2015年06月18日

Go-Bang

 XTC の『 Go 2 』と直接は関係無いのだけれど、『 Go-Bang 』という、コミック・オペラがあったそう。初演は、1894年。エイドリアン・ロス Adrian Ross 脚本、フランク・オズモンド・カー Frank Osmond Carr 音楽。当時は、F. C. バーナンド Sir Francis Cowley Burnand 脚本、アーサー・サリヴァン音楽の『 The Chieftain 』と人気を争っていたそう。 
 内容は、『王様と私』( 1944年 )に少し似ていて、東洋から西洋の作法を学びにイギリスへ来た高貴な人物が、踊り子に恋をして、と言うものらしい。 
 今でも、再演されているのかどうかは、分からない。

 Go-Bang は、五目並べ。 

Go-Bang - Wikipedia, the free encyclopedia 

 それで、『 Go 2 』は、ゲーム Go Bang( Gomoku )[ Five in a Row ] から取ったそうなのだけど、バリー・アンドリューズは、 Shriekback のアルバムのタイトルに、再度取り上げたのだ、とアンディ・パートリッッジは、Twitter に書いていた。『 Go Bang! 』は、1988年リリース。
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2013年01月08日

Crowded Room : ムールディングのノート

Coat of Many Cupboards に掲載のムールディングのノート




僕たちのステージのライブの終わりになると、どんな平静さも上品さも趣味がよすぎると言う感じになっていたのです。大抵は、獣的になっていました。かなりの間、「 Crowded Room 」は、アンコールの定番だったのです。パワー・コードが好きな一般客のためですね。
 この歌は、僕が思うのには、今いる場所ではない、何処か違う所に居たいと言う感情から派生しているのです。僕たちのデビューしたての頃のライブでは、唾を吐きピョンピョン跳ねる連中に取り囲まれていたのです。そんな風な大勢の観客が引き起こす、常に水面下に潜んでいるような暴力について歌っているのではないのです。このムンクの『叫び』の様な歌は、たぶん、幾つかの夜のライブでの僕の感情が積み重なったものなのです。たとえば、ある夜などは、僕らの顔にパンチを見舞おうとする無茶苦茶な群衆と僕たちは揉み合いになったのです。この歌は、僕たちが何をしようとしているのか、誰もちゃんとはわからないままの、混乱したアルバムの中の混乱した歌なのです。それだから、試行錯誤があの時の習慣になっていたのです。気前のいいおじさんがスタジオ使用料を払ってくれるのなら、素晴らしかったのですけれど、そう言うわけはないですね。それに、アビー・ロード・スタジオだったのだし、実験はあまりに長くなり過ぎたし、僕たちではなくて他の人にだって、料金は想像もできない程の額になったのですからね。そんなわけですから、この歌を聞いていても、大変だったこのアルバム『 Go 2 』の他の曲を聞いて抱く感情に較べれば、ずっと、ポジティブに思えますね。
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2012年05月09日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」9

ベルナール「最後に、歌詞についての簡単な質問をさせて下さい。「 it's a capital city 」と言う行ですが、駄洒落なのでしょうか? 貴方は、マネージャーのリード氏が「 Capital ! 」と言う口癖だったと言われました。つまり、貴方は、「首都」と言うことと同時に、全てがお金に依っていると言うことも、意味されているのでしょうか?」
パートリッジ「ううん、そんなことはないでしょう ( 笑い )。貴方は、とても創造的な読み方をされますね。ですが、「そこはある意味で首都、中心地だ。」と書いただけだと、私は思います。capital と綴るよりも、Capitol と綴った方が良いですか? [ Capitol : アメリカ連邦議会議事堂 ] どちらが金で、どちらが中央政府でしたか?」
ベルナール「そうですね、アメリカでは、政府が使用している建物以外の場合、様々な場合に、capi-tal が使われます。政府の建物だけが、「 capitol 」です。都市は、「 capital 」です。編集者として、気をつけなければいけませんでしたね。」
パートリッジ「何てややこしい! あなたに任せますよ。もう、貴方は、この年取った摂語障害者を分けが分からなくさせてしまいましたね。あれ、摂何障害者?? [ 原文は、anorexic : anorectic 摂食障害者と言う語を使っています。 ]」
ベルナール「( 笑い ) そんな、貴方が摂食障害者でありませんように。」
パートリッジ「( 笑い ) うわばみ? [ 原文は anaconda ] グリーン・ゲイブルズのアン? どうして? 私は、学校では読むのが遅くて遅くて。…、私はグリーン・ゲイブルズのアンだった、誰も知らない! ( 笑い )
 ええ、私は、学校ではウスボンヤリだったのです。自分たちが読んでいた、聖書の類いの本はどれも全然理解出来なかったのです。私は、アグネス・ムーアヘッドでした。あああ、興奮して来ました! 神様、私は彼女に性的魅力を感じていたのです。」
ベルナール「 ( 信じ難いと言う風で ) アグネス・ムーアヘッドと言うのはだれです?」
パートリッジ「アグネスは、 聖母の役をやったのです。[ 学芸会で? ]」
ベルナール「ですが、学校の時と言うと、その人は、子供ですよね?」
パートリッジ「彼女は子供でしたよ。でも、ふしだらで猥らなアイ・メイクアップをしてたんです! 私は、化粧については確かですよ。それで、アグネス・ムーアヘッドは猥らなアイ・メイクアップだったのです。ああ、これで、インタビューは台無しですねえ。」
ベルナール「ううん、彼女は、ちゃんとした苗字はあるのですよね?」
パートリッジ「( 笑い ) ありませんよ、全然。本当に、いやらしい目でした。」
ベルナール「分かりました。女性ファンの皆さんは、パートリッジさんに近付く時には、このことを肝に銘じておかないといけませんね。」
パートリッジ「うわ。」

おわり
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2012年05月08日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」8

ベルナール「ヴォーカルに戻りましょう。尋ねたいハーモニーがあるのです。普通は、ムールディングさんが貴方の声の上に被せて歌っていると、私は考えているのですけれど。「 You won't even get them on the telephone 」の所では、そうなのです。ところが、それ以外の曲全体と終結部では、ムールディングさんが貴方より低い下で歌っているのです。」
パートリッジ「ええ、私とコリンで、密集和音を作っているのです。あれは、ほとんど生で録音したのです。コリンと私は、ハーモニーをこれ以上はないと思えるまでぴったりと合わせるように、必死に努力をしました。終結部のように、メロディが歪められている所を歌う時にでも、ぴったりと合わせたのです。お互いに相手に合わせようとしていました。自慢出来ますね。連隊の誉れです! ( 笑い )」
ベルナール「私は、貴方たち二人の声が、互いに引き立て合っていると、いつも思っています。これは、その良い例です。」
パートリッジ「コリンは、以前には、私のように歌おうとしていたと、私は考えています。この曲は、まだ、コリンがそうしていた時のものですね。それから、間違って、トーキング・ヘッズと私たち XTC はツアーをしたのですけれど、すると、突然、コリンは、デビッド・バーンのように歌い始めたのです ( くすくす笑い )。それからその時期を過ぎると、コリンらしく歌うようになりました。ですが、まだ始めたばかりの頃、『 White Music 』の頃ですが、彼は、模造人間アンディ・パートリッジのようでしたよ。」
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2012年05月07日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」7

ベルナール「ギターについても、もう少しお話し下さい。コードについてはお話し下さいましたけれど。他のことを。」
パートリッジ「この歌でのギターの、コード以外の重要なことを話しましょう。でも、貴方が、それをどうやって書けるのかは見当がつきませんけれど。こうです。( ギターを取り上げて、ヴァース部分を弾く [ 33秒当りの、パートリッジのア、エ、イの発音学習が終わった直後のギターのリフ ] ) 私は、この楽句を偶然見つけたのです。機械的に演奏される繰り返しです。この機械的繰り返しは、「 Battery Brides 」にも、「 Day in Day out 」にも、他の似た様な曲のどれにも見られるものですけれどね。「このシーケンスの様なギターは誰が演奏しているのだ?」と言われる様なものです。ヴァース直前、イントロが終わるところで聞こえますね。
 それで、中間部では、ギターの音色をとても薄いものに変えています。フェイズアウト・トーン ( out of phase tone : 逆位相 ) です。私の使っているアイバニーズ・ギターには、ピックアップの位相を切り替える小さなスイッチがあるのです。ブリッジ部分では、その小さなざらついた様な音を使いました。この音についてもっと知りたいのでしたら、「 I'm Bugged 」のリズム・ギターでも使いましたから、聞いて見て下さい。とても細い音で、昆虫の足の様なのです。( ギター・パートを口で真似て ) アイバニーズのピックアップのスイッチをパチンとするのです。」


Ibanez アイバニーズ、1977 Artist モデルのカタログの写真:
http://s93105080.onlinehome.us/Ibanez-Catalogs/

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2012年05月06日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」6

ベルナール「では、キーボードについても、少し話して下さい。」
パートリッジ「ええ、私はあのオルガンが大好きなのです! あれは、バリー・アンドリューズのオルガンの音色の中でも出色のものです。あの音色・音質を、彼は、クールマーで作り出したのです。」
ベルナール「歌全体を通して、渦を巻いていますね。」
パートリッジ「ええ、とても気に入っています。終結部で、バリーは不協和音かクラスターのような渦を弾いていますけれど、私はあれが大好きなのです。あれは、…、まるで、…、セックスですね。あれを安っぽいオルガンで作ったのです。[ アンドリューズが使ったのは、49鍵盤の機種 ] あれは、バリーのキーボードの音です。そして、アルバム『 Go2 』の音です。バリーは、アルバムのために、わざわざ、壊れた様なシンセサイザーを借りたのです。」
ベルナール「ええ、アンドリューズさんが、そのために、自分のクラビネットを有料で貸し出されたことを、私は知っています。」
パートリッジ「バリーは、この曲でも、中間部で、クラビネットを使っています。彼は、ベース・ラインを忠実になぞっていると思います。」
ベルナール「アンドリューズさんは、この曲で、シンセサイザーを使っていますか?」
パートリッジ「使っていないと思います。すべて、クールマーです、他はないと思います。もし、物陰かなにかに、シンセサイザーが隠れていたとしたら、「何てこと、僕はそうして欲しくないんだ。これはバンドの音じゃないから。バンドの音は、クールマーか、ぼんやりしたローレンス・ピアノだから。」と言ったと思いますから。
[ 原文には、fuzzy Lawrence piano とあるのですが、Lawrence と言うメーカーは調べられませんでした。あるいは、D.H.ローレンスの詩「 Piano 」のことか、Syd Lawrence Orchestra big band のことか。 ] 
 私は、あの時点では、バンドの音楽的個性と言うのがとても重要だったと考えています。早急に進行方向を変えると言うことは、乗り込んで来たお客を失うと言うことになるからです。この考えが、バリーが突然に七曲をアルバムのために持込んだ時に、恐怖を感じた理由でもあるのです。( John Shuttleworth の声を真似て ) 「夕暮れまでに七曲!」( 笑い ) すいません。何て不思議な一致なのでしょう。
[ イギリスのラジオ・テレビのコミック・ショーのキャラクター。ソング・ライターと言う設定。「 Seven Songs By Sunset 」は、1992年にカセットで発売されたもの。 ]」
ベルナール「( John Shuttleworth を真似て) 「それは出来ない、ケン!」」
パートリッジ「( 同じく真似て ) 「ダメだよ、バリー!」 ( バリーの声を真似て ) 「出来るよ、君、僕はするんだ!」
 それで、私はクールマーの音がとても好きなのです。私が聞いたことがある他の安っぽいオルガンのの中でも、あれは、何かいいと思わせるものがあるのです。当時、ハモンド・オルガンの音が好きではありませんでした。今は好きですけれどね。でも、当時は、私の頭の中では、あれを演奏している父の世代の人たちと分ち難く結びついていたのです。ジャズ・コンボで、社交ダンスのような、ジャズっぽい、古めかしい曲を父の世代の人は弾いていましたね。必ず、ハモンドなのですよ。ですから、ハモンドと、安っぽいイージー・リスニングが結びついていたのです。

 私にとって、クールマーの音は、私が本当に好きな、60年代後期のサイケデリック・バンドの淫夢のように思えたのです。それは、私のプシュケーに刻み付けられていたのです。」
ベルナール「刺々しくて、角ばっていますよね。」
パートリッジ「その通りです。それに、バリーが弾くと、特にそうなのです。」

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2012年05月05日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」5

ベルナール「ベース・ラインについても、少しで良いですから話して下さい。」
パートリッジ「あれはとても良いですね! ちょっとしたミニマルです。でも、曲に本当に有効な作用をしています。」
ベルナール「終結部は、ミニマルですね。ですけれど、ムールディングさんは、コーラス部分では、とても込み入った動きをしています。」
パートリッジ「ええ、とても音楽的ですね。あれを何と呼ぶのか、私は知りません。あれは、タクシーのクラクションとか、その類いのもの、それら忙しない都市の音を含んだ都市景観を想起させようとしているように、貴方には聞こえるのではないでしょうか。コリンは、たぶん、和声の規律からは逃れているのでしょう。でも、「忙しい都市景観、会社に急ぐ会社員をベース・ラインで。」と、コリンに言った覚えはないのですけれど ( くすくす笑い )。彼は自分でそれをしたのですよね、そうですよね?」
ベルナール「分かりました。それで、この曲は、バンドでのリハーサルを通して、作り出したものなのですか?」
パートリッジ「そうですね、あの頃はこんな感じでした。「ええと、僕は、だいたいこんな具合でやりたいんだ、…、やろう!」、それでバンドが始めるのです。そうですね、ベース・ラインはメロディックですね。私もイントロのベース・ラインが好きです。コリンは、二音目にアクセントを置いていますよね。あれは、和音か何かだと思います。」
ベルナール「ムールディングさんは、終結部では、相当な体力も見せていますよね。あの、二つの音を何度も何度も繰り返す事を続けるのは、容易ではありません。」
パートリッジ「そうでもないのですよ。あの頃は、コリンとテリーは、それぞれがすることに、お互いが縛りを掛けようととしていたのです。一種の決闘でしたね。貴方が、リハーサルやサウンド・チェックの時の二人を見ることが出来たら良かったのにねえ。テリーの奴は、誰でもを苗字で呼ぶのです。軍隊調ですね。奴は、絶対に、「アンディ」とは言いませんでした。「パートリッジ」と吠えるのです。「アンドリューズ!」「ムウルディング!」ですよ。
 テリーの奴が「ムウルディング!」と喚いて、コリンが振り向くのですね。テリーがリズムを取ろうとして、コリンが、それに10億分の1秒も遅れたり早かったりはしてはいけないのです。二人は、いつも、お互いをしっかり捉まえようとしていましたね。100回のうち99回は、二人は、10億分の1秒の正確さで一緒になっていました。相手に抗議を表明するために、鞄を取り上げようとしない限りは、そうだったのです。二人には、荒くれ者の仲間意識の様なものがあったのです。兄弟愛ですかね、まったく。」
ベルナール「私は、貴方が、随分前の事ですが、働いたそれそれのドラマーについてどう思うかを話して下さった事を覚えています。チェンバースさんは、他の誰よりも、ムールディングさんと音楽的な対話が出来たと言われていました。」
パートリッジ「その通りです。あの二人は、ずっと一緒で、二人で一単位の様になっていました。二人は、「僕はこのベース・プレイヤーを知ってる。」「僕はこのドラマーを知ってる。」と言う間柄でした。前から一緒に演奏していたのですね。そんなに長い期間ではないですけれど、でも、二人で一緒に経験を作り上げたのです。二人は、ギター・プレイヤー、シンガーを捜していました。で、私が、そのギター・プレイヤーで、渋々認めたシンガーだったのです。」
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2012年05月04日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」4

ベルナール「それでは、歌の始めの部分ですけれど、貴方は、何て歌っているのですか? 書かれたものはありますが、正確ではないのです。」
パートリッジ「そうですか。発声に即して詳しく説明しましょう。発音の練習のようですね。「 oh 」「 eh 」「 ah 」です。このようにする事に決めたのは何故なのか、忘れました。自分に教えているのかもしれませんね ( 笑い )。「さあ、みなさん、集まって!」とか言って。本当のところ、子供の頃、クラスの中で本読みが一番下手だったことのコンプレックスなのでしょう。いくつかの要因があって、私は、声を出して読むのが、とても遅かったのです。私は、いくぶん、自閉症気味だったのです。」
ベルナール「成る程。アインシュタインは、四歳まで喋れなかったのですよ。そうだったと思います。」
パートリッジ「へえ、それで、初めて喋った言葉は? ( 子供の声で ) 「 E=mc2 だよ、母さん! 」って ( 笑い )。」
ベルナール「( 笑い ) 「エウレカ! 我の声を発見せり!」」
パートリッジ「 ( 笑い ) ええ、それで、彼は四歳まで喋らなかったって?」
ベルナール「ええ、私は作り話だと思いますけれど。周りの人々は、アインシュタインを馬鹿だと思っていたのですね。貴方も同じですね、天才です。
 それで、ドラムズについてお話し下さい。まずはですね。チェンバースさんがこの歌で見せる持久力と言うのは、とても信じ難いものです。ワシントンD.C.で、XTC のファンがちょっとした集会をしたのですが、そこで、Go 2 を全部演奏して楽しんだのです。その時、私は、両腕を好調に保つ必要がありましたよ。それで、アルバム『 Go 2 』のドラマーは、何て若々しいんだ、と、思い知りました。」
パートリッジ「そうですか。終結部の繰り返しの前で、テリーがやったロール、両手で両方のトムを同時に叩くのが、あなたも好きなのでしょうね。もちろん、多重録音はいっさい無しです。全部、一回の録音です。」
ベルナール「それから、この曲は、彼がライド・シンバルを使った数少ない曲ですね。」
パートリッジ「正にそうです! そうです! テリーは、ハイ・ハットばかり使う奴なのですけれど。」
ベルナール「この曲では、ライド・シンバルを使うように、彼に言ったのですか?」
パートリッジ「覚えてないのですよ。この曲についての、私の覚え書きは僅かなものです。「テリー、馬車馬の如し」と書いています。この曲では、奴は、本当に馬車馬のように働きましたね。私たちは、アルバムの中の何曲かを、第3スタジオで録音しました。ジョンは言っていましたね。「第2スタジオが一週間使えれば、バッキングには、もっと、生の音を録音出来るのに。」 私は、この曲のドラムは、第2スタジオの様な気がします。ドラムの音はかなりいいです。マイクをドラム・キットに相当近づけて録音されていますね。これは、ジョン・レッキーの音ですね。ジョンは、ドラム周辺の音が入るのを嫌っていました。そう言う考え方が、私たちに、スティーブ・リリーホワイト、ヒュー・パジャム・チームを探し出させたのでしょうね。ともかく、この曲では、テリーの奴は、汗だくになっていました。」
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2012年05月03日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」3

ベルナール「この歌は、実に力強い歌ですよね。今朝、私は、ヘッドホンで意識を集中して聞いたのですけれど、歌の規模の大きさに感動しました。このアルバムの中で、最も規模の大きい最も重要な歌ですね。」
パートリッジ「ああ、ジョン・レッキーは、三台の録音機でフェイジングを作っていますからね。すごいですよね。ああ、でも、そのことを忘れていましたよ。」
[ Phasing:同じ楽句を複数の楽器で演奏させるのだけれど、それぞれ違うテンポで演奏させる。その結果、エコーが鳴っているように聞こえると言う、作曲方法。ポピュラー・ミュージックでは、1959年に、Toni Fisher が「 The Big Hurt 」で使った。音楽では、スティーブ・ライヒが特徴的。 ]
ベルナール「レッキーさんは、どのようにしたのですか?」
パートリッジ「あれは、フェイジングの最善の方法でしたね。ええと、まず、二台の別々の録音機・テープに、同じ二つの録音テープをセットするのです。録音テープは、元は同じものをそれぞれの機械で複写するのです。それから、三台目の録音機で、その二台を再生させて録音するのです。それで、その二台の再生の同調を僅かばかりずらして…、」
ベルナール「それで、文字通り、位相の写像になるのですね!」
パートリッジ「そのとおりです。録音後に録音されたものに特殊効果をかけるよりもずっといい方法です。第一台目の録音機を再生させて、それに対して、少しだけずらして、二台目を再生させる、そうして、全体のトラックが出来て行くのです。そうすると、音の位相に櫛を入れている感じになるのです。それを三台目で録音するのです。[ この方法、アメリカの現代音楽家 Alvin Lucier の方法を思わせます。アルヴィン・ルシエ:物理的音響派と言われていた記憶が? ただ、スピーカーを介せずにテープからテープへ直接で一回だけ重ねただけでは、倍音は発生しないでしょうけれど。]」
ベルナール「レッキーさんは、何か楽器も演奏されているのですか? フェイジングには、ベースは含まれていないように思うのですが。私には、ドラムズか高級オーディオ装置のように聞こえるのですけど。」
パートリッジ「ジョンは、100パーセント何も楽器は弾いてないと思います。貴方は、別の次元の局面を作っているのかもしれませんよ。全部を録音してフェイジングにしたのは確かだと思います。」
ベルナール「分かりました。この方法は一回だけ使ったのですか、何度も使ったのですか?」
パートリッジ「たぶん、何回か。でも、「 Beatown 」程の深い次元では使ってはないですね。例えば、「 Jason and Argonauts 」ではフェイジングを使いました。でも、「イアソン」の場合、機械的なものですね、ベル・フランジャーとか何とかと呼ばれていた装置で、フェイジングをしたのです。全部のトラックを100パーセント、フランジャーにかけたのです。ですが、「 Beatown 」の場合、テープを使って、フェイジングを作ったのです。深みが明らかに違いますよ。貴方もきっとそう思うでしょうね。貴方は、こんなことを私に思い出させてくれました。あれは、誓って、テープを使ったフェイジングでした。ジョンが、私たちに見せてくれたトリックなのです。私たちは、感銘したのです。
 それで、あれは、アビー・ロード・スタジオの第2スタジオで作ったのです。ビートルズの部屋ですね。だけれど、当時の私たちには、それは少しも重要ではありませんでした。」
ベルナール「ええ、貴方がそのことを話して下さったのを覚えています。」
パートリッジ「私は、ビートルズ否定主義でしたからね。それに、この歌では、パンク風発声を、馬鹿らしい、キャンキャン言う歌い方をしているのですから。」
ベルナール「とても面白いです。それは、スタジオ版ですよね。私は、ライブ版も聞いたことがあるのですが、そちらでは、もっと明瞭に歌っていますよね。貴方は吠えてはいませんでした。」
パートリッジ「『 Go2 』の時に、「この馬鹿みたいな吠える様な歌い方を続けて行くべきだろうか、もっと喉を緩めて歌うべきだろうか」と考え初めていたのです。それで、デイブと一緒にライブをするようになった時に、もっと喉を緩めて、自分らしく歌うようになったのだったと思います。」
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2012年05月02日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」2

ベルナール「そうですか、それについて話して下さい。」
パートリッジ「物事を解決する方法ですね。非難するな。考えろ、ということ。」
ベルナール「ですけれど、ブリッジの部分には、対立がありますね。「上司は言っていたよ「私の金を返しなさい。」と「僕は言ったんだ、「連中は、過たず正確に旦那さんを打ちのめしますよ。連中は、拳ではなくて頭を使うのです、旦那さん。」」と言う部分です。」
パートリッジ「ええ。物事をしっかり考え抜け、ということを歌ったのです。頭脳を使え、ということです。最初に、殴り回したり蹴り上げたりする様な暴力に訴えるな、ということです。何かを解決したいのならば、頭を使うのです。ザ・モンキーズだったら、こう歌うでしょうね。「ヘイ、ヘイ、ぼくらはとっても知性的、ぼくらは物事を考え抜く。ぼくらは君の町にやって来た。君と一緒に考えるためにね。」って( 笑い )。」
ベルナール「( 笑い ) それは、童謡ですね!」
パートリッジ「( 笑い ) 分かりましたか。何てつまらない馬鹿げたことで、歌を書いたのでしょう。でも、あのロッキーの様な反復を使う考えと言うのは、気に入っているのです。開始と終止部は、フリップ・グラスのようでしょ。でも、それが、ロックバンドにいるのです。それで、ギターとキーボードとベースとドラムのための曲を書いてるって感じ。それで、大音量の格好いい荒々しい反復が曲にあるのです。私は、そんな曲が好きなのです。」
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2012年05月01日

パートリッジ、ベルナール対談「 Beatown」1

 ベルナールさんとパートリッジの対談、「 Beatown 」について。
2008年7月28日発表
XTC が投稿した記事 Andy discusses ’Beatown’

ベルナール「この歌について対話をしようと、取り上げた時に、貴方は、何かしら「戦いた」様に見えたのですけれど。何故ですか?」
パートリッジ「「おのののく」、いい言葉ですね。そうです、この歌を語ることには、戦いてしまいます。もう随分昔のことですからね。いくつかの歌は、それが何所から生まれたのか、その歌の背後にある感情は何なのかが、明らかになって来たのですけれど、霧の中に見失ってしまった歌もあるのです。そのように背後にあったのに、忘れられてしまった感情と言うのは、たぶん、取るに足りないものだったのでしょうね。」
ベルナール「「 Beatwon 」について、お話しして頂きたい理由を言う必要がありますね。実は、この歌で、貴方が何を歌おうとしているのか、私には分からないのです ( 笑い )。」
パートリッジ「( 笑い ) ああ。それで、あっしに一発喰らわそうってんですね、旦那。」
ベルナール「えええ、何について歌っているのですか? この歌の歌詞のことですけれど。」
パートリッジ「( コックニー訛りで ) あっしゃー、なあんもしてません! 誓ってほんとです、巡査様! ありゃぁ、コリン・ムールディングのしあざでげす。やつがあっしを壁を乗り越えてリンゴを掻っ払わせたんでげす!
 今日、二、三回曲を通して聞きました。素早くメモを取って、もう一度レコードを回して、確かめたのです。「何でまた、こんな曲を僕は書いたのかなあ。」って思いましたね。曲の題名は、その時見つけた和音の音の擬音から付けたのだと思います。放擲されたたくさんのマーティンの中から、ある一人のマーティンを拾い上げたのでしょうね ( 笑い )。[ 『 My Favorite Martian 』:1963年から1965年にアメリカのCBS が放送したコメディ。地球に不時着した宇宙人が主人公。 ] そうでなくて、たくさんのコードですね。こういうコード進行です。( 「 Beatown 」と言う語の背後のコードを演奏する。 )
 コードはDです。トップ・コードを使います。きついですね。それで、小指で、Aコードをならすのです。
すると、音は、D、A、E、A、D♭、G♭ になります。それで、Bコードまで下げて、同じことをします。すると、B、G♭、D♭、G♭、B♭、E♭になります。
[ どう弾くのか私は分かりません。 ]
 その当時、このコードが私には、未来的に、そして、中世的に聞こえたのです。それで、大きな都市の鳥瞰図のように思えました。( くすくす笑い ) 11世紀のロンドンか、今から二百年後のブラジリアの様な感じです。その響きは、朗々としていて、都会的で、未来的で、と同時に、古代的なのです。それで思ったのです。「ううん、この音は大都会みたいだ。」と。この考えがあって、「 beat town 」と言う言葉が頭に浮かんだのかもしれませんね。何故そう聞こえたか、その理由は分かりません。「 beat town 」と言う語の響きは、1962年の映画の題名にありそうですよね。大勢のビートにクス達が浜辺にいて、可笑しなバーベキューをやっていると言う様な映画の題名です。『 Beat Town Blanket Bingo! 』 ( 笑い )。ボンゴがたくさん鳴って、で、Bから始まる言葉は、他に何かあるかな。 
 歌詞には、当時のマネージャーの言葉が多く含まれています。マネージャーは、私たちを電話で捕まえられない、と不平をいつも言っていました。彼には、私が貧しくて電話が持てないと言うことが、思い付かなかったのですね( 悲しそうに笑う )。一番近い電話ボックスまで、 200ヤード(約182メートル )は歩かなければならなかったのです。それで、その日に何が予定されていて、あれこれの事柄が分かるということだったのです。( 苛立つマネージャー、イアン・リードの真似をして ) 「お前を電話で捕まえられたことがない!」 「うん、だって、ぼくは持ってないもの。」( 怒り心頭のリードの真似 ) 「お前を捕まえられないんだ!」 彼は、どうやら、私が電話がないと言うことが理解出来なかったようです。買えなかったのです。
 そんなちょっとした事が歌詞になっているのです。それから、「 it's a capital city 」と言うところ。「 capital 」は、リードがよく使っていた言葉です。( 甲高い、泣いている様なでも上品な声で ) 「資金なんだ、坊主達、資金!」 そのようなマネージャーの言葉は、私たちバンドの内輪のジョークになっていたのです。
 それで、もしそんなものがあるとすればですけれど、あの歌は、陽気な暴力について歌っているのです。モンキーズのテーマ曲の様なものなのです。私たち XTC のテーマ曲ですね。奇妙に聞こえるかもしれませんけれど。「ビータウン、そうさ、ぼくらはXTC の者なんだ。ビータウン、お前の町にやって来た。ぼくらは XTC なことをするんだぞ。」と言う感じですね。自分たちを披露する馬鹿馬鹿しい宣言の様なものなのです。( 間違ったスウェーデンのアクセントで ) 「こんにいちわ、私たちは、スウェーデンから来た、ズボンですう。これが私たちの歌「へい、へい、私たちはズボン」ですう。アルバム『ズボンと遭遇』に入ってますう。」 ううう。もう説明は止しましょう。

 一つ覚えている事は、「俺は、「 we use the head and not the fist 」て言うのが好きだなあ。」と、バリー・アンドリューズが言った事です。」




 ギターのコードの説明部分は、よく分かりません。ノートを譜面にして見ましたけれど、これも?
スクリーンショット 2012-05-01 11.00.04.png
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2011年05月22日

I am the Audience 訳

 ムールディングの「 I am the Audience 」。アルバム『 Go 2 』の最後の歌。

 XTC のアルバムに収められている歌を読んで来ました。実は、最初から、歌詞の訳をするつもりではなかったのですけれど、このブログを初めて暫くして、『 Apple Venus 』を訳してと頼まれて、それ以降、何となく惰性で読んでしまいました。「 Your Dictionary 」以外は、全部を読んだと思います。デュークス、シングル、シングルB面のものは読んでいません。XTC のオフィシャルのサイト Idea には、アルバムに収められている歌の歌詞だけが載せられていましたから。
 そして、最後の歌になったのは、この「 I am the Audience 」でした。思えば、XTC に私が惹かれたのは『 White music 』からではあるのですけれど、決定的にXTC のファンになったのは、この「 I am the Audience 」を聞いてでした。私の訳には、そんな私の心情も入っています。

拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




僕は観客、
きっと、勘定にも入っていない。
いつもいつもはしゃぎ回っていたら、
朝刊に載ったかもしれないけど。
観客でいようと思う、
でも、もう我慢しなくてもいいかなぁ、
お行儀のいい拍手、
あの唯一のバンド以外にもうしたくないな、だって、ファンなんだから。

ああ、僕はファンなんだ、
それはもう間違いなく、結論を待つまでもなく、
だって、ファンなんだから。

もう、ファンだって言ってしまおう。
もう我慢出来そうもないんだ、
あの僕の唯一のバンド以外に
お行儀のいい拍手をするなんて、
だって、僕はファンなんだ!
体裁はもう捨ててしまおう、
大人しくはしてられないんだ、
大声で叫ぶんだ!

僕は大ファンなんだ、XTC の!!
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2011年05月21日

Super-Tuff 訳

 バリー・アンドリューズの「 Super-Tuff 」。


 退廃的で破滅的な歌詞。所謂、ロックンロール的。


拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





駐車場の
灯火の中を
数歩歩いて、
ヤツを飛出しナイフで斬りつける。
ナトリウム灯が当たって、
顔面蒼白だ。
ヤツはドクター・マーチン・ブーツを履いている、
一瓶、飲み干したところだった。

ヤツは超鉄人、
と、お前が言う通り。

俺の頭に、
ヨードチンキみたく滲みる雨が、
冷たく降る、
角で、
お前を殴り倒す。
ヤツの背中を伐ったから、ヤツは頭に血がのぼったんだ。
途轍もなく強い、途轍もなく早い拳だ、
お前、見たことあるかい?
( 今お前喰らわせている様な )

ヤツは超鉄人、
でも、優しくもあるんだ。
posted by ノエルかえる at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Docs

 バリー・アンドリューズの「 Super-Tuff 」の歌詞に出る、Docs 。

Dr. Martens boots 。当時、パンクスが好んで履いていたブーツ。


Dr_Martens,_black,_old.jpg
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2011年05月20日

My Weapon 訳

 バリー・アンドリューズの「 My Weapon 」。


 明らかに、パートリッジとムールディングの歌の世界とは違っています。暴力的で、ユーモアもほとんど感じさせません。



拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





知らない、オンナが何持ってか、
知らない、オンナが何持ってか、
オンナが何持ってか、俺は知らないが、俺に突きつけている。
俺にしてること、女は何所で覚えたか、言いもしない。
俺に何のわるさをしたか、分かりもしないのだが、俺はオンナを痛めつけたいんだ。

したい! 当たり散らしたい、
オンナに当たり散らしたい、
オンナに八つ当たりして苛めたいんだ!!!
凶器を使ってな。

俺が悪くなったって、オンナが言うのは、まさにその通り。
オンナは、自分がどんなに気を惹くか分かっちゃない。
俺が全部を取り上げて返さないって、オンナは言う、
まさにその通り。

俺がすること、オンナはそうして欲したがらない。
脂肪の包みのように、俺の側に転がってる。
熱い精液−冷たい汗、俺の下にオンナを感じる、潰して殺してしまいたい!
俺を蔑む奴らを、オンナは正しいと思おうとしている。
火傷すると分かり切ってるものに、オンナは手をつけるものなんだ。
明かりを落として暗くするまでは、俺は、抗弁はしないんだ。だが、暗くなれば、

知らない、オンナが何持ってか、俺の凶器、
俺の禍々しい凶器!
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2011年05月19日

Jumping in Gomorrah 訳

 パートリッジの「 Jumping in Gomorrah 」。

 歌詞は、単に楽しもう、と言うものだと思います。まだ稚拙なのですが、後の「 The Last Balloon 」の形式、遠くへ旅立つ乗り物へ乗り込む場面、を使っています。

 ソドムとゴモラ ( סדום , עמורה ) は、旧約聖書の『創世記』19章に。バベルの塔 ( מגדל בבל ) は、『創世記』11章に。燃え尽きない柴 ( burning bush / ) は、旧約聖書『出エジプト記』3章に。


拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )



とびこんだよ、ゴモラに、僕はもう宗教がない、
とびこんだよ、ゴモラに、僕はもう宗教をすてたんだ。

角笛をたくさん持っておいでよ、
もしかしたら、金の子牛がつかまるかもね。
僕ら、歴史に首ったけ。
総員ご乗船下さーい! ソドム行きでーす。

燃えても燃えても燃え尽きない柴を持っておいでよ、
もしかしたら、娼婦になれるかもね。
僕ら、歴史に首ったけ。
次の寄港地は、バベルでーす!

とびこむんだよ、
総員ご乗船下さーい! ソドム行きでーす。
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Life is Good in the Greenhouse 訳

 パートリッジの「 Life is Good in the Greenhouse 」。
 歌詞は、「 Beatown 」と続けて読むと、自分たちはまったく新しい音楽世界を創った、と宣言しているようにも思えます。


拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




誰であっても、何処かには住んでいる。
泥小屋かもしれないし、雪室かもしれない。
その中で、私が選んだのは、出来たばかりの最新式。
世間とはまるっきり違っている。
誰であっても、何かを話してはいる。
真実かもしれないし、虚偽かもしれない、あるいは、その両方。
それら全部、世間に流布するものは、虚しいもので、
私の生育には寄与しない。

世間は、私がこんなにも鮮烈のなを訝っている。
世間は、私がこんなにも高遠なのを訝っている。
世間は、私がまったく世間に動じないなのを訝っている。
温室の中での生活はまことに快適。
世間のミッキー・マウスであるよりも、植物でありたい。
温室の中での生活はまことに快適。

誰であっても、何かを食べてはいる。
とは言いながら、私を食べようとは思わないで欲しい。
皿に私を載せないで欲しい。
お茶請けにおかわりしないで欲しい。
誰であっても、何処かには住んでいる。
泥小屋かもしれないし、雪室かもしれない。
その中で、私が選んだのは、出来たばかりの最新式。
世間とはまるっきり違っている。
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2011年05月18日

Beatown 訳

 パートリッジの「 Beatown 」。

 この歌の歌詞も、私にはよく分からない内容です。

 歌詞の言葉では、「 hunchtime 」は、lunchtime との洒落です。「 fair and square 」は、with absolute accuracy の意味。


 追記: この歌詞を彼らの実人生と重ねて読めば、バンドを仕事として確立出来たと言う自信を表明しているようにも思えます。XTC と言う名前で大手のレコード会社から、二枚のアルバムを発表出来たのですから。それ以前の彼らは、生活のために他の仕事を持っていて、それも自尊心を傷付けられる惨めな境遇だったのでしょうから。その仕事を捨てて、音楽の世界に入って、ついに収入を得られるようになった、と歌っているのかもしれません。


拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




うちおとし、うちおとじ、打落路
僕は今朝、君らの上司に報告したんだ。
上司は、「何故、君らは家にいないのだ?」と聞いたよ。
僕は言ったんだ。「旦那さん、連中は何も告げずにいなくなったんです。」
「旦那さんが電話しても捕まらないと思います。」

連中は強音街にいるんだ、ある意味、そこは首都なんだ、
すべての道はそこに通じている。
打音路、強音街。

僕は今昼、君らの株主に報告したんだ。
株主は、「何故、君らは家にいないのだ?」と聞いたよ。
僕は言ったんだ。「旦那さん、連中は予感してた時が来たと思ったんです。」
「旦那さん、連中はもうじっと立ってはいないんです。」

連中は強音街にいるんだ、ある意味、そこは首都なんだ、
すべての道はそこに通じている。
打音路、強音街。

上司は言っていたよ、「私の金を返しなさい。」
株主は言っていたよ、「君らは全員共産主義者だ。」
僕は言ったんだ、「連中は、過たず正確に旦那さんを打ちのめしますよ。」
「連中は、拳ではなくて頭を使うのです、旦那さん。」

強音街、打音路。
打落路、うちおとじ、うちおとし。
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2011年05月17日

Red 訳

 パートリッジの「 Red 」。

 歌詞の意味は、私には分かりません。ですので、使われている語も、どのような基準で選ばれているのか分かりません。それでも、「 You better watch your tape boys 」と「 You better watch your lead boys 」、で、tape と lead が並べられているので、tape の方は巻尺。lead の方は、測鉛 として読みました。

拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )



なあ君、自分の巻尺を調べた方がいいよ、
色調が、獣を逆なでするものだよ。
人々は、夕日の中、航海へと旅立った、
もう疾うに、東に辿り着いているよ。

朱、緋、紅、
他人に自分を強いさせてはいけない、
他人に自分を強いさせてはいけない、赤を見るように。

なあ君、自分の錘りを調べた方がいいよ、
もう疾うに、君の水脈に達しているよ。
なあ君、雨が降れば、鉄がどんな色に
変わるのか、見たことがないのかい。

それは、途轍もなく逆上せ上がらせるものではない、
それは、恐ろしくも、熱中させられるものでもない、
それは、少しも特別な民族でもない、
けれど、私を紅潮させる。
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2011年05月16日

The Rhythm 訳

 ムールディングの「 The Rhythm 」。

 歌詞の内容は、よく分かりません。本能の様なものを言っているのか知ら? Gene Kelly が登場しますけれど、前作の『 White music 』は『時計仕掛けのオレンジ』的世界なので、映画『雨に歌えば』と言う連想から、ジーン・ケリーも連想の範囲に入るのですが。
 「 B & O 」、何を指しているのか分かりません。私は、beer and oyster として読みました。



拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )




彼は蜜蜂のように最短距離を見つけ出す、
そして、とっておきのものを手に入れるんだ。
でも時には、雨の中に立ち竦んでいることも、
ああ、まるで、ジーン・ケリー張りに、帽子と杖で。

彼は、頭中に周期があるんだ。
彼は調子を取っている。
さあ歌って!

酒場の滅裂、
ビールと牡蠣の汁が飛び散っている。
僕らは何もかも記憶に保っている、
それらは、僕らの内奥にあるのだから。

内側で、外側で、西側で、東で、
僕らは野生を殺している。
相手側、自分側、相容れない世界、そう、
僕らは野生を殺している。




Idea のサイトはもうないので、Chalkhills でしか、確認は出来ないのですけれど。lyric を記しておきます。


He makes a beeline for the place
Where he gets his only ace
Sometimes he's standing in the rain
Oh Gene Kelly's hat and cane

He has the Rhythm in his head
He has the Rhythm, sing!

It's chaotic at the bar
B & O those sweaty drops
We are all mesmorized
To the thing we have inside

Inside, outside, eastside, West
We kill the beast
Yourside, myside, worlds collide, yes
We kill the beast
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2011年05月15日

Crowded Room 訳

 ムールディングの「 Crowded Room 」。

 これは、ムールディングの日常生活のスケッチの様な歌。当時のライブでの様子の描写。けれども、ライブの熱狂に自身も没頭して、陶酔感を共有していると言うものでは全くありません。その滑稽さを描いている様に思えます。ライブ・ステージへのパートリッジの懐疑はよく知られていますけど、ムールディングも、嫌悪感を持っていたのだと思われます。

 I felt the punch of a punch と言う行、よく分からないのですけれど、人形劇『 Punch and Judy 』の Punch にして読みました。後に、パートリッジが「 Punch and Judy 」と言う題の歌を書きますけれど。



拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )





人混みの部屋を横切って、
まず目に留まったのは君なんだ。
でも、僕の視界はなくなった、
邪魔されて見えなくなったんだ。

人混みの中のたくさんの人の、顔のせいで、
人混みの中のたくさんの人の、体のせいで、
人混みの中のたくさんの人の、吐く息のせいで、
それで、人混みの圧力は僕を非常階段に押し出すんだ。

人混みの部屋の中で触りたくない、
僕は、ポカリとやられる人形劇のパンチになった気分だ。
さんざめきは大変で、
それで僕は逃げ出したんだ。
posted by ノエルかえる at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

Buzzcity Talking 訳

 ムールディングの「 Buzzcity Talking 」。
 歌詞は、『 White music 』の「 Do What You Do 」の続きの様なものです。この歌の歌い手の家には、宇宙人でも来たのでしょうか。SF的な歌です。なんとなく、親交のあったニューヨークのバンド Talking Heads を連想もさせますけれど。




拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )



何が君をこんな遠くまで彷徨い出さしてしまったのだろう、
僕は、君が何者かさえわからないよ。
ともかく、光が瞬いていれば、
今夜、僕は出掛けようと思っているんだ。

夜空に、ブンブン唸っている世界。
ブンブン、と僕に話しかけているみたいだから。
僕は出掛けて深夜営業のバーを見つけた。
僕の帰りが遅いようだったら、戸を半開きにしておいて呉れないかい。
夜空に、ブンブン唸っている世界、
ブンブン、と僕に話しかけている。

髪が逆立つほど、僕らを苛立たさせるものがある、
それでも、僕らにはたっぷりの時間がある。
君は、別の戸を閉めてしまった、
僕は、別の約束を破ってしまった、
だって、ブンブン唸る世界が誘うんだもの。

夜は、あっという間に過ぎていく。
あああ、
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2011年05月13日

Meccanik Dancing (Oh We Go!) 訳

 パートリッジの「 Meccanik Dancing (Oh We Go!) 」。

 歌詞としては、Woolworth と言う固有名詞を使って、日常生活が描かれていることが一つの特徴でしょうか。それも、低賃金の下層階級の。
 Meccanik は、Mecca ( メッカ ) と、mechanic の洒落。とすると、Alcohol も、Quran ( コーラン ) との洒落か知ら?? 今の所、モスリムからの苦情はないようですが。実は、アンディ・パートリッジは、ムスリム過激派の標的の一人かも。

 蛇足:ムスリムの踊りと言えば、トルコのMevlevilik ( Mawlawi Order / メヴレヴィー教団 ) の samā ( Sama / セマー ) ・ダンスを思い出します。旋回する踊り、と言うのは、パートリッジの傾向でもあるのですが。

 追記11月20日:Mecca と言うディスコ・ティックもあったのでしたね、それに、・・Mecca と言うホールもあったのですね。

拙訳です、
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )



オーワースの売り子のかわい子ちゃん、
工場の工員の伊達男、
手に手をとって、
おでかけさ、
明かりを落とした教会で、ダンス・パーティー。

キカイ回教な踊り、僕らはするんだ!
週末が来るのを待てはしない、
友だちみんなといたいんだ。

一口のアルコールは手っ取り早い、
人を開けっぴろげにする、
僕と踊らせてくれる、
独逸から伝わってきた踊りで。

僕は、あの娘の前に立ったんだ、
僕は、放電の光の下にいるんだ、
僕は、ちょっとだけビールを入れただけだけど、
なんだか、巨大になった気分だよ、今夜は!
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Woolworth

 パートリッジの「 Meccanik Dancing (Oh We Go!) 」の歌詞に出る Woolworth 、スーパー・マーケットのチェーン店です。表通りに店舗を構えていました。もとは、合衆国のペンシルベニアで 1879年に、Frank Woolworth 氏が起こした会社。低価格での販売で成功したと言うことです。英国には、1909年に、リバプールに出店したのが最初。
 2009年には、Shop Direct Group によって買収されたと言うことです。


イギリスの Woolworths :

Woolworths.co.uk - Full of Toys, Entertainment, Kids Clothing, Party Ideas & Pic n' Mix
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2011年04月05日

Are You Receiving Me? 訳

 『 Go 2 』セッションのシングル、パートリッジの歌。

 歌詞に出る「 son of Sam 」は、1976年から77年にわたり、アメリカ合衆国で連続殺人を起こした、David Berkowitz が報道各社に送った手紙で、使った名前。


拙訳です
( 元にしたのは、Chalkhills のサイトの lyric )


ねえ、ぼくの、受け取ってくれたの?
それとも、誤配されたの? そうだ、きっとそうだ。

ふたりが歩いていても、
話し声がしているところに、きみの口はないんだ!
ふたりがキスしていても、
きみのくちびるはないんだ! だれかに貸出中なの?
ねえ、聞いてる?

だから、手紙を書いたのに、ほかにもっといい方法がある?
だから、伝言を書いたのに、一晩かかったんだ。
だから、電報を書いたのに、連続殺人鬼「サムの息子」みたいに。
ねえ、なにかが間違ってるよ!
きみのテレビ、シャーッて鳴ってるよ!
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2010年09月17日

Battery Brides (Andy Paints Brian) 訳

 パートリッジの「 Battery Brides (Andy Paints Brian) 」、

そのまま読んだだけです。


養嫁場の花嫁さん、控室から
逃げ出そうとしたことあるの?
でもやっぱり、控室にいたんだね。
養嫁場の花嫁、花嫁さん、
養嫁場の花嫁、花嫁さん。

花嫁さんは、百万の同級生と一緒に学校を卒業して、
それで、お店でパートタイムで働くんだ、
それで、未来の夫や恋人を夢見ているんだ、
自分が生産ラインに載ってるなんて、思ってもいないんだ、、、
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2007年12月02日

Dark

 『Go 2 』を聴きました、朝から。このアルバムの持つ「黒い」色感を思いながらです。
 聴きながら、思ったことを書いてみます。
 XTC を初めて聞いたとき、それはアルバム『White Music』ですけれど、私の受けた印象は、新しいピンク・フロイドの登場と言うものでした。『White Music』は、シド・バレットのピンク・フロイドを爆発的にしたような感じに思えました。バレットのピンク・フロイドがルドンのようなものならば、パートリッジのXTC は岡本太郎のようでした。けれども、通じる感覚は感じました。
 今では、ピンク・フロイドのいくつかの面から、新しい才能が生まれたのだと、当時を思い返すことが出来ます。一つは、ケイト・ブッシュ。彼女のデビュー音盤は、デイヴィッド・ギルモアがレコードの制作を担当しています。ピンク・フロイドの一つの側面を、そのまま継承して、彼女自身の経歴を始めたのでしょう。一方のXTC は、ピンク・フロイドの始点に戻り、そこから、全く違う方向へと爆発するように出発したのだ、と思えます。
 『White Music』は、ピンク・フロイドの『The Piper at the Gates of Dawn』に当たるでしょう。その後の彼らの経歴も、ピンク・フロイドに当てられるのではないかと思いました。けれども、それは、かれらの「キュビズム時代」だけですけれど。(それにまた、一つのバンドを、他のまた一つのバンドに準えるのも、よいことだとは思わないのですけれど)
 『Go 2』は『The Dark Side of the Moon』。
 『Drums and Wires』は『The Wall』。
 これは、どちらも、アルバムが持つ肌合いの感触から比較してみたものです。けれども、並べてみると、アルバムの持つテーマ性も合っているように思われます。XTC は、性急に駆け抜けたのか知ら。

 もちろん、二つの違うバンドであるのですから、それも、方向性は反対を向いているのではないかと思われるものなのですから、並べてみると、その違いも際立ちます。
 重厚で、真摯で内省的なピンク・フロイドに対して、XTC は、性急で諧謔的で破裂しています。「The Great Gig in the Sky」と「Red」を対比すれば、明白でしょう。
 それでも、『Go 2』と『The Dark Side of the Moon』からは、同じ感触を受けるのです。「黒い」感触です。ピンク・フロイドは、巨大な重力で全てのものを呑みこんでしまった結果の「黒」を見せています。XTC は、破裂した花火が、非常な速さで火の粉を散らしてしまった後の真っ暗な空虚な空を見せています。その二つの違う「黒」は、私に、同じように、音楽を思索的に聴くことを誘っています。
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2007年09月20日

Short'nin' Bread

 Todd Bernhardt さんの「 Song of the Week -- Andy's take 」から備忘。

 「Meccanik Dancing」には、下敷きになった歌があるとのこと。米国南部地方のフォーク・ソング「Short'nin' Bread」。

NIEHS KIDS' PAGES に掲載のメロディ

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2007年06月11日

アルバム『Go 2』

 ロック音楽、ジャズもですけれど、は、もともと黒人のものだと言われることが多いようです。けれども、それは、あまりに表面的なことだと思います。ロック音楽も含めて、ジャズ音楽を演奏していたのは、主に黒人の人たちであったことは、そうなのですけれど。
 ここで言う、「黒人」は、合衆国に住んでいるアフリカ系移民のことですけれど。
 「黒人」の音楽と言うのならば、その音楽は、黒人独自の文化の上にあることが前提されます。そうすると、当然、移住させられた土地での変容はあるとしても、アフリカの文化(それも土地土地で多様でしょうけれども)が、その基盤でしょう。ところで、ジャズ音楽(ロックを含む)を素直に聴いて、それがアフリカ文化のものに聴こえるでしょうか。
 ジャズ(ロック)は、コンボなどの編成で演奏されます。この編成は、明らかに西洋的です。オーケストラや、四重奏と相似です。アフリカ文化の音楽とは、違っています。(南アメリカ大陸で発生したものは、アフリカ的な面があるのですが。) 
 ジャズ(ロック)は、アフリカ系の人びとが独自の音楽を継承、発展しようとしたものではなくて、西洋(白人)の文化に寄りかかって生まれたものではないでしょうか。西洋の楽器と、その編成を使って、白人達の音楽を聞きながら作られたものだと思うのです。
 無論、それは、西洋の音楽作法を正式に学んで、と言うものではありません。我流に模倣したものでしょう。ですから、ジャズ(ロック)音楽は、西洋の周辺文化の音楽の一つだと考えた方がよいでしょう。欧州大陸では、西洋文化の中心に入ることが出来ないロマの人びとが、西洋文化を反転させた鏡像のように映していました。それと、同様に、西洋式社会に圧迫されながら、それから逃れられることの出来ない黒人移民達は、西洋音楽を、張子のように、手に取ったのではないでしょうか。
 また、ジャズそしてロック音楽のそれぞれの中心となる楽器は、サクソフォーンであり、エレクトリック・ギターです。サクソフォーンは、19世紀半ば、エレクトリック・ギターは、20世紀に作られた新しい楽器です。双方とも、西洋の工業化された社会の中で作られた楽器です。もちろん、黒人(アフリカの人びと)の文化からではありません。
 ジャズ(ロック)が、西洋(白人)の音楽だとします。では、その特徴を、普遍性に見ることが出来るでしょう。それは、オーケストラ音楽が普遍的だということと同じです。(だから、ジャズ(ロック)は世界中で受容されたのでしょうか) 
 普遍的と言うのは、外在化された定式を持っているということなのですが。目に見えやすい構造があるということです。構造が明かであると、それを、一人の意図で操作が可能になります。(オーケストラを一人の指揮者が指揮するように) それは、その集合が一つの目的を持っていることを明示化もしているのです。工場が、そうであるようにです。
 ロック音楽が、8ビート、16ビートと言うリズムで拘束されているのは、このような構造を、社会から投影されていると共に、工場の出す規則的な(機械が出すのですから)音を反映しているのでしょう。

 『Go 2』は、この構造の究極の姿なのではないでしょうか。そうではなくて、構造だけを抜き出したものなのか知ら。
 その上、XTC は、構造化を、外在化される定式に留めることなく、各楽器パートにまで及ばせています。歌のリズムに合わせて、各楽器が伴奏するのではなくなっています。各楽器パートも、それぞれ独立に構造化されて定式を持つようになってしまいました。それが、ミニマリズムの風貌をもたらせているのでしょう。
 『Go 2』では、主役である歌、一人の意図、はなく、分散する世界があるのです。それは、わたしたちの世界の見方の変化と対応するかのようです。技術の展開に従って、身体全体でなく、細胞の次元、そして、その細胞の分子の次元、で見るようになって、一人を複雑な系で包括される群だと見ることに似て。
 そのような感覚のこのアルバムは、XTC という、数式、あるいは記号のようなバンド名に、最も相応しいアルバムではないでしょうか。


Album deatails: Idea

on iTunes music store


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2007年05月16日

AサイドBサイド

 アルバム『Go 2』は、パートリッジ、ムールディングとも振り返ってみて、好ましく思っていない作品のようです。製作当時のバンド内の諍いが思い返されるからかもしれません。諍いは、パートリッジとアンドリューズの間に起こったものですが。
 収録された歌も、前作からの間も少ない上に、過密な日程に組まれたステージに追われ、作歌に専念出来ないままに書き散らしたものだと、言っていますけれど。出来上がった作品は、傑出したものとなっていると思います。
 よい結果になったのは、短期間であったことや、バンド内の緊張が、彼らから意図した演技を取り去り、無意識に持っている彼らの音楽の資質を浮び上がらせたからかもしれません。

 それで、これも意図したことではないのでしょうけれど、『GO 2』は、AサイドとBサイドに分かれてしまっています。ANDY-side と、BARRY-side です。アルバムのA面が、忙しなく動き回る甲虫、あるいは、絶え間ない衝突音を伴いながら断続した動きをする玩具を想起させる、パートリッジの面。B面が、霧の夜のような、底知れない恐怖感と、肌に粘り着く不快感を持った、アンドリューズの面、です。
 それぞれの面を、パートリッジもアンドリューズも、高い緊張感を持って、引立てていると思います。

 このアルバムで、訝しく思っていることが、私にはあります。「Andy paints Brian」という添え書きです。これは、このアルバムが、当初、Brian Eno に制作を委ねる計画だった為、パートリッジが、Eno への献辞として書いた歌に付けられています。その歌は、「Battery Brides」です。けれども、このミニマル歌謡は、Eno 的なのでしょうか。「Life is Good in the Greenhouse」の方が、Eno 的に、私は思うのですけれど。
 (英国の作曲家で、Brian といえば、Ferneyhough かも知れませんけれど…)


 A面とB面の違いは、発表当時は、レビューなどで言及されていたように覚えるのですが。あるいは、渋谷陽一 氏が、ラジオで言われていたのか知ら。

オペラ『Shadowtime

オペラ『Shadowtime』 on Amazon

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2007年02月06日

FIFTIES KITCHEN CURTAIN

 アルバム『Go 2』に付けられていたインナースリーブに掲載のパートリッジの詩「FIFTIES KITCHEN CURTAIN (of Mr and Mrs PARTRIDGE)」を訳してみました。

  50年代台所の帳 (パートリッジ夫妻の)

ほとんど、失われた破片の
緑、ほとんど、針金の影で
黒、竹の
衝立のような影、猟師たちが
パリジェンヌに襲いかかる通りのカフェで、これはご存知のこと、
鋼鉄皆、遮蔽板皆、
白毛布皆、ペチコートは
ある縮尺、百万の人間がすっかり見失われる
エッフェル塔の脚に比して、細工に
細工して。

 食卓は薄い、現代的外観、何もかも、ジャズ的
ジャズ的、椅子は胴着の線に
沿って造られている、パリのジャズ風、
パリ、緑と黒の食卓、鉄の
脚、葡萄酒絵標、竹と
ジャズは寒中で結び合う、凍えたジャズ
情、セーヌの中のパリ、網獲られた魚は
川中で死んでいる、針金の川
四波の波が通りの
カフェを休店させる、薄い壁、鉄筋の欠乏、
平たいスカート、山積したサングラス、
有り余る脚、鋭く指す椅子、
エフェルの尖々、一兆の分岐が交差する
鉄のジャズ、パリの罅は行き交う、止むこと
なく、緑または黒、針金の尖、
注がれる葡萄酒の練線、瓶の
絵標から…、幻の桟、書かれた針金、
リュ、セーヌ、テゥーア、ジャズ風キス、
カフェ前の歩道を飛ぶ風船、針金
魚は安全、安全。





 行替えは、原詩に倣いました。
 パリの印象、エッフェル塔と女性が重ねられているのでしょうか。
 セーヌ (Seine) は、セーヌ川と英動詞のseine 「網で魚を獲る」が掛けられているのかと。
 「La Touer」は地名でしょうか、touer は、仏動詞の「曳航する」ですが。


 原詩は、

 FIFTIES KITCHEN CURTAIN
   (of Mr and Mrs PARTRIDGE)

In all, a green with pieces
of missing,in all a black with
wire figures,figures like a bamboo
room divider.Hunters on a
Parisienne street cafe,you know,
all wrought iron all skirts all
white blankets where the petticoats
areI/n a billion blankly missing
Eiffel Tower legs,wrought in
wrought.
 Tables as thin as a con-
temporary look,all in all,jazzy
jazzy,chairs with figured vests
in wrought stripes,paris jazzy,
Paris green,black table,iron
legs,wine sketches,bamboo jazz
interlocking in cold, coldjazz
love,Paris in Seine fish are
dead in a midstream,wire river
four waves then halt as street
cafe,wall of thin,starved iron,
flat skirts,pile of sunglasses,
pile of legs,sharp pointed chair
Eiffel heads,trillion criss cross
iron jazz,Paris criss crossed non
stopped,green on red wire heads,
pour wrought wine out of sketch
bottles....Ghost rail,wire writing,
Rue,Seine,La Touer,jazz kissing,
balloon over pavement cafe,wire
fish are safe,safe.


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2007年02月02日

『Go 2』 の頃

 『Go 2』の頃の音楽と言うのは、どんなものがあったのか知ら、と、webで思い付くまま検索してみました。
 武満徹『鳥は星形の庭に降りる』77年。
 Luigi Nono は、転換の頃、『Fragmente - Stille, an Diotima』は80年。
 Steve Reich は、重要な作家だと位置づけられた頃、『Music for 18 Musicians』が、この頃。
 Helmut Lachenmann は、二本のギターのための『Salut fu¨r Caudwell』を発表。
 Terry Riley は、『Shri Camel』。
 Anthony Braxton は、George Lewis とのデュオを76年に発表しています。
 "Butch" Morris は、まだ、コンダクションをやってはなかった様ですが。


 この頃は、音楽の転換点の一つだったのかもしれません。
posted by ノエルかえる at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『Go 2』の衝撃

 XTCのアルバムで何が一番好きですか、と、尋ねられたならば、ビートルズでは、『Rubber Soul』ですねと答えます。XTC のどのアルバムも好きで、その程度には差はありませんから。答えられないのです。
 けれども、XTC のアルバムの中で、傑作はどれだと思いますか、と、尋ねられたら、『Go 2』『Mummer』『Nonsuch』を挙げます。中でも、『Go 2』は、その衝撃度の点で、他とは違うと思います。
 ポピュラー音楽、ロック音楽で、New Wave という言い方は、もうしないのでしょうけれど。80年代初頭では、よく聞かれたものでした。New Wave が、XTC の為に用意された言葉ではないことは明らかでしょう。XTC は、何故だか、常に、商業上の舞台からは離れていましたから。その上、すでに、Kraftwerk も、ULTRABOXも活動をしていたでしょうし。Ramones もTelevison も。
 でも、もしかしたら、New Wave とOld Wave を峻別してしまったのは、この『Go 2』なのではないか知ら、と思うのです。一旦ではありますけれど、Robert Fripp にKing Crimson を、また、Jimmy Page にLed Zeppelin を諦めさせたのは、このアルバムだったのかもしれないと。
 ポピュラー音楽では、常に、速い速度で流行が変わります。それに合わせて、人びとが求める歌手、演奏家の魅力も変化します。新しいカリスマが現れると、以前の者の魅力には、人びとは惹かれなくなります。『Go 2』の登場は、そのような流行の移り変わりとは、違うように感じます。
 音楽の対する軸を取り替えてしまった、という感があります。King Crimson やLed Zeppelin を聴くようには、XTC の『Go 2』を聴くことが出来ません。全く別の地平で鳴っている音なのです。まるで、鉱物の世界に入ったような。そこで見出される美しさは、他のポピュラー音楽のものとは、全く違っていました。
 『Go 2』から、数ヶ月遅れて、PIL が、『Public Image』を発表しました。この注目度の高いバンドの登場で、全く新しい音楽に対する感性は、周知されることになったのです。XTC の『Go 2』は、その祖型であったと思います。『White Music』では、まだ、その感性は現れ切ってはいませんでした。それに、XTC 自体、この軸での音楽からは、すぐに離れてしまうのですが。兎も角、『Go 2』は、全く異世界の音楽でした。

 蛇足:私は、日本の地方の小村の出身で大きなレコード店も知らずにいました。それで、たくさんのディスクが並んでいるのを見ずにいたからかもしれないのですが、後にヨーロッパの都市に住むことになって、驚いたことがあります。小さなCD店にも、Jah Wobble のコーナーがあるのです。XTC はもちろんありません。Sex Pistols のコーナーもないのですが。(もちろん、パリ市のような都会は違うでしょうが。) こんなに、音楽の嗜好に違いがあるものなのか、と驚いたのです。
posted by ノエルかえる at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

『Go 2』パズル

 『Go 2』のアートワークは、黒の紙に白いタイプ文字の文章が打たれたものです。題名が、囲碁からの連想ということで、白と黒なのかもしれません。パートリッジのモノトーンへの嗜好が、まだあったかと思われます。白紙に黒文字より、黒紙に白文字の方が、囲碁のイメジに近そうです。また、ツトムヤマシタのアルバム『Go 2』の題に倣ったとも言われています。ヤマシタの『Go』シリーズの『Go 2』の発表は1977年です。パートリッジは、あるいは、好んで聴いていたのかもしれません。このアルバムの発表当時、ヤマシタに発想を得たのなら、XTC というバンド名は、スティーブ・キューン(Steve Kuhn) のアルバム『ECSTASY』(74年)からなのか知ら、などと、私は思ったものです。(スクリャービン(Alexander Scriabin :Александр Николаевич Скрябин)『法悦の詩』ではないだろうとは思ったのですが)
 さて、アートワークは、裏面も同じ装丁です。黒紙に白タイプ文字です。文章の調子も同様です。裏面の文章は、レコードの情報が記してあります。ところが、曲名の辺りは、文章の一部が欠けています。まるで、印刷時に、他の紙が挟まって、そこだけ印刷されなかった具合です。私は、このLPを買った時には、ミスプリントだから、交換してもらおうと思ったくらいです。ですが、それは、ミスプリントではありませんでした。彼らの悪戯の一つ、パズルになっていたのです。欠けた部分は、インナースリーブの見開きの写真の左ページに斜めになって、印刷されています。日本版のLPでは、インナースリーブは、外側だけで、内側の見開き写真はありませんでした。スリーブの外側には、ムールディングの地図と、パートリッジの詩、アンドリューズ撮影の写真、チェンバースが蹴ったボードの写真が掲載されてました。
 長い間、当のパズルは、解けないままでした。日本でCD化された時にも、このパズルは、完成されませんでした。デジタルリマスターされて、紙ジャケットで発売された時に、やっと、完成されたのです。

 その部分は、以下のところです。
Many people think it helpful and
about the songs on the record in
1. Meccanik Dancing (Oh We Go!)
Paints Brian ) 3.Buzzcity Talki
Rhythm 6. Red 7. Beatown 8.Li
9. Jumping in Gomorrah 10. My
12. I am the Audience. You m
the record was produced and
assistant engineers Haydn Be
aiso, Andy Llewelyn and Jess
Roots photos were by Dave Eagle.
number on the insert for bureaucratic
 日本版以外は、早くから、パズルが完成されていたのか知ら。



Steve Kuhn webページ




ブーレーズ指揮『法悦の詩』 on Amazon.jp
posted by ノエルかえる at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Go 2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする