2017年03月25日

The Beatles 「 Julia 」訳

 ジョン・ビートルの「 Julia 」。 

 内容をとても掴み難い歌だ。一つには、歌の構造が複雑だと言うこと。もう一つには、構造の複雑さとも関わっているけれど、他人の詩からの引用が挿入されていると言うこと。挿入されている詩行は、しかも、ジョン・ビートルによって、改作されてもいるので。 
 使われているのは、ハリール・ジブラーンの作品「 Sand and Foam 」から取られた行。ジブラーンは、1883年、レバノン生まれの、キリスト教徒。1960年代の、「ニューエイジ」の時代に、サブカルチャーの人たちに広く読まれた詩人。 
 「 Sand and Foam 」は、1926年の作品。全部で114篇の散文詩。ジョン・ビートルが取った、行は、35編目。それと、29編目の「 Our mind is a sponge; our heart is a stream. 」も、mind とheart と言う語を並べて使うと言うことで、利用している。 
 それなので、まず、ジブラーンの「 Sand and Foam 」の35編目までを前に置いて、ビートルズの「 julia」をその後に続けてみる。 

 さて、歌の構造の複雑さ。この歌、本来は、ヴァースとブリッジだけなのだと思う。そこに、「 Half of what I say is meaningless, / But I say it just to reach you, Julia, 」と言う行と、「 When I cannot sing my heart, / I can only speak my mind, Julia 」と言う行が挿入されているので。これは、小節数からすれば、ブリッジなのかも知れない、( ブリッジの機能は果たして無いと思うけれど ) あるいは、コーラスなのかも知れない ( コーラスにもなってないと思うけれど )。
 それだから、本来は、ヴァースの後ろに付けるものなのだと思う。本来後ろにあるコーラスをヴァースの前に持って来て、劇的効果を狙うことはあるけれど、それに似ているのかも知れない。
 ただ、繋ぎ方が、まるで切って付けた様に唐突なので、ある種のコラージュの様に、複数の時間の同時性を表現するものなのかも知れない。 
 本来のヴァースは、「 Julia / Julia, ocean child, calls me. / So I sing a song of love, Julia / Julia seashell eyes, / Windy smile, calls me. / So I sing a song of love, Julia. 」だと思う。
 そうして、この歌の感触だけれど、後年の「 Beautiful Boys 」と同じだと思う。つまり、子守唄なのだと。歌われているのは、ジョン・レノンの最初の子供、Julian Lennon なのだと思う。それも、「 Julia 」と言う名前は、ローマ神話でのローマ建国の祖の一人であるユリウスの女性形であって、それは、ローマ神話の最高神、ユピテルをも連想させるものでもある。だから、子供を得た、レノンが、汎宇宙的、汎時間的な感覚を覚えながら、我が子に歌っている様に、私には思える。 
 と言う理由で、ジブラーンからの引用部分での、Julia と言う名前は、ユピテルの呼格だと読んで、そう書いた。( 実際には、ユリアがユピテルの呼格ではないと思うけど。 ) 
 それと、ヴァース部分の Julia も、ジュリアと読むのではなくて、神話を連想させる様に、ユリアにした。
 歌詞は、歌われている順ではなくて、次のように、引用部分はヴァースの後ろにある様にした。

Julia

Julia, ocean child, calls me.
So I sing a song of love, Julia

Julia seashell eyes,

Windy smile, calls me.

So I sing a song of love, Julia.

Half of what I say is meaningless,

But I say it just to reach you, Julia,

Her hair of floating sky is shimmering,

Glimmering,

In the sun.

Julia,
Julia, morning moon, touch me.

So I sing a song of love, Julia

When I cannot sing my heart,

I can only speak my mind, Julia


Julia sleeping sand,
silent cloud, touch me.
So I sing a song of love, Julia.

Mmm calls me.

So I sing a song of love for Julia,
Julia, Julia.   



元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」 :
Julia | The Beatles

Alan W. Pollack's Notes on "Julia"  

それから、ハリール・ジブラーンの「 Sand and Foam 」は、グーテンベルグ・プロジェクト、オーストラリアの
Sand and Foam by Kahlil Gibran   



僕は、この渚を歩き続けるんだ、永遠に。 
高砂子と泡潮海の間を。 
潮流は僕の足跡を消し流すだろう。 
疾風は渚の泡を吹き飛ばすだろう。 
けれども、海と渚はきっと残る。 
永遠に。   

ある時、僕は、霞を手に掴んだ。 
そして、手をひらいて見ると、霞は一匹の蚯蚓だった。 
僕は、また、手を閉じて、また、開いてみた。すると、一羽の鳥になっていた。 
そして、また、閉じて、また、開いた。今度は、手の窪に、人が立っていて、悲しげな顔で上を見上げていた。 
僕は、また、閉じて、また開いた。今度は何もなく、霞だけだった。 
それでも、この上ない甘美な歌を、僕は聴いたんだ。 

ほんの昨日のことだった。僕は、自分を、生命界の中で何の周期もなく震えている一つの破片だと考えていた。 
ところが、今、僕は、僕自身が一つの界であり、しかも、その僕の中で、すべての生命が周期的な破片となって動いているのだ、と言うことが、分かっているんだ。 

目を覚ませている人々が、僕に、こう言うんだ。「君と君が住んでいる世界、でも結局それらは、涯の無い海の涯の無い渚にある、一粒の砂に過ぎないよ。」 
それに対して、眠って夢を見ている僕は、彼等に、こう言うんだ。「僕が、その涯の無い海なんだ。だから、全世界は、僕の海岸の砂の粒々なんだよ。」 

たった一度だけ、僕は、言葉を失ったことがある。それは、ある人が僕にこう聞いたときなんだ。「君は、誰なの?」 

神が最初に考えたのは、天使だった。 
神が最初に発した言葉は、人間だった。 

百万年前では、僕たちは、ただひらひらして漂い回るだけの生き物だった。そして、何か切望していたのだ。そんな僕たちに、海と森の風は、言い表す術を呉れていたのだ。 
現在、僕たちが生きている、このつい最近の音だけで、どうすれば、そんな古代を表現出来ると言うのだろう? 

スフィンクスは一度だけ喋ったことがある。スフィンクスは、こう言った。「一握りの砂は、砂漠だ。砂漠は、一握りの砂だ。さあ、私たち皆を、もう一度、無言にしてくれ。」  
僕は、スフィンクスが話すのを聞いた。けれども、分からなかった。 

私は長くエジプトの塵の中に横たわっていた。黙って、季節の移り変わりも知らずに。 
そうしていると、太陽が私を産んだ。私は、立ち上がり、ナイルの土手を歩いた。 
昼には歌い、夜には夢を見た。 
そして今また、太陽は、私の上、一千フィートの高さで、光を放っている。それで、私はまた、エジプトの塵の中に横たわった。 
けれども、驚異と謎には目を留めよ! 
私を引き寄せる、その他でもない太陽は、私を粉々にすることは出来ない。 
私はまだ直立している、ナイルの土手の上を歩いている足を確かめる。 

心に確かに留めておくことは、邂逅の一つの様式。 

心からきれいに払うことは、解放の一つの様式。 

私たちは、無数の恒星の動きから、時間を計る。ところが、彼の人たちは、小さなポケットにある小さな機械で時間を計る。さあ、教えてくれ。私たちと彼の人たちが、同じ場所で、同じ時間に、どうすれば、会えると言うのかを。 

宇宙とは、銀河の窓からそこを見下ろす人から見た、太陽と地球との間にある空間のことではない。

人間とは、光りの河である。それは、非・永遠から永遠へと流れているのだ。 

天空に住んでいる魂は、苦しんでいるからと言って、人を羨むのではないのか? 

聖都に向かう路で、僕は、別の巡礼者に会った。僕は尋ねた。「本当に、この路は聖都への路なのですか?」 
その人は答えた。「付いて来なさい。一日と一夜で、聖都に着くだろう。」 
僕は、その人に付いて行った。僕たちは、何日も、何夜も歩いた。それでも、聖都には着かなかった。 
僕が驚いたのは、その人が怒りだした、と言うことだった。僕を間違った道に導いてしまった、と怒るのだ。 

神よ、兎を私の餌食にするよりも、むしろ、私をライオンの餌食にして下さい。 

人ひとりは、夜の路を省いて、夜明けに到着することは出来ないものだ。 

僕の家が僕にこう言う。「わたしをすてていかないで。だって、ここにはあなたのかこが今ものこっているのだから。」 
それから、路が僕にこう言う。「さあ、わたしについてきて。だって、わたしはあなたのみらいなのだから。」 
それから、僕の家と路に僕はこう言う。「僕には過去はない。それに、僕には未来もない。僕が家に留まるならば、僕は留まることを続けると言うことだ。僕が路を行くのならば、僕は行くことを続けると言うことだ。愛と死だけが、すべての事共を変えるのだろう。」 

羽毛で眠る人々の夢が、大地で眠る人々の夢よりも、美しくないと言うのならば、私は、人生の正当性への信心を失わずにいられるだろうか? 
可笑しなことに、ある喜びへの欲求は、私の苦悩の一部なのだ。 

僕は、七度、自分の魂に嫌気が差したことがある。 
一度目は、高みに達しようとした時に、怖じ気を見せた時。 
二度目は、腰の立たない人を前にして、足を引き摺って見せた時。 
三度目は、困難と容易を選ぶのに、容易の方を選んだ時。 
四度目は、罪を犯した時、他の人もしていると、自分を安心させた時。 
五度目は、弱さから慎み深いのに、自分の忍耐は自分の力のおかげだと考えた時。 
六度目は、ある顔の醜さを見下した時。しかも、それは自分の仮面だとは知らないのだ。
それから、七度目は、讃美歌を歌い、それが美徳だと考えた時。 

完全な真実について、私は無知である。けれども、私は、無知であるから、謙虚であるのだ。その点に、私の誉れと称賛がある。 

人間の想像力と功績の間では、人は、ただ、切望しながら行きつ戻りつしているだけなのだろう。 

天国はそこにある。ドアの後ろにある。隣りの部屋にある。けれど、僕は、鍵を無くしてしまった。たぶん、置き忘れただけだと思うけど。 

君は目が見えない、僕は耳が聞こえず声が出ない。だから、手で触れ合って、分かり合おう。 

人間である意義は、何を達成したかではなく、その人が実現を切望しているものにこそある。 

私たちのある人たちはインクに似て、ある人たちは紙に似ている。 
だから、私たちの中のある人たちの黒さが無ければ、他のある人たちは唖になってしまう。 
そして、私たちの中のある人たちの白さが無ければ、他のある人たちは盲いになってしまう。

私に耳を下さい、そうすれば、私は貴方に声を上げよう。

私たちの思いはスポンジだ。私たちの心は川だ。 
私たちの多くが、流れるのよりも、吸い取る事を選ぶのは、不思議ではない。  

名付けようも無い恩恵を待ち望んでいる時、何故起こったのか分からない事を嘆いている時、君は、本当に、今よりも大きい自分へ向かって、成長しつつあるすべてのものと一緒に、成長しているのだ。 

人が幻想に酔い痴れている時、その儚い顕現をまさにワインだと思う。 

君はワインを飲めば酔うだろう。僕は、飲めば、前に飲んだワインの酔いから醒めるのだ。  

自分のカップが空だったら、僕は、諦めている。でも、カップに半分入っていると、僕は、半分しか入っていない事に怒りだすのだ。 

その人の本質は、その人が君に明かして見せたものではなくて、明かせなかったものにある。だから、君がその人を理解したいならば、その人の言う事に耳をかさないで、言わなかった事を注意しなければ。 

僕が言う事の半分は意味が無い。それはつまり、僕が明かさなかったもう半分が、君に届いている、と言うことなんだね。




ユリア、 
ユリアが、「うなばらのこ」、と僕を名付ける、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。 
ユリア、 
貝殻の瞳で、 
「どこまでもたなびくほほえみ」と、僕を名付ける、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう、ユリア。 

「私が喋る事柄の半ばは、意味を欠く、 
ただ、意味を欠いた事柄を話す事で、貴方に近づき得るのだ、ユピテル。」 

虚空に棚引く彼女の髪は、 
陽光に、 
揺らめいて、仄めいている。 

ユリア、 
ユリア、毎の朝の月が、僕を感動させる、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。 

「私が己の心情を謡えなくとも、 
思慮を語ることは出来よう、ユピテル。」 

ユリア、 
眠りこんでいる砂や、何も語らない雲が、僕を感動させる、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。  
posted by ノエルかえる at 09:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(ヾ(´▽`)ノオハヨウゴザイマス(o´_`)o)
すばらしいすばらしい「Julia」のご邦訳とご解説、
ありがとうございます☆彡
「Sand and Foam」&「Julia」、HOW BEAUTIFUL TRANSLATIONS !!!
感謝感激感動です♪
(o^o^o)あ(o^-^o)り(o^o^o) が(o^O^o)と(o^.^o)う
Posted by goigoi at 2017年03月26日 04:51
goigoi さん、こんにちわ、
ありがとうございます、
「JUlia」の私の訳は、問題も多いかと思いますが、
これも、一つの見方なのかな、と思って頂ければ、
Posted by ノエルかえる at 2017年03月26日 17:27
(^コ^)(^ン^)(^ニ^)(^チ^)(^ワ^)
とても素敵な「Julia」のご邦訳、目からおちるうろこでいっぱいデス
ありがとうございます♪
ぜひぜひ6月10日の拙ブログに掲載させてください☆彡

Posted by goigoi at 2017年05月17日 12:15
goigoi さん、こんにちわ、
ありがとうございます、 
使って頂ければ、嬉しいですけれど、 
このまま使えますか? 
Posted by ノエルかえる at 2017年05月17日 21:01
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック