2018年12月09日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の7

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート1 の6: ノエルかえる不恵留





バーンハート「さて、バンドの舞台へと貴方が参入した経緯をお話下さい。ええと、聴衆の中の誰かであることから、ステージ上の誰かへの移行と言うことですが。」
チェンバース「はい。如何いう状況だったかと言えば、さっきも話した様にですね、まずは、屡々パブに通う様になったと言うことがあったのです。アップタウンには、長い髪の者を入れてくれるパブが二、三軒あったのです。そこで、音楽に関することを会話する様になったのです。それで、ステージ・ドア the Stage Door と言うパブだったと覚えているのですが、違うかもしれません、でもアップタウンにあったパブの一つだったはずです、そこである宵に、私はコリン・モールディングと出会ったのです。私たちは似た様な興味を持っていたのです。彼は長い髪でした。アリス・クーパー・バンドのベーシスト、デニス・ダナウェイに似せていたのだと思いますよ。その時、彼は、彼の人生の中で一番長い髪だったのじゃないでしょうか、貴方は思い描けますかね。( 笑う ) 髪をベルトの後ろに差し込めて入られたのじゃないか知ら。私たちは最新流行のものを着ていました。髪は、腰よりも二、三インチ下まで行っていました( 笑う )。「うん、此奴はいい感じだな。」と思いました。ビールも気にしなかったですし、そして分かったのですが、彼はベースを弾くのでした。つまり私の気を惹く三つが揃ったと言うわけなのでした。「1. この男はいい感じだ。2. この男はベースを弾く。3. この男はビールを飲む。」 側にいて、癇に障ると言う様なことはない男だったのです。そうして知己になりました。その時分には、私は従業員となって働きに出てました。バンブーガーズ Bamburger’s という会社に職を得ていたのです。ペンキや壁紙を売っている会社です。学校は退校しました。[ イギリスは制度が違うので、卒業資格を得られないまま終了ということだろう。 ] 学校から出て、最初の3ヶ月は、何もしないで失業手当をもらってました。本当です、その時には、私は、ドラムに心酔していたのです。それで、生計を立てる為に働きに出るよりも、自分が熱い視線を注いでいた人たちの様になりたかったのです。 
 その会社で働いていた時にですね、私の後から入社してきた人があったのです。私は長い髪をしていたのですが、何故会社が私を採用したのかは「神のみぞ知る」です。それで、その人が、「君のことを話してくれないか?」と私に話し掛けて来たのです。それで話し始めました。その人は、私が興味を持っていることは何なのか、と尋ねました。私は、「ドラムです。でも、練習しているだけです。」と答えました。すると、その人は、「そうなのか、私の甥はギターを齧っている。」と言うのです。その甥というのは、スティーブ・フィリップス Steve Phillips と言う名前でした。彼は、町をちょっと外れた所に住んでいました。彼の父親はパブを営んでいました。と言うことで話が進んでいったのです。当時、パブは、午後は休みでした。飲酒時間は制限されていたのです、イギリスではですね。それで、スティーブ君は、土曜の午後に来るならば、一緒に出来るよ、と言うのです。どうやって、そこに行ったのかは、今は思い出せません。多分、私のドラムキットや何やかや全部を自分のミニ・マイナー [ Mini - Wikipedia ] に詰め込んで、兄が連れて行ってくれたのだと思います。それで、行くことが出来たのでしょう。 
 スティーブ君はベース・プレオヤーを連れていました。彼の名前は、そうですね、「スリム Slim」と呼ばれていました。名前はブライアン・ミルズ Brian Mills と言うのでしたけれど。「 Mills 」のスペルを逆さまに読むと Sliim になるので、スリム Slim と言うのでした。( 笑う ) 私は、「さあ、面白いことになった。」と思いました。こうして、私の初めての体験が始まったのです。しかも、これまでとは別の角度から考察しながらの演奏になるのです。まさにそうなのでした。( 笑う ) 少しづつ、夢に描いていたことが形に成り出していたのです。その時もやはり、コリンとはあちこちで会っていました。彼も、他の人たちと色々と試行していたのです。それでですね、ある時、私はフィリップスに言ったのです。「僕はもう一人ベールプレイヤーを知っているんだけど、彼は参加できると思うよ。」 と言うのはですね、スリムはとてもいい人だったのですが、ある時は来て、次には来ないと言うことがあって、ちょっと信頼性に欠けるかなと言う具合だったのですから。コリンは、いいよ、と言いました。遣って来ました。それで、結局は、コリンと私とフィリップスがバンドになったのです。 
 こうして、事が進んで行ったのです。私とモールディングは同じ思いを抱いているように思えていました。ただ、それを言い表す適当な言葉がなかったのです。そう言う時に、彼は「僕は、パートリッジて言う人を知っているんだ、君は知ってるかい? いくつかのバンドで演っているんだけど。彼は、まるで異質のギター演奏をしているよ。その辺のつまらない連中をノックアウトしているよ。僕らは彼に会って見た方が良いんじゃないかな。」と言ったのです。それで、私たちはパートリッジと会う手筈を整えたのです。コリンの父親は、学校の用務員でした。学校は町のすぐ側でした。おじさんはコリンに、「これが一つの教室の鍵だ。君たちはそこに入って、用意が出来る。」と言ったのです。学校が知っていたかどうかなんて、私にはわからないですね。( 笑う ) とんでもない長髪の若造が、教室にいるのですよ、その上に、楽器類を持ち込んでいるのです。モールディングは、100ワットの WEN [ Watkins Electric Music - Wikipedia ]を持っていました。いつもそれで音を出していたのです。」 


posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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