2017年06月21日

『 Der Sommer 』Caspar David Friedrich

 「 Grass 」「 The Meeting Place 」を思わせる、あるいは、もっと、『 Skylarking 』を思わせる、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの1807年の作品『夏』。縦71.4センチ、横103.6センチ。Neue Pinakothek ノイエ・ピナコテーク所蔵。 

森の高い樹の下で、若い男女が抱き合っている、樹の枝には一対の白い鳩。 

Caspar David Friedrich - Der Sommer (Landschaft mit Liebespaar) Wikipedia  


posted by ノエルかえる at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

Good Christ! He’s a bloody ruffian

 ジョイスの『ユリシーズ』、エピソード12 Cyclops の初め頃に、アンディ・パートリッジ / XTC の「 Dear God 」を思わせる箇所が。 
 それに、respectable も。 

       − Good Christ! says he. I could have sworn it was him.
       And says Bob Doran, with the hat on the back of his poll, lowest blackguard
in Dublin when he’s under the influence :
       − Who said Christ is good?
       − I beg your parsnips, says Alf.
       − Is that a good Christ, says Bob Doran, to take away poor little Willy
Dignam?
       − Ah, well, says Alf, trying to pass it off. He’s over all his troubles.
       But Bob Doran shouts out of him.
       − He’s a bloody ruffian I say, to take away poor little Willy Dignam.
       Terry came down and tipped him the wink to keep quiet, that they didn’t
want that kind of talk in a respectable licensed premises. And Bob Doran starts
doing the weeps about Paddy Dignam, true as you’re there.



 「公正なキリスト様! 誓ってもいいぞ、あいつだった。」彼は言った。 
 すると、酔うとダブリン一の破落戸になる、ボブ・ドーランは、帽子をうなじに落としてこう言った。 
 「だれが、こうせいなキリストさまって、言った?」 
 「にんじん、かんにんな。」とアルフ。 
 ボブ・ドーランたらば「こうせいなキリストさまだぞ、ウィリー・ディグナムちゃんをつれてったのは。」 
 アルフは受け流そうとして、「ああ、まあ、あいつは面倒を片づけたわけだ。」と言う。 
 ボブ・ドーラン喚き出す。 
 「キリストったら、ほんまもんのあくとうだ、って言ってんだ。ウィリー・ディグナムちゃんをつれてったんだ。」 
 テリーが降りて来た。ボブにウィンクを呉れて、黙る様に合図した。許可証のあるちゃんとした店で、そんな話しはして欲しくないの。ボブ・ドーランは、アイルランド男ディグナムを思って泣き出した、本当の話し。
posted by ノエルかえる at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」5

ベルナール「では、最後の質問です。ラングレン氏のこの歌に於いての役割は何だったのですか?」
パートリッジ「第一ヴァースを子供に歌わせると言うのは、彼の提案だったと思います。レコーディング以前に、私は、このタイトルは、子供が書いた神様への手紙に発送を得たのだ、と明かしていたのです。そうしたら、彼は、「第一ヴァースを子供に歌わせない理由があるのか?」と言ったのです。それで、それは面白いな、と思ったのです。当初は、子供の声で歌い始めて、それをフェイドアウトさせて、私の声に変えて行く、と言う案で話し合っていたのです。最終的には、第一ヴァース全部を、あの女の子に歌わせることにしたのです。 
 トッドが知っていた唯一の子供が、あの少女、ジャスミン・ヴィレット Jasmine Veillette だったのです。音楽一家の子供で、ウッドストック地区で、何小節かのちょっとした歌を歌ったことがあったのです。トッドは、「たった九つなんだ。」と言っていました、あるいは、年齢は違っていたかもしれません、そして続けてこう言いました。「この子は、私はよく知っている。けれど、自分を見詰めている三人の見も知らないイギリス人がいたら、貝の様に口を噤んでしまうからね。録音をしている午後の間、君らは何所かに居なくなって呉れ。」 それで、私たちはそうしました。」
ベルナール「それはそうですね。そうした方が、その女の子はより良い歌唱をしたでしょうから。」
パートリッジ「こっそり、彼女には私たちが見えない所から、覗いたのだったと、思うのですけれど。でも、私たちは、彼女が帰るのを待ったのです。それから、スタジオに入って、録音を聴いたのです。完成させるのに、何テイクを録ったのかは知りません。でも、彼女は素晴らしい仕事をしました。多くの人は、あの部分は、少年が歌っていると思っているのです。ビデオでは、もじもじした感じの少年が演じていますからね。でも違うのです、幼い少女なのです。」   


おわり  

誤訳、疑問点がありましたら、ご指摘下さい、助かります。  

ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」1: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」2: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」3: ノエルかえる不恵留 
ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」4: ノエルかえる不恵留
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」4

ベルナール「アルバムのレコーディングについて話して下さい。モールディングさんは、フレット・レスを弾いているのですか?」
パートリッジ「そうですねえ、ニューポートだと思いますよ。ニューポートに弱音器を着けると、アップライトのアコースティック・ベースとフレット・レスのエレクトリック・ベースの中間の様な音が出るのです。音に、唸りも瘤もたくさんあるでしょう。」
ベルナール「グレゴリーさんはエレクトリック・ギターですよね? 貴方は、ほとんど、アコースティック・ギターを担当しているのだと、私は思うのですが。」
パートリッジ「デイブは、典型的なグレゴリー・アルペジオをしてますね。私は、アコースティック・ギターです。それから、プレイリーは、ドラムズをビシビシ言わせてます。」
ベルナール「ええ。プリンスさんは、最初の部分で、スネアを使って、とても興味深い小技を見せています。ヴァース部分ですが、すべての三拍目に、スティックの反発を使っているのです。[ ロール ] ちょっと、軍隊式の感じが出てます。」
パートリッジ「ええ、続いているロールの感じですね。」
ベルナール「この歌について、プリンスさんに説明した時に、貴方がどういう雰囲気を望んでいるのか、お話しになったのですか? それに、どういう用語で説明されたのでしょう?」
パートリッジ「あれはですね、そうですね、、 活き活きとしたものではないのですね。ドラムズは、ずっと、頭を垂れているんです。ただ、ロールをしてるんです、ロールだけなんです。まったく耳障りにならない、頭に響かない音なんです。普段は、私は、ドラムがリズム・ギターと呼応するのが好きなんです。それに、ドラムとベースが呼応するのも。ヴォーカルだって、ドラムと会話する様なのが好きなのです。でも、この歌は違うのです。ドラムズが、歌には顧慮をしないで、ただずっと、パタパタ鳴っているだけにしたかったのです。プレイリーはとても上手くやっていますよね。私たちの歌のいつもの様なドラムズは要らなかったのです。普段のドラムズではなかったのです。ドラムズは、とてもひっそりした感じに演奏させたのです、「起こさないで下さい」と言う感じのリズムなのです。」
posted by ノエルかえる at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」3

ベルナール「それから、もう一つ皮肉なことがあります。この歌が、その時点で、それまで貴方たちが発表して来たどの歌よりも、貴方たちを有名にしたと言うことです。それが事実なのです。そのことは、この歌のパラドックスに何よりも合っていることだと思います。」
パートリッジ「そうですねえ。最初は、シングルのB面だったのですよ。それから、アルバムに加えられて。それはつまり、「 Mermaid Smiled 」を犠牲にしなければならなかった、と言うことなのですけれど。」
ベルナール「あれは酷いです。素晴らしい歌ですから。でもですね、同時に、貴方が、モールディングさんの歌ではなくて、貴方ご自身の歌をアルバムから外した理由については、私も分かる様な気がしますよ。貴方たちは、微妙な状態にあったのですよね。サンフランシスコでのセッションの間に、バンドは、ほとんど崩壊していたのですよね、そうではないのですか?」
パートリッジ「ええ、ええ。剣呑な雰囲気でした。セニョール・ラングレンと仕事をしていると、段々、難しい状態になって行ったのです。スタジオで、私たちが喧嘩したのは、初めてのことでした。何かこれということがあったのでもないのにですよ! アルバムを作り終えて、それでもまだバンドであったのです。普通有り得ないことですよね、そうであるのが信じられない程でした。」
ベルナール「それで結局は、この歌が「救済」になったのですよね。「 Dear God 」は貴方の救済者なのですよね。」
パートリッジ「人々を驚かせましたからね。ラジオ局もひどいですよね。この歌を放送すれば、社会のある人たちを苛立たせると踏んだのですよ、だから、放送で流したのです。ある意味、ラジオ局と抗議して来た人たちは共謀していたのです。最初はB面だったのです。そして離陸して…。そうして、アルバムに加わって。一方で、「 Mermaid Smiled 」が返す刀で切り落とされたのです。( 笑う ) 人魚さんのぴかぴかの貝掘り熊手とバケツに落ちて行ったのですね。」
ベルナール「でも、リイシュー版では、何とか戻せたのですね。」
パートリッジ「全部を入れられたのは、良かったです。でも、ビニール盤の片面を重くしてしまいましたね。」
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」2

ベルナール「( プロデューサーの ) トッド・ラングレンさんは、この曲を、本来のアルバムの曲順の中に入れていたのですか?」
パートリッジ「ええ、私はそうだったと思いますよ。」
ベルナール「それは、どの箇所なのでしょう? 今置かれている所ですか? [ アメリカ版に入れられた位置。 ]」
パートリッジ「大体、そうだと思いますよ。」
ベルナール「デモ・テイクについて話して下さい。ずっと作り込まれ仕上げられたデモ・テープの一つですよね。私は、あの時期のデモ・テイクを聴いたことがあるのですが。」
パートリッジ「ええ。いくつかの違った形式で色々と試してみたのです。最初のものは、スキッフルの様なものでした。速くて、アコースティックで、ガチャガチャ言って、二倍の速さでしたね、でも上手くいかなかったのです。それで、「 Rocky Raccoon 」のスピードにしてみたのです。( 笑う ) 同じキーだと思いますよ。実際、Aマイナーですから。まあ、ずっと穏やかな速さで試してみたのです。すると、ずっと荘重になりましたよ。バンドの他のメンバーは、それがとても気に入りましたね。それで、トッド・ラングレンに聴かせる為に、まだちゃんとデモにしていなかった曲が何曲かあったので、ある日、デイブの家に集まって、デモ・テイクを作ったのです。「 Summer's Cauldron 」もその中に含まれていたと思います。」
ベルナール「今伺った時に、私が前提にしていたのは、『 Coat of Many Cupboards 』に入っていたものです。なんて完成された音に聴こえるのだろう、と、私は驚いたのです。」
パートリッジ「ああ、あれが、デイブの自宅のリビングに皆んな集まって4トラックのテープレコーダーに録音したものですよ。その時、私がこう言ったのを覚えていますよ。「いいね。ここにストリングスを入れたらどうだろう。ガーシュイン風のブルースっぽい、「 Summertime 」の感じにしたら良いんじゃないかなあ。」 私はいつも思うのですよ。ストリングスと言うのは、ブルーノートスケールの全音を使って、スライド奏法を使うと、曲にちょっと魔的な色調を与えますよね。私は、この歌のミドル部分には、少し暗い印象を出したかったのです。それで、ストリングスは絶好のアレンジだと考えたのです。それに、アコースティック・ギターと、とても上手く調和するとも考えたのです。」
ベルナール「成る程。こうした音楽の形式の混淆は、もちろん、歌がその内面に抱えているパラドックスの感じを増加させますね。歌詞そのものに内包されている逆説ですけれど。」
パートリッジ「そうですね。逆説ですね。まだこう言っている聴き手もいるのです。「神の存在を信じてないならば、どうして、彼は、神宛ての手紙を出すんだ?」 ( 早口で ) それが逆説なのですよね。まったく、付いて来て欲しいですよね。目覚めよ! 構想はですね、こうなのです。自分がそこには居ないと信じていない者たちに話し掛ける。そして、そこに居るのならば、すべての厄介ごとの原因になっているのはその者たちなのだから、何故そうなのかと問う。だが同時に、その者たちはそこには居ないと言うことを知っている。これが、構想のすべてなのですよ。 
 ( 話しを止める。溜息を吐く。 ) それで、もう、全文憎しみに満ちた手紙を受け取りました。それに、たくさんの冊子も。それらは、全部が、アメリカから送られて来たものです。まあ、そのどれも、敵意のある手紙でした。イギリスからはまったく来ません。誰かが、一冊の本を送っていました。そのタイトルは素晴らしいものでした。ですから、まだ、その本を持っていますよ。『 You Can Live Foever in Paradise on Earth 』[ You can live forever in paradise on earth. (書籍, 1982) [WorldCat.org] エホバの証人の出版社 ]という本です。私は、「へえ」と思いましたね。 
 まあ、そういった嫌がらせの手紙、フロリダのラジオ局への爆弾を仕掛けると言う脅迫、それで起こる騒動、そういった事の何もかもが、実は中世世界なのだ、と気付かせました。( 言い淀む ) 本当に残念ですよ。自分たちの信心と反対になる意見を表明する者がいたら、あるいは、自分たちの信心に違う考えを取り入れようとする者がいたら、ひどく錯乱する人がいるのですねえ。それは、そもそも、そういった人たちをそんなに暴力的にさせるものなのでしょうか?」
ベルナール「国に住むあらゆる人は、言論の自由が…、」
パートリッジ「いいえ。言論の自由等ありませんよ。宣伝文句に過ぎません。そうですね、「わたし、それ、大好き!」とかですね。他の広告ソングだと、( 甘ったるいメロディで歌う )「アメリカに住みにお出でよ、げんろんのじゆうがあるよ。」 まあね。細かい所は置いておいても、事実は事実です。白いアメリカと言うのは、イングランドに住むことが出来なくなった、頭のおかしい根本主義者が始めたのですよ。それでどうなったと思います? 彼等はアメリカに着くと、原住民たちを苦しめ始めたのです。」
ベルナール「それはちょっと違います。…、合衆国では、常に、合理性と宗教との間でせめぎ合いがあるのです。私たちは、建国の父達には、啓蒙性を認めています。建国の父達は、全体的には尊敬されているのです。ところがですね、建国の父達を尊敬していると言っている、その当の本人たちの中には、建国の父達の成した事全部を無視する様な行動をする者たちがいるのです。」
パートリッジ「その人たちは、建国の父を自分たちの肉林に交換したのに違いないですよ。自分たちの臓腑を七面鳥の肉汁池に換えたのですよ。[ 原文では、gravy と言う語を使っているので、酒池肉林をちょっと変えて使いました。 ] パパ・ブッシュのした事ですね。 
 イングランドではですね、ウースワース[ チェーン経営の大型スーパー・マーケット、「 Meccanik Dance 」に登場。 ]の、何店舗かでですけれどね、釘が手を突き抜けて十字架に刺さっているジャケットのシングルは、販売禁止にされました。人々を不快にさせたくなかったのですね。ウースワースの経営陣は、全員が、この件では、信心ぶってましたね。」
posted by ノエルかえる at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

ベルナール、パートリッジ対談「 Dear God 」1

 アンディ・パートリッジとトッド・ベルナール Todd Bernhardt さんの対談、「 Dear God 」について。
 2006年11月26日にMySpace に公開のもの。MySpace にはもうありません。今は、チョークヒルのアーカイブにあります。  

Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "Dear God"  

書籍『 Complicated Game 』に採られているものとは違います。書籍『 Complicated Game 』のものは、2015年1月11日に、再度インタビューが行われて、補強されています。 
 この2006年11月のインタビューは、初めの頃のもので、短めです。   




ベルナール「さて、これからの一ヶ月では、ビッグ・ヒットの各曲について伺いたいと思います。まず、最初には、おそらく最大のヒットであり、貴方を有名にした曲、貴方をとても広範囲な聴衆に紹介した曲、「 Dear God 」について話して下さい。」
パートリッジ「まあまあ、ちゃんとした見晴らしを得られるには、何所から始めたら好いでしょう? 何所に跪いたら好いでしょう? ( 笑う ) 聖餐のワインを飲ませて下さいよ。そうしたら、何でも話しましょう。」
ベルナール「( 笑い転げる ) んんんん、この発泡スチロールの聖餅は如何です、…、」
パートリッジ「いいね。おいしい発泡スチロールの聖餅を二三枚下さい。いいね。これがキリストの身体ならね。でも、彼奴は実は発泡スチロールで出来ている、と、貴方は思っているのですか?」
ベルナール「( 笑い転げる ) そうでしょう、だから、あの方は、軽々と、天上に昇れるのですよ。」
パートリッジ「君の言う通り。彼はとっても軽いんだよね。吹き上げられるんだね、あそこに。」
ベルナール「はい。では。「 Dear God 」は、何故、オリジナルのアルバムには入っていないのですか?」
パートリッジ「オリジナルのアルバムに入っていないのは、率直に言いますと、私が失敗作だと考えていたからです。主題が漠然とし過ぎるのです。人間がする信仰と言うものが、まずあって。それから、人間が自ら成すことに確信を持つ必要と言うのがあって。すると、たくさんの層のことが関係して来るのですから。宗教の様々な深度の階層がありますよね。それに、信念とか、その他似たような色々なことです。全人類に向けて、こうした宏大な問題について演説をするのには失敗したと思うのです。それから、もうひとつ、私個人にとっては、深刻な問題があったのです。長い年月の間、今でもです、神と人間と言う問題で、私は悩んでいるのです。そうですね、子供の時からですよ。私が宗教について考えると言うことが出来るまでに成長したのは、7歳か8歳のときだっと思います。夏の日でした。一片の雲を見たのです。ルネサンス期の絵画の様でした。臣下の天使たちに取り囲まれた神が軽蔑する様に私を見下ろしている、と言う風に見えたのです。」
ベルナール「成る程。多くの人が、貴方と同じような幻視を見るものですよ。それが、人々を宗教的にするのでしょうね。でも、貴方は、何故、別の側面から考える様になったのですか?」
パートリッジ「そうした幻視を見ると、その地で礼拝堂の建設に着手するのでしょうね。私はですね、ペンヒルのラットン小路 [ Latton Close Street map of Latton Close in Penhill, Swindon (B), United Kingdom ] に、誰かが礼拝所を設置しようとするなんて、考えられないですね。( 笑う ) 海の向こうのアメリカ合衆国では、そういうのを「事業」と呼ぶのでしょうね。子供の私は、ラットン小路40番の前の小さな無用の空き地に立っていたのですよ。ラットン小路に住んでいましたからね。そこに、どうしたって、礼拝所が建つなんて考えられないですね。あの地区に住んでいた悪童たちは、礼拝所が正式に開所される前に、荒らしてしまうでしょうからね。( 笑う ) 
 まあまあ、それは置いておいて。普通は、ある人がそう言う幻視を見ると、人々は、そこに浄化を感じて、その人を讃えて、そこに修道院か女子修道院を建てることにするのでしょうね。そして、その人は、聖人に列せられる訳です。彼は、宗教家そのものになってしまう。私の場合はですね、違うのです。私は、宗教と罪と言う概念、それからその他の同様のものにひどく傷付いてしまったのです。まだ子供だったのですけれどね、そうしたものが、疫病の様に私を苦しめたのです。「 Dear God 」と言う歌は、そうした状況を受け容れようと、私が努力していることを歌ったのではないでしょうか。なのですが、当時の私は、『 Dear God 』と言う本が、上手く注意を惹き付けるお手軽な構想だなと思ったのです。私はそのタイトルが気に入りました。ご存知ですか、神様当ての子供の手紙集なのです。[ 『 Children's letters to God 』Children's letters to God (書籍, 1978) [WorldCat.org] だと思いますが、題名が違うので。『 Dear God 』と言う本が1983年にイギリスで出版されているけれど、詳細が分かりません。Dear God. (書籍, 1983) [WorldCat.org] ] 私は、神様宛てに手紙を書いて、私が神が存在しているとは信じてない、ということは本当だと打ち明ける、と言う構想が面白いと思ったのです。それで、天使が押した判子がその手紙に押されて返却されるといいな、と思ったのです。「差出人に返却」と言う判子ですよ。炎の文字で書かれているのですよ!!」
ベルナール「( 笑い転げる ) 「宛先不明」ですね。」
パートリッジ「( 笑う ) 「宛先不明」、「地獄へ転送」です。 でも、私は上手くは行かなかった、と思ったのです。天道( justice )と言う命題を扱うには、三分半以上は掛かるものだろうと、今では思っています。それでです、「 Dear God」を録音する直前に、もう一曲、私は考えついた曲があったのです。それは、「 Another Satellite 」でした。私は、この方がずっと面白いと思ったのです。「 Another Satellite 」は個人的なものだから面白いのです。多くの個人的な事を隠すか、外見を変えると言う傾向が私にはありますけれど。それに、アレンジメントの所為で、興味深いものになっていたのです。新鮮でもありました。そうでしょう? 
 それに、ヴァージン社も「 Dear God 」には全く好感はなかったのだろうと、今も私は思っています。その時の私たちの窓口は、ジェレミー・ラッセルだったのですけれどね。彼は、王位継承か何かそう言うものの、第11番目だったのですけれどね。「 Dear God 」には少々懐疑的の様でした。」
ベルナール「彼は、心配していたと思うのですか?」
パートリッジ「たぶんそうです。何かの理由があったのでしょうね。こう言いましたよ。( 口先の上手いレコード会社の上級役員の声を真似て、 ) 「さて、さて、さて。「 Another Satellite 」で行った方が好いだろうねえ。「 Dear God 」ではなくてね。」 彼個人の理由もあったのですよ。もしかすると、「 Dear God 」に「可」と言うと、王位継承の階段のずっと下に落としてしまうと考えたのかもしれませんね。」
posted by ノエルかえる at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月02日

 このところ、ずっと、『 Skylarking / Steven Wilson Version 』を聴いている。サラウンド版。毎回、CDのミックスには疑問を感じるのだけれど。サラウンド版は、好い。 
 それで、これまでのサラウンド版の中でも、『 Skylarking 』は、特に好い。声が真ん中に「ある」から。「人の声」が、しっかりと、でも、柔かく、世界の中心に「ある」と言う感じ。「人の声」が「ある」と言うのは、ある領域を占めているのだけれど、つまり、輪郭を持って、そこに閉じているのだけれど、その輪郭は、しっかりと分かる程なのだけれど、無機質な硬い線ではなくて、内からも外からも透過し合えるような帯状の空域で、それが人の形を囲んでいる。だから、とても心地がいい。 
 この様に聞こえるのは、トッド・ラングレンの功績なのだと思う。中音域を重視した彼の音像の作り方なのだと。ラングレンに深く感謝。でも、それも、極性を反対にしていたのでは、分からなかったのだろうけど、
posted by ノエルかえる at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

Under der linden

 コリン・モールディング / XTC の「 Grass 」の遠い遠い祖先の一つだと思われる、Walther von der Vogelweide ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデの「 Under der linden / 菩提樹の下で 」。ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデは、12世紀( 生年1170年頃、没年1230年頃 )の吟遊詩人 (?)。詩は、中高ドイツ語で書かれている。 

 その第一節を、
( 中高ドイツ語は、私は分からないのだけれど、だいたいこんな意味かな、と言う感じ ) 
元にしたのは、Wikipedia。 
Under der linden - Wikipedia   

Under der linden
an der heide,
dâ unser zweier bette was,
dâ muget ir vinden
schône beide
gebrochen bluomen unde gras.
vor dem walde in einem tal,
tandaradei,
schône sanc diu nahtegal.   



菩提樹の下、 
茂みの上、 
ぼくたち二人の寝床があった、 
そこから見えるのは、 
どちらも美しい 
折れた花と草。 
谷間の森で、 
タンダラディ、 
甘く歌うのは、ナイチンゲール。  


「 Grass 」もだけれど、『 Skylarking 』のジャケットのアートワークも思い起こさせる。  


YouTube に、Augsburg Early Music Ensemble の演奏が投稿されてるけど、 
https://www.youtube.com/watch?v=7I0yQ9T8nNI
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月24日

Dying / Rocky Raccoon

 きのうも、『スカイラーキング』( Ape版 CD ) を聴いた。 

 「 Rocky Raccoon 」を聴いてて、この和声/ 調性、何か思い出させるのだけれど、と思っていたけれど、コリン・ムールディングの「 Dying 」だった。下敷きにしているかどうかは知らない。 

 それから、『ユリシーズ』、episode10「 Wandering Rocks 」の次のところを読んでいても、「 Dying 」を思い出した。 

Stephen Dedalus watched through the webbed window the lapidary's fingers prove a timedulled chain. Dust webbed the window and the showtrays. Dust darkened the toiling fingers with their vulture nails. Dust slept on dull coils of bronze and silver, lozenges of cinnabar, on rubies, leprous and winedark stones.
Born all in the dark wormy earth, cold specks of fire, evil, lights shining in the darkness. Where fallen archangels flung the stars of their brows. Muddy swinesnouts, hands, root and root, gripe and wrest them.
She dances in a foul gloom where gum bums with garlic. A sailorman, rustbearded, sips from a beaker rum and eyes her. A long and seafed silent rut. She dances, capers, wagging her sowish haunches and her hips, on her gross belly flapping a ruby egg.
Old Russell with a smeared shammy rag burnished again his gem, turned it and held it at the point of his Moses' beard. Grandfather ape gloating on a stolen hoard.   


 スティーブン・ディーダラスは、蜘蛛の巣が貼付いた窓から、宝石職人の指が時を経て光沢を失った鎖を矯めつ眇めつするのを観察した。窓も陳列盆も埃を搦めた蜘蛛の巣で覆われている。猛禽の様な貪欲な爪にも埃が着いて黒ずんでいる、それが、こそこそ動いている。埃が、くすんだ青銅のコイン、銀のコインの上で眠っている。辰砂の紋章の上で眠っている。暗い葡萄酒色の鱗片に覆われた宝石やルビーの上でも、埃が眠っている。 

 その宝石たちは、みな、暗くて蛆だらけの地中で生まれたのだ。暗闇で輝いていたのだ。炎の冷たい欠片。邪悪だ。大天使が墜落した時に、その眉から振り落とされた星なのだ。泥だらけの猪の鼻が、肢が、掘って掘って、掴んで、取ったのだ。 

 鼻先も見えない暗闇で彼女は踊っている。そこでは、ゴムが大蒜と一緒に燃やされている。赤褐色の髭を生やした一人の船乗りらしい男が、大杯からラムを啜り、彼女を見ている。海が養った長い静かな欲情。彼女は踊る、跳ねる、でかい雌豚の様な腰と尻を振る、でっぷりした腹の上で卵形ルビーがぴょこぴょこ動く。 

 ラッセル老人は、また、油で汚れたぼろぼろの鞣し革で宝石を磨く。回して見て、自分のモーゼ風の髭の先に持って行く。盗品倉庫でほくそ笑む爺ちゃん猿だ。  
posted by ノエルかえる at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

Sounds of Moon in the Sky

 きのうは、Pink Floyd『 Dark side of the Moon 』、XTC『 Skylarking ( 2010 ) 』、Marion Brown『 Afternoon of a Georgia Faun 』、the Beach Boys『 Pet Sounds 』を聴いた。 

 『 Dark side of the Moon 』を聴いていると、『 Skylarking 』は、その構造が『 Dark side of the Moon 』によく似ているのに気が付く。詳細に突き合わせてみてと言うのではないけれど。そして、その『 Dark side of the Moon 』の構造は、『 Pet Sounds 』に似ている様に思える。アルバムを一体の作品として創り上げようとすると、必然的にこうなる、と言うわけではないと思う。何だろう、、、
posted by ノエルかえる at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月24日

Come Into The Woods

 きのうも、『スカイラーキング』を聴いた。年月が経つほどに、コリン・ムールディングの歌は輝きを増すのだけれど、「 Big Day 」もそう。一層に惹き付けられてしまう。この歌は、後の「 Bungalow 」に発展するのだなあ、と思ってみたりもする。そういえば、題の語感も似ている。それに、強い印象があるのは、田舎びたアコーディオンの音なのだけれど、それが、「 Bungalow 」では、やはり田舎的な海辺の社交場の電気オルガンに変わるのだな、と思ってしまう。でも、オルガンと言えば、『スカイラーキング』では、パートリッジの「 Season Cycle 」。オルガンは、パートリッジの夏のイメージと言うことだけれど、ムールディングのそれ以前の歌「 In Loving Memoriy of a Name 」も思い出させる。やはり、繋がっているのだろうか。 


 それから、スウィンドン・ヴューポイントのweb ページに載せられていた、「 To Seek Beauty 」を見る。1950年代初めのスウィンドンの South Marton と言う所の風景を、たぶん8ミリフィルムで撮ったものから作った、映像詩のようなもの。A. G. Morris と言う人の作品。ヴューポイントでは、音楽が付けられているけれど、それは、現代で付けたものだと思う。
 でも、その50年代のスウィンドン郊外の田園風景、花畑や水辺が、『スカイラーキング』そのものに、私には見えた。それに、その「 To Seek Beauty 」は、スウィンドン出身の詩人 Alfred Williams の詩「 Come Into The Woods 」を元に作られたと言うことだし。余計に、XTC の世界に重なってしまう。( アルフレッド・ウィリアムスは、「 English Settlement 」と言う語をスウィンドンと結びつけて使った人。) 

To Seek Beauty | Swindon Viewpoint  

www.alfredwilliams.org.uk - the official website of the Alfred Williams Heritage Society 

Come Into The Woods  

Come into the woods, the wild birds are singing,
The white hawthorn's scent wafts into the wind,
The skylark is up and the sheep-bells are ringing,
Young Pleasure's before and old Sorrow's behind.

The elm and the oak their branches are raising
Tipped with the azure that's mirrored in seas,
Around, the calm cattle are quietly grazing,
And hazel-wands quiver and bend in the breeze.

Above in the boughs the pigeons are cooing,
The chaffinch is tender and linnet is sweet,
And in the green hedgerows the thrushes are wooing,
And cowslips are blooming fast under our feet.

And whistles the swain and speeds with his ploughing,
And tells of his mistress and talks of his team;
With the warm sun above and the southern wind blowing,
And the blossoms awake by the edge of the stream.

O fountain of Eden! what waters have risen?
What rapturous torrents high over me roll?
What powers have broken the spell of my prison,
And breathed such humanity into my soul?

Not in the throbbing heart-beats of the city,
Not in the passionless breast of the throng
Hovers the azure-winged angels of Pity,
Wafts the ambrosial incense of song!

Lo! in the flower-decked sun-fields of Nature,
Under the blue-woven banner of skies,
God hath implanted a bliss in each creature,
Sounds for the senses and sweets for the eyes;

Silence in forests and musical flowings,
Feathery minstrels embowered in trees,
Glory of grasses, and breathings and blowings
Of serpentine breezes from health-giving seas.

Only the soul of us, torn from its union
With the first Parent, and buried in strife
Fails of her promise, and cries for communion
With the deep pleasures of pastoral life.
posted by ノエルかえる at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月05日

Daisies and Ranunculus

 私は、2010年のリリース以来、ずっと分からないことがある。『 Skylarking 2010 』のアートワークに使われている花のことだけれど。あの花は、何なのだろうか。
 アートワークは、写真に見える。実際に写真らしい。それで、私は草花には詳しくはないので、あの花は、ヒナギクとキンポウゲに思えている。けれど、私の頭の中では、その花被が人体と較べて小さいように思えるので。キンポウゲは、1センチくらいだから、あの写真で構わないのだけれど、ヒナギクは、2センチくらいだから、小さく思える。それに、キンポウゲがイギリスにあるのかどうかも知らない。図鑑にはアジアの植物と説明されているから。 
 それで、EP二枚組アルバム『 Skylarking 』を取り出して、パートリッジの書いたアートワークについてのノート「 The Great Cover Up 」を再度読んでみた。
 写真の製作に関しては、XTC のジャケットを担当していた、Dave Dragon 氏と Ken Ansell 氏に依頼したと。カメラマンは、 Gavin Cochrane 氏。製作の様子については、Dragon 氏から、パートリッジに対して、モデルが嫌がるだろうから、撮影には来ないで欲しいと申し込みがあって、パートリッジはそれを承諾した、と。それで、撮影は支障なく行われた、と。書かれていることはそれだけ。
 撮影日時も、おおよその時期も書かれてはいない。レコーディングは、四月から六月に行われて、六月の終わりには、パートリッジはイングランドに帰っている。それだから、撮影は、七月から八月の間だろうとは思う。ヒナギクもキンポウゲも咲いている時期。
 パートリッジが花の種類を指定したとは書いていないので、アートワークのチームが選んだのかも知れない。パートリッジからの指示は、彼が書いたデッサンと「 life / sex / summer /pagan /vitality 」と言うイメージ。 チームが花に図像上の意味を持たせているかどうかは、分からない。
 それでも、ともかく、あの花の名前を私は知りたいと思うのだけれど。 

 Daisies には、それを描いたフランスの画家ウィリアム・アドルフ・ブグロー William-Adolphe Bouguereau の絵があるのだけれど、やはり、『 Skylarking 』のより大きく見える。 

William-Adolphe_Bouguereau_(1825-1905) Daisies_(1894) 
William-Adolphe_Bouguereau_(1825-1905)_-_Daisies_(1894).jpg 

William-Adolphe_Bouguereau_(1825-1905) Child Braiding A Crown (1874) 
William-Adolphe_Bouguereau_(1825-1905)_-_Child_Braiding_A_Crown_(1874).jpg
posted by ノエルかえる at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

Technical twist in the tale 6

 こうして、皆さんがその改善されたアルバムを手に取られた分けです。皆さんがお聴きになっているその音は、私たちが嘗てユートピア・サウンド・スタジオのコントロール・ルームで聴いていた筈の音に、忠実に戻されています。何て言うことでしょう、26年もの間、私たちはそれを聴いていなかったのです。ああ! 今、私は、すべてを懐かしく思い出しています。あの床磨き剤の匂いも、死んだ鼠の匂いも。


おわり



誤訳、疑問点をご指摘下さると助かります。  


Technical twist in the Tale 1: ノエルかえる不恵留
Technical twist in the Tale 2: ノエルかえる不恵留
Technical twist in the Tale 3: ノエルかえる不恵留
Technical twist in the tale 4: ノエルかえる不恵留
Technical twist in the tale 5: ノエルかえる不恵留

posted by ノエルかえる at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

Technical twist in the tale 5

 ジョン・デント氏は、このようなことに精通していたのです。穏やかに言いました。「私が扱うテープの四つに一つ程に、同様の欠陥があるものです。その時には、私は、単純に極性を反対にするだけです。それでいいのです。正常に戻って、聴こえる筈の音像が鳴るのです。」 そして、私は「セールス・テープ」の極性を直して出力させてそのままダビングしただけのものを聴いたのです。その時のことは、レコード針から綿ぼこりがポトリと落ちたようだ、と私は思いました。ちょうど、耳を覆っていた黴臭い古い布が取り払われた時の様にです。そして、ジョンは、テープの時間による劣化を修繕して、十二分なマスタリングを行ったのです。私がそれを聴いた時には、「おお!」と息を呑みました。それは、その時まで最高の音質であった『 Skylaking 』( モービル・フィデリティには感謝します。でも、私たちは、更に前進したのです。 )よりも、確かに30%も改善された音質だったのです。
posted by ノエルかえる at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

Technical twist in the tale 4

 ところで、私は、常々、このアルバムは、どうも音が薄く分離している様に聞こえる、と思っていたのです。私自身が立ち会ったロンドンのヴァージン社でのオリジナルのマスタリングの作業の時に於いてですらそう感じたのです。私は、その「音の薄さ」は、レコーディングに使ったシステム、ミツビシ・デジタル録音機に起因しているのだろうと考えていました。それは、それまで私たちが使っていた、使い慣れたアナログのテープ録音機ではなかったのです。偶然にも、トッドにとっても、初めてのデジタル録音だったのです。私が思うには、初めてのデジタル録音だったと言うことが、トッドが、音源をテープに録音する際に寡黙だったことの理由だったのでしょう。それに、トッドは、タイムコードを使えなかったのですが、それで、編集しないでアルバムの曲順そのままで、すべての曲が録音されたのです。当時は、それがトッドの風変わりな特徴なのだろうと、私たちは思っていたのですが、それも、実際には、初めてだったからなのでしょうね。ともかく、頭を疲弊させる極性の問題に戻りましょう。英国では、この音の異常には誰も気が付かなかったのです。ですから、その後に順次、全世界でリリースされたすべてのレコードが間違った極性になっているのだと思います。それらのレコードは、すべて、その英国で作業されたものを元にしているのですから。ヒィー! 一体誰に分かったでしょう?
posted by ノエルかえる at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

Technical twist in the Tale 3

 ラウド・マスタリング工房のマスタリング・エンジニアのジョン・デント John Dent 氏は、私たちのためにマスター音源を起こすように依頼されて、すべてのテープを聴いたのです。そして、私は、テープを聴き終わったばかりのデント氏から、電話を受けました。このように言ったのです。「アンディさん、これらのテープは極性が間違っていると言うことに、貴方はお気付きなのですか? これでは、当然聴こえる筈の様には、音が出ませんよ。」 そして、デント氏は、この「ラッダイト」である私に説明を続けたのです。氏は、比較の為に急いで集めた英国、日本のCD、それに英国のビニール盤、その上に、数多ある中で最高の音質である、合衆国のオーディオ・マニア向けのモービル・フィデリティのCDもチェックしたのだけれど、そのどれもが、極性が間違っていた、と言うことでした。その説明、その装置の重要性について、素人の私が分かったことは、ミックスには間違った配線がされて、スピーカーから前面に音が押し出される筈のところが、スピーカーの後ろに引っ込んでしまい、前でなくて後ろで音が鳴ってしまう、と言うことでした。理解するのには、私には、時間が必要でした。




マスタリングのスタジオのネットワークに掲載されている Loud Mastering :
Loud Mastering
posted by ノエルかえる at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

Technical twist in the Tale 2

 足を躓かせる切り株がすべての歌についてあった分けではありませんでした。大した騒ぎもせずに、「 Dear God 」と「 Another Satellite 」と「 Mermaid Smiled 」の正規のミックス・テープが見つかったのです。それらの全部をビニール盤では、曲目の中に組み込んだのです。それから、アルバムは、枠を二枚組に拡げて、曲目を入れることにしたのです。そうすると、レコードの溝をより大きな音が出るようにより深い音が出るように刻むことが出来て、低音を犠牲にしなくてもよくなるのです。( 『 English Settlement 』を思い出して下さい。 ) ビニール盤LPをずっと回転させて再生していると起こることなのですが、つまり、面が長くなれば、それだけ、音量と低音を犠牲にして、厚みのない控えめな音楽体験を作ることになるのです。『 Golden Hour of 誰々 』とか、トッド自身のアルバムもそうでしょうか? 

[ 『 Golden Hour of ... 』というタイトルには、Donvanのコンピレーション・アルバム『 Golden Hour of Donovan 』( 1971年 ) がある。収録曲は20曲で、時間は58分と少し。 ]
Donovan - Golden Hour Of Donovan (Vinyl, LP) at Discogs
posted by ノエルかえる at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

Technical twist in the Tale 1

 『 Skylarking 2010 』( ビニール盤 ) に掲載されていた、リマスタリングの作業についての、パートリッジのノート。





1
 このビニール盤のセットを一つにまとめあげる作業は、私自身の中に後代の考古学者を入れるようなものでした。その私の中に入った私は、ある種、とても危険な状態にあったのです。巨大な石の玉に圧し潰されるとか、ナチスに誘拐されるとかと言うような危険です。ちょっと緊張しました。でも、最後には、実りの多いものになったのです。今回の刊行のまず第一の障碍は、ヴァージン社・EMI がマスター・ミックス・テープを見つけられなかったことにありました。実際、会社は、「なんにも」見つけられなかったのです。それで、トッドに聞いても、どこにあるかおおよその見当も持ち合わせてなかったのです。追跡して、痕跡を調べて、尋ね回って、Eメールをあちこち出した末に、幾つかのテープが合衆国にあるとの二、三の内報を得たので、直ぐさま、ヴァージン社に送られたのです。狼狽したことには、その数巻のステレオのテープの巻には、マスターと書かれたものが一つもなかったのです。( 悲しいことに、マスターは失われたままなのです! ) けれど、十分な質の「セールス・テープ」と呼ばれる複製はあったのです。「セールス・テープ」と言うのは、それを聴いて販売戦略を立てる為に作られるのですが、レコード会社の販売チームの中のある一つのチームの為のものがあったのです。それは、それから新しいヴァージョンを作るのに十分な高水準だと思われましたし、随分以前からCDを作るのに使われていた、Uマチック・テープのマスター・テープより音がいいように思えたのです。[ U-matic tape : U規格のビデオレコーダー。 ]





 パートリッジの文章から、私は確実な詳細を知ることは出来ないのですが。リマスタリングの企画の際に、パートリッジたちが手に入れることが出来たのは、ゲフィン社の販売促進担当部署にあったものだと思われますが、それは、オープン・リールのテープなのではないでしょうか。
 また、XTC の作品がCDとしてリリースされ始めたのは、『 Skylarking 』からでしたけれど。パートリッジの文章からだと、当時、CDにするためのマスター・テープは、音質的がオープン・リールよりも劣ると思われる、カセット・タイプのUマチックだったのでしょうか。とすると、CD自体がビニール盤よりも音質が劣ると言う以前に、マスター・テープの段階で、音質が劣るものを使っていたと言うことになるのでしょうか。
posted by ノエルかえる at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

Fool's SG

 ポール・マイヤーズさんが、ブログで、『 Skylarking 』制作時に、ラングレンさんのスタジオにあった、元はエリック・クラプトンのギブソン SG の写真を掲載されていたので。前の時よりも鮮明に見えます。このギターを使って、「 That's Really Super, Supergirl 」で、グレゴリーがソロを取っています。
 写真が、何時撮影されたもの中は、記載がないようなので、分かりません。

XTC’s Dave Gregory Plays The Fool | The Pulmyears Music Blog

写真:
fool-on-black.jpg


参照:グレゴリーの『 Skylarking 』ノート:
デイブ・グレゴリー のノート: ノエルかえる不恵留
posted by ノエルかえる at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月20日

Andy paints Skylarking

 カナダのファンマガジン『 Little Express 』87年2/3月号と、87年夏号に掲載された、パートリッジの『 Skylarking 』各曲のイラスト:


Summer's Cauldron/ Grass
Grass.png

The Meeting Place
Andy paints meeting.png

That's Really Super, Supergirl
Andy paints Super girl.png

Ballet for a Rainy Day
Andy paints Rainday.png

1000 Umbrellas
Andy paints 1000 umbrellas.png

Season Cycle
Andy paints Season cycle.png

Earn Enough for Us
Andy paints Earn Enough for Us.png

Big Day
Andy paints Big Day.png

Another Satellite
Andy paints Another Satellite.png

Mermaid Smiled
Andy paints Mermaid Smiled.png

The Man Who Sailed Around His Soul
Andy paints The Man Who Sailed Around His Soul.png

Dying
Andy paints Dying.png

Sacrificial Bonfire
Andy paints Sacrificial Bonfire.png
posted by ノエルかえる at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

That's Really Super, Supergirl 、ギター・ソロ

 カナダのファンマガジン、『 Little Express 』91年春/夏号に掲載されていた、グレゴリーさん手書きのギター・ソロの楽譜:


スクリーンショット 2013-07-20 7.59.24.png
posted by ノエルかえる at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

グレゴリー「 That's Really Super, Supergirl 」回想

 ベルナールさんとの対談で、グレゴリーが、「 That's Really Super, Supergirl 」を回想したもの。
2008年4月21日付け

http://www.myspace.com/xtcfans/blog/382525297


 この歌が、アンディの「アルバム収録希望リスト」の上位にあったのかどうか、私には確かではありません。と言うのは、定時の打ち合わせやリハーサルで、この歌を細かく試してみたという記憶が、私には無いからです。トッド・ラングレンは、この歌をシングルにと言う思いを持っていたのです。それで、私たち XTC はそれに同意したのです。どこかのスタジオで、メンバー全員が一緒に演奏した筈だと、私はぼんやりと覚えているのですが、出来映えは、自信の持てるものではありませんでした。ほとんどは、トッドが決めていたのです。

 アンディは、トッドの、サッとパッとと言うキーボードの弾き方を話していましたけれど、私も、彼が右手でキーボードを弾きながら、左手でテープのリモート・コントローラを操作していたのが目に浮かびます。弾きながらテープにそのまま録音してたのです。私は、何か手伝いましょうか、と言ったのですけれど、「ボケ、たった今、オレの足の指でやってしまったワイ。」と、断って来ました。

 ギターのソロ以外は、私は、自分がしたことを何も覚えてないのです。バッキング・ボーカルも私ではないと思うのですけれど。バッキング・ボーカルは変形されてシンセサイザーの音と見事に一緒にされていますね。私は、いろんな所で、何度も、エリック・クラプトンのギブソン・ソリッド・ギターについて話しています。私がギターの弾き方を覚え始めた、十代の音楽感性にとって、この楽器は、あまりに大きな印象を与えたものだと言うことは、擬いもないことなのです。

 雑誌『 Beat Instrumental 』の1967年10月号の表紙は、長い袖の衣裳とビーズの飾りで決めたエリックが、積み上げられた巨大なマーシャル・アンプの前で演奏している、サイケデリックに彩色されたのギターの“天然色”の写真が大きく載せられていました。エリックが奏でた驚くべき音を聴くのには、耳さえ要らなかったのですよ! 一ヶ月程後、クリームの『 Disraeli Gears 』がリリースされました。そのアルバムが、エレクトリック・ギターの音と言うものを、それ以来ずっと続くものへと、再定義したのです。

 それで、1986年の春に、トッド・ラングレンのスタジオに入った時に、まるで、質屋で聖杯を見つける様な案配で、壊れたスタンドに置かれている埃を被ったそのギターを“発見”したのです。私は、トッドがそのギターの所有者であることはそれより以前から知っていました。ですけれど、どこか貴重品保管庫に鍵をかけて大切に保管されていると思っていたのです。オランダのデザイン集団 the Fool による素晴らしい装飾は痛んではいませんでした。ですが、何箇所か修整されていました。コントロール・キャベティ部分には、ひどい割れ目がありました。コントロール・キャベティがSG特質なのですけれどね。それで、アコースティック・ギター の銅の弦が張ってあり、第三の傷になっているのを見てあきれました。それから、ピックアップのEのポールピースに小さなマスキングテープが巻いてありました。「あの方は、それで一体どうしようとしたのだろう?」

 私は、ミドル部分の8小節で、ギターのソロを弾くように要求されたのです。そう言われて、しないことがあるでしょうか? 私は、ゲスト・ハウスの自分の部屋で、その直前に手に入れてぞっこんになっていた、ドワイト・ギターで、いくつかのアイデアを試していたのです。オープニングのフレーズは、ちょっぴり不協和だったのですけれど、XTC の範囲内だと思いました、オープニングに続いて、上昇するアルペジオを四回繰り返します。ヴァース部分の最後の行が繰り返して歌われる前に、ソロを初めて、ラリー・カールトン流のハーモニック・ヨーデル [ 倍音を使った高音 ] で締めくくりたいと思っていたのです。そして、機会を捉まえて、あの有名なギターをこの曲の録音に使えないかと頼んでみたのです。

 それで、私が新しい弦を張りたいのですけれど、と聞くと、トッドは、「貴様、何がしたいんだ?」と言わんばかりに、困惑した顔をしていました。でも、望みは敵いました。アーニー・ボールの 0.11-0.48 の弦を張ったのです。そして録音したのです。私が作り出したソロ・パートがキーボードのメロディと激しくぶつかり合うこともなく聞こえるので、安心しました。さて、二人の大人物が「罵り合い、出ていけ!と叫び合っている」状況下で、私がすべきことと言えば、ただ、優雅に演奏することだけだったのです。私はギブソンの neck pickup を使いました。そうして、コントロール・ルームに座って、トム・シュルツのRock Man pedal を繋いだのです。そうすると、ギターの音の電気信号は、音の迷宮へと消えて行き、他でもないユートピア・エフェクト用に、魔法使いトッドが調整したのです。それらすべて、たった20秒の小節のためにしたことなのです。

 『スカイラーキング』がリリースされた数ヶ月後なのですが、私は、自宅で、ユートピアの『 Ra 』のLPを聴いていました。その時、私の耳は、「 Magic Dragon Theatre 」の中で、歌詞の「 bring on the dancing girls and the freak parade [ 53秒頃 ]」が終わったところに続く、ロジャー・パウエルのトランペットを捉えました。その五音のアルペジオ。私は、無意識にそこから盗んでいたのです。もし、トッドが気付いていたのだとしたら、彼はあまりに優しい人と言うことなのでしょう。あるいは、極度に憤慨しているので、言及しないのか。




 グレゴリーさんのweb ページにあるドワイト・ギターの写真:
http://www.guitargonauts.info/pick-16.html
62dwight.jpg



 以前に読んだグレゴリーさんのアルバム『スカイラーキング』回想でも、同様のことが書かれてあったのですけれど、クラプトンのギターに関することで、Fool とあるのを、形容詞に読んでいました。その部分は、訂正しました。
posted by ノエルかえる at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

kind of

 きょうは、『 Kind of Blue 』を聴く。マイルス・デイビスは、アルバム発表当時、33歳。パートリッジが33歳の時の作品は、『 Skylarking 』。ということは、XTC のマスター・ピースは、『 Skylarking 』か。ついでに、ビル・エバンスは、30歳、ムールディングは31歳。

 …、マイルス・デイビスがパートリッジで、ビル・エバンスがムールディングなら、ジョン・コルトレーンは、デイブ・グレゴリー??
posted by ノエルかえる at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月31日

Skylarking ストーリーに沿った曲順

 トッド・ラングレンが『 Skylarking 』として作り上げたソング・サイクルは、何度見ても完璧だと思います。
 アルバムの各面 ( A面、B面 ) のリストをカードにして左右に並べてみると、改めて、その完璧さを痛感します。
A面:
Summer's Cauldron
Grass
The Meeting Place
That's Really Super, Supergirl
Ballet for a Rainy Day
1000 Umbrellas
Season Cycle

B面:
Earn Enough for Us
Big Day
Another Satellite
Mermaid Smiled
The Man Who Sailed around His Soul
Dying
Sacrificial Bonfire

 これは、
1. フルレンジのオープニング:Summer's Cauldron - Earn Enough for Us。
2. オープニングの終結:Grass - Big Day
3. 純化:The Meeting Place - Another Satellite
4. 幻想的なエコー:That's Really Super, Supergirl - Mermaid Smiled
5. オーケストラルな広がり:Ballet for a Rainy Day - The Man Who Sailed around His Soul
6. アコースティック・ギターの弾き語り:1000 Umbrellas - Dying
7. 終結:Season Cycle - Sacrificial Bonfire
 となっているようです。このような完璧なソング・サイクルをどうして思いつけるのか、本人の証言があればいいのですが。

 けれども、『 Skylarking 』を一つのストーリーとして読もうとすれば、ラングレンの順序では、話が前後して齟齬を来すように思います。 ( ストーリーがあるとすればですけれど )
 それで、歌をストーリーの順で並べてみようと思いました。ですが、その時、「 That's Really Super, Supergirl 」「 Another Satellite 」は上手く嵌らないので、パートリッジ/ムールディングが候補にしていた「 Let's Make a Den 」「 Find the Fox 」を代わりにとも思ったのですが、それも良くないと思われるので、元のままの曲目で、並べてみました。

A - side
1. Grass
2. The Meeting Place
3. Mermaid Smiled
4. Ballet for a Rainy Day
5. Big Day
6. Earn Enough for Us
7. Summer's Cauldron

B - side
1. Season Cycle
2. That's Really Super, Supergirl
3. Another Satellite
4. 1000 Umbrellas
5. The Man Who Sailed around His Soul
6. Dying
7. Sacrificial Bonfire
posted by ノエルかえる at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

Children's Letters to God

 「 Dear God 」は、子供が書いた神様への手紙を集めた本からヒントを得たと言うこと、このブログには書いていなかったようなので、備忘。Stuart Hample と Eric Marshall の編集による『 Children's Letters to God 』だと思います。日本語訳は、谷川俊太郎でサンリオ出版から出版されていました。『かみさまへのてがみ』
 子供たちの神様へのお願いが、あまりに可笑しいので、パートリッジも書いてみたと言うこと。

 また、音楽の方は、ガーシュインの和声を研究して作ったと言うこと。それは、ベルナールさんとの対談で話していました。
posted by ノエルかえる at 09:36| Comment(1) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月12日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 10

 「 Dying 」「 Sacrificial Bonfire 」について


ベルナール「「 Dying 」では、ドラムがあるかどうか私には確かには分からないのですが。パカパカと言う音はあります。ですが、あれは、貴方が出した音なのですか?」
プリンス「私は、「 Dying 」ではブラシを演奏したと思います、たぶんですが。そう覚えています。でも、何て悲しい歌なのでしょう。」
ベルナール「「 Sacrificial Bonfire 」は、アルバムを締めくくる感動的なものですね。貴方が、この歌の終わりの部分を演奏しているのは、よく分かるのですが、イントロ部分が、どうなのかは、私にはよく分かりません。もしかしたら、機械でプログラミングされたものなのですか?」
プリンス「あれは、あの歌のために、上手く工夫してドラムを組み合わせて、作り出したものです。コリンは、「ティンパニの大きな音が欲しいんだけれど、ティンパニを借りられるかい?」と言ったのです。私は、「いや、借りられない。僕は、26インチのバス・ドラムしか持ってない」と答えました。私は、二つのドラム・セットを持っていました。セットは、それぞれ、2個の26インチのバス・ドラムがありました。つまり、バス・ドラムは合計4個あったのです。それをラックに積み重ねたのですけれど、上下を逆さまにして重ねたのです。私は、それが独特の音が出るように調音しました。それを叩いたのですけれど、大きなマレットを使いました。ドラムは大きく開けていました、パッティングや他の詰め物等は何も入れていませんでした。そうやって、あのティンパニのような音が出来たのです。ですが、本当は、ヤマハの26インチバス・ドラムなのです。それをラックに乗せて鳴らしたのです。
 それから、「 Sacrificial Bonfire 」では、別のスネアを使いました。音を下げて、フィールド・ドラムのような音に調整したのです。」
ベルナール「それは、大きめな、底の深いスネア・ドラムなのですか?」
プリンス「14インチで、深さは7.5インチです。今でも持っています。それに、『オペラ座の怪人』の絵を描いているのです。最近、私は、よくドラムに絵を描くのです。」
ベルナール「それは、ご自身の為にだけなのですか、それとも、依頼があってなのですか?」
プリンス「そうですね、私自身のドラム・キットには、全て、絵を描いています。それも、映画の世界のよく知られた怪物達の絵です。バス・ドラムは、ドラキュラ。フロア・トムは、フランケンシュタイン。スネア・ドラムは、ファントム ( オペラ座の怪人 )。ラック・トムは、狼男。もう一つのフロア・トムは、ミイラ、です。」
ベルナール「かっこいいですね、全部が木製のドラムなのですか?どうして、そんなことが出来るのでしょう。」
プリンス「木製のヤマハのレコーディング用の特注ドラム・キットです。それで、底の深いスネアを「 Sacrifical Bonfire 」で使いました。絵を描く時ですけれど、大まかに描いてから、その後に、塗り上げます。それから、上塗りしてから、ウレタンを保護膜に塗って仕上げです。それから、磨いて、地獄を浮かび上がらせるのです。」
ベルナール「きっと、広い部屋をお持ちなのですね。通気が出来て、そのような作業を出来る広さが要りますから。他の人のものにも、されるのですか?」
プリンス「そうです。私の web サイトを見て下さい。私の絵を描いた特製のドラム・キットを載せています。」
ベルナール「それに、値段は書いてますか? ( 笑い )」
プリンス「( 笑い ) いいえ、実際、値段は、描く絵とドラムの数と時間と、その他細々したことで決まりますから。私が、これくらいのコストがかかるかなと考えた概算を伝えています。それで、もっとかかるかもしれないので、免責条項も添えてますけれどね。「これ以外にお支払い頂く場合があります」( 笑い )」


終わり



http://www.prairieprince.com/
posted by ノエルかえる at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 9

 「 The Man Who Sailed Around His Soul 」「 Dear God 」について


ベルナール「さて、「 Dear God 」をXTC がアルバムのために持込んだのに、それを外してしまったのは、ちょっと、面目にかかわるように思いますが。」
プリンス「私は、そのことが少しも理解出来ないのです。私は、幾つかの違う版の『スカイラーキング』を持っています。「 Mermaid Smiled 」と「 Dear God 」の両方が入っている版も持っています。」
ベルナール「それは、たぶん、リマスター版でしょう。カナダの版は、両方が入っています。[ アメリカでは、2001年のリマスター版はリリースされていない。UK とCA とJP だけ。 ]」
プリンス「私のは、両方が入っている変わった版でした。両方を入れるべきだったと私は思います。」
ベルナール「ですが、アルバムはLP時代にリリースされた訳で、レコードの枠にあまり多くの音楽を収めるように合わせるのは、難しかったのでしょう。もし、貴方がトッド・ラングレンでしたら出来たかもしれませんね。」
プリンス「( 笑い ) そうですね。ラングレンは、音楽をアルバムにまとめてしまうのが好きですからね。」
ベルナール「それでは、「 Man Who Sailed Around His Soul 」ですが、これは、貴方が影響されたジャズと繋がっていると、仰っていましたけれど。」
プリンス「この曲では、どのようなドラムがいいと思うのかと、私は彼らに聞いたのです。彼らは、ジャンキーのように演じてよ、と言ったのです。それで、僕はなったことがないから、どんな風だか分からないよ、と答えたのです。すると、アンディとその一味は、分かった、じゃあ、1950年代の犯罪映画を思い出してくれるかい、そのサウンド・トラックのようにして欲しいんだ、ドラムを叩いている間に、煙草を三本吸えばいいんだ、と言ったのです ( 笑い )。
 それで、一回で録音したと覚えています。」
ベルナール「それは凄いです。」
プリンス「二人でか、もしかしたら、彼らの内の二人と私とで合わせたと思います、確かではないのですが。[ ムールディングと二人で、あるいは、ムールディング、パートリッジと三人でと言う意味? ]」
ベルナール「貴方が合わせて演奏した時に、何種類の楽器が使われていたのでしょう? 管楽器があって、…」
プリンス「管はまだでした。私が覚えている限り、骨格だけですよ。パーカッション群もありませんでした。」
ベルナール「そのような状態で、どうやって合わせるのですか? 貴方が録音した時に、曲について知らされたことだけから、歌がどのように出来上がるか考えていたとすると、全て出来上がったものを聞いて、歌の全容が分かったとすれば、とても不思議な思いがするのではないでしょうか。」
プリンス「全くその通りです。とても衝撃的だった歌なのです。驚愕する様なものが出来上がってきましたから。私が始めた時には、ごく簡素なものだったのに、ものすごくたくさんのものが取り巻いていました。」
ベルナール「ラングレンやXTC は、この歌がどうなるか、貴方に説明はしなかったのですか?」
プリンス「いいえ、全然。どうなるか知りませんでした。お話したように、彼らは、麻薬中毒のジャズ・ドラマーのように、と言っただけですから。
 ですが、アンディのボーカルに沿って演奏したのは確かですよ。アンディのボーカルは、それだけで、十分にリズミックなのです。確か、アンディは、私と一緒に演奏したと思います。誰かが一緒に演奏する必要はありますよ。そうでないと、どうしていいか分かりませんから。」
ベルナール「この歌のように、録音後にもっとたくさんの楽器で肉付けされることが分かっている場合ですが、あまり過剰に演奏しないように特に気をつけるのですか、それとも、流れにまかせて、それから、何が起こるのかを見るのでしょうか?」
プリンス「ああ、何度もお話ししたようにですけれど。私は、この歌については、何の制限もなかったと覚えています。彼らは、「狂ったように」と言ったのです。それで、私はそうしました ( 笑い ) 。私が録音してから、彼ら、ラングレンとXTC は、私のドラムの回りに音楽を築き上げたのだと思いますよ。私は、この歌について、アンディの思い出を聞ければとても嬉しく思います。彼は、全く違った見方をしているでしょうから。( 笑い ) 私は、100%を知っている訳ではありませんが、アンディは、もっと多くを覚えていることは、確実ですよ。」
ベルナール「いえ、パートリッジの記憶も、貴方と同様に曖昧なものです。グレゴリーさんは、しっかりした記憶があるので、誰もが彼の言葉を参考にするのです。」
プリンス「( 笑い ) 、ああ、そうですね。私はデイブさんが大好きですよ。またいつの日にか、XTC であるか、XTC でないかどちらでも、彼と一緒に演奏したいものです。」
ベルナール「少し前に、マイク・ケネリーさんがスウィンドンを訪れて、グレゴリーさんと一緒に、地元のクラブで演奏したのですよ。」
プリンス「そうですか、つい最近、私はマイクと会いました。彼は、アンディと何かやったと言っていましたけれど。」
ベルナール「二人は、一緒に何曲か書いて録音したのです。ケネリーさんは、いずれ、それを発表するでしょう。」
プリンス「それは素晴らしい。マイク・ケネリーと言う人は、大天才です。その二人が一緒だなんて、なんてことでしょう。」
ベルナール「私は、彼らが一緒にやったものを何曲か聴いたのですが、それは素晴らしいです。ケネリーさんは、素晴らしい名手ですし、二人の創造性が混ぜ合わされたならば、悪くなる筈がありませんからね。
 それでですけれど、後になって改訂されたアルバムには、「 Man Who Sailed 」の次に、「 Dear God 」が来るのですけれど。「 Dear God 」は、XTC を無用のバンドと言う範疇から救い出した歌なのです。と言うのも、『スカイラーキング』の前の二枚のアルバムは、つまり、彼らがツアーを止めてからのアルバムですが、芳しくなかったからです。そのよく知られたデモ・テイクもあるのですが、貴方は、聞かれたことがないのですか?」
プリンス「聞いたことがあるかもしれません。でも、私は、そのようには覚えてないのです。と言うのも、レコードに入っている他のどの曲でもなく、この歌のドラム・パターンこそを、私が作り出したと思っているからです。」
ベルナール「貴方のドラム・パターンは、デモ・テイクとは、全く違うのです。貴方が加えたもので、個性的なものは、スネアが他の三つのパート[ バスドラム、タム、シンバル ] よりもよく鳴っていることです。」
プリンス「そうです。偶然になったと覚えています。でも、アンディが、それがいい、それを続けてくれ、と言ったのです。でも、そのやり方は、当時の私のトレード・マークでもあったのです。どうやって、それを造り出したかは覚えていないのです。スネアを、しょっちゅう、そう言う風に使ってましたからね ( 笑い )。片手のロールが出来て、それがいい音がしてたのです。それが、この歌に私が貢献出来たいい仕事なのだと思います。」
ベルナール「あれは、好戦的と言うか軍隊的な感覚を付与していますね。」
プリンス「ええ、行進曲のリズムの感じですね。「 Dear God 」がとても好きです。素晴らしい歌です。」
ベルナール「ブリッジの部分は、とても大きな音なのですが、やはり、四つの部品だけのドラムなのですか?」
プリンス「ああ、あれは、別に録音したものですが、一回で録音したものです。」
posted by ノエルかえる at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 8

 「 Big Day 」「 Another Satellite 」について

ベルナール「私も、この歌をアルバムをかけながら自分で演奏するのは、とても楽しいです。
 「 Big Day 」が次の歌ですね。これでは、貴方は、ブラシで演奏しているように聞こえるのですが?」
プリンス「たぶん、ブラシだったと思いますね。スネアの音が全く違いますね。この歌には、違うスネアを使ったのだと思います。いや、ひょっとしたら、ブラスティックと言う名前のものを使ったかもしれません。今では、私は、それをよく使っているのです。Chris Isaak [ 1956年生まれ、カリフォルニア出身のアメリカ人歌手、俳優。プリンスが参加しているのは、1986年発表の『 Chis Isaak 』 ]のレコードでも使いました。そのアルバムでは、全編で、使ったのです。同じ頃に制作されたものですね。」
ベルナール「ああ、私もそれを一組持っていますよ。ブラシスティックは、似た様なものの細い木の棒を束ねた Hot Rods が出来る前に、一般的になっていました。Hot Rods は、もうすこし大きな音がでます。
 スタジオで違うドラムを使う場合なのですが、その場合、それは、全部が貴方のものなのですか、それとも、スタジオが持っている備品なのですか? 」
プリンス「そうですね、『スカイラーキング』のスタジオは、私たちのスタジオでした。私は、是非にも、その名前を述べなければいけません。と言うのは、私たちは、その名前に多いに誇りを持っていますからね。それは、 sound hole ( 音の淀み )と言う意味のラテン語で、 Cavum Soni です ( 笑い )。サンフランシスコのサウス・マーケットにあったのですが、小さなスタジオです。後になって、手放さなければなりませんでした。1989年に起こった、地震の所為です。ビルディング全体の中程に、ヒビが上から下に入ってしまったのです。5年程、そこを使いました。『 Love Bomb 』と『 Skylarking 』を制作して、その他幾つかの企画で使いました。面白い、面白い現場でしたね。
 そう言う訳で、私たちのスタジオなのですから、ドラムズは、すべて、私のコレクションでした。」
ベルナール「なるほど、それで、ライナー・ノーツに、アンプの仕様に関して、The Tubes への謝辞が書かれているのですね?」
プリンス「そうです、アンディの内輪のジョークは、不可解ですよね ( 笑い )。」
ベルナール「「 Another Satellite 」が次です。ドラム・マシーンで始まっているように聞こえます。それに後から合わせて、貴方は録音したのですか?」
プリンス「そうです。ほとんど演奏していません。ほとんどが、ドラム・マシーンだと思います。」
ベルナール「ええ、貴方は、ライド・シンバルを演奏されていますね。それで、この歌を、よりジャズ的にしているようです。2拍4拍の強拍でなくて、ちょっと、アクセントを付けているようですね。
 それから、「 Mermaid Smiled 」に続くのですが、それは、前に話しましたね。最初に、Mingo がほとんどを演奏して、あとから、貴方が録音したのでしたね。」
プリンス「ああ、私は、この歌が好きです。とても美しい歌ですね。」





Blastick :
KA530R-LG.jpg




Hot Rods :
21MBv3o+RAL._SL500_AA300_.jpg
posted by ノエルかえる at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 7

 「 Season Cycle 」「 Earn Enough for Us 」について

ベルナール「次の歌は、「 Season Cycle 」です。これは第一面の最終の歌ですね。ビニール・レコード盤での仕様に於いてですけれど。この曲で、私に強い印象を残すのは、フェイド・アウトの部分での貴方の演奏のスネアのロールです。」
プリンス「この曲では、相当回に分けて録音したのを覚えています。初めては中断してと言うのが屢々ありました。相当な時間が録音にかかったのです。」
ベルナール「貴方がやり難いと感じていた理由は何なのです? それから、バンドのメンバーは、貴方の感じている難しさについて、話し合ったり、それが何かを指摘しようと努めていましたか?」
プリンス「それは、もう、はっきりと分かっていたと思います。ドラムのパートもアンディが考え出したのだと覚えています。でも、それが、私が厄介さをずっと感じていた理由なのです。」
ベルナール「それは、今まで話されたことがないことですね。この曲での感覚は素晴らしいものですから。パートリッジは、アルバムで最も好きな歌だと言っていました。」
プリンス「それは、とっても「 Beach Boys 」ですからね。全員が素敵に歌っています。」
ベルナール「ええ、第二面は、貴方のリンゴ・スターに通じるような演奏の「 Earn Enough for Us 」で始まります。」
プリンス「ええ、スネア・ドラムが一番輝いている曲ですね。」
ベルナール「これは、バンドのメンバーが、貴方と一緒にスタジオで、ライブで録音したのですか?」
プリンス「そうしたのだったと思いますよ。四人全員で一緒に演奏した筈です。あ、でも、グレゴリーさんがいたかどうか、はっきりしないんですけど。アンディとコリンと私はいました、確実にです。あの曲は、「 Extrovert 」と同じ日に録音したのでした。それも一緒にしました。もしかしたら、「 Little Lighthouse 」も録音したかもしれません。それらは、その日のライブ・セッションです。その日から、私たちはレコーディングを開始したのでした。」
ベルナール「と言うことは、一群の「ロック」傾向の歌を演奏した訳ですね?」
プリンス「ええ、アルバムの中でも、とっても好きな歌ですね。」
ベルナール「そうですか、演奏していて楽しかったからですか?」
プリンス「楽しかったですよ、いい音になりましたし。ちょっとパンクっぽいかどうかは分かりませんけれど。私には、「 Living in Another Cuba」を連想させますけれど。その感じなのです。」
ベルナール「それは面白いです。頭の中で、ちょっと、もう一度聞いてみましょう。と言うのは、私は、ずっと、アルバムの歌の中で、最もビートルズ風のように、それに、70年代的と言うより60年代的だと聴いていましたから。」
プリンス「この歌の激しさが私にそう感じさせるのだと思いますね。「 Cuba 」が大好きなんです。XTC の歌の中でも大好きな歌の一つです。」
posted by ノエルかえる at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 6

 「 Ballet for a Rainy Day 」「 1000 Umbrellas 」について



ベルナール「「 Supergirl 」の次の歌は、「 Ballet for Rainy Day 」です。タムは、とても澄んだ音色でよく鳴っていて深い味わいがあり、響き渡るようです。これも、たった4部品のドラム・キットで演奏しているのですか?」
プリンス「基本的なキットだったと思います。」
ベルナール「私はもう一度聴き直す必要がありますね。それで分かると思います。さて、今では、それが、4部品のドラム・キットだと知っていますから。私は、長い間ずっと、貴方はもっと大きなキットをお使いなのだろうと思っていました。
 それから、「 1000 Umbrellas 」です。そこでは、ドラムやパーカッションはないように聞こえるのですが、それでも、貴方にお聞きして、確かめたいと思うのですが。貴方は、この歌に、ドラムやパーカッションを付け加える可能性については、話されたことはないのですか?」
プリンス「いいえ、そのようなことは思い出せないですね。弦楽組がスタジオにやって来てセッションをしたのを見たのは覚えていますけれど。ですが、私は、その歌をそのセッションより前に聞いたことさえ覚えてないのです。たぶん、弦楽だけでやったのではないかと思います。ラングレンがアレンジしたのでしたよね、違いますか?」
ベルナール「このアルバムでデイブ・グレゴリーがアレンジしたもののうちの一つです。彼が弦楽のアレンジをしたのです。他の曲の弦楽はラングレンがしています。それで、バンドのメンバーは、ラングレンのアレンジの技術、その早さに強く印象づけられたと言っています。」
プリンス「「 1000 Umbrellas 」は傑作だと、私は思います。このアルバムで、最も好きな歌です。弦楽隊は、貴方もご存知でしょうけれど、私の友人のDick Bright でした。彼が補完したのだと推測するのですが。
 Dick Bright を、私たち the Tubes は、バンドの初期の73年か74年に見出したのでした。The Boarding House と言うクラブでの the Tubes のオーディションに来たのです。彼はバイオリンを弾きながら歌いました。それで、彼を狼狽させたことがあって、つまり、彼はカツラを着けてたのですが、それが落ちてしまったのです。彼は泣き出してくずおれました。彼の友だちが来て、彼をステージから降ろしたのです。( 笑い ) 実はそれは、彼の演技だったのです。それで、私たちは彼を気に入りました、とても。
 彼は、ここ、地元では有名人です。Faimont サンフランシスコ・ホテルやその他の一流ホテルで演奏しています。Led Zeppeline をカバーした人なんです。「 Stairway to Gilligan's Island 」、聞かれたことはないですか?」
ベルナール「( 笑い ) いいえ!」
プリンス「それは、曲は、「 Stairway to Heaven 」なのでが、歌詞は、「 Gilligan's Island 」なのです。とってもおかしいですよ。たぶん、告訴されたか、歌の販売を禁止させられたのでした。
 彼は、典型的なコメディアンで、セッションミュージシャンを引き連れて『スカイラーキング』のセッションにやって来て、彼が指揮していました。」
posted by ノエルかえる at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月02日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 5

「 That's Really Super, Supergirl 」について

プリンス「確かにね、…」
ベルナール「この歌でも、ラングレンのキーボードに合わせて演奏したのですか?」
プリンス「ええ。幾つかの理由で、合わせるのが最も難しかった曲の一つだと、覚えています。何故だったか、正確には、今となっては、思い出せません。でも、「 Supergirl 」は覚えています。何度もテイクを繰り返さないとなりませんでした。」
ベルナール「貴方は多くの場合、一回か二回のテイクなのですよね。曲毎で、変えているのですか?」
プリンス「大抵は、とても早く済ませていたと覚えています。たぶん、多くても、三回のテイクです。この歌に関しては、だけれど、何か音響的な問題か、何かそんなものがあったのです。長くかかりました。一回の直接の録音ではなくて、何度もオーバーダブを繰り返す必要があったと思います。」
ベルナール「前にお話しした、スネアの音は、この歌で出て来るのですが。」
プリンス「この歌でも使ってます。それから、もっと多く使っているのは、「 Earn Enough for Us 」でです。あれは、あのスネアを一番多く使ったものです。」
ベルナール「その他のことで私に強く印象に残っているものなのですが。それは他の曲でも貴方は同様にされてはいるのですけれど。それは、ハイ・ハットをアクセントに使っていると言うことです。クラッシュ・シンバルを使う時にでも、通常とは違う所で使っています。それは、いわゆる「 Rock Drum 」のやり方ではないのですけれど。」
プリンス「ああ、それはきっと間違ったのですね! ( 笑い ) 多くの所でそうなっています。アンディが、「おおっ、それはいい。ずっとそれをやってくれ。」と言ったのを覚えています。つまり、彼が最初に指示したものの上に、私が実際にやってしまったことなのです。」
ベルナール「何か違ったことをハイ・ハットでしたと考えていますか?」
プリンス「もちろんです。何がしかのことを試してみました。たぶん、キャプテン・ビーフハートのドラマー、John French 、それにザッパ・バンドの Artie Tripp 、その他のドラマーに感化されてです。そう言う人たちは、ハイ・ハットを突飛な所で使うのです。後に下がるような、ひっくり返るようなやり方です。それで、私は、いつも、ハイ・ハットのパターンを色々と試しているのです。」
ベルナール「貴方が研鑽を積んでいたころ、今でも練習はされるでしょうけれど、アルバムをかけて合わせながら練習されたのですか?」
プリンス「いつもですよ。いまでは、iPodですけれどね。iPodは他の機器よりも簡単ですからね。そのやり方が、私が、ドラムの奏法を学んだやり方なのです。当時は、ヘッド・ホーンは持っていませんでした。私は小さなハイ・ハットを持っていました。それで、ベッド・ルームで、ビートルズやサーフ・ミュージックやローリング・ストーンズ等をそれで叩いて合わせていたのです。」
ベルナール「貴方は、子供の頃は、ジーン・クルーパを聞いていたと話されてましたけれど。私は、勝手に、貴方は、バディ・リッチ [ 1919-1987 : ジャズ・ドラマー ]もお好きなのだろうと思ってました。」
プリンス「その通りです。ですけれど、本当の所、ジャズ・ドラマーについては、詳しくはないのです。ほんの二三人です。私は、サーフ・ミュージックが大好きでしたから。聞いていたのは、 Sandy Nelson です。「 Drums a Go Go 」や「 Let There be Drums 」です。それで、彼が、ジーン・クルーパから影響されていて、それに私が影響されたのです。つまり、ジーン・クルーパを中古で手に入れた訳ですね。
 ですが、ブリティッシュ・イノベーションが始まって、それから、サンフランシスコからサイケディリックが始まって、初期のJefferson Airplane や Quicksilver や Grateful Dead ですが、同時に、フランク・ザッパの『 Freak Out 』もあった訳です。当時、私は、かなりの量のエレクトリック・ミュージックのレパートリーを持っていました。今お話したものや、私自身が押し広げてみたものやです。」
ベルナール「それでは、それらのものから、今、貴方が何か演奏するとすれば、何を選びますか? どのようなタイプの音楽がいいのでしょう?」
プリンス「実は、少し前に、「 The Man Who Sailed Around His Soul 」をかけながら、それに合わせて演奏したのです。私がどうやったか、覚えているかどうか試そうと思ったのです。」
ベルナール「そうですか、それで、貴方は、貴方ご自身によく似せて演奏出来ましたか? ( 笑い )」
プリンス「( 笑い ) ええ、実は、Mingoに合わせてましたよ。私は、この一月に、ロサンゼルスで NAMN Show に出ているのを見たばかりでした。」
ベルナール「彼はどうでした?」
プリンス「とてもよかったですよ。二人で喋って、少しだけ演奏もしました。私は、今日、彼を呼びたかったのですけれど。彼にこのアルバムについて聞きたかったし、彼の演奏は大好きですからね。」
ベルナール「とんでもないものですからね、私も彼の演奏がずっと好きなのです。」
プリンス「「 The Man Who Sailed Around His Soul 」のボンゴは、本当に普通でないですからね。あれは、まるで、電子機器か何かそんな機械のようなものに聞こえますね。」
ベルナール「その通りですね。貴方と私で、ラングレン・ラジオで話したことなのですけれど。私は貴方に、ラングレンとパートリッジの間に、明らかに緊張があったかどうか尋ねました。それで、貴方は、「 Let's Make a Den 」を録音しようとしていた時のことに触れられました。その時、貴方が見たのは…、」
プリンス「あれが、私が二人の緊張関係に気がついた最初でした。私は、あまり関心を払わないように努めました。私はいつも平穏を保つのが好きですから。それが私がすることなので。
 私は、プロジェクトが始まった時にはいませんでした。ですから、歌がどのような意図で組み合わされているのか、最終的にどのように仕上げられるのかは、私には確かなことは分からなかったのです。私に分かっていることは、アルバムに含まれるだろう、他の選択肢がたくさん用意されていたと言うことだけです。パートリッジが、「 Let's Make a Den 」を提出して来た時には、これは凄く言いなぁ、と私は思ったのです。七曲目でした。私は優れていると思いました。けれども、ラングレンは、即座に、こう言って退けたのです。「俺はこれが嫌いだって、お前分かってるだろ。アルバムの全体に合うとは思えない。」 それが議論の始まりでした。アンディは言いましたね。「はい? 何故?」 ラングレンは、何故駄目かの長い説明をしました。そして、断固とした態度でした。それで、しようとはしなかったのです。
 私は落胆しました ( 笑い )。 その歌をやりたかったですからね。私がどのようにしようとしていたのかは、分からないのですけれど。アンディが歌って演奏したのを聞いたのが全てですから。二度とは聞かれませんでした。」
ベルナール「それでは、デモ・テイクは一度も聞いてないのですか?」
プリンス「ええ、聞いてません。」
ベルナール「レコーディングの前に、どのデモ・テイクも聞いてないのですか?」
プリンス「『 Apple Venus 』の時には、彼は私にデモ・テイクを送ってくれました。ですが、『スカイラーキング』の時には、私がスタジオに入る前に、彼らがそれまでしていたものを何も聞いていませんでした。」
ベルナール「そうすると、貴方はスタジオに入って、彼らが貴方のためにする一回か二回だけの演奏を聞いて、それで、…」
プリンス「完璧にするのです。」
ベルナール「まあ。パートリッジは、この時から、デモ・テイクを取っています。後になって彼がしたことと未完成のものとを較べられるのです。私は、彼らかラングレンが、貴方にも、デモ・テイクを送っているのだと思っていました。」
プリンス「いいえ全然。そんなことは全く覚えていません。記憶から消えてしまったのかもしれませんが、スタジオに入って、その日に初めて聞いて、興奮したのを、確かに覚えています。」
posted by ノエルかえる at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 4

 「 The Meeting Place 」について

ベルナール「さて、「 Grass 」の次は、「 The Meeting Place 」なのですが。これは、ラングレンがプログラミングして、先に作っておいたものの一つだと思います。機械のサンプル音が曲を通してずっと鳴っていますから。貴方は、このサンプルに沿って何か演奏したのですか? まるで、クリック・トラック ( メトロノーム ) に従って叩くように。」
プリンス「そうです。この歌には、ちょっとした笑い話しがあります。私の恋人、Diana Mangano は、このアルバムが大好きだったそうです。彼女がハイスクールに通っていた頃のことだそうです。ええ、 ( 笑い ) 彼女は、ちょっとばかり、私より若いのです。それで、彼女は、レコードのクレジットを読んたのですが、「 The part of the time bomb was played by Prairie Prince 」とあるのを見たのですね。それで、彼女は、ずっと、この歌の最初の所の時計の音を、私がこのレコードで演奏している唯一のものだと考えていたのですよ! ( 笑い ) それで、私は座って彼女を見据えて言わなければなりませんでした。「違う、僕はね、ドラムも演奏してるんだよ!」」
ベルナール「 ( 笑い転げて ) この歌について、他に覚えていることはありますか?」
プリンス「実際の所、ないですね。それでも、私はコリンが大好きですけれどね。」
ベルナール「( 含み笑いをしながら ) それはまた何故です?」
プリンス「コリンは、剽軽者ですからね。それに、驚くべきベース・プレイヤーだし、偉大なソング・ライターです。前に言ったように、私は、XTC の長年の大ファンでした。パートリッジの巨大で大量の曲が発表されるのを待ち切れなかったのです。でもまた、パートリッジの曲とはまた違う、そして、特別なのだけれど、レコードの中では、パートリッジの曲ととても上手くまとまっている、コリンの曲も二曲か三曲あったのです。」
ベルナール「ええ、コリンは、パートリッジにとって、素晴らしい引き立て役ですね。
 では、「 That's Really Super, Supergirl. 」について話して下さい。ラングレンのヘンテコなキーボードのある曲ですが…」
posted by ノエルかえる at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 3

 「 Summer's Cauldron 」と「 Grass 」


ベルナール「「 Summer's Caudron 」はアルバム・オープニングですが、貴方は、「第一音」で、大きな太鼓の音を出しています。あれは、後から付けた効果なのですか? それとも、ドラムの音なのですか? あれは、キック・ドラムではないですよね。私には、大きな大きなトムトム・ドラムに聞こえるのですけれど。」
プリンス「あれは、私のフロア・トム・ドラムです。」
ベルナール「なるほど、私は、あの音が大きく鳴るように、彼らは何かの方法で、加工したのだと推測するのですけれど。」
プリンス「アンディが、音響処理の技術を使って色々なことをしたかどうか、私は知りません。ですけれど、( くすくす笑って ) 全ての音の頂点に立つラングレンは、巧みですからね。あのレコーディングでのドラムの音は、本当に優れているのです。」
ベルナール「私は、あの曲のために、貴方がドラム・キットをどのようにセットしたかを教えて頂きたいのですけれど。あのアルバムでの貴方のドラムの音は、二つのことで、私には衝撃的なのです。一つは、スネアの音です。それは、トッド好みの音ですよね。」
プリンス「スネア・ドラムのことは、教えてられます。あれは、Willie Wilcox [ Utopia のドラマー ]から手に入れたものなのです。1929年製の真鍮の Ludwing / ラディック なのです。驚く程いい音を出すのです。倍音も、倍音の間にある音 [ undertone ] も、本当に素晴らしい音が出せるのです、どんな風にチューニングしてもですよ。もちろん、XTC は、出来る限り、開けた広々とした音を望んでいたのです。それで、湿った音はそこには入れなかったのです。それで、しっかりと堅い音で、ピッチを高く上げてました。
 残りのドラムは、ヤマハのドラムです。私の最初のヤマハのドラム・セットです。70年代の初め頃に、手に入れたものです。私は、ヤマハを推奨する最初の何にかの一人でした。樺の木のレコーディング用の特注のキットでした。自然木の22インチのバス・ドラム。12インチのラック・トム。16インチのフロア・トム。それだけでした。」
ベルナール「本当ですか? たった四つのキットですか?」
プリンス「ええ。付け加えるドラムもありましたけれど、『スカイラーキング』を通して使ったのは、そのベーシックなキットでした。」
ベルナール「そのようなドラム・セットであることは、貴方がされているドラム・ロール について、ある考えを導きます、特に、「 Summer's Cauldron 」[ 歌詞を全部歌い終わった所、2分56秒頃 ] でのロールにです。あれは、絶品のロールですね。スネアを三連打して、最期の音はトムの大きな一音と一緒です。パートリッジは、アルバムで、一番好きなドラムの一瞬だと挙げていましたよ。」
プリンス「あの歌のドラムの仕方について、その全部をどうするか判断したのは、アンディなのですよ。」
ベルナール「本当に!!」
プリンス「ええ、そうです。彼は、頭の中にきちんとそれが入っていたのです。彼が何を望んでいるか、自分で正確無比に分かっていたのです。それだから、あの時は、私には非常に厄介でした。つまり、私が常にしていたような演奏では全くなかったのですから。ほとんど、レゲエの感じでした。何かひっくり返っている、あるいは後ろへ進む感じです。彼は私にそうさせたのです。後になって、彼がそうしてくれたことを私は嬉しく思うようになりました。と言うのは、何年間も、あの歌での私のドラミングに賛辞を貰い続けることになりましたから。ですから、私は言いましょう、「ええ、あれは、アンディ・パートリッジなのです。」って。」
ベルナール「( 笑い ) 「 Making Plans for Nigel 」のドラム・パターンをテリー・チェンバースと共に考え出した、あの男、アンディ・パートリッジですね。」
プリンス「正に。」
ベルナール「さて、「 Summer's Cauldron 」と「 Grass」はスタジオでは、一繋がりで録音したのですよね。違いますか?」
プリンス「そうだったと思います、一繋がりの曲ですね。」
ベルナール「ラングレンは、二つの歌を合わせようと考えていた、その上、編集でそうしようとは望んでいなかったのですね。彼は、XTC に歌を曲順に録音させたのですよね。」
プリンス「そうです。貴方も、「 Grass 」が始まる時に、そう感じるでしょう。明らかです。
 「 Grass 」を演奏した時のことを何か思い出そうとしているのですが。Mingo がパーカッションを叩いていましたね。」
ベルナール「少なくとも、ライドシンバルのように聞こえます。ですが、私が思うに、彼がしているのは…」
プリンス「たぶん私が叩いたと思います。ライドシンバルは私だと思います。Mingo の演奏は、全部、オーバーダブで入れましたから。」
ベルナール「それでは、他の質問があります。貴方と Mingo は、このアルバムで、同時に演奏はしたのですか?」
プリンス「いいえ、 Mingo は、どれも、私が録音した後に、オーバーダブで入れています。」
posted by ノエルかえる at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 2

ベルナール「ラングレンは、 XTC と共に、『 Skylarking 』のために、ウッドストックでかなりの量の下準備をして、それから、サンフランシスコに来たのですよね。貴方のパートや、その他のミュージシャンのパートを録音するためにですけれど、 Mingo も、やはり、『 Skylarking 』で演奏していますけれど、そのようなやり方なのですけれど、貴方がラングレンと仕事をする時には、普通のやり方なのでしょうか?」
プリンス「私がスタジオミュージシャンとして活動する前にラングレンと仕事をした時のことを思い出して見ました。つまり、『 Love Bomb 』を創った時のことですけど、それは確実に私がスタジオミュージシャンになる前ですから。私たちは、たくさんのパートがある場合、かなりの量の下準備をして、それから、後になって、ドラムズを他の録音の上に重ねたのです。その私たちに使われた方法が、『 Skylarking 』の方法に似ています。 XTC は、かなりの量を録音していました。それをウッドストックのラングレンのスタジオで済ませていました。ループと楽器以外の音を使ってしたのですね。それで、私は、それにドラムを重ねたのです。ですけれど、何曲かでは、それとは対照的なやり方、基本的にライブで演奏して録音しました。」
ベルナール「ループを使った場合、誰も貴方と一緒に演奏はしなかったのですか? 例えば、アンディかコリンが一緒に演奏するとか、ヴォーカルかあるいは何かを演奏して録音するとかですけれど。」
プリンス「ええ、確かにあったと思います。ですけれど、正直に言って、もう随分前のことですし、思い出そうと遠い記憶を手繰っている所なのです。相当前ですし、忙しくて混乱していたころですから。
 『 Skylarking 』の時、セカンド・エンジニアとして働いていたのは、貴方もご存知だと思いますが、キム・フォスカドですけれど、彼女が幾つかのアウトテイクを探し出したのです。それをラングレン・ラジオで貴方は聞かれたのでしょうけれど。「 Extrovert 」のアウトテイクでしたね。彼女は私のために探してくれたのです。私は、15年間と言うもの、彼女に会っていませんでした。それで、彼女に会った時に、彼女は古いアウトテイクを持っているけど、興味があるか知ら、と私に聞いたのです。私は、もちろん、それを聞きたいと答えました。それは、実際、ほとんど全てのレコーディングでした。歌があるものは、「 Let's Make a Den 」でした、それについては、ラングレン・ラジオで話しました。もう一曲は、「 Little Lighthouse 」です。その他に、歌詞がないものがありました。アンディが即興で何かやっていたのですね、でもそのノリは、Quicksilver Messenger Service の「 Who Do You Love? 」の様に聞こえました。ボ・ディドリーの歌ですね。私が聞き取れた歌詞は、 troubles とか何とかでした。」
ベルナール「ああ、それはきっと、「 The Troubles 」ですよ。」
プリンス「ええ、きっとそうですね。それはどこで発表されたのです?」
ベルナール「元々は、ホーム・デモの状態のままでXTC のEP のB面に入れられていた、と思います。」
プリンス「ちょうど「 Extrovert 」のようにですか。」
ベルナール「そうです、「 Extrovert 」も同様に、B面で発表されました。」
プリンス「ああ、「 Extrovert 」もキム・フォスカドさんのアウトテイクにありました。
 それから、私が本当によかったと思う歌は、「 Mermaid Smiled 」です。」
ベルナール「ええ! 賛成です! そこで、アルバムについて、曲順にゆっくり伺ってもいいでしょうか。貴方がそれぞれの歌に付いて、覚えていらっしゃることを話して頂きたいのです。」
プリンス「もちろん、構いません。( 笑い ) たぶん、たくさんは覚えてないですけれどね。」
ベルナール「 ( 笑い ) ええ、それはそうです、その場合、貴方はお話にはならないでしょうね。」
プリンス「よし、最善を尽くしてみましょう。」
posted by ノエルかえる at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

プレイリー・プリンスのスカイラーキング回想 1

 トッド・ベルナールさんとプレイリー・プリンスさんの対談、『スカイラーキング』の思い出。MySpace のXTC のページに、2009年3月9日付けで、掲載されたもの。
 全体で、7400語くらい、その2000語の辺りくらいまで。内容は、スカイラーキング・セッションの前まで。

http://www.myspace.com/xtcfans/blog/475390591


ベルナール「まず始めに、貴方の経歴を話してはどうだろうかと思います。多くの読者は、実際知らないでしょうから。おおよそのことは知っているでしょうけれど。貴方が、Tubes の設立メンバーで、 Journey の設立メンバーでもあるということですね、ですが、読者はそのことをよくは分からないでしょう。貴方は、トッド・ラングレンと共に、数多くのアルバムや企画で仕事をされてますし、随分のグループに関わっています、バンドのメンバーであったりスタジオ・ミュージシャンとしてであったりですが。そこで、貴方が受けた影響について話して下さいますか? 最初にドラムに興味を持ったのは、どうしてなのでしょう。何が貴方をこの楽器に惹かれさせたのでしょうか」
プリンス「たぶん、父親ですね。父は、ドラマーではありませんでした。でも、卓抜したリズムの感覚を持っていました。それに、踊ること、歌うこと、詩を朗誦することが好きでした。私は、父の影響で、ドラムに興味を持ち、リズム感を養ったのだと思います。父は、ビッグ・バンドを聞くのが好きでした。そう言う時代でしたから、ベニー・グッドマンやハル・ケンプ、そのようなバンドですね。
 たぶん、初めて私が聞いたビッグ・バンドのドラマーは、ジーン・クルーパでしょう。彼の華麗なドラミングをよく聞いていました。彼のスタイルが大好きなのです。」
ベルナール「クルーパーは、色々な意味で、最初のドラムのスターですよね。」
プリンス「そうですね。XTC に関係したことでは、「 The Man who sailed around his Soul 」で、少しばかり、彼に繋がっていると思います。」
ベルナール「あの曲では、実際、貴方は、ジャズの刻み方をして見せていますね。」
プリンス「あれは、本当の所、偽のジャズです。私は、ジャズの曲から刺激を受けていますけれど、習得はしていないのです。私は、最初から、まるっきりロックアンドロールの男なのです。」
ベルナール「話して下さいますか、貴方は、レッスンを受けてドラムを覚えたのですか?」
プリンス「小学校で、その土地のバンドの指導者の先生からほんの何回かのレッスンを受けました。実際、私が学んだのは、友人達からですね。ドラムセットと言うのを手に入れる前には、友人達と一緒に、スネアドラムを共有していたのです。それで、サーフ・ミュージックとか、その他の、当時、私たちが聞いていた音楽を演奏していましたよ。Dion ( Dion DiMucci ) とか、そういうのですね。」
ベルナール「貴方は、アリゾナで育ったのですよね、違いますか。」
プリンス「アリゾナ州のフェニックスです。仲間と私は、互いに、教え合ったのです。そうですから、自己教育な訳ですね、そして、破滅。 (笑い) 脱構築な訳です。
 出来れば、当時に戻って、正式なレッスンを受けたいですね。( 笑い ) いつも、そう思っています。でも、いまだに実現しないです。」
ベルナール「(笑い) 貴方がプロフェッショナルのミュージシャンとして働いている間は、難しいでしょうね。」
プリンス「本当にそうです。今でも私は、フルのドラム・セットを使って、他のドラマーと一緒に演奏するのが好きなのですよ。お互いに教え合いながらですね。」
ベルナール「The Tubes は、元来、ドラマーが二人でしたよね、違いましたっけ?」
プリンス「そうです、実際の所、フェニックス出身の二つのバンドが一緒になったのです。一つのバンドは、the Red,White,and Blue Band と言いました。それには、私自身と Roger Steen 、それにもう一人、ベース・プレイヤーがいました。その時、Fee Waybill がローディーでした。もう一つのバンドは、Beans と言い、Bill Spooner、Vince Welinick、そして、Rick Anderson がいました。もう一人のドラマーの名前は、 Bob MacIntosh です。
 二つのバンドは、フェスティバル等で、よく一緒になったのです。山中のヒッピー・フェスティバルです。それから、それぞれ、60年代後半に、アリゾナからサンフランシスコへ、それぞれ、移ったのです。暫くは、それぞれが独立してやっていたのですが、一緒になって、二人ドラマーのビッグ・バンドになったのです。」
ベルナール「四人編成が基本だ、と言う時代に、どうやって、そんなことを為果せたのでしょう。」
プリンス「上手くいきました。私たちは、the Grateful Dead に影響を受けていたのですが、the Grateful Dead には二人のドラマーがいましたからね。それに、Allman Brothers にも二人のドラマーがいました。ジャム・バンドの発展した形態のバンドだったのです、私たちは。それに何より、フランク・ザッパに感化されていていましたからね。ザッパも、彼のバンドに、二人のドラマー、Arite Tripp と Carl Black を抱えていたのです。
 ところが、不幸なことに、Bob は、癌のために早世してしまいました。70年代の早くでした。当時、あの病気を、現在のように治療出来る方法は、まだ、人類にはなかったのです。Bob は、21歳の時に癌と診断されて、23歳で亡くなりました。」
ベルナール「ああ、何て残念なこと。」
プリンス「ええ、大きな損失でした。その後、The Tubes は、私だけ、一人のドラマーで演奏していました。Mingo Lewis に会うまでそうでした。Lewis は、なんと言いますか、自分で、Tubes のドラマーだと公言していました。 ( 笑い ) それで、私たちは、一緒に演奏を始めたのです。彼の荒々しいパーカッションは、その後に続く、わくわくさせる要素を導き入れたのです。」
ベルナール「Mingo Lewis は、パーカッションと同様に、ドラム・キットも貴方と一緒に演奏していますよね?」
プリンス「彼は何でもします、彼が出来るものは何でも! コンガとティンバレスから始めたのですけれど、彼は、その荒ぶるドラムを北のドラム ( North Drums ) と呼んでいましたね、それから、ヤマハのドラム・セットを手に入れて、ステージの片方をドラム類ですっかり覆ってしまったのです。その中から、彼は望むものを何でも選べるようになったのです。」
ベルナール「貴方がトッド・ラングレンに初めて会ったのは、貴方たちのプロデューサーとしてですか?」
プリンス「いえ、最初に会ったのは、あるアート・プロジェクトを通じてでした。私は、サンフランシスコ・アート大学に行ったのです。絵画の学位を取りました。73年か74年に卒業して、75年に、ラングレンのコスチューム・デザイナーだった友人が何人かいたのですけれど、彼らに、ラングレンのために、あるコスチュームに何かエア・ブラシで描いてくれないかと頼まれたのです。それで、少しだけ、ラングレンに会ったことがあるのです。
 私が、ラングレンと一緒にステージに立ったのは、ニューヨークの Bottom Line で、75年か76年だったと思います。
 親しくなったのはもうすこし後で、たぶん、77年の遅くにだったと思います。その時は、また別の友人を通じてでした。それから、ラングレンに、私たちの『 Remote Control 』のプロデュースを依頼したのです。それは、78年か79年のことです。それ以来、彼と一緒に演奏しているのです。 ( 笑い )」
ベルナール「アルバム制作中に、固い絆を結んだということなのですか?」
プリンス「ええ、本当に。そうだと思います。」
ベルナール「貴方は、ラングレンと一緒に上手くやりおおせています。これは、音楽の世界ではとても稀なことだと思いますが。」
プリンス「正にそうですね。私は、私についてだけのことをお話しています。バンドの他のメンバーは、私と同じようには感じていませんでした。私は、少々、スターに会って感激した坊やだったのですね、今はそう思います。」
ベルナール「そうですか、では、貴方は、ラングレンの音楽をよく知っていたのですか?」
プリンス「ええ、私は大ファンでした! Nazz の時からです。」
ベルナール「それは面白いですね。私がこれまで話したことのある、ラングレンと仕事をした人と言うのは、まったく心服しているか憎んでいるかですよ。どちらにしても、彼自身、それに彼の能力、彼がしそうな何もかもに、すっかり圧倒されていて、彼は本当に厄介な親方だ、と言ったりしています。ある意味、ザッパと同じですね。多くの人が、ザッパについての愚痴を言います。「フランク学校」で学ぶのはどれだけ辛いことか、と呻吟しています。ザッパと仕事をするのは、大変なのです、にも拘らず、いえ、だからこそ、誰もが、入った時よりも出た時の方が、上手くなっていると言うのです。」
プリンス「ええ、トッドも同じですね。アンディも、それに気が付いていたと思います ( 笑い )。私は、デイブとコリンの考えはほとんど聞いていません。自分の考えを秘すような人たちなのでしょう。ですが、アンディは、自分の不満について、全く遠慮なく口にしていました。私は、双方の言い分を理解していたのですが、二人とも頑固で、自分の流儀でしようとしていました。大変な光景でした。 」
ベルナール「異なる見解を持ち、自分の理想を追い求める、秀でて創造的な二人なのですね。ミュージシャンであると同様に画家でもある貴方が、それに遭遇したのだと思います。」
プリンス「ええ、そうです。」
ベルナール「共同で仕事をするのは難しいのでしょうね。」
プリンス「支払って欲しければ、貴方は撤回しなければならないかも( 笑い )。」
ベルナール「( 笑い ) 本当に。このことは、でも、私が貴方にお尋ねしたい次のことへ導く、いいセグエになりました。では、貴方は、幾つかのバンドのメンバーでした。また一方で、雇われたスタジオミュージシャンとして、数多くの仕事をされています。その違いについて、少し、お話し下さいませんか?」
プリンス「そうですね、多くの場合、スタジオに行くと、ある曲のある部分を頼まれる訳です。例えば、XTC の場合、アンディは、ちょうどこのように言いましたよ。「僕は君のドラミング、あれもこれも全部大好きだよ。けど、このやり方で叩いてくれない?」 それで、私は答えるのですね。「分かりました。やりましょう。」
 つまり、幾つかの箇所では、私自身のアイデアを出しているのですけれど、全体的には、彼の要求に沿って演奏しているのです。ドラムは、当然、歌に合わなければならない訳ですし、彼は歌については十分に考え抜いている訳です、それに、卓抜したリズム感をアンディは持っているのですから。彼は驚くべき人物だと、私は思いますよ。私は、確かに、彼がセットに座ってドラムズを演奏するのを聞いたことはありません。ですが、おそらく、すばらしい演奏をすると思いますよ。彼が、素晴らしいドラムのプログラミングをしたのを知っていますから。
 私が許された以上の深さで感情を表現することができたのにと考えているような、落胆させられたセッションが何回あったかは、ちょっと言えません。ただ、支払いを受けたければ、黙ってドラムのパートを演奏するだけだ、と、私は言いましょう。屢々、このことを忘れるのですね。貴方も、ドラムズをされるのですから、このようなことが、心中にあるに違いないと思います。それをよい経験として、肝に銘じておくべきなのです。
 チューブスとして演奏する場合、つまり、自分自身のバンドで、オリジナルのものを創る場合には、そんなことは全くありません。世界中で、最も満足出来る場所なのです。上手く音が響き合えば、特にですね。それに、ナンバーワン・ヒットになれば尚更 ( 笑い )! 残念ながら、私たちはまだナンバーワン・ヒットがないですけど、でも、まだ、諦めずに頑張っていますよ ( 笑い )。 」
ベルナール「この何年かの間に私がインタビューした多くのドラマー達は、他人と上手くやる能力が必要だと強調していました。それは、人間性の問題なのですね。ドラマーがいい人間であれば、ミュージシャン達はその人を呼ぼうとするのです、基本的にはですけれど。もちろん、貴方は素晴らしい方です。スタジオミュージシャンである貴方は、一回か、せめて、二回の録音で済ますことが出来なければなりません。ですけれど、スタジオで強いプレッシャーがかかった状態で、しかも、他のミュージシャンと上手くやれないと言う場合には、再度呼ばれると言うことはないのですね。」
プリンス「その通りです。私は、いつだって、他のミュージシャン誰もと上手くやれたと思っています。それで、大抵は、また呼んで貰えるのです。でも、ちょっぴり驚いたのですが、トッド・ラングレン体験の後の XTC の次のアルバムには、私は呼ばれなかったのです。彼らは、私をラングレンと不可分と考えていて、私もその嫌な思いの中に一体にされているのだろうと、何となく思いました。つまり、私がいいドラマーか下手なドラマーかと言うことではない、と言う風にですね。
 ところが、12年後か、それぐらいの時に、彼らはこう言ったのですよ。「ところで、僕らは、自分たちの過去の二三枚のレコードを聴いたのだけど、それで、分かったんだ。僕らは君と一緒に仕事をするのがどれだけ楽しかったかを思い出したんだ。」 そう言われて嬉しかったですね。彼らは、私とともに過ごした体験を、考え直して再検討してくれたのです。ラングレンを外してですけれどね。とても嬉しかったのです。」
ベルナール「 Pat Mastellotto が『オレンジズアンドレモンズ』の仕事を得た大きな理由は、プロデューサーが彼を知っていたからですね。」
プリンス「それは、私が XTC の『スカイラーキング』で仕事を得た理由でもありますね! ( 笑い )」
ベルナール「確かにそうでした。それについて少しお話し下さいますか、ラングレンがこのアルバムで XTC と仕事をして、貴方が呼ばれて、… 」
プリンス「ラングレンが私を招聘したのです。こう言いました。「君、XTC のドラムズをしたいかい?」それで、「からかわれているのですか? もちろんですよ!」と私は答えました。」
ベルナール「まあ、そうすると、貴方は、彼らの作品をすでに知っていて、お好きだったのですか?」
プリンス「そうですとも! The Tubes は、トップ・オブ・ザ・ポップスで、XTC と共演したことがありました。たぶん、私たちは、「 Prime Time 」を演奏して、彼らは、「 Making Plans for Nigel 」を演奏したのだっと思います。
 私は、彼らのファースト・アルバムから大のファンでした。The Tubes が初めてヨーロッパに行った時、たぶん、76年の遅くか77年だったと思いますが、パンクの潮流が隆盛になり始めた頃でした、それで、私たちが最初に聞いた XTC の曲は、「 I'm Bugged. 」だったと思います。私は打ちのめされました。それにもう一曲、「 Radio in Motion 」。私たちのバンドのキーボード奏者の Mike Cotton と私は、飛びつきました。「なんてこと! このバンドを聴いてみなよ、何て凄いんだ。」 私たちはその場でファンになりました。それで、『 Go 2 』がリリースされた時には、直ぐに買いました。
 その時点から、私の彼らに対する思いは、 the Beatles に対するそれと似ていました。XTC の次のアルバムが、私は待てなかったのです。それほど、私は彼らの大ファンだったのです。そして、ついに、彼らと一緒に演奏出来る時が来て、ほんの数秒ですけど、アンディに話しかけたように覚えています。私はファンなのです、とアンディに言ったのです。ラングレンがプロダクションの仕事を受けて、私に打診して来た時には、「 何が何でも! 」と言わずにいられませんでした。それで、万事上手くいったのです! ( 笑い ) ところが、次の XTC のアルバムでは、トッド・ラングレンは、関与しませんでした。それで、私も呼ばれませんでした。私はとても狼狽えましたよ。 ( 含み笑い )」
posted by ノエルかえる at 13:42| Comment(2) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月22日

BALLET

 APE の Forum でのパートリッジの短いコメント:


I really like the middle section of BALLET,which came out with more dream energy than I thought it had to start with.
posted by ノエルかえる at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

ビニール盤からデジタル

 『スカイラーキング』2010年版リマスターを手にしたのは、もう一年前か知ら。プレイヤーがないので、あまり聴く機会がないままでした。どこかに持込んで聴かせて貰うだけで。
 なので、知人にディジタル・フォーマットへの変換を頼んで、コピーを取ってもらいました。それを、自分のMacBook 15 に取込んで、ガレージバンドでCDにしました。
 実は、知人には、A面B面C面D面、各一枚ずつにして、しかも、D面は二曲目の歌をカットしてCDにして欲しいと頼んだのですが、それは面倒だから、自分でやって、と言われました。ただ、彼がレコーディングしていて、「D面の子供が歌っているのには、ノイズがあって取れない。」と言ってきました。「それはカットして欲しかった歌だから、かまわない。」と私は言ったのですけれど。
( 知人はクラシックしか聴かないのだけど )
 そんなわけで、「ディア・ゴッド」のカットは自分でしなくてはならなかったのですけれど、「ダイイング」が「ディア・ゴッド」とクロスフェードになっているのが困りました。冒頭のドラムズのエッジを叩く部分は、これまでのCDからコピーして繋いだのですけれど、歌い出しのところまで、「ディア・ゴッド」の最後のコードの余韻が残っているので、不自然なエコーがムールディングの声の後に聞こえてしまいます。
 それでも、やはり、私は満足ですけれど。

 コピーに使ったのは、ヤマハのプレイヤー、カートリッジはオルトフォンのKontrakunpt-a 。プリアンプはマッキントッシュC46。昇圧トランスはオルトフォンT-2。
 私のシステムは、デノンのDVD-2200、サンスイのプリメインアンプ602、B&W DW 602 のスピーカーなので、どれほどの再生力なのか分からないのですけど、でも、満足です、とても素晴らしいと思います。
posted by ノエルかえる at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月25日

パートリッジの浮遊和音

 パートリッジが見つけて気に入り、「 That's really super,Supergirl 」を始め、何曲かに使ったと言うコード。
 シの♭から、二オクターブ上のシの♭という広い間隔の和音で、しかも、その中で均一に分けられてもいないで、中間のシの♭から一音半低いソが中心になっていて、そこに三音が集まっているのですけれど、それも、ファソラと一音半の中に集められていて、それも重心は低い方にあります。
 全体に低い方に重心があるのに、高い音が突出して高域にあるという和音なのです。
 それで、私は、この和音には、上向きの強いベクトルが働いているように感じるのです。真直ぐ上に飛び上がるのではなくて、70°から80°のきつい角度で上昇する感じなのです。
 このような構成の和音が、パートリッジ特有の浮遊感を産んでいるのではないかと、思います。


スクリーンショット(2011-02-20 11.28.03).png
posted by ノエルかえる at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月26日

1986年

 今年は大きな災害が起こった年で、それは長く記憶されることと思います。そして、その災害が起因して、原子力発電所の事故があった年だと。原子力発電所の事故は、これまでにも、スリーマイル、チェルノブイリと起こっていることです。けれども、文明にとって、福島の事故はより深刻なものかもしれないと思いもします。先の二つの事故は、作業の過程で、操作を誤ったための事故でした。福島の事故は、設置の前提となる自然状況に対しての見通しが不十分であったために起こった事故です。それはつまり、文明が自然現象に対して優位であると言う思い込みが、誰の目にも明らかに否定されたと言うことにもなるのではないかと思うからです。
 さて、ある方に頂いたコメントで気付いたことなのですが、『スカイラーキング』が製作、発表された1986年は、科学技術にとって、重大な失敗のあった年なのでした。一つは、先に触れたチェルノブイリ、四月二十六日ですから、レコーディングに入っている頃でしょう。もう一つは、スペースシャトル・チャレンジャー号の墜落事故です。それは、一月二十八日のこと。もちろん、技術上の事故はいつでもあることではあるのでしょうけれど。二つの事故は、多くの一般の人々にも深く記憶されるものなのですから。
 そして、そのことが、何か象徴的なことのように、今の私には感じられるようになっています。アポロ号の月着陸の1969年頃からの科学技術の「夢」と言う面が潰えてしまったことを表しているように思えるのです。その「夢」、日本でならば、70年の万国博覧会が最も端的に表しているものでしょう。
 その「夢」は、XTCがその範疇にいる、ロック・ミュージック、と言うよりも、エレクトリック・ギター・バンドの歌にも直接に関わっているものだと思います。電気コードの中で、増幅され、変調され、あるいはプリズムが取り出されたりするのですから。その夢から覚めた時、と言うふうにも考えられるのかもしれません。
 XTCは、『スカイラーキング』の直前までは、常に、大衆音楽の中にあって、最新鋭の機器を使って、未踏の領域に進もうとしているバンドに思えていました。『ビッグ・エクスプレス』は、そうした営為の結実であったと思います。ところが、『スカイラーキング』をレコーディングしたラングレンのスタジオは、全く時代遅れの六十年代的なものだったのです。(フェアライトと言う最新機器はありましたけれど)
 一方、XTCは、前年の85年に、六十年代の機器、楽器を使っての、サイケディリックの模倣を製作していました。
 XTCの前年の活動とラングレンのスタジオの実体は、偶然の符合なのだと思います。けれども、今では、それは偶然ではなく、必然であったと思えるようになりました。
 1986年は、ロック・ミュージックが終わった年なのかも知れません。『スカイラーキング』は、その記念碑、墓碑銘なのかも。
 ロック・ミュージックのことは、さておいて。1986年は、英国では、マーガレット・サッチャー政権が1979年以来の7年目であって、(パンク・ムーブメントとほぼ同じと言うのも時代の妙です。) 彼女が押し進める新自由主義の政策が古い英国の生活を消し去ろうとしている時でもありました。『スカイラーキング』は、図らずも、それを記録するものともなったのだと、私は思います。69年以降の「夢」の英国と言う射程ではなく、もっと長い時間を含んでいる英国のです。(ウィリアム・ウォルトン以降のイングランドかもしれませんけれど。) 工業を生み出した英国、戦後の復興の希望の中にあった英国、その英国が『スカイラーキング』の中に、横たわっているように思えます。
 科学技術の「夢」の終わりと、古い英国の終わりが重なっていると言うのも、何か象徴的に感じられます。『スカイラーキング』では、それが表裏一体のものとなっているのかもしれません。
 それが出来たのは、ラングレンのスタジオと言う六十年代の「夢」のままの装置であったからなのでしょう。
posted by ノエルかえる at 13:11| Comment(2) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

summer solstice celebration

 スウィンドンに近い、Wiltshire のAvebury 村で行われる、夏至を祝う火祭り。「 Sacrificial Bonfire 」で歌われるのも、このような光景でしょうか。

 2010年の祭りの様子:





posted by ノエルかえる at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

Mechanics' Institutes

 『スカイラーキング』が製作発表された年には、スウィンドンでは、長い間操業していた鉄道工場が閉鎖された年でした。その最後のサイレンが『スカイラーキング』でも聞けるのですが。
 また、パートリッジは、本好きなのですが、イギリスには、Mechanics’ Institute と言う成人の労働者階級向けの教育機関があり、図書館を設置していたと言うことで、スウィンドンにもMechanics’ Institute 図書館があったのですが、それが閉鎖されたのも、1986年なのだそうです。
 イギリスでは、1986年は、社会が大きく変化した時なのかもしれません。同年に、BBC は、Domesday と言う、征服王ウィリアム一世が行った検地の土地台帳に因んだ名前のプロジェクトを開始して、全国の記録をしようとしたそうです。

 そんなことを考えると、『スカイラーキング』は、よりその意味合いが深まるように感じます。

Mechanics' Institutes - Wikipedia, the free encyclopedia


Mechanics' Institutes Swindon の内部の古い写真:

mechanics_reading_room.jpg
posted by ノエルかえる at 09:57| Comment(2) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

「 Sacrificial Bonfire 」ムールディングのノート

 「 Sacrificial Bonfire 」ムールディングのノート




 僕は、どこへ通じているか何の道標もない路を辿っていたんだ。今になってさえ、当時のことについては、ほとんど、分からないままなんだ。それでも、僕は、この歌に使った和声が、何となく、先史時代のものに聞こえるとは思っていたんだ。最初に現れた人間の種類、どんな風だったのだろう、[ それに、どうして、貪欲になることを身に着けたのだろう。 ] そんなことを考えて、僕は、人間が類人猿 ( APE ) だった状態から、それほど離れてしまってはいないと言う考えを持つようになったんだ。けれども、人類は、どうやって人間を月に送ればいいかを、知っているんだよね。一方で、様々な面では、未だに、非文明的な状態に、人類はいるままなのだけれど。一体何が、人にあることを言わせしめてしまうのか、僕は知らない。だけれども、僕の心に浮かんだことを、直ぐに言ってしまうのが、ぼくは好きなんだ。だって、大抵の場合、僕がほんとうに言いたいと思っていることの神髄と言うのは、その最初に思いついたことの方が、より間違いないのだもの。たとえ、その言葉が、まるっきり、わけの分からないものだったとしてもね。
 トッドの編曲、歌の後半のものだけどね、アルバムを締めくくるものにしているね。本当に素晴らしい。アルバート・ホールのBBC プロムスの最終夜のエルガーの様だね。 ( The Proms:BBC が開催するクラシックのコンサート。夏の八週間に亘って、アルバート・ホールで開かれる。最終夜には、Edward Elgar の『威風堂々 Pomp and Circumstance』第一番が演奏される習慣。 ) アメリカ人が、それまで僕たちがして来たよりも、ずっとイギリス的に僕たちをしたんだね。そんなこと変だと思えるけど、でも、実際に起こったことなんだ。
posted by ノエルかえる at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

「 Dying 」ムールディングのノート

 「 Dying 」ムールディングのノート



 当時、僕は、歳とって不自由な体の老人が隣に住んでいる、古い長屋に引っ越したんだ。そのことが、この歌に僕を駆り立てたんだと、思うよ。老人は、僕に話しをしてくれた。いつも、妻をロープを使ってベッドの上に持ち上げていて、ときには、背中に負ぶってベッドに連れて行くんだ、とか。夫人は、老齢でそれに病気だったからなんだけれど。そんな話しなんだ。僕が訪問した時には、いつも、窓の敷居に大きな猫がいたよ。それに、巨大な時計、もうほとんど時を刻まなくなっていたけれど。でも、そこから、時計の考えを得たんだよ。人は、考えの芽を得たら、広い場所で伸ばすものなんだよ。想像力のすることと言うのは、そう言うことなんだ。一つのことが他のものを連れて来るんだ。友だちになった老人は、猫を飼っていたんだ。モンティと呼んでいた。[ モントゴメリー元帥に因んだものだ。 ( Monty は元帥の愛称 ) ] それで僕は、「 cat and dog 」の行を思いついたんだよ。それで、子供たちが老人たちをからかっていた、そうしてなかったかな? それに、病院に行けば、老人たちは、大抵、口を開けているんだよね。息をしようと必死に藻掻いているように。そんなイメージが全部、この歌に入っているんだ。僕が自分の目で見なかったことを、何も含めなかった、とは思ってはいないよ。
 和声は、ほとんど、偶然に出来たんだ。二つのギターのパートがぶつかって、素晴らしいハーモニーを作り出したんだ。それで、僕は、そのハーモニーで曲を書いたんだ。僕が曲を作ることの出来る、唯一の方法なんだ、その偶然と言うのが。何も、事前に意図を持って用意してないんだ。物事を押し進めるのに、僕は偶然に頼っているんだよ。
 「チャートを駆け上がる曲」ではないけれどね、この「 Dying 」。でも、僕の一番好きな歌の一つだ。だって、小さな歌だもの。それに、僕は、些末なことを書くのが好きなんだ。
posted by ノエルかえる at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

「 The Man Who Sailed Around His Soul 」パートリッジのノート

 僕は、カンの滔々と淀みのない「 One More Night 」( ドイツのバンド CAN の1972年発表のアルバム『 Ege Bamyasi 』に収録 )が好きなんだ、回転する棒のような7拍子で進んで行く音楽なんだ。それに、デイブ・ブルーベック ( Dave Brubeck : 1920年生まれ、ジャズ・ピアニスト ) の「 Unsequare Dance 」。極めて簡潔な音楽。僕は、この拍子で何か書きたいなと夢見ていたんだ。前へ突き進み続けて休みもしない、と言う音楽、僕はいつも追い求めていたんだ。冒険的な歌なんだ。どうしてこれを書かずにいられようか。あ、でも、どんな和声かと、僕に尋ねないで下さいね。僕は思い出せないんだ。だけど、それ以前には使ったことのない、指使いの組み合わせを、その時に見つけたんだよ。その和声は、僕を悠々と風の中に突き進ませたんだ。
 たぶん、僕の最初の子供が生まれたからなのか、あるいは、年齢の所為なのか、それが誰か分かるだろうか、ともかく、僕の人生の転換点で、人生を締めくくるような答えを求めていたように思う。歌詞はとても早く思いついたんだ。一種の構想の噴出だね。だけど、よくある題ではないだろうか? ビートニックの詩を思わせるね。[ 「人生は一対のオレンジ・ボンゴ」とか ] そうでなくて、スパイ小説の題、そうでなくて、ボビー・ダーリン ( Bobby Darin ) が「 Mack the Knife 」の後に出したかもしれない歌の題のようだ。現実のための、指標を書き入れた完全な地図なんだ。歌詞の要になるのは、ジャック・ケルアック ( Jack Kerouac : 1922年生まれの詩人 ) のある種の冷たさだね。それは、ブレヒト ( Bertolt Brecht : 1898-1956年。劇作家 ) の詩を土台のビスケットにして上に載る氷菓のようなんだ。そのブレヒトの詩には、ヘンリー・マンシーニがジョン・バリーのインストルメンタルを元にして、曲を付けていたと思うけど。その氷菓、ああ、美味しい! でも、僕が、トッドに送ったのは、そんなふうには全然聞こえなかったんだけれどね。全くだよ、僕のデモ・テイクはまだ練れていなかったんだ。油彩の肖像画ではなくて、まだまだ、胎児状態のぼやけた素描だったんだ。
 アメリカ合衆国へのジェット旅客機に飛びのる前の、僕とプロデューサー氏との数回の電話会談のある会話で、プロデューサー氏は、この歌の素描を、暫定的な候補曲にしている、出来れば歌詞を完成して欲しい、氏はこの旋律が気に入っているから、と言ったんだ。それで、ぼくはそうした。先に述べた「 Mack the Knife 」を、子供の頃毎日のようにラジオから漏れて来るのを聞いていた記憶を掘り起こして、フランク・レッサーの『 Guys and Dolls 』( 1950年初演のミュージカル )の中の「 Sit down your Rocking the Boat 」から旧約聖書の箴言を精製しようと努めたんだ。僕は、何気なしに、自分の書いた歌で一番のお気に入りになる歌を創ってしまったんだ。悪くとらないで下さいよ。僕は、自動的に、何でも自分の歌が好きになるわけではないんだ。本当です、そんなことはないんです。「 Sgt. Rock is going 」は、十分の二だけ。「 Complicated Games 」は、十分の四だけなんだ。この歌は、十分の十が好きなんだ。それで、僕が創った歌と言う子供たち、その全員の中には、少しばかり嫌なのや出来映えの良くないのは一つもない、と言うことはないんだ。
 さて話題を元に戻して。この歌の大部分はサンフランシスコで録音されたんだ。トッドの迅速だけど的を得た編曲、弦楽と管楽器隊も入れてね。デイブのジェームズ・ボンド風の単音のギターと僕のリード・ヴォーカルは、ウッドストックの小屋に戻って、録られたと、確かではないけど、そう覚えているんだ。歌っている時に何よりも頭に浮かんでいたのは、僕の長年の憧れの人である、ジャック・デイヴィス ( Jack Davis : 1924年生まれの漫画家 )が描いた、雑誌『 Yak Yak 』の創刊号の表紙のビートニックな風刺漫画の絵だったんだ。それは、僕を実存的深刻な場面に陥らないように助けてくれたと、僕は思う。僕は、あのコミック・ブックが大好きだったんだ。でも、でも、あの雑誌、何処かに行ってしまったよ、……、ああ、溜息が出ちゃうな。ああ、すいません、僕は何所まで話したか知ら?
 イギリスのテレビ放送で、『 The Tube 』と言うポップ・ミュージックの番組があったんだけど、僕らは一度も出演依頼を受けたことがなかったんだ。僕は思うのだけど、僕らはかっこ良くはないからね。番組が終わりそうになっていたある時、番組から僕に、『 The Pirisoner ( プリズナーNo.6 ) 』[ 皆さんは覚えているでしょう、60年代のパトリック・マクグーハン主演のスパイ・心理・スリラーものだよ。 ] の特集への出演依頼があったんだ。番組は、本物の『プリズナーNo.6』のロケーション場所、ポートメリオンに行って撮影をして、『プリズナーNo.6』の贋作を作ろうとしてたんだ。それに、たくさんのバンドも出ると言うものだった。番組の担当者は、毎週の放送に、ずっと出演依頼をしなかったことを謝って、あああ、それで、僕らにそのたくさんのバンドの中に含まれるのを承諾してくれないか、と言ったんだ。僕らは引き受けたよ。それで、僕らは、氷点下の厳しい状況でお尻を凍らせた、と言う訳。薄っぺらな夏の衣類以外は何も着ないでね。僕らは、僕の「 The Man who sailed around his soul 」とコリンの「 The Meeting Place 」を撮影したんだ。デイブの弟、デュークのE.I.E.I.Owen 、イアン・グレゴリーがプレイリーの代わりにドラムズ・キットに座ったんだ。その冷凍物は、ユーチューブで見ることが出来るね。僕らはひどい高熱を出したんだ、ねえ、海の男でも凍えるだろう。本当の話しなんだ。



 Yak Yak, Premier Issue (1961):

davis,j_yakyak_no1_1961.jpg
posted by ノエルかえる at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

「 Mermaid Smiled 」パートリッジのノート

 新『スカイラーキング』のライナーから



 自動車での長い旅の間、幼い僕をおとなしくさせるために、僕は、外扉に穴の開いた硬い作りの本を買ってもらったんだ。穴からは、裏表紙にくっ付けられた水の入ったプラスティックの透明なパックを覗けるようになっていたんだ。その穴のくり抜きの形と言うのは、舟の丸窓か、海の下の洞窟、水族館の水槽、何か、そう言った感じだったんだ。パックの水の中はと言えば、[ 当時のことだから、確実に健康に無害で安全かと言えば、そうではないだろうけど。 ] プカプカ揺らぐオレンジと青いプラスティックの魚が入っていた。僕は、何ヶ月もその本がどてもお気に入りだったんだ。でも、結局、知りたがりやの子供らしく、僕は、その水のパックを破ってしまったんだ。だって、それが本当の水かどうか、確かめてみたかったんだ。実際、本当の水だった。それで、魚は手に入れたのだけど、遊びはおしまいになってしまった、と、今、僕は残念に思うんだ。
 80年代に初め頃に、この触って遊ぶ立体的なオモチャの思い出と、若い心が海へ抱く一般的な神秘の思いを捉えようと、僕は詩を書いていたんだ。『 Book of full of Sea / 海の全ての本 』と題を付けて、様々な漂流物、ルーパト年鑑でちらっと見た、ネプチューンの二頭馬車を引く白い「タツノオトシゴ」の一団から、自分の遠い子供時代に遊んだ覚えのある潮溜まりの透明な水晶の様な世界まで、そんなものを繋いでいたんだ。
 アルバムを書く段になって、僕はある日、新しい調律を試みていたんだ。D6 の類いなんだけどね。それで、一種のドローンの様な素晴らしいラーガを見つけたんだ。それに、新鮮な転調も僕の指の元に降りて来てくれた。その時には、ただ単に「微笑み」と言う言葉しか思いつかなかったんだ。だから、この「微笑み」という楽観的な一語だけで、デモ・テイクは、ほぼ、インストルメンタルだったんだ。僕に分かっていたただ一つの事は、音楽は、水に関わる感覚があったので、シンセのホワイト・ノイズを付け加えて、暫くの間、そのままにしておいたんだ。
 すべての僕のデモ・テイクをトッドに郵送するように言われた時には、このお粗末なインストルメンタルをトッドがアルバムに入るものに選ぶとは期待していなかったんだ。ある夜、電話をかけて来て、「私は、この音楽が大好きだ。この歌はアルバムを成立させる「歌の環」に入るのに相応しいと考えている。欠けているものは、ただ一つ……、私がこの音楽に歌詞を書こうか?」と言ったんだ。ああ、何と言うか、僕はその時には、『Book Full of Sea』から抜き出して、歌詞に作っていたんだ。もちろん、音楽に合うように、曲げたり伸ばしたりしたのだけれど。僕がやったんだよ。
 全てのトラックは、あるいは90%、と僕は覚えているのだけれど、サンフランシスコで録音されたんだ。トッドは、高級な室内軽音楽風の素晴らしい編曲をした。弱音器の付いたトランペットとかね。プレイリーは、彼が持っていたジャズの細かな拍の刻みを披露したんだ。ミンゴは、タブラを泡立つ音のように最高の演奏をした。コリンはと言えば、ウォーキング・ベースとラテンの香りのするランニング・ベースでみんなを驚かせたんだ。[あの当時、一体何所に、コリンはそれを隠していたんだろう?]
 先に話しを飛ばそう。アルバムが発表されたんだ。この曲も所収してだよ。それで起こったことと言うのは、合衆国で高らかに警笛が鳴らされたと言うことなんだ。本当に、とても朗々と鳴らされたんだ。シングル「Grass」のB面には「Dear God」があったからね。それで、ラジオ局はアルバムではなしに、その7インチシングルを掛けたんだ。彼らは大騒動が好きなんだ。騒ぎは持ち上がったよ。放送は、とても熱心な支持ととても否定的な反応の両方を得たんだ。「僕たちはこの歌が大好きだ。」それに、「もう一度放送したら、俺は、貴様の局を焼き払ってやるぞ。」[本当なんだ!] それで、ヴァージンの制作担当者・ジェレミー・ラッセルから電話があって、「合衆国のレーベルは「dear God」をアルバムに入れて出版したがっている。だけれど、全ての歌を収録する余裕はない。それで、どの曲を君は外したいのか?」と言ったんだ。ラッセルが提案したのは、コリンの歌「Big Day」だった。
 ああ、何てことだろう! 僕とコリンは、スカイラーキング・セッションの終わりには、お互いの関係が微妙になっていたんだ、それまではいつも良好だったのに、そうではなくなっていたんだ。彼は、一旦は、本当にバンドを「出て」行ったんだ。でも、有難いことに、何所にも行かなかった。どんな解決もなかったにも拘らず、事件については、もう何も言わなかったんだ。[ちょっと朝鮮戦争のようだよ、見かけ上は動きがなかったんだ。] それだから、僕は、自分の歌を贔屓しているものだから、コリンの歌をアルバムから外すことで、僕が、彼にどうにかして嫌な目に遭わせてやろうとしているんだ、と、コリンに思われたくはなかったんだ。僕は、「Mermaid Smaile」を外すべきだと言った。こう言うわけで、多くの人の前から、この歌が消えることになったんだ。この歌が、他の仲間たち全部と揃って、このアルバムに戻って来られて、本当によかったよ。
posted by ノエルかえる at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

「 Another Satellite 」パートリッジのノート

 新『スカイラーキング』のライナーから


 ああ、僕はこの歌を書いたことをそれはそれは悔いているんだ。と言うのも、当時、ある女性が大変な苦境に僕を追い込んでいたからなんだ。あるとても綺麗な若いファンだったんだ。その後、僕とは友人になったのだけれどね。その女性は、僕が合衆国にいる時には、僕の自分は既婚者だと言う観念からすると、常に外れた奇妙な存在だったんだ。この歌の歌詞は、僕自身のことを語ったもので、僕は彼女の注意を引くとは少しも思っていなかったんだ。けれども、まるっきりそうではなかったんだ。僕は彼女を軽んじていると思われたんだ。既婚男性は節度ある振る舞いをしなければならない、僕はそうして来ていたんだ。だけれど、その考え方は、僕が始終彼女のことを思うことを止めることはなかったんだ。
 歌を書き出して半分くらい経った時、僕は、発想を求めてヤマハのサンプリング・キーボードの安いものを買ったんだ。スウィンドンのジョン・ホームズ・オルガンズで買ったんだ。 ( たぶん、読者の皆さんは見つけられないと思うけど。 ) それで、エレクトリック・ギターでコードを鳴らす音をサンプリングする番外のやり方を見つけたんだよ。素晴らしかった! 通常のギターの音域よりも下げてみると、音は遅れる様に鳴って、少し聞く分には重厚に思えて、しかも、底がひび割れて少しばかり歪んでいるように聞こえたんだ。それは、まったく新しい領域の音だったんだ。その領域では、人は、音がギターの動きの決まり切ったものからは離れたところにあることにまず気付くだろうし、そこに留まらず、水平に動く風変わりな音響の世界があることに気付くだろうと思うんだ。もし、メジャー・コードだけに音楽的軌道を限っていて、それをサンプリングしたとしても、この楽器は、ひどく戦慄させられる様な和声の風景へと行ってしまうんだ。
 アルバムに収められる曲がすべて決まって集められて、僕たちが録音に来た時には、この歌は、デモからあまり離れたものにはしない様にと決めていたんだ。問題は、僕が自分の安物のキーボードを合衆国に持って来ていないことだった。けれども、それは問題にはならなかったんだ。フェアライトがそこにあって、自分たちで虎落笛 ( swish ) を作ることが出来たのだから。驚愕させられたことは、デイブの鳴らしたギターを録って大怪獣の餌にしてみると、それは、僕の安物のヤマハが作った滅茶苦茶なものとそっくりだったんだ。最近では、コレクターが古いフェアライトを探しているそうだよ。サンプリング機能が不十分で予想外のものが出て来るからなのだそうだよ。僕は、実際のところ、この歌では何も演奏していないんだ。キーボードについても、正確に言えば演奏しているとは言えないし。それに、考えてみれば、「 The Man Who Sailed Around His Soul 」でも「 Summer's Cauldron 」でも、演奏しているとは思えないな。[ 「 Summer's Cauldron 」のギターはデイブだと思うよ。 ] 「 Sacrificial Bonfire 」もそうだね。本当に! このアルバムでは、僕は、「必ずしも要らない」者なんだね。
posted by ノエルかえる at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

「 Big Day 」ムールディングのノート

 僕たちが「 The Meeting Place 」で見た恋人たちが、この歌では、成長して猜疑心を持つようになっている、と、僕は思うのだけれどね。二人の恋人は、それぞれの喉元に支えているものがたくさんあるんだ。容易くそうなるものなのだね。そのような二人を初めて見た時には、人は、「自分の結婚はあのようにはなりそうもない。」と思うだろうね。僕は、辛い結末になるまで結婚を我慢して続けることを推奨したりはしない。けれども、もう一回試してご覧、とは言うんだ。この歌は、親が、結婚しようとしている子供に、彼か彼女かだよね、与える忠告であり、自分たちの結婚がどうだったかを教える、と言うものなんだと、僕は思う。彼か彼女かの晴れの日の前夜のことだね。励ましの歌なんだ。
 僕はこの歌をデュークスのセッションに提供したんだけれど、驚いたことに、グループは“サイケデリック”にするには良すぎると考えたんだよ。疑いもなく、デュークスには出来が良すぎたんだ。実際、当時、僕は、自分のデモにサイケデリカを加えていたんだ、まるで、食事に振りかける塩のようにね。それは、お好みに応じて、という薬味で、僕はそれを使っていたと言う分けなんだ。
posted by ノエルかえる at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月02日

「 Earn Enough for Us 」パートリッジのノート

 聴衆の皆さんに「 Love on a Farmboy's Weges 」をお届けした、同じ配給を待つ列からの、もう一つの「我は、如何にして、収支を合わすか」と言う歌なんだ。皮肉なことに、この歌を書いたのは、僕が初めて印税を受け取った年だったんだ。八年の間、僕は印税を受け取るのを待ち続けていたんだ。この歌は、全体を通じて、リアリズムが強く脈々と流れているんだ。当時、僕は、本当に、家族を持ったのだし、抵当に入れられることを宣告もされていたんだ。屋根に穴が開いていたし、本当に、上司からの「クズ」と言う侮蔑の嵐に耐えなければならなかったんだ。〔 実際には、いくつか前の仕事でのことだけど。 〕 僕が言いたいのは、この歌の歌詞にあるのは、現実の生活のことだということなんだ。「 Farmboy 」での様な、ロマンティックな投影ではないんだ。
 僕の歌詞手帳によると、この歌は、「 Across the Antheap 」と「 Mermaid Smiled 」の間に出来たんだ。「 Across the Antheap 」は、誰もがこのアルバムに入れることを拒んだ歌だった。この歌「 Earn for … 」は、いわゆる学校ロックの歌だった。『 Black Sea 』には合わず、どこにも鳴らす所がなかったと言うものだったんだ。鳴り響くパワー・コードと大音量のバックビート・ドラムのどれもが、音響的には、ビートルズの「 Rain 」と「 We can work it out 」、それに僕らの「 Respectable Street 」の間に位置する様なものなんだ。実際、僕は、「 Rain 」のコードを色々と考察していて、偶然に、歌の骨格に気が付いたんだ。こう言うことなんだ。G のクローズド・コード ( 各音がくっついている和音。opened は、開いているもの。 ) を G 弦を開放で響かせるままにしておいて、 F のクローズド・コードに移行するんだ。その時、開放の G 弦はそのままに鳴らしておいてね。試してご覧なさい。それは、本当に、素晴らしい聴覚的感覚を産むんだよ。それは、《60年代》と呼ばれるものなんだ。キンクスの「 See my Friends 」も、やはり、同じ類のものだね。

 クローズド・コードとオープン・コード:
スクリーンショット(2011-04-02 11.23.39).gif


 トッドは、この歌がシングル候補になると思ったんだ。〔 彼は親切なことに、 〕 イントロと間奏に入れる聴衆の耳を惹き付ける楽句 ( hook line ) を考え出すように、僕らを強いたんだ。「 hook line 」と言う台詞で、僕が思い出したのは、ほかでもない、僕らのマネージャーが前のアルバムの題名にと提案した時のことだった。それは、こう言うことだったんだよ。逼迫した上流階級の無役で捨て駒にされるような英国将校の声だと思って聞いて下さいよ。
彼「お前たち、アルバムは『 Hook Line and Sinker 』と題名を付けるべきだ。」
僕たち「本当に、それ何なんですか?」
彼「ふむ、お前たちの歌のフック・ラインは、…[ 長い沈黙 ]… それで、アルバムは跡形もなく沈むと言うのは事実だからだ。」
これに、何か有効な反論があるかな?
 それはそれとして、ウッドストックに話しを戻して。ある“委員会”によって、歌のオープニング・メロディは、デイブの12弦ギターを鳴らして初めようと、提案が出されたんだ。トッドの基準と言うのは、聴衆の耳を惹き付けるのに十分な面白いものであるべきこと、そして同時に、ギターの初心者が弾くことが出来る程簡単であるべき、と言うことなんだ。それで、長ったらしくて可笑しな、ギターの弾き方の学び方についての会話が始まったんだ。読者の皆なには分かると思うけど、トッドの地下壕には、「 Sturm und Drang 」( 原文:strum and drang 。シュトルム・ウント・ドラング:18世紀末のドイツでの芸術運動。劇作家 Friedrich Maximilian Klinger フリードリッヒ・マクシミリアン・クリンガーの作品の題名から付けられた。感情が理性より優先すると言う考え方。ロマン派の先駆け。音楽では、ハイドンの中期。 ) と言うものは全くないんだよ。ヤマハ DX7 で同じメロディを弾いて、なぞっていると、僕は思う。僕はこの機会を捉えて、皆なに言わなければならないんだ。このヤマハのモデル以外は、どんなキーボードの音も嫌いではなかったんだ。でも、このヤマハ DX7 、その冴えない独特の音を聞くと、いつも、僕の中で何かが死んでしまうんだ。お願いだから、彼らの“株式会社 氷”の欠片で僕の車を擦る様な非人間的な水晶周波数の音は、もう勘弁して欲しいんだ。もし、このキーボードの音を人間に喩えるとすれば、ナチスのハインリヒ・ヒムラーだ。アルミホイルのドレス ( 原文:dressed in Bacofoil 。Baco は、イギリスの台所用品のメーカー、Bacofoil は、アルミホイル。Bacowrap は、フィルムラップ。 )を着た彼が、霜の中を、タップダンスをしながら歩いてる様な音なんだ。それ以上に寒い音はないよ。僕は、その音にこの上なく嫌悪感を感じるんだ。ああ嫌だな、こんな事言ってしまって、どんな資金援助の望みもお仕舞いだよ。
 それで、僕たちらしさは何所にあるのかと言えば、そうだね、トッドは歌を短くしてヴァース部分を除いてしまったし、… いい雰囲気だったけど、… 。何もかもは、サウンドホールで、プレイリーが曲をしっかり理解して、コリンがベース・パートを弾いた時に、上首尾に終わったんだ。この歌は、悲しいかな、シングルになることはなかったんだ。だけれど、誰も、「 Dear God 」がラジオで頻繁にかけられて、騒ぎを起こすとは、予見しなかったよ。
posted by ノエルかえる at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

the Hooter

 「 Meeting Place 」の冒頭に入れられている、工場のサイレンの音。スウィンドンの鉄道工場のものと言うことです。工場は、1986年の3月26日に操業を止めたと言うことで、その日の午後4時30分のサイレンが最後になりました。100年以上続いたスウィンドンの生活の一つが消えたと言うことです。
 『 Skylarking 』のレコーディングは、1986年の4月から始められています。このアルバム、そして、「 Meeting Place 」は、スゥインドンの一つの歴史の記念碑にもなっているのですね。


スウィンドン鉄道博物館の説明:
Swindon Heritage Trails
posted by ノエルかえる at 10:08| Comment(0) | TrackBack(0) | Skylarking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする