2018年05月19日

The Monochrome Set 「 Maisie World 」訳

 モノクローム・セットの14枚目のアルバム『 Maisie World 』の中の「 Maisie World 」の訳。 

内容は理解出来ないのだけど、歌詞カードを基にして: 


知り合った時、彼は、美丈夫だった。 
長身で優雅で、眸には耀きがあった。 
今や、彼は、禿げ上がり、精根も尽き果てて、
星のない空の下、暗鬱な聖書に屈服している。( Bible black starless ) 
右の臀部はペチペチ鳴り、左の膝はカチカチ鳴る、 
補聴器はラジオの音を受けている、 
彼は、ベッドの上でガチャガチャ鳴っている、古びたスパナ類が入った袋の様に、 
そして、鼾をかいている、バッファローの様に。 

( 彼の内面 ) 
こちらは、メイジーの世界、 
彼女は可愛いまま、可愛い少女のまま。 
「ああ、メイジー、僕は変わらない、 
ずっと、愛している。」 

私たちの空想は遭遇し、触れ合い、そして別れ別れに流された、 
私たちの現実は引き摺り回り、綿ぼこりを上げている、 
私たちの希望は混乱の直中で、違うソックスを着けている、 
そして、私たちの悪夢は憤慨の中に取り残される。 

こちらは、メイジーの世界、 
彼女は可愛いまま、可愛い少女のまま。 
「ああ、メイジー、僕は変わらない、 
ずっと、愛している。」  

この人生は良いところなどちっともない、 
天国の絵の中で言われている様なことは少しもない、 
だから、修道士だか司祭だかから、あるいは、混淆野獣から 
人生を取り戻したい。 

こちらは、メイジーの世界、 
彼女は可愛いまま、可愛い少女のまま。 
「ああ、メイジー、僕は変わらない、 
ずっと、愛している。」  

ずっと愛している。  





Maisie は、1945年から1947年に放送されたアメリカCBSのラジオのコメディドラマのヒロインだと思う: 
The Adventures of Maisie - Wikipedia 





歌詞は: 
Maisie World

When I met him, he was a handsome man
Tall and gracefull, with a twinkle in his eye
Now he's bald and burnt out, bending
Bible black beneath a starless sky
His right hip clacks and his left knee clicks
His hearing aid picks up the radio
He clatters on the bed like a bag of old spanners
And snores like a buffalo

This is a Maisieworld
She's still my sweet, sweet little girl
Oh, Maisie, I am true
And still love

Our fantasies met, kissed, and drifted apart
Our reality shuffles around picking up fluff
Our hopes are in a muddle, with the wrong socks on
And our nightmare's left in a huff

This is a Maisieworld
She's still my sweet, sweet little girl
Oh, Maisie I am true
And still love

This life is nowhere near as nice
As suggested in the paintings of paradise
So I would like a refund from a monk or a priest
Or an amalgamated beast

This is a Maisieworld
She's still my sweet, sweet little girl
Oh, Maisie I am true
And still love

I still love

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2018年04月21日

Philip Larkin 「 Home is so Sad 」訳

 フィリップ・ラーキンの「 Home is so Sad 」の訳。1964年の詩集『 The Whitsun Weddings 』に所収。「 Home is so Sad 」が書かれたのは、1958年12月。 

 五行ずつ二スタンザの短い詩。「 Home is so sad 」「 That vase 」と言う碁石の様な簡潔な文に挟まれた四つの文。緻密な組子細工の様な詩は、コリン・モールディングの歌詞を思わせる。この詩は、モールディングの「 Dying 」を思い出させる。 


元にしたのは、poets.org の:
Home is so Sad by Philip Larkin - Poems | Academy of American Poets 

ラーキン協会のエッセイ: 
Philip Larkin – Home is so Sad 


The Whitsun Weddings - Wikipedia





いえってかなりかなしい。歩いて行くのにぴったりちょうどいい 
靴型の様に、最後の人にぴったりそぐう形になって、打ち捨てら 
れたまま、そうしていれば、戻って来たくさせるって。けれども 
気に入ってくれる人をみんな掠め取られて、褪せて、 
生気がなくなって、泥棒を外に押し返すことも出来 

なくて、嬉々として調度品のこれはこここれはここでなければと 
思い描いてた初めのと同じ様に戻すことも出来なくて、物はばら 
ばらに落ちて散乱したまま。それでも覗いた人にも推察は出来る 
だろう。落ちてる写真を食器具類を手に取って見て、 
ピアノのスツールにさしこまれた楽譜。かのかびん。  


Home is so sad. It stays as it was left,
Shaped to the comfort of the last to go
As if to win them back. Instead, bereft
Of anyone to please, it withers so,
Having no heart to put aside the theft

And turn again to what it started as,
A joyous shot at how things ought to be,
Long fallen wide. You can see how it was:
Look at the pictures and the cutlery.
The music in the piano stool. That vase.





last は、「最後の」と言う意味もあるけど、「靴型」の意味もあるので、それを使った。  





4月22日、訂正: 
気に入ってくれる人が一人もいなくなって、褪せて、 

気に入ってくれる人をみんな掠め取られて、褪せて、
posted by ノエルかえる at 14:06| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

William Carlos Williams「 The Late Singer 」 訳

 ウイリアム・カーロス・ウイリアムスの「 The Late Singer 」 の訳。 

 1921年の詩集『 Sour Grapes 』の第一歌。 
元にしたのは、ウィキソースの: 
The Late Singer - Wikisource, the free online library 


Here it is spring again
and I still a young man!
I am late at my singing.
The sparrow with the black rain on his breast
has been at his cadenzas for two weeks past:
What is it that is dragging at my heart?
The grass by the back door
is stiff with sap.
The old maples are opening
their branches of brown and yellow moth-flowers.
A moon hangs in the blue
in the early afternoons over the marshes.
I am late at my singing.  




さあ、また春だ。 
それに、僕はまだ若者! 
歌いながら僕は、夜更かしする。 
胸に黒い雨滴を散らした様なウタスズメが、 
この二週間、ずっとこのカデンツァを歌っている。 
「 What is it that is dragging at my heart? /
わたしの心を探っている、これは何? 」
裏戸の側の草は生気に満ちて 
ピンと立つ。 
楓の老木が茶色の 
枝々を広げ、黄色のヤママユガが来る。 
午後もまだ早い時刻に、湿地帯の上の 
青い空に月が掛かっている。 
僕は夜遅くまで歌って過ごす。 




ウタスズメ:The sparrow with the black rain on his breast :
ウタスズメ - Wikipedia

黄色のヤママユガ yellow moth-flowers : 
Dryocampa rubicunda - Wikipedia  

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2018年04月12日

The Carpenters 「 Super Star 」訳

 頭の中で、カーペンターズの「ろおおんがごおお、あど、そふぁらうええ」と言うのが繰り返されて、なんだったかしら、と思い出せないし、こう言うのはインターネット検索で簡単に出るからと検索してみたら、「スーパースター」で、曲はレオン・ラッセルで歌詞はボニー・ブラムレットということで、元は「グルーピー」と言うことで、カーペンターズが歌うので、リチャード・カーペンターが歌詞を一箇所「sleep」を「be」に変えたそうで、

 それで、もう少し変えた方が良いかなあ、と思って。「 before the second show 」だと、幕間の休憩時間に・・という感じだから。 
 アメリカの女性が、故郷を離れ都会に住んでいたのだけれど、恋人か夫と別れて独りになった時に、少女の頃に夢中になったイギリスから来たアイドルを思い出し、アイドルと恋人を重ねながら悲しむと言う感じが良いかなあ、と思って。 

元にしたのは、Googleの検索   


ずっと昔ね、それも、遠い故郷でのことね、わたしは 
貴方の虜になったわ、それは二度目のワールド・ツアーの前のこと。 
貴方のギター、今でも聴こえる、とても感傷的ね、そう、はっきりと聴こえるわ。 
でも、現実にはいないのよ、貴方は、ラジオなの。 

覚えている? 「 I love you, Baby 」って言ったの、貴方がわたしに言ったのよ。 
「 I'll be coming back this way again 」って言ったのよ、貴方。 
「 Baby, baby, baby, baby, oh baby 」って歌ったの、 
「 I love you, I realy do 」って言ったのよ。

ずっと一人でいるって、とっても辛いことね、わたしは  
貴方と一緒にいるのを待つなんて、もう出来そうにないの。 
何と唱えたら、貴方を呼び戻せるのか知ら? 
貴方に戻って来て欲しいの、もう一度、哀愁のギターを聴かせて欲しいの。  



追記、訂正: 
第1ヴァースは、Long ago...、第2ヴァースは、Loneliness... と頭韻を踏んでいるので、 
第2ヴァースの一行目、一人でいるって、とっても辛いことね、 を
→ 
ずっと一人でいるって、とっても辛いことね、わたしは  に訂正。 

追追記、訂正: 
コーラス部分、
Don't you remember, you told me 「you loved me baby?」
You said 「 you'd be coming back this way again baby 」
Baby, baby, baby, baby, oh baby
I love you, I really do  
「」の部分だけを、歌の歌詞の様に訳していたけれど、 
その後の「 Baby, baby, baby, baby, oh baby 」「 I love you, I really do 」もそうだと思うので、訂正。 
貴方、貴方、貴方、、、貴方、 
わたしは愛しているの、本当よ。 
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2018年04月01日

Philip Larkin 「 The Whitsun Weddings 」訳

 フィリップ・ラーキンの「 The Whitsun Weddings 」の訳 
「聖霊降臨節の婚礼」  

元にしたのは、Poetry Foundationの : 
The Whitsun Weddings by Philip Larkin | Poetry Foundation 





あの年の聖霊降臨節、僕は遅くなって出掛けようとしていた、 
それでも、 
一時二十分にはまだだった、土曜日で陽光がいっぱいだった、 
四分の三が空席の僕が乗り込んだ車輛が押し出された、 
上げ下げ窓は全部が卸されて、座席は全部が温かく、 
急かされる気がしてたのはまるっきりなくなった。僕たちは、 
走り抜ける、家並の裏手、横切る、とある大通りが 
車窓を暗くする、匂いを嗅ぐ、魚の様な蓼の様な、そうして、 
川が視界に拡がる、一様でゆっくり動いている、 
そこで、空とリンカーンシャーと水が出会う。 

午後の間中は何マイルかの内陸、思いのほかの暑気で 
しびれた、 
一度速度をずっと抑えたカーブがあったけれど、僕たちは南に向いたまま。 
広い農場が過ぎた、影の短い牛がいた、それから、 
運河も過ぎた、工場から出た泡が漂っていた。 
一棟だけ離れた温室が閃いた。生け垣が見えなくなって 
また視界に現れた。時々、草の薫りがして、 
ボタンで留められた座席シーツの嫌な匂いと代わった。 
そうして次の町、新開の別段特筆することもない町が、 
近づいて来た、と、大量の解体された車も見えて来た。 

最初は、その騒々しさが何なのか、僕には分からなかった。 
それは、僕たちが止まる各駅ごとに起こるのだけれど、 
結婚式の騒ぎだったのだ。陽光が 
屋内で行われてこその感興を台無しにしているし、 
長くて冷たいプラットフォームは叫び声や笛の音を小さくしている。 
僕は、駅のポーターが郵便配達員とふざけているのだと思っていた。 
それで、読書を続けていた。ところが、列車が動き出すと、 
少女たちの前を通り過ぎたのだ。ポマードで固めた髪、 
最新のファッションを真似たヒールにベール、みんなもじもじして、 
それでもにこにこして、私たちの乗っている列車を見詰めていた。 

少女たちは手を振り続けていたけれど、 
それはまるで、 
終わったことをそうしてまだ続かせている様だった。 感激した僕は、 
次の駅では、もっと素早く首を覗かせて、もっと興味を持って 
今度はすべてを見た。それも違った側面から。 
父親たちがいる、スーツを着て太いベルトを締め、 
そうして額には深い皺がある。 母親たち、騒々しくて太っている。 
一人のおじさんが卑猥な語を叫んでいる。あとは、 
パーマをかけた、ナイロンの手袋を当てた、模造ジュエリーを着けた少女たち、 
そのレモン色、モーブ色、金オレンジ色は、 

他の者たちから少女たちを際立たせている。 
そう、カフェから始まって、 
中庭奥の宴会ホール、それから万国旗で飾られたバスの 
団体客用別館と続いた、結婚式の日々は 
終りを迎えようとしていた。ホームの至る所で 
新婚夫婦が乗り込んだ。残った者たちはあたりに立っている。 
最後の紙吹雪と忠告が投げられて、 
僕たちの列車が動き出して初めて、人々の顔には 
今こそ出発なのだと気が付いた表情が見えた。子供たちは 
列車が遅いのに不機嫌だった。父親たちは、 

これ程に上手くいったこと、全体に茶番劇的なことを覚えてはいない。 
女たちは秘密を結んでいる、 
好都合な葬儀と同様に。 
少女たちと言えば、その間も、ハンドバックを握りしめて、きつく、 
一人の修道士を見詰めている、こっそりと。到頭、 
人々が離れて、その人々が見送っていた者たち全部が乗り込んで、 
僕たちの列車はロンドンへと疾駆した、蒸気の塊をあちらこちらに振りながら。 
到頭、田園は細かく区割りされ建物で一杯の土地になり、 
道はポプラ並木が長い影を落とすのに十分な幹線道路になった、そうして、 
五十分も経てば、 

帽子も席に落ち着いて、「恥ずかしくって死ぬかと思った」 
と言うのには十分だった。 
十二組の結婚生活が始まった。 
ぴったりと脇を合わせて座り、新婚夫婦たちは、風景をながめていた。 
― 何所かのオデオンを過ぎた、冷却塔を過ぎた、 
助走してクリケットの投球をする人を過ぎた、それでも、 
実際に会うことはない他人たちについて考えることはなかったし、 
この一時間に自分たちの人生が丸ごと入っていると思い至ることもなかった。 
僕は、陽光の下に拡がるロンドンのことを思った、 
小麦畑の様に真四角になった郵便区画で整えられた町を思い描いていた。 

もう、僕たちの列車は到着するところだった。光るレールの継目を 
踏み列車は、疾走して行った。 
停車している個室寝台車を通り越すと、苔で黒ずんだ壁が 
近づいて来て、もうほとんど到着、この 
一期一会の相客との旅は終わる。すると、抑えられていたものが 
跳ね立って打ちまけられるだろう、 
変換されつつある力が、それに丸ごと加えられるからだ。
僕たちの列車はまた速度を緩めた、きついブレーキがしっかり掛かると、 
何か降っていると言う感覚が身中に拡がった。まるで、強いけれど短時間の俄雨が、 
何所か見えない所に行って、一日中の雨になった様に思えた。  




That Whitsun, I was late getting away:

Not till about

One-twenty on the sunlit Saturday

Did my three-quarters-empty train pull out,

All windows down, all cushions hot, all sense

Of being in a hurry gone. We ran

Behind the backs of houses, crossed a street

Of blinding windscreens, smelt the fish-dock; thence

The river's level drifting breadth began,

Where sky and Lincolnshire and water meet.

All afternoon, through the tall heat that slept

For miles inland,

A slow and stopping curve southwards we kept.

Wide farms went by, short-shadowed cattle, and

Canals with floatings of industrial froth;

A hothouse flashed uniquely: hedges dipped

And rose: and now and then a smell of grass

Displaced the reek of buttoned carriage-cloth

Until the next town, new and nondescript,

Approached with acres of dismantled cars.

At first, I didn't notice what a noise

The weddings made

Each station that we stopped at: sun destroys

The interest of what's happening in the shade,

And down the long cool platforms whoops and skirls

I took for porters larking with the mails,

And went on reading. Once we started, though,

We passed them, grinning and pomaded, girls

In parodies of fashion, heels and veils,

All posed irresolutely, watching us go,

As if out on the end of an event

Waving goodbye

To something that survived it. Struck, I leant

More promptly out next time, more curiously,

And saw it all again in different terms:

The fathers with broad belts under their suits

And seamy foreheads; mothers loud and fat;

An uncle shouting smut; and then the perms,

The nylon gloves and jewellery-substitutes,

The lemons, mauves, and olive-ochres that

Marked off the girls unreally from the rest.

Yes, from cafes

And banquet-halls up yards, and bunting-dressed

Coach-party annexes, the wedding-days

Were coming to an end. All down the line

Fresh couples climbed aboard: the rest stood round;

The last confetti and advice were thrown,

And, as we moved, each face seemed to define

Just what it saw departing: children frowned

At something dull; fathers had never known

Success so huge and wholly farcical;

The women shared

The secret like a happy funeral;

While girls, gripping their handbags tighter, stared

At a religious wounding. Free at last,

And loaded with the sum of all they saw,

We hurried towards London, shuffling gouts of steam.

Now fields were building-plots and poplars cast

Long shadows over major roads, and for

Some fifty minutes, that in time would seem

Just long enough to settle hats and say

I nearly died,
A dozen marriages got under way.

They watched the landscape, sitting side by side

- An Odeon went past, a cooling tower,

And someone running up to bowl - and none

Thought of the others they would never meet

Or how their lives would all contain this hour.

I thought of London spread out in the sun,

Its postal districts packed like squares of wheat:

There we were aimed. And as we raced across

Bright knots of rail

Past standing Pullmans, walls of blackened moss

Came close, and it was nearly done, this frail

Travelling coincidence; and what it held

Stood ready to be loosed with all the power

That being changed can give. We slowed again,

And as the tightened brakes took hold, there swelled

A sense of falling, like an arrow-shower

Sent out of sight, somewhere becoming rain.

posted by ノエルかえる at 17:03| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

The Beatles 「 All you need is love 」訳

 ビートルズの「 All you need is love 」。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 songs 」:
All You Need Is Love | The Beatles  



すき、すき、すき、
すき、すき、すき、
すき、すき、すき 

そもそもが為果せない様に出来てるのだからやり様がないだろう、 
そもそもが歌わせない様に出来てるのだから歌い様がないだろう、 
一言もないね、でも、正々堂々な振る舞い方は身に付けられるよ、 
屈託なくね。 

そもそもが作らせない様に出来てるのだから作り様がないだろう、 
そもそもが貯させない様に出来てるのだから貯め様がないだろう、 
一手もないね、でも、合わせる様にする仕方は身に付けられるよ、 
大体さ。 

畢竟、君に欠けてるのは、好きになること、 
他でもない、君に欠けてるのは、好きになること、 
全く以て、君に欠けているのは、好きになること、 
好きになることが、君がすれば良いことなんだ。 

そもそもが知られない様に出来ているのだから知り様がないだろう、 
そのそもが見せられない様に出来てるのだから見ようが無いだろう、 
君がそこに居る様にはなってなかったのだから、席はないよね、 
それで良いだろう。

畢竟、君に欠けてるのは、好きになること、 
他でもない、君に欠けてるのは、好きになること、 
全く以て、君に欠けているのは、好きになること、 
好きになることが、君がすれば良いことなんだ。 







蛇足: 
この歌の歌詞は、基本的にはポピュラー・ソングの典型に入るのだと思う。 
「僕は頭も悪い、スポーツも出来ない、不器用で何も作れない、それに醜男。でも、僕は正直者だし、誰よりも愛情が豊かなんだ。」と言う内容。 
それを、少しだけ逸脱しているのが、この歌の面白さなのではないだろうか? 



追記: 
上の様に訳したのだけれど、元の歌詞のだらだらした締まりのない感じは、次のように訳した方が近いかもしれない: 
どうしても出来そうにないのなら、そりゃ、出来させない様になってるのさ、 
どうしても歌えそうにないのなら、そりゃ、歌わせない様になってるのさ、 
べつにいいよ、でも、正々堂々とするのは出来る様になるよ、 
気にするな。 



追追記: 
ちょっと解説の様な: 
 この歌、ロンドだと思う。ヴァースのみと取っても良いのではないかと思う。「 All you need is love 」と言うリフレインは付くけれど。 
 「 Straw berry Fields Forever 」の場合は、ヴァースとコーラスの関係が、歌詞の上でも不分明で、私には、その歌のフォニー[ 声 ] が単声なのか、多声なのかが判別出来ないままなのだけれど。 
 この「 All You Need is Love 」はそう言うこともない。単声だととっても良いだろうし、ヴァースは単声、コーラスはコロス[ 群衆 ] ととっても良いだろう。コロスととっても、ヴァースのフォニーを含めたコロスと考えられるし。コロスがヴァースのフォニーに呼び掛けているとしても、そのフォニーの立場に立ったものだから、内容的にはほとんど同一化してると思う。 

 それで、そのヴァースは、カプレットが基本。カプレットに一行が付けられていると言う構成。
第1ヴァースを例にとると: 
「 There's nothing you can do that can't be done. 」「 Nothing you can sing that can't be sung. 」がカプレット、対。 ( ただ、do と song だと対句と言う程でもないけれど。 ) 
 それで、この各行の構成も: 
a「 There's nothing you can 」ーa'「 can't be done 」と言う構成。
a と a' は、能動と受動とになっていて、反転と言うか変化させられていて、そこが妙味。 
そこで、that の役割りなのだけど、それは、付けられたもう一行との関係から分かるもの。 
もう一行は、「 Nothing you can say but you can learn how to play the game. 」なのだけれど、taht に当たるのは、but 。それで、but と反対に近い意味に採るのが良いかと。つまり、順接の接続詞の様な。 
 まあそれで、第2ヴァースの make と save も対なのだから。対になる様な意味に採らないと。
make を「作る」とするならば、save は、「貯める」かなと思う。 

 それで、リフレイン。これ、「 Hey Jude 」の様に永遠に繰り返しても良かったのに。
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2018年03月03日

The Beatles 「 Penny Lane 」訳

 ポール・ビートルの「 Penny Lane 」の訳。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Penny Lane | The Beatles 
Alan W. Pollack's Notes on "Penny Lane" 
Penny Lane | The Beatles Bible  


 コーラス部分が夏で思い出、ヴァース部分が晩秋・初冬で実際に目にしている光景、と言う対なのだろうか? 
それから黄色のイメージで繋がる、裕福な銀行家と下層階級の消防士と言う組み合わせ、白と赤のイメージで繋がる理髪師と看護婦の組み合わせ。 
 言葉については、特に消防士の所、hourglass は砂時計の形の様に腰がくびれたコルセットなのだと思う。たぶん、筋肉質の身体を強調させるのだろう。それに、fire engine はポンプだと思う、his が使ってあるし。もちろん、性的なイメージがあるのは、マッキントッシュと同様。  

 ペニー・レインは、ペニーと言う人名に因んだ通りの名前だと言うことなので、銅座屋にしてみた。 
The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 5: ノエルかえる不恵留

The Beatles 「 Penny Lane 」訳:  



ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる 

ほら、白衣の理髪師がひとり立っているよ、 
これまでにしたことがある「ご希望」の頭の写真を見せてるんだ、 
往き交う人は誰もが、 
立ち止まって、この理髪師に挨拶するよ。 

ほら、角には銀行家が高級スポーツカーに乗って止まっているよ、 
子供たちが彼のオープンカーの後ろで嘲っている、 
この銀行家は黄色のマッキントッシュを絶対に着ないのだもの、 
冬を呼ぶ驟雨にでも、どういうわけだろう、分からない。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも、初夏の青い郊外独特の空の下に拡がる、 
ぼくは座るんだ。さて、ところで話しはもどって… 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる  

ほら、黄色ヘルメットの消防士がひとり腰括れのコルセットを当てているよ、 
それに、ポケットには女王の肖像写真が入っている、 
この消防士は自分の消火ポンプをいつもきれいにしたがっている、 
とってもきれいなポンプなんだ。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも夏なんだ。それで、安売りで四ペニーの 
四角のフィッシュ・フィンガー。さて、ところで話しはもどって…  

うしろだよ、ほら、バスの転回広場の真ん中の待合所、 
可愛い白衣の看護婦が11月11日のための赤いポピーをお盆に載せて売っているよ、 
彼女は劇中人物のひとりになりきったつもりなんだね、ナイチンゲールかな? 
でもやっぱり、彼女なんだ。 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる   

理髪師がまた別のお客の顔を当たっているよ、 
ぼくたちお見知りの銀行家は座って調髪を待っている、 
そうしている内に、驟雨を押して 
消防士が突入してくる、なんて、どういうわけだろう、分からない。 




追記: 
関係は全くないけど、ポピーと言うことで、モネの絵: 
Poppy Field in Argenteuil, Claude Monet - クロード・モネ - Wikipedia
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2018年01月20日

John Lennon 「 Watching the Wheels 」訳

 ジョン・レノンの「 Watching the Wheels 」。
インターネット上にあった歌詞を元にしてるので、正しい歌詞なのかどうかは分からないけれど。
 それで、まず最初に疑問に思ったのは、「 the merry-go-round 」と言う語。イギリス人のレノンが回転木馬の意味でこの語を使うのだろうか?? と思った。脚韻を踏む必要はあるからそうしたのかもしれないけれど。「 the wheels 」は、自動車だろうから、それと対称させる様なものではないかと思うし。それなら、自動車×列車と言う対称があるかな、と。イギリスでは、Merry-go-round train と言う言い方があるし。Merry-go-round train - Wikipedia

 それで、ニューヨークの目抜き通りにへたり込んで、猛スピードで走り過ぎて行く自動車を眺めている怪しい老人をイメージして訳して見た。 




大通りに座り込んでたりするもんだから、ぼくは、頭が可笑しくなり始めてるんじゃないかって、 
そんで、ぼくが命を落とさない様に、いろんな注意を、みんなが出してくれるの、 
ぼくが大丈夫って言うと、どうだかなあっ?て顔で、 
ぼくはしゃんとしてないんだから、きっと具合が悪いんだって言うし、 
ぼくはどんよりして、命が消えるのを待ち望んでいるみたいだって、 
そんで、ぼくに分からせようと、いろんな指示を、みんなが出してくれるの、 
ぼくが、頭ははっきりしてるよ、壁の上を通る影に注意してるから、て言うと、 
好機を逃しちゃ駄目だよ、君はもう機敏には動けないだろう、って言うの。 

ぼくは大通りに座ってね、くるまが走り回っているのを観察してるんだ、 
走り回ってるのを見るのが、とっても好きなの、 
子供の頃、どこまでも連なる石炭貨車に乗って遠くに行ったことがあるけど、もうしない、 
だって、もう石炭貨車は行ってしまったもの。 

みんなは困り果てて、「質問」を出して来るの、 
そんで、ぼくは、困ったことはないよ、「隔絶」があるだけ、って、 
みんなは、頭を振ってぼくを見て、ぼくはもう正気じゃないんだな、って顔で、 
ぼくは、どうもしないよ、座って時間をつぶしてるだけ、って言うの。 

ぼくは大通りに座ってね、くるまが走り回っているのを観察してるんだ、 
走り回ってるのを見るのが、とっても好きなの、 
子供の頃、どこまでも連なる石炭貨車に乗って遠くに行ったことがあるけど、もうしない、 
だって、もう石炭貨車は行ってしまったもの、追い付けないもの、見送るだけだったんだもの。
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2017年12月10日

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」のこと

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」訳: ノエルかえる不恵留

 「 Strawberry Fields Foever 」は、不思議な構造の歌です。構成は、基本的にコーラス/バースの繰り返しです。一般的な歌はバースが先にあってコーラスへ移行するのですが。それでは、その配列を倒置して、何か驚きを持たせようとしているのか、と言うとそれも違うようです。例えば、ボブ・ディランの「 All Along the Watchtower 」もコーラスを先に持って来て劇的な効果を作っていますが、歌詞は、ヴァース/コーラスの順にすることが出来ますし、そうすれば物語りが分かります。ところが、「 Strawberry Fields Foever 」は、順序を逆にして、ヴァースを先に持って行くことが出来ません。それは、このコーラスの歌詞が、「呼び込み」の文句だからです。ヴァースの歌詞は、平叙な会話です。平叙な会話をしてから、「呼び込み」の文句を相手に向けるのは可笑しいので。旋律的にも、イントロを置くとしても、このヴァースからコーラスへの移行は合わない様に思います。 
 それでは、コーラスの前に、イントロがあって、ヴァースと言う構成はできなかったのか、と仮定して見ると、この歌の構造の特殊さが、余計に分かって来る様に思えます。 
 まず、この歌の設定ですけれど、二人の人物が居ます。一人の人物がもう一人の人物へ誘い込もうと語り掛けている、と言う設定です。ところが、一人の人物は、この歌の中では、何の行動もしていません。もう一人の人物の「呼び込み」を聞いているだけです。と言うよりも、むしろ、この歌は、その一人の人物がもう一人の人物の「呼び込み」を聞き取ったものなのです。そして、耳で聞き取ったこの「呼び込み」の台詞だけなのです。( 注意しなければならないのは、この歌の視点は、あくまで、この台詞を聞いている方にあると言うことです。語る方の視点ではありません。 ) 
 このもう一人の人物の「語り掛け」だけと言う歌詞が、構造を不思議にしているのです。
 つまり、コーラスの前にヴァースを置くとしたら、この一人の人物が、突然に現れて来たもう一人の人物を目で見た描写をする、と言うことが考えられます。ただ、そうすると、写実的な歌詞の第1ヴァースと、もう一人の人物の平叙な会話のその後のヴァースを、同じメロディにするのは変だと思いますが。それでも、二種類のヴァースのメロディがあっても良かったのかも知れません。 
 けれども、ジョン・レノンはそうはしなかったのです。それは、ひとつには、マッカートニーの様に物語風には書けないと言うこともあるのかも知れませんが。 
 ただ、こうして、「呼び込み文句」のコーラスと「平叙な話し掛け」のヴァースだけにすることで、舞台にある様な視覚的イメージは全く取り払われて、「音声」だけのイメージに絞り込んでしまうことが出来たのだと思います。それは、歌詞の「 eyes closed 」の部分にも現れている様に思います。そうすると、それは、とても不思議な、ある種の神秘体験の様な感覚を聴く者に齎すことになるのではないでしょうか。頭の中で、「神の声」が聞こえると言うような。 
 また、この歌は、変ロ長調なので、壮麗な雰囲気を持つし、トランペットを始め管楽に良く合う調なので、レノンも管楽の導入を求めたのでしょうけれど、その管楽が、また、神秘的な感覚を増しているのでしょう。また、変ロ長調はベートーベンだと第四交響曲で、「ギリシャの乙女」と呼ばれたりもするけれど、そんな雰囲気もジョージ・ハリスンの弾くスワマンダルに感じられるかも知れません。
posted by ノエルかえる at 11:28| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

Georg Trakt 「 Die Sonne 」

 アントン・ウェーベルンの作品14『 Sechs Lieder 』( 1917年から1921年 ) に使われた、ゲオルク・トラークルの詩から、一番目の「 Die Sonne 」。『 Sebastian im Traum 』の中の詩。 
ウィキソースにはないのかも? Kategorie:Georg Trakl – Wikisource 

 全集のブックレットには、英訳も仏訳もあるけど、一応、ドイツ語から直接訳して見た。 


いつものきいろいお日様が、丘の上に来る。 
うつくしい、森が、獣が、 
人が。狩人か羊飼いだろう。 

魚が、緑の池の中に浮かび上がり、赤くなる。 
まるいお空の下で、 
青い小舟の漁師がしずかにすすむ。 

熟れる、ぶどうが、こむぎが。 
しずかに、この日の空が自分で、傾いたなら、 
それは、「善と悪」が整えられている。 

夜になったなら、 
さまよう人は、しずかに、両のおもたい瞼をあげる、 
ずっと暗い峡谷から、お日様が現れ出る。  


Täglich kommt die gelbe Sonne über den Hügel.
Schön ist der Wald, das dunkle Tier,
Der Mensch; Jäger oder Hirt.

Rötlich steigt im grünen Weiher der Fisch.
Unter dem runden Himmel
Fährt der Fischer leise im blauen Kahn.

Langsam reift die Traube, das Korn.
Wenn sich stille der Tag neigt,
Ist ein Gutes und Böses bereitet.

Wenn es Nacht wird,
Hebt der Wanderer leise die schweren Lider;
Sonne aus finsterer Schlucht bricht.
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2017年11月26日

William Carlos Williams「 Landscape with the Fall of Icarus 」訳

 ウィリアム・カーロス・ウィリアムスの「 Landscape with the Fall of Icarus 」。 

Landscape with the Fall of Icarus (poem) - Wikipedia 

 元にしたのは、poets.org の: 
Landscape with the Fall of Icarus by William Carlos Williams - Poems | poets.org  





ブリューゲルが描いているのを見れば、 
イカルスが落ちたのは、 
春なのだ。 

農夫が一人、鋤いている、 
その彼の畑は、 
一帯を眺められる、壮観な景色だ。 

その年の 
一番の衝撃の出来事が、 
直ぐ側で。 

畑が面している、 
海のすぐ先で、 
起こっている。 

翼の蝋が 
陽光で流れ出し、 
溶けてしまった。 

そこは、 
海岸から 
それ程離れてない。 

水飛沫は目に付かない、 
そこで、
イカロスは溺れようとしている。   



According to Brueghel
when Icarus fell
it was spring

a farmer was ploughing
his field
the whole pageantry

of the year was
awake tingling
near

the edge of the sea
concerned
with itself

sweating in the sun
that melted
the wings' wax

unsignificantly
off the coast
there was

a splash quite unnoticed
this was
Icarus drowning  


posted by ノエルかえる at 13:39| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

The Beatles 「 Strawberry Fields Forever 」訳

 ジョン・ビートルの「 Strawberry Fields Forever 」、 
ビートルズのホームページの「 Songs 」を元にして:
Strawberry Fields Forever | The Beatles  





おや、あたしに案内( あない )させてくださいな、 
まあ、あたしもちょうど、匍匐卿館( ほふくきょう やかた )の庭に行くところなのですよ、 
ほんと、あんなところはないですよ、 
滅相もない、お待たせすることなんか、ありゃしません、 
匍匐卿館の庭はいつでも開いているのです。 

お目を閉じて暮らされた方が良かありません、旦那さん、 
ご覧になるもの、なあにもかも、お間違えになるんですからねえ、 
きょうび、一廉の者になるのは、ますます難しくなって居りますねえ、 
でも、そんなことは解決済みってもんです、
なんたって、あたしには関わりのないことですからね。 

あたしの樹があるんですがね、きっと、誰も登っていませんよ、 
そりゃあね、他のやつには高すぎるか低すぎるかなんです、 
おや、あたしの言うことがお判り出来ない、そうですか、 
旦那さん、まあ、それでも良いでしょう、 
まあ、そういうことです。そんなに気になさることもないですよ。 

ずっと分かり切ってるのに、自分だっけ?って思う時、
ね、旦那さん、何でしょう。 はは、夢ですよ。 
あたしはね、「こりゃちがう」って判るんですよ、 
でも、「これでいいや」って思うんです、 
合わないですねえ、でも、
そういうもんです、旦那さん、ちぐはぐなんですよ。 

おや、あたしに案内( あない )させてくださいな、 
まあ、あたしもちょうど、匍匐卿館の庭に行くところなのですよ、 
ほんと、あんなところはないですよ、 
滅相もない、お待たせすることなんか、ありゃしません、 
匍匐卿館の庭はいつでも開いているのです。    




追記: 
「 Strawberry Fields 」は、そのままが良いのだけれど。と言うのも、元のネオ・ゴシック・建築の持つ雰囲気は残したいと思ったので。英文字のままだと、字面で ( S t b F l d と言った文字が間隔を開けて立っていて、言葉全体が細かな装飾のある建物を思わせるので ) ネオ・ゴシック・建築の感じがするから。 
 カタカナ表記にすると、それは消えて無くなるので、どうしようかと思って。「匍匐茎」だと、細かな感じなので、それを名前にしてみました。
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

「 La Vie En Rose 」訳

 エディット・ピアフの「 La Vie En Rose 」。歌ったのもだけど、歌詞を書いたのもピアフ。 

 分からないのだけど、「薔薇色の人生」で良いのだろうか? La Vie En Rose の en 、「of」の意味もあるけど、「in」ではないだろうか? それに、「生活」ならばそうなのだろうけど、日本語で「人生」と言うと、産まれてから死ぬまでの間になってしまいそうだし、、、
 と、「 Heureux heureux à en mourir 」のところ、heureux は男性単数の形容詞だと思うけど、発話者が女性だとしたら、heureuse ではないのか知ら?? 
 よくわからない。 

 で、1947年発表の歌だし、「 le portrait sans retouche 」と言う表現とか、戦争で亡くなった恋人の写真を思わせるし、、、 

それで、こんな風に訳してしまいました、、、 元にしたのは、インターネット上に在った歌詞、正しい歌詞なのかどうか分からないけど。  


Des yeux qui font baisser les miens
Un rire qui se perd sur sa bouche
Voilà le portrait sans retouche
De l'homme auquel j'appartiens

Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
je vois la vie en rose

Il me dit des mots d'amour
Des mots de tous les jours
Et ça me fait quelque chose

Il est entré dans mon cœur
Une part de bonheur
Dont je connais la cause

C'est lui pour moi
Moi pour lui
Dans la vie

Il me l'a dit, l'a juré pour la vie

Et dès que je l'aperçois
Alors je sens en moi,
Mon cœur qui bat...

/
Des nuits d’amour à plus finir
Un grand bonheur qui prend sa place
Devant lui les chagrins s’effacent
Heureux heureux à en mourir

Quand il me prend dans ses bras
Il me parle tout bas
Je vois la vie en rose

Il me dit des mots d'amour
Des mots de tous les jours
Et ça me fait quelque chose

Il est entré dans mon cœur
Une part de bonheur
Dont je connais la cause

C'est Toi pour moi
Moi pour Toi
Dans la vie
Tu me l'as dit, l'as juré pour la vie

Et dès que je t'aperçois
Alors je sens en moi, mon cœur qui bat...



あの眸が私の眸を見下ろす、 
あの笑い、口のところで分からなくなる、 
それは、少しの修正もない彼のポートレイト、 
わたしがぞっこんだったあの人の。 

あの時、あの人が腕に私を掻き抱いた時、 
あの時、あの人が低く私に語りかけた時、 
私は、薔薇の中に、命を見たの。 

あの人、短い愛の言葉を幾つもわたしに 
言ったわ、普段、使っている様な言葉よ、 
でも、その言葉はわたしには本物の言葉だったの。 

あの人は、今でも、わたしの心にいるの、 
しあわせを担っているのよ、 
どうしてしあわせなのか、わたしにはよく分かっているの。 

わたしにすれば、あの人の中に、 
あの人にすれば、わたしの中に、 
命があるのよ。 

そう言ったの、あの人は、命に誓ったの。 

それ以来、そのことをちょっと思うと、 
わたしは感じるの、胸の内で、 
鼓動しているわたしの心臓があるのを、…


ああ、愛の夜々は満ち切った、 
夜の居場所を独り占めする大きなしあわせ、 
あの人の前では、どんな悲しみ消えて行くの、 
ああ、あの人はしあわせなの、死の中でしあわせなの。  

あの時、あの人が腕に私を掻き抱いた時、 
あの時、あの人が低く私に語りかけた時、 
私は、薔薇の中に、命を見たの。 

あの人、短い愛の言葉を幾つもわたしに 
言ったわ、普段、使っている様な言葉よ、 
でも、その言葉はわたしには本物の言葉だったの。 

あの人は、今でも、わたしの心にいるの、 
しあわせを担っているのよ、 
どうしてしあわせなのか、わたしにはよく分かっているの。 

わたしにすれば、あなたの中に、 
あなたにすれば、わたしの中に、 
命があるのよ。 

そう言ったの、あなたは、命と誓ったの。

それ以来、そのことをちょっと思うと、 
わたしは感じるの、胸の内で、 
鼓動しているわたしの心臓があるのを、…
posted by ノエルかえる at 17:43| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

The Beatles 「 Love Me Do 」訳

 ビートルズの「 Love Me Do 」。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Love Me Do | The Beatles  


冒頭の Love は、呼格だと言うことで、そのように。 



愛の神様、僕を愛でて下さいませ、 
僕が神様を崇敬しているのはご存知のこと、 
僕はいつでも背いたりしませんから、 
ですから、ですから、 
僕を愛でて下さいませ、 
ああ、「恋」を賜えて下さい。 

恋するのに相応しい人、 
今まで知らなかった人、 
恋せずにはいられない、 
他でもない神様に似た人、 

そんな人をお与え下さい、 
ああ、僕を哀れに思って下さい。
posted by ノエルかえる at 13:47| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

The Monochrome Set 「 Squirrel in my Hat 」訳

 モノクローム・セットの13枚目のアルバム『 Cosmonaut 』の中の「 Squirrel in my Hat 」の訳。 

ブックレットの歌詞カードを元にして:  


自律、随意運動、 
それが私から取り去られる、 
私は望む方へ進んでいるのだが、 
自分が望む物は何か、どうなりたいと望んでいるのか、私には分からない。 

言論の自由、思想の自由、 
その様なものはもう要らない、 
言表わさないといけない意見を持ってはないのだから、 
私は、胸を叩き叫ぶだけだ、そして、哀しくなるのだ。 

私は帽子の中の栗鼠、その私が望むのは、 
影を落とす樹の枝で眠る事、そして、 
それだけ、帽子の中の栗鼠だから。 

進歩、技術の向上、 
それが全部私の手から取り上げられる、 
言葉、数字、プラスティック、 
それら現実離れしたものは、私には理解出来ない。 

私は帽子の中の栗鼠、その私が望むのは、 
影を落とす樹の枝で眠る事、そして、 
それだけ、帽子の中の栗鼠だから。 

私と一緒に走ろう、枝から枝へ飛び移り、 
私と一緒に走ろう、 
枝から枝へ、何所へでも。 

文化、芸術の精華、 
枯葉の様に私を掠めて落ちていく、 
レンブラント、モーツァルト、シェークスピア、 
芸術の領域にあるそれら全部が、私には理解出来ない。 

私は帽子の中の栗鼠、その私が望むのは、 
影を落とす樹の枝で眠る事、そして、 
それだけ、帽子の中の栗鼠だから。 


Squirrel in my Hat

Freedom, freedom
Take it away from me
Going where I wanna go
I don't know what I want or want to be

Licence, licence
Don't give me any more
I got no views to express
I just beat my chest and shout till I'm sore

Squirrel in a hat, I want to be
Sleeping on a bough of a shady tree
And that is that; a squirrel in a hat

Progress, progress
Lift it all out of my hands
Language, numbers, plastic
These fantastic things I don't understand

Squirrel in a hat, I want to be
Sleeping on a bough of shady tree
And that is that; a squirrel in a hat

Run with me, over the branches
Run with me
Over the branches, everywher

Culture, culture
Falls past me like dead leaves
Rembrandt, Mozart, Shakespeare
All these spheres of art I cannot perceive

Squirrel in a hat, I want to be
Sleeping on a bough of shady tree
And that is that; a squirrel in a hat

posted by ノエルかえる at 12:57| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

The Beatles 「 A Day in the Life 」訳

 ビートルズの「 A Day in the Life 」。 
ビートルズのホームページの「 Songs 」を元にして:  
A Day In The Life | The Beatles


I'd love to turn you on. のところ、
一般には、turn の意味、・・を「 on 」の状態にする、と言うのだろうけど。 
この行は、ヴァースの繋ぎに使ってあって、「さあ、次のページ ( 章 ) に行きますよ!」と言う感じが、どうしてもして。news や book があるから、「次のページに繰っていいですか?」と言う感じ。 
go on と同じ様な意味で turn you on を使っているのではないかなあ、と思うので。 どんどん次のページに繰って進む感じ。 



僕はあの新聞記事を読んだよ、今日ね。 
待望の地位に就いたひとりの幸運な男のね。 
けれども、記事はそうではなくて、哀しいもの。 
なのにね、笑うほかなかった、 
写真を見てしまった僕はね。  

彼は知覚が消えてたんだ、車の中でね。 
認知しなかったんだよ、信号が変わっているのをね。 
随分の人が立ち止まって見ていたよ。 
皆んな彼の顔を見たことがあったんだ、前にね。 
なのにね、彼が貴族院の名士かどうかはっきりと分かる人は誰もいなかったね。 

僕は何かの映画を見たよ、今日ね。 
イギリス軍がちょうど戦争に勝った場面のね。 
随分の人が気がない素振り。 
けれども、気になってしょうがなかった、 
あの本を読んでいて僕はね。 

僕はうずうずしているよ、君を次へ連れて行きたくて、次へ、次へ、 
次へ、次へ、次へ、、、 

起きる、ベッドから落ちる、 
頭に一直線に櫛を梳く、 
階段を下りてコップに一杯飲む、 
見上げる、と、遅れていると気付く。 

コートを見つけ帽子を攫む、 
あと一秒ちょうどでバスに間に合う、 
階段を上がって一本吸う、 
某氏が喋っている、と、夢の中に。 

そう、今日、あの新聞記事を読んだよ、僕はね。 
ランカシャー州のブラックバーンの道に四千の穴があると言うのね。 
もちろん、穴は小さいに決まっているけれど、 
町の人は全部を数える必要があったのだよね。 
アルバート・ホールと同じ大きさになるのに、
その穴が何個分だか割り出していたからね。   

僕はうずうずしているよ、君を次へ連れて行きたくて、次へ、次へ、 
次へ、次へ、次へ、、、   

posted by ノエルかえる at 11:30| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

The Monochrome Set 「 Lost In My Own Room, Dreaming 」訳

 モノクローム・セットの13枚目のアルバム『Cosmonaut』の最後の歌。 

よく分からないのだけれど、
歌詞カードを元にして:   


瞼と閉じると、いつも私は、はっきりと分かる、 
私はタクシーに乗っている、聞き覚えのない声、
病院の一室で催されるパーテイーに急いでいる、 
ここに居たことはない、と、ちゃんと断らなければ。 

輝く身体の人物が、何人か、私の側を滑り抜ける、 
私は蒼褪め怯えさせられる、白い綿布に包まれて、 
彼らの手が私を透明なチューブ群に繋げてしまった、 
私はここに戻って来たのだろうか、ずっと居たのだろうか。 

自分の部屋で私は覚えを無くする、夢を見てる、 
私の足首に当たる日光が、私をこの次元に繋ぎ止めている、 
自分の部屋で私は覚えを無くする、夢を見てる、 
血流の中に散在する、幾つもの色が、私を火照らしている、 
私は覚えを無くする。 

暗い劇場で上映されている、
私は、映画なのだが、演技途中で止められる、 
ロボットのくちなわが私の側で必殺の蜷局を巻いている、 
ここで目覚めようとは、誰も思わないだろう。 

自分の部屋で私は覚えを無くする、夢を見てる、 
息が一吹き私の顳顬に掛けられて、私をこの掛替えの無い瞬間に結びつける。 

自分の部屋で私は覚えを無くする、夢を見てる、 
奴隷の叩く太鼓の音が、 
この生命を束ねていると思われるガレー船をまだ保たせている、 
私は覚えを無くする。  

瞼と閉じると、いつも私は、はっきりと分かる、 
私はある部屋にいる、微笑みを浮かべた面々、 
レーテー川の慈悲で、何もかもを忘れる霧から、覗いた顔だ、 
私たちはいずれレーテー川に行かなければならない、 
今日は何をすべきなのだろう? 

自分の部屋で私は覚えを無くする、夢を見てる、 
他の場所からの音楽が、私をこの次元に繋ぎ止めている、 
自分の部屋で私は覚えを無くする、夢を見てる、 
日光の包帯に包まれた彼は、素っ気なく、私の目を眩ませる。 
私は覚えを無くする。  




Lost In My Own Room, Dreaming

When I close my eyes, I wake up
In a taxi with strange voices
Racing to a party in a hospital room
I have not been here before, I have to say

Lucent bodies gliding past me
Pale and frightened, in white cotton
With their arms connected to transparent tubing
I'll either be back, or I am here to stay

Lost in my own room, dreaming
And a sunbeam on my ankle anchors me to this dimension
Lost in my own room, dreaming
And the colours in my bloodstream keep me glowing in
suspension
I am lost

Playing in a dark theatre
I, the movie, paused, mid-action
Robot serpent lays its mortal coils inside me
Nobody would want to wake up in this way

Lost in my own room, dreaming
And a breath upon my temple ties me to this precious second

Lost in my own room, dreaming
And the beating of my slave drum
Keeps this galley lifebound reckoned
I am lost

When I close my eyes, I wake up
In a room with smiling faces
From a fog of nothing, by the grace of Lethe
Where shall we go to, what shall we do today

Lost in my own room, dreaming
And the music from another anchors me to its dimension
Lost in my own room, dreaming
And the swathing of the sunlight dazzles he with bleak
intention
I am lost

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2017年10月07日

The Beatles 「 She's Leaving Home 」訳

 ポール・ビートルの「 She's Leaving Home 」。 
 「 A Day in the Life 」を訳そうかと思ったら、「 She's Leaving Home 」をまだ訳していなかったことに気がついて。  

 元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」: 
She's Leaving Home | The Beatles 

Alan W. Pollack's Notes on "She's Leaving Home" 

She's Leaving Home | The Beatles Bible   



週も半ば、すい曜日、朝の5時に、その日が始まる。 
しずかに寝室のドアを閉めると、 
思いがまるまま伝わればいいのにと思いながら、置き手紙を書いて、…  

ハンカチを握りしめた少女は階段を下りて台所へ入った。そして、 
勝手口の鍵を音を立てない様に回す、そして、 
外へ踏み出すその時、少女は軛を離れていた。 
少女は、 
家を、 
離れて行く… 
何年も恋人から離れて過ごし、とうとう、家を出て行く。 

「私たちは人生のほとんどをあの娘に割いた。私たちは人生のほとんどをあの娘に捧げた。私たちは金で購えるものは何でもあの娘に与えた。」 
「お別れ…」 

父が鼾をかいて妻が目を覚まし部屋着を羽織った。そして、 
廊下に出ると階段の最上段に手紙が伏せてあり、そして、 
ひとり立ったままそれを拾い上げる、そして、 
その場に泣き崩れて、夫に叫んだ。「貴方、私たちの娘が出て行ったわ。」 
「どうして、あの子は私たちをそんなに考えなしだと思うのかしら?」 
「どうやって、私にこんなことをして見せたのかしら?」 

少女は、 
家を、 
離れて行く… 
何年も恋人から離れて過ごし、とうとう、家を出て行く。 

「私たちは自分たちのことを考えたことはない。自分たちのことなど唯の一度も考えたことはない。爪に灯を点す様にしてどうにか暮らして来た。」 
「お別れ…」 

週も終わり、きん曜日、朝の9時に、少女は夢見る目付き。 
待ち続けている、自動車の売り買いをしていた男と 
交わした会う約束を信じ切っていたから。 

少女は、 
喜びを、 
今抱えている、 
何年も断って来た特別な喜びを心の内に抱えている、 
少女は家を離れて行く…  

「私たちがした何が間違っていたのか? 私たちがしたことが間違いだなんて分かりもしなかった。金では購えない唯一の物、それが喜びだ。」 
「お別れ…」 
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2017年09月30日

The Monochrome Set 「 Cosmonaut 」訳

 モノクローム・セットの13枚目のアルバム ( XCT よりも多い ) に収められている、巻頭の歌で、アルバム溶いとると同じ歌。 

歌詞カードを元にして。 



氷河の表面に浮かぶ灰色の石礫が作る一本の線の端に落ちた、 
そこには魚が一匹、そして赤い弾丸に見合う血が流れていた。 
彼女は宇宙に見入っている。 
彼女はそこに数十年いた。灼熱、凍寒、降雨に耐えて。 
その分老いている筈、けれど、同じに見える。 
そしてまだ、彼女は宇宙に見入っている。 

地球を周回している、私は心地いい。 
水の様にぬるりとした光りが私の宇宙服を包んでいる、私は輝く。 
回転している私を見てくれ、私は回転している。 
私は、宇宙・船乗り。 
何もかもが燃えている、燃えている。 
宇宙・船乗り、私は… 

制御卓に光が当たる、点滅し、閃光を放ち、消えて行く。 
ベルトに膿を食み出させた異星人がいる。 
そして、彼女は宇宙に見入っている。 
ボタンを押す、情報を取り込む、スクリーンにメッセージが現れる。 
司令室から: 申し込みは全て準備完了 
そして、彼女は宇宙に見入っている。 

私はこの惑星を自由に周回している。 
サインとコサインが私の周回を正常に展開させる。 
回転している私を見てくれ、私は回転している。 
私は、宇宙・船乗り。 
何もかもが燃えている、燃えている。 
宇宙・船乗り、私は…   


Cosmonaut

Down at the end of a line of grey tills
There's a fish and blood fitting that's full of red pills
And she stares into space
She's been there for decades, through fire, ice, and rain
She must have been younger, but still looks the same
And she stares into space

Orbiting around the globe, I feel fine
Liquid shimmers on my robe, I shine
Look at me turning, turning
Cosmonaut, am I
Everything's burning, burning
Cosmonaut, am...

Light on the console pulsate, spark, and melt
There are aliens sticking matter on the belt
And she stares into space
Push button, scan, messages on the screen
From control: " There are offers on everything green "
And she stares into space

Orbiting around the planet unbound
Sine and cosine spin my sanity round
Look at me turning, turning
Cosmonaut, am I
Everything's burnng, burning
Cosmonaut, am...

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2017年09月23日

The Beatles 「 Lovely Rita 」訳

 ポール・ビートルの「 Lovely Rita 」。

 Meta Davis さんと言う婦人警官に、マッカートニーは出会ったそうで。それから、婦人交通警察官をアメリカで「 meter maid 」と言うのを新聞で読んだそうで。 

 構成は少し変わっていて、最初にブリッジが置かれている。ブリッジ/第一ヴァース/ブリッジ/第二ヴァース/ブリッジ。 
 ブリッジの語り手とヴァースの語り手は、分けられている。ブリッジの語り手は客観的な立場。ヴァースの語り手は主観的な立場。時制も変えてある。実際は同一人物かも知れない。 

最後のブリッジの a wink は、最初のブリッジの「 it gets dark 」と関連づけて、「星の瞬き」の様に訳した。
また、最初のブリッジの tow も駐車違反に関連づけた。 

英語は、人称変化が少ないので、困ることが多いけど、 
Got the bill and Rita paid it, /
Took her home, I nearly made it, / 
Sitting on the sofa with a sister or two. のところも、そう。 
Got が一人称なのか三人称なのか分からないし、Sitting の主格が何なのかも分からない。 
それに、所有代名詞が付けられてないので、home とsister が誰に属しているのかも分からない。 
まあ、歌としては、第二ヴァースでは、最初の三行の一行目と3行目に、Took her / Told her と使って、
二つ目の三行の真ん中の二行目に、Took her と使うと言う、音の面白さが主眼なのだろうけど。 

まあ、兎に角、 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Lovely Rita | The Beatles
Alan W. Pollack's Notes on "Lovely Rita"
Lovely Rita | The Beatles Bible  





( 道化の語り ) 
ほがらかリタ、メタ・メイド。 
私たちの間には、何も起こりそうにないですね、 
暗くなりましたら、「本官」はあなたの「ハート」をレッカー移動しましょう。 

( ある男の語り ) 
僕がリタを一瞥したのは、 
彼女がパーキング・メーターの側に立っている時だった、 
彼女専用の白い官製用紙に違反切符を書込む最中だった。 

制帽を被っていたので、ずっと大人っぽく見えた。 
肩から斜に掛けた鞄は、 
彼女の外見を少々軍人風にしていた。 

( 道化の語り ) 
ほがらかリタ、メタ・メイド。 
慇懃に私が伺いを立てたらどうでしょうね、 
「空いたお時間がありましたら、私とお茶でも如何かです?」って。

( ある男の語り ) 
ハートを射止めようと、僕は、彼女を呼び出した。 
ディナーの間中、朗らかに過ごせた。そして、 
どうしてもまた会いたいと、僕は、彼女に言った。 

勘定を取り上げて、リタが、支払った。 
自動車に乗せて、僕は、彼女を連れ帰った。そうしたら、 
僕の妹と一緒にソファーに座って、下の妹も加わって、…。

( 道化の語り ) 
ああ、ほがらかリタ、メタ・メイド。 
あなたがいないと、私はどこに「駐車」すればいいのか分かりませんよ、 
お空で地上の私たちに点滅して見せて下さいね、そうすれば、 
私はあなたを思い出します。 
posted by ノエルかえる at 11:54| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月02日

Brian Eno 「 St. Elmo's Fire 」訳

 セントエルモの火は、サミュエル・コールリッジの『老水夫行』にも登場するので、そうすると、『 Black Sea 』にもちょっと関連するかな、と思って、、、 
 実は、ただ、the cool August moon と言う語を思い出しただけだけど、、、 もう九月、、、 

元にしたのは、イーノのホームページの「 Lyrics 」:
Brian Eno's Another Green World - Lyrics  



私と月見草は疲れてしまっていた。 
ずっと歩いては這い上りまた歩いて来たので、 
ヒースの茂みを、茨の茂みを、 
終着点のない迷路の中を歩いて来たので、 
青い八月の月光の中、 
涼しい八月の月光の中で。 

夜の間中、夜の終りの到着線を越えるまで、 
私たちは気持を昂らせ続けていた。 
高速道路に載って町々を通り抜け、 
四方に雷鳴が轟く嵐を通り抜けて、
八月の二度目の満月の日の、 
涼しい月光の中で。 

私たちは砂漠で落着いた。 
砂漠では、骨が歯の様に白かった、本当に。 
それに、私たちはセントエルモの火を見た。 
大気にイオンを振り撒いていた、 
青い八月の月光の中、 
涼しい八月の月光の中で。    



Brown Eyes は、植物の Chylismia claviformis の意味もあって、それも面白いな、と思って、 
でも、日本では何と言うのか全然分からないから、月見草にしておいた。 
月見草と言うあだ名の人物でも良いし。 
Chylismia claviformis - Wikipedia
posted by ノエルかえる at 15:38| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

Slapp Happy 「 Slow Moon's Rose 」訳

 Slapp Happy 『 Acnalbasac Noom 』の「 Slow Moon's Rose 」の訳。アンソニー・ムーアの歌、歌詞も。顔ジャケットの手書きデザインの歌詞を元にして。 

手書きデザインの歌詞をそのまま写すと: 
SLOW
MOON'S
ROSE
~ Now
That the slow
moon's rose / on a
silver trellis grows,
Where arctic rivers froze,
now that the ocean is frozen
in motion, snow morning
comes. And the birds on the
wing / have nothing left to
sing / blown in blue glass
like a schooner held
fast / on the ice.
Beside that river
where I picked,
the slow moons
rose -- I wached
the evening
--- Wither
with a
jewel at
the end of my
nose. Tell - tale
snails leave their
trails, running from
hunter's black blunder-
bus under the sun.   



銀の蔓の上に、遂に、遅咲きの 
月薔薇がふくらみだす。 
北極圏の川は凍りだす。 
遂に、海は動いていても凍っている、雪の朝がやって来る。 
広げた翼で飛んでいる鳥は、 
もう、歌う歌がなくなった。
海に落ちた草は、帆船の様に高速を保ったまま、氷の上を吹かれて行く。  

その遅咲きの月薔薇を摘んだ川の辺りで、私は、 
たった一つの宝石の所為で宵が萎えるのを、この鼻先で観察した。 
蝸牛は猟師の喇叭銃から逃れようとするけれど、 
陽の下に明らかに這った跡を残して、秘密を漏らしてしまう。 






意味は私には分からない。シューベルトの『冬の旅』の「春の夢」も思い浮かんだけど、 
Slow Moon's Rose / Frühlingstraum: ノエルかえる不恵留 
訳して見ると、『星の王子様』の感じも。 
それに、「 The Secret 」にも繋がっている様で、アルバム全体が一つの物語りなのか知ら??? 
posted by ノエルかえる at 14:36| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

Slapp Happy 「 Charlie 'n Charlie 」訳

 Slapp Happy 『 Acnalbasac Noom 』の「 Charlie 'n Charlie 」の訳。ブレグヴァドの作詞、たぶん。作曲はムーア、たぶん。顔ジャケットの手書きデザインの歌詞を元にして。 

手書きデザインの歌詞をそのまま写すと: 
CHARLie
'N CHARLiE

are twins. You can
never tell where Charlie
ends & Charlie begins -------------
The search is on, Charlie looks
for Charlie in vain, no game,
'cos Charlie 'n Charlie are the
same.
Collecting driftwood down by the shore,
Charlie thought he'd open a store...
Across the sands / his first customer
approaching on his hands, ( tin cans ) ---
Charlie faced Charlie like a man.
I saw Charlie jump & holler / when Charlie
dropped a dollar down his collar ---------
" You spoiled my neck! It'll never be the
same again --- ( no blame ) -- 'cos your neck
& my neck are the same."




チャーリーとチャーリーはソーセージ。 
きみは分かんない、どこまでがチャーリーで 
どこからがチャーリーか。 
調査は継続、チャーリーはチャーリーを調べるの、
でもなんにも、途中でやめた。 
だって、チャーリーとチャーリーは同じだもの。 

海岸に降りて集めるのはリューボク。 
チャーリーは思ったの、お店を開けば 
好いじゃない、って。 
砂山越えて。チャーリーの最初のお客が 
接近中、手には、( ブリキ カン )。 
チャーリーはチャーリーを直視したの、男らしくね。 

ぼくは見たよ、チャーリーが飛び上がって叫んだの。 
チャーリーが1ドルコインをチャーリーの 
襟口に落したからね。 
「僕の首を駄目にした! 
もう元に戻らない、( そうだろう ) 
だって、君の首と僕の首は同じなんだから。」って。 
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2017年08月18日

The Beatles 「 Yesterday 」訳

 ポール・ビートルの「 Yesterday 」。
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」
Yesterday | The Beatles 





乍ちの一日。私を捉えようとする紛糾は地平にも現れてなかった。 
目前の一日。紛糾は黙したまま私を捉えて離しもしない様だ。 
ああ。私は、乍ちのあの一日が、まだ、どこかに在ると思っている。 

忽然と、私は半身を失ってしまった、それまであるのが当然だった半身。 
私に覆い被さる陰が差しているのだ。 
ああ。日が変わる変わり目に、忽然と落ちて来たのだ。 

妹が行かなければならない理由、私には分からない、 
妹は言おうともしなかった。 
私は言ってはならない重大事を漏らしたのだ。 
ああ。私はあの一日を思い頻るばかりだ。 

乍ちの一日。恋は獲易い獲物だった。 
目前の一日。私には隠れ家が必要だ。  


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2017年08月16日

Slapp Happy 「 Half-Way There 」訳

 Slapp Happy 『 Acnalbasac Noom 』の「 Half-Way There 」の訳。ブレグヴァドの作詞、作曲も。顔ジャケットの手書きデザインの歌詞を元にして。 

手書きデザインの歌詞をそのまま写すと: 
HALF-WAY
THERE

He's only half-way
there, he's only half-
way there. Told
me my fortune was
enough for me --
that I would
rather be lying
lonely in the houses
that stand along
the river-side, wearing
nothing but the ruby
bequeathed to me
by him when he died.
He's only half-way there,
he's only half-way there.
One look at his visage will
tell you so -- all you need to know is
There in black & white, printed on his brow.
He has told me why when where but he never told
me how -- he's only half-way there, he's only half-way there. First time I turned and ran away from him -- I
could not begin to feel the feelings that I felt he felt then.
If he hadn't disappeared in spring that year I'd have sent
him back home again. He's only half-way there, he's only half-
wy there. A large courtege of mourners all agree that it was
really he -- huddled in a blanket, chewing on a ball-point pen. They
stood him up against the wall & set him off again around the
karmic wheel... big deal -- you can't get me that way. I read be-
tween the lines of the notice in the Times & this is what they say:
He's only half-way there, he's only half-way there, half-way there, etc.





彼はまだ往生してないの、逝ってないわ。 
言ったのよ、わたしの財産は十分だって、
それなら、わたし、川に沿って立ってる 
十二宮に、ひとりで、寝そべってたいわ、 
死んだ時遺してくれたルビーだけの裸で。 

彼はまだ往生してないの、逝ってないわ。 
彼の相貌を一目見れば、分かると思うの。 
額に白黒で印されたもので判別には十分。 
言ったのよ、なぜ、いつ、どこで、と言うことは、 
でも、どうやって、と言うことは、全然言わなかったの。 

彼はまだ往生してないの、逝ってないわ。 
最初、わたしは、踵を返して彼から逃げたの。 
あの頃、彼の苦痛にわたしが気付いているとの思いに考えが及べば良かったのに。 
あの年の春、彼が姿を消さなかったら、 
わたしは、かれを家に送り返してたわね。

彼はまだ往生してないの、逝ってないわ。 
会葬者の大行列の誰もが、認めたわ、 
毛布にくるまって、ボールペンに噛み付いているのが、彼だって。 
会葬者たちは、彼を壁に立て掛けたわ、そうして、回る輪廻へと 
彼を送り出したの、おっきな松板ね、わたしはそんな風にはしないでね。 

わたしはね、いつも、タイムス紙の訃報の行間を読むのよ、 
書いてあるのはね、こうよ: 
彼はまだ往生してないの、逝ってないわ。 
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2017年07月22日

The Beatles 「 When I'm Sixty Four 」訳

 ポール・ビートルの「 When I'm Sixty Four 」。マッカートニーがデビュー前の少年期に書いていたものだけれど、『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』の契機になった歌ということ。ヴィクトリア時代のブラスバンドというコンセプトの。マッカートニーの父が、1902年生まれで、1966年には、64歳だったと言うこともあるそう。マッカートニーは、フランク・シナトラが頭にあったと言うことだけれど。 

まあ、 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
When I'm Sixty Four | The Beatles

When I'm Sixty-Four | The Beatles Bible    





僕が年とって、髪がなくなって、 
ずっと先だよ、でもそうなっても、 
やっぱり、君は、ヴァレンタインと 
誕生日に、カードとワインを贈ってくれる気持があるかな? 

僕が後十五分で三時と言う時刻まで外出してたら、 
君は戸に鍵を掛けてしまうかな? 
僕が六十四歳になっても、君は、 
僕を必要としてくれる? 掻き立ててくれる? ふふ 

君も年を取るよ、 
ああ、約束してくれるなら、 
僕は、絶対、君と一緒にいるよ。 

君の部屋の電燈が消えちゃっても、 
僕は、上手に、ヒューズを替えられるよ、たぶんね。 
君は、たいてい炉辺でセーターを編む毎日だろうね、 
日曜の朝には、それで、遠乗り。 

庭を造って、草抜きして、 
こんなに頼める人いるかな? 
僕が六十四歳になっても、君は、 
僕を必要としてくれる? 掻き立ててくれる? 

毎年夏には、別荘を借りるのが好いね、 
ワイト島がね、高くなければだけど。 
倹約して貯めとかなければね、僕たち。 
君の膝には孫たちが載ってるんだ、 
ヴェラ、チャックにデイブだよ。 

絵葉書を送ってよね、 
一行添えてね、見解をはっきりと。 
思うことをはっきり書いてね。 
敬具、年々老いる僕より。 

回答を下さい、下の空欄にチェックを入れてね、 
僕の永遠の恋人さんへ。 
僕が六十四歳になっても、君は、
僕を必要とする ( )
僕の気持を掻き立てる ( )   






7月23日訂正: 
老い耄れより → 年々老いる僕より
posted by ノエルかえる at 14:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

Slapp Happy 「 Dawn 」訳

 スラップ・ハッピーの「 Dawn 」。 
 顔ジャケットのインナースリーブの手書き風デザインの歌詞カードを元にして。そのままの感じで、書き写すと、     





Dawn, He's in a post -
card of the dawn,
Where the knives of
light have left the
dark night tattered &
torn / The firmamental
cars on the highway of
the stars are doing ninety
( for your love ) -- He's in a
corner on the right, the sole
survivor of the night -- &
it's you he's thinking of.
And you, you only think of him,
dropping him a line 'cos he's got
no time to swim / They're closing
all the doors to his existential
shores -- they'll leave him naked
& alone -- & you can't help him
now, he's in the waters of the
South -- sinking like a stone...
Running from the snapping jaws,
you know he ain't got aaa time
to pause -- there's one last door
between him & you -- look out babe,
he'll be coming throgh ( as soon as you
admit that you're the cause )
Gone, with a squad of crooked creatures --
you saw a film of his escape
But you hardly recognized his features.
His seer's sight had lied about the other
side / no-one was waiting when you arrived.
You dared not hesitate -- even so, you got there
late -- who takes who for one last ride???





黎明、彼は、早馬便、曙の絵葉書の中にいる、 
絵には、光りの細刃が闇夜を切り刻み寸々にしてしまっているのが描かれている。 
星の高速道路を、天空車駕が時速九十マイルで走っている、( 君の愛のため ) 
彼は、右の隅に着席している、唯一人の夜の生存者、 
彼が思っているのは、それは、「君」。 

そして君、君は彼のことを思うばかり、 
彼に一本の紐を落す、彼には泳ぐ間もないのだから。 
実存の海岸への彼の扉はすべて閉ざされている。 
閉じた扉は、彼を裸にして一人きりにするつもりだ、 
君は彼を助けられない、さあ、彼は南の海にいる、 
石の様に沈んで行く…。 

音を立てて閉じる顎門から逃れる彼、 
君は分かっているね、彼には止まる間はない。 
彼と君の間には、最後の扉がある、 
ご覧、彼はそれを通り抜けて ( 君が原因なのだと認めれば、直ぐにも ) 来るだろう。 

行ってしまった、彼は、曲がりくねった生き物の一隊と一緒に、 
君は、後になって、彼の逃走を捕えた映像記録を見たわけだ、 
でも、君は、彼の姿を目で捉えることは出来なかった。 
彼を予見した照準器は惑って別の側を向いていた、 
君が着いた時、誰も待っていなかったね。 
君は躊躇うことなく果敢に飛び出したのに、 
それでも、君は遅かった、 
最終便には誰が乗ったの? 誰の為に? 


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2017年07月15日

Pink Floyd 「 Brain Damage 」訳

 コリン・モールディングがビリー・シャーウッドさん企画の2005年のトリビュート『 Return to the Dark Side of the Moon 』で、歌っていたので、 

 ピンク・フロイドのホームページはlyric は無いようなので、歌詞カードを元にして、 


月の様に欠けるものが草の上に、 
月の様に欠ける人が草原にいる、 
子供の時の遊びを思い出している、デイジーに笑いを織り交ぜ、 
綱にして、阿比を小径で捕まえる。 

月の様に欠けるものが寄宿舎に、 
月の様に欠ける人たちが僕の講堂にいる、 
その人たちの折り畳まれた顔が、紙で、参加者席に止められてる、 
それに毎日、紙少年がまた持って来る。 

堰が決壊して、積年が解き放たれたら、それも今直ぐ、 
小山には立っている所もなくなってしまったら、 
暗い予感で君の頭がはち切れたら、それもまっ暗、 
僕は、君が月の暗面にいるのを認めるだろう。 

月の様に欠けるものが僕の頭に、 
月の様に欠ける人が僕の頭にいる、 
君は薄葉を取り上げて吹く、転調をする、 
僕にもう一度アレンジし変える、それで、僕はまともに、 
君はドアに施錠して、 
鍵を投げ捨てる、( 調性を捨てる ) 
僕の頭の中に誰かがいる、僕ではない誰か。 

雲が突然吹き上げて、君の耳に雷鳴を轟かせて、 
誰にも聞こえないだろう声で君が叫んだら、 
そして、君が入ったバンドが様々の音を鳴らし始めたら、 
僕は、君が月の暗面にいるのを認めるだろう。






7月16日追記: 
And throw away the key のところ、
key は、「鍵」と言うだけでなく、音楽の「調」も含意してるかも
posted by ノエルかえる at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

How High the Moon 訳

 ポール・ビートルの「 When I'm Sixty-Four 」のことを考えていて。書かれた時期が分からないけれど、『サージャント・ペッパー・ロンリー・ハート・クラブ・バンド』のコンセプトが出来た後だとすれば、64歳なのは、ヴィクトリア時代の人と言うことで、1967年に64歳と言うことかな、と思って。1903年生まれ。でも、ヴィクトリア時代は終わってる、1901年に。1903年生まれには、ビング・クロスビーもいるけれど、1903年に25歳だったイギリスの作曲家は、ラトランド・ボートン Rutland Boughton 、オペラ『不滅の時間 The Immortal Hour 』を書いた人。 

 で、色々探してて、1906年生まれの作曲家 Morgan Lewis 、1909年生まれの作詞家 Nancy Hamilton が書いた「 How High the Moon 」。YouTube で見て、1909年生まれの Mitchell Ayres のオーケストラのがいいな、と思って。 
https://www.youtube.com/watch?v=-XLF28HnFVw  

Somewhere there's music

How faint the tune

Somewhere there's heaven

How high the moon

There is no moon above

When love is far away too

Till it comes true

That you love me as I love you

Somewhere there's music

It's where you are

Somewhere there's heaven

How near, how far

The darkest night would shine

If you would come to me soon

Until you will, how still my heart

How high the moon





どこかで音楽が奏でられている、 
でも幽かにしか聞こえない、 
どこかに天国がある、 
でも月でも高すぎる、 
その月も、今は、頭の上にない、 
恋はとっても遠いから、 
私が君を愛している様に、君が私を愛しくくれたら、 
音楽も、天国も、月も、目の前に。 

どこかで音楽が奏でられている、 
そこには君がいる、 
どこかに天国がある、 
直ぐそこなのに、とても遠い、 
今、たった今、君が私の所に来る気持があるのなら、 
この闇夜も、今、輝き出しただろうにね、 
君がそう思ってくれたら、僕の心は、高い 
高い月に載って、そこに居続ける。  







追記: 
この歌の構造は確かには分からない。 
この歌は、ミュージカル『 Two for the Show 』の中の歌だけれど。 
上に上げた歌詞は、歌のコーラス部分と言う説明もあったので。この歌詞の前に、ヴァース部分があって、
「 Untill I fell in love / My life was very easy / The moon just it moonlight / The breeze just made it breezy / And then I fell in love / And things that once were clear / Now I scarcely se or hear 」と。 
上の版では、歌唱の最後に、そのヴァース部分と思われる二行が付いているけど。 
単曲で歌われる時には、ヴァース部分は省かれることが多いのか知ら??? 
エラ・フィッツジェラルドは、やはり、ヴァース部分はなくて、違うブリッジ(?) を最後に付けて歌っている様だし??? 
ジャズの場合、歌の構成も自由に変えて演奏するので、よく分からない。元のミュージカルでのものを探したわけではないので。
Two for the Show (musical) - Wikipedia
posted by ノエルかえる at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

ジェイムズ・ジョイス「室内楽」26、27、28、29 訳

 ジェイムズ・ジョイスの「室内楽」から、26、27、28、29 を。

28 では、 
Gentle lady, do not sing
Sad songs about the end of love;
Lay aside sadness and sing
How love that passes is enough. 
と、ポール・ビートルの「ヘイ・ジュード」を思わせるスタンザがあるから。あるいは、ポール・マッカートニーは、この表現を使ったのか知ら。 

そして、29 では、 
Still are you beautiful と言う行があって、アンディ・パートリッジ / XTC の「 You And The Clouds Will Still Be Beautiful 」を思わせるから。 


元にしたのは、ウィキソースの: 
Chamber Music - Wikisource, the free online library   


26.  
君は、夜の殻に耳を峙てている。 
そうだよね、君。君の神授の耳を峙てている。 
優しい声が喜びを合唱しているのに、 
どの音が、君の心臓を怖じけさせるのだろう? 
もしかして、あれが、君には、北国の暗い 
砂漠から落下して来る本流の音に思えたの? 

君のムード、モードは、 
君が韻律を上手に歌えば分かるよ、 
幽霊が出て魔法を使う時間に、 
奇譚を僕たちに残していった、 
そうそう、パーチェスかホリンシェッドの中から 
ある特別の名前を読み上げる、あの男の調だよ。  

27.   
君は、きっと、僕を寄せ付けない、 
君の心臓が大喜びしているのを隠しているんだ。 
だから、僕が、君のあの、ミトリダテス六世の様に、 
毒矢には平気な身体になったとしても、 
君に恨みを告白させて、 
チクリとした痛みを感じるだろう。 

ねえ、僕が誰よりも愛している君、 
僕の唇は知り過ぎてしまったんだ、古風な典雅な楽句は合わない。 
それに、笛を吹く詩人たちが祝う長所を 
持っている様な恋人を持ったこともないんだ。 
偽りなんか少しもしたことがない、
そんな恋人だって、ひとりも知らないよ。 

28.   
尊い君、歌わないで、 
愛の終りを語る歌を歌わないで。
悲しみは脇に退けよう。そして、 
過ぎ去った恋は、満ち足りたものだった、と歌うんだ。 

尊い君、歌うんだ、 
恋人たちの永い眠りを歌にして。 
彼らは、今、死んでいる。墓の中では、恋は皆閉じるもの。 
愛の神は、疲れ切っているよ。 

29.   
かけがえのない君、どうしていつも僕をそうあしらうの? 
君の高価な目、音も無く、僕を咎める。
君は、まだ、美しい。 ああ、でも、 
君の美しさは、装いなのだ。 

君の瞳の透き通った映えを通って、 
キスとキスの間の細い溜息を通って、 
翳って来た庭に、唸り声を挙げながら、 
幾陣もの人を追い払う風が吹き付ける。 その庭に恋はあると言うのに。 

荒々しい風が僕たちの頭上を吹き向けて行けば、 
きっと、僕たちの「恋」は、ほつれほどけてしまうよ。 
でも、ねえ君、僕にはもったいない君、 
ああ! どうしていつも僕をそうあしらうの?    





26から取り上げたのは、26、第一スタンザ第一行の「 Thou leanest to the shell of night, 」が西脇順三郎訳では、「夜の貝殻の七絃琴に君は傾ける、」になってたから、出口泰生訳でも、「おまえは 夜の七絃琴に 耳を傾ける」と。版が違うのだろうか? shell が 七絃琴になるのは? と思って。それに、研究書では、 shell は、この連作詩が「 Chamber Music 」なのは、Chamber pots 小用壷の連想があるのだけど、このshell は、まさにその壷を指す、と言うものがあったので。 

それから、27の第一スタンザの最終行・第六行「 The malice of thy tenderness. 」、tenderness には、優しさの意味の他に、チクリと指す痛みの意味もあるからそれを採って。西脇順三郎訳では、「そして僕は君のやさしい心の悪意( うらみ )をば / 説いて、さうと認めるばかり。」。出口泰生訳では、「ぼくは おまえの 優しい 悪意を / ただ 払いのけて 聴くのみだ。」。私が「チクリと指す痛み」を採ったのは、第二行に「 Framed to defy the poison-dart, 」と、毒矢が出て来るので、それに関連した意味と思って。 

ああ、それから、26の第二スタンザの第一行の「 That mood of thine 」のmood、全体に音楽に関連している語が使ってあると思うので、mood ではなく、mode が隠されているのではないかと思って。  


と言う訳で、左川ちかの訳も読んでみたい。
posted by ノエルかえる at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月30日

Slapp Happy 「 The Secret 」訳

 スラップ・ハッピーの「 The Secret 」。 
 顔ジャケットのインナースリーブの手書き風デザインの歌詞カードを元にして。各歌詞は、枠を決める等して、定式的に書かれているのでなく、向きも様々に、隙間なく埋め込む様に書かれているので、そのままの感じで、書き写すと、 



There he goes, my hero in wonderful
clothes -- passing me by, giving me
the eye -- he's my guy & he really
keeps a secret.
From the start his message went
straight to my heat & over my
head -- it was heavy as lead -- I'd
tell you what he said, but I swore
I'd keep it secret.
There's something hypnotising
'bout the way he walks --
There's something supernatural
'bout the way he talks --
Coming from another world I knew
he doesn't find it easy --
Keeps me up everynight telling me
the same old story ---
I told him it's alright no matter
what he does he never really
bores me.
Strike a light!
He's making my
daze into night --
mercurial man, he
does evry thing he can
& my only plan / is to
seek keep his secret
secret. shoobeedoobeedoo...

実際の行替えは、-- の所で行われると思う。
daze は、この語 daze と、days が同音異義語なので、それを使っていると思う。 
なので、その二つの意味を両方とって訳しておいた。  





ほら、あそこに行っている人がいるでしょ、素敵な服の、わたしの主人公なの。 
私の脇を通り抜けたわ、その時、ほら、視線を私に送ったでしょう。 
彼が私の恋人。この恋を彼は誰にも知られない様にしてるのよ、絶対にね。 

もう最初っから、彼の言いたいことは、そのまま私の心に入っているわ、頭は通り越してね。
錘りみたいに重いの、 
彼の言ったこと、あなたに教える所だったわ、秘密は守るって、誓いを立ててたのにね。 

彼が歩く様子ったら、もう、 
私、痺れて動けなくなるの。 
彼が話す様子ったら、もう、 
私、霊感で聞き取れるのよ。 
彼、異界から来たのよ、私は分かってるの。 
彼は、自分が異界人だなんて、分かりっこないって思ってるけど。 

彼ったら、毎晩、おなじみの同じ話しを 
一晩中話して、私を寝かさないのよ。 
でも、私、なんでもないわ、って、 
ちっとも嫌じゃないわ、って、 
彼に言ってるの。  

彼ったら、カッチって鳴らして、明りを点すのよ! 
目も眩む昼の明るさを 
夜に出現させるの。 
彼ったら、水星人ね、
出来ることは何でもしてくれる。 
私が思ってることはただ一つ、 
彼の秘密を守ることよ、 
秘密なの。シュビドビド、シュビドビド、シュビドビド、…  


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2017年06月22日

Slapp Happy 「 A Little Something 」訳

 スラップ・ハッピーの「 A Little Something 」の訳。ピーター・ブレグヴァドさんの作。 

顔ジャケットのインナースリーブの手書きデザインを元にして。「 A Little Something 」は、A面最後の歌だけれど、スリーブには、side twoの方に書かれている。真ん中に、( plus A LITTLE SOMETHING from side one )と。 

書き写すと、 

Here's a little something for all you lovers – snuggle deep down inside your covers – make yourselves at home & I'll sing you a song about Love. It can start with just a chance encounter – he doesn't know a single thing about her – a casual thread, but Lo! it led to love.
It takes too long to see what it takes two to love for it's soon to be.
And you could easily forget to get upset & set it free.
Sitting in a window at a table alone watching dancers circle to a saxophone – they get up to go, now they know it's love.
It couldn't be a nicer situation, setting off on a long vacation – the passage is booked & they're both hooked on love.
From the tip of Alaska to the edge of Spain – in every long & latitude you'll find it's the same – put one & one to-gether & you're not to blame if ti's Love.


でも、ブリッジの「 It takes too long to see what it takes two to love for it's soon to be. / And you could easily forget to get upset & set it free. 」は各ヴァースの後ろに付けてあるので、第一ヴァースの後ろで、訳しておいた。 




恋人の皆さんに、短いけれどとっておきの話しがあります。でも、畏まらず、お蒲団すっぽり被って身体を延ばしていいですよ。寛いで下さい。さあ、僕が、「恋」についての歌をお聴かせしましょう。 
二人は直ぐに恋仲になると言うのに、何が二人を恋いさせるのか分かるのには、随分とかかるものですね。それに、きっと駄目にする気遣いはないでしょうね。恋のなせるままにしましょうよ。
それは、偶然の巡り会いから始まるのが常なのですよ。カレは、カノジョのことを何ひとつ知らないの。それまで見えなかった道筋が急に拓けるの。でも、見て下さい、その道筋が、「恋」へと辿り着く路なのですよ。 
窓の内側、一つのテーブルに二人だけが着くの。一本のサクソホーンを踊り子たちが取り巻くのを見てる。そして、二人は立ち上がって歩き出す。もう、これが「恋」だと、二人は気付いているのですよ。 
さて、これよりも好い状況設定はないでしょうね。長い休暇で、旅に出ると言うものですよ。切符は予約されてますから。二人とも、「恋」に掛かっているのです。アラスカの先っぽからスペインの端っこまで、どの経度・緯度でも、ひとりをひとりに押し当てて一緒にするのを見るでしょうね。何所でも一緒ね。愛の神の仕業でしょうから、皆さんの所為ではないですよ。 

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2017年06月13日

Slapp Happy 「 The Drum 」訳

 スラップ・ハッピーの「 The Drum 」の訳。
 顔ジャケット、『アクナルバサック・ヌーン』の手書きデザインの歌詞カードを元にして。 

書き写したものは: 
Get in line, keep in time with the Drum. & don't forget you're nothing yet but water. Are you coming to or coming from the understanding that I'm handing it to you? Or is that a job you don't dare do? Hey, my sweet patootie, there's a letter for you ( you'll find it on the shelf ) - Though it was posted in Calcutta I know it's just another that you've written to yourself. We watched a distant drummer flashing / on the beat in all his parrot fashions.
Get in line keepin time with the Drum - Don't forget we're nothing yet but water. Don't move your feet until the next beat comes - one of the laws pause between - Though I would hate to make the game seem mean... Hey my pretty flower can you guess where I've been? Can you guess at all? I've been to your rooms & learned you have all the mirrors turned against the wall. We watched a diffrent drummer flashing on the beat in all his Parrot Fashions. Listen now to the sound of the Drum - & don't forget we're nothing yet but water. It won't be pleasant when the present time is done - testing nightly 'neath a sprightly summer moon your spirit like a jelly in a spoon. Hey ma jolie fleur there's a cat in the room & it's not the type you're used to. Though I think I led it to the sink & tried to make it drink it refused to.



言葉のノート: 
water は、一流の意味があるのでそれを採って。 
game は、古英語でlame の意味があるから、それを採って。 
test は、フランス語で土製の容器の意味があるからそれを採って。( その後に、フランス語のma jolie fleur が使われているから。 )  

この歌詞と、レコードで歌われているものは違う。レコードで聞こえるものをカタカナで追加しておいた。





太鼓で、意志を通わせて、間を合わせるんだ。忘れては駄目だよ、君はまだまだ、一流じゃない。僕がその優秀さを認める程の技量に君はなるかな? それ以上になるかな? それとも、君が敢えてする様な仕事じゃないかな? 

ねえ、僕の甘妹ちゃん、君宛の手紙があるよ。( 売れ残り棚で見つけるだろうね。 ) カルカッタで投函されたものだけど、僕は知っているよ、君が前に自分宛に書いた写しだね。 僕たちは、一人が二つに分かれたドラマーがパッと現れるのを見張っていたよ。調子はぴったり合って、おうむ返しに叩いてた。 
( ワン ウォン マネー / トゥー ウォン ショー / スリー ソウト ファニー / バット フォー ウォント トゥー ゴー ) 

太鼓で、意志を通わせて、間を合わせるんだ。忘れては駄目だよ、君はまだまだ、一流じゃない。次の「トン」が来るまで動いては駄目。「トン」と「トン」の間は止まってる、決まりの一つだよ。僕は、足が不自由に見せるのは嫌なんだけれどね。 

ねえ、僕のひめ花ちゃん、僕が何処にいたか当てられる? 全然分からない? 僕は君の部屋を訪れたんだ。君が鏡をどれも引っくり返して壁に凭せ掛けてるのを知っちゃたよ。僕たちは、一人が二つに分かれたドラマーがパッと現れるのを見張っていたよ。調子はぴったり合って、おうむ返しに叩いてた。
( ワン ウォン マネー / トゥー ウォン ショー / スリー ソウト ファニー / バット フォー ウォント トゥー ゴー )   

さあ、ドラムの音に耳を傾けようよ。忘れては駄目だよ、君はまだまだ、一流じゃない。今を逃すと、詰まらなくなるだろうね。夜な夜な活き活きとした夏の月の下で君の魂を陶器のポットに入れるんだ。スプーンの中のゼリーみたいだよ。 

ねえ、[ マ・ジョリ・フローラ ]、部屋に猫がいるよ。君が見慣れた種類じゃないよ。僕は猫を流しに連れてって飲ませようとしたけど、嫌がったんだった、と思うの。 
 

 
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2017年06月10日

The Beatles 「 You Can't Do That 」訳

 ジョン・ビートルの「 You Can't Do That 」。 
 XTC きってのビートルズ・マニアのデイブ・グレゴリー。子供だった彼が、魅了されたのが、「 You Can't Do That 」。ただ、彼が魅了されたのは、他でもない、イントロで聴かれる、ジョルジュ・アリソン George Harrison のRickenbacker 12-string 。

 歌は、ヴァース/ヴァース/ブリッジ/ヴァースの構成。 
 それで、ブリッジ部分の最後の行、フックになっている、「 Oh, you can't do that. 」なのだけれど、
これは、発話者が違っていると思う。この歌には、登場人物が二人いて、ほとんどが話し掛けている男の言葉だけれど、フック部分は、話し掛けられている方の答えになっていると思う。 
 それで、恋の歌なのだけれど。boy と言う語が使ってあって。男女の恋なのか、同性愛の男性同士の恋の歌なのか、どちらかは分からない。 

元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
You Can't Do That | The Beatles  


お前に言っとかなきゃなんないことが出来たよ、お前、痛い目に会うだろうな。 
あのボイとくっちゃべってるのをまた見つけたら、 
ぶんなぐって伸してやるからな。 
前にも言っただろ。 
「まあ、あんた、そんなことする人じゃないわ。」 

お前、あのボイとくっちゃべってるのを見たのは二回目だぞ。 
どうしても言わないとな、もう一度だと、それは「罪」だぞ。 
お前をぶんなくって伸してやらないといけないみたいだ。 
前にも言っただろ。 
「まあ、あんた、そんなことする人じゃないわ。」 

おれがお前を恋人にしたもんだから、 
みんな、色を失っていたけどな。 
けど、お前がどんなだか気付いたら、 
みんな、おれを鼻で笑うな。 

たのむから、聞いてくれ。お前、おれの恋人でいたいだろ。 
もう怒り出しそうなんだ、平気でいられなくなりそうなんだ。 
お前をぶんなぐって伸してしまうかも。 
前にも言っただろ。 
「まあ、あんた、そんなことする人じゃないわ。」   

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2017年05月31日

Slapp Happy 「 Mr. Rainbow 」訳

 スラップ・ハッピーの「ミスター・レインボー」。 

 元にしたのは、顔ジャケット( 『 Acnalbasac Noom アクナルバサック・ヌーン 』 ) のインナースリーブの手書きデザインの歌詞なのだけれど。 
 レコードで聞くと、かなりの部分が違っている様。例えば、in the balm of your hand のbalm は、palm に聞こえるし、he's rigged with a nebulae's sine qua non のところ、sine qua non のあたりは、shine,shinning on の様に聞こえるし、その後の a festival of gas on... もそうには聞こえないし、diluting syrup ditties at the peak of their prime; he's spun like a ghost in the radio cool; he's everybodies child but nobodies fool; も違う様に聞こえる。 

 でも、まあ、これを元にして。 
手書きデザインの歌詞は: 
His silhouette rancid with diamonds splinters like a cone in the balm of your hand; he's rigged with a nebulae's sine qua non a festival of gas on a table of sand; he's jerking like an angel on ladder of crime; diluting syrup ditties at the peak of their prime; he's spun like a ghost in the radio cool; he's everybodies child but nobodies fool; he's cool like the breast of a radio ghost; his name is etc. etc. ...


最初のアルチュール・ランボーの詩「 Jeune goinfre 」は、フランス語からと、スリーブにある英訳のものからと、両方を。英訳は、ブレグヴァドさんの訳なのか、何か他の書籍から引いたのかは分からない。 



「食いしん坊の若者」 
フランス語から: 
帽子 
波紋織りの、 
ちんちん 
象牙の、 

トイレット 
とても黒い、 
ポールは見詰める 
戸棚、 

発する 
小舌が 
梨の上に、 

用意して下さい、 
バゲット 
そして、ぐちゃぐちゃに。   


英訳から: 
絹の帽子、 
象牙の尖り、 
衣服 とても黒い、 
ポールは食器棚を見詰める、 
梨の上に舌を突出す、 
用意 
楊枝、と、下痢。  



本歌: 
彼のいっぱいのダイヤモンドでやな感じの投影が、松脂べったりの君の手の中で、球果の様に裂ける。 
彼は砂で出来た食卓の上で、星雲と成るには必要条件である祭りの様な騒乱状態の、ガスを着付けられた。 
彼は、罪へ降りる梯子に足を掛けている天使の様に、断続した発作の様な動きをする。最高潮に達した甘ったるい短歌を希釈しているのだ。 
彼は無線に現れる冷たい幽霊の様に回転される。彼にあっては、誰もが幼年であるけれども誰も幼稚ではない。 
彼は電波の幽霊の胸中の様に冷たい。彼の名前は…、…、  




最後の行、歌詞カードでは、 his name is etc. etc. ... だけど、 
彼の名前は、虹、今夜は、彼が主人役、と言う風に聞こえる。
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

Arthur Rimbaud「 Jeune goinfre 」

 スラップ・ハッピーの「 Mr. Rainbow 」に引用されているアルチュール・ランボーの「 Jeune goinfre 」

下のサイトを元にして訳して見ました:  
Jeune goinfre, poème d'Arthur Rimbaud - poetica.fr  

帽子 
波紋織りの、 
ちんちん 
象牙の、 

トイレット 
とても黒い、 
ポールは見詰める 
戸棚、 

発する 
小舌が 
梨の上に、 

用意して下さい、 
バゲット 
そして、ぐちゃぐちゃに。   


顔ジャケットのインナースリーブには、ブレグヴァドさんの手書き文字がデザインされた歌詞カードがあって、引用されている詩もフランス語で書かれていて、上のものと同じだと思うのだけど。 
けれど、ブレグヴァドさんが付けている英訳は、何だか違う、、 
Silk cap,
ivory prick,
Clothes very black,  
Paul eyes the cupboard,
Sticks his tongue out at a pear,
prepares
Wand & diarrhoea.

Toilette がどうして、Clothes なのか??? 違うバリエーションがあるのか? 


でも、でも、ブレグヴァドさんの「 Mr.Rainbow 」の歌詞は、もっと分かり難い、、、、  



5月30日訂正 
バケット→バゲット
posted by ノエルかえる at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

Slapp Happy 「 Me and Parvati 」訳

 スラップ・ハッピー「 Me and Parvati 」の訳。ムーアとブレクヴァドの共作だけど、歌詞は、ブレクヴァドではないか知ら? 
Acnalbasac Noom - Wikipedia

 顔ジャケットのインナースリーブのブレグヴァドの手書き歌詞は次の様: 
in Paris France / surrounded by musicians, dressing to dance on the tomb of acquisitions / where bloomed our positions / scattered like scars on the skin of the stars / needing celebration we entered a bar / the conversation centered on conservation / she dropped a tear for the frozen deer in the forests of upper Thailand ( tigerland ). Out on the street, blazing with light, we threw back our heads / crazed with delight, then she asked " Who do you really think you are?" seeking sudden treasure on the Rue St. Jaques / the delicate creation of a bruise on her back. Struck down from behind by a process in the back her mind / Time will tell if her spell was cast or improvised - on the curve of disaster / never dared to ask her. She made her name on the exit lane of the famous Stella Highways ( hide-a ways ) Out on the street / blazing with light / I asked her a quastion & she got it right - ( the answer was the quastion she asked me ).  

一応、これを元に訳したのだけれど、聴いていると、ブリッジの順番と、歌詞の一部が違うので、 
最初の" Who do you really think you are?" は、" Do you remember when you die? "の様に聞こえるので、 

in Paris France / surrounded by musicians, dressing to dance on the tomb of acquisitions / where bloomed our positions / scattered like scars on the skin of the stars / needing celebration we entered a bar / the conversation centered on conservation / she dropped a tear for the frozen deer in the forests of upper Thailand ( tigerland ). Out on the street, blazing with light, we threw back our heads / crazed with delight, then she asked " Who do you really think you are?"  

She made her name on the exit lane of the famous Stella Highways ( hide-a ways ) Out on the street / blazing with light / I asked her a quastion & she got it right - ( the answer was the quastion she asked me ).  

seeking sudden treasure on the Rue St. Jaques / the delicate creation of a bruise on her back. Struck down from behind by a process in the back her mind / Time will tell if her spell was cast or improvised - on the curve of disaster / never dared to ask her.  の順番で、  

と、ヘンリー・カウがバックの1974年版では、ブリッジの歌詞が違っているけれど、 




パリで、
演奏家たちに取り囲まれて、新蔵品の墓の上で身支度して踊る、
私たちのポーズが映える、
肌の上に星の跡の様な光りが鏤められる、
お祝いをしなくちゃいけないからバーに入る、
会話は専ら恒久について、
彼女は一粒の涙を落とすけどそれはタイランド( タイガーランド ) 高地の森の凍った鹿を思って。
通りに出る、照明で輝く、首を仰け反らせて、
うれしさでおかしくなってて、彼女は尋ねる「いつ死んだか思い出せる?」。 

彼女は有名なステラハイウェイ( ハイドウェイ )の出口車線で有名になった。
通りに出る、
照明で輝く、
私は一つ彼女に質問をすると彼女は直ぐに答えた、( 答えは、彼女が私にした質問だった )。 

急にサン・ジャック通りで探し物をする、繊細な被造物である彼女の背中にひとつ痣が。 
思い出そうとしていると後ろから打ち倒された、
天災の曲線上に於いて彼女の期間は運だったのか間に合わせだったのかは時間が来れば分かるだろう、
私は無理にでも尋ねようとはしなかった。 
通りに出る、照明で輝く、首を仰け反らせて、
うれしさでおかしくなってて、彼女は尋ねる「本当は自分は誰だと思う?」。  

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2017年05月13日

ジェイムズ・ジョイス「室内楽」12

 ジョイスの「室内楽」12 を訳して見たのだけど、分かり辛かったので、ここに備忘しておこうかと、 

元にしたのは、ウィキソースの 
Chamber Music - Wikisource, the free online library 

恥ずかしがり屋さん、君の心に、どんな戒を 
書き込んで行ったんだろうね、あの頭を隠した月は? 
愛の神の輝きは、全部を現した古代の満月の様で、 
星々も遠く及ばなかったんだよ。 
あの頭隠し賢者は、滑稽な頭巾被りの 
カプチン派修道僧の親戚ではないか知ら? 

本当だよ、僕は分かっているんだ、 
だから、神父たちを無視しているんだ。 
愛の神の両の目には、輪光が点って、 
星明かりに合わせて、点滅しているよ、ほら、ほら! 
月にも霞みにも、もう、君のための 
涙はないんだ、泣き虫さん。

What counsel has the hooded moon
Put in thy heart, my shyly sweet,
Of Love in ancient plenilune,
Glory and stars beneath his feet -- -
A sage that is but kith and kin
With the comedian Capuchin?

Believe me rather that am wise
In disregard of the divine,
A glory kindles in those eyes
Trembles to starlight. Mine, O Mine!
No more be tears in moon or mist
For thee, sweet sentimentalist. 


Liverpool John Moores University のwebページにあった説明文: 
https://www.ljmu.ac.uk/~/media/files/ljmu/microsites/james-joyce/lyrics-and-notes/lyric_and_notes_26.pdf

This was No. 12 in the 1907 edition.
Ellmann says that this poem was written around April 1904, after an excursion to the Dublin hills with some friends. The party included one of Joyce’s old (and secret) flames, Mary Sheehy, with whom he flirted awkwardly. She went on to marry one of Joyce’s college friends, Thomas Kettle, who wrote one of the first (and positive) reviews of Chamber Music. Although their metier differed significantly, Kettle was in many respects as brilliant and as complex as Joyce. He was killed in the Battle of the Somme (1916).
A ‘hooded moon’ would be one that is less than full.
Robert Boyle discerns an ironic modern undertone beneath the elegant Elizabethan surface of this song. The only other use of the word ‘plenilune’ that he can find in in Ben Jonson’s The Fountaine of Selfe-Love or Cynthias Revels (1601).
‘Capuchin’ refers to an order of Catholic friars founded in 1520. Starlight and moon place this song at night.
posted by ノエルかえる at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

Slapp Happy 「 Casablanca Moon 」訳

 スラップ・ハッピーの「カサブランカ・ムーン」。ピータ・ブレグヴァドとアンソニー・ムーアの共作。 
アルバム『 Casablanca Moon 』に収録。 Slapp Happy (album) - Wikipedia
 顔ジャケットの歌詞カードを元に。
 映画の『カサブランカ』と関係あるのかないのか、分かりません。



いつもフェドラスを被っていた彼だけど、 
今は、トルコ帽を是見よがしに被ってる。 
言う事、言う事に、 
カバラ風の暗示が隠されている。 
煙草を一本吸って、それから、
また、話しの縒りを戻すんだ。 
真上に、カサブランカ・ムーン。 

偽りの身分証を使い、 
モスクに庇護されながら、秘密に活動する彼だけど、 
白露に足跡を残して、 
消えた党員を追跡して、通り過ぎた 
陸土はどれだけだったか、勘定も出来ない。 
真上に、アクナバルザック・ンーム。  

彼の偽装は何所かで漏れた。 
ホボーケン駅では、警官が言った、 
「彼の旅行鞄はなくなった」と。 
そして、彼はオリエントに送られた。 
二重スパイ、混血だ。 

彼の口髭にはコカインの染みがある。 
彼のジグソーパズルはピースが合わない。 
高官たちは、彼の多面を南コーカサス諸国の 
コインに刻印しようと思っている。 

彼は、慎重にしないといけない。然もないと、孰れ、 
換気口の中で、
高官たちに、首のない自分の遺体を晒すことになる。 

電飾の様な連なった汗が彼の目を痛めだした。 
精液の様な神経症が変装の隙間から滲み出している。 
暗い売春宿で、彼は、叫び声で鏡を割った。 
真上に、カサブランカ・ムーン。 

昨日の夕方、とうとう、彼は正気を失った。 
城壁は崩れた。すると、全人類が彼の前に 
立っていた。皆が、手を差し上げて、 
深遠な手真似をして見せた。彼は分からなかった。  



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2017年04月29日

ジェイムズ・ジョイス「室内楽」10

 ジョイスの詩「室内楽」の10、アンディ・パートリッジ / XTC の「 Wrapped in Grey 」を思わせるので。
( カテゴリーを「薬師」にしようか、「 Nonsuch 」にしようか迷ったけど、 )

鮮やか色の帽子に飾りリボン 
五月の風神は、谷間で歌う。 
「追いておいで、追いておいで、 
恋する者は皆んな。 
夢は、置いて来るんだ、夢見る者たちに遣ってしまうんだ。 
夢見る者たちは後を追って来りはしないから。 
歌も笑も 
あの人たちを駆り立てはしないから。 

飾りリボンを靡かせて、 
彼は、どんどん大胆になりながら、歌う。 
彼の肩には、野生の蜜蜂が集まって、 
ブンブン言っているから。 
そんなに五月蝿いから、夢を夢見る時間は、 
もう終わってしまったんだ。 
だから、僕は、恋人に対する恋人として、 
遣って来たんだよ、恋しい君。」


元にしたのは、ウィキソースの: 
Bright cap and streamers,
He sings in the hollow:
Come follow, come follow,
All you that love.
Leave dreams to the dreamers
That will not after,
That song and laughter
Do nothing move.

With ribbons streaming
He sings the bolder;
In troop at his shoulder
The wild bees hum.
And the time of dreaming
Dreams is over -- -
As lover to lover,
Sweetheart, I come.

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「 Till There Was You 」訳

 ミュージカル『 The Music Man 』の中のナンバー「 Till There Was You 」。 
作曲は、メレディス・ウィルソン Meredith Willson 、作詞も。1957年12月19日初演のミュージカル。 
 とてもヒットしたミュージカルで、人気も大変にあったそう。 
 あらすじは、子供たちにブラスバンドを作らせて音楽をさせたら素晴らしいと言って、親たちや町民からお金を騙し取ろうと計画した詐欺師が田舎町にやって来て、町民を騙し始めるのだけれど、町内でただ一人音楽の教養がある女性は彼を疑うのだけれど、彼女の心を病んで閉じ籠っている弟にも楽器を与えて彼の心を開きそうにしている詐欺師を見て、彼女も心を許してしまう。一方、彼女は実は自分の正体に気付いているのに、自分を許していると分かった詐欺師は、本当に彼女に恋をしてしまい、逃げるのを止める。そこへ、仲間の詐欺師が遣って来て彼の正体を暴いてしまい、町民は彼を捉えてしまうのだけれど、女性は彼が来てから町がどれだけ明るくなったかと弁護し始める、では詐欺師の言っていたバンドはどうなったのだと、町民が詰問している所へ、彼女の弟を筆頭に子供たちのバンドが登場して、拙いけれども心を揺さぶる演奏をして、町民は詐欺師を許してしまう、というもの。 
 「 Till There Was You 」は、女性マリアンが、彼女の気持を詐欺師ハロルドに言う場面で歌われる。第二幕の終盤。 

The Music Man - Wikipedia 

https://www.youtube.com/watch?v=JLDsLeVxOaU


 その「 Till There Was You 」をビートルズも、ポール・マッカートニーのリードで歌っている。 
 このミュージカルは、とても人気があったのだから、これを聴く当時のティーンエイジャーの親たちには、どういう歌かは分かっていただろうし、当のティーンエイジャーたちにも分かっていたことではないだろうか。 
 それで、この歌を歌う時には、ポール・マッカートニーは、目をパチパチさせて、女の子っぽい仕草をする。それは、いかにも女装しているかのような、可笑し味を出しているのではないか知ら。ビートルズには、コミカルな面もあったから。そんな一面なのだろうと思う。同時に、ティーンエイジャーの女の子たちの憧れの的であるポール・マッカートニー自身が、女の子になり切って、女の子の恋心を切なく演じてみせると言うのは、自分たちを深く理解していると思わせて、強い共感を生むと言う一面もあるのだと。  

 で、ビートルズのホームページにある「 Songs 」を元にして、訳して見ました。  
Till There Was You | The Beatles



丘にね、組み鐘があってもね、 
鳴ってもね、わたし、ちっとも聞こえないの。 
ううん、なんにも聞こえないのよ、 
そこにいるのが、貴方でなければね。 

お空にね、鳥たちがいてね、 
飛んでいてもね、わたし、ちっとも見えないのよ。 
ううん、なんにも見えないのよ、 
そこにいるのが、貴方でなければね。 

ああ、音楽があればね。
そうよ、夜明けの露に濡れた 
あまい薫りの原っぱに、驚くような薔薇があればね、 
きっと、その薔薇が、わたしに音楽を教えてくれるわね。 

どこにもね、恋があってもね、 
歌っていてもね、わたし、ちっとも聞こえないの。 
ううん、なんにも聞こえないのよ、 
そこにいるのが、貴方でなければね。 





 それで、思ったのだけれど、このミュージカルが、後の『サージャント・ペッパーズ・ロンリー・ハート・クラブ・バンド』や映画『イエロー・サブマリン』の発想になったのではないかな???
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

Slapp Happy 「 Michelangelo 」訳

 スラップ・ハッピーの「ミケランジェロ」。ピータ・ブレグヴァドとアンソニー・ムーアの共作。 
アルバム『 Casablanca Moon 』に収録。 Slapp Happy (album) - Wikipedia
 顔ジャケットの歌詞カードを元に。 

 「 rhymes 」と言う語、ルネサンス期だから、マドリガルにしました。 あ、ミケランジェロ・ブオナローティのことだと。ミケランジェロ・ブオナローティ - Wikipedia  





背中を下にして横たわり、天上に絵を描く…、 
彼は黒を使わない、絶対に、自分の感性に合った色だけを使う。 
烏賊墨色の地の上に、聖人たちの肖像を描く、 
彼の粘着性は、彼の絵と同じで、卵白糊の粘り強さ。 
働いて、精を出して働いて、道楽などしない、 
絵具とバチカン・キャンティで表現する。 
彼の趣味は解剖だと、噂が広まっている。 
彼が身体を完璧に知り尽くしているのは、間違いない。 
十四行書けば、それがソネットを形成する、 
それに、マドリガレにも、ブオナローティは、取り組んでいる。
彼が通りを通った時、悪道に襲われた、 
シーツを被せられ打たれた彼は、蹌踉めきながら街を回り、 
教会へ倒れ込んだ、 その時、彼は一つの構想を身籠っていたから、 
悪道に罵られながらも、その構想を追い続けた。 
彼の全作品は、誰もが観るべきだ。 
最寄りの美術館の学芸員に尋ねてごらん、 
教皇は電話中、ブオナローティに掛けているところ、
でも彼は家に居ない、ちょっと没頭している、 
また始めた、絵具と筆を振り続けている、 
一心不乱だ、恍惚の中で、仕上げようとしている。  




He delineates saints on a sepia ground,
His temper like his paints is albumen bound.
Work & toil well he ain't no dilettante,
he conceives in oil & vatican chianti.
The rumour's out, his hobby is dissection,
& there ain't no doubt he knows the body to perfection.
Fourteen lines, that's what makes a sonnet
& it even rhymes - Buonarroti's working on it.
Through the streets, stricken by the urchins,
Wrapped in sheet, round the town he's lurching.
Lurching to the church, heavy with a vision,
Continuing his search though they come with their derision.
All his works, you just gotta see 'em -
Ask the clerks at your neighborhood museum
Pope's on the phone, calling Buonarroti
But he's not home, he's gone a little potty.
He's off again, waving paints & brushes -
Round the bend, to wind up in the rushes.
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2017年03月25日

The Beatles 「 Julia 」訳

 ジョン・ビートルの「 Julia 」。 

 内容をとても掴み難い歌だ。一つには、歌の構造が複雑だと言うこと。もう一つには、構造の複雑さとも関わっているけれど、他人の詩からの引用が挿入されていると言うこと。挿入されている詩行は、しかも、ジョン・ビートルによって、改作されてもいるので。 
 使われているのは、ハリール・ジブラーンの作品「 Sand and Foam 」から取られた行。ジブラーンは、1883年、レバノン生まれの、キリスト教徒。1960年代の、「ニューエイジ」の時代に、サブカルチャーの人たちに広く読まれた詩人。 
 「 Sand and Foam 」は、1926年の作品。全部で114篇の散文詩。ジョン・ビートルが取った、行は、35編目。それと、29編目の「 Our mind is a sponge; our heart is a stream. 」も、mind とheart と言う語を並べて使うと言うことで、利用している。 
 それなので、まず、ジブラーンの「 Sand and Foam 」の35編目までを前に置いて、ビートルズの「 julia」をその後に続けてみる。 

 さて、歌の構造の複雑さ。この歌、本来は、ヴァースとブリッジだけなのだと思う。そこに、「 Half of what I say is meaningless, / But I say it just to reach you, Julia, 」と言う行と、「 When I cannot sing my heart, / I can only speak my mind, Julia 」と言う行が挿入されているので。これは、小節数からすれば、ブリッジなのかも知れない、( ブリッジの機能は果たして無いと思うけれど ) あるいは、コーラスなのかも知れない ( コーラスにもなってないと思うけれど )。
 それだから、本来は、ヴァースの後ろに付けるものなのだと思う。本来後ろにあるコーラスをヴァースの前に持って来て、劇的効果を狙うことはあるけれど、それに似ているのかも知れない。
 ただ、繋ぎ方が、まるで切って付けた様に唐突なので、ある種のコラージュの様に、複数の時間の同時性を表現するものなのかも知れない。 
 本来のヴァースは、「 Julia / Julia, ocean child, calls me. / So I sing a song of love, Julia / Julia seashell eyes, / Windy smile, calls me. / So I sing a song of love, Julia. 」だと思う。
 そうして、この歌の感触だけれど、後年の「 Beautiful Boys 」と同じだと思う。つまり、子守唄なのだと。歌われているのは、ジョン・レノンの最初の子供、Julian Lennon なのだと思う。それも、「 Julia 」と言う名前は、ローマ神話でのローマ建国の祖の一人であるユリウスの女性形であって、それは、ローマ神話の最高神、ユピテルをも連想させるものでもある。だから、子供を得た、レノンが、汎宇宙的、汎時間的な感覚を覚えながら、我が子に歌っている様に、私には思える。 
 と言う理由で、ジブラーンからの引用部分での、Julia と言う名前は、ユピテルの呼格だと読んで、そう書いた。( 実際には、ユリアがユピテルの呼格ではないと思うけど。 ) 
 それと、ヴァース部分の Julia も、ジュリアと読むのではなくて、神話を連想させる様に、ユリアにした。
 歌詞は、歌われている順ではなくて、次のように、引用部分はヴァースの後ろにある様にした。

Julia

Julia, ocean child, calls me.
So I sing a song of love, Julia

Julia seashell eyes,

Windy smile, calls me.

So I sing a song of love, Julia.

Half of what I say is meaningless,

But I say it just to reach you, Julia,

Her hair of floating sky is shimmering,

Glimmering,

In the sun.

Julia,
Julia, morning moon, touch me.

So I sing a song of love, Julia

When I cannot sing my heart,

I can only speak my mind, Julia


Julia sleeping sand,
silent cloud, touch me.
So I sing a song of love, Julia.

Mmm calls me.

So I sing a song of love for Julia,
Julia, Julia.   



元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」 :
Julia | The Beatles

Alan W. Pollack's Notes on "Julia"  

それから、ハリール・ジブラーンの「 Sand and Foam 」は、グーテンベルグ・プロジェクト、オーストラリアの
Sand and Foam by Kahlil Gibran   



僕は、この渚を歩き続けるんだ、永遠に。 
高砂子と泡潮海の間を。 
潮流は僕の足跡を消し流すだろう。 
疾風は渚の泡を吹き飛ばすだろう。 
けれども、海と渚はきっと残る。 
永遠に。   

ある時、僕は、霞を手に掴んだ。 
そして、手をひらいて見ると、霞は一匹の蚯蚓だった。 
僕は、また、手を閉じて、また、開いてみた。すると、一羽の鳥になっていた。 
そして、また、閉じて、また、開いた。今度は、手の窪に、人が立っていて、悲しげな顔で上を見上げていた。 
僕は、また、閉じて、また開いた。今度は何もなく、霞だけだった。 
それでも、この上ない甘美な歌を、僕は聴いたんだ。 

ほんの昨日のことだった。僕は、自分を、生命界の中で何の周期もなく震えている一つの破片だと考えていた。 
ところが、今、僕は、僕自身が一つの界であり、しかも、その僕の中で、すべての生命が周期的な破片となって動いているのだ、と言うことが、分かっているんだ。 

目を覚ませている人々が、僕に、こう言うんだ。「君と君が住んでいる世界、でも結局それらは、涯の無い海の涯の無い渚にある、一粒の砂に過ぎないよ。」 
それに対して、眠って夢を見ている僕は、彼等に、こう言うんだ。「僕が、その涯の無い海なんだ。だから、全世界は、僕の海岸の砂の粒々なんだよ。」 

たった一度だけ、僕は、言葉を失ったことがある。それは、ある人が僕にこう聞いたときなんだ。「君は、誰なの?」 

神が最初に考えたのは、天使だった。 
神が最初に発した言葉は、人間だった。 

百万年前では、僕たちは、ただひらひらして漂い回るだけの生き物だった。そして、何か切望していたのだ。そんな僕たちに、海と森の風は、言い表す術を呉れていたのだ。 
現在、僕たちが生きている、このつい最近の音だけで、どうすれば、そんな古代を表現出来ると言うのだろう? 

スフィンクスは一度だけ喋ったことがある。スフィンクスは、こう言った。「一握りの砂は、砂漠だ。砂漠は、一握りの砂だ。さあ、私たち皆を、もう一度、無言にしてくれ。」  
僕は、スフィンクスが話すのを聞いた。けれども、分からなかった。 

私は長くエジプトの塵の中に横たわっていた。黙って、季節の移り変わりも知らずに。 
そうしていると、太陽が私を産んだ。私は、立ち上がり、ナイルの土手を歩いた。 
昼には歌い、夜には夢を見た。 
そして今また、太陽は、私の上、一千フィートの高さで、光を放っている。それで、私はまた、エジプトの塵の中に横たわった。 
けれども、驚異と謎には目を留めよ! 
私を引き寄せる、その他でもない太陽は、私を粉々にすることは出来ない。 
私はまだ直立している、ナイルの土手の上を歩いている足を確かめる。 

心に確かに留めておくことは、邂逅の一つの様式。 

心からきれいに払うことは、解放の一つの様式。 

私たちは、無数の恒星の動きから、時間を計る。ところが、彼の人たちは、小さなポケットにある小さな機械で時間を計る。さあ、教えてくれ。私たちと彼の人たちが、同じ場所で、同じ時間に、どうすれば、会えると言うのかを。 

宇宙とは、銀河の窓からそこを見下ろす人から見た、太陽と地球との間にある空間のことではない。

人間とは、光りの河である。それは、非・永遠から永遠へと流れているのだ。 

天空に住んでいる魂は、苦しんでいるからと言って、人を羨むのではないのか? 

聖都に向かう路で、僕は、別の巡礼者に会った。僕は尋ねた。「本当に、この路は聖都への路なのですか?」 
その人は答えた。「付いて来なさい。一日と一夜で、聖都に着くだろう。」 
僕は、その人に付いて行った。僕たちは、何日も、何夜も歩いた。それでも、聖都には着かなかった。 
僕が驚いたのは、その人が怒りだした、と言うことだった。僕を間違った道に導いてしまった、と怒るのだ。 

神よ、兎を私の餌食にするよりも、むしろ、私をライオンの餌食にして下さい。 

人ひとりは、夜の路を省いて、夜明けに到着することは出来ないものだ。 

僕の家が僕にこう言う。「わたしをすてていかないで。だって、ここにはあなたのかこが今ものこっているのだから。」 
それから、路が僕にこう言う。「さあ、わたしについてきて。だって、わたしはあなたのみらいなのだから。」 
それから、僕の家と路に僕はこう言う。「僕には過去はない。それに、僕には未来もない。僕が家に留まるならば、僕は留まることを続けると言うことだ。僕が路を行くのならば、僕は行くことを続けると言うことだ。愛と死だけが、すべての事共を変えるのだろう。」 

羽毛で眠る人々の夢が、大地で眠る人々の夢よりも、美しくないと言うのならば、私は、人生の正当性への信心を失わずにいられるだろうか? 
可笑しなことに、ある喜びへの欲求は、私の苦悩の一部なのだ。 

僕は、七度、自分の魂に嫌気が差したことがある。 
一度目は、高みに達しようとした時に、怖じ気を見せた時。 
二度目は、腰の立たない人を前にして、足を引き摺って見せた時。 
三度目は、困難と容易を選ぶのに、容易の方を選んだ時。 
四度目は、罪を犯した時、他の人もしていると、自分を安心させた時。 
五度目は、弱さから慎み深いのに、自分の忍耐は自分の力のおかげだと考えた時。 
六度目は、ある顔の醜さを見下した時。しかも、それは自分の仮面だとは知らないのだ。
それから、七度目は、讃美歌を歌い、それが美徳だと考えた時。 

完全な真実について、私は無知である。けれども、私は、無知であるから、謙虚であるのだ。その点に、私の誉れと称賛がある。 

人間の想像力と功績の間では、人は、ただ、切望しながら行きつ戻りつしているだけなのだろう。 

天国はそこにある。ドアの後ろにある。隣りの部屋にある。けれど、僕は、鍵を無くしてしまった。たぶん、置き忘れただけだと思うけど。 

君は目が見えない、僕は耳が聞こえず声が出ない。だから、手で触れ合って、分かり合おう。 

人間である意義は、何を達成したかではなく、その人が実現を切望しているものにこそある。 

私たちのある人たちはインクに似て、ある人たちは紙に似ている。 
だから、私たちの中のある人たちの黒さが無ければ、他のある人たちは唖になってしまう。 
そして、私たちの中のある人たちの白さが無ければ、他のある人たちは盲いになってしまう。

私に耳を下さい、そうすれば、私は貴方に声を上げよう。

私たちの思いはスポンジだ。私たちの心は川だ。 
私たちの多くが、流れるのよりも、吸い取る事を選ぶのは、不思議ではない。  

名付けようも無い恩恵を待ち望んでいる時、何故起こったのか分からない事を嘆いている時、君は、本当に、今よりも大きい自分へ向かって、成長しつつあるすべてのものと一緒に、成長しているのだ。 

人が幻想に酔い痴れている時、その儚い顕現をまさにワインだと思う。 

君はワインを飲めば酔うだろう。僕は、飲めば、前に飲んだワインの酔いから醒めるのだ。  

自分のカップが空だったら、僕は、諦めている。でも、カップに半分入っていると、僕は、半分しか入っていない事に怒りだすのだ。 

その人の本質は、その人が君に明かして見せたものではなくて、明かせなかったものにある。だから、君がその人を理解したいならば、その人の言う事に耳をかさないで、言わなかった事を注意しなければ。 

僕が言う事の半分は意味が無い。それはつまり、僕が明かさなかったもう半分が、君に届いている、と言うことなんだね。




ユリア、 
ユリアが、「うなばらのこ」、と僕を名付ける、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。 
ユリア、 
貝殻の瞳で、 
「どこまでもたなびくほほえみ」と、僕を名付ける、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう、ユリア。 

「私が喋る事柄の半ばは、意味を欠く、 
ただ、意味を欠いた事柄を話す事で、貴方に近づき得るのだ、ユピテル。」 

虚空に棚引く彼女の髪は、 
陽光に、 
揺らめいて、仄めいている。 

ユリア、 
ユリア、毎の朝の月が、僕を感動させる、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。 

「私が己の心情を謡えなくとも、 
思慮を語ることは出来よう、ユピテル。」 

ユリア、 
眠りこんでいる砂や、何も語らない雲が、僕を感動させる、 
それなら、僕は、愛の唄を歌おう。  
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2017年03月04日

Sand and Foam

 ハリール・ジブラーン Kahill Gibran の詩「 Sand and Foam 」。ジブラーンは、レバノン出身の詩人。1833年生れ、1931年没。キリスト教徒、マロン派( 正教だから、ハリストス教徒? )。少年の時にアメリカへ移住。 
 詩は、英語で。主流の文学よりも、カウンター・カルチャーで好まれた様。デヴィッド・ボウイもアルバム『 The Man Who Sold the World 』の中の「 The Width of a Circle 」で、ジブラーンの詩「 A Tear and a Smile 」を踏まえているそう。 
 それで、ビートルズでも、ジョン・レノンが、「 Julia 」で、ジブラーンの詩「 Sand and Foam 」から引用しているので。

 「 Sand and Foam 」は、散文詩なのかな? スタンザと考えていいのか、よくわからないけれど、114片から構成されている長編詩。語数は、7,512語。 
 「 Julia 」で、ジョン・レノンが使っているのは、35番目の片。 
Half of what I say is meaningless; but I say it so that the other half may reach you. 
この辺は、この一行だけ。( 一行だけの片がたくさんある。 ) 
 レノンは、Half of what I say is meaningless, / But I say it just to reach you, Julia, Julia / Julia, ocean child, calls me. と少し変化させて使っている。「 ocean child 」と言うのも、ジブラーンの詩での主人公が、海岸にいるので、そのまま使っているのだと思う。 


 それで、「 Sand and Foam 」の冒頭の片 ( スタンザ? ) だけを。これは、散文詩でなくて、行替えのある詩。 
元にしたのは、グーテンベルグ・プロジェクト・オーストラリアのもの: 
Sand and Foam by Kahlil Gibran  



I AM FOREVER walking upon these shores,

Betwixt the sand and the foam,

The high tide will erase my foot-prints,

And the wind will blow away the foam.

But the sea and the shore will remain

Forever. 


僕は、この渚を歩き続けるんだ、永遠に。 
高砂子と泡潮海の間を。 
潮流は僕の足跡を消し流すだろう。 
疾風は渚の泡を吹き飛ばすだろう。 
けれども、海と渚はきっと残る。 
永遠に。
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2017年02月25日

Joyce 「 Chamber Music 」の20 訳

 ジェイムズ・ジョイスの詩「 Chamber Music 室内楽 」の20 。( 「室内楽」は全部で、36篇。第5篇は、シド・バレットが曲を付けている。 ) 

 第20篇は、XTC / コリン・モールディングの「 Grass 」を思わせるので。  
コリン・モールディングは、『 The Big Express 』製作後から『 Skylarking 』製作前の間に、パートリッジからシド・バレットを聴かされて、感化されたそうだから。それで、『 Skylarking 』の彼の歌は、バレット風なのだけれど、もしかしたら、バレットが曲を付けたジェイムズ・ジョイスの「室内楽」にも目を通していたのかもしれない。『 Skylarking 』の彼のどの歌も、「室内楽」の詩に通じている様にも思えるから。「室内楽」も、『 Skylarking 』も、パルナシアニスムな感じがする。

元にしたのは、Wikisource のもの :  
Chamber Music - Wikisource, the free online library  





僕は思うんだ、僕ら、 
深い松の森に寝そべったら、どうだろうって。 
濃い涼しい影の中、 
真昼に、ね。 

寝そべるのには、素敵だよ、 
キスするのには、素敵だよ、 
松の巨樹の森林は、 
「孤絶境域」になるんだ! 

君のキスが降りてだんだん近づくと、 
どんどんよい薫りがつよくなる、 
君の乱れた柔かい 
髪といっしょになって。 

松の森に、 
真昼に、 
さあ、僕といっしょに 
行こう、愛しい君。  



西脇順三郎の訳 :
暗い松林の中で 
 僕達は横つてみたい、 
正午の時間に 
 深い涼しい影の仲で。 

そこで横はるとは、どんなに美はしいことか、 
 接吻はうるはしきことよ 
大きな松の林が 
 寺院の通廊のやうになるところまで。  

落ち来る君の接吻は 
 愈々美はしいものになるだろう 
君の髪の 
 柔かい混乱と共に。  

オー、松林へ、 
 日の正午に、 
僕と一緒に来たまへ 
 美はしい恋人よ、サー行かう。    




蛇足: 
「 wood 」と言う語が使われているけれど、ここでは、勿論、「森」。 
ビートルズの「 Norwegian Wood (This Bird Has Flown) 」のことで、
「woods」だったら、「森」だけれど、単数だから、「材木」だ言う、説明を、まだ見かけるけれど、そういうことはない。 
wood でも、woods でも、森の意味がある。 
Norwegian と言う形容詞、ノルウェー製の/ ノルウェーで産出された、が付いているので、「材木」の意味になる。
posted by ノエルかえる at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

The Beatles, Wings 「 Hold Me Tight 」訳

 ポール・ビートルとポール・マッカートニーの「 Hold Me Tight 」。同名の歌。ビートルズの時のは、1963年の作品。ウィングスのは、1973年の作品。 
 ( アンディ・パートリッジの「 Hold Me Daddy 」は、1989年の作品。 ) 

それぞれ、ウィングスのホームページ、ビートルズのホームページを元にしました、 

Hold Me Tight | PaulMcCartney.com 

Hold Me Tight | The Beatles  





ウィングス 
僕は待っていたんだ、君、これまでずっと、 
僕をつらまえて、しっかりと、 
僕を受け容れて、そうしたら、僕はしっかり出来る。 

僕をつらまえて、しっかり、僕をつかまえて。 
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱きしめて、ちゃんと。
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱き込んで、きつく。 
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱きしめて、ちゃんと。 
僕をつらまえて、しっかり、つかまえて、きつく、そばにいて、ぴったり。 
今晩は、僕は、君を他にはやらないよ、 
蝋燭の灯りの夜、 
僕を抱擁して、きっと、そうして。 


ビートルズ 
とうとう、叶った、ておもう、 
ぎゅっとして、 
ぼくが意中のひと、て言って、 
そうしたら、もう、
ぼくは孤独者でなくなるよ。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、 

ぎゅっとして、 
ぼくがきみに夢中なの、とめないで、 
きょう、きょうだよ、 
ぼくはきみだけを、抱擁するんだ。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、 
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、 

ぎゅっとするってこと、それは、 
きょうは、二人切り、てこと。 
とうとう、叶った、ておもう、 
ぎゅっとして。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、   

posted by ノエルかえる at 19:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

Television 「 Marquee Moon 」訳

 テレビジョンが、アルバム『 Marquee Moon 』をリリースして、40周年と言うことで。1977年2月8日にリリース。  

 アルバム・タイトルと同題の歌「 Marquee Moon 」を訳して見ました。
元にしたのは、インターネット上の歌詞サイトのものなので、正確かどうかは分からないけれど。 

the Marquee Moon は、固有名詞の様に思えるけれど、普通名詞の様に読んでみました。 



覚えている、
闇が二つ折りになる様、
思い出せる、
稲妻が稲妻に当たる様。 
耳を峙てた、 
雨音に、 
聞えていた、 
別の音。 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
待っている。  

お願いした、 
録音してくれ。 
尋ねた、 
変じゃないか。 
言った、「何を言う、若造、お前は嬉しそうでないな、 
まあ、でも、御陰さまで、悲しそうでもないな。」 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
踏み出せない。 

キャデラック、 
墓場から掘り出された代物、 
側に着けた。 
皆が言う、「乗れ。」、乗ろうと、 
車は、パタパタ音を立てて、墓場に戻った、 
私はと言えば、また、出た。 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
もう、待たない。  
posted by ノエルかえる at 11:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月04日

Stevie Smith 「 Tender Only to One 」訳

 イギリスの詩人 Stevie Smith スティーヴィー・スミスの「 Tender Only to One 」訳。 

 スティーヴィー・スミス は、1902年生まれ、1971年没の人。 
Stevie Smith - Wikipedia

 Tender Only to One は、女の子の遊びで、「彼は私を愛してる、愛してない、」と花びらをむしるものなのだけど。その時の言葉、「 Tender Only to One 」を日本語にしようとすれば、どういえば良いのか見当もつかなくて。 
 スティーヴィー・スミスの詩は、ナーシー・ライムの様なのだけど。言葉は平易だけど、私には、意味が取り難くて、、、 
 とりあえず、訳して見たけど、、、  

元にしたのは、Poetry Foundation の: 
Tender Only to One by Stevie Smith | Poetry Foundation

「どっちかよ、 
ただしくおいてね、」 
花びらが揺れる、
と、私の指が弄ぶ、 
あなたなの? それとも、あなたなの? それとも、あなたなの? 

「どっちかよ、」 
その人の名前、わたしは知らない。 
花びらの合図に、 
側の人たちは目を伏せる、
わたしの愛の所為だと思ってるのね。 

「どっちかよ、」 
この花びらには、答えの手がかりがある、 
表面に出てるの、 
花びらは、よおく、知ってるの。 
聞いてるわたしが、誰だか、って。 

「どっちかよ、」 
最後の花びらは、末期の息。 
氷の様な経帷子を通して、
はっきり聞こえる。 
「彼は、彼の名前は、死。」   




Tender only to one   
Tender and true   
The petals swing   
To my fingering
Is it you, or you, or you?

Tender only to one
I do not know his name
And the friends who fall   
To the petals’ call
May think my love to blame.

Tender only to one   
This petal holds a clue   
The face it shows
But too well knows   
Who I am tender to.

Tender only to one,
Last petal’s latest breath
Cries out aloud
From the icy shroud
His name, his name is Death.
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2017年01月28日

Alfred Williams 「 The furnaceman 」訳

 XTC の『 English Settlement 』と言うアルバム・タイトルは、アルフレッド・ウイリアムスの『Villages of the White Horse』から取られたのだと思うのだけれど。 
 そのアルフレッド・ウイリアムスの詩「 The furnaceman 」。 
 スウィンドンの鉄道工場の鋳鉄をする蒸気ハンマーの職工を描いたものらしい。死後も未発表だったらしく、書かれたのは、1926年と推定されていると言うこと。 

 スタンザが三つ。それも、第一スタンザが10行、第二スタンザが20行、第三スタンザが30行と、加算的なのは、興味深い。たぶん、ヘクサメトロス ( 六歩格 ) なのだと思う。英語の詩は、五歩格、四歩格が多いそうだけど。脚韻も、原則二行が同じ韻で、進む様だけれど( カプレット couplet 的? )、それも、繰り返すことはなくて、変化し続ける感じ。独特な詩形なのだと思うのだけれど。 

 XTC の『 The Big Express 』にも通じるのかと思って、

元にしたのは、 the Alfred Williams Heritage Society の: 
www.alfredwilliams.org.uk - the official website of the Alfred Williams Heritage Society   



それが何処であっても構わないのだけれど、火夫を見て、人が最初にすることは、 
火夫の仕事について何でも聞いてみることだ。そして、彼の奮闘振りを讃えるのだ。
それから、彼の「徒弟期間」について尋ねる。何処の出身かを尋ねる。 
サンダーランド出身なのは確かだ。シェフィールドの者もいる。ウェールズの者も。
察した風な目配せをして、火夫は、錫の椀を口に持って行く。 
「南で生まれた、こいつらは、良い所があまりない。
俺が北部で技術を身に付けたとき、 俺は怖じけはしなかったんだ、
一月で、こいつらが一年でするよりも、もっと多くの仕事をしていたんだ。
こいつらは、畑を耕して麦を踏むのには、十分だ。 
だが、炉を見たことがなかったんだ。火をかんかんに熾せないんだ。」 

骨ばかりの腕と手で、ひょろひょろと柱の様に伸びて六フィートばかりの長身で、 
煤だらけ。それでも、この訳知りの火夫は生身の人間なのだ。 
大きい鼻。のっぺりした面。房になった巻き毛。小さい耳。丸い顎。 
狭い額。薄い頬も窪んでいるので、細い顎は骨が突出している。 
神経質そうな口。格好の良い唇は煙草が染みになっている。 
長い首。精彩のない顔色。深く皺の寄った狡猾そうな目。 
熱で火脹れし、土で汚れて、黒くなっている、 
それが、火夫の仕事が作った顔。頑丈な労働者の顔だ。 
火夫はいつも自分の持ち場にいる、日が変わろうと、どの時刻にでも。 
無帽で、上半身も裸、ずっと、竃の炎の前にいる。 
腰にぶら下がった布巾は、彼の細やかな美術作品あるいは装飾だ。いや、 
その布巾は、彼の腰に蛇の様に巻き付いている、脇にぶら下がっている。 
彼の落ち窪んだ頬から落ちる汗、滴る鼻水を拭い落とすのだ、 
そして、汗と鼻水は、川の様に流れて行く。 
熊手、シャベル、操作棒と取り替えながら、火夫の手はいつも塞がっている。 
竃を燃え立たせ、星の様に、輝かせているのだ。 
彼は、熱が竃の扉を通して刺す様な痛みを自分に与えてくるのが好きなのだ。 
黄色の熱塊の膨張を見るのが好きなのだ。竃が唸るのを聴くのが好きなのだ。 
火夫の嬉しげな視線は竃に向けられている、そして、喜びで煌めいている。 
炎は保たれている、すべてが上手く行っていると、分かっているからだ。 

まずは、ガラガラ、チリンチリンと鳴る首長の注入器で、重い鋳塊が入れられる。 
誰が考えたよりも速く、鉄の扉が持ち上げられる。 
用意万端の十二本の手は、手掛かりも無い重い塊を、招き入れようとしている。
そして、開いた隙間から、中の空洞へ放り込む。 
重い扉がまた閉まる、鋳塊は中だ。 
渦を巻く炎が鋳塊を取り巻いて包むと、休むことのない仕事が始まる。 
直ぐ様、黒く煌めく埃が、床から集められる。 
そして、ドアに沿った小さな口、その何れもを、鳴らない様にした。 
そして、冷たい隙間風が入らない様に、突然の冷気が、 
鉄あるいは鋼鉄の、鋳塊の真ん中に、当たらない様になる。
さて、火夫の敏捷な手で、竃の操作棒が忙しく動かされる。 
注意深く、棒を差し込み、中で石炭を掻き回す。 
さて、割れて崩れるのが上手く作用して、石炭は同じ高さに均される。 
後ろに少し傾いている、そこはちょうど、竃の円蓋の下になる。 
重い通風調節弁を上げる、二目盛りかそれくらいだ。 
そして、火室の中の固い焼塊を砕いて下に出す。 
そして、蒸気を管の束に直接に導いて通す。 
そして、竃を、本物の火山の様な、黄色の炎に燃え立たせる。
時々、鍛鉄工の助手たちが、カタカタ鳴る首長の注入器を引き寄せて、 
鉛色の金属をぐるりと回し、また、下ろす。 
やがて、鋳塊は、隅々まで熱せられる。 
そして、真昼の太陽の様に眩しくなる、そして、正に噴出しそうになる。 
通風調節弁が全開して行く。熱は出るに任される。 
外側が、少し、冷えて固まる。すると、打つのにちょうど良くなる。
直ぐに、扉が上がる、軋む音を立てながら、首長の注入器が振り向けられる。 
パチパチ、シューシュー鳴る鋳塊が出て来る。そして、遠く隅々まで明るくなる。 
重いハンマーが力を貯めて、前へ後ろへ動く。 
噴出で、広い土台が揺れて震える。 
次から次へ、熱が遣って来る。毎日、毎日、 
火夫の厳しい仕事は続く。 − 火夫は自らの命を流し出す。 





Where'er you find a furnaceman, the first thing, when you meet,
Just tackle him about his trade, and praise him for his heat,
Then ask about his 'prenticeship, and from what part he hails -
He's sure to come from Sunderland, from Sheffield, or from Wales;
He'll give a knowing wink, and raise the pewter to his mouth:
"These fellows aint a lot of good that's born about the South;
When I was working up the North, - I say it without fear -
We turned more stuff out in a month than they do in a year;
They're good enough to plough the farm, and trample out the wheat,
But they've never seen a furnace, and they can't draw out a heat."

Long, lank, and lean as any post, with skinny arms and hands -

Six feet of grimy flesh and blood, the knowing fireman stands;

Large-nosed, fair-featured, curling locks, small ears, and rounded chin,

A narrow forehead, lantern jaws, with hollow cheeks and thin,

Mouth sensitive, with shapely lips stained with the weed and dyed,

Long neck, a brown and withered face, deep-wrinkled, artful-eyed,

Blackened and blistered with the heat, and grimy with the soil -

The very feature of his trade, a sturdy son of toil.

Day after day he's in his place, and every hour the same,

Bare-headed, naked to the waist, before the furnace flame,

His wiper at this middle hung, with little art or pride,

Or, serpent-like, about his wrist, or dangling at his side,

To brush the perspiration off that, like a river, flows

Out of the hollows of his cheeks, or trickles down his nose.

He's always busy with the rake, the shovel, or the bar;

He'll work the flaming furnace up as radiant as a star;

He likes to feel the twingeing heat strike through the open door,

And watch the yellow mass expand, and hear the furnace roar;

His merry eyes will cast about and twinkle with delight,

For then he knows the heat is safe, that everything is right.

First by the rattling, clinking crane the heavy ingot's brought,

The iron door is hoisted up as quick as any thought,

A dozen ready hands are near the ponderous mass to guide,

And shove it through the open rift to the hollow place inside;

Down goes the heavy door again, and shuts the ingot in,

The curling flames have wrapped it round, the steady toils begin.

Forthwith the black and gleaming dust is gathered from the floor,

To stop each little gaping clink, and lay along the door,

That no cold draught may enter in and strike a sudden chill

Into the centre of the mass - the iron or the steel.

Now by the fireman's ready hand the furnace bar is plied,

Careful he thrusts the pointer in and stirs the coals inside,

Now, with the ravel's useful aid, levels the fuel down,

A little sloping to the rear, and well below the crown;

Raises the heavy damper up, a couple of points, or so,

And breaks the solid clinker in the fire-box down below;

Admits the vapour underneath straight through the hollow pile,

And fires the yellow furnace up in true Vulcanic style.

From time to time the forger's mates invoke the rattling crane,

And turn the livid metal round, and lower it again,

Till, by-and-by, the solid mass is heated through and through,

And dazzling as the noon-day sun, and fit to take the blow.

Down goes the damper overhead, the heat's allowed to soak,

To somewhat chill the outer part, and fit it for the stroke;

Now presently the door is raised, the creaking crane's applied,

Out comes the spluttering, hissing mass, and lightens far and wide,

The ponderous hammer gathers strength and travels to and fro,

Until the deep foundations quake and shiver with the blow;

Another and another heat's supplied; day after day

The fireman's steady toil proceeds - he sweats his life away.

posted by ノエルかえる at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

The Beatles 「 Misery 」訳

 ビートルズの「 Misery 」。 
 ポール・マッカートニーとジョン・レノンの共作と言うこと。たぶん、ジョン・レノンが主な作者だと思うけれど。 
 ヴァース部分は、五音でモータウン的なのだけど、ブリッジ部分は全音を使っての下降で、ドイツ・リード的、でも、そう聴こえるのは、ジョージ・マーティンのピアノの所為かも。 
 歌詞については、一人称 I の世界を一人称 I の視点で見て、一人称 I の語りで語る、私小説的な書き方。( 視点・行為者と語り手が同一で私である、と言う意味で。 ) それで、ヒロインが三人称になっているのが、注目点の一つだけど。それは、二人称にすれば、いかにも舞台上の台詞的で、聴衆に仮構性を印象付けるのだけど、三人称にすれば、切迫性があって事実めいて聞こえるからかも。そういう技巧的な手法は、いかにも、ポール・マッカートニー的なのだけれど。でも、この場合、ヒロインが主人公からの呼び掛けに応答することがない、と言う設定なのでは、とも思えるので。それだと、直感的で、ジョン・レノン的だと思う。それに、ヴァース部分、頭に強拍を持って来てリズムを作ってるのも、レノン的だと思う。 

 それで、基本的には、ラブソングなのだと思うけれど、そうでない様な気分も伺えて。愛する人を不条理な理由で亡くしてしまった人の悲嘆と言う面がある様に感じるので。 
 それで、突然に、母を亡くして孤児になってしまった少年の嘆き、の様に、訳して見た。たしか、ジョン・レノンは、少年の時に、母を交通事故でなくしていたと思うので。 

元にしたのは、ビートルズのホームページの Songs
Misery | The Beatles 

Alan W. Pollack's Notes on "Misery"  

ヴァース/ヴァース/ブリッジ 
ヴァース/ブリッジ/ヴァースの構成だけど、
ヴァースは基本2行で、最後の1行がフックと言うか、コーラス的に、
それで、その行を第一ヴァースの前に置いて、コーラスから入る感じにしてある。 



「この世界、いつもおいらにむごいんだ、無情!」 

おいらはもう一人前のおとこさ、
泣いたりしないんだ。 
「この世界、いつもおいらにむごいんだ、無情!」 

おいらかあさんをなくしたんだ、
もう会えやしないんだ。 
「これから、暗々の旅の空になるんだ、無情!」

おいらきっと思い出すよ、かあさんとの暮らし、
かあさんはわかってなかったのか、かあさんは一人しかいないって。 

かあさんを生きかえらせてよ。
だれにもわかるだろ、
かあさんがいないと、おいらひどい暮らしさ、無情! 

おいらきっと思い出すよ、かあさんとの暮らし、
かあさんも思い出すかな、ひとりむすこが心残りかな。 

posted by ノエルかえる at 17:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする