2020年12月26日

Yes 「 The Gates of Delirium 」訳

 イエスのアルバム『リレイヤー』の中の「錯乱の扉」の歌詞の訳、 
元にしたのは、イエスのホームページ: 
RELAYER - YES   」




最早、席を立とう、我らは熟考の末、戦さを決したのだ、 
我らの間には、無言の約束があったのを思い出したのだ、 
その約束では、我らは行く、 
間髪を入れず 
馳せ着けるのだ、法ではない、 
互いに守り合うと言う仁義に則って、陣を張るのだ。 

練り歩く抗議の衆が鉤爪を高々と掲げるのを 
             どうにかしなければ、 
安穏と過ごしていたのでは解放はもたらされない、 
そうだろう、戦さを通じて、 
圧迫を打開するのだ、 
今や、反撃の時だ、 
お歴々は君らが攻撃に出るのを期待されているのだ。 

決意するのだ、顕章など放棄するのだ、床へ投げ捨てろ、 
殺す、止めどなく殺すのだ、罪だと延々と考えるのは止めるのだ、 
巨きな影をまるっきり払い除けるのだ、 
力を影に貫き通して破るのだ、 
そうして、軋轢の時代と見える戦争を経験して、 
天使の憤激を救済への昇降へと変えるのだ。 

苦しみから挙げられる叫喚を通り抜けて力強く私たちを呼ぶ 
                    度重なる戦争は、 
使い古された情熱を推し進めている、それが世界を反映する 
             魂と言う私たちを汚辱していく、 
それは分かり切っていること。 
それでも、私たちは立ち上がるのだ、そして、志願するのだ、 
                   栄誉に感じながら、 
一つの言葉、私たちが口にする一つの言葉、「自由」を 
                  喊声に駆け出すのだ。 

「我らが勝利の日」、この言葉が私たちの旗印となっている、 
その旗が荒々しく翻る時には、静寂が訪れるのに決っている、 
日中は、その言葉を糧にし力を得て、戦うのだ。だが、 
                呪いは弥増していたのだ。 
私たちの神々が、止まずに轟く雷鳴の中で目覚め、お歴々に 
栄えある行手を示す、その細道は大義へと通じているのだが。 

神々よ、お耳を傾け給え、 
私たちは永遠に戦うことになるのですか? 
今、私たちに分かっているのは、恐怖に滅ぼされ様としていること、
それをさらに痛感しながら戦うほかないのでしょうか? 
神々よ、お耳を傾け給え、 
私たちは子供たちを孤児にしてしまうのでしょうか? 
神々よ、お耳を傾け給え、 
私たちの人生は平穏を遠望するだけなのでしょうか? 
今こそ、お助け給え。 

神々よ、お耳を傾け給え、 
貴方たちのお見方は既に打ち壊されています、 
彼らは私たちに貴方たちが毒だと教えています、 
今や、私たちにも分かっていること。 
彼らを殺し給え、 
    彼らが私たちに呉れた同じことをなされ給え、 
彼らを虐殺し給え、彼らの子供の笑い顔を記憶に焼き付けた 
    彼らを地獄へ送り給え。  

拳が閃き 
金属に触れると銃となるだろう。 
亡霊が続け様の打ち当たる音を伴奏に歌っている、私たちは戦いの 
                    太鼓を打ち鳴らすのだ。 
私たちの叫びは金切声になる、大気は呻めき暁の中に 
                     雪崩れ落ちるだろう。 
ペンは悪魔の翼を支えようとはしない、魔王の説教を散々に叩いている、 
その時が近付いているのだ。  

さあ、光よ、来れ、
差し込んで、終わりのない夜を明らめるのだ。
そうして、諸君、君らはここで待つのだ、それが自身のためなのだ、 
私たちがここにいるのは、その為なのだ。 

さあ、時よ、来れ、 
私たち馳せて来たすべての者が到達するのだ、平穏を得るのだ。 
私たちの心は開いている、
私たちがここにいるのは、その為なのだ。 

遠い昔に、歌に歌われていた。 

さあ、光よ、来れ、 
私たちを常にはっきりと見える様にするのだ、私たちに善を見せるのだ。 
太陽が私たちを導くだろう、 
私たちがここにいるのは、その為なのだ。 





posted by ノエルかえる at 18:58| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

The Beatles 「 Carry That Weight 」訳

 ビートルズの「 Carry That Weight 」の訳、
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Carry That Weight | The Beatles  





新しい人、君がこれからずっと、 
ずっとこれから、この影響を伝えていくんだよ。 
新しい人、このことの意味を君が 
伝えていくんだ、そうして欲しいんだ。 

わたしはね、あなたにね、 
パジャマ・パーティーのお誘いの枕掛けはあげないわ、
わたしはね、あなたにね、 
正式な晩餐会のご招待の案内状をあげるわね、 
そうして、わたしはね、祝典の最中に 
崩れ落ちるの。
 

新しい人、君がこれからずっと、 
ずっとこれから、この影響を伝えていくんだよ。 
新しい人、このことの意味を君が 
伝えていくんだ、そうして欲しいんだ。   






I never give you my pillow, の行、 
pillow は、slumber party の時の誘いに使う枕カバーのことだと思います。 
slumber party:パジャマ・パーティーは、10代の女の子が友人の家に集まって噂話しをして夜を明かすと言うものということ。 
そうすれば、次の行の invitations や celebrations とも繋がると思いますから。

それから、carry も weight も、さまざまな意味があるのですが、マッカートニーは、元々はリンゴ・スターが歌う物語りの歌の一部として書いたということなので、私は、それを物語りの最後の部分として、作者が読者に語り掛ける句をナレーションが歌っている、と設定して訳しました。 
(マッカートニーの頭の中の不明のままのストーリーでもいいのですが、それをビートルズ物語りとして、リンゴが語っていると想像するのも面白いのかも。)
posted by ノエルかえる at 17:51| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月29日

The Beatles「 She Came In Through The Bathroom Window 」訳

 ビートルズの「」の訳、 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
She Came In Through The Bathroom Window | The Beatles   





その娘は風呂場の窓から入って来た、 
窓は「銀の匙」を格子にしてたのに。 
入ったはいいが、娘は、ひとりっきりで 
雨樋の受けの傾斜の横にいるのかしらと 
親指をしゃぶっている。 

誰も娘に問い質さなかったのか? 
誰も娘を見咎めなかったのか? 
日曜氏は月曜氏に電話中だったし、 
火曜氏は僕に電話中だった。 

娘の話しでは、娘はずっと踊り子だったと、 
一日に十五軒のクラブで踊っていたと、 
娘は、どうすればいいかは 
僕が知っていると思っていた様だが、 
さてさて、僕に考えがないのは当然だった。 

そういう次第で、 
自力で見つけた堅実な仕事だったけれど、 
警察署勤めを僕は辞めることになった。 
娘は僕に精一杯尽くしてくれたのだけど、 
忍び込みは出来ても、盗みは出来なかったのだ。 

誰も娘に問い質さなかったのか? 
誰も娘を見咎めなかったのか? 
日曜氏は月曜氏に電話中だったし、 
火曜氏は僕に電話中だった。  






第一ヴァース最終行に出てくる「 lagoon」だけれど、ここでは、礁湖の意味ではなく、
an artificial pool for to accommodate an overspill from surface drains during heavy rain. の意味だと。 
下のブログ記事の写真で、スリランカの建築家のジェフリー・パワが設計したホテルの正面玄関の両脇に置かれている槽が見られるけれど、この様なものではないかと思う。 
ジェフリー・バワ - Wikipedia
ジェットウィング ラグーンの雨のみち – Yan's diary  

そうすると、以前の歌、「 Fixing a Hole 」に繋がることになる。 



https://www.youtube.com/watch?v=hh80eYMh1gY   

posted by ノエルかえる at 15:04| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月23日

The Beatles 「 Polythene Pam 」訳

 ビートルズの「 Polythene Pam 」の訳、 
元にしたのはビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Polythene Pam | The Beatles  





そうそう、空々纏いのパムを君も見なくっちゃね、 
別嬪なんだよ、ちょっと男に見えるって、 
そりゃあ、男装の彼女を見たんだろう、 
透け透けだぶだぶズボンを履いてたろう。 
なんたって、空々纏いのパムを君も見なくっちゃね。
いぇー、いぇー、いぇい。 

ジャックブーツとキルトを履いた彼女を一目見てご覧よ、 
隙なく着込んだ時の彼女ときたら、卒倒ものだよ。 
『ニュース・オブ・ザ・ワールド』に載る様な娘なんだから。 
絶対だね、彼女は目が離せなくなる身体だって、君も言うよ。 
いぇー、いぇー、いぇい。   





Polythene Pam、これも「 Mean Mister Mustard 」と同じ頭韻なのだけど、三語ではないです。音節は三つなのだろうけれど。 
P が三語だと、PPPで反キリストになるからかしら? ロジオン・ロマノヴィッチ・ラスコルニコフ。 
それで、Polythene はポリエチレンなので、そのまま使っても良かったのですが、polythene のpoly はギリシャ語の「多く」の意味だろうし、thene は、エーテルなのだろうから、それを使った方がイメージが膨らむのではと思ったので。でも、それはレノンの意図とは離れているのでしょうけれど。まあ、すけすけと言うのが伝わればいいかなと思って。 
それと、Polythene Pam、一般には「ポリシーン・パン」とされているのだけれど、Pan、ピーターパンのパンではないから、パムとしました。
それで、この歌詞の全体から受ける印象も、「 Mean Mister Mustard 」と同様に、初期のビートルズを戯画化したものと言うことです。Yeah, yeah, yeah.と言うのもありますし。初期の彼らがピチピチのスーツで身体の線を強調して、セクシーに見せてたことを歌っている様に思えます。 

それと、『ニュース・オブ・ザ・ワールド』って、関係はないだろうけれど、クィーンがアルバム・タイトルに使っていて。 

posted by ノエルかえる at 14:25| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月22日

The Beatles 「 Mean Mister Mustard 」訳

 ビートルズの「 Mean Mister Mustard 」の訳。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Mean Mr. Mustard | The Beatles  





ケけちんぼカラシ氏駐車場で寝てんの、 
灯りを点けずに髭剃るのんは、
紙幣を使いたくないからし。 
大道の邪魔な巣穴で寝てんの、 
服買う金も惜しんでんのは、 
鼻穴にシリング紙幣を隠してんの。 
ほんとケチな爺さん、ほんとケチな爺さん。  

爺さんの妹パムは工場の出荷係りで働いてん、 
ぜんぜん止まんない、駆けては儲けてんの、 
それが爺さん連れ出した、女王陛下を見せてんの。  
いつも不穏当なことばか叫んでんの、 
ほんとやらしい爺さん、ほんとやらしい爺さんが、 
そんな晴れがましい場に出たのはその時一回きり。 





Mister Mustard は、Sergeant Pepper を思わせたり、 
a hole in the road は、A Day In The Life を思い出させたりもするけれど、 
全体的には、常軌を逸して走り回されていた初期のビートルズの戯画の様で、王室御前コンサートも描かれているのかと。 
レノンが新聞で読んだ吝嗇家の記事を元にしたと言うことだけれど。 John Alexander Mustard という名前の人物らしい。 
で、頭韻でMean Mister Mustard なのだろうけれど。 


と、
shop は、この歌詞では、「a room or department in a factory where a particular stage of production is carried out」が適当か知らと思って。



11月23日訂正: 
パンをパムに。 Pan( ピーターパンのPan 牧羊神のパン ) ではなくて、Pam だから。  


posted by ノエルかえる at 14:09| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月07日

The Beatles 「 You Never Give Me Your Money 」訳

 ビートルズの「 You Never Give Me Your Money 」の訳、
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
You Never Give Me Your Money | The Beatles  




君が銭貨を僕に呉れることはまるでない、 
他でもない君が僕に寄越すのは笑える紙切れ、 
遣り取りしてる最中に、君は、崩れ落ちる。 

私は御前に数字を教えない、 
私が御前に教えるのは大体の場所、 
辿っている最中に、私は、崩れ落ちる。  

だいそつ、すかんぴん、 
よいごしはおもわん、あおぞらやどはやちんなし、 
ぜにはみなにげた、どこへともしれぬ。 

幾人か株式仲買人が解雇される、 
月曜日の朝は再び巡って来るのだが、 
黄色のローリーがゆっくり、何処へとも知れぬ。 

とは言ってもね、不可思議に惹かれる 
感覚だよね、「何処へとも知れぬ」って。 
ああ、ああ! 

心地よい夢を一つ: 
旅行鞄を手に取ってリムジンに乗り込む。 
アッと言う間に、ぼくらはここを離れる。 
スピードを上げて、涙を吹き飛ばすんだ。 

甘い夢が叶うのは今日、 
叶うのは今日。 
ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、
よいこはみんなてんごくへ。 






追記: 
株価のことはわからないけれど、1929年の大暴落の後、起こった暴落は、1987年。
1969年当時は、インフレが続いていて、アメリカの公定歩合が引き上げられて、イギリスなどヨーロッパ諸国は通貨不安が顕在化したのだそう。 


と、
クィーンの「ボヘミアン・ラプソディ」は「 You Never Give Me Your Money 」の構成を踏襲したものではないかしら、と思います。 


と、 
サミュエル・ラヴァー Samuel Lover の「 Live in my Heart and Pay No Rent 」のことは、ポール・マッカートニーは知っていただろうな、と思いますが。  

posted by ノエルかえる at 15:45| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月01日

The Beatles 「 Octopus's Garden 」訳

ビートルズの「 Octopus's Garden 」、
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Octopus's Garden | The Beatles   





ぼくずっといたいな、海のふかいとこ、タコさんのお庭、幽棲にね、
タコさんはぼくらを、ぼくらがどうこの人か知ってるし、たぶん入れてくれるよ、 
          タコさんのお庭に、幽棲にね。 
みんなにも言えばよかった、ぼくといっしょに来て、タコさんのお庭をおとずれ様って。 

ぼくずっといたいな、海のふかいとこ、タコさんのお庭、幽棲にね、 

海のうえは嵐でもね、たぶんひえたりはしないよ、波のしたのかわいい避難所だとね。 
海水ベッドで頭脳をやすめるんだ、タコさんのお庭、ほうら穴のそばでね。 
うたってねぐるぐる踊ってまわるんだ、だって、ぼくらは見つけられないってわかってるからね。 

ぼくずっといたいな、海のふかいとこ、タコさんのお庭、幽棲にね、 

歓声をあげておよぐんだ、サンゴをめぐってね、波のしたにひろがってるよ。 
女の子でも男の子でもだれでも、誕生をよろこばれて安心でいられるって 
          わかっていたら、それはもう至上の喜びだよ。 
きっと満足できるよ、きみらもぼくも、「これをする」ってだれもいわあないんだもの。 

ぼくずっといたいな、海のふかいとこ、タコさんのお庭に、きみらといっしょにね。 






蛇足: 
海の歌なのだし、カントリー・ウェスタン・スタイルと言うのはどうなのか知ら、、、 彼らが育ったリヴァプールは港町なのだし、港の側のパブで歌われていると想像した方がいい様な気がします、、、あるいは、海が見える公園かどこかで、引退した船乗りが孫に歌っているとか、、、 そうすると、海にまつわる冒険譚とか、怪奇譚とか、想像が膨らむし、、、
そう言えば、ビートルズに海の歌は、この歌と「イエロー・サブマリン」以外に何かあったか知ら、すぐに思い浮かばない、、、 

posted by ノエルかえる at 11:24| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月24日

The Beatles 「 Something 」訳

 ビートルズの「 Something 」、ジョージ・ハリスンの「普遍的な愛を歌った」と言う言葉に基づいて、宗教的な歌として訳しました。 
私の頭に最初に浮かんだのは、観音菩薩ですけれど、シヴァ神の様なものかもしれません。

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Something | The Beatles  





私の行く手を遮り立ち現れた神女、私の心を
揺さ振り、惹き付ける、そして、信奉を求めている、 
どの慈悲神にも似ていない神女だ。 
もうすでに、私はこの神女から離れ難くなっている、 
そう、ほんとうに、、、どうしても離れがたい。 

あの境地にあって微笑んでいる神女、私には 
もうどの慈悲神も要らないことを分かっている。 
彼女が見せた品格にはそれ程のものがあると自認している。 
もうすでに、私はこの神女から離れ難くなっている、 
そう、ほんとうに、、、どうしても離れがたい。  

諸君は、私の帰依が世界へも広がるかと問うのだけれど、 
それは、私には分からない、分かり様もない。 
諸君が四六時中私について回れば、分かるかもしれないけれど、
私には分からない、分り様もない。 

私の行く手を遮り立ち現れた神女、私が心で 
する筈のことは彼女を念ずるだけだと、分かっている。 
彼女が見せた事象にはそれ程に大切なものがあると自認している。 
もうすでに、私はこの神女から離れ難くなっている、 
そう、ほんとうに、、、どうしても離れがたい。 











追記: 
歌詞の文構造ですけれど、旋律の節と文の内容はずれているのだと見做しています。 
Something in the way [ 副詞句の様な働き ]、 [ それで、in the way は、慣用句の「邪魔になって」の意味にとりました。 ]
she [ 主語 ] 
moves/attracts/woos [ 主格の動詞 ] 
me [ 対格、目的語 ] 
と言うふうに構造を考えました。 

「You know 」と「I believe 」は、ほぼ同じ意味で、感嘆句の様な感じだと思います。 



posted by ノエルかえる at 14:17| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月11日

The Beatles 「 Magical Mystery Tour 」「 Your Mother Should Know 」訳

 「 Magical Mystery Tour 」と「 Your Mother Should Know 」の訳、 
元にしたのはビートルズのホームページの「 Songs 」。  


「 Magical Mystery Tour 」  
Magical Mystery Tour | The Beatles 

ご乗車ください、いらっしゃいませ、
こちらが行先不明不思議旅でございます、
こちら、まっすぐお進みくださいませ! 

いらっしゃいませ、ご乗車ください、 
行先不明不思議旅はこちらでございます。 

いらっしゃいませ、
おや、これは、ご予約席の 
ご乗車ください、 
ご招待券でございますね、 
行先不明不思議旅へようこそ。 

弊社、用意万端でございます、みなさまを 
今にも行先不明不思議旅へお連れ出来ます。

お入り用のものはなんでもご用意いたします、 
ようこそ、行先不明不思議旅へ、 
ご満足頂けること請け合いです、 
ようこそ、行先不明不思議旅へ。  

弊社、みなさまに、どうかご参加頂きたいと存じております、 
行先不明不思議旅へ、どうかご参加くださいませ。 

ふしぎな周遊旅行。 

弊社、今すぐみなさまをお連れいたします、 
今すぐ行先不明不思議旅へお連れいたします。 

弊社、みなさまをお連れしたくてなりません、
どうでもお連れしたく存じます、行先不明不思議旅へお連れしたいのです。 







「 Your Mother Should Know 」 
Your Mother Should Know | The Beatles  

さあ、子供たち、立ち上がって踊ろうか、 
あの一曲、君らの母さんが生まれる前のヒット曲に合わせてね。 
でも、母さんが生まれたのは、ずっとずっと前だから、 
きっと知ってるだろうよ、知ってるに決まってる。 

さあ、子供たち、気持ちをほぐして私に歌っておくれ、 
あの一曲、君らの母さんが生まれる前のヒット曲をね。 
でも、母さんが生まれたのは、ずっとずっと前だから、 
きっと知ってるだろうよ、知ってるに決まってる。  






posted by ノエルかえる at 14:44| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月10日

The Beatles 「 Blue Jay Way 」訳

第一ヴァースの最初の行、「 There’s a fog upon L.A. 」、LA は「ェレエイ」よりも「レエイ」に聞こえる。それで、lay だと、生物などの「生息地」の意味にもなって、 blue jay アオカケスと関係づけられるし、また、地図上などの「位置」の意味でもあるので、その後の「迷子」の状態にも関連付けられると思う。 

Blue Jay Way は、ロサンゼルスにある bird streets の一つとのこと。地名なので、そのままカタカナ表記にしても良いのだけれど、 bird streets があると言うことは、他の鳥の名前もあるのだろうし、その鳥の和名を訳に使った方が面白いのではないかと思う。 
それで、blue jay はアオカケスで、北アメリカ大陸に生息している鳥。懐かしいアニメーション『山ねずみ ロッキーチャック』にもサミーとして登場している。 

https://www.allaboutbirds.org/guide/Blue_Jay/overview 


元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Blue Jay Way | The Beatles  





「生息地」ロサンゼルス上空には霧が留まっていて、 
それで、ぼくのともだちたちは道を見失ってしまったに違いない、 
すぐに着くからと言っていたけれど、 
そうはならずに、自分たちの「位置」を失くしてしまった様だ。 

遅くはならないで、そんなに遅くはならないで欲しいな、 
遅くなると、ぼくは眠ってしまうかもしれない。 

おまわりさんは通りではよく出くわすから、
通りにいるおまわりさんに行き先を聞く様に、と 
ぼくはともだちたちに言っていたんだ、
その通りになる様だよ。 

床に着く時間が過ぎているのはぼくにも分かってる、 
それで、ぼくは、もう本当に眠りに入ってしまうかも、 
すぐにも、夜が白み始めそうだと言うのに、
座ったままなんだ、青鵥の路に。 



posted by ノエルかえる at 15:46| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月04日

The Beatles 「 Within You Without You 」訳

 ビートルズの「 Within You Without You 」の訳、  
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Within You Without You | The Beatles   





あの時、ぼくたちは語り合って時を過ごしていたんだ、 
ぼくたちみなの隔たりのこととか、それに、真実なんかこれっぽちも含んでない 
まるで壁の様な幻想に人々が隠れるとか、でも、隠れたって遅すぎる、 
死んじゃうんだもの。 

あの時、ぼくたちは語り合って時を過ごしていたんだ、  
ぼくたちはだれでもが愛を分有している筈だとか、それで、愛を 
見つけたらしっかりと掴んでないといけないって、それは、愛が 
あれば、世界は保たれるんだもの、、、みんながそうだと分かっていれば。 

みんな、頑張って、愛はその丸ごとが自分の中にあるって、それで、 
自分を変えるのは自分だけだって、気付こうよ、 
それに、自分はほんとうに小さいって、気付こうよ、 
生命は、君の中にも注がれているし、君の外にも注がれているんだ。 

あの時、ぼくたちは語り合って時を過ごしていたんだ、 
愛が今の時代に合わなくなっているんじゃないかって、それに、今の世に 
名を馳せた人たちは心を失っているんじゃないかって、それで、 
みんなはそれを分かってない、見ようとしないんんだ、、、君も? 

自分の向こうをよくよく観察してきたなら、 
悟りを見つけるかもしれない、それで、その暁には、 
ぼくたち生き物はみんなで一つだって分かるんだ、そうだろう、 
生命は、君の中にも注がれているし、君の外にも注がれているんだ。 


 

( 何人かの笑い声 )  





蛇足: 
最後の笑い声を聞くと、私は、ピンク・フロイドの「 Brain Damage 」「Eclipse 」あたりか、「 Welcome to the Machine 」を思い出すのですが、、、 



posted by ノエルかえる at 16:52| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月03日

The Beatles 「 Sun King 」訳

 ビートルズの「 Sun King 」の訳。
Sun King | The Beatles   





 この歌は、「リーンリーン」と鳴く虫の声で始まるから、日本に居ると、秋の歌に感じるけれど、たぶん、真夏の歌。The Sun King なのだし。夏至の歌かも。南欧の「セミとアリ」が中欧では「キリギリスとアリ」になる様に。因みに、1969年のロンドンの平均気温、6月は14.4℃。7月は17.9℃。8月は16.9℃。 
 Sun King は、フランスのルイ14世のことらしいのだけど。ルイ14世がアポロンの仮装をしたからそう呼ばれたそうだけど。それで、この歌は前半と後半の二つに分かれている構成で、前半はリフレイン( ジングル )のみ、後半はヴァースとエンディングなのだけれど、後半のヴァースがスペイン語もどきなのは、ルイ14世がスペイン王位継承戦争の主役だからだろう。しかも、ちゃんとしたスペイン語でない理由もフランスの王がスペインに関わると言うことからなのかもしれない。 
 それで、今のビートルズのホームページの「 Songs 」では、歌詞は、「 Here comes the Sun King. 」と平叙文になっているのだけれど。ジングルだし、「 Piggy in the Middle 」の様な遊び歌風だし、呼びかけの文だと思っていいのではないかと思う。「 Here come, The Sun King! 」と言うふうに。  
 それと、後に続く、ピジン・スペイン語かラテン系の言葉を適当に使っているものか、混ぜてわかりにくい文にしたのか、、、でも、たぶん、漠然との意味はあるのだと思う。
 で、次の様に訳してみた。


こっちへおいでよ、太陽王。
みんなは面白がってるから、 
みんなは満足しているから。 
こっちへおいでよ、太陽王。


ソノ時ニ 幸ノ為 我ノ籠 愛デ満チヌ。 
世界ノ 我ガ愛スル 教皇「打チ上ゲ花火」 陽ニ向カイ 魅惑的緑。  
コノ地デ護ラレ トテモタクサン 回旋ノ歌ヲ歌フ。  






追記: 
paparazzi は、パパラッチではなくて、Papa Razzi だと思ったので。イタリア語の razzo の複数形、skyrocket の意味。  

posted by ノエルかえる at 15:41| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月27日

The Beatles 「 Paperback Writer 」訳

 ポール・ビートルの「 Paperback Writer 」の訳、 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Paperback Writer  


ヴァースではなく散文スタイルとい言うことなので、 





書店で平積みになった僕の本、僕は流行作家。 

 拝啓、 
わたくしの著述は必ずやお読みになられることかと、わたくしはこれを著すのに数年を掛けましたからきっとお目に止まるでしょうけれど、リアと言う名前を持つ男の小説に基づいてはいるのですが、それはまあわたくしは成果が上がらなければならなかったからなのですが、兎にも角にも、わたくしはどうでも流行作家になりたいのです、売れっ子作家になりたいのです。 

書店で平積みになった僕の本、僕は流行作家。 

さて、
とあるうらぶれた男のうらぶれた生涯を描いてはいるのですが、ところでなのですが、この男の妻はこの男に頼りっきりなのですが、この男の小説はまるっきりわかっていないのです、この男の息子はデイリー・メールで働いてはいるのですが、まあそれは決まった給料が貰える仕事ではあるのですが、ところがなのです、この息子は流行作家になりたがっているのです、売れっ子作家になりたがっているのです。 

書店で平積みになった僕の本、僕は流行作家。 

千ページはありますが、実はもうちょっと多いか少ないかです、ですけれど、一週間か二週間の内にはもっと書くつもりでいますから、ところでお好きなスタイルがあるのでしたら、大体そのスタイルに書き直すことだって出来ますし、兎に角兎に角、わたくしは流行作家になりたいのです、売れっ子作家になりたいのです。 

書店で平積みになった僕の本、僕は流行作家。 

ほんとうにお気に入って下さったのなら、著作権はお譲りしてもいいかなと思ってはいますけれど、もうきっと、一晩で大儲けをされることは間違いありませんのですが、それでも、返却しなければならないとお考えでしたら、こちらへご送付くださいませ、兎に角、わたくしに運があればいいのですが、運さえあればいいのですが、兎に角、わたくしは流行作家になりたいのです、売れっ子作家になりたいのです。 


posted by ノエルかえる at 15:36| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月22日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の33の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の32の訳   





朝の陽が舞い上がる埃を光らせる中、 
「発生する」夢は、土の中へ落ちていった、 

そうなのだ、夢が始まった時ではない、 
二つの夢が鬩ぎ合う、夢が始まった時ではなく、 

夢が終わろうとしているところで、人々はそれがただの夢だったと気付く。 
二つの夢、一つは、夢が始まった時に、パンであったものの夢、 

もう一つは、実際には石であるものの夢。パンは 
私たちのパンになりたいのだ、石は 

私たちのベッドになりたい、そして、私たちは夜には寝るものだし、 
昼には忘れているのだ。ただ、 

意を決して、想像上の松、想像上のカケス 
を奏でようとした時には、それを思い出すのだ。    





That generation's dream, aviled
In the mud, in Monday's dirty light,

That's it, the only dream they knew,
Time in its final block, not time

To come, a wrangling of two dreams.
Here is the bread of time to come,

Here is its actual stone. The bread
Will be our bread, the stone will be

Our bed and we shall sleep by night.
We shall forget by day, except

The moments when we choose to play
The imagined pine, the imagined jay.  







『 The Man with the Blue Guitar 』、おわり。


posted by ノエルかえる at 16:44| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の32の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の31の訳   





光を当てるんだ、はっきりとした輪郭が現れる、 
そうして、あれは何々、あれは然然と、 

暗闇の中に見える物について話すがいい、 
でも、朽ち果てた様な名称は使ってはいけない。 

空間が抱えている歪みについて何も知らず、 
それの巫山戯た始まりについても何も知らずに、 

どうやってこの空間を歩いてきたのだ? 
光を当てるんだ、物の形象を捉えた時には、 

その形象の外殻はすでに壊れているのだから 
自分と捉えた形象の間には何もない筈だ。 

そこに居るのが自分? 紛れもない自分。 
青いギターが私を驚かせる。      





Throw away the lights, the definitions,
And say of what you see in the dark

That it is this or that it is that,
But do not use the rotted names.

How should you walk in that space and know
Nothing of the madness of space,

Nothing of its jocular procreations?
Throw the lights away. Nothing must stand

Between you and the shapes you take
When the crust of shape has been destroyed.

You as you are? You are yourself.
The blue guitar surprises you.   





posted by ノエルかえる at 15:13| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月07日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の31の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の30の訳   





雉子は長々とずっとずっと眠る…、 
雇う者と雇われる者が互いに言い張り、 

互いに負かそうとし、そして、滑稽な事案を調停する。 
ふつふつの太陽が噴き上がり、 

そして、鋭い光線と雄鶏の金切り声を撒き散らす、 
それを、雇う者と雇われる者は聞いている筈だが、 

自分たちの仕事は続けるらしい。金切り声は 
薮原を苛め立てるらしい。こんな場所では、 

心像に、天空の博物館に収められ 
動かない雲雀には居場所がない。雄鶏は 

眠りをきっと切り裂くのだから。朝になるのは太陽だからではない、 
この、神経の形態のことなのだ、それは、 

そのタッチが優しくなった奏者が 
青いギターのニュアンスを手中にしたのと似ている、 

その時の曲は、あのラプソディー以外にはないだろう、 
そのままのメロディーのあのラプソディーだ。    





How long and late the pheasant sleeps…
The employer and employee contend,

Combat, compose their droll affair.
The bubbling sun will bubble up,

Spring sparkle and the cock-bird shriek.
The employer and employee will hear

And continue their affair. The shriek
Will rack the thickets. There is no place,

Here, for the lark fixed in the mind,
In the museum of the sky. The cock

Will claw sleep. Morning is not sun,
It is this posture of the nerves,

As if a blunted player clutched
The nuances of the blue guitar.

It must be this rhapsody or none,
The rhapsody of things as they are.   





posted by ノエルかえる at 16:17| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

The Beatles 「 One After 909 」訳

ビートルズの「 One After 909 」の歌詞の訳、 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
One After 909 | The Beatles  





彼女が来週の909で旅に出るって言ってるんだよ、
「言ったでしょ、引っ越すの、ね、あなた、 
その列車で旅に出るのよ。 
前にも引っ越したわ、また引っ越すの」ってさ。 
「来週の909で旅に出るつもり、」って、 
お前、そんな酷いことを言わないでくれよ。 

僕は彼女にお願いした、 
膝をついて行かないで欲しいとお願いしたんだ、 
「冗談を言ってるだけだろ、 
僕をからかってるだけだろ」って。 
「言ったでしょ、引っ越すの、また引っ越すのよ」
「来週の909で旅に出るつもり」って、 
お前、そんな酷いことを言わないでくれよ。 

鞄をとって、 
駅に走った、 
駅員は、 
「ここではないですよ」って。 

鞄をとって、 
家に走った、 
ああ、数字を読み違えてた、 
と気がついた。 




ポール・マッカートニーのインタビューによれば、909は、アメリカの長距離列車スーパー・チーフ・トレインの様な列車をイメージした、と言うことなので、
スーパー・チーフ - Wikipedia  
週に一回運行される列車のように訳しました。  



追記: 
この歌は、女が男を捨てて街を出ていくと、それも、男に面と向かってはっきりと言う、と言う設定なのだけれど、
注目される点は、 
(列車が週一回の運行として)、 
今すぐ乗れる今週の909ではなくて、次週の909だと、女が男に猶予を与えていると言う点です。
完全に女性優位なのだけれど、それは、歌詞の中の男と女のそれぞれの言葉にも表れていて、 
女は、「私は、私が」としか言わないのだけれど、男は、「君は、君が」と、まったく受け身なのです。  

追追記、言い訳: 
最初のヴァース、
My baby says she's trav'lling on the one after Nineonine.
I said move over honey, I'm travelling on that line.
I said move over once, move over twice,
Come on, baby, don't be cold as ice.
'Said you're trav'lling on the one after Nineonine. 
なのだけど、
最初の行は、この歌全体の語り手である男の台詞、 
その後の 
I said move over honey, I'm travelling on that line.
I said move over once, move over twice, 
の二行は、相手の女、baby の台詞なのだけど、どうしてそう採れるかと言うのは、
baby とhoney と、呼び掛けの語が二種類使ってあるところから、そう採れるのです、 
短い歌の中で呼び方を変えているのは話者が違っていることを示していると考えるのです。 
その後の二行、
Come on, baby, don't be cold as ice.
'Said you're trav'lling on the one after Nineonine. 
は、再び、男の台詞。
これに追記: 
ヴァースなので、最初の行は導入の句で、その次にはカプレットが来るのだろうけど、 
このうたでは、そのカプレットが語り手ではない、語る対象の女の台詞になっている、ということなのだろうと思います。 

posted by ノエルかえる at 17:44| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月10日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の30の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の29の訳   





今から、一人の人間を開花させてみよう。 
その人間のこれが霊だ、古いフォントーシュ[ 操り人形 ] 

ショールを風にたなびかせている、 
舞台に立ってるようにも見える、そうして、数百年かかった 

大仰な彼の研究の成果を吐き出して見せた。 
そして、彼としたことが、重い線を 

抱える電柱の横木で、視線 
円錐の視線を、ありふれた郊外の町、 

その土地の分割払いの半分は終わってる、
ウシン[ 牛神 ]に投げて見渡した。 

ポツポツと滴が落ち、カタカタと太鼓群が鳴り、
自動車の上の叉銃が連射されている。 

視よ、この人なり[ Ecce Homo ]、ウシンは種なのだ 
琥珀色の余韻の莢から落ちて来たのだ、 

ウシンは炎の先の煤、 
ウシン[ 牛神 ]はウシン[ 有神 ]。   





From this I shall evolve a man.
This is his essence: the old fantoche

Hanging his shawl upon the wind,
Like something on the stage, puffed out,

His strutting studied through centuries.
At last, in spite of his manner, his eye

A-cock at the cross-piece on a pole
Supporting heavy cables, slung

Through Oxidia, banal suburb,
One-half of all its installments paid.

Dew-dapper clapper-traps, blazing
From crusty stacks above machines.

Ecce, Oxidia is the seed
Dropped out of this amber-ember pod,

Oxidia is the soot of fire,
Oxidia is Olympia.  





posted by ノエルかえる at 10:14| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月29日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の29の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の28の訳   





カテドラルの中だった、私はそこに座っていた、一人で、 
実のない「レヴュー」を読んでいた、こう書いてあった。 

「穹㝫のなかのドギスタシオン は 
歴史と祝宴に対照している。 

カテドラルを超えて、外に出ているものは、 
婚歌と相殺する。 

そうして、坐すことと、釣り合いをとることは 
向かう、向かう、静止の点へと。 

一つの仮面について相似と言うことは、 
他の仮面が相似と言うことであり、 

釣り合いとは完全な静止でないと知ることは、 
仮面は、未知のものでありながら、何かに相似であると言うことだ。」 

形はずれていて、音は外れている。 
鐘が雄牛のモーと唸る音だ。 

それだと言うのに、この想像力を増大させる望遠鏡の中で、 
フランシスコ修道士、スペインの人は、どうしても彼自身なのだ。    





In the cathedral, I sat there, and read,
Alone, a lean Review and said,

“These degustations in the vaults
Oppose the past and the festival.

What is beyond the cathedral, outside,
Balances with nuptial song.

So it is to sit and to balance things
To and to and to the point of still,

To say of one mask it is like,
To say od another it is like,

To know that the balance does not quite rest,
That the mask is strange, however like.”

The shapes are wrong and the sounds are false.
The bells are the bellowings of bulls.

Yet Franciscan don was never more
Himself than in this fertile glass.    





posted by ノエルかえる at 15:03| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月19日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の28の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の27の訳   





私はこの世界に生まれついた者だ、 
それだから、ひとりのここに生まれついた者と同じに、この世界で考える、 

ジェズ[ イエス ]よ、精神に生まれついたのではないのだ、 
私は、私が自分の思いだと言うものをずっと考えている、 

生まれついた者よ、ひとりのこの世界に生まれついた者、 
ひとりの生まれついた者として、私は、この世界で考える。 

水のように動く草原の上を渡る 
波は、精神ではあり得ないのだ、 

枯れ草を鳴らしているその風が 
写真のように静止されたとしても、それは精神ではあり得ないのだ。 

この世界で、もっと深い色調を飲み込み、 
そうしてから、私は私となり、話し、振る舞うのだ、 

そして、メロディーは、私があると思うから、 
青いギターの上にメロディーはあるのだと、私は言う。    





I am a native in this world
And think in it as a native thinks,

Gesu, not native of a mind
Thinking the thoughts I call my own,

Native, a native in the world
And like a native think in it.

It could not be a mind, the wave
In which the watery grasses flow

And yet are fixed as a photograph,
The wind in which the dead leaves blow.

Here I inhale profounder strength
And as I am, I speak and move

And things are as I think they are
And say they are on the blue guitar.    





posted by ノエルかえる at 17:42| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月12日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の27の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の26の訳   





屋根を白くしてるのはうねりだ。 
うねりは冬の大気の中を打ち寄せてくる。 

北風が作っているのがうねりだ。 
うねりは降り続く雪の中にある。 

今の暗がりは、うねりの所為の暗さだ。 
地理学者たちと哲学者たちは 

そう考えている。けれど、潮の香のカップ以外は、 
軒の氷柱以外は、 

うねりは冷やかしの一形式だ。 
作中に氷山を設定するのは、 

急な場面転換を売り物にして、 
自分自身になれないデーモンを皮肉っているのだ。   





It is the sea that whitens the roof.
The sea is drifts through the winter air.

It is the sea that the north wind makes.
The sea is in the falling snow.

This gloom is the darkness of the sea.
Geographers and philosophers,

Regard. But for that salty cup,
But for the icicles on the eaves −−−

The sea is a form of ridicule.
The iceberg settings satirize

The demon that cannot be himself,
That tours to shift the shifting scene.    




posted by ノエルかえる at 16:00| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月05日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の26の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の25の訳   





彼の想像力の中で浸食された世界、 
世界は、前は、海辺だった、音だろうが、 

形だろうが、光だろうが、形見だろうが、 
告別のどこまでも続く反響だろうが、それらが揺れていた 

ところ、そこに彼の想像力は帰っていたものだし、 
そこから飛び出していたものだった、それは空に引かれた一本の線状、 

雲に積み上げられた砂、あるいは一人の巨人だ、 
巨人は残忍な字母と戦っていた、 

辿り着けることは出来ないユートピアについての 
思想の群れ、夢の群れを表す字母と戦っていた。 

山々に由来する音楽は、いつも、 
降下して来て、そのまま過ぎ去って行く様に思えた。    





The world washed in his imagination,
The world was a shore, whether sounds or from

Or light, the relic of farewells,
Rock, of valedictory echoings,

To which his imaginaton returned,
From which it sped, a bar in space,

Sand heaped in the clouds, giant that fought
Against the murderous alphabet:

The swarm of thought, the swarm of dreams
Of inaccessible Utopia.

A mountainous music always seemed
To be falling and to be passing away.    





posted by ノエルかえる at 21:46| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月28日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の25の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の24の訳  





彼は鼻に世界を載せていて 
そうして「このやり方」で、放擲を一回与えた。 

彼の礼服には彼を示す文字、哀・吚・吚 ––– 
そうして「あのやり方」で、メロディーをくるくる回した。 

樅の樹の昏がりで、水性猫たちが 
音も立てずに、草叢に潜り込んだ。 

猫たちは、草がどんどん広がっていくのを知らなかった。 
猫たちは猫たちを生み、草叢は鬱蒼としていった。 

そうして、草が青々となり鬱蒼となっていく「このやり方」で 
一つの世界はいくつもの世界を生んだ。 

そうして、鼻の「あのやり方」は何も変わらない。 
そうだったメロディーそのまま、そうであるメロディーそのまま、 

すぐにそうなるだろうメロディーそのまま、…   
太い指が調子を取る、哀・吚・吚。 





He held the world upon his nose
And this-a way he gave a fling.

His robes and symbols, ai-yi-yi–––
And that-a-way he twirled the thing.

Sombre as fir-trees, liquid cats
Moved in the grass without a sound.

They did not know the grass went round.
The cats had cats and the grass turned gray

And the world had worlds, ai, this-a-way:
The grass turned green and the grass turned gray.

And the nose is eternal, that-a-way.
Things as they were, things as they are,

Things as they will be by and by…
A fat thumb beats out ai-yi-yi.   







ai-yi-yi に当てた文字、「イ」は、口偏に「ただす」[ 伊 のつくりとおなじ ]。  



posted by ノエルかえる at 15:22| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

The Beatles 「 Every Little Thing 」訳

 ビートルズの『 Beatles for Sale 』の中の「 Every Little Thing 」訳。 


元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Every Little Thing | The Beatles





ぼくが彼女と並んで歩いていると、 
みんなが、良かったね、と言う。 
ほんとに、良かったとしみじみ思うんだ。 

彼女がいなくなった 
最初の日のことは忘れられない。 
そして、今、ぼくの思いは彼女を回り続けてる。 

彼女のするほんのちょっとの仕草、 
ぼくに合わせる仕草、 
彼女があたりをぼくのあつらえむきに 
してくれるのは、見ての通り。 

彼女がそばにいれば、彼女がぼくを愛してるって分かる、 
それだけだけど、それだけで、ぼくは良かった。 
彼女がぼくを愛してるって、ぼくは分かるんだから。 

確かのことが一つだけある、 
ぼくは永遠に彼女を愛するだろうってこと、 
愛は死なないって、ぼくは知ってるんだから。 


posted by ノエルかえる at 21:47| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の24の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の23の訳  





私が思っているのは一つの詩なのだけれど、その 
詩が似ているのは、あの沼地で見つけられた祈祷書、 

あの若い人が求めている祈祷書、 
あの学者が血眼に求めているあの本、 

あの本そのもの、そこまででなくても、 
せめてその一頁、いや、せめてその中の一句の様な詩なのだ、 

「生命を孕んだ一羽の鷹」と言う句がそれだ、それは 
「知る」を学術用語にしたもの、思索的に見ると言うことだ。 

鷹の目に目を合わし、怯えることなく、でも、思索を喜んでいることには怯んでしまう。 
私は弾いている。こんなことを考えながらだ。    





A poem like a missal found
In the mud, a missal for that young man,

That scholar hungriest for that book,
The very book, or, less, a page

Or, at the least, a phrase, that phrase,
A hawk of life, that latined phrase:

To know; a missal for brooding-sight.
To meet that hawk’s eye and to flinch

Not at the eye but at the joy of it.
I play. But this is what I think.    





posted by ノエルかえる at 17:53| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月14日

A Song of the English

 パートリッジが「 All You Pretty Girls 」についてのインタビューの中で、W. Heath Robinson ヒース・ロビンソン に触れていたので、
ヒース・ロビンソンが挿絵を描いた、Rudyard Kipling ラドヤード・キップリングの「 A Song of the English 」を訳してみました: 
http://noerukaerufueru.seesaa.net/article/473747497.html



元にしたのは、ウィキソースの: 
A Song of the English (1909)/A Song of the English - Wikisource, the free online library  


Fair is our lot−goodly is our heritage!
(Humble ye, my people, and be fearful in your mirth!)
⁠For the Lord our God Most High
⁠He hath made the deep as dry,
He hath smote for us a pathway to the ends of all the Earth!


Yea, though we sinned−and our rulers went from righteousness−
Deep in all dishonour though we stained our garments' hem.
⁠Oh be ye not dismayed,
⁠Though we stumbled and we strayed.
We were led by evil counsellors−the Lord shall deal with them!


Hold ye the Faith−the Faith our Fathers sealed us;
Whoring not with visions−overwise and overstale
⁠Except ye pay the Lord
⁠Single heart and single sword,
Of your children in their bondage shall He ask them treble-tale!


Keep ye the Law−be swift in all obedience−
Clear the land of evil, drive the road and bridge the ford.
⁠Make ye sure to each his own
⁠That he reap where he hath sown;
By the peace among Our peoples let men know we serve the Lord!
Hear now a song−a song of broken interludes−
A song of little cunning; of a singer nothing worth.
⁠Through the naked words and mean
⁠May ye see the truth between
As the singer knew and touched it in the ends of all the Earth!



公正は私たちの責任、善良は私たちの世襲財産だ! 
(慎ましくしよう、みんな、それに、楽しい時でも恐れを思うのだ。)
それは、至高の神、私たちの主は、 
陸と同じく、深淵も造っておられるから、 
全世界の終わりへ通じる小道へ私たちを吹き飛ばしたからだ。 

そうだ、私たちは罪を犯した、それに、私たちの政府は正義から逸れている、 
ありとあらゆる不名誉に塗れ、服の裾に滲みを作っている、けれども、 
みんな、がっかりはしない様に、 
私たちは躓いたし、横道に逸れたけれど。 
私たちは悪者に唆されたのだ、主は悪者たちに対処される筈。 

信仰を保ち続けるんだ、みんな、師父たちが私たちの運命を決めた信仰なのだから、
一つの心と一つの剣をお持ちの 
主へ供する以外は、無駄遣いをしないように、 
賢し過ぎるそれに言い旧されたあの、主がふっかけた要求に 
子供たちが束縛されていると言う考えに捕われて。  

モーセ五書を信じるんだ、、、すぐにも従おう、、、 
毒された土地を清浄し、道を進み、浅瀬を渡るんだ。 
みんな、確かめ合おうではないか、誰もが、 
主が撒き刈り入れられた、主に属しているものであると。 
諸民族が穏やかに暮らしているのを見れば、 
     人は主へ使えているのだと言うことが分かるだろう。 
歌が聞こえてくる、、、途切れ途切れの歌が、、、 
少しの巧みさもない歌が、下手な歌手の歌う歌が。 
その歌の何の飾りもない品もない言葉を通して、 
真実を知ることになるだろう、なぜなら、 
その歌手は、この地球の涯で、真実に触れ知っていたのだから。  






ちゃんと訳せているとはとても思えないけれど、、、 
パートリッジの「 Jason And The Argonauts 」辺りに対応している様な気もしないでもない、、、

posted by ノエルかえる at 14:01| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の23の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の22の訳  





終わりの二小節で和声の解決、それは 
雲の中の声と大地の声の二重唱、 

天空の声と酒の匂いのする声、 
どこまでも行き渡る声と、雪の中 

花輪に急に思いが込み上げて 
太くなる葬送の歌の声、 

和声の解決、それは葬儀屋との二重唱、 
雲の中の声は澄み渡って主音になっている、 

地上のくぐもる声も平らに主音になっている、 
想像されたものと実際にあるもの、 

思考と真実、ゲーテの『詩と真実』、 
くる年もくる年も、そのままのメロディーを 

そのままである様に集中して、繰り返し演奏していると、 
混乱していたものがすべて、収まっていく。    



A few final solutions, like a duet
With the undertaker: a voice in the clouds,

Another on earth, the one a voice
Of ether, the other smelling of drink,

The voice of ether prevailing, the swell
Of the undertaker's song in the snow

Apostrophizing wreaths, the voice
In the clouds serene and final, next

The grunted breath serene and final,
The imagined and the real, thought

And the truth, Dichtung und Wahrheit, all
Confusion solved, as in a refrain

One keeps on playing year by year,
Concerning the nature of things as they are.    



posted by ノエルかえる at 14:43| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月31日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の22の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の21の訳   





詩が写そうとしているのは、詩情なのだ、 
詩は詩情から発出して、詩情へ 

回帰する。二つのことの間、 
発出と回帰の間には、実際、 

詩情がない状態がある、その時に、 
そのままのメロディーがある。あるいは、私たちが言ったままの言葉。 

けれど、詩と詩情は別のものなのだろうか? 
「太陽の緑」「雲の赤」 

「感じている大地」「考える空」と言う 
現実の現象に迫った詩には、詩情はないのだろうか? 

そこから詩は得ている。たぶん、 
すべてのものが行き交う中で、詩は詩情を与えているのだ。   






Poetry is the subject of the poem,
From this the poem issues and

To this returns. Between the two,
Between issue and return, there is

An absence in reality,
Things as they are. Or so we say.

But are these separate? Is it
An absence for the poem, which acquires

Its true appearances there, sun’s green,
Cloud’s red, earth feeling, sky that thinks?

From these it takes. Perhaps it gives,
In the universal intercourse.    





この第22編は、私には分からない、、、訳せてはないと思う、、、
posted by ノエルかえる at 16:05| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月17日

The Beatles 「 Tell Me What You See 」訳

 ビートルズの「 Tell Me What You See 」の訳。1965年のアルバム『 Help! 』の中の歌。 



元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Tell Me What You See | The Beatles




君の心臓に僕の手を当てさせてくれる、そうしたら、本当だと判らせてあげる。 
僕たちは別れることがないって、僕は君の心の奥底にいるって。 
両目を開けてごらんよ、さあ、何が見えるか言ってみて。 
驚かなくていいよ、君が見ているのは僕だよ。 

「暗雲垂れ籠めしも、時を置かず、過ぎ去るべし」 
君が僕を信用してくれるなら、君の一番の頃を輝かせるよ。 
自分の両方の瞳の中を覗き込んでごらんよ、さあ、そこに映っているのは。 
そこに映っているのが僕だって、君は、今、分かってない様だね。 
さあ、何が見えるか言ってみて。 

僕がどうやって君に連絡つけのか、もう一度、聞いてほしいんだ。 
連絡つけようとどれだけ苦労したか、君は、分かってない様だ。 
両目を開けてごらんよ、さあ、何が見えるか言ってみて。 
驚かなくていいよ、君がみているのは僕だよ。 
さあ、何が見えるか言ってみて。 





第二ヴァースの「Big and black the clouds may be, time will pass away, 」は、
ジョン・レノンの暮らしていた家にあった、宗教の格言の碑文だそうだから。 
However black the clouds may be
In time they’ll pass away
Have faith and trust and you will see
God’s light make bright your day  




2020年5月19日夜9時追記: 

このところ、ブライアン・ファーニホウの『Liber Scintillarum』を聞いてる、ぼんやりだけど、
『Liber Scintillarum』は、7世紀から8世ごろに書かれたキリスト教の箴言集で、古英語の註解が書き込まれているそうで、大英図書館が保存してると言うことなのだけど、 
それと、ファーニホウの音楽の意味がどう関係しているのかは知らない、、 

それで、ふと思ったのは、「 Tell Me What You See 」の中にキリスト教の訓戒が引用されているのが、頭に引っかかっていたのだけど、ポール・マッカートニーが聖書からの引用を使っている歌がもう一つあったのを思い出して、「 Let It Be 」だけど、
で、「 Tell Me What You See 」をもう一度見ると、これ、もしかして、「 Let It Be 」の原型なの?と思って。
すると、語りかけているのは、ポールの母のメアリーと言うことなのだろうけど。  


追追記: 
語っているのがポールの母のメアリーとして訳してみると、   



お前の心臓にママの手を当てさせて頂戴、そうしたら、本当だと分かりますよ。 
私たちは別れることがないって、私はお前の心の奥底にいるって。 
両目を開けてごらんなさい、さあ、何が見えるか言ってみて。 
驚かなくていいのよ、お前が見ているのはママなのよ。 

「暗雲垂れ籠めしも、時を置かず、過ぎ去るべし」 
お前が私を信用してくれるなら、お前の青春を輝かせてあげましょう。 
自分の両方の瞳の中を覗き込んでごらん、さあ、そこに映っているのは。 
そこに映っているのがママだって、お前は、今、分かってない様ですね。 
さあ、何が見えるか言ってみて。 

ママがどうやってお前に連絡つけのか、もう一度、聞いてほしいのよ。 
連絡つけようとどれだけ苦労したか、お前は、分かってない様ね。 
両目を開けてごらん、さあ、何が見えるか言ってみて。 
驚かなくていいのよ、お前がみているのはママなのよ。 
さあ、何が見えるか言ってみて。 



posted by ノエルかえる at 18:11| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の21の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の20の訳   





それはすべての神々のたった一つの代用者なのだ。それは神々の 
本質の代用なのだ、高い空の金に輝く神々そのものではなく、 

ただ一つ、地球を見下ろし、 
君臨する、今や至高のと呼ばれる 

どこまでも広がっていく、ただ一つの影なのだ、 
それは、更に広大な天空の中、その高いところで 

たった一つある、チョコルナ山の影なのだ。 
それは、この土地の君主であり、 

この土地に住む人間たちの君主、天空の君主なのだ。 
チョコルナ山そのものと、続く山々そのものには、 

肉、骨、塵、石と言った 
意味深長なものも、影もないのだ。   





A substitute for all the gods :
This self, not that gold self aloft,

Alone, one’s shadow magnified,
Lord of the body, looking down,

As now and called most high,
The shadow of Chocorua

In an immenser heaven, aloft,
Alone, lord of the land and lord

Of the men that live in the land, high lord.
One’s self and the mountains of one’s land,

Without shadows, without magnificence,
The flesh, the bone, the dirt, thae stone.



posted by ノエルかえる at 15:11| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月12日

Why Don't We Do It In The Road? ってなんだろう?

 今日、不意に思ったのですが、「Why Don't We Do It In The Road?」って、どう言うことなのでしょう、、、 

 つまり、どうして前置詞が、on でも、at でもなくて、in なのか??? 
縦横高さのある三次元の空間として提示していると言うこと??? つまり、road と言う場所のある地点ではなくて、それ相応の長さで伸びている面があって、その面だけではなくて、その上の空間も含めてと言うこと?? 

 と、その前に、 road と言うのは、どう言う属柄なの? 
大雑把なイメージだと、avenue は都市の中の目標となる場所、聖堂とか広場とかへ向かう街路樹も備えた様な広い道で、 
street は街区を構成する道で、 
road は、都市と都市を、ああ、あるいは村と町を結ぶ道、街道の様な、で並木がある。 
なのだけど、 

 それで、Why Don't We Do It In The Road? って、どう言うイメージが頭に浮かぶの?  


 と考えて、全然わからなくて、辞書を見たりして、、、 でも、わからなくて、、、 


 でも、ロック・バンドが road と言うのだから、、、 on the road ではないけれど、、、 
もう、ロードの意味でいいのかなあ、と思ったり、で、inは、ある程度の期間と言う感じで、、、 

歌詞、二行しかないし、 
Why don't we do it in the road?
No one will be watching us. 


巡業に出てバンド演奏しない、ってどうなの? 
これじゃあ、一人も僕たちを見られないだろ。 

で、いいのかなあ、と思ったり、、、 



posted by ノエルかえる at 21:16| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月10日

The Beatles 「 Another Girl 」訳

 ビートルズの「 Another Girl 」、『 Help! 』の中の歌。ポール・マッカートニーがチュニジアのハンマメットにある英国政府所有の別荘のイスラム・タイル張りのお風呂で書いたそう。 


 前のアルバム『 Beatles for Sale 』の「 What You're Doing 」を母と娘の設定で訳したので、これは、母と息子の設定で訳してみました。 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Another Girl | The Beatles   




だって、もう、そうなんだもん、 
まるでちがってる、 
まるで新世界の女の子なんだもん、 

かあさんはぼくに、かあさんしかいないっていっつも言わせるんだけど、 
でも、もう今日からは言わない、だって、まるで新しい人と会ったんだ。 
ぼく、おバカじゃぜんぜんないからね、いらないのにとったりしないよ。 

だって、もう、そうなんだもん、 
まるでちがってる、 
まるで新世界の女の子なんだもん、 

ぼくずいぶんいっぱいの女の子を見たよ、彼女はその中でも一番可愛い、
このひろい世界の中のだれも、彼女がする様なことはできもしないんだ。 
だから、ぼくはかあさんに言いますよ、今度はじゃましないで下さいね。 

だって、もう、そうなんだもん、 
まるでちがってる、 
まるで新世界の女の子なんだもん、 
彼女、しぬまでぼくを愛してくれるよ、 
髪の毛ふさふさの今も、うすくなっても、ずっと、ぼくの恋人だよ。 

かあさんといっしょでしあわせじゃなかった、なんて言いたくはないの、 
でも、もう今日からは違うんだ、だって、まるで新しい人と会ったんだ。 
ぼく、おバカじゃぜんぜんないからね、いらないのにとったりしないよ。   




posted by ノエルかえる at 17:52| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の20の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の19の訳   






「人生に於いて良いささえ、それは空気」と言うのが 
あの人の考えだ、けれど、人生には他に何かないのだろうか? 

「良い空気、それが私の唯一のささえ」と言う考え、 
私はそれを信じているのだろうか? 信じているのは 

信じているのは、「私」の唯一のささえ、良い空気よりも 
もっと肌に沿う様に思えるもの、ささえにきっとなって 

いただろうと思えるもの、愛に満ちた私と相似 
のものがあった筈と言うこと。それはぼんやりと青いギター、…      





What is there in life except one’s ideas,
Good air, good friend, what is there in life?

Is it ideas that I believe?
Good air, my only friend, believe,

Believe would be a brother full
Of love, believe would be a friend,

Friender than my only friend,
Good air. Poor pale, poor pale guitar…








それから、3を訂正しました。  


posted by ノエルかえる at 11:59| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月05日

The Beatles「 Eight days a week 」訳

 ビートルズの「 Eight days a week 」、1964年のアルバム『 Beatles for Sale 』に入れられてる歌、 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Eight Days A Week | The Beatles   





きみが愛してくれなきゃ、ぼく、生きてらんない、それって、 
きみは本気にしてくれるって、ぼくは思ってるんだけど、 
ぼくが愛してないと、きみも、生きてらんないならいいけど、 
ぼくがきみにいてもらわないと駄目なのとおんなじでね。 

だきしめてよ、 
好きになってよ、 
一週間に八日働いて、何ももらえない、 
ただ、恋だけ。 

毎日恋こがれてる、きみ、あたまの中はきみだけ。 
おなじ言葉だけ、つい、口に出ちゃう、きみに恋してるって。 

一週間に八日、ぼくはきみを恋こがれてる、 
一週間に八日だけじゃあ、 
どんだけ願ってるかわかってもらえないよ。  




posted by ノエルかえる at 14:57| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月03日

Georg Trakt 「 Gesang einer gefangenen Amsel 」

 ウェーベルンの作品14『 Sechs Lieder 』、以前に「太陽」を訳していたので、 
Georg Trakt 「 Die Sonne 」: ノエルかえる不恵留 
 こんどは、「囚われのつぐみの歌」を訳してみました、 
 ウェーベルンが使ったトラークルの詩は、『夢の中のセバスチャン』の中の「訣別した者の歌」の章の中に入っています。 
これ、インターネットアーカイブで見ることができます:https://archive.org/details/bub_gb_q_A_AAAAYAAJ/mode/2up  



自分で訳していました、 


緑の樹冠の中に息が微かに聞き取れる。 
青の小花がたくさん、オリーブの樹の下で 
最後の金の足跡をしるした、さびしい顔の 
側を飛んで回っている。 
酔った翼で羽搏いて、夜を打ちつけたのだ。 
そうしたら、慎ましさが静かに血を流し、 
花盛りの茨から、動きの遅い滴が垂れた。 
輝く二本の腕が、慈しむ様に、 
破れた心臓を抱いている。   



Gesang einer gefangenen Amsel

Dunkler Odem im grünen Gezweig.
Blaue Blümchen umschweben das Antlitz
Des Einsamen, den goldenen Schritt
Ersterbend unter dem Ölbaum.
Aufflattert mit trunknem Flügel die Nacht.
So leise blutet Demut,
Tau, der langsam tropft vom blühenden Dorn.
Strahlender Arme Erbarmen
Umfängt ein brechendes Herz.   




邦訳は中村朝子さんが訳された『トラークル全集』があります。    


追記: 
umschweben は、「低く飛んで回る」と言う意味の自動詞だと思うのですけれど?? 
その後に、対格だと思う語が二つ、同格の様に並んでる、das Antlitz des Einsamen と den goldenen Schritt 、
これが同じものを指しているのか、別の二つのものかがよくわかりません、、、 
で、「低く飛んで回る」と言う意味の自動詞が対格とか取るかなあ、と思うのですが、、、
その上に、Schritt が「歩み」の意味なのか「樹の又」の意味なのか?? トラークルは、他の詩でも「歩み」の意味を使っているので、
こちらなのかなあ、とは思うのですが、

もうひとつ、 
die Nacht は、主格でなくて、対格だと思います、 
主格は書かれてないけれど、タイトルの Gesang einer gefangenen 「囚われのつぐみ」なのだと思います。

posted by ノエルかえる at 17:07| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の19の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の18の訳   





その’光’の様なある’かたち’は、あの’宏大’なものを私が 
私自身の大きさまでに縮めたものなのだ、たぶん、’宏大’なものの 

表面に居る私自身なのだ。もはや、’宏大’なものから 
浮き出しているのだ、無限のリュート群が一体となった 

’宏大’な中の無数の奏者から、もはや、一歩はみ出して 
いるのだ、けれど、孤絶しているものではない、’宏大’なものを縮めた 

時、そこには、縮めるものと縮めまれるものがあって、それが一つ 
になっているからだ。’宏大’なものの動きと私の動きが一つになっている。 

けれども、’宏大’なものの知性としての私自身ならば、 
そんなものは、まったく無い方がいい、 

石に封じ込められたライオンを前にした、 
リュートの中のライオンである様な知性なんて。      





That I may reduce the monster to
Myself, and then may be myself

In face of the monster, be more than part
Of it, more than the monstrous player of

One of its monstrous lutes, not be
Alone, but reduce the monster and be,

Two things, the two together as one,
And play of the monster and of myself,

Or better not of myself at all,
But of that as its intelligence,

Being the lion in the lute
Before the lion locked in stone.    





posted by ノエルかえる at 13:13| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月26日

In this short Life by Emily Dickinson

 エミリー・ディキンソンの「In this short Life」 

今、生きている時間が 
一時間しか続かないとしたら、 
私たちの力の及ぶ範囲は、 
どれほどまでに、、、どれだけ少ないのか 



In this short Life
That only lasts an hour
How much − how little − is
Within our power  


In this short Life - Wikisource, the free online library  

Lori Laitman の作曲:
https://www.youtube.com/watch?v=OHr_JMYe5K4
posted by ノエルかえる at 21:43| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月25日

The Beatles 「 She's A Woman 」訳

 ポール・ビートルの「 She's A Woman 」。 ( 1964 )
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
She's A Woman | The Beatles  





ぼくの恋人はものをくれたりしないもの、
しってるもの、あの娘はコサクを抱えてるお嬢様じゃないもの、 
あの娘の出来ることって、ずっとずっとぼくを好きでいてくれることだけだもの、 
ぼくの恋人はものをくれたりしないもの。 

ぼくが寂しくなってしまったら、ポッとあかるくしてくれる、 
あれはふざけているだけだと、みんなは言うけど、 
しってるもの、そうじゃないって。 

男たちには目もやらない、 
ぼくが泣いてるのを見ちゃうと、ぼくの恋人は、嫌がるんだ、 
ぼくはぜったい離れていかないと言うと、
ぼくの恋人は、ただただ喜ぶんだ、 
ぼくの恋人は男たちには目もやらない。 

ぼくの恋人はやきもきさせないもの、 
もてる時間ぜんぶ、ぼくを愛してくれるんだもの、 
なんでだか、ぼくは知らないさ。 

ぼくの恋人は、ただ一介の女だよ、でも、わかってるんだ、 
ぼくの恋人は、ただ一介の女だよ、でも、ただ一人の男を愛するんだ。






第1ヴァース、
My love don't give me presents,
I know that she's no peasant.
Only ever has to give me love forever and forever;
My love don't give me presents.  

で、
一行目の presents と 二行目の peasant は韻なのだけど、で、行末の韻なのだけど、 
二行目と三行目は、 has で韻、それも行の真ん中で、 
she's no と ever has to で。

同様に第2ヴァースも、 
一行目と二行目は脚韻で、eye と cry。
二行目と三行目は、hates とhappy。 




4月28日訂正 
ぼくの恋人は、おとなの女だもの、わかってるんだ、 
ぼくの恋人は、おとなの女だもの、夫を愛するんだ。 

ぼくの恋人は、ただ一介の女だよ、でも、わかってるんだ、 
ぼくの恋人は、ただ一介の女だよ、でも、ただ一人の男を愛するんだ。


4月30日追記: 
この歌は、歌詞の面では、「 Can't Buy Me Love 」の延長なのだろう。  

posted by ノエルかえる at 15:22| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月19日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の18の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の17の訳   





‘もの’の表面に夢が宿る、 
私はその夢を信じてしまい勝ちだ、(それを夢と呼ぶのだから) 

しかい、幾晩も長々と掻き鳴らされてしまった 
青いギターがあの触感、手ではなく、 

風の閃きの触感を齎らした以上、 
もはや夢ではない、そのままのメロディーで出来た 

ある‘かたち’なのだ。言い方を換えれば、 
陽光が差して来る時の、あの 

元そこにあった筈の海から上がって来る 
崖に映える’光’の様なある‘かたち’なのだ。 





A dream ( to call it a dream ) in which
I can belive, in face of the object,

A dream no longer a dream, a thing,
Of things as they are, as the blue guitar

After long strumming on certain nights
Gives the touch of the senses, not of the hand,

But the very senses as they touch
The wind-gloss. Or as daylight comes,

Like light in a mirroring of cliffs,
Rising upward from a sea of ex.    


posted by ノエルかえる at 17:22| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月12日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の17の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の16の訳   





「すがた」には「かたち」がある、でも、生まれて死ぬ 
様な生き物の「かたち」を言っていない。魂とか、 

心とか、精霊を思わせるものを言っている。これは、 
生き物の様なのだ。青いギターは、 

そのかぎ爪が弾き出した「聴き手のない日々」 
をその歯牙がはっきりと音にするのだから。 

青いギターは「かたち」なのだろうか? 「かたわく」なのだろうか? 
さて、兎も角、北風が金管を 

吹く、つまり、一本の細い管の中で作曲をする 
一匹のいも虫が、勝利したと言うことなのだ。    





The person has a mould. But not
Its animal. The angelic ones

Speak of the soul, the mind. It is
An animal. The blue guitar –––

On that its claws propound, its fangs
Articulate its desert days.

The blue guitar a mould? That shell?
Well, after all, the north wind blows

A horn, on which its victory
Is a worm composing in a straw.    



posted by ノエルかえる at 13:45| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月29日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の16の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の15の訳: ノエルかえる不恵留   





この世は空からへこんだ穴の様でなくて、何か固まった、 
でも、落ちる人を抱き留める程広くはなく、 

何か核の様な、でも、一個の種とは似てない、違う。産み 
出すことはないのだから、圧政者に似ている、 

圧政者。人々に死を出し惜しんで、なのに、 
人々が生きる活力を出し惜しんで、人々を憂鬱にさせる、 

させ様としない、戦場で生きることを、戦時下で生きることを、 
させ様としない、鈍重なプサルタリーの弦を切ることを、 

させ様としない、イェルサレムの下水管を改良させることを、 
させ様としない、雨雲に帯電させることを、−−− 

聖体拝領台に蜜を供えて、死ぬのがいい、 
本当に辛く思っている恋人たち。     





The earth is not earth but a stone,
Not the mother that held men as they fell

But stone, but like a stone, no: not
The mother, but an oppressor, but like

An oppressor that grudges them their death,
As it grudges the living that they live.

To live in war, to live at war,
To chop the sullen psaltery,

To improve the sewers in Jerusalem,
To electrify the nimbuses −

Place honey on the altars and die,
You lovers that are bitter at heart.   



posted by ノエルかえる at 18:07| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月28日

The Beatles「 What You’re Doing 」訳

ポール・ビートルの書いた歌。 

ヴァース/ヴァース/ブリッジ/ヴァース/ブリッジ/バースの構成。
コーラスがない。 

第一ヴァースと第三ヴァースの第一行の末尾に一音節が加えられている。
and lonely、girl。 
これは、ブリッジと対称になるように意図されているのだと思う。
ブリッジも三行で、第三行の末尾に一音節が加えられている、it’s me。
ヴァースは、5/4/3の音節か? 
ブリッジは、3/3/5。 


 さて、この歌詞は、若い男性が不実な恋人を嘆く恋の歌、と一般には思われています。それでいいなだとは思うのですが。 
 girl という呼格が少し気になります。男性が恋人の女性に対して使うことはあるのだけれど。もしかして、母親が娘を嗜めている、と言う場面にでも、この歌詞は合うのではないかと思えます。 
 ポール・マッカートニーは、自分の世代ではなくて、自分の親の世代に視点を置いた歌詞を書くことがあるので。それは、XTC のコリン・モールディングとも共通するのだけれど。  

 なので、母親が語り手という設定で、訳してみます。   
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
What You're Doing | The Beatles   

Alan W. Pollack's Notes on "What You're Doing"




一度自分のしていることを考えてご覧なさい。私はね、憂鬱ですよ、それに 
何の頼りもない様に思えるわ。 
あなたにあれこれ質さなければ良かったのかしら、 
わたしにどんな思いをさせようというのかしらね、あなたは。 

あなたのお陰で母さんは走り回っているのよ、腹立たしいわ。 
あなたにもっとくわしく質しておいた方が良かったのかしら、 
わたしにどんな思いをさせたいのか、聞いておけば良かったかしらね。 

母さんはね、おうちであなたを待ってるわ、 
今頃、あなたは何をしてるのか心配しながらね。 
あなたは本当に心配してくれる人が欲しいのでしょうね、でも、
それは母さんなのよ。 

嘘を言うのはお止しなさい。泣けてしまうわ、母さんは。 
あなたにもっとくわしく質しておいた方が良かったのかしら、 
わたしにどんな思いをさせたいのか、聞いておけば良かったかしらね。  





posted by ノエルかえる at 13:44| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の15の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の14の訳: ノエルかえる不恵留   





このピカソの絵、背後にいくつもの破壊を 
秘蔵している「図像」、これは私たちの肖像?  

つまり、私たちの社会の印象なのだろうか? 
私はモデルをするのか? 形を崩しながら夏至の満月へ 

手を伸ばす剥き出しの卵のモデルに? 
夏至の後の実りも、満月も見ないのに? 

いくつもの破壊を経て、存在はあるのだ。 
私もなのか? 私は、冷めた食事の載る 

テーブルで死んでいる男なのか? 
そう思うことはもう追悼なのだろうか? 私は生きていない?  

そこにある床の染み、ワインかもしれないし血かもしれない、 
たぶん、両方なのだろう、でも、それは私のものなのか?    





Is this picture of Picasso's, this 'hoard
Of destructions', a picture of ourselves,

Now, an image of our society?
Do I sit, deformed, a naked egg,

Catching at Good-bye, harvest moon,
Without seeing the harvest or the moon?

Things as they are have been destroyed.
Have I? Am I a man that is dead

At a table on which the food is cold?
Is my thought a memory, not alive?

Is the spot on the floor, there, wine or blood
And whichever it may be, is it mine?    


posted by ノエルかえる at 17:35| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

The Beatles「 Little Child 」訳

 ビートルズの「 Little Child 」、レノンとマッカートニーがリンゴ・スターのために書いた歌、結局はリンゴは歌わなかったけれど。 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Little Child | The Beatles   





おチビちゃん、ねえ、おチビちゃん、 
お兄さんとダンスを踊ってくれるかな? 
お兄さん、一人あぶれてつまんないんだ、 
ねえ、一回ダンスの相手をしてくれないかな。 

あやしてくれる人要るかな、
お兄さんと一緒に遊べば楽しいよ、 
さあ、さあ、ダンスの相手をしてくれないかな。 

お兄さんの側にいるのは、おチビちゃんだけだね、 
ああ、隠れん坊はしないよ、さあ、ダンス、 
さあ、さあ、ダンスの相手をしてくれないかな。 

おチビちゃん、ねえ、おチビちゃん、 
お兄さんとダンスを踊ってくれるかな? 
お兄さん、一人あぶれてつまんないんだ、 
ねえ、一回ダンスの相手をしてくれないかな。  




posted by ノエルかえる at 16:18| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の14の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の13の訳: ノエルかえる不恵留   





最初に一筋の光線、それからもう一筋、それから 
一千の光線の放射が空に起こる。 

そのどれもが星であり天体である、だから、昼と言うのは 
その天体の表面から来た光線が豊富にあると言うことなのだ。 

海がその光線の端にちりぢりになった色を加えている。 
光線が届く際では、音を消す霧が層になって並んだ支柱の様だ。 

誰かが言う、これでは、凝り過ぎたドイツのシャンデリアだ ーー 
世界を照らすには、一本の蝋燭で足りると言うのに。 

そう言われればはっきりする。真昼であっても、一本の蝋燭は暗闇の 
中で輝いている。何かに遮られて生じたのではない、自らが原因でそう 
                   なっている暗闇で。  

夜には、一本の蝋燭は、果物とワインを、 
本とパンを照らして見せる、それらがそれである様に見せる。 

単彩の明暗だけの中に、 
その人は座って、青いギターを弾く。    





First one beam, then another, then
A thousand are radiant in the sky.

Each is both star and orb; and day
Is the riches of their atmosphere.

The sea appends its tattery hues.
The shores are banks of muffling mist.

One says a German chandelier –––
A candle is enough to light the world.

It makes it clear. Even at noon
It glistens in essential dark.

At night, it lights the fruit and wine,
The book and bread, things as they are,

In a chiaroscuro where
One sits and plays the blue guitar.    





posted by ノエルかえる at 14:09| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

The Beatles 「 P.S. I Love You 」訳

 ポール・ビートルの「 P.S. I Love You 」。 
 歌詞は手紙の体裁。マッカートニー自身によれば、手紙体裁の歌詞は得意だということ。 
 ただ、この歌の歌詞には、手紙の本文がない様に思われます。次のアルバム『 With The Beatles 』の中の「 All My Loving 」がその本文なのか知ら?  
 マッカートニーは、歌詞が手紙体裁の歌はよくある形式というのだけれど、どれくらい多いのだろう。それから、愛する二人が離れて暮らし手紙をやり取りするという状態は流行歌になる程よくあることだったのか知ら。日本の歌謡曲でなら、地方の少年が職を得るために都会へ出るということなのだろうけど。 
 ところで、「 P.S. I Love You 」という題名の歌は、先行するものがある。1934年の歌で、Gordon Jenkins 作曲、作詞は、ジョニー・マーサー Johnny Mercer 。この歌詞では、男性(と思われる)主人公が離れて暮らす妻にその日の些細な出来事を書いている。それで、拝啓から始まって、追伸で終わる。分かれて暮らす理由を推察させる語は歌詞の中には出てこないのだけれど( それに、ミュージカルなどの歌でもないので背景のストーリーも分からないのだけれど )、時代から推察すれば、サナトリウムで療養している妻に努めて明るい瑣事を夫が書いている、という感じではないか知ら。 
 マッカートニーが、この歌を踏まえていたか、頭にあったのかは分からないけれど。 
 加えると、マーサー作詞の「 P.S. I Love You 」は、最初に録音されたのは、1934年のルディ・ヴァリー Rudy Vallée のものだけれど、1957年にフランク・シナトラも取り上げて、アルバム『 Close to You 』に収めている。注意しなければいけないのは、『 Close to You 』は弦楽四重奏をバックにしていると言うこと。( 弦楽四重奏だけではないけれど、この曲では、フルートとハープも使われている。 ) マッカートニーがシナトラのヴァージョンを知っていたならば、後の「 Yesterday 」にも影響しているのかも。( 尤も、弦楽カルテットの使用はジョージ・マーティンの考えだったと思うけど。 )


ジョニー・マーサーの「 P.S. I Love You 」を手紙の本文、マッカートニーのはその追伸文だけという設定が妥当なのでしょうが、 
今は、妻からの返歌として訳してみます。  
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
P.S. I Love You | The Beatles  



おてがみ書くたびに 
あなたにわたしの思いを送っています、 
わたしはあなたにずっと恋したままだって、 
おわすれないで下さいね。 

ふたりがいっしょになれるまで 
この三つの言葉、大切にとっておいて下さいね、 
わたしの思いをずっとのこしておいて下さいね。 

わたしはすぐにもおうちに帰るつもりよ、あなた 
それまでは、おてがみ書くわ、 

尚尚 
わたしはあいしていますあなたを、あなたを。 


posted by ノエルかえる at 17:20| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の13の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の12の訳: ノエルかえる不恵留   





青の中へ割り込んで来る褪せが  
今しているのは、蒼白さを、あ、減、じ、、、 まだ芽の青を  

花を包む膠を不味くしていると言うこと。  
伸び拡がる筈の芽、散り広がる筈の花は、  

滲のないお頭の弱い夢想であることに、 
青の世界を報じる新聞の頭紋章であること   

に事足りている。百人の恋愛小説家の顎でテカテカに  
光沢を出された青という形容詞であることに自足している。 





The pale intrusions into blue
Are corrupting pallors…ay di mi,

Blue buds or pitchy blooms. Be content –––
Expansions, diffusions–––content to be

The unspotted imbecile revery,
The heraldic centre of the world

Of blue, blue sleek with a hundred chins,
The amorist Adjective aflame…    


posted by ノエルかえる at 15:14| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月11日

The Beatles 「 Don't Let Me Down 」訳

 この歌、コーラス/ヴァース1/コーラス/異型のヴァース/コーラス/ヴァース2、と言う構成なのだろうけど。 
 でも、「I Want You ( She’s So Heavy)」と同じ頃に書かれた歌で、同様に、ふたつのジングルが衝突して一つになっていると思った方がいいのかも。それで、こちらの歌の方が複雑というか、まだ混沌としている様に思われる。「I Want You ( She’s So Heavy)」の方が洗練されている様に。 
 この歌の、ヴァース1/異型のヴァース/ヴァース2なのだれど、これ、異型のヴァースになったスタンザは、実は、コーラスを意図して、でも、コーラスに出来なかったと言う感じがする。それで、「 Don’t let me down 」と言うジングルをまったく別の地平から挿入したのではないか知ら? 
 ハンター・デイヴィスの『 The Beatles Lyrics 名作誕生』に依れば、「 Don’t let me down 」は、レノンが日常的に頻繁に使っていた句だそう。その句を、歌に差し込んだのではないだろうか。 
 それで、「 Don’t let me down 」と言う句、「失望させる/期待を裏切る」と言うのが普通の意味だと思うけれど、それとは違う意味でレノンは使っている様に思われる。look down 、とか、put down に近いのではないだろうか? 
 それで、「 Don’t let me down 」は、「I Want You ( She’s So Heavy)」の時と同じ様に、歌詞中の she のセリフと捉えることも出来るだろうし、ヴァースを読む人への作者からの要望と捉えることも出来ると思う。後者の場合は、まさに、ヴァースへ無理やりに差し込まれた、まるで違う視点の言葉ということになる。 
 それで、後者の設定で訳してみようと思う。 
 注意点は、これもデイヴィスの著作に依るのだけれど、ヴァース2で、レノンは故意に文法を間違えて done としていること、そのイメージを把握が出来るだろうか? (同じ音形の他の語を連想させようとしているのか? 例えば、donee とか。)   

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Don't Let Me Down | The Beatles



添付:
「皆様、真面目にお読みください! 
こんなっ、と捨てないでください! 
駄目だとお看做しにならない様に! 
私を見下さないで下さい!」 

彼女が今している様に、今まで誰も 
僕を愛してくれなかった。彼女は愛してくれている、そうなんだ。 
彼女が今している様に、誰か僕を 
愛していたとすれば、そうなんだ、それは彼女なんだ。 

添付:
「皆様、真面目にお読みください! 
こんなっ、と捨てないでください! 
駄目だとお看做しにならない様に! 
私を見下さないで下さい!」 

僕は、初めて、愛に包まれているんだ。 
そこの君は分からないだろう、ずっと続くんだ、 
いつまでも続く愛なんだ、 
愛はずっとそうだった、過ぎ去ると言うことがないんだ。 

添付:
「皆様、真面目にお読みください! 
こんなっ、と捨てないでください! 
駄目だとお看做しにならない様に! 
私を見下さないで下さい!」 

初めて会った時、本当なんだ、彼女はもうずっと前から 
僕を愛してくれてた、すべてを贈ってくれた。 
僕を愛してくれた人なんて誰もいないと思う、 
彼女は愛してくれていた、僕を、受け入れてくれていた。 

添付:
「皆様、真面目にお読みください! 
こんなっ、と捨てないでください! 
駄目だとお看做しにならない様に! 
私を見下さないで下さい!」   

posted by ノエルかえる at 15:37| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月09日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の12の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の11の訳: ノエルかえる不恵留  





トムトム、セモア[ 朕ハとむとむ成リ ]。同様に、青いギターとは 
私だ、同じ物なのだ。オーケストラは、 

落ち着きなくもぞもぞする人たちでホールをその高さいっぱいに 
満たす。大勢の聴衆が、 

言いたいことを言い終えて、さんざめきが次第に小さく 
なっていき、彼の息だけになる、夜の間目覚めたままの彼の息だ。 

彼は言う、このギターは内気な生き物だ、私は、 
分かっているのだろうか? メロディーを弾くのに 

どこで初めてどこで終えるのかを、けれども、私は 
ギターを取り上げる、それも、もう、重要な表明なのだけれど、 

けれども、まだ、ギターは私ではない、 
そうなる筈のものだけれど、まだ、何者でもないのだ。 



Tom-tom, c’est moi. The blue guitar
And I are one. The orchestra

Fills the high hall with shuffling men
High as the hall. The whirling noise

Of a multitude dwindles, all said,
To his breath that lies awake at night.

I know that timid breathing. Where
Do I begin and end? And where,

As I strum the thing, do I pick up
That which momentously declares

Itself not to be I and yet.
Must be. It could be nothing.



posted by ノエルかえる at 14:32| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

The Beatles 「 Things We Said Today 」訳

 ポール・ビートルの歌「 Things We Said Today 」、
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Things We Said Today | The Beatles  
https://www.youtube.com/watch?v=NItAlTsPuQg

 



ほら、今きみは言ったね、ぼくが死んでしまっても、きっと愛してるって。 
ねえ、今きみは言ったよ、ぼくのことずっと思ってるって。 
       それを、天国のぼくもわかる筈だって。 
ああ、反対に、ぼくがひとりのこされたら、 
きみには側にいるって感じさせて欲しいな、 
そうして、今、ぼくたちふたりが言ったことを思い出すんだ。 

ほら、今きみは言ったね、この世の終わりまでぼくの妻だって。 
今現代、そんなことを言う女性って、見つけられないだろうね。 
ああ、先のことだけど、ぼくたちも惚けてしまうよね、 
     話すことも少なくなるだろうね、でも、深く愛し合ってるよ、 
そうして、今、僕たちが言ったことを思い出すんだ。 

ぼくのことだけれど、ほんとについてるんだね。 
きみがいつも「愛は愛」というのを聞けてうれしいんだ。 
ぼくらはまだ気がついてないのだろうけど、 
もう、愛はここにあるんだよ、もう十分なんだ、 
ねえ、ぼくの妻にすると言うのはね、ただ一人の妻なんだよ。 
ぼくのこと、ずっと愛してよね。 
ぼくたちは、ずっとずっとだよ。 



posted by ノエルかえる at 15:32| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする