2019年07月10日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」4

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」3: ノエルかえる不恵留





バーンハート「仰ることは分かります。それから、スタジオにいると、時間が消えてしまうと言うのも、可笑しいですね。」
パートリッジ「そうです。スタジオに入ったと思ってご覧なさい、「さて、みんな、もう片付けなくちゃ、朝の3時だよ。」と言うことになるのですよ。」 
バーンハート「( しばらく笑う ) その通りですね。さて、モールディングさんとチェンバースさんは、この歌では、一緒になって上手くグルーブを出しています、そして歌を通してずっと…」
パートリッジ「ええ。それに、よくステージのライブでも演奏したのですが、その時には、終わりの部分のダブ風の所ですが、あそこはずっと長く伸ばしていました。それに、だんだん速くなっていました。歌mp前半分は、「自分で転がる」ファンクの様なのですが[ パターンを歌う ]、それが後半分では、寸断されたものになるのです[ 歌の終わりに向かう部分を歌う ]、間が空いて大きな空間性があり、突き刺す様なリズムになるのです。ライブでは、この部分は、次第次第に速くなって行きました。私たちがこの歌をライブで演奏していた時には、最初の部分と次の禍々しくて突飛な部分との間に、ギア・チェンジがあったのです。この二つの部分は、テンポが完璧に合っていたのです。二つがぴったりと合うと、それを聴いていてこの上ない喜びを感じました。」 
バーンハート「この歌でのバリー・アンドリュースさんの演奏の仕方については、貴方はどうしてほしいと言われたのですか?」
パートリッジ「そうですねえ。前半部分では、バリーは、長く持続させる音を弾いています、スワールやスィープを使っていますね。でも、後半部分では、…」 
バーンハート「スタッカートですね。」
パートリッジ「後半では、スイッチを切ったり入れたりしながら、ブーとかピーとか言うノイズ的な音を弾き始めるのです。壊れたコンピューターの様な音ですね。それは、そう言う弾き方がリズミックだからなのです。ベースとドラムは当然にリズミックなのです。長く持続する音はもはやないのです。それで、私の歌い方も、どんどんと、短く途切れ途切れになって、リズミックになるのです。全てがリズミックになって、意味の取れない会話の様になっているのです。スキャットの歌い方に似てはいますけれど、スキャットではありません。ただのノイズなのです。」 
バーンハート「ええ、私は、あれはスキャットだと思ってました。」
パートリッジ「最近は、私は、なかなかのスキャットの歌い手なのですよ、実は。でも、あの頃は上手くありませんでした。スキャットではなくて、リズミックなノイズだったのです。ヴォーカル・ドラムと言うか、声でドラムを打っていた様なものだったのです。」 
バーンハート「そうですか。そこは、私は貴方と意見が合わないところですね。私は、初期にも貴方はスキャットをしていたと考えていますから。「 Watchtower 」や「 Scissor Man 」を自分が初めて聴いた時のことを覚えているのですが、私は、「この人はジャズのことをよく分かってるんだな。だって、ここでは、大体、スキャット・シンガーになってるからね。この人は、声を楽器にしてるんだ。それが詰まり、ジャズを分かってると言うことだよね。」と思ったのです。」
パートリッジ「( しばらく笑う )「早く、空にスキャット信号を上げて! 僕らにはスキャットマンがいなくちゃ!」[ この台詞、何に基づいているのか私には分かりません。 ] 
 この最近では、偉大なジャズ・シンガーとスキャットの対決をすることを始終夢見ているのですよ。そうですね、エラ・フィッツジェラルドとかとの対決ですね。」 
バーンハート「( 笑いながら ) そんなことを。例えば、他には、ルイ・アームストロングとかですか。 
 話を戻してですね、貴方たち四人のメンバーは、それぞれ、音楽に間を見つけようとしていたのですね、それは、戦いの様でもあり、貴方が言うところに依れば、会話であった訳ですけれど。」
パートリッジ「そうなのです。それに、この歌に対しては、私たちは音楽的な価値を感じていなかった、と言うことも理由にあると、今考えると、思うのです。それで、この歌を使って、私たちは冒険をすることが出来たのでしょう。私たちは、自分たちの音楽にこそ、この歌よりももっと価値があると思っていたのです。まあ、「自分の子供には手を上げない。」と言うことですかね。ですけれど、これはディランの歌であり、ヘンドリックスが自分の様式で演奏した版が既にあった訳ですから、それに、これまでどれだけの人がこの歌をカバーしたかも分かりそうにないですしね、兎も角、私たち自身の歌ではないのです、ただ、この歌を台無しにしてしまう認可は得たと言うだけですよ。それで、この歌の中に、とても創造的なものを私たちは見つけたと言う訳です。」 
バーンハート「まるで規制などないですから、心配することはないでしょう。貴方のもう一つのジャズとの共通項ですね、こう言う遣り方がジャズと共通しています。普通、ジャズ・ミュージシャンは、スタンダード・ナンバーを取り上げて、自分たち自身のものにしてしまうのですよね。それは広く認められている表現様式だからです。ですから、してはいけない理由はないですよね?」
パートリッジ「ええ。「All Along the Watchtower」を解体するのは、とても面白かったです。私の言う意味がお分かりでしょうか?」 
バーンハート「ええ。コルトレーンの様な人が、「 My Favorite Things 」を取り上げるのと同じですよ。それを分解して、自分の方法論に従って、それを再構成するのです。「All Along the Watchtower」のことで、印象に残っているものは何ですか?」
パートリッジ「そうですね、歌詞の「 and the wildcats did growl 」の所で、面白がって唸っていましたよ。( 笑う ) 私の「ジョニー・ウィンター」的唸りです。デイブは、今でも、私のジョニー・ウィンターの物真似が好きなのです。30秒ほど一つの音を伸ばして、それから飛び上がって、それで、ブルースのフレーズを弾く。これが、ジョニー・ウィンターの物真似です。この歌と、「 Citadel 」の歌詞が本当に好きなのです。とてもよく似ています。包囲された場所なのです。でも、それは現実の都市なのか? それとも、個人の心象としての包囲性[ besiegement ]なのでしょうか? besiegement という言葉があるのか知ら、もしかしたら、今、私が造った語なのか知ら。」   



おわり。 



誤訳、疑問点を指摘して下さると、助かります。 

posted by ノエルかえる at 09:07| Comment(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月03日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」3

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」2: ノエルかえる不恵留





バーンハート「この歌では、聴衆のとても良い反応を得られたのではないかと思うのですが。」
パートリッジ「ええ。年上の人たちは、大抵、この歌を好きでしたからね。「この歌は大好きなんだ、彼らはどんな風に演っているのかな?」と言うところでしょうね。ところが、私たちが聖書に小便をかけているので仰天したでしょうね、きっと。」 
バーンハート「( 笑う ) 私は、この歌を公開で演奏した時に、歌詞が始まるまで誰も何の歌か分からずにいて、そして貴方が歌い始めると、聴衆は決まって笑って面白がっていた、というのを覚えていますけれど。」
パートリッジ「( 笑う ) 確かにそうですね。ステージで演奏する場合、歌い始めると、すぐに笑い出すのです。こう思っていましたよ。「歌い方を笑っているのだろうか、ハーモニカの演奏を笑っているのだろうか? それとも、聖書をバラバラに千切っているから笑っているのだろうか?」 
 初期のステージでは、聴衆はよく笑っていました。それはとてもとても私を喜ばせたのです。それは素晴らしい反応だと考えていたからです。軽蔑する様な笑いであっても、私は気にしませんでした。」 
バーンハート「煮え切らない反応よりも笑われた方が良いのですね。」
パートリッジ「その通りです。軽蔑して笑われるのでも、素晴らしいことです。兎に角、聴衆に私たちの演奏が届いたと言うことですからね。」 
バーンハート「初期の頃ですけれど、貴方たちの音楽に対して、とんでもない酷い仕打ちがたくさんあったのじゃないですか、違いますか?」
パートリッジ「ええ、それはその通りです。でも、それは同時にこの様なことでもあるのではないでしょうか。と言うのはですね、私はですね、自分が、本当に心底面白いもの、感銘させられるものに出会うと、どう反応していいのかわからにことが時々あるのです。そう言う時には、私は笑うのです。素晴らしいドラマーに会うと、まさに笑うのです。素敵な映画を観ると、必ず、座り込んで笑っています。それが真面目な映画でもそうです。それが深く心を揺さぶるからです。それが聴衆が私たちの音楽を笑った理由だと、私は思いたいですね。でも、勿論、私の歌い方が変だと言うのも混じっているでしょうね。それに、私たちがディランの音楽のひとつにあんなことをしていると言うことも、笑われる理由に混じっているでしょう。でもまあ、この歌をステージで演奏するのはとても楽しかったです。私たちは、いつも、暗くて風変わりで何か凄いことがありそうな地帯に突入していたのです。セルフ~ダブの一面もありましたしね。ものすごく好きでした、私は。もっと多くの歌を、あの様な空間のあるスタイルで演ってみたかったですね。でも、当時の私たちは考えもしなかったのですが、今は、ある制約があるのですね。」 
バーンハート「そうですか、今は出来るのではないですか、これからの未来もあります。」
パートリッジ「なんと、そう言いますか。」 
バーンハート「と言うのはですね、この歌は、それ程によく知られたライブ録りの歌なものですから。プロデューサーのレッキーさんは、これをライブで録ったのですよね?」
パートリッジ「ええ、ライブで録りました。ヴォーカルもです。マナー・スタジオでライブで録りました。」 
バーンハート「何テイクを録ったのですか?」
パートリッジ「2テイクだったと思います。もし多くても、3テイクでしょう。テイク2をレコードに使ったのだと思います。スタジオの隅に、木製の土台を敷いた小さなステージがあったのです。テリーはそこにドラムズをセットしました。コリンは一緒にそのステージに立ったのです。コリンのアンプは角のあたりに置いたのです。私は、そこから離れて、別の角の遮音エリアに位置を取りました。バリーは、メイン・ルームに位置したのです。私たちは、互いに全身がよく見えました、けれども、互いにかなりの距離があるところに位置したのです。」 
バーンハート「それはつまり、レッキーさんは、マイクに bleedthrough [ Print-through : 印刷の場合は表面滲み。裏面のものが表面に滲み出ること。音楽制作の場合は、磁気を使う機器が接近する他の機器の影響を受けること。 ]が起こるのを抑えようとしたと言うことなおですか?」
パートリッジ「Bleedthrough、Spillover、その通りです。告白しましょう。私は、自分のハーモニカがへなへなに聞こえると思っていたのです。私は、原理を全く理解していなかったのです。アンプリファイアーを通して演奏すれば、元の音に歪みが生じると言う原理をです。クラブのこの曲を演奏した時には、ハーモニカはもっと良かったと思ったのです。でもそれは、ハーモニカを歌う時に使うマイクにくっつけて吹いていたからなのです。ハーモニカをマイクにぴったりとくっつけて吹けば、マイクで増幅もされ音声信号は歪められ、本当にいい音に、そして叫んでいる様に聞こえる様になるのですから。それでですね、マナー・スタジオでは、本当に高価なマイクの前に立って、6インチは離れて歌い、ハーモニカもその様に離れて吹いたのです。ですから、演奏を再生して聞かされた時、私は、ハーモニカの音が細くてへなへなしているのはどうしてだろうと思ったものなのです。私が馬鹿なだけでした、アンプリファイアーで歪められてなかったからなのです。」 
バーンハート「そうですか、貴方たちは、その時、レコーディングには全く経験がなかったのですね、それですから、何を要求すればいいか分からなかったのですね。」
パートリッジ「ええ、何をして欲しいか分からなかったのです。それに、何もかもがとても恐ろしくて、それに、ワクワクしていたのです。スタジオに入ると、食事も喉を通らないし、おしっこも出なくなるのです。スタジオにいることに興奮して、舞い上がっていたのです。 
 私は、しなければならないことを、いつも、全部綿密に計画していたものです。歌の構成についてもそうなのです。歌については、私は、本当によく分かっているのにも拘らずにです。私は、何処かから一包み丸ごとのルーズリーフを手に入れていました。それで、そのオレンジ色の紙に何もかもを書き留めておいたのです。短い書き込みです。例えば、「ここでギター・ソロ。少し曲調を変える。」と言う様な。全部書き出しておいたのです。と言うのは、スタジオに入ると、へんてこなゾンビの様にとなることは分かっていたからです。夢遊病患者そのものでしたよ。」  
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月26日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」2

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」1: ノエルかえる不恵留





バーンハート「生意気な若造と言うことですね。」
パートリッジ「そう生意気なのですよ。でもね、しょっちゅう生意気と言うのにですよ、その本人たちは、「生意気」のスペルを知らないと来ているのです。( 笑う ) The insolvency. The solvency of youth. と書けないのですから。 
 それでです、私たちはこの曲をよくライブで演奏していました。細かいことは省いてですね、どちらをカバーするかは、コインを投げて決めることにしたのです、結果、「 Wachtower 」になったのです。あの当時では、私は、ディランの原曲には馴染みがなかったのです。カバーした後からは聴いていますけどね、あの時では、知っていたのは、ヘンドリックスのカバーだけだったのです。」 
バーンハート「そうですか、ヘンドリックスの方がよく知られていますからね。」
パートリッジ「ディランが書いたものだと言うことは、特にディランのファンではない私でも知っていました。でも、当時の私は、ドノヴァンの方が好きだったのです。ディランの原曲がどの様だったかを、私は知らないでいました。」 
バーンハート「今でもドノヴァンがお好きですか? [ ドノヴァン - Wikipedia ] 私もですが、貴方もマーティン・スコセッシ製作のドキュメンタリーをご覧になったと言うのは聞いています。ディランに対する見方が変わったかと… [ 『 No Direction Home ( 2005 )』"American Masters" No Direction Home: Bob Dylan (TV Episode 2005) - IMDb ] 」
パートリッジ「ドキュメンタリーを見て、私は、以前よりも彼を高く評価する様になりました。それに、彼は有能でそれにお洒落な人だと分かりました。スーツがものすごく似合っていたのです。もっと、スーツを着ていれば良かったのにと思いますよ。でも、ドノヴァンはいつでもこざっぱりとしていたと思います。ドノヴァンがディランの信奉者の一人だと言うのは明らかでしょうけど、でも、ディランの体に Pop な頭[ head ]を載せていたのが、ドノヴァンです。簡明で分かりやすい Pop な見出し[ head ]が付いているのですね。 
 まあ、兎も角、「All Along the Watchtower」に決めたのです。それで、当時、私は、ダブ・レゲエの空間性が大好きだったのです。しょっちゅうダブを耳にしていました。それで、「どうして、「この美の原理を使わないんだ? 録音したものを文字通りばらして、そこから取った断片を集めて戻して一つにしているだけじゃないか? よし、僕たちは、曲の中に「間」を入れてみよう」と思っていたのです。 
 それで、方法を考え出したのです。それは、自分が歌いながらダブの様なことをすると言うものでした。この様なことをしていたのです、聞いて下さい、( 詰まる様なヴォーカル・スタイルを歌ってみせる )。誰か別の人がボタンを押してるか、コントロール摘みを回している様でしょう。そうですね、マイクロフォンに故障がある様にも聞こえますね。 
 それと、私は、ギターを弾こうとはしませんでした。ギターはたくさんある「間」を潰してしまうでしょうからね、意図してギターを弾かなかったのです。」 
バーンハート「それが、この歌で貴方がギターを弾かなかった理由なのですか?」
パートリッジ「加えて、私は、ギターとハーモニカを同時に演奏することが出来なかったからです。」 
バーンハート「その時までに、ハーモニカはどれくらい経験があったのですか? いつ始めたのでしょう?」
パートリッジ「ギターとほとんど同時ですよ。実際、ドノヴァンかディランが首にホルダーを掛けているのを見たことがあったのです。それで、駆け出しの頃の仕事で得た自分のお金でハーモニカを買ったのです。でも、もちろん、ホルダーに付けてブルースっぽくハーモニカを吹くなんてことは出来ないですよ、プッと言ったりブォーッと言ったりするだけです。喘息のアコーディオンの様ですよ。( 笑う )」 
バーンハート「それだと、遣り方も、月並みで陳腐になったでしょうね。」
パートリッジ「まるっきり月並みですよ。「フォークがしたいのかい、じゃあ、これだ。」と言う感じですね。ハーモニカを当てて、悲哀を込めて喘いでいると言うだけですね。調は合っているのですけれどね。調を外しちゃいけませんよ。 
 私は、ドノヴァンとかではなくて、ブルースのハーモニカを聴く様になったのですが、その時には、「ええ、この人たちは音をベンディングさせてるぞ、火を点ける様だし、音が太いぞ。」と思ったものです。当時、私は、そうしたハーモニカ奏者たちの多くがアンプリファイアを通していると言うことが分かっていなかったのです。小さなマイクをぴったりくっ付けているのですよね、それで、実際、音が歪んで叫ぶ様になっているのですよね。それでどうしたか、ですね。悲哀を込めて吹くのではなくて、もっと、吸う様にしたのです。口をすぼめて小さな穴を作って、空気の流れを制限するのです。それで音をベンディングするのです。それでとても上手く行きました。」 
バーンハート「成る程ですね。私は、ずっと、貴方は独特なハーモニカ奏者だと思って来ていました。このことについては、以前お話しして頂いたのですが、私は、貴方はハーモニカをギターの遣り方で演奏する人だと思っています。ファジー・ウォッブルズ・シリーズの中の「 Reing of Blows 」等がその例ですが、貴方は、ハーモニカのソロを採っているのですが、ガンガン演っていますよね、それで、その遣り方は、ギター・ヒーローが長いソロを採る様なのです。」
パートリッジ「( 笑う ) 『 Play in a Day 』の方法と言うことですね。[ Bert Weedon の書いたギターの教則本。1957年出版 The Official Bert Weedon Website - Play in a Day ]」  
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月21日

バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」1

 トッド・バーンハートさんのアンディ・パートリッジへのインタビュー、「 All Along the Watchtower 」について。 
2007年6月3日に、MySpace の公開されたもの。今はもうありません。チョークヒルのアーカイブに保存されています。 

Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "All Along the Watchtower"





バーンハート「「All Along the Watchtower」について話して下さい。XTC がカバーした本当に唯一の歌ですから。」
パートリッジ「私たちがカバーとして録音するのは、「All Along the Watchtower」にならなかったかもしれないと言うことは、貴方もよくご存知かと思いますが?」 
バーンハート「ええ。『 Song Stories 』で読みましたから。ストーンズの歌とこの歌と、どちらかを選ぼうとしていたのですよね。」
パートリッジ「ええ。「 Citadel 」です、ストーンズの歌です。それについては、雑誌 Mojo ための批評記事を書き上げたばかりなのです。[ Their Satanic Majesties Request 50周年記念版: ノエルかえる不恵留 ]Mojo は、多くの人のそれぞれの好きなストーンズの歌についての記事を掲載しているところなのです。ストーンズの歌については、私は好きな歌があまりにもたくさんあります。でも、この歌は、私の心の中で、特別な位置を占めているのです。」 
バーンハート「何故ですか?」
パートリッジ「とても大きな感銘、影響を私に与えたのです。「 Citadel 」は、ストーンズの『 Their Satanic Majesties Request 』に入っています。それで、私の友人の一人で、何故だか( くすくす笑う )、ちょっとミック・ジャガーに似ていたのです、厚い唇をしていて、まとまりの悪いふさふさの髪のおかっぱでしたけど、子供の時にはしょっちゅう遊びに来ていたのです。彼と私は、海賊ラジオ局ごっこをよくやっていたのです。二人は、お気に入りのレコードを持ち寄っていたのです。それに、私は当時、グルンディッヒのテープ・レコーダーを持っていたのです。[ グルンディッヒ - Wikipedia ] それは、「モンキーを描こう」コンテストに優勝して得たお金で買ったものでした。それで、自分たちがやった「放送」をそのまま録音していたのです。好きな曲をかけて、その曲の間に、ばかばかしいDJの様なことを喋ると言うのが私たち「放送番組」でした( 笑う )。 
 それである時に、友人の彼が、兄さんのアルバムを一枚持って来たのです。そこで私は「 Citadel 」を聴いたのです。「なんて、ファンタスティックなんだ!」と思いましたね。聴いたこともない様な無茶苦茶な曲だと思いました。ストーンズは、サイケデリアそのままをすることは出来なかったのです、それが、私がこのアルバムを好きな理由なのです。それは、素晴らしい作品で、見事な失敗なのです。バラをはじめ花々は、明らかにプラスティックなのです。( くすくす笑う ) 見た雰囲気はあまりよくないですよね。メンバーは何だか不機嫌の様です。それに、薬、効き目の弱い植物由来のものより、危険だと、貴方も感じるでしょうね。 
 けれども、「 Citadel 」を聴いた時、私は本当に感動したのです。私の心に刻みつけられたのは、その歌詞なのです。何度も繰り返して聴いて、聞き取ることが出来たのです。その歌詞は、SF的なものでした。例えば、「 Screaming people fly so fast / In their shiny metal cars / Through the woods of steel and glass. 」と言う行などがそうです。私はなんて夢幻的なんだろうと思いました。その歌詞が、ギターが奏でている未来都市の音、そしてメロトロン、小さなフィンガー・シンバル、フィードバック、と言った鋼の様な音、それらは他に代え様のない音なのですが、それらの音全部と完全に溶け合っているのです。 
 ところで、小学校の頃の私は、読むのがひどく遅かったのです。課題で、何か本を読まなくてはいけないとなると、私は本当に苦々しく思っていたものです。例えば、『 Lorna Doone [ 1893年の小説、作者はブラックモア。Lorna Doone - Wikipedia ]』の様なものだったり、プレスター・ジョンの伝説[ プレスター・ジョン - Wikipedia ]についての本だったりですね、そう言うのが課題になっていました。忘れてしまいましたけれどね。兎も角、私は自分がどうしようもなく愚鈍だと言うことに気が付いたのです。と同時に、大部の書籍というものに恐れを抱く様になったのです。私が難読症か何か、学習障害を患っていたかどうかは分かりません。わかっているのは、小学校では、読むことが出来る様になったのは、同学年で私が最後だった、と言うことなのです。読書に障害があると言うことは、明々白々でした。」 
バーンハート「でも、今はそうではないですよね。」
パートリッジ「ええ。でも、今でも絵の方が好きですよ。今でもやはり、絵のところに喘ぎながら這い上がって、一休みが出来る様な本が好きなのです。本の中の絵は小さな島ですね。それでですね、その頃、友人とラジオ局ごっこをしてた頃ですが、自分の意思で本を読みことを始めていたのです。それが、SFだったのです。信じられないペースでSFの本を吸収していっていたのです。ですから、「 Citadel 」の歌詞のSF的本質は、ちゃんと私には理解できたのです。おかしな話に思われるでしょうが、「All Along the Watchtower」の歌詞の内容を私が好きなのも、同じ理由からなのです。両方の歌の主題が似ているからなのです。片方に遠くの都市の中で安逸に暮らしている特別の人がいて、もう片方に武装した下層民がいて見張り塔から壁を超えて都市を注視しているのです、そう言う主題です。登場人物は、二つの歌の設定を行ったり来たりします、挨拶し合ったりするのです。中世の砦であり、個人の砦であり、未来の砦なのですけれど。両方の歌の歌詞の設定が、私から見ると、同じ景観の中にあるのです。それで、この様に考えたのです。「この二つの歌のどちらか一つをカバーしたら良いんじゃないだろうか、だって、どちらも保守派を代表する人の歌な分けだし。徹底的に斬新なアレンジでやって、僕らが保守派にちっとも畏敬の念を抱いてないことを見せつけたら、つまり、彼らが作ったものを取り上げて、それを完全に粉々にして、しかも、その粉々になったものを僕たちの遣り方で一つにまとめて全然別のものにすることが出来ると、見せつけたら、騒動になると思うな。」」   




バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」2: ノエルかえる不恵留
バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」3: ノエルかえる不恵留
バーンハート、パートリッジ対談「 All Along the Watchtower 」4: ノエルかえる不恵留

posted by ノエルかえる at 09:16| Comment(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月12日

アンディのノート、ギター・コード「 This is Pop? 」

アンディー・パートリッジがTwitterに書いたメモから:
10:30 - 2018年12月11日  https://twitter.com/xtcfans/status/1072559173500579841


What's that opening chord in THIS IS POP? Ascending notes...
F. A. D. G. C. Gb or
1.0.0.0.1.2.


posted by ノエルかえる at 21:00| Comment(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月29日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 8

ベルナール「グレゴリーさんが加入した際には、この歌をライブでする時、アレンジを変えたのですか?」
パートリッジ「いいえ、同じアレンジですよ。ただ、それぞれの役割は、バリーの時よりも、ずっと対等に分担したと思います。」
ベルナール「グレゴリーさんは、ほとんどギターで演奏したのですよね? この歌でも、キーボードも演奏したのですか?」
パートリッジ「デイブは、ほんのすこしだけ、キーボードを弾きました。私の記憶が正しければですけれど。確かなことを言うには、ライブ録音を聞いてみないと分からないですね。ただ、デイブは、大抵、和声内で演奏していました。それで、私がソロやその他の部分を弾いていましたね。たぶん、アルバム版のような音で弾いていました。でも、ライブでは、二本のギターですから、しっかりと厚みのある様に聞こえましたね。それは良かったですね。分厚いビーフステーク。[ 厚みのある/ beefy との洒落] 」
ベルナール「なるほど、でも、貴方が、アルバム版を聴くには及ばないと考えられていると言うのは、どういうものでしょうと思います。貴方は、シングル版だけを取り上げられているのですけれど。」
パートリッジ「そうですね、アルバム『 White Music 』は、「ともかくやってみようよ」と言うものでしたから。正しくはないのです。一方で、シングル版は、もっと正しく出来たのです。」
ベルナール「アルバムを聴いてからシングル版を聴くまでには、何年かありました。それは、こちら、アメリカでは、シングル版はどこでも手に入るものではなかったからです。」
パートリッジ「あああ! それで、どう思いました? 「XTC は、「 This is Pop? 」を駄目にしている、あまりに普通に弾いているから。」と思われましたか。」
ベルナール「私は、シングル版も好きですよ、でも、聞いて、とてもショックでした。…、それは、もっと何と言うか、シューシュー鳴っていて、…、思うのですが、」
パートリッジ「シングル版は、ちゃんとプロデュースされたものですからね。ずっといい音質で聞こえるのです。エンジニアリングがより重要だと、私は思います。このように言うと、ジョン・レッキーをまるで認めていない様に聞こえるかもしれませんけど、そう言うつもりは私にはないのですよ、だって、ジョンは、素晴らしいエンジニアですから、ですけれど、アルバム版は、何だかデモの様に、音が薄いのですね。一方、シングル版は、ドラムズの音は深いですし、ギターもよく鳴っています、キーボードは、煌めいて聞こえます。」
ベルナール「ええ、確かにそうです。ドラムとベースでは、その後『 Black Sea 』『 English Settlement 』に発展するようなものが、一瞬見えますから。」
パートリッジ「そう思います。あの方向を指しています。」


posted by ノエルかえる at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 7

ベルナール「ご両親は、ビートルズやあの辺りのバンドについてはどうだったのですか?」
パートリッジ「父も母も、髭を生やすまでのビートルズは好きでしたね。それで、母は、ビートルズがひげを生やした時に、「彼らは音楽もそれに自分たち自身も駄目にしてしまったわ!」と叫んだのです、本当ですよ。」
ベルナール「( 笑い ) 「あの良い子たちが…」ですね。」
パートリッジ「でも、一方私は、「何てことだろう、彼らはやっと本当に面白くなったぞ!」と思っていたのですけれどね。実家にいた時に、母に、キャプテン・ビーフハートの『 Spotlight Kid 』のジャケットを見せたことがあるのです。ジャケットでは、ビーフハートはヌーディーのスーツを着ていますけど、グレン・キャンベルのようなカントリー・アンド・ウエスタンの安っぽい感じのスーツでした。それで、母は言ったのです。「まあ、この人は誰なの? とっても良い感じね。きっと、素敵な音楽なのでしょうね。」 ( 喜色満面で ) それで私は思ったのです。「ううう、どんなもんだろう、母を僕の寝室に閉じ込めて、無理矢理に、ビーフハートの「 I'm gonnna Booglarize you baby 」を聞かせたりしたら、…」」
ベルナール「( 笑い ) お母さんは、自分がしてしまったことの報いを受けたかもしれませんね。」
パートリッジ「報いを受けたかもしれないですね、本当に。」
posted by ノエルかえる at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 6

ベルナール「( 笑い ) さて、ブリッジの歌詞について話して下さいますか。あれには面食らうのですけれど。」
[ 「 We come the wrong way/We come the long way/We play the songs much too loud 」の部分 ]
パートリッジ「あれは全て批判なのですよ。全てのことへの批判なのです。レコード会社との契約、レコード会社に認められることは、延々と時間がかかる。聴衆が笑いながらどこかへ逃げて行かない様にも、いつまでたっても出来ない、そんなことへの批判です。本当に長い時間が掛かったのです。私たちは、私たち独自の道に進もう、他人の道を進んだりはしまい、と思っていたのですけれど。それで、間違った道に入ってしまったのですね。つまり、人々は、私たちの道を間違っていると思ったのです。それに、私たちは、あまりに五月蝿く演奏したのです。特に、自分たちのPAシステムを作り上げてしまってからは、ものすごく五月蝿かったのです。( 狂った悪者の科学者の声で ) 「ムゥハッ! 望むままの轟音だぞい。」」
ベルナール「実際に、「 What do you call noise? 」と言って、馬鹿にする人がいたのですか? 実経験からなのですか?」
パートリッジ「あれは、親の言葉ですね。ええと、その数年前まで私は両親と一緒に住んでいたと言うことを忘れないで下さいね。それでですね、私はプレイヤーで『 Trout Mask Replica 』を掛けていた訳です、分かりますか ( 笑い )。母はやって来て、私が差し込んでいたアンプのコンセントを引き抜くと言う訳ですね。まあ、そんなことです。」
ベルナール「本当ですか?」
パートリッジ「ええ、母は暗くて寒い中に、それでも座っているのです。ですから、エレクトリック・ギターをアンプにつないで鳴らせない訳ですよ。それで、ヘリウム・キッズの頃、コリンが家によく来ていたのですけれど、腕の下にベースを隠していましたね。私は、彼が入れる様に用意しておくのです、それで、私の寝室で、何曲か二人で会わせる様に用意しているのです。でも、コリンが来て「アンディはいますか、リハーサルする約束なのですが」と言うと、母は、私が在宅であることを否定するのです。母はドアの側に行って、「あら、いないのよ、コリンちゃん」と言うのです。母は、私が二階で待っているのを知っているのですけれどね。それで、私は、「どうして、コリンは上がってこないんだ?」と思うのですね。( 悲し気に笑って ) 母は、過剰に干渉しますからね。それで、母がコリンを上げた時には、電源を切るのですよ。」
ベルナール「 ( 笑い ) いいですね。それで、貴方は、アンプラグド・セッションを思いついたのですか?」
パートリッジ「( 笑い ) ええ! その頃、プラグは繋いでいましたよ! でも、ボリュームは上げないでですね。それを何と呼んだとしてもね、アン・ヴォルティッドですか。
 父は、音楽には関心があったのですよ。ソファの後に、安物の古いギターが立て掛けてありました。それが、私が初めて手にしたギターですね。でも、母は、( pepperpotの声で [ BBC の『空飛ぶモンティ・パイソンのキャラクター ] )「そんな嫌らしい音」と言って、断固と反対したのです。」
ベルナール「どうしてでもすか、やれやれですね。」
パートリッジ「全然。」
ベルナール「お母さんが気に入られるような歌はなかったのですか?」
パートリッジ「いいえ。一般的な親たちだと、「さあ、聞かせて頂戴、それから…」ですけれどね。それで、それがJoe Lossの「 Wheels Cha Cha 」でなかったら、親たちは知ろうとはしないのですね。
 「かあさん、僕は「 Dachau Blues 」を覚えたけど、聞きたい? ( 笑い )」」
posted by ノエルかえる at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 5

ベルナール「( 笑い ) 先生、もっと『 White Music 』を聞かないと駄目ですよ。」
パートリッジ「( 笑い ) 嫌だなぁ、…、あれは、素っ裸の赤ちゃんの写真ですよ! ズボンを穿く位の面目は持たせて下さいな。
 終わりの部分[ バースあるいはブリッジの終わりと言うこと? ]、コーラスとの間に、イントロのコードが再現されるのですけれど、あそこですけど、私たちがアルバムでしたのは全くの間違いだったと、私は考えたのです。それで、シングル版を作ることになった時に、それを訂正したのだったと、覚えているのですが。」
ベルナール「それで、ベースとドラムの分節も変えてしまった理由は覚えていらっしゃいますか?」
パートリッジ「覚えていませんね。どうしてそうしたのでしょう! 前にも言った通り、もう何年もアルバムは聞いていませんから。」
ベルナール「バリー・アンドリューズの演奏、それに楽器も、やはり変わっています。例えば、イントロですけれど、アルバムでは、クルーマーでサスティーン・コードを弾いています。でも、シングル版では、シンセを使っています。」
パートリッジ「ええ、バリーは、シングルでは、高い緊張した冷たい弦の音で弾いてますね。アルバムでは、オルガンとピアノですからね。」
ベルナール「それでは、ブリッジの部分について話して下さい。貴方がお話になった様に、ここで、貴方は和声構造から抜け出しているのですね、そうですね?」
パートリッジ「ああ、コードを忘れました。腰を据えて、この歌を分析しないといけませんね。まるで、私は、XTC のコピーバンドになったようですねぇ、」
ベルナール「( 笑い ) それは素晴らしい! 貴方はコピーバンドを始めるべきですよ。」
パートリッジ「まさに、検討しましょう。…、Talking Heads のコピーバンド!( 笑い ) そうですね、スウィンドンのTalking Shedsと言うのはどうです。 私は、ティナがいいな。」
posted by ノエルかえる at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 4

ベルナール「分かりました。それでは、イントロで、貴方が取られているギターのソロについて少しお話し下さいますか。あれを弾いた時、どういうことを考えていたのでしょうか? このように聞くのはですね、あのソロは、まったくの不協和音なものですから。」
パートリッジ「貴方が言われているのは、アルバム版のソロのことですか?」
ベルナール「そうです、私が頭に描いているのは、アルバム版のソロです。」
パートリッジ「あれは、私にしてみれば、チャック・ベリーを分解したものですよ、本当に ( 笑い )。彼が絶対する筈のないような局面にチャック・ベリーを追い遣ってみたのですね。チャック・ベリーのメロディを、同時に二つか三つの違ったキーで演奏するのです。ポップ・ミュージックの悪夢の類いですね。つまり、あれは、チャック・ベリーのフレーズであって、もしかしたら、ビートルズも使ってたかもしれないようなフレーズなのですよ。でも、そのフレーズをグチャグチャにして、本来のではないキーに押し込んだのです。お分かりですか、「 This is Pop? 」の歌のキーはD なのですけれど、私は、D♭とD♯とDで弾いているのです。ですから、チャック・ベリーの棘だらけの夢のような音に聞こえるのですね。」
ベルナール「それで、偶々そうなったのですか、それとも、それを狙って試したのですか? そのようなものを探求していたのですか?」
パートリッジ「そうですね、「自分の掌の上に投げ見て、そこに現れたものこそが、自らのものとなる。」と言う考えを、私は強く信じています。つまり、自分の手が遣ろうとしていることは、実は、頭の中で既に決定されたことである訳なので、それが適合するものでないと十分に分かっていたとしても、そこには、何か偉大な偶然があるものなのです。
 私は、音楽的には破調してしまうような方法を取り勝ちなのです。何と言うか、音楽という自動車を運転中に、それを壁に向けて突進させるのです! それで、自動車がどんな形になるかを見ると言う訳です。それで、それが面白い形になれば、私は、それを違った場面にでもいつでも使おうと決めるのです。貴方も、音楽的壁に車を衝突させてひしゃげさせてみれば、いいものが得られるかもしれませんよ。それが、私をゾクゾクさせるのです。今でも、私はそれをやっています。Monstrance でね。「それでは、先に行こう!」「僕らは今、どのキーで演っているかい?」「気にしない気にしない、どんどん行こう!」と言う感じですね。」
ベルナール「音楽はその方法でされなければならないですね、未知のスリルであるべきなのですね。そうでなければ、まるっきり計算されたものになってしまいますからね、そうなると、それは音楽とは別の仕事ですね、そうではないでしょうか?」
パートリッジ「私はそう思います。全てのものが計測され、きちんと纏められるとするならば、偶然の入る余地はないですからね。偶然と言うのは、ほんとうに、スリリングなものです。」
ベルナール「その偶然と言う場で、音楽の女神が貴方に囁くのですね。」
パートリッジ「そこには、間違いと言うものがありません。物事の新しい方法と言うものがあるだけなのです。」
ベルナール「それで、私たちは、アルバム版とシングル版について、話し合っているのですが、ベースとドラムのパターンにほんの僅かな違いがあるのですけれど、ええと、…、」
パートリッジ「まあ、今日は、私はアルバム版を聞いてないのですよ!」
posted by ノエルかえる at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 3

ベルナール「( 安っぽい広告の声で ) どうすれば、一般市民は聞けますかね、アンディ?」
パートリッジ「( 笑い、それに合わせる声で ) お尋ねに感謝します、トッド。早速にも、ape.uk.net にアクセス下されば、ダウンロードがまだ出来ると存じます。それに、お値ごろだと存じます。おおよそ15分の収録時間でございます。お値段は、1ポンドと少々で御座います。URL は、だぶりゅだぶりゅだびゅりゅ…、、
 ところで、今日、この曲をプレイヤーに掛けてみたのです。この歳になって実は初めてでした。開始部の「yes」を忘れてましたよ。それが何だったかをお話ししましょう( 笑い )。ロンドンのEssex Studio でボーカルを録音したのですけれどね、ああ、そのスタジオ、the Clash が後に多くの曲を録音したところだと思いますけれど、私は、プロデューサーのマット・ランゲに言ったのです。「聞いてくれる、僕は、この曲を冷たい未来的に聞こえる様にしたいんだ。音を冷たく出来るものを知ってる?」そうするとランゲはこう答えたのです。「フランジャーを使ってみようか。」
 それで、彼は、フランジャーを使って録音したものを加えたのです。それは、彼に任されていたのです。「僕がミックス・編集の現場にいくぞ!」ではない事例でしたね。「テープに収録すると言うのはこう言うことである」と見せられると言う事例でした。それを、私は、ヘッド・ホーンで聞いたのですけれど、あまりに良いので、フランジャーを通した自分自身の声を聞きながら、話すことを止められなくなったのです。( フランジャーの声を真似て ) 「ヘェロロロオオ、ぃぃぃぃイエス、」とかやっていたのです。もちろん、その中の一つがテープに入ってしまったのですよ!( 笑い ) 技師たちは、テープを回していましたから、私は、これを録音することを提案したのです。それで、ヘッドホーンで、不思議な音になった自分のボーカルを聞きながら、あの歯擦音を作ったのです。彼らは、「Yes」をあそこに録音して、そのまま残したのです。テープを回してましたからね。
 それで、オープニングのコードがあって、バリーが借りて来たクラビネットで、…」
ベルナール「ええ、シングル版ですね。「 Meccanic Dancing 」の話しをした時に、そのことも話しましたね。」」
パートリッジ「ええ、バリーは、明らかに、ここにクラビネットの音を持込もうとしていました。でも、自分のは持っていなかったのです。それで、録音の間ずっと、クラビネットを借りたのです。私は、少々辟易しました。「まったく、僕が考えた音から逸脱する男だな」と思ってましたから。」
posted by ノエルかえる at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 2

ベルナール「自信が着くに連れてそうなったのですね。」
パートリッジ「ええ、「 mak schau 」原理ですよ。「見せびらかしちゃえ!」ですね。」
ベルナール「歌の発想については話して下さいました。では、実際にどう書いたかは、覚えていますか?」
パートリッジ「成長した私は、ビートルズ・ファンになっていました。私にとって、ポップ・ミュージックを象徴するものは何だろうかと考えていたことを覚えています。それは、60年代の始まりでしたけど。そうですね、ビクトリア女王が亡くなった時ですね。それで、何がその象徴だったかと言えば、「 A Hard Day's Night 」のオープニングのコードだと考えたのです。その音、鋭く尖らしたリッケンバッカーで女王の背中を刺す音だったのですね。「見ろ! ビクトリア女王は本当に死んだぞ。」
 それで、私はそのコードを取り上げて考えたのです。「 A Hard Day's Night 」的な寄せ集め、その巨大さを自分の歌の基礎にしたいと思ったのです。それで、あの天才の仕業のコードを色々な部分に、出来る限り歌全体に使って書こうと試みて見たのです。曲の開始部分だけではなくてね。「 A Hard Day's Night 」のコードとは、一音違えているのです。…これで、誰でも弾けますよ…、上昇順で、F-A-D-G-C-G♭です。
 「 A Hard Day's Night 」の場合は、最上位の音はGですね。このコードに関する考え方には二つがあるのです。一つは、私が述べたもの。もう一つは、G-D-F-C-D-G と言うものです。
 それで、私はそのコードを取り上げて、それから歌全体を作ったのです。Dコードで始めて、B に下げて、それから、G に進んで、そして半音上げて、セブンスのコードに移ります、A♭7th です。こうして、歌全部が出来ました。「 A Hard Day's Night 」のコードを一音変えたもので始まって、少しパーカッションを入れて、というのが、パターンです。このようにして、「 A Hard Day's Night 」のコードの混淆した感じの新しい音響構造を作り出したのです。」
ベルナール「成る程。それで、コーラス部分では、それを展開させたのですか?」
パートリッジ「ええ、C に行って、それから、D 。ですよね? それから、F-G-C-C です。バリーが装飾音を加えました。[ キーボードのパターンを歌う ] … とっても可愛らしいメロディですね。」
ベルナール「アンドリューズは、自分で作ったのですか?」
パートリッジ「そう思いますよ、私は。彼が作った小片が私はとても好きですから、それを短い覚え書きにしましたよ。その短い覚え書きを知りたいですか? 「 How They Came to Be 」に録音したのですけれどね。」


 以前は、APE のサイトのポッドキャストにありましたけど、今はないと思います。「 This is Pop? 」の「 How They Came to Be 」があったかどうか、私は覚えてないのですけれど。
posted by ノエルかえる at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

パートリッジ、ベルナール対談 This is Pop? 1

 ベルナールさんとの対談、「 This is Pop? 」。2007/11/12
http://www.myspace.com/xtcfans/blog/327632641


 前半は、雑談に近いので割愛して、後半:

ベルナール「スキッフルですか?」
パートリッジ「ええ、私は、スキッフルは、アコースティックなパンクだと思いますよ、基本的にはですけどね ( 笑い )。当時の人たちは、自分で楽器を作ったのですよね。茶箱・ベースとか。あるいは、リズム棒。水差しを吹いたりとか、洗濯板を擦ったりとか、油の缶を叩いたりですね。時には、2ポンドでギターを買ったりしたそうですけどね。カタログか何かそう言うもので買うのです、2ギニー・ギターとか言うものですね。もちろん、文字通り、弾けません。正しい楽音からすれば、雑音が出るのですけれどね。これが、私たち英国人が、アメリカ人の様に、電気のロックンロールが不可能だったことへの対応だったのですね。貧しい子供たちには、クラシック音楽は無理だし、無教養の子供たちには、上品なジャズは出来なかった訳です。ですから、自分たちで作った、馬鹿の様なエネルギーの爆発で、自分たちが属していない階級の、出来もしない曲を吹き飛ばした、と言う訳なのですね。
 パンクも同じだと、私は思います。英国の公営住宅住まいの多くの洟垂れ小僧たちには、ポンプ・ロックは出来そうもないものでした。クラシックなんて、もちろんですよ。モダン・ジャズも、まあ、無理だったのでしょうね。それで、パンクを、私は、スキッフル 2 だと思いました。こう言う言い方でしょうか。「ええと、ボクらはね、キミらみたいには出来ないからさ、ジブンらを楽しくさせるもっと簡単でバカみたいなのを見つけようか。それで、ボロッちい安っぽい「楽器」でやろうよ。」」
ベルナール「それで、楽器を買って、貴方はそう言う考えに同調したのですか? それが、貴方が信じていたものだったのですか、それとも、楽器を弾くことが出来ると言う思いを抱くことで、幸福を感じていたのでしょうか?」
パートリッジ「私は、あのエネルギーが好きでした。あのミニマリズム、あの領域が好きでした。兎にも角にも、私は短い歌を書きたいと思っていて、その領域に行こうとしていました。当時、私は詰まらない曲に囲まれて暮らしていました。貴方はご存知かなぁ、、スウィンドンで夜にパブやクラブに出ると、ああ、スウィンドンには、数軒しかなかったのですけれどね、DJ は、Yes やELP とか、Chicory Tip の「 Son of My Father 」をかけてるのですね。私は、まるっきり、自分の音楽だとは感じなかったですね。それで、家に帰って、ニューヨーク・ドールズやボウイ、イギー、それに、余計なものが全くない根源的な感じの曲を聞いていました。
 パンクが登場した時には、ですから、そのエネルギーが気に入ったのです。0歳児の精神が必要とされているのだろうと思いましたけれど、同時に、ちょっと、馬鹿馬鹿しいとも感じました。この「1977年以前には、音楽はなかった」と言う考え、それは、まるで紅衛兵のようですけれど、それ以前に存在していた素晴らしい文化を粉砕してしまったのです。彼らは、どんな前例も許さなかったのですから。パンクのもっと馬鹿げた側面は、自分たちより前のものを否定すると言うことでした。ですけれど、パンクは、音をでかくしただけのスキッフルのようでしたし、5年前にアメリカにあったものと似ていましたよね。
 もし、貴方が『 3DEP 』の二三年前に私たちが作ったデモテープを聞いたら、私たちが、二分か三分の簡潔な歌を演奏しているのが聞けるでしょう。ですけれど、私たちは、アレンジメントに於いて、それに、メロディに於いて、また、構造に於いて、別の場所に行こうとしていたのが分かると思います。」
ベルナール「ええ、多くのパンクバンドがそうである、スリー・コードの間抜けな歌ではないですね。」
パートリッジ「そうですね、私はパンクのエネルギーが好きでした。でも、バカのふりをする必要は感じていませんでした。私は、ある程度演奏出来ましたし。弾けないふりをする必要と言うものが理解出来なかったのです。今でも、不必要だったと思いますよ。楽器の弾き方を学ばないことと、営業上の理由で下手クソのふりをするのとは、大きな違いがありますよね。知らなかったことで、学んで行く過程と言うのは、終わることがありません。ですが、「チェッ! 今夜は一晩中、EとAだけで演ろうぜ」とか言って、とりあえず上手く演奏出来る様になるというのは、価値のあることではないと思います。
 それで、私たちは、数年前から考えていた、ポップ・ミュージックの作り方の新しい方法を模索していたのです。それで、私たちがライブをすると、大部分の観客を困惑させると言うのがいつもでした。」
ベルナール「それは、また、どうしてでしょう?」
パートリッジ「分かりませんね。1975年に、キーボードがジョン・パーキンスというライン・アップの時ですけど、どこかでライブをしたことがあるのですけど、大部分の観客は、笑いましたね。そうでない客は、にやにやして、引いていってしまいました。「やったね、観客に受けいられそうだ。どうやら、客はコミカルだと感じたようだし。」と私は思ったものです。誰かに印象を残しているとすれば、少なくとも、何か違うことをしているのですよ。ですけれど、観客は、私たちがしようとしていることは分かっていませんでした。ですけど、二年後に、「へえ! これは新しいぞ!」と客が言い、「へえ、僕らにはこれは数年前には新しいことだったけど、君らは笑ったじゃないか。」と言うことになったのです。」
ベルナール「なるほど、貴方たちが、75年にしていたことと、77年78年にしていたことには、大きい違いはないと、思っていますか?」
パートリッジ「あまり違いはないと思います。ただ、より良く録音されたのだと思います。それから、77年頃に、よりたくさんのエネルギーが注入されたのだとは思いますけれど。」
ベルナール「つまり、バリーの参加ですか?」
パートリッジ「そうです。それに、それまでよりたくさんのライブを彼としましたね。エネルギーと言うのは、ライブだと一層よくなることは、貴方もお分かりだと思いますけれど。それは、往年のビートルズの「 mak schau 」ですよね。ご存知ですか? ビートルズは、突然、曲を全部、二倍の速さ、二倍の音量で演奏し始めたのですよね。私たちに関しては、「 Neon Shuffle 」でそれが起こりました。1975年の古い録音があるのです、実は誰かがデモに録音していたのですけれど、その時は、スティーブ・ヒッチンズがボーカルで、私はギター、コリンはベース、テリーがドラムスでした。同じ曲ですけど、『ホワイト・ミュージック』より二年前のものです。77年までに、ライブで、だんだん速くだんだん激しくなっていったのです。」
posted by ノエルかえる at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

Neon Shuffle 訳

 パートリッジの「 Neon Shuffle 」。
 アルバム最後の歌ですけれど、XTC と言うバンド名にする前は、Helium Kids でしたから、その橋渡しのようにも思えます。実際、この歌は、Helium Kids の時からの歌です。パートリッジは、この頃は、元素が好きだったのか知ら。周期表では、ヘリウムは、第18族元素の第一周期の元素で、ネオンは、同じ第18族元素の第二周期の元素。 ( The Neon Boys と言うバンドもあったような、あ、テレビジョンの前進バンドでした。 )

 「 stick of bamboo 」、バンと言う音とブーと言う音が二つあるので使ったと言うことです。それから、当時、パートリッジは竹の棒で腕に怪我をしたそうです、その連想もあるそうです。


拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





ねえ、どうしようとしているの?
そこに突っ立って、まごついているの?
何かを鳴らせばいいだけだよ、
ほかの女の子がしているようにね、
男のだってしている。

ブーって鳴らしたって、
面目がつぶれたりはしないよ。
そうなるものだって、わかってることだもの。
ネオンガスがシュって出ていく、外宇宙にすり抜けていくんだ。
ネオンガス・スリスリは、人間のための踊りなんだ。
ネオンガス・スリスリは、外へつれだしてくれるんだ。

ねえ、両手をパンと鳴らしてごらんよ、
うまく嵐が出来るかな?
それとも、ほうでんが出来るかな?
ああ、電源が切れちゃった、
じゃあ、かかとを鳴らして、
ゆびも鳴らそう。

ネオンガス・スリスリ

ネオンガス・スリスリ、ぼくにスリスリさせちゃう、
ネオンガス・スリスリ、きみにスリスリさせちゃう、
ネオンガス・スリスリ、赤く発光して、
ネオンガス・スリスリ、青く発光して、
ネオンガス・スリスリ、きみを透過して、
ネオンガス・スリスリ、竹の棒で、
バン、バン、ブーブー、って、ラッパ一発。
posted by ノエルかえる at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Shuffle Step

 パートリッジの「 Neon Shuffle 」。ダンスと言うことなので、Shuffle Step のビデオをユーチューブで、


タップダンスの




アドバンスドの





posted by ノエルかえる at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

Spinning Top 訳

 パートリッジの「 Spinning Top 」。

 歌詞は二連。第一連は、子供のなぞなぞうた風。第二連は、ラブソング風。

 the Orions と言う、女性ボーカルグループが1960年代のアメリカのフィラデルフィア で活躍していました。1966年に「 Spinning Top 」と言うタイトルのシングルを Calla Records から発表しているそうです。



拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




わたしは、コマのようなのです、
ずうっと回っているのです。
どちらが上だか、わたしは知らないのです。
どちらが下だか、ほんとうに、わたしは知らないのです。
わたしをよおく観察してごらんなさい、わたしは、コマのようなのです。
昼と夜のくべつも、わたしはつかないのです、
どちらが裏だか、わたしは知らないのです。
どちらが表だか、ほんとうに、わたしは知らないのです。
よくごらんなさい、さあて、わたしは何でしょう?

君の愛の調べを聞いた時、それは始まったんだ、
君の調べは、天からの蜜のように注がれていたね。
私は舞い回り始めた、
私は回転を始めたんだ。
私は、まるで、お気に入りのレコードに置かれた
レコード針のように、同じところを回り続けているんだ。

わたしは、コマのようなのです。

私はこの状態が気に入っているんだ、止まることは決してないんだ。
posted by ノエルかえる at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

New Town Animal in a Furnished Cage 訳

 パートリッジの「 New Town Animal in a Furnished Cage 」。

 モータウン風の曲と言うことですが、歌詞は、DCコミックのSF風。


拙訳です
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




腕時計オレの、壊れたみたい。時間は時計に借りてた
から、それに大事なものオレの、みな借りもの。オレのはない。
テレビ欄にはおもしろいのがない。
家具付き檻に入れられた、都市型新獣みたい、オレ。
11時になったから、バーは閉まる。
待っているオレ、大人しい犬ころみたい。
俳優に悪態つきながらテレビを見る。
家具付き檻に入れられた、都市型新獣みたい、オレ。
posted by ノエルかえる at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

I'm Bugged 訳

 パートリッジの「 I'm Bugged 」。
そのまま読んだだけです。DC コミックの SF もの的。
 「 Across This Antheap 」の萌芽でしょうか?

拙訳です。
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





虫酸が走るんだ、連中はまるで昆虫、
流行のサングラスがお揃い。
ゾゾッとする、ゾゾッとするんだ。
短い伝言を長屋の隣の戸口の下に投げ入れておいた。
僕の頭はガーガー鳴り出したようだ、もう我慢が出来ない。
連中が暗闇の真夜中の巣から巣別れして沸き出しているのを、最初に発見した時には、
まだ、その場で蠢いているだけだった、連中は休んでいたのだと思う。

虫酸が走るんだ、連中はまるで昆虫、
流行のサングラスがお揃い。
ゾゾッとする、ゾゾッとするんだ。
冷や汗をかいて目覚めた僕は、通りへと急いで出た。
でもそこは、僕の悪夢と同じだった。連中は、身体を左右に揺さぶりながら僕の足に取り付いて来た。
死んだ男のライターを取り上げた僕は、連中を焼いて地面に落としたんだ。
でも地面では、12匹だった虫が100匹に増えていたんだ。
ゾゾッとする、ゾゾッとするんだ。
posted by ノエルかえる at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

I'll Set Myself on Fire 訳

 ムールディングの「 I'll Set Myself on Fire 」。

 意味は、実際のところ、よく分かりません。食用にされる何かかが、自分から進んで命を落とすことを歌っているように読んでみました。

 「 Joan 」、名前です。最も知られているのは、Joan of Ark だと思います。フランス語では、Jeanne d'Arc 、ジャンヌ・ダルク。何か踏まえている様な伝説があるのかもしれません。
 「 the rails 」、線路の軌道なのかもしれません。けれども、前後との繋がりが分からないので、water rail / クイナ だとしました。
 「 a fool 」、愚か者の意味なのかもしれません。けれども、前後との繋がりが分からないので、デザートのフール だとしました。デザートのフールは、ムールディングの後年の歌「 Fruit Nut 」でも使っています。


 追記、注: Neville Farmer の『ソングストーリーズ』には、「 H2O ain't good enough 」と言う行があるように書かれています。ですけれど、Chalkhills 等の lyric にはありません。Idea のサイトは、もう見ることが出来ないので、確認できません。



拙訳です。
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





ハハハ
ホホホ
分かった?
分からない?
骨ないでしょう、
のどに刺さらないよ、
美味しくていい香り、
食べやすいね。
気に入ったら、
おかわりどうぞ。

自分で火に架かるんだ、
竃に入って、
自分で火に架かるんだ、
頭を石に打ちつけてね、
ジャンヌちゃん。
神さまもやな事って知ってるよ。
いっぺんにやろう。
ハハハ
ホホホ

プールがある、
ええ、それはひどい!
ねえ、ぼくのこと、
ラズベリー・フールかなにかと間違えてない?
クイナを食べてみる?
ぼくはちがうよ、
ちがう、ちがう、
ぜんぜん、ちがうよ。
posted by ノエルかえる at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

Into the Atom Age 訳

 パートリッジの「 Into the Atom Age 」。
そのまま読んだだけです。
 '50年代のDCコミックのSFの様な世界です。

 「Hey does anyone remember whatever happened to string?」の行、string は、実際の'50年代頃の家庭内の“装置”は、糸 ( 針金など ) で動きが伝えられると言うものだったのですが、未来では、それが無くなっているという状況を表現しています。


拙訳です
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




僕は、原子力時代のとば口に立っている。
僕の現代的住居は大流行のもの。
僕の妻は怠惰になって、小間物好きになって、
甲冑の脇楯型のコーヒー・テーブルとそれに釣合う長椅子を欲しがっている。
僕は、原子力時代のとば口に立っている。
僕の子供は早熟になって、十四歳で結婚したがっている。
甲冑の脇楯型のコーヒー・テーブルとそれに釣合う長椅子を欲しがっている。

僕は、原子力時代のとば口に立っている。
僕はビデオを早回しで見る、それが落ち着くのだから。
ビデオは、実際よりもいい色をしている。
僕は、三次元ポルノ映画で寛いでいる。
誰か覚えているかしら? 昔の機械、糸で引いて作動させたけど、
あれ、どうなったの? 
僕は、原子力時代のとば口に立っている。
posted by ノエルかえる at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

Statue of Liberty 訳

 パートリッジの「 Statue of Liberty 」。

 歌詞は三連です。ほぼ、語り手が一人で歌っているようですが、「 Boo Boo 」は、第三者のように思えます。語り手が、語っているイメージは一つではないようです。語り手の恋人と自由の女神の二つがあるように思えます。第一連では、歌われているのは、語り手の恋人のイメージです。それが、最後の行の「 It made New York look small 」で、自由の女神に、滑るように移されています。それから、第二連、第三連は、自由の女神のイメージが歌われて、第三連の最後の行「 in my fantasy / I sail beneath your skirt 」で、再び、恋人に移っているようです。

 「 the ships 」は、lovers との対比で使われています。ですから、船ではなくて、航海士です。
 「 You've been the subject of so many dreams / Since I climbed your torso 」の行。since は、時間の経過を示す接続詞としては、使われていないように思われます。「きみの胴に登って以来、きみはぼくの憧れの対象。」では、意味を取り難いと思います。ですから、理由の接続詞として、主節は、I climbed の方と読む方が取りやすいと思います。

 一つ気が付くことは、「 I saw you standing in the water 」と言う表現。ビートルズのデビュー・アルバム『 Please Please Me 』の冒頭の「 I Saw Her Standing There 」を思わせます。




拙訳です
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





水の中にきみが立ってるのを見るの、ぼく初めてだ。
まるで、30メートルの身長があるように見えるよ。
ヘロデの娘サロメのように羞じらいもなく、ほとんどはだかだ。
きみの愛、あんまり大きいから、
ニュー・ヨークを小さく見せてる。

きみはずっとぼくの憧れの対象だったんだ。
だから、きみの胴に抱きついちゃった。
ああ!
「ぼくのぼくの、自由の女神!」
「コラッ! コラッ!」
きみの髪にある角、
一体なにする物なの?
「ぼくに何するの?」
「コラッ! コラッ!」

ぼくは、きみの石の本のま上に屈みこんで、そっと触れるんだ。
きみが見下している航海士たち、ちょっと羨望してるかも。
一兆の恋人たち、カメラでぼくらの様子を撮っているかも。
それで、ぼくは夢の中で、きみのスカートの下を帆走するんだ。
posted by ノエルかえる at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

Do What You Do 訳

 ムールディングの「 Do What You Do 」。
the twilight zone は、1959年から1964年に亘って、アメリカ合衆国で放送された、テレビドラマ。CBS 。

 Vanishing boy ですね。

拙訳です。
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )



なにするの、なにするの、なにするのボクに。
星は消えちゃった、で、ボクも消えちゃった。
ボクが見てる星、空にはないんだ。
ボクは『未知の世界』へ入っていくんだ。
だから、おうちに連れてかえらないで。
posted by ノエルかえる at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月04日

Radios in Motion 訳

 パートリッジの「 Radios in Motion 」。
そのまま読んだだけです。
「 walkie talkie 」は、携帯用の無線機ですけれど、携帯にしておきました。
1978 年発表なのですけれど、まるで、現在の twitter による Jasmine 革命を思わせる感じもします。パートリッジは、携帯電話を持っていないのですけれど。



拙訳です
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )

ほら、中国で広まってる伝聞があるんだ、
それ、日本で起こったことなんだ。
それ、定期航路の船で中継されて、
それ、タイで騒ぎを起こしてる。
友だちはみんな、文句を言っているんだ、
どこも行くとこがないって。
友だちはみんな、文句を言っているんだ、
歌がノロすぎるって。
それで、ボクは言っているんだ、
聞こえないの、こんなことが起こっているのにって。
「ラジオ波は邁進中、
空から海まで
ラジオ波は邁進中。」
アカ? シロ? そうだ、ブルーズなんか捨てちゃいなよ。
ぼくらが飛び立つ時、みんなも飛び立ちなよ。
ほら、ミルウォーキーで広まってる伝聞があるんだ、
それ、モスクワで起こったことなんだ。
誰もが携帯を持っている。
誰もがどうするか知っている。
なのに、友だちはみんな、文句を言っているんだ。





追記:

There's a message up in ・・ / That they getting in 〜.
・・で発せられたメッセージが、〜に伝わる。
が、正しいと思います。 中国で発せられたメーッメージが日本に。ミルウォーキーで発せられたメッセージがモスクワに。
posted by ノエルかえる at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月17日

All Along the Watchtower 訳

 時たま、「 All Along the Watchtower 訳」と言う検索がありますから。これは、ボブ・ディランの歌なのですが。



見張り塔から見渡せる限り、王子たちは警戒をし続けた。
その警戒の最中に、女が王子たちの元に来ては去って行った、それに裸足の召使も。

城壁の外の遠くで、山猫が吠えた。
二人の騎馬の男が近づいていた。風が鳴り始めた。

ペテン師が盗人に言ったそうだ。
「抜け道はきっとある。
あそこはもう滅茶苦茶が極まっている、息つく間もない。
都会の勤人は俺の酒を飲む、田舎の百姓は俺の土地を掘り返す。
とこでもかしこでも、一人として、その何が価値なのかを分かっていない。」

盗人は、柔らかい口調で話したそうだ。
「それで熱り立つことはない。
この世の同胞の中には、人生など戯れごとと思っている者も多い。
しかし、お前と俺は、この世の隅から隅まで渡って来たんだ、この状況が運命でもないだろう。
軽々しく話すのは止そう、時刻も遅くなっている。」






 追記:
 ボブ・ディランは、コーラスを先に歌い、ヴァースを最後に回しています。XTC もそれに倣っています。上の拙訳は、ヴァース - コーラスの順で読みました。
 コーラスを先にするのは、歌の世界が突然に始まるという効果を持っていて、謎めいた雰囲気が醸されるのだと思います。ヴァースが最後で、そのままにされているのは、歌の中の物語が解決されることがなく、不安感を持ったまま永遠に続いていると言う印象を残します。XTC は、それを、テープが突然切断されると言う手法で、より強い印象にしているのだと思います。
posted by ノエルかえる at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

pop

 きのう、テレビを見ていたら、高速エレベーターに乗って、耳がキーンとなった、というところを、pop と言っていました。
 「 This is Pop! 」の、Pop は、いわゆるポップ・ソングのことなのでしょうけれど、「キーン」だったら、『 Dr.スランプ 』のアラレちゃんのようで、愉快だな、と思いました。デビュー間もない頃の、パートリッジには、漫画的な部分が多いのですし、「キーン」と走り回っているアラレちゃんは、似合ってると思いました。
posted by ノエルかえる at 06:14| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

This is Pop 訳

 パートリッジの「This is Pop」、『時計仕掛けのオレンジ』世界なのですが、その小説の暴力性はないのではないかと思います。ただ、大きな音が欲しいと言う、当時の、パートリッジの率直な思いなのでしょう。
 その大きな音も、響くというものではなくて、吹き出すという感じなのでしょう。歌詞の語は、-st と言う音を多用しています。lost、frost、fast、blast。それに、direction、selection の -ct と言う音。Pop と言う語にも、飛び出す、突然現れるのような感じがあるのだと思います。

 「 a milk bar 」、元の小説の「 Korova Milk Bar 」を使いました。
 「 a walkway 」は、工場内の通路のようなものの方が、SF的な雰囲気が出るのではないでしょうか。それも、動く歩道のような。
 「 transistor blast 」は、後に、BBC セッションからの選集のタイトルに使われました。
 「 direction 」にも、SF的な感じがあるのですが、アルバム『White Music』のアートワークの写真で、パートリッジは、矢印の入ったズボンを履いています。それを連想させられました。


 拙訳です。



ミルクバー「корова」で、僕は夢中になってる、
凍りつくほど冷えたソーダを飲みながらね、
そしたら、誰かが僕の矢印方向へ曲がって来てさ、
何度も訊くんだ、僕が選んだジューク・ボックスのこと、
「アンタが鳴らしているこの轟音、
これ、何ていうの?何ていうの?」

「これ? 飛び出す音だよ、これがひょっくりさ、
そーさ、そーさ、
ひょっくり、びっくり!」

構内連絡路で、それも速く動いている、
僕の持ってるものと言えば、最大音量のトランジスタ・ラジオ、
そしたら、誰かが僕の矢印方向へ曲がって来てさ、
何度も訊くんだ、僕が選んだ局のこと、
「アンタが鳴らしているこの轟音、
これ、何ていうの?何ていうの?」

「これ? 飛び出す音だよ、これがひょっくりさ、
そーさ、そーさ、
ひょっくり、びっくり!」

僕らは通路を間違ったかも、
僕らはずっと待ち望んでた、
僕らは、大きすぎる音で歌を掛けるんだ。

これがポップ。
posted by ノエルかえる at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月04日

Crosswires はビーンビーン

 アルバム『White Music』の頃は、歌詞の意味など考えなかった、と、ムールディングは回想しています。ただ、電気的な音に合う言葉を付けていただけ、と。
 曲想も、爆発して散り散りになったようなパートリッジの作風を追っていたのだ、と。音楽の核心がチャーリー・パーカーなどのビ・バップ・ジャズにあるパートリッジには、こうしたエネルギーの爆発形態のような音楽は自然なものでしたでしょうが、ブラック・サバスなどの“ロック”が音楽の始点であったムールディングには、追い付き難いものだったかもしれません。
 それは、歌詞にも同様で、ビ・バップと同調するモダンな感覚、人工的で幾何的、無機的な美、エッフェル塔やコマ割りされた ( 画面的にも語りに於いても寸断されている ) コミックに代表される、そんな感覚の言葉から創り出されるパートリッジのイメージを、ムールディングは追っていたのでしょう。

 そんなムールディングの書いたものからアルバムに選ばれた「Cross Wires」、歌が作られた正確な順序は分からないのですが、使われている言葉からは、パートリッジの「Radio in Motion」から生まれたものでは、と思われます。Radio (wave) や China など。
 テーマも、子供であった彼らが、チューニングの合わないラジオから聞こえて来る “おかしな音” に夢中になっていた様子で、両方の歌に共通です。

 歌詞は、本人が何を言っているのか分からない、と言うものです。意味を取り難いのですが、おおよその見当をつけてみました。

歌詞は、Idea のサイトから、

It's the airwaves of the world
Not the hairwaves on your head
Oh But anything can be
On land and in the sea
When you've got
Crosswires
When you've got Crosswires
Everything is Buzz Buzz
Everything is Beep Beep
Strange things happen everyday
It's confusious the Chinese say
Brings a nation to its feet
It's them people that you meet

拙い訳です:
これは「エアーウエイブ」、世界を回る電波だ、
エアーウエイブ! 君の頭にあるのは髪の毛の波、ヘアーウエイブだよ、違うさ、
でもね、でもね、なんでもできるんだよ、
陸でも海でもね、
アンテナを持っていればさ!
針金を交差して作ったアンテナさ!
聞こえるだろう?
ブズー、ブズーて言っている、
ビーン、ビーン、って、何もかもこの音さ、
毎日、可笑しなことが起こるんだよ、
混信だこれ、って、中国人は言うけどね、違うさ、
ええと、抑揚は、脚韻にあるのさ、
君が会ったろ? あれが連中さ。



「Crosswires」、
「Cross wire」と言う名詞はあります、「十字線」です。光学機器の中で、対象に焦点を合わせるために垂直に交差した線のことです。
この語と、「cross hair」とは同じものを指しています。
歌詞では、これを洒落に使っているのだと思います。
それで、「Crosswires」は? 分かりません。ラジオと言うことで、アンテナだと読みました。

「Brings a nation to its feet」、
私には意味不明です。ですので、nation は、intonationに読み替えました。


 ともかく、ブズブズビープビープと音が鳴って面白い、と言う歌です。



posted by ノエルかえる at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

This is Pop

 11月11日付の(パートリッジの誕生日でもありましたけれど)、Todd Bernhardt 氏との対談は、「This Is Pop」でした。話は、シングル版の方に付いてです。と言うのも、パートリッジは、アルバムは、もう随分の間、聴いていないので忘れているとのこと。
 このシングル版では、パートリッジは、未来的な感覚が欲しいと、制作のRobert John Lange に注文したそうです。それに応えて、Lange はフランジャーを掛けることを提案したのだそうです。
 それから、冒頭に、「YES」というパートリッジの声が加えられました。この電子的に加工された声 (細かに振動させられた) は、この歌の特質を引き出すことに成功しています。Lange の制作は、きめ細やかなので、音は鮮明で、強さもあります。冒頭の、和声も、よく聞こえます。パートリッジは、とても満足しているようです。
 けれども、私は、音のふくらみがあって空間性を感じさせる、John Leckie のアルバム版の方が好きではあるのですけれど。



「This is Pop」シングル版
on iTunes store.jp


posted by ノエルかえる at 09:56| Comment(3) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

All Along the Watchtower

 パートリッジの音楽の特性は、反復にあります。それは、初期から今日まで変わらないのでしょう。けれども、初期に於いては、反復は、断絶と合わさっていたのではないでしょうか。
 その特性は、彼自身のペンの歌よりも、ディランの「All Along the Watchtower」で見る方が明らかだと思います。
 パートリッジは、ここで、旋律を裁断しています。旋律に載せられていた言葉は、意味を剥ぎ取られ、単に音と化しています。その音も、旋律にあった時の前後の音との繋がりを断たれて、粒子化しています。(現代音楽の手法で、歌曲に使われる歌詞の言葉を、音節毎に、あるいは、一音毎に切るということはありますけれど)    
 ここでパートリッジが行ったことは、特筆されることでしょう。一般に、ポピュラー歌謡の快感は、リズムの抑揚に乗ることにあるのですが、それは音が連なっている旋律があって起こることです。パートリッジは、それを排除したのです。彼は、「This is not Pop music !」と言ったことになります。
 私たちは、切られた旋律の断面を、パートリッジに見せられることになります。そこには、その音を存在させている構造が、柱や梁のように見えています。それは、その場に留まり続けるものです。それが反復の音になっています。この歌では、その部分は、ムールディングのベースギターとチェンバースのドラムズが担っています。
 パートリッジは、パーカーのビ・バップやこの歌でのようなダブを好んでいるようです。それは、音の組成を分解することに、面白さを覚えているからでしょうか。分解された個々の音は、簡略な反復になっています。螺子の螺旋のようにです。それがテーブルの上に散在しています。それぞれは、断絶して。このように、反復と断絶が合わさっています。
 そして、パートリッジは、その断絶を跳梁します。断絶の溝はとても深く、底は見えない暗闇なのですが。暗闇を飛び越える時の、背筋を走る戦慄はある種の快感を覚えさせます。


「All Along the Watchtower」 on iTunes music store

posted by ノエルかえる at 13:59| Comment(2) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

This is Pop ?

 XTC を表す図柄は、幾つかあると思います。現在では、すぐにXTC を思い起こさせる図柄は、『オレンジズ アンド レモンズ』のカバー・アートなのでしょう。デビュー時の彼らを表す図柄は、シングル・レコード「This is pop ?」のカバー・アートでした。
 ハサミとコルク抜きと、曲がった釘でしょうか、彎曲した鋼鉄の棒が無地の机上に並べてあります。それらの三つの物が、それぞれXとTとCの文字に見立てられています。
 この、物が無造作に並べてある、という感じが、当時のXTC の感蝕でした。その物は、その上、冷たく見える鉄製で、しかも、どれも先が尖っています。パートリッジの言う、「時計仕掛けのオレンジ時代」の感触です。
 また、この図を見ていると、チョキチョキ、ギュギュ、カチンカチン、という音が聞こえそうな気もします。それも、また、当時の彼らの持っていた雰囲気に合っているのではないでしょうか。
 あるいは、シュールレアリズムを連想する方もあったかもしれませんが。
 
 楽曲は、押さえられて圧縮された感じのバース、上昇するブリッジ、弾けるコーラス、という構成です。これは、パートリッジの得意とするものなのでしょうか。後の、「Senses Working Overtime」「Across This Antheap」などに、引き継がれていきます。
 曲自体は、それほどよい出来ではないと思います。この曲と「Statue of Liberty」が、アルバム『White Music』完成後に、シングルに選ばれたのですが、双方とも、アルバムを代表するような曲ではないと思います。けれども、「This is Pop」というコーラスは、充分に人の耳を惹くでしょう。「Pop」という破裂音が、まるで、充満し切ったガスが、栓を吹飛ばし、瓶から放出するようです。カバー・アートの「Pop」の部分は、キャンディーと、炭酸飲料の缶の上面です。子供たちが、わざと缶を振って、泡を吹き出させて喜んでいる、というような曲です。バース部分のうねるような旋律は、後の、旋律を強いて捩じ曲げる力強さの片鱗かもしれません。(パートリッジは、圧政の下で重い現実に歪められている人びとのグロテスクさを、美に昇華するショスタゴービッチのpop 版?)
 「This is ・・」という言い方は、日常生活でよく使うのでしょうか。この歌でのコーラスは、叫びになっています。例えば、デモンストレーションで、スローガンを叫ぶにしても、「This is ・・」というのは、あまりないように思うのですが。けれども、この断定的な言い方が、物質的に感じられて、当時の彼らの音楽には合っていると思います。また、『吾輩ハ猫デ或ル』のような可笑しみもあるのではないでしょうか。

 歌詞には、「milk bar」と言う語が使ってあり、映画『時計仕掛けのオレンジ』の世界に設定されていることが分かります。ところで、日本で発表された時には、歌詞カードも添えられていたのですが、それは正式のものではなく、日本のレコード会社で作ったものです。歌詞は聞き取りで作られたものでしょう。「milk bar」の部分は、「nova (超新星)」となっており、超現実的かSF的な歌詞になっていました。

 この曲は、レッキー(Leckie)のアルバム制作の後、ランジ(Robert Lange)によって、新しく録音・制作がされました。仕上がりは、経験豊かなランジの方がよく出来ています。音が鮮やかです。バンドのメンバーも、何度も演奏を直されて、学んだことも多いようです。また、「A Hard Day's Night」のコードだということも、ランジの製作の方がよく分かります。けれども、私は、レッキー製作の方が好きです。チェンバースのたたらを踏むようなドラムズが聞こえ、勢いを感じるのです。
 

「This is Pop ?」のカバー・アートは、チョークヒルで見られます。
This is Pop? front cover




" A Clockwork Orange " IMDb

『時計仕掛けのオレンジ』(DVD) on Amazon

posted by ノエルかえる at 11:36| Comment(2) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

アルバム題名『White Music』

 アルバムの題名は、『ホワイト・ミュージック』なのですが、日本で当初発売された時には、別に邦題が付けられました。『気楽にいこうぜ』です。それで、私は、長い間、原題を間違えていました。『With Music』とばかり思っていたのです。(オーストラリアのテレビ司会者は、『White Album』と言いましたけれど) アルバムのカバー・アートは、タイトルが見え難いデザインになっていますから。(私も、オーストラリアのテレビ司会者と同じく、the Beatles のアルバムタイトルが頭を掠めたのでしょう。『With the Beatles』です。)
 カバー・アートについては、また、当初は、私はその意図を捕らえられなかったのだということが、今、分かります。背景に、両端を黒く中央を白に分けた幕を使っています。メンバーは、その中央の白の部分に寄り集まっています。そして、メンバーの衣装は、パートリッジとムールディングが黒のシャツに白のパンツ。チェンバースが白のシャツに黒のパンツ。アンドリューズが黒づくめ。パートリッジは白の靴、ムールディングは黒い靴。
 白黒のコントラストを意図していたのです。それには気付かず、尻を突き出したパートリッジの奇態や、パンツに見える矢印ばかりが気になっていたのでした。矢印は、白いパンツには、黒い矢印が、前は下向き、後ろは上向きに、黒いシャツには、白い矢印が前に上向きに、配されていたのです。
 これは、『Coat of Many Cupboards』に所収の写真で分かります。
 パートリッジは、この頃、白黒のツートーンを好んでいたのだそうです。白黒のコントラストと矢印は、この頃の、彼らの近代構造物に近く思われる演奏を、表していたのでしょうか。

 いまだに、『White Music』という題名は、「白人の」という意味だと、いわれることがあります。
XTC ファンの間では、これが「ブラック・ジョーク」のつもりで『ブラック・ミュージック』としたかったのを、誤解されるというので、「ホワイト」に変えられたのだということは、周知のことなのですが。

 私は、いまでも、バック・カバー・アートの方が好きなのです。

 それから、クレジットに、ローディーのSteve Warren と、Jeff Fithhes の名前、それに、マネージャーの Ian Reid が記名されていることには注目です。当初の彼らは、一丸となっていたのかもしれません。
 また、「This Record must be played」とあるのも、次の『Go 2』に繋がるようで面白いです。


『Coat of Many Cupboards』 の写真は、チョークヒルで見られます。
unused White Music shots from Coat of Many Cupboards: チョークヒル


With the Beatles on Amazon
posted by ノエルかえる at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

アルバム『White Music』

 XTC を初めて聞いたのは、ラジオでの放送が耳に入った時です。ベットから転がり落ちるほど驚きました。大貫憲章さんが司会をしていたラジオ番組だったと思います。大貫さんは、「なんて喧しいんだ」というようなことを言われた、と覚えています。XTC のデビューは、パンク・ミュージックが知れ渡った後です。有名なピストルズは、もう活動していました。それでも、「喧しい」という印象を、それも、ロック・ミュージックの番組の司会者に与えたというのは、書いておく方がいいのではと思います。
 歌は、「Radio in Motion」だったのか知ら。

 その時の私の持った印象は、初期のピンク・フロイドのようだ、それも、硬質になったというのか、爆発しているピンク・フロイドというものでした。強烈な印象で、すぐに、アルバムを買いました。アルバムを手に取った時には、渋い感情を持ったことも、確かです。日に晒されて、色が落ちてしまったのでは、とカバー写真を見て思ったのです。アルバムタイトルは、うっすらとしか見えませんでしたから。でも、バックジャケットの写真は、とてもいいと思いました。ファッションとは無縁、と言うメンバーの様子が、鋭い感性を感じさせましたから。

 アルバムを聴いての印象は、ラジオでよりも、もっと強烈でした。「All Along the Watchtower」など、特にです。私は、ムールディングのファンなのですが、それは、このデビュー・アルバムからです。今、聞き返しますと、ムールディングの甲高い声の歌は、神経質で鋭く感じます。パートリッジの歌には、鈍い印象を持ちます。これは、若い頃とは違った印象なのでしょう。若い耳への印象は、パートリッジの打撃的なギターとアンドリューズの破天荒なオルガンが占めていたのだと思います。
 彼らの演奏を「喧しい」と思わせたのは、それまでのポップ・ミュージックとは断絶したところでの音楽だと感じさせたからかもしれません。パートリッジの、旋律に鋏を入れ裁断するようなギター奏法は、そのような印象を強めていたのではないでしょうか。
 もちろん、「This is Pop」に「A Hard Day's Night」のコードを使っているとか、「核武装したバレット」というコピーを作っていたり、と、実は断絶はしてなかったのですが。それらは、全く知らされていませんでした。
 何より、彼らの演奏の際立った特徴は、ドラムズ、ベース・ギター、ギター、オルガンが、同じリズムで演奏しない、ずれている、というものでした。そして、楽器の役割も、一般的なポップ・ミュージックのものとは、違っていました。歌なのですから、それを歌うボーカルが旋律をとるのは、他とは変わりません。けれども、その旋律に添う副旋律は、ベース・ギターが担っています。また、ドラムズも、拍を刻むのではなく、抑揚を持った旋律のように聞こえます。
 そして、切断するようなギターの音、それに、薄い金属板が撓むようなオルガンの音が合わさる彼らの演奏は、打撃の印象が強調されています。粒子が、空間内を反射しながら跳ね回っている、というような感じです。それは、エネルギーの様子をそのまま写したようでもあります。デビュー当時の彼らは、正に、エネルギーの音楽だったのではないでしょうか。
(打撃音が多いのは、楽器だけでなく、何でも叩いているということもあります。録音時には、スタジオ内の様々な物を叩いています、ロッカーなど)
 また、リズムのずれは、立体的な印象を与えます。彼らの演奏は、何かの感情をリズムと旋律に乗せて表出すると言うようには聞こえません。手触り感のある物体があるような感じを与えます。音の彫像なのです。それは、針金を組み合せて創られたような彫像です。空隙が見え、それが余計に、空間性を思わせます。
  彼らの歌は、恋の歌でもなければ、車や酒の快楽の歌でもありませんでした。DCコミックから持ち出した、擬音を振り回す愉快さでした。それは、空間を、それも固い空間を必要としていたのではないでしょうか。

 この『White Music』の彼らも、また、疾走しています。デビュー当時のビートルズが疾走していたように。でも、それは、ロンドンの趣きのある町並みの中を大勢の女の子たちに追いかけられてではありません。人気のない、ペンヒル団地ザ・バリーを無目的に疾走しているのです。壁や路面を叩きながら。そこは、彼らが育ったスウィンドンにある、都市計画で人工的に創られた高層ビルと工業団地の町です。コンクリートで閉ざされた町です。



Album detailes : Idea


White Music 紙ジャケット on Amazon
White Music Virgin版 on Amazon

White Music on iTunes

posted by ノエルかえる at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | White Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする