2020年01月30日

バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」1

 アンディ・パートリッジとトッド・バーンハート Todd Bernhardt さんの対談、「 All You Pretty Girls 」について。
 2007年3月4日にMySpace に公開のもの。MySpace にはもうありません。今は、チョークヒルのアーカイブにあります。 
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "All You Pretty Girls"  





バーンハート「先週は、デュークス以外の貴方たちのビデオをどれくらい貴方が嫌悪しているかと話して下さいました。でもです、私は、「 All You Pretty Girls 」のために貴方たちが制作したビデオがとても好きなのです。」
パートリッジ「とてもお金が掛かったビデオです!」 
バーンハート「と言うと?」
パートリッジ「そうですねえ、40,000ポンドくらいだったかと思います。[ 1984年の対ポンドは、最高値が350円くらい、最安値が289円くらい。ビデオが制作された8月の終わりは、315円くらい。12,600,000円。 GDP比較だと、現在の日本のお金の価値はその0.98倍。なので、12,852,000円くらい。1985年当時、自動車のJaguar XJS が7000ポンドから10,000ポンドくらいだったらしい。1984年のトーキング・ヘッズの映画『 Stop Making Sense 』の予算は120万ドル。]」 
バーンハート「船乗りのセイラー服だけで?」
パートリッジ「( 笑う )、帽子のためだけですよ。私たちがしようと考えた中で断然高額だったです。」 
バーンハート「勿論、シングルがとても上手く出来たので、その費用は正当化されたのですね。」
パートリッジ「( 笑う )、そうでしょうね、私たちはこの歌の後に、二枚程のシングルも出しました。あの当時というのは、バンド、歌手はビデオを創らなければならなかったのです。ですがね、ビデオを創ると言うことについては、頑なな考え方をする人がいたのです。私はよく覚えていますよ。ヴァージン社の私の敵の筆頭はですね、ビデオ課で管理をしていた女性なのです。彼女の名前を言うつもりはありません。彼女を怒らせたくはないですから、でも、彼女は、その女性が誰だかは分かるでしょうね。私は、いつも、ビデオの構想を彼女のところへ持って行ってたのです、それで、彼女はそのどれもに「駄目」と言いました。 
 私はひどく気落ちしました。と言うのはですね、その構想の多くが、他のバンドたちによって実現されて行ったからです、しかも、賞を取って行ったのですよ! 一度ですが、何もなくて透明なビデオを作りたいと言うアイデア[ a blank and white ]を持ち込みました。そうすると彼女は、( 早口で )「莫迦らしい!」。「カラーテレビで、誰が白黒のビデオ[ a black and white ]を見るの?」[ 原文では、パートリッジの言葉はa blank and white、女性はa black and white となっている。 ] その後ですね、多くのバンドが白黒のビデオを作り始めたのです。誰もが白黒ビデオはとってもスタイリッシュで本当にきれいだと考えたのです。皆んなは、こう言って称賛し始めたのです。「これは、ドイツ表現主義を志向しているのだ。」とかそんなことです。そうして私はと言えば、( 怒った声で )「これだものなあ、僕は白黒のビデオを作りたかったんだあ、でも、会社はさせなかったんだあ!」 
 それと、楽器を持って水の中に入って、と言うビデオを作りたかったですね。」   




1月31日追記: 
a black and white のところ、私が記事をコピーしたのが、2011年12月6日になっています。これは、MySpace からだったのかどうか忘れましたけど。 
いま、チョークヒルのアーカイブの記事を見ると、パートリッジの言葉も I brought up that I wanted to do a black-and-white video,となっているので、
間違いだったのだろう。  






バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」2  
バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」3 
バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」4 
バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」5 
バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」6 
バーンハート、パートリッジ対談「 All You Pretty Girls 」7 


posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | The Big Express | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

The Beatles 「 Things We Said Today 」訳

 ポール・ビートルの歌「 Things We Said Today 」、
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Things We Said Today | The Beatles  
https://www.youtube.com/watch?v=NItAlTsPuQg

 



ほら、今きみは言ったね、ぼくが死んでしまっても、きっと愛してるって。 
ねえ、今きみは言ったよ、ぼくのことずっと思ってるって。 
       それを、天国のぼくもわかる筈だって。 
ああ、反対に、ぼくがひとりのこされたら、 
きみには側にいるって感じさせて欲しいな、 
そうして、今、ぼくたちふたりが言ったことを思い出すんだ。 

ほら、今きみは言ったね、この世の終わりまでぼくの妻だって。 
今現代、そんなことを言う女性って、見つけられないだろうね。 
ああ、先のことだけど、ぼくたちも惚けてしまうよね、 
     話すことも少なくなるだろうね、でも、深く愛し合ってるよ、 
そうして、今、僕たちが言ったことを思い出すんだ。 

ぼくのことだけれど、ほんとについてるんだね。 
きみがいつも「愛は愛」というのを聞けてうれしいんだ。 
ぼくらはまだ気がついてないのだろうけど、 
もう、愛はここにあるんだよ、もう十分なんだ、 
ねえ、ぼくの妻にすると言うのはね、ただ一人の妻なんだよ。 
ぼくのこと、ずっと愛してよね。 
ぼくたちは、ずっとずっとだよ。 



posted by ノエルかえる at 15:32| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月20日

『 White Music 』記念日

 1978年1月20日、XTC はデビュー・アルバム『 White Music 』をリリース、今日は記念日、42年前。
日本盤『気楽にいこうぜ』は、3月25日にリリース。 

Chalkhills: XTC: White Music 

同じ日に、ビルボードのNo.1のヒット・アルバムになるスコットランドのソング・ライター Gerry Rafferty ジェリー・ラファティーの二枚目のアルバム『 City to City 』がリリースされている。 

City to City - Wikipedia 

 それから、1978年1月には、パット・メセニー・グループのファースト・アルバム『 Pat Metheny Group 』もリリースされている。 
 ECMからは、1978年にスティーブ・ライヒの『 Music for 18 Musicians 』がリリースされている。月までは分からない。 
Music for 18 Musicians - Wikipedia 

 近藤譲先生は、1978年には、『 Strands I 』と『 A Crow 』を作曲、公演。 


 

ストラングラーズは、5月12日に、三枚目のアルバム『 Black and White 』をリリース。
Black and White (The Stranglers album) - Wikipedia
アートワークは、『 White Music 』と共通するところがあるか知ら?
ワイヤーのデビューアルバム『 Pink Flag 』は、前年の1977年11月にリリース。 
Pink Flag - Wikipedia 
ベイシティーローラーズは、6枚目のアルバム『 Strangers in the Wind 』をリリース。
Strangers in the Wind - Wikipedia

トーキングヘッズは、デビューアルバム『 Talking Heads: 77 』が1977年9月16日、2枚目の『 More Songs About Buildings and Food 』が1978年7月14日。 
サザンオールスターズのデビューアルバム『熱い胸さわぎ』は、1978年8月25日にリリース。 

ブライアン・イーノの『 Before and After Science 』は、1977年12月にリリース。 

posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

MQA/UHQCD

 こういうディスクが出ていたんだ、知らなかった。 

MQA/UHQCD 

ワルツ・フォー・デビイ [MQA/UHQCD][CD] - ビル・エヴァンス・トリオ - UNIVERSAL MUSIC JAPAN  


posted by ノエルかえる at 20:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月18日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート5 の7

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の1
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート2 の1
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の1
バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート4 の1




バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート5の6   





バーンハート「『 English Settlement 』に戻りましょう。「 Snowman 」について話して下さい。あれのパターンはとても粋ですから。」
チェンバース「ええ、確かに。これも、好きな歌に加えて置かないといけませんね。たぶん、「 Life Is Good in the Greenhouse 」と同じ種類の歌だと私には思えます。どうでしょう、違うでしょうか。私はこの種類の曲に面白みを感じるのです。空間が広くとってある曲です。空間を感じさせる曲なのです。そうした曲を演奏するのは楽しかったです。」  
バーンハート「それに、それらの曲では、貴方は特別な組み方のドラムセットを使っています、ロトトムを使って…、」
チェンバース「ええ。それに、他の物も使っていますよ。我々は、スタジオの近辺にあった、普通は楽器としては使わない器物を色々と叩いて試してみたのです。ランプシェードとか、色々な部品とか破片とかですね。「 Towers of London 」もそうです。金床だったり、それに似たものだったりが曲に入っているのです。ちょっと普通では楽器でないものです。」 
バーンハート「さて、ここらで終わりにしましょう。それで、少しばかり、カイさんのことを話して貰えますか、貴方の息子さんですが。カイさんにドラムを教えたのですか?」
チェンバース「ええ、初歩をです。」 
バーンハート「では、その時ですが、カイさんは貴方のドラム・キットを使ったのですか? それとも、直ぐに、カイさんに彼自身のキットを買い与えたのですか?」
チェンバース「中古のキットを買いましたよ。彼が、「やってみたい。」と言ってましたから。私が教えたのはですね、「さてと、ドラムがどうなるか分かるかい。これがこうなる、これがこうなる、ドラムと言うのは目立つものだ。」と言うだけです。兎も角、彼は始めたのです。」 
バーンハート「貴方が忠告したのにですね。」
チェンバース「ええ、どうなのでしょうね、彼はドラムに憑依されたのです。その時には、私はこう考えたのです。「六ヶ月の間だけだろう。六ヶ月経ったら、憑依したドラムは、カイの身体から出ていくだろう。そうしたら、今度はオーボエか何かを始めるかもしれない」。でも、その様なことは起こりませんでしたね。今でもドラムを続けています。カイがドラムをしたことは、今では、私は嬉しく思っているのです。関心事を作ってくれましたからね。私はね、過去の日々を追憶して悲しく思っているのに対して、彼の方は、五年間演奏して…、」 
バーンハート「貴方はもう演奏しないのですか?」
チェンバース「ドラムセットには座る様なことはないですよ、君い、( 笑う )」 
バーンハート「カイさんへ指示することは出来ますよね。それで…、」
チェンバース「私が何かするとすれば、カイが「このドラムをチューニングしないといけないんだけど」と言った時ですね、その時には私は、( 力のない声で )「トントントン、キーキーキー、ドンドンドン」とするのです。ドラムの音が彼の好みの音かどうか確かめられる程の音を出すのです。それを超える様なことはしません。「よし、終わり。」となるのです。 
 でも、うまく行っていますよ。彼らがEPを出すことが出来たので、誰もが喜んでいます。[ Atomica - 39 Flavours (2004, CD) | Discogs ] 願わくは、一つでも二つでもの扉が開き、経歴を開始することが出来ればと思ってます。それに、アメリカに渡って貴方にお会い出来る幸運を得られれば幸いです。」 
バーンハート「それはきっと素敵でしょうね。」
チェンバース「ですが、そうなると、もっと有能なマネージャーを付けないとですね。」 
バーンハート「( 笑う )、貴方は、今、彼らのツアー・マネージャーなのですか?」
チェンバース「ま、似た様なものですかね。ローディーでもあるし、飲み物を運ぶ係でもあるし、サンドイッチも作るし、警備員でもあって‥、」 
バーンハート「( 笑う )、すると、ずっと彼らの背中を見ているわけですね?」
チェンバース「そう、そう。正しい方向へ舵を取ろうとしているのです。私がした様な苦い思いを彼らがしない様にと思ってです。我々が味わった悲劇的な経験から彼らが学ぶことが出来たなら、何かしらは有益でしょう。彼らが我々の経験を考慮に入れるかどうかはわかりませんが、でも、彼らはしっかりした人物たちですよ、警告に耳を貸すのです。私たちはうまく行っています。 
 とは言ってもですね、彼らは若いのです。勿論、自分たち自身の考えを持っています。時には、私が考えを持ち込んだ時に、「ああ、それは僕らも考えましたよ、でも、僕たちはそうすることは絶対ないから。」と言うこともあるのです。( 笑う )、まったくね。その通りなのです。それで、私は隅に引き退って、二本目のビールの栓を開けるのです。そこに座って黙るのです。( 笑う )、さてと、詰まりは、手綱を話す時なのですね、貴方( 笑う )。」  






バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー、全文終わり。
Chalkhills: "Senses Working Over Time", July 5, 2002

誤訳、疑問点を指摘してくださると、しあわせます。 

posted by ノエルかえる at 10:01| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月15日

今日は何の日:アイヴァー・ノヴェロ Ivor Novello の誕生日

 イギリスで最も有名なエンターティナー、ソングライターのアイヴァー・ノヴェロは、1893年の1月15日生まれ。 
亡くなったのは、1951年3月6日。
Ivor Novello - Wikipedia 

「 Rose of England 」も彼の作曲。

 俳優としても活躍し、XTC の歌「 (The Everyday Story of) Smalltown 」にも出てくる、ヒッチコック監督の映画『 The Lodger 』にも出演している。
The lodgers: ノエルかえる不恵留 


 彼の名前を冠した Ivor Novello Awards もあるのだけれど、XTC は、まだ、受賞してない、多分。
https://ivorsacademy.com/awards 
 『 Apple Venus 』でアレンジを担当した、Mike Batt は、1975年に「 The Wombling Song 」で受賞してる。

.

posted by ノエルかえる at 15:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート5 の6

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート5 の5 





バーンハート「では、貴方が演奏するのに、一番お好きな歌は何ですか? あるいは何曲かでも構いませんが。」
チェンバース「私にとってですね。それは、「 Burning with Optimisim’s Flames 」だと思います。「 Senses Working Overtime 」もそうでしょうね。「 Nigel 」もそこに入れていいかと思いますよ。一般の良い反応を得ることが出来た最初の曲ですからね。それを、私のトップ3と言って置きましょう。」 
バーンハート「演奏したくなかった歌というのが、ご記憶にありますか?」
チェンバース「「 English Roundabout 」は、私を苛つかせた歌です。」 
バーンハート「本当ですか?」
チェンバース「ええ。」 
バーンハート「それについては伺いたいですね。貴方は、あの歌ではとても犀利な演奏をしていますから。〈 私がそう言うと、チェンバースさんは笑った。 〉 変わった拍子ですよね。貴方は、ドラムのパターンを二小節に亘って展開しているわけですが、10拍子なんです。偶数ですよね、奇数ではありません。」
チェンバース「ああ、貴方は私よりも詳細に分析していますね! 正直に言って、今は、再生して聴いてもいないですよ。分からないですね。私には、ピンとこなかった曲の一つですから。重要なのは、いつもそうしているのですが、私が反復パターンの一部分を担っていると言うことですね。この歌も反復的ではあったのですが、私にとっては、面白くなかったと言いたいだけです。他にも反復的な歌はありました、それには、私は面白みを感じていたのです。」 
バーンハート「他にも演奏して楽しくなかった歌はありますか?」
チェンバース「( 長く沈黙して ) 「 Melt the Guns 」ですね、あれは本当にその気にさせなかった歌ですね。」 
バーンハート「リムショット[ サイド・スティッキング ] はお好きではないのか知ら。強く叩かないからですかね?」
チェンバース「さあ、どうでしょうか。ピンと来ないと言うだけですねえ。議論の余地はあると今でも私は思うのですよ。ですけれど、議論をすると言うことに対して、私はですね、どうしても首肯出来ないのですよ。私は黙認してしまう質なのです。「ああ、いいよ、いいよ。」と言ってしまうのです。公的見解ですね。大抵、直ぐに別のものを試してみましたよ。 
 ああ、今の二つはいい例だったと思います。二人のソングライターからひとつずつ取り上げましたからね。二人のうちのどちらかを怒らせるようのことはしませんよ( 笑う )。それで、「ぼら、僕が本当に嫌いな曲を、君から一曲、君からも一曲選んだからね。」と言うのです。」 
バーンハート「( 笑って )、貴方は外交官だ、政治家ですね。」
チェンバース「貴方が思い出させたのですよ。正直に言って、全部忘れていたのですからね( 笑う )。しっかりと思い出させてくれましたからねえ、私は、今夜は眠れないでしょうねえ。考えてしまいますよ( 「 English Roundabout 」のオープニングのリフを口で真似る )、今夜は…」 

posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月12日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート5 の5

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート5の4  





バーンハート「貴方達は、「 Beating of Hearts 」と「 Wonderland 」を録音したのですね。」
チェンバース「ああ、その二曲ですね。他の曲もあったかもしれないと思うのですが。その二曲を完成させたかどうか覚えてはいません。でも、その二曲は、我々がスティーブ・ナイと録音したものです。どうだったか…、覚えてないですね。あの時は、あまり楽しくはなかったですね。私は、ヒューにアルバムを制作して欲しかったのです。あの時彼が空いてなかったのだったら、我々は待つべきだったのです、そして彼とアルバムを仕上げるべきだったのです。というのも、『 English Settlement 』の時には、何もかもが私には楽しかったのですから。あるいは、ヒューが以前よりもっと代金を要求したのだったら、それは当然のことだったと思いますよ、人が成功する時はそうなのですからね。私は、彼が成功したと思っています。成功したのだと言うことを、彼は日々証していますよ。彼は、我々の推薦でザ・ポリスと仕事をしたのです。」 
バーンハート「ええ、そうなのですか?」
チェンバース「我々は彼らとツアーをしたのです。そこで、彼らは「相談なんだが、僕たちは今次のアルバムに取り掛かろうとしているのだけれど、君たちは誰か出来そうな人を知らないか?」と聞いてきたのです。我々は、ヒューと仕事をするのは楽しかった、と言ったのです。その結果、彼らはヒューを連れて行って、ヒューは仕事をしたのです。そうして、ヒューはポリスの素晴らしい二枚のアルバムを制作したわけです。明らかにですね、彼の報酬はその度に上がっていったのですよ。ですがね、貴方、彼は我々と一緒にアルバムを創りたがっていたことでしょうね。私がこう言う理由はですね、彼が駆け出しの頃に我々と仕事をした結果として、他の仕事を得られるようになったからですよ。そう思いませんか? 彼の仕方で制作をしていたならば、私はもっと楽しくしていられたでしょうね、私個人はですね、ですが( 溜息 )、時は移ろうものなのです、それまでと違う歌の数々、それまでと違う時代、昔は昔、今は今、…、他のメンバーはそちらへ行ったのです、そして、私は出て行った! ( 笑う ) 
 時はどんな傷も癒してくれます、本当に、私はそう思いますね。私がプラグを引き抜いた‘82年にはちょっとばかり不快な思いがありました、でも、それから二十年余りの歳月があったわけですから、我々は当時よりも成熟して大人になっているのです。…、この歳ではね、もう来世の準備も始めているわけですよ( 笑う )。仲直りしておけばよかったなあ、と思いながら墓場に行きたくはありませんからね。」 
バーンハート「貴方が直近にイングランドに帰ってらした時には、皆さんが一緒になって、いい雰囲気だったのですよね?」
チェンバース「ええ、そうです! 彼らは心から喜んでくれた、と思います。そして、お喋りをして、昔の思い出に耽りました。我々は今でも友人同士であると思います。クリスマスカードや季節の挨拶を交わしていますしね。ああ、「次に貴様にあった時にはな、ピカピカの陽の光を巻き上げてやるからな」なんてことは書いてないですよ( 笑う )。そんなことは、私が死ぬまでありませんよ。 
 私がリハーサル・スタジオから足早に出て行ったその日に、その日の夜ですね、アンディーが電話を掛けて来ました。「君は、今の曲を捨てて、別の新しいもので始めたいと思ってるの?」と言いました。私はですね、「いや、アンディ、君の気持ちはもうその曲に入っているじゃないか、君は自分が行こうと思う方へ行かなくては駄目だよ。」と言ったのです。あのアンディーの言葉は、あの当時の彼がした一番の妥協だと、今の私は思いますよ。彼は精一杯譲ったのです。私の為に彼にそんなことを言わせる決心をさせたかと思うと、とても悲しいです。」 
バーンハート「当時を振り返ってですね、貴方がお好きなアルバムはどれでしょう、伺ってもよろしいですか?」
チェンバース「『 English Settlement 』です。『 Black Sea 』もか知ら。ええ、それらは…、」 
バーンハート「遡りながら考えていらっしゃる?」
チェンバース「ああ( 笑う )、我々は進歩しながら良くなって行ったと思いますよ。」 

posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月11日

ずうとるび完全復活

 ずうとるびが復活するそう、2月に。 
http://www.fj-p.co.jp/FPNEWS.html#zuutorubi 

 すきなんだ、すきなんだ、
posted by ノエルかえる at 18:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Beatles 「 Good Night 」訳

 ジョン・レノンが書いてリンゴ・スターが歌った「 Good Night 」。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Good Night | The Beatles


おしえてあげよう、もう帳がおりる時間だよ、 
ぐっすりねむって、やさしい夜をすごしなさい、 
もうお日様はあかりを消したよ、 
ぐっすりねむって、やさしい夜をすごしなさい。 

パパのことを夢にみなさい、たのしい夢だよ、 
パパはね坊やの夢を見るよ、たのしい夢だよ。 

こっちのおめめもこっちのおめめも閉じなさい、
                パパもそうするから、 
ぐっすりねむって、やさしい夜をすごしなさい、 
もうお月様が輝きだしたよ、 
ぐっすりねむって、やさしい夜をすごしなさい。 

( 囁き声 ) 
柔らかな夜を、芳しい夜を、 
皆様、 
各地、各地の皆々様、 
御休みなさいませ  

posted by ノエルかえる at 14:05| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月06日

John Lennon 「 Grow Old with Me 」訳

 ジョン・レノンの「 Grow Old with Me 」の訳、

引用されているロバート・ブラウニングの「 Rabbi ben Ezra 」の最初の三つのスタンザも共に、 

レノンの「 Grow Old with Me 」は、元にしたのは、John Lennon のホームページの「 Music 」:
http://www.johnlennon.com/music/albums/milk-and-honey/




Rabbi Ben Ezra  

  この年寄りについて来なさい、齢を重ねるのです、 
  若者よ、君はまだ最良の時を迎えてないのです。 
生涯の最後期、その為にこそ、若い時期はあるのです。 
  「全体をこそ私は企てた、若い時とはその半分だ。」 
   と語るあの方、あの方の掌に私たちの人生はあるのです、 
あの方、神を信じなさい、全体を見なくてはなりません、怯んではなりません。 

  花を集めた若者は、どの薔薇が先に咲くだろうか、 
  と言って溜息を吐く、それは違うのです、 
どうして残って後に咲く野の百合が最も美しかったと思い返さないのでしょう? 
  星々に見惚れている若者たちは、木星は消えた、火星も消えた、 
  と惜しんでいる、それは違うのです、 
私が言う星とは、木星も火星も、他のすべての星々を一緒にしたものを 
               遥かに凌駕する輝きから成っているのです。 

  そうした、早く成るものへの憧れ、消えていくことへの恐れ、 
                       それは違うのです。 
  その様なものに短い若い時期を無駄にしてしまうことには、 
私は反対するのです、愚かにも的を外しているのですから!  
  違うのです、私が苦難の末手に入れたもの、 
  それは地上に存在するものなのです、それは確かなのです、 
一瞬の閃光には煩わされることのない、 
           見事なけれども命に限りのある土塊なのです。  




Grow Old with Me

「この年寄りについて来なさい、齢を重ねるのです、 
若者よ、君はまだ最良の時を迎えてないのです。」 
ぼくたちの時が到来した時には、 
ぼくたちは一つになってるよ、 
神様はぼくたちの愛を祝福してくれる、 
神様はぼくたちの愛を祝福してくれる、 
ぼくと一緒に歳をとってほしんだ、
一本の樹の二本の枝なんだ、 
一日が終わった時には、 
沈む太陽に顔を向けよう、 
神様はぼくたちの愛を祝福してくれる、 
神様はぼくたちの愛を祝福してくれる、 

日々を一緒に送っていこう、 
一人の夫と一人の妻として一緒に、 
世界には果てがないよ、 
世界には果てがないよ、 

ぼくと一緒に歳をとってほしんだ、 
運命がどんなことを決めても、 
ぼくらはその運命のおわりまで見届けられるだろうね、 
だって、ぼくらの愛は本物だから、 
神様はぼくたちの愛を祝福してくれる、 
神様はぼくたちの愛を祝福してくれる、  






Rabbi Ben Ezra の原詩: 
Rabbi ben Ezra - Wikipedia 


  Grow old along with me!
  The best is yet to be,
The last of life, for which the first was made :
  Our time are in His hand
  Who saith ‘A whole I planned,
Youth shows but half ; trust God : see all nor be afraid!


  Not that, amassing flowers,
  Youth sighed ’Which rose make ours,
Which lilly leave and then as best recall?
  Not that, admiring stars,
  It yearned ‘Nor Jove, nor Mars ;
Mine be some figured flame which blends, transcend them all!


  Not for such hopes and fears.
  Annulling youth’s brief years,
Do I remonstrate : folly wide the mark!
  Rather I prize the doubt
  Low kinds exist without,
Finished and finite clods, untroubled by a spark.


この詩で、第三スタンザのRather I prize the doubt / Low kinds exist without, / Finished and finite clods, untroubled by a spark.
のところは文脈を取るのが難しいのだけれど、
the doubt と without はつながっている語句だと思う、普通は「 without doubt 」。それを行に分けて行末において視覚的な効果も狙っているのではないかな、と思う。そう取らないと、文脈が出来上がらないので。 
prize の目的語は low kinds なのだと思う。finished and finite clods, untroubled by a spark はそれを説明する修飾句。 
このスタンザでは、享楽的な若者が星を讃嘆していて、ビン・エズラ師はそれとは反対のことを言うのだから、地上のものと言うことになるのだと思う。 




リンゴ・スターの「 Grow Old With Me 」、YouTubeで: 
https://www.youtube.com/watch?v=5wzIz0beyro  

posted by ノエルかえる at 15:46| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月03日

年が進んで

 一月一日になって、角膜の炎症がまた始まって、お医者に行って、 

 テリーのインタビュー、デスクトップにそのまま、開けずにもうどれだけ日にちが過ぎたかなあ、、、 

 、、、ユリシーズの部分訳は、思いついてしたのだけど、、、 

 音楽は、プレイヤーの上に置いたままのブライアン・ファーニホウのCDを掛けただけ、 

 
posted by ノエルかえる at 20:13| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月02日

Sir Walter Raleigh / Walrus

 前の記事の「 chain 」のすぐ前に、ビートルズの「 I'm So Tired 」にも登場する Sir Walter Raleigh の名前が出てくるので:


zoe
(Catches a stray hair deftly and twists it to her coil.) No bloody fear. I’m English. Have you a swaggerroot?
bloom
(As before.) Rarely smoke, dear. Cigar now and then. Childish device. (Lewdly.) The mouth can be better engaged than with a cylinder of rank weed.

zoe
Go on. Make a stump speech out of it.
bloom
(In workman’s corduroy overalls, black gansy with red floating tie and apache cap.) Mankind is incorrigible. Sir Walter Raleigh brought from the new world that potato and that weed, the one a killer of pestilence by absorption, the other a poisoner of the ear, eye, heart, memory, will, understanding, all. That is to say, he brought the poison a hundred years before another person whose name I forget brought the food. Suicide. Lies. All our habits. Why, look at our public life!
(Midnight chimes from distant steeples.)  

ゾーイ 
( あちこちに跳ねる髪を器用につかまえてコイルに巻きつける。 ) 
何こわがってんの。あたしはイギリス人。粋根っ子もってる? 

ブルーム 
( 前と同じ:[ 引き戻して、平べったくて不器用な手で彼女の右のおっぱいを愛撫する。 ] ) 滅多に煙草は吸わないんだよ、可愛い娘。葉巻は時々ね。子供っぽい器具さ。( 卑猥に ) 臭い草を咥えるよりも、もっと好い使い道がお口にはあるよ。

ゾーイ 
続けてよ、煙草について遊説用の演説でも作っちゃいなよ。 

ブルーム 
( 労働者のコーデュロイの胸当ズボンを履いて、黒い船乗り毛編みを着て、ひらひらのタイを締めて、アパッチ帽をかぶって。 ) 人類は矯正出来ないのですぞ。サー・ウォルター・ローリーがあのじゃがいもと草を新世界から持って来のです。最初のものは、体内へ吸収されることで疫病を死滅させましたぞ、ですが、後の方はですね、耳にも目にも心臓にも、それに、記憶にも意志にも理解力にも毒になるのですぞ、何もかもに毒なのです。すうなわちい、この人物が、食物を持ち込んだもう一人の人物、名前を失念しましたが、その人物よりも百年も前にあの毒を持ち込んだのですぞ。自殺ですぞ。偽るのですぞ。私どもの習慣のすべてです。私ども一般人の生活をご覧なさい! 
( 遠くの尖塔から真夜中の鐘の音 ) 


それに、「 Walrus 」も出てくるので: 
zoe
(Spouts walrus smoke through her nostrils.) He couldn’t get a connection. Only, you know, sensation. A dry rush. 
ゾーイ 
( 鼻の穴から煙のセイウチを吹き出して ) 彼挿入できないのよ、分かるでしょ、気持ちだけ。空のプッ。  



3日追記: 
訳を加えました。
posted by ノエルかえる at 21:16| Comment(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

chain

 「 Mayor of Simpleton 」の歌詞に使われている「 chain 」だけれど、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の中でも使われている。エピソード15の「キルケ」の幻視劇の中で、ブルームがダブリン市長になるところ。 

the chimes
Turn again, Leopold! Lord mayor of Dublin!
bloom
(In alderman’s gown and chain.) Electors of Arran Quay, Inns Quay, Rotunda, Mountjoy and North Dock better run a tramline, I say, from the cattlemarket to the river. That’s the music of the future. That’s my programme. Cui bono? But our buccaneering Vanderdeckens in their phantom ship of finance...
an elector
Three times three for our future chief magistrate!
(The aurora borealis of the torchlight procession leaps.)
the torchbearers
Hooray!

鐘の音 
「帰ってくるんだ、レオポルド! ダブリン市長!」 
ブルーム 
( 首長の正装服を着て、鎖を着けて ) 
「アラン・キー、インズ・キー、ロータンダ、マウントジョイ、並びに北埠頭の有権者の皆さん、市街電車を通しなさい、とわたしは申し上げるのですぞ、牛市場から河まで通しなさい。あれは、未来の音楽ですぞ。それがわたくしの計画なのです。Cui bono? [ キケロの演説「ロスキウス・アメリーヌス弁護 」から ]  ところが、財政の幽霊船に乗るわたしたちのバカニアたちは…」 
ある有権者 
「みんなの未来の行政の長へ、万歳三唱!」 
( 松明行列の北極光が跳ねる。 ) 
松明を掲げる人々 
「フウウレイ!」  


と、なんだか、「 Mayor of Simpleton 」の歌詞に重なる様な気もする。 
それに、That’s the music of the future 未来の音楽というのは、XTC の様な気もする。 


posted by ノエルかえる at 20:53| Comment(0) | Oranges & Lemons | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月01日

プラテーロとわたし

 こんなCD作品が発売されているのを全然知らなかった! 

 ギタリストの大萩康司さんが、セルフレーベルを作ってリリースした2枚組CD作品。 
 スペインの詩人フアン・ラモン・ヒメネスの詩作品『プラテーロとわたし』にイタリアの作曲家マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコがギターと朗読のために作曲した作品。日本語訳で。 
 ジャケットは版画家の山本容子さん。同時に詩画集も発売に。 

MARCO-001/2 | マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ(1895-1968):プラテーロとわたし | キングインターナショナル 

詩画集 プラテーロとわたし | 株式会社 理論社 | おとながこどもにかえる本、こどもがおとなにそだつ本


以前、山下和仁さんが1997年に録音されている、その時はスペイン語。 
( 持ってた様な気もするけど、忘れた、たぶんない )

posted by ノエルかえる at 17:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする