2018年11月28日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の5

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の4: ノエルかえる不恵留





バーンハート「成る程。ですが、それで、貴方は一式を組み上げることが出来て、ドラムズキットがどのように機能するのかを理解出来たのですね。」
チェンバース「ええ。ちょうどその頃ですけれど。学校でダンス・パーティーを催していました、そこに、二、三の地元バンドもいたのです。私たちはそうしたパーティーに通い始めてました、ちょっと遅くまで外出出来ると言う年齢になっていましたから。それで、私はいつも、バンドの人たちを観察していたのです。「ああ、これではっきりと正しい組み方がわかった。右手は左手の上を渡すんだな。左手はスネアを叩く。バスドラムは右足を使う。ハイハットはあそこ。二つのトムはあそこ。[ 二つの ]ライドシンバルは対称的に同じ位置にある。」と思いましたよ。初歩的な演奏用の標準的な組み方ですよね。」[ ドラムセット - Wikipedia ] 
バーンハート「成る程。貴方が如何言う道を辿ってドラムを始めたかを述べて下さったのですが、とても興味深いです。音楽的な面に於いてもですし、また、日常的な生活史に於いてもです。と言うのは、貴方は全くの独学ということですが、その為に、貴方はご自身で分析すると言う状態になる他なかったのですね。その分析は、誰かが貴方に教えると言う場合の分析よりももっと精緻なものになったのでしょう。」
チェンバース「ええ。考える様になったのです。「さて、皆んなはどうしているんだ?」とかですね。そうして、他の人をじっと観察する様になったのです。「ああ、あの人はこんな考えを持ってる、それは素晴らしいな。僕は好きだ。」とかですね。貴方が言われる通り、私は、様々な演奏技術を分析していったのです。そうして、少しづつ取り入れる様になったのです。」 
バーンハート「つまり、貴方はまずドラムを発見し、それから、地元のドラマーたちを観察する様になり、そのセットの仕方、演奏の仕方を見て取る様になった、それから、何故そうしているのだろうと思索されたのですね。それでは、貴方が関心を持った、それに、影響された有名なドラマーはあったのですか?」
チェンバース「そうですね。前にも話した様に、それはヘビーメタルのものですね。レッド・ゼッペリン的だったり、ディープ・パープル的であったり、それ風のバンドたち、シン・リジーだったり、リストは終わりがないですよ。本当に。イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、そう言うバンドたち。キング・クリムゾン。バンドが爆発的に増殖していたのです。それらのバンドのどれもが、それぞれの仕方、それぞれのレベルで、最善のものに思えたのです。歌も音像も驚くほどに多様性があったのです。私は、「何てこと!」と思いました。つまり、ちょっと怯んでしまったのです。すっかり気持ちが挫けました。有名なドラマーは、どの人も、とんでもなく素晴らしいのですから。「一体全体、どうすれば、僕はこれをこなせるんだ?」と思いましたね。その時点では、私はやっとテンポを保って叩くことを出来る様になろうとしていたばかりでしたから。一方で、プロのドラマーたちは、あらゆる格好良いフリルやフィルをやっていたのですから。フィルやフリルをですよ、私が言いたいのことがお分かりでしょうか?[ ドラムとフィルと服のフリルの洒落? ] ( 笑う )。 信じ難いことでした。「神様、僕はこれが出来る様にはなりそうもないです。これができる前におじいさんになりそうです。」と思いました。そうですね、今、私は白髪の老人になりました、それで未だに、出来ないのです!( 笑う )。その頃です、私はバンドを見に行く様になっていたのです。その頃、私たちは修学旅行でブリストルに行きました。そこで、1970年か71年ですけれど、ディープ・パープルを見たのです。ちょうど、「 Strange Kind of Woman [ Strange Kind of Woman - Wikipedia ]」をリリースしたばかりでした。それを演奏していたのです。その演奏は私を驚嘆させました。それは、私が観る初めての大きなコンサートでした。大音量で、とても興奮させられたのです。観客がステージの後ろでカーテンにぶら下がっていました。誰もが辺りのそこら中で跳ね続けているのです。誰一人座っている者はいません。飛び跳ねて、仰け反っているのです。目を疑う様な光景でした。その二週間以内に、ブラック・サバスがそこで公演をしたのだったと覚えています。他のバンドだったかもしれませんが。その時、兄さんが自動車で私を送ってくれたのです。兄さんは「あそこに行くつもりか?」と言ったのです。私は、「もちろん、出発!」と答えました。( 笑う ) ねえ、行ったのです、そう言うことです。」 
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2018年11月26日

Skylarking Blue

 ジョイスの『ユリシーズ』が青いのは、「 Aegean Sea, Greek flag blue 」だからだそう。で、『スカイラーキング』も青いけれど、あれも、ギリシャの青なのか知ら? イラストは、いかにもギリシャ的というか、パルナッシアンだけれど。 

 それで、インターネットを見てたら、丸善雄松堂が復刻版を出した時のものが: ULYSSES(ユリシーズ)
 丸谷才一でも、「わからない所が多くて、手に負へない。」だったんだ、、、 

 この復刻版は、15万円だけれど、『 Skylarking 』も、そんな値段で復刻版が出ることがあるかなあ、、、
posted by ノエルかえる at 21:51| Comment(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Dansette

 パートリッジのtweet: 
0:56 - 2018年11月26日 https://twitter.com/xtcfans/status/1066978967368986624  
「Over the next couple of years I'm planning at least ten vinyl releases on APE with my music on, and that doesn't include any XTC releases.
Put some coal in your Dansette.」 
これからの二年間の間に、私は、少なくとも十枚のビニール盤レコードをAPE からリリースするつもりです。その十枚の中には、XTC のものは全くありません。 
さて、みなさん、貴方がたのお持ちのダンセット・プレイヤーに石炭を放り込んでくださいね。 

Dansette は、イギリスのレコード・プレイヤーのブランド。 
Dansette - Wikipedia 


追記:  と言うわけで、きょうは『 Fossil Fuel 』をオーディオで再生。あれはビニール盤レコードはあるのか知ら? 


27日朝追記:新しく録音していると言うのは、少し前、ヴォーカルを入れていると言うのを書いていただけだと思うので、10枚のビニール盤と言うのは? と思ったのだけれど。EPと言うことだろうとはまず思って、『Monstrance』『Powers』から選んでシングルかEPにするつもりか?とも思ったのだけど、今朝( 27日 )にパートリッジのTwitterに、「After all I don't see anyone on here saying that MONSTRANCE is a must, or that POWERS is a real toe tapper.」とあるのを見て、やっぱりそうなのかなと思った。新作もあるのだろうけれど。
 でも、Clubmen はどうするのだろう? 
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2018年11月23日

Mike Portelly’s film, “The Oceans Daughter”

 パートリッジがTweetにリンクしていたので、Mike Portelly の映画『 The Oceans Daughter 』を、Vimeo で観た。 
https://vimeo.com/242833229
 投稿は一年前になっている。
 パートリッジの音楽は、『 Powers 』の感じ。 
posted by ノエルかえる at 20:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の4

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の3: ノエルかえる不恵留





バーンハート「( 笑いながら ) 貴方は、音楽をかけてそれに沿って演奏練習していたのですか、それとも、自分ひとりだけで練習していたのですか?」
チェンバース「姉は、旧式のモノラルのセットを持っていました、それに、クリフのレコードもです。それで、姉が居ない隙に、私はいつもそれを拝借していたのです。家族全員が働いている間に、私はドラムの練習をしていたのですからね。学校が終わってからしていたのです。レコードをかけて、それで、どうなっているか分かる様になろうとしていたのです。自問自答していました。「このドラマーはあそこで何をしているんだ? ここを叩くとあの音かな? 違う、あの音じゃないよ。」 私は、バスドラムとスネアドラムとトムとそのほかの付随している装備の違いを聴き分けようとしていたのです。それで遂にです、カッ、カッ、カッ、と言う音が分かったのです。スネアでその音が出せるのです。まあ、結局は、イロハのイから順を追って学んでいる様なものですよ、本当ですよ!( 笑う ) 兎にも角にもですね、私は漸く端緒に着けたのです。「ここではドラマーはこの音を叩いている、あそこではこの音だ、それから、ドシン、ドシン、ドシン、と低くどこかで鳴らし続けている」と考えたのです。こうして、私は自分の耳を訓練しなくてはならなかったのです。レコードから聞き分けて、コピーする為にです。 
 当然ですけれど、私が叩けば、小さなレコードプレイヤーの音は掻き消されるのです。ですから、プレイヤーは、聴くということだけのものになるのです。「ちょっと待ってよ、このドラマーはドシン/バシ、ドシン/バシ、ドシンドシン/バシ、と叩いているぞ。」とか、まあそんなところです、そして聴いた後で、それをコピーするのです。いつもそうしていました。少し聴いて、少し演奏するのです。少し聴いて少し叩く。と言うのも、昔のあの当時では、ヘッドホーンとかそうした類の機器のことは、私は噂にも聞いたことがなかったのですからね、可笑しな話ですけれどね。そうしたものは、ずいぶん後になって知ったのです。正直に言いますと、プロになって、スタジオに入るまで、そうした物を見た経験があるとは覚えていません。「ここにあるこの機器は何なんだ? もすごくステレオになってる! お金を貰ったら、きっとこれを買おう!」と思ったのですよ。( 笑う )」 
バーンハート「他のドラマーが演奏するところをそれまでにご覧になったことはあったのですか? つまり、ご存知の様に、一般的にドラマーは右手を左手に交差させて…、」
チェンバース「そこは一つの重要な点ですね、本当に。と言うのはですね、ドラムズキットを家に持ち帰った時なのですけれど、「ううん、いったいどうやって組み立てるんだ?」と思ったのです。店のショーウィンドウに有った時、それがどうだったかを思い出そうとしました。でも、全く見当がつかないのです。考えました。「待てよ。この大きなドラムだけれど、右足でしようか、左足でしようか、どうしよう。」、でもどうも答えが出せないのです。また考えました。「ううん、こっちの方がいいな。」、それが私には自然に思えたのです。人がギターを始める時には、右利き用であれ、左利き用であれ、それぞれありますけれど、ドラムズキットの場合、まあ、汎用ですからね。知っているだけでも、素晴らしい左利きドラマーがいますからね。」 
バーンハート「そうですね。また、定式でないセットをする右利きドラマーもいます、そうすることで、両方の手が動かしやすい様にするのです。」
チェンバース「ええ。右利きドラマーは、左手でハイハットを叩くのですね、それから、他のことも。スクラッチから始めたことを話しましょうか( 笑う )。気が滅入る難業でした。」 
バーンハート「でも、貴方はそれを遣り遂せたのですね。終えて見れば、良いトレーニングだったのではないかと、私は思うのですが。」
チェンバース「ええ、まあ。他に術もなく、「これは上手く反応しないなあ。」と考え込まざるを得なくなります。そうして考えていると、発条があってそれがハイハットを使える様にしていることに気が付くのです。それに、バスドラムのペダルにも、同じ様にバネがあることも分かるのです。発条は調節が出来て、自分の演奏のスピードに合わせて使いやすくすることが出来ることを知るのです。他もそうです。セットを組み立てて、使ってみます、それで、新しい装置を試してみるのです。「思った様な反応がないな。」と思います、それは、その初めてのキットを隅々まで知ろうとする過程の最初の段階に上がったと言うことなのです。 
 それで、今思い出すのですけれど、その時には、私はもっと別なドラムズキットを探し出していたのだと思います。「僕はこのドラムズで楽しくしてる」とは思っていました。でも、その初めてのキットは、ステージに上がるキットではないな、と思っていました。そのドラムズキットではバンドに入るには力不足だと思ったのです。大雑把で使いやすいキットだったのです。」 


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2018年11月22日

パートリッジは聴いている:Raymond Scott

 これもやはり、パートリッジのtweetから: 
13:32 - 2018年11月21日  https://twitter.com/xtcfans/status/1065357421265256448

 Raymond Scott レイモンド・スコットは、1908年生まれ1994年没のアメリカの作曲家。アカデミズムではないけれど、エンターテイメントでもないのかな??? 北アメリカ大陸のエリック・サティの様な位置なのか知ら???  

Raymond Scott - Wikipedia

 Raymond Scott Songbook という出版のホームページ:http://raymondscott.jp/index.html

 パートリッジがtweetで触れていたのは、1950年リリースの音楽劇??? 子供向け 
Raymond Scott Quintet And The Gene Lowell Chorus - By Rocket To The Moon (Vinyl, 10", 78 RPM) | Discogs


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The Raiders「Two Cold Potatoes and a Bottle of Wine 」

 パートリッジが初めてプロデュースしたバンド、曲。 

 パートリッジの今日のtweetで、私は初めて知りました。1980年の仕事。 
10:19 AM - 21 Nov 2018 https://twitter.com/xtcfans/status/1065308855515648000

 discogs には記載がないのかも。 
チョークヒルには:http://chalkhills.org/discog/indexg.html#collaborations

YouTubeには、シングルB面の「 Coffee Coloured Cadillac 」が:https://www.youtube.com/watch?time_continue=4&v=RH9LgG8ij6g

21時 追記、 
Discogs には、1986年リリースと: 
The Raiders - The Raiders | Releases | Discogs
 こちらの方が正しいのかも、1986年には、パートリッジは The Woodentops やDoctor& The Medics をプロデュースしているから。
 それで、ロカビリーをプロデュースしたというのを当時聞いていた様な記憶もあった様な気も、、、忘れてしまっていたのか、知らなかったのか、、、 
posted by ノエルかえる at 09:16| Comment(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The White Album

 1968年11月22日、ビートルズは、『 The White Album 』をリリースする、今日は記念日、五十周年。

The Beatles | The Beatles

The White Album (The Beatles) – The Beatles Bible

The Beatles (album) - Wikipedia


 日本発売は、1969年1月21日。 

 パートリッジは、「 Rocky Raccoon 」が最初に習得した歌でしたか知ら?  


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2018年11月21日

The Main Squeeze

 これ、ちょっと面白かった: 
The Main Squeeze - "Have a Cigar" (Pink Floyd)
https://www.youtube.com/watch?v=8R6StQfLNbw


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2018年11月20日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の3

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の2: ノエルかえる不恵留





バーンハート「( 笑いながら ) そうですか。それで、お父さんには、貴方にして欲しいと思っていらっしゃった楽器が何かあったのでしょうか?」
チェンバース「いえ。父は音楽のことに関しては…、そうですね、実際なかったですよ。そう、いつも、ハーモニカは吹けると言い張っていました。ですが、父が吹いているところを見た覚えはありません。父はある意味では音楽にとても興味を持っていたのだろうと、今の私は思います。でもそれは、数杯のビールを飲んでの歌う歌という範囲だったのでしょう。( 笑う )」 
バーンハート「ご両親は、家庭内で音楽を演奏するということはまるでなかったのですか?」
チェンバース「いいえ、本当になかったです。音楽的な家庭ではありませんでした。パートリッジの家とは違います。あの家の戸主はドラマーでした。当然、事ある毎に私を叱責していましたよ。アンディの先代は、ジャズ・ドラマーだったのです。とても良い人でした。実際に演奏しているのを見る機会はありませんでした。でも、どちらかと言えば、ブラシを使うドラマーでした。「ミルクを掻き混ぜる」と私たちは形容していました。実はです、私の母方の祖母は、ハープを弾いていました。ウェールズ人だったのです。それで、ハープを弾いていたのです。母はそう言う所で生まれたのです。また、そこはスコットランドの要素も同様にあったのです。ですから、私は、バグパイプを、あるいはスコットランド的な他の何かの楽器を始めるべきだったのでしょうね。( 笑う ) ですがね、ポピュラー音楽では、バグパイプにはそれほど需要がないのです。勿論、ロッド・ステュワートかアレックス・ハーヴェイと一緒に演奏が出来ると言う幸運に私が与るとすれば別ですけれどね。そうすれば、ステージに上がれるでしょうけれど。でも、そんなことはとても稀なのです。」 
ロッド・スチュワート - Wikipedia
Alex Harvey (musician) - Wikipedia
バーンハート「( 笑いながら ) そうですか、それでは、どのようにしてドラムズに変わっていったのですか?」
チェンバース「ある日、街へと歩いていたのですが、その頃、土曜日には街で早朝上映があったのです。みんなそれを観に行っていました。楽器店の前を通らないと映画館には行けなかったのです。その時、ウィンドウに置いてある燦然と輝くドラム・キットを私は目にしたのです。古いブロードウェイでした。[ John Grey Broadway drum だと。例えば、YouTubeに:https://www.youtube.com/watch?v=54aISj2Y_YM ] そのドラムが何故そこにあったのかは、神のみぞ知るです。とても美しく見えました。青くて、クロム鍍金されていてピカピカ光っていました。それが幾らかだったかは、今は思い出せません。けれども、ピアノよりは相当に安かったです。( 笑う ) 当時、週に三日、夜に食料雑貨店の棚に商品を並べると言う仕事を兄から引き継いでいたのです。それで、私が普段使えるよりも多くの金を得ていました。紛れもない、へそくりを作っていたのです。ちゃんと覚えてないですけど、40か50ポンド貯めたのです。ドラムキットを入手するには十分でした。[当時は固定相場で、1ドル360円、1ポンドが2ドル80セント。なので、1ポンド1008円。] それで、「ちぇっ、糞ったれ、俺は父さんが要らなくなったよ、自分で金を持ってるもん。自分でドラム・キットを家に持って帰るつもりだ。家に置くんだ。」と思ったのです。( 笑う ) 基本的には、こうやって事を運んだのです。ですが、母とお隣さんに一騒動こさせずにはいられない様にしてしまいました。お隣りは、退職した教師でした。それで、私が演奏と言うかそう言うことを始めると、或いは、試行と言うか勉強と言うかですね。元先生は、私たちのうちの玄関に面した庭に出てきて、ビスケットのブリキ缶を何か棒状の物で叩きながら、ご自宅の庭をあっちからこっちへこっちからあっちへと行進を始めたのです。「ちゃんと叩けないなら、これに合わせない。」と態度で示していたのです。ええと、私が言っていることがお分かりになるでしょうか? 私は、「何なんだ、聞きやしないぞ」と思ってました。それに、お隣さんが何をしているかも気が付かなかったのです。で、到頭、母さんがこう言ったのです。「お聞きないさい。どうなるか知りませんよ。あなたはこんな反応を引き起こしてしまっているのですよ。お隣りさんがあなたに加わってしまっているじゃありませんか。」 ( 笑う ) とんでもないことでした。」 
バーンハート「( 笑いながら ) そうですか、それはつまり、あなたは、観客に参加を促したと言うことですね。それは、いい兆候です。」
チェンバース「( 笑う ) そうですね。でも、反対するからそうされていたのですからね。「この子はこんな騒音を出してはいけない。私が、ビスケットのブリキ缶でこの子を屈服してしまおう。」と言うのですよ。今でも、先生が音感があったとは思いません、でも、私のしたことで、先生は音楽的な楽音を何とか出すことができる様になってしまったのです。母さんは先生と私のドラムのことで話し合ったのだと思います。それで、先生は、この悶着には自分に勝ち目はないだろうと悟ったのです。と言うのはです、私が最善でさえも非音楽的な音を出してドラムを叩きまくるのは、昼間に、自宅の居間に限られたことだったからです。つまり、先生は、庭に出て一人相撲を取っていると言うことになっていたのです。それに、先生はドラムについて私の様には興味を持っていなかったことは明らかです。ですから、騒音問題と、音楽的問題との双方で、私は先生に勝ったと言うことになるのかもしれませんね。」 

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2018年11月17日

パートリッジは観ている:Vynález zkázy

 パートリッジのtweet:14:07 - 2018年11月16日  https://twitter.com/xtcfans/status/1063554157460799489
カレル・ゼマンの映画『 Vynález zkázy / An Invention for Destruction / 悪魔の発明 』( 1958年 )を観ていると。 

 カレル・ゼマンは、チェコスロバキアのアニメーション作家。 
カレル・ゼマン - Wikipedia
『悪魔の発明』は、ジューヌ・ベルグの原作。 

Vynález zkázy (1958) - IMDb
悪魔の発明 - Wikipedia

 パートリッジは、これまでにも、チェコの人形アニメーション作家、Jan Švankmajer ヤン・シュヴァンクマイエルが好きだと言っていたけれど。いっそのこと、イギリスを出国して、チェコに移住すればいいのに。 

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2018年11月16日

ところで

 TC&I の追加公演は、18日と20日だけれど。これまでの公演や、追加公演に、ママー・スーツで出掛ける人はいたのだろうか、いるのだろうか? ママー・プレイにはまだ早いけど。
 セットリストには、『ママー』からの歌は、「ワンダーランド」だけだったけれど。「In Loving Memory of a Name」も演奏して欲しいとは思うけれど。
 と思ったのは、ニュースでポール・マッカートニーの来日公演の様子を放送した時に、ペッパーズの軍服の扮装をしている人を見たのを思い出したから。


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バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の2

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の1: ノエルかえる不恵留

バーンハート「それらは、もっとメインストリームのものですね。」
チェンバース「ええ。キンクスには、危険な切れ味がありました。私はこう思ったのです。「ここに、別の道がある。」 それらの曲は、当時の流行曲とは違っていました、私はそう思っています、それでです、私がラジオで本当に何かに興味を惹かれたと言うのはそれが初めてだったと言っていいでしょう。「ゲゲゲ、切れ味がある、何だか恐ろし気な所がある、際どいものがある。」と思ったのです。私が音楽に興味を持ったのはその時だったと思います、本当です。 
 その次の潮目は、’69年ごろです。私の人生の転機だったのです。スポーツに対する面白みが薄らいで来ていました。音楽と女性に興味が湧いていたのです。女性とサッカーよりは、女性と音楽の方が合っているものです( 笑う )。’69年には、驚くほどの数のバンドがいました。そのどのバンドも、レコード会社との契約を得ることが出来ているように見えました。有り余るほどの音楽があったのです。その時期、音楽はそれまでと違った角度で捉えられるようになっていました。重々しくなっていました。様々なメッセージが歌詞の中で読み替えられて行ったのです。それにです。ヘンドリックス的なことが全体で起こっていたのです。まるで、冗談話のようでした。誰かがギターを弾くのではなくて、叩き回しているのです。( 笑う ) そして、実験するのです。ギターとは、六本の弦があって和音と関係しているものではないのです。それは、N次数の世界を拓くのに活用されるものなのです。」 
バーンハート「ええ、あの頃のことをよく覚えています。貴方は、私の兄と同じくらいの年齢なのですけれど、私より五つ上の兄です。大きくなったら、どうにか兄さんのようになりたかったのです。それで、兄さんがそれらのアルバムを家に持って帰ったことを覚えていますよ。それで、それらのアルバムを聴いていて、兄も、貴方が言われたような事柄で仰天していました。ギターを手に取って、何か特別なことをするのですね、色々なことをしていたのです。」
チェンバース「ええ。私の兄は、二つ上でした。それで、兄から受けた影響もあります。ああ、十歳を過ぎたばかりの年頃だと、二歳年上というのは、二十歳年上と言うのと同じでしょうね。お分かりになりますよね。貴方は、五つ年上のお兄さんがいらっしゃるのだから、明白にお分かりになるでしょう。 
 兄さんはそうした音楽を発見して行ったのです。一方、姉さんは、十二歳も年上でしたけど、クリフやトミー・スティールのようなタイプの音楽が好きだったのです。それにビートルズも、私にはちょっと分からないけれど、姉の世代のものだと私は見做しています。けれども、何年かを経て、ビートルズの面々が成したことがなければ、おそらくは、私が聴いていたキンクスやゼッペリンズの様な音楽は生まれなかったであろうと言うことを、十全に理解したのです。ですが、その時点では、ジグソーのそのピースを合わせることは出来なかったのです。 
 私は、数あるものの中で、ピアノを弾きたいと思いました、ピアノを習いたかったのです。父はこう言いました。「ふうん、うちでは買えない、だから、おまえはピアノを習う様にはならない。」 こう言うのは、小さな電気式ピアノではなくて、勿論、一個の独立した家具の様なアコースティックのピアノのことを父は考えていたのです。父からすれば、ピアノは、大きな家具に他ならないのです。( 厳格な父の声を真似て ) 「どの部屋にも合わない。うちに入れられない。大きすぎるだろう、おまえはピアノをやり続けるなんてないだろう、そもそもうちにピアノが置かれることはない。」 まあ、こんなところでした。それに、父は、ピアノを弾くなど女々しいことだと見做していたのだと、今の私は思っています。その上、父は、おおざ…、ええ、酒豪でした。二年ほど前に父は亡くなっています。神よ、父の魂を安らかにし給え。父は、ビールが好きでした。その点では、私は父の跡を付いて行っているのですが。( 笑う ) 父が二日酔いで起きた時には、いつも、生卵を器に落として、少しばかりのウスターシャソースを垂らし、それを一飲みにしていました。それが父の二日酔いの治療法でした。( 笑う ) 前の晩には酔って自動車を運転して帰ってきたのは明白だったのです。どうしようもないタクシー運転手でしたよ。( 大笑いする )」 
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2018年11月14日

多田智満子とミシェル・ポレナレフ

 ミシェル・ポルナレフの1975年の来日コンサートの時のパンフレットには、多田智満子がエッセイを書いていたと知りました。と言っても、そう書いてあるブログを読んだだけだけれど。 
https://ameblo.jp/0181taku/entry-12181920180.html
 なんだか大変なことだなあと思う。XTC にすれば、1979年の一度だけの来日コンサートのパンフレットに、天沢退二郎が宮沢賢治に関連付けながらエッセイを書いているという感じだろうか。そんなことは無かったけれど。 
 


17日訂正、 
なぜか、井戸だけになってました、、、一度だけに訂正
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2018年11月13日

Kenny Stroud

 サッカー選手 Kenny Stroud ケニー・ストラウド。スウィンドン・タウン・フットボール・クラブで長く活躍した選手。 

 Wikipediaに、TC&I の「 Kenny 」は彼のことだと言われている、と記述されている。 
Kenny Stroud - Wikipedia

YouTubeの Swindon Town F.C. のチャンネルから、1979年1月29日の対 Everton F.C.戦で、ケニー・ストラウドが同点のゴールを入れた映像。エヴァートンは、リバプールのチームで、ファースト・デヴィジョン( プレミアリーグ )。スウィンドンは赤いユニホーム、ストラウドの背番号は4番。

https://www.youtube.com/watch?v=B2DW0rysXpg



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バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の1

 トッド・バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー。2002年5月15日に行われたのだろうか? チョークヒルのアーカイブには、7月5日の日付に。 
 タイトルは、「 Senses Working Over Time (or, How Terry Chambers learned to stop worrying about XTC and love the drums again) 」。 
 18,000語あまりの量なので、XTC 以前のことについての、最初の5,000語弱の部分を何回かに分けて。その後のパートは、いずれ。 

Chalkhills: "Senses Working Over Time", July 5, 2002



バーンハート「さて、始まりから開始しましょう。貴方はスウィンドンで育ったのですが、それについて…」
チェンバース「何とまあ、そんな昔に話を戻したいと? ( 笑い )」 
バーンハート「ええ、もちろんですよ、私は貴方たちのバイオグラフィーを読んだことがあるのですが…」
チェンバース「そうね、バンドが出来るまでの通史、バンド以前史は、全くの無誤謬ですよ。言いたいことがわかりますか? 誕生の日付、通った学校、両親の名前、居住していた場所、そういう類のことは、どれも、正鵠を射ています。そう行った事柄について私が異議を唱えて来たとは思いませんね。」 
バーンハート「育ち盛りには、フットボールに夢中だったのですよね?」
チェンバース「サッカーです。スウィンドン・タウン・フットボール・クラブのトライアウトは、実際に受けました。チームは今では、プロのチームになっています。セカンドディビジョンに入っていますよ。[ 2004年の改定で、プレミアリーグ/フットボールリーグに名称が変更。フットボールリーグ - Wikipedia ][ スウィンドン・タウンFC - Wikipedia ] 結果はどうだったか、今は覚えていません。半々というところではなかったのでしょうか。もし、チームに入っていたら、別の未来があったのでしょう。ところがです、ちょうどその頃というのは、私が14歳になった頃なのでした。お分かりでしょうけれど、その年頃は、「人生の大航海時代」なのです。一人の人格として、自分を把握しつつある年頃なのです。サッカーは、私が7歳の時からしていたスポーツでした。14歳になった時には、人生に於いて、別の物事が起こり始めるのです。女の子をいそれまでとは違った見方で見るようになってしまいます。それまでしていたように、しかめっ面をして嫌がらせたりしないのです。他の旧友の男のたちのように押し倒したりはし難くなりますよね。そういうことです( 笑う )。私がラジオを聴き始めたのは、その頃だと思うのです。1968年69年頃ですよ、そう思います。その頃、音楽シーンには、たくさんのヘビー・メタルの曲が登場してきたのです。ザ・ゼッペリンズ、ザ・ディープ・パープルズ、ザ・ブラック・サバスズ、その他です。[ バンド名は、チェンバースの言い方をそのまま。 ] 私の音楽に関する思い出の最初のものは、休みの日のデヴォンかどこかに出かけた時の事だと覚えています。イングランドがワールドカップで勝った頃です。[ 1966年にイギリスでW杯が開催されて、イングランドが優勝している。デヴォンは、コーンウォール半島にあるので、スウィンドンからはとても遠いのだけれど? ] と言うのはですね、父と私は、当時、貸しラジオ屋の店頭で、ラジオを通じて試合を観戦していたのです。[ 戦前から、イギリスの南部には、ラジオをレンタルする会社があったらしい:Radio Rentals - Wikipedia ] 貴方に分かりますかね。あの頃はですね、ベッド・アンド・ブレックファーストに泊まれば、テレヴィジョン・ルームと言う部屋があって、たった一つだけテレビ受像機が置いてあったのです。そこでなら、試合中の様子を見られたわけです。各部屋にテレビがあると言うのではなかったのです。それですから、1966年のワールドカップを私たちが観ようとすれば、高級住宅街に行って、お店のショーウィンドゥでレンタル・テレビを見つけ出さなければならなかったのです。そこで試合が見られたのです。( 笑う ) そこには、大勢の人がいましたよ。お祭り騒ぎでした。本当に、奇妙な様子でした。当時のヒット・ソングで、私に影響を与えたのは、キンクスの「 You Really Got Me 」でした。琴線に触れたのです。突然でした、クリフ・リチャードやトミー・スティール以外の曲があることを知ったのです。私は…、」 
クリフ・リチャード - Wikipedia
トミー・スティール - Wikipedia



バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の2: ノエルかえる不恵留
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の3: ノエルかえる不恵留
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の4: ノエルかえる不恵留
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の5: ノエルかえる不恵留
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の6: ノエルかえる不恵留
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の7: ノエルかえる不恵留
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2018年11月12日

パートリッジは聴いている:いろいろ

 パートリッジは、誕生日ということで、Twitterに好きな歌をたくさん並べていた。その中から興味深いものを。 

The Pipkins の「 Gimme Dat Ding 」。イギリスのノベルティーのグループ。The Pipkins - Wikipedia
「 Gimme Dat Ding 」は1970年のリリース。

カエターノ・ヴェローゾ Caetano Veloso の「 Haiti 」。 ヴェローゾは、ブラジルのポピュラーソングの作曲家。
カエターノ・ヴェローゾ - Wikipedia
「 Haiti 」は、1993年リリースのアルバム『 トロピカリア2 』の冒頭曲。

Culture の「 Iron Sharpening Iron 」。Culture はジャマイカのレゲエ・グループ。 
「 Iron Sharpening Iron 」は、1978年リリースのアルバム『 Harder Than The Rest 』の中の曲。 
Culture (band) - Wikipedia


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11月11日が誕生日の人

 ヴァン・ダイク・パークスは、Twitterで、その日の誕生日の人を並べてるのだけれど、11月11日誕生日の人には、ドストエフスキー、エドゥアール・ヴュイヤール、ジョージ・パットン、カート・ヴォネガット、ジョナサン・ウィンタース、モーズ・アリソン、バーバラ ボクサー、クリス・ドレヤ、を挙げていた。アンディ・パートリッジはなし。 
 でも、11月10日生まれのラッセル・ミーンズは、パークスの使っている写真だと、パートリッジと感じが似ている。ラッセル・ミーンズは、ラコタ・スー族の人。 
ラッセル・ミーンズ - Wikipedia

パークスのtweet: 
https://twitter.com/thevandykeparks/status/1061275962472456192


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2018年11月11日

「さよなら、テリー・チェンバース」記念日

 1982年11月11日、アンディ・パートリッジは、XTC のリーダとして、ラジオで、テリー・チェンバースの脱退を公表。今日は記念日。 

 それで、今年は、1982年4月3日にサンディアゴでXTC のコンサートに出演して以来、36年振りに、テリーがコリンとステージに立った年。 



 それから、11月11日は、フョードル・ドストエフスキーの誕生日。( ユリウス暦だと10月30日。 ) 1821年生まれ、197歳。  

 それから、世界平和の日。  


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2018年11月10日

Hope Diamond

 1958年11月10日、宝石商ハリー・ウィンストン Harry Winston は、XTC の歌「 Dear God 」でも歌われたホープ・ダイヤモンド Hope Diamond をスミソニアン博物館に寄贈した。 
 「 Dear God 」: Did you make disease, and the diamond blue?

 なので、今日は、「 Dear God 」。

Hope Diamond - Wikipedia

Harry Winston - Wikipedia


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The Impossible Book

 パートリッジが9日のtweetで、一昨年のピーター・ブレグヴァドさんのラジオドラマのことを書いていた。 
5:20 - 2018年11月9日 https://twitter.com/xtcfans/status/1060884827426172928
 さて?? CD化されるのだろうか??? 
 パートリッジは、車掌役ではなかったか。
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Queen『 Jazz 』記念日

 1978年11月10日、クイーンは、アルバム『 Jazz 』をリリース、今日は記念日。40周年。
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2018年11月08日

Chocolate Paper

 きょうは、Led Zeppelin の四枚目のスタジオ・アルバム『無題』がリリースされた日だそう。1971年11月8日にリリース。最も売れたアルバムのうちの一つ。 


 なので、アンディ・パートリッジ「 Chocolate Paper 」
https://www.youtube.com/watch?v=DF_bzCjtjXQ

http://chalkhills.org/reelbyreal/s_ChocolatePaper.html
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2018年11月07日

山彦節子

 河東節の山彦節子さんの訃報があった。10月30日に亡くなったそう、享年98。 


 リチャード・カーペンターは、フルオーケストラを使った新しいアレンジでカーペンターズの歌を再録音したそう。 
https://www.universal-music.co.jp/carpenters/news/2018-11-02-release/


 『スカイラーキング』をリチャード・カーペンターがアレンジしてプロデュースしたら、どんなだっただろう、、、
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2018年11月05日

Mark Thomas

 パートリッジがtweetの中で、「 My friend illustrator 」と呼んでいた、Mark Thomas 。 
6:24 - 2018年11月4日 https://twitter.com/xtcfans/status/1059088977003769857

 ファンマガジン、Little Express の復刻版『 The XTC Bumper Book of Fun for Boys and Girls 』の表紙も描いた人。 1950年代風のイラストを描く人。経歴はよく分からない。 
パートリッジがリンクしている、トーマスさんのweb ページ: 
Mark Thomas Illustration: Welcome

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『 Waxworks / Beeswax 』記念日

 1982年11月5日、XTC はコンピレーション・アルバム『 Waxworks / Beeswax 』をリリース、今日は記念日。今年は36周年。 
Chalkhills: XTC: Waxworks / Beeswax

 同じ日に、ジョージ・ハリソンの『 Gone Troppo 』がリリースされている。 
 それから、三日後の8日に、同じ様なアルバムがリリースされている。それは、 ABBA のシングル集『 The Singles: The First Ten Years 』。大ヒット。 
The Singles: The First Ten Years - Wikipedia


記事は、去年のまま。 

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2018年11月04日

Torch Ladies

 Facebookの TC&I のファンのページで、管理者( だと思うけれど )の Kieron Bowker さんが、「 New EP! Exclusive Gig Blueray! 」と書かれているので、新しいEPと、ライブのBlu-rayが予定されているのだろう。 
 実現されれば、とても嬉しい。 

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2018年11月03日

みかんの日。

 いい天気。11月3日はみかんの日だそう。
 
 バーンハートさんのインタビュー、「 The Meeting Place 」は終わったので、次はどうしようかと思っている。『 Black Sea 』のノートは、拡大コピーしないと読めないし。バーンハートさんの他のインタビュー、例えば、『 Apple Venus 』は丸でしてないし。『コンプリケイテッド・ゲーム』に採られてないアンディーのインタビューもあるし、コリンの「 Frivolous Tonight 」も。それで、気が付いたのは、「 Easter Theatre 」のインタビューがないこと。私のパソコンにも残ってないし、チョークヒルのアーカイブにもない。そもそもインタビューしてないのか、公開してなかったのか。テリー・チェンバースへのインタビューもあるけど、あれはとても長いので、まずは、最初のXTC までの部分だけでも訳してみようかと思ったり。『 The Big Express 』についてのインタビューでも、「 All You Pretty Girls 」「 You're the Wish You Are I Had 」「 Train Running Low on Soul Coal 」は『コンプリケイテッド・ゲーム』に採られてないし。このブログでもまだ訳してなかったし。 




と、アンチョコって、ステージに関してなら、prompt でいいのではないか知ら、、、  辞書には crib ともあるけど、
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2018年11月02日

11月

 11月になったから、マリオン・ブラウンの『ノヴェンバー・コットン・フラワー』を聴く。 

 YouTubeには、いくつかの TC&I のライブのビデオが投稿されていたので見た。コリンの緑色のような上着は、『 English Settlement 』色なのか知ら。Jonathan Buckett さんがライブの様子を撮影してないか知ら。Swindon ViewPoint で放送したりとか、、、 Blu-rayになるとか、、、 
 まだ11月18日と20日の公演もあるし。 

 デビット・バーンが、10月21日からイギリス・ツアーをしていたけど、スウィンドンに立ち寄って、コリンに会うとかなかっただろうなあ、、、 

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2018年11月01日

TC&I – Swindon Arts Centre (October 29, 2018)

 TC&I のコンサートレビュー、もう一つ: 
TC&I – Swindon Arts Centre (October 29, 2018) - Neon FillerNeon Filler

 こちらでは、セットリストが書かれている。 

 気付いたことは、『 The Big Express 』の歌は採り上げられていないこと。「 Wake Up 」「 I Remember the Sun 」「 Washaway 」のどれも。それに、デュークスの歌も。『 Apple Venus 』からも、「 Say it 」を採ってはいるけれど。
 毎日同じ曲目かどうかは、まだ分からないけれど。  


 それから、BBCの地方ニュースにも、TC&I のコンサートのことがあったけれど、単独の記事としてリンクはできないようだから。「 XTC duo return to rock Swindon 」という見出し。 

posted by ノエルかえる at 21:08| Comment(0) | Great Aspirations | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする