2018年05月09日

English Settlement 2016 アンディ・ソング・ノート 1

「 Senses Working Overtime 」 
アンディ: 
 書いている時にはシングルになることを念頭に置いていてそれに出来た時にもシングルになるだろうと幾分かは自分で思っていたにも拘らず、ヴァージン社がこれをシングル候補に挙げた時には、私は驚いたのだった。「寄せ集め」の様な纏まりを欠いた感じが可成りするのではないか、失禁を患った患者の様に、展開[ movement ]が多過ぎるのではないか? 何と申し上げるべきか…、音符が多過ぎるのではないでしょうか? しかし、会社はそれを選んだ。そう、私は面喰らったのだ。私が元からそう言われてシングル用に書いたのだったとは思わない。 

 シングルとして私が書いたと言うのは、「1,2,3,4,5」の部分を言うのである。読者諸氏には出来ればこの様にご想像頂きたい。時は、1981年である。スウィンドンの空き店舗の上の階に二部屋がある、その中の階段の取っ付きの部屋である。バンドのステージ活動の合間の数日を次の作品を書く為にやっと確保出来たと言う日だった。私の心中では、次の様な対話が行われていた。「必死に書けばシングル用の一曲が書けなくはないのじゃないか、アンディ? 簡単なフレーズと言うのは、覚え易いフレーズと言うのは? 数える歌は大抵が分かり易い。マンフレッド・マンの「 54321 」の様にだ。あれはキャッチーだった、それなら、僕も、その辺にある数字を入れてしまえば良いだろう。さて、何を歌おうか、五つのもの、そう、指か? いや、親指がちょっと問題だ、五つのもの…、「五感」! これだ!」 

 勿論、最初から全部揃った形で思い付いた分けではない。中世的なイントロ及びヴァースは間違いで出来たのだった。Eのコードに上げる意図だったのだけれど、注意をしていたなかったので、間違ったのだ。E♭に似た和音になったのだった。私には、その和音の大地的な感覚が好ましかった。鋤で畑を耕している様を思わせたのだ。それが、歌詞の大部分を齎すことになる。つまり、和音に聴き取ったイメージを私は言葉に叙述するのだ。何を聴き取ったか話すこと、それが歌詞になるのだ。AからAsus の部分がこれに繋げられた。歌詞の「 and all the world is football shaped 」の所、Who 風の部分だ。そこは、別の歌、「 The Wonderment 」と言う題名を付けていた歌だが、そこから一部分を切り取って来たのだった。私は、それを「 Senses 」に入れて、ヴァースからコーラスへしたのだった。他の部分は、「 Tissue Tigers 」になった。アメリカ先住民がバッファローを扱うのと同じ様に、パートリッジのテントでは、無駄なものは一つもないのである。 

 これを聴くと、デイブは失礼にもこう言ったのだ。「パーチィ、これは、「 All Too Much 」を書き直しただけだね。( ジョージ・ハリスン作のビートルズ・ナンバー )」 彼は、壷を押さえていた、文字通りにである。善いものも悪いものも、人生を作り上げる感覚、その全てに於いての正に大食だったのだ。その日の午後、この歌の誕生を自分のボールペンで慌ただしく走り書きした時には、私はその事には気が付かなかったのだ。Apple社の顧問弁護士は、気付くことはなかった。「 Sorrow 」の様ではなかったのだ。[ The Merseys の1966年のヒット曲。ビートルズの「 All Too Much 」の一部がこの曲の冒頭のメロディに似ている。The Merseys - Sorrow (Vinyl) at Discogs この曲は、前年の1965年にアメリカのグループ、The MacCoys がアルバム『 Hang On Sloopy 』で発表した曲。Hang On Sloopy (album) - Wikipedia ] 

 レコーディングについては覚えていることはごく僅かだ。精神的傷害を負うこともなく完遂したようである。テリーは、またもや、ドーンと言うレゲエ風バス・ドラムを三拍目に入れている。恐らくはである、ポリスに伴って丸一か月ツアーを行ったことは、我々が思うよりもずっと深く影響しているのであろう。デイブにとっては、この歌は、他でもなく、リッキー12ストリングをビンビンと鳴らすことに主眼があるのである、これを録音したかったのだ。それにしても、何と言うすごい音だ。この者、グレゴリーが素晴らしいバロック様式の織物を編んだのだ。コリンはフレディー・フレットレスだ。それにそう、この曲で彼の奏でる音は素晴らしい、海鳥が急降下する様に滑り落ち潜るのだ。リズムには忠実なのだがメロディアスなのだ。また、我々は、第2ヴァースでは、民衆的なボートの漕ぎ手と成って、「 di di di di di [ 第2ヴァースのダイ/ダイ/…と言う低い声のコーラス ]」と言うバッキング・ヴォーカルを吹き込んだ。コリンは、これを捩って「 Lady Di di di 」と歌って、皆を笑わせたのだ。 

 この歌をシングルとしてリリースする際には、( 私が驚いたことには ) ヴァージン社は、想定される「ラジオ用尺」に戦々恐々となり、中間部のカプレットの一つを切り落としたのだ。何故だかは私には分からない。こうした長さへのヒステリー症は、他のレーベルでは起こってないのだ。クイーンの「 Bohemian 」、ブームタウン・ラッツの「 Mondays 」も両方共に時間の長いシングルである。[ 「 I Don't Like Mondays 」: I Don't Like Mondays - Wikipedia アルバム版は4分19秒、シングル版は3分47秒。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」は5分55秒で違いは殆どない。 ] 何故に、我々は、ヴァージンの精管切除術を受けなければならなかったのか? 削除された行は、「 buss skidding on black ice 」の辺りであった。嗚呼、噫、よく覚えている。そのカプレットの次には、短い挿入が脇からのバッキング・ヴォーカルで入る所だ。その挿入句は、「 England's glory / a striking beauty 」である。これは、勿論、有名な銘柄のマッチのことであり、あるファンが書いた「 England's glory......STRIKING ME 」とは違うのだ。そのファンは、この部分は、スタジオでアンディが切り倒された所だと言うのだ。それ故に、それ以降のツアーが出来ないと。違う…、私はそう書いてない。ポールは死んでいる、あまりにも明白だ。 


デイブ: 
 当時、私たちは予想もしていなかったのだけれど、1982年1月にリリースされたこの歌はアルバムをチャートに送り込んだのでした。歌と言うものは、その時の流行からそう遠くへ離れて行く分けにはいかないものだから、この歌の様な地味なイントロダクションの歌は、人間の本質に信仰を取り戻させる様な仕方で、聴衆の関心を惹いたのでしょう。素晴らしい歌です、バンドの全員がこの歌では卓越した演奏をしています。そして、これ以降何年にも亘って、この歌がバンドを永らえさせたのです。また、XTC の音楽の語彙に、12弦リッケンバッカーが入ったことを朗々と宣言している歌でもあるのです。私が演奏している部分は全部私が書きました。2011年に、オランダのコンベンション・センターに行ってマリリオンのステージに上がった時のことですが、この歌を演奏すると、3000人の観衆がコーラス部分を一緒に歌うのに、私はとても驚いたのです。多くの後追いの XTC ファンにとって、やはり、この歌は XTC への「入口」であるのです。 
[ 2011年3月26日 : Marillion Weekend 2011 Holland // 25 March - 27 March 2011 ]
posted by ノエルかえる at 18:00| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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