2015年08月03日

The Beatles 「 I'll Follow The Sun 」訳 改訂

 と言うわけで、この「 I'll Follow The Sun 」を「 She's Leaving Home 」に繋がる歌として、訳してみました。 
The Beatles 「 I'll Follow The Sun 」訳: ノエルかえる不恵留 




その日の内に、パパは、わたしがもういなくなったことに気がつく、
なんてことがあるかも、それはきっと雨の日よ。わたしは太陽に就いて行くつもり。
遠い未来には、パパは、私がもう一人前だったことに気がつく、
かも、でも、もう明日が雨になるわ、わたしは太陽に就いて行くつもりなの。 

とうとう、その時が来たわ、
大好きなパパ、わたしは行かなくては。
でも、わたしは、頼みの人がいなくなるわ、
それも、いつかは、パパはわかるでしょうね。 

わたしがいなくなったこと、パパは、その日のうちにわかるでしょうね、
でも、明日は雨になるのよ、わたしは、太陽に就いて行くの。
そう、明日は雨よ、わたしはね、太陽に就いて行こうと思うのよ。
ああ、時間だわ、
行かなくては、パパ、、
でもでも、頼みの人がいなくなってしまう、
わかるわよね、ねえ、
わたしがいなくなったて、パパ、その日のうちにわかるわよね、
ああ、明日は雨だわ、だから、わたし、行くの。
posted by ノエルかえる at 08:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パット・マステロットのオレンジズアンドレモンズ回想 1

 Todd Bernhardt さんと Pat Mastelotto さんとの対談:
最初は、2010年6月6日にマイスペースに公開 。今は、チョークヒルのアーカイブに。 
Chalkhills: XTCFans: Pat Mastelotto remembers "Oranges and Lemons" 

 ( 訳は、これまでのように、月水金では出来ずに、遅れ遅れになるかもしれません。) 

ベルナール「XTC と仕事をすることになった事情を話して頂けますか、それに、貴方は、どのように XTC を知ったのでしょうか。パートリッジさんは、プロデューサーのポール・フォックスさんが貴方を紹介したのだ、と言っていましたけれど。」
マステロット「私は、 XTC をそれまでに知っていました、もちろん、個人的な知己だった分けではありません。長い間、XTC のファンだったのです。『 Drums and Wires 』の時のウィスキー・ア・ゴーゴー[ ウエストハリウッドにある。1980年2月21日22日23日。 ]でのライブを見ました。。それから、一年足らずの内にはブラック・シー・ツアーをサンタ・モニカのシヴィック・センターで見ました。[ 1980年11月5日。 ] 背景に線描のイメージが流れる効果を使っていました。それを、後になって、「あの効果をどう思い付いたのですか?」とアンディに尋ねたのです。「お金がなくてね、図書館から古いフィルムを借りて来て、紙挟みでまとめて、投影したんだ。」と言っていました。 
 それに、悪名高いイングリッシュ・セトルメント・ツアーも見たのです。実際には、されなかったのですけれどね。私は、その時のプロダクションの関係者に友人が何人かいたのです。それで、パラディウムで行われるライブには、招待客になっていたのです。ステージを見渡せる素晴らしい VIP 席だったのです。ステージのセットは全部済んでいました。前座は終わりました。それで、公演に関係していた私の友人が側を駆け抜けて行ったのです。「何に手間取っているんだい?」と私は彼に聞いたのです。「まったく、君の大好きなあの連中、俺たちを馬鹿にしてるよ。あの馬鹿野郎がベッドから出て来ようとしないんだ。どうしたらいいか、ぼくは分からないよ。」と彼は答えました。それこそ、アンディがベッドから起き上がらないで、XTC の最後のライブになった日だったのです。その日は、ショーはなかったのですけれどね。セットは完全に出来上がっていて、背景幕も掲げられていました。前座が終わって、一時間ほど経って、その夜 XTC はライブをしないと告げられました。 
  もしかしたら、最初からポール・フォックスは私を XTC にと思っていたのかもしれません。ポールと私は、たくさんの仕事をしていました。様々なジャンルでです。それに、多くのものを一緒に保持していました、それで、お互いの音楽に関心を持っていたのです。私は、元の妻コーニー Connie に XTC を知らされました。彼女は大ファンだったのです。「 Meccanik Dancing 」は、デートの時のテーマソングでした。ですから、『 Go2 』で XTC を知ったのです。それから、『 White Music 』を買いました。 
 それで、ある日、ポールからの「仕事があるんだけど。」と電話があったのです。彼がプロデューサーになる前、私たちは一緒に、幾つものバンドのサイドマンとして働いていました。私たち二人の演奏水準はかなりものでしたよ。それで、「いいよ、それで、誰のなの?何時?」と私は答えたのですけれど、ポールは、XTC だと言ったのです。私は、「からかってるな、無駄にあちこち引き摺り回すんだな。」と続けました。ポールは、「いやいや、本当だよ。三週間か四週間後の予定だ。たくさんの宿題があるぞ。」と言ったのです。「嘘をつくなよ」と私、「郵便箱を見て見よろ。何本かテープを入れて帰ったから。覚えなきゃならないのがたくさんあるぞ。」とポールは言ったのです。 
 私は、外へ出てみましたよ。すると、三本のカセットテープが郵便受けに入っていました。ポール自身か、メッセンジャーかが、電話の前に入れて行っていたのです。そうして、私はポールに電話を掛け直して、「なんだあれは、本当なのか?」と言いました。「ああ、正真正銘。僕は、その全部の曲を覚えて来て欲しいんだ。それで、二週間のリハーサルをする予定だからね。」とポール。結局は、リード・スタジオで、二週間半のリハーサルになりましたけれど。 
 準備におおよそ一ヶ月ありました。その曲の束をものにしようと取り掛かりました。そして、リンドラムのパターンを作り始めたのです。けれど、直ぐにも、アンディがプログラミングしたドラムが、どれ程素晴らしいか、思い知りました。アンディは、リズムに関して、この上ない頭脳を持っているのですよ。彼は、当時、小さなコルグのドラム・マシンしか持っていなかったのにですよ。私は、そのアンディのプログラムのパターンに似せようと何とか頑張りました。」
posted by ノエルかえる at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする