2018年03月31日

The Beatles 「 All you need is love 」訳

 ビートルズの「 All you need is love 」。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 songs 」:
All You Need Is Love | The Beatles  



すき、すき、すき、
すき、すき、すき、
すき、すき、すき 

そもそもが為果せない様に出来てるのだからやり様がないだろう、 
そもそもが歌わせない様に出来てるのだから歌い様がないだろう、 
一言もないね、でも、正々堂々な振る舞い方は身に付けられるよ、 
屈託なくね。 

そもそもが作らせない様に出来てるのだから作り様がないだろう、 
そもそもが貯させない様に出来てるのだから貯め様がないだろう、 
一手もないね、でも、合わせる様にする仕方は身に付けられるよ、 
大体さ。 

畢竟、君に欠けてるのは、好きになること、 
他でもない、君に欠けてるのは、好きになること、 
全く以て、君に欠けているのは、好きになること、 
好きになることが、君がすれば良いことなんだ。 

そもそもが知られない様に出来ているのだから知り様がないだろう、 
そのそもが見せられない様に出来てるのだから見ようが無いだろう、 
君がそこに居る様にはなってなかったのだから、席はないよね、 
それで良いだろう。

畢竟、君に欠けてるのは、好きになること、 
他でもない、君に欠けてるのは、好きになること、 
全く以て、君に欠けているのは、好きになること、 
好きになることが、君がすれば良いことなんだ。 







蛇足: 
この歌の歌詞は、基本的にはポピュラー・ソングの典型に入るのだと思う。 
「僕は頭も悪い、スポーツも出来ない、不器用で何も作れない、それに醜男。でも、僕は正直者だし、誰よりも愛情が豊かなんだ。」と言う内容。 
それを、少しだけ逸脱しているのが、この歌の面白さなのではないだろうか? 



追記: 
上の様に訳したのだけれど、元の歌詞のだらだらした締まりのない感じは、次のように訳した方が近いかもしれない: 
どうしても出来そうにないのなら、そりゃ、出来させない様になってるのさ、 
どうしても歌えそうにないのなら、そりゃ、歌わせない様になってるのさ、 
べつにいいよ、でも、正々堂々とするのは出来る様になるよ、 
気にするな。 



追追記: 
ちょっと解説の様な: 
 この歌、ロンドだと思う。ヴァースのみと取っても良いのではないかと思う。「 All you need is love 」と言うリフレインは付くけれど。 
 「 Straw berry Fields Forever 」の場合は、ヴァースとコーラスの関係が、歌詞の上でも不分明で、私には、その歌のフォニー[ 声 ] が単声なのか、多声なのかが判別出来ないままなのだけれど。 
 この「 All You Need is Love 」はそう言うこともない。単声だととっても良いだろうし、ヴァースは単声、コーラスはコロス[ 群衆 ] ととっても良いだろう。コロスととっても、ヴァースのフォニーを含めたコロスと考えられるし。コロスがヴァースのフォニーに呼び掛けているとしても、そのフォニーの立場に立ったものだから、内容的にはほとんど同一化してると思う。 

 それで、そのヴァースは、カプレットが基本。カプレットに一行が付けられていると言う構成。
第1ヴァースを例にとると: 
「 There's nothing you can do that can't be done. 」「 Nothing you can sing that can't be sung. 」がカプレット、対。 ( ただ、do と song だと対句と言う程でもないけれど。 ) 
 それで、この各行の構成も: 
a「 There's nothing you can 」ーa'「 can't be done 」と言う構成。
a と a' は、能動と受動とになっていて、反転と言うか変化させられていて、そこが妙味。 
そこで、that の役割りなのだけど、それは、付けられたもう一行との関係から分かるもの。 
もう一行は、「 Nothing you can say but you can learn how to play the game. 」なのだけれど、taht に当たるのは、but 。それで、but と反対に近い意味に採るのが良いかと。つまり、順接の接続詞の様な。 
 まあそれで、第2ヴァースの make と save も対なのだから。対になる様な意味に採らないと。
make を「作る」とするならば、save は、「貯める」かなと思う。 

 それで、リフレイン。これ、「 Hey Jude 」の様に永遠に繰り返しても良かったのに。
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2018年03月29日

HARMONY FOR ELEPHANTS

 デイブ・グレゴリーさんは、野生の象の為のチャリティーのアルバムに参加。アルバムの最後の曲、Andy Neveさんの「 Speak For Me 」に参加。 

Harmony For Elephants: Various Artists, A Charity Album - Cherry Red Records  

Various - Harmony For Elephants (CD, Album) at Discogs 



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2018年03月24日

the tall heat

 フィリップ・ラーキンの「 The Whitsun Weddings 」の第2スタンザ。 
the tall heat は、寒暖計のイメージがあるのか知ら?? 法外なと言う感じの意味もあるから、

All afternoon, through the tall heat that slept

For miles inland,

A slow and stopping curve southwards we kept.

Wide farms went by, short-shadowed cattle, and

Canals with floatings of industrial froth;

A hothouse flashed uniquely: hedges dipped

And rose: and now and then a smell of grass

Displaced the reek of buttoned carriage-cloth

Until the next town, new and nondescript,

Approached with acres of dismantled cars.  


午後の間中は何マイルかの内陸、思いのほかの暑気で 
しびれた、 
一度速度をずっと抑えたカーブがあったけれど、僕たちは南に向いたまま。 
広い農場が過ぎた、影の短い牛がいた、それから、 
運河も過ぎた、工場から出た泡が漂っていた。 
一棟だけ離れた温室が閃いた。生け垣が見えなくなって 
また視界に現れた。時々、草の薫りがして、 
ボタンで留められた座席シーツの嫌な匂いと代わった。 
そうして次の町、新開の別段特筆することもない町が、 
近づいて来た、と、大量の解体された車も見えて来た。   






carriage-cloth はこの様なものか知ら? 
Carriage cloth | British | The Met
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2018年03月23日

ちょっとメモ: 平野一郎『春夏秋冬』

平野一郎『春夏秋冬』、演奏:吉川真澄 
WAON RECORDS - CATALOGUE 
四季の四部作、レコ芸特選! : 作曲家・平野一郎のブログ 


パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア祝祭管弦楽団演奏、ショスタコーヴィチ交響曲第六番、シンフォニエッタ。
posted by ノエルかえる at 12:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

さあて

 今年もTC&I のEPが出れば良いなあ、、、
 『 XTC Bumper Book of Fun 』に掲載されたモールディングのインタビューからは、彼はやはり音楽産業にはもう関心がないのだなあ、と言う印象を私は持った。配給するレコード会社を決めてプロモートしたりサポートメンバーを雇ってツアーに出たりはしないだろうな、と。 
 でも、歌は彼の頭に浮かんで来るのだろうし、それを形にして広い世界の人に聴いて貰いたいとも思っているのだろうけれど。浮かんで来た歌を形にするのに、一人ではとても辛いのだろうから、チェンバースの登場はとても良い好機だったのだろう。 
 この最近では、ビリー・シャーウッドさんのプロジェクトに一年に一曲参加していた感じだから、他にも地元の音楽作品への援助もしてるけれど、一年に一枚のEPと言うのはちょうど良い量なのかも。 
 のんびりと歌を作って欲しい。

 パートリッジのワーナー・チェペルからの二曲のカバー曲を含めたソロ・アルバムも今年中にリリースされるだろうか? The Clubmen はどうなのだろう?  

 それで、次はどうしようか知ら、『イングリッシュ・セトルメント』のパートリッジの各歌のノートを訳そうか、バーンハートさんの『 Go 2 』の対談? 『ブラック・シー』のノート? バーンハートさんのモールディングとの対談の「 The Meeting Place 」は量的にもしっかりあるのでそれにしようか知ら、『 Great Aspirations 』の歌詞の訳もまだだし、、、
posted by ノエルかえる at 21:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Please Please Me

 1963年3月22日、ビートルズは、デビュー・アルバム『 Please Please Me 』をリリース。

Please Please Me - Wikipedia 

 ボブ・ディランのデビュー・アルバムがリリースされたのは、約一年前の1962年3月19日。『 Bob Dylan 』。

Bob Dylan (album) - Wikipedia
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2018年03月21日

There's a Lesson to Be Learnt 7 Colin and Terry Today

There's a Lesson to Be Learnt 1 XTC: On th road and in the studio: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 2 Making Plans for Nigel: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 3 Songwriting: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 4 Bass and Drums: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 5 Dave Gregory: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 6 Keeping Time: ノエルかえる不恵留


コリンとテリーの今日 
さて、お二人は35年間を早送りしてお浚いされたのですか? デュークスのことや自然発生的な事柄についてお互いに話し合われて「レッスン」されたのでしょうか?
コリン「そうです! あの頃に戻ろうとしている所なのですよ。おさらいしました。」 
テリー「コリンはね。私はまだレッスンの最中ですよ。と言うのは、長い間何もしていませんでしたからね。今は、「あの頃、自分はどうやっていたんだ?」とのべつに思っています。私の息子はドラムを演奏していますし、家にドラム・キットを置いています。日課の様にそのキットを弄ってはいました。でも、真面目に取り組んでいたのではありません。コリンがこの企画のことを言って来るまでは、またドラムを始めようとはしていませんでした。結婚式があるから帰国して来たのです。弟の長女が結婚したのです。そこで、幼馴染みに会ったのです。コリンとは16年間会っていませんでした。」 
コリン「私たちは二度程出掛けました。一緒にへべれけに酔って、大笑いをしましたよ。すると彼が「僕の私生活は混乱の最中だ、帰国した方が良いんじゃないかな、」と言うのです。それで、私が「僕はちょうど企画を思い付いたところなんだけど、ドラムのシートに座ったりしない?」と言ったのです。私の名前でEPを作ろうとしていたのです。でも、一人だけですると言うのは、心を壊しかねないのですからね。」 
テリー「彼は、私が他の誰よりも安い報酬で働くと分かってますからね。」 
コリン「まあ、それで、私の企画は私たちの企画になったのです。テリーは、エンジニアリングで困った時に助けてくれるのです。私たちはエンジニアではないのですけれどね。アンディは、私が彼が関係した中で最悪のエンジニアだとコメントしたことがあります。「彼はアコースティック・ギターをエレクトリック・ギターに、エレクトリック・ギターをアコースティック・ギターの様にする」と言ったのです。私は「それなら、ちゃんとやろう。」と言いましたよ。音が私の耳に良い様に聴かれる限り、それで良いのです、それが音楽産業的に如何なのかと言うことは関係無いのです。」 

貴方はEPのために四曲を書かれたのですね。XTC 以来、歌を書かれていたのですか? 
コリン「本当に書いていませんでした。バンドは2006年頃終わりました、アンディと私がちょっとした言争いをした結果です。30年以上、人生の主要な部分だったわけですから、「それじゃあ、これからどうなる?」と言う局面だったのです。二年間は、テレビを見てました。ちょっとした歌、ちょっとしたアイデアが頭に浮かんだりもしました。それから、アメリカの人、ビリー・シャーウッド Billy Sherwood さんからの依頼を受けました。イエスで演奏している人です。クリス・スクワイアさんが亡くなってからは、彼がベースの担当を引き継いだのです。卓抜した歌手でロサンゼルスではコマーシャル・ソング等も歌っていました。素晴らしいミュージシャンです。その彼が電話をくれて、参加しないかと誘ったのです。大体が、プログ・ロックの曲でした。それで、定期的に、彼のセッションに参加して、あれやこれやを歌ったり、ちょっとだけベースを弾いたりしました。かなりの間、彼の企画に付き合っていました。ちょうどこのキッチンでビデオを撮ったりもしたのです。そうしている間にも、歌の断片が頭に浮かんだりしたものです。そこで、私は「何かすべきでは?」と思ったのです。その時に、テリーが遣って来たのです。「願ったり叶ったり」でした。私たちは、まるでカップルの様なのです。」 
テリー「私たちは、リチャード・バートンとエリザベス・テイラーの様なのですよ。再婚したのです。これは、二人の男の作戦行動なのです。私がドラムを演奏して、コリンがベースとキーボードを弾いているのです。加えられたのは、一人の男が来てサックスをちょっと吹いただけですよ。」 

貴方たちは、この作品を XTC からの流れを引き継いでいるものと考えていますか?
コリン「私たちは、自分たちの企画を TC&I と呼ぶことに決めました。X は取り除いたのです。アンディは「何の為にテリーと戻って来るんだ? 懐古趣味になるだけだろう。前へ行くべきだ。」と言っていました。でも、私はそのようには思いません。これを聴いて頂ければ、別の局面に行っているのは明らかだと思って下さるでしょう。これは、『 Apple Venus 』の続きでしょうか? いいえ、全く違います。テリーが参加しているのですから、『 Apple Venus 』の流れには行くことはないのです。」 

テーマについては如何でしょう? 貴方の音楽全体を通して、普通であること、簡素な生活と言うテーマがあるのですが、世俗的な生活を言祝ぐと言うことですね。
テリー「彼はやっぱりそうしてますね。」 
コリン「「 Kenny 」と言う曲があります。地方のサッカー選手についての歌です。でも、それは、競技場で鍛え上げられて行くと言う比喩でもあるのです。「ケニー」から階級を通り抜けて行く様な気質は多分受け取らないでしょうね、人はごく限られた場所で成長してくものですから。それから、反復的なギターのリフがありますが、あれは、イングランドの風景の中を通り抜けて行く列車に似せているのです。「ケニー」の他には、「 Greatness ( The Aspiration Song ) 」があります。私はこれがEPの主眼だと思っています。「 Hope Is My Finest Virtue 」[ この様に題名を示す際の大文字が使ってあるのだけれど、そう言う題の歌等があるかどうかは分からない。格言のつもりか? 希望が私の最善の美徳だ。 ] それから、「 Comrades of Pop 」。これは音楽と音楽産業に宛てた詩の様なものです。風刺なのですけれどね。私が苦々しい思いを募らせていると、聴いた皆さんが思わないことを願っています。とても風変わりな四曲の組み合わせです。そうですね、製作に使ったお金が戻って来れば、それで満足です。レコード会社の配給はないのですから、シングルとか何かを作らなければならないと言う様なプレッシャーもないのです。可愛らしい変わり種ではないか知ら。」
テリー「EPは私たち二人にはが取り掛かるにはちょうど良いサイズなのですよ。アルバムだと、二年は掛かるでしょうね。」 
コリン「61歳ですからね。自分たちに後何年あるのか分からないしね。」  

2017年2月22日、スウィンドンにて   



 『 XTC Bumper Book of Fun 』に掲載された、コリン・モールディングとテリー・チェンバースのインタビュー、おわり。 
  誤訳、疑問点を指摘して下さると幸せます。 
posted by ノエルかえる at 13:13| Comment(0) | Great Aspirations | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

Why Anything, Why This?

 シェリークバックは、新しいアルバム『 Why Anything, Why This? 』をリリース予定と言うこと。13枚目のスタジオ・アルバム。 
 これは、26秒のお知らせビデオなので、詳細はまだ分からない: 
https://www.youtube.com/watch?v=GhpXVWQ9DUQ  


 それで、序でに、ワイマール・ギター・カルテットが演奏するブラジルのセルジオ・アサド ( ギター奏者、作曲家 ) の「 Uarekena 」。
Weimar Guitar Quartet − Karmen Stendler  


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2018年03月18日

松風

 今日は、Eテレで細川俊夫さんのオペラ『松風』が放送される。 

松風[新制作・日本初演] | 新国立劇場 オペラ 

 細川俊夫さんは、コリン・モールディングと同じ1955年生まれ。 

posted by ノエルかえる at 20:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

探偵は左にいる

 パートリッジは容疑者だった? 

 パートリッジの「13:35 - 2018年3月17日」付けのTwitterのコメント。 
You know the 'who to follow' reccos on the left? Why is it always Wiltshire police? I know I was interviewed about a murder in Bath, in 1984 , but this is getting silly.  

https://twitter.com/xtcfans/status/975108395152928768 
 
 左に「尾行」している探偵に気付いてる? それが必ずウィルトシャー警察なのは何故? 1984年にバースで起こった殺人事件のことで訊問されたことはあるけど、今の尾行は馬鹿げてるだろう。 


 1984年にバースで起こった殺人事件と言うのは、Melanie Road さんが殺害された事件だろうか? メラニー・ロードさんは当時17歳、1984年6月9日に殺害された。犯人は31年後の2015年に逮捕されたらしい。 
 当時、XTC は、バースのクレセント・スタジオで『 The Big Express 』を製作中。
 パートリッジの言うインタビューが何の程度のものか分からないけれど。歩いていて職務質問されたのか、刑事がやって来て質問されたのか、警察署まで行ったのか?
posted by ノエルかえる at 16:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Stu Rowe さんの XTC 評

 パートリッジの「13:25 - 2018年3月17日」付けのTwitter上のコメントでの、ステュ・ロウさんの XTC 評を備忘。 

https://twitter.com/xtcfans/status/975105988486488064 

Chatting with Stu over lunch yesterday, he said quite correctly that XTC was unique because each member approached it differently, and gave different things. Terry thought of drumming as a sport substitute. Colin brought a quiet internal shy soulfulness...Dave brought a filed, theory based, musical 'correctness'. Barry came at it from a literary/yob viewpoint...and me, it was all about the visual, art thing, films made into music. Damn it, he's right.



 昨日は、昼食を摂りながらステュと談話。彼は正鵠を得た事を言う、以下の如し。XTC は比類のないバンドである、それは各メンバーが異なった思惑で集まり、異なったものを齎したからである。テリーはスポーツの代用としてドラムを捉えていた。コリンは内心奥深くの他人には中々見せない情熱をバンドで提起した。デイブは理論に基づいて吟味された音楽的「推敲」をしてくれた。バリーは若者文学の視点でバンドを捉えていた。そして私、私のしたことは、視覚的なもの、映画を含む視覚芸術の諸々を音楽に反映させたと言うことに尽きる。彼は当たっている。  

posted by ノエルかえる at 13:59| Comment(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

smelt the fish-dock

 フィリップ・ラーキンの「 The Whitsun Weddings 」の第一スタンザだけを訳して見たけど、 
smelt the fish-dock の the fish-dock って何なのだろう? 漁港?? 蓼科の植物? 魚の切った尾??? 


That Whitsun, I was late getting away:

Not till about
One-twenty on the sunlit Saturday

Did my three-quarters-empty train pull out,

All windows down, all cushions hot, all sense

Of being in a hurry gone. We ran

Behind the backs of houses, crossed a street

Of blinding windscreens, smelt the fish-dock; thence

The river's level drifting breadth began,

Where sky and Lincolnshire and water meet.



あの年の聖霊降臨節、僕は遅くなって出掛けようとしていた、 
それでも、 
一時二十分にはまだだった、土曜日で陽光がいっぱいだった、 
四分の三が空席の僕が乗り込んだ車輛が押し出された、 
上げ下げ窓は全部が卸されて、座席は全部が温かく、 
急かされる気がしてたのはまるっきりなくなった。僕たちは、 
走り抜ける、家並の裏手、横切る、とある大通りが 
車窓を暗くする、匂いを嗅ぐ、魚の様な蓼の様な、そうして、 
川が視界に拡がる、一様でゆっくり動いている、 
そこで、空とリンカーンシャーと水が出会う。 

 
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2018年03月16日

There's a Lesson to Be Learnt 6 Keeping Time

There's a Lesson to Be Learnt 5 Dave Gregory: ノエルかえる不恵留 





キーピング・タイム 
ステージでは、XTC は信じられない程のエネルギーがあったのですが、貴方たちは何ガロンもの汗をかいたことでしょうね。 
テリー「何ガロンのビール! ええ、私たちはステージの最後には完全に疲れ切っていました。アンディはいつもまるっきり無形物の様にぐんなりとなっていましたよ。ステージでは常に大奮闘していましたからね。」 
コリン「壇上にいるテリーを見ると、観客はその肉体性に感銘を受けていました。殆どの曲は肉体的でしたし、見ることは聴くことと同様に良いものでしたからね。」 
テリー「肉体は、私たちが行ったギグの時間の総量の分発達しましたよ。1時間の試合時間と10分の休憩で能う限りのことをするのです。何よりも、音楽的能力の欠如をそれで補うのです! 聴衆をエネルギーで圧倒するのです!」 

デイブは貴方たちをこの上ないタイム・キーパーだと言っていました。 
テリー「アドレナリンが出ますからね、難しいのですよ。演奏を続けると、心臓が自分でも信じられないくらいに脈打つのです。上がったことは一度もないです。ただ興奮するのです。観客が30人であろうが3,000人であろうが気にはなりませんでした。」 
コリン「スタジオで、赤ランプが点ってマイクロフォンの下にいるときは、ずっと悪かったよね。」 
テリー「そうだね。ライブでの環境の方が僕にはずっと心地好かったね。スタジオでは、私は、「僕の責任だ、僕ひとりに懸かっているんだ」と思っていました。正に孤立と言うもの! 強く縛りつけられる思いでした。それに対して、ライブで演奏する場合、三分しかないことは分かっているのですし、ひとたび為終えて手をはたいたならば、元に戻ることはないし、分析してみると言うことも大抵はしないのです。スタジオでは、「今度のテイクはさっきのテイクよりもずっと上手くしなければならない」と思うものでしょう。私は、大抵、九時間はスタジオ内に居たものです、でも、一度も、より良いテイクを録ることはありませんでした。当時、私たちがしていた遣り方と言えば、四回のテイクしか録りませんでした、その中の最善のものをレコードに残したのです。今日に於いても、それよりも良いテイクを録ることは出来ないでしょう。」   


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2018年03月14日

「 Wait Till Your Boat Goes Down 」記念日

 1980年3月14日、XTC は、シングル「 Wait Till Your Boat Goes Down 」をリリース、今日は記念日。 

 それで、Tシャツも出来ました: 
Wait Till Your Boat Goes Down
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2018年03月13日

There's a Lesson to Be Learnt 5 Dave Gregory

There's a Lesson to Be Learnt 4 Bass and Drums: ノエルかえる不恵留  


デイブ・グレゴリー 
テリー「私たちは、それぞれが自分が受けた影響をバンドに持ち込みました、それはあらゆる種類のものでした。それが、私たちのバンドがどういうものかと言うことを作り上げたのです。例えばデイブですが、彼はスティーリー・ダン・タイプのバンドがとても好きなのです。」 
コリン「デイブは、XTC の中で、他のミュージシャンからの影響を測る水準器だったのです。」 
テリー「彼は、XTC の中のただ一人のミュージシャンでした。彼はよく「そう弾いては駄目だ!」と言っていました。彼は XTC の音楽を具体化させることを始めたのです。パートリッジは、グレゴリーに対してミュージシャンとしての大きな尊敬の念を抱いていました。パートリッジは、いつも、難しいパートをグレゴリーに任せていました。」 
コリン「バリーとアンディは、二人共が、ケーキの表面に掛ける糖衣を自分が振ろうとしていましたよ。私は、「ええ、それじゃあ、誰がコードを弾くんだよ?」「君たち二人の中のどちらかがコードを弾かないでどうするんだ!」と思っていました。二人はいつだって、自分がさっと頂上を取ろうとしてましたね。」 
テリー「僕と一緒に君が、コードを叩いて表そうとしていたね!」 
コリン「デイブがバンドに齎したものはそれなのです。アンディにコードを弾かせようとするのは無理なことでしたからね。アンディはコードを覚えようとする気がまるでなかったですから。それで、「グレグジー、コードを弾ける?」と言うことになったのです。デイブは進んで協力してくれました。つまり、彼は私たちの救世主だったのです。「 Making Plans for Nigel 」では、彼がコードを弾いています。彼だけがそれを出来る人物なのです。それは、別の面が用意されたと言うことだったのです。」 
テリー「彼がものごとを一つにまとめたのです、それがデイブなのです。これ以降のアルバムがその事の明らかな証左です。素晴らしい閃きを行き当たりばったりに選択すると言うことの反対に、体系立てられた音楽家気質があることが貴方にも了解出来るでしょう。」 
コリン「デイブは他の人が考えた曲想を聴衆に届ける優れた通訳者の様な人なのです。どうしても必要だったのはそれだったのです。私とアンディの二人の書き手が完全な援助者を得た、と言うことだったのです。当時は、何人もの主任がいて、何か新しいものを創り出そうとしていたのです。」 
テリー「アンディは、あのアコースティック・ギターを弾こうとしていたのですが、あのギターではただの間に合わせにしかなりませんでした。そこでグレグジーが「それは駄目だ!」と言ったのです。彼は何がしかの金を持ってロンドンへ行って、マーティンのギターを買って来ました。戻って来て、「さあ、これを弾け!」と言ったのです。パートリッジは、それ以降、そう言った酷い音質の物での録音はしなくなりました。」 
コリン「デイブは、今では、大変なギター蒐集家ですけれど、当時でも、幾つかはもう持っていました。」 
テリー「彼は自分のお金の全部をギターに使っていました。食事もアルコールも何もしないのです。お金が続く限りギターを買うのです。ギターに狂奔しているのです、他の事には何も関心がないのです。」 
コリン「デイブは、完璧なサイドマンです。彼は何の楽器でも出来るのです、ライターのお好みのままに出来るのです。偉大な才能の持ち主です。あるコードを弾くと彼はこう言うのです、「そうだよ、それで良い、コリン、とても好いコードだ、でも、最後にこのコードを置いたら如何だい?」。このように、助けても呉れるのです。」 
テリー「君が何かを思い付くと、グレグジーが添削してたんだよね。」 
コリン「時にはこうも言ったよね。「いや、僕は意図してこの音を置いたんだ。君が弾きたくはない音だろうけれどね。でもね、僕の中をぐるぐる回っている歌全体はこの音を入れていると思うんだ。」 彼は優れた通訳でした、それに私たち四人の間をとても上手く配合していたのが彼です、たぶん、二人の突飛な所のある人間がそれぞれ違う方向へ行こうとしているその力関係で調整されているよりも、もっと良い調整を彼はしていたのです。」 
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「 Respectable Street 」記念日

 1981年3月13日、XTC は、シングル「 Respectable Street 」をリリース、今日は記念日。
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2018年03月12日

The Whitsun Weddings

 An Ideal For Living というブログに掲載されたコリン・モールディングの『 Great Aspirations 』についてのインタビューで、「 Kenny 」について、フィリップ・ラーキンの詩「 The Whitsun Weddings 」にインスパイアヤーされた、と言っているのが興味を惹くので備忘。 

MAKING PLANS - XTC's Colin Moulding And Terry Chambers Ponder Live Shows After DIY 4-Track EP - An Ideal For Living  

その部分は、 
「 There’s a line in there about somebody coming up to bowl. You see the playing field from the train and that’s kind of what prompted it. I got this guitar riff that sounds very much like the motion of a train and then one thing led to another – a chain of thought. 」 
誰かがクリケットをしに走ってくると言う行があるのです。列車から競技場を見るわけですけれど、それが連想の仕方になっているのです。私は、列車の動きの様なギターのリフを考えつきました。それが一つの連想を生んでそれがまた次の連想を生むのです。思考の鎖なのです。 


 ラーキンのThe Whitsun Weddings のその行は、第七連にある: 
Just long enough to settle hats and say

I nearly died,

A dozen marriages got under way.

They watched the landscape, sitting side by side

- An Odeon went past, a cooling tower,

And someone running up to bowl - and none

Thought of the others they would never meet

Or how their lives would all contain this hour.

I thought of London spread out in the sun,

Its postal districts packed like squares of wheat:
posted by ノエルかえる at 21:30| Comment(0) | Great Aspirations | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

ゴールド・ディスク

 1980年3月10日、XTC は、カナダのトロントで、『 Drums and Wires 』に対してゴールド・ディスクを貰う。
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2018年03月07日

Klaus Huber

 スイスの大作曲家、クラウス・フーバーが昨年10月2日に亡くなっていたそう。知らなかった。享年92。1924年11月30日生まれ。 

 ヴィトルト・ルトスワフスキを追悼する曲『 INTARSI 』がとても好きなのだけれど、フーバーを追悼する曲は誰が書くだろう、細川俊夫さんだろうか? 
posted by ノエルかえる at 22:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

There's a Lesson to Be Learnt 4 Bass and Drums

There's a Lesson to Be Learnt 3 Songwriting: ノエルかえる不恵留

ベースとドラムズ 
テリー「ファースト・アルバムのレッド・ツェッペリンとは違って、私たちが第一戦略で桁外れの成功を収めると言うことはまるでありませんでしたから、「よし、次回作はこれよりも良いものを創らなければならない、と言うことだ。」と言うことになったのです。議論の余地も無く、セカンド・アルバムは、ファースト・アルバムよりも良いと言うことは無かったのですけれど、サード・アルバムに於いては、メンバーの交替もあった分けですけれど、コリンとアンディは自分たちが歌を書く方法をより良く身に付けたと言うだけでなく、歌をどうレコーディングするかと言うことも分かって来たのです。最初の二枚のアルバムは、製作の方法・方向性に苦しんでいました。そうして変化の時が来たのです。最初の二枚のアルバムでは私たちはジョン・レッキーを使ったのですけれど、勿論、彼が音像をより大きくより良くしてくれたことは確かなのですが、あの当時の私たちは全員が未熟だったことは明らかです。常々、あの最初の二枚のアルバムでのドラムの音は少々不出来だと感じていました、と言って、誰に言えば良かったのでしょう? 内心では、「もっと活力のある音に出来たら良いのに」と思っていたのです。スティーブ・リリーホワイトを雇った理由の一つに私が覚えていることがあるのですが、それは、「このウルトラボックスのアルバムは僕にはとても良く聴こえるよ。このアルバムには活力がある、リリーホワイトがそれをやったんだよ。」と私が言ったことなのです。」 
コリン「あれが、ピーター・ゲイブリエル / フィル・コリンズのストーン・ルーム・サウンドの始まりだったんだよね。僕たちと一緒に、タウンハウス・スタジオのスタジオ・トゥーで始まったんだ。」 
テリー「あれがすべてを蘇生させたのです。それ以前の、最初の二枚のアルバムを録音した時には、「ドラムズを反響させない様にしないといけない、音を抑える為にマットレスを回りに敷詰めないといけない。」と言うのが常でした。私たちがアルバムのタイトルについて熟考し、『 Drums and Wires 』と言う題を検討している時に、アル・クラークが訪問して来て、『 Let There Be Drums 』と言ったのです。その方が更に良かったでしょう!」 

貴方たちお二人が、XTC の中で特別の関係をお持ちだったのは、ベースとドラムズだからなのですか?
コリン「テリーのこの右足と私のベースのボールには何かがあるのですね、それが十分に堅固なものを作り出すのですよ。テリーがバンドを脱退した後、私は何人かの他のドラマーと演奏しました、これはテリーも同意してくれると思うのですが、そのドラマーのほとんどは、技術的にはテリーよりも上で…、」 
テリー「間違いない。」 
コリン「けれど、同じ町で生まれて、それもお互いに一マイルの距離の家でその上に一月しか違っていないのだから、何かがあるのです。エヴァリー・ブラザーズのハーモニーが完璧なのに似ているのでしょうか。[ The Everly Brothers - Wikipedia ]」
テリー「私たち二人の父親はどちらもアーケルズのビールを呑んでいましたよ。[ Arkell's Brewery - Wikipedia ] 私の父はその醸造所の株を持っていたと思います。」 
コリン「その分を呑んだのかい? 僕の父も株を持っていたと思うよ!」 
テリー「私たちは四十五年間の間知り合いだったのだし、若い自分には、一緒に演奏の腕を上げて来たのです。私たちは、知り合う以前に、それぞれが一人前の演奏家だったのではありませんから。一緒に成長して、より高い段階のものを理解し、それを上手く使える様に一緒に頑張ったのです。」 
コリン「ベースとドラムの結合には堅固なものがあるのです。深みのある彼の右足が作り出すものには何かがあるのです。他のドラマーの足では、ちょっと足りないのです。」 

他のバンドについてはどうでしょう、XTC の後のバンドですが、例えば Dragon とか?
テリー「あれは、まあ、雇われ仕事ですよ。私は仕事をしなければならなかったのですから、傭兵ですね。特に難しい曲はありませんでした。ほとんどが、フロアドラムの四拍でしたから、彼らが受け容れる様なものを考え出すのに、曲芸的な技をしなければならないと言うことはありませんでした。最後まで、自分が他所者だと感じていました。」 

お話し下さったお二人の関係と言うことではなくて、創作への意欲と言う点で、XTC に何か特別のことがありましたか?  
コリン「私たちは全員が、何か違うことをしようと言う「虫」がお腹にいたのですね。そういう気質だったのです。何か違うことをして、しかもそれでチャートに入れたとしたら、素晴らしかったでしょう?」  

「 English Roundabout 」は、変わった拍子記号ですね。 
コリン「ええ、四分の五拍子です。意識的にしたのではないのです。次々に突進してくる自動車ですよ。つんのめる様な、ちゃんと割り切れることのないビートが、急き立てられる動きと言う印象を与えるだろうと、私は考えたのです。それは、四分の四拍子では得られないでしょう。本能的にそうしたのです。進んで、ジェスロ・タルの様にしようとした分けではありません。」 

テリー、貴方は変わった拍子や不自然なリズム・パターンに戸惑いませんでしたか? 
コリン「彼は、その前に「 Neon Shuffle 」を叩いていました。「 Neon Shuffle 」が出来れば、何でも出来ますよ。あれは、とても入り乱れてます。アンディは、普通でないことをひどく好んでいました。」 
テリー「それに、当時はラモーンズの影響が少なからずあったのです。彼らは、時速100マイル[ キロメーロル/時速にすれば約160キロ。 ]で演奏していました。スピードと言うのは、当時の課題の中でも最上位のものでした。」 
コリン「ラモーンズがスウィンドンに来た時、アンディはステージに上がって、ジョーイの前で踊っていましたよ。とても大きな影響があったのです。そうですね、ニューヨーク・ドールズと一緒ですね。私たちは、当時、何か違うことをすると言う傾向が強かったのです。なんとか多勢の中から抜け出そうとしている時、認められる唯一の方法がそれなのです。」 
[ ラモーンズがスウィンドンでライブを行ったのは、1977年5月31日。Brunel Rooms で。この日は、ラモーンズ単独ではなくて、トーキング・ヘッズも一緒。XTC は、ウォーム・アップを担当。たぶん、前座と言うことではないと思う。トーキング・ヘッズのメンバーとも初対面ではなかったのかと思う。 ] 
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | Great Aspirations | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

ちょっとメモ: 英国レコーディング・スタジオのすべて

 書籍『英国レコーディング・スタジオのすべて』。XTC が使った、マナーも、タウンハウスも、チッピング・ノートンも出ている。 

英国レコーディング・スタジオのすべて - Webcat Plus 

The great British recording studios (書籍, 2015) [WorldCat.org] 
posted by ノエルかえる at 16:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

The Beatles 「 Penny Lane 」訳

 ポール・ビートルの「 Penny Lane 」の訳。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Penny Lane | The Beatles 
Alan W. Pollack's Notes on "Penny Lane" 
Penny Lane | The Beatles Bible  


 コーラス部分が夏で思い出、ヴァース部分が晩秋・初冬で実際に目にしている光景、と言う対なのだろうか? 
それから黄色のイメージで繋がる、裕福な銀行家と下層階級の消防士と言う組み合わせ、白と赤のイメージで繋がる理髪師と看護婦の組み合わせ。 
 言葉については、特に消防士の所、hourglass は砂時計の形の様に腰がくびれたコルセットなのだと思う。たぶん、筋肉質の身体を強調させるのだろう。それに、fire engine はポンプだと思う、his が使ってあるし。もちろん、性的なイメージがあるのは、マッキントッシュと同様。  

 ペニー・レインは、ペニーと言う人名に因んだ通りの名前だと言うことなので、銅座屋にしてみた。 
The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 5: ノエルかえる不恵留

The Beatles 「 Penny Lane 」訳:  



ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる 

ほら、白衣の理髪師がひとり立っているよ、 
これまでにしたことがある「ご希望」の頭の写真を見せてるんだ、 
往き交う人は誰もが、 
立ち止まって、この理髪師に挨拶するよ。 

ほら、角には銀行家が高級スポーツカーに乗って止まっているよ、 
子供たちが彼のオープンカーの後ろで嘲っている、 
この銀行家は黄色のマッキントッシュを絶対に着ないのだもの、 
冬を呼ぶ驟雨にでも、どういうわけだろう、分からない。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも、初夏の青い郊外独特の空の下に拡がる、 
ぼくは座るんだ。さて、ところで話しはもどって… 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる  

ほら、黄色ヘルメットの消防士がひとり腰括れのコルセットを当てているよ、 
それに、ポケットには女王の肖像写真が入っている、 
この消防士は自分の消火ポンプをいつもきれいにしたがっている、 
とってもきれいなポンプなんだ。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも夏なんだ。それで、安売りで四ペニーの 
四角のフィッシュ・フィンガー。さて、ところで話しはもどって…  

うしろだよ、ほら、バスの転回広場の真ん中の待合所、 
可愛い白衣の看護婦が11月11日のための赤いポピーをお盆に載せて売っているよ、 
彼女は劇中人物のひとりになりきったつもりなんだね、ナイチンゲールかな? 
でもやっぱり、彼女なんだ。 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる   

理髪師がまた別のお客の顔を当たっているよ、 
ぼくたちお見知りの銀行家は座って調髪を待っている、 
そうしている内に、驟雨を押して 
消防士が突入してくる、なんて、どういうわけだろう、分からない。 




追記: 
関係は全くないけど、ポピーと言うことで、モネの絵: 
Poppy Field in Argenteuil, Claude Monet - クロード・モネ - Wikipedia
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

Vinyl . Album . Cover . Art : The Complete Hipgnosis Catalogue

 昨年、イギリスの Thames & Hudson 社から発売された『 Vinyl . Album . Cover . Art : The Complete Hipgnosis Catalogue 』が、この3月に日本でもシンコーミュージック社から発売される。 
 XTC の『 Go 2 』も外されずに掲載されているみたい。
posted by ノエルかえる at 09:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Dark Side of the Moon

 1973年3月1日、ピンク・フロイドは、アルバム『 The Dark Side of the Moon 』をリリース、今日は記念日、45周年。 

The Dark Side of the Moon - Wikipedia
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする