2013年08月26日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」6

 私たちが、『 25 O'clock 』をレコード会社に提出すると、会社は飛び上がって喜びました。『 English Settlement 』以来、三年振りに社内で好評を博したのでした。社員たちは、すぐにこの作品の虜になったのです。何と言っても、A&R 部門の社員のほとんどは、嘗てのヒッピーですからね。それで、1985年のエイプリルフールに発売したのです。WOW 1と言う独自のカタログ番号を付けて、ヴァージン社の発足当時のペン画のレーベル・マークを使ったレコードでした。ジャケットは、アンディが台所で張り合わせて作ったけばけばしいデザインで飾られました。ところで、私は、ユートピアが、ビートルズの各アルバムの収録曲と大体同じ曲数に作った、『 Deface the Music 』が好きだったのです。[ ビートルズのアルバムは、『 Sgt. Pepper 』まで、A面7曲B面7曲の14曲、『 Sgt. Pepper 』はA面7曲B面6曲。『 Deface the Music 』は、A面7曲B面6曲。 ] それで、レコードを一枚、トッド・ラングレンに送ったのです。同封の手紙には、元が見当付けられないバンドが幾つありますか?、と書いて置きました。返事はありませんでした。九ヶ月後、XTC の次のアルバムのプロデューサー候補として、彼の名前が挙がった時に、返事をもらったのですけれど。そのアルバムと言うのは、1986年にウッドストックのユートピア・スタジオで、バンドがレコーディングした『 Skylarking 』になるわけです。『 Skylarking 』は、カレッジ・ラジオで偶々「 Dear God 」がヒットしたお陰で、遂にアメリカのファンを得ることが出来て、XTC の運命を変えたのです。それにまた、『 Skylarking 』は、英国とアメリカで同時に起こりつつあった、いわゆる、「 Paisley Underground 」ムーブメントへの、表には出ないけれど重要な影響を与えるものとなったのです。


おわり


誤訳、疑問点をお示し頂けると助かります。
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2013年08月21日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」5

 コリンの「What in the World??」が裏面の開始です。アンディは、ベースを弾いて効果音を作っています。私は、ハモンド・オルガンを弾いています。それに、メロトロンと逆回転のストラトキャスター。ヴァース部分とコーラス部分の間を満たしているトムトムがとても気に入っています。それに、コリンの電子的に加工された声も好きです。この曲は、演出法に於いて、ビートルズの「Only Northern Song」からたくさんのヒントを得ています。そこから持ち出したものを「What in the World??」に投げ込んだのです。「Your Gold Dress」が次の曲ですね。この曲は、サイケデリックな愛への讃歌です。神を宿している状態の霊媒師のようにアンディが、Kinkadeのギターのおどろおどろしいリフを追っかけて、歌っています。ギターは、DS-1のファズ・ペダルを使っていました。私は、ドアーズのギタリスト、ロビー・クリーガーRobby Kriegerの「Hello, I love you. Won't you tell me your name?」の音色を真似ようとしてました。ホリーズHoliesの「Stop,Stop,Stop」を連想させまるアンディのラーガ的なギターのソロが、忘我するような朗唱に添えられます。それに、ぞくっとさせる(逆回転の)囁きも。曲は、ミドルエイトの部分で、調性をト長調から嬰ハ長調に転調します。ここでは、私がニッキー・ホプキンスNicky Hopkinsの手袋をはめているのが聴かれますよ。ローリング・ストーンズの「She's a Rainbow」からホプキンスのアイデアを盗んで来たのです。元の曲のスピードで、嬰ハ長調[シャープが七つ]の譜面を弾くのは、私には、とても難しかったのです。それで、ジョンは、録音機の速度を落として、音も半音下げてレコーディングしたのです。そうすることで、私は、白鍵盤でさっと弾けたのです。速度を元に戻して、コンプレッサーを使ったので、効果は倍に強化されました。
 「The Mole from Ministry」が、レコードを終える曲です。重たげに歩を進めるピアノ、フランジャーをかけられたヴォーカルにドラムズ、目一杯のメロトロン、それら一式が全て揃った、「ペッパー」時期のレノン・ビートル調に全てが染まった曲ですね。テープの同調、フランジャーのかけ方は、伝統的な方法に従いました。ジョンは、二台のレボックスRevox社の録音機と電圧コントローラーを使いました。それで、テープの速度を変えたのです。その他の効果音は、アンディの持って来たレコードから「飛来」したのです。レノン・ビートルの「I am the Walrus」の終結部と同様に「飛来」の仕方には規則性がないのです。あの日、レコードの最後に「間違ったフェードアウト」も入れて歌が編集されたのを、笑って許してくれた天上の権威者たちに、私は感謝しました。フェードアウトには、楽器や声が逆回転しながら再現されているのですけれど。そこに少し違反があるのです。私たちは、元々、『25 O'clock』を正真正銘の「失われていた」レコードとして創る計画で、XTCとの関係は秘密にして置く筈だったのです。ですが、私は、音楽上の手掛かりを残すことに決めて、「Life is Good in the Greenhouse」のテーマをアンディのジッピー・ツィターでフェードの部分に重ねたのです。「Mole」は、XTCが創ったレコードの中で私の特に好きなものの一つです。それに、全く何もないところから、たった二日間ですべてを完成させてしまったことが、今でも、不可解なのです。
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2013年08月16日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」4

 オープニングの「25 O'clock」については、ジョンにディビッド・ハッシンジャーDavid Hassinger の帽子を被るよう、私たちは頼んだのです。ハッシンジャーは、1965年から66年の間、ハリウッドのRCAスタジオで、ローリング・ストーンズのレコードを録音しているのですが、その時期に、やはり、RCAスタジオで録音したエレクトリック・プルーンズの方向性を全体的に踏襲しようと言うことなのです。当時のたくさんのレコードから直ぐにそれだと分かる、プレート・リヴァーブPlate reverb を使ったのです。[大きな金属板にスピーカーを繋げて反響を作る装置] 当時のエンジニアたちは、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドをサイケデリック化した様な自由放埒なその装置に何でもかでも放り込んだものなのです。楽器の部分は、ピンク・フロイドのリック・ライトがキーボードで参加している、エリック・バードンとアニマルズEric Burdon & Animalsの「Monterey」を想起させます。輪郭がぼんやりした音のギターは、Boss DS-1 を通した12弦リッケンバッカーで、フェンダーのスーパー・アンプで弾いています。トレモロやフィードバックを存分に使っています。背景のリバースは飛び回ります。歌の最高潮は、ピアノの弦を擦って出す不気味な音が、放り出されて暗い室内に消えて行く直前の、二小節のボレロにあるのです。
 次は、「Bike Ride to the Moon」ですね。回転速度を上げたコミカルな声の子供っぽい短い歌です。the Moveのエース・ケフォードAce Keffordがベースで、ほんのちょっぴりキース・ウェストKeith WestのTomorrowが混じっている、シド・バレットのピンク・フロイドですね。これらの声を半分の速度で録音するのは大変でした。笑いを私たちは堪えられなかったからです。アンディと私は、テレキャスターを弾いています。私は、予め決めてたわけでもなくこうすれば上手くいくと言うものもないまま、シドならこう弾いただろうなと思うソロを弾きました。スターメアーチャーSturmey Archer社[イギリスの自転車部品メーカー]の車軸を思わせる音を作るのには、手間はかかりませんでした。イアンの工具箱からソケットレンチを取り出して、それを使って録音したのです。「My Love Explodes」は、EPの表面の最後の曲ですね。この曲のオープニングのギターのリフは、ヤードバーズの「Over,Under,Sideways,Down」のジェフ・ベックへのオマージュなのです。ヴァース部分では、ごく早い頃のピンク・フロイドの特徴である半音で下がって行くコード進行を使っています。それから、展開部では、アンディがウェスト・コースト的なギターのフィンガー・ビブラートを巧く弾いています。私は、この曲では、ショートスケールのリッケンバッカー1996を弾いています。いろんな所で、ビブラート・アームやファズ・スライド、トレモロを使っています。ソロの後ろで、アンディは、ミニ・コルグで、テルミンに似た幽霊の様な効果音を創り出しています。最後の部分の、耳で聴く壮大な花火なのですが、あれは、ジョンがレコーディングより以前にニューヨークのラジオ局の視聴者参加番組から取って作った、冗談のテープから使ったのです。おそらくは、プロティヌスの幽霊ではないですね。聞いたところ、電話をかけている人は、冒涜的な芸をするthe FugsとTuli Kupferbergの様な印象を受けないですから。[1968年に発表されたサイケデリックのアルバム、the Fugsの『It Crawled into my Hand, Honest』に「Tuli, Visited by Ghost of Plotinus」と言う曲がある。Kupferbergは、1923年生まれ2010年没のカウンターカルチャーの詩人。]

Fugs, The - It Crawled Into My Hand, Honest (Vinyl, LP) at Discogs
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2013年08月06日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」3

 アンディとコリンは、軽い荷物だったのです。三挺のギターだけですから。アンディのスクアイア・テレキャスター。1982年製造の日本製です。それに、1973年のマーティンD35アコースティック。コリンのものは、1965年のフェンダー・プレシジョン・ベースです。アンプは持って行かなかったのです。ですから、ベースの録音は、直接にミキシング・デスクに繋いだのです。コリンは、ラウンド・ワウンド弦を使いました。そうすることで、本当に迫力のある音が得られたのです。音色の不足には、ブリッジに当たる弦の下にプラスチックの詰め物をして補ったのです。確か、アンディは、1982年製のSessionette75アンプを持って来ていました。それに、安っぽい、Boss のBE-5のエフェクトも。プラスティックの土台に付いたフット・スイッチでコンプレッションやディストレーション、ディレイ、エコーをコントロールするものでした。それに、「ジッピィー Zippy」と呼ぶツィターも持って来ていました。それから、幾つかの音響効果のレコード、ワールド・ミュージックのLPを一揃いもです。レコードのコレクションは、ヴァージン社のアル・クラークの事務所から取って来たものでした。そのレコードから、鐘の音、シタール、モンゴルの笛、その他あらゆる異国趣味の楽器の音のサンプルを取ったのです。それを「What in the World??」に使ったので、聴くことが出来ます。イアンは、最初の計画に忠実だったのです。弟は、1960年代初頭のラディックLudwingの古いスーパー・キットを持って来たのです。22インチのバスドラム。12インチと13インチのトムトム。16インチのフロア・トム。スネアは、ラディック400。それに、ジルジャンの古いシンバルでした。
 これらが、音源を創り出すために使う用具でした。ですけれど、本当によく響くレコードを創るためには、「耳」と天賦のエンジニアとしての技術を持つ、共同プロデューサーのジョン・レッキーが必要だったのです。最初の最初から、彼は、私たちが求めていた音を本能的に知っていたのです。ジョンが、XTCに出会って、最初の二枚のアルバムを1978年に製作する以前に、あの素晴らしいスタジオ・アビーロードで、1970年初頭に、レコードの下準備を作りながら、研修生として働いていて、ジョージ・ハリスン、シド・バレット、ピンク・フロイド、ウィングス、ロイ・ハーパー、ビ・バップ・デラックス、等々、たくさんの人たちのレコードのエンジニアやプロデュースをして来ていたのですから。私たちの直ぐに消えて無くなる幻の様な演奏を「本物のレコード」に変える、妖精の杖の一振りの呪文を正確に知っているのは、ジョン・レッキーただ一人なのです。
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2013年07月31日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」2

 最初の計画では、私たちが真似ようとしているバンドに当時利用可能でレコーディングに使っていた、オリジナルの装備だけを使おうとしていました。つまり、1969年以降に製造されたものは全く無し、と言うことなのです。ですけれど、それは出来なかったのです。レコーディングに必要なほどのヴィンテージの装置を私たちは持っていなかったのですから。私たちのメロトロン、M400でさえ、1970年にはまだ発売されてなかったのです。サンプリングのテープは、それより以前のマークUモデルを使っていましたけれど。私は、五挺のギターを、25オクロック・セッションに持って行きました。ニ挺の1964Rose-Morisリッケンバッカー(1996・Lennonモデルと、1993・12ストリングス・モデル [1996と1993は製造年ではないのでしょう。私は詳しく知らないのですが。])、すばらしい1966年製のフェンダー・ストラトキャスター、1982年製のテレ・スタイルのエレクトリック・ギター(これは、私が持っていたものの中で、最も、シド・バレットそれにジェフ・ベックのフェンダー・エクスワイヤーに近いものでした。)、それに、ブリストルにあるKinkade Brothers工房で特別注文で造って貰った大きなソリッド・ギターです。アンプは、1963年製のフェンダー・スーパー・コンボを持って行きました。二つの10インチのスピーカーが付いて、驢馬の様に元気なよく響くトレモロ・ユニットが付いているものです。床には、新しいBoss社のペダルを置きました。一つは、CS-2コンプレッション・サスティナーで、もう一つは、DS-1ディストーション・ユニットです。それは、それまで創られたものの中で最も有用なファズ・ボックスではないでしょうか。それから、運ぶのに慎重にしたのを覚えているのですが、私の大のお気に入りのスティール・スライドも持って行きました。 
 古いフォルクスワーゲン・パサートに押し込めた何よりも肝要なものは、新品のローランド・シンセサイザーでした。JX-3Pです。それに、PG-200のプログラムも付帯してです。『Big Express』のプロデューサーだった、デヴィッド・ロードがそれを持っていて、私たちは、アルバム『ビッグ・エクスプレス』でそれを使ったのです。私は、その時に、直ぐに自分用にそれを買いに行きました。たくさんの実用的なサンプリングもです。それで、まるで本物の安っぽい電気オルガンの様な音を造ることが出来たのです。それを、「25 O'clock」のソロで使いました。それから、私たちは自分たちのミニ・コルグ700Sシンセサイザーも使いました。それは、ドラムズアンドワイアーズ・セッションの時に購入したもので、まだ十分に使えたのです。テルミンに似た音を「My Love Explodes」と「What in the World??」で使いました。それに、豪華なハモンドB3オルガンとレスリー・スピーカーを、モット・ザ・フープルの元メンバーのヴァーデン・アレンさんから借りることが出来ました。アレンさんは、地方住まいだったのです。でも、それも、アレンさんが不意にスタジオに現れるまでのことでした。アレンさんは、突然にスタジオに遣って来て、私たちがマイクロフォンのコードをプリアンプを通してレスリー・スピーカーに繋げているのを見てしまったのです。私たちは、ヴォーカルの面白いエフェクトを得るためにそうしていたのでした。ですが、アレンさんは、その目に見える蛮行に立腹して、私たちはハモンド・オルガンとレスリー・スピーカーを使うべきではないと思われて、あっという間にそれを自分のバンに積み込んだのです。けれども、「What in the World??」」にオルガンを録音するには、十分な時間が私にはありました。


グレゴリーさんのギターコレクションから:
1964 Rickenbacker Model '1996'
http://www.guitargonauts.info/pick-13.html
64rick1996.jpg

1964 Rickenbacker '1993' 12-String
http://www.guitargonauts.info/pick-12.html
64rick1993.jpg

1982 Schecter Tele-Style
http://www.guitargonauts.info/pick-10.html
1982schecter.jpg

984 Kinkade Custom Built
http://www.guitargonauts.info/pick-14.html
84kinkade.jpg
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2013年07月23日

Gregory 「 How the sounds were found : part 1 」1

 APE 版『 25 O'clock 』に掲載のグレゴリーさんのノート「 Stratosgear 」

 計画は何もかもが驚く早さで遣って来たのです。でも、散発的なアイデアがいくつかあるだけで、企画書で説明出来る様な曲は、一曲もなかったのです。ところが、スタジオは既に見つけていたのです。その上、使用代金まで払ってあったのです。1985年にサイケデリックのEP? 勿論、私たちはただ巫山戯ていたのです。XTCには、決まったドラマーがいませんでした。当時、テレビの番組に出演する時には、私たちに随行して、ドラムズ・キットの後ろで叩く振りをしていたのは、私の弟のイアンでした。そのイアンが、喜んで、仕事を休んで計画に参加したのです。ヴァージン社は、私たちに5000ポンドを前払いしていましたから、順調にいけば、ヘレフォード近郊のレーン教会スタジオを二週間借りるのには、十分だったのです。そこで、翌朝にはスタジオに入ると言う時になって、実のところはアンディ作の四曲と本当はコリン作の一曲と共に、私たちは、スウィンドンの私の小さなリヴィング・ルームに集まって、一度だけ、リハーサルをしたのです。
 私たちには、ロード・クルーもいないし、ヴァンもありませんでした。XTCのレコードに使われる機材は、自分たちの車にどれだけが詰め込むことが出来るかにかかっていたのです。当時、私は、フォルクスワーゲンのハッチ・バックを持っていました。後部座席は折り畳めたので、そこに、メロトロンとアンプ、ギターを数挺、それに間に詰め込む小さな色々のものをを押し込むことが出来ました。コリンは、大きな、カナリアの様な黄色のローバーを運転して、アンディと自分のギターを運びました。アンディは運転出来ませんからね。イアンは、フォード・カプリを持っていて、自分のドラムズを運ぶのには十分でした。
 その時、メロトロンには、テープが一巻だけありました。三つの音が入っていたテープです。増音されたブラス、増音されたストリングス、男性コーラスです。広く使われているので、すぐに聞き分けられる様なものです。私たちは、『ママー』と『ビッグ・エクスプレス』で効果的にそれらを使っていました。ですけれど、私たちは、「ストロベリー・フィールド」のフルートの音と甘いチェロの音が欲しかったのです。メロトロンを創った工場は、その時、まだ操業していました。名称をStreetly Electronicsと変えていましたけれど。テープもまだ売っていました。それで、私たちは、フルートとチェロとヴァイオリンの音のテープを注文することが出来ました。ヴァージン社がその代金を支払うことになったのです。レーン教会で仕事をしている二日の内に、テープは用意ができたので、私が自動車で工場に取りに行きました。魔法の様な機械を創り出す構内に足を踏み入れるたこと、工場を観察したこと、テープの在庫を見たこと、それに何より、とてもノスタルジックな雰囲気と言うものは、私たちのレコーディングに、大きな印象を残すことになったのです。私は、工場長のレス・ブラッドリーさんに案内されました。そして、絶え間なく繰り返されるマントラの様なテープを手に入れたのです。サンプリングが現在のように進歩していても、メロトロンの様な音楽的な音は他にはないのです。基本的には精巧なテープ再生機なのですが、不気味な感じの音を創り出す他に類のない機械なのです。嘗ては最先端の機能で一世を風靡したものが、嗜好と流行の犠牲になって、数を減らして、埃っぽい倉庫と修理工場にあるだけなのを見るのは、少々悲しいですね。会社は、結局、1986年に倒産しました。
 スタジオに戻ると、アンディがグランドピアノで何かを弾いていました。新しい曲でした。私の居ない間に書き進めていて、ほとんど出来上がっていました。「The Mole from the Ministry」
と言う題でした。録音出来る時間は限られていましたから、私たちは、早くから、不文律を作っていたのです。「オーバーダブは、一回限り!」と言うものです。さて、新しい曲は、是非にも具現化されなければなりません。極めつけの曲に思えましたから。それに、新しいメロトロンのテープの試験に打ってつけでした。でも、そんな時間があるのか?と言う疑問もありました。でも、出来たのです。基本的なトラックはその晩のうちに完成しました。初めてフルートの音を聴いた時、私たちはほくそ笑まずにはいられませんでした。フルートの音は、チェロとヴァイオリンの音と一緒になり、曲の中でたっぷりと聴こえたのです。この曲は、『25 O'clock』のEPの礎石になると思ったのです。
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2012年04月22日

Chapel Lane Studio

 『 25 O'clock 』を制作した Chapel Lane Studio 。
ストリート・ヴューで見てみましたけど、普通の家屋の様なのですが、

スクリーンショット 2012-04-22 13.36.43.png


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2010年08月08日

Bike Ride to the Moon 訳

 Sir John Johns の「 Bike Ride to the Moon 」。

そのまま読んだだけです。

 月の塵に、雨を止めると言う神話かなにかあるのか知ら??
 the man in the moon は、月の姿が人間の顔に見えるので。

拙訳です:


さあ、押し出してお呉れ!
楽しい自転車の月旅行に出発だ。
だれが何処から出発してもいいんだよ!
楽しい自転車月旅行にはね。

ぼくらふたりは、ジェーンおばちゃんに月チーズを持って帰ろう。
それから、アルフレッドおいちゃんには、魔法の月のチリ。
それで、可哀想なおいちゃんの頭に降る雨を止めるんだ。
おいちゃん寝てるかもしれないけど ( おいちゃんたら、仕方ないなぁ )

ポット一杯のお茶を持って行っていけないなんて、そんなことはないよ。
楽しい自転車月旅行なのにさ、お茶はいるよね。
ぼくたちふたりには、エンジェルフォードケーキもいるよね。
楽しい自転車月旅行なんだからさ。

テントも持っていこう、だって夜は寒いからね。
寝袋は二人で使ってもいいよ、そうしてもいいかなぁ?
それでさ、空想の月面男からきみを守る
ゆかいな仲間にぼくはなるんだ。( ぼくがどんな人間か、見ておいてよ! )

月へ向かってまっしぐらさ、振りかえるなんて出来ないよ。
楽しい自転車月旅行がはじまったらね。
何か積み忘れたものあるかな?
楽しい自転車月旅行にいるもので?

ぼくらの自転車、クロームメッキなんだけど、星々と同じで瞬いている。
ところが、とつぜん、思いだした。忘れたものがある。
もう、ちっとだって上に行けなくなった。
だって、尖ったスプートニクがタイヤをペチャンコにしたんだもん。
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2009年08月12日

EP

 『25 O'Clock』は、EP盤 だったのですね。私は、もうレコードプレイヤーを使わないので、忘れていましたけれど、30 センチなのに、45回転で、戸惑ったことを思い出しました。
 パートリッジは、インタビューで、60年代中期の、サイケデリックのシングルレコードが好きだった、と言っています。アルバムではなしに。特定のバンドというのでもなく、数あるシングルレコードが、パートリッジの魅力の的だったようです。
 玩具好きのパートリッジ、サイケデリックのシングルレコードも、同じような魅力を感じていたのか知ら。




 それから、記録を見ると、『25 O'Clock』『Psonic Psunspot』は、日本での発売はなかったのですけれど、韓国では発売されたようです。韓国では、XTC の発売はないのですけれど。Yeh Eum と言う出版社のようです。(この出版社、姜泰煥のレコードも出版していますけれど。『Korean Free Music』:この録音、日本のサントリーホールなどでも行われていて、チェ・ソン・べ、キム・デー・ファンとのトリオはいつものですが、高田みどりとのデュオや、エヴァン・パーカーとのデュオも。)
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2009年08月05日

Nailsea Court

 新しく再版された『25 O'Clock』。嬉しいのは、ビデオが付いていたことです。
そのビデオ、「The Mole from the Ministry」の撮影が行われた、Nailsea Courtを探してみました。Somerset 州にあります。

 800年の歴史があります。今は、五つに分割されて個人の所有になっているようです。

ホームページ:
Nailsea Court - Home Page

google map:


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ウィキペディア:
Nailsea Court - Wikipedia, the free encyclopedia
posted by ノエルかえる at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 25 O'Clock | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする