2015年02月28日

今日は何の日:Edictum Thessalonicense

 380年2月27日 ( ウィキペディアのラテン語版には28日と )、テオドシウス1世とグラティアヌスとウァレンティニアヌス2世によって、Edictum Thessalonicense テッサロニキ勅令が出された。キリスト教がローマ帝国の国教になった。 

なので、XTC「 Dear God 」。
神様、ビールを安くしてね、って、ローマではビールは飲まれなかったのかなあ? 神様はワインは好きだろうけど、、
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2015年02月27日

Song Notes 2014 「 Roads Girdle the Globe 」

アンディ: 

 スウィンドンのマンチェスター通り12にあるアパートの、壁全部をオレンジのつや出しに塗られた私の部屋で、夜遅くまで起きていた私は、テレビを点けて、フィンランドの映画を見ていた。1970年のリスト・ジャルヴァ Risto Jarva 監督作品『 Gas in the Venis ( 原題:Bensaa Suonissa ) 』だ。[ Bensaa suonissa (1970) - IMDb] このラリーを扱った映画は、私に、自動車に対する人間の非理性的な愛情について考えさせた。また、人類がこの惑星を生贄にして、自動車に適応させようとしているのではないかと、思ったのだ。そこで、私は、この「自動車宗団」の為の讃歌を書こうと決意したのだ。 
 この曲は、XTC の曲の中では、その耳障りなコード[ クラスター・コード ]とメロディに於いて最もキャプテン・ビーフハーツ・マジック・バンドの音に近いものである。願わくば、聴き手の諸氏には、この音で、死者も出る様な多重衝突事故の際、この鋼鉄の獣のシャーシーが放つ軋音を喚起されたい。奇妙な事ではあるが、後年、デイブ・ステュアートとバーバラ・ガスキンがこの曲をレコーディングしている。彼らのヴァージョンは、私の耳には、リムジンの豪華なインテリアの自動車の様に聴こえる。それは、私たちのものとは、全く相容れないものではある。だが、それはそれで素晴らしいのだ。私たちは、自動車の外側を造ったのだが、彼らは、内側を造ったのだ。 
 私は、白と黒の縞模様のフェンダー・ブロンコを弾いて、自分が分担した喧しい音を出していたのだと思う。今日に至っても、「このコードは何であるか?」と自問している。 
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オレンジズアンドレモンズ記念日

 2月27日は、『 Oranges and Lemons 』がリリースされた日。1989年2月27日月曜日。カーニバル、カーニバル。オレンジを投げよう。 
 22日は、『 Apple Venus 』がリリースされた日だった。
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2015年02月26日

Radio Rewrite

 ラジオ・ヘッド レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドさんが、スティーブ・ライヒの作品『 Electric Counterpoint 』とライヒがグリーンウッドさんのために書いた『 Radio Rewrite 』を録音したレコードCDをリリースした、と。『 Electric Counterpoint 』は、ライヒが、1987年に、パット・メセニーの為に書いたエレクトリック・ギターの曲。『 Radio Rewrite 』は、ライヒが、2012年に、ラジオ・ヘッド レディオヘッドの「 Jigsaw Falling into Place 」と「 Everything in Its Right Place 」を元に書いた曲。 
 パートリッジにも、このようなレコードがあれば良かったのにと思う。 

Steve Reich - Radio Rewrite at Discogs 
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2015年02月25日

The Clubmen

 きょう、Jen Olive さんは、Facebook に、the Clubmen のことを書いている。今年中には、リリースされるのだろうか、、、
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Song Notes 2014 「 Ten Feet Tall 」

コリン : 

 デイブがぼくに、この曲を自分で取り下げて、ぼくのソロ作品にしたらどうかと、言った時、ぼくはとても驚いたんだ。今思えば、どうして、そんなに驚いたかと言えば、ぼくは自然ななりゆきでそうなったことだけをしていただけだったのだから。自然に、メロディックな感覚になっていたんだよね。それで、この曲が頚羽を立てたのは、アルバムの曲の中ではずいぶんとアメリカ的な音をしていて、ちょっとでもウエスト・コースト的なものは、ぼくたち、あの頃とても嫌っていたから、窮地に立たされたからなんだ。ぼくは、今でもね、この曲は異彩を放っていてアルバムの中に入る価値があると思っているんだ。この曲は、こんなスタイルも出来るって、「ヘンテコ」だけじゃないって言う、確かな証拠なんだよね。ぼくたちは、この曲で、「ヘンテコ」のレッテルを確実に葬り去ったんだ。合衆国では、シングルになったよ。 


アンディ: 

 コリンはすっかり大人になっていて、アコースティックな歌を書いて来た。この歌は、アコースティックなままにすることが適当だと思われていたのだが。この歌は、あの時、バンド内でかなりの動揺を引き起こしたことを、今でも私は思い出せる。この曲は「適当な時期」なのか、あるいは、アコースティックではしないのか、と言うことについて論議する十分な時間を、私たちは持ってはいなかった。あまりに多くのファンを遠ざけてしまうのではないか、と言う懸念はあったのだが。  
 これを聴いたことのある諸氏は、「 stopping there 」の言葉に首を傾げたこともあるだろう。あれは、苛立っているデイブなのだ。また、この曲を通してあの愛すべきアルペジオを奏でているのもデイブである。あのアルペジオ、私が決して修得することのことの出来なかったものなのだ。私は、短音のコードを弾いている、「簡単」大尽なのである。 
 暫く経つと、この曲は、バンド内では、非礼なことに、コリンの元同僚の巨根に因んで「 Tenfoot's Tool 」と呼ばれる様になった。率直に言って、芸術に敬意を払わない者は居るものなのだ。
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2015年02月24日

あ、

 今日の昼、閃輝暗点が出た。頭痛が来るかどうかは分からない。今のところ、少し重いだけ。

 で、『 Drums and Wires 』のノート、「 When You're Near Me I Have Difficulty 」を「 Day In Day Out 」のタイトルにしていた。投稿する時、タイトルは、前の記事をコピーしてするので、題名を変えるのを忘れていたから。なので、訂正しておいた。
posted by ノエルかえる at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

W. H. Auden 「 The Two 」

 2月21日は、W. H. オーデンの誕生日だった。それで、詩「 The Two 」( あるいは「 The Witness 」と言う題 )を訳してみた。アンディ・パートリッッジが『 Drums and Wires 』のノートで少し触れていたこともあるので。
 でも、とても私には訳せるようなものではないのだけれど。
 元にしたのは、web で閲覧出来た、Western Michigan University の詩のアンソロジー。資料がないので、何時頃書かれたものか、等何も分からないので。 The Two の意味も分からないけれど、「対」にしてみた。 


君たちは町、僕たちは時計。
僕たちは、岩礁の門にいる守護。
対。
君たちの左に、君たちの右に、
昼に、夜に、
僕たちは君たちを見張っている。 

僕たちの言うことに逆らう人たちに、どんな考えが
浮かんだのかを聞かないのは、賢明だ。 
あの人たちには、
僕たちは、渦なのだし、暗礁なのだ。
僕たちは、型通りの悪夢で、災難なのだ。 
なにより、不幸の薔薇なのだ。

鳥を積んだ舟が島から入って来る、
すると、船乗りの言葉を聞き覚えた、
鶴が舞い上がる。 
魚捕りの話しや、他の男の女房たちの話しをしてお呉れ。 
灯の点った宿屋で、
圧縮された生涯が一度に展開される瞬間だ。 

けれど、君たちがちょっと見ではわからないように
気を付けて隠したものを、僕たちが知らないなんて、
思わないでお呉れ。 
僕たちは、何もしないし、何も言わない。
けれど、僕たちが死んでるなんて取り違えないでお呉れ。 
僕は、踊りはしない。 

僕たちは、君たちが落下するのではないかと心配だ。 
何時間も、
僕たちは、庭の垣の向こうから、君たちを見張っている。 
空は、染みが出来た様に、くすんでいる。 
何かが、雨の様に、落ち始める。 
たぶん、花が落ちるのではない。 

緑が、蓋をする様に、一面を覆うと、
何が隠されていたか、もっとよく分かる様になる。 
不快。 
だから、音を立てずに振り返ってご覧、
今際の三日月の下に、
森が現れている。周囲に樹が立っている。 

貫木が溝に滑り込む。 
窓の外には、黒い不定住の
隊商が居る。 
そして急に、アマツバメが現れると共に、
暗い眼鏡を掛けた女と背中に瘤のある外科医と
ハサミ男が遣って来る。 

こうしたことは、たぶん、毎日起こっていた。 
だから、言うことやすることに、
気を付けなさい。 
清潔にして、身なりを整えて、鍵に油を注して、
庭を刈り込んで、時計の螺子を巻きなさい。
それから、対を忘れない様に。   


THE TWO
You are the town and we are the clock.
We are the guardians of the gate in the rock.
            The Two.
On your left and on your right
In the day and in the night,
        We are watching you.

Wiser not to ask just what has occurred
To them who disobeyed our word;
        To those
We were the whirlpool, we were the reef,
We were the formal nightmare, grief
        And the unlucky rose.

Climb up the crane , learn the sailor's words
When the ships from the islands laden with birds
        Come in.
Tell your stories of fishing and other men's wives:
The expansive moments of constricted lives
        In the lighted inn.

But do not imagine we do not know
Nor that what you hide with such care won't show
        At a glance.
Nothing is done, nothing is said,
But don't make the mistake of believing us dead:
        I shouldn't dance.

We're afraid in that case you'll have a fall.
We've been watching you over the garden wall
        For hours.
The sky is darkening like a stain,
Something is going to fall like rain
        And it won't be flowers.

When the green field comes off like a lid
Revealing what was much better hid:
        Unpleasant.
And look, behind you without a sound
The woods have come up and are standing round
        In deadly crescent.

The bolt is sliding in its groove,
Outside the window is the black remov-
        ers' van.
And now with sudden swift emergence
Come the woman in dark glasses and humpbacked surgeons
        And the scissors man.

This might happen any day
So be careful what you say
        Or do.
Be clean, be tidy, oil the lock,
Trim the garden, wind the clock,
        Remember the Two.




3月1日追記:  
中桐雅夫訳の『オーデン詩集』に「目撃者」が入っていたので。
私の訳が違っているところを備忘。 
( 私が元にした「 The Two 」は、「You are the town and we are the clock」から始まっていて、それより前の4スタンザはなかったので。 ) 
詩が書かれたのは、1927年から1932年の間で、戦争が近づいて来る恐怖をテーマにしているらしい。 
それから、中桐雅夫は、the Two を「二人組」としている。 
それで、違っているところを二カ所、
Climb up the crane , learn the sailor's words の行、
クレーンに登れ、水夫の言葉を習え、 

Outside the window is the black removers' van. の行、 
窓の外には、運送屋の 
黒い荷車。 



追追記: 
オーデンの the Two のこと: ノエルかえる不恵留
posted by ノエルかえる at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

200ポンドで歌を

 シェリークバックのデラックス版、ホームページのストアに表示されて直ぐに消えている。たぶん、売り切れたのだろう。260ポンドだけど。
 そのかわり、「200ポンドで、作曲します。」と言うのが出ている。題を提示して依頼するよう。2分間の曲。歌詞はたぶんない。

 アンディ・パートリッッジも、「500ポンドで作曲します。」というのをすればいいのに。
posted by ノエルかえる at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月23日

Song Notes 2014 「 When You're Near Me I Have Difficulty 」

 私は万事に於いて奥手だった。三つ程を例に挙げるならば、読書と楽器の演奏と恋だ。この小曲は、最後に挙げた遅発に鼓吹されたものだ。誰か女性が側に来ると起こってしまうと言う初心な戸惑いだったのだ。その中でも、十三歳の頃、私が逆上せ上がった、ヴァネッサと言う名前の少女のことが曲の導引になったのだろうと、思う。 
 ヘッドホンで聴いて思い出したことがある。この曲には、絶妙なコード進行があるのだ。しかしながら、その名称について、私に問わないで欲しいのだ。その理由は自明の筈だ。 
 ステージでのこと。この曲は、歌い演奏するには厄介なものだった。演奏の技量が要ると言うのではない。終部を繰り返して歌っていると、私は酸素が欠乏して意識を失ったからだ。私たちは、レコーディングの際には、分けてレコーディングすることで、その問題を解決した。私は息をすることが出来たのだ。 
 更に一つ。イントロでの音を外したギターのことだけれど。私は、サラウンド版に編集する際には、あれを出来るのなら誤摩化して音程を上げる様に、スティーブ・ウィルソンに頼んだのだ。彼は、即座に答えた、「心配無用。既に調性済み。」と。ウィルソンも、その不覚の失敗を曲から取り除くことは出来なかった。このアルバムの曲は、どれも、あまりに迅速にレコーディングされた為に、チューニングは、ぞんざいにされたのだ。
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2015年02月22日

坂田藤十郎

坂田藤十郎さんの訃報があった。
posted by ノエルかえる at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Shrove Tuesday

 今年のカーニバルはもう終わってしまった。と、思ったのは、『オレンジズアンドレモンズ』のことを考えていたから。2月27日がリリースされた日( チョークヒルでは28日と記されているけれど )。私は、『オレンジズアンドレモンズ』をカーニバル的なアルバムと思っているから。偶然にも、リリースされたのが、カーニバルの季節でもある。リリースされた年は、1989年。その年のカーニバルは、6日、7日だけれど。
 それから、イギリスでは、カーニバルの終わる火曜日、四十節の前日、を Shrove Tuesday と言う。これは、ビートルズの「 I Am the Walrus 」の歌詞の Stupid bloody Tuesday のことだと思う。今は、Pancake Day パンケーキ・デイと言うけれど。 

ピーテル・ブリューゲルの『 The Fight Between Carnival and Lent 』謝肉祭と四旬節の喧嘩
The Fight Between Carnival and Lent - Wikipedia, the free encyclopedia 

画像 - The Fight Between Carnival and Lent - Wikipedia, the free encyclopedia 
posted by ノエルかえる at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月21日

今日は何の日:Trevithick's locomotive

 2月21日。1804年2月21日、ウェールズのペナダレン Penydarren 製鉄所の中で、リチャード・トレビシック Richard Trevithick の製作した蒸気機関車が10トンの鉄と70人の人間が乗った5両の客車を引いて移動した。初めての機関車の運転。 


なので、XTC「 Train Running Low on Soul Coal 」。
posted by ノエルかえる at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ええと

 先週、「ちょっと」を書いた時には、週が明けての月曜日に病院に行ったら即入院と言われるかも、と思っていたのだけれど。
 書いた後に( 書いたのは午後9時 )、直ぐに床に付いた。頓用の頭痛薬を飲んで、首にはフェイタスを貼って。湿布薬は気休めだと思ってた。急なことがあるかもと思って、灯りは点けたまま。床には付いたけど、横臥はしないで、壁にもたれていた。熱は、37.8℃に上がっていた。すぐには寝付けないので、テレビも点けていた。チャンネルは、QVC にしたり放送大学にしたり。番組を見てるわけではなくて、光が点って音が鳴ってるだけなのだけど。 
 ところで、最近のテレビ番組で好きなのは、QVC と放送大学と『ヨーロッパの車窓だけ』だ。思ったのだけど、背景の音楽や効果音がないからなのだろうか。QVC も買うつもりは毛頭無く眺めてるだけだし、放送大学も内容は素通りしているし。『ヨーロッパの車窓だけ』は、車内の音がそのまま録音されているだけで、列車の音と乗り合わせた乗客の話し声だけだし。YKK 提供の『窓』と言う番組があったけど、あれはナレーションや音楽が付いていた様に思う。『パリの窓からだけ』とか言う番組を作ってくれないかなあ。 
 それでも、いつの間にか寝ていて、お昼前に起きて、食事をした。その時には、もう口もそれ程変でなかった様に思う。その後、ぬるめのお風呂に長めに入って、また寝た。 
 月曜日の朝には、何ともない様に感じた。脱力感はあったけど。このままお医者に行くよりも、しばらく様子を見てからに、と思った。それで、一週間過ぎたけれど、何ともない様。 

 『 Drums and Wires 』の2014版のノートは、一応訳してはいる。チェックはしてないけど。それで、これまでと同じ様に、月水金に投稿しようか、いっぺんにしようか、迷っている。今は別状ないように思うけど、また、体調を崩して、投稿出来ないかもと思ってしまうから。その後には、『 Oranges and Lemons 』の対談を訳そうと思っているのだけれど、今は、ちょっと億劫。
posted by ノエルかえる at 13:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月14日

ちょっと

 このブログは、第一には、自分のための備忘であるのあだけれど、でも、それも、XTC に限ってのことのつもりなのだけれど。でも、書いて置いて、後から自分で読むこともあるかもと思って。
 ちょっと体調が良くない。
 水曜日から、偏頭痛かと思ってたけど。でも、閃輝暗点も見てないし、痛みもも立ってられない程でなかったので。軽いのかと思ってた。それでも、水木金と早く就寝した。それで、昨日の金曜日、寝ようと思って、仰向けに躰を傾けたら、頚に激痛が来た。思わず、大声を上げる程に痛かった。完全に伏せたら、痛みはないのだけど。それで、今朝からは、だるいと言うか、身体が動きにくい。まずは、歩幅が狭くなって、ちょこちょこ歩く。それから、食事の時に口を開けるのが出来ない。全く開かないのではないけど。でも、何も出来ないのではない。とりあえずは動ける。今日は、書類に署名しなければならないこともあったけど、手が引き攣って書けなかった。思えば、週明けには、起きた時に、右の親指が痛くて何も出来なかった。シャツのボタンも嵌められなかった。それで、今日の夕方計ったら、37℃2分だから、微熱もある。
 一過的なもので、何でもないかも知れない。筋を捻ったとか。でも、ちょっとつらいので、しばらくは、何も書かないかも知れない。
posted by ノエルかえる at 21:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月13日

Song Notes 2014 「 Day In Day Out 」

コリン:  

 モノトニー( 単調 ) がこの曲の主眼なのですよ。[ 原文は、Monotony is the name of the game here. これは、ゲームのモノポリー Monopoly game の洒落。 ] 仕事で同じことを延々と繰り返す退屈さですね。ぼくの兄さんは、ぼくたちの町にあるガラード社[ 業務用の高級レコード・プレイヤーを製造する会社。Garrard ]の工場で働いていたんだ。それがきっとこの小曲の要因だと思うんだ。ヘンリー・フォードさんは、天才だったんだよね。可能な限り早く自動車を作る製造方法を考え出したのだからね。でも、彼の製造方法は、どうしても人間のプシュケーを地獄に落とすことになるんだよねえ。それで、時計をじっと見ることになるし、スカートをやらしい目で見ることになるんだよね。ぼくが言い表したかったのは、時間が少しでの早く経つ様にと人がしていることのぜんぶなんだ。 


アンディ: 

 この工場生活の破壊的な倦怠感についての歌はには、機械的な感じが必要であったので、風変わりなテンポのギターのメロディを考え出したのだ。そのギターのリフは、他の三人の断然とした重たい足どりとは、軋みあう様なものだったのだ。数えて見ると、普通の四分の四拍子のところを、3拍子を三回に四拍子を一回のパターンで弾いている。それは上手くいった。けれども、一体どうやって、私はこれを思い付いたのか、分からない。 
 ちっさなコルギー嬢が、後ろで呻き声を上げている。電子的な監督が人の首に息を吹き掛けて不平を言う様な音だ。ギター・ソロは、私だけれども、意図的に「外し」てある。欲求不満を表す為だ。このアルバムのコリンの曲のうち、この曲を私は最も気に入っている。また、この曲は、アダム・アントのプロデューサーであり、時にバンドのメンバーであった、クリス・ヒューズ Chris Hughes をして、「私には、XTC は、まるでプログラミングしているかのように、ギターとドラムを演奏している様に聴こえる、…、だが、しかし、彼らはプログラミングなどしていないのだ。」と言わしめたのだ。
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2015年02月12日

今日は何の日:Сихотэ-Алинский метеорит

 2月12日。1947年2月12日、ソビエトのシホテ・アリニ山脈上空で、落下した隕石が爆発。 

なので、XTC「 Another Satellite 」。 
でも、1982年2月12日は、『 English Settlement 』がリリースされた日。
posted by ノエルかえる at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月11日

Song Notes 2014 「 Helicopter 」

アンディ: 
 子供の頃、自分の意志で読んでいたものと言えば、「教育」的な読み物、『 Look and Learn 』だけだった。正直に言えば、実際に読んでいるよりも、その陶然とする程に美しいイラストに見入っていたのだ。それは、また、別の話になるのだけれど。兎も角、ある時、その雑誌は、レゴ・ブロックのシリーズを掲載していた。それも、イラストは、私が最も好きだったフランク・ハンプソン Frank [ Dare ] Hampson だったのだ。その絵は、二人の少年がジェット・パックを背負い、レゴ・タウンの上を飛んでいるものだった。そのイメージは、何年も私の中に留まっていた。そのイメージの煌めきが、この曲の歌詞の背後にあるのだろうと、私は感じている。 
 私は、性を少年から女性へ変えて、お尻から吹き出すジェットの代わりにプロペラを付けてみたのだ。でも、「 looking out across our Lego land 」と言う行は残った。このように、自分からずっと離れないものと言うものがあるのだ。 
 リハーサルの最中に、この曲はディスコ調にしようと直ぐに決まった。私たちは、全員が、ドラムに垂れる「豆スープ」の雫が好きだったのだ。[ Pea soup sound : ハイハットを開けたまま叩いて直ぐに閉じる奏法 ] それに、ステージのサウンド・チェックでは、大抵の場合、私たちは、シック [ Chic : 1977年から活動したファンク・バンド。 ] の曲を延々と繰り返していたものだ。こっそり忍び込んで少しでも「オイ!」が聴けると期待していた、窮屈な真新しいズボンを穿いた田舎者のパンク少年たちにとって、極めて遺憾なことではあった。  


5月7日訂正:
Lrgo land → Lego land
posted by ノエルかえる at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月10日

今日は何の日:Roy Lichtenstein

 2月10日。1962年2月10日、ロイ・リキテンスタイン Roy Lichtenstein の初めての個展がニューヨークのCastelli gallery で開かれる。有名な『 Look Mickey 』も公開される。
Look Mickey.jpg : Wikipedia 


なので、エリカ・ウェクスラーさんのアルバムを聴こうか知ら。
posted by ノエルかえる at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月09日

APE house のホームページ

 APE house のホームページが変更されている。と言っても、ページはそのまま。左サイドバーの項目が変えられていて、「 shop 」以外の項目が消されている。
posted by ノエルかえる at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Song Notes 2014 「 Making Plans for Nigel 」

コリン:
 みんなは、いつも、「どうして、ナイジェル?」と尋ねるのですよね。学校時代から飛び出して来たことばだ、と言うことは確かなのですけど。学校にナイジェルと言う子が居たのです。学校で自分が何と呼ばれていたかは、子供時代にはとても重要なのなのですよね。ぼくは、「 Mouldy Cheese 黴っぽいチーズ君 」と呼ばれていて、そのことを痛感したのです。ちょっと変わった名前をしていたら、きっといじめられるのですよね。実際は、ぼくはいじめられなかったのですけれど、ぼくの性質で、そういうことに同情を感じていたのです。ナイジェルは、いじめられていたから、ぼくの歌になったのではないか知ら、そう思うのですけれど。
 この歌で面白かったところのひとつは、ナイジェルのキャラクターを作り上げたことなのだけど、でも、一方で、ナイジェルについてはあまりたくさんのことは言ってないの、それは、聴く人を引き付けるためなのです。ぼくは、わざと、ナイジェルを謎のままにしたのです。ブリティッシュ・スティールは、ちょっとした悪戯心で使ったのです。ブリティッシュ・レイランド [ 1968年設立のイギリスの自動車会社。1986年に名前をローバー・グループ改称した後も業績は振わず、2005年には消滅。 ] になったかも知れないんですよ。思っても見なかったことは、労働組合の代表がぼくに電話をかけて来て、訴訟に加わらないかと言って来たことなんです。ブリティッシュ・スティールは、適当に選んだ会社だって、代表の人に信じてもらうのは、とっても大変でした。 
 「ナイジェル」は、XTC の歌のなかで一番カバーされている曲ですよね。コードも簡単で簡単な歌なのです。でも、その基本構造の上に、人々を引き付ける何かがあるのです。ちょっと謎があるのですよね、ぼくは、そう思うのだけど。でも、この曲がこんな風にお金を残してくれるなんて、思いもしなかったんだ。ねえ、意識下のものがどんなものを自分にくれるかなんて、分かりはしないですよね。それに、一番大きく注目をしなくてはならないのは、この曲が用語の一つになった、と言うことなんです。新聞が、ナイジェルとか makes と言う語があると、この曲を引用した見出しを出す様になったのです。「ナイジェル・ラウソンが財務省で計画を作成中 Nigel Lawson is making plans at the Exchequr 」とか「ナイジェル・マンセルが次回の大事なレースの為に思案中 Nigel Mansell is making plans for his next big race 」とかです。新聞の記者たちが、ぼくの歌を知っていて、それを使ったとしたら、ほんとうにゾクッとしますねえ。 


アンディ: 
 コリンが最初にこの可愛らしくて素敵な小曲をバンドに持って来た時のことだけれど、彼は、これをナイロン弦のアコースティック・ギターでのろのろと掻き鳴らしてみせた。喫驚仰天。バンドはこれをどうしたらいいのだろうか? いい曲だけれど、ジュリー・フェリックスとスピナーズが一つ袋に入っているようなのをそのままにしておけないのは分かっていた。[ Julie Felix : 1938年アメリカ生まれで、イギリスで活動しているフォーク歌手。スピナーズ The Spinners : 1958年から活動したリヴァプールのバンド。 ] 
 私たちは、直ぐに、元のゆっくりした駆け足のテンポを二倍にすることに決めた。デイブがコード進行を引き受けた。テリーは、ディーヴォに似た「逆さまに」再構築したドラム・パターンで、私のギターの反復するリフにぴったりと合わせた。また、コリンのベースは、トムトムの原始的な鼓動と呼応していた。とても上手く噛み合っていた。 
 この曲のレコーディンの時には、ナイジェル君が工場( あの頃、運命が私達全員を工場に招き入れたことは確かだろう。 )にいる様に聴こえる為に、私たちは、新しいミニ・コルグ700 シンセサイザーで出来たパーカッシブな電子音のビーと言う音とホワイト・ノイズのぶつかる様な音を加えた。付言すると、トップ・オブ・ザ・ポップスで、当て振りをした時に、テリーは、ドラム缶とピンク・フロイド・サイズの銅鑼をめった打ちにしたのだけれど、それは、どれだけ私たちが信用されるのかを見るためだった。BBCは、目を瞬たきもしなかった。おそらく、これが本来の楽器だと考えていたのだろう。ハハ。 
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2015年02月08日

We Can Work It Out 訳

 ビートルズの「 We Can Work It Out 」。

歌詞の構成は、 
ヴァース/ヴァース/ブリッジ。
ヴァース/ブリッジ/ヴァース。の構成。
なのだけど、二つの相反する部分から成っていると考えてもいいかも知れない。「木綿のハンカチーフ」の男性の部分と女性の部分の様に。と、一度は思ったのだけど、ブリッジ部分は、I と You とは、別の第三者で、二人を俯瞰して見れる立場にある者の発話と思った方が、適当だと思い直しました。 
 と言うのは、ヴァース部分 ( 終部にコーラスも含む? ) はポール・マッカートニーで、ブリッジ部分はジョン・レノンが書いたと言うことなので。

元にしたのは、The Beatles のホームページのSongs :
We Can Work It Out | The Beatles  


僕はこっちを探してみるよ。 
ずっと話し合うの? 取り掛かれやしないよ。 
君はそっちを探せばいい。 
僕らの愛は長続きしない、と気付く危険を冒してもね。 
僕らはあれを見つけ出せるよ。
僕らはたいてい見つけるんだもの。 

君の言ったことを考えてみるよ。 
君はあれが十分だとまだ思っているけど、あれを取り違えてるかも知れないよ。 
それから、僕の言ったことも考えてみるんだ。 
僕らは見つけ出せるよ、そしてすっきりするんだ。で、おやすみを言うの。
僕らはあれを見つけ出せるよ。
僕らはたいてい見つけるんだもの。 

「人の今生は極めて短い。我が友よ、 
悶着や諍論の余地はないのだ。 
私は、常々、あれは罪であると、思い做しておる。 
さあ、お前に、もう一度、尋ねてみよう。」 

僕はこっちを探してみるよ。 
時間だけが、僕が正しいのか間違っているのかを、分からせてくれるよ。 
君はそっちを探せばいい。 
僕らがすぐにも離れ離れになってしまう運命があるかもしれないけどね。 
僕らはあれを見つけ出せるよ。
僕らはたいてい見つけるんだもの。 

「人の今生は極めて短い。我が友よ、 
悶着や諍論の余地はないのだ。 
私は、常々、あれは罪であると、思い做しておる。 
さあ、お前に、もう一度、尋ねてみよう。」 

僕はこっちを探してみるよ。 
時間だけが、僕が正しいのか間違っているのかを、分からせてくれるよ。 
君はそっちを探せばいい。 
僕らがすぐにも離れ離れになってしまう運命があるかもしれないけどね。 
僕らはあれを見つけ出せるよ。
僕らはたいてい見つけるんだもの。   

posted by ノエルかえる at 18:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恋を抱きしめよう

 ビートルズの歌「 We Can Work It Out 」を、どうして「恋を抱きしめよう」に訳したのか知ら、と思って、ウィキペディアを見た。( その訳は、私は好きなのだけれど。 ) 
 そこで、ウィキペディアの記事に、「サビでハーモニーを付けているのはジョン。」とある。これは一体如何言うことか知ら? 「サビ」が何を指しているのかよく分からないけれど。レノンがコーラスを付けている「 Life is very short, and there's no time... 」の12小節を指しているのなら、あれは、ブリッジだ。
 日本の歌謡曲で「サビ」と言う語の指す内容が不確かなので、何とも言えないのだけれど。曲のハイライトを指しているのなら、違うと思う。西洋の大衆歌謡の構成、ヴァース/コーラス/ブリッジならば、ハイライトは、コーラス部分で、この歌「 We Can Work It Out 」ならば、「 We can work it out 」の部分だと思う、短いけれど。( と言うか、ヴァースとブリッジだけの構成なのだと。と言うか、二つの相対するメロディから成るロンドなのだと。 XTC だと、「 Rook 」のような。 ) 
 ただ単に、この曲の注目すべきところ、と言う意味で、「サビ」を使って、それが「 Life is very short, and there's no time... 」だと言うのかも知れない。確かに、ブリッジを8小節でなく12小節にしているのは、注目点だから。調性も短調に変わって、目立ってもいる。 
 でも、そもそも「サビ」と言う、謡曲の「寂声」なのか、義太夫の「さわり」なのか語源も不確かで、誤用と思われるような語を使って、曲の構成を言い表すのは、どうなのかと思う。
posted by ノエルかえる at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Hand. Cannot. Erase.

 Greg Spawton さんの2014年2月4日付けのツィッターのコメント:
「 Steve Wilson on meaningless release dates, out-of-context singles and his new album which features Dave Gregory. 」 
 デイブ・グレゴリーさんが、スティーブ・ウィルソンさんの新しいアルバム『 Hand. Cannot. Erase. 』に参加しているのだろうか? ウィルソンさんのホームページでは、私は確認出来なかった。Wikipedia の記事に記載のクレジットには、グレゴリーさんの名前はないのだけれど、これも確実なわけではないので。3月がリリースの予定だから、その内に、分かるかと思う。
posted by ノエルかえる at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

今日は何の日:Jesus nahm zu sich die Zwölfe

 2月7日。1723年2月7日、ヨハン・セバスチャン・バッハは、聖トーマス教会のカントル( 教会音楽家 ) の採用試験で、『 Jesus nahm zu sich die Zwölfe イエス十二弟子を召寄せて 』を披露。カントルに採用された。
posted by ノエルかえる at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Kew. Rhone.

 藤本成昌さんのツィッターを見て、驚く。ピーター・ブレグヴァドさんご自身が書いた『 Kew. Rhone. 』の解説本が出版されていたとのこと。
 昨年11月30日の出版。Uniformbooks と言う出版社。
Kew. Rhone. 

入手出来るかどうか分からない。
posted by ノエルかえる at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tweaking

 2月6日16時42分付け、ツィッター上のパートリッジのコメント。「 tweaking CLUBMEN gems with my man,Stu Rowe. 」
 2008年から作っている the Clubmen。まだ、弄るんだ。

 でも、今、もし、アンディ・パートリッジが亡くなったら、未完のままの『 The Clubmen 』をリリースしてくれる人はいるのだろうか? 
 パートリッジとあまり年齢が変わらない、評論家の中山康樹さんの訃報が新聞にあった。

 『 Masterpieces by Ellington 』SACD、届いた。

 3月にリリース予定のシェリークバックの13枚目のスタジオ・アルバム。デラックス版が、プレ・オーダーとブログやFacebook には告知されている。50ポンドで、限定50組。アルバムのCDとインストロメンタルのCDとカード、3Dの魚のフィギュアが入っている。ホームページのショップがリンクされているのだけど、ショップには、ない。もう売り切れ? 
 アンディ・パートリッジとピーター・ブレグヴァドさんの『 Gonwards 』の2,000組限定のセットは、2012年リリースだけれど、まだ、残っている様。
posted by ノエルかえる at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月06日

今日は何の日:Coronation day

 2月6日。1952年2月6日、エリザベス女王が、即位した。

なので、XTC「 War Dance 」。
posted by ノエルかえる at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年のノート、デイブ・グレゴリー 4

 セッションのハイライトをいくつか列挙して見ましょう。まずは、「 Day in, Day out 」です。アンディの機械的なリフが曲を駆動させています。それに、かれの「ドリルで刳り抜く様な」ソロも見逃せません。それから「 When you're near me I have Difficulty 」です。これを創り出せたことは至上の喜びです。まるっきり外れた音のイントロも、私たちはそのまま残したのです。それから「 Ten Feet Tall 」です。この曲では、私とアンディの二人によるエレクトリック・ギターのソロがあります。最初の四小節がアンディで、後の四小節が私です。これらのセッションには、私の古いES-335[ ギブソン・エレクトリック・スパニッシュ-335 ] を使いましたが、直接にレコーディング・コンソールに繋いだのです。何年も後になってなのですが、その私の古いギブソンのエレクトリック・スパニッシュは、クリエイション the Creation のエディー・フィリプス Eddie Phillips [ 1942年ロンドン生まれのギタリスト。最初にヴァイオリンの弓でギターを弾いた人。ピート・タウンゼントやジミー・ペイジに影響を与えたと言われる人。クリエイションは、1966年から68年に活動したバンド。 ] の所有していたものだったと言うことが分かったのです。それについては、YouTube と言うタイムカプセルに感謝している次第です。エディー・フィリプスは、フィードバック奏法とヴァイオリンの弓を使う奏法を1960年代半ばに開拓したことで有名な方です。悲しいことに、それが彼のギターだと見分ける為の特徴のほとんどは失われてしまいました。と言うのは、1980年代に、私はそのギターを修理に出したのですが、私はその時、それがエディー・フィリプスのギターだったと言うことを知らなかったのです。 
 「 Roads Girdle the Globe 」は四人揃ってライブ式で録音しました。一回で成功しました。ヴォーカルは後から加えたのです。ちょうど夕食に時間に、温厚な広報担当のアル・クラークを含んだヴァージン社の一行が遣って来たのですが、夕食の後に、石張りのスタジオに集められて、「ボーボ、ボボ、ボー」のバッキング・ヴォーカルを作ったのでした。スティーブとヒューが録音したものを編集する準備をしていた時に、私はコントロール・ルームに居たのを覚えています。私は、その時、コリンの「ソロ」のような常軌を逸したベースを聴いたのです。それは、ある意味魔法でした。コリンのそのベースは、「 Roads Girdle the Globe 」を、私たちがしたすべての中で、私の最も好きな曲にしてしまっているのです。 
 「 Real by Reel 」のソロ・ギターは、コントロール・デスクに直接繋いだES-335 で弾いているのですが、「 Ten Feet Tall 」のセッションと同じ時に録音したものです。「 Real by Reel 」の音階は、スティーリー・ダンのギタリスト、デニー・ダイアス Denny Dias [ 1946年生まれの、アメリカのギタリスト。 ] から借用したものです。ダイアスは、私がずっと好きでいるギタリストの一人です。彼の弾く、スティーリー・ダンのアルバム『 Pretzel Logic 』の中の曲「 Parker's Band 」のイントロが今でも好きなのです。「 Real by Rell 」は、後になって、ステージでの一番好きな曲になりました。「 MIllions 」は、素敵なプル・オフのギター・リフの曲で、ベースには、TCエレクトロック社のベルフランジャーが使われているは確かだと、私は思っています。その装置はヒューのお気に入りだったのです。「 MIllions 」を弾くのは楽しかったです。それに、素晴らしい雰囲気がある曲です。「 Scissor Man 」には、私のストラトキャスターで弾くリフの二重録音が使われています。今となっては、それが悩みの種なのですけれど。この曲の編集の時には、全員の手が「制御卓の上に」載せられていました。特に、終わりの部分のダブの部分です。スティーブにヒューの手が全部必要だったのです。それに、テープ・オペレーターのジョージ・チェンバースは、フェイドアウトに合わせて、ディレイとフランジャー効果を入れる決定的な瞬間を掴もうと、デスクの裏側に潜り込んでいました。「 Complicated Game 」は、その後のない最後の曲なのですが、アンディのヴォーカルと、歪んだソロ・ギターは、後から重ね録りしたものです。ソロ・ギターは、ヴォリュームを最大限にして弾いています。彼は、テンポやキーを正しく知る為のバッキング・トラック無しで弾いているのです。耳を保護する為のヘッドフォンを着けて、スティーブが「演奏開始」の合図を送るのを待っていたのです。テープは回されていて、マイクのチャンネルも開いていました。結果はと言えば、あの轟音は、ほんの一回で成功したのです。 
 ワイアーズについては、多くを述べました。では、ドラムズについては、どうでしょう。私は、あの魔法の石造りの部屋がテリーの中に太古の穴居人を憑依させたのではないかと、思っています。すべての曲で、彼は、本当に見事な演奏をしています。けれども、特に、「 Making Plans for NIgel 」と「 Roads girdle the Globe 」と「 Real by Reel 」と「 MIllions 」、それに加えて、ボーナス・トラックの「 Chain of Command 」「 Limelight 」が素晴らしいです。デヴィッド・ボウイの『 Sound of Vison 』がテリーに強い影響を与えているのではないかと、私は思うのですが。アンディは、このアルバムから何曲かを取り出して、翌年の実験的なダブのアルバム『 Takeaway 』の元にしています。スティーブとヒューの次の仕事は、ピーター・ゲイブリエルのサード・アルバム( 通称『 Melt 』 ) でした。同じスタジオで録音されたのです。フィル・コリンズは、石造りのライブ・ルームにドラムを据えました。そうして、1980年代のドラムズの音が確立されたのです。 
 『 Drums and Wires 』は、XTC を取り巻く流れを変えたのです。ほぼ全世界の音楽新聞から賞讃を得ることが出来たのでした。それは、私たちを安堵させたのです。「 Making Plans for Nigel 」がイギリスのトップ20に入って、突然に、私たちは、人気者になったのです。その結果、ツアーは延ばされて、私たちのステージは、活力と筋肉と汗の展示になってしまったのです。次の年代、80年代が始まろうとしていました。アメリカは、私たちを手招いていたのです。私たちは、世界へ飛び立つ準備が出来ていたのです。 

2014年4月 デイブ・グレゴリー  



YouTube で見られる The Creation の1966年のシングル「 Painter Man 」の演奏の中の、ES-335 のアップシーン: 
スクリーンショット 2015-02-02 15.06.04.jpg  

デイブ・グレゴリーさんのホームページのギター・コレクションのページ:
1963 Gibson ES-335TDC 
そこに書かれている、グレゴリーさんがES-335 を入手した経緯:
 1977年に、私は、パートン[ ウィトルシャー北部の村、スウィンドン中心部から6キロくらい ] の実家に戻って、ホワイト・アロー社で小荷物配達の仕事をしていました。六ヶ月間お金を貯めて、新しいギターを買うのに十分な資金を拵えたのです。1978年の1月、このギターは、メロディー・メーカーの広告に出ました。それで、私は電話をしたのです。そうして、私のプジョー404を東へ向けたのです。ロンドンでそれを買う為にです。その人は、ロンドンのチズウィックの薄暗い家に居ました。ギターを私に見せて、売ってくれたのです。 

posted by ノエルかえる at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Drums and Wires | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月05日

今日は何の日:62 Pompeii earthquake

 2月5日。62年2月5日、ポンペイを大地震が襲う。大きな被害だったけれど、都市は再建された。その後、79年8月24日のヴェスヴィオ火山の噴火で火山灰に埋もれてしまった。
 それから、1783年2月5日には、カラブリア州を連続五回のマグニチュード7から6の地震が襲って、大きな被害を齎した。イタリアにとっては、地震の日なのか知ら?

 ポンペイと言えば、私の頭には、ピンク・フロイドの『ライブ・イン・ポンペイ』が浮かぶ。それで、XTC も似た様な、映画を撮っていればよかったのに、と思っている。それは、前にも書いた気がするけれど、、
 アレクサンドリアの遺跡とか、( アレクサンドリアの古代遺跡は海の中?? )、ズヴァルトノツの遺跡とか。ズヴァルトノツの遺跡で、「 Jason And The Argonauts 」を延々45分に拡大した版を演奏するとか。面白かったのではないかなあ、、、
posted by ノエルかえる at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月04日

2014年のノート、デイブ・グレゴリー 3

 自分の演奏スタイルを、XTC の新しい歌に合わせるのは、ちょっとした挑戦でした。私の音楽上の生い立ちの始まりは、1960年代のブリティッシュ・ビート・グループなのです。最初にギターを取って演奏したのは、ヘンドリック / クラプトンの「 blues boom 」からヘビー・ロックへ変わる時期でした。それに、私は、カントリー・ウェスタンのグループでも演奏していました。また、サイケデリアやプログレッシブ・ロックもちょっと齧ってみたのです。1970年代で、私の一番のお気に入りのバンドは、スティーリー・ダンでした。いつも、素晴らしいスティーリー・ダンのソングライター・チームは、最高のプレイヤーを雇っていました。私は、いつの日か、そんなミュージシャンたちの技を身に付けることを夢見ていました。けれども、どう考えても、決して出来ないだろうことは、分かっていました。また、アンディには、ギタリストとして、絶大な感服を抱いていたのです。アンディの演奏スタイルは、私がそれまでに見たり聴いたりしたことのある他の誰にも似ていなかったのです。刺々しくてリズミック、エネルギーに充ち満ちていました。でも、同時に、メロディ的な繊細さも併せ持っているのです。それに、不協和音を使うのに躊躇していませんでした。実際、彼は、不協和音を上手く使っていました。彼は、古いスクール・ロックン・ロールの雰囲気がするものを忌み嫌っていました。それに、その頃の大抵のギタリストが陥りやすいブルースを元にした陳腐な常套のフレーズも嫌っていました。私の襟は、装飾過多に思えたのです。私は、歌をずっと詳しく聴き始めました。そうして、歌本来の性質を変えてしまうのでなく、高めていくには、何を加えればいいかを考えたのです。 
 タウンハウスのセッションは、とても楽しく進みました。書かれた曲は十分な程にありましたし、リハーサルもしていたので、絶対に一分でも無駄にしないようにしなければなりませんでした。私たちが取りかかった曲、全部を録音したいと思っていたからです。一つのレコーディングが済まなければ、次のには取りかからない、と言う不文律があったのです。まずは、ベーシック・トラックから始めたのですが、スタジオで、四人が一緒に演奏したのです。大抵は、一日に二曲か三曲をレコーディングしたのです。その録音したトラックを取り替えたか修正したことについては、私は、覚えていません。テイクはそれはたくさんありましたから。時には、調律を合わせたりとかタイミングを合わせたりとかですね。マスター・テープを聴けば、修正が行われたことは明らかに分かるのですけれどね。 
 当時、私は四挺のギターを所有していました。その全部を、セッションの様々な場面で使いました。ほとんどのベーシック・トラックでは、1963年製のストラトキャスターを使っています。それから、ニ挺のギブソン・ギターを持っていました。1965年製SGスタンダードと古くて痛んだ1963年製のES-335 です。もう一つは、安物のアコースティック・ギター、エーコ社のランジェル Eko Ranger です。アンプは、1962年後期のフェンダー・テルモラックスで、ATC の12インチのスピーカーが一個付いたセルマーのキャビネットに繋いで使ったのです。スタジオには、メサ・ブーギー Mesa Boogie のコンボがありました。それに、素晴らしいミュージックマン社の210/ 65 もあったのです。でも、それは修理に出されていることが多かったです。私たちの小さな単音のシンセサイザーコルグ700S は、存在感を持っていました。アンディは、それでヘリコプターのノイズ、音楽的なクラゲ、その他、このアルバムのあちこちにあるエキゾチックな装飾音を作ったのです。 
 スティーブ・リリーホワイトは、ギター重ね録りにとても熱心でした。そうして、音を増強するのですが、明らかに、私のベーシック・トラックはその対象になっていました。けれども、私は、レコードになった自分のギターの音に聴き惚れると言うことは決してありませんでした。それは、アンディのエキセントリックな音ととても上手く混ぜられていて醸し出された音感なのでした。その音感がアルバムの個性の大部分を担っていたのは確かです。そのように私が喜ばなかったのは、思うに、私の経験のなさの為の未熟さがあったからでしょう。それでも、アルバム自体の魅力に資するものがあったとすれば、よかったと思います。 
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今日は何の日:Let 'Em In the Saint Catherine's Monastery

 2月4日。1859年2月4日、ドイツの聖書学者コンスタンティン・フォン・ティッシェンドルフ Constantin von Tischendorf は、シナイの聖カテリーナ修道院 Μονὴ τῆς Ἁγίας Αἰκατερίνης / the Saint Catherine's Monastery で、シナイ写本 Codex Sinaiticus を発見した。

なので、XTC「 Then She Appeared 」。  


それから、1976年2月4日、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで、ウィングスの「 Let 'Em In 」が録音された。
 私の大好きな歌だ。
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2015年02月03日

≪Господи!≫ − сказал я по ошибке

きのうは、オシップ・マンデリシュタームの『石』をパラパラ、

30 ( 版によって番号が違うのか知ら? )
1912年の作品 

Образ твой, мучительный и зыбкий,
Я не мог в тумане осязать.
≪Господи!≫ − сказал я по ошибке,
Сам того не думая сказать.

Божье имя, как большая птица,
Вылетело из моей груди!
Впереди густой туман клубится,
И пустая клетка позади...  

早川真理 訳 
あなたの姿は、苦しそうで揺らめいている、
ぼくは霧の中で触知できなかった。
「ゴースポジ! ( 主よ )」ーと間違って言ってしまった、 
自分でも口に出すつもりはなかったのに。 

神の名は、大きな鳥のように、 
ぼくの胸から飛び立った。 
前には濃い霧がうずまき、 
そして後には空っぽの鳥籠。 


私は、「 Dear God 」を思い出しました。
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2015年02月02日

2014年のノート、デイブ・グレゴリー 2

 「 Life Begin at the Hop 」は、イギリスでは、3月4日にリリースされました。二週間後に、私たちは、BBCテレビの番組『 Top of the Pops 』に出演して、お披露目したのです。私にとっては、全生涯のクリスマスが一度に遣って来た感じだったのです。そうして、大まかに言えば、力強い私たちのシングルは、力強い登場をすると、チャートから転げ落ちて行ったのです。でも、それは問題ではありませんでした。イギリスのポップスの地図に、私たちは、正式に書き込まれたのですから。肝心なのは、せっかくついた弾みを、次を待っている間に失ってしまわないことだったのです。ですから、私たちは、スティーブそれにヒューと一緒に、タウンハウスに戻ったのです。そして、ヴァージン社の A&R 部が次のシングルに選んだ、「 Making Plans for Nigel 」を録音したのです。 
 この時のセッションは、6月7日から9日の週末[ 木、金、土曜日 ]が予約されていました。私たちは、通路よりも下にある小さなスタジオ2に陣取りました。そこだと、石造りのライブ区画がコントロール・ルームの真ん前に来ると言う利点があったのです。ドラムズにとっては、完璧な環境でした。アンディは、このスタジオ2が、次のアルバムのための理想的な空間になると断じたのです。テリー・チェンバースは、水を得た魚のようでした。毎夜の様に、「 Nigel 」をステージで演奏していましたから、私たちは、しっかりとリハーサルが出来ていたのです。ですから、セッションは、手を止めることも、問題もなく、真直ぐ前に進みました。とても楽しいセッションでした。その週末の仕事に、私たちは、力を出し尽くしたのです。 
 ヴァージン社は、リリース出来る新しいシングルが出来たのに満足して、アルバムを制作するためにタウンハウス・スタジオを予約したのです。私たちは、スタジオ2の使用を強く要求しました。その結果、13日間を連続して予約することが出来たのです。レコーディングは、6月18日に始まる予定でした。十三日間で、十三曲の新曲を録音、編集し順序を決めるのです。そこで、スウィンドンに戻って、地元のスタジオチューダー Tudor で本格的にリハーサルを始めたのです。このスタジオは、シャウ・リッジ地区 Shaw Ridge にあり、直前に納屋から改造されたものだったのです。私は、スティーブ・ウォーレンに、午後のリハーサルを私のために録音してくれないかと頼んだのです。そうすれば、私は、それを自宅に持ち帰って、聴くことが出来るのです。そうして、曲を覚えるのを早くしようと思ったのです。スタジオでの録音が始まるのは、間近に迫っていたのですから。今回のコンピレーション・アルバムに収録するのに何か相応しいものはないかと、色々と探していて、そのウォーレンが作ったカセット・テープを見つけたのです。そのテープを編集したものが、今回の CD /DVD に付録として入っているのです。このテープは、図らずも、私たちのリハーサルの仕方のスナップ・ショットになっているのです。アイデアが浮かぶまで、そのアイデアは偶然かも知れないし意図的にかも知れないのですが、何度も何度も曲を通して演奏すると言う遣り方でした。それは、家庭用録音機が出る前のことでした。まだ、デモを作ってなかったのです。この遣り方は、当時、大抵のバンドがしていたものなのです。「一つ鎌の飯を喰う」です。[ 原文は、get one s shit together なので、少し違うのですが。 ]そして、バンドが一丸となるのです。
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2015年02月01日

2月にリリースのもの

 2月にリリースされた XTC のレコードは、

アルバムが、
『 English Settlement 』が1982年2月12日に、 
『 Oranges & Lemons 』が1989年2月27日に、 
『 Apple Venus 』が1999年2月22日に。 

それから、
『 Mr. Partridge: Take Away / The Lure of Salvage 』が1980年2月29日に。( 閏年で、29日は金曜日。 ) 

シングルは、
「 Ball and Chain 」が1982年2月26日に、 
「 The Meeting Place 」が1987年2月2日に、
「 Where Did The Ordinary People Go? 」ダウンロード 2006年2月3日 ( iTunes. us では、2005年12月6日 ) に。 


『 Mr. Partridge: Take Away / The Lure of Salvage 』は35周年。 
posted by ノエルかえる at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする