2017年11月12日

Partridge / Wilson 「 To the Bone 」訳

 さて、TC&I のEP『 Great Aspirations 』について、パートリッジが、Twitter上のコメントで、「公の場で意見を言うのは適当でないと思う」と言っているのには驚いたのだけど。 

 でも、それ以上に、スティーブン・ウィルソンさんのアルバムについて、Twitter上に何のコメントも出してないのは、もっと驚き。提供した歌がたった一曲になった事についても、何もコメントを出してないけど、、、 
 それに、唯一の歌「 To the Bone 」についても、その歌詞がパートリッジが書いたままなのかどうかも、確かには分からない。パートリッジ的なイメージの横溢感がない様にも感じるのだけど。 


歌詞カードを元にして、 
( 歌詞カードには、イントロ部分のナレーションは書かれてないので )  


うん、このまま続けよう、下へもっと深く下へ進もうよ、 
僕たちの行くべき道は、床を突き抜けていくんだ、 
ねえ、核は何で出来ているのか、君たちも知りたいだろう?  

本途は氷の様に澄んだ水流、僕たちはそこから水を飲みたいと願っている、 
そう、その水流は、微笑みで隠した爆弾をもう一度仕掛けただろう 
嘘つきたちを消滅させるだろう。 

うん、このまま下へ深く進み続けよう、 
僕たちは彼らの神の座を溶かして崩そうとしている、 
さあ、処女、売女、老女と言った迷信全部を突き抜けて下へ行こう、 
うん、このまま下へ進もう、畏怖する神々を通り抜けて、 
本途だけのある所まで、 
さあ、下へ下へ進むんだ、僕たちは髄まで進むんだ。 

本途は何時でもある道、僕らは笑って本当にしない、それに、 
その道を僕たちの誰もが知っていると考えない様にしている、 
そうして、僕たちは逸れて迷い、自分を破滅させるんだ。 

うん、このまま続けよう、下へ下へ行くんだ、 
僕たちは、彼らの石に穴を開けて通り抜けようとしている、 
そう、僕たちを平伏させる様に作られた妖精の話しを通り抜けて行こう、 
続けよう、火器で武装し無人飛行機に導かれている 
あらゆる政府機関を通り抜けて、 
さあ、下へ下へ進むんだ、僕たちは髄まで進むんだ。 

僕の上に雨が降る、雨が降る、僕に向けて雨が降る、僕に向けて。 

本途の全部が降り注いで来る、僕に降り注ぐ、 
あまりにたくさんの水が落ちて来る、それで、君は海を作ってしまう、 
その海で、僕たちは航海をする筈だ、そして、石の様に沈む、 
本当の中へ沈む、髄へ落ちる、下へ進み続けて、髄へ。  





Hold on, down and deeper down we're going
Way down through the floor
Oh, don't you wanna see what's of the core?

Truth is the icy clear stream we dream about drinking from
But it will liquidate liars should they rewire its smiling bomb

Hold on, down and deeper down we're melting down their throne
Oh, down through every superstition, virgin, whore and crone
Hold one, down through all the fear gods to the very truth alone
Oh, down and down we're going to the bone

Truth is the permanent path we laugh about, but then avoid
Thinking we all know the way, we stray behind, self destroyed

Hold on, down and down and down, we're drilling through their stone
Oh, down through every fairy story built to keep us prone
Hold on, down through every government with gun and guided drone
Oh, down and down we're going to the bone

Rain on me, rain on me, to me, to me, to me

Rain all the truth down, down on me
Rain down so much you make a sea, you make a sea
A sea we can sail then sink like a stone
Down to the truth, down to the bone, down to the bone   

posted by ノエルかえる at 13:36| Comment(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

Great Aspirations

 コリン・モールディングとテリー・チェンバースのEP、心待ちにしているのだけれど。 

 Discogs に、掲載されて、クレジットが分かる様になったので。 
レーベルは、TC&I Music となっている。 

 奏者は、チェンバースが、ドラム、パーカッション、バッキング・ヴォーカル。 
モールディングが、ベース、ギター、キーボード、リード・ヴォーカル。 
それから、オルガンに、Mike Rowe と言う人。 
サクソホーン、トランペットに、Alan Bateman と言う人。 
ソプラノに、Susannah Bevington と言う人。 

Recorded within the Sound of Christ Church Bells とあるのは、レコーディング場所か知ら? 
Christ church はスウィンドンにもあるけど、 
Christ Church, Swindon - Wikipedia
教会の近くで、教会の鐘の音の間に録音した、と言うこと??

TC & I - Great Aspirations (CD) at Discogs

パートリッジの Twitter のコメントに依れば、「 Comrades Of Pop 」は、十年前にデモ・テープを聴いたことがあるそう。XTC が解消される前、パートリッジは『ファジー・ウォッブルズ』にしか興味がなかった様だけど、モールディングは新しいアルバムを望んでいたそうだから、その時に聞かせていたのだろう。 
 Mark Fisher さんのレビューに依れば、「 Comrades Of Pop 」は、歌ではなくて語りの様だけど。 
Review of Great Aspirations by TC & I, aka Colin Moulding and Terry Chambers  
posted by ノエルかえる at 21:21| Comment(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

Big Big Train 「 Along The Ridgeway 」訳

丘陵へ向かって疾駆している、その速さと言ったら、
雲から落ちた影のようだよ、その速さに乗って、
君は、飛び立てるところを見つけるだろうね。 

そこで、夏だけ現れる草原を抜けて、
古街道リッジウェイの直ぐ下を、
開けた空へ向けて歩くんだ。 

君が一人っきりだと、
アルフレッド大王が、あの石を鳴らすだろうね、
そうして、物語りが始まる。 

丘陵を駆け抜けて、
幾つもの影法師が地面の穴へと消えた、
影の主たちは、飛翔するところを見つけたのだろう。 
古街道リッジウェイに、
君が踏んでいるその土の下に、
この世界から連れ出してくれる小径があるんだ。

君が一人っきりだと、
聖ゲオルギオスが、宿敵の龍を薙ぎ倒すだろうね、
そこでは、もう、草が生えることはないんだ。
夜になると、鉄と血を溶かした
ヴェルンドの竃が火を放つんだ。 
ヴェルンドは、故郷へ飛んで帰る為の翼を造っている。 

この現実の世界、物語りが語られることのない、
鋼と石の世界では、 
君は孤独を感じているんだね。 
ならば、さあ、外に出て、丘に登るんだ。 
そこには、白亜の馬が降りて来ていて、 
泉から水を飲んでいる。 
そうして、月明かりを受けて、 
アルフレッド大王が石を吹き鳴らす。 
そうすると、伝説が生まれ直すんだ。

ソールズベリーの巨人がやって来るよ、
孤独な男がやって来る、 
一群の人々が、彼の手を取って導いているよ。  








6月19日追記: 
エディスさんがご教示下さったので: 
そこで、夏だけ現れる草原を抜けて、 と訳した行、 
summerlease と言う言葉は、
Uffington White Horseの近くにある草原のことをMiddle English でそう呼んでいた、と言うこと。 

手直しはしないままですが。 
中世的な雰囲気も言葉に入れないといけないだろうか、、
posted by ノエルかえる at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

Hand. Cannot. Erase.

 スティーヴン・ウィルソンさんの新しいアルバム『 Hand. Cannot. Erase. 』。今までよりも詳しい奏者のリストがウィキペディアに掲載されていました。デイブ・グレゴリーさん、やはり、参加しています。三曲で、ギターを演奏しています。「 3 Years Older 」「 Hand Cannot Erase 」「 Happy Returns 」の三曲。( ウィキペディアによる ) 
posted by ノエルかえる at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

1001 guitars to dream of playing before you die

 デイブ・グレゴリーが、序文を書いている書籍。
『 1001 guitars to dream of playing before you die 』
著者: Terry Burrows
Universe Publishing  2013年刊 
960ページの大部の書籍。

1001 guitars to dream of playing before you die (書籍, 2013) [WorldCat.org]  

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posted by ノエルかえる at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月01日

Paper Chase

 APE フォーラムで、パートリッッジが、提供・共作した曲の中で自信のある歌を上げていました。1997年にリリースされた、Nicky Holland のアルバム『 Sense And Sensuality 』の中の二曲「 Paperchase 」「 New York Inside My Head 」がそれ。
 私は知らなかったし、聞いたことがありません。ディスクは中古ならあるか知ら。iTunesにはカタログされていませんでした。

 Paper Chase は、子供の遊び。鬼ごっこの様な遊び。「うさぎ」と「キツネ」に別れて遊ぶ。「うさぎ」が先に逃げていって、紙をまいて置く。「キツネ」が紙を手掛かりに追いかける。と言う遊び。
 一読した感じでは、歌詞はパートリッッジ的。( チョークヒルで閲覧。 ) すぐ後の、『 Apple Venus 2 / Wasp Star 』の中の「 Playground 」に繋がるのかもしれないです。


フォーラムでのパートリッジのコメント:
「 Two I'm really proud of were the numbers I did with Nicky Holland, NEW YORK INSIDE MY HEAD and PAPERCHASE. They came out good I reckon. 」
Talk About Collaborations Andy Already Have Done. - Ape Forum

アルバム、Discogs には、データがありませんでした。

チョークヒルのデータ:
Chalkhills: Reel by Real: Nicky Holland: "Paperchase"
Chalkhills: Reel by Real: Nicky Holland: "New York Inside My Head"  


2015年2月28日追記、訂正: 
Discogs にデータがありました。 
Nicky Holland - Sense And Sensuality at Discogs
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2013年05月16日

The Man Who Died Two Times

 きのうは、『遺留捜査』を見ただけ。

 ムールディングは、ロサンゼルスのプログバンド、Days Between Stations のアルバム『 In Extremis 』に参加。「 The Man Who Died Two Times 」でヴォーカルを担当。
 iTunes で買うべきか? アマゾンでも一曲だけのダウンロードがあるか知ら?
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2013年04月21日

ワルツ

 Erica Wexler の『 Sunlit NIght 』、ワルツの二曲「 A Life lived 」「 Little Heart 」、パートリッジとエリカさんが自宅のダイニングで踊っているのを思い浮かべながら、聞いてしまう。
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2013年03月09日

Big Big Train 「 Uncle Jack 」 訳

 「 Uncle Jack 」は、『 Mummer 』に目配せをしていると言うことなので、歌詞を読んでみました。でも、この歌は、Longdon さんの実の伯父のことを歌ったものだそうで、その人は炭坑夫で一年の大半を地下で過ごして、僅かの地上での生活を慈しんでいたそうなので、すると、「 Towers of London 」にも触れると思いますし。『 Mummer 』だと、「 Uncle Jack 」の歌詞にも語が出て来る「 Ladybird 」、それに、「 In Loving Memory of a Name 」。『 Skylarking 』の「 Season Cycle 」。『 Oranges and Lemons 』の「 Chalkhills and Children 」なども触れているような。


 主人公のJack おじさん、Jackdaw とかけているみたいなので、黒丸おじさんにしました。
歌詞は、おじさんが可愛がっていた幼い甥っ子が歌う場面と、ナレーター ( その甥っ子が成長した青年かも ) の歌う場面、主人公の Jack が歌う場面とがあるように思いましたので、そのように訳してみました。
 「Fox Earths / Rabbit Warrens / Badger’s Sets 」のところ、Earths もWarrens もSets も穴で、それに住む動物が違うのですが、その分け方を日本語で何と言うか、私には分からないので。
 それから、上の歌詞の直ぐ後には、Partridge Nests が続くのですが、それは、Andy Partridge が入っていると思うので。



黒丸おじさんは知ってるよ。
垣根の歌をひとつだけ、ひとつだけ知ってるんだ。

地球の傾きが太陽を
まぶしい夏の空に高く
高く挙げると、
その光りは凄まじく強烈になる。
すると、地球は太陽をよけて行き、
そして、地球は太陽の周りを回り出す。

黒丸おじさんは知ってるよ。
垣根の歌をひとつだけ知ってるんだ。
そう、ひとつだけ知ってるんだ。
おい、おしゃべりのコクマルガラスのおじさん!
お前の話すこと、古代のことや蘇りのこと、どれもみんな、
黒丸おじさんは前に聞いたことがあるのは、わかってるだろう。

花々、たくさんの葉、
鳥たち、いくつもの実。
花は虫をひきつける。
そうしているうち、午後の三時になる。
常盤木の下、マグ一杯の紅茶を飲み、
犬とその飼い主は心地よく眠る。

黒丸おじさんは知ってるよ、
垣根の歌をひとつだけ知ってるんだ。

おじさんは歌う。
「みんなは知ってるんだろうか、
山査子、スピノサスモモ、榛、
そんなで出来た生け垣。」

おじさんは歌う。
「薔薇の実、
山査子の実、
そんな生け垣。
空積みの石垣、
イヌバラ、
忍冬、
クロウタドリ、
ワキアカツグミ。」

おじさんは歌う。
「鶇のさえずり、
キアオジ、
アミメカゲロウ、
テントウムシ。」

おじさんは歌う。
「狐の塚、
兎の隧道、
狢の二間穴、
山鶉のアンディ伯父の隠れ家。」

黒丸おじさんは知ってるよ、
垣根の歌をひとつだけ知ってるんだ。






Uncle Jack | Big Big Train : Bandcamp
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2013年03月02日

A Tinny Little Sputnik 2-5

 学生用の小さなスタジオで製作したということが、良い結果になったと言うように思えますけれど。
「ええ、とても小さなスタジオでした。それでも、私たちは、そのスタジオの半分程で十分だったのです。と言うのも、私たちは、最大限の対話を得るために、お互いにくっついている程の近さが欲しかったのですから。誰かが何かを演奏した時に、「ああ、今のはよく聴こえなかった。」と言う必要はない程の近さです。私は、ヘッドフォーンは全く使いませんでしたよ。三人とも、ヘッドフォーンは使わなかったと思います。私たち三人は、小さな半円の中にいて、お互いを聴きながら演奏したのです。」

 このプロジェクトを続けるお考えはあるのですか? これ以降にも、モンスタランスが発表されるのでしょうか?
「私は、このプロジェクトがとても気に入っています。もっと遣りたいですね。でもそれは、お金が回収されるかどうかに掛かっていますね。録音とミキシングにはそれほどかからないのです。ですが、マスタリングには、大金が要ったのです。と言うのは、私たちは、良いマスタリングのスタジオを希望しましたから。それに、ベースがありませんから、ミキシングとマスタリングには、軽くなり過ぎないように、パワー不足にならないように、細心の注意が必要だったのです。お金が入ったら、「もっとモンスタランス!」と言うようになるのは必然のことですね。
 このモンスタランスで、少しの間だけでも、きれいな金箔を貼った「歌」の世界から、私は逃れられると言う妄想を抱いています。そうするべきだと、私は考えているのですけれどね。私は、歌を書くことで、自分自身にとっての監獄を造ってしまったのではないかと、思うのです。今の私は、以前とは違った精神状態にあるのです。『 Apple Venus 』に入れた作品よりも、もっと言い歌を書けると言うイメージが浮かばなくなったことに気が付いたのです。私の出来る音楽の才能の内の一つが無くなってしまったかのようなのです。ですから、私の出来る他の音楽をしなくてはならないのです。
 まあ、こんなことを言っても、新しいわけでもありませんね。人は( 冷笑して )「ああ、彼は違うことをしようとしているんだろうな。」と思うでしょうね。でも、実験的な面は、ずっと私の中にあったのです。10代からすっとです。それに、私が子供の頃からずっと好きだった、たくさんのレコード、それは、『 Monstarance 』で私がしたことから、百万マイルも離れたりしてはないのですよ。じつは、直ぐ側だったのです。」



おわり




誤訳、疑問点をご指摘頂くと助かります。
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2013年03月01日

A Tinny Little Sputnik 2-4

 「 Pagpda Tailfin 」で思ったのですが、一度演奏したものが、後からまた繰り返されるのです。それが、どれくらいの間隔を置いてかは、覚えてないのですが。あれは、ディレイ・ユニットを使ったものなのでしょうか。貴方は、リズミックなパターンを演奏しているのですが、それがすごく遅れて繰り返されるのです。私には、それが、ディレイを使ったものなのかどうか分からないのです。
「私たちが使ったエフェクト、アンプリケーション、そのどれも、床に置いて使ったのです。私は、Line 6 シリーズのPod を使いました。それで、ディレイをとても遅れるように設定したのです。ミキシングの段階では、ギターをステレオの反対側にも入れて、同じディレイをかけたのです。それで、ギターが両サイドから聴けるのです。すべてのエコーや様々なエフェクトは、どれも、床に置いたセットで出しているのです。
 そうですね、確かに、私は私自身に絡まっているのですね。本物のギターとエコーのギターが綾取りをしているようですね。」

 聴衆にとっての楽しみは、ただ単に、貴方が創り上げたものを聴くことにあるばかりではなく、仰ったような、綾取りが可能であると貴方が考えている、その頭の中を知ることにもあるのです。
「ええ、貴方がそんなとても遅いディレイを使って弾くとしたら、聞き耳を峙てる必要がありますね。極めて危険な棘だらけの路を歩いていることになるのですから。しくじったり酷い間違いをしたりした場合、また、他の楽器とまるで呼応出来ないようなことをした場合、それが何度も何度も繰り返されることになるのですから。( 笑い ) そうですね、一度、おならをしてしまったらですね、たった一回のおならでも、大きく聞こえて、それも、何度も何度も繰り返されるわけですからね。ですから、ライブでディレイを使う時には、とてもとても慎重にならなければいけませんね。( 笑い ) それでも、即興でアルバムを作ってみたいですか。」
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2013年02月28日

A Tinny Little Sputnik 2-3

他の者が何かをしているので一人は別のことが出来る、と仰ったので、それについての質問があります。演奏を始めようと座った時に、演奏がどのようになるだろうかと言うことについて、何も先入観は持っていなかったのですか?
「ええ、全くありませんでした。持っていれば、馬鹿らしいですよ。どんな雰囲気がいいとか、その他どんなことも、全く話し合いませんでした。「柔らかくいこう、」とか「前半は荒々しく後半は静寂にしよう、」とか言って、座ったりはしませんでしたよ。そんなことは全然無しです。キーについても話しませんでしたよ、、まあ、キーについては一回あったか知ら。…、一回だけは、「C でやってみよう」と言って始めたことがありましたね。でも、Cは使わずに終わってしまいました。どの作品でも、キーについての話し合いはせずにいました。話し合ったといえば、「彼はそこでするの? コントロール・ルームで? いいよ、そのまま演って、」とか言うだけでしたね。音楽が命ずるままに私たちは従ったのです。誰も飛び上がって、「馬鹿野郎!」とか「変えろ!」とか言わなかったと前にも言った通り、全てが、音楽的対話で成されたのです。
 ですから、音楽が上手くいけば、作品が出来上がったわけです。音楽的対話が上手くいかなければ、私たちはその作品を捨てたわけです。8時間の演奏のうち、1時間半が出来たのは、即興演奏の作品が出来上がるパーセンテージとして、良い方なのかどうかは、私には分かりません。マイルス・デイヴィスがどれ程の演奏を捨てたのか、私は知らないのですし。デイブ・グレゴリーは、私にクリスマスプレゼントとしてマイルスの『 Cellar Door Sessions 』を呉れたのですが、あれは、6枚組のCDでした。正直に言って、私は、あれはほとんどは不出来だと思いますね。でも、いくつか、よく出来ているのがあるのです。本当に本当に良い出来なのです。たしか、あのセッションから選んで、『 Bitches' Brew 』か『 Live / Evil 』を作ったのですよね、私はちょっと思い出せないのですけれど。[ 『 Cellar Door Sessions 』から取られて作られたのは『 Live / Evil 』。 ] でも、『 Cellar Door Sessions 』の多くはあまり上手くいっていません。それが、即興音楽というものなのです。録音機を入れた時、「ああ、失敗!」となって、録音機を入れてない時、神の如き音楽が現れて、また入れると、猿が泥濘でのたうち回っているようになる、という、、」

私は、「 ChainGang 」が一番好きです。キャプテン・ビーフハートの後期の落ち着いた「 Ice Cream for Crow 」や「 Doc at the Radar Station 」を思わせるのですけれど。
「そうですね、たぶん、ギターの音色の所為ですね。トゥアンゴルウス・トーンですね。いくつか理由があって、私の手は、ちょっとリズム的になっていますね。そうしようと考えていたわけではないのですけれど、4分の7拍子になってしまいました。一方、マーティンは、私たちは全く話し合ってはいないのですから、4分の4拍子で始めたのです。緊張感がありますよね。4分の7拍子と4分の4拍子が合うのは、28小節ごとですからね。休まらないのです。彼は四拍子、私は七拍子ですから。二つのリズムが間断なく他方を求め合っているのです。シーソーのように揺れながら、ギターはドラムを、ドラムはギターを求めているのです。二つのリズムは非常に稀に合致する時があるのです。ですけれど、刺激的にしているのは、その合致ではなくて、何処までも続く追いかけっこなのです。そこにバリーが加わるのですが、彼は、この追いかけっこに註釈を付けているようですね。まるで、「それ、あいつに追いつけ! もう少しでタッチ出来るぞ!」と言っているようですよ。
 でも、私がこのアルバムで好きなのは、もっと長いものです。旅をしているような長いものです。短いものは、おそらく、グルーブから来ているのでしょうね。今でも、グルーブは好きですけれど。だから、このアルバムにも入ってしまっているのです。ですけれど、やはり、「 Cosmonaut 」や「 Priapple 」のような長い旅で、その中で何かに突然変異するようなものが好きなのです。」
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2013年02月27日

A Tinny Little Sputnik 2-2

ああ、それなんです。私が「 I Lovely Cosmonnaut 」の9分頃の、貴方たちが一斉に始めると言うところ…
「誰も飛び上がってはないし、編集とかその類いのことはなにもしてないのです。起こったままなのです。何と言うか、例えば、アルバムの最後の曲「 Priapple 」ですけれど、私は、三分の二程では、二つのコードだけを弾いてます。ワー・ワー・コードですね。私はただリズムのことだけを考えているのです。 [ 16:58秒のこの曲の最初の5分くらいのこと言っているように私には思えるのですが? ] まるで、マーティンとバリーが私を攻撃しているかのようです。その攻撃の下、止まらず路を歩んで山を登るのです。それが緊張を産み出しているのです。二つだけのコードを刻み続けながら孤独な巡礼者が山を登るのです。一方、二頭の怪物が私に恐ろしげな物音を私に投げつけるのです。そんなふうに、即興が発生しているのです。
 「 Torturetainment 」では、マーティンと私ははっきりとしたリズムを取っているのです。それで、貴方は踊れるわけですね。それで、バリーは、古今東西最高に意地の悪い歯科医になったかのような音を出して、リズムの上に被せるのですね。それが確固としたものになったとき、聞き手は苦しまなくなるのです。それは、拷問の相手が死んだからか、悪漢たちが拷問を止めたのでしょうね。と、その時、後半になって、バリーが長々とした音を鳴らし、聞き手はその崇高な音を聴くことになるのです。すると、私は、ギターで繊細な音を奏でてそれに応えるのです。このように即興演奏が続いて行くのです。ああ、即興演奏のセミナーをしているようですね。ともかく、このように、音楽を作り上げる方法はたくさんあるのです。それが対話なのです。常にリズムを作っている分けではないのです。三人全員がいつもリズムを取る分けではないのですね。お分かりになるといいのですが。他の人が何かをしていれば、一人は別のことが出来るのです。一人が何かをしていれば、他の二人は別のことが出来るのです。三人全員がリズムを取った場合、何か重要なことがあるのだとは、私は思いません。」
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2013年02月25日

A Tinny Little Sputnik 2-1

チョークヒルにコレクションされているインタビュー記事「 A Tinny Little Sputnik 」。
その後半の1。


貴方がおっしゃるような理由で、私がここに座ってインタビューするのが愉しいわけですね。
「それに、君はチュチュを付けて踊るし ( 笑い ) 、ロバート・ムガベの可笑しなお面をつけてるからね。」
即興が上手くいっている方法として私が気がついたことの一つには、一人のプレイヤー、それも必ずしも同一のプレイヤーと言うわけではないのですが、ともかく、一人のプレイヤーがリズムを取り、あるパターンを繰り返すと言うことです。それが貴方の場合もあるし、マーティンさんのドラムの場合もあります。そうして、残りの二人のプレイヤーがそのパターンを周りで旋回する織物を作り出しているのです。
「そうですね、事象の連動ということなのでしょうね。例えば、「 I Lovely Cosmonnaut 」の初めの4分間ですが、そこには、暗黙のリズムがあります。三人の誰もそれを明示はしていません。小さな入りの悪いラジオの雑音のような音とギターのボリューム・コントロールで出す音、ドラムからの軋むような音と当たる音だけです。それらが、何とかチーズの穴に落ちないように頑張っているのです。穴と言うのは、リズムのことです。誰もリズムを取ってはないのです。でも、聞き手はリズムを感じる。それは次第にリズムへと結晶して行くのです。」
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2013年02月24日

A Tinny Little Sputnik 1

 チョークヒルにコレクションされているインタビュー記事「 A Tinny Little Sputnik 」。2007年にNeddie Jingo さんが行ったもの。
http://chalkhills.org/articles/NewCritics20070408.html

その前半:



モンスタランスと言うバンド名、アルバム・タイトルには、不謹慎な駄洒落があるのでしょうか。
「ううん、意図的にはありません、全くないです。バリーは、「 Happy Monsters 」にしたがっていましたけれどね。実は、私たちは、自分たちの年齢を考えて、バンドを「 Ut [ ドレミファのドの古名 ] 」にしようと考えていたのです。もう既に、Ut と言う名前のバンドがあることを知らずにです。気が付いた時には本当に愕然としましたね。私たちの小さな世界が崩落しましたよ。と言うのは、Ut と言う名前が私たちには完璧な名前だと確信していましたから。それから、私は、「 Happy Monsters 」というのは、あまり気に入らなかったのです。ですから、「 Monstrance 」と言うのを提案したのです。信仰を集める聖遺物を収めて陳列する透明な容器ですよね。それで、考えたのですけれど、ディスクを中に収めるCDケースと言うのと同じではないでしょうか。実際は世俗的なものですけれどね、でも、聴衆はこれを自分たちにとっての聖なる物だとするのではないでしょうか。そう思うと、私は嬉しくなりました。モンスター monster に似た部分もありますしね。それに、聴衆が崇める聖なる物が、「俺らの糞でも喰らえ」になっていると言う悪ふざけの感じを、私は面白く思ったのです。まあ、そうではなくて、ケースが透明だと言うことなのですが。
 兎も角、とても可笑しかったのは、あるサイト、Amazonだったどうかは忘れましたけれどね、そのサイトに「 other Links 」と言うボタンがあったのですけれど、それを押すと、教会の用具を扱う会社があるだけなのです。嘘ではありませんよ。ですから、もし、私たちのファンが欲しいと思えば、本物のモンスタランス・聖体顕示台が変えると言うわけなのです。」
それは、どういう物なのですか?
「飾り立てられていて、それで、中が透けて見えて、仮想の聖十字架の一部が見えるのですね。もし、世界中のモンスタランスの中の聖十字架を集めることが出来たら、その聖十字架は縦が9マイル、横が6マイルの十字架になるでしょうね。」
バリー・アンドリューズさんのことですが、袂を分かった1978年に何があったのですか?
「えええ、んんん。あれは、78年、78年の暮れか、79年のとても早い頃か。私は、78年だと覚えるのですが、誰か思い出させてくれるといいのですが。私たちはまだ一人前の人間にはなっていなかったのです。成長途中でした。ですが、彼は、そこから降りて行ったのです。クルーマーの電気オルガンとローレンスのピアノを持って出ていったのです。」
それで、どのようにして、再び彼と仕事をすることになったのですか?
「それ以来、彼に会ったのは一二回でした。最初に再会したのは、私が司会をしていたテレビの番組でなのですが、番組のスタッフが誰にインタビューをしたいのかと尋ねるので、それなら、バリー・アンドリューズに会えれば嬉しいと答えると、誰かが、彼をテレビ・スタジオに連れて来た時なのです。まさか、スタッフがバリーを連れて来るだろうとは思いもせずに言ったのですが、スタッフは彼を見つけ出したのですね。それで、放送では、ちょっとだけですけど、再結成ということになったのです。難しくはなかったですね。その後、ここスウィンドンで、バリーを見かけるようになりました。バリーはロンドンに住んでいるのですけれど、自分の母親に会いに戻って来るからです。それで、彼を通りで見かけた時に、「即興演奏のプロジェクトなんてどう? やらないか?」なんて言っていたのです。もう十年ばかり前なのですが、「実は、ロシアがロックン・ロールを発明していて、小さなブリキの人工衛星スプートニクからそのロックン・ロールを電波に乗せて地上に落としていて、私たち英国人の子供は、夜になると、夜具の下に隠れて鉱石ラジオでそのロックン・ロールを聞いている。」という漠然としたアイデアがあったのです。そのアイデアに基づいて、即興をしようというものでした。バリーは、「ああ、やろう。」と言っていました。それから、一二年後だと思うのですが、彼が「僕のシェリークバックのアルバムで演奏してくれないか?」と言うので、私は、是非やりたい、と答えました。それは、実現しました。その時に、バリーが、未だに即興演奏をやりたいと思っているのか、と聞いたのです。私は、本気でそう思っているんだ、と答えました。そういうわけで、「よし、やろう!」と言うことになったのです。前もっての計画など何もありませんでした。ただ、やろうと言うだけだったのです。
 翌日、「んんんん、これはいいぞ!」って思いましたね。でも、空いたスタジオを取るのに、もう二日程かかりましたけれど。」
マーティン・ベーカーは最初から加わったのですか?
「そうです。私はバリーに、即興を上手くやれるドラマーを誰か知らないか、と尋ねたのです。私は何人かの腕のいいドラマーを知ってはいましたが、その誰も即興は出来ないのでした。それで、私は即興は出来ないドラマーを煩わせることはしたくなかったのです。バリーは、シェリークバックの前のドラマーのマーティン・ベーカーは素晴らしいし、即興が好きだから、是非推挙すると言ったのです。本当に、彼は完璧でした。ぴったり合っていて、味のある演奏をしてくれました。」
何処でレコーディングをしたのですか?
「大失敗になるかも知れないものに、お金を注ぎ込める余裕は、私たちにはありませんでした。それで、バリーが、スウィンドン・ニュー・カレッジに小さいけれどよく出来たスタジオがあって、そこが借りれるだろうと、提案したのです。学生たちのためのスタジオですが、学生たちはクリスマスで居ないのですから。激安で貸してくれたのです。そんな安さ、私は初めて聞いたものです。」
レコーディングした時と言うのは、貴方が耳を悪くした時なのですか?
「いいえ、耳を悪くしたのは、ミキシングの最後の日でした。劇的ですね。( 笑い )」
貴方が音楽と建築との関係を長々と話されるのを、私は聞いたことがあるのですが、その関係は、即興の場合、どうなるのでしょうか?
「即興演奏は建築と通じる所は無いと、私は思います。歌を書くこと、それに、上手く構築された均衡のとれた音楽と言うのは、建築にとても近いと考えていますけれど。即興演奏は、対話に近いのだと思います。三人の演奏家がお互いに話し掛け合っているのです。君はリズムを見つけたね、君は間を取った、そして君は主題を見つけたんだね、と言う具合にですね。三人の人間が会話をする時に、三方で話しをしているのと同じです。それぞれがお互いによい所に着目するのです。「ああ、それは面白いねえ、これこれは知っているかい…」とか言いながらですね。これがとても刺激的な対話だと言うことを私は知りました。それで、即興演奏は建築とは関係が無いでしょう。でも、よい歌と言うもの、別にクラシック音楽に限りません、ともかくよく考え抜かれたものであれば、器楽曲でも声楽曲でも、歌でも、建築と同じだと思うのです。即興演奏は何より会話ですね。
 別の見方が出来るとすれば、こう言うイメージでしょうか。三人の人間が、どうするかの何の設計図もないまま、一斉に粘土細工を始めるというものです。三人は捻ったり押したり突き刺したりするのですが、その時に、何か蟻に似た分別が働くのです。全員が同じ波長で回れば最も善い一手が加えられることに気が付くのです。そうして、ひねり引っぱって作ったものは、初めからこうしようと考えていたは決して出来ないような、豪華で抽象的なものとなるのです。それは、私たちが知っている方法ではない別の方法で意思疎通を図っていたかの様に思えます。」
「 I Lovely Cosmonaut 」について、貴方が話されているのを聞いたのですが、確か、9分頃で、三人が「 go, oh, yes 」と言っているのが聞ける、それも同時に、と言われていましたけれど。
「ええ、編集はしていませんよ。実際、ほとんど編集はしてないのです。作品の全てで、聞けるのは、そのまま起こったことです。私たち三人がここで止めて終えるべきだと思った所で、終わっているのです。また、ギアを変えるべきだと思った所で、ギアが変わっているのです。三人の内で誰ひとり、飛び上がって「この馬鹿野郎!」と言ったのはいません。上手くいった作品と言うのは、私たち三人がより高次の音楽を突然明瞭に理解したところで出来ているのです。」
建築についてなのですが、私が貴方に伺いたかったこととは少し離れたことをお話になりました。実は、私には、貴方の中には二つの極端な音楽的人格があるように思えるのです。一方には、朝食前に「 Mayor of Simpleton 」のような歌を三曲も作るアンディ・パートリッジと言う人物がいて、もう一方に、『 Fuzzy Warble 』シリーズにたくさんなるように、実験的で測り難いアンディ・パートリッジがいるのです…、
「ああ、もう一人のアンディ・パートリッジは世間には出ていませんでしたからね。でも、彼は最初から居たのですよ。「 Monstrance 」はアルバム『 Take Away 』から離れているわけではありません。その逆もそうです。私の音楽的素養の軌道の二つのレールは、普通の歌とノベルティ・ソングの奇妙な雑音とからなっているのです。それが、後の60年代にサイケデリック・ミュージックに変異したのです。サイケデリック・ミュージックは、普通の歌にノベルティ・ソングか音楽劇の効果音を加えて、織物のように織り込んだものだったのです。私が子供の頃のイギリスのラジオで放送されていたものは、音楽劇かノベルティ・ソングスだけだったのですから。ノベルティ・ソングスは普通の歌のボーカルのスピードを速くしたりエコーをかけすぎるほどかけたりしたものだったり、歌が終わると何か喋っていたり、後ろで馬鹿げた音がしているというものでした。子供の私は、そういうものが大好きでした。
 それで、10代になると、私は、テープ・レコーダーで実験を始めたのです。楽器が弾けるようになる前のことです。ミュージック・コンクレートと言われるものを、まず始めに私は始めたのです。もっとも、私は、テープを短く切って編集すると言うことを知りはしませんでした。私は、何時間も、レコーダーで何か録音して、それを反対に再生したり違うスピードで再生したりしていたのです。台所で録音して反響を作ったり、そこに他の音を加えたりもしました。10代前半では、私はそのような原始的なミュージック・コンクレートを作っていたのです。そのような実験的な側面がとても好きなのです。
 10代後半になると、マイケル・テイラーと言う友だちがいたのですが、周りではスパッド ( ジャガイモ )と呼ばれていましたけど、何故そう呼ばれていたのかは私は知りません、マーフィーのことかもしれません、ともかく、そのマイケルは私より二つ年上でエレクトリックな音楽と風変わりな文学の嗜好を持っていたのです。 それで、彼は、ウィリアム・バロウズの本を私に読めと言ったり、ジャン・ジュネやその辺りの文学作品を薦めたりしたのです。それから、アルバート・アイラーやハン・ベニンク、それに、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、アリス・コルトレーン、それに、ファラオ・サンダースのレコードを持って来たのです。最初は好きになれませんでした。それが自分に分かるとは思えなかったのです。私がテープの実験が好きなのは、それがコントロール出来るからなのでした。でも、その時、アイラーが誰やらベニンクがどの人だかも分からなかったのです。ところが突然、コインが落ちたのです。大きな意味でその方向の音楽の道に踏み出したのです。そして、私のもう一つの軌道が敷かれたのです。」
私は、『 Monstrance 』にフリー・ジャズのようなものという先入観を持っていました。即興演奏のアルバムだと聞いていましたから。私は、フリー・ジャズは構造の変化があまり無いと言う点で単色の音楽という印象を常々持っているのですが。
「ええ、フリー・ジャズは、私には、対話が乏しいように思えます。フリー・ジャズでは、誰もが叫んでいるだけなのです。私は、もっと対話の出来る精神状態を見つけたのです。誰にでも出来るわけではありませんけれど。私たちが録音に費やした8時間の中から6時間半は捨てなければなりませんでした。基準に達していませんでしたから。誰にでもは出来ません。それに、出来る人がいても、その人が、常に出来るのでもありません。その状態は、とても見つけにくいものなのです。」
この『 Monstrance 』を聴いた時、私は、貴方たちが勝ち得たそのテクスチャと音色の多彩さに驚愕しました。このアルバムのある部分は、とても恍惚としていて宇宙的なのに、ある部分は、ダンスが出来るのです!
「そうですね。どうしてでしょう。恍惚で宇宙的と言うことに対してもダンス出来ると言うことに対しても、その理由は私は分かりません。粘土が曲がろうとしているのはこちらの道筋ではないかと思われるだけなのです。そして、それに沿って行って…、ほんの僅かの音が別の方向へと別れて行くかもしれないのです。それが、対話の成せることなのです。一語を会話の中に放り込む、すると、突然、バン!と鳴って、対話は、垂直に何処かへと飛び上がって行くのです。」
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2013年02月17日

A Tinny Little Sputnik

 チョークヒルに、『 Monstrance 』についてのインタビューが紹介されていました。Neddie Jingo さんが、2007年4月に行ったもの。元はインターネットに公開されたものだと思いますが、チョークヒルには、元のサイト、URL が掲載されていないので、分かりません。

http://chalkhills.org/articles/NewCritics20070408.html

 さっと見て、興味を引いたこと。

Monstrance と言う名前。 最初は、バリー・アンドリューズが Happy Monster と言うものを提案していたのだけど、それと音が似ているものをパートリッジが提案したのが、Monstrance だと言うこと。聖体顕示台なのですけれど、この言葉を選んだ理由は、聖体顕示台が聖遺物を見せるための容器であるのと同じように、CDのケースが中に収めた、実は俗なものだけれど、ファンにとっては神聖なものを入れて見せるものだから、と言うことなのだそう。

インタビュアーが、聴く前はフリージャズを予想していたのだけれど、違った、と言うことに対して、パートリッジのフリージャズに対する簡単な見解。 フリージャズは、実は会話に乏しく皆がそれぞれ叫んでいるだけに思える、ということ。自分たちは、精神的な会話をもっと見つけることができた、と。それは、実際、誰でもが出来るものだ、と言うこと。それは、粘土をひねり出すのと似ている、僅かなノイズを別の方向へ押し出してみる、つまりそれが会話となるのだけれど、それが突然に爆発を起こしたりする、ということ。
posted by ノエルかえる at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月05日

ボーリングとベースボール

 きのうは、『 Orpheus - The Lowdown 』と『 Gonwards 』を聴く。ブレグバドさんの詩のテーマは、共通している様に思う。面白いのは、『 Orpheus - The Lowdown 』には、ボーリングのピンに玉が当たる音が使ってあって、『 Gonwards 』には、ベースボールのポップフライが頭に当たる音が使ってあること、漫画的だけど。室内から野外へ、冥府から楽園 ( と言うか、開けた見通しの良い場所 ) へと言う感じ??
 八つ裂きにされて終わるオルフェウス、たくさんの遺体から取られた部位を繋ぎ合わされて誕生するフランケンシュタイン。
posted by ノエルかえる at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月04日

The Devil's Lexicon 訳

 ほとんど意味が分かりません。ブルーズのフランケンシュタインなのでしょうけれど。特に後半の造語は、私には難しいです。
 歌詞は、DVD-audio で画面に表示される歌詞を書き写しました。それを訳しているので、そもそも、写し間違いもあるかもしれません。

ともかくの試みです。





さて皆さん、始めましょう、最初に肉体を組み立てましょう。まずは、脈を始めます。それから、固形の肉体の物質で脈を取り囲んで下さい。例えば、土壌、水銀、インク、硫黄、鋼鉄、硝子、毒素、血液、石灰、ゴム、糖蜜、アスピリン、精液、石炭、蜂蜜、雲母、油、ウラン、涙、阿片、テレビン油、鹽、窒素、錫、チーズ、牛乳、埃です。まだ時間がありますね、では、交差点で、時間と空間が交差する所に、物質を積み上げましょう。コバルト、石炭、鉄、石、ヨード、金、唾、バター、ガソリン、ウィスキー、ダイヤモンド、膠、銀、綿、汗、硝子、灯油、珈琲、太鼓、鉛、茶、太鼓、サコタッシュ。激しく振ると、青が出て来ます。太鼓、ワイン、避雷針、紙。そして、電圧がかかります、太鼓、電圧、脈。かわいい赤ちゃんの出来上がり。生きていますよ! 生きているんです、皆さん! ほら、この赤ちゃんの身体は歩きます! 青ちゃんは、国中に拡がるのです! まだ時間がありますね、止まっている時計がチクタクと二度程鳴る時間があります、その間に、有り得ないもの、物質、一連の出来事が起こって、伝道師は、自分の聖書を投げ捨てるのです。悪魔の辞書の中では、全部の言葉が名詞なのです。肉体に使う基本語から始めましょう。肉、骨、髪、和毛。さあ、皆さん、私に聞こえる様に口に出して言って下さい! 肉、骨、髪、和毛。さあ、和毛の次に進みましょう。煙、粘土、閃光を発して結ばれるたものなのです。それは暗闇の中だけで起こるのです。けれど、この有り得ない物質が肉体を造るのです。そして、物質を繋ぐもの/閃光/脈を造るのです、それが、青ちゃんを動かすものなのです。青ちゃんは生きています! ウィスキー、膠、路、ニッケル、珈琲、裏口、王冠。悪魔の辞書の中では、全部の言葉が名詞なのです。まず最初に、肉体を造りましょう。物質で出来た肉体、名詞は装飾がありません。装飾のない名詞なのです。装飾のない名詞の物質なのです。ですから、肉体に、何か着せましょう。小食のない物質の肉体を着飾るのです。― 肉、和毛、骨、髪 ― こういうものを着飾って未だ知られていない比喩的な複合的名詞にするのです。その足に靴を履かせるのです。ガソリン塗れの輝けるスーツケースに於ける排煙筒的松明風梯子靴を履かせるのです。青ちゃんの綿の様に白い煙の糸で織った襯衣の背中に、都会風フライパン的懐中ショットガン薔薇があるのです。薔薇は、その髪がふさふさの頭の上に、青い頭の上に上がるのです。珈琲裏口薬王冠。糸杉的汗滴る蜜の雲状の医者のヨードチンキに似た列車の線路的ハモニカみたいな玉蜀黍。ウィスキーの様に膠質な泥濘んだ路のニッケルボディーのブルーズ。糸杉的汗滴る蜜の雲状の医者は唸る。そして、フライパン的懐中ショットガン薔薇が無くなってしまったから鋼鉄の豆の様な爆発的マッチ箱である涙を流しながら泣いています。
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2012年12月03日

Worse on the Way 訳

 とても難解な内容なので、表面的に訳しただけで、全く間違っている可能性は大です。





何かもっと悪いことが起こりそうなんだけれど、みんながそう言うんだけれど、思ったとおりのひどさなんだけど、「働けどあな悲し」みたいなんだけど、今日は明日みたいなんだけど、それってちょうど「楽しみと遊び」みたいなんだけど、ぼくらが歩かないといけないのはなぜなんだかわからないけど、ぼくらが這わないとといけないのはなぜなんだかわからないけど、ぼくらがとにもかくにも動かないといけないのはなぜなんだかわからないけど、ぼくらが何も言うことがないのに話さないといけないのはなぜなんだかわからないけど、明日には遺言が死を羨ましがるんだけど、窓の様にめくらで扉の様に閉じていて天井の様に高くて床の様に低いんだけど、疫病と殺戮と飢饉と戦争が人生は何を用意しているかを教えてくれるんだけれど、何かもっと悪いことが起こりそうで一日を呪ってるんだけれど、夜にはまた誰か倒れてしまうんだけれど、ただただ黒い雨が降るだけなんだけれど、やってくる列車にはもっともっとトンネルがあって抜けた所は光の終わりなんだ。
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2012年12月02日

I Wandered Lonely as a Cloud

 ブレクバド・パートリッジ・ロウの「 From Germ to Gem 」の中で、小道具の様に使われていた、ワーズワース William Wordsworth の「 Daffodils 」。とりあえず読んでみました。
( 元にしたのは、Wikipedia に掲載のもの、 )




幾つもの谷、幾つもの山、その遥か上空に漂うはぐれ雲。
その様と同じ私は、彷徨い歩いていて、
その高所からの眺望が一挙に目に入った。
それは、湖の側、木立の下の
大量に密集した一群れの水仙が、
微風に細かく揺れ踊っている様子だった。

天の川の中で輝き瞬く幾つもの星。
その様と同じで、隙間もなく生い茂っている水仙は、
湖の畔に沿って、
終点を持たない線を伸ばしていた。
軽快な踊りに花冠を揺らす水仙、
それは、一目にしただけで、一万輪があると、私には分かった。

湖の波も側で踊ってはいた、だけれども、
水仙の踊りは、その喜色が、煌めく水の踊りに勝っていた。
そのような愉快な一団を前にして、
詩人でさえも、陽気にならずにはいない。
私は魅入っていた。目を移し、でもまた、魅入ってしまった。
ただ、その眺めが何れ程の価値のあるものか、ということには思い至らなかった。

時間が空くと、あるいは、思案に暮れるとき、
私は、屢々、寝椅子に横になるのだけれど。
その時、その水仙が、私の心の目に鮮やかに写る。
あの孤高であることの至福、それを体現していた水仙。
嬉しさが心を満たして、
私は、水仙と手を取って踊るのだ。
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2012年12月01日

From Germ to Gem 訳

 これも、とりあえず読んだだけ、



分子から宝玉へ至る長い物語りが紡がれる、宝玉から分子へ至る長い時間が瞬く間に過ぎる。語り部が、次から次へ、次から次へと話が逸れながら語っていくのに、辟易するものは一人も居ない。夜明けが来て、夕暮れが来ても、夕暮れが過ぎて夜明けが過ぎても、もぐもぐとした語りは続く。何週もが過ぎれば、月が変わり、何月も過ぎれば、年が変わる。その念仏のような語りを聞いているうちに死んでしまう。モールヴァンヒルに居た間、私は、ずっと、ワーズワースの「水仙」を読んでいた。そうして、とうとう、私の首の上には、ワーズワースの黄色い馬の様な頭があって、頷いている。私は、自分の指を骨が見えるまで切ってしまった。遠くで鳴る電話が聞こえる。遠方からかかった電話だ。何と言うかはもう分かっている。「ぼくは大丈夫。もちろんだよ。君はどうなの?」 酒も止めるつもりだ、薬も止めるつもりだ。一条の希望が見えたから、と、私は言うだろう。主治医は女性だ。私は、これはさっぱりとなる好機かと、聞くつもりだ。「もっと長生き出来ようか?」「もちろんですよ。」 彼女は電話で言うのだ、「見かけ以上は長生き出来ませんけれど。」 インクと私を消してくれ、苺ちゃん。私は彼女の考えが分かったから、彼女のさくらんぼを頂いた。これが、めでたしめでたしの始まり方。
posted by ノエルかえる at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月30日

The Dope On Perelman 訳

 アルバムに付けられているブックレットの歌詞を、とりあえず、読んだだけです、仕掛けや意味は、分からないので、




猫を解剖してるん。猫の元気ってどこだろな? 水で出来た硬貨って、つかめないや。インク消しでね、成績表を書き変えてやったん。皮肉たっぷり浪漫満ち満ちに世界を変えてやったん。市街電車が野球場を通り過ぎたん。ぼくは、外野にいて高く上がったフライが頭に当たったって、空想してたん。悩める聖人、キリストっぽい格好の人が路面電車から降りて来るのを見たん、ぼく。落ちる時にガチャンガチャン鳴らして雲から降りて来たん、ってのは、潜水鐘の中のジャック・クストーなん。農場で失敗した父さんのつけを支払う電気メッキのラジエーターなん、ぼく。差別の時代には生き残る術が要るん、って、隠れるってことなん。雲の中を、男の友だちと、掃除機に乗って飛んで行くん。月夜をカヌーで行くときは、女の友だちとね。それって、点火プラグかなあ?
posted by ノエルかえる at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月29日

The Impeccable Dandy in White 訳

 これも、ともかく読んでみただけの試みです。


最新流行の白を纏った無瑕の伊達男、きっとすでに一本飲み干して、たぶんこれからがぶ飲みするのだろう。ズボンは大層きつく仕立てられているから、微笑みながら寛いだりは出来ないのだけど。一瞬の仕草、一瞬の目の輝きで、彼ははらわたを煮えくり返しているのが伺える。でも、彼は、光がどこへ行き、いつ消えるのかは、分かっている。今夜、伊達男は、夢見ていた染み一つないシーツで寝るのだ。彼は、蝕されたいと思っている。唯一のもの、オンリー・ワンであるのは嫌なのだ。たぶん、すぐにも、彼は、彼の太陽を暗くする月を見つけるだろう。それは、ずりずりと彼の反対側にずれて行くだろう。それは、全然合ってない黒い既製服を着ている。白と黒で、昔のマンガみたい、陰陽の太極図みたい。太陽と月。真昼の決闘。彼女はゆっくり引く、伊達男は一瞬で撃つ。太陽は砂丘の向こうに落ちて行く。無瑕の伊達男は死んだ。深い眠りに落ちて行った。さようなら…、伊達男の背広と靴。さようなら、伊達男の帽子と杖。スパッツにクラバット。留め鋲に鎖。皺も染みもない眩しいばかりのシャツ。そんな品物だけが残った。白を纏った無瑕の伊達男、さようなら。
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2012年11月28日

St. Augustine Says 訳

 「 St. Augustine Says 」、読んでみましたけれど、意味がよく分かりません。noose は首つりの縄が、第一の意味なのですが、それで、歌詞のストーリになるのか、見当もつきませんでした。アウグスティヌスが出ているので、ギリシャ語のヌース ( 心 ) なのかとも思いましたけれど、「 looks like a necktie 」と言う行では、首を絞める縄のイメージが明白ですし。ともかく、noose は、後の she と同格だと思うので。それで、両頬の間の窄まる穴、お酒を飲む穴、の意味もあるので、そのように考えて、読んでみました。
 ですので、訳と言うより、一つの試みに過ぎないです。




もうすっかり午後になっているけれど、私は、まだパジャマだ。私が、ペパーミント・シュナップスを飲んだことがないとしても、それは直ぐに味わえる。すぼめ口はネクタイに似てる。すぼめ口は言った、「素通りは無しよ。」と。すぼめ口が前に回って、もう、後の祭りだ。すぼめ口、彼女は、私が最後の一滴を飲み干した百の酒の中でも中々だ。歳とって美貌が衰えてなければ、私はきっとそうしたろう。アウグスティヌスは言った。「愛を計測する様な秤などを持つこと無く、愛しなさい。」 そして、また、彼女は大切にすべき人だ、天使が天上より送られたのだ、とも言った。私とすぼめ口は、人二人がやっと立つことが出来る程の高さまで登る。そこで、私たちは目が眩む。すべてが見晴らされる。でも、すべてのものは何処に行くのか? 彼女は私にサインをねだる。私を誰と思っているのか? 画家のオスカー・ココシュカならいいだろう、ペルシャのウマル・ハイヤームでもいい。「肉体、それ自体が蔑まれるものでは、決してない。と言うのは、肉体は、外部から供されて装飾として関係するのではなく、人間の紛れもない本質として関わって来るものなのだからである。」とアウグスティヌスは言う。私は、パジャマに戻っていた。まだ、午後のままだった。私は、シンガポール・スリングを飲んだことがないとしても、それは直ぐに味わえる。乾杯!






Oskar Kokoschka:
Oskar Kokoschka | Tate
Fondation Oskar Kokoschka - Fondation Oskar Kokoschka



「肉体、それ自体が蔑まれるものでは、決してない。と言うのは、肉体は、外部から供されて装飾として関係するのではなく、人間の紛れもない本質として関わって来るものなのだからである。」の言葉は、
『 De cura pro mortuis gerenda 』の中、

Nullo modo ipsa spernenda sunt corpora. (...)Haec enim non ad ornamentum vel adiutorium, quod adhibetur extrinsecus, sed ad ipsam naturam hominis pertinent; Contra Faustum,





29日訂正:
私が最期を看取った百人の中でも中々だ。

私が最後の一滴を飲み干した百の酒の中でも中々だ。
原文は、She looks good for a hundred I move in for the kill.
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2012年11月27日

『 Gonwards 』製作参照曲一覧

 『 Gonwards 』製作に、参照した曲。

パートリッジが参照にしたもの

1. 「 American Haikus 」、Jack Kerouac のセカンド・アルバム『 Blues and Haikus 』所収。1959年リリース。

2. 「 Like A Baby 」、『 The Naked Shakespeare 』ブレグヴァドとパートリッジ、1983年。自己参照。

3. 「 Father Cannot Yell 」、CAN のデビューアルバム『 Monster Movie 』所収。1969年リリース。

4. 「 Bathtub Admiral 」、Danny Kaye のアルバム『 Mommie Gimme a Drinka Water 』所収。1959年リリース。

5. 「 Foggy Road 」、Prince Far I のコンピレーション・アルバム『 Black Man Land 』所収。1990年リリース。1983年リリースのアルバム『 Musical Revue 』にも所収。

6. 「 Shame and Scandal 」、
イギリスの喜劇俳優 Lance Percival ( 1933年生まれ ) が、1965年にリリースしたもの。
オリジナルは、カリプソで、Sir Lancelot ( 1902 – 2001 ) が歌ったもの。1943年の映画『 I Walked with a Zombie 』の為の歌。

7. 「 River of Orchids 」、パートリッジ自身の『 Apple Venus 』所収の歌。自己参照。

8. 「 In The Land Of Oo Bla Dee 」、Dizzy Gillespie 演奏の曲。
パートリッジは、2000年リリースのコンピレーション・アルバム『 Cubana Be, Cubana Bop 』を挙げています。
Mary Lou Williams 作曲のもので、もともとはノベルティー・ソングのようですが、作曲者自身が、1949年に、ディジー・ガレスビーのバンドの為に編曲したと言うこと。

9. 「 Trains 」、
イギリスの俳優 Reginald Gardiner ( 1903 – 1980 ) がシングルでリリースしたもの。BBCのラジオ番組『 Children's Favourites 』の為に録音されたもの。1950年。


10. 「 Aries 」、アルバム『 The Zodiac : Cosmic Sounds 』1967年リリース、に所収。ムーグシンセサイザーを使った、黄道十二星座をテーマにしたコンセプト・アルバムということ。
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2012年11月26日

Sacred Objects 訳

 「 Sacred Objects 」、とりあえず、読んでみましたけれど、、



聖なる物は、朝には何よりも早く光り始め、夜には最後まで光を保っている。聖なる物は、昔は滅多になかったのに、今は何処にでも見かけられる。全体が赤く塗られた伝説のジョン・ヘンリーのハンマー、空のベッドに置かれた弾が込められたピストル、セメントのミキサー車、歩行用杖、風見鶏の矢。疲れで開いた口から音を立てて、南へ飛んでいる鳥がいた。おお、その疲れた鳥を歌おう! もう羽根を休めたい程に疲れた鳥が、そうした聖なる物のひとつに止まった。鳥と聖なる物が当たっても、両方ともに、内にある光には何も起こらない。そもそも何もなかったかの様に、何も起こらない。聖なる物と疲れ鳥の両方の内にある光は消えてしまい、聖なる物が何処にあるのか、疲れ鳥は何処にいるのかもも分からなくなる。もう何も見えない。聖なる物の上の止まれる所も、疲れた鳥も見えない。沈黙の帷が降りて来た、だから、すべての物語と同じく、この話しも終わりになった。
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2012年11月23日

What A Car You Are 訳

 「 What A Car You Are 」、「ブルース」の言葉を辞書の見出し語の様に切り分けて、それを、全く別の領域、別の生成原理で組み立てると言う、フランケンシュタイン的な意図は、この歌が一番看取しやすいのかもしれません。



私の訳では、「ブルース」的言葉を残すことは出来てないと思いますけれど、、




子供と時、夜に父さんのでっかいGMのラサール・サルーンで一回りすると、必ず、気持ちのいい催眠状態になったんだ。毛布にくるまれて後部座席に結わえられて、内燃機関の念音にあやされ、通り過ぎる光の規則的な閃きに宥められて、ぼくは、ぼくとじどうしゃが一つになった夢を見ていたんだ。ぼくからだは、座席にひっついた所では終わってなくて、もっと延びていって、車体の流線型の鋼鉄の、夜の暗闇を照らして探る照明のある鼻先から、路面に接するタイヤまで延びていっていたんだ。ラサール君、お前は随分長い間居なかったけれど、今は、ほとんど家に居るんだ。冷たくなっていたけれど、今は、熱を帯びている。お前の頭の上の蓋に鍍金をしたルーカス社のランプが、死の国から延びる高速道路を照らしているんだ。いやはや、お前は自動車なんだ。前には、二本の手二本の足だったのが、今や、四輪の車輪になっている。タイヤと路面が密着するなんて、どんなに気持ちいいだろう。恍惚にさせる震音を聞いたのかい? さあ、ギアが入っている。お前は遠くからやって来て、すぐ側に居るんだ。エンジンはすこぶる快調に回っている。遮るものの無い道路をあてどもなく走り回るんだ。他に走る自動車がなくなり、静かになった。エンジンが喋るのを聞いてみよう。「よみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼんよみのしじまぼん」ああ、お前、いやはやすごい自動車だ。ヘラクレスがお前に力を貸している。エドワード八世がお前を乗り回し喜んで、あまりの楽しさに、英国人すべての男性に自動車は必須のものなり、と宣言された。お前が、夜に、ハミングしながら果樹園を通り過ぎれば、眠っていた花々は、お前が繰り出す光を見て、お前を太陽だと勘違いする。お前は、枝角の牡鹿の様に、ちょっとした渓谷を飛び越えるんだ! お前が、一度は、ニュー・サウス・ウェールズの煙草農場の車庫に捨てられていた、と言うことを思えば、いやはや、何と言うこと。とんでもない花形だ! 金の勲章を掛けられ賛辞を浴びせられる、お前は、この地のすべての生きとし生けるものから崇められる、国歌の英雄。帰って来る時には、クラクションを鳴らすんだよ、お前。お前は、なんて素晴らしい自動車なんだ、なんて言う自動車なんだ。
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2012年11月22日

Looking at the Sun 訳

 「 Looking at the Sun 」。

拙訳です:


年輩者ガ若輩者二陽ヲ見ルナト謂フ。「盲ヰニナルニ。其レハ詰ラナイ。」 若輩者ハ、或ル樹二懸カッテアル一顆ノ甘橙ヲ見ル。即チ、年輩者に謂フ。「吾ニハ、甘橙は日輪ノ雛形二思ワルル。甘橙ト日輪ハ、一ナルモノニ思ワルル。」 「日輪の娘」、其レガ何ヨリモ若輩者ノ好ム事。此ノ者ハ、甘橙モ日輪モ見ル事ガ無カッタカ二思ワルル。年輩者ハ一片ノ助言ヲ下ス。「御前ハ狂イ始メテオル。其レハ好マシカラヌ。物事ヲ其ノ様二見テオレバ、終ニハ、己ガ謂フ事ノミヲ信ズル様二ナル。」 若輩者ハ抗ワナイ。己ガ完遂シタヲ分カッテイル。日輪ヲ見ル別ノ仕方ガ分カッタノダ。
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2012年11月20日

The Cryonic Trombone 訳

 『 Gonwards 』の中の中心的な歌は、「 the cryonic trombone 」だと思うので、歌詞を読んでみました。

 cryonic は、人間冷凍保存の意味ですが、sonic も隠れている様な気がします。



拙訳です



冷音凍トロンボーンは、銀無垢で出来ている。マウスピースは別、ステンレス鋼だ。管と弁で出来た仕組みは、トロンボーン内部にヘリウムガスを循環させる。そして、内部の温度を0.6ケルビン ( 超電導転移温度 ) になるまで下げるのだ。演奏の前にはいつも、奏者は、小さなファンヒーターで唇を乾かす。もし、湿気があれば、曲が終わった後、唇はトロンボーンに凍りついて、顔から剥がれてしまい、手術をしなければならなくなるだろう。それは、昼と夜を均一に分ける正午の事。個人飛行場での事。暑さに愚痴を言いながら、一団の科学者と軍属、それに新聞王が、トロンボーンの力を実見して証言する為に集められた。白い上っ張りの背の高い女性が、装置の説明をする。トロンボーンは、ファラデーの籠に入れられ固定されている。箱は、内側を錫で覆われてエアサスペンションに載っている。サスペンションは、熱に変換される筈の振動を和らげる為に、タンク・ローリーから取って来たのだ。籠は、低温研究の道を切り拓いたスコットランド人科学者に因んで、デュワー瓶と呼ばれる、超断熱の真空瓶に収められる。デュアー瓶の中には、穏やかに不明瞭な音を立て続ける冷凍機が据えてある。背の高い女性は、トロンボーン奏者を紹介する。彼は、散発的な拍手の中、大股で進み出る。奏者を取り巻く管から一筋の蒸気の渦が上がる。その時が来た。トロンボーン奏者は、胸をいっぱいに膨らまし、穢れのない口をマウスピースに当てる。保護壁の後ろに居てさえも、見学者達は、自分たちの体温が急激に下がるのを感じる。要人は、屍体に触れられたかの様に震える。トロンボーン奏者は、全力で最後の息を吹くと、群衆は息を止めた。その時、滑走路には、空気が凍りついて錐体になったものが立っており、トロンボーンの開口がある錐体の頂きは、三階の高さ三十米にまで達していた。そして、溶け始めている。暑さにも拘らず、溶けるのには、丸一日を要するだろう。興行主は、控室と記されたテントにとトロンボーン奏者を連れて行く。その間に、お偉方達は、錐体の周囲を回りながら、錐体の中に封じ込められて浮かんでいる、珍鳥珍虫の生命、電波無線とプロペラ機の後流に湧く雲の光と影の彩に驚いている。暑さは忘れられてしまった。お偉方達は声を潜め、謹んだ。ところが、お偉方達の忘我の状態は粉砕される。奏者への謝礼金についての意見の不一致が噴き上り、暴力へと発展した。ビュッフェのテーベルは引っくり返される。水差しは、興行主の頭の上で粉々になって煌めいている。激昂した音楽家は、警備員に引き摺られて行く。白い上っ張りの女性は、興行主の傷に包帯を巻きながら、心を落ち着かせる音を立てている。食いしばった歯の間から、興行主は、「あの恩知らずの小物めが! この街では二度と仕事をさせてやらん!」と呟く。近隣100マイル程は、街はない。飛行場は、密林に囲まれている。だけれども、興行主の頭の中では、彼はもう自分の事務所の机に座り、指先で、トロンボーン奏者の人生を破滅させているのだ。




11月21日訂正:
高官達→お偉方達

12月01日訂正:
0ケルビン ( 絶対零度 ) →0.6ケルビン ( 超電導転移温度 )
APE house のプロモーション・ビデオを見るまで気が付きませんでした。
posted by ノエルかえる at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月15日

『 Gonwards 』、B&G 社のSociety of Sound のインタビュー

 『 Gonwards 』が、オーディオ・メーカー B&W 社のインターネット上の雑誌 (?) Society of Sounds に取り上げられました。と言う事は、『 Gonwards 』は聴くに値する音質のものだと、いうことなのでしょう。
 パートリッジへの短いインタビューがありましたので、読んでみました。
 また、Ape house / Burning Shed では、ダウンロード販売は、まだないのですが、B&W では、会員向け(?) に、flac.ファイルでのダウンロードもあるようです。詳しくは分かりません。

 パートリッジのインタビュー:
( 11月12日付けのブログ記事 : http://blog.bowers-wilkins.com/music/xtc-man-andy-partridge-discusses-new-album-gonwards/)

 『 Gonwards 』のセッションでは、人造のプロデューサーが活躍したのですけれど、それに、その人造のものは、音楽的にも同様に貢献してくれたのです。どういう事かと言えば、私のこの丸っこい手は、始終、テクノロジーで出来たものの上に懸かっていたわけです。テクノロジーの内容はよく分からないのです。何か話せるかしら?

 さて、私たちのレコーディングですけれど、ヴォーカルは、ピーターが、ロンドンの彼の自宅の「屋根裏スタジオ」で録音して、それから、幾つかのプログラミングは、私の自宅にある「小屋」でしまして、もちろんスウィンドンにあります、そうして、ほとんどは、今の私の相棒、ステュアート・ロウのスウィンドンにあるスタジオでしたのです。ロウは、演奏家であり、エンジニアであり、プロデューサーでもあるのです。

 録音の最初の最初から、可能な限り高音質のものにすべきだとは、私達全員が肝に銘じていたのです。つまり、私たちの手持ちの性能面では見劣りする装置を使って創り出し得る最高のもの、24 bit /96kHz ですることに決めていたのです。ですが、その為に、幾つかの障害が頻繁に何度も起こることになったのです。それはそのまま、コンピューターのプラグインを消耗させる事に繋がってしまいましたし、にわか仕立ての高品位機である低性能コンピューターを、何度かクラッシュさせることになったのです。

 こうしたコンピューターの支障を、出来るだけプログラムされた音源を使って本物のスタジオの音を造り出すと言う方法で回避したのです。そうすることで、更に録音とミキシングする為に有効な資材を使える様にしたのです。

 バッキング・ボーカルやブラス・パートについては、別のトラックへ写して、同じ音を並置させておく言う方法が、作業の流れをスムーズにする事に役立ちました。同じものを別のトラックに写すと言うことは、表向きでは、1970年代のいつかだったかに、必要がなくなっていたのですけれど、現在では、有益なものだと、私は確信しています。と言うのは、なかなか動かないコンピューターであっても、結局の所は、往年のテープ・レコーダーよりも快適に動作して、テープでは必ずにあった、聞いて分かる程の音質の劣化はないからなのです。

 アルバムは、すべて、Apple社の アプリケーション Logic Studio 9 を使用、Apogee 社のEmsemble [ デジタル・コントローラー ] で操作して、パワー・マックで録音したのです。マイクロフォンは、ほとんど、ステュアート所有のシュア Shure 社のKSM 44 を使いました。そのマイクは、ヴォーカル、それに、アコースティック・ギター、フルートその他なんでもにいいと思いました。何人ものスタジオの魔術師たちと電話で話しをして、結局、ステュアートと私は、手に入れられるなかで、最上のイコライザーを使うべきだと思い至りました。魔術師たちとは、ジョン・レッキー、ハイデン・ベンデル、ニック・デイビスとかですけれど、私は何故だか幸運にも彼らと知己だったのです。彼らは、一応に、Sony Oxford Plug in イコライザー を推奨しました。それがほんとにいいものである事が分かりました。

 Oxford は、水晶の様な透明さでもって、平易に操作が出来ました。それぞれの音をミックスの所定の位置に合う様に変成することが出来たのです。Alitiverb と言う設定をエコーに選びました。とても素晴らしい複雑なエコーを作る装置で、聞く者に、食器棚からコンサート・ホールまで、無数の本物の場所に連れて行く様なものでした。この Altiverb は、編集の段階で、実に重要な役割を果たしました。

 このレコードの音の景観は、古い音と新しい音が混ざり合って出来ています。古いものとしては、メロトロンで作られたリズムのループがあります。これは、チェンバレン社 Chamberlin が、アメリカで1950年代に録音したものをメロトロン用に作ったものです。( チェンバレンは、メロトロンの先駆けになった楽器です。 ) これを、奏者は、メロディを弾く時に、伴奏として使ったのです。それらは、セッション・プレイヤーが、決まったテンポ、一つのコードで即興に演奏したものを録音したものなのです。それが、「 Sacred Oblect 」で聞くことができますが、細切れにされてとても小さな破片になっています。また、「 Worse in the Way 」でも聞かれます。こちらでは、もっと長いものを使いました。とても「埃っぽく」て、夢見る様な音質になっています。
 新しいものとしては、何層にも重ねられた E ボウ・ギターの深々としたお辞儀ですね。その熱くて唸るような音は、「 Cryonic Tronbone 」で聞かれます。私たちは、Logic 内臓のサンプラーの音源の音を曲げてねじって、Eボウ・ギターに合う様に捻り込んだのです。そして、そこに、ウクレレ、リード・ギターの様にひずんだボーカル( 「 Germ to Gem 」で使いました。 ) 、サクソホーン、火を吹くハーモニカ、女性ボーカル、フィンガースナップ、ハモンドオルガン、マンドリン、金管、それにもちろん、ピーターの美しい言葉が加わって、音のシチューになると言う分けです。

 ピータとその他の奏者の録音がすべて終わると、ステュアートと私は、編集に没頭したのです。私たちは、とても大きなマッキー社 Mackie の HR824 [ スタジオ用モニター・スピーカー ] を使って、実際の音を確かめていたのですが、しばしば、楽器の具合を確かめる為に、自己出力型の小さな JBL のスピーカーに切り替えていました。5.1サラウンドではなしに、出来るだけシネマティックで3D的なステレオ空間を創出する事が目的だったのです。( ところで、5.1サラウンドですが、いつかは可能なのでしょうか? ) 私たちは、皆さんがこれを聴く際には、文字通り、「音の景観の中」に居て欲しいのです。私は、上手くいったと思っています。広い音の眺望と聴く者の頭の後ろから聞こえて来る様な反響が、「音の景観の中に居る」と言う感覚をもたらしています。アルバム冒頭の語りの部分で、そうした手に触れる事の出来る様な舞台を造る事は、どうしても欠かせないものなのでした。

 画の最後に入れる瞳は、アルバムのマスタリングです。マスタリングは、あのジョン・デント氏の好意で、タートンにある彼の施設 Loud Mastering で行われました。ミキシングしたものすべてを、デント氏が自分で改良したステューダー社 Studer のテープ録音機に掛けて、アナログの温かさ、肌に吸い付く様な感覚の音にしたのです。皆さんが気に入って下さることを願います。





誤訳を指摘して頂くと幸いです。
posted by ノエルかえる at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

Your house 訳

 『 Wing Beat Fantastic 』の中の「 Your house 」。
 これも、パートリッジにしては色彩感、イメージを喚起させるものが少ないように思います。私が分からないだけかもしれません。
 曲は悲し気なので、失恋の歌のようにも思えますけれど、歌詞だけだと、はっきりは分かりません。成就した恋の初めを思い出しているようにも思えますし、家の中には死体があった、と言う結末も考えられます。
 ファンの中には、パートリッジが、決別して住所も教えないまま去って行ったムールディングの家を突き止めて、その前で途方に暮れている様子、と思う人がいるかもしれないのですが。ビートルズの「 The Long and Winding Road 」のように。





私は努めてゆっくりと歩こうとした、
決して走り出さないように。
路の辿り着く端の
両脇に一本ずつ樹が植えてある家が、
君の家だと知っていたから。
隠れることが出来ればと何れ程思っただろう、
だけど、馬鹿げている、
今にして見れば、君の家と言うだけなのに。

翌日には、また来てしまった、
不可解な磁力に引き寄せられて。
煉瓦と漆喰、家とはただそうした物体であるだけ、
中に君は居ないだろうから。
その時に、君が私を見たとしたら、
私は蒼白になって、消えてしまっただろう。
馬鹿げていることは分かっている、
今にして見れば、ただ、君の家があっただけなのだから。

私が住所を知ったのは、
友人の友人の友人から聞いたから。
その男は、何処の通りなのかを教え、
その通りの端に君が住んでいると言った。
私が君を見たのは、ただの一度だけ、
いつの日だったか、でもその日は、恒久に輝く夏の日だ。
ここに立っていると、自分自身、愚かに思える。
どうして、これほど、怖がっているのだろう?
これは、君の家というだけの物体なのに。

もう一度、ここに来ようとは思わない、
君に、私は狂人だと思われたくはないから。
もし、君に会うことができたなら、実際、私は何と言うだろうか?
君は、私を正気ではないと思うだろう、
私は、君の名前さえ知らないのだから。
だけど、馬鹿げている、
今にして見れば、君の家と言うだけなのに。
posted by ノエルかえる at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

Wing Beat Fantastic 訳

 「 Wing Beat Fantastic 」の歌詞を読んでみました。最初の印象は、プレーンなのでパートリッジではないかもしれないと言うものでしたけれど、これまでもよく使われた語も多いとも思えました。
 Song a smile to slice the pear / If you'd be prepared to share の行は、よく分かりません。梨を切り分ける時の晴れやかな歌、/ それを、君が分ち合えてくれたなら。としたのですが。




夢見るような羽搏き、
それが急に飛び出し、暁の明星を越えて上がる。
ああ、君は、ケーキに灯る蝋燭のように輝くんだ。

夢見るような羽搏き、
それがカラカラと笑い声のような音を立てて、
大理石のように冷たく動きもしない大地から、僕を引き揚げるんだ。

君は自分のうちの裏庭で歌っている。
それが僕の庭まで渡って来て、聞こえるんだ。

ここで揚がったかと思えば、あちらで見えなくなる。
そして、君は、煙突の煙に取り巻かれた自分の空中庭園で
育っているものの中から、リボン品評会に出るための
自分の茶色の髪に似合うものを見つけ出す。
ああ、君、僕と一緒に巣を作らないかい?

夢見るような羽搏き、
それが、雲の後ろでかくれんぼをしている。
後ろからこっそり覗いて、それで、大声を上げるんだ。

夢見るような羽搏き、
そして、君は小枝を積み上げて遊んでいる。
ああ、いつの日か、一緒に家を作らないかい。

君は自分のうちの前庭にいる、
きれいな羽を纏っているのが、僕には見えるんだ。

ここで見えなくなったかと思えば、あちら、
ほかの鳥が行こうとは絶対に思いもしないところに揚がる。
梨を切り分ける時の晴れやかな歌、
それを、君が分ち合えてくれたなら。

この斑点のある卵の上でくるくる回って、
僕は君にお願いをするんだ、少しでも僕と過ごさないかって、
それに、他でもない君の手を貸して、
僕を太陽に吊り降ろしてくれないかって。

夢見るような羽搏き、夢見るような羽搏き、

君が僕のうちの庭にいて、
若枝や撚り糸を巻き付けている、僕はそう願うんだ。

ここで揚がったかと思えば、あちらで見えなくなる。
さあ、僕らは消えてしまうだろうね。猫も罠も僕らが何処へ行ったか分からなくなる、
僕らは、上手く逃れ出て、
滅多に見れぬ土地に移り住むんだ。
さあ、僕と一緒に巣を作ろうよ。

そうすると、大地から離れられない大衆は泣くだろうね、
そして、僕らが飛去るのを見上げるんだ。
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2012年07月22日

Wing Beat Fantastic

 アルバム『 Wing Beat Fantastic 』、開封して一度聞きました。
 まず、Mike Keneally さんのホームページで書かれていたのと、アルバムのブックレットのクレジットに、作曲者名に、少し違いがあるので。ブックレットの方を信じるとして、パートリッジとケネリーの共作は、
「 I’m Raining Here, Inside 」「 Wing Beat Fantastic 」「 You Kill Me 」「 Your House 」「 Miracle Woman And Man 」「 Inglow 」「 Bobeau 」「 Land 」の八曲。
 ケネリーの「 The Ineffable Oomph of Everything, Part One 」「 The Ineffable Oomph of Everything, Part Two 」は、アルバム全体の縁取りのよう。
 作歌には、パートリッジは腕を振るっているけれど、演奏は、クレジットによれば、していないとのこと。「 I’m Raining Here, Inside 」「 Wing Beat Fantastic 」の二曲に、drum loop で、パートリッジがクレジットされ、「 Miracle Woman And Man 」に、Stu Rowe がエンジニアでクレジットされているので、この曲ではパートリッジが何かをしているのかもしれません。

 アルバムは、12曲、40分とコンパクト。印象は、XTC の時よりも、パートリッジが剝き出しのように思えました。夾雑物、緩衝剤がなく、そのままのパートリッジと言う感じ。とは言っても、私は、MIke Keneally を知らないので、どういう要素が入っているのかは分からないのですが。ただ、ムールディング、グレゴリーとは違って、ケネリーは、パートリッジの楽想により忠実であろうとしているのかもしれないと思いました。パートリッジの音楽は、メロディーが次第に溶解して塊になっていくと言うのが特徴だと思うのですが、それを、ケネリーはより際立たせているように思えます。若いパートリッジは、その塊が金属か岩の様でしたけれど、長い経験を積んだ今のパートリッジの塊は、ゼリーのように柔らかいものに思えます。
 また、それだからか、極めて「個人的」な音楽に思えました。私生活、と言うのではなく。私たち人間は、科学的・生物学的にも、社会的・文化的にも、何かの原基に依らなければ存在は出来ないのですけれど、( あるいは DNA のようなもの、母国語のようなもの )、同時に、存在出来るのは、一人の人間としてのみである分けですけど、その一人の人間と言うことに焦点を当てている音楽。

 アルバム・ジャケットのアートワークは、クロウタドリなのでしょうか? とすれば、『オレンジズアンドレモンズ』で、元々タイトルにしようとしていた「 sing a song of sixpence 」と重なりもしますけれど。


 メロディは、『 Apple Venus / Wasp Star 』以降に目指していた、「 Wonder annual 」の方向だと思います。
posted by ノエルかえる at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

Andy Partridge speaking about Wing Beat Fantastic

 Mike Keneally さんのweb ページに掲載されたパートリッジの「 Wing Beat Fantastic 」のノート。




 私とマイク・ケネリーの二人で、共作「 You Kill Me 」を創った時のことです。彼に送った私のデモ・テイクは、キャンプ・ファイヤーで掻き鳴らすアコースティックギターの類いのものでした。彼はどうするだろう? と、私は思ったものです。暫くして、彼が私の耳に送り返して来たものは、全てが各楽器のパートにちゃんと分けられて、見事にアレンジされたものでした。耳で聞く短編映画の様でした。音楽は、一つの部分から次の部分へと水のように流れ、何の難も無くある拍子から別の拍子へと変わるのです。彼は、ちょっとした交響曲を書いてしまっていたのです。辛辣な軽いプロテスト・ソングを、入念に組み上げられた、颯爽とした、滑るような、そして、クロームメッキされた、巨大なプロテスト・ソングに変えていたのです。マイク、、どんな秘密があるんだ?

 私とマイクが共作をするとの合意はした、その音楽が、どのように出来上がって行くのかについては、私は、全く知りませんでした。私が知っていたのは一つだけで、この男は、あまりに音楽的で、彼がギターを抱えて座るかキーボードの前に座るかするだけで、私から何かを引き出す、と言うことだったのです。ですから、正直に言って、「この音楽が何所から来たのか、私は知らない」のです。

 例えば、「 Your House 」について。ある朝、私は「コードを教えてくれ」と言ったのです。彼はそうしたのです。それからまた、「今度は、上げてみて」と言うと彼はそうしました。すると突然に、全体の土台となるほろ苦い物語りが湧き上がったのです。これを書いたことについて、内心で虚栄心に対して戦っていることを上手く口にするのは難しいのですけれど、私とマイクは、XTC としてかつて私が書いた最善のものに劣らぬ美しいものを、どこからとも無くもぎ取ったのです。私は、裏庭の小さな自分のスタジオに座って、あの日、滅多にない魔術が行われる出来事の一端に関われる特権に浴したのでした。マイクが生まれついて持っている音楽性は、私の中で何かを弾けさせたのです。まるで、愛すべき爆弾の様でした。フランク・ザッパが、彼と仕事を共にしたがったと言うのは、不思議ではありません。完成されたアルバムを私に送ってくれ、この曲を聴くことができた時、私は、涙を止めることができませんでした。ありがとう、マイク。私をこのように涙を止められなくさせる音楽は、そうはないのです。

 このアルバムにマイクが入れた、歌の間の短い小品も、私はすべてが好きなのです。時には、前の歌に註釈を入れるようなものであり、時には、後に続く歌からモチーフを取り上げているものだったりするのです。映画の中の場面のように、聴衆がこれから聴こうとしているものの発端の話しが現れて、アルバムの時間進行が、彼の音楽的な意図に従って、曲げられるのです。この映画的な音楽の手法、誰が君に教えたんだい、マイク?

 私は、うちの台所のテーブルに座って、アルバムのタイトルにもなった「 Wing Beat Fantastic 」の歌詞をものにしようと苦心したことは、ちょっとしたジェットコースターのスリルのようでした。私と彼は、険しい感情で額と額を合わせていたのではないのですけれど、私が、まあまあの行を書くと、彼は、より良い行を書いて来るのです。それで、私は、もっと良い行を書かなければならなかったのです。そうしないと、マイクは、テーブルから離れなかったのですから。マイク、私は君にせっつかれる特権を得たんだよね。良い結果になったよ。
posted by ノエルかえる at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月10日

Things Fall To Bits アンドリューズのノート

 『 Coat of Many Cupboards 』に付けられた、バリー・アンドリューズのノート。

 W.B. イエイツの詩の一行「 things fall apart the centre cannot hold/ 諸事物は飛散して落ちる、中心点はそれを止め得ない。 」 を踏まえていると言うことは、誰でもよくわかると思うのですけど。下世話で一過的なものへの小生意気な瞑想が顕著ですけれど、それは、漫画『 Smitty 』からなのでしょう。その70年代的な薫りには、誰も郷愁を感じないのですけれど。…、他に覚えていることは、…、中間部の千個のレインスティック [ 乾いたサボテンで作られた雨乞いをする為の雨の音に似せた音を出す楽器 ] のような騒音ですね。…、何か理由があって使ったわけではないですけど。( もちろん、実際に何かがバラバラになって落ちるわけではないのですし。 )

『 Go 2 』のアウト・テイク。録音は、アビー・ロード・スタジオ、1978年8月。
この曲で使われた、パートリッジのギター部は、後に、「 Millions 」で使われます。

W.B. イエイツの詩は、「 THE SECOND COMING 」。


 アンドリューズの文章は、読みにくいので、文脈を間違って読んでいるかもしれません。
posted by ノエルかえる at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月23日

Mantrasphere

 Hugh Carroll のプロジェクト、Mantrasphere 。禅の音楽ということ。
アルバムは、2010年発表。プロデュースは、バリー・アンドリューズ。

home | Mantrasphere

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2012年02月22日

Devils Lexicon

 Marina Lutz 制作の「 Devils Lexicon 」のビデオ。
『 Gonwards 』の中の曲。

 Marina Lutz は、スイスの映像作家。『 The Marina Experiment 』で、ロンドンの Super Shorts International Film Festival のベスト・ドキュメンタリー賞を初め幾つかの賞を受賞した人。
Marina Lutz - IMDb
http://www.the Marina Experiment.com/


  Lutz にビデオ制作を依頼したのは、やはり、パートリッジなのでしょうけれど、ブレグバドさん?

2月23日追記:ユーチューブのビデオは、プレイベートに変更されました。設置が予定されている APE チャンネルのユーチューブチャンネルで公開されることを希望しますけれど。




posted by ノエルかえる at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

Up on Hi 訳

 EP『 Trick Picture 』の「 Up on Hi 」、
歌詞は、パートリッジだと思います。彼が、これまで使って来た語ばかりですから。

 エロティックな感じなのだと。


ひのひかりで酔っぱらって、僕らは、アイスクリームに満腹だ。
そこに僕らが見る無数のもの、それは、眩しい花だけだ。
天の川で沐浴して、
僕らは、星屑を啜り上げるんだ。
ああ今日は、僕らの愛を降り注がそう/僕らの愛を輝かそう。

君、何所に連れて行くんだい?
僕は高天にいるよ。

飛行機に幻惑して、僕は、着陸するつもりは無いんだ。
僕のプロペラに触れる君の手、それが、僕を回すんだ。
彗星に一瞬触れて、
金の鳥を解き放す。
そこに僕らが聞き取るもの、それは、可愛らしく聞こえる言葉だけだ。

君、何所に連れて行くんだい?
僕は高天にいるよ。

君は僕を登らせて、今夜、僕はとても高い所にいる気分。
あの鳥たちが僕の中で囀るから。
僕は君の星々を、全部、僕の目の中に登らせた。
そこに彗星が僕を連れて行く。

空を飛ぶことに幻惑して、

僕は高天にいる、
あの鳥たちは囀る。
高く、まだ高く、
僕は高天にいる。
君は、何所に連れて行くんだい?
posted by ノエルかえる at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月19日

Up on Hi

 APE House がユーチューブチャンネルを設ける予定と言うので、Lighterthief のweb ページを毎日チェックする様になりました。技術的なことは、ステュアート・ロウさんがするだろうと思うので、そうしたのですが。チェックを初めて直ぐに、ページのデザインが新しくなりました。それが、APE house のチャンネル開始と同時なのかと思いましたが、そうではありませんでした。
 ただ、新しい Lighterthief のページでは、作品がストリームで視聴出来る様になっていました。これまでも、Lighterthief は、ユーチューブチャンネルを設けていて、EP 「 Trick Picture 」「 Hard Listening 」のビデオも投稿されていました。でも、全ての曲ではありませんでした。
 私は、Lighterthief の最初の EP 「 MAXIMALISM 」は購入しました。ですが、その後は、アルバムが出るだろうと、「 Trick Picture 」「 Hard Listening 」は購入せずにいました。曲も、ビデオで聞いたつもりになっていました。ですけれど、ストリームで「 Up on Hi 」を聞いて驚きました。始まった瞬間、パートリッジと分かるギターの音。XTC のと言っても納得させられるものでした。それで、早速、ダウンロード購入しました。でも、Burning Shed の方ではなくて、それ以前からあった、Band Camp の方です。

 「 Trick Picture 」 の方は、Lighterthief 名義でなくて、パートリッジの新バンド The Club men でもいいのでは、と言う感じでした。
 「 Hard Listening 」には、バリー・アンドリューズがボーカルをとっている曲もあります。「 Shining Surface 」も、一聴してパートリッジと分かるギターですけれど、『 White Music 』の頃の感じのリズムギターに、デュークスよりももっと歪んだサイケデリックなギターのソロ、これはステュアート・ロウさんかも、が入るもので、面白く思いました。

http://apehouseltd.bandcamp.com/album/trick-picture
posted by ノエルかえる at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

Powers 各曲名

 『 Powers 』、発売されたディスクには、トラックナンバーだけで、題名が付されていませんでした。ベルナールさんとの対談 ( 9月13日付け )では、題名を言っていますので、備忘します。パートリッジの簡単な説明も抜き書きして備忘します。



1. "Earthlight"
To me, this whole piece sounds like starlight -- bent starlight.


2. "Dissolver"
To me, this is almost as if you're on the outskirts of hell. Imagine there are pools of liquid that are fiery or sulfurous-looking, and there are lots of dark rock formations.


3. "Outpost"
For me, it's like something waiting and observing and looking .


4. "Pebble"
For me, it's a liquid metal. You're inside the metal, and you're seeing it.


5. "Transmitter"
I thought the named summed it up for me -- for me, it evoked some essence of communication.
I wanted a human or an emotive quality to that part of it -- like someone is trying to reach you, or something is pulling you in, with an emotive sound.


6. "Hothouse"
My favorite Sci-Fi novel.
That's the sense of floating, in the middle of lightness or darkness -- I was trying to get over that sense of suspension.


7. "Star"
To me, this one is kind of malevolent. There's evil intent in this stellar object.


8. "Palace."
This one is like being inside a vast structure, and there are surprises -- not all of them pleasant.


9. "Monitors"
They're creatures, little creatures, big creatures. they're not creatures as we would think of them. I'm observing a lot of creatures. I don't think they're menacing -- they're just doing what they do.


10. "Rogue"
Yes, you're moving towards this large thing.


11. "Needle"
I was looking for bird-like sounds.


12. "Darkness"
There are globs and gloops, like he does in his paintings.




 また、この対談の中で、パートリッジは影響を受けた作曲家を上げていますが、これまでのインタビューなどでは挙げなかった名前のように思います。けれども、頷けるものです。

一人は、Pierre Henry ( ピエール・アンリ ) 。フランスの作曲家。1927年生まれ。
オリビエ・メシアンなどに師事、ミュージック・コンクレート、電子音楽の先駆者。67年の作品『 Psyché Rock 』は、ポピュラー音楽にも大きな影響。

もう一人は、François Bayle ( フランソワ・ベイル ) 。フランスの作曲家。1932年生まれ。
オリビエ・メシアン、カールハインツ・シュットクハウゼンに師事。電子音楽の作曲家。
Acousmonium ( アクースモニウム )を開発。
posted by ノエルかえる at 10:27| Comment(2) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

『 Powers 』 感想

 A. J. Partridge 『 Powers 』を一通り聴いての感想。

 印象づけられるのは、打楽器の音、それも柔らかなアタックのロール音。それから、管の音、それも楽音ではなくて、吹き込む息を聴かせようと意図された管。弦の音、それもやはり楽音ではなくて、ギターやヴァイオリンであれば駒の上を、ピアノであれば蓋を開いて直接に弦を引っ掻いたような音。
 このような音は、芯を欠いた暈のような印象を与えます。ぼんやりとした筆致です。たっぷりの水分で画紙の上で色が滲み広がり、筆跡と言うものは消え去ってしまったかのようです。色の際も定かではありません、どこまで色があるのか、目を凝らせば、それだけ余計に分からなくなるようです。
 このような印象、パートリッジのこれまでの作品とは正反対の特徴です。
 パートリッジの音楽は、これまでの『 Orpheus the Lowdown 』にしても、『 Through the Hill 』にしても、際立って明快な輪郭線を持っていて、物質感を強く持つものでした。
 音楽を大きく二つの特徴で分けるとすれば、バッハのような伽藍を思わせる構築感のあるものと、ベートーベンのような塊を思わせる物質感のあるものに分けられるのですが、パートリッジの音楽は、そのベートーベン的な塊の音でした。XTC のもう一人のソングライター、ムールディングはバッハ的な線の組み合わせの音でした。ですから、パートリッジが、『 Take away 』を制作した時にも、ムールディングの構築された線を切断することで、ムールディングの歌が内包していた空間を物質が凝集している塊に変化させていたのでした。
( 蛇足を付け加えれば、パートリッジの歌は、ベートーベン的な、苦悩から歓喜という定則を踏んでいます。 )

 このように違うのは、パートリッジの内在的な変化と言うのではなく、やはり、Richard M. Powers の作品に感化されてと言う外在的な理由からでしょうか。ただ、パワーズの絵も、サイケデリック・ソングと同様に、幼年期少年期のパートリッジの心を捉えていた中心のものであり、彼の根幹となったものかもしれませんけれど。

 私はパワーズを知らなかったのですが、バイオグラフィを見ると、通俗な読み物 ( 主にSF ) に挿画を描いていた人ということですが、キュビズムやシュールレアリズムに感化を受けて、後年には、コラージュ作品も創ったりしたそうです。作品目録を見ると、私はあまりSF小説作品を知らないので、知っている作家ばかりが目につくということもありますが、J. G. バラードの作品が多いように思えました。
 パワーズは芸術本流の画家であったわけではないので、キュビズムにしてもコラージュにしても、方法論、芸術観を思索しながら制作したのではないのでしょう。とは言っても、そのスタイルをただファッションのように利用しただけと言うのでもないように思えます。芸術とはほど遠い日常的な生活の中であっても、何かを形象させようとすれば、越境的な思念も用いざるを得ないのだと思います。それは、パートリッジとも共通しているのではないでしょうか。
 バラードの小説は、私の知る限りでは、ウェルズのような驚異に焦点を当てるものではなくて、理解出来ない謎、知ることの出来ない知識に幻惑されて、自身と言う視座を失うことを主題にしているように思います。世界の果てを知ることが出来ない、そもそも果てと言うものがあるのかどうかさえも分からない、そんな考えに捕われている間に、自分自身を見失ってしまうと言う感じです。
 今回のパートリッジの『 Powers 』は、そのような主題にとても上手く合っているように思いました。

 12のトラックが終わった後、2分に近い沈黙があります。その間にも、何か共鳴してなっている音があるように思えて、私は耳をそばだててしまいます。そうしていると、私自身も、自分と言う視座を失ってしまいそうな気がします。


 CD装丁の裏の言葉:

 それは60年代始めの頃だ。英国のある内気な少年が、毎週決まって、町の図書館に通っていたんだ。少年は、いつも、三冊の空想科学小説の本を借りていた。でも、読むのではない、全く読まないのだ。ただただ、表紙を見詰めていたんだ。…
 そして、少年はいなくなった。
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2010年07月29日

Your Century

 Duncan Maitland の『 Lullabies for the 21st Century 』、私の耳に印象に残ったのは、何より、丸い感じのピアノの音、暈を纏ったようなエレクトリック・ピアノの音、海綿のように多孔質で心地よい弾力性を感じさせるバンジョーの音でした。ゆったりとした厚みのある毛氈の柔らかさの上に寝そべるような心地よさをもたらしてくれる歌の世界でした。
 その歌のアルバムの第一番目の歌に、ムールディングが演奏に加わっています。それを聞いて、改めて、ムールディングのバスギターの特徴に気が付きました。彼の演奏は、バスドラムをとても上手く生かしていると思いました。インタビューで、彼は、ドラムズと主旋律を結ぶのがバスギターの役目だ、と言っていますけれど、それが、分かったような気がしました。

 ムールディングの書くバスギターの旋律線は、基本的に対位法に基づくもので、主旋律に対置するものです。それは非常にオーソドックスなものでしょう。ロックンロール・ソングが普及した今では、特異に思われるのかもしれませんが、歌謡の伴奏としては、当然の役割です。XTC のような編成、二挺のギター、一挺のバスギター、オルガン ( あるいはピアノ ) にドラムズ、であれば、通奏低音は、和音を取れる、ギターとオルガンが担うものでしょう。その上で、二挺のうちの一つのギター、それに、オルガンの右手が装飾音を加えるならば、バスギターは、歌手の歌う主旋律に対置するカウンター・メロディーを提供するのが定則だと思います。
 ムールディングの対置旋律は非常に優れたものです。パートリッジのメロディは、浮揚感を強く感じさせるもので、時に、爆発性も感じさせます。そのメロディの浮揚に揚力を与え、爆発を起こす発火性のパートリッジの音隗に起爆を加えるのは、ムールディングのカウンターメロディーです。それは、彼が歌全体を理解していることに加え、まるで流体力学の数式を計算するように、対位を精緻なまでに考え抜くからなのでしょう。

 なのですが、「 Your Century 」を聴いて分かったことは、彼は、単に主旋律の対置したメロディを添えているだけでなく、バスドラムの音を上手く汲み上げて、メロディを補うものにしていると言うことです。バスドラムは、拍を取るものではなくて、また一つのメロディ楽器になっているのです。それはこれまでの XTC の歌でも感じていたことではあります、ドラムズがとてもメロディアスだとは思っていました。ですけれど、そうしていたのは、ムールディングだったのではないでしょうか。

 バスドラムの音にムールディングのバスギターが関わると、それは、方向性を持った音に変わるように聞こえます。その方向性を持った音は、何かを動かす力であるように思えます、起動力に聞こえるのです。歩き出そうとして、足裏が大地を蹴る時のようにです。ムールディングは、歌全体をよく理解していますから、歌がどの方向へ動かねばならないかも分かっています。ですから、バスドラムと言う流力に竿を入れてその方向を決めることが出来るのです。と同時に、私たちの身体が歩き出す時に、足裏からの力を全身の筋肉と骨格を通じて伝えて、前進の力とするのと同じように、彼はバスドラムの力を主旋律に伝えるのですが、おそらく多くのバスギタリストはその力を途中で漏らすことが多々あるのでしょうが、ムールディングは、余すことなく伝え切るのだと思います。
 また、そうすることによって、歌はその全体が、生き生きとした運動体となるのだと思います。

 そんなことは、あまりに当然のことなのですが。
posted by ノエルかえる at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

Ballet "Orpheus"

 ドイツのハンブルグ・バレー団の監督で、米国出身の John Neumeier (ジョン・ノイマイヤー)氏が、『Orpheus』をバレー化。パートリッジとブレッグバッドの『Orpheus The Lowdown』も使われています。
 プレミア公演は、2009年の12月6日にハンブルグで行われたとのこと。

 (ジョン・ノイマイヤーとハンブルグ・バレー団は昨2009年に来日し『椿姫』の公演を行ったそうです。)




posted by ノエルかえる at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

Thanks for Christmas

 「Thanks for Christmas」、訳してみました。Idea のサイトに歌詞はないので、チョークヒルズに掲載の歌詞を元にしました。

 「In the winter's frosty air, sing with us and we can share our」の our 、our Father のことかと思いました。





クリスマスおめでとう、
愛をありがとう、それに、一面に雪が降るなんて幸運、君の御蔭だよ、
クリスマスおめでとう、
世界中に雪を降らすなんていう冬の優しさ、君の御蔭だよ。

もうすぐだね、ツリーを飾り出したら、
子供たちの目は明るく輝いているよ、七つの海を越えたどこでも、
もうすぐだね、冬の凍えた空気の中で、
誕生祭の篝火が明るく燃えているよ、いっしょに歌おう、我らの(神)を分ち合えるから。


クリスマスおめでとう、
愛をありがとう、それに、一面に雪が降るなんて幸運、君の御蔭だよ、
クリスマスおめでとう、
世界中に雪を降らすなんていう冬の優しさ、君の御蔭だよ。

もう夜明けだよ、サンタのトナカイは欠伸をしてる、
トナカイたちの愉快な仕事は終わったんだ、家々は喜びで満ちてるよ、
もう夜明けだよ、もう、クリスマスの朝だよ、
一年でいちばんの日、よく聞いてね、我らの(神)が聞こえるだろう。

クリスマスおめでとう

こんな日が一年に一日だけで、
後の三百六十四日は、疑いと恐れの日だなんて、残念だね、
君は愛をずっとためていたんだね、それをだしてしまおう、クリスマスが来たのだから。

クリスマスおめでとう、
愛をありがとう、それに、一面に雪が降るなんて幸運、君の御蔭だよ、
クリスマスおめでとう、
世界中に雪を降らすなんていう冬の優しさ、君の御蔭だよ。

クリスマスおめでとう
posted by ノエルかえる at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

Coat of Many Cupboards hidden trakcs

 google.jp で。「xtc cupboard hidden track」の検索があったので。

To hear the hidden tracks, you need to use the rewind button («) before track 1; the hidden tracks appear in the negative time before the first track on Discs Two and Three.

 再生機によって、出来るものと出来ないものがあるようです。私の再生機では出来ないので、聴いたことがありません。

 disc 2 に「Wanking Man」。Drums and Wires セッション。
 disc 3 に「Shaving Brush Boogie」。English Settlement. セッション。
posted by ノエルかえる at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月10日

Through the Hill

 このところは、『Skylarking』を聴くことが多いのですけれど、それに『English Settlement』を聴いたり、でも、今日は、『Psonic Psunspot』を聴いて、『Through the Hill』を聴きました。

 パートリッジとHarold Budd の共作。でも、Harold Buddの作品にしては、とても物質的と言うのか、視覚性が強くて、手触り感がある塊を感じます。バッドの作品は、雲のように、ある面、非在の音楽と言うのか、時間そのもの、取り囲む輪郭がないので初めも終わりも分からない、流れ、それも、方向すら分からない、何か変化があるように感じるだけ、というものだと、私は思うのですけれど、この作品は、鋭い細い線の輪郭があります。それは、パートリッジの仕事なのでしょうか。

 ムソルグスキーの『展覧会の絵』に、倣ったように構成されて、「地理 ( 地勢の図像 )」、「構造 ( 建築物 )」、「人工物 ( 小間物 )」の三部に分けられていて、それだから、視覚的でもあるのですが、『博物館の品』のようです。

 パートリッジは、マッチの小箱の図柄を好きなように、小さな枠に収められた確固としたイメージが好きなのか知ら。



『Through the Hill』 on iTunes store
posted by ノエルかえる at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

The Lilac Time - The Laundry

 2001年に、パートリッジのプロデュースした歌を含んだアルバムを発表した、The Lilac Time。
 universal music group のYouTube のチャンネルに、パートリッジがプロデュースした「The Laundry」がありました。
埋め込みは、universal の意向で出来ませんけれど:

http://www.youtube.com/watch?v=B0AXNmCKc50


アルバム『lilac6』は、アートワークが、「grass」のシングルのようですけれど。






 The Lilac Time のホームページ:
http://www.thelilactime.com/


posted by ノエルかえる at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tin toy clockwork train

 2008年夏の、ユーロスターのキャンペーンの為に、パートリッジが書いた歌。
「tin toy clockwork train」

WONBAT TV のビデオが、Daily Motion に。




取り上げているブログ:
euro starのページから
http://www.eurostar.com/FR/fr/leisure/latest_deals/promo66.jsp

その他、
http://leraturbain.blogspot.com/2008/06/eurostar-londres-vintage.html

http://www.tourmagazine.fr/Eurostar-Paris-Londres-a-66-euros-aller-retour-par-personne-_a6782.html

ポスター:
935244-1159458.jpg

240x200_66euros_v2.gif


レコードは無料で配布したようです。


以前、XTC-BBS にはYouTube に投稿されているものをリンクしていたのですが、
それをこちらにも、


posted by ノエルかえる at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

The Hoodoo

 Stuart Rowe の作品に、「All Done Things」に続きパートリッジが再び参加。
歌の題名は、「The Hoodoo」。ストリングスをパートリッジが担当。

http://www.myspace.com/lighterthiefproductions


posted by ノエルかえる at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

All Done Things

モンスタランスの編集を担当した、Stuart Rowe の作品に、
パートリッジが参加。
録音は、2007年10月から、2008年の2月まで。
パートリッジは、ハーモニーヴォーカル、ギターソロを担当。また、コーダのモータウン・ギターも。

Lighterthief のMySpace:
http://www.myspace.com/lighterthiefproductions

posted by ノエルかえる at 11:55| Comment(3) | TrackBack(0) | Other Recordings | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする