2019年06月07日

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の4

バーンハートさんのテリー・チェンバースへのインタビュー パート3 の3: ノエルかえる不恵留





バーンハート「( しばらく笑う )、私は思うのですが、すべてのドラマーは、受けた様々な影響のすべてからとったスープの様なものでしょう、それは一般的な場合ですね、貴方の場合、その影響のすべてを入れて混ぜてしまっているのでしょう、でも、結局は、何か違うものになっているのですね、そう思います。そして肝心なことは、貴方の場合、多々見受けられるのですが、材料の味が、まだ、そのまま出ていると言うことなのです。それがですね、私にとっては幸いなことであったのだと思うのです。と言うのはですね、貴方を手本にドラムを叩いていると、そうした「間の取り方」であったり「様々なドラム奏法、流派」であったりが聴き取れたと言うことです。それはどうしてかと言えば、私自身が、ビル・ブルフォードやカール・パーカーそれに初期のフィル・コリンズを聴いて育ったからなのですが…」 
チェンバース「そうですか、私の場合は、結局は、彼らを聴くのを止めてしまいましたけれど。「わかった、僕は彼らの様にとんでもなく上手くは絶対に成れない、もう、自分の道を行くことにしよう」と、その時に思ったのですよ。( 笑う )。それに、「僕ら彼らから引き出すことが出来るものはもう全部学んだんだから。」とも思いました。( 笑う )。私が彼らに追いつくと言うことは一度も起こりませんでしたね。「よし、この奏法を克服したぞ」と私が思う度にですね、彼らは新しいアルバムを出すのですが、そこでは、さらに新しいレヴェルの奏法を使っているのですから。私は決して彼らに勝つことはなかったですね。( 笑う )」 
バーンハート「( 笑いながら ) 仰ることはわかります。こう言って慰めになるかどうか分かりませんが、1980年のブルフォードさんのインタビューの記事を私は覚えているのです。ちょうど、キング・クリムゾンが再結成した時ですね。アルバム『 Discipline 』を発表した時です。記者たちは、ブラフォードさんに、その当時の時点で、興味を持って聴いているアルバムを五枚挙げて欲しいと尋ねていたのです。その五枚のうちの一枚が、『 Drums and Wires 』でした。」 
チェンバース「( 驚いて、言い淀む ) 冗談でしょう。」 
バーンハート「いいえ、冗談は言ってません全然。」 
チェンバース「君…、それは何だか、自分で自分の耳に息を吹きかけてこそばゆい思いをしている様ですよ。如何言う単語を使えばいいのでしょう…、ええと、「信じられない!」」 
バーンハート「( 笑いながら ) サッカーのターンアラウンド・キックの様でしたか? [ ボールを取って前に進む時、不意に振り返って蹴るプレー。チェンバースから見れば、常に背中を見せて前へ進んでいたブルフォードが突然振り向いてボールを蹴って来た、と言うイメージ。 ]」 
チェンバース「そうですねえ、なんと言うか…、彼の方、あの一流の人物について語る資格など私にはありませんよ! あのお偉いお方は生き神様ですよ! つまりですね、彼がギリシャ人だったら、確実に神になった人と言うことです。」 
バーンハート「先ほど、その様なドラマーたちが実際に演奏するのを見て、貴方は気持ちが挫かれてしまった、と話されたのですが、それは私も同じ様な思いをしました。その様な演奏を見ると、一方では、自分もと思ってとても奮起するのですが、一方では、ドラムスティックを二度と持ちたくなくなるのです。」 
チェンバース「怯んでしまうのです! 私はとても幸運でした。ドラマーがアラン・ホワイトに交代する前のイエスのライブを観たのです、ブルフォードがイエスで演奏していたのです。三枚目のアルバム『 The Yes Album 』から四枚目の『 Fragile 』に亘っての頃です。」 
バーンハート「私は、イエスで演奏するブルフォードさんを観たことは一度もありません。特別なものだったでしょうね。」 
チェンバース「君、それはそうでしょう。それで、最初に観た時には、キーボードがトニー・ケイでした。二度目では、リック・ウェイクマンに変わっていました、『 Fragile 』を演っていたのですね。それで、何を言えばいいでしょう? [ トニー・ケイは1971年3月リリースの『 The Yes Album 』に参加した後、ツアーにも参加して、1971年7月に脱退。ウェイクマンは、同年8月の 『 Fragile 』のリハーサルから参加。]」 
バーンハート「ええ。名立たる編成ですね。」 
チェンバース「ああああ、何と言うか、私はいまだに彼ら Yes のCDを買っているのですよ。私の妻は、その手のものは全く嫌いですけれどね。妻はマイケル・ボルトン Michael Bolton [ マイケル・ボルトン - Wikipedia ]を好んで聴いています( 笑う )。まあ、私はですね、ビールを二、三本持って、ソファに深々と座って、そう言ったものをプレイヤーにかけるのです。私だけの世界に浸ると言うわけです。まあ、雑音は入るでしょうけれど、基本的に私の世界ですね。Yes が好きと言うだけなのです。今でも好きです。今でもですよ。70年代のアルバムが、私にとっては、今でもやはり、気を惹くものなのです。 
 実際、これまで私はイギリスの音楽の影響だけを話して来ましたけれど、影響を受けたのには、アメリカのバンドもいます。そこは公平に言わなければなりませんね。例えば、グランド・ファンク・レイルロードとかエドガー・ウィンター Edgar Winter 等です。「 Framkenstein 」は、常時、ターンテーブルに載っています。[ Frankenstein (instrumental) - Wikipedia ] グランド・ファンクのライブ・レコードなどは、カイがいつも聴いていますね。あのドラムのソロですが…、名前は、何でしたっけ? ブレウスター? ブレワー?」 
バーンハート「ドン・ブリューワー Don Brewer だったと思います。」 
チェンバース「そう、間違ってはないですよね。本当に素晴らしい。あれも、三人編成でしたね。[ グランド・ファンク・レイルロードの『 Live Album 』( 1970年 ) は、三人編成で録音されている。Live Album (Grand Funk Railroad album) - Wikipedia ]」 
バーンハート「ええ。それに、歌うドラマーでもあります。」 
チェンバース「なんてアルバムなんでしょうね。素晴らしい。ジェイムス・ギャング[ James Gang - Wikipedia ]も大好きなのですよ。たくさんあるバンドの名前を思い出そうとしているのですけれど、すみません、多くを忘れてしまっています。でも、好きな、影響を受けたアメリカのバンドもたくさんあったことは確かです。モントローズ、サミーヘイガーがいたバンドですね、彼はギタリストですが、でも素晴らしいのです。ニューヨーク・ドールズ、ルー・リード、…、」 
バーンハート「成る程。そう言ったアメリカのバンドは、貴方たちの初期の頃に大きな影響があったのですね。」 
チェンバース「ええ。」 

posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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