2018年03月24日

the tall heat

 フィリップ・ラーキンの「 The Whitsun Weddings 」の第2スタンザ。 
the tall heat は、寒暖計のイメージがあるのか知ら?? 法外なと言う感じの意味もあるから、

All afternoon, through the tall heat that slept

For miles inland,

A slow and stopping curve southwards we kept.

Wide farms went by, short-shadowed cattle, and

Canals with floatings of industrial froth;

A hothouse flashed uniquely: hedges dipped

And rose: and now and then a smell of grass

Displaced the reek of buttoned carriage-cloth

Until the next town, new and nondescript,

Approached with acres of dismantled cars.  


午後の間中は何マイルかの内陸、思いのほかの暑気で 
しびれた、 
一度速度をずっと抑えたカーブがあったけれど、僕たちは南に向いたまま。 
広い農場が過ぎた、影の短い牛がいた、それから、 
運河も過ぎた、工場から出た泡が漂っていた。 
一棟だけ離れた温室が閃いた。生け垣が見えなくなって 
また視界に現れた。時々、草の薫りがして、 
ボタンで留められた座席シーツの嫌な匂いと代わった。 
そうして次の町、新開の別段特筆することもない町が、 
近づいて来た、と、大量の解体された車も見えて来た。   






carriage-cloth はこの様なものか知ら? 
Carriage cloth | British | The Met
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2018年03月23日

ちょっとメモ: 平野一郎『春夏秋冬』

平野一郎『春夏秋冬』、演奏:吉川真澄 
WAON RECORDS - CATALOGUE 
四季の四部作、レコ芸特選! : 作曲家・平野一郎のブログ 


パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア祝祭管弦楽団演奏、ショスタコーヴィチ交響曲第六番、シンフォニエッタ。
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2018年03月22日

さあて

 今年もTC&I のEPが出れば良いなあ、、、
 『 XTC Bumper Book of Fun 』に掲載されたモールディングのインタビューからは、彼はやはり音楽産業にはもう関心がないのだなあ、と言う印象を私は持った。配給するレコード会社を決めてプロモートしたりサポートメンバーを雇ってツアーに出たりはしないだろうな、と。 
 でも、歌は彼の頭に浮かんで来るのだろうし、それを形にして広い世界の人に聴いて貰いたいとも思っているのだろうけれど。浮かんで来た歌を形にするのに、一人ではとても辛いのだろうから、チェンバースの登場はとても良い好機だったのだろう。 
 この最近では、ビリー・シャーウッドさんのプロジェクトに一年に一曲参加していた感じだから、他にも地元の音楽作品への援助もしてるけれど、一年に一枚のEPと言うのはちょうど良い量なのかも。 
 のんびりと歌を作って欲しい。

 パートリッジのワーナー・チェペルからの二曲のカバー曲を含めたソロ・アルバムも今年中にリリースされるだろうか? The Clubmen はどうなのだろう?  

 それで、次はどうしようか知ら、『イングリッシュ・セトルメント』のパートリッジの各歌のノートを訳そうか、バーンハートさんの『 Go 2 』の対談? 『ブラック・シー』のノート? バーンハートさんのモールディングとの対談の「 The Meeting Place 」は量的にもしっかりあるのでそれにしようか知ら、『 Great Aspirations 』の歌詞の訳もまだだし、、、
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Please Please Me

 1963年3月22日、ビートルズは、デビュー・アルバム『 Please Please Me 』をリリース。

Please Please Me - Wikipedia 

 ボブ・ディランのデビュー・アルバムがリリースされたのは、約一年前の1962年3月19日。『 Bob Dylan 』。

Bob Dylan (album) - Wikipedia
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2018年03月21日

There's a Lesson to Be Learnt 7 Colin and Terry Today

There's a Lesson to Be Learnt 1 XTC: On th road and in the studio: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 2 Making Plans for Nigel: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 3 Songwriting: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 4 Bass and Drums: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 5 Dave Gregory: ノエルかえる不恵留
There's a Lesson to Be Learnt 6 Keeping Time: ノエルかえる不恵留


コリンとテリーの今日 
さて、お二人は35年間を早送りしてお浚いされたのですか? デュークスのことや自然発生的な事柄についてお互いに話し合われて「レッスン」されたのでしょうか?
コリン「そうです! あの頃に戻ろうとしている所なのですよ。おさらいしました。」 
テリー「コリンはね。私はまだレッスンの最中ですよ。と言うのは、長い間何もしていませんでしたからね。今は、「あの頃、自分はどうやっていたんだ?」とのべつに思っています。私の息子はドラムを演奏していますし、家にドラム・キットを置いています。日課の様にそのキットを弄ってはいました。でも、真面目に取り組んでいたのではありません。コリンがこの企画のことを言って来るまでは、またドラムを始めようとはしていませんでした。結婚式があるから帰国して来たのです。弟の長女が結婚したのです。そこで、幼馴染みに会ったのです。コリンとは16年間会っていませんでした。」 
コリン「私たちは二度程出掛けました。一緒にへべれけに酔って、大笑いをしましたよ。すると彼が「僕の私生活は混乱の最中だ、帰国した方が良いんじゃないかな、」と言うのです。それで、私が「僕はちょうど企画を思い付いたところなんだけど、ドラムのシートに座ったりしない?」と言ったのです。私の名前でEPを作ろうとしていたのです。でも、一人だけですると言うのは、心を壊しかねないのですからね。」 
テリー「彼は、私が他の誰よりも安い報酬で働くと分かってますからね。」 
コリン「まあ、それで、私の企画は私たちの企画になったのです。テリーは、エンジニアリングで困った時に助けてくれるのです。私たちはエンジニアではないのですけれどね。アンディは、私が彼が関係した中で最悪のエンジニアだとコメントしたことがあります。「彼はアコースティック・ギターをエレクトリック・ギターに、エレクトリック・ギターをアコースティック・ギターの様にする」と言ったのです。私は「それなら、ちゃんとやろう。」と言いましたよ。音が私の耳に良い様に聴かれる限り、それで良いのです、それが音楽産業的に如何なのかと言うことは関係無いのです。」 

貴方はEPのために四曲を書かれたのですね。XTC 以来、歌を書かれていたのですか? 
コリン「本当に書いていませんでした。バンドは2006年頃終わりました、アンディと私がちょっとした言争いをした結果です。30年以上、人生の主要な部分だったわけですから、「それじゃあ、これからどうなる?」と言う局面だったのです。二年間は、テレビを見てました。ちょっとした歌、ちょっとしたアイデアが頭に浮かんだりもしました。それから、アメリカの人、ビリー・シャーウッド Billy Sherwood さんからの依頼を受けました。イエスで演奏している人です。クリス・スクワイアさんが亡くなってからは、彼がベースの担当を引き継いだのです。卓抜した歌手でロサンゼルスではコマーシャル・ソング等も歌っていました。素晴らしいミュージシャンです。その彼が電話をくれて、参加しないかと誘ったのです。大体が、プログ・ロックの曲でした。それで、定期的に、彼のセッションに参加して、あれやこれやを歌ったり、ちょっとだけベースを弾いたりしました。かなりの間、彼の企画に付き合っていました。ちょうどこのキッチンでビデオを撮ったりもしたのです。そうしている間にも、歌の断片が頭に浮かんだりしたものです。そこで、私は「何かすべきでは?」と思ったのです。その時に、テリーが遣って来たのです。「願ったり叶ったり」でした。私たちは、まるでカップルの様なのです。」 
テリー「私たちは、リチャード・バートンとエリザベス・テイラーの様なのですよ。再婚したのです。これは、二人の男の作戦行動なのです。私がドラムを演奏して、コリンがベースとキーボードを弾いているのです。加えられたのは、一人の男が来てサックスをちょっと吹いただけですよ。」 

貴方たちは、この作品を XTC からの流れを引き継いでいるものと考えていますか?
コリン「私たちは、自分たちの企画を TC&I と呼ぶことに決めました。X は取り除いたのです。アンディは「何の為にテリーと戻って来るんだ? 懐古趣味になるだけだろう。前へ行くべきだ。」と言っていました。でも、私はそのようには思いません。これを聴いて頂ければ、別の局面に行っているのは明らかだと思って下さるでしょう。これは、『 Apple Venus 』の続きでしょうか? いいえ、全く違います。テリーが参加しているのですから、『 Apple Venus 』の流れには行くことはないのです。」 

テーマについては如何でしょう? 貴方の音楽全体を通して、普通であること、簡素な生活と言うテーマがあるのですが、世俗的な生活を言祝ぐと言うことですね。
テリー「彼はやっぱりそうしてますね。」 
コリン「「 Kenny 」と言う曲があります。地方のサッカー選手についての歌です。でも、それは、競技場で鍛え上げられて行くと言う比喩でもあるのです。「ケニー」から階級を通り抜けて行く様な気質は多分受け取らないでしょうね、人はごく限られた場所で成長してくものですから。それから、反復的なギターのリフがありますが、あれは、イングランドの風景の中を通り抜けて行く列車に似せているのです。「ケニー」の他には、「 Greatness ( The Aspiration Song ) 」があります。私はこれがEPの主眼だと思っています。「 Hope Is My Finest Virtue 」[ この様に題名を示す際の大文字が使ってあるのだけれど、そう言う題の歌等があるかどうかは分からない。格言のつもりか? 希望が私の最善の美徳だ。 ] それから、「 Comrades of Pop 」。これは音楽と音楽産業に宛てた詩の様なものです。風刺なのですけれどね。私が苦々しい思いを募らせていると、聴いた皆さんが思わないことを願っています。とても風変わりな四曲の組み合わせです。そうですね、製作に使ったお金が戻って来れば、それで満足です。レコード会社の配給はないのですから、シングルとか何かを作らなければならないと言う様なプレッシャーもないのです。可愛らしい変わり種ではないか知ら。」
テリー「EPは私たち二人にはが取り掛かるにはちょうど良いサイズなのですよ。アルバムだと、二年は掛かるでしょうね。」 
コリン「61歳ですからね。自分たちに後何年あるのか分からないしね。」  

2017年2月22日、スウィンドンにて   



 『 XTC Bumper Book of Fun 』に掲載された、コリン・モールディングとテリー・チェンバースのインタビュー、おわり。 
  誤訳、疑問点を指摘して下さると幸せます。 
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2018年03月19日

Why Anything, Why This?

 シェリークバックは、新しいアルバム『 Why Anything, Why This? 』をリリース予定と言うこと。13枚目のスタジオ・アルバム。 
 これは、26秒のお知らせビデオなので、詳細はまだ分からない: 
https://www.youtube.com/watch?v=GhpXVWQ9DUQ  


 それで、序でに、ワイマール・ギター・カルテットが演奏するブラジルのセルジオ・アサド ( ギター奏者、作曲家 ) の「 Uarekena 」。
Weimar Guitar Quartet − Karmen Stendler  


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2018年03月18日

松風

 今日は、Eテレで細川俊夫さんのオペラ『松風』が放送される。 

松風[新制作・日本初演] | 新国立劇場 オペラ 

 細川俊夫さんは、コリン・モールディングと同じ1955年生まれ。 

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探偵は左にいる

 パートリッジは容疑者だった? 

 パートリッジの「13:35 - 2018年3月17日」付けのTwitterのコメント。 
You know the 'who to follow' reccos on the left? Why is it always Wiltshire police? I know I was interviewed about a murder in Bath, in 1984 , but this is getting silly.  

https://twitter.com/xtcfans/status/975108395152928768 
 
 左に「尾行」している探偵に気付いてる? それが必ずウィルトシャー警察なのは何故? 1984年にバースで起こった殺人事件のことで訊問されたことはあるけど、今の尾行は馬鹿げてるだろう。 


 1984年にバースで起こった殺人事件と言うのは、Melanie Road さんが殺害された事件だろうか? メラニー・ロードさんは当時17歳、1984年6月9日に殺害された。犯人は31年後の2015年に逮捕されたらしい。 
 当時、XTC は、バースのクレセント・スタジオで『 The Big Express 』を製作中。
 パートリッジの言うインタビューが何の程度のものか分からないけれど。歩いていて職務質問されたのか、刑事がやって来て質問されたのか、警察署まで行ったのか?
posted by ノエルかえる at 16:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Stu Rowe さんの XTC 評

 パートリッジの「13:25 - 2018年3月17日」付けのTwitter上のコメントでの、ステュ・ロウさんの XTC 評を備忘。 

https://twitter.com/xtcfans/status/975105988486488064 

Chatting with Stu over lunch yesterday, he said quite correctly that XTC was unique because each member approached it differently, and gave different things. Terry thought of drumming as a sport substitute. Colin brought a quiet internal shy soulfulness...Dave brought a filed, theory based, musical 'correctness'. Barry came at it from a literary/yob viewpoint...and me, it was all about the visual, art thing, films made into music. Damn it, he's right.



 昨日は、昼食を摂りながらステュと談話。彼は正鵠を得た事を言う、以下の如し。XTC は比類のないバンドである、それは各メンバーが異なった思惑で集まり、異なったものを齎したからである。テリーはスポーツの代用としてドラムを捉えていた。コリンは内心奥深くの他人には中々見せない情熱をバンドで提起した。デイブは理論に基づいて吟味された音楽的「推敲」をしてくれた。バリーは若者文学の視点でバンドを捉えていた。そして私、私のしたことは、視覚的なもの、映画を含む視覚芸術の諸々を音楽に反映させたと言うことに尽きる。彼は当たっている。  

posted by ノエルかえる at 13:59| Comment(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

smelt the fish-dock

 フィリップ・ラーキンの「 The Whitsun Weddings 」の第一スタンザだけを訳して見たけど、 
smelt the fish-dock の the fish-dock って何なのだろう? 漁港?? 蓼科の植物? 魚の切った尾??? 


That Whitsun, I was late getting away:

Not till about
One-twenty on the sunlit Saturday

Did my three-quarters-empty train pull out,

All windows down, all cushions hot, all sense

Of being in a hurry gone. We ran

Behind the backs of houses, crossed a street

Of blinding windscreens, smelt the fish-dock; thence

The river's level drifting breadth began,

Where sky and Lincolnshire and water meet.



あの年の聖霊降臨節、僕は遅くなって出掛けようとしていた、 
それでも、 
一時二十分にはまだだった、土曜日で陽光がいっぱいだった、 
四分の三が空席の僕が乗り込んだ車輛が押し出された、 
上げ下げ窓は全部が卸されて、座席は全部が温かく、 
急かされる気がしてたのはまるっきりなくなった。僕たちは、 
走り抜ける、家並の裏手、横切る、とある大通りが 
車窓を暗くする、匂いを嗅ぐ、魚の様な蓼の様な、そうして、 
川が視界に拡がる、一様でゆっくり動いている、 
そこで、空とリンカーンシャーと水が出会う。 

 
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2018年03月16日

There's a Lesson to Be Learnt 6 Keeping Time

There's a Lesson to Be Learnt 5 Dave Gregory: ノエルかえる不恵留 





キーピング・タイム 
ステージでは、XTC は信じられない程のエネルギーがあったのですが、貴方たちは何ガロンもの汗をかいたことでしょうね。 
テリー「何ガロンのビール! ええ、私たちはステージの最後には完全に疲れ切っていました。アンディはいつもまるっきり無形物の様にぐんなりとなっていましたよ。ステージでは常に大奮闘していましたからね。」 
コリン「壇上にいるテリーを見ると、観客はその肉体性に感銘を受けていました。殆どの曲は肉体的でしたし、見ることは聴くことと同様に良いものでしたからね。」 
テリー「肉体は、私たちが行ったギグの時間の総量の分発達しましたよ。1時間の試合時間と10分の休憩で能う限りのことをするのです。何よりも、音楽的能力の欠如をそれで補うのです! 聴衆をエネルギーで圧倒するのです!」 

デイブは貴方たちをこの上ないタイム・キーパーだと言っていました。 
テリー「アドレナリンが出ますからね、難しいのですよ。演奏を続けると、心臓が自分でも信じられないくらいに脈打つのです。上がったことは一度もないです。ただ興奮するのです。観客が30人であろうが3,000人であろうが気にはなりませんでした。」 
コリン「スタジオで、赤ランプが点ってマイクロフォンの下にいるときは、ずっと悪かったよね。」 
テリー「そうだね。ライブでの環境の方が僕にはずっと心地好かったね。スタジオでは、私は、「僕の責任だ、僕ひとりに懸かっているんだ」と思っていました。正に孤立と言うもの! 強く縛りつけられる思いでした。それに対して、ライブで演奏する場合、三分しかないことは分かっているのですし、ひとたび為終えて手をはたいたならば、元に戻ることはないし、分析してみると言うことも大抵はしないのです。スタジオでは、「今度のテイクはさっきのテイクよりもずっと上手くしなければならない」と思うものでしょう。私は、大抵、九時間はスタジオ内に居たものです、でも、一度も、より良いテイクを録ることはありませんでした。当時、私たちがしていた遣り方と言えば、四回のテイクしか録りませんでした、その中の最善のものをレコードに残したのです。今日に於いても、それよりも良いテイクを録ることは出来ないでしょう。」   


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2018年03月14日

「 Wait Till Your Boat Goes Down 」記念日

 1980年3月14日、XTC は、シングル「 Wait Till Your Boat Goes Down 」をリリース、今日は記念日。 

 それで、Tシャツも出来ました: 
Wait Till Your Boat Goes Down
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2018年03月13日

There's a Lesson to Be Learnt 5 Dave Gregory

There's a Lesson to Be Learnt 4 Bass and Drums: ノエルかえる不恵留  


デイブ・グレゴリー 
テリー「私たちは、それぞれが自分が受けた影響をバンドに持ち込みました、それはあらゆる種類のものでした。それが、私たちのバンドがどういうものかと言うことを作り上げたのです。例えばデイブですが、彼はスティーリー・ダン・タイプのバンドがとても好きなのです。」 
コリン「デイブは、XTC の中で、他のミュージシャンからの影響を測る水準器だったのです。」 
テリー「彼は、XTC の中のただ一人のミュージシャンでした。彼はよく「そう弾いては駄目だ!」と言っていました。彼は XTC の音楽を具体化させることを始めたのです。パートリッジは、グレゴリーに対してミュージシャンとしての大きな尊敬の念を抱いていました。パートリッジは、いつも、難しいパートをグレゴリーに任せていました。」 
コリン「バリーとアンディは、二人共が、ケーキの表面に掛ける糖衣を自分が振ろうとしていましたよ。私は、「ええ、それじゃあ、誰がコードを弾くんだよ?」「君たち二人の中のどちらかがコードを弾かないでどうするんだ!」と思っていました。二人はいつだって、自分がさっと頂上を取ろうとしてましたね。」 
テリー「僕と一緒に君が、コードを叩いて表そうとしていたね!」 
コリン「デイブがバンドに齎したものはそれなのです。アンディにコードを弾かせようとするのは無理なことでしたからね。アンディはコードを覚えようとする気がまるでなかったですから。それで、「グレグジー、コードを弾ける?」と言うことになったのです。デイブは進んで協力してくれました。つまり、彼は私たちの救世主だったのです。「 Making Plans for Nigel 」では、彼がコードを弾いています。彼だけがそれを出来る人物なのです。それは、別の面が用意されたと言うことだったのです。」 
テリー「彼がものごとを一つにまとめたのです、それがデイブなのです。これ以降のアルバムがその事の明らかな証左です。素晴らしい閃きを行き当たりばったりに選択すると言うことの反対に、体系立てられた音楽家気質があることが貴方にも了解出来るでしょう。」 
コリン「デイブは他の人が考えた曲想を聴衆に届ける優れた通訳者の様な人なのです。どうしても必要だったのはそれだったのです。私とアンディの二人の書き手が完全な援助者を得た、と言うことだったのです。当時は、何人もの主任がいて、何か新しいものを創り出そうとしていたのです。」 
テリー「アンディは、あのアコースティック・ギターを弾こうとしていたのですが、あのギターではただの間に合わせにしかなりませんでした。そこでグレグジーが「それは駄目だ!」と言ったのです。彼は何がしかの金を持ってロンドンへ行って、マーティンのギターを買って来ました。戻って来て、「さあ、これを弾け!」と言ったのです。パートリッジは、それ以降、そう言った酷い音質の物での録音はしなくなりました。」 
コリン「デイブは、今では、大変なギター蒐集家ですけれど、当時でも、幾つかはもう持っていました。」 
テリー「彼は自分のお金の全部をギターに使っていました。食事もアルコールも何もしないのです。お金が続く限りギターを買うのです。ギターに狂奔しているのです、他の事には何も関心がないのです。」 
コリン「デイブは、完璧なサイドマンです。彼は何の楽器でも出来るのです、ライターのお好みのままに出来るのです。偉大な才能の持ち主です。あるコードを弾くと彼はこう言うのです、「そうだよ、それで良い、コリン、とても好いコードだ、でも、最後にこのコードを置いたら如何だい?」。このように、助けても呉れるのです。」 
テリー「君が何かを思い付くと、グレグジーが添削してたんだよね。」 
コリン「時にはこうも言ったよね。「いや、僕は意図してこの音を置いたんだ。君が弾きたくはない音だろうけれどね。でもね、僕の中をぐるぐる回っている歌全体はこの音を入れていると思うんだ。」 彼は優れた通訳でした、それに私たち四人の間をとても上手く配合していたのが彼です、たぶん、二人の突飛な所のある人間がそれぞれ違う方向へ行こうとしているその力関係で調整されているよりも、もっと良い調整を彼はしていたのです。」 
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「 Respectable Street 」記念日

 1981年3月13日、XTC は、シングル「 Respectable Street 」をリリース、今日は記念日。
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2018年03月12日

The Whitsun Weddings

 An Ideal For Living というブログに掲載されたコリン・モールディングの『 Great Aspirations 』についてのインタビューで、「 Kenny 」について、フィリップ・ラーキンの詩「 The Whitsun Weddings 」にインスパイアヤーされた、と言っているのが興味を惹くので備忘。 

MAKING PLANS - XTC's Colin Moulding And Terry Chambers Ponder Live Shows After DIY 4-Track EP - An Ideal For Living  

その部分は、 
「 There’s a line in there about somebody coming up to bowl. You see the playing field from the train and that’s kind of what prompted it. I got this guitar riff that sounds very much like the motion of a train and then one thing led to another – a chain of thought. 」 
誰かがクリケットをしに走ってくると言う行があるのです。列車から競技場を見るわけですけれど、それが連想の仕方になっているのです。私は、列車の動きの様なギターのリフを考えつきました。それが一つの連想を生んでそれがまた次の連想を生むのです。思考の鎖なのです。 


 ラーキンのThe Whitsun Weddings のその行は、第七連にある: 
Just long enough to settle hats and say

I nearly died,

A dozen marriages got under way.

They watched the landscape, sitting side by side

- An Odeon went past, a cooling tower,

And someone running up to bowl - and none

Thought of the others they would never meet

Or how their lives would all contain this hour.

I thought of London spread out in the sun,

Its postal districts packed like squares of wheat:
posted by ノエルかえる at 21:30| Comment(0) | Great Aspirations | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

ゴールド・ディスク

 1980年3月10日、XTC は、カナダのトロントで、『 Drums and Wires 』に対してゴールド・ディスクを貰う。
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2018年03月07日

Klaus Huber

 スイスの大作曲家、クラウス・フーバーが昨年10月2日に亡くなっていたそう。知らなかった。享年92。1924年11月30日生まれ。 

 ヴィトルト・ルトスワフスキを追悼する曲『 INTARSI 』がとても好きなのだけれど、フーバーを追悼する曲は誰が書くだろう、細川俊夫さんだろうか? 
posted by ノエルかえる at 22:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

There's a Lesson to Be Learnt 4 Bass and Drums

There's a Lesson to Be Learnt 3 Songwriting: ノエルかえる不恵留

ベースとドラムズ 
テリー「ファースト・アルバムのレッド・ツェッペリンとは違って、私たちが第一戦略で桁外れの成功を収めると言うことはまるでありませんでしたから、「よし、次回作はこれよりも良いものを創らなければならない、と言うことだ。」と言うことになったのです。議論の余地も無く、セカンド・アルバムは、ファースト・アルバムよりも良いと言うことは無かったのですけれど、サード・アルバムに於いては、メンバーの交替もあった分けですけれど、コリンとアンディは自分たちが歌を書く方法をより良く身に付けたと言うだけでなく、歌をどうレコーディングするかと言うことも分かって来たのです。最初の二枚のアルバムは、製作の方法・方向性に苦しんでいました。そうして変化の時が来たのです。最初の二枚のアルバムでは私たちはジョン・レッキーを使ったのですけれど、勿論、彼が音像をより大きくより良くしてくれたことは確かなのですが、あの当時の私たちは全員が未熟だったことは明らかです。常々、あの最初の二枚のアルバムでのドラムの音は少々不出来だと感じていました、と言って、誰に言えば良かったのでしょう? 内心では、「もっと活力のある音に出来たら良いのに」と思っていたのです。スティーブ・リリーホワイトを雇った理由の一つに私が覚えていることがあるのですが、それは、「このウルトラボックスのアルバムは僕にはとても良く聴こえるよ。このアルバムには活力がある、リリーホワイトがそれをやったんだよ。」と私が言ったことなのです。」 
コリン「あれが、ピーター・ゲイブリエル / フィル・コリンズのストーン・ルーム・サウンドの始まりだったんだよね。僕たちと一緒に、タウンハウス・スタジオのスタジオ・トゥーで始まったんだ。」 
テリー「あれがすべてを蘇生させたのです。それ以前の、最初の二枚のアルバムを録音した時には、「ドラムズを反響させない様にしないといけない、音を抑える為にマットレスを回りに敷詰めないといけない。」と言うのが常でした。私たちがアルバムのタイトルについて熟考し、『 Drums and Wires 』と言う題を検討している時に、アル・クラークが訪問して来て、『 Let There Be Drums 』と言ったのです。その方が更に良かったでしょう!」 

貴方たちお二人が、XTC の中で特別の関係をお持ちだったのは、ベースとドラムズだからなのですか?
コリン「テリーのこの右足と私のベースのボールには何かがあるのですね、それが十分に堅固なものを作り出すのですよ。テリーがバンドを脱退した後、私は何人かの他のドラマーと演奏しました、これはテリーも同意してくれると思うのですが、そのドラマーのほとんどは、技術的にはテリーよりも上で…、」 
テリー「間違いない。」 
コリン「けれど、同じ町で生まれて、それもお互いに一マイルの距離の家でその上に一月しか違っていないのだから、何かがあるのです。エヴァリー・ブラザーズのハーモニーが完璧なのに似ているのでしょうか。[ The Everly Brothers - Wikipedia ]」
テリー「私たち二人の父親はどちらもアーケルズのビールを呑んでいましたよ。[ Arkell's Brewery - Wikipedia ] 私の父はその醸造所の株を持っていたと思います。」 
コリン「その分を呑んだのかい? 僕の父も株を持っていたと思うよ!」 
テリー「私たちは四十五年間の間知り合いだったのだし、若い自分には、一緒に演奏の腕を上げて来たのです。私たちは、知り合う以前に、それぞれが一人前の演奏家だったのではありませんから。一緒に成長して、より高い段階のものを理解し、それを上手く使える様に一緒に頑張ったのです。」 
コリン「ベースとドラムの結合には堅固なものがあるのです。深みのある彼の右足が作り出すものには何かがあるのです。他のドラマーの足では、ちょっと足りないのです。」 

他のバンドについてはどうでしょう、XTC の後のバンドですが、例えば Dragon とか?
テリー「あれは、まあ、雇われ仕事ですよ。私は仕事をしなければならなかったのですから、傭兵ですね。特に難しい曲はありませんでした。ほとんどが、フロアドラムの四拍でしたから、彼らが受け容れる様なものを考え出すのに、曲芸的な技をしなければならないと言うことはありませんでした。最後まで、自分が他所者だと感じていました。」 

お話し下さったお二人の関係と言うことではなくて、創作への意欲と言う点で、XTC に何か特別のことがありましたか?  
コリン「私たちは全員が、何か違うことをしようと言う「虫」がお腹にいたのですね。そういう気質だったのです。何か違うことをして、しかもそれでチャートに入れたとしたら、素晴らしかったでしょう?」  

「 English Roundabout 」は、変わった拍子記号ですね。 
コリン「ええ、四分の五拍子です。意識的にしたのではないのです。次々に突進してくる自動車ですよ。つんのめる様な、ちゃんと割り切れることのないビートが、急き立てられる動きと言う印象を与えるだろうと、私は考えたのです。それは、四分の四拍子では得られないでしょう。本能的にそうしたのです。進んで、ジェスロ・タルの様にしようとした分けではありません。」 

テリー、貴方は変わった拍子や不自然なリズム・パターンに戸惑いませんでしたか? 
コリン「彼は、その前に「 Neon Shuffle 」を叩いていました。「 Neon Shuffle 」が出来れば、何でも出来ますよ。あれは、とても入り乱れてます。アンディは、普通でないことをひどく好んでいました。」 
テリー「それに、当時はラモーンズの影響が少なからずあったのです。彼らは、時速100マイル[ キロメーロル/時速にすれば約160キロ。 ]で演奏していました。スピードと言うのは、当時の課題の中でも最上位のものでした。」 
コリン「ラモーンズがスウィンドンに来た時、アンディはステージに上がって、ジョーイの前で踊っていましたよ。とても大きな影響があったのです。そうですね、ニューヨーク・ドールズと一緒ですね。私たちは、当時、何か違うことをすると言う傾向が強かったのです。なんとか多勢の中から抜け出そうとしている時、認められる唯一の方法がそれなのです。」 
[ ラモーンズがスウィンドンでライブを行ったのは、1977年5月31日。Brunel Rooms で。この日は、ラモーンズ単独ではなくて、トーキング・ヘッズも一緒。XTC は、ウォーム・アップを担当。たぶん、前座と言うことではないと思う。トーキング・ヘッズのメンバーとも初対面ではなかったのかと思う。 ] 
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2018年03月04日

ちょっとメモ: 英国レコーディング・スタジオのすべて

 書籍『英国レコーディング・スタジオのすべて』。XTC が使った、マナーも、タウンハウスも、チッピング・ノートンも出ている。 

英国レコーディング・スタジオのすべて - Webcat Plus 

The great British recording studios (書籍, 2015) [WorldCat.org] 
posted by ノエルかえる at 16:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

The Beatles 「 Penny Lane 」訳

 ポール・ビートルの「 Penny Lane 」の訳。 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Penny Lane | The Beatles 
Alan W. Pollack's Notes on "Penny Lane" 
Penny Lane | The Beatles Bible  


 コーラス部分が夏で思い出、ヴァース部分が晩秋・初冬で実際に目にしている光景、と言う対なのだろうか? 
それから黄色のイメージで繋がる、裕福な銀行家と下層階級の消防士と言う組み合わせ、白と赤のイメージで繋がる理髪師と看護婦の組み合わせ。 
 言葉については、特に消防士の所、hourglass は砂時計の形の様に腰がくびれたコルセットなのだと思う。たぶん、筋肉質の身体を強調させるのだろう。それに、fire engine はポンプだと思う、his が使ってあるし。もちろん、性的なイメージがあるのは、マッキントッシュと同様。  

 ペニー・レインは、ペニーと言う人名に因んだ通りの名前だと言うことなので、銅座屋にしてみた。 
The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 5: ノエルかえる不恵留

The Beatles 「 Penny Lane 」訳:  



ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる 

ほら、白衣の理髪師がひとり立っているよ、 
これまでにしたことがある「ご希望」の頭の写真を見せてるんだ、 
往き交う人は誰もが、 
立ち止まって、この理髪師に挨拶するよ。 

ほら、角には銀行家が高級スポーツカーに乗って止まっているよ、 
子供たちが彼のオープンカーの後ろで嘲っている、 
この銀行家は黄色のマッキントッシュを絶対に着ないのだもの、 
冬を呼ぶ驟雨にでも、どういうわけだろう、分からない。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも、初夏の青い郊外独特の空の下に拡がる、 
ぼくは座るんだ。さて、ところで話しはもどって… 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる  

ほら、黄色ヘルメットの消防士がひとり腰括れのコルセットを当てているよ、 
それに、ポケットには女王の肖像写真が入っている、 
この消防士は自分の消火ポンプをいつもきれいにしたがっている、 
とってもきれいなポンプなんだ。 

ぼくの眼にぼくの耳にある銅座屋横丁はいつも 
いつも夏なんだ。それで、安売りで四ペニーの 
四角のフィッシュ・フィンガー。さて、ところで話しはもどって…  

うしろだよ、ほら、バスの転回広場の真ん中の待合所、 
可愛い白衣の看護婦が11月11日のための赤いポピーをお盆に載せて売っているよ、 
彼女は劇中人物のひとりになりきったつもりなんだね、ナイチンゲールかな? 
でもやっぱり、彼女なんだ。 

ひらけ、銅座屋横丁、見えてくる   

理髪師がまた別のお客の顔を当たっているよ、 
ぼくたちお見知りの銀行家は座って調髪を待っている、 
そうしている内に、驟雨を押して 
消防士が突入してくる、なんて、どういうわけだろう、分からない。 




追記: 
関係は全くないけど、ポピーと言うことで、モネの絵: 
Poppy Field in Argenteuil, Claude Monet - クロード・モネ - Wikipedia
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(2) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

Vinyl . Album . Cover . Art : The Complete Hipgnosis Catalogue

 昨年、イギリスの Thames & Hudson 社から発売された『 Vinyl . Album . Cover . Art : The Complete Hipgnosis Catalogue 』が、この3月に日本でもシンコーミュージック社から発売される。 
 XTC の『 Go 2 』も外されずに掲載されているみたい。
posted by ノエルかえる at 09:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Dark Side of the Moon

 1973年3月1日、ピンク・フロイドは、アルバム『 The Dark Side of the Moon 』をリリース、今日は記念日、45周年。 

The Dark Side of the Moon - Wikipedia
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2018年02月28日

There's a Lesson to Be Learnt 3 Songwriting

There's a Lesson to Be Learnt 2 Making Plans for Nigel: ノエルかえる不恵留 





ソング・ライディング 
貴方はベース・プレイヤーとしては知られているのですけれど、貴方が他の楽器を演奏するのかどうかは承知していないのです。 
コリン「ギターを弾いたこともあるし、ピアノを弾いたこともあります。けれども、私は、ギター奏者ではないし、ピアノ奏者でもないのです。目的に達する為の手段として弾くのです。リフは出来ますよ、でも、即興を弾く様に等と言わないで下さい。ピアノをちゃんとは弾けないのです。繰り返しの音型は出来るのです。それで、あるパターンから別のパターンへ移行することも出来ます。歌に適う音型を何とか手にするのです。」 

ベースで曲を書いたことがあるのですか? 
コリン「ええ、あります。「 Dance Band 」はベース・リフです。あの歌のメロディは、一つきりです。あの曲を作った経験を通して、自分が欲しいメロディを得る為には、和声の構造を知っていなければならないと言うことが明らかになったのです。」 

XTC への貴方が成した貢献の大きなものはメロディです。それは、貴方の生来のものなのでしょうか? 
コリン「最初の二枚のアルバムの後、アンディは自分の道を見失っていました。私的生活では、結婚しようとしていましたし。重要事から注意を逸らしてしまっていたのだと、私は思いますよ。「人来たりなば、時来たらん!」 [ ここの部分、原文は、Cometh the man, cometh the moment!。Cometh the hour, cometh the man の言い換えか? ] バリーが去った時、私の中で何かの引き金が引かれたのだと思います。どう言う分けだかは分かりませんけれど、私は自分自身になれたのです。」 
テリー「コリンとアンディーの作品は、お互いに称賛し合っている様でした。コリンはそうした領域で書いていたのです。バリーの書く歌は、その領域より少し外れたところにあった様に思えました。」 
コリン「今思うのですが、バリーは私よりも自分に正直だったのでしょう。私は、アンディとの関係に合う様に書いていました。私は、その領域内の私の持ち分の端から歌を書けば良かったと思います。バリーの離脱は、そうすることへの認可状の様なものになったのです。そうすると、「おや、これは少し違うぞ、ずっとメロディックだ。」と言うことが起こって来たのです。その位置に、私のテントが張られることになったのです。」 
テリー「初期の頃の歌は、例えば、ファースト・アルバムの「 Cross Wires 」だけれど、当時の音楽の流行に直結しているのです。速くてパンキッシュでした。でも、その手の音楽でなければ、君はギグをしようとしなかっただろう。」 
コリン「私たちはステージを35分でする様にしてましたからね。「これは終わった、さあ、本当の仕事をしよう!」と言ってね。( 呑む真似をする。 ) アンディにとっては、バリーの脱退が計り知れない程の安堵だったのは確かです。バリーはまったく別のタイプのソングライターだったのです。しかも、彼の書く物は、アンディのソングライティングを強く脅かすものだったのです。皮肉なのは、次に私が書いたものは、バリーがそれまで書いたものよりも、もっと脅かす様なものになったと言うことです。」 

『 Drums and Wires 』では、ただバリーがいなくなりデイブがいる様になったと言うだけではなく、歌の本質が変わってしまった、と私は常々考えて来たのですが。 
コリン「バリーの離脱が私自身であることへの認可状の様なものだったことは、明らかです。「この奇抜な歌は、本当の僕ではない。どうして、これが自分だと言うものを書き始めないんだ?」と思い始めたのです。XTC サウンドの大部分がドアを出て行ってしまったので、バンドはもう霧散してしまうだろうと、私は考えていたのです。」 
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『 Take Away / The Lure of Salvage 』記念日

 1980年2月29日、アンディ・パートリッジは、アルバム『 Take Away / The Lure of Salvage 』をリリース、今日は記念日。

Chalkhills: Mr. Partridge: Take Away / The Lure of Salvage
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2018年02月27日

『 Oranges & Lemons 』記念日

 1989年2月27日に、XTC は、アルバム『 Oranges & Lemons 』をリリース、今日は記念日。29年前。 

Chalkhills: XTC: Oranges & Lemons 

 その頃、イギリスでは、ニュー・オーダーのアルバム『 Technique 』がヒットしていた。 

 Talking Heads は、前年の1988年にアルバム『 Naked 』を発表している。解散を公表はしていないけれど、これがバンドとして最後のアルバム。 

 トム・ヴァーレインは、1990年に、アルバム『 The Wonder 』を発表している。

 オーネット・コールマンは、1988年にアルバム『 Virgin Beauty 』を発表している。
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2018年02月26日

あんでぃきごうぱあとりっじさんのついったー

 パートリッジは、今日もTwitter上にコメントを出していた。レコーディングをしたと。シェッドでだと思うけど。これから仕上げと。ワーナー・チャペルとの契約が知らされたのが去年の6月だったけど。ワーナー・チャペルからは、ただ契約しただけで、何のリリースも催促されていないのだろうか?? スタジオでの製作はないのだろうか? 
posted by ノエルかえる at 21:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 5

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 4: ノエルかえる不恵留

 さて、それで、「 hourglass 」だけれども。 
これは、「 a banker with a motorcar 」と対になる「 a fireman with an hourglass 」で使われているのだけれど。 
 まあ、対と言うことでは、 banker は富裕層の人間、資本家で、 fireman は低所得者層の人間、労働者と言うこともあるのだろうけど。( 理髪師と看護婦では、男と女、医療と言う軸での対比があるのか? ) 
 ともかく、motorcar と hourglass は、何かで対比出来る様なものである筈と言うのは確か。それだと、 hourglass を「砂時計」と訳してしまうのには、疑問が出て来る。motorcar の対は、 fire engine と言われればそうかもしれないけど。でも、 with で繋がれるのは、 motorcar と hourglass だから。自動車のの様な大きさと砂時計の様な小ささ、と言うこと? それはどうなのだろう? 大きさだけで対にするだろうか?  
 それで、 hourglass についてもう少し別の見方もしてみると。 
 「砂時計」の形象から、腰の細い女性のスタイルの意味で使われていると言うことが。XTC の歌では、wasp が使われていたけれど、同じ様なコルセットがある。hourgalss corset 。そう思うと、with で繋がれる語としても適当な気がする。どうも、「砂時計」が with で繋がれているのが気になっていたし。コルセットを着けている消防士なら、意味を作れる様な気がする。次の行の「ポケットなのかに女王の肖像」とも関連付けられるし。 
 腰くびれコルセットなら、しかも、 motorcar との対も考えられる。で、まず、モーターカーだけれど。これは単に「自動車」と言うのではなくて、高級スポーツカーだと思う。オープンカーの。そうすると、「流線型」と言う連想が出て来る。それが、hourglass の腰のくびれの線と対になる。 
 それから、hourgalss の表象は、他の意味も。イギリスでは、「砂時計」を象った物を柩にも入れるし、墓の飾りにもする。海賊の旗にも使われている。あのくびれは、過去から未来へ流れる時間の一点、それも止めることの出来ない一点だ。「死すべき」人間と言うこと。 

 ああ、a banker と a fireman の対で、もう一つ。労働者の消防士はポケットに密かに女王の、つまりイギリスでは最上位の人、写真を隠していて、( 歌われているのだから密かでも隠してもいないと言われれば、そうだけど ) 資本家の銀行家は、労働者階級の子供たちに見せない所で笑われている、と言うことも。



 それに、コルセットだと、性的な意味でも対になる様な気も。a banker については、mac を使わない ( 避妊具を使わない ) とあるのに対して、消防士がコルセットを締めてると言うのは、禁欲的なマッチョにも思えるし、女装趣味の様にも燃えるし。
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2018年02月24日

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 4

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 3: ノエルかえる不恵留

 それで色だけれど、 
 明らかに示されているのは、コーラス部分の「 the blue suburban sky 」だけだけど。でも、このコーラス部分でも、「 the blue suburban sky 」はダービーの季節だろうから、連想としては、晴れた青空の下に、騎手の着ている服の鮮やかな取り取りの色が浮かんで来る。 
 同じ様に、連想として浮かんで来る色は、 
第1ヴァースの理髪師だと、白衣の白、それに、サインポールの赤と青。 
第2ヴァースは一見色が無いようなのだけれど、マッキントッシュは一般的には黄色ではないだろうか。なので、黄色。その黄色は水に関連している。 
そして第1コーラス、青と、多彩な鮮色。
第3ヴァースは消防士だから、また黄色。消防士のヘルメットは黄色だから。
この黄色も水と関連する。それに、消防車の赤。このヴァースは水と火と両方に関連している。 
第2コーラスは、色は如何かなあ? 魚は青かなあ? 夏の色は何だろう? 
XTC だと、ラベンダーを煮る胴の鍋の赤色だけど、、、 
第4ヴァースは、看護婦で、白衣の白。それに、11月11日のポピーの赤。 
第5ヴァースはまとめだから。 

で、やっぱり、銀行家と消防士が黄色で対。
理髪師と看護婦が白と赤で対。理髪師は青もあるけど、、、   

ああ、黄色と水が関連しているって、、、「イエロー・サブマリン」に繋がるのだろうか? 


それで、hourglass だけど、
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2018年02月23日

There's a Lesson to Be Learnt 2 Making Plans for Nigel

There's a Lesson to Be Learnt 1 XTC: On th road and in the studio: ノエルかえる不恵留

メイキング・プランツ・フォー・ナイジェル 
貴方たちは、他のグループ・バンドと競い合ったのですか? 
コリン「そうですね、今思えばですが、私たちは注目される時を逃してしまったと考えていたのです、と言うのは、ザ・ストラングラーズ The Stranglers [ The Stranglers - Wikipedia ] がいましたし、ザ・ジャム The Jam が『 Top of the Pops 』に定期的に出演していましたから。」 
テリー「レコード会社は、「これにはシングル曲がない。」といつも言っていましたよ。レコード会社が積極的だったのは、全くシングルだけだったのです。私たちは自身をシングル・バンドだと意識的に考えたことは一度もなかったのです。シングルは、アルバムからの使者であり、アルバムに必要な部分の一つだったのです。」 
コリン「「 Nigel 」が出来た時には、「神様、ありがとう」と私たちは思いましたよ。レコード会社は、確かにそう思っていました。何度も言ってましたよ、「諸君、もう二枚のアルバムを頼むよ。我々は成功を収めるだろう。」と。」  

「 Making Plans for Nigel 」は首にぶら下がった重荷だと考えたことが一度でもありますか?
コリン「あれは、私に家を一軒買って呉れましたよ。何が言えるでしょうか? 一般の人たちの間にヒットして嬉しいと言うだけです、貴方には物足りない答えかも知れませんね。その時に戻るのは難しいです。「僕はもうヒットを出した、これ以上を期待しないで!」と言うことだったか知ら。毎週出れば良いですよね、でもそれでは、テレビ番組の『 $64,000 Question 』ですよ[ The $64,000 Question - Wikipedia ]。どうやればヒットを出せるか? 何が大衆に受けるのかは、誰にも分かりません。寝室に入って、「よし、僕は誰でもが好きになる様なヒット曲を書くぞ」と自分に言い聞かせたとしても、上手くいくことは決してないでしょうね。」 

実際、この曲を成功させているのはある奇妙さです。ドラムズは型破りですし、歌われている情感は、「 I love you 」ではないのです、誰も思ってもいなかったテーマです。
コリン「それ以後のことも考えてみて下さい、あの地点に行けそうには一度もなりませんでしたよ。あれは、事故だったのです。」 
テリー「「 Senses Working Overtime 」はそれと似ていましたね。私には、あの曲がシングルに相応しいとは思えませんでした。会社がシングルで出そうとしていると言った時には、私は「呆れた! 幸運あれ。」と思いました。私はあの歌が大好きでした、でも、シングルになるとは思えなかったのです。」 
コリン「私は、「プログ・ロックだ、プログ的な要素が全部ある。」と思いましたね。」 
テリー「アンディはアコースティック・ギターを持って現れたのだったよね。私は、「アコースティック・ギターって、僕たちはスティ―ラーズ・ホイール Stealers Wheel [ Stealers Wheel - Wikipedia ] の時代に戻るって言うことか?」と思ったんだよ。それでも、「ナイジェル」と同様に、『 Top of the Pops 』に出演させてくれたね。」 
コリン「それに、開始部分に中世風ドラム。聴衆には「ワン、トゥ、スリー、フォー、ファイブ」が受けたんだよね。それで、他の部分にも聴き進むことになるんだ、あのドラムは人々をちょっとした旅に連れて行ったんだよね。君こそが人々を誘ったとすれば、素晴らしいことじゃない。」 
テリー「ポップスの世界にですと、ホーランド=ドジャー=ホーランド Holland–Dozier–Holland が居ます[ モータウンのソングライティング・プロデュース・チーム Holland–Dozier–Holland - Wikipedia ]。人々を惹き付ける曲をトラックで出荷出来ると言う単位で大量生産していたのです。彼らは、魔法のフォーミュラに乗り込んでいたのです。彼らが触れるものは、全てが金に変わりました。」 
コリン「でも、ブリル・ビルディング Brill Building [ ニューヨークにあるビルディング。音楽出版社が多く入っていた。1950年代から60年代が最盛期だった。 Brill Building - Wikipedia ] の人たちが書いたものは、誰でもがカバー出来たのです。それとは反対に、「 Nigel 」はとても風変わりでした。それをカバーする誰かを思い浮かべることは出来ないでしょう。ロビー・ウィリアムズ [ テイク・ザットの元メンバー。Robbie Williams - Wikipedia  テイク・ザット脱退後の1997年のシングル。] が挑戦したのですけれど、ドラムスがあの奏法ですから、彼らは正しいドラムスが出来なかったのです。 」 
テリー「私はブロンディーと一緒にツアーしたときのことを覚えています。クレム・バークが「 Nigel 」のリズムを演奏しようと試みていました。彼は、全部を滅茶苦茶にしてました。」 

ドラム・パターンについて話して下さい。 
コリン「私が考えついたのは、ビートではなくて、アクセント[ 強勢 ] です。コードとメロディーと歌詞は出来ていたのです。それをバンドに持ち込みました。いつも、私は全部をダウン・ストロークで弾いていました。アコースティック・ギターで、私が出来るのはそれだけですから。皆んなが、「そのアクセントは採用しよう、それを使ってどう出来るか考えてみよう。」と言いました。アンディは、ディーヴォがやった「 (I Can't Get No) Satisfaction [ (I Can't Get No) Satisfaction - Wikipedia ] 」が好きでしたから、リズムを保持しながら複雑に入り組んだ様なものを思い起こさせる事は出来ないだろうかと考えていたのでした。それには、どんなドラムズを入れるべきか、そして、どのような間を置くべきか? 私たちは、ハイハットで開始することにしたのです。」 
テリー「通常では、ドラマーは、歌が進んでいる間、テンポを保つだけです。そこで打つべきだと感じる所で、自動的にハイハットなりスネアなりバス・ドラムなりを打つのですね。今なら、私はこう言うでしょう。「ちょっと待って、ハイハットで四拍を打つのでなくて、八拍か十六拍打ってみようか。」 これだと、終りが少し高すぎるかも知れないよ、ここで下げてみたらどうだろう? 君は、この歌をもっと良くしようと推敲を始めると良いよ。」 
コリン「私たちのリハーサルは、バトン・リレーの様なものでした。一人があるアイデアを思い付いて、他の者が、「いいね、でも、こうしたらどう?」と言うのです。そうしたら、また他の者がバトンをもっと遠くへ持って行くのです。アンディは、常々、「 Making Plans for Nigel 」のビートは彼が思い付いたものだと言っていますけれど、それは正確ではないと私は思いますね。リハーサルはバトン・リレーで、何のアイデアも他の誰かが不意に行った言葉に取り替えられるのです。アンディはよくこう言っていました、「トムで何か出来ない?」、するとテリーが「これならどう?」と答えていたのです。」 
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2018年02月22日

金子兜太

 金子兜太さんの訃報。
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2018年02月21日

Go Figure

 近所のレコード屋さんに頼んだ、ザ・モノクロームセットの『メーシー・ワールド』日本国内流通版はまだ来ないのだけど。 
 ピーター・ブレグヴァドさんの新しいアルバムも、国内流通版が出る様なので、それも、レコード屋さんに注文しようと思う。福田こうへいさんのカセットテープを横目に見ながら。 

 『 Go Figure 』、ブレグヴァドさんに、ジョン・グリーヴス John Greaves さん、クリス・カトラー Chris Cutler さんと言うヘンリー・カウのメンバー、(『 Kew. Rhone 』みたい )、それに、ジャズ・ミュージシャンのカレン・マントラー Karen Mantler さんに、シンキング・プレイグ Thinking Plague のボグ・ドレイク Bob Drake さん。 

 クレジットは、2017年の作品になっているから、『 Kew. Rhone 』から40年目と言うことなのだろう。原盤はレコメンド・レコーズから? 国内流通版は MARQUEE 。
 序でに、『 Orpheus - The Lowdown 』『 Gonwards 』も国内流通版が出れば良いのに。 



 と言う訳で、ザ・モノクローム・セットの新たしいアルバムからのビデオがもう一つ: 
https://www.youtube.com/watch?v=Lc11NVdyCRQ 


 それで、ギブソンが経営難だそうで。  

posted by ノエルかえる at 18:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

尾高賞:組み合わされた風景

 今年の尾高賞は、坂田直樹さんの『組み合わされた風景』。 『 Paysages Entrelacés 』

https://www.nhkso.or.jp/about/info/otaka_prize.php  

 坂田直樹さんは、芥川賞を受賞されてない。坂田さんは1981年生まれ。( 芥川賞2007年受賞の小出稚子さん、2010年受賞の山根明季子さんは共に1982年生まれ。まあ、同じ世代。 )  武生作曲賞は、2010年に受賞されている。尾高賞と同じ『組み合わされた風景』で2017年の武満徹賞も。 

 2014年の作品に、『 Fossiles de Lumière 』( 光の化石 ) と言う題名のものがあり、XTC ファンの興味を、、

Naoki SAKATA | Music composer
posted by ノエルかえる at 21:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

There's a Lesson to Be Learnt 1 XTC: On th road and in the studio

 ファン・マガジン『 Bumper Book of Fun 』に掲載された TC&I のインタビュー。2017年2月22日に行われたもの。 



XTC : オンザロード、インザスタジオ 
テリー「私とコリンは、エドガー・ブロートン・バンド Edgar Broughton Band [ Edgar Broughton Band - Wikipedia ] とホークウインド The Hawkwinds [ Hawkwind - Wikipedia ] 、ピンク・フェアリーズ Pink Fairies [ https://en.wikipedia.org/wiki/Pink_Fairies ] の跡を追っかけていたんだ。彼らは、あらゆる大学、何所の大学でも流されてる様だった。僕は、「素晴らしい! ファンタスティックだ。」と思っていたね。あれこそが、僕がそう生きたいと願っていた人生の姿だったんだ。ただ演奏する、それが幸せと言うものなんだ。」 
コリン「ウェールズの谷のことをはっきり言わなきゃ。」 
テリー「ああ、そうだね。あれは、キースリーか何所かだったね、そう覚えているよ、朝の十時半だったね、ぶらりと出掛けたんだったね、「今日はどこに行くんだい?」って言って、ハンダースフィールド Hundersfield だね![ Townships: Hundersfield | British History Online ] あれは、ちょっとした冒険だったよね。」 
コリン「問題はないよ、君は独身だったのだからね、あれは、若者の、そう独身の若者の遊戯だよ。当時、僕はもう婚約してたからね、ああ言う遊戯は僕にはとてもし難いものだったけれどね。キャロルは、何度かツアーに同行したがったのだけど、ダブル・ルームは取れやしなかったから。」 

創作の問題ですが、巡業中に曲を書くことはあったのですか? 
コリン「それはないですね。休みの時間が必要なのですよ。サウンドチェックが、唯一の空いた時間でしたね、正式に書く為の時間を割いてはなかったものですから。「ああ! この三か月の間に書く時間を取らなくちゃ、そうしないと、アルバムに一曲も入れられなくなる!」と言うのが、しょっちゅうでしたよ。そうは言っても、サウンドチェックは増しでしたね、書かなくてはと言うプレッシャーがなかったですからね。それでまあ、私は巡業中には書かなかったですね。することが多過ぎたのです。すべてを止めて、静かな時間がないとね。」 
テリー「私たちは、スタジオでの余った時間があれば、あれこれいろんなことをしていましたよ。アンディは、どんな時間も無駄にしない様にしてました。無為に過ごすことは全くなかったのです。よくジャムをしてましたし、それで相当の数の歌が出来たのです。例えば、「 Pulsing Pulsing 」です、アンディが温めていたまだ胚の状態のものからジャムを通して出来上がって行ったのです。余った時間に作られたのです。」 
コリン「「 HomoSafari 」シリーズのほとんどは、テレビ番組『 Top of The Pops 』の収録の時に書かれたのです。音楽家ユニオンは、テレビ出演の際には、曲を再録音して、それに合わせて歌う振りをする様にと定めていたのです。それは、演奏家を失業させない様にと考えられた生半可な決まりだったのです。私たちがそのシナリオに従うのなら、「 Making Plans for Nigel 」や他のヒットした曲を、午後の間に再録音しなければならなかったわけです。「けどね、これを録るのに三週間もかかったんだよ!」となるわけです。私たちは、それをそのまま再現するつもりは全くなかったですよ。」 
テリー「当時、私たちは地方公演中でしたね、例えばそう、君は、マンチェスターでやったんじゃなかったかな。ストロベリー・スタジオであのシャレード[ ジェスチャー・ゲーム ]をしたね、ストロベリー・スタジオは10CC の根城だったけど。[ Strawberry Studios - Wikipedia ] そこに行って、それで、誰かがテープを交換していたと思うよ。」 
コリン「自分を罪人にはしないように、ね、おじさん! 君は、また、音楽家ユニオンの組員になったばかりなんだから。」 
テリー「『 Top of the Pops 』はもうないから、問題ないよ。」 
コリン「そう言うインチキで、オリジナルの様な出来上がりの音になったんだよね。「 Barbados 」で『 Top of the Pops 』に出演した Typically Tropical の事を考えてみてよ、「わあ、彼らは録ったんだ!」って君は思うだろうね。レコードとはまるで違うからね。[ Typically Tropical - Wikipedia ] まあ、でも、XTC のアウトテイクは、たいていそこから流出しているんだよね。私たちは、「 Making Plans for Nigel 」をテレビ用に載録はしなかったのですよ、それで、その空いた時間を活用したのです。」 
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2018年02月18日

人生四度目の地震

 パートリッジは、Twitter で、「人生四度目の地震にあった」と言っていた。 

 震源はウェールズのスウォジーのクライドック Clydach, Swansea 。マグニチュード 4.2。 

4.2 magnitude earthquake near Clydach, Wales, United Kingdom and Birmingham, England, United Kingdom : February 17, 2018 14:31 

Clydach, Swansea - Wikipedia 

追記:他の三度はロサンゼルスで、と言うこと。 

 それから、地震に関して、Common toad の事を書いているのだけど。ヨーロッパ・ヒキガエル。 
学名は Bufo bufo 。地震を予知する、と。 
 そういう伝説があるのかどうかは分からない。不吉な動物、魔女に関係ある動物と考えられていたことはある様だけど。 
Common toad - Wikipedia
 ただ、2009年のイタリアのラクイラの地震の時には、事前にヒキガエルが「予知」していた、と言う話しがあった様。 
ラクイラ地震 - Wikipedia 

BBC - Earth News - Toads can 'predict earthquakes' and seismic activity
posted by ノエルかえる at 10:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 3

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 2: ノエルかえる不恵留

 登場人物を並べてみる。 
第1ヴァースに、理髪師。登場は、「 there is 」で。 
叙述の方法は、何かをしながら、というもの。 
「Showing photographs」。 
第2ヴァースに、銀行家。登場は、「 on the coener 」で。 
叙述に仕方は、何かを持って、と言うもの。 
「 with motorcar 」。 
第3ヴァースに、消防士。登場は、「 there is 」で。
叙述の仕方は、何かを持って、と言うもの。 
「 with hourglass 」。
第4ヴァースに、看護婦。登場は、「 in the middle of the roundabout 」で。 
叙述に仕方は、何かをしながら、と言うもの。 
「 selling poppies 」。 

 登場人物はこの四人。 with で叙述される人物二人と、 -ing で叙述される人物二人と。二組に分かれるけれども。理髪師と看護婦の組。銀行家と消防士の組。この組は、そのそれぞれの人物が対になっている様に思う。 
 音韻的には、barber と nurse は同類の様に思うし ( r の音が真ん中に ) 、 banker と fireman は対称的に思える ( banker は語の中央で一旦閉じて、fireman は閉じない。 ) 。 
 付随するイメージでは、barber はサインポール、nurse はラウンドアバウトに居て循環するイメージがあるし、写真と演技と言うイメージも。banker と fireman は、水をめぐるイメージ。banker は、bank ( 堤 ) と言う語を内包していて、水と接していて、 fireman は、火事を制する水を使うのだし。土と火と水、と言うイメージもあるかも。 

 それで、対称的な銀行家と消防士を、循環する理髪師と看護婦が輪の中で交差させると言うイメージも、私は感じる。 
 理髪師は、サインポールの輪転と同時に、鋏を使うと言うイメージがあるのだけれど、その鋏は、交差しているものだし。看護婦については、ラウンドアバウトにいると言うことと、赤い十字のイメージが同然あるので。 



 色については…、
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The Beatles – Revolution (1968)

 パートリッジ、再び、Twitterを盛んに。きょうは、ビートルズの「レボリューション」のことを。プロモーション・ビデオで、開始直後の11秒あたりで、ジョージ・ハリスンがポール・マッカトニーに「 John’s mic is shit 」と言っているのは本当か? と。 
https://www.youtube.com/watch?v=BGLGzRXY5Bw
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『 Apple Venus 』記念日

 1999年2月17日、XTC は、アルバム『 Apple Venus 』をリリース、今日は記念日。19年前。 

Chalkhills: XTC: Apple Venus Volume 1 

追記: 
二日前の1999年2月15日、ミネソタの州知事ジェシー・ベンチュラ Jesse Ventura は、2月25日を「ローリング・ストーンズの日」と宣言。ジェシー・ベンチュラは、元プロレスラーだけれど、ローリング・ストーンズのボディーガードだったことも。定着しているのかどうかは分からない。その日一日だった???  


追追記: 
2月17日は、ポニーキャニオンからリリースされた日。日本盤『アップル・ヴィーナス』。世界先行発売。イギリスでは、2月22日。
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2018年02月16日

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと 2

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと: ノエルかえる不恵留

 ビートルズの歌で、季節に関わるものがあったか知ら? 使われている語で季節を示す様なもの? 
 と思ったのは、「 Penny Lane 」の歌詞を見ていて。季節感のある語が使われているのかも? と思ったので。 

順番に、 
第1ヴァースには、その様な語はない。 
第2ヴァースには、the pouring rain 。これは冬の前か? 
それから、第1コーラスには、the blue suburban skies 。これは6月か? 
第3ヴァースには、ない。 
それから、第2コーラスには、A four of fish and finger pies in summer 。夏。 
第4ヴァースには、selling poppies from a tray 。これは、11月11日の世界平和の日、第一次世界大戦の終戦を祝う日。 
第5ヴァースには、再び、the pouring rain 。これで、一年が回ったと言うこと?  

偶数ヴァースに季節感のある語が使われて、奇数ヴァースにはない、と言うのは、意図的なのだろうけど。第5は、まとめの様なので、そこに使ってあっても良いと言うことだろうけど。


それから、the pouring rain 。この語の使い方で面白いのは、最初では、a banker に関連して、a mac と共に使われていたのが、再度登場する時には、the fireman に関して使われると言うこと。 


それから、A four of fish and finger pies は、リヴァプールの卑猥な隠語と言うことだけど。音的には、f の頭韻で、三つ並んで、その後に、 p 音が続いていると言うこと。f-f-f-p 。
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2018年02月12日

あんでぃ・ぱーとりっじさんのついったー

 パートリッジのTwitterは、略一か月投稿されていなかった。今日、新しい投稿が幾つか。私は、Twitterは止めた方がいいと思うのだけど。 
 Twitterを休止していたのは、新しい iMacが直らないからかな、と私は思っていたのだけど。確か、パートリッジのiMacは、白いPowerPC のものだった様に思うので、10以前の古いOSで作成したデーターを最新のIntel Core i7 のマシン・OSもHigh Sierra に移したので作動しないのかなあ?、私はコンピューターのことは分からないので、と思ったりしてたけど。自分の体調も良くなかった様。これからは、忙しくレコーディングに没頭すると言うことなので、Twitterも控えてくれるといいなあ。 ( 携帯端末は今でも持っていないのだと思う。Twitterのアカウントもバーンハートさんが設けたものだし。 )
 TC&I の感想も書いていた。「 Scatter Me 」と「 Kenny 」が「 like 」と。
posted by ノエルかえる at 09:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『 English Settlement 』記念日

 1982年2月12日金曜日、XTC はアルバム『 English Settlement 』をリリース、今日は記念日。36年前。
それで、今年も、2月12日が金曜日。 
 だから、12日の金曜日は、『 English Settlement 』にしょう。  

Chalkhills: XTC: English Settlement 

 Talking Heads は、1980年に『 Remain in Light 』を発表してから、次の『 Speaking in Tongues 』を1983年に発表するまで3年間の間があった。1982年には、ライブ・アルバムの『 The Name of This Band Is Talking Heads 』を発表している。  

 トム・ヴァーレインは、1982年には、アルバム『 Words from the Front 』を発表している。 

 オーネット・コールマンは、『 Of Human Feelings 』を1982年4月にリリースしている。 



追記、訂正: 1980年に『 Remain in Light 』のところ、『 Speaking in Tongues 』と間違えていたので訂正しました。
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2018年02月11日

Maisieworld

 モノクロームセットの新しいアルバム『 Maisieworld 』、まだホームページではドイツの Tapet Records にリンクされているだけでショップに出ていないのだけど、それで、まだ注文ししてなかったのだけど、日本流通版もでる様なので、近所のCDショップに注文することにしよう。この最近の3枚も全部、日本流通版が出ていたみたい。それから3月には、『 Eligible Bachelors 』のデラックスセットの日本流通版も出るみたい。
posted by ノエルかえる at 14:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

石牟礼道子さんの訃報

 石牟礼道子さんの訃報 

今日は水俣から無常のお使いにあがりました。石牟礼道子さんが、今朝方、お果てになりました。
posted by ノエルかえる at 21:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Beatles の「 Penny Lane 」のこと

 ビートルズの「 Penny Lane 」を訳して見ようと思っているのだけれど。まあ、その内、、、 
 で、ペニーレインは地名だから、そのままでいいのだけど。ストロベリー・フィールズも「匍匐卿館の庭」にしたので、ペニーレインも、「銅座通り」にしてみようかな、と。 
posted by ノエルかえる at 15:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

Big Big Train の予定

 Greg Spawton さんのTwitter でのコメントに依れば、Big Big Train は、夏にシングルをリリースするそう。今、レコーディング中。次のアルバムには、秋に取り掛かるそう。完成するのは来年? デイブ・グレゴリーさんは、67歳になる、、、
posted by ノエルかえる at 21:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

C / XTC : 4TEP

 今日も、TC&I の『 Great Aspirations 』を聴く。とても良い。 
 4曲なので、直ぐに、『 Nonsuch 』の4曲[ My Bird Performs / The Smartest Monkeys / War Dance / Bungalow ]を思い出す。これをユニバーサルがEPでリリースしてくれると好いなあ。 
 他のアルバムも、『 Oranges and Lemons 』は、「 King for a Day / One of the Millions / Cynical Days / 」に「T he Good Things 」を加えての4曲。『 Apple Venus / Wasp Star 』からは、「 Frivolous Tonight / Fruit Nut / In Another Life / Boarded Up 」の4曲。 
 それから、『 Wasp Star 』以降の、「 Down a Peg / Say It / Didn't Hurt a Bit / Where Did the Ordinary People Go? 」の4曲で一枚のEP。
posted by ノエルかえる at 20:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

今日のはそんな日だったんだ: James Joyce

 2月2日は、ジェイムズ・ジョイスの誕生日、1882年生まれ、136歳。1941年1月13日没。 

なので、何故か、XTC『 Skylarking 』。
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2018年02月02日

「 The Meeting Place 」記念日

 1987年2月2日、XTC は、シングル「 The Meeting Place 」をリリース、今日は記念日。31年前。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "The Meeting Place" 
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2018年02月01日

Philip Glass

 今日は2月1日、昨日は1月31日で、フィリップ・グラスの誕生日だった。 
 グラスは、1987年生まれで、81歳。 昭和だと12年。 

 Van Dyke Parks さんは、Twitterで、いつも誰かの誕生日をメモしてるけれど、フリップ・グラスの誕生日には、
Phillip Glass was born Jan.31. Phillip Glass was born Jan. 31.
Phillip Glass was born Jan. 31.
Phillip Glass was born Jan. 31. 
と、四度も繰り返している。とても尊敬されているのか知ら? 
posted by ノエルかえる at 18:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月31日

安土巴土離児 自照『英格蘭居留』4

白の時代には上気してたのを緑の時代には落着いて  
[ この章題の原文は:Feeling up white getting it down ]

 この歌集の録音は私たちにとっては楽なものであった、真実そうなのだ。マナー・スタジオは、私たちが『 White Music 』で初めてスタジオを体験し心躍らせた時よりも、少しばかり拡張されていた。裏側に石造りの別館を足していたのだ。多くの演奏家が激賞していた、倫敦のゴールドホーク・ロードに在ったヴァージン社所有のタウンハウス・スタジオに似た録音室である。その結果たるや、「カッポーン!」である。生のトランジエント現象[ 振幅が高く、持続が短い音の波形。 ] が、この石造りの部屋で得られるのである。特にドラムズでそれが顕著であった。これは、八十年代の音と成ったのであるが、その大部分は、ヒュー・パジャムに依るのである。彼の『 Drums and Wires 』『 Black Sea 』『 Peter Gabriel Third 』での試行の成果なのである。遂に、マナー・スタジオは、これをたっぷりと供給し得る態に成ったのであった。ドラムズばかりではない、アコースティック・ギターの撥音にも、種々の打楽器にも、この湧き立つ躍動感を必要とする全てのものに、「叫ぶ」暈を被せたのである。 

 私たちは、予算が管楽器の奏者を使う程にはないことを承知していた故、必要な管部には、臆すること無く、一つの旋律ずつプロフィット・フィフス・シンセサイザー及び単音のコルグ700S を用いて作り上げたのだ。( 例えば、「 Ball and Chain 」、例えば「 Runaways 」、等等である。 ) 今日日の私の耳には、斯の音は、過日の時代を刻んだ数少ない作品の一つと成っている。とは言い乍ら、彼の時代の魅力の一つであると述べる者も居るようである。斯の馬車馬が如きシンセサイザーは、其の他の音色をも供給して呉れたのだ。チェレスタに似た音色を「 Snowman 」の導入部でのピアノの上に糖衣の様に被せているので在るし、又、「 No Thugs 」に於いてはハーモニウム風の「ふっ」と言う音を、又、「 Down In The Cocpit 」に於いては模造のハモンドを、又、「 It's Nealy Africa 」に於いては木片とマリンバの音を、「骨袋」もそう[ 2016年版のノートには、backbone とあるけれど、bag of bone の間違いだと思う。 ]、又、「 Fly On The Wall 」はあの五月蝿いリズミカルな唸音なしに有り得るや否や。彼は700S が供したものであるのだが、正に、蒼蝿ではないか。 

 アコースティック・ギターを把捉することは、戦慄く思いをさせられた。私たちにとっての、真実に、新しい方向性であったのだからである。斯のアコースティックと言う新しい方向性ではないのだが、矢張り、アコースティックと関連はあることであったのが、エレクトリック・ギターに極めて至近距離でマイクロフォンを設置すると言う技術なのである。そして、斯のマイクロフォンで捉えた透明な音を、電気的に増幅されて得られた音、それが何の様な処置で得られた音で在ったにしても、其の上に被せて音を混淆させたのである。斯の方法で、エレクトリック・ギターには、幽玄なアコースティックの煌めきが付与されたのである。私たちは、これを幾つかの曲で使用した。例えば、「 It's Nealy Africa 」。例えば「 Jason and The Argonauts 」。斯の二曲は、私の記憶の芽を揺り起こすのである。其の他の録音に於ける意図については、各曲ごとの註釈に記したので、諸氏にはご一読願いたい。  



安土巴土離児 自照『英格蘭居留』、終わり、 
誤訳、疑問点をご指摘下さると、助かります。
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2018年01月30日

きょうはそんな日だったんだ: マハトマ・ガンジー

 1948年1月30日、マハトマ・ガンジーは、ヒンドゥー原理主義集団民族義勇団の一人ナートゥーラーム・ゴードセーに暗殺された。 

なので、XTC「 The Ballad of Peter Pumpkinhead 」。
posted by ノエルかえる at 22:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする