12曲のボーナストラック付き。オリジナルアルバムは、両方とも、8曲で、収録時間も短い。『 Swing Easy! 』は19分、『 Songs for Young Lovers 』は21分。そんなものだったんだ。
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2014年12月27日

The Madwoman in the Park

 イーディス・シットウェルは、書いた作品を誰かに献呈していることが多いのだけれど、アメリカの詩人、ホーレス・グレゴリー Horace Gregory ( 1898-1982 ) に献呈した作品がある。題名は、「 The Madwoman in the Park 公園の狂女 」、1949年から1954年の間に書かれた詩。
 その第一連

藤本真理子 訳  

目映いばかりに、強烈なダイヤモンド光線はなかった。 
虎がゴロゴロ喉を鳴らしている緑樹の中には、 
ギターを掻き鳴らす雨音もなく。夜の間中 
私はダイヤモンドの王が病気で死んだ夢を見ていた。 
残っているのはただちっぽけな埃っぽい死。旱魃の時代なのだから。 
”死者”は私たちのために泣くはずの雨を 
盗んでしまったのだ。……  

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2014年12月26日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」1

 アンディ・パートリッッジとトッド・ベルナール Todd Bernhardt さんの対談、「 Complicated Game 」について。
 2008年1月6日にMySpace に公開のもの。MySpace にはもうありません。今は、チョークヒルのアーカイブにあります。 
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "Complicated Game"  





ベルナール「さて、この曲についてですけれど、『 Fuzzy Warbles 1 』にデモ・テイクがあります。それから始めましょう。それは、大体、貴方の歌とエレクトリック・ギターだけです。歌詞は、もぐもぐ言っているだけで、まだ作っている最中のようです。メロディ・ラインは、既に出来ています。ギターのパートもほとんど出来ています。でも、ブリッジ部分は違っています。デモ・テイクは、ほぼ全曲が出来ているようです。貴方は、歌の構造は出来上がっていると考えたので、それを録音しておこうと思われたのですね。」
パートリッジ「ええ、それに、この歌には、フォーク調のところがありますね。ディラン・エスキュです。何と言うか、フィタル・ディラン Fetal Dylan の曲のようですね。そんな名前のバンドはありませんでしたけど。」
ベルナール「パンク・バンドには、うってつけの名前です!」
パートリッジ「( 笑いながら ) フィタル・ディラン! 映画では、誰がその役を演じれば良いでしょうね? 思いもしない誰かですよ。フィタル・ディラン役:Mr.ティー!」
ベルナール「( 笑いながら ) 歌詞に注意をしてみますと、まだ、作っている最中なのですね。けれども、各行の終わりに「 left 」と「 right 」と言う語を使いたがっているのは分かります。それに、「 same 」と「 complicated geme 」と言う語もです。詩をどうすべきかは分かっているのですね。」
パートリッジ「これが私の調査研究の仕方なのですよ、お分かりでしょうけれど。」
ベルナール「ちょっと先に進んで、ブリッジ部分の話しをしましょう。スタジオ版と較べると、長調で、とても楽しげです。」
パートリッジ「ええ、他の部分も長調なのですけれど、緊張感がある様に、音に間隔を置いているのです。例えば、AとFの音では、緊張感があるでしょう。ニルヴァーナ [ 1965年から活動していたイギリスのプログレッシブ・バンドではなく、1987年から活動していたアメリカのオルタナティブ・バンドなのだと。 ] がよく使っているものですね。 
 私は、あの時、この歌がどうして出て来たのかを考えていたのです。どうしようもないむなしさについての歌です。むなしさと言うものが、どれほどに強力でのっぴきならないものかと言う歌です。」
ベルナール「どう言う意味ですか?」
パートリッジ「私たちの生活の大部分、むしろ、本当の所、全部なのでしょうけれど、自身が携わることが出来ないものに制御されているのです。私たちは、自分たちが携わっていると思っています、でも、それは、自分自身をそう思う様に騙しているのです。」
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2014年12月25日

修正版

 『 Drums and Wires 2014 5.1 DVD 』修正版、届いた。
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2014年12月24日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」8

ベルナール「もう一つ伺いたいことがあるのです。一つ一つのヴァージョンを順を追って聴いていくと、貴方は、歌詞をだんだんはっきりと発音しなくなっているように思えるのですけれど、どうなのでしょう?」
パートリッジ「ああ、あまり重要なことではないと思います。聴衆は歌を知っているのですから。ですから、歌を解体して楽しむことが大切なのです。そうです、解体して、何か新しいものを創り出そうとするのです。 
 私が出す声は、パーカッション的なノイズ、あるいは、キャッと言ったりキーと言ったりするだけになりました。あれは、「アンディの楽しみ」だったのです。楽しみがなかったら、私は、もっと早くにツアーを止めていたでしょうね。自分自身の為の楽しみを持たなければならないのです。聴衆は歌を知っています。聴衆は、私がジュリー・アンドリュースの様に歌うのを望んではいませんよ。( 笑う )」
ベルナール「( 笑いながら ) でもですね、貴方がジュリー・アンドリュースが歌うことを念頭に置いたら、いいアレンジが出来たかもしれませんね。」
パートリッジ「( 笑いながら ) 何と言うか、それを聴いてみたいですねえ。」 


おわり  




誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。
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2014年12月23日

ぽの その後

 『ポノ』については、以前に書いたのだけど、ぽの: ノエルかえる不恵留 2014年03月13日、 あれからどうなったのかな、と思って、ホームページを見たら、 XTC のアルバム10枚、コンピレーション・アルバム2タイトルが、カタログされていた。これは、つまり、高音質のポノ対応にユニヴァーサル社がリマスタリングをしたと言うことなのか知ら。ポノを日本で購入出来るかどうかは知らない。

PonoMusic | Store  


 それで、今日は、エドワード・バーン=ジョンズ Edward Burne-Jones の描いた『 King Cophetua and the Beggar Maid ( 1884年 )』を眺めながら、
Burne-jones_cophetua.jpg 1,378×3,058 ピクセル 
ハンフリー・サール Humphrey Searle の交響曲第一番( 1953年 )を聞く。
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2014年12月22日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」7

ベルナール「この曲は、アルバム・ヴァージョンでは、ステレオの分離度がすさまじいですね。」
パートリッジ「ヘッドホンで聴けば、私は左側で弾いています。デイブは右側。それから、デイブのギターには、スラップバック・エコー [ ディレイ ] が少し使ってあると思います。そのエコーで、デイブの音像は立体音響空間全体に投射されているのです。」
ベルナール「ドラムズに関しては、ハイハットは右チャンネルだけの様に思えます。」
パートリッジ「ずっと右です。そうなんです。それに気が付いて、奇妙だと思ったのです。あの頃は、私は、ミキシングとかそういうことには、あまり、注意を払ってはいなかったのです。年を経るごとに、どんどんと、スタジオにいることに魅了されて行ったのです。今、「これはまあ、ハイハットをずっと右にして置くと言うのは、なんて急進的なんだ、」と思っていますよ。 
 覚え書きがあります。そこには、「バリー・アンドリューズのXTC がこの曲を演奏するのをどうしても聴いてみたかった。」と書いてあるのです。」
ベルナール「ほんとにそうですね。」
パートリッジ「この曲は、もしかしたら、ずっと頭の中にあったのではないかと思うのです。バリーがバンドを去る前に、出来上がってたのではないかと思うのです。」
ベルナール「それで、何時この曲を書かれたかを、私は尋ねたのです。けれども、冒頭に、貴方は、後になって出来た歌だと思うと言われました。けれども、今言われた、バリー・アンドリューズのことを考えると、もっと前に書いたのだと思われませんか?」
パートリッジ「そこなのですよ。私は、自己矛盾しているのです。」
ベルナール「( 笑いながら ) ハハ! 分かりました。」
パートリッジ「私のことが分かったのですね。私は、よく間違えるのです。もっと前にだったのか、後にだったのか、まるで、思い出せないのです。前か後かと言えるのは、たぶん、この二三週間に起こった出来事についてだけでしょう。」
ベルナール「ええ、そうですね。ところで、アルバムについての話しに戻りますが、アルバム制作には、僅かの時間しか与えられなかったのですよね。」
パートリッジ「ええ。「さて。ツアーは終わった。当社は、君らには、五週間後にスタジオが取ってある。だから、三週間で曲を書いて、10日間リハーサルをして、スタジオに来なくてはならないからな。」と言うことでした。」
[ 『 Go 2 』のツアーは、1979年5月14日、ドーセットでのステージが最後。バリー・アンドリューズは、1月の合衆国・カナダ・ツアーでバンドを辞めて、カナダのアルバータでのステージが最後。デイブ・グレゴリーは、4月18日からのイギリス・アイルランド・ツアーから参加。レコーディングは、まず、「 Life begins at the Hop 」が3月10日に行われている。その後、6月7日から9日に「 Making plans for Nigel 」。アルバムは、6月18日から30日の間にレコーディング。 ]
ベルナール「それでは、この歌を実際に製作する前には、一ヶ月程、この歌をギターでいろいろと試してみたかも知れないのですね。」
パートリッジ「たぶんそうですね。それに、この曲は、スタジオではあっという間に済まされたのです。アルバム『ドラムズアンドワイアーズ』では、「がんばれナイジェル」にほとんどの時間を費やしたのです。三分の一の時間を使いました。残った二週間か三週間を残りの曲の為に使ったのです。そして、二週間をミックスに使いました。
 ですから、早く書いていたとしても、一週目か、二週目か、三週目かの違いだけだと思います。今から見れば、その時間は短縮されて、もう一緒くたですね。」
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2014年12月21日

Still Falls The Rain

 きょうは、インターネットで、YouTube に投稿されている、11月23日に行われた、Lindsay Cooper 追悼のための Henry Cow のコンサートの模様のビデオをいくつか見た。
 それから、Poetry archive で、Edith Sitwell の朗読する「 Still Falls The Rain 」を聞いた。

poetryarchive.org | Poetry archive 

Still Falls The Rain by Dame Edith Sitwell - Famous poems, famous poets. - All Poetry  



それから、「 Skate Dreams Wet Car 」を聞きたくなって、『 Fuzzy Warble 8 』をかけた。 

それから、YouTube には、ラッヘンマンの『マッチ売りの少女』を演奏会形式で上演したものが投稿されていた。ビデオは、スペイン国営放送で放送されたのを録画したものらしい。演奏は、スペイン国営放送局オーケストラ。笙は、Tomoko Kiba とある。Tomoko Kiba さんは、ルクセンブルグの現代音楽アンサンブル Lucilin に所属しているらしい。 
Lucilin | Contemporary Music Luxembourg
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2014年12月20日

今日は何の日:Siege of Rhodes

 12月20日。1522年、オスマン軍は、ロドス島のヨハネ騎士団の砦を包囲して陥落させた。包囲戦は、1522年6月26日から12月22日の間。騎士団は、ロドスから逃れて、12月20日にマルタ島に拠点を移す。それから、マルタ騎士団と呼称された。 

ロドス島包囲戦
Gun-wielding Ottoman Janissaries and defending Knights of Saint John at the Siege of Rhodes  

OttomanJanissariesAndDefendingKnightsOfStJohnSiegeOfRhodes1522.jpg  



なので、XTC 「 Knights in Shining Karma 」。
Knights と言う語があるだけだけど、、、でも、アンディ・パートリッッジはマルタ島の生まれだし、、、 



 それから、1979年12月20日から23日の『 Drums and Wires Tour Part 3 』で、XTC は、ピーター・フィップスの居るバンド Random Hold と共演する。
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2014年12月19日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」6

ベルナール「 ヘッドホンでと質問したのは、ハーモナイザーのような装置を使う際、時には、そのことが、演奏に何か新しいものを引き起こすことがあるからです。例えば、俳優であれば、役をずっと練習して来た後であっても、メーキャップをして衣装を着けると、人格が変わってしまうものです。突然に、そうした装置が新しい段階に待ち上げてしまうのではないかと思うのです。」
パートリッジ「貴方の言われることは分かります。けれども、この曲の場合は、そうではありませんでした。ミキシングの時に、装置が使われたのです。と言うのはですね、音がまるっきり消されている箇所も二三あるのです。そのようなことは、どれも、コントロール・デスクの上で行われたことなのです。」
ベルナール「終わりの部分ですけれど、3分40秒前の辺りです。私には、一旦、ドラムが止まっているように思えます。そして直ぐに戻って来ますけれど、その時には、キック・ドラムに、何かのエフェクトが使われているように思えます。それがキックドラムの音から離れないのです。」
パートリッジ「たぶん、リヴァーブだと思います。気が付いていました。今朝、レコードを再生してヘッドホンで聴いたのです。ベースはリヴァーブがかかっています。一般的ではないですね、まったく。一般的には、リヴァーブは、ミックスに翳りを与えるものです。でも、コリンのするスライドやその他のことは、ちゃんと聴こえるでしょう。リヴァーブの中に入れられているのにね。まるで、リヴァーブを脱ぎ捨てたようです。 
 あの頃の私は、ダブ的なものへの興味が覚めかけていたのだと思います。『 Drums and Wires 』の曲を何曲か持ち込んで、アルバム『 Takeaway 』を作りました。それで、私のダブへの欲求は満たされたのでしょう。「よおし、もうこれからは、ダブのまわりをうろつかなくてもいいぞ。」と思ったのです。そうですね、この「 Scissor man 」は、私のダブへの耽溺の時代に於ける、丘の上の舟なのでしょうね。」
ベルナール「曲のほとんどの部分を通じて鳴っている、深いベースの音のことも教えて下さい。あれは、何で作ってあるのですか?」
パートリッジ「ああ、あれは、ミニコルグ氏です。私たちの小さなコルグ・シンセサイザーは、大抵、スタジオのミキシング・デスクの左の棚に置いてあったのです。いつも置きっ放しだったのです。それで、誰かが、ギターやベースやドラムズでは出せない音を思い付いたら、「さあ、コルグを出して。どう言う音か説明してみてくれ。」と言うことになったのです。それで、あの深い鳴り響く様なオクターブ低い音が出来たのです。」
ベルナール「ステージでは、グレゴリーさんがそれを上手く出していました。それで、キーボードのパートの高い音を出しているのと、同じ機種だと思うのですが?」
パートリッジ「ああ、口笛のような音のですね、そうです。小さな小言を言う様な音ですね。まるで、何か罵っているスプートニクのような音です。( 笑う ) ご機嫌の悪いスプートニクです。」
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2014年12月18日

Salut für Caudwell

 きょうは、シットウェルの詩、翻訳、を読んでいた。ピンク・フロイドの『永遠』をかけて。それから、インターネットを点けて、YouTube でラッヘンマンの二本のギターのための『 Salut für Caudwell 』を聞く。クリスマス月だから、ラッヘンマンの『マッチ売りの少女』を聞けばいいのだけれど。
 『 Salut für Caudwell 』は、1977年の作品。デビュー当時の XTC にも通じないか知ら、と思うのだけど。
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writers block

 アンディ・パートリッッジは、12月10日に、Ape のフォーラムに、「 I think as a songwriter I got better and better as the albums went on. Possibly culminating in APPLE VENUS material,which I would really strain to top.

So much so that I have been suffering from an odd form of writers block where I've continued writing, but don't think that any of it is as good as those songs. Plus it's all mixed up with a disgust of the music industry,the betrayals and robberies.The lack of recognition,especially in the UK,for what I believe is a catalogue second to none....and streets ahead of most crap feted in the music press.

Stir in some age and the desire to not repeat myself and you have natures way of saying 'find a new career boy'.

Let's see what the therapist says? 」と書いていた。 
 これを読むと、「音楽をもう書けない。少なくとも、音楽産業には嫌気がさしているので、ポピュラー・ミュージックのマーケット向け、と言うか一般の聴衆向けには書かない。」と言っている様に思えていた。
 けれど、頻繁に変える、ツィッターの自己紹介文を、「 I used to make great records...now I make grating records. 」と変えているから、何かを書いて、それをレコードに製作中で、発表するつもりなのだろうと思う。
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2014年12月17日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」5

ベルナール「仰ることは分かります。では、ベースとドラムのパートについても話して下さい。パートのすべてに亘って、モールディングさんとチェンバースさんとご一緒に考えられたかどうか、覚えていますか?」
パートリッジ「すみませんね、ほとんど覚えていません。あのドスン・ボン・チャ、をどうやって考え出したのか分からないのです。そうですねえ、このことは、貴方と前に話しましたけれど、コリンとテリーはテレパシーの様なものを持っていたのです。お互いが、テレパシーを発して、それを受け取るのです。それで、この曲のアレンジメントは、そんなテレパシーの泡がブクブク沸き立って、水面まで昇って行ったと言うものなのだと思います。」
ベルナール「本当に素晴らしいものがあります。例えば、モールディングさんのスライド、それに、コリンさんとチェンバースさんが一緒に強勢を置くちょっとしたアクセント。貴方の言われる通り、素晴らしい「鍔迫り合い」があります。[ 原文は、push and pull なので、意味が違うかもしれません。 ]」
パートリッジ「とても風変わりなドラム・パターンです。このドラム・パターンを演奏したことがありますか? とっても妙ちくりんです。」
ベルナール「ええ、全くその通りです。私は、テリー・チェンバースさんが出来たことは私にも出来ると思いますから、「 Cut it Out 」も演奏出来るでしょう。「 Cut it Out 」は、たぶん、 XTC のヴァージョンの中で、もっと速いものだと思います。けれども、チェンバースさんには、いつも、その正確さと持久力で驚かされるのです。あの速度を保つことは、とても辛いものです。技術的なことは特にはないのです。けれども、チェンバースさんがしている様な遣り方で、あれを正確に演奏するのは、簡単ではありません。」
パートリッジ「ああ、私は、「 Cut it out 」を、もう何年も聴いていないのですよ。」
ベルナール「そうですか、チェンバースさんは、「 Living through Another Cuba 」と同じハイ・ハットのパターンを叩いています。それに、アクセントにロート・トムを叩いています。猛烈なバス・ドラムと一緒に…、」
パートリッジ「ああ、あのバス・ドラムのパターンは、何と言うのでしょうかね。ディスコのようなパターンなのですけれど。でも、少し、ジャマイカ的な感じもあるのです。何と言っていたか、思い出せません。アンビエント・ステップ・ビリー Ambient Step a billy だったか知ら。( 笑う ) 兎も角、床には、四つのバス・ドラムがありました。」
ベルナール「( 笑いながら ) そうでしょうね。」
パートリッジ「この曲は、私たちがスタジオでは急拵えで仕上げたものですけれど、ステージでは、モンスターに成長して行きました。プロデューサーのスティーブ・リリーホワイトが「これに使える機械があるのだけれど、知っているかい?」と言ったのです。イーブンタイド Eventide 社のハーモナイザーのことでした。[ デヴィッド・ボウイやフランク・ザッパも使っていた、H910 Harmonizer のことか。 ]  
 スティーブが、「テリー、ちょっと、シンバルを叩いてみてくれないか?」と言い、テリーが叩きました。すると、スティーブは、シンバルの音が段々と小さくなって行く所で、ハーモナイザーの摘みを回したのです。そうして、テリーがやった、あのシンバルの凄まじい音が出来たのです。シンバルの音には、このハーモナイザーが当てられ、音を変えられたのです。」
ベルナール「チェンバースさんはそれが気に入っていたのでしょうね。」
パートリッジ「テリーはそれが好きだったと思いますよ。スティーブ・リリーホワイトは好きでした。まるで、今週のエフェクトはこれです、と言う感じでした。「僕らが発見したこの新効果を聴いてみろよ!」と言う感じでしたね。」
ベルナール「そうなのですか。それで、レコーディングの時には、そうした効果をヘッドホンで聴きながらレコーディングしたのですか? それとも、レコーディングが終わったものに、あとから、効果を適用したのですか?」
パートリッジ「たぶん、後になって、摘みを回したのだと思いますよ。ミキシング作業中に、機械を使用出来るようにしなければなりませんでしたから。ステージでは、ハーモナイザーをセット出来たとは思わないのですけれど。どうするのか、スタッフは全然知らなかったのですから。それでも、私たちは、この曲をステージで演奏したのです。ほとんど即興でしたからね。アルバムのは、とても不器用な即興ですけれどね。」
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2014年12月16日

今日は何の日:誕生日

 12月16日。1899年12月16日、ノエル・カワード Noël Coward が生まれる。本名は、Noël Peirce Coward 。亡くなったのは、1973年3月26日、享年73。
 クリスマスの月に生まれたから、ノエルなのだろうけど。1899年12月31日生まれの方が面白かったかも。世紀が変わるのは、もう一年後だけど、、、 

 1775年12月16日には、Jane Austen ジェーン・オースティンも生まれているけど。
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2014年12月15日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」4

ベルナール「それでは、話しをスタジオでのことに戻しましょう。この曲は、きっと、皆んなで一緒にアレンジをしたのでしょうね。」
パートリッジ「ええ。私には、この歌は、まるでゴシック的な機械に聞こえますけれどね。ティム・バートン Tim Burton の様な人が作ったものですよ。あの人がティム・バートンになる前の、ティム・バートンですねえ。( 笑う ) ちょっぴり悪魔的なオルゴールか何かですね。 
 この曲を演奏している時には、私たちは、いつも巫山戯ていました。あのモチーフとコードには、昔風のシチュエーション・コメディーの安っぽいオープニングの様なところがあるのです。そうですね、「リヴィングのドアが開く」時のコードですよ。モチーフは音が下降するのは分かりますよね。それで、降り切った時には、メジャーコードになるのです。これを、ステージの最後に使っていました。本当に、安っぽい、シチュエーション・コメディーの感じになるのです。 
 それに、風変わりな、ギルバート・サリヴァンのような転調もあるのです。( 半オペラ的な歌い方でメロディを歌う。 ) どうです、暗いミュージカルか何かの様でしょう。 
 私たちが作ったなかでは、一番に馬鹿馬鹿しい歌だと思いますね。」
ベルナール「( 笑う ) これは言っておきましょう。今朝、この歌をプレイヤーで聴いたのですけれど、特にラジオ1のヴァージョンですけれど、私は、大いに破顔しました。そして、「これだから、ぼくは彼らが好きなんだよなあ。」と思ったのです。おそらくですが、貴方はとても楽しかったのではないでしょうか。演奏は、とてもきつくて…、」
パートリッジ「演奏するのは楽しかったですよ。そうですね、なんだか、機械の様だったのです。各メンバーのパートは、小さなオルゴールの歯車の様でした。悪党が当然受ける罰のお話しと言うオルゴールですね。」
ベルナール「そうですか。それでは、貴方がこの歌をバンドに持ち込んだ時には、どれくらい出来上がっていたのですか? ギターのパートは考え出されていたのですか? 」
パートリッジ「私は、ギターと歌唱をしていました。自分でトレーニングをしたのです。それが身に付くと、手がひとりでにピクンと動くようになるのです。だから、あの頃のものの大部分を今でも弾けるのです。筋肉が覚えているのです。 
 もし、イロハのイから学ばなければならないとしたら、たぶん、「何てことをしてるんだ? 難しいなあ、」と言うことになっていたでしょうね。でも、私はずっとそんなことには構わなかったのです。筋肉の記憶に任せていたのです。筋肉の反応が、走句と和音を一緒にしてしまっていたのです。 
 ですからね、この曲を最初にバンドに持ち込んだ時には、私は他のメンバーの様でなくて良かったな、と思うのです。皆んなは、「何だよこれは! これをどうやって覚えるって言うんだ?」と思ったのに違いないですよ。」
ベルナール「( 笑う ) ですけれど、グレゴリーさんは、この挑戦を楽しんでいたように聴こえるのですが。」
パートリッジ「どうして、貴方にそれが分かるのか知ら? この曲は、デイブがそれまでディーン・ガバー・アンド・ザ・ギャバジネスで楽しく演奏していた、ザ・イージービーツ The Easybeats の「 Friday on my Mind 」とは100万マイルも離れていますけれど。」
[ The Easybeats : 1964年から1969年の間活動した、オーストラリアのバンド。「 Friday on my Mind 」は、1966年に世界的なヒットになった。 ]
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2014年12月14日

The Rocket

 「 Complicated Game 」のデモ・テイクを聞こうと思って、『 Fuzzy Warbles 1 』をプレイヤーに。このデモ・テイクだと、シド・バレットの『 The Madcap Laughs 』に入っていてもよさそうな感じに思った。「 Wonder Annual 」も、久しぶりに聞くと面白く感じられた。「 Rocket 」が好きだ。
 それで、Wikipedia で、Edward Middleton Manigault の「 The Rocket 」を眺める。違うんだけど、、

Edward Middleton Manigault は、ロンドン生まれのアメリカの画家。1887年生まれ、1922年没。
「 The Rocket 」は、ハドソン川の花火の絵なのだけど、、、

The Rocket (painting) - Wikipedia, the free encyclopedia  

388px-Middleton_Manigault_-_The_Rocket_(1909).jpg 




「 Being for the Benefit of Mr. Kite! 」の訳、訂正した。
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2014年12月12日

Being for the Benefit of Mr. Kite! 訳

 ビートルズの「 Being for the Benefit of Mr. Kite! 」。古いサーカスのポスターの文句をほぼそのまま使ったのだそう。 

元にしたのは、the Beatles のサイトの songs : 
Being for the Benefit of Mr. Kite! | The Beatles  


カイト氏の引退記念興行で御座いまするん。
トランポリン・ショーをご覧あれん。
最近パブロ・ファンキュ座に出ておりましたヘンダーソン一家も登上しまするん。
見物ですぞい!
カイト氏は飛びますぞい。人や馬の上。それに、スカートにフープを着けた女子やシャツの腕にガータを着けた男子の上を。
しまいには、大樽の油の火の上をくぐり抜けるでそゆ! 
いつものように、カイト氏は己の技を世に問うのでありまそゆ! 
著名なカイト氏、
ビショップゲイトに於いて、この土曜、公演を致しまするん。 
カイト氏が輪形劇場を飛んでおりまする間、
ヘンダーソン一家は、歌って踊りまするん。遅れますなん。
K氏とH氏は請け合いまするん。 
出し物は、何にも劣りません。 
言うまでもありません、馬のヘンリーがワルツを踊りますんる。 
バンドは、六時十分前に始めまするん。 
カイト氏が演技する時は、バンドは演奏しませないです。
それから、H氏は、固い地面で、
十回もとんぼを切るでそゆ! 
何日も、練習してまいりましたですん。 
皆々様に、素晴らしい時間を請け合いでするん。 
さて、今夜のオオトリは、カイト氏でございまするん。 




12月14日訂正: 
スカートにフープを着けた女子やシャツの腕にガータを着けた男子が、人や馬の上を飛びますぞい。
→ 
カイト氏は飛びますぞい。人や馬の上。それに、スカートにフープを着けた女子やシャツの腕にガータを着けた男子の上を。 


訂正をしたのだけれど、迷ってます。
最初にこの行を見た時は、たくさんの人や馬の上を、トランポリンで飛んだ、フープを付けて拡がる様にしたスカートを穿いた女の子、ガーター・シャツの男の子たちが浮かんでいる様子がイメージされたのですけれど。
( 文自体はそう見えたので。hoops and garters は主格に見えたので。 )
でも、ショーは、カイト氏のショーで、トランポリンで飛ぶのは彼だけなのか、と思い直しました。
でも、フープ付きスカートの女子とガーター・シャツの男子は、ショーの身なりなので、
やっぱり、彼女ら彼らが飛んでいる様に思えもするので、迷ってます。
ああ、彼女ら彼らは、ヘンダーソン一家なのかと、思い直したりもして、、、  

追訂正:
K夫人とH夫人は 
→ 
K氏とH氏は
posted by ノエルかえる at 12:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」3

パートリッジ「ステージで演奏している時は、レコードよりも長い時間をかけてました。」
ベルナール「それから、『 Radio 1 Live in Concert 』では、もっと速く長くなっています。それに、私は、EP版の「 Love on Farmboy's Wages 」も持っているのですが、それには、他のライブの…、」
パートリッジ「それは、「 Cut It Out 」ですね。」
ベルナール「そうです。「 Scissor Man 」の本歌に引き続いての、それを元にしたジャム演奏をしたものなのですね。」
パートリッジ「重要な石炭小屋が「 Scissor Man 」に繋げられていたのです。ダブの部分ですね。それは、大きく長くなって、ステージでは、なくてはならない部分になったのです。本歌の影をまるっきり薄くさせてしまいました。本歌は、この「 Cut It Out 」の正面入口に繋がる小さな通路にになってしまったのです。本歌はエントランス・ホールなのです。そこを通り抜けると、「 Cut It Out 」と言う、ダブの、アルバート・ホールがあるのです。 
 ですから、聴衆は、最初の二分をさっさとやり過ごして、九分の終わりの部分を聴くことになるのです。その部分は、私がステージで楽しみにしていたものです。そのようなものは、一つか二つしかありませんでしたけれど。その、滅多にない私のステージでの楽しみが、「 Scissor Man 」のダブ部分だったのです。毎晩、違っていましたからね。」
ベルナール「でも、基本的な構造はありますよね。ベース・ラインとドラムズは、大体同じです。貴方とグレゴリーさんは、毎晩違うことをしていたのですか?」
パートリッジ「ええ。私とデイブは、抜きつ抜かれつというようにしようと努めていました。テリーはですね、私たちの中では、即興をしようとしない演奏者だったのです。彼は、「プログラム」されることが、どうしても必要ですからね。それで、テリーは「プログラム」されたのです。幾晩かは、あのビートと、あまり活発でないもの、小さな音のスネア、ティンバレス、それから、規則的なバス・ドラムの合間の不規則な位置で鳴らされる荒っぽいシンバル、を「プログラム」されたので、リラックスして演奏していたのです。 
 「 Cut It Out 」は、こうして、結局は、ステージでの私たちの為のものになっていったのです。それを私は楽しみにしていました。その間には、ちょっとだけ、飛んで行けるのです。」
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2014年12月11日

12月にしてたこと

 1982年12月には、XTC は、『 Mummer 』を録音。1984年12月には、『 25 0'clock 』を録音。
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2014年12月10日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」2

ベルナール「そうですか、『 White Music 』『 Go 2 』の時期に、バンドがしていた、外見上の意匠を考えると、今のお話はとても興味深いです。」
パートリッジ「その通りですね。あの頃、すべてについて、絵文字を作り出そうと言うつもりでいたのです。」
ベルナール「それから、『 Drums and Wires 』では、原色に移行して行ったのですね。」
パートリッジ「ええ、この歌は、白黒の道徳的な見方を表現していた歌の最後のものなのでしょうね。 
 ディッコをお読みになれば分かると思うのですが、彼の作品には、全体主義的なものがあるのです。アメリカで言う「 My way or the High way. [ 俺の言うことが気に入らないなら、とっとと失せろ。 ] 」ですね。でも、それが私の好みだったのを今でも覚えていますよ。曖昧なグレー・ゾーンは無かったのです。私にとって他人は、肯か否かのどちらかだけだったのです。」
ベルナール「なる程、そうした見方で、貴方は、明快さを得られていたのですね。」
パートリッジ「そうですね。「明快な見方」ですね。なんだか、「右翼のラジオ」のようですね。( 笑う ) でも、右翼とは限らないのですよ。変ですねえ。右翼に限ったことではないのです。左翼でもあり得ます。中道でもあり得ます。何でもそうですよ。私は、今では、自分を中間派だと思っていますけれどね。支点ですかね! なんて愚かな支点なのでしょうね、この私は。( 笑う )」
ベルナール「( 笑う ) ところで、この歌、アルバム『 Drums and Wires 』のために歌を書いていた時期に出来たものなのですか、それとも、もっと早く出来ていたのですか?」
パートリッジ「それなのですが、覚えていません。でも、遅くになって出来たものだと思います。と言うのはですね、これをアルバムに入れた後になって、私たち XTC は、ステージでの演奏を始めていますから。アルバムの後になって、この歌は、良くなって行ったのです。 
 始めてから、演奏は、どんどん速くなって行きました。異常ですよ。デイブはきっとそれを滑稽だと思っていたに違いありません。けれども、デイブは、夜ごとに、速くなっていきました。それに、私たちに、もっと速く出来るなら、してみろと言わんばかりだったのです。デイブが、まず、パターンを弾き始めるのです。たぶん、デイブの顔に悪魔的な微笑みが差しているのが、聴視者の皆さんにも分かるのではないか知ら。「この速さだ、お前ら! 俺は始めたぜ、俺について来れるか?」と言う感じでしたよ。 ( 笑う )  
 実際、この歌は、ステージで成長しました。特に終わりの部分がです。終わりの部分は、レコードのものは、ほとんど、スタジオで思い付いて作ったのです。「そうだ、エンディングは、ダブの様にしない?」とか言って作ったのです。 
 今日、これをレコードで聴いて、思ったのですけれど。その終わりの部分は、もやもやして中途半端ですね。でも、ステージでは、まるっきり変わって、モンスターになったのです。だって、私たちは、ステージでは、この終わりの部分だけを、五分から十分もたっぷりと演奏したのですから。( 笑う )」
ベルナール「ええ、今日、私は、三種類の演奏を聴いて来ました。まずは、もちろん、スタジオのもの、それから、BBC でのもの、これは、『 Rag and Bone Buffet 』に入っていますね、それは速く…、」
パートリッジ「あれは、アルバムのものより良いだろうと、思いますよ。」
ベルナール「貴方がそう考えられるのは、尤ものことだと、私も思います。すべてが成長しています。アルバムでより以上に楽しんでいるように聞こえます。」
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2014年12月09日

今日は何の日:漱石忌

 今日は、12月9日。1916年12月9日、夏目漱石が亡くなった。脳は、今でも、東京大学医学部に保管されているそう。

それで、XTC からと言えば、「 My Bird Performs 」に Cheshire cats は出て来るけど、猫と言っても、「我が輩」とは随分違う様な気も。それでは、「 Towers Of London 」か知ら??
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2014年12月08日

ベルナール、パートリッジ対談「 Scissor Man 」1

 アンディ・パートリッッジとトッド・ベルナール Todd Bernhardt さんの対談、「 Scissor Man 」について。
 2009年8月30日にMySpace に公開のもの。MySpace にはもうありません。今は、チョークヒルのアーカイブにあります。 
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: Andy discusses "Scissor Man"  





ベルナール「「 Scissor Man 」について話して下さい。私は、歌詞についてからお話を初めて欲しいのですけれど。少し暗いですね。」
パートリッジ「私は、大人向けの教訓話しのようなものを作りたかったのです。」
ベルナール「何かきっかけがあったのですか?」
パートリッジ「『 Struwwelpeter もじゃもじゃペーター 』です。ご存知ですか? 髪も伸ばしほうだい、爪も伸ばしほうだい、いつでも無作法にしか振る舞わない子供の話しです。それで、一組の鋏を持った人物が遣って来るのです。それで、話しをかいつまめば、その人物が、ペーターの指を切り落とすのです。そして、辺り一面に血が飛び散って、めでたしめでたし、です。」
ベルナール「子供たちがお上品になるように、親が話して聞かせる説話ですね。」
パートリッジ「そうです。おっかない話しですよ。ペーターは、爪を手入れしてもらったのではなくて、指を切り落とされたのですからね。」
ベルナール「「ペーターは、もう、爪のことは気にしませんでした、とさ。」」
パートリッジ「( 笑い ) それの大人版があればどうだろうと思い付いて、悦に入っていたのです。馬鹿なことをしていると、誰かが遣って来て罰するというものですね。歌詞の中では、暗に仄めかしているだけですけれど、この歌を書いた時には、その思い付きが始まりだったのです。それに、とても暗い、ゴシック的な『もじゃもじゃペーター』への私の愛着があったのです。この話しは、たくさんのパロディも生んでいます。第二次世界大戦中には、『もじゃもじゃヒトラー Struwwelhitler 』と言うもあったでしょう。[ 1941年にイギリスで出版された。 ] それは、インターネットで見つかると思いますよ。私は見たことがあります。四方八方に髪を伸ばしたアドルフです。そして、当然の報いを受けるのです。」
ベルナール「それでは、貴方の実生活上で、この歌の契機になるようなことがあったのですか?」
パートリッジ「そうですねえ、当時、私は、道徳的になろうとしていたのですよ。道徳的自警団のようになりかけていたのでしょうね。ですから、『 Takeway 』の中の「 New Broom 」の様なものも思い付いていました。と言うのは、スティーブ・ディッコ Steve Ditko のコミック作品『 Mr.A 』を読んでいたのです。あの当時のグラフィック・ノヴェルと呼ばれていた諸作品がとても道徳的だったと言う良い例の一つです。私は、そうした作品には曖昧なグレー・ゾーンがないことが好きだったのです。白か黒しかないのです。善人か悪人かだけなのです。もちろん、その様なのは、馬鹿げた見方です。誰にでも、グレーの影、茶色、カーキ色の部分がありますからね。でも、当時は、そうした善と悪と言う見方が、世界をはっきりと分からせると思っていたのでしょう。あの当時の私の経験の中では、白と黒が私の焦点にはいっぱいだったのです。グレーは、焦点から外れていたのです。」
ベルナール「当時、貴方は利用されていると感じていたのですか? この歌は、その仕返しだったのですか?」
パートリッジ「どうでしょう、深層にそう言う感情があったかどうか、分かりません。兎も角、これは、当時の私の精神状態だったのだと思います。善と悪、昼と夜、正と邪と言う言葉で考えるより他は無かったのです。淡い感じの言葉で考えるのは、自分には難しいと思い至ったのです。」
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2014年12月07日

今日は何の日:The Blue Marble

 12月7日。1972年12月7日、宇宙船・アポロ17号の乗組員が、45,000キロ上空から地球の全球の写真を撮る。それが、現在まで最もよく知られた地球の写真となる。青いビー玉の様に見えたので、the Blue Marble と呼ばれた。 
The Earth seen from Apollo 17 

後に作られた画像。定冠詞 the がない。
NASA - Blue Marble 


なので、XTC 「 Another Satellite 」。
それとも、The Dukes of Stratosphear「 Bike Ride to the Moon 」。 
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2014年12月06日

今日は何の日:Encyclopædia Britannica

 12月6日。1768年12月6日、エンサイクロペディア・ブリタニカの初版が出版された。

 XTC の歌、何かあったように思ったけれど、思い付きません。なので、「 The Mayor of Simpleton 」。
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2014年12月05日

ベルナール、パートリッジ対談「 Outside World 」9

ベルナール「「 Outside World 」について、他に何かありますか?」
パートリッジ「この歌は、うるさいだけのちょっとおばかなポップ・ソングです。これをステージで演奏している時には、私は自分を失っていました。おかしな告白ですけれどね。でも何故でしょう、兎に角、この曲は演奏がとても簡単なので、周りに当たり散らす様な超自然的な身体になっていて、自分を見失っていた様なのです。何かに取り憑かれているとか、そんな感じでした。 
 ステージでは、カタルシスを感じていました。あれ以上におばかになることは出来ませんでしたから。知的なことは何もなかったのです。本当です。考えることは何もなかったのです。パワー・コードのリズム・ギターを弾いていただけです。デイブが、ややこしいことは全部していたのです。」
ベルナール「なるほど、貴方にとって、三分間のお休みだったのですね。」
パートリッジ「三分間の精神的なサウナの時間だったのです。その間、忘我状態でした。それをとても楽しんだことも本当です。肉体的で楽しかったのです。
 実際、ステージのライブをしなくなって寂しいですね。肉体的なことですけれど。あれは、音楽を演奏すると言うものではないのです。汗をかいて、アドレナリンが身体を駆け巡るだけです。音楽ではないのです。それに、あれが出来たのは、私が二十代の前半だったからです。もし、今、実演したら、死んでしまいますよ。」
ベルナール「そうですか、私は、死んでしまうかどうかは分かりませんが、違ったものになるとは思います。」
パートリッジ「そう。私は、肉体派のミック・ジャガーのタイプの人間ではないのですよ。ジャガーは、体育指導者の家系なのです。身体の隅々まで鍛えたのです。私はしてません。私は、子供の頃はやせっぽっちで、どんなスポーツも下手でした。他の子供と較べて、格段に下手だったのです。どんなチームも、私を入れることはありませんでした。( 子供の声真似をして ) 「先生、ぼくたち、あいつを入れなくちゃ駄目ですか?」って。私は、他の子たちには、お荷物だったのです。」
ベルナール「( 笑い ) 肉体派というのは、自尊心には好都合ですからね。」
パートリッジ「( 笑い ) 学校にいる間、どの学年のクラスのときも、スポーツのチームに入れて貰えない子供が二人いました。一人は、太った子供でした。もう一人が私なのでした。私はやせっぽちののっぽでした。スポーツには役立たずだったのです。それに太っちょ。この二人が、いつも、最後に、チームに入れられるのです。
 私は、スポーツの様な肉体的なことは何もしませんでした。私がしたことのある肉体的なことは、セックスでしょうね。そんな私が汗をかいていたのです。それも、ステージの上で。私が描いたことのある、本当に恐ろしい情景ですね。
 でも、そのような、汗をかき、自分を忘れると言うことが、懐かしくもありますね。」
ベルナール「動物的喜びですね。」
パートリッジ「ええ。貴方の言う通りですね。動物的喜び。[ 歌詞の主人公の少女は、 ] 彼女は、優れた動物学者なのですね。彼女は、ボノボの群れと一緒に、悪事に巻き込まれたのです。それは、生涯購えないものなのです。」 


おわり  




誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。
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2014年12月04日

LITTLE ANNIE ROONEY

 きょうは、イーディス・シットウェル詩集『惑星の蔓』に収められている『ファサード』の第21編「ポルカ」を眺めて、その中に出て来る、「アニー・ルーニー」をYouTubeで聞いてみる。元々は、1889年に発表された、ティン・パン・アレーの歌だと言うこと。作者は、Michael Nolan マイケル・ノーラン。YouTubeには、1910年のSPレコードのがあった。
 『リトル・アニー・ルーニー』は、その後、1927年には、コミック・ストリップになったということ。片親を亡くした少女が犬と旅をすると言う話し。
Don Markstein's Toonopedia: Little Annie Rooney 

annieroo.jpg 



 それで、この歌がどのように、詩の中に入れられているかと言うと、
前後の連も一緒に、
藤本真理子訳  

私がピストルを
私のコートのように青くて遠い所へ発射するのを見ようとね。
ふわふわしている大木たちを唸らせた、
ウェリントンや、バイロン、ブリストル侯爵のように。

その間、ぜいぜい言うハーディ・ガーディーのような 
海風が私に送って寄こすのは 
海また海を越えて、 
たくましい、アニー・ルーニーの節なのだ。 

そして百日草と、冷たいマガリ花を束ねた 
種蒔き人の包みのように輝いているのは 
マリーゴールド夫人のジャケットで 
彼女はまだぽかんと宿屋のドアの所に立っている 



パートリッジが付けたメロディと言うのも聴いてみたい、、、
posted by ノエルかえる at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は何の日:Mary Celeste

 今日は12月4日。1872年12月4日、9日間不明のままだった、イギリスの商船メアリー・セレスト号がポルトガル沖の大西洋で、無人で漂流しているのが、イギリスの帆船 Dei Gratia デイ・グラチア号に発見された。

 なので、XTC 「 Then She Appeared 」。  



 パートリッジのツィッターによれば、アビー・ロード・スタジオでの『オレンジズアンドレモンズ』の作業は無事に済んで、「スティーブン・ウィルソン」さんにコピーが渡されたよう。 
 それよりも興味深いコメントは、「スカイプでは、共作が上手くいかない。」と言うもの。と言うことは、現下、誰かと共作をしていると言うこと。それが誰だかは分からないし、何の為のかも分からない。スカイプを使ってどのように作業していたのかも詳しくは分からない。テープを送っていて、それについて、スカイプで話し合っていたのか。スカイプを通じて、合奏をしながら、作曲をしていたのか。英国内だったら、機械の機能の為の障害はあったにしても、お互いのスケジュール的には問題は少ないだろうけど、国外の人だと、時差もあるから、大変だろう。 

 ジェン・オリーブさんのホームページによれば、The Clubmen は、2015年にはなんとかなるだろうと言うことだけれど。
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2014年12月03日

ベルナール、パートリッジ対談「 Outside World 」8

ベルナール「『 Drums and Wires 』と『 Black Sea 』の間には、興味深い相違があります。『 Black Sea 』は、『 Drums and Wires 』と、多くの点で同じ方法を取ってはいます。けれども、レベルを11にまで挙げているのです。私の言うことが分かって貰えますか?」
パートリッジ「( 笑い ) 確かに分かります。スティーブとヒューは、そのあと直ぐに、何枚か、別のミュージシャンと仕事をしています。そこでも、同じように曲を扱っています。そうですね、ゲイブリエルのレコードが一つの例ですね。」
ベルナール「そのことを指摘して下さって、有り難うございます。実は、私たちが、「 It's nearly Africa 」について語り合った時には、『 WOMAD [ World of Music, Arts, Dance ] 』のコンピレーションの第一集 [ 『 Music and Rhythm 』1982年 ] に取り上げられていると言うことを、貴方がどう思っているのか尋ねるのを、忘れていたのです。」
パートリッジ「そうでした、そうでした。」
ベルナール「あの時、私は、貴方たちがピーター・ゲイブリエルと同じ領域を走っているように見えると言う事実を、貴方がどう思っていたのかを尋ねたかったのです。貴方たちは、同じプロデューサーを使っていて…、」
パートリッジ「同じプロデューサーで、同じ頃、タウンハウス・スタジオをうろついていていましたね。それで、スティーブ・リリーホワイトは、ピーター・ゲイブリエルに、ギタリストとして、デイブを薦めたのです。」
ベルナール「ええ、ゲイブリエルの時代を画する第三作目のアルバムですね。」
パートリッジ「そうです、私はあのアルバムを『第三巻 : 溶ける顔 [ Face Melting, Volume 3. ]』と呼んでいますけれどね。( くすくす笑う ) 」
ベルナール「音作りの点で、あのアルバムの影響力は、途方もないものでした。」
パートリッジ「あれでは、ヒュー・ハジャムは、彼自身の新しいアイデアを最大限に活用しています。」
ベルナール「それで、貴方たちは、ゲイブリエルさんと親しくされていたのですか?」
パートリッジ「ピーター・ゲイブリエルとですか? そうですねえ、本当のところ、仲は悪くはなかったですよ。実際、六ヶ月くらい前にも、彼と話しをしました。リアル・ワールドの誰かに電話をしたのです。それで、何かの理由で、彼が電話に出たのです。それで、結局は、20分近く、お喋りをしてしまいました。何と言うことか、こともあろうに、耳鳴りのことを話したのです。」
ベルナール「おや、ゲイブリエルさんも、耳鳴りを患ってらっしゃるのですか?」
パートリッジ「ほんのちょっとではないか知ら。ギクの後か、大音量のリハーーサルの後に、特に起こると言っていました。少しだけ困っているようです。私のように、ずっと耳鳴りがしているのではないのだと思いますよ。 
 でも、彼は、時折、私たちをリアル・ワールドに招いてくれたものです。花火大会とか、何かそのような集まりです。」
ベルナール「それで、どのような経緯で、「 It's nearly Africa 」が WOMAD のアルバムに入ったのですか?」
パートリッジ「彼が電話をして来たのです。彼自身が頼んで来たのですよ。たぶん、ゲイブリエルは、「 It's nearly Africa 」を聴いていて気に入っていたのでしょう。それで、「アフリカ」と言う言葉が入っているので、ワールド・ミュージックのコレクションに入れるのも、尤もだったのでしょうね。( 笑い ) 勿論、あれは、ワールド・ミュージックなどではありません。何であるにしてもね。偽物のワールド・ミュージックですね。あれはですね、リヴィング・ルームの壁に張るアフリカのジャングルの写真の裏に付いてる両面テープの様なものですね。」
ベルナール「ゲイブリエルさんは、多くの人の好みに合うようにしようとしたのだと、私は思うのですが。」
パートリッジ「そうです。ゲイブリエルは、白人の子供を最初のコンピレーション・アルバムに引き付けるように、幾つかのバンドを選んで入れたのです。そう思いますよ。そうすれば、その白人の子供たちは、他の曲も聴くでしょうからね。それで、「ああ、僕はこの曲が好きだなあ。」と思えばいいのですから。賢い遣り方ですよね。」
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2014年12月02日

今日は何の日:Coronation of Napoleon I

 今日は12月2日。1804年12月2日、ナポレオン・ボナパルトへのフランス皇帝の戴冠式が行われた。210年前のこと。
 なので、XTC の歌は、「 Scissor Man 」か知ら? 「 Sgt. Rock (Is Going To Help Me) 」か知ら? 「 Here Comes President Kill Again 」か知ら? 


 パートリッジは、ツィッターで、『オレンジズアンドレモンズ』に関する作業がアビー・ロード・スタジオで行われるように書いているけれど。これは何のことなのだろう? ヴァージン社が持っているマスター・テープを、5.1サラウンド化をするので、スティーブ・ウィルソンに渡す為に、コピーを作っていると言うことなのか? と言うか、サラウンド化は、ウィルソンに決まっているのか知ら。そもそも、『ドラムズアンドワイアーズ』のサラウンド化も、スティーブ・ウィルソンが行ったと言うのは分かっているけれど、使用したスタジオは知らない。アビー・ロード・スタジオを使ったのか知ら。そうすると、スタジオ使用料が相当に掛かったのだろうけど。  



 それから、12月2日は、ジョン・バルビローリ卿 Sir John Barbirolli の誕生日。1899年12月2日生まれ。1970年7月29日没。指揮者、チェロ奏者。
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2014年12月01日

1001 guitars to dream of playing before you die

 デイブ・グレゴリーが、序文を書いている書籍。
『 1001 guitars to dream of playing before you die 』
著者: Terry Burrows
Universe Publishing  2013年刊 
960ページの大部の書籍。

1001 guitars to dream of playing before you die (書籍, 2013) [WorldCat.org]  

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ベルナール、パートリッジ対談「 Outside World 」7

ベルナール「モールディングさんのパートについては、覚えていますか?」
パートリッジ「彼のベースの音が吠える様だったのを忘れていました。あれは、たぶん、コリン自身のフェンダー・ムスタング・ベースですね。だって、本当に過敏に反応して、吠えていますからね。」
ベルナール「私もそれに今日気が付きました。本当に鋭い音です。」
パートリッジ「ええ、たぶん、彼の黒いムスタングですよ。フェンダー・ブロンコか知ら? ( クンクン鼻を鳴らして、 ) ああ、思い出せない。そのどちらかでしょうけど。」
ベルナール「( 笑い ) まあでも、馬のベースのどれか一つですね。」
パートリッジ「ええ、コリンの『黒馬』[ 原文 Black Beauty 。『黒馬物語』アンナ・シュウエル ]ですよ。( 笑い ) 彼の、駿馬です。[ 原文は、his Trigger bass. ]」
ベルナール「( 笑い ) 友達のフリッカですね。[ 『 My Friend Flicka 』メアリー・オハラの1941年の小説。ワイオミングの牧場の少年と馬の物語り。 ]」
パートリッジ「( 笑い ) それですよ。もう有名な馬についてはこれで十分ではないかと思いますよ。全範囲に亘って考えたのではないですか。」
ベルナール「レコーディングの最中に、プロデューサーのリリーホワイトさんかエンジニアのパジャムさんが歌に関係して何かをしたかどうかを覚えていますか?」
パートリッジ「いえ、全然。スナップショットのようでした。自分たちがとてもしっかりと演奏出来たので、私は驚いたものです。実際、今日、聴いてみてですが、「ほんとうにしっかりしてるなあ、」と思いました。当時の私たちは、巡業マシンだったのです。」
ベルナール「それから、テリー・チェンバースさんがバンドに居たときは、クリック・トラックは使わなかったのですよね。」
パートリッジ「ええ、使いませんでした。でも、演奏開始には使いました、それだけです。後は、顧みませんでした。
 曲の最後でですけれど、テリーは、ドラムを打ち倒す様な音を出していますよね。あれは、明らかに、スタジオの室内の背景音を大きくしていますね。それを、今日、聴いたのですけれど、「しまった、曲を通して、あの音をもっとたくさん使うようにどうして頼まなかったのだろう、」と思いましたよ。だって、あの背景音は、最後のドラムの音を本当に、荒々しく聴こえさせていますからね。」
ベルナール「それは、『 Black Sea 』、特に、「 Paper and Iron 」の最後でも伺えることですね。」
パートリッジ「ええ。ヒュー・ハジャムがこの背景音の考えを思い付いたのは、この頃だと思います。何が必要なのかを見つけたのですね。「背景音の音量をもっと上げると、どうなるか? それを少しゲート装置でコントロールすると、どうなるか?」と言うことですね。」
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12月にリリースのもの

 12月には、XTC のアルバムはリリースされていません。

 コンピレーション・アルバムはリリースされています。 
『 Apple Vinyls 』が、2006年12月12日に。

 シングルは、
「 Sgt. Rock (is Going to Help Me) 」が、1980年12月5日に。

「 Where Did The Ordinary People Go? 」が、( iTunes music store で )、2005年12月6日に。 



その他のバンド、音楽家は、
 The Beatles が、
『 Beatles for Sale 』を、1964年12月4日に。
『 Rubber Soul 』を、1965年12月3日に。 

 Free が、 
『 Highway 』を、1970年12月に。( 日にちは不明 ) 

 マイルス・デイヴィスが、
『 Someday My Prince Will Come 』を、1961年12月11日に。
『 Nefertiti 』を、1967年に。  



 それから、12月で、XTC に関して思い出すことは、
1979年12月20日からの『 Drums and Wires UK Tour 』。この時に、Random Hold と共演。ドラマーのピータ・フィップスさんと近づきになる。
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