2016年07月31日

Skylon

 先週の、スウィンドンは、最高気温が22℃くらい、最適気温が14℃くらいで、だいたい普通。( 少し高め?) 

 それで、デビッド・ロンドンさん、The Prog Report と言うサイト(?) での、インタビューで、Big Big Train は、『 Folklore 』と対になるアルバムを制作する予定と言ったそう。リーダーのスパーソンさんの話しでは、当初は、『 Skylon 』というタイトルのEPの予定で、でも、60分を越しそうなので、『 Grimspound 』というタイトルのアルバムになる、と言うこと。 
 また、グレゴリーさんのギターが活躍するのだろう。
 グリムスポンドは、ブリテン島南西部のデヴォンにある青銅器時代の遺跡だそう。
 スカイロンは、1951年に、イギリスで、戦争による荒廃からの復興を示す為に催された、『 Festival of Britain 』に展示された大きな記念構造物。両端が尖った細長い柱の様で、空中に浮いている様に見えるものだったそう。当時、先端的な材質であったナイロンと空( スカイ ) の合成語だったそう。チャーチルは、これが、社会主義的(?)、労働党的(?) 未来感覚であるので、さっさと取り壊すことにしたんだそう。 

Skylon (Festival of Britain) - Wikipedia, the free encyclopedia
音声のないフィルムだけど、  
Festival Of Britain - Short Version (1951) - YouTube  


 それで、デイブ・グレゴリーさんの2015年の『オレンジズアンドレモンズ』のノートを読んで思ったのだけれど、やはり、マネージャーは重要だと言うこと。それも、マーケティング等をして、こう言うのが売れるからこう言うのを創れこう言うショーをやれ、と押しつける様なマネージャーでなく、作家が作ったものを信じて、それを売れる様に工夫するマネージャー。『オレンジズアンドレモンズ』の商業的成功は、正に、タークン・ゴッチの働きによるものなのだ、ということ。もし、『ノンサッチ』の時にも、タークン・ゴッチが働いていれば、『ノンサッチ』も『オレンジズアンドレモンズ』と同等に、あるいは、それ以上に売れたかも知れないし、その後の『アップル・ヴィーナス』も。それ以前の『スカイラーキング』も、タークン・ゴッチが働いていれば、爆発的に売れたかも知れない。XTC の売れ行きが芳しくなかった時代、『ママー』『ビッグ・エクスプレス』も、作品としては、やはり、傑作の部類に入るのだし。当時、マネージャーと険悪な関係にあった、と言うことが大きく影響していたのではないだろうか。レーベルは、たくさんいるバンドや歌手の中のひとつに過ぎないのだから、売れるのは歓迎だろうけど、XTC だけに注力しなかっただろうし。プロモーションが少しでも機能していれば、売れたのかもと思う。『ママー』は、当時最先端と目されていたペンギン・カフェ・オーケストラと通じる様な作品だったわけだし、所謂ロック・ファンよりも、スノッブなお兄さんお姉さんたちに評判が良かった様に思うから、売り様次第では、大ヒットになったのかも知れない、あるいは、高い評価を残したのかも知れない。 
 登場したばかりのビートルズを信じたのは、ブライアン・エプスタインだけだったのかも知れないし、そのエプスタインが作った戦略で、ビートルズは大ヒットしたのだし。ポピュラー・チャートをロック・ミュージックが席巻したいた時に、カーペンターズを売り出そうとしていた人たちだって、カーペンターズを信じてそのままの彼らが売れる様に奮闘したのだろうし。
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2016年07月30日

オレンジズアンドレモンズ 2015 年版、パートリッジ・ノート

 『 Oranges and Lemons 』( 2015 ) に付けられた、アンディ・パートリッジのノート。  





 あの当時、私が二人の幼児の父親であったこと、即ち、終わることなく繰り返してナーシリー・ライム[ わらべ歌 ] を歌って聞かせたこと、あるいは、ソファーで子供たちと一緒に丸まって延々と繰り返してナーシリー・ライムのビデオを見ていたこと、それが原因となったのだろう、私の頭中に、新しく発見された或る形式への嗜好が叩き込まれたのだが、その形式とは、古風で極度に単純なメロディで、戯言から政治的な所思へ、愉楽から痛快さと哄笑を経て治癒的結果へ変化すると言うものなのだ。然るに、これは、ポップ・ミュージックそのものではないか。 
 私がポップ・ミュージックとナーシリー・ライムとの関連に関心を持つに従って、ラジオから流れて来る、今日のロック、ラップ、ポップと言った安っぽいトリルは、よく言えば、現代のナーシリー・ライムであると言うことに、思い至ったのである。今日、扇情的で不穏な歌は、子供の遊び場や乳母車の側から広まって行くのではなく、マス・メディアから拡散されて行くのである。現代の大衆音楽は、ナーシリー・ライムの直系なのだ。私の論点は定まった。このことを反映したタイトルが、我々には必要だったのだ。 
 端緒を開いて私の思念に浮かんだ考えは、鳥類学的で料理術にも関するもので鼻形成術を惹起した案件、即ち、「 Sing a Song of Sixpece 」であった。然り、『 SONGS OF SIXPENCE 』は、私たちのアルバムに付すタイトルとして見事である様に思えたのだ。その文は、ナーシリー・ライムと関連している、更に、英国的である、更に、私たちの健全とはとても言えない財政状況を暗示しているのが可笑し味になっているのだ。時は来たり、装丁の絵柄を創らねば、と膝を打ったのだ。 
 私は、まず、曲芸団の怪力男の素描を描いたのであるが、何故そうしたのかは分からない、素描は線の太い素朴派の様式で描いたのだが、如何言う理由でそうしたのかは分からない、甘橙と檸檬を手玉にしている様を描いたのだ。考えられるのは、意識下の連想が、他のナーシリー・ライムを呼び起こしたのではないか、と言うことなのだが、その「 Oranges and Lemons 」は、先のものよりもより適当なタイトルではなかろうか、と思われたのだ。出来の良い曲がいくつか、不出来なのが幾つか、と言う意味になろうか? ふふふふ、正にこれである。  
 然るに、私たちはロサンゼルスに居たのである。正に、そこは柑橘の国の首都なのである。その都市で、期待に真正直に応えたアルバムを創り出していたのだ。そこでの生活も快適に感じていたのだ。以下の犯した過ちの事共は別にしてであるが。その壱:天火の中に居るかの如き暑さのロサンゼルスの市中を歩き回ったこと。その弐:短く小さめの薄い突っ掛けだけを履いていたこと。その参:XTC が製作している音楽作品と同様の細心さを持って、随伴させて来た家族を見守らなければならなかったのだが、あの土地の何もかもが宏大であるのを見誤っていたと言うことである。 
 滅多にない休日の或る日のことであった。私は古書店に居たのであるが、そこで、何冊かの古い画集を拾い出していたのだ。私は、その様な古い画集の熱烈な愛好家なのだ。然り、それらは、霊感を与えるのである。私は、それに素早く目を通した。シーモア・クアスト Seymour Chwast [ Seymour Chwast - Wikipedia, the free encyclopedia ] やミルトン・グレイザー Milton Glaser [ Milton Glaser - Wikipedia, the free encyclopedia ] やその他の画家が描いた描線が、言葉の意味そのままに、私の眼に見事に焼き付いたのである。彼らの配色に衝撃を受けたのだ。桃色を豊富に使っている。橙色を豊富に使っている。黄色と檸檬色を豊富に使っている。甘い果物のあらゆる色彩。甘橙と檸檬のすべての色彩。それをアルバムのジャケット・カバーに使えば、恐らく、素晴らしい見栄えになるだろうと考えたのだ。 
 その思いは、数日後にスマ・スタジオでデイブに話した時には、一層強まったのだ。極めてポップなスタイルであるそれがジャケットになりさえすれば、強烈な印象になろうとは、私たち両人の意見の一致する所であった。それは、アラン・オールドリッジ Alan Aldridge が描いた、The Who のアルバム『 A Quick One 』[ A quick one : wikipedia ]のカバー・アートでの、クロームメッキが掛かり曲がりくねった戯画的肢体と、ハインツ・エデルマン Heinz Edelmann がビートルズの映画『イエロー・サブマリン』の為に描いたデザインとの、折衷であったのだ。この二人は、1966年から68年頃には、アメリカの受け手たちの間では、最先端の様式の図像を描く良く似たイラストレーターだと認めていられて、双方を替わりに使われていたのだ。  
 同じ頃であったが、別の画集で、私は、一枚の複製された広告図案を目にしたのであるが、それは、グレイザーが、1966年に合衆国のラジオ局WOR FM 98.7 の為に描いたものだったのだ。私の頭中で警告音が鳴り響いた! ずべてが渾然一体と相成った。私はこう思案したのだ、これらすべての図像を溶解し一つにせむ、恰も、懐古ポップの百円ショップで爆発が起こったかの様に、と。私は、数多くの案を書き留め、連合王国へ帰ったのだ。而して、我らの意匠担当のデザイン・クリニック社のデイブ・ドラゴンと面談した。彼は、私の走り書きのすべてを取り入れたのだ、そして、完成作へと昇華させたのだが、つまり、グレイザーとオールドリッジの光線と影、クアストの色彩にエデルマンの靴と手、と言った形象を採用し一纏めにしたものであったのだ。デイブ・D は見事な仕事をした。この絵が、アルバム『 oranges and Lemons 』に[ デイグロー社の ]蛍光インクで印刷されると、アルバムに、並外れて沸き立つ生命感を齎したのだ。このケーキに載せられた、一際輝く桜桃は何であるのか、聴衆の諸氏にはお判りであろうか? 絵の右上に、一句、「 stereo 」とあるのは、何故であるのか、聴衆の諸氏にはお判りであろうか? 然り、これ以上のポップはないのである。かのペッパーランドから鳴り響くものなのである。  

 追記: ドラムに書かれた XTC の文字は如何なものか、と思案される方もあるかもしない。あれは、ファンの間で広くそして繰り返し言われているのとは違い、ピーター・マックス Peter Max [ Peter Max - Wikipedia, the free encyclopedia ] とは何の関係もないのであり、実際には、アンディ・ウィリアムス Andy Williams のテレビ番組の宣伝から取ったものなのである。  






誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。
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2016年07月24日

ちょっとメモ:黄昏の調べ

 『黄昏の調べ』、書籍。 
大久保賢 
春秋社   2016年5月刊  

「作曲・演奏・聴取…多角的視点から考察する20世紀音楽の光芒。変転する音楽創造の系譜を解析しつつ、現代における新しい展開の意味とその行方を探る。現代音楽はなぜ嫌われる?」 

黄昏の調べ : 現代音楽の行方 - Webcat Plus 

posted by ノエルかえる at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ボックス・セット とうちゃこ

 木曜日に、アマゾンから箱が一つ届いていた。『スカイラーキング』だけ、先に来たのだろうと思っていた。『イングリッシュ・セトルメント』は後からだと。でも、その後は、届くものはなかった。今日、箱を開けたら、『スカイラーキング』と『イングリッシュ・セトルメント』の両方が入っていた。 
 函入りで、素敵な装丁。ビニール・レコード盤の方は、また、何所かに持ち込まないといけないけれど。(『スカイラーキング』の方は、2010年版と同じだと思う。) 『イングリッシュ・セトルメント』のCDディスクも、プレイヤーを修理に出しているので。(修理が終わるのは、8月中頃になるかも?) 
 なので、音楽も聴かない。することもないので、放送大学かテレビ・ショッピングでも見ようかと、テレビを点けたら、映画『インディー・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』を放送していたので、そのままにして、うつらうつらしていた。インディー・ジョーンズのシリーズもスター・ウォーズのシリーズも見たことがないけれど。 

 今度のビニール盤、本当に素敵だ。『イングリッシュ・セトルメント』の曲ごとのノート、パートリッジの歌に、デイブ・グレゴリーさんのノートも付けられている。それはとても有り難い。 
 このノートも、読んで行こうと思うけど。『オレンジズアンドレモンズ』のノート、パートリッジのノートがまだなので、そちらを先にしようと思う。
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2016年07月23日

Porgy and Bess

 1958年7月22日から、マイルス・デイヴィス/ギル・エヴァンスの『 Porgy and Bess 』のレコーディングが始まる。ニューヨークの Columbia's 30th Street Studio で。 

 と、ビートルズのハリウッド・ボールでのコンサートがCD化されてリリースされるそう。
 XTC も、London Lyceum live をCD化しないか知ら、、、 タイトル『 XTCLLL 』。
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2016年07月20日

まるでローマ

 アマゾンから、『スカイラーキング』『イングリッシュ・セトルメント』発送のお知らせ。週末には届くかな。

 スウィンドン、きのうは結局、最高気温は34℃で、そのあと朝も22℃までしか下がらなかった。ローマと変わらない、、、、

『 Scorch 』、『 Scorch 』、『 Scorch 』、、、、
posted by ノエルかえる at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月19日

恋しくない

 アマゾンから、お知らせがあった。『スカイラーキング』は予定より早く発送出来そう、と。『イングリッシュ・セトルメント』については何も。もしか、アマゾンでは手に入らない?? 

 さて、2016年7月18日13:19 付けのTwitter上のアンディのコメント「 If I couldn't live in the UK,I would like to live in Holland,Germany,Denmark,Japan,or the US. Is that bad? 」、Brexit に関連してのことかしら??? 
 マルタは、パートリッジの考えにないのか知ら?  

 リンゴ・スターは、2008年に、リバプールがユーロッパ文化首都になった時に、イベントにも参加したそうだけど。その後、ジャーナリストに、「リバプールを恋しく思うことは?」と聞かれ、「 er,no 」と答えたので、リバプールの人たちから反感を買って、リバプール・サウス・パークウェイ駅のビートルズの銅像のリンゴの頭は切り落とされてしまったのだそうけど。  

 多くの芸術家は、故国を離れて生きていったのだし、パートリッジがそうなってもいいと思うけど。 

 きのうのスウィンドン、27℃。そして、今日は31℃!! 暑過ぎる。 
『スカイラーキング』ではなくて、『 Scorch 』。
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『 Powers 』記念日

 アンディ・パートリッジは、2010年7月19日、Andy James Partridge 名義で、『 Powers 』を、自信のレーベル APE house からリリース。 
 今日は、記念日。 

Chalkhills: Andy Partridge: Powers 


 その11日前、2010年7月8日、ソーラー・プレーンのソーラー・インパルス Solar Impulse が24時間飛行を成功させる。
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2016年07月18日

ああ、

 きょうは、テリー・チェンバースの誕生日だったんだ。パートリッジがTwitterにコメントを書いていた。 

 それで、きょうは、一日中、『スカイラーキング』を聴いていた。2010年版( ヴィニール盤 )、2014年版 ( CD )。 
 スウィンドンは、きのう、また、25℃で、今日も正午で23℃。暑い夏だ。 


 それから、アマゾンから、『 English Settlement - Deluxe Vinyl Edition 』が消えた。アマゾン・ジャパンからも、uk からも。既に売り切れ、と言うのならば嬉しいけれど。アマゾンでの扱いに問題が発生したのだとしたら、心配。『 Skylarking 』の方は、ある。
posted by ノエルかえる at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

ちょっとメモ:「感じる」

 『感じるスコラ哲学 : 存在と神を味わった中世』山内 志朗 

感じるスコラ哲学 : 存在と神を味わった中世 - Webcat Plus 

宣伝文:
「中世であれ現代であれ、東洋であれ西洋であれ、すべてのひとに共通する普遍性の次元である「五感」。味覚、触覚などの身近な感覚をとおして、「感じる」スコラ哲学をかんがえる、画期的な中世哲学入門書。」 

 神秘主義って、ecstasy だし。…、で、「 Senses Working Overtime 」。
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Mellotron Mandolin

 2016年7月16日11:16 付けで、パートリッジは、Twitter上に、「 Been mixing and recording Mellotron Mandolin today,recording a real one tomorrow to go with it. 」と書いている。 
 よく分からない。今日は、楽器メロトロンのマンドリンの音色を使ってデモ・テイクを作り、明日には、本物のマンドリン奏者がレコーディングすると言うことなのか? ( 自信がマンドリンを弾くのか? )。 ( メロトロンを使って )今日作ったテープに、明日自分が何かを重ね録りするということなのか? 
 Mellotron Mandolin と言うバンドがある?? 

 パートリッジ自身が関わるレコーディングとすれば、先日書いていた、Bruce Woolley との共作なのか?? 
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2016年07月16日

きょうは何の日: Die Entführung aus dem Serail

 今日は7月16日、1782年、7月16日、モーツァルトのオペラ『後宮からの逃走』がウィーンのブルク劇場で初演。 
 その14年後の1796年7月16日、フランスの画家、ジャン=パティスト・カミーユ・コローが生まれる。 
『 Le pont de Narni 』を眺めながら、『後宮からの逃走』でなくて、『スカイラーキング』を聴こうか、、、
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オレンジズアンドレモンズ 2015 年版、グレゴリー・ノート 11

 内省的な「 Cynical Days 」は、コリンの作った、また別の、極上のメロディを特徴とする曲だ。ブリッジ部分には、最高度のコード進行が使ってある。そのコード進行では、ハモンド・シンセサイザーの奏者としての私の技量を試されたのだ。スライド・ギターも少し弾いている。けれども、コーラス部分で、コードを刻んでいるギターは、アンディーだ。その次の曲は、アルバム全体の中で、私の一番のお気に入りの曲の「 Across This Antheap 」だ。柔らかいジャズ・ヴォーカルで始まるので聴く人を惑わすのだけれど、曲はそのまま、パットが封を切って始める陽気な大騒ぎに傾れ込むのだ。伝説の域にあるような、ファンキー調のフィンガー・ピックのギターをアンディが弾いている。そのギターは、私の古いレス・ポールなのだ。モールディングは必殺グルーブのベースを弾いている。マーク・アイシャムは、トランペットを即興で曲を通して吹いていて、曲を狂乱状態にするのに貢献している。一方、私と言えば、あまり良くないシンセサイザーと、まあましなギターを弾いている。なんて素晴らしい歌詞だろう、なんて素晴らしい歌声だろう!  
 ワールド・ミュージックの影響が、80年代半ば程、大きな時は他にはなかった。その80年代半ば頃には、アフリカの「ハイライフ」のスタイル[ ハイライフ - Wikipedia ]が、アンディの頭の中で大音量で鳴り響いていたのだ。それが、「 Hold Me My Daddy 」に出ている。ところが、今となっては、ミドルエイトの部分、どうやって考え出したのか、私は、さっぱり思い出せない。コード進行は、「土星」から送られて来たのだ。ただ、フェイド・アウトの部分での遊び戯れる様なギターが、私は大好きだ。同じ様な意味合いで、「 Pink Thing 」も私の気に入っている。ギター・ソロは、私が書いたものであるのだが、演奏には、最高度の難易度があったのだ。しかし、レコーディング ・テクノロジーの奇跡は、私を窮地から救ったのだった。( エド、感謝するよ。 ) 歌には、可愛らしい陽気なグルーブ感がある。それ以上に、楽器編成には、ある意味の「空間」が必要とされている。その「空間」が、アルバムの演目のこの位置にあるので、アルバムをリフレッシュさせるのだ。「 Miniature Sun 」では、私は、ピアノで和音を弾いたのだと思う。良くは、覚えていないのだ。けれども、アンディとポールは、それを採用して、アレンジに活かしたのだ。今でも、私は、私のピアノが良いとは思わないのだけれど。けれども、歌は素晴らしい。もっと慎重に扱われる価値がある歌なのだ。  
 アルバムは、「 Chalkhills and Children 」を以て、夕日の中へ消えて行く。私たちの最高に甘美な一曲だ。この歌では、アンディは、大地にしっかりと足を据え続けることの良さを讃え上げている。だが、一方で、名声と成功の誘惑は彼のコートを引っ張ることを止めはしないのだ。アンディは、その時、支えなければならない出来たばかりの家族を抱えていたのだ。それに、私たちが巻き込まれた金銭的な悪夢の所為で、将来への不安も抱えていた。この歌を書き上げたと言うことは、アンディは、最悪の環境が重荷になっていてさえも、詩神は呼び起こされるものなのだ、と証してみせた、と言うことなのだ。このアルバムの幕を下ろすのに、これ程に相応しい歌は、他にないだろう。この歌は、アルバムの意味を明確にする後書であるのだ。そして、また、創造への精進が逆境を克服したことを示しているのだ。 
   





終わり     




誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。
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2016年07月14日

Concert at the Cadogan Hall

 スパートンさんのTwitter上のコメントに依れば、Big Big Train は、2017年に、ロンドンのカドガン・ホールでコンサートを開く予定、とのこと。グレゴリーさんも参加するとは思うのだけれど。 

Cadogan Hall - Wikipedia, the free encyclopedia 

 ああ、2015年のコンサートに、『イングリッシュ・セトルメント』のTシャツを着て来られた人は、また、いらっしゃるのか知ら。今度は、『ノンサッチ』のTシャツを着て。
posted by ノエルかえる at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月13日

『 Wing Beat Fantastic 』記念日

 忘れていたけれど、2012年7月12日、アンディ・パートリッジとマイク・ケネアリーの『 Wing Beat Fantastic 』がリリースされた。( 日付は、正確には分からないけれど。 ) 

 なので、きのうが記念日。
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2016年07月12日

オレンジズアンドレモンズ 2015 年版、グレゴリー・ノート 10

 私は、コリンの「 One of the Millions 」が心底に好きだ。特に、ベースの音。確かに、あれは、ジャック・ブルースの『 Songs for a Tailor 』[ 1969年発表のアルバム ]から拝借したものだ。この曲では、私は12弦リッケンバッカーを思い切り鳴らしている、それに、アコースティック・ギターも。ナイロン弦は、LAギター・センターから、グラシック・ギター用の1975年製、ロバート・マティングレイ Robert Mattingly のものを借りたのだ。[ Robert Mattingly | Trilogy Guitars - Classical Guitars, Flamenco Guitars, Acoustic Guitars, Lessons & Accessories - Playa del Rey, California ] それを録音するのには、とても手間取ってしまった。間の抜けたことに、私は、録音の前に、新しい弦を付けたのだが、張ってなかったのだ。私たちは、テープを止めて、12の弦のすべてを再調音しなくてはならなかった。「 Scarecrow People 」は、私たちが、カントリー・ウエスタンに限りなく近づいた歌だ。ただ、一度に、違う三つの調性を使っているのだ。ポールのエミュ・シンセサイザーでの、素晴らしい山岳風「フィドル」のソロが聴かれる。転がる様なアコースティック・ギターは、魅力溢れるマーティン社のHD-28 を使って演奏された。それは、アシスタント・エンジニアのジョー・フィオレオから借りたのだ。私は、彼にそのHD-28 を売る様に説得したのだが、叶わなかった。けれども、数週間後に、LAリサイクル・センターで、ディーン・パークス Dean Parks [ 1947年生まれのセッション・ミュージシャン Dean Parks Official website Dean Parks - Wikipedia, the free encyclopedia ]が売った71年製のD-28 を見つけたのだ。私は、その D-28 を未だに持っているし、未だに愛用している。 
 「 Merely A Man 」については、これはまるっきりポールの創造物なのだ。パットがシーケンサーで作ったドラムのサンプルを使って創り上げたものだ。この歌は、水準に達していないと言うことで、バンドはアルバムから外していたのだ。けれども、ポールは、その中にシングルの可能性を聴き取ったのだ。そして、草稿の状態だったところから初めて、完成にまで作り上げたのだ。私たちは、この曲は、やや、電子機器的過ぎるのでは、と感じていた。ところが、この曲が禍々しい程に揺り動き、途轍もない迫力を内包していることは、否定し難いのだった。アンディとポールと私は、マーク・アイシャムがアルバムに参加しに来る前夜、楽譜用紙を持ち、一台のキーボードの前に座っていた。そして、アイシャムが吹くトランペットのパートを書いたのだ。残念なことに、私が無教養な為に、私は、間違った調性で書いてしまっていたのだ。ところが、アイシャムは、立ち所に、正しい調性に移して呉れた。ギター・パートで自由に出来たことは、私はとても嬉しく感じた。調性を外したストラトキャスターで、ヘンドリック風音響効果に半歩近づいたのだ。金塗りのレスポール、泥臭い初期の Vox のワウペダルを使ったのだ。それは、録音してくれたエド・タッカーが、私には知らせずに、私の為に用意して呉れたのだ。偶然が起こることを、私は好んでいる。   
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2016年07月10日

The XTC documentary

 2016年7月9日3:40 付けの、Twitter上のパートリッジのコメント。
「 The XTC documentary is gathering pace. Will be filming some things next week. 」
XTC ドキュメンタリーは、進捗が早まっている。来週には何がしかの撮影。 

 以前に嫌だと言っていた、BBCのドキュメンタリーなのだろうか? いずれにせよ、イギリスに居ない限り、視聴は出来なと思うけれど、、、 
 パートリッジ自身が、ツアーやスタジオでの製作風景を、ハンディ・ビデオカメラで撮ってたりはしないだろうか。あれば、それをAPE house でディスクにするというのも。
 でも、やっぱり、パートリッジの創作ノートを書籍化する方がいいのだけれど。
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2016年07月09日

Big Big Train 「 Telling the Bees 」訳

 Big Big Train のアルバム『 Folklore 』の最後の歌、「 Telling the Bees 」の訳。 

Telling the Bees | Big Big Train 


 「 Telling the Bees 」は、蜂飼いが自分の人生の節目となる様な出来事を蜂に知らせていた、と言うヨーロッパの伝承だそう。 
Telling the bees - Wikipedia, the free encyclopedia 
 それから、デビッド・ロンドン David Longdon さんは、アメリカの詩人 John Greenleaf Whittier ( 1807年生まれ、1892年没 )の詩「 Telling the Bees 」を踏まえているそう。1860年出版の詩集『 Home Ballads 』に所収。初出は1858年の雑誌『 The Atlantic Monthly/Volume 1/Number 6 』に。 
Telling the Bees - Poetry Foundation

The Atlantic Monthly/Volume 1/Number 6/Telling the Bees - Wikisource, the free online library






あの時、母さんは言った、「言っておくよ、お前…、 
父さんは行ってしまった。 
さあ、お前の番が来たんだよ。 
お前が、蜂に報告しなければならないんだ。父さんが死んだ、ってね。 
蜂の巣に黒い布を掛けて知らせるんだよ。 」 

そうして、今、私が蜂飼いになっている。 
何年かが過ぎた。ある日、
ジェニーが私の目を捉えた。
私は彼女に歩み寄って、キスしてくれと言った。
彼女の唇には、蜂蜜の甘さがあった。 

蜂に報告、蜂に報告。 

あの丘陵群の様に、あの巨石群の様に、馴染み深く、
蜂への報告は、私のこゝろの奥底にある様に感じる。 

蜂は、私たちの婚礼の日も、
知らされた、 
新婚の寝台に野花の花輪を
飾って、知らせたのだ。 
それから、二年過ぎて、私たちは息子を授かった、 
蜂は、私たちの過ぎ来し方を、その都度、知らせられているのだ。 

蜂に報告、蜂に報告。 

あの丘陵群の様に、あの巨石群の様に、馴染み深く、
蜂への報告は、私のこゝろの奥底にある様に感じる。  

報告には、喜びもある、 
胸の奥深くの悲しみもある、 
幸せの涙、悲しみの涙、 
涙は流れるままに…、 

蜂に報告、蜂に報告。
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オレンジズアンドレモンズ 2015 年版、グレゴリー・ノート 9

 アルバムは、「 Garden of Earthly Delights 」で始まる。まるで、狂乱しているギターのスモーガスボード料理[ Smörgåsbord - Wikipedia, the free encyclopedia ]だ。それに、パーカッション群が、フォークや皿をカチャカチャ鳴らしながら、完璧なオードブルとして供される。これで、お聴きになる方々は、これからの一時間の間に、どんな物が供されるか期待が高まると言うものだ。多くの人が、あの調子外れのハーモナイザーを使ったギター・ソロは、私が弾いたものだと考えている。しかし、実際、あれは、アンディが撃ち放ったものだ。私は、あの様なソロは、決してしない。私のギターは、澄んだ音のものだ。それから、魂が浮遊するファズ・ボックスを使ったもの。そして、美しく鳴るリッケンバッカーが、私が弾いているものだ。「 Mayor of Simpleton 」が、それに続く歌。要所になっているのは、12弦の為に特別に誂えたギターのリフと、何よりも、破格のベース・ラインだ。この歌は、アルバムに先立って、シングル発売された。コリンの「 King for a Day 」が次の曲。第二弾のシングルになった。レターマンの番組でライブ演奏もされた。他の曲に類似点があったとしても、どの部分が似ているとしても、国際的基準に照らし合わせて、それは全くの偶然と言うものだ。 
 一陣の風が幕を払い開けた後では、アンディが政治的な意見を述べる道が開けていた。それは、彼がレコードで表する初めての声明なのだ。「 Here Comes President Kill Again 」がそれである。その曲では、パットのパレード・ドラムが聴き所だ。そして、ゲスト・ミュージシャンのマーク・アイシャム Mark Isham が最初に登場する曲でもある。その曲では、ギターのほとんどは、アンディが弾いている。私は、ピアノとバッキング・ボーカルだ。「 The Loving 」は、第三弾のシングル。私見では、私たちが発表した45回転レコードの内のベストのものの一つだ。この曲は、アルバムの中の最高のアンセムになる筈だった。けれども、どう言う訳か、そうはならなかった。私のギター・ソロは、一回でOKになってしまった。私は、遣り直したいと異議を申し出たのだけれど。バッキング・ボーカルは、ポールの細君と彼女の友人のジーン・マックリーン Jean Maclean が歌っている。「 Poor Skelton Step Out 」は、もう一曲の私好みの曲だ。コーラス部分で、私はシンセを弾いている。けれども、ほとんどのキーボードは、シーケンサーで制御されているのだ。パーカッションのほとんども同様だ。( 最後のところで、スティックが落ちる音があるけれど、あれは本物だ。 )  
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2016年07月08日

ちょっとメモ:ワルツ・フォー・デビイ

 ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビイ』、クリスタル・ディスクでリリース。( ガラスのCD ) 完全受注製産。216,000円。 

 欲しいなあ、、、、
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2016年07月07日

リンゴ・スターの誕生日

 きょう、7月7日は、リンゴ・スターの誕生日。76歳だ。 それから、グスタフ・マーラーの誕生日。1860年生まれだから、生誕156年。没後105年。 

 けさ、パートリッジのTwitter上では、バグルスの「ラジオ・スターの悲劇」、グレース・ジョーンズの「 Slave to the Rhythm 」で有名な、ブルース・ウーリー Bruce Woolley と、木曜日に共作の予定、とコメントがあった。時間は、ロンドン時間で、7月6日の午後9時頃。今は、7月7日13時。 ( 追記:12:50 - 2016年7月6日付け ) 
 内容は、よく分からない。歌を共作と言うことなのだろうけれど。木曜日、一日だけで、書き上げる、と言うことなのか知ら? 即興みたい。何の為かも分からない。 
 今頃は、書いている最中なのだろうか。今時点で、新しいコメントはない様。 
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2016年07月06日

オレンジズアンドレモンズ 2015 年版、グレゴリー・ノート 8

   アルバム   
 正直なところ、この最近では、『 Oranges & Lemons 』には、批判的な思いを抱いていた。このアルバムの中には、私たちの諸作品の中でもハイライトであるものが、鏤められてはいるのだけれど。次々に出る「デジタル・リマスター」については、耳障りな音のマスタリング、本題から逸れている無数の要素が、どんどんと私を興醒めさせていた。ところが、オリジナルの二枚組ビニール盤を聴くと、リリースの時に、皆が感じたあの喜びをもう一度経験することが出来て、私の心は、小躍りしたのだ。 
 このアルバムは、擬い様もなく、騒々しい。そして、激しく聴く者を揺さぶるのだ。聴衆の方々はきっとそう思っているのだろうが、製作に五ヶ月を要したこの作品には、腐心した細部が無数にあるのだ。すべてのヴォーカル、すべての楽器が、ミックスに於いては、完璧な位置に置かれている。そして、深い輝きを持つ様に磨き上げられているのだ。このアルバムは、感動的だ。人生のすべてが入っている。それに、聴衆の方々は、何処に費用が注がれたかも分かるだろう。このように、全体に亘って気を配った、ポールとエドに脱帽だ。このアルバムを21世紀に持ち越す様に、安心して任せられる、もう一人のプロデューサーがいるとすれば、それは、おそらくは、スティーブン・ウィルソンだろう。彼は、このアルバムに温かみを加味してくれたし、オリジナルのミックスの完璧性を損なうことなく、磨きを掛けて、新しい5.1サラウンドのデジタル・マスターを作ったのだ。これこそ、私が長年聴きたいと願っていたヴァージョンだ。  
posted by ノエルかえる at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

Stone & Steel

 『 Stone & Steel 』、届いた。兎も角、再生出来るかどうか、プレイヤーに入れてみた。ギターのアルペジオは聞こえるけれど、画面は真っ暗なまま、もしかしたら、駄目なのかも、、、
posted by ノエルかえる at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

gigigi

 先週中には、Big Big Train の『 Stone & Steel 』は届かなかった。今週中に来るか知ら。それで、先週では、『オレンジズアンドレモンズ』の三枚組ミニ・CD のディスク3ばかりを繰り返して聴いていた。 
 今日は、朝から、『スカイラーキング』。2014年版CDと、2010年版ヴィニールのA面を繰り返して聴いた。
 「 Summer's Cauldron 」のブリッジでの、グレゴリーが弾くピアノの副旋律に、今日は、耳を取られる。とても美しい。それから、ハイハット。「 Grass 」では、アコースティック・ギターの刻む音。「 Summer's Cauldron 」でのハイハットと「 Grass 」でのアコースティック・ギターが、連なっている様に思えた。 
 それから、キリギリス(?) のジジジと言う声が、「 grass 」と呟いているようで。

 今日のスウィンドンの朝は、9℃で、お昼には18℃。
posted by ノエルかえる at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

オレンジズアンドレモンズ 2015 年版、グレゴリー・ノート 7

 帰国して後のこと。アルバムのマスタリングも済んでリリースを待っていた、1989年年初のこと、一月の初旬であったけれども、ゴッチは、ヴァージン・レコードに、 会社のそれよりも更に早い、「勝手連」的な( エヘン! ) 前宣伝をすることを承服させた。その宣伝は、実際、アメリカ合衆国の多数のラジオのキー局のプレイ・リストに、アルバムからの最初のシングル曲「 Mayor of Simpleton 」が入ることに効果があったのだ。アルバムは、その後、1989年二月27日にリリースされた。そして、直ぐにも成功を収めたのだ。合衆国だけで、一週間に付き10,000枚の売り上げが、リリース直後の数週間続いたのだ。 
 それと同時に、XTC の経営上の諸問題も解決した。既にバンドには多大な損失が出ていた状態で、タークンの仲裁に任されたのだ。それから、彼は、「不可能事」も成し遂げてしまった。五月に合衆国のラジオ局を回るプロモーション・ツアーを XTC に承知させたのだ。私たちは、アコースティック・ギターを使って、アルバムの曲をキャンプ・ファイヤー的アレンジで演奏すると言うのだった。直ぐにも、あらゆるバンドが、自分たちの駄作を同じ様にして見せたのだ。遂には、MTV が、アンプラグド・シリーズを生放送で始めたのだ。XTC は、六月28日に、再度渡米しニューヨークへ行って、MTV 用に、100人程の聴衆の前でアコースティックでの演奏をしたのだった。二日後、私たちは、デビッド・レターマン David Letterman の番組『 レイト・ナイト 』に出演して「 King for A Day 」を演奏することになっていることを知った。それは、ポール・シェーファー・バンド Paul Schaffer が共演してのエレクトリックの完全版の演奏だった。 
 こうした活動のすべてが、『 Oranges & Lemons 』の成功には不可欠だった。そして、そのどれ一つとっても、タークン・ゴッチの関与なしでは、起こり得ない事だった。1990年の四月であったけれども、彼は、バンドのマネッジメントにタイム宣告を出して映画界に戻らなければならなくなった。それは、悲しい日だった。ターク、ありがとう、君は最善を尽くしてくれた、僕たちに面目を回復させてくれたよ!  
posted by ノエルかえる at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする