2017年02月22日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」8

ベルナール「それでは、ヴォーカルについて、お話し下さいますか。ご存知かと思いますが、あの有名な、ブリティッシュ・インベーションの時期、こちらの聴衆は、イギリスの歌手が歌う時、アクセントがほとんど消えていることについて、議論し合ったものなのです。ところがです、この歌での貴方ですが、あんたご自身のアクセントを更に強調している様に聴こえるのですが、どうなのでしょう? それは、意図してのことなのですか?」
パートリッジ「そうですね、当時、私は、力みが無くなり始めていたのだ、と思います。話す声で歌うことを覚え始めていたのです。『 Black Sea 』で、既に、その話す声での歌い方が目立たなない程ですけれど、窺えると思います。それが、この『 English Settlement 』では、もっとたくさん聴かれるのです。そうして、それから先、この話し声での歌い方が、どっと多くなるのです。この歌については、特に、古いアンディが少しあって、まだ不定形な、新しい、現実の、力みのない、アンディとはこうしたものだと言う、大きな溶解がある様に思えますよ。」 
ベルナール「私がこの歌をとても好きなのはですね、貴方の声が、旋律的に跳躍しているからなのです。それは意図的なのですか? それとも、このメロディが、和声に合っていると思われたからなのですか?」
パートリッジ「メロディは、コードと一緒に思い付いたのだったと思います。時には、歌詞の言葉で、メロディがどうあるべきかを思い付くことがあります。ある句を思い付きますよね、あるいは、ある語を思い付いたとします、そうすると、それは、ある音程、あるいは音を想起させるのです。ある場合には、テレビ放送やラジオで誰かが言った句を聞くと言うこともあるのですが、それは詰まらない句ですよ、そうした時に、私は、その句を分解してみるのです。そうして考えてみるのです。「 Now, here's the news 」と言う台詞、これを歌うとすれば、どんな音になるだろう、と試行するのです。( 抑揚に於ける音程を真似てみせる。 ) その様な馬鹿げたことが、時折、私の頭の中を通り抜けるのですよ。けれども、こうしたことを通じて、私は、話し言葉の中に、旋律性を見つけ出すのです。」 
ベルナール「そうですね。実際に、人々は、話す時に、様々な部分で、様々な音形変化を使いますからね。例えば、何かを強調する時には、普通、高くしますよね。貴方も、ご自身がなさったことを述べられる時にも、そのように音を高くしてました。「 what noets are the singing? これを歌うとすれば、どんな音になるだろう」と言われたときも、そうでした。音を高く初めて、そしてちょっと下げて、最後は、また、上げていました。 
 私が考えているのは、この歌では、ヴァース部分の各行の最初の所で、音が跳躍している、と言うことなのです。他のソングライターでしたら、このようなメロディーを、ヴォーカルの為には思い付きもしないですよ。」
パートリッジ「そうですね、あのメロディは、管楽器か何かのメロディの様に思えるのでしょうね。ちょっと、コードを確認してみましょう。( ギターを弾いて、ヴォーカルのメロディーを口ずさむ。 ) F6 、ふうん、ささっと弾けないで、辿々しくなってしまうなあ ( 笑って、「 life's like jigsaw 」のところのギターのコードを弾いて見せる。 ) Eマイナー7 、あれ、次のコードは何でしたか知ら? 分からない、自分で書いたコードを忘れてしまいましたよ。演奏のレパートリーに入れたままにして置く必要は無いですからね。ステージのライブでするようになった、歌はどれも、ステージで何度も何度も弾きますからね、忘れないのですよ。でも、この歌はですね、頭の中に遣って来て、直ぐに、出て行ってしまいましたね、、、 」 
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『 Apple Venus 』記念日

 1999年2月22日、XTC は、アルバム『 Apple Venus 』を、自身のレーベル Idea からリリース。 
Chalkhills: XTC: Apple Venus Volume 1  
 18年前。


 できごと、その翌日の1999年2月23日、イギリスの「女性」作曲家、ルース・ギップス Ruth Gipps が死去。ギップスは、1921年2月20日生まれ、享年78。作曲は、ゴードン・ジェイコブ、ヴォーン・ウィリアムスに師事。調性音楽。五曲の交響曲がある。調性だけれど、構成は複雑で、そういうところ、イギリスのプログレッシブ・ロックの土壌になっているのかも。 

以上、2016年2月22日のと同文。 
『 Apple Venus 』記念日: ノエルかえる不恵留  

 日本盤は、2月17日に。
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2017年02月21日

パートリッジ好み : The Beatles Illustrated Lyrics

 パートリッジが、Twitterで触れていた本。 
『 The Beatles Illustrated Lyrics 』、初版は1969年。再版はされているみたい。 
編集は、Alan Aldridge アラン・アルドリッジ( と言う読み? )。 アルドリッジさんは、この2月17日に亡くなったそう。 

The Beatles Illustrated Lyrics - Wikipedia

The Beatles illustrated lyrics (書籍, 1980) [WorldCat.org] 

最近の再版: 
The Beatles illustrated lyrics (書籍, 2014) [WorldCat.org]  


Alan Aldridge - Wikipedia 


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2017年02月18日

The Beatles, Wings 「 Hold Me Tight 」訳

 ポール・ビートルとポール・マッカートニーの「 Hold Me Tight 」。同名の歌。ビートルズの時のは、1963年の作品。ウィングスのは、1973年の作品。 
 ( アンディ・パートリッジの「 Hold Me Daddy 」は、1989年の作品。 ) 

それぞれ、ウィングスのホームページ、ビートルズのホームページを元にしました、 

Hold Me Tight | PaulMcCartney.com 

Hold Me Tight | The Beatles  





ウィングス 
僕は待っていたんだ、君、これまでずっと、 
僕をつらまえて、しっかりと、 
僕を受け容れて、そうしたら、僕はしっかり出来る。 

僕をつらまえて、しっかり、僕をつかまえて。 
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱きしめて、ちゃんと。
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱き込んで、きつく。 
僕をつらまえて、しっかり、僕を抱きしめて、ちゃんと。 
僕をつらまえて、しっかり、つかまえて、きつく、そばにいて、ぴったり。 
今晩は、僕は、君を他にはやらないよ、 
蝋燭の灯りの夜、 
僕を抱擁して、きっと、そうして。 


ビートルズ 
とうとう、叶った、ておもう、 
ぎゅっとして、 
ぼくが意中のひと、て言って、 
そうしたら、もう、
ぼくは孤独者でなくなるよ。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、 

ぎゅっとして、 
ぼくがきみに夢中なの、とめないで、 
きょう、きょうだよ、 
ぼくはきみだけを、抱擁するんだ。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、 
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、 

ぎゅっとするってこと、それは、 
きょうは、二人切り、てこと。 
とうとう、叶った、ておもう、 
ぎゅっとして。 

ぎゅっとして、そう、きょう、きょうだよ、
きみが、きみが、ぎゅっとして、ね、ね、ね、   

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Dick Bruna

 ディック・ブルーナ Dick Bruna さんの訃報。89歳。2月16日に亡くなったそう。 

Dick Bruna - Wikipedia 

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2017年02月17日

佐藤さとるさんの訃報

 ニュースに、佐藤さとるさんの訃報。9日に亡くなったそう。88歳。 

 きょう、机上に置いてあるのは、でも、西脇順三郎コレクション3。
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『 Apple Venus 』プレ記念日

 『 Apple Venus 』は、イギリスでは、1999年2月22日のリリースだけれど、日本盤は、それに先立って、2月17日に、ポニーキャニオンからリリース。 
 なので、準記念日。 

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2017年02月15日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」7

ベルナール「今この歌をお聴きになって、ご自身、直ぐに、耳に付くことは、何かありますか?」
パートリッジ「初期の声の死、と言うことですかね。「過度に激しく歌おうとする」声が、今にも消えようとしている様子が、貴方にも聞かれるでしょう。」 
ベルナール「どういう意味ですか?」
パートリッジ「歌うのに、切り詰めた感じで歌っているのです。ちょっと、気取った感じですね[ 原文では、mannered と言う語を使っています。 ]。でも、まあ、これ以前のアルバムでの程には、気取っていないのですけれど。どう言う訳だか、この曲では、そうした切り詰めた感じの箇所がたくさんあるのです。この歌にはとても不釣り合いなのですけれどね。歳を重ねてから、今日、初めてこの曲を再生して聴いたのです。それで、「これは、僕が『 White Music 』『 Go 2 』『 Drums and Wires 』の時の声じゃないか!」と、私は思ったのです。おそらく、『 Black Sea 』でもそうだったのでしょうね。ですけれど、この歌の時の声は、もう死に懸っているのです。この歌い方の最後の喘ぎの様です。このアルバムでは、私は、もっと、自分らしく歌っているのですから。」 
ベルナール「ちょっと待って下さい。「気取っている mannered 」と言うのは、「お上品な」と言うことではありませんよね、「あざとい affected 」の意味ですね?」
パートリッジ「ええ。態とらしいのです。無理やりやっているのです。それでですね、このアルバムの幾つかの曲で、私は、私自身の声を発見したのでしょう。これ以降のアルバムでは、自身の声を見つけられた、と言うことは確実です。今では、そう考えていますよ。歌い手は、自分自身の声を見つけなければならないのです。デビッド・ボウイの三枚目か、二枚目までのアルバムを聴いてご覧なさい。ボウイは、まるで、アンソニー・ニューリーですよ。[ イギリスの歌手。1931年生まれ、1999年没。映画『 007 』の主題歌、「ゴールド・フィンガー」で知られる。 ] 私も同じなのです。最初の二枚のアルバムでの私の声は、バディ・ホリー Buddy Holly [ アメリカのロックンロールの歌手。 ]とスティーヴ・ハーレイ Steve Harley [ イギリスの歌手。1951年生まれ。大道芸からロックミュージックの歌手になった人。 ]の間の子なのです。」 
ベルナール「 ですけれどですね、貴方の活動歴のほとんどの期間に於いて、私が、歌手としての貴方に大きな印象を持っているのは、貴方が、ご自身の声を一つの楽器として使っている、と言うことなのです。勿論、歌の内容と流れに沿ってのことですけれど。それで、この「 All of Sudden 」の場合は、その事の好事例だと思います。と言うのはですね、この歌の貴方の声は、まるで流れる様なのです。多くの箇所で、音符で表記される音から、逸らせています。そうすることで、歌の悲し気な性格を強調しているのです。」
パートリッジ「でも、今日、私は考えていたのです。どうして、私は、外連味なく歌わなかったのか、もう少し絶望的に歌えば良かったのではないか、と思いました。そう言う性質の歌なのですから。おそらくは、歌に小さくても何か生命感のあるものを注入しなければならない、と感じていたのでしょう。そうしなければ、歌は、単に、厭世的で暗いものになってしまいますから。」 
ベルナール「ステージでの演奏を意識していたのではないでしょうか? 貴方の声を噴出させないといけないですからね。そこで、いくらか吼えるわけです。」
パートリッジ「いいえ、それはないですね。気取った声から脱却し始めたときだったのだと、思いますよ。気取った[ mannered ] 声と言うのは、「諸君は私を忘れ様が無い。何故ならば、諸君が忘れることのない声を、私は作り出したからだ。」と言うものです。それが、この歌には、まだ残っているのです。」 
ベルナール「その通りですね。それで、フェイド・インする導入部の所で、貴方は、「 ai ai ai ai 」と歌っていて、それに、ブリッッジ部分では…、」
パートリッジ「ああ、あれは、ハニーバス Honeybus の「 I Can't Let Maggie Go 」から取ったものです、そうだと思うけれど。」 
Honeybus - Wikipedia 
The Honeybus* - I Can't Let Maggie Go (Vinyl) at Discogs
ベルナール「それで、ヴァース部分の一行目と三行目では、声にエコーがたくさん掛かっていて…」
パートリッジ「ええ。運命的な雰囲気、破滅の兆しを思わせるものを付加しているのですね。」   
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2017年02月12日

『 English Settlement 』記念日

 1982年2月12日、 XTC は、アルバム『 English Settlement 』をリリース。今年は35周年。 

Chalkhills: XTC: English Settlement  


五日後の1982年2月17日、ピアニストのセロニアス・モンク Thelonious Monk が亡くなった。 

三日前の1982年2月9日、日本航空の旅客機が羽田沖に墜落。精神病の機長の幻覚による異常な操縦のために。 



追記: 日本盤は、同年4月21日に、ビクターからリリース。10曲収録の一枚アルバム。 
雑誌『ロッキングオン』1982年5月号に、「ゆるがぬ自律精神 XTC の新作「イングリッシュ・セトルメント」」と言う記事、市川哲史さん。 
雑誌『ミュージックマガジン』1982年6月号のクロス・レヴューの蘭で、中村とうようさんは、『イングリッシュ・セトルメント』に9点。
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2017年02月11日

Grimspound

 グレゴリーさんのバンド Big Big Train の新作アルバム『 Grimspound 』のトレイラー : 

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2017年02月10日

Television 「 Marquee Moon 」訳

 テレビジョンが、アルバム『 Marquee Moon 』をリリースして、40周年と言うことで。1977年2月8日にリリース。  

 アルバム・タイトルと同題の歌「 Marquee Moon 」を訳して見ました。
元にしたのは、インターネット上の歌詞サイトのものなので、正確かどうかは分からないけれど。 

the Marquee Moon は、固有名詞の様に思えるけれど、普通名詞の様に読んでみました。 



覚えている、
闇が二つ折りになる様、
思い出せる、
稲妻が稲妻に当たる様。 
耳を峙てた、 
雨音に、 
聞えていた、 
別の音。 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
待っている。  

お願いした、 
録音してくれ。 
尋ねた、 
変じゃないか。 
言った、「何を言う、若造、お前は嬉しそうでないな、 
まあ、でも、御陰さまで、悲しそうでもないな。」 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
踏み出せない。 

キャデラック、 
墓場から掘り出された代物、 
側に着けた。 
皆が言う、「乗れ。」、乗ろうと、 
車は、パタパタ音を立てて、墓場に戻った、 
私はと言えば、また、出た。 

蜂の巣の中のいきものが唇を窄める、私が主役の夜、 
死が一瞬口付ける、いきものに取り囲まれる。 
私は立っている、 
月を載せた、劇場入口の庇屋根の下、
もう、待たない。  
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2017年02月09日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」6

ベルナール「貴方のパレットは拡がったのですよね。」
パートリッジ「ええ、とっても拡がったのです。でもですね、それ以上にですね、私の心のあり方が拡がったのですよ。「ご機嫌だ。これをライブでしなくていいんだ。僕は、バンドに、ツアーはしないって説得出来そうだからね。」と思っていたのですから。でも、連中は私に耳をかさなかったのです。」 
ベルナール「( 笑う ) アレンジで、12弦を選べると言うことには、きっと、楽しさを感じていらっしゃったと、思うのですが。」
パートリッジ「ええ。新しい色でしたね。それに、子供の頃に聴いた、たくさんの音楽を思い起こさせもしたのです。60年代の音楽です。バーズ The Byrds とか、ホリーズ The Hollies とかです。それらが、製作した当時には、12弦ギターが、曲と、とても上手く調和している、と思ったのです。と言うのはですね、私は多くの曲で、アコースティック・ギターを弾いていますし、コリンは、スライドを使った、うねる様なフレット・レス・ベースを使っていますから。それで、今思うと、この分野と言うことですけれどね、私たちは、いくつかの私たちの後を追うバンドを生み出したのではないか、と思うのです。例えば、アズティック・カメラ Aztec Camera は、このアルバム『 English Settlement 』から多くの影響を受けていますよ。」 
ベルナール「本当にそうですよ。このアルバムは、莫大な影響を持つアルバムでした。」
パートリッジ「ええとですね。今でも覚えているのですけれどね、彼らのアルバムが出て間もなく、私は、アズティック・カメラのレヴューを全部読んだのですけれど、彼らは、そのアコースティック・ロックの方向性について、熱弁を振るっていましたよ。それで、私は、「ええ! 彼らは、『 English Settlement 』を聴いてないと言うのか?」と思ったのです。 
 まあ、兎も角、その領域は、進んで見るのには、良かったのです。伸びて行く、良い道だったのです。その時の私は、もう自由になれそうだ、と確信していたのです。そして、もう、拘束状態に戻ることはないだろうと、思っていたのです。でも、現実には、直ぐに、連中の下に私は戻ったのです。以来、もう、そうんなことは考えることもありませんでした。」 
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2017年02月08日

パートリッジ好み : William Byrd

 パートリッジがTwitterで言及していた作曲家:William Byrd ウィリアム・バード。 
1543年頃( 不詳 ) の生まれ、1623年没の、イギリスの作曲家。ブリタニア音楽の父と言われている。
 王立礼拝堂の音楽家でエリザベス1世の保護を受けていたけれど、カトリック信者であったため、迫害を受け、カトリック信者だったジョン・ピーター卿の領地、エセックスで晩年を過ごした。 

 パートリッジが聴いていたのは、四声のミサ曲の様。 

Category:Byrd, William - IMSLP/ペトルッチ楽譜ライブラリー: パブリックドメインの無料楽譜  

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2017年02月07日

ちょっとメモ : 「穏やかな放射」「トリスティア」

 ロシア( ソヴィエト ) の作曲家、ヴャチェスラフ・アルチョーモフ Вячесла́в Петро́вич Артё́мов の作品を、アシュケナージとギリシャ出身の鬼才、クルレンツィスが録音。CDでリリース。 
 Divine Art Records から。 

 ヴャチェスラフ・アルチョーモフは、1940年生まれで、1975年から、グバイトゥーリナたちと即興演奏の活動をして、1979年から、フリーランスの作曲家としての活動。12音音楽や複調性、ミニマリズム、民族的様式、即興音楽を混淆させた作風。 
 って、ほとんど、もう一人の XTC 。 
 ロストロポーヴィチが高く評価していたそう。 
ヴャチェスラフ・アルチョーモフ - Wikipedia


divine art dda 25144 vyacheslav artyomov symphony gentle emanation tristia 

日本での流通版は、ナクソス???
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ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」5

ベルナール「ああ、それについても、伺いたいです。」
パートリッジ「アメリカで、この歌をシングルにすると言う話しがあったのです。私は思いましたよ。「やった! この歌は、アルバムの中でも、類型のないもっとも独特なものの一つなんだ。これを、アメリカの会社がシングルに考えているなんて! ( 熱の隠った声で、 ) よおし、ビデオを作るぞ!」 
 もちろん、ビデオには、自分たちが出費することになっている、なんて知りもしない、おぼこだったのです、私たちは。まったく、世間知らずでしたよ。「あの人たち、僕たちにキャビアをくれたよ、なんて親切なんだあ!」ってね。」 
ベルナール「( 笑いながら ) それは、貴方たちが…、」
パートリッジ「( 神様的な声で ) お前が払うのだぞよ…、 
 まあ、そうですね。それで、この歌のビデオを私たちは作ったのです。テリーはいませんでした。有給休暇だったのです。新妻とオーストラリアに行ってました。その時には、まだ、恋人だったわけですけれど。数ヶ月はあちらでした。なけなしの給料を貰ってたのですけれどね。私たちは、皆そうだったのですが。でも、私たちは、「テリーは帰って来るのだろうか? まだ、給料を払ってるんだけど、、、」と思ってましたよ。今、思うと、彼は、もうバンドには居られないと、どう私たちに切り出そうかと考えていたのでしょうね。 
 それで、ビデオを作った時には、「ああ、ヒェー、ドラマーがいないよ」と言う分けだったのですが、デイブが、「イアンにさせたらどうだろう?」と言ったのです。」 
ベルナール「それで、イアン・グレゴリーさんが、初めてバンドに登場したのですね。」
パートリッジ「その後のデュークスのE.I.E.I. Owen になる彼が、最初にバンドに姿を見せた時ですね。でも、「でも、人は、テリーじゃないって分かるだろう。姿を見せない様にしよう。イアンの影だけ見せよう。」と思ったのです。と言う分けで、ビデオでは、イアンは影だけなのです。」 
ベルナール「それで、当時、このビデオは、MTV とか何かの番組で放送されたのですか?」
パートリッジ「いいえ。放送されなかった、と今でも思っています。YouTube だけですよ。それに、合衆国でも、結局、シングルにはならず仕舞でした。[ レコード会社の台詞 ]「バンドにビデオを作らせよう。ふうむ、どうだろうね、もう考えが変わっているのじゃないかな、これは、シングル向きではないだろう、ちょっと迂闊だったなあ、」と言うことでしょうね。棚上げになっただけでした。たくさんの方がみられたとは思いませんね。もしかしたら、MTV で、一回か、二回、流されたかもしれませんけれど。貴方はご存知ですか? 私は知りません。私は、 MTV は、一切見ませんので。」 
ベルナール「はい。少し、楽器のことを話して下さい。誰が何を演奏したか、貴方は、アコースティック・ギターを…、」
パートリッジ「私はアコースティック・ギター、そうです。」 
ベルナール「グレゴリーさんは、12弦ギターを…、」
パートリッジ「その通りです、デイブは、12弦ギターを弾いています。とても素晴らしいです。ヴォーカルのメロディーの合間に弾く、デイブの短いフレーズが、私はとても好きなのです。デイブは、ギターで、主メロディーに呼応したメロディーを付けるのが、とても上手いのです。 
 あれは、デイブの新しい楽器だったのです。それで、全部で使わずにはいられなかったのです。誰でも似た様なものでしょう。実際、このアルバムの時に、メンバー全員が新しい楽器を購入したのです。テリーは、大きくて底の深い、軍楽隊用のスネア・ドラムを買ったのだったと思います。トム・トムの様に見えますけれどね。あれは、スネア・ドラムなのです。暫くの間、テリーの玩具になっていました。私は、アコースティック・ギターを購入しました。デイブは、12弦ギター。コリンは、フレット・レス・ベースです。 
 それに、自分たち自身で、シンセサイザーのプロフィット5も使いました。5音が一度に出せるものでした。それはつまり、新しい豊富な音の在庫を手に入れた様なものだったのです。ですから、「僕らの新しいオモチャを録音に使わなくっちゃね!」ということになったのです。」 
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2017年02月05日

パートリッジ好み : Mose Allison

 パートリッジがTwitterで言及していた音楽家、Mose Allison モーズ・アリソン。アメリカのジャズ・ピアニスト。1927年生まれ、2016年没。 

 ( 以前に、備忘していたと思ったけれど、検索しても出て来ないので、してなかったのだと、、、 ) 

 彼の音楽は、ロック・ミュージシャンにも影響を与えたのだそう、例えば、ジミ・ヘンドリックスとか、ザ・フーとか。  

Mose Allison | Official Web Site
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ちょっとメモ : イアン・ボストリッジ 著『シューベルトの「冬の旅」』( 書籍 )

 イギリスのテノール歌手で、音楽学者でもある、イアン・ボストリッジのシューベルトの『冬の旅』の分析。 

2017年2月に、アルテスパブリッシング社から、邦訳が出版。 
翻訳は、岡本時子、岡本順治。 
アルテスパブリッシング社のホームページから: 
シューベルトの「冬の旅」 | アルテスパブリッシング  

原書は、『 Schubert's winter journey : anatomy of an obsession 』。 
Schubert's winter journey : anatomy of an obsession (書籍, 2015) [WorldCat.org]  


まあ、それで、イアン・ボストリッジがコリン・モールディングの歌をソング・ブックにして、アルバムを作ると、嬉しいのだけれど。  

 と、それから、アンディ・パートリッジも、『 Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 』の分析を書いて、本にすれば良いのに。  

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2017年02月04日

パートリッジ好み : Lennie Tristano

 パートリッジがTwitter上のコメントで言及していた音楽家: Lennie Tristano レニー・トリスターノ。 
1919年生まれ、1978年没の、アメリカのジャズ・ピアニスト、作曲家。クール・ジャズの先駆者と言われているけれど。オーバーダビングや即興演奏の嚆矢でも。 
 パートリッジが、コメントで、「 holiday on Mars 」と言っているのは、曲名やアルバムのタイトルではなくて、そう言う印象を受けている、と言うことだと思うけれど。 

The Lennie Tristano Experience
– LennieTristano.com a site dedicated to Lennie Tristano, one of the great original improvisers and innovators in jazz.  


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Stevie Smith 「 Tender Only to One 」訳

 イギリスの詩人 Stevie Smith スティーヴィー・スミスの「 Tender Only to One 」訳。 

 スティーヴィー・スミス は、1902年生まれ、1971年没の人。 
Stevie Smith - Wikipedia

 Tender Only to One は、女の子の遊びで、「彼は私を愛してる、愛してない、」と花びらをむしるものなのだけど。その時の言葉、「 Tender Only to One 」を日本語にしようとすれば、どういえば良いのか見当もつかなくて。 
 スティーヴィー・スミスの詩は、ナーシー・ライムの様なのだけど。言葉は平易だけど、私には、意味が取り難くて、、、 
 とりあえず、訳して見たけど、、、  

元にしたのは、Poetry Foundation の: 
Tender Only to One by Stevie Smith | Poetry Foundation

「どっちかよ、 
ただしくおいてね、」 
花びらが揺れる、
と、私の指が弄ぶ、 
あなたなの? それとも、あなたなの? それとも、あなたなの? 

「どっちかよ、」 
その人の名前、わたしは知らない。 
花びらの合図に、 
側の人たちは目を伏せる、
わたしの愛の所為だと思ってるのね。 

「どっちかよ、」 
この花びらには、答えの手がかりがある、 
表面に出てるの、 
花びらは、よおく、知ってるの。 
聞いてるわたしが、誰だか、って。 

「どっちかよ、」 
最後の花びらは、末期の息。 
氷の様な経帷子を通して、
はっきり聞こえる。 
「彼は、彼の名前は、死。」   




Tender only to one   
Tender and true   
The petals swing   
To my fingering
Is it you, or you, or you?

Tender only to one
I do not know his name
And the friends who fall   
To the petals’ call
May think my love to blame.

Tender only to one   
This petal holds a clue   
The face it shows
But too well knows   
Who I am tender to.

Tender only to one,
Last petal’s latest breath
Cries out aloud
From the icy shroud
His name, his name is Death.
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2017年02月02日

今日はそんな日だったんだ : Ulysses Publication

 きょうは、2月2日、1922年2月2日、ジョイスの『ユリシーズ』が出版された。 
 その同じ、2月2日に、「 Meeting Place 」がリリースされたと言うのも、何だか、意味がある様な気が。『ユリシーズ』のどこかに、「ミーティング・プレイス」が挿入されていてもいいなあ、と。
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「 The Meeting Place 」記念日

 1987年2月2日、 XTC は、シングル「 The Meeting Place 」をリリース。今日は記念日。今年は、30周年。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "The Meeting Place"

この日、スコットランドの作家、アリステア・マクリーン Alistair MacLean が亡くなっている。 

Alistair MacLean - Wikipedia  


追記: 2月2日は、柴田南雄の命日でも。
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2017年02月01日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」4

ベルナール「ドラムのパートについても少し話して下さい。この歌の、最も私の好きな部分なものですから。一例を挙げれば、三拍目にハイハットを打っているのですよね、その時同時に…、」
パートリッジ「ドラムのパートは、とても乞食っぽいですから、私も好きですね。テリーは、この風変わりな、それで、ドラムにとっては退屈なだけの仕事になるのだろうけど、歌をよく理解しているのです。彼のドラミングは、歌を感傷的にしていると、思いますよ。希望を失った様なギターと一緒です。歌詞の感傷的な面をよく出していますよ。」 
ベルナール「これは、低音と高音の注目される合わせ方です。フロア・トムを通底して叩いているのですが、アクセントとして、ラック・トムを叩いています。それに、ハイハットが、三拍目に入ります。それに、シンバルも。スネア・ドラムは使ってないのです。フロア・トムと金属製のハイハットなどとの間には、音程の大きな隔たりがあるのです。もちろん、その間に、貴方たちの鳴らす楽器の音が入っているのですけれど。」
パートリッジ「ええ、その通りです。素晴らしく、苦界の感じが出ています。マナー・スタジオの奥の石張りの部屋で録音されたのです。」 
ベルナール「そういうのを、どうやって、貴方は、バンドに提示したのですか? バンドのメンバーで、一緒に考え出した、アレンジメントなのですか?」
パートリッジ「まあ。正直に言って、まるで思い出せないのです。私の記憶の中の穴の様ですよ。この歌について、貴方に尋ねられるのではないかと、内心恐々としていたのです。本当に、ほとんど覚えていないのですから。出来て、録音して、そのまま、何所かに行ってしまったかの様です。そう言うことなのです。つまりですね、この歌を、私が所有している時間は無かったのです。まあ、こう言う言い方が、通じるかどうか分かりませんが。」 
ベルナール「分かりました。それで、ステージのライブでは、一度も、演奏されなかったのですか?」
パートリッジ「したとは思いません。ビデオを作っただけですね。」 
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2017年01月28日

Alfred Williams 「 The furnaceman 」訳

 XTC の『 English Settlement 』と言うアルバム・タイトルは、アルフレッド・ウイリアムスの『Villages of the White Horse』から取られたのだと思うのだけれど。 
 そのアルフレッド・ウイリアムスの詩「 The furnaceman 」。 
 スウィンドンの鉄道工場の鋳鉄をする蒸気ハンマーの職工を描いたものらしい。死後も未発表だったらしく、書かれたのは、1926年と推定されていると言うこと。 

 スタンザが三つ。それも、第一スタンザが10行、第二スタンザが20行、第三スタンザが30行と、加算的なのは、興味深い。たぶん、ヘクサメトロス ( 六歩格 ) なのだと思う。英語の詩は、五歩格、四歩格が多いそうだけど。脚韻も、原則二行が同じ韻で、進む様だけれど( カプレット couplet 的? )、それも、繰り返すことはなくて、変化し続ける感じ。独特な詩形なのだと思うのだけれど。 

 XTC の『 The Big Express 』にも通じるのかと思って、

元にしたのは、 the Alfred Williams Heritage Society の: 
www.alfredwilliams.org.uk - the official website of the Alfred Williams Heritage Society   



それが何処であっても構わないのだけれど、火夫を見て、人が最初にすることは、 
火夫の仕事について何でも聞いてみることだ。そして、彼の奮闘振りを讃えるのだ。
それから、彼の「徒弟期間」について尋ねる。何処の出身かを尋ねる。 
サンダーランド出身なのは確かだ。シェフィールドの者もいる。ウェールズの者も。
察した風な目配せをして、火夫は、錫の椀を口に持って行く。 
「南で生まれた、こいつらは、良い所があまりない。
俺が北部で技術を身に付けたとき、 俺は怖じけはしなかったんだ、
一月で、こいつらが一年でするよりも、もっと多くの仕事をしていたんだ。
こいつらは、畑を耕して麦を踏むのには、十分だ。 
だが、炉を見たことがなかったんだ。火をかんかんに熾せないんだ。」 

骨ばかりの腕と手で、ひょろひょろと柱の様に伸びて六フィートばかりの長身で、 
煤だらけ。それでも、この訳知りの火夫は生身の人間なのだ。 
大きい鼻。のっぺりした面。房になった巻き毛。小さい耳。丸い顎。 
狭い額。薄い頬も窪んでいるので、細い顎は骨が突出している。 
神経質そうな口。格好の良い唇は煙草が染みになっている。 
長い首。精彩のない顔色。深く皺の寄った狡猾そうな目。 
熱で火脹れし、土で汚れて、黒くなっている、 
それが、火夫の仕事が作った顔。頑丈な労働者の顔だ。 
火夫はいつも自分の持ち場にいる、日が変わろうと、どの時刻にでも。 
無帽で、上半身も裸、ずっと、竃の炎の前にいる。 
腰にぶら下がった布巾は、彼の細やかな美術作品あるいは装飾だ。いや、 
その布巾は、彼の腰に蛇の様に巻き付いている、脇にぶら下がっている。 
彼の落ち窪んだ頬から落ちる汗、滴る鼻水を拭い落とすのだ、 
そして、汗と鼻水は、川の様に流れて行く。 
熊手、シャベル、操作棒と取り替えながら、火夫の手はいつも塞がっている。 
竃を燃え立たせ、星の様に、輝かせているのだ。 
彼は、熱が竃の扉を通して刺す様な痛みを自分に与えてくるのが好きなのだ。 
黄色の熱塊の膨張を見るのが好きなのだ。竃が唸るのを聴くのが好きなのだ。 
火夫の嬉しげな視線は竃に向けられている、そして、喜びで煌めいている。 
炎は保たれている、すべてが上手く行っていると、分かっているからだ。 

まずは、ガラガラ、チリンチリンと鳴る首長の注入器で、重い鋳塊が入れられる。 
誰が考えたよりも速く、鉄の扉が持ち上げられる。 
用意万端の十二本の手は、手掛かりも無い重い塊を、招き入れようとしている。
そして、開いた隙間から、中の空洞へ放り込む。 
重い扉がまた閉まる、鋳塊は中だ。 
渦を巻く炎が鋳塊を取り巻いて包むと、休むことのない仕事が始まる。 
直ぐ様、黒く煌めく埃が、床から集められる。 
そして、ドアに沿った小さな口、その何れもを、鳴らない様にした。 
そして、冷たい隙間風が入らない様に、突然の冷気が、 
鉄あるいは鋼鉄の、鋳塊の真ん中に、当たらない様になる。
さて、火夫の敏捷な手で、竃の操作棒が忙しく動かされる。 
注意深く、棒を差し込み、中で石炭を掻き回す。 
さて、割れて崩れるのが上手く作用して、石炭は同じ高さに均される。 
後ろに少し傾いている、そこはちょうど、竃の円蓋の下になる。 
重い通風調節弁を上げる、二目盛りかそれくらいだ。 
そして、火室の中の固い焼塊を砕いて下に出す。 
そして、蒸気を管の束に直接に導いて通す。 
そして、竃を、本物の火山の様な、黄色の炎に燃え立たせる。
時々、鍛鉄工の助手たちが、カタカタ鳴る首長の注入器を引き寄せて、 
鉛色の金属をぐるりと回し、また、下ろす。 
やがて、鋳塊は、隅々まで熱せられる。 
そして、真昼の太陽の様に眩しくなる、そして、正に噴出しそうになる。 
通風調節弁が全開して行く。熱は出るに任される。 
外側が、少し、冷えて固まる。すると、打つのにちょうど良くなる。
直ぐに、扉が上がる、軋む音を立てながら、首長の注入器が振り向けられる。 
パチパチ、シューシュー鳴る鋳塊が出て来る。そして、遠く隅々まで明るくなる。 
重いハンマーが力を貯めて、前へ後ろへ動く。 
噴出で、広い土台が揺れて震える。 
次から次へ、熱が遣って来る。毎日、毎日、 
火夫の厳しい仕事は続く。 − 火夫は自らの命を流し出す。 





Where'er you find a furnaceman, the first thing, when you meet,
Just tackle him about his trade, and praise him for his heat,
Then ask about his 'prenticeship, and from what part he hails -
He's sure to come from Sunderland, from Sheffield, or from Wales;
He'll give a knowing wink, and raise the pewter to his mouth:
"These fellows aint a lot of good that's born about the South;
When I was working up the North, - I say it without fear -
We turned more stuff out in a month than they do in a year;
They're good enough to plough the farm, and trample out the wheat,
But they've never seen a furnace, and they can't draw out a heat."

Long, lank, and lean as any post, with skinny arms and hands -

Six feet of grimy flesh and blood, the knowing fireman stands;

Large-nosed, fair-featured, curling locks, small ears, and rounded chin,

A narrow forehead, lantern jaws, with hollow cheeks and thin,

Mouth sensitive, with shapely lips stained with the weed and dyed,

Long neck, a brown and withered face, deep-wrinkled, artful-eyed,

Blackened and blistered with the heat, and grimy with the soil -

The very feature of his trade, a sturdy son of toil.

Day after day he's in his place, and every hour the same,

Bare-headed, naked to the waist, before the furnace flame,

His wiper at this middle hung, with little art or pride,

Or, serpent-like, about his wrist, or dangling at his side,

To brush the perspiration off that, like a river, flows

Out of the hollows of his cheeks, or trickles down his nose.

He's always busy with the rake, the shovel, or the bar;

He'll work the flaming furnace up as radiant as a star;

He likes to feel the twingeing heat strike through the open door,

And watch the yellow mass expand, and hear the furnace roar;

His merry eyes will cast about and twinkle with delight,

For then he knows the heat is safe, that everything is right.

First by the rattling, clinking crane the heavy ingot's brought,

The iron door is hoisted up as quick as any thought,

A dozen ready hands are near the ponderous mass to guide,

And shove it through the open rift to the hollow place inside;

Down goes the heavy door again, and shuts the ingot in,

The curling flames have wrapped it round, the steady toils begin.

Forthwith the black and gleaming dust is gathered from the floor,

To stop each little gaping clink, and lay along the door,

That no cold draught may enter in and strike a sudden chill

Into the centre of the mass - the iron or the steel.

Now by the fireman's ready hand the furnace bar is plied,

Careful he thrusts the pointer in and stirs the coals inside,

Now, with the ravel's useful aid, levels the fuel down,

A little sloping to the rear, and well below the crown;

Raises the heavy damper up, a couple of points, or so,

And breaks the solid clinker in the fire-box down below;

Admits the vapour underneath straight through the hollow pile,

And fires the yellow furnace up in true Vulcanic style.

From time to time the forger's mates invoke the rattling crane,

And turn the livid metal round, and lower it again,

Till, by-and-by, the solid mass is heated through and through,

And dazzling as the noon-day sun, and fit to take the blow.

Down goes the damper overhead, the heat's allowed to soak,

To somewhat chill the outer part, and fit it for the stroke;

Now presently the door is raised, the creaking crane's applied,

Out comes the spluttering, hissing mass, and lightens far and wide,

The ponderous hammer gathers strength and travels to and fro,

Until the deep foundations quake and shiver with the blow;

Another and another heat's supplied; day after day

The fireman's steady toil proceeds - he sweats his life away.

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「 Wake Up! 」記念日

 1985年1月28日、 XTC は、シングル「 Wake Up! 」をリリースする。32年前。 
( この日付は、Fujimoto『 XTC Chronology 』に依る ) 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Wake Up!"  

 この日、ロサンゼルスの A&M Studios で、チャリティー用のシングル「 We Are the World 」が録音される。
We Are the World - Wikipedia
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2017年01月27日

Pianist in Trouble Paul Klee

 きょう、書店に立ち寄って、『レコード芸術』を立ち読みして来た。パウル・クレーの絵『手こずるピアニスト』が掲載されていた。水彩画のスケッチのような。完成された作品ではないよう。1905年( だったと思う ) に描かれたものだから、クレーの若い頃、習作時代( ? ) のもの。クレーは1879年生まれだから、25、6歳。[ 1909年だった。なので、クレーは30歳くらい。 ] 

 絵は、裸の老人と思われる人物がピアノに向かっているのを背後から描いたもの。人物は、お丸に座っている。両手はピアノの鍵盤に置かれているけれど、両足は、金具の様なものでピアノに繋がれていて、それで、何かの操作をする様なのだけれど。胴体はもう均整が崩れている感じ、背骨も歪んでいる感じ。その上に載っている頭は禿げている。それで、両目が左右に飛び出している様に見える。頭の向こうに伺える楽譜は、記号が乱雑に書散らされている感じ。 
 なんだか面白い。 

 パートリッジが、この絵をモチーフにして、音楽、アルバムを創らないかなあ、、、  


 この絵をインターネットで探したけれど、次のブログで見つけただけ。 
Music players | sketchuniverse  

『 Pianist in Trouble 』も英語での表題で、原題は何か分からないし、今何処に所蔵されているのかも分からない。 

by-klee-pianist-in-trouble-caricature-of-modern-music1.jpg
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2017年01月26日

今日はそんな日だったんだ : Cullinan Diamond

 きょうは、1月26日だった。1905年1月26日、南アフリカのカリナンで、史上最大のダイヤモンドが発見された。鉱山の所有者トーマス・カリナン Thomas Cullinan の姓をとって、カリナン・ダイヤモンドと名付けられた。 

Cullinan Diamond - Wikipedia  


 XTCの歌に出て来るのは、カリナン・ダイヤモンドではなくて、ブルー・ダイヤモンド ( ホープ・ダイヤモンド ) だけれど。 
 でも、まあ、 XTC の「 Dear God 」。
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2017年01月24日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」3

ベルナール「この時期に、貴方が多産だったのは何故だとお思いですか? 同じだけの時間で、一枚ではなく二枚組のアルバムを創れる程に創作が盛んだったわけですけれど。」
パートリッジ「( 溜息を吐く ) ツアーをしたくないと、決心していたのだと思います。それから、何と言うか、精神的な南京錠が掛かっていたのを外したのです。「ああ、これを再演する必要は無いぞ。アコースティック・ギターだろうが、キーボードだろうが、何だって使って構わないんだ、ステージで再演する心配をしなくていいんだ。」と思ったのです。それで、『 English Settlement 』のアルバムで、南京錠が外れたのです。『 Mummer 』では、楽器使用については、より以上にエキゾチックな感触があります。『 Big Express 』では、更に進んでいます。私の脳は全開になったのです。 
 皆さんが信じようが信じまいがですね、私たちは、ツアーを止めてものすごく良くなりました。曲をステージで再演すると言う圧迫感がなくなったのです。」 
ベルナール「このアルバムに取り掛かるにあたって、ツアーを止めることを決心していた、と言うお話には、とても注目させられます。と言うのはですね、このアルバムのアレンジメントを聴くと、まだ、ステージのライブで、四人編成で再演が可能なように思えるからです。」
パートリッジ「そうですね。でも、本当なのですよ。私は、「オーケー、もうツアーはしない。」と決心していたのです。それで、自分自身に、例えば、アコースティック・ギターを多用すると言うのを許可したのです。ステージのライブでは無理ですからね。私たちは、アコースティック・ギターのライブ・バンドではありませんから。」 
ベルナール「確かにそうですね。当時、他のメンバーがしていたことも、ライブ的ではありませんね。」
パートリッジ「そう。コリンは、ステージのライブで、フレットレス・ベースを弾くのを嫌がっていました。アルバムでは弾いていますけれどね。ライブでは、フレット・ベースを弾いていたのです。こんなこともありましたよ。コリンが音を外していたときのことですけれどね。こんな声が飛んで来るのです。「フレット・ベースを使え、モールディング!!」「後生だから、モールディング、フレット・ベースを使えよ!!!」 ( 笑う )」 
ベルナール「( 笑う ) そのことで、私は混乱しています。と言うのは、このアルバムで、フレットレス・ベースの様に聞こえているのは、実際には、モールディングさん所有のニューポートではないかと思うのです。」
パートリッジ「ええ。ニューポートは、アップライト・ベースの様に聞こえますよ。でも、ニューポートにはフレットがあるのです。」 
ベルナール「その通りです。でも、モールディングさんは、実際に、フレットレスをお持ちだったのですか?」
パートリッジ「コリンはフレットレスを持っていました。どこのメーカーだったか思い出せませんけれど。『 English Settlement 』では、たくさん使っています。お聴きになれば分かるでしょう。「 All of a Sudden 」もそうです。時々、音を出していませんからね。でも、果敢に試みているのです。」 
ベルナール「私は思うのですが、それが歌の特徴を際立たせているのではないでしょうか。」
パートリッジ「ええ、そうだと思います。( 笑う ) ある種の「惨めさ」を歌に加えていますよね、本当に。あるいは、貴方の言う、「哀愁」ですかね。」 
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2017年01月23日

パートリッジ好み : The Third Policeman

 1月22日付けのTwitter でのコメントに、パートリッジが、ピーター・ブレグヴァドさんに薦められて読んでいる本を書いていた。 
 『 The Third Policeman 』。 アイルランドの作家 ブライアン・オノラン Brian O'Nolan ( 1911 - 1966 )が、フラン・オブライエン Flann O'Brien のペンネームで発表した作品。書かれたのは、1940年。出版は、オノランの死後の1967年。 
 邦訳は、大澤 正佳訳が1973年に、筑摩書店から。2013年に、白水社のUブックスに入れられて、出版されている。 

 二人で、これを音楽劇にすると言うのなら、嬉しいけれど。 

The Third Policeman - Wikipedia  

第三の警官 - Webcat Plus  

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「 Love at First Sight 」記念日

 1981年1月23日、 XTC は、シングル「 Love at First Sight 」をカナダでリリース。今日は記念日。36年前。

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Love at First Sight"  


この日、アメリカの作曲家、サミュエル・バーバー Samuel Barber が亡くなっている。1910年生まれ、享年71。
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2017年01月22日

パートリッジ好み : 映画『 The Importance of Being Earnest 』

 パートリッジが1月21日付けで、Twitter に書いていたこと。1952年の映画『 The Importance of Being Earnest / 真面目が肝心 』を見ていると。 
 アンソニー・アスキス Anthony Asquith 監督作品。パートリッジは、プリズム女史を演じるマーガレット・ラザフォード Margaret Rutherford が好きらしい。 

 『真面目が肝心』は、オスカー・ワイルドの戯曲、喜劇。1895年に初演。 

The Importance of Being Earnest (1952 film) - Wikipedia 


真面目が肝心 - Wikipedia
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2017年01月21日

The Beatles 「 Misery 」訳

 ビートルズの「 Misery 」。 
 ポール・マッカートニーとジョン・レノンの共作と言うこと。たぶん、ジョン・レノンが主な作者だと思うけれど。 
 ヴァース部分は、五音でモータウン的なのだけど、ブリッジ部分は全音を使っての下降で、ドイツ・リード的、でも、そう聴こえるのは、ジョージ・マーティンのピアノの所為かも。 
 歌詞については、一人称 I の世界を一人称 I の視点で見て、一人称 I の語りで語る、私小説的な書き方。( 視点・行為者と語り手が同一で私である、と言う意味で。 ) それで、ヒロインが三人称になっているのが、注目点の一つだけど。それは、二人称にすれば、いかにも舞台上の台詞的で、聴衆に仮構性を印象付けるのだけど、三人称にすれば、切迫性があって事実めいて聞こえるからかも。そういう技巧的な手法は、いかにも、ポール・マッカートニー的なのだけれど。でも、この場合、ヒロインが主人公からの呼び掛けに応答することがない、と言う設定なのでは、とも思えるので。それだと、直感的で、ジョン・レノン的だと思う。それに、ヴァース部分、頭に強拍を持って来てリズムを作ってるのも、レノン的だと思う。 

 それで、基本的には、ラブソングなのだと思うけれど、そうでない様な気分も伺えて。愛する人を不条理な理由で亡くしてしまった人の悲嘆と言う面がある様に感じるので。 
 それで、突然に、母を亡くして孤児になってしまった少年の嘆き、の様に、訳して見た。たしか、ジョン・レノンは、少年の時に、母を交通事故でなくしていたと思うので。 

元にしたのは、ビートルズのホームページの Songs
Misery | The Beatles 

Alan W. Pollack's Notes on "Misery"  

ヴァース/ヴァース/ブリッジ 
ヴァース/ブリッジ/ヴァースの構成だけど、
ヴァースは基本2行で、最後の1行がフックと言うか、コーラス的に、
それで、その行を第一ヴァースの前に置いて、コーラスから入る感じにしてある。 



「この世界、いつもおいらにむごいんだ、無情!」 

おいらはもう一人前のおとこさ、
泣いたりしないんだ。 
「この世界、いつもおいらにむごいんだ、無情!」 

おいらかあさんをなくしたんだ、
もう会えやしないんだ。 
「これから、暗々の旅の空になるんだ、無情!」

おいらきっと思い出すよ、かあさんとの暮らし、
かあさんはわかってなかったのか、かあさんは一人しかいないって。 

かあさんを生きかえらせてよ。
だれにもわかるだろ、
かあさんがいないと、おいらひどい暮らしさ、無情! 

おいらきっと思い出すよ、かあさんとの暮らし、
かあさんも思い出すかな、ひとりむすこが心残りかな。 

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2017年01月20日

『 White Music 』記念日

 1978年1月20日、 XTC は、アルバム『 White Music 』をリリース。今日は記念日。39年前。XTC のデビュー・アルバム。 

Chalkhills: XTC: White Music  

 その四日後の1978年1月24日11時53分に、ロシアの原子炉衛星コスモス954号が、コントロールを失って、地上に落下。カナダの無人地帯に落ちた。 
コスモス954号 - Wikipedia
 「 Radios in Motion 」は、楽しい歌なのだけれど、何だか、コスモス954号落下の不穏な雰囲気にも通じている様な気も。 
 それに、大気圏で原子炉が消失して行くのなんて、核搭載ピンク・フロイド ( シド・バレット ) と言われて登場した XTC を象徴している様な気も。 

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2017年01月18日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」2

ベルナール「5分以上ありますよ。」
パートリッジ「そうですか。酷く長過ぎます。ご存知でしょうけれど、このアルバムでは、たくさんの曲で、レコーディングした後に、曲を短く切っているのです。「 Meilt the Gun 」では、一分程切りましたし、「 Jason and the Argonauts 」では、数分を切り除いたと思いますよ。」 
ベルナール「中間部ですよね、貴方たちは、そこで、演奏を引き伸していたのでしたよね?」
パートリッジ「ええ。」 
ベルナール「それは、当時、貴方たちは、まだ、ステージでのライブを行っていたからなのでしょうか? つまり、ステージでは、中間部を引き伸して演奏するのがお好きでしたから。」
パートリッジ「今では、あれは、「ああ、これはライブですると楽しいだろうな」と言う部分を曲に組み入れたものだと、思いますね。でも、あの二曲を、ライブ用にしっかりと練習しなかったことも事実です。 
 幾つかの歌についてはですね、ステージのライブで演奏して、その歌をどうすればもっと良くなるかを考えるのです。ですから、レコーディングに入った時には、「大丈夫。僕らは、どうすれば、前に弾いたときよりももっと良い音になるか、よく分かっている。どうすれば、もっと簡潔に出来るか分かっている。」と言える様になっているのです。「 Snowman 」はそうした歌の一曲なのです。レコーディングの前のステージで演奏していたのです。「 English Roundabout 」は、ツアーで演奏していました。「 Ball and Chain 」もそうだったと思いますよ。 
 ステージであれこれやっている内に、歌を理解する様になるのです。「 All of a Sudden 」は、ステージのライブでは演奏しませんでした。この歌は、正に、スタジオで育って、「歌」になったのです。お分かりになるでしょうか。当時は、曲を書く時間はほんの僅かしかなかったのです。リハーサルも短い時間でした。レコーディングもほんの少しの期間だったのです。この2枚組のアルバム全部を、5週間で録音もミキシングもしたのだったと、覚えています。」 
[ 『 English Settlement 』のレコーディングは1981年の10月から。1981年5月のセットリストに、「 Snowman 」「 Ball and Chain 」はある。 ]
ベルナール「なんとまあ。このアルバムは、貴方たちが前座ではなくてメインを務める初めての「スタジアム・ツアー」に計画されたのだと思ってました。それは、二枚組のアルバムだったからです。それで、二枚組なのだから、曲を書くのにも録音するのにも、十分過ぎる時間を使ったのだ、それに、ヒュー・パジャムとの共同プロデュースになっていますから、それまでよりは少しは、自分たちで管理出来る様になったのだ、と思っていました。」
パートリッジ「デイブとコリンが違うことを言えば別ですけれど、五週間で全部を仕上げたのだったと思います。二枚組のこのアルバムを、前作の単枚アルバム『 Black Sea 』にかけたのと同じ時間だったのです。」 
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2017年01月16日

今日はそんな日だったんだ : Hello, Dolly!

 今日は1月16日。1964年1月16日、ジェリー・ハーマン Jerry Herman が音楽を書いた、ミュージカル『 Hello, Dolly! 』が、ブロードウェイで初演された。 

Hello, Dolly! (musical) - Wikipedia  

 それで、XTC の「 Stupidly Happy 」。  「 In Another Life 」かな?  
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「 The Mayor of Simpleton 」記念日

 1989年1月16日、XTC は、シングル「 The Mayor of Simpleton 」をリリース。今日は記念日。28年前。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "The Mayor of Simpleton"  

 その前日、1989年1月15日、ウィーンにヨーロッパの35カ国が集まり、人権の強化で合意した。 

 一週間後の1989年1月23日に、スペインの画家サルバドール・ダリ Salvador Dalí が84歳で亡くなっている。
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2017年01月13日

ベルナール、パートリッジ対談「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」1

 アンディ・パートリッジとトッド・ベルナール Todd Bernhardt さんの対談、「 All Of A Sudden (It's Too Late) 」について。
 2007年8月19日にMySpace に公開のもの。MySpace にはもうありません。今は、チョークヒルのアーカイブにあります。  
Chalkhills: XTCFans: Andy's Take: "All of a Sudden (It's Too Late)"

書籍『 Complicated Game 』には採られていません。




ベルナール「「 All of a Sudden 」については、話すことがあまりないと、以前、仰ったのですが、どうしてですか?」
パートリッジ「分からないのですよ。本当に、その歌を書いたことについては、ほとんど覚えていないのです。ただ、そのコード進行を見つけたことだけは覚えています。ちょっと演ってみましょう。( 演奏する ) G♭を加えたDを弾きます。G♭を基音にするのは素晴らしいです。それから、基音を D♭に変えるのです。すると、希望がない感じになります。よく考え抜いた上でと言うのではなくて、ただ雰囲気で、全く希望がないと言う感じですね。そのコードを見つけた後は、歌はあっという間に出来ました。」
ベルナール「そうですか。当時、貴方が考えていたことか、感じていたこと、何かをこの歌に書き込んだのではないですか? きっとそうだと思うのですが。」
パートリッジ「たぶん、そうでしょうね。したことを歌にする、と言うことは、時にはありますから。化膿したものが、皮膚を破って吹き出す、と言う感じでしょうか。自分では知らず知らずに、隠していたものを、書き込んでしまっているのですね。「 Oh, that's better! 」ですか? この歌はそうなのでしょう。とても悲観的な歌です。希望がほとんどありません、本当に。それに、少しばかり、教会の説教の様です。自分の物をまとめて整理しなければなりません、とか、そう言うことですね。」
ベルナール「感傷的な歌には、私は、いつも心を動かされます。けれども、この歌のブリッジ部分は、どちらかと言えば、希望があって楽観的に思えます。[ ブリッジ:love's not a product you can hoard / or pack a suitcase with / it's more a way you have to give. ] 貴方は、「人生はこんな風ではない。もう少し働くなくては。」と言っているので… 」
パートリッジ「そうですね。悲観的な考えを披瀝してみせる、と言うことをしているのですね。それで、私は、聴き手が、希望的な側面から考えて、実際の行動をすることを望んでいるのです。 
 今日、この歌を、今年になって初めて再生して聴いてみたのです。それで、実は、ずっと思っていたことなのですけれど、「この歌は長過ぎる!」と、また思いましたね。」
ベルナール「本当ですか?」
パートリッジ「そうなんですよ。この歌はもっと言い構造になりえたのに、と、今では思っています。例えばですね、歌詞が始まる前の、あのジャングル・ドラムのリズム、あれを入れる理由なんてないですよ。もしもですね、今の私が、バンドのプロデューサーをするのでしたら、バンドがこの歌を持ち込んで来たら、こう言うでしょうね。「いいかい、ギターのイントロが終わったら、そのまま歌詞に入るんだ。 どうして、何小節もこんなリズムで同じ所を漕ぎ回らなければならないんだい?」」
ベルナール「でも、音はとても素晴らしいです!」
パートリッジ「とても上手く録音されています。演奏も上手く行っています。でも、こんな色々な物を、どうして加えたのか、今の私には分かりません。今日ずっと考えていましたよ。「まったく、ちょっと長過ぎる。だよね、長過ぎる。」 実際に長いですよね、4分とちょっとでしたっけ? [ アルバムでは、5分18秒 ]」 
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2017年01月08日

ポール・ビートル「 Hey Jude 」のこと 8 ( だったと思う )

 Jude ジュードと言う名前だけれど。十二使徒の一人、タダイの別名。 
 それで、この名前の人物を主人公にした小説が、イギリスにはある。トマス・ハーディー Thomas Hardy の『 Jude the Obscure 日陰者ジュード 』。1894年から雑誌に連載され、1895年に単行本として出版されたもの。 

 ビートルズが「ヘイ、ジュード」をリリースした時に、これを指摘して、関連性を仮定した人は居なかったのだろうか。少なくても、イギリス国内では、文学史上でも重要な作品の一つだし、連想しないこともないと思うけれど。 

 私は、ハーディー作品は、『テス』さえ読んでないので、『日陰者ジュード』も読んでいない。それで、マッカートニーの使った語が、この小説に由来しているかどうか、分からない。 
 あらすじは、下層民で貧しいジュードが、強い向学心を持って、大学への進学を望むのだけれど、受け容れられないまま、挫折して死んでしまう、と言うものらしい。その間に、彼は美男子だったので、村の有力者の娘に無理やり結婚させられて、捨てられて、オックスフォードへ出てからは、教師をしている従姉妹のスーと結婚しないまま関係を持ち続けていた、と言うストーリーも同時に。 
 「ヘイ、ジュード」の歌詞、そのあらすじには合っている様にも思えるのだけれど。 

Jude the Obscure - Wikipedia  

日本語訳は、
小林清一 
日陰者ジュード - Webcat Plus 
川本静子 
日陰者ジュード - Webcat Plus 

タダイ - Wikipedia 





作品は、ウィキソースで読めます。 

Jude the Obscure - Wikisource, the free online library
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「 Senses Working Overtime 」記念日

 1982年1月8日、XTC は、シングル「 Senses Working Overtime 」をリリース。 
今日は記念日。今年は35周年。 

 Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Senses Working Overtime" 


 この日、アメリカの AT&T Corporation は、独禁禁止法の裁判で和解し、22の会社の分割されることに合意した。 
 それから、1月19日には、ブラジルの歌手、Elis Regina エリス・レジーナが亡くなった。享年36。
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2017年01月07日

Phillip Larkin 「 Here 」訳

 フィリップ・ラーキンの「 Here 」。1961年に書かれた詩で、1964年2月に出版された詩集『 The Whitsun Weddings 』に収められた。詩集の巻頭の詩。 

 この詩も、各8行の四つのスタンザで、rhyme 的。なので、XTC の歌にも近い様な気が。それよりなにより、テーマが、戦後の新興住宅なので、XTC の初期、『 White Music 』『 Go 2 』『 Drums and Wires 』 に繋がる様な。それに、最後の第四スタンザでは、土着なものに帰着しているので、それも、XTC の変遷を思わせるようで。  


元にしたのは、allinfo.org.uk のもの: 
Level Up: English Literature  


第一スタンザでは、強弱格を利用して、列車での移動を読者にイメージさせる様にしているそうだけど、それを日本語に移すことは、私には無理なので。  





東へ逸れて行く、だんだんと。たくさんの工業的な仄灯りから離れて行く。 
それに、北へ向かう夜通しの運輸から離れて行く。だんだんと、田園を抜けて。 
薊だけがぽさぽさと生えてるだけなのに、それでも、牧草地と呼ばれている所を抜けて。 
時々、聴き取り難い名前の駅に止まる。駅は、夜明け前に働く労働者たちを 
隠している。 だんだんと、人里離れて行く。 
空ばかり。案山子。積まれた干し草。兎。雉子。 
曲がりくねった川。水は留まっているようにゆっくり。 
湧き上がった雲は金色。鴎の足跡のある干潟は赫々。 

そうして、列車は速度を上げて、突然、大きな町に。ここにはある。 
円屋根の建物。彫像。尖塔。数珠繋ぎの起重機。 
端に穀粒が散らばっている通り。平舟でいっぱいの運河。 
拓かれたばかりの団地の住人たち。彼らは、
何マイルも真っ直ぐで退屈な道を、平べったい面のトロリーで音も無く運ばれて来る。 
彼らは、一面ガラスの回転ドアを押して入って行く。欲しいものに向かって。 
手頃な値段のスーツ。赤い台所着。流行の靴。アイスキャンディー。 
電気ミキサー。電気トースター。電気洗濯機。電気乾燥機。 

大量生産の、都会的だけど単純な、住宅群。
そこには、セールスマンと親戚が来るだけ。
それも、有る決められた時に限ってのこと。そうでない時には、
魚臭い船が通りに曳き上げられている。長閑だ。奴隷博物館がある。 
タトゥーの店。領事館。頭にスカーフを被った厳格な奥様たち。 
家の直ぐ向こうは、ローン中で、境は半分だけ造られたまま。 
それで、麦畑が見える。麦は直に生け垣程の高さになって、闇がりを作る。 
幾つかの村が点在している。世間から離れている。 

寂しさが露わになる。ここでは、静寂と暑さは、
そのままだ。ここでは、葉々は、いつの間にか厚くなる。 
名も無い雑草が花を着け、見逃されていた水脈が湧き上がる。 
いっぱいに照らされた空気が上昇する。 
そして、ポピーの咲く、青っぽい中間色の場所の向こうに、 
小石が浜を成していて、そこで、突然に陸地は終わる。ここには、境はない。 
私は、太陽と対峙する。口は閉ざす。誰も近づけない。  






Swerving east, from rich industrial shadows

And traffic all night north; swerving through fields 

Too thin and thistled to be called meadows, 

And now and then a harsh-named halt, that shields 

Workmen at dawn; swerving to solitude 

Of skies and scarecrows, haystacks, hares and pheasants, 

And the widening river s slow presence, 

The piled gold clouds, the shining gull-marked mud,

Gathers to the surprise of a large town: 

Here domes and statues, spires and cranes cluster 

Beside grain-scattered streets, barge-crowded water, 

And residents from raw estates, brought down 

The dead straight miles by stealing flat-faced trolleys, 

Push through plate-glass swing doors to their desires− 

Cheap suits, red kitchen-ware, sharp shoes, iced lollies, 

Electric mixers, toasters, washers, driers− 



A cut-price crowd, urban yet simple, dwelling 

Where only salesmen and relations come

Within a terminate and fishy-smelling 

Pastoral of ships up streets, the slave museum, 

Tattoo-shops, consulates, grim head-scarfed wives; 

And out beyond its mortgaged half-built edges 

Fast-shadowed wheat-fields, running high as hedges, 

Isolate villages, where removed lives

Loneliness clarifies. Here silence stands 

Like heat. Here leaves unnoticed thicken, 

Hidden weeds flower, neglected waters quicken,

Luminously-peopled air ascends; 

And past the poppies bluish neutral distance 

Ends the land suddenly beyond a beach 
Of shapes and shingle.
Here is unfenced existence: 

Facing the sun, untalkative, out of reach.


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2017年01月06日

「 Statue of Liberty 」記念日

 1978年1月6日、XTC は、シングル「 Statue of Liberty 」をリリースする。今日は記念日。39年前。 
 XTC のデビューは、前年の1977年10月7日の『 3DEP 』だけれど。アルバムは、『 White Music 』が1月20日だから、先行シングルで、シングル盤はこれが最初。 

 シングル「 Statue of Liberty 」がリリースされて、アルバム『 White Music 』がリリースされる間の、1978年1月14日に、オーストリアの数学者クルト・ゲーテル Kurt Gödel が亡くなっている。彼の「不完全性定理」や「神の存在証明」が、XTC の歌に影響しているかどうかは、私は知らない。 
 ところで、ゲーデルの「神の存在証明」が公開されたのは、 XTC が「 Dear God 」をA面のシングルでリリースたのと同じ、1987年。  

 ゲーデルの「神の存在証明」 
Gödel's ontological proof - Wikipedia 
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2017年01月05日

さてと

 さて、ベルナールさんの対談、『イングリッシュ・セトルメント』のものは、「 All of a Sudden (It’s Too Late) 」と「 It's Nearly Africa 」と「 Snowman 」が残っている。それに、テリー・チェンバースへのインタビュー。それを、のろのろ読んで行って、その後に、『 English Settlement 』2016年版のライナー・ノート。
 今年中に終わるのだろうか?? 
posted by ノエルかえる at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

CD 金大煥:Live at ギャラリー舞衣 - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)

1994年7月31日 毛利ギャラリー・ショップ・舞衣での「金大煥:書と微細彫刻展」におけるコンサートを収録した録音をCD化します。韓国の生んだ偉大なる芸術家・音楽家金大煥(perc)、金と長らく行動を共にして来た崔善培(チェ・ソンベ、tp)、大倉正之助(大鼓)と広瀬淳二(ts,ss)による演奏です。

CD 金大煥:Live at ギャラリー舞衣 - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)
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CMTCEP

 Wikipedia には、「 According to recent postings on Andy Partridge's Twitter feed (@XTCfans), Colin is teaming up with former band-mate Terry Chambers on an EP due for release in 2017. 」とある。 
 でも、他に、告知も伝聞もないので、分からない。チョークヒルの「 Rumoured and Future Releases 」にもまだないし。 
 実現すれば嬉しい。 

 それから、Wikipedia には、「 "Generals and Majors" was the band's first U.S. chart entry, peaking at #104 in 1980. 」と。裏付ける資料を持ってないので、私には確かにそうとは言えないけれど。アメリカで正式にレコードが販売されるのは、ゲフィンと契約が成立した『ママー』以降なのかなあ、と思っていたけど。Discogs で見ると、RSO レコードからリリースされているので。 
 本国イギリスでも、アメリカでも、大ヒットしたカナダでも、XTC は、まずは、コリン・モールディングの歌で、一般に広く認識されたんだ。
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2016年12月29日

Dit des trois morts et des trois vifs

 シングル「 KIng For a Day 」は、13世紀の細密画『エルサレム包囲戦 Siège de Jérusalem 』を使ってあったのだけれど。 
 アルバム『 Oranges and Lemons 』のアートワークも、同じ13世紀の細密画でも良かったかも。ジャン1世、ベリー公の名で作られた時祷書の中の「三人の死者と三人の生者」とか。 

Dit des trois morts et des trois vifs − Wikipédia  

Petites_heures_du_duc_Jean_de_Berry_fol_282r_(détail).jpg  


Siège de Jérusalem: ノエルかえる不恵留
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2016年12月28日

今日はそんな日だったんだ: the extinct huia

 1907年12月28日、ホオダレムクドリが鳴いているのが確認された。それが最後の確認。絶滅したと考えられている。 

 なので、XTC「 I Bought Myself a Liarbird 」。あまり関係ないけれど。 

Huia - Wikipedia  

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "I Bought Myself a Liarbird"
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2016年12月25日

フィリップ・ラーキン「 The Mower 」訳

 フィリップ・ラーキンの1979年6月12日に書かれた詩。「芝刈り機」 

元にしたのは、Poetry Foundation の。 

The Mower by Philip Larkin | Poetry Foundation 

The Mower - Wikipedia 





The mower stalled, twice; kneeling, I found   
A hedgehog jammed up against the blades,   
Killed. It had been in the long grass.

I had seen it before, and even fed it, once.   
Now I had mauled its unobtrusive world   
Unmendably. Burial was no help:

Next morning I got up and it did not.
The first day after a death, the new absence   
Is always the same; we should be careful

Of each other, we should be kind   
While there is still time.   



芝刈り機が動かなくなった、動いてまた止まった。私は、
屈んで見た。はりねずみが歯に挟まっていた。
斬り殺していた。伸びた芝の中にいたのだ。 

はりねずみを前にも見たことがある、私は、飼っていたことさえある。
ところが、私は、はりねずみのひっそり閑とした生活を壊した、
修復は出来ない。墓など、何の慰めにもならない。 

翌朝、私は、起きた。はりねずみは起きない。 
死んだ日の次の最初の朝、真新しい不在。 
でも、いつもと変わらない朝。もっと気を付けるべきだった。 

お互いに、気を配らなくては、 
生きている間。
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2016年12月23日

ベルナール、パートリッジ対談「 Yacht Dance 」9

ベルナール「その時の演奏について、もう少し話して下さい。どうしてそういうことになったのですか?」
パートリッジ「テレビでのライブなのです。「 No Thugs in Our House 」と「 Yacht Dance 」を演奏したのです。アルバム『 English Settlement 』を完成してから、ステージライブも含めて、最初のライブ演奏でした。アルバムがちょうどリリースされるところだったのです。それで、「よし、『 Whistle Test 』に出て見よう。」と言う感じだったのでしょう。番組は、ロック・ショーのライブを放送するものでした。当時のイギリスでは、第一人者的な番組でしたし、唯一のライブ・ショーの番組でした。( たぶん、他には無かったと思います。 ) 全国放送でしたから、誰でも見ることは出来たのです。『 Whistle Test 』には、二度目の出演でした。「そうだね、絶対そうしよう。」と言ったのでしょうね。」 
[ 『 Whistle Test 』の収録は1982年2月9日、放送は11日。アルバム『 English Settlement 』のリリースは、2月11日。 ]
ベルナール「それまでのキャリアで、二回目だったのですか? たったの二回ですか?」
パートリッジ「ええ、そうだと思いますよ。」
ベルナール「ええと、私は、『 White Music 』の時のものを見た覚えが…、」
パートリッジ「ええ、それが最初の出演です。」
ベルナール「えええ! それではですね、二度の間に、相当の間隔がありますよ。」
パートリッジ「そうですね。番組制作社は、私たちを望んでいなかったのですね。格好良くなかったのでしょう。「たくねえ、いいところがないよ、スウィンドン出身だからね。」とでも言ったのでしょうかね。まあ、そんな詰まらない理由ですよ。イギリスと言うのは、人について、そのような評価をするのです。その慣習は、決して、止めることはないですね。」
ベルナール「けれども、その二曲は、面白い選曲ですね。「 Senses Working Overtime 」は、まだ、シングルに決まってなかったのですか?」
パートリッジ「そうではないですね。その番組は、ロック・ショーと看做されていたのです。つまり、「アルバムの曲を演奏する」と視聴者は期待しているわけですね。それに対して、ヒット曲の番組が、『 Top of the Pops 』の様な番組なのです。最新のヒット曲を、当て振りで披露すると言う番組ですね。『 Old Grey Whistle 』は、ライブ演奏なのですよ。 
 実際にはですね、誰もがライブ演奏をする分けではありませんでした。何人かは、録音したものを流して使っていましたね。録音のものを掛けて、歌は生で歌うのです。ちょっと、価値が下がりますよね。『 Whistle Test 』のDVDを買ってご覧になれば分かります。「あれ、これライブ演奏じゃないぞ、」って思われるでしょう。例が二つあります。ニューヨーク・ドールズとデビッド・ボウイです。ライブではありません。ボウイは、「 Five Years 」を披露しています。ドールズは「 Jet Boy 」でした。あれは、あらかじめ録音されたテープです。( ウィンストン・チャーチルの物真似で、 ) 恥ずべきことである。 
 それで、私たちは、この二曲をアルバムの曲と考えて、演奏したのです。そのライブ演奏は、ヨーロッパ・ツアーの最初の演奏でした。本当に最初だったのです。演奏の前に、驚く程に、神経質になっていたのを、私は覚えています。と言うのはです、もうジアゼバムは使わないぞ、と決心していたのです。嫌なことがあっても使わないと、決心していたのです。「僕はもうライブはしたくない。でも、僕たちは出掛ける。次のワールド・ツアーだ。僕はしたくない。でも、降りれないんだ。」と言う嫌な思いに対しても使わなかったのです。突然に、ビッグ・ディッパーの客車が動き出すのです。[ Big Dipper は、ローラー・コースターの名前。イギリスでは、幾つかの遊園地にこの名前のコースターがある。Big Dipper (Blackpool Pleasure Beach) - Wikipedia Big Dipper (Battersea Park) - Wikipedia ] すると、前方に木組みの丘が見えて来ます、「嫌だ! もうあれをしたくない! もう五年もしてきたんだ! 今直ぐ、降ろしてくれ!!」と叫ぶのに似てますね。」
ベルナール「「うんざりだ、これにはうんざりだ、」ですね。」
パートリッジ「そうです。辟易していました。お話した通りに感じていたのです。テレビ番組の収録の前、それまでに無かった程に不安になったのを覚えています。」
ベルナール「観客ですけれど、思うのですが、ほんの僅かな人数だったのではないでしょうか。」
パートリッジ「テレビは大抵そうなのですけれど。ステージの片方に「急峻」な段々があって、観客はそこに押し込められるのです。それで、カメラは自由に移動出来るのですけれど、観客も、よく見ることは出来ますよね。二百人ばかりだった、と思いますよ。 
 実はですね、歌が始まって直ぐに、なんと言えば良いのか、ちょっとした事が背後で起こったのです。コリンが、1パイントの水を引っくり返してしまったのです。足に掛かったのですよ。それで、コリンは、歌の間、その水たまりで漕いでいましたね。」
ベルナール「モールディングさんは感電はしなかったのですね、それはよかった。」
パートリッジ「( 笑う ) 本当ですね。その時には、私は、「いいぞ、コリン。「河の中を回ってる」を文字通りに演じているじゃないか!」と思っただけでしたよ。彼は、字句そのままに、水の中でパシャパシャしていたのですから。1パイントの水溜まりに立っていただけですけれどね。」
ベルナール「それで、あの演奏は素晴らしかったのですね。」
パートリッジ「悪くはないですよね。『 Coat of Many Cupboards 』を編集している時には、デイブはちょっとこれに難色を示したのです。自分の演奏がちょっとつっかえている、と言うのです。でも、それは、全体の5%にで過ぎませんよ。デイブの演奏は、95%では、完璧です。」
ベルナール「ええ。この演奏の時の貴方のヴォーカルは、とても力がある、と私は思います。」
パートリッジ「ちょっと、精神病患者的ですね。あの時、私は、少々、精神的に病んでいたので。」
ベルナール「( 笑う ) スキャットもしてますね。それで…、」
パートリッジ「水面下に浅く潜っている鴎の様でしたよ、私は。保温服でちょっと楽しかったのです。」  





おわり。 
どなた様でも、ご訳、疑問点をご指摘下さると、助かります。  

特に、最後の会話、原文は、 
TB: [laughs] Well, you scat a little bit, and have some fun with it...

AP: I was being sort of like a dip-diving seagull, having a bit of fun on the therms.  
で、私にはよく分かりません。
posted by ノエルかえる at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

ベルナール、パートリッジ対談「 Yacht Dance 」8

ベルナール「では、ビデオについて話して下さい。」
パートリッジ「ああ、あれは、テレビ番組の『 Whistle Test 』で放送されたのです。」
ベルナール「それから、コンピレーション・アルバム『 Coat of Many Cupboards 』にも収録されましたね。」
パートリッジ「ええ。『 Whistle Test 』での演奏です。何処でだったか、覚えていません。ロンドンの何所かのテレビ・スタジオだったのでしょう。」
ベルナール「はい。私は、そのビデオをマイ・スペースのプレイヤーに投稿したいのですけれどね。と言うのも、とても素晴らしい演奏だからです。それに、貴方が何所か他のところで言われていたのを読んだのですが、その『 Whistle Test 』での演奏が、この曲の唯一のライブ演奏なのですよね。」
パートリッジ「そうだったと思います。ツアーでこの曲を取り上げたかどうか覚えていません。誰かが、反論するでしょうね。「ええ! 僕は、ベルギーでこの曲を演るのを見たよ!」と言うかもしれませんね。ナイロン弦のアコースティック・ギターにマイクを付けるのは、問題が多発していたと思うのです。」
[ optimismsflames.com の記録では、「 Yacht Dance 」はセット・リストには載ってない。 ]
ベルナール「ですが、そのツアーでは、アコースティック・ギターは、用意はしていたのですよね。」
パートリッジ「ええ、でも、それは、オベーション社の酷いギターでした。ピック・アップが中に入っているものです。何と言うか、紙ヤスリを音楽にしたみたいな音でした。」
ベルナール「オベーション社のギターは、明るい音ではありませんか?」
パートリッジ「私は、あのギターが全く嫌いです。それにです。酷い音は脇に置いてもです。オベーション社のギターのとても嫌なことはですね、何だと思います? ギターの表に穴が開けられていると言うことですよ。あれは、本当に、嫌らしいキャンピング・カー装飾ですよ! ( 笑う ) キャンピング・カーに使われている透かし彫りをギターに施しているのです。ねえ、止して下さいよ。 
 ツアーに出て、それを使って見て、そのギターが見た目も音も、不快だと、初めて気がついたのです。( 言い淀む ) 私が、オベーション社の後援を受けることはまずないですね。そうですよね。( くすくす笑う )」
ベルナール「( 笑う ) 分かりました。後援を受けなくても、大きな損失にはならないでしょう。」
パートリッジ「ええ、全く損失はないですよ。それに問題はですね、その丸いプラスティックのつるんとした背面なのです。それが、私のお腹を汗だくにするのです。私の胴を汗でいっぱいのバケツにするのです。それが、そのギターへのもう一つの評価です。」
ベルナール「一点・減量をしようとしてるのならいいですね。」
パートリッジ「( 笑う ) ええ。ラップを巻き付けるより、簡単ですよ。オベーション社のギターを30分演奏する、すると、なんと、「1パウンド体重が減ります!」ですね。」  



Ovation Guitar Company - Wikipedia
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2016年12月19日

今日はそんな日だったんだ:A Christmas Carol

 12月19日は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』の初版が出版された日。1843年12月17日。173年前。

 ディケンズ的と言われる、モールディングの歌詞だけれど、『クリスマス・キャロル』を思わせるのは、ないかなあ、、、 
 「 Daying 」かなあ、、、でも、あの老人は善い人だった印象だけど、孤独だけど、、、
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2016年12月18日

「ブレス・パッセージ」姜泰煥 来日ツアー

 先月、姜泰煥さんが来日して、公演をしていたんだ。知らなかった。 
11月11日には、東京で。ジム・オルーク(g) と山本達久(ds)と。  

 そうだったんだ、、、、 
新しい、録音盤も出ないかなあ? 出てるのかなあ? 
posted by ノエルかえる at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする