2015年01月31日

Revolution In The Shed: Inside the Songs of XTC

 Todd Bernhardt さんの本、『 Revolution In The Shed: Inside the Songs of XTC 』、出版社のweb ページ、( それに、Twitter、Facebook にも、)まだ告知はないのだけれど、なぜか、アマゾンには、予約が。9月1日出版の予定。それで、US とジャパンは、『 Revolution In The Shed: Inside the Songs of XTC 』のタイトル。UK のAmazonは、『 Revolution in the Shed: Xtc & Me 』のタイトル。ページ数は、双方とも、288ページと記してあるから、同じだと思うけれど。ISBN-10 も同じだし。
 本当に、ソングライティングだけに絞ったものなのか知ら、、、  


追記:ページ数だけを見れば、『 Chalkhills and Children 』よりも多くて『 Song Stories 』よりも少ない。
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Knifeworld

 Web で、カケハシレコードのショーウィンドウを見ると、Knifeworld と言うバンドが紹介されていた。イラン系のKavus Torabi ( カヴス・トラビと読むのか知ら? ) がリーダーのバンド。サイケデリックとWikipedia にはカテゴライズされている。それで、「 XTC、ヘンリー・カウの DNA を継ぐ」と紹介文に。そう言う紹介の仕方は、始めて見た。他のショップなどでも、同様に書かれているのか知ら? メンバーは、 XTC、ヘンリー・カウ、シド・バレット、スティーブ・ライヒが好きなのだそうだけれど。でも、XTC とヘンリー・カウが並んでいるのは面白いな、と思う。 

Knifeworld
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2015年01月30日

今日は何の日:Menai Suspension Bridge

 1月30日。1826年1月30日、ウェールズとアングルシー島を結ぶメナイ・サスペンション橋が開通。設計は、スコットランド人のトーマス・テルフォード Thomas Telford 。 
Welcome to Menai Heritage! - Menai Heritage


なので、XTC「 Towers Of London 」。
posted by ノエルかえる at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年のノート、デイブ・グレゴリー 1

 『 Drums and Wires 』2014年サラウンド版に付けられたブックレットに掲載のノート。デイブ・グレゴリーのもの。その1。 






 1979年1月、 XTC に加入する様に求めるアンディ・パートリッッジの電話で少々驚いている私がいたのです。キーボード奏者バリー・アンドリューズは、ミック・エイブラハムズ Mick Abrahams [ ジェスロ・タルの最初のギタリスト。ジェスロ・タルのファースト・アルバム発表後にバンドを脱退。 ] 張りの行為に出て、12月の短いアメリカ・ツアーの後、バンドを辞めていました。アンディは、私に彼の代わりになることを求めていたのです。私がキーボード奏者でないことが問題ではないのは、明らかでした。つまり、成功の大きな玉がやっと回り出したのなら、重要なのは、回り続けることなのです。何がと言うことは問題にはならないのです。ギターが回さざるを得なかったのです。 
 私は、その時ちょうど、初めてのローンを組んだばかりだったのです。債務を負ったわけですから、早急に職を決めなければならなかったのですが、それも、確実な仕事で決まった収入がある職業であるべきだったのです。ですけれど、考えるには、10分で十分でした。「その日を掴め [ Carpe diem : ホラティウスの『 Carmina 歌集 』第一巻第11歌の中の行。http://la.wikisource.org/wiki/Carmina_(Horatius)/Liber_I/Carmen_XI ] 」だったのです。一年をそれに掛けようと思ったのです。 
 当時、バンドは、地方のクラブのオーナーがマネージメントを担っていました。リハーサルのための常設のスタジオはどこにもありませんでした。オーナーは、クラブの地下室で練習をさせていたのです。そこは、湿っぽくて惨めな程寒い場所でした。ですけれど、私たちは、少なくても、そこでだれにも邪魔されずに全員で演奏することが出来ました。アンディとコリンは、まず二人の間で、骨格だけの新しい歌を持ちよって暗記するのです。それから、その歌が、私とテリー・チェンバースを含めた四人の間に持って来られるのです。そのようにしていました。そうして、色々と試してみて、カセットに録音するのです。それを家に持ち帰って聴いて、もっと展開したものを持ってくるために、そうしていたのです。新しいシングルが求められていました。それで、スウィンドンのタウン・ホールの小さな部屋を予約したのです。そこには、4トラックの録音設備があったのです。私たちの音響技師スティーブ・ウォーレンがコントロール・デスクに着いて、四曲を録音したのです。「 Life Begins at the Hop 」「 When You're near Me I have Difficulty」「 Cheap Perfume 」「 Outside World 」でした。それをヴァージン社のA&R 部門に送りました。会社は、コリンの「 Life Begins at the Hop 」を選びました。それが最もチャートで成功しそうだと考えたのです。
 予約されていたスタジオは、ロンドンのシェパーズ・ブッシュにあるヴァージン社の新しいタウンハウス・スタジオでした。私たちは、3月9日に、スタジオ1に出向いて、二日間でレコーディングをしたのです。そこで、初めて、制作者チームと会いました。24歳のスティーブ・リリーホワイト、彼は、ウルトラボックス Ultravox やスージーアンドザバンシーズ Siouxsie & The Banshees やメンバーズ The Members [ 1976年から活動したイギリスのパンク・バンド。79年にはヴァージン社からアルバムをリリース。メンバーには、スティーブ・リリーホワイトの兄弟のエイドリアン・リリーホワイト Adrian がドラムズとして参加していた。 ] と仕事をしたばかりでした、その彼がプロデューサーだったのです。それから、アドヴィジョン・スタジオ Advision Studios から移籍して来たばかりのヒュー・パジャムがエンジニアでした。彼らは、朗らかで親近感の持てるタイプでした。最初から、気が合ったのです。 
 セッションについては、覚えていることはあまりありません。ただ、それまで私が使ったことのあるどんなスタジオよりも遥かに豪華なスタジオだったと言うことは、覚えています。すべてがガラス張りのパネル。鮮やかな緑のカーペットが敷詰められている。全体が「新しさ」の雰囲気を醸し出していたのです。ドラムのブース、そこはライブ区画でもあるのですが、部屋の後ろ、ガラスの向こうに床を少し高く設えてありました。コントロール・ルームには、当時最高水準のソリッド・ステート・ロジック社( SSL )のレコーディング制御卓が据えられていて、膨大な数の外付けのエフェクト装置がありました。スティーブとヒューは、その時以上に幸せだったことはないのではないでしょうか。私が、「 Hop 」で弾いたリフは曲にモータウン風の感じを付けるものでした。ですから、澄み透ったパーカッシブな音が要ったのです。私たちは、私のフェンダー・ストラトキャスターを借りて来た銀パネルのフェンダー社のヴァイブロソニック・リヴァーブ・アンプ Fender Vibrosonic Reverb に繋ぐことに決めたのです。このアンプは、私が持ち込んで来たトレモラックス Tremolux よりも、ずっと澄んだ儚い感じの音が出たのです。私は、その結果に過度に興奮はしなかったのですが、私たちが使うことができた装備では望み得る最高のものだったでしょう。 
 写真撮影もありました。私がバンドと一緒にする初めての写真撮影です。ロンドンで3月12日月曜日に予定されていました。写真家は、ペニー・スミス Pennie Smith さんでした。彼女の週刊誌での黒っぽい写真を、私は何年も素晴らしいと思っていたのでした。その彼女が私の写真を撮るなんて思ってもいませんでした。そうして、私たちは、日曜日もスタジオに居たのですが、その時に、私の憧れのバンド、Dr.フィールグッド Dr. Feelgood に会いました。ドクターは、私たちの後、スタジオ1を使って、シングル「 As long as the Prince is Right 」を製作したのです。それに、私たちは、リー・ブリロー Lee Brilleaux [ Dr.・フィールグッドのシンガー ]さんと仲良くなったことも覚えています。アンディは、ジョッピー・メイヨ Gypie Mayo [ Dr.・フィールグッドのギタリスト ] にギター・ソロのヒントを貰っていました。 
 シングルは、編集されて完成しました。もう四曲をスウィンドンでデモを作り、次回作候補として、ヴァージン社に送りました。その四曲のデモから、私たちの飛躍となるシングル「 Making Plans for Nigel 」が生まれるのですが、それがリリースされるのは、数ヶ月後のことでした。その時点では、私は、まだ、XTC のステージには出ていませんでしたけれど、新しいシングルを喧伝するためのツアーはもう計画されていて、その中には私も含まれていたのです。21日間のツアーは、4月18日に、エセックスから始まりました。そして、アイルランドにも、マンチェスターのグラナダ・スタジオにも行きました。グラナダ・スタジオでは、ニュース番組『 What's on 』のために、新曲の当て振りの撮影もしたのです。このツアーは、バンドの他のメンバーにとっては、国中を回る辛い仕事のもう一つであったのですが、私にとっては、素晴らしい時だったのです。「 Life Begin at the Hop 」も含めて新曲四曲をステージのセット・リストに入れていました。後になって、新しいアルバムに入れられた曲です。もう三曲は、「 Outside World 」「 Roads Girdle the Globe 」「 Making Plans for Nigel 」でした。新しいメンバーになったバンドのレヴューは好評不評様々でした。それでも、私は確信がありました。もう少し頑張れば、もう少しギターが多い曲にすれば、きっと無視は出来ない存在になるだろうと思ったのです。 
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2015年01月29日

今日は何の日:The Raven

 1月29日。1845年1月29日、エドガー・アラン・ポーは、新聞 The New-York Mirror 紙に、詩「 The Raven 大鴉 」を発表する。 

 なので、XTC「 Rook 」。 

 日夏耿之介の翻訳の本、ギュスターヴ・ドレ Paul Gustave Doré の挿画が入っているの、見たことがないので、見てみたい。
 細川俊夫の『大鴉−メゾソプラノと12の奏者のためのモノドラマ』はディスクになってないか知ら、、

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BIg BIg Train 新EP

 Greg Spawton さんのツィッターのコメント、写真を見ると、BIg BIg Train は、新しいEPを製作中の様。EPと言っても、前のも40分くらいはあったから。次のアルバムは、2時間を越す作品になるそうだから、その一部分と言うことなのか知ら。写真は、ギターを持ったデイブ・グレゴリーさん。 

Greg Spawton : "In the studio with Dave recording guitars for the new Big Big Train EP. http://t.co/aQ6Lk2IEek" 

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2015年01月28日

2014年のノート、コリン・モールディング

 『 Drums and Wires 』2014年サラウンド版に付けられたブックレットに掲載のノート。コリン・モールディングのもの。  





 みんながブリストル・テンプル・ミーズ駅で乗換えるようなことが、ぼくに起こったんだ。[ ブリストルの駅、ターミナルになっている。鉄道からバス、フェリーへの乗り換え地点。 ] ピューンと鳴るオルガンといっしょにバリーは出ていって、ギターの巨匠デイブが仲間になって、なんだかんだの挙句に、きみはとうとう本当のヒットを書いたんだよ!と言われてしまったんだ。魂がったよ。そんなこと、だれが予想しただろう? 曲は、ぼくから流れ出たんだけれどね。 

 とつぜん、ぼくがリードを歌って、バンドの最前に出たんだ。何だか変だったね。ぼくたちのビデオ全編に、ぼくがバンドの顔として出ているんだもの。リード・シンガーになるとね、ビデオでは、王女様にキスされるってことを知ったんだ、それはちょっといいね。アンディは、ぼくが鉄の手で統治するカリギュラだったと言っているけど ( 通常の勤務体制に戻る前の話しだけどね、 )、ぼくは、他でもない、慈悲深いクラウディウスだったと言いたいなあ。ぼくは、どうしようかなんて何も考えていなかったんだ。そんなこと出来ないよ。でも、続いている間、二年間だったけど、リード・シンガーなのを楽しんだよ、本当に、ワインを飲んだんだ、しっかりと。でも、今思うと、手綱は他に任せて、ぼくは、バンドの音をすこしでも良くする奴、て言う、ぼくに似つかわしい位置にいた方がしあわせだったんだ。 

 だけど、この時期に、バンドが次の段階に行くためには必要な土台がしっかりと出来たんだ。でも、ぼくは、バンドの中にいくつかの違った作歌のグループがあった方が、バンドが強力になるって、ほんとに思っている。モンティ・パイソンは、二つのグループがあったよね。ビートルズには、ジョージがいたでしょう。ぼくは、自分がリーダーのバンドを持ちたいと思ったことなんてないんだ。XTC が、ぼくのバンドだったんだよ。一人の作者が冷めかけたら、もう一人がそれを補う必要があるんだよね。だから、ぼくたちは、強力になったんだと思うんだ。 

 「私は見渡すかぎりの土地の王だ。[ 原文:" king of all I sueveyed "。これは、ウィリアム・クーパー William Cowper の『 The Solitude Of Alexander Selkirk 』 の中の行を使っての表現] 」と言うぼくの統治期間の間はずっと、バンドは、プロデューサーのスティーブ・リリーホワイトの行き届いた庇護の下にあったんだ。スティーブは、ぼくたちをミキシング・デスクに寄り掛からせてくれたし、とっても注意深く、スイッチを入れたり切ったりしたんだ。スティーブは XTC にとって、完璧なプロデューサーだった、と言う見方もあるよ。そうしなきゃいけないように仕向けるんだけど、独裁的ではないんだ。何か新しいアイデアが出て来ると、それにとっても熱心になるんだけれど、でも、バンドが成功する様にちょっとは注意してるんだ。音が爆発する様なやり方をするヒュー・パジャムと、直感的なやり方をするスティーブが成功するのに、必要なことと言えば、いい曲を扱うと言うことだけだったんだ。それで、たまたま、ぼくたちも、調子が出て来たところだったんだ。 
 とっても楽しい時間だっと覚えているよ。仲が良かったんだ。新しい仲間が出来て、僕らはみんな、元気がよくて、やる気満々だったんだ。 

 タウンハウスは、あの時、出来上がったばかりだったんだ。アンディとぼくが、数週間前に見た時には、スタジオ2は、まだ、針金だらけだった。でも、すぐに住みかになってしまった。ぼくの頭の中で、あの場所と結びついているものと言えば、何人かずつに別れていたグループのどれもがしていた、楽しい冗談、冷やかしあい、気晴し、嘲り笑い、そんなものだけど。忘れてはいけないのは、僕らの足跡を辿ってみれば、「ビッグ・ドラム・サウンド」を鍛造したのは、スタジオ2だって言うこと。
 あの時、僕たちがテープに録ったものと言うのは、後になってぼくたちがレコーディングの時にしていたことと較べれば、ずっとずっと、偶然に任されていたと思うんだ。そう言うやり方が、スタジオでのぼくらをずっと興奮気味にさせていたんだけど、当然、失敗は多過ぎで、いっぱいのアウトテイクが捨てられてしまったんだ。それで、録ったものを使えるか使えないかは、どうしても決めなくてはならなかったんだ、で、もし、使えないのなら、もう、次の曲に行くしかなかったんだ。そうそう、ぼくは、こうしたやり方が恋しいなあ、ある意味ではだけど。当時、レコーディングの費用が高額だったのは、疑いようもないのだから、どうしようとしているのかちゃんと分かってなければいけないのだけれど、でも、やっぱり、どうなるか分からないと言うのは楽しかったんだ。 

 あの時は、レコーディングの時、誰かが間違えると、ぼくたちは、はじめに戻って最初からやり直したんだよ。労を惜しまないことと言ったら、信じられないことだね。 
 それに、ぼくたちは、スタジオの中でしっかりと意思伝達が出来ていたんだ。たいていは、部屋の中で向かい合って、お互いを見ていたのだけれど。相手の手を見て、何をしようとしているのか分かったんだ。そのやりかただと、一緒に演奏するのがずっと容易になり、結合力を高まったんだ。とは言っても、自分が演奏を台無しにしてしまう奴にはなるんではないかと、少しは不安だったんだけど。録音されたテープから失敗部分を切り離すことは完全には出来なかったので、間違ったところをやり直すのは簡単ではないんだ。それで、誰かが間違えると、他の誰かが、「ああ、気にすんな、「赤ランプ恐怖症」なんだよ。」と言って、スタジオのドアの上でどこまでも照らしているライトを指差したんだ。他の言い方をすれば、ステージ恐怖症だけどね。 

 そうして、ぼくたちは、初めて全国ネットのテレビを経験した。『トップ・オブ・ザ・ポップス』とかそうした番組だけど。あれが、ある意味、始まりだったのではないかなあ。 
 あの時、ああ、あの時なんだ。ええと、、、 委員さんに手を振って合図されて門を通って、それから、BBCの楽屋に入って、それから、クリップボートを持ってそこらを歩き回っている女性から、「メイキャップをお願いします、」と言われて、それから、家族全員が家でテレビを見るってことになって。でも、その時、今、メイキャップしてるけど、これ以上よくなりはしないのに、と、ぼくは思ったんだ。
 チッコリー・チップ Chicory Tip [ 1967年から活動したイギリスのバンド。 ]とか、モット・ザ・フープルとか、スレイド Slade [ 1966年から活動したイギリスのバンド ] とか、それに、T・レックスとか、そんなバンドが出ていた番組、何年も自分が見ていた番組なんだ、なのに、突然、僕たちの番になったんだ。「ナイジェル」がそこに上がって行って、上がって上がって、止まらない様に思えたんだけど。とうとう、そこに行ったんだよ。僕たちの瞬間がやって来たんだ。ウェールズの山間の町々、労働者のクラブ、そんなところを回りに回って、実りの無い努力を延々して来て、突然に、すべてが、実を結んだんだ。ぼくは、とっても誇らしくて、泣き出しそうに感じたんだ。
 そうして、ぼくたちは初めてチャートに入ったんだ。『 D&W 』は、始まりだったんだ。ぼくは、このことを取るに足りないことだと、片付けてしまったりはしないよ。ぼくが思うところでは、ぼくたちが「ヘンテコ」というレッテルをとうとう剥がすことができた瞬間だったんだよ。ぼくは、ずっと、「ヘンテコ」というのを忘れてもらいたいと思っていたんだ。このアルバムは、ぼくたちがもっと成長して、大人になっていく、その始まりだったんだ。それ以来、とても長い旅は、まだ続いているけれど。 

2014年6月 
コリン・モールディング  
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2015年01月27日

I Am the Walrus 訳

 ビートルズの「 I Am the Walrus 」を訳してみました。

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 songs 」: 
I Am The Walrus | The Beatles  



おれは「彼」と呼ばれて、
同時に、あんたも「彼」と呼ばれて、
同時に、あんたは「おれ」と言うし、
ぐるぐる回って誰も誰もつながった。 

あいつら、走っていく、
「バン!」の音で走るブタみたい。
あいつら、飛んでいく、
なさけなくなるなあ。 

コーンフレークの箱の上に座って、
箱車が来るのを待っている。 
太鼓腹のテーシャツ、
つまらない、カーニバルのおわる火曜日、 
なあ、あんたって、いたずら小僧だったんだろう、
顔は伸びたみたいだけどね。 

おれは「未生」。
やつらは、「卵」。
おれは海象、デカイゾウ、
よおおおく、できた。 

市の顔、( )まわりさん、
すわってる、
ちっちゃな、( )まわりさんたち、
ならんでる。 

あいつら、飛んでいく、
美空のルーシーみたい。
あいつら、走っていく、
なさけなくなるなあ、
なさけなくなるなあ、なけてくるなあ。 

黄色いカスタード性のものが、
死んだ犬の目から滴ってくる。
蟹を悼む魚屋の女将、って、ポルノ的尼僧だよ、
なあ、あんたって、いたずら「娘」だったんだろう、
ニッカーボッカーがずり落ちてるよ。 

おれは「未生」。
やつらは、「卵」。
おれは海象、デカイゾウ、
よおおおく、できた。 

とある英国庭園に座って、
陽が当たるのを待っている。 
陽が差して来なければ、
英国の雨に打たれて、
日に灼けるんだ。 

おれは「未生」。
やつらは、「卵」。
おれは海象、デカイゾウ、
よおおおく、できた。 

専門家は細密にする、
咽びながら飲む、
愛煙家でもある。 
ジョーカーが笑ってる、と思わないかい? 

あいつら、笑ってる、
汚い小屋のブタみたい。 
あいつら、もそもそ動いている、
なさけなくなるなあ。 

セモリナ粉をまぶされた鰯がいっぱい、
エッフェル塔に登って行く。 
よちよちのペンギンがクリシュナ讃歌を歌っている、
なあ、あんた、あれらがエドガー・アラン・ポーを
蹴っ飛ばすのを見れば良かったのにねえ。 

おれは「未生」。
やつらは、「卵」。
おれは海象、デカイゾウ、
よおおおく、できた。  







追記:つまらない、復活祭のおわる火曜日、 の行、
つまらない、カーニバルのおわる火曜日、の方がいいかなあ? 

2月2日、追々記 
カーニバルのおわる火曜日、の方がやっぱり良いと思う。

それと、eggman、egg-man ですけれど、
egg は、ug の綴り変えだと思います。 
古い英語、中世か? で、fear の意味。それに、surfeit の意味も。
「恐れる人間」と言う意味か、「食べ過ぎて気持ち悪い人間」の意味。
surfeit だと、歌詞全体の雰囲気に合う様に思うのですが。
それは、上の私の訳には反映させてないのだけれど。 

2月6日、追記 
Boy you been a naughty girl の行の girl、「少女」の意味ではなくて、「おかま」の意味。
なので、訳の娘に「」をつけました。 

つまらない、復活祭のおわる火曜日、は、
つまらない、カーニバルのおわる火曜日、に書き換えました。  

Shrove Tuesday のこと: 
Shrove Tuesday: ノエルかえる不恵留 
ピーテル・ブリューゲルの『 The Fight Between Carnival and Lent 』謝肉祭と四旬節の喧嘩を見ると、
「 I Am the Walrus 」そのままのように思える。 

それから、鱈腹食べて脹れた腹のイメージだと、ジョイスの『ユリシーズ』の次の文章が、そのまま: 
A squad of constables debouched from College street, marching in Indian file. Goosestep. Foodheated faces, sweating helmets, patting their truncheons. After their feed with a good load of fat soup under their belts. Policeman's lot is oft a happy one.  

カレッジ通りから、巡査の一団が現れた。インディアンよろしく一列縦隊で行進している。ガチョウ歩き。喰って火照った顔。汗だくのヘルメット。警棒を鳴らしながら。食べた後で、ベルトの下には、たっぷりの濃いスープ。警官の運勢は、たいていは、幸福。 
Head like a prize pumpkin: ノエルかえる不恵留
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今日は何の日:International Holocaust Remembrance Day

 1月27日。国際ホロコースト記念日。

なので、XTC 「 Reign of Blows (Vote No Violence!) 」。  


 きのうは、ヴェーベルンを聴く。ブーレーズの全集のディスク3から、作品17、18。 
それから、ユリシーズをパラパラ。
「 Thumping. Thump. This morning the remains of the late Mr Patrick Dignam. Machines. Smash a man to atoms if they got him caught. Rule the world today. His machineries are pegging away too. Like these, got out of hand: fermenting. Working away, tearing away. And that old grey rat tearing to get in. 」 
ここのところで、「 Roads Girdle the Globe 」を思い出す。 

パタン。パタン。今朝、故人パトリック・ディグナム氏の遺体。機械。機械が人間を捉えたら、粉々に砕く。現在、機械が世界を支配している。彼の機械も飽くことなく仕事を続ける。この機械と同じだ、手が着けられない。ブルブルしてる。稼働し続け、引き裂き続ける。それに、あの灰色の鼠も遺体に潜り込もうとしてる。
posted by ノエルかえる at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月26日

2014年のノート、アンディ・パートリッッジ

 『 Drums and Wires 』2014年サラウンド版に付けられたブックレットに掲載のノート。アンディ・パートリッッジのもの。




 1979年。その年に、私たちは再び出発した。兎も角、そう感じたのだ。キーボード奏者で XTC「サウンド」の主要な要素を創り出していた、バリー・アンドリューズが、自分のオルガンを脇に抱えて、さっさと行進調でバンドから立ち去ったのは、少し前だった。その様子と言ったら、「 Statue of Liberty 」のプロモーション・ビデオの終わりのところ、そのままだった。寸分違わず、あのようにしたのだ、その様子が、私の記憶に焼き付けられている。とは言っても、彼が居なくなり、私たちには、別の奏者が直ぐにも必要だった。 
 私たちが知っている人物でなければならなかった。その時以前から親しくしている人物で、それも、調和出来て、その上、腕のいいミュージシャンでなければならなかったのだ。実際のところ、候補者は一人しか居なかった。それは、私たちの地元の男、デイブ・グレゴリーだった。私は、バリーがバンドを去る前どころか、彼がバンドに入る前から、デイブを知っていた。だから、そうなる他にはなかったのだ。 
 このレコードは、「ファースト・アルバム」と言う感じを持たせさせる。と言うのも、あの時、私たちは、真新しいスタジオ屋舎に入ったのだし、それも、新しいメンバーで新曲を携えてだったし、それに、まったく初めてのプロデューサーだったのだから。だから、私たちは、一刻も早く始めたがっていたのだ。デイブが本来キーボード奏者ではない、と言うことは問題ではなかった。私たちは、キーボード奏者を求めてはなかったのだ。彼は、素晴らしいギタリストで、スウィンドンでは経験豊かなミュージシャンだった。それに、私たちは、それが自分たちに合っているのだと分かっていた。XTC は、ギター三昧になろうとしていたのだ。ギターと新しく見出したドラムの大きな音、あの時、私たちは、それで、完全無欠な機械を創り出し、その機械を正しく作動させようとしていたのだ。 
 新しいプロデューサーは、彼がドラムとギターの音を良くすることが出来ると言うだけの理由で選ばれた。私は、ヴァージン社に、エルヴィスのシングル「 Jailhouse Rock 」の様な爆発するドラムの音を創り出せる方法を知っている者が要るのだと、要求していた。私たちは、その頃のバンドが皆んなしていたような、乾涸びた音、絨毯が敷かれた部屋での音から逃げ出さなくてはならなかった。当時、私は、スージー・アンド・ザ・バンシーズのレコードを聴いたことがあって、そのドラムズの音が気に入っていた。それは、私の頭の中にある音と近いものだったのだ。少し調べるだけで、スティーブ・リリーホワイトと言う名前が分かった。かれは、若くて、私たちと同じ年代の人間だった。スティーブは乗り気で、しかも、彼と同様に才能のあるエンジニアのヒュー・パジャムを伴って遣って来た。私たちは、彼らと新しいスタジオを一編に試してみることになった。コリンのシングルの候補になっていた「 Life Begins at the Hop 」をレコーディングしたのだ。
 オーディションには、全員が合格し、スタジオも何もかも検査を通った。さあ、アルバムを作ろうと言うことになった。 


タイトル、カバー・アート 

 バンドのグラフィックなデザインにも、新鮮な出発を思わさせるものが求められていた。最初の二枚のアルバムの白黒の拘束着を引き剥がすには、原色になると言うのが、取り得る唯一の道だった。 
 新発見の小舟が、ドスンドスン、ビィーンビィーン言いながら進んで行く様をどうにか思わせるようなタイトルでなければならないと、私たち全員が思っていた。けれども、ドスンドスンとビィーンビィーンの二つをどう繋げればいいのかは分からなかった。 
 当時、私とコリンは、まだ、子供マンガを読んでいた。習慣だったのだ。コリンは、アルバム『 White Music 』の時には、子供マンガを扱った歌まで作っていたのだ。そのタイトルは、「 Rage and Fury [ It's Only 6p ] 」。言うまでもなく、レコーディングされることはなかった。 
 兎に角、ある日、スタジオで雑誌『ビーノ』を読み耽っていた時のこと、私は、『わんぱくデニスとグナッシャー』にざっと目を通していたのだけれど、ある一コマが、私の目を捉えたのだ。それは、デニスの飼犬、グナッシャーがドラム・キットに座って強く叩いているところだった。グナッシャーの頭の上には、大きく擬音語が書かれていた。それは、「ブーム・ダダ・ブーム」だった。 
 ああ、それは完璧だった。色彩豊かだった。画面的にも直感に訴えるもので、すべてを要約しているタイトルになりそうだった。問題は、その絵の権利の所有者だった。それは、訴訟好きとの評判の、スコットランドのダンディーのDC トマソン社なのだった。私たちが何かし始める前から、答えは「ノー」だった。まったく。 
 それで、グナッシャーの絵の代わりにと、私は、それまでの数年間の間私たちが使っていた、走り書きした様な XTC の文字のロゴを元に、スケッチを始めたのだった。それは、裏地や肌を見せる為に洋服に施される切れ込みを図像上に施そうとしているものだった。そうすれば、現代的なものと古風なものが均等に見えるだろうと、私は思った。ちょうど、1920年代の香水の広告に窺える未来像の様な。色々と考えている内に、ほんの僅かのものを加えるだけで、この三つの文字は顔に見えると言う考えが閃いた。その顔は、急いで明日に逃去りながら、振り返って肩越しにこちらを見ているかの様だった。私たちはそれを選ぶつもりだったが、デニスとグナッシャーの色調を望んだのだ。 
 たいていはタウンハウス・スタジオの娯楽室でしていた会議を幾つか経た後、私たちは、美術担当のジル・マンフォードとアイデアを篩いにかけた。マンフォードは、マチスの作品『 Jazz 』に倣って、色紙の切り絵でロゴの顔を作ることに決定した。その遣り方だと、未来と過去が表裏一体の感じを出すことが出来ると思ったのだ。 
 バンドとヴァージン社は、出来映えに喜んだ。それに、アメリカのロッカー、トートーも喜んだのだ。トートーは、図々しくも、数年後にこのアイデアを盗用した。私たちのこのカバー・アートは、「ベスト・オブ・アルバム・スリーブ」と言う類いの本に、決まって取り上げられる。最終的には、視覚的に人の心を掴めて良かったと思う。 
 タイトルについては、アルバムは何であるのか、何から出来ているのかを言って、悪い理由があるだろうか、と思い至った。即ち、『 Drums and Wires 』。 
 追記:ロック・アンド・ロール名所巡りをする人たちへ。オリジナル・アルバムのインサイドの写真は、ロンドンのサウス・バンクにあるロイヤル・ナショナル・シアターのエレベーターの前で撮られたのだ。  


Jill Mumford ホームページ: http://www.jillmumford.co.uk 

アンリ・マティス『 Jazz 』: http://en.wikipedia.org/wiki/Jazz_(Henri_Matisse) 

ロイヤル・ナショナル・シアター : http://www.nationaltheatre.org.uk  
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2015年01月25日

今日は何の日:Around the World in Seventy-Two Days

 1月25日。1890年1月25日、アメリカの女性記者ネリー・ブライ Nelly Bly が、世界一周旅行を成し遂げた。ニューヨークの新聞 New York World が、企画したもので、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を実際に行おうとしたもの。 

Around the World in Seventy-Two Days - Wikipedia, the free encyclopedia 

その旅行の時の服装、コートが白黒の格子模様で、デビュー時のXTC みたい。
なので、XTC「 Statue of Liberty 」。

写真:Nellie_Bly_journalist.jpg  

Nellie_Bly_journalist.jpg
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another run of SKYLARKING

 4:29 - 2015年1月24日付けのアンディのツィッター上のコメント、「 We are currently pricing up another run of SKYLARKING vinyl,along with other titles.Won't be too long,honest. 」 
 私には分からない。今、APE レーベルから出ているCD とは、収録されている曲の順番が違うものをリリースする予定、と言うことなのか? あるいは、収録曲そのものが違うのか? それも、タイトルも変えると言うことなのか?? ジョン・デント版のリマスタリングとは、また違うテープを使うのか?? 
 興味深いけれど、詳しい情報を待たなければ。 ただ、ビニール盤を再発売すると言うだけのこと? ああ、別のアルバムもと言うこと? another run て、以前とは価格が違うと言うだけのこと? まあ、通常版をもう一枚欲しいと思っていたので、有り難いけど。 

 ただ、『 Skylarking 』は、オリジナルのトラックリストにして欲しいとは思っている。前にも書いたかな、と思うけど、EPだと3枚組にして、オリジナルのアルバムを2枚に、もう一枚を「 Dear God 」を中心にしたディスクにして欲しい。
 それに、DVDやBlu-rayにするのなら、トッド・ラングレンが最初に作ったリスト、「 Another Satellite 」が入っていないマスターテープでのアルバムも入れて欲しい。と言うか、トッド・ラングレン・オリジナルとUK ヴァージン・オリジナルでいいのではないかと。US 編集の「 Mermaid Smiled 」を抜いて、「 The Man Who Sailed around His Soul 」と「 Dying 」の間に「 Dear God 」を入れる版は、無くても良いと思う。
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2015年01月24日

1985

 1月24日。1984年1月24日、Appleコンピューターが、最初のMacintoshを発売した。

 パートリッジも、Macユーザーだったと思うけど、、、

 それで、何故か、きのうから、頭の中で、マッカートニー&ウィングスの「 Nineteen Hundred and Eighty-Five 」が鳴り続けてる。


 カナダの Alex Theatre で、2月28日に行われる The Wild Honey Orchestra のコンサート『 THE BEATLES' 『WHITE ALBUM 』 』に、デイブ・グレゴリーさんが参加するのだそう。
 やっぱり、「 While My Guitar Gently Weeps 」を弾くのか知ら?? 
追記、訂正:Alex Theatre があるのは、カリフォルニアでした。
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2015年01月23日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」10

ベルナール「終わりの部分についても話して下さい。」
パートリッジ「私はエコーの類いが好きなのです。終わりの部分で、ダブの雰囲気を出していますからね。」
ベルナール「ステージでも演奏していますよね、エコーに手子摺りながらですけれど。そうですよね。」
パートリッジ「ええ、その通りです。私が楽しみながら演奏していたのが、聴いても分かるでしょう。」
ベルナール「それで、貴方は、ダブ・ミュージックをかなりたくさん聴いていたのですね。同じことを、「 Scissor Man 」のステージ演奏でもしていますから。それは、EP版「 Love on a Farmboy's Wages 」に入っていて、「 Cut it Out 」と言う題名に変えられていますけれど。」
パートリッジ「ええ。それで、すぐ後に、アルバム『 Takeaway 』も出来たのです。使用した曲は、すべて、最初の三枚のアルバムのものです。」
ベルナール「でも、あのEPのB面の「 Cut it Out 」では、エコーとリズムを活かしてますし、スキャットもしていますよね、それは、この「 Complicated Game 」と同じです。」
パートリッジ「ええ、私はあの「 Cut it Out 」が好きなのですよ。と言うか、好きでした。今でも、エコーは重要だと考えています。それに、好きです。今日も、使用しなかった『 Monstrance 』の音源をミキシングしていたのですけれど…、」
ベルナール「モンスタランスでも、同様のことをしている箇所がありますね。注目点ですよ。幾つかの曲で、貴方は、自分と対峙して、とても美しい演奏をしているのです。」
パートリッジ「ありがとう。( 笑う ) 一人で好い演奏をしているのですね。」
ベルナール「( 笑いながら ) 違いますよ。貴方は、私が言った「 against 」の意味はお分かりの筈ですよ。」
[ 原文では、playing with oneself と言う言い方をしているので。with oneself を自分と共に、と言う意味と、自分ひとりで、と言う意味に使い分けてジョークにしている。]
パートリッジ「ええ。自分と共演するのですね。すごく好いものになりますね。」  



おわり  




誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。
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2015年01月22日

Without Real String or Fish

 シェリークバックの13枚目のスタジオ・アルバム、タイトルは『 Without Real String or Fish 』だそう。リリースは、2月下旬の予定だそう。これまで、三枚(?) のアルバムをリリースして来た Malicious Damage Records は、もう余裕がないそうで、リリースは出来ないらしく、バンドが自分たちでリリースするようなのだけど。
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2015年01月21日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」9

ベルナール「そのことも話して下さい。私は、モールディングさんとチェンバースさんが作り出しているパターンが大好きなのです。」
パートリッジ「バス・ドラムですか? バス・ドラムのパターンは一般的なものではないですね。二人がどうやってあれを考え出したのかは、私は知りません。でも、この欠点だらけの感じの全部が私は好きなのです。」
ベルナール「それを、私も、指摘しようと思っていたのです。貴方は、もっと通常通りのものを期待していたのではありませんか。でも、あのつっかえるような感じが、曲を独特なものにしています。」
パートリッジ「一方で、テリーは、素敵なハイ・ハットを叩いているのです。ハイ・ハットは、ずっと同じで続きます。そのハイ・ハットの音は、私のプリング・オフのギターの様ですね。強く叩いてないのです。強く−柔らく、強く−柔らく、とするところを、ずっと、ん−ん−ん−ん−ん−ん、と叩いているのです。かなり機械的ですよね。でも、歌に合っているように思えます。そうして、テリーは、軽く叩くだけの二連打の素晴らしいバス・ドラムを入れているのです。」
ベルナール「一方、スネア・ドラムは、とても普通ですよね。モールディングさんとチェンバースさんのお二人は、リハーサルの時に考え出したのでしょうか、貴方は覚えていますか? それとも…、」
パートリッジ「いいえ、覚えてはいません。私たちが、外に出てサンドイッチを買うとかそんなことをしている間も、二人は一緒に考えているのです。そうでなければ、「おい、モールディング、俺と一緒に来い。」とテリーは言って、コリンを引っ張って行って、一緒に座るのです。実際、レコーディンの間、コリンは、たいていは、石造りの部屋にテリーと一緒に座っていました。それはですね、コリンは、足を見て、ドラムを感じ取るのが好きなのです。ベース・アンプは別の部屋に置かれているのです。それなのに、コリンは、テリーと一緒に居て、演奏をしたものなのです。」
ベルナール「当時、彼ら二人は、心底からのパートナーだったのですね。音楽上のパートナーのことですけれど。」
パートリッジ「ええ、ええ。固く結びついたプレイヤーでした。でも、リズム・セクションはそうでなければいけませんね。」
ベルナール「二人の間には、結束があったのですね。二人は、自分たちをバンドの中の一つのチームだと看做していたのですね。」
パートリッジ「その通りです。」
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2015年01月20日

Scissors and paste

 きのうも、『ユリシーズ』をパラパラ、でも、MacBook でウィキソースをだから、スルスルなのか知ら。

 Episode 7 Aeolus の初めの辺りの文、
「 Red Murray's long shears sliced out the advertisement from the newspaper in four clean strokes. Scissors and paste. 」
レッド・マレイの長い裁ち鋏が、鮮やかに四振りで、新聞紙から広告を切り出した。「ハサミとノリ」

 はさみで色紙をチョキチョキ切って作り出した、『ドラムズアンドワイアーズ』のイメージそのままだ。いっそ、アルバムタイトルを『 Scissors and Paste 』にすればよかったのに。
 でも、four clean strokes、はさみでチョキンと切る動作の回数を数えるのは、日本語で何と言えばいいのだろう。刀や鉈なら、「振り」で良いだろうけど。

追記:「断ち」と言う語を思い出した。

なので、訂正: 
レッド・マレイの長い裁ち鋏が、鮮やかに四断ちで、新聞紙から広告を切り出した。「ハサミとノリ」
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2015年01月19日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」8

ベルナール「ところで、そのグレゴリーさんなのですが、この曲では彼は何をしているのですか?」
パートリッジ「デイブは、この曲では、とっても大人しくしているのです。私のより1オクターブ低いものを弾いているのではないか知ら。」
ベルナール「グレゴリーさんも、プリング・オフをしているのですか? それとも、普通に弾いているのですか?」
パートリッジ「普通に弾いていると思いますよ。今日、レコードを聴いたのですけれどね。ミックスで、すっかり混合されてますね。デイブは、1オクターブ下を弾いているように感じました。デイブがキーボードを弾いたかどうかは、はっきり覚えていません。たぶん、弾いてないと思うのですけれど。」
ベルナール「ええ、私も、ギターだけのように聴こえます。」
パートリッジ「ひとつ、明かしましょうね。あのドローンの様な音は、コリンの電気シェーバーで作られたのです。コリンはシェーバーをスタジオに持って来ていて、そこでひげ剃りをしていたのだと思います。それで、「ああ! その音は、この曲の調性に近いのじゃない? それを使ったらどうだろう。」と言うことになったのだったかと思います。それで、コリンは、シェーバーを持ってヴォーカルの区画に入ったのです。それで、スタッフがマイクをセットしました。でも、テープの速度を少し変える必要はありました。少しだけ♭にしたり少しだけ♯にしたりして調整したのです。そうして、コリンのシェーバーを演奏させたのです。」
ベルナール「( 笑いながら ) 私はCDに記載されているクレジットで探しましたけれど、どこにも、モールディングさんの「シェーバー」はありませんでしたよ。」
パートリッジ「( 笑う ) その通りです。でも、コリンは、この曲ではシェーバーを演奏しているのです。ベースギターと同じくらいしっかりしていて、いい出来ですよ。」
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2015年01月18日

Masterpieces By Ellington (Mono)

 デューク・エリントンの『 Masterpieces By Ellington 』が、SACDフォーマットでリリースされると言うこと。
 リリースをするのは、アメリカのレーベル Analogue Productions 。Analogue Productions は、古いジャズやブルーズ、フォークのレコードをリィシューしている会社。

 『 Masterpieces by Ellington 』は、1951年に発表されたレコードで、エリントンにとって初めての12インチLPの作品。  

Analogue Productions 

Masterpieces by Ellington - Wikipedia, the free encyclopedia 
Duke Ellington And His Orchestra - Masterpieces By Ellington (Vinyl, LP, Album) at Discogs 


Masterpieces_by_Ellington.jpg
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2015年01月17日

今日は何の日:Вишнёвый сад

 1月17日。1904年1月17日、アントン・チェホフ Анто́н Па́влович Че́хов の『 Вишнёвый сад 桜の園 』がМосковский Художественный театр モスクワ芸術座 で初演。  


なので、XTC の「 Garden of Earthly Delights 」。 
can't all think like Chekov but you'll be O.K.
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2015年01月16日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」7

ベルナール「そうなのですか? でもどうしてなのですか? 何か意図があってのことなのですか?」
パートリッジ「意図があってそうしたのです。このソロ・ギターが曲を打ち抜けて行くようにしたい、と思ったのです。私は、どこかで、キャプテン・ビーフハードがアルバム『 Trout Mask 』でヘッドホンを着けずにヴォーカル・パートを録音した、と読んだことがあったのです。スタジオのスタッフは、コントロール・ルームから、ビーフハートに向けて、曲の始まりを合図して知らせたのです。その合図で、ビーフハートは歌い始めたのです。 
 キャプテンがそれで良かったのなら、私もそれでいいだろう、と思ったのです。それで、「ねえ、僕は、この曲でソロ・ギターを取りたいんだけど、他の伴奏を聴きたくないんだ。開始のところを合図して呉れないか。」と言ったのです。そうして、自分のアンプを11まで上げました。ギターをアンプに繋いで、MXR フランジャーを付けたのです。MXR は出力を絞ると、フランジ効果はしなくなるのですが、その代わりに、ギターの音の周囲に金属的な暈が掛かる感じになるのです。それで、私のこのギター・ソロが、基本的に、金属的な音になっている分けなのです。 
 それで、皆んながコントロール・ルームに居ました。プロデューサーのスティーブ・リリーホワイトが座っていて、バンドの他のメンバーは、リリーホワイトの後ろに腕組みをして立っていました。そうして、私を注視していたのです。リリーホワイトが合図をしました。「オーケイ」の様なものです。そうして、私は、この調性のない決まった拍のないソロをぶつけたのです。デイブは、大笑いしました。自分の足を叩いて、笑い転げたのです。」
ベルナール「でも、グレゴリーさんは貴方を嘲笑ったのでしょうか、彼はこのソロを気に入ったのではないのですか?」
パートリッジ「デイブはこのソロが好きでしたよ。それに、曲のテンポを分からないまま、一体全体どうなっているのか知らないまま、演奏すると言う私のアイデアを気に入っていました。私は、曲に対応してないのです。私は、ただ、「滅茶苦茶な雑音」を作っていただけなのです。それがソロ・パートになったのです。演奏し終えて、コントロール・ルームを見上げた時のことをよく覚えています。デイブは、ヒステリー状態でした。それで、上手くいったんだ、と、私は思ったのです。」
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2015年01月15日

今日は何の日: British Museum

 1月15日。1759年1月15日、大英博物館が、一般向けに開館した。 

XTC の歌からは、「 Jason And The Argonauts 」。
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2015年01月14日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」6

ベルナール「私はCDでそうクレジットされているのを見たことがありません。ビニール盤でもありません。けれども、『 Drums and Wires 』のビニール盤は多くのヴァージョンがありますから。」
パートリッジ「私は、そのことを先週まで忘れていたのです。先週、私は、クリスマスの買い物をするので、バースに居たのです。それで、バースの大型書店ウォーターストーンズ Waterstones に行ったのです。『 History of New Wave and Punk 』と言う類いの本が少し置いてありました。そのうちの一冊は、「棚の次の本を買う前に貴方が聴いておくべき百曲」と言う類いの本でした。( 笑う ) それは、アルバムを扱った本でした。それで、私たちのアルバムも二枚が載せられていたのです。『 Skylarking 』と『 Drums and Wires 』だったと思います。ちょっと、立ち読みしてやろうと思ったのです。 
 私は、『 Drums and Wires 』のところを見てみたのです。記事の大部分は、「 Complicated Game 」がどれ程に素晴らしいかと言うことに費やされていました。そして、コリンがそれを書いて演じていることに驚嘆を禁じ得ないと書いてあったのです。私は、その瞬間まで、あの嫌な出来事を何年も忘れていたのです。ところが、その本の、何ページかあるその章は、事実上、コリンの「 Complicated Game 」は非常に卓越している、この様な曲は私は決して作らなかったし、コリンのような人に相応しい、と語っていたのです。」
ベルナール「( 訝しげにしながら ) それはとんでもない! 誰がその記事を書いたにしても、馬鹿げています。この曲は、明らかに、貴方の歌ですから。」
パートリッジ「ええ、ええ。けれども、私が言うように、何かの理由で、ヴァージン社は、この曲をコリンのものだと考えたのです。それで、そうクレジットされたのです。ですから、世界のあちこちには、その本の記事を書いた人のように、コリンの曲だと考えている人が、当然まだ居るのです。はあん、ふうん。」
ベルナール「( 笑いながら ) 信じられないです。可笑しいですよ。兎に角、私が思うのには、アルバム『 Drums and Wires 』での、貴方とモールディングさんの歌との間のコントラストはとてもはっきりしていますから。」
パートリッジ「ええ、私もそう思いますよ。私たち二人の間のコントラストは、アルバム『 Go 2 』から見て取れると思うのですけれどね。
 よし、と。私は何処にいるかと言えば、貴方は、この曲でのソロ・ギターが分かりますか?」
ベルナール「ええ、あれは貴方ですね、そうでしょう?」
パートリッジ「はい、そうです。伴奏のトラックを聴かずにソロ・ギターを弾いたのです。」  






 私は、イギリス版( おまけのEP付き ) を買ったのだけれど、クレジットは、コリン・ムールディングになっていた。当時、私は、声は違うようだから、別の人が売ったたのだろうけれど、曲調も『 Go 2 』の最後の「 I am the Audience 」に通じるようだし、ムールディングの曲だと思っていた。
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2015年01月13日

今日は何の日:J'accuse

 1月13日。1898年1月13日、エミール・ゾラは、新聞「 L'Aurore 」に「 J'accuse 」と題した大統領フェリックス・フォール Félix Faure 宛ての公開質問状を発表した。ドレフィス事件の一環。 
 ユダヤ人将校アルフレド・ドレフュス Alfred Dreyfus をスパイの容疑で逮捕し有罪判決を下したことに対して、ゾラは抗議した。ドレフュスは無実だった。 

XTC の歌から何か選ぶとすれば、「 Books Are Burning 」か知ら、、、
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2015年01月12日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」5

ベルナール「それで、歌詞は、そのコードから思い付いたのですか?」
パートリッジ「私はコードから歌詞が生まれた、と思っています。そのテンションに由来しているのです。それに、ちょっとした秘密があるのですけれど、それをどうしてもお知りになりたいのなら、お話ししましょう。私が、アルバム『 Big Express 』へ入れる歌を探していた時のことなのですが、その時には、ギターをオープンEのチューニングにしていたのですけれどね、この二つのコードを弾いてみたのです。そうして、「 This World Over 」が出来上がったのです。( 笑う ) 同じコードなのですよ。チューニングが違うだけなのです。」
ベルナール「( 笑いながら ) なる程。貴方が盗作をしようとする時には、自分の曲を盗むかもしれないのですね。」
パートリッジ「ええ。私は盗作されても平気です。( 笑う )」
ベルナール「それで、貴方は、その弦を引っ張って…、」
パートリッジ「それに、とても小さな自分に聞こえるだけの音で始める必要があります。途切れ途切れの囁きのような感じなのです。
 レコーディングの時、この歌はとても歌うのが難しいと気が付いたのです。実際、私の声は、ぼろぼろでした。」
ベルナール「それは、ツアーのためですか?」
パートリッジ「ツアーとリハーサルです。そのまま、スタジオに直行したのですから。そして、アルバムの曲を歌ったのです。何か病気に罹っていたかどうかは分かりません。でも、この曲を大きな声で歌おうと始めた時に、私の声は、割れてぼろぼろだったのです。」
ベルナール「でも、それはそれで、この歌にはぴったりの方法だったのでは、と、私は思うのですが。」
パートリッジ「その声は、破れかぶれのように聴こえさせますね。でも、それは、意図的ではないのです。私の声が本当に使い物にならなくなっていたからなのです。もう一度は歌えないだろうと私自身が思っている歌の一つですね。たぶん、使われているのは、一回目の録音か二回目の録音でしょう。でも、もう一度出来るとは思えませんね。とは言っても、貴方の言われる通り、虚しさと自暴自棄の感じを出させていますね。 
 私が怒り心頭に発したことはですね、アルバムが出た時に、この歌のクレジットが、コリンになっていたことなのです。」
ベルナール「本当ですか?」
パートリッジ「んんん、んんん。そうなのです。オリジナルのビニール盤です。それに、CDになっても、たぶん同じだったと…、」
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2015年01月11日

Spaces Everywhere

 APE のwebページは、大きく変えられると言うこと。アンディ・パートリッッジが、APE のフォーラムとツィッターでお知らせをしていた。APE のフォーラムはなくなることは明言している。これまでのニュース・アーカイブも無くなるのだと、思う。 

 モノクローム・セットのホームページは、更新されて、新しいスタジオアルバムのお知らせが掲載されていた。タイトルは、『 Spaces Everywhere 』。ジェケットのアートワークも公開されている。電子画像的な雰囲気のイラスト。写真? レーベル Tapete では、もう予約を受け付けていると。モノクローム・セットのショップでは、3月16日に販売開始と。 

アンディ、ビド、レスターの写真: 
Spaces Everywhere
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Your head it simply swurls

 きょうは、ピエル・ファッチーニのビデオを YouTube で見たり。ユリシーズをパラパラ。

 次のところ、 XTC の歌「 The Wheel and The Maypole 」を思い出したり、「 Across This Antheap 」を思い出したり。 

Episode 6: Hades の終わりころ ( グーテンベルグ・プロジェクトから )

 I daresay the soil would be quite fat with corpsemanure, bones, flesh, nails. Charnelhouses. Dreadful. Turning green and pink decomposing. Rot quick in damp earth. The lean old ones tougher. Then a kind of a tallowy kind of a cheesy. Then begin to get black, black treacle oozing out of them. Then dried up. Deathmoths. Of course the cells or whatever they are go on living. Changing about. Live for ever practically. Nothing to feed on feed on themselves.
 But they must breed a devil of a lot of maggots. Soil must be simply swirling with them. Your head it simply swurls. Those pretty little seaside gurls.   

swurls とgurls は、原文のまま。異表記? 幼児語? Your head it simply swirls. は、Harry B. Norris の流行歌「 Seaside Girls 」の歌詞を使っている。 
Seaside Girls | Harry B. Norris | Sung by Miss Vesta Tilley 


 屍体肥料、骨とか肉とか爪とか、そんなもので、きっと土壌はとても肥えるのだろうと思う。納骨堂がいくつも。おっそろしい。緑色や桃色に変わりながら分解されて行く。湿気た土地なら早く腐る。痩せた老人の屍体はなかなか腐らない。そのうちに、チーズのような脂質になる。それから黒くなる。黒い糖蜜が滲み出て来る。そうして、乾涸びる。死蛾。細胞とか、とにかくそう言うものが生き続けることは、言うまでもない。何かに変化しながら生きる。実質的に、ずっと生きる。餌にするものが何もなければ、自分を餌にする。 
 とは言っても、屍体はひどく大量の蛆を飼うに決まってる。その蛆の所為で地面は目に見えて渦を巻くに違いない。あんたのおつむ、はっきり、ぐるぐる。かわいらしい海辺のねえたち。  

( 訳は、私。 )  


 他にも、「 In Loving Memory of a Name 」や「 Grass 」を思い出す箇所もあったり。
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2015年01月10日

今日は何の日:The Adventures of Tintin

 今日は1月10日。1929年1月10日、ベルギーの雑誌「 Le Petit Vingtième 」に『 The Adventures of Tintin 』が初めて掲載される。『タンタンの冒険』。 

 XTC の歌からは、「 Wrapped in Grey 」か知ら???
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Relaxin' at Camarillo

 パートリッジのツィッター上に、興味深いコメントがあったので備忘。 

2014年12月30日付け 
「 Listening to new remix of PINK THING,was reminded of Daves solo,an homage to Charlie Parkers RELAXIN AT CAMARILLO via Joe Pass 」 

「ピンク・シング」のデイブ・グレゴリーのギター・ソロ、あれは、ジョー・パスの演奏を経由してのチャーリー・パーカーの曲「 Relaxin' at Camarillo 」へのオマージュと言うこと。

ジョー・パス Joe Pass の演奏は、1964年に発表された、ジョー・パス・カルテットのアルバム『 Joy Spring 』に収められている。1964年2月6日の Encore Theater での、ライブ録音。
「 Relaxin' at Camarillo 」は、チャーリー・パーカーが麻薬中毒で入院した後、カリフォルニアを去る前に六論したもの。1946年。  


 『オレンジズアンドレモンズ』は、全体にジャズ色が感じられると、私は思っていたのだけれど、「ピンク・シング」にもあったとは。
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2015年01月09日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」4

ベルナール「では、「 They were arrows in a very bad aim 」と言う行は、どう言う意味なのですか?」
パートリッジ「それはですね、マネージメント会社、レコード会社、それに、企業集団は、自分たちがしたいようにするのであって、アーティストがしたいようにするのではない、と言うことです。
 でも、この行は、上手くはいかなかったと思いました。「十分に言い尽くせてないぞ、後で書き直そう。」と考えていたのです。でも、結局そうしなかったのは、ご存知ですよね。」
ベルナール「歌の冒頭に話しを戻します。デモ・テイクのギターですが、掻き鳴らしていますよね。でも、完成されたレコードでは、タッピング奏法で弾いているように聞こえます。」
パートリッジ「「タップ・イントゥー・アメリカ」!!」[ モキュメンタリ―の『 This is Spinal Tap 』( 1984年 )のことか? ]
ベルナール「エディー・ヴァン・へイレン Eddie Van Halen になろうとしていたのですか?」
パートリッジ「( 笑う ) まさか、タッピングでなくて、栓を閉めるような仕方で弾いているのです。[ 原文は、 tap と faucet を使っている。faucet は、英国語では tap と同じ意味で使うので。 ] 素晴らしい音です。音の流れの栓を開けたり閉めたりするように、弦を撫でるのです。 
 そのテンションが好きなのです。弦を引っ張っているのです。叩いているのではないのです。」
ベルナール「本当ですか? 驚きました。」
パートリッジ「私の手が捉えられるだけの弦を全部引っ張っているのです[ プリング・オフ ]。たぶん、四本の弦です。この曲のコードを知りたい人には、私は、最初の二つのコードを教えることが出来ますよ。オクターブの所で、上の四弦を押さえるのです。基本的には、G6 ですね。」
ベルナール「オクターブと言うのは何でしょう? 第12フレットのことですか? あの、私がドラマーなのをお忘れないようにお願いします。」
パートリッジ「( 笑う ) そうです。それから、音を下げて行きます。E弦[ 6弦 ]とA弦[ 5弦 ]を押さえたまま、DとGの音の所まで下げるのです[ 10フレット? ]。上の四弦をバレー奏法で押さえたままなのですが、この二つの音は半音下がるのです。これがコードチェンジなのです。とてもいいテンションです。[ 原文:Then, a tone down, you cover the E string and the A string at the position so they register a D and a G. Then, you keep the barred top four strings the same, but move those two notes down a semi-tone. That's the change. 私にはこの説明が分かりません。半音の降下になっている? faucet することで半音下がるというのか? 10フレットではなくて、11フレットだと、D♯ーG♯で半音の降下になるので、そういうことか?]他のことをやろうとして、しくじってこれになったのです。でも、「ああ、これはとてもいい。それに、緊張感がある。好きだな。どっちつかずで緊張感がある。これは完璧だ。」と思ったのです。」
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2015年01月07日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」3

ベルナール「それに、この歌では、循環論法が使ってあります、それも、私は好きなのです。最初は、語り手自身のことから始まって、女の子と彼女の髪のこと、友人の投票のこと、そして神のことになります。それで、次には誰が神に尋ねるのでしょう? 語り手なのですか? そうですね、語り手に戻って来ます。話しが進んでいるだけでなくて、環を廻って元に戻って来るのです。
 では、ブリッジ部分の歌詞について、話して下さい。」
パートリッジ「当時、私は、自分の音楽と言う職業にむなしさを感じていたのです。私はこの道に行きたかったのに、他の人たちが私をあの道に引っ張って行ったのです。そして、私はこれがしたかったのに、他の人たちは、「いや、いや、あれをしなくてはならない。」と言うのです。そのようになるとは考えていませんでした。それで、私は、「これは誰か別の人間に起こっていることなのか?」と思い出したのです。私の同時代人たち、彼らにも同じ様なことが起こっているのではないか知ら、と思ったのです。それで、二三の名前が必要になったのです。それも、短い名前が好かったのです。「よし、その名前の人物に「誰か」になって貰おう」と思ったのです。覚えていますよ、『メロディ・メーカー』誌を開くと、トム・ロビンソン Tom Robinson とジョー・ストラマー Joe Strummer の記事があったのです。 
 それで、「素晴らしいじゃないか、短い名前が二つある。トムとジョー、とても平凡に聞こえる。」と思ったのです。そうですね、ジョー・ソープとか、ジョー・パブリックとか、トム・トム・パイパーズ・サンとかですね。とても平凡な名前なのですよ。それで、「これでいいぞ、似た様な状況にある人たちだから。それに、彼らも同じ様な状況であちこちへと振り回されて失望しているだろうな。」と思ったのです。 
 それに、あの二人には変わった所もありますからね。ジョー・ストラマーは、中流家庭と言うより上流家庭の出で、パブリック・スクールを卒業していますし。コカインによる心臓発作で死んでいます。一方のトム・ロビンソンは、ゲイの活動家なのに、結婚もして子供も儲けているのですからね。」
ベルナール「それは、また、ややこしいゲームですねえ。」
パートリッジ「( 笑う ) 本当に。誰がそんなことを考えたでしょうねえ。その二人の人物を誰かが注目して、彼らのスナップ・ショットを撮っていたとしても、その写真が何処へ行くのか、彼らの背後の事情がどうなのか、彼らがどのように変わって行くのか、写真は結局彼らにとってどうなるのかなんて、考えなかったでしょうね。ああ、神様、複雑怪奇なゲームです。」
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2015年01月06日

今日は何の日:Montessori education

 1907年1月6日、イタリアの教育者、マリア・モンテッソーリ Maria Montessori が最初の学校・ケアセンターを開いた。
 マリア・モンテッソーリは、1870年8月31日生まれで、1952年に亡くなった人。最初は医者。イタリアでは、ローマ大学医学部に女性として初めて入学し博士号を取って卒業した人。当時は、女性を医者としては認めない風潮だったので、在学中も差別を受けて大変だったと。卒業後も受け容れる医療機関がないので、当時はまだ医療として確立もしていない精神病の隔離施設で働くことに。そこで、知的障害があるとして入所させられていた幼児たちを観察するうちに、障害があっても知的な向上があることに気が付いて、医者を止めて、ローマ大学に再入学して、教育者になったということ。
 それからは、モンテッソーリ教育として、彼女の方法がヨーロッパ中に広まったということ。  


それで、 XTC の歌からは、、、「 The Loving 」か知ら??
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Nothing between himself and heaven

 きのうも、『ユリシーズ』をパラパラと見た。Episode 6 Hades のとこ。
「 Nothing between himself and heaven, Ned Lambert answered. 」と言うところも面白いのだけれど。彼本人と天国の間には何もないんだ、とネッド・ランバートは言った。その髪型は、今のアンディ・パートリッッジと一緒だから。それよりも、その少し後のところ、
「 A server bearing a brass bucket with something in it came out through a door. The whitesmocked priest came after him, tidying his stole with one hand, balancing with the other a little book against his toad's belly. Who'll read the book? I, said the rook. 」
に興味を惹かれた。
 給仕が何かが入った真鍮のバケツを持ってドアから現れた。白い上っ張りの司祭がその後に遣って来た。片手でストラを整えながら、もう片手は、ヒキガエルのような腹の上で小さな帳面を支えている。誰がその本を読む? わたし、とミヤマガラスが言った。  
 この部分は、マザーグースの「誰がクックロビンを殺したの?」を使っているのだけれど。そこに、rook が出て来るので、XTC ソングに直結するように思った。まあ、rook と book は似てるから、他にも例がたくさんあるかも知れないけれど。
 それに、フィリップ・ラーキンの Toad も出て来たりして。
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2015年01月05日

ベルナール、パートリッジ対談「 Complicated Game 」2

ベルナール「なるほど。ですけれど、同時に、興味深いこともおっしゃいました。むなしさがのっぴきならないものだと言われました。」
パートリッジ「ええ。」
ベルナール「それはつまり、むなしさは、肯定的な役割があるということなのですか。」
パートリッジ「肯定的であることがあるでしょう。」
ベルナール「どのようにですか?」
パートリッジ「私たちは、何もかにもについて、考え過ぎること、いろいろとし過ぎることが、時々ありますよね。気持ちを楽にして、人生が私たちをなすままにしていれば、もっと良くなるだろうと、私は思うのです。そうしても、結局は、似た様な結果になるでしょう、それも、自分で自分の顔をひっきりなしに殴ることもないのですから。ですから、むなしさは、肯定的な役割をするのです。」
ベルナール「私は、この歌での、歌詞の作り方が好きです。」
パートリッジ「歌詞は、ほんとうに些細な事柄から作られています。指をここに置くか、あそこに置くか、と言った様な、取るに足りない様な物事ですよね。私が言いたかったのは、中国で蝶々がくしゃみをすると、様々なことが継起して最後には、チリでハリケーンが起こる、と言う様なことなのです。[ バタフライ効果 ] この曲で、私たちは、フラクタルの世界へと入り込んだわけですよ。( 笑う ) 本の小さな行動がどれだけ重要な結果をもららすか、自分では知りようもないと言うことなのです。それがとんでもない重要なことになるのか、まったく無益になるのか? 分からないのですよ。投票用紙に付けるちっちゃな丸、右派にすべきだったのか左派にすべきだったのか? この人物にすべきだったのか、あの人物にすべきだったのか、分からないのです。 
 そうですね、あの当時、私はむなしさを感じ始めていたのだと思います。バンドに居て、ツアー行程からは抜け出せなくて、それに、自分の活動予定にいっさい関われないでいる、と言うことに関係があるに違いないでしょうね。実際、自分が何をするかについて、私は何の指示も出せなかったのですから。」
ベルナール「それは興味深いですね。あの当時だと、バンドは上向きの軌道を…、」
パートリッジ「ええ、一般的な認識では、上向き軌道ですよ。」
ベルナール「けれども、貴方は、ベールの下に気が付き始めていたのですね。」
パートリッジ「私はですね、汚い覆いの下を見てしまう傾向にあるのです。それに、覆いの下にある不潔なものもですね。そうですね、「僕はこの踏み車から降りることができない。誰も踏み車から僕を降ろしてくれないんだ。」と言う感じでした。それで、私は、むなしさを感じ始めていたのです。自分の小さな手の動きにむなしさを覚えました。それに、髪の毛が無くなっていくことに。それに、選挙にもむなしさを感じていましたし、神や宗教にもむなしさを感じ始めていました。「僕が関係するかどうかなんて、どうでもいいんだ。物事は何かほかのことで変わって行くんだ。誰かが変えるんだ!」と思ってしまったのです。むなしさと人間の持つ気分の相互作用で起こるメニスカスの所為ではなかったかと、今では思いますね。[ メニスカス meniscus : 液体とそれを入れる容器の間で起こる表面張力に依って、液体の表面が三日月型に彎曲する現象。 ]」
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2015年01月04日

2015年

 2015年には、the Clubmen がリリースされるのではないかと思う。と言うか、して欲しい。『オレンジズアンドレモンズ サラウンド』は、年内のリリースなのだろうか。「クリスマスソング」は、今年のクリスマス? その他に、アンディ・パートリッッジの関わった新作があるのかどうか。

 コリン・モールディングが関わるものでは、Duncan Maitland さんの二作目のアルバムのリリースが予定されている。モールディングが演奏しているかどうかは知らないのだけど。メイトランドさんの一枚目のアルバム『 Lullabies For the 21st Century 』は、ビニール盤がリリースされる予定だとか。Days beteeen Stations の二枚目のアルバムも製作中だけれど、これでも、モールディングが歌っているかどうかは知らない。歌ってて欲しいけれど。プロデュースをした NudyBronque は、どうなのか知ら。

 デイブ・グレゴリーに関しては、Big Big Train のコンサートが中心かと。秋には、ピーター・ゲイブリエルのスタジオ、リアル・ワールドでライブ演奏を録画したものがDVDでリリースされる。2時間を越す大作の新作の製作も始まるということ。グレゴリー、新作にもメンバーとして参加するのかどうかは知らないけれど。たぶん、するのだろうけど。Tin Spirits の方の活動は、ステージが中心なのだろう。 

 バリー・アンドリューズに関しては、シェリークバックの13枚目のスタジオアルバムがリリースの予定。

楽しみ。  

 それから、モノクローム・セットの12枚目のスタジオアルバムも。

楽しみ、楽しみ。
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1月にリリースのもの

 1月にリリースされた XTC のレコードは、

アルバム:
『 White Music 』が1978年1月20日に。 

シングル: 
「 Statue of Liberty 」が1978年1月6日に。

「 Love At First Sight 」が1981年1月23日に、カナダで。

「 Senses Working Overtime 」が1982年1月8日に。 

「 Wake Up 」が1985年1月28日に。 

「 Mayor of Simpleton 」が1989年1月13日に。   



なので、
「 Wake Up 」は、30周年。でも、アルバム『 The Big Express 』は前年の1984年リリースだけど。

他に、周年になるのは、アルバムでは、『 Black Sea 』が、35周年。
『 Wasp Star 』が15周年。
posted by ノエルかえる at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月02日

Michael Tippett

 1月2日。1905年1月2日、マイケル・ティペット Michael Tippett が生まれる。イギリスの作曲家。亡くなったのは、1998年1月8日。享年93。有名な作品は、オラトリオの『われらの時代の子』。水晶の夜に心を痛めたティペットが書いた作品。1939年から1941年に執筆。初演は1944年3月19日。 


 それから、ウィキペディアのトップページに掲載されていた、ミレーの『オフィーリア』を眺めていて、画面左端の枝に、ロビンが留っているのに気がついた。あの絵を見ると、私は、『 Skylarking 』を連想するのだけれど、、、
posted by ノエルかえる at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする