2019年09月16日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の10の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の8、9の訳: ノエルかえる不恵留





真っ赤になった円柱がけたたましく鳴る。ベルが 
ゆっくり鳴る、中は空っぽのブリキが音を立てる。 

通りに投げ入れられる新聞、その紋章には 
厳かに、死者の意向が印されている。 

そして、美しいトロンボーン隊がいる。彼らは注視している、 
彼らの誰も信じていない彼の演奏法を、 

誰もが信じていると、皆が信じている彼の、 
念入りにワニスを塗られた異教徒の演奏を。 

ギターに被せて、ドラムのロールが鳴る。 
ドラムは尖塔から身を乗り出している。トロンボーン隊の一人が大声で言い放つ。 

「ここにいる、私と競う人よ、私は、 
君に面と向かっているぞ、ツルツルのトロンボーンを鳴らしているぞ、 

これっぽちの惨めさもない、 
心中には、惨めさの微塵もない。 

さあ、君の最期へのプレリュードだ、 
ほんの一節で、人も岩も倒れてしまうぞ。」  





Raise reddest columns. Toll a bell
And clap the hollows full of tin.

Throw papers in the streets, the wills
Of the dead, majestic in their seals.

And the beautiful trombones-behold
The approach of him whom none believes,

Whom all believe that all believe,
A pagan in a varnished care.

Roll a drum upon the blue guitar.
Lean from the steeple. Cry aloud,

'Here am I, my adversary, that
Confront you, hoo-ing the slick trombones,

Yet with a petty misery
At heart, a petty misery,

Ever the prelude to your end,
The touch that topples men and rock.'




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2019年08月25日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の8、9の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の7の訳: ノエルかえる不恵留





8.
閃き行き交う稲妻で満ち満ちて、
ドクンドクンと、無数の突起が内側から膨れ上がり、複雑怪奇に絡まる空、 

興奮した様に光る、 
それに、熱烈なコーラス部へ向けて 

行き惑い、ハッとさせられる和声にひどく感じ入っている雲の下の  
その朝は、まだ、夜に押し切られている様だ、 

空は、その雲の間で叫んでいる、 
空を飛んで行く金色の敵対者に怒って、 

私には分かっている、私が爪弾く鈍く間延びした  
弦の音は、嵐の中の理性に似ているのだと。 

それでも、私の弦の音は、嵐にこの音を運んで行こうという気にさせる。 
私は爪弾く、ただ、そこに音を放り出すだけだ。    

9.
そう、その色、 
青いギターを作っている、そのどんよりとした空の 

色は、けれども、言い表し難い、 
私はと言えば、弦の上に屈み込んだ、 

影に過ぎないのだ、私ではなく弦なのだ、 
他に成り様のないメロディーを作るのは、弦なのだ。 

その色が思わせるのは、一つの感情から 
生じた一つの考え、ちょうど悲劇俳優の長衣の色、 

半分は彼の身振り、半分は彼の語りで 
出来た長衣、彼の意図でなった衣装、 

メランコリックな台詞と舞台の雰囲気で、 
濡れそぼった絹の長衣の色、その色は彼自身なのだ。 






VIII
The vivid, florid, turgid sky,
The drenching thunder rolling by,

The morning deluged still by night,
The clouds tumultuously bright

And the feeling heavy in cold chords
Struggling toward impassioned choirs,

Crying among the clouds, enraged
By gold antagonists in air-

I know my lazy, leaden twang
Is like the reason in a storm;

And yet it brings the storm to bear.
I twang it out and leave it there.

IX
And the color, the overcast blue
Of the air, in which the blue guitar

Is a form, described but difficult,
And I am merely a shadow hunched

Above the arrowy, still strings,
The maker of a thing yet to be made;

The color like a thought that grows
Out of a mood, the tragic robe

Of the actor, half his gesture, half
His speech, the dress of his meaning, silk

Sodden with his melancholy words,
The weather of his stage, himself.



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2019年08月18日

The Beatles 「 Oh! Darling 」訳

 ポール・ビートルの「 Oh! Darling 」。 

 言葉の音の動きだけでも、メロディーになっているような気も。
Oh darling, please believe me, 母音のお、う、あ、い、えという動きだけでも、うねりがあるような気が。 
ベートーヴェンのような作曲家なら、この歌を核にして、古典的交響曲を書くかもしれない、と思ったり。 

 歌詞も、ニール・セダカの「 Oh! Carol 」を元にしているのかもしれないけれど、それで、常套句ばかりのように見えるかもしれないけれど、実際は、かなり意図的なような気がする。言葉の音の組み合わせは構築的で堅牢なのでは。 
これを核に長いオードを、ゲーテなら書くかも。 


元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Oh! Darling | The Beatles





おお、うう、ああ、お前、真面目に聞いてくれ。 
おれはおまえにあくいはない、ちっともだ。 
お前に頼んでいるのを、真面目に聞いてくれ。 
おれはおまえにあくいはない、ちっともだ。 

おうあ、お前が俺を置いていってしまったら、 
おれはひとりではうまくやれない、なにもだ。 
お前に頼んでいるのを、真面目に聞いてくれ。 
おいていかないでくれ、ひとりになってしまう。 

もうあんたにいてほしくない、 
とお前が言った、あの時、お前は分かっていたろう、 
おれはやっとのことでたおれてなきそうなのをこらえたのを。 

もうあんたにいてほしくない、 
とお前が言った、あの時、お前は分かっていたろう、 
おれはすんでのところでくずおれてしぬところだったのを。 

おお、うう、ああ、お前、真面目に聞いてくれ。 
おれはおまえのささえをむいにはしない、きっとだ。 
お前に乞うているのを、真面目に聞いてくれ。 
おれはおまえにあくいはない、ちっともだ。  




第三ヴァース、ちょっと訂正。 
ああ、→おお、 

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2019年08月11日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の7の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の6の訳: ノエルかえる不恵留





私たちの作品を他の誰かに知らせてしまうのは、太陽。 
月は何も漏らなさい。沈黙の海の様だ。  

太陽がもう私たちの作品を知らせなくなり、 
大地が這いずる人間でいっぱいになり、 

機械の甲虫組がまるで熱くなることがない、 
それで、まるで沈黙の海の様だ、何も漏らさない、 

と、太陽のことを言う様になるのは何時だろう? 
そうしたら、私は、太陽に立っているだろう、今、 

月に立っているのと同じ様に、そうしたら、 
そこは、そのままのメロディー、つまり、私たちとは切り離されていて、 

塵一つなく美しい、神からの賜り物の様に素晴らしい、と言うだろうか? 
太陽の一部ではないのか? 遠く離れて、 

立つことが、神からの賜り物だと言うのか? 
青いギターの弦は、冷たい。   





VII
It is the sun that shares our works.
The moon shares nothing. It is a sea.

When shall I come to say of the sun,
It is a sea; it shares nothing;

The sun no longer shares our works
And the earth is alive with creeping men,

Mechanical beetles never quite warm?
And shall I then stand in the sun, as now

I stand in the moon, and call it good,
The immaculate, the merciful good,

Detached from us, from things as they are?
Not to be part of the sun? To stand

Remote and call it merciful?
The strings are cold on the blue guitar.

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2019年08月04日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の6の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の5の訳: ノエルかえる不恵留





一節のメロディーが向こう側に、私たちはここにいるままなのに、 
それでも、そのメロディーは青いギターで変えられることがない。 

君が、青いギターでそのメロディーを弾くとき、 
そのメロディーは変わらない、ただ、 

メロディーのある場所が変わっている、そして、 
私たちは、ある空間にでもいるかの様に、メロディーの中にいることになる。 

そう、音域を変えられて、向こう側に置かれる、 
大気の究竟の中で聴き取られる。 

最期の時、その前に、 
神について考えることが、雫の様に固まった煙になってしまったら、 

芸について考えることが最終のことの様に思える。 
メロディーは空間だ。青いギターは、 

メロディーがそのままである場所になる、 
ギターとは何なのかと分からせる構造物になるのだ。   





VI
A tune beyond us as we are,
Yet nothing changed by the blue guitar;

Ourselves in the tune as if in space,
Yet nothing changed, except the place

Of things as they are and only the place
As you play them, on the blue guitar,

Placed, so, beyond the compass of change,
Perceived in a final atmosphere;

For a moment final, in the way
The thinking of art seems final when

The thinking of god is smoky dew.
The tune is space. The blue guitar

Becomes the place of things as they are,
A composing of senses of the guitar.

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2019年07月28日

The Beatles 「 Got To Get You Into My Life 」訳

 ポール・ビートルの「 Got To Get You Into My Life 」。1966年のアルバム『 Revolver 』の中の歌。それ以前の歌と以後の歌の結節点の様な感じに思える。この歌は、『 Sgt. Pepper 』の起点の様に思える。 

 三つのヴァースにリフレイン。  

 ポール・マッカートニーは、1997年のバリー・マイルズのインタビュー本の中で、この歌はマリファナを歌っていると述べているのだけれど。それは、David Sheff のインタビュー本『 All We Are Saying 』の中でレノンがそう言っているのを受けてだと思う。 
 この歌が、実際、麻薬と関係あるかないかは分からないけれど、どちらにしても、本質的な問題ではないと思う。 

 歌詞の内容からも、音楽からも、この歌は、ジャズへの接近を歌っているのだと思う。ビートルズがホーン・セクションを導入した初めての歌であるし、しかも、ポール・マッカートニー本人が意欲的にそうしようとしたそうだから。「 Yesterday 」で、ジョージ・マーティンが後から弦楽四重奏を導入したのとは違って、最初からジャズへの接近を試みようとしていたので。 

 それで、歌詞の訳も、「ジャズへの接近」という設定で考えてみた。「 I took a ride 」を、デューク・エリントンの「 Take the "A" Train 」を当てはめてみた。   





元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Got To Get You Into My Life | The Beatles


ぼくは入るバンドを探してた、それで、「Aトレイン」に乗ってみたんだ、
何が見つかるかなんて、まるで予想してなかったよ。 
いつもと違う道をとれば、もしかしたら、 
これまでになかった心持ちになるかも、と思っただけなんだけどね。 

わあ、そしたら、突然に君らを見つけたんだ、 
あれ、毎日君らがいなくっちゃ、 
って、前に言ったことあったっけ? 

君らは逃げたりしなかったし、その場にバタリと倒れたりもしなかった、 
わかっていたんだね、ぼくは君らを捕まえて置きたいだけだって。 
君らはずっと先に行ってしまってたわけだけど、わかっていたんだね、 
また会えるって、ぼくは前にそう言ってたから。 

そう、君らはぼくの側にいることになっていたんだ、 
そう、君らに聞き届けて欲しいんだ、 
ぼくらは毎日一緒にいるって。

君らはぼくの人生に入ってくる他ないんだ! 

君らと一緒になったら、ぼくは何になるだろう? 
何が出来るだろう? でも、ぼくはそちら側にいたいんだ。 
ぼくがバンドに合っていたら、ぼくは辞めたりしない積り、 
ぼくに演れたら、ぼくはそちら側の演り方はわかっているんだけど。 





ユーチューブで見られるエリントンの演奏のビデオ: 
https://www.youtube.com/watch?v=cb2w2m1JmCY

これは、映画『 Reveille with Beverly 』の一シーン: 
https://en.wikipedia.org/wiki/Reveille_with_Beverly



付記すれば、この歌では、人種問題にも触れているということになるのだろう。それも、ポール・マッカートニーらしいと思う。 
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2019年07月15日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の5の訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の4訳: ノエルかえる不恵留




詩の重要性、 
地面の下で結束していく松明、

点光源の上の天空、のことを話すな。 
点光源、私たちの太陽には影がない、 

昼がしゃしゃり出て、夜は引っ込んでいる。 
影はどこにもない。 

大地、私たちが見る大地は、平たくて剥き出しだ。 
影はない。詩 

は、音楽を超えて、きっと、空っぽの天国 
それに天国を称える讃歌に取って代わる、 

君がギターを鳴らしている最中でも、 
詩に関わる私たち自身が、きっと、天国と讃歌に取って代わるんだ。 





Do not speak to us of the greatness of poetry,
Of the torches wisping in the underground,

Of the structure of vaults upon a point of light.
There are no shadows in our sun,

Day is desire and night is sleep.
There are no shadows anywhere.

The earth, for us, is flat and bare.
There are no shadows. Poetry

Exceeding music must take the place
Of empty heaven and its hymns,

Ourselves in poetry must take their place,
Even in the chattering of your guitar.


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2019年06月30日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の4訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の3訳: ノエルかえる不恵留





それでは、そのままのメロディーは生きていると言うことなのか? 
メロディーは、青いギターの上に進む道を採っている。 

一本の弦の上に百万の人がいて、 
このメロディーに、その百万の人の様式がすべてあると、言うのか? 

正しい様式も、間違った様式も、すべてが、 
弱い様式も、強い様式も、すべてがあると? 

感受性が、猛った様に、巧妙に細工された様に、 
秋の風に乗る蝿の様に、鳴く。 

だからやはろ、そのままのメロディーは生きているんだ、 
この青いギターから出る部分なる音は生きているんだ。  





W
So that's life, then: things as they are?
It picks its way on the blue guitar.

A million people on one string?
And all their manner in the thing,

And all their manner, right and wrong,
And all their manner, weak and strong?

The feelings crazily, craftily call,
Like a buzzing of flies in autumn air,

And that's life, then: things as they are,
This buzzing of the blue guitar.
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2019年06月23日

The Beatles 「 Here, There And Everywhere 」訳

 ビートルズの「 Here, There And Everywhere 」。 

 構成は、イントロがあって、三つのヴァース、一つのブリッジ、それにアウトロ。ブリッジは、第三ヴァースにくっ付いていて、メロディーは繋がる様に。 

 歌詞の内容は、相当に難解。マッカートニーらしいと言うか。ナレーションは一つだと思うけれど、第一ヴァース、第二ヴァースと、微妙に視点がずらされている。 
 第一ヴァースで here 、第二ヴァースで there と、( たぶん ) 全く次元の違う世界を描いて、第三ヴァースでその両方を止揚する everywhere という、弁証法的(?) な。

 ただ甘い恋の歌にも読める。それで済ませても構わないのだろう。でも、絶望的な希求の歌にも読める。そう読んでも誤読だとは思えない。 
 ハンター・デイヴィスの『ザ・ビートルズ・リリックス 名作誕生』には、バロネス・オルツイの『べにはこべ』の12章「一枚の紙片」の中の詩に言及されていたけれど、関係はないのだろうけれど。でも、どことなく、ロココ風な感じもするから、マリー・ワントワネットを連想してもいいのかも。 

 『べにはこべ』の中のその詩の村岡花子の訳は: 
あちらだ、こちらだ  
 ぼくらはさがす、 
ここにお出でのフランス人は 
 のこるくまなく探してまわる。 
天にいなけりゃ − 地獄にか? 
 姿を消したる、べにはこべ   




元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Here, There And Everywhere | The Beatles

https://www.youtube.com/watch?v=xdcSFVXd3MU





少しでも幸せに暮らしたい、僕は 
だから、恋人に「現存」して欲しいんだ。 

此岸では、過ぎ去る一年のその日その日を、僕は 
彼女の手の合図で変えている。 
誰も打ち消せない、特別なものがあるのだと、彼岸には。 

彼岸では、僕の両手で彼女の髪を搔き上げる、 
僕たち二人とも、そんなことがあれば素敵だと思う。 
そう「大切な人」が言うのに、彼女は「大切な人」がいることも分からない。 

彼女に「遍在」して欲しい、僕は、 
そばに彼女がいれば、煩いはなくなると分かっている。 
でも、彼女を愛するには、彼女が「遍在」しないと。 

愛すると言うのは、共に生きると知ったから、 
二人、それぞれ、恋する相手は死なないと信じて、僕は 
彼女を見つめ続ける、僕がずっと彼岸にいれる様に願って。 

僕は彼岸にいようと決めた、 
「遍在」しようと、
此岸にも、彼岸にも、どこにでもいるんだ。   

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2019年06月01日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の3訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の2訳: ノエルかえる不恵留





ああ、けれど、男が自分に弾く時は違う、 
それは、自分の心臓に短剣を打ち込むことであり、 

脳を台の上に置き、 
きつい色をつまみ出すことであり、 

自分の思想をドアに斜に釘付けることであり、 
すると、その思想の羽はグンと広がって、雨になり雪になるのだけれど、 

自分の脈つ命を打つことであり、ハイホーと、
ピクッと動かし、ドクッと動かし、本物にすることであり、 

金属の弦をジャンジャン掻いて、
青いギターから残酷な青を喧しく鳴らすことであり…





III
Ah, but to play man number one,
To drive the dagger in his heart,

To lay his brain upon the board
And pick the acrid colors out,

To nail his thought across the door,
Its wings spread wide to rain and snow,

To strike his living hi and ho,
To tick it, tock it, turn it true,

To bang from it a savage blue,
Jangling the metal of the strings….



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2019年05月19日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の2訳

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の1訳: ノエルかえる不恵留



2.
僕は、世界をすっかり網羅することは無理、 
でも、やれるだけは、当てるんだ。 

僕は英雄の頭に歌い掛ける、大きな片目、それに黄がかった 
茶色の髭が生えた頭、でも、ブロンズで人ではない、 

でも、やれるだけは、当てるんだ、 
そうしたら、ブロンズの英雄を通って、どうにか人に歌が届く。 

もし、そうやって、どうにか人に歌いかけたセレナードが 
ちゃんとしたメロディーから外れているならば、 

それが、青いギターを弾く男の  
セレナードと言うことだ。   




II
I cannot bring a world quite round,
Although I patch it as I can.

I sing a hero's head, large eye
And bearded bronze, but not a man,

Although I patch him as I can
And reach through him almost to man.

If to serenade almost to man
Is to miss, by that, things as they are,

Say it is the serenade
Of a man that plays a blue guitar.



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2019年05月13日

Wallace Stevens 「 The Man With Blue Guitar 」の1訳

 ウォレス・スティーヴンズの「 The Man With Blue Guitar 」のパート1( 33パートある )、 
( ウィキソースなどには、全パートはないけど、)


1.
男がギターに被さっていた。
羊の毛を刈るのに似ている。日は朝まだき。 

皆が言う、「青いギターを持っているんだね、 
君は、でも、メロディーをちゃんと弾かない。」 

男が答える、「メロディーはそのまま、 でも、
この青いギターにかかると変わるんだ。」 

それで、皆が言う、「でも、メロディーは 
僕らが生まれる前からあって、僕らが死んだ後もあるんだ、」 

「だから、青いギターで奏でても、 
メロディーはちゃんと弾かないといけない。」 



The man bent over his guitar,
A shearsman of sorts. The day was green.

They said, 'You have a blue guitar,
You do not play things as they are.'

The man replied, 'Things as they are
Are changed upon the blue guitar.'

And they said then, 'But play, you must,
A tune beyond us, yet ourselves,

A tune upon the blue guitar
Of things exactly as they are.'


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2019年04月29日

The Beatles 「 I'm Only Sleeping / I’m So Tired / I’ve Got A Feeling 」訳

 ビートルズのジョン・レノンの歌、「I'm Only Sleeping 」「 I’m So Tired 」を一つにして、それに「 I’ve Got A Feeling 」のレノンの部分を加えて訳してみました。( 最後に、マッカートニーの「 I’ve Got A Feelin 」と言う行だけは付けてます。 )

元にしたのは、ビートルズのホームページの Songs:
I'm Only Sleeping | The Beatles
I'm So Tired | The Beatles
I've Got A Feeling | The Beatles





誰もに辛い一年があった、
誰もに嬉い一時があった。 
誰もが枕を濡らして寝たことがあった、 
誰もが輝く陽を顔に浴たことがあった。 
 

目を覚ますと、まだ朝早くて、 
ぼくは、頭を上げたけど、口は大きく開いたまま。 
夢の真っ只中、まだ途中で、 
ぼくが、潜り込んだベッドは、夢のせせらぎへ浮かび上がる、 
だから、おこさないで、ぼくを揺さぶらないで、 
そのままにしておいて、ぼくは寝てるだけだから。 

疲れている、私はずっと、瞬きする間も寝てないのだ、
疲れている、私の精神は、明滅状態になっているのだ。
どうだろう、立ち上がって、自分で飲み物を用意した方が良いのだろうか。
出来ない、とても出来ない。
疲れている、自分が何をすれば良いか、私はまるで分からない。
疲れている、私は全神経を君に向けているからだ。
どうだろう、君を呼べば良かったのだろうか、でも、
君がいつも何をするかは分かってるから。 


誰にも良い一年があった、 
誰にも髪が抜ける思いの時があった。 
誰もが緒を締めて勇み出た時があった。 
誰もが地団駄を踏んだ時があった。 


ぼくはなまけもの、とみんなは思っているみたい。 
ぼくはそれでいいんだ、みんなが可笑しい、とぼくは思うから、 
どこでもあんなスピードで走り回ってるなんて、 
いつか、そんな急がなくて良かった、と気づくよ、 
だから、ぼくの大事な一日を駄目にしないで、ぼくは夢の空なんだ、 
そんなこと言わなくても、ただ、ぼくは寝てるだけだから。 

世間が活動しているのを窓から目に留めて、 
よこたわって天井を見つめてね、眠くなるのを 
時間をかけて、ぼくは待つんだ。  

私は君に大袈裟に言っていると、君は言うが、 
私は至って真面目だ、この事態は私を害しているのだ。 
私が眠れないのを、思案を止められないのを、君は知っている、 
三週間になるのも、私が発狂しそうなのも、君は知っている。 
私が落ち着いた僅かの間に手に入れたものは、 
全て君に渡していることも、君は分かっている筈だ。 


誰にも良い一年があった、 
誰もに辛い一時があった。 
誰もが枕を濡らして寝たことがあった、 
誰もが輝く陽を顔に浴たことがあった。 
誰にも良い一年があった、
誰にも髪が抜ける思いの時があった。 
誰もが緒を締めて勇み出た時があった、 
誰もが地団駄を踏んだ時があった。 
  

世間が活動しているのを窓から目に留めて、 
ぼくは時間をかけて…


疲れている、私は急き立てられている様に感じる、 
それでもとても疲れている、タバコをもう一本吸いたい、 
吸ったら、ウォルター・ローリー卿を罵るのだ。 
本当に馬鹿な奴だ。 
 

そんな感じがする、 
そうしようと思う、
そんな感じがする。
  







これに、ジョン・レノンの「 Watching the Wheels 」も加えれば良いのかもしれない。 


追記: 
「 I've Got A Feeling 」の「 Evrybody had a wet dream 」のところ、
a wet dream は淫夢だと思うのだけれど、歌詞は全て対になってて、良いことと悪いことが合わせてあるので、 
「Ev'rybody saw the sun shine,」が陽のイメージならば、「 Evrybody had a wet dream 」は陰のイメージだと思うので、
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2019年04月13日

William Carlos Williams「 The Widow's Lament in Spring 」訳

 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの「 The Widow's Lament in Spring 」の訳。 
元にしたのは、ウィキソースの: 
The Widow's Lament in Spring - Wikisource, the free online library



悲しみはわたしの持ち物の庭、 
新しく萌えた草が 
燃やされた様に照り映えて、 
映える様子は 
この年ずっとわたしをぴったりと取り囲んでいた 
冷たい炎に似ているけれど、違う。 
三十五年間、 
わたしは夫と一緒に暮らしていた。 
今日、杏子の木は真っ白 
いっぱいに花が咲いている。 
いっぱいの花が桜の枝々を満たしている、 
いっぱいの花が、ある茂みは黄に 
ある茂みは赤の色にしている、 
けれども、わたしの心の中の哀しみは、 
強くなっていく、以前には 
いっぱいの花はわたしの喜びだったのに、 
その度合いよりも増して哀しい、 
今日、わたしは花を目に止めて、 
自分が背を向けて忘れていたのに気が付いた。 
今日、息子が 
遠くの 
草原の 
鬱蒼とした森に接したところに 
白い花を着けた樹を見た、とわたしに教えてくれた。 
もしもできるなら、 
そこに行って、 
その花に身を預けて  
そばの沼に沈んでしまいたいと、わたしは思った。  







Sorrow is my own yard
where the new grass
flames as it has flamed
often before but not
with the cold fire
that closes round me this year.
Thirtyfive years
I lived with my husband.
The plumtree is white today
with masses of flowers.
Masses of flowers
load the cherry branches
and color some bushes
yellow and some red
but the grief in my heart
is stronger than they
for though they were my joy
formerly, today I notice them
and turned away forgetting.
Today my son told me
that in the meadows,
at the edge of the heavy woods
in the distance, he saw
trees of white flowers.
I feel that I would like
to go there
and fall into those flowers
and sink into the marsh near them.








ちょっと、モールディングの「 Scatter me 」を想いました。   


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2019年03月31日

The Beatles 「 Dig a Pony 」訳

 ビートルズの「 Dig a Pony 」の訳。 

The Beatles 「 Dig A Pony 」のこと: ノエルかえる不恵留





無意味な歌詞であっても、「意図」はある筈だから。

六つのカプレットと一つのジングル、と言う構成。 
カプレット二つ毎に、ジングルが挿入されている。 
最初の四つのカプレットは、ジングルを挟んで対称的な音韻構成。 
1: -y
2: -g
と 
3: -g
4: -y
五つ目、六つ目のカプレットは音韻の関係はないのかも。 

4つ目までのカプレットは、使われる名詞が a の不定冠詞で、
ポニー pony、豚 hog、犬 dogと動物が並んで、stoney。
五つ目は、 the の定冠詞、六つ目は歌詞が確かめられないのだけど、
( ホームページでは、cold and lonely と形容詞で冠詞はない。インターネット上では、load a lorry と書かれているものもある。 )

カプレットでは、celebrate、penetrate、radiate、imitate、indicate、syndicate と、-ate の付く語を並べている。けれど、音韻の変化に何かの法則があるかどうかは、私には分からない。意味上の推移もあるのかどうか? 



元にしたのは、ビートルズのホームページの「 songs 」なのだけれど、
六番目のカプレット、
ビートルズのホームページでは、
「 Oh, now. I a hi,hi, a, hi,hi, cold and lonely 」となっているのだけれど、
「 coal a lorry 」 の様に私には聞こえるので。  

Dig A Pony | The Beatles
https://www.youtube.com/watch?v=LpdJE7HG8Ls





オレ、はあ、わあ、わあ、ポニーなんか好き( 坑道小馬 )。 
やあ、オマエはいつも寿ぐ、オマエに欠けてるものを。 
なあ、オマエはいつも寿ぐ、オマエに欠けてるものを。  

オレ、はあ、わあ、わあ、なんか傍若無人( 海道豚 )。 
やあ、オマエはたいてい通じる、オマエが行くところで。
なあ、オマエはたいてい通じる、オマエが行くところで。 

オレはオマエにこう言った。 
「こうあって欲しいとオレは思ってる、なんでもかんでも、オマエを映している様にと。 
だからだ。何もかもが、オマエが好む様になってないといけないんだ。」

オレ、はあ、わあ、わあ、脇月なんかに付き侍る( ミシシッピ川沿いのアメリカヤマボウシ ) 。 
やあ、オマエはきまって放射する、オマエの存在そのものを。 
なあ、オマエはきまって放射する、オマエの存在そのものを。

オレ、はあ、いま、わあ、石果なんか転がす( 路傍の石 )。 
やあ、オマエはふだんそのままなぞる、オマエが知っていることを。 
なあ、オマエはふだんそのままなぞる、オマエが知っていることを。 

オレはオマエにこう言った。 
「こうあって欲しいとオレは思ってる、なんでもかんでも、オマエを映している様にと。 
だからだ。何もかもが、オマエが好む様になってないといけないんだ。」 

そして今、い、ま、オレは、風が吹いてるのを感じる。 
そう、オマエが見たものは皆、瞳に表れている。 
本当に、オマエが見たものは皆、瞳に表れている。  

そして今、オレ、はあ、わあ、荷船に石炭を積んだ。 
それで、オマエは声を揃えて船を漕ぎ出せと言えるんだ。 
そうだ、オマエは声を揃えて船を漕ぎ出せと言えるんだ。  







追記: 
この歌詞は、破格を意図しているのだと思う。 
ヴァース/ヴァース/ブリッジ/ヴァース/ヴァースという構成と見えるけれど。
実際は、ヴァースにもなってないのだろう。
ヴァースならば、一つのカプレットを挟んで前後に一行づつあるか、ヴァースの前か後かどちらかに二行あるだろうから。 
カプレットだけで放棄している感じ。 
それで、同じ型のカプレットを二つ続けて、ヴァースの代わりにしている様に思える。
ヴァース( カプレット/カプレット )/ブリッジ/ヴァース( カプレット/カプレット )/ブリッジ/ヴァース( カプレット/カプレット )。
これで、破片を集めた感じを出しているのかも。  

posted by ノエルかえる at 14:52| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月17日

The Beatles 「 Honey Pie 」訳

 ビートルズの「 Honey Pie 」の訳。元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Honey Pie | The Beatles





かの女人はもとははるか英格蘭北部地方の女工だった。 
「人気沸騰」、いまやかの女人は合衆国の成功者。 
一度でもかの女人が話す機会をこの男に与えて遣るならば: 

「あまぽっぺ、なれはわれをあくがれさせる、 
恋しているが怖づている、さあらば、必ずやなれは戻ってくれなむ。 
あは、あまほっぺ、われの見立ては悲劇なり、 
戻り来や、奇跡劇をわれに見せ給え、 
聖林の歌で成る奇跡劇を。 

なれはなりぬ、銀幕の英名のひとり。 
なれに会えると思うことは、われの膝を萎えさせる。 

おほ、あまほっぺ、なれの居場所となる気配のアトラスの海を、 
なれは船渡りしわれにほろをみださせる。 
あまほっぺ、われのもとに帰りなむ。 

なれの乗った船を海の向こうに吹きやった風は、 
必ずやわれに贈ってくれなむ、なれの乗る帰りの船便を。タタラッタラ。 

は は は おお、おお、 
あまぽっぺ、あまほっぺ。」  

posted by ノエルかえる at 14:56| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

William Carlos Williams「Queen-Ann's-Lace 」訳

 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの「 Queen-Ann's-Lace 」。
まるで分からないのだけれど。 
 元にしたのは、ウィキソースの: 
Queen-Ann's-Lace - Wikisource, the free online library




その花叢は、アネモネの花弁ほどには 
白くないし、なめらかでもない、 それに、 
点在してなどいない。一面が 
ノラニンジン、圧倒してあたりを 
占めているノラニンジンの花叢。草は、 
その上に覗き出ることなど出来ない。 
純白になると言う可能性はない、 
ただ白いと言うだけだ、それぞれの花の中央に 
紫のポッチがあるから。 
それぞれの花は、純白さを 
測る目盛りになっている。その目盛りが 
当てられるところにはどこにも、 
小さな紫の点が点けられる。花は、 
花叢の一部分、目盛りを当てられて、 
一差し一差し 
網目の中に編み込まれて、一つの花の端は、 
また次の花に編み込まれて、最後には、 
辺り一面が白さを望む、ふわりとした、一枚の編み物に、
花が集まって、宙に浮かぶ編み物になる。
純白への敬虔な憧れなのだ。それが覆っていく、 
あるいは、何もない空っぽ。 


Her body is not so white as
anemony petals nor so smooth−nor
so remote a thing. It is a field
of the wild carrot taking
the field by force; the grass
does not raise above it.
Here is no question of whiteness,
white as can be, with a purple mole
at the center of each flower.
Each flower is a hand's span
of her whiteness. Wherever
his hand has lain there is
a tiny purple blemish. Each part
is a blossom under his touch
to which the fibres of her being
stem one by one, each to its end,
until the whole field is a
white desire, empty, a single stem,
a cluster, flower by flower,
a pious wish to whiteness gone over−
or nothing.
posted by ノエルかえる at 15:27| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

The Beatles 「 I Will 」訳

 ビートルズ、マッカートニーの歌「 I Will 」。 

 元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」だけれど、ここでは、第三ヴァースの Make it easy to be near you が抜けています。理由はわかりません。間違いかもしれないけれど。 
I Will | The Beatles

I Will – The Beatles Bible

Alan W. Pollack's Notes on "I Will"


 構成は、ヴァース/ヴァース/ブリッジ/ヴァース。それで、第三ヴァースでは、第三行目の音形が繰り返されて加えられています。 

 「簡潔さ」を主眼にした歌詞だけれど、単純ではありません。歌詞に音の区切りを入れてみても、文の区切りどころか、語を切断するところさえあります。意味内容は、歌詞の行、スタンザを超えて作られています。 
「 Make it easy to be near you 」も加えて、音の区切りをスラッシュで入れてみて: 
Who knows how long / I’ve loved you,
You know I / love you still.
Will I wait a / lonely lifetime,
If you want / me to I will.

For if I eve / r saw you,
I didn't catch / your name.
But it never / really mattered,
I will always / feel the same.

Love you forever and forever,
Love you with all my heart.
Love you when we're together,
Love you when we're apart.

And when at l / ast I find you,
Your song will / fill the air.
Sing it loud so / I can hear you,
Make it easy to be / near you
For the things you do E / ndear you to me.
You know I will,
I will.


 それから、 I wait a lonely lifetime は、日常的な「 wait a long time 」と言う言い方の洒落なのかも? 前作の『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』への連想が働くようにしているのかも?
 第三ヴァースは、ジェイムズ・ジョイスの「室内楽」を思わせます。  


拙訳: 


ぼくがこれまでずっと君を愛して来たのを知ってる 
と言うのは君、その君は今でもぼくが君を愛しているのを 
知っている。 きっとぼくが生涯を通じて恋人を求めてたのをわかってる、 
ぼくは誓うよ、君がぼくに誓えと言うのなら。 

とは言うけれど、ぼくが一度でも君に会ったことがあればよかったのに、 
ぼくは君の名前を聞きそびれた、誓いを立てるのには不都合。 
でも、名前を知らなくても、本当の問題にはならないよ。 
ぼくは、名前があってもなくても同じだと思ってる。 

愛してる、君を、いつでも永遠に 
愛してる、君を、全身全霊で、 
愛してる、君を、一緒にいても、
愛してる、君を、離れていても。 

そして、とうとう、ぼくが君を見つける時と言うのは、 
きっと、君の歌が空に響き渡っている時だよ。 
君の歌う歌は朗々として、ぼくには聴き分けられるんだ。 
と言うのも、君が何をしても、 
それがぼくを君に惹かさせるのだから。 
ぼくがきっと君の歌を好きになるって、君はわかってる、 
ぼくはきっと好きになるよ。  
posted by ノエルかえる at 08:49| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

Wallace Stevens 「Phases」訳

 ウォーレス・スティーヴンズの「 Phases 」を訳してみました。よく分かりませんが。 

元にしたのは、Poety Magazine の: 
Phases by Wallace Stevens | Poetry Magazine

 1914年に書かれたもので、戦争についての詩ということ。 
作中の、Hopkins は Frank Hopkins アメリカの騎手か? 
Winkle は Rip Van Winkle か? 
London は Jack London か?  





I
パリスに小さな升目街区がある、 
僕たちが通り過ぎるまで控えている。 
人々は用もなく座っている、 
人々はちびちびとグラスを啜っている。 

角には一台の辻馬車が止まっている。 
雨が降っている。季節は悼んでいる。 
雨は、一瞬銀色になり、 
葉で緑色になる。 

窓辺には鸚鵡がいる、 
きっと、列に並んだ僕たちを見ているんだ、 
ドラムロールの響きを聴いているんだ、 
それに、セレナードも聴いている。 


II
栄光の塩味だ。 
違っている、 
アガメムノンの話とは違っている。 
泥の中に、眼球が一つ、 
それが、ホプキンスだ、 
ぺしゃんこで、色が褪せて、血が纏わり付いている。 

V
それでも、夜の軍隊ラッパは、 
翼なのだ、 
僕たちを快適なところへ運んでくれる。そこは、 

僕たちの苦しい夢から抜け出した、 
蝋燭の光線が 
アラベスク模様に絡みつく。 

風が吹き付けるそこでは、 
アイリスが項垂れながら伸びていく。 

散発的な至福、それは、 
夜の深淵で歌う鳥たちだ。 

壁に沿って、 
黄色い実をつけた蔓が落ちている。 
地獄との境界になっている 
壁に沿って。 

W
死の崇高さが、また、 
ただの男たちを美化する。 
眠りこけたウィンクルは、
死ぬ時、 
アガメムノンの満足感を味わった。 

この塩辛い、生贄の味を前にして、 
ロンドンの仕事と廃物は
彼に 
何をしてくれたのだろうか? 

ロンドンの悲嘆は、 
この刹那の勝利の一刺しを前にして、 
何をもたらしたのだろうか? 




I.
There’s a little square in Paris,
Waiting until we pass.
They sit idly there,
They sip the glass.

There’s a cab-horse at the corner,
There's rain. The season grieves.
It was silver once,
And green with leaves.

There’s a parrot in a window,
Will see us on parade,
Hear the loud drums roll−
And serenade.


                           II.
This was the salty taste of glory,
That it was not
Like Agamemnon’s story.
Only, an eyeball in the mud,
And Hopkins,
Flat and pale and gory!


                           III.
But the bugles, in the night,
Were wings that bore
To where our comfort was;

Arabesques of candle beams,
Winding
Through our heavy dreams;

Winds that blew
Where the bending iris grew;

Birds of intermitted bliss,
Singing in the night's abyss;

Vines with yellow fruit,
That fell
Along the walls
That bordered Hell.


                           IV.
Death's nobility again
Beautified the simplest men.
Fallen Winkle felt the pride
Of Agamemnon
When he died.

What could London’s
Work and waste
Give him−
To that salty, sacrificial taste?

What could London’s
Sorrow bring−
To that short, triumphant sting?




posted by ノエルかえる at 16:23| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月14日

Wallace Stevens「Cathedrals are not built along the sea 」訳

 ウォーレス・スティーヴンズの大学生時代に書いたソネットの訳。 

このwebページなどを参照した: 
http://www.english.illinois.edu/maps/poets/s_z/stevens/misc.htm

Cathedrals are not built along the sea;

The tender bells would jangle on the hoar

And iron winds; the graceful turrets roar

With bitter storms the long night angrily;

And through the precious organ pipes would be

A low and constant murmur of the shore

That down those golden shafts would rudely pour

A mighty and a lasting melody.

And those who knelt within the gilded stalls

Would have vast outlook for their weary eyes;

There, they would see high shadows on the walls

From passing vessels in their fall and rise.

Through gaudy widows there would come too soon

The low and splendid rising of the moon.





大聖堂はどれも海の側に建てられてないと言うのに。 
鐘は、風を受けて撓みやすい音を、灰白で鉄の様 
な風の上で鳴らしている様だ。優雅な尖塔群は、 
長い夜の間、痛烈な嵐で猛々しく唸っている様。 
そして、高価なオルガンのパイプを通って出てくるのは、 
長く絶えることのない岸辺の呟きの様だ。 
岸辺の砂丘に、その幾つもの金の空気孔が、 
力強いそして永続的なメロディーを、ぞんざいに注いでいる様。 

そして、金鍍金した聖職者席の中に跪いている人々は、 
自分たちの弱った目にも広大な眺望を持っている様。 
その人たちは、浮き沈みしながら通り過ぎて行く 
幾隻かの船からの高い影を壁に見ている様だ。 
ごてごて飾られた窓からは、すぐにも、 
壮麗に登ってくる月の低い光が差して来るだろう。 


posted by ノエルかえる at 15:33| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

The Beatles 「 Because 」訳

 ビートルズの「 Because 」の訳。 
元にしたのは、ビートルズのホイームページの「 Songs 」:
Because | The Beatles





ああ、世界は穹窖、 
そして起こること、世界が僕を巻き込む、 
世界は穹窖 

ああ、風は詠、 
そして起こること、風が僕に心を吹き込む、 
風は詠 

愛は未生以前から、愛は今から、 
愛は誰もが、愛は君だけに

空は蒼枯、
そして起こること、空が僕を泣かせる、 
空は蒼枯 

ああ、ああ、ああ、  





ちょっと、武満徹の「○と△の歌」( 1961年 )を思い出した。
posted by ノエルかえる at 11:26| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月28日

The Beatles「 Martha My Dear 」訳

 ビートルズのマッカートニーの歌、「 Martha My Dear 」の訳 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
Martha My Dear | The Beatles
https://www.youtube.com/watch?v=SQaqoNZ_35o






大事なぼくのマーサ、
ぼくは社交界で一日を過ごしてしまっているけど、 
ぼくのことを覚えてくれていたら、嬉しいな。 

愛しいぼくのマーサ、 
ぼくを忘れないで、 
ぼくの大事なマーサ。 

しゃんとするんだよ、 
考えなしの仔だね、 
しでかした始末を見てごらん、 
汲々と勝手が悪くなったなら、 
周りにあるものをちょっと勝手に使ってもいいんだよ、 
考えなしの仔だね。 

自分の周りをよく見てごらん、 
よく見てごらんよ、駄目じゃないか、 
きみとぼくはお互いに 
決められてた相手だって、わからなないと、 
考えなしの仔だね。 

お仕置きをするよ、 
考えなしの仔だね、 
しでかした始末を見てごらん、 
汲々と勝手が悪くなったなら、 
周りにあるものをちょっと勝手に使ってもいいんだよ、 
考えなしの仔だね。 

大事なぼくのマーサ、 
きみはいつもぼくに着想を持って来てくれる仔だ、 
ぼくのことを好いてくれたら、嬉しいな。  







追記:
歌詞の面で、何より注目されるのは、テーマの「 Martha My Dear 」、柔らかい一語の Martha を、そのすぐ後で、二つの点に分解している。とても面白いと思う。 
それから、この歌もヴァースに二種類のブリッジなのだけど。そのブリッジは、両方ともたしなめる調子なのだけれど、それが、少し違うたしなめ方。「 Hold your ・・ 」の方は、上位の人が諭すような風で、「 Take a good look 」の方は、同じ位置で、発話者の方が懇願する感じも混じる風。その対比も面白いと思う。
posted by ノエルかえる at 14:54| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24日

William Carlos Williams「 Sour Grapes/Primrose 」訳

 William Carlos Williams「 Sour Grapes/Primrose 」訳、 
元にしたのは、ウィキソース: 
Sour Grapes/Primrose - Wikisource, the free online library





黄、き、き、おう! 
もう色ではない。 
夏そのものなのだ!  
柳の上に吹いている風、それなのだ、 
ひたひた寄せる波、それなのだ、茂み 
の下の影、一羽の鳥、青い鳥、 
鷺が三羽、杭 
の上の死んだ鷹、一羽の鷹、 
はっきりとした黄色! 
草の、それに、ぎっしり生えた胡桃の樹 
の緑の葉の揺れる中に、子供たちが 
クローケーを遊ぶ中に、それでなければ、一人の少年が 
魚釣りを遊ぶ中に、一人の男が、
歩きながら 
桃色に握った拳を振る中に、 
あるものは、一片の青写真なのだ。 
犬蓼が、勿忘草が生えている 
用水路に、苔が生えている 
軌道の鍔の下に、波の線が入っている 
割れた岩に、一本の 
大きな橅の樹。 
忌避の思いがあるのだ、 
五弁の赤い花になるのは、薔薇になるのは、 
そういう花は、六フィートの高さの赤い茎の上に咲く、 
そういう花は、鳥が胸を突き合わせて集まって来る、 
この花は、下へ曲がった 
穂状花序の萼の上に、 
四枚の黄色い花びらを開く。 
緑の草原に紫の草の一群れが 
点を打っている、空に雲が点を打っている。 


posted by ノエルかえる at 15:08| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月01日

The Beatles 「 Birthday 」訳

 元にしたのは、ビートルスのホームページの「 Songs 」:
Birthday | The Beatles



キミ言うよ、まあ、ワタシの誕生日。 
おや、ぼくも誕生日、いっしょだね。 
みんなが知らせるよ、キミの誕生日。 
ぼくらは楽しく過ごさないとね。 
よかったな、みんなの誕生日で。 
みんなおめでとう。 

そうですよ、ぼくらはパーティーに行くところ、パーティー。 
そうですよ、ぼくらはパーティーに行くところ、パーティー。 
そうですよ、ぼくらはパーティーに行くところ、パーティー。 

キミが踊るといいな( 誕生日 )。
チャチャチャがいいな( 誕生日 )。 
キミが踊るといいな( 誕生日 )、踊って! 

キミ明かす、まあ、ワタシの誕生日。 
おや、ぼくも誕生日、いっしょだね。 
みんなが言って回る、キミの誕生日。 
ぼくらは楽しく過ごさないとね。 
よかったな、みんなの誕生日で。 
みんなおめでとう。 





追記: 
一つのヴァースに、二つの違ったブリッジ。 
単純な様だけど、巧妙な歌詞だと思う。 
二つのブリッジは、対称的に作ってある様。 
それで、しかもそれぞれがそれぞれに組み込まれる様な感じ。 
第一ヴァースの「 Yes, we're goin' to a party, party. 」
の 行頭のYes のes 音が、 
第二ヴァースの「 I would like you to dance, (Birthday) 」
の行末のdance のceの音に噛み合わされてる。 
それと、第一ヴァースは、we を使って、視線が二人の関係の輪の外側に向けられているけど、 
第二ヴァースは、I と You で、視線は輪の中に向けられている。 
posted by ノエルかえる at 13:46| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月27日

The Beatles 「 Back in the U.S.S.R 」訳

 ポール・ビートルの歌「 Back in the U.S.S.R 」
元にしたおは、ホームページの「 Songs 」:
Back in the U.S.S.R | The Beatles

歌詞には、いろいろなものが織り込んであって: 
Back in the U.S.A. とか:Back in the U.S.A. - Wikipedia
カリフォルニア・ガールズとか:カリフォルニア・ガールズ (ザ・ビーチ・ボーイズの曲) - Wikipedia
我が心のジョージアとか:我が心のジョージア - Wikipedia 
東への道とか:東への道 - Wikipedia




マイアミ海岸から BOAC で飛んて来た。 
昨日の夜は寝てないんだ。 
飛行中はずっと、エチケット袋を膝の上に。 
ねえ君、空の旅ではひどい目にあったよ。 

今僕は、CCCP に戻って来た。 
君は自分がどれだけ幸運かわかってないよ。 
ああ、CCCP に戻って来たよ。 

あんまり長く向こうにいたから、土地勘がほとんどなくなった。 
それ行こう! それでも家に帰るには十分さ。 
旅行鞄はそのまま置いておいて、開けるのは明日。 
ハニー! 電話は切るよ。 

ああ、CCCP に戻って来たよ。  

そうだね、ウクライナ娘は僕をまったく参らせるね。 
ヨーロッパ娘なんて、ずっと超えてるよ。 
モスクワ娘のせいで、僕は歌って叫びたくなるんだ。 
「グルジアが僕の心からきえ、きえ、きえ、消えることはない。」 

今僕は、CCCP に戻って来た。 

ハニー、君の故郷の雪を被った山脈を見て回りたいな、 
南に行くほど低くなる。 
それから、君の父さんの農場にも連れて行ってよ。 
そしたら、バラライカを弾いて聴かせて欲しいな。 
僕は同志だよ、ずっと優しくして欲しいな。 

君は自分がどれだけ幸運かわかってないよ。 




https://www.youtube.com/watch?v=zobzZlNwTbk

https://www.youtube.com/watch?v=wqx6qP92QSQ
posted by ノエルかえる at 15:24| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月20日

「 Anecdote of the Jar 」Wallace Stevens 訳

 アメリカの詩人 Wallace Stevens の詩、「 Anecdote of the Jar 」。 
なんとなく、モールディングの歌詞を思わせるから。 

元にしたのは、Poetry Foundation の: 
Anecdote of the Jar by Wallace Stevens | Poetry Foundation


ぼくはカメをテネシーに置いた、 
って、丘の上にだ、丸いやつだ。 
カメは丘の周りを 
だらりとした砂漠にした。 

砂漠は登ってきて、カメに着いて、 
ばらけて広がった、もう自然ではなかった。 
大地の上のカメは丸くて 
高くて、丸い開口部は空に向いてた。 

カメはどこもかしこもの領有権を得た。 
灰色で無地。 
鳥の為にも木立の為にもならない、 
って、こんなものは他にはテネシーにない。 



I placed a jar in Tennessee,
And round it was, upon a hill.
It made the slovenly wilderness
Surround that hill.

The wilderness rose up to it,
And sprawled around, no longer wild.
The jar was round upon the ground
And tall and of a port in air.

It took dominion everywhere.
The jar was gray and bare.
It did not give of bird or bush,
Like nothing else in Tennessee.

posted by ノエルかえる at 14:38| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月22日

Peter Hammill 「 Ram Origami 」訳

 ピーター・ハミルの「ラム・オリガミ」の訳。 
元にしたのは、ピーターハミル オフィシャルサイト: 
Peter Hammill official web site inVerse (ピーターハミル・オフィシャルサイト)


Ram と out of memory は、コンピュータ用語なのだろうか? 
歌詞の中のout of memory は、コンピューター用語の様には訳さなかったけど、、、 





こちらをご覧ください、論題の神隠しの少年です、 
彼は、顔に化粧を塗りたくり、 
自身を造り上げるのです、直ぐにバラける笑顔です、 
暫くの間だけ、各部位は正しいところに留まっています。 
そもそも私たちは、記憶から何とか取り出した 
もの、と言うだけの存在なのです。 
( 貴方はご自身を誰だとお考えですか? )

人間の内面と言うものはです、確実に存在する外部と外面の装飾を 
すっかり変容させていて、雹が吹き付ける嵐の中の視界の様なものです。 
前に出て、自立性を持つことが出来、 
後に退いて、一個の個性が脅かされない様に出来る、 
私たちがすべてのものがあるべきところに収まっていると 
確信する瞬間、それはまさに、記憶を収めた椀が 
溢れ出すその瞬間なのです。 

( 貴方はご自身を誰だとお考えですか? 
貴方はご自身が何処に居たと言われたのですか? 
貴方はご自身を何者とお考えですか?
世界がどう見えていたのですか? 
世界はどう見えるのですか?)

さてさて、「誰」「何」「何故」「何の為」が 
その全部がオリガミに畳み込まれたのですが。 
私たちが嘗て少しは好きになった、人々や場所のことですが、、、 
覚えてはいます、でも、十分にはっきりとではないのです、 
人生も終わりになって、オリガミを開くと、紙は白紙なのです、 
透かしさえないのです、それに沿って、記憶から出来た 
凍りついた顔の平原にあるひだをなぞる 
筈なのに。  






9月23日、追記訂正: 
直ぐにバラける笑顔です、が抜けていたので、補う。
posted by ノエルかえる at 22:45| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月15日

「 The Snow Man 」Wallace Stevens 訳

 アメリカの詩人 Wallace Stevens の詩、「 The Snow Man 」。 
アンディ・パートリッジに同じ題の歌があるから。 

 Wallace Stevens は、ウォレス・スティーヴンズは、1879年生まれ、1955年没の人。モダニズムの詩人とされている。「 The Snow Man 」は1954年の撰集で発表された詩。 

 元にしたのは、Poety Foundation の: 
The Snow Man by Wallace Stevens | Poetry Foundation





その人は冬の心を持っているのに違いない、 
それで、霜から目を逸らさない、 
雪で固く覆われた松の枝々からも、 

それに、長い時間冷え切ったまま、 
そうして、毛羽の様に氷を着けた 
杜松、ざらつく唐檜を注視する、それらは 

一月の太陽でぼんやり輝いている、 
一方、苦痛に思ってはない、 
風の音がするけど、二、三枚の葉が鳴っているけど、 

とは言っても、それは土地の音だ、 
どこも同じ風、 
同じ風が一続きの剥き出しの土地を吹き渡っている 

音は、雪の中で耳を住ませているその人に聞こえる、 
そして、その人は何も声を発しない、見ている、 
そこには何もないところを、だから、「何もない」を見ている。 





One must have a mind of winter
To regard the frost and the boughs
Of the pine-trees crusted with snow;

And have been cold a long time
To behold the junipers shagged with ice,
The spruces rough in the distant glitter

Of the January sun; and not to think
Of any misery in the sound of the wind,
In the sound of a few leaves,

Which is the sound of the land
Full of the same wind
That is blowing in the same bare place

For the listener, who listens in the snow,
And, nothing himself, beholds
Nothing that is not there and the nothing that is.



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2018年09月02日

The Beatles 「 Doctor Robert / Good morning Good morning /Happiness is a warm 」訳

 ビートルズのジョン・レノンの歌、Doctor Robert / Good morning Good morning /Happiness is a warm を三つ一緒にして訳してみました。これを三つ一緒にすると、ドストエフスキーの小説の様に私は感じますけれど、、、 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Doctor Robert | The Beatles
Good Morning Good Morning | The Beatles
Happiness Is A Warm Gun | The Beatles





その少女は、細かな事には捉われない子だ、 
どんどん、どんどん、どんどん。 
それに、触って来る掌はベルベットの様、 
窓ガラスの蜥蜴の様だと、有名だ。 
雑踏の中のあの男、ブーツの鋲には極彩色の 
反射が見える。 
目では欺きながら、手は、何かをしようと 
忙しなく動かしている。 
男の妻の跡が残っている石鹸が一つある、 
その妻は、男が食べた後ナショナルトラストに寄贈してしまっている。 




コケコッコー 
「彼を生き返らせる術はない、夫人を呼び寄せさせよう。 
夫人に掛ける言葉もない、ただ、お子さんは如何、としか、 
それに、貴女が責任負ってすることも何もない、としか。 
私には掛ける言葉もない、でも、それで十分だ。」 
聞こえて来る: 
「おはよう、おはよう、おはようさん、さん」
 




「電話しなよ、カレシ、ロバート先生に電話しなって言ってんの
昼でも夜でも、いつでもいるよ、 
ロバート先生はね。 

ロバート先生ならね、アンタはね、 
新しい人間だって、他より良い人間だってわからせてくれるよ。 
なんでもしてくれるよ、ロバート先生はね。」 
  





留がないと僕はずり落ちる。 
落ちてバラバラだ、それで、山の手を出たんだ。 
留がないと僕は転がり落ちる。  





ニャーオ 
「仕事に行く途中、気分が塞いでしまうのは嫌だからと、 
家の方に向いてしまう、それからぶらぶら歩いて、結局町に出てしまうだろう。 
町ではすることは何もない、と言うのは分かり切っている。 
何処も閉まっている、まるで廃墟だ。 
会う人は皆んな、半睡状態なのだから。 
だから、一人ぼっち、通りに一人で立っていると言うことになる。」
  





「アンタが具合悪ければ、よくしてくれるよ、 
特別のカップで飲み物をくれるんだよ、ローバート先生はね。 
アンタが信じて良いたったひとりの人だよ、ロバート先生って。 
求めている人誰でも助けるんだけど、 
ロバーット先生ほどうまくやっている人はいないよ。」 

「ほら、ほら、ぼら、気分が晴れて来たろ、 
アンタを良くしてくれるって、ロバート先生はね。」  





女子修道院長はドンより早く、
女子修道院長はドンより早く、 
女子修道院長は飛び出した、 
女子修道院長は飛び出した。  




ワンワン 
「暫くすると、微笑みが戻る、気分が冴えてくる。 
それで、古い学校に沿って少し歩こうかと思う様になる。 
何も変わってない、学校はそのままだ。 
私は言うべき言葉もない、それで十分だ。」 
聞こえてくる: 
「おはよう、おはよう、おはようさん、さん」 
 






「満ち足りた心は温かい銃にある。 
満ち足り心は温かい銃にある。」 

僕が相手を両手で取り押さえた時、 
僕の指は、相手の銃の引き金を感じ取るのだ。
僕は知っている、僕を傷付けようとしない者などいないのだ。 
何故と言うのに、心の安らぎは温かい銃にあるのだから。 
満ち足りた心は温かい銃にあるのだ。 
そうなのだ。   





ヒヒーン 
「皆んなが走り回っている、すると、もう五時なのだ。 
町の中は何処も暗くなり始める。 
会う人は皆んな元気一杯だ。 
お茶と『ミートザワイフ』の時間なのだ。」 
  





「カレシ、国民保険サービスが効くんだよ、 
ロバート先生のとこはね、 
お金は要らないの、一人で会うだけでいいんだよ、 
ロバート先生のとこはね。 

ロバート先生ならね、アンタはね、 
新しい人間だって、他より良い人間だってわからせてくれるよ。 
なんでもしてくれるよ、ロバート先生はね。」 
  



ガオー 
「時間を知りたがっている人たちは、ここに私がいて喜んでいる。 
郊外を観察していると、そわそわしだす、もう、調子が良くなっているのだ。
ショーに出掛けよう、彼女も来てると良いけれどと思う。 
私は言うべき言葉もない、それで十分だ。」 
聞こえてくる: 
「おはよう、おはよう、おはようさん、さん」
  




ほら、ほら、ほら、気分が晴れてくる、 
おはよう、おはよう、おはよう、 
満ち足りた心は温かい銃。 


ドドドドド 


posted by ノエルかえる at 16:20| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

William Carlos Williams 「 Daisy 」訳

 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの1921年の詩集『 Sour Grapes 』のなかの「 Daisy 」。 

元にしたのは、ウィキソースの: 
Daisy (Williams) - Wikisource, the free online library 


それぞれの言葉の意味が私にはよく分からないのだけれど、 

The dayseye hugging the earth
in August, ha! Spring is
gone down in purple,
weeds stand high in the corn,
the rainbeaten furrow
is clotted with sorrel
and crabgrass, the
branch is black under
the heavy mass of the leaves−
The sun is upon a slender green stem
ribbed lengthwise.
He lies on his back−
it is a woman also−
he regards his former
majesty and
round the yellow center,
split and creviced and done into
minute flowerheads, he sends out
his twenty rays−a little
and the wind is among them
to grow cool there!

One turns the thing over
in his hand and looks
at it from the rear: brownedged,
green and pointed scales
armor his yellow.
But turn and turn,
the crisp petals remain
brief, translucent, greenfastened,
barely touching at the edges:
blades of limpid seashell.






八月に
昼目は地面にくっ付いた、 ハッ! 大潮は 
貝紫の巻貝にひっこんで行った、 
雑草は穀物畑に高く立ち、 
雨が穿った溝は固く 
なり、スイバとメヒシバが生え、 
分水路は、葉がたくさん重なった重さの下で、 
黒ずんでいるだけ、 
太陽は、縦になった肋骨のような 
細い緑の茎の上にある。 
彼は仰向けに、−
それは、また、彼女でもある、−
彼は見詰める、 
自分の以前の統治者と 
丸い黄色の中心を、 
それは、とても小さな花頭で、 
避けて割れて、 そこで、 
彼は、二十の光線を放つ、− 小さな 
それから、そこに風が通る、 
涼しくなる。 

誰かがそれを手にとって、 
ひっくり返す、そして後ろ側から 
見詰める。 すると、褐色の端に 
緑色の尖った苞葉が見える、 
おずおずした鎧だ。 
ひっくり返し、ひっくり返し、 
かさかさの花弁が残っている、 
短い、半透明の、そう、緑が少し残っている、 
花弁は辛うじて端に着いている。 
透明な貝殻の刃。 







まあ、ちょっと、コリン・モールディング的な感じも、 
posted by ノエルかえる at 09:57| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月07日

Norwegian wood/And your bird can sing/Lucy in the sky with diamonds

 ビートルズのジョン・レノンの歌「 Norwegian wood 」「 And your bird can sing 」「 Lucy in the sky with diamonds 」、歌詞を一つにまとめてみました。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Songs | The Beatles 





「僕は可愛いのを捕まえたことがある、 
ああ、いや、 
可愛いのが僕を捕まえたのだった。」 

 アナタは言うのね、「望むものはなんでも手に入れた、 
 アナタの鳥は歌う」って。 
 でも、ワタシを捕まえてないわ、 
 捕まえないのね。 

「可愛いのは部屋を見せてくれた、 
中々の、 
ノルウェイから来た木造りの…、」 

 アナタは言うのね、「七つの不思議はすべてもう見た、 
 アナタの鳥は緑」って。 
 でも、ワタシを見ないのね、 
 見ようとしないのね。 

小舟に乗った自画像を君は描く、何所だろう、柑橘の樹々が沿っている 
川だ、それにマーマレード色の空。 
誰かが君を呼んでいるのだろう、君はとてもゆっくりと振り返る、 
と、万華鏡の目をした少女が。 

「可愛いのは僕に止どまって欲しいと言った、 
どこにでも留れると言った、 
そう言われて、僕は見回した、 
一脚の椅子もなかった。」 

 捕獲した宝物の数々が 
 アナタを圧しつぶし始めたら、 
 ワタシの方を見てね、 
 その辺にいるわ、すぐその辺よ。 

黄色や緑色のセロファンの花々が 
君の頭を越えて聳え立っている。 
驚いたことに、あの少女の目には太陽が入っている、忽ち、少女は行ってしまった。

「僕は絨毯に腰を降ろし、 
大人しく、 
可愛いのが出したワインを飲んだ。」 

 アナタの鳥が声変わりしたら、 
 がっかりするかしら? 
 気が付くかもね、 
 ワタシはその辺にいるつもり、すぐその辺。 

「僕たちはずっと話してた、 
そして、二時になると言った、 
「ベッドの時間。」と。」 

 アナタは言うのね、「この世の音楽はもうすべてを聴いた、 
 アナタの鳥は歌う」って。 
 でも、ワタシを聴こうとはしないわ。 
 ワタシの声は聴こえないのね。 

「朝になると、可愛いのは自分は仕事があると告げた、 
そして、笑い出した、 
僕は仕事がないと、可愛いのに言ってから、 
這って行って、風呂で寝た。」 

ルーシーは、ダイアモンドをまとい、空にいる。 

彼女について、泉のたもとの橋に降りると、 
そこでは、揺り馬人間がマシュマロのパイを食べている。 
どの馬もどの人も微笑んで迎えてくれるから、君は、 
花々の前を漂い上がる、信じられない程に高い花を越えて。 

河岸に新聞紙製のタクシーが何台も見えて来た、 
君を連れ去ろうと待機してる。 
後部座席に乗り込むと、君の頭は雲の中、忽ち、君は行ってしまった。 

ルーシーは、ダイアモンドをまとい、空にいる。 

列車に乗った自画像を君は描く、何所の駅だろう、列車は止まっている 
その駅には、プラスチシンで出来たポーターがいて、枕木は姿見だ。 
突然、回転式出札口に誰かが現れる、 
あの万華鏡の目をした少女だ。 

「目が覚めると、 
一人だった、 
鳥は飛んで行ってしまっていた。 
それだから、僕は火を点けた、 
中々の、 
ノルウェイから来た木造りの…、」 



7月8日、訂正: 
「目が覚めると、 
一人だった、 
鳥は飛んで行ってしまっていた。 
それだから、僕は火を点けた、 
中々の、 
ノルウェイから来た木造りの…、」 の位置を変えました。一番最後に移動。14番目から最後の19番目に。 





7月15日追記: 
Picture yourself on a train in a station,
With Plasticine porters with looking glass ties. の行、 
ここは、視線が上空からのものだと、私は思います。 
それで、with ・・・ with ・・・の所は、 
その視線がより細かな所へ焦点が絞られて行っている様に思われるかも知れないけれど、
私は、これは、同格の並列だと思う。
a station with -- and with -- なのだと。with 以下は両方とも station を修飾しているのだと。
tie には、枕木の意味もあるので、
それで、枕木の細長い形は、姿見にも似ているので、それがずらりと並んでいるのを上空から見る、と言うイメージを私は持ったのですけれど。
ネクタイと姿見は密接に繋がるイメージだから、それが逆転しているというのも面白くはあるのだけれど。 
ties と言う複数形が気になったのと、ポーターは、タイを締めるかしら?と思ったのと。 

posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月17日

Paul McCartney「 Let'Em In 」訳

 Wings、マッカートニー作の「 Let 'em In 」、不思議な曲です。 

 全体に静謐なのだけれど、感情としては喜びなのか悲しみなのか、どちらともつかない。荘厳な感じもするし、宗教的な雰囲気も。レクイエムではないにしても、そんな感じも。 
 ト短調だと思うけれど。モーツァルト的には、死を予感させる調。
 構成もある意味で複雑。冒頭は効果音でドアチャイムの音。それから、ピアノの伴奏のみでのテーマ、テーマは歌でヴォーカル。それから、効果音で扉の軋む音があって、マーチ、ピッコロ( フルート? ) の突っ掛ける様なマーチ。それから、コーラス部分は人名の呼び出し。その後、テーマがフリューゲルホルン(?) で静かに奏でられ、呼び出しが繰り返される。ドラムロールで軍楽小太鼓が入って来ると、マーチと呼び出しが交差する。デクレッシェンドから一度音が途絶えて後、マーチの最後の二音が大きな音で、「ダ、ダーン」、それで終り。 

 呼び出し部分では、名前の後にホーンが入るのだけど、舞踏会のホールでのトランペットの感じだけれど、サキソホン。 
 マーチ部分のピッコロは、何かがひらひら舞っている感じだけれど、天使が階段を下りて来る感じなのか知ら??  

 さて、呼び出し部分。歌詞では、名前が列挙されているだけ。7名。どうして7名? マッカートニーの個人的な知り合いと言う風にも言われているけれど、Martin Luther は明らかに違う。Phil and Don が言われている様に、エヴァリー・ブラザーとしても、それでは個人的な知り合いではないだろうし。何より、Martin Luther は明らかに故人なのだし、そうすると、他の人物はどうなのかと思ってしまう。Martin Luther が公民権運動のマーティン・ルーサー・キング牧師ならば、ブラザー・ジョンは、ジョン・F・ケネディかもしれないし、この様に故人を並べると、ブラザー・マイケルは、アイルランドの政治家、マイケル・コリンズなのだろうかとも思ってしまう。 
 故人だと思うと、この呼び出しは、サージャント・ペッパーズ的な祝祭感にも思えてしまう。 
 それから、他の名前に付いて。シスター・スージー。リンダ・マッカートニーのこととも言われているけれど、彼女が Suzie And The Red Stripes の名前を使ったのは、この歌の発表後だし。故人ではないけれど、アメリカの学者、スーザン・ランガー Susanne Langer 、芸術とは人間感情を表現する仮象の形式の創造と定義した人、などは考えられないだろうか? 
 Phil and Don については、ラテン世界での、王侯・騎士、豪族の様に思えないだろうか? 
 Gin については、cotton gin だと、奴隷の女性たちを想像出来るかも知れない。スペルが違うけれど、Jinn だと、幽鬼で、「開く扉」に連想が飛ぶのだけれど。 

 それから、テーマのメロディにも不思議なところが。「 Do me a favour 」のメロディーは芯があって強いのだけれど。「 Open the door」は力が抜けて柔らかい。何故だろう? この言葉を発してる主人公がどういう人物なのかを推察する根拠になるのかとは思うけれど。 



それで、訳して見ると: 
元にしたのは、The Paul McCartney Project の: 
Let'Em In (song) - The Paul McCartney Project


どちらかのお方が扉を叩いて訪問を告げている、 
立派なお方は鐘を鳴らして呼んでおられる、 
どちらかのお方が扉を叩いて訪問を告げている、 
立派なお方は鐘を鳴らして呼んでおられる、 
頼まれては呉れないか、 
扉を開けて欲しいのだ、 
あの方達を中に、中に…  


修道女スザンヌ、修道士ヨハネ、 
マルティン・ルター、王に公 
修道士ミカエル、幽鬼おばさん、 
扉を開けて、入れてやってお呉れ、






追記: 名前、繰り返しでは、Brother Michael が Uncle Ernie に変わっています、それは見逃してた、、、
Ernie、少し違うのだけれど、マックス・エルンスト Max Ernst 、ダダ/シュルレアリスム の画家、はどうだろう、、、 


posted by ノエルかえる at 16:45| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

William Carlos Williams「 Flowers by the Sea 」訳

 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ William Carlos Williams の1938年の詩「 Flowers by the Sea 」。 

 永遠と短い生が渾然としている様な感じが、モールディングの「 Bungalow 」を思わせる様で、


元にしたのは、Poetry Foundation の: 
Flowers by the Sea by William Carlos Williams | Poetry Foundation  



When over the flowery, sharp pasture’s
edge, unseen, the salt ocean

lifts its form−chicory and daisies
tied, released, seem hardly flowers alone

but color and the movement−or the shape
perhaps−of restlessness, whereas

the sea is circled and sways
peacefully upon its plantlike stem  





海辺の花 

花むらを通り過ぎると、すっぱりと、野原の 
端、見えなかった、潮の海 

海がむらを持ち上げて、− チコリとテイジーが 
くっついたり離れたり、まるで花だけの様に見える、 

色だけがあるような、− それを形と言うのかも、− 
間断のないそよぎだけある様な、一方の 

海は、花むらに取り巻かれ、穏やかに 
揺れている、両方の端がある植物の様に。
posted by ノエルかえる at 22:06| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

Philip Larkin 「 Money 」訳

 Philip Larkin の「 Money 」。オイルショックの頃、1972年に書かれた詩ということ。詩集には収められてなくて、後年の選集に入れられた詩。 

元にしたのは、Poetry Foundation の: 
Money by Philip Larkin | Poetry Foundation 


Money


Quarterly, is it, money reproaches me:
    ‘Why do you let me lie here wastefully?
I am all you never had of goods and sex.
    You could get them still by writing a few cheques.’

So I look at others, what they do with theirs:   
    They certainly don’t keep it upstairs.
By now they’ve a second house and car and wife:
    Clearly money has something to do with life

−In fact, they’ve a lot in common, if you enquire:
    You can’t put off being young until you retire,
And however you bank your screw, the money you save
    Won’t in the end buy you more than a shave.

I listen to money singing. It’s like looking down
    From long french windows at a provincial town,   
The slums, the canal, the churches ornate and mad
    In the evening sun. It is intensely sad.





四半期ごとに、ほんとにそう、お金が僕をなじる。 
  「なんで、君はわたしをここに無駄に放って置くの? 
わたしは、君がこれまで持ってなかった品物、情交の何でもであるのに。 
  ほんの二三枚の小切手に書きさえすれば手に入ったのに。」 

それで、僕は他の人たちを見た、自分のお金で何をしてるのか。 
  確かに、人々はお金を二階に置いておいたりしない。 
もう、別荘を自動車を妻を持っている。 
  お金が人生に入り用な何かなのは間違いない。 

− 「他の人々には共通点が多くある、それは事実よ、尋ねてみると良いのに。 
 君は退職するまで若さをそのままにはしておけないし、 
それに、君が給金を預金して金をとっておいたとしても、 
 葬儀に顔を整える以外に君に払ってやるものは何もないのに。」 

僕はお金が歌っているのを聴いている。まるで見下ろしているみたいだ、 
 狭い田舎の町を視野の広いフランス窓から。 
田舎町の、汚い家々、運河、教会、夕暮の陽の下でそれらは、 
 飾り立てられ浮かれ切っている。物凄く悲しい。 





posted by ノエルかえる at 13:35| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月02日

The Beatles 「 Don't Pass Me By 」訳

 リンゴ・ビートルの「 Don't Pass Me By 」、
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Don't Pass Me By | The Beatles

でも、ここでは、Cause you know daring I love only you, となっている、
このdaring はdaring だと思う。





通りに面した表から戸口までの露地に鳴る、君の足音に、僕 
耳を澄ませて注意してるんだ、でも、それはやって来ないよ。 
それに、いつものように君が玄関を叩く音を待ちわびている 
でも、それも聞かれない。 
君はもう僕のこと好きじゃない、と言うことなんだろうか? 

僕の耳にも炉棚の上で時計が鳴っているのは聞こえるんだ。 
秒針も分針も時針も動いているのは見える、僕はまだ一人、 
君は一体どこにいるんだろうと思う、僕が一人の訳は何故、 
君がわからないんだ。 
君はもう僕のこと好きじゃない、と言うことなんだろうか? 

僕の家を通り過ぎないで、泣かせないで、鬱にしないで、 
だって、僕は君が好きだって、君は分かっているのだから。 
こうして待っているのはとても辛いって、君が去って行く 
のを見るのは嫌だって、君には分からないだろうね。 
通り過ぎて行かないで、泣かせないで。 

ああご免、君を疑ったりして、自分のことばっかりだったよ、 
君は自動車事故に巻き込まれたんだね、身の毛も弥立つ思いだったね、 
遅れるかも知れないって言ってたよね、一時間かそこらね、 
僕は分かった、って言っていたよね、忘れてた。 
僕はうちで待っているよ、君が何か言って来るのを待ってるからね。  




追記、訂正: 
手の指の数の分時計が動いたのを見たけど、

秒針も分針も時針も動いているのは見える、
posted by ノエルかえる at 13:55| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

ウィングス「 Morse Moose And The Grey Goose 」訳

 ポール・マッカートニーのウイングス時代の歌「 Morse Moose And The Grey Goose 」の訳 :
元にしたのは、The Paul McCartney Project の 
Morse Moose And The Grey Goose (song) - The Paul McCartney Project





「至急至急、こちらは海の底、 
こちらを受信されてますか? 
私の名前はモールス・ムース、そちらに送信中です。」

グレイ・グース号は不沈船の筈だった。
この船は決して漂流したりしない、と誰もが言っていたのに。 
月の高いある夜、 
ハイイロガンは飛んで行ってしまった。 

私たちが岩礁の近くを航海している時、 
航海士が箱形コンパスを取り出して 
そして言った、方位はコギツネ座の方だ、と。
でも、ハイイロガンは飛んで行ってしまった。  

外洋に出ると、 
提督と航海士と私は、 
もう来世に向かう覚悟をしていた、
でも、ハイイロガンは飛んで行ってしまった。 

グレイ・グース号は嵐の海に流れて行った。 
デイヴィ・ジョーンズは私を呼び続けていた。 
でも、船首は平安に向いていた。 
ハイイロガンは飛んで行ってしまった。






[ 星座コギツネ座 Vulpecula : Vulpecula cum ansere : ガチョウをくわえた小さな狐 ]  
https://en.wikipedia.org/wiki/Vulpecula
[ Davy Jones' Locker : 溺死した船員や沈没船を表す慣用句 ] 
https://en.wikipedia.org/wiki/Davy_Jones%27_Locker   

But heading for tranquility の行、船首は平安に向いていた。と訳したのだけれど、 
遭難を免れた様な印象を持たれるのかも知れないけど、 
海が「べた凪」だと、船はまったく動けなくなるので、遭難そのものなのかも知れない。  


29日追記: 
Morse Moose と The Grey Goose、
双方とも頭韻を使って、と言うよりも、Morse、Gooseの音を変化させた語を使って音形を作っているのだと思うけど。 
それで、 
歌詞の第1ヴァースの第1行の最初に一度だけ、The Grey Goose と使われて、
後は、各ヴァースの最終行で、同じ文章「 the grey goose flew away 」を繰り返して使うのだけど、
ここでは、the grey goose を使っている。 
私の訳では、The Grey Goose を船の名前、the grey goose をハイイロガンとしたのだけど、 
( まあ、名前としてのグレイ・グースが船の魂で、それがハイイロガンとして飛んで行くと言うイメージ?? ) 
the grey goose、救難飛行艇を指すのかも知れない。 


追追記: 

Morse Moose と言う名前、Morse モールスはモールス信号 Morse code かととも思うけれど、
Moose の方、1960年代に考案された、宇宙飛行士の緊急避難の装置かも。Manned Orbital Operations Safety Equipment 。

posted by ノエルかえる at 16:45| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

The Monochrome Set 「 Maisie World 」訳

 モノクローム・セットの14枚目のアルバム『 Maisie World 』の中の「 Maisie World 」の訳。 

内容は理解出来ないのだけど、歌詞カードを基にして: 


知り合った時、彼は、美丈夫だった。 
長身で優雅で、眸には耀きがあった。 
今や、彼は、禿げ上がり、精根も尽き果てて、
星のない空の下、暗鬱な聖書に屈服している。( Bible black starless ) 
右の臀部はペチペチ鳴り、左の膝はカチカチ鳴る、 
補聴器はラジオの音を受けている、 
彼は、ベッドの上でガチャガチャ鳴っている、古びたスパナ類が入った袋の様に、 
そして、鼾をかいている、バッファローの様に。 

( 彼の内面 ) 
こちらは、メイジーの世界、 
彼女は可愛いまま、可愛い少女のまま。 
「ああ、メイジー、僕は変わらない、 
ずっと、愛している。」 

私たちの空想は遭遇し、触れ合い、そして別れ別れに流された、 
私たちの現実は引き摺り回り、綿ぼこりを上げている、 
私たちの希望は混乱の直中で、違うソックスを着けている、 
そして、私たちの悪夢は憤慨の中に取り残される。 

こちらは、メイジーの世界、 
彼女は可愛いまま、可愛い少女のまま。 
「ああ、メイジー、僕は変わらない、 
ずっと、愛している。」  

この人生は良いところなどちっともない、 
天国の絵の中で言われている様なことは少しもない、 
だから、修道士だか司祭だかから、あるいは、混淆野獣から 
人生を取り戻したい。 

こちらは、メイジーの世界、 
彼女は可愛いまま、可愛い少女のまま。 
「ああ、メイジー、僕は変わらない、 
ずっと、愛している。」  

ずっと愛している。  





Maisie は、1945年から1947年に放送されたアメリカCBSのラジオのコメディドラマのヒロインだと思う: 
The Adventures of Maisie - Wikipedia 





歌詞は: 
Maisie World

When I met him, he was a handsome man
Tall and gracefull, with a twinkle in his eye
Now he's bald and burnt out, bending
Bible black beneath a starless sky
His right hip clacks and his left knee clicks
His hearing aid picks up the radio
He clatters on the bed like a bag of old spanners
And snores like a buffalo

This is a Maisieworld
She's still my sweet, sweet little girl
Oh, Maisie, I am true
And still love

Our fantasies met, kissed, and drifted apart
Our reality shuffles around picking up fluff
Our hopes are in a muddle, with the wrong socks on
And our nightmare's left in a huff

This is a Maisieworld
She's still my sweet, sweet little girl
Oh, Maisie I am true
And still love

This life is nowhere near as nice
As suggested in the paintings of paradise
So I would like a refund from a monk or a priest
Or an amalgamated beast

This is a Maisieworld
She's still my sweet, sweet little girl
Oh, Maisie I am true
And still love

I still love

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2018年04月21日

Philip Larkin 「 Home is so Sad 」訳

 フィリップ・ラーキンの「 Home is so Sad 」の訳。1964年の詩集『 The Whitsun Weddings 』に所収。「 Home is so Sad 」が書かれたのは、1958年12月。 

 五行ずつ二スタンザの短い詩。「 Home is so sad 」「 That vase 」と言う碁石の様な簡潔な文に挟まれた四つの文。緻密な組子細工の様な詩は、コリン・モールディングの歌詞を思わせる。この詩は、モールディングの「 Dying 」を思い出させる。 


元にしたのは、poets.org の:
Home is so Sad by Philip Larkin - Poems | Academy of American Poets 

ラーキン協会のエッセイ: 
Philip Larkin – Home is so Sad 


The Whitsun Weddings - Wikipedia





いえってかなりかなしい。歩いて行くのにぴったりちょうどいい 
靴型の様に、最後の人にぴったりそぐう形になって、打ち捨てら 
れたまま、そうしていれば、戻って来たくさせるって。けれども 
気に入ってくれる人をみんな掠め取られて、褪せて、 
生気がなくなって、泥棒を外に押し返すことも出来 

なくて、嬉々として調度品のこれはこここれはここでなければと 
思い描いてた初めのと同じ様に戻すことも出来なくて、物はばら 
ばらに落ちて散乱したまま。それでも覗いた人にも推察は出来る 
だろう。落ちてる写真を食器具類を手に取って見て、 
ピアノのスツールにさしこまれた楽譜。かのかびん。  


Home is so sad. It stays as it was left,
Shaped to the comfort of the last to go
As if to win them back. Instead, bereft
Of anyone to please, it withers so,
Having no heart to put aside the theft

And turn again to what it started as,
A joyous shot at how things ought to be,
Long fallen wide. You can see how it was:
Look at the pictures and the cutlery.
The music in the piano stool. That vase.





last は、「最後の」と言う意味もあるけど、「靴型」の意味もあるので、それを使った。  





4月22日、訂正: 
気に入ってくれる人が一人もいなくなって、褪せて、 

気に入ってくれる人をみんな掠め取られて、褪せて、
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2018年04月14日

William Carlos Williams「 The Late Singer 」 訳

 ウイリアム・カーロス・ウイリアムスの「 The Late Singer 」 の訳。 

 1921年の詩集『 Sour Grapes 』の第一歌。 
元にしたのは、ウィキソースの: 
The Late Singer - Wikisource, the free online library 


Here it is spring again
and I still a young man!
I am late at my singing.
The sparrow with the black rain on his breast
has been at his cadenzas for two weeks past:
What is it that is dragging at my heart?
The grass by the back door
is stiff with sap.
The old maples are opening
their branches of brown and yellow moth-flowers.
A moon hangs in the blue
in the early afternoons over the marshes.
I am late at my singing.  




さあ、また春だ。 
それに、僕はまだ若者! 
歌いながら僕は、夜更かしする。 
胸に黒い雨滴を散らした様なウタスズメが、 
この二週間、ずっとこのカデンツァを歌っている。 
「 What is it that is dragging at my heart? /
わたしの心を探っている、これは何? 」
裏戸の側の草は生気に満ちて 
ピンと立つ。 
楓の老木が茶色の 
枝々を広げ、黄色のヤママユガが来る。 
午後もまだ早い時刻に、湿地帯の上の 
青い空に月が掛かっている。 
僕は夜遅くまで歌って過ごす。 




ウタスズメ:The sparrow with the black rain on his breast :
ウタスズメ - Wikipedia

黄色のヤママユガ yellow moth-flowers : 
Dryocampa rubicunda - Wikipedia  

posted by ノエルかえる at 14:16| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月12日

The Carpenters 「 Super Star 」訳

 頭の中で、カーペンターズの「ろおおんがごおお、あど、そふぁらうええ」と言うのが繰り返されて、なんだったかしら、と思い出せないし、こう言うのはインターネット検索で簡単に出るからと検索してみたら、「スーパースター」で、曲はレオン・ラッセルで歌詞はボニー・ブラムレットということで、元は「グルーピー」と言うことで、カーペンターズが歌うので、リチャード・カーペンターが歌詞を一箇所「sleep」を「be」に変えたそうで、

 それで、もう少し変えた方が良いかなあ、と思って。「 before the second show 」だと、幕間の休憩時間に・・という感じだから。 
 アメリカの女性が、故郷を離れ都会に住んでいたのだけれど、恋人か夫と別れて独りになった時に、少女の頃に夢中になったイギリスから来たアイドルを思い出し、アイドルと恋人を重ねながら悲しむと言う感じが良いかなあ、と思って。 

元にしたのは、Googleの検索   


ずっと昔ね、それも、遠い故郷でのことね、わたしは 
貴方の虜になったわ、それは二度目のワールド・ツアーの前のこと。 
貴方のギター、今でも聴こえる、とても感傷的ね、そう、はっきりと聴こえるわ。 
でも、現実にはいないのよ、貴方は、ラジオなの。 

覚えている? 「 I love you, Baby 」って言ったの、貴方がわたしに言ったのよ。 
「 I'll be coming back this way again 」って言ったのよ、貴方。 
「 Baby, baby, baby, baby, oh baby 」って歌ったの、 
「 I love you, I realy do 」って言ったのよ。

ずっと一人でいるって、とっても辛いことね、わたしは  
貴方と一緒にいるのを待つなんて、もう出来そうにないの。 
何と唱えたら、貴方を呼び戻せるのか知ら? 
貴方に戻って来て欲しいの、もう一度、哀愁のギターを聴かせて欲しいの。  



追記、訂正: 
第1ヴァースは、Long ago...、第2ヴァースは、Loneliness... と頭韻を踏んでいるので、 
第2ヴァースの一行目、一人でいるって、とっても辛いことね、 を
→ 
ずっと一人でいるって、とっても辛いことね、わたしは  に訂正。 

追追記、訂正: 
コーラス部分、
Don't you remember, you told me 「you loved me baby?」
You said 「 you'd be coming back this way again baby 」
Baby, baby, baby, baby, oh baby
I love you, I really do  
「」の部分だけを、歌の歌詞の様に訳していたけれど、 
その後の「 Baby, baby, baby, baby, oh baby 」「 I love you, I really do 」もそうだと思うので、訂正。 
貴方、貴方、貴方、、、貴方、 
わたしは愛しているの、本当よ。 
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

Philip Larkin 「 The Whitsun Weddings 」訳

 フィリップ・ラーキンの「 The Whitsun Weddings 」の訳 
「聖霊降臨節の婚礼」  

元にしたのは、Poetry Foundationの : 
The Whitsun Weddings by Philip Larkin | Poetry Foundation 





あの年の聖霊降臨節、僕は遅くなって出掛けようとしていた、 
それでも、 
一時二十分にはまだだった、土曜日で陽光がいっぱいだった、 
四分の三が空席の僕が乗り込んだ車輛が押し出された、 
上げ下げ窓は全部が卸されて、座席は全部が温かく、 
急かされる気がしてたのはまるっきりなくなった。僕たちは、 
走り抜ける、家並の裏手、横切る、とある大通りが 
車窓を暗くする、匂いを嗅ぐ、魚の様な蓼の様な、そうして、 
川が視界に拡がる、一様でゆっくり動いている、 
そこで、空とリンカーンシャーと水が出会う。 

午後の間中は何マイルかの内陸、思いのほかの暑気で 
しびれた、 
一度速度をずっと抑えたカーブがあったけれど、僕たちは南に向いたまま。 
広い農場が過ぎた、影の短い牛がいた、それから、 
運河も過ぎた、工場から出た泡が漂っていた。 
一棟だけ離れた温室が閃いた。生け垣が見えなくなって 
また視界に現れた。時々、草の薫りがして、 
ボタンで留められた座席シーツの嫌な匂いと代わった。 
そうして次の町、新開の別段特筆することもない町が、 
近づいて来た、と、大量の解体された車も見えて来た。 

最初は、その騒々しさが何なのか、僕には分からなかった。 
それは、僕たちが止まる各駅ごとに起こるのだけれど、 
結婚式の騒ぎだったのだ。陽光が 
屋内で行われてこその感興を台無しにしているし、 
長くて冷たいプラットフォームは叫び声や笛の音を小さくしている。 
僕は、駅のポーターが郵便配達員とふざけているのだと思っていた。 
それで、読書を続けていた。ところが、列車が動き出すと、 
少女たちの前を通り過ぎたのだ。ポマードで固めた髪、 
最新のファッションを真似たヒールにベール、みんなもじもじして、 
それでもにこにこして、私たちの乗っている列車を見詰めていた。 

少女たちは手を振り続けていたけれど、 
それはまるで、 
終わったことをそうしてまだ続かせている様だった。 感激した僕は、 
次の駅では、もっと素早く首を覗かせて、もっと興味を持って 
今度はすべてを見た。それも違った側面から。 
父親たちがいる、スーツを着て太いベルトを締め、 
そうして額には深い皺がある。 母親たち、騒々しくて太っている。 
一人のおじさんが卑猥な語を叫んでいる。あとは、 
パーマをかけた、ナイロンの手袋を当てた、模造ジュエリーを着けた少女たち、 
そのレモン色、モーブ色、金オレンジ色は、 

他の者たちから少女たちを際立たせている。 
そう、カフェから始まって、 
中庭奥の宴会ホール、それから万国旗で飾られたバスの 
団体客用別館と続いた、結婚式の日々は 
終りを迎えようとしていた。ホームの至る所で 
新婚夫婦が乗り込んだ。残った者たちはあたりに立っている。 
最後の紙吹雪と忠告が投げられて、 
僕たちの列車が動き出して初めて、人々の顔には 
今こそ出発なのだと気が付いた表情が見えた。子供たちは 
列車が遅いのに不機嫌だった。父親たちは、 

これ程に上手くいったこと、全体に茶番劇的なことを覚えてはいない。 
女たちは秘密を結んでいる、 
好都合な葬儀と同様に。 
少女たちと言えば、その間も、ハンドバックを握りしめて、きつく、 
一人の修道士を見詰めている、こっそりと。到頭、 
人々が離れて、その人々が見送っていた者たち全部が乗り込んで、 
僕たちの列車はロンドンへと疾駆した、蒸気の塊をあちらこちらに振りながら。 
到頭、田園は細かく区割りされ建物で一杯の土地になり、 
道はポプラ並木が長い影を落とすのに十分な幹線道路になった、そうして、 
五十分も経てば、 

帽子も席に落ち着いて、「恥ずかしくって死ぬかと思った」 
と言うのには十分だった。 
十二組の結婚生活が始まった。 
ぴったりと脇を合わせて座り、新婚夫婦たちは、風景をながめていた。 
― 何所かのオデオンを過ぎた、冷却塔を過ぎた、 
助走してクリケットの投球をする人を過ぎた、それでも、 
実際に会うことはない他人たちについて考えることはなかったし、 
この一時間に自分たちの人生が丸ごと入っていると思い至ることもなかった。 
僕は、陽光の下に拡がるロンドンのことを思った、 
小麦畑の様に真四角になった郵便区画で整えられた町を思い描いていた。 

もう、僕たちの列車は到着するところだった。光るレールの継目を 
踏み列車は、疾走して行った。 
停車している個室寝台車を通り越すと、苔で黒ずんだ壁が 
近づいて来て、もうほとんど到着、この 
一期一会の相客との旅は終わる。すると、抑えられていたものが 
跳ね立って打ちまけられるだろう、 
変換されつつある力が、それに丸ごと加えられるからだ。
僕たちの列車はまた速度を緩めた、きついブレーキがしっかり掛かると、 
何か降っていると言う感覚が身中に拡がった。まるで、強いけれど短時間の俄雨が、 
何所か見えない所に行って、一日中の雨になった様に思えた。  




That Whitsun, I was late getting away:

Not till about

One-twenty on the sunlit Saturday

Did my three-quarters-empty train pull out,

All windows down, all cushions hot, all sense

Of being in a hurry gone. We ran

Behind the backs of houses, crossed a street

Of blinding windscreens, smelt the fish-dock; thence

The river's level drifting breadth began,

Where sky and Lincolnshire and water meet.

All afternoon, through the tall heat that slept

For miles inland,

A slow and stopping curve southwards we kept.

Wide farms went by, short-shadowed cattle, and

Canals with floatings of industrial froth;

A hothouse flashed uniquely: hedges dipped

And rose: and now and then a smell of grass

Displaced the reek of buttoned carriage-cloth

Until the next town, new and nondescript,

Approached with acres of dismantled cars.

At first, I didn't notice what a noise

The weddings made

Each station that we stopped at: sun destroys

The interest of what's happening in the shade,

And down the long cool platforms whoops and skirls

I took for porters larking with the mails,

And went on reading. Once we started, though,

We passed them, grinning and pomaded, girls

In parodies of fashion, heels and veils,

All posed irresolutely, watching us go,

As if out on the end of an event

Waving goodbye

To something that survived it. Struck, I leant

More promptly out next time, more curiously,

And saw it all again in different terms:

The fathers with broad belts under their suits

And seamy foreheads; mothers loud and fat;

An uncle shouting smut; and then the perms,

The nylon gloves and jewellery-substitutes,

The lemons, mauves, and olive-ochres that

Marked off the girls unreally from the rest.

Yes, from cafes

And banquet-halls up yards, and bunting-dressed

Coach-party annexes, the wedding-days

Were coming to an end. All down the line

Fresh couples climbed aboard: the rest stood round;

The last confetti and advice were thrown,

And, as we moved, each face seemed to define

Just what it saw departing: children frowned

At something dull; fathers had never known

Success so huge and wholly farcical;

The women shared

The secret like a happy funeral;

While girls, gripping their handbags tighter, stared

At a religious wounding. Free at last,

And loaded with the sum of all they saw,

We hurried towards London, shuffling gouts of steam.

Now fields were building-plots and poplars cast

Long shadows over major roads, and for

Some fifty minutes, that in time would seem

Just long enough to settle hats and say

I nearly died,
A dozen marriages got under way.

They watched the landscape, sitting side by side

- An Odeon went past, a cooling tower,

And someone running up to bowl - and none

Thought of the others they would never meet

Or how their lives would all contain this hour.

I thought of London spread out in the sun,

Its postal districts packed like squares of wheat:

There we were aimed. And as we raced across

Bright knots of rail

Past standing Pullmans, walls of blackened moss

Came close, and it was nearly done, this frail

Travelling coincidence; and what it held

Stood ready to be loosed with all the power

That being changed can give. We slowed again,

And as the tightened brakes took hold, there swelled

A sense of falling, like an arrow-shower

Sent out of sight, somewhere becoming rain.

posted by ノエルかえる at 17:03| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

The Beatles 「 All you need is love 」訳

 ビートルズの「 All you need is love 」。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 songs 」:
All You Need Is Love | The Beatles  



すき、すき、すき、
すき、すき、すき、
すき、すき、すき 

そもそもが為果せない様に出来てるのだからやり様がないだろう、 
そもそもが歌わせない様に出来てるのだから歌い様がないだろう、 
一言もないね、でも、正々堂々な振る舞い方は身に付けられるよ、 
屈託なくね。 

そもそもが作らせない様に出来てるのだから作り様がないだろう、 
そもそもが貯させない様に出来てるのだから貯め様がないだろう、 
一手もないね、でも、合わせる様にする仕方は身に付けられるよ、 
大体さ。 

畢竟、君に欠けてるのは、好きになること、 
他でもない、君に欠けてるのは、好きになること、 
全く以て、君に欠けているのは、好きになること、 
好きになることが、君がすれば良いことなんだ。 

そもそもが知られない様に出来ているのだから知り様がないだろう、 
そのそもが見せられない様に出来てるのだから見ようが無いだろう、 
君がそこに居る様にはなってなかったのだから、席はないよね、 
それで良いだろう。

畢竟、君に欠けてるのは、好きになること、 
他でもない、君に欠けてるのは、好きになること、 
全く以て、君に欠けているのは、好きになること、 
好きになることが、君がすれば良いことなんだ。 







蛇足: 
この歌の歌詞は、基本的にはポピュラー・ソングの典型に入るのだと思う。 
「僕は頭も悪い、スポーツも出来ない、不器用で何も作れない、それに醜男。でも、僕は正直者だし、誰よりも愛情が豊かなんだ。」と言う内容。 
それを、少しだけ逸脱しているのが、この歌の面白さなのではないだろうか? 



追記: 
上の様に訳したのだけれど、元の歌詞のだらだらした締まりのない感じは、次のように訳した方が近いかもしれない: 
どうしても出来そうにないのなら、そりゃ、出来させない様になってるのさ、 
どうしても歌えそうにないのなら、そりゃ、歌わせない様になってるのさ、 
べつにいいよ、でも、正々堂々とするのは出来る様になるよ、 
気にするな。 



追追記: 
ちょっと解説の様な: 
 この歌、ロンドだと思う。ヴァースのみと取っても良いのではないかと思う。「 All you need is love 」と言うリフレインは付くけれど。 
 「 Straw berry Fields Forever 」の場合は、ヴァースとコーラスの関係が、歌詞の上でも不分明で、私には、その歌のフォニー[ 声 ] が単声なのか、多声なのかが判別出来ないままなのだけれど。 
 この「 All You Need is Love 」はそう言うこともない。単声だととっても良いだろうし、ヴァースは単声、コーラスはコロス[ 群衆 ] ととっても良いだろう。コロスととっても、ヴァースのフォニーを含めたコロスと考えられるし。コロスがヴァースのフォニーに呼び掛けているとしても、そのフォニーの立場に立ったものだから、内容的にはほとんど同一化してると思う。 

 それで、そのヴァースは、カプレットが基本。カプレットに一行が付けられていると言う構成。
第1ヴァースを例にとると: 
「 There's nothing you can do that can't be done. 」「 Nothing you can sing that can't be sung. 」がカプレット、対。 ( ただ、do と song だと対句と言う程でもないけれど。 ) 
 それで、この各行の構成も: 
a「 There's nothing you can 」ーa'「 can't be done 」と言う構成。
a と a' は、能動と受動とになっていて、反転と言うか変化させられていて、そこが妙味。 
そこで、that の役割りなのだけど、それは、付けられたもう一行との関係から分かるもの。 
もう一行は、「 Nothing you can say but you can learn how to play the game. 」なのだけれど、taht に当たるのは、but 。それで、but と反対に近い意味に採るのが良いかと。つまり、順接の接続詞の様な。 
 まあそれで、第2ヴァースの make と save も対なのだから。対になる様な意味に採らないと。
make を「作る」とするならば、save は、「貯める」かなと思う。 

 それで、リフレイン。これ、「 Hey Jude 」の様に永遠に繰り返しても良かったのに。
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

The Beatles 「 Penny Lane 」訳

 ポール・ビートルの「 Penny Lane 」の訳。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Penny Lane | The Beatles 
Alan W. Pollack's Notes on "Penny Lane" 
Penny Lane | The Beatles Bible  


 コーラス部分が夏で思い出、ヴァース部分が晩秋・初冬で実際に目にしている光景、と言う対なのだろうか? 
それから黄色のイメージで繋がる、裕福な銀行家と下層階級の消防士と言う組み合わせ、白と赤のイメージで繋がる理髪師と看護婦の組み合わせ。 
 言葉については、特に消防士の所、hourglass は砂時計の形の様に腰がくびれたコルセットなのだと思う。たぶん、筋肉質の身体を強調させるのだろう。それに、fire engine はポンプだと思う、his が使ってあるし。もちろん、性的なイメージがあるのは、マッキントッシュと同様。  

 ペニー・レインは、ペニーと言う人名に因んだ通りの名前だと言うことなので、銅座屋にしてみた。 
The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 5: ノエルかえる不恵留

The Beatles 「 Penny Lane 」訳:  



ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる 

ほら、白衣の理髪師がひとり立っているよ、 
これまでにしたことがある「ご希望」の頭の写真を見せてるんだ、 
往き交う人は誰もが、 
立ち止まって、この理髪師に挨拶するよ。 

ほら、角には銀行家が高級スポーツカーに乗って止まっているよ、 
子供たちが彼のオープンカーの後ろで嘲っている、 
この銀行家は黄色のマッキントッシュを絶対に着ないのだもの、 
冬を呼ぶ驟雨にでも、どういうわけだろう、分からない。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも、初夏の青い郊外独特の空の下に拡がる、 
ぼくは座るんだ。さて、ところで話しはもどって… 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる  

ほら、黄色ヘルメットの消防士がひとり腰括れのコルセットを当てているよ、 
それに、ポケットには女王の肖像写真が入っている、 
この消防士は自分の消火ポンプをいつもきれいにしたがっている、 
とってもきれいなポンプなんだ。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも夏なんだ。それで、安売りで四ペニーの 
四角のフィッシュ・フィンガー。さて、ところで話しはもどって…  

うしろだよ、ほら、バスの転回広場の真ん中の待合所、 
可愛い白衣の看護婦が11月11日のための赤いポピーをお盆に載せて売っているよ、 
彼女は劇中人物のひとりになりきったつもりなんだね、ナイチンゲールかな? 
でもやっぱり、彼女なんだ。 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる   

理髪師がまた別のお客の顔を当たっているよ、 
ぼくたちお見知りの銀行家は座って調髪を待っている、 
そうしている内に、驟雨を押して 
消防士が突入してくる、なんて、どういうわけだろう、分からない。 




追記: 
関係は全くないけど、ポピーと言うことで、モネの絵: 
Poppy Field in Argenteuil, Claude Monet - クロード・モネ - Wikipedia
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

John Lennon 「 Watching the Wheels 」訳

 ジョン・レノンの「 Watching the Wheels 」。
インターネット上にあった歌詞を元にしてるので、正しい歌詞なのかどうかは分からないけれど。
 それで、まず最初に疑問に思ったのは、「 the merry-go-round 」と言う語。イギリス人のレノンが回転木馬の意味でこの語を使うのだろうか?? と思った。脚韻を踏む必要はあるからそうしたのかもしれないけれど。「 the wheels 」は、自動車だろうから、それと対称させる様なものではないかと思うし。それなら、自動車×列車と言う対称があるかな、と。イギリスでは、Merry-go-round train と言う言い方があるし。Merry-go-round train - Wikipedia

 それで、ニューヨークの目抜き通りにへたり込んで、猛スピードで走り過ぎて行く自動車を眺めている怪しい老人をイメージして訳して見た。 




大通りに座り込んでたりするもんだから、ぼくは、頭が可笑しくなり始めてるんじゃないかって、 
そんで、ぼくが命を落とさない様に、いろんな注意を、みんなが出してくれるの、 
ぼくが大丈夫って言うと、どうだかなあっ?て顔で、 
ぼくはしゃんとしてないんだから、きっと具合が悪いんだって言うし、 
ぼくはどんよりして、命が消えるのを待ち望んでいるみたいだって、 
そんで、ぼくに分からせようと、いろんな指示を、みんなが出してくれるの、 
ぼくが、頭ははっきりしてるよ、壁の上を通る影に注意してるから、て言うと、 
好機を逃しちゃ駄目だよ、君はもう機敏には動けないだろう、って言うの。 

ぼくは大通りに座ってね、くるまが走り回っているのを観察してるんだ、 
走り回ってるのを見るのが、とっても好きなの、 
子供の頃、どこまでも連なる石炭貨車に乗って遠くに行ったことがあるけど、もうしない、 
だって、もう石炭貨車は行ってしまったもの。 

みんなは困り果てて、「質問」を出して来るの、 
そんで、ぼくは、困ったことはないよ、「隔絶」があるだけ、って、 
みんなは、頭を振ってぼくを見て、ぼくはもう正気じゃないんだな、って顔で、 
ぼくは、どうもしないよ、座って時間をつぶしてるだけ、って言うの。 

ぼくは大通りに座ってね、くるまが走り回っているのを観察してるんだ、 
走り回ってるのを見るのが、とっても好きなの、 
子供の頃、どこまでも連なる石炭貨車に乗って遠くに行ったことがあるけど、もうしない、 
だって、もう石炭貨車は行ってしまったもの、追い付けないもの、見送るだけだったんだもの。
posted by ノエルかえる at 16:53| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」のこと

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」訳: ノエルかえる不恵留

 「 Strawberry Fields Foever 」は、不思議な構造の歌です。構成は、基本的にコーラス/バースの繰り返しです。一般的な歌はバースが先にあってコーラスへ移行するのですが。それでは、その配列を倒置して、何か驚きを持たせようとしているのか、と言うとそれも違うようです。例えば、ボブ・ディランの「 All Along the Watchtower 」もコーラスを先に持って来て劇的な効果を作っていますが、歌詞は、ヴァース/コーラスの順にすることが出来ますし、そうすれば物語りが分かります。ところが、「 Strawberry Fields Foever 」は、順序を逆にして、ヴァースを先に持って行くことが出来ません。それは、このコーラスの歌詞が、「呼び込み」の文句だからです。ヴァースの歌詞は、平叙な会話です。平叙な会話をしてから、「呼び込み」の文句を相手に向けるのは可笑しいので。旋律的にも、イントロを置くとしても、このヴァースからコーラスへの移行は合わない様に思います。 
 それでは、コーラスの前に、イントロがあって、ヴァースと言う構成はできなかったのか、と仮定して見ると、この歌の構造の特殊さが、余計に分かって来る様に思えます。 
 まず、この歌の設定ですけれど、二人の人物が居ます。一人の人物がもう一人の人物へ誘い込もうと語り掛けている、と言う設定です。ところが、一人の人物は、この歌の中では、何の行動もしていません。もう一人の人物の「呼び込み」を聞いているだけです。と言うよりも、むしろ、この歌は、その一人の人物がもう一人の人物の「呼び込み」を聞き取ったものなのです。そして、耳で聞き取ったこの「呼び込み」の台詞だけなのです。( 注意しなければならないのは、この歌の視点は、あくまで、この台詞を聞いている方にあると言うことです。語る方の視点ではありません。 ) 
 このもう一人の人物の「語り掛け」だけと言う歌詞が、構造を不思議にしているのです。
 つまり、コーラスの前にヴァースを置くとしたら、この一人の人物が、突然に現れて来たもう一人の人物を目で見た描写をする、と言うことが考えられます。ただ、そうすると、写実的な歌詞の第1ヴァースと、もう一人の人物の平叙な会話のその後のヴァースを、同じメロディにするのは変だと思いますが。それでも、二種類のヴァースのメロディがあっても良かったのかも知れません。 
 けれども、ジョン・レノンはそうはしなかったのです。それは、ひとつには、マッカートニーの様に物語風には書けないと言うこともあるのかも知れませんが。 
 ただ、こうして、「呼び込み文句」のコーラスと「平叙な話し掛け」のヴァースだけにすることで、舞台にある様な視覚的イメージは全く取り払われて、「音声」だけのイメージに絞り込んでしまうことが出来たのだと思います。それは、歌詞の「 eyes closed 」の部分にも現れている様に思います。そうすると、それは、とても不思議な、ある種の神秘体験の様な感覚を聴く者に齎すことになるのではないでしょうか。頭の中で、「神の声」が聞こえると言うような。 
 また、この歌は、変ロ長調なので、壮麗な雰囲気を持つし、トランペットを始め管楽に良く合う調なので、レノンも管楽の導入を求めたのでしょうけれど、その管楽が、また、神秘的な感覚を増しているのでしょう。また、変ロ長調はベートーベンだと第四交響曲で、「ギリシャの乙女」と呼ばれたりもするけれど、そんな雰囲気もジョージ・ハリスンの弾くスワマンダルに感じられるかも知れません。
posted by ノエルかえる at 11:28| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

Georg Trakt 「 Die Sonne 」

 アントン・ウェーベルンの作品14『 Sechs Lieder 』( 1917年から1921年 ) に使われた、ゲオルク・トラークルの詩から、一番目の「 Die Sonne 」。『 Sebastian im Traum 』の中の詩。 
ウィキソースにはないのかも? Kategorie:Georg Trakl – Wikisource 

 全集のブックレットには、英訳も仏訳もあるけど、一応、ドイツ語から直接訳して見た。 


いつものきいろいお日様が、丘の上に来る。 
うつくしい、森が、獣が、 
人が。狩人か羊飼いだろう。 

魚が、緑の池の中に浮かび上がり、赤くなる。 
まるいお空の下で、 
青い小舟の漁師がしずかにすすむ。 

熟れる、ぶどうが、こむぎが。 
しずかに、この日の空が自分で、傾いたなら、 
それは、「善と悪」が整えられている。 

夜になったなら、 
さまよう人は、しずかに、両のおもたい瞼をあげる、 
ずっと暗い峡谷から、お日様が現れ出る。  


Täglich kommt die gelbe Sonne über den Hügel.
Schön ist der Wald, das dunkle Tier,
Der Mensch; Jäger oder Hirt.

Rötlich steigt im grünen Weiher der Fisch.
Unter dem runden Himmel
Fährt der Fischer leise im blauen Kahn.

Langsam reift die Traube, das Korn.
Wenn sich stille der Tag neigt,
Ist ein Gutes und Böses bereitet.

Wenn es Nacht wird,
Hebt der Wanderer leise die schweren Lider;
Sonne aus finsterer Schlucht bricht.
posted by ノエルかえる at 14:26| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

William Carlos Williams「 Landscape with the Fall of Icarus 」訳

 ウィリアム・カーロス・ウィリアムスの「 Landscape with the Fall of Icarus 」。 

Landscape with the Fall of Icarus (poem) - Wikipedia 

 元にしたのは、poets.org の: 
Landscape with the Fall of Icarus by William Carlos Williams - Poems | poets.org  





ブリューゲルが描いているのを見れば、 
イカルスが落ちたのは、 
春なのだ。 

農夫が一人、鋤いている、 
その彼の畑は、 
一帯を眺められる、壮観な景色だ。 

その年の 
一番の衝撃の出来事が、 
直ぐ側で。 

畑が面している、 
海のすぐ先で、 
起こっている。 

翼の蝋が 
陽光で流れ出し、 
溶けてしまった。 

そこは、 
海岸から 
それ程離れてない。 

水飛沫は目に付かない、 
そこで、
イカロスは溺れようとしている。   



According to Brueghel
when Icarus fell
it was spring

a farmer was ploughing
his field
the whole pageantry

of the year was
awake tingling
near

the edge of the sea
concerned
with itself

sweating in the sun
that melted
the wings' wax

unsignificantly
off the coast
there was

a splash quite unnoticed
this was
Icarus drowning  


posted by ノエルかえる at 13:39| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」訳

 ジョン・ビートルの「 Strawberry Fields Forever 」、 
ビートルズのホームページの「 Songs 」を元にして:
Strawberry Fields Forever | The Beatles  





おや、あたしに案内( あない )させてくださいな、 
まあ、あたしもちょうど、匍匐卿館( ほふくきょう やかた )の庭に行くところなのですよ、 
ほんと、あんなところはないですよ、 
滅相もない、お待たせすることなんか、ありゃしません、 
匍匐卿館の庭はいつでも開いているのです。 

お目を閉じて暮らされた方が良かありません、旦那さん、 
ご覧になるもの、なあにもかも、お間違えになるんですからねえ、 
きょうび、一廉の者になるのは、ますます難しくなって居りますねえ、 
でも、そんなことは解決済みってもんです、
なんたって、あたしには関わりのないことですからね。 

あたしの樹があるんですがね、きっと、誰も登っていませんよ、 
そりゃあね、他のやつには高すぎるか低すぎるかなんです、 
おや、あたしの言うことがお判り出来ない、そうですか、 
旦那さん、まあ、それでも良いでしょう、 
まあ、そういうことです。そんなに気になさることもないですよ。 

ずっと分かり切ってるのに、自分だっけ?って思う時、
ね、旦那さん、何でしょう。 はは、夢ですよ。 
あたしはね、「こりゃちがう」って判るんですよ、 
でも、「これでいいや」って思うんです、 
合わないですねえ、でも、
そういうもんです、旦那さん、ちぐはぐなんですよ。 

おや、あたしに案内( あない )させてくださいな、 
まあ、あたしもちょうど、匍匐卿館の庭に行くところなのですよ、 
ほんと、あんなところはないですよ、 
滅相もない、お待たせすることなんか、ありゃしません、 
匍匐卿館の庭はいつでも開いているのです。    




追記: 
「 Strawberry Fields 」は、そのままが良いのだけれど。と言うのも、元のネオ・ゴシック・建築の持つ雰囲気は残したいと思ったので。英文字のままだと、字面で ( S t b F l d と言った文字が間隔を開けて立っていて、言葉全体が細かな装飾のある建物を思わせるので ) ネオ・ゴシック・建築の感じがするから。 
 カタカナ表記にすると、それは消えて無くなるので、どうしようかと思って。「匍匐茎」だと、細かな感じなので、それを名前にしてみました。
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

「 La Vie En Rose 」訳

 エディット・ピアフの「 La Vie En Rose 」。歌ったのもだけど、歌詞を書いたのもピアフ。 

 分からないのだけど、「薔薇色の人生」で良いのだろうか? La Vie En Rose の en 、「of」の意味もあるけど、「in」ではないだろうか? それに、「生活」ならばそうなのだろうけど、日本語で「人生」と言うと、産まれてから死ぬまでの間になってしまいそうだし、、、
 と、「 Heureux heureux à en mourir 」のところ、heureux は男性単数の形容詞だと思うけど、発話者が女性だとしたら、heureuse ではないのか知ら?? 
 よくわからない。 

 で、1947年発表の歌だし、「 le portrait sans retouche 」と言う表現とか、戦争で亡くなった恋人の写真を思わせるし、、、 

それで、こんな風に訳してしまいました、、、 元にしたのは、インターネット上に在った歌詞、正しい歌詞なのかどうか分からないけど。  


Des yeux qui font baisser les miens
Un rire qui se perd sur sa bouche
Voilà le portrait sans retouche
De l'homme auquel j'appartiens

Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
je vois la vie en rose

Il me dit des mots d'amour
Des mots de tous les jours
Et ça me fait quelque chose

Il est entré dans mon cœur
Une part de bonheur
Dont je connais la cause

C'est lui pour moi
Moi pour lui
Dans la vie

Il me l'a dit, l'a juré pour la vie

Et dès que je l'aperçois
Alors je sens en moi,
Mon cœur qui bat...

/
Des nuits d’amour à plus finir
Un grand bonheur qui prend sa place
Devant lui les chagrins s’effacent
Heureux heureux à en mourir

Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
Je vois la vie en rose

Il me dit des mots d'amour
Des mots de tous les jours
Et ça me fait quelque chose

Il est entré dans mon cœur
Une part de bonheur
Dont je connais la cause

C'est Toi pour moi
Moi pour Toi
Dans la vie
Tu me l'as dit, l'as juré pour la vie

Et dès que je t'aperçois
Alors je sens en moi, mon cœur qui bat...



あの眸が私の眸を見下ろす、 
あの笑い、口のところで分からなくなる、 
それは、少しの修正もない彼のポートレイト、 
わたしがぞっこんだったあの人の。 

あの時、あの人が腕に私を掻き抱いた時、 
あの時、あの人が低く私に語りかけた時、 
私は、薔薇の中に、命を見たの。 

あの人、短い愛の言葉を幾つもわたしに 
言ったわ、普段、使っている様な言葉よ、 
でも、その言葉はわたしには本物の言葉だったの。 

あの人は、今でも、わたしの心にいるの、 
しあわせを担っているのよ、 
どうしてしあわせなのか、わたしにはよく分かっているの。 

わたしにすれば、あの人の中に、 
あの人にすれば、わたしの中に、 
命があるのよ。 

そう言ったの、あの人は、命に誓ったの。 

それ以来、そのことをちょっと思うと、 
わたしは感じるの、胸の内で、 
鼓動しているわたしの心臓があるのを、…


ああ、愛の夜々は満ち切った、 
夜の居場所を独り占めする大きなしあわせ、 
あの人の前では、どんな悲しみ消えて行くの、 
ああ、あの人はしあわせなの、死の中でしあわせなの。  

あの時、あの人が腕に私を掻き抱いた時、 
あの時、あの人が低く私に語りかけた時、 
私は、薔薇の中に、命を見たの。 

あの人、短い愛の言葉を幾つもわたしに 
言ったわ、普段、使っている様な言葉よ、 
でも、その言葉はわたしには本物の言葉だったの。 

あの人は、今でも、わたしの心にいるの、 
しあわせを担っているのよ、 
どうしてしあわせなのか、わたしにはよく分かっているの。 

わたしにすれば、あなたの中に、 
あなたにすれば、わたしの中に、 
命があるのよ。 

そう言ったの、あなたは、命と誓ったの。

それ以来、そのことをちょっと思うと、 
わたしは感じるの、胸の内で、 
鼓動しているわたしの心臓があるのを、…
posted by ノエルかえる at 17:43| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

The Beatles 「 Love Me Do 」訳

 ビートルズの「 Love Me Do 」。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Love Me Do | The Beatles  


冒頭の Love は、呼格だと言うことで、そのように。 



愛の神様、僕を愛でて下さいませ、 
僕が神様を崇敬しているのはご存知のこと、 
僕はいつでも背いたりしませんから、 
ですから、ですから、 
僕を愛でて下さいませ、 
ああ、「恋」を賜えて下さい。 

恋するのに相応しい人、 
今まで知らなかった人、 
恋せずにはいられない、 
他でもない神様に似た人、 

そんな人をお与え下さい、 
ああ、僕を哀れに思って下さい。
posted by ノエルかえる at 13:47| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする