2017年09月30日

The Monochrome Set 「 Cosmonaut 」訳

 モノクローム・セットの13枚目のアルバム ( XCT よりも多い ) に収められている、巻頭の歌で、アルバム溶いとると同じ歌。 

歌詞カードを元にして。 



氷河の表面に浮かぶ灰色の石礫が作る一本の線の端に落ちた、 
そこには魚が一匹、そして赤い弾丸に見合う血が流れていた。 
彼女は宇宙に見入っている。 
彼女はそこに数十年いた。灼熱、凍寒、降雨に耐えて。 
その分老いている筈、けれど、同じに見える。 
そしてまだ、彼女は宇宙に見入っている。 

地球を周回している、私は心地いい。 
水の様にぬるりとした光りが私の宇宙服を包んでいる、私は輝く。 
回転している私を見てくれ、私は回転している。 
私は、宇宙・船乗り。 
何もかもが燃えている、燃えている。 
宇宙・船乗り、私は… 

制御卓に光が当たる、点滅し、閃光を放ち、消えて行く。 
ベルトに膿を食み出させた異星人がいる。 
そして、彼女は宇宙に見入っている。 
ボタンを押す、情報を取り込む、スクリーンにメッセージが現れる。 
司令室から: 申し込みは全て準備完了 
そして、彼女は宇宙に見入っている。 

私はこの惑星を自由に周回している。 
サインとコサインが私の周回を正常に展開させる。 
回転している私を見てくれ、私は回転している。 
私は、宇宙・船乗り。 
何もかもが燃えている、燃えている。 
宇宙・船乗り、私は…   


Cosmonaut

Down at the end of a line of grey tills
There's a fish and blood fitting that's full of red pills
And she stares into space
She's been there for decades, through fire, ice, and rain
She must have been younger, but still looks the same
And she stares into space

Orbiting around the globe, I feel fine
Liquid shimmers on my robe, I shine
Look at me turning, turning
Cosmonaut, am I
Everything's burning, burning
Cosmonaut, am...

Light on the console pulsate, spark, and melt
There are aliens sticking matter on the belt
And she stares into space
Push button, scan, messages on the screen
From control: " There are offers on everything green "
And she stares into space

Orbiting around the planet unbound
Sine and cosine spin my sanity round
Look at me turning, turning
Cosmonaut, am I
Everything's burnng, burning
Cosmonaut, am...

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2017年09月27日

「 Fly on The Wall 」2016年LP版のソング・ノート 

 レコード会社はね、これを聴いて、「おふざけか」と言ったの。僕たちは、声に特殊処理をしたのだけれど、会社の人はそれを嫌がったの。僕の歌の中ではたぶん一番変わっていて、いまでもずっとまぶしく光ってるよ。でも、僕は、「うわむき」だから、好きなんだ。歌詞はね、ただのおしゃべりが元だったの。意味のないおしゃべりの後、自分の言ったことに意味を持たせようとして、筋がある様にしようとしたのね。人って、時々、そうするよね。フライ・オン・ザ・ウォールのドキュメントは、80年代の初め、大流行してたの。名前は何だったか、まあ、何にしてもね、大体そんな風に言ってたの。その頃って、僕は、後になってタイトルを付けて意味がある様にしてたの。シンセサイザーの蝿が飛ぶ音は、とっても可笑しくて、歌詞の真面目な意見も、それでみんな軽くしてしまってるの。たぶん、蝿の真似で、ちょっと、真面目な歌詞をからかってるの。それで、埋め合わせになるか知ら。とっても可笑しいから、これを聴くのに飽きる事がないの、にこにこ要素があるからね。でも、人生がそうだとは言えないけど。 
コリン・モールディング  

コリンの「 Real By Reel 」( その項を参照のこと )の続編。何もかもにファズ、ヴォーカル部にまで! 何もかもがブンブン唸っている。私は、リッケンバッカーのネックのピックアップの音をBig Muff[ https://en.wikipedia.org/wiki/Big_Muff ] のファズ・エフェクターを通してコンソール・デスクに繋いだのだった。ブリッジのピックアップの音はフェンダーのスーパー・アンプのビブラート・チャンネルに繋いだ。アンディは、小さなコルグ700S シンセを使って蝿の羽音を作った。コリンは、フレットレスのアイバニーズのベースで滑走し回っている。とても楽しい。  
デイブ・グレゴリー
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2017年09月26日

ちょっとメモ: 『 Ten Short Stories 』Giorgio Occhipinti & Luc Houtkamp

 iTunesをブラウズしてて、ちょっと面白いかな、と思ったもの: 

Ten Short Stories by Giorgio Occhipinti on Apple Music  

Giorgio Occhipinti はイタリアのピアニスト: 
Giorgio Occhipinti – Wikipedia 

Luc Houtkamp はオランダのサクソホーン奏者: 
Luc Houtkamp – Wikipedia 

posted by ノエルかえる at 21:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Black Sea / Great Aspirations

 今朝見ると、『 Black Sea 』スティーブン・ウィルソン版の予約がバーニング・シェッドに出ていた。リリース予定は、11月10日。思いのほか早い。( 何故、11月11日にしなかったのかは分からない。 ) 
 それよりも驚いたのは、コリン・モールディングとテリー・チェンバースのTC&I のEPが、バーニング・シェッド、それも、Apr House で取り扱われていること。こちらは、10月20日のリリース予定。
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Abbey Road

 1969年9月26日、ビートルズはアルバム『 Abbey Road 』をリリース。48年前。 
Abbey Road | The Beatles 

と言う訳で、XTC「 Church of Women 」。
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2017年09月24日

San Francisco City Romance

 今村良樹さんが、すうとるび解散後に作ったバンド、MEGE の「 San Francisco City Romance 」。 
バック・コーラスに杉山清貴さんや作詞家の渡辺なつみさんが参加してるのだそう。 

https://www.youtube.com/watch?v=w5MywJnpAmk
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2017年09月23日

The Beatles 「 Lovely Rita 」訳

 ポール・ビートルの「 Lovely Rita 」。

 Meta Davis さんと言う婦人警官に、マッカートニーは出会ったそうで。それから、婦人交通警察官をアメリカで「 meter maid 」と言うのを新聞で読んだそうで。 

 構成は少し変わっていて、最初にブリッジが置かれている。ブリッジ/第一ヴァース/ブリッジ/第二ヴァース/ブリッジ。 
 ブリッジの語り手とヴァースの語り手は、分けられている。ブリッジの語り手は客観的な立場。ヴァースの語り手は主観的な立場。時制も変えてある。実際は同一人物かも知れない。 

最後のブリッジの a wink は、最初のブリッジの「 it gets dark 」と関連づけて、「星の瞬き」の様に訳した。
また、最初のブリッジの tow も駐車違反に関連づけた。 

英語は、人称変化が少ないので、困ることが多いけど、 
Got the bill and Rita paid it, /
Took her home, I nearly made it, / 
Sitting on the sofa with a sister or two. のところも、そう。 
Got が一人称なのか三人称なのか分からないし、Sitting の主格が何なのかも分からない。 
それに、所有代名詞が付けられてないので、home とsister が誰に属しているのかも分からない。 
まあ、歌としては、第二ヴァースでは、最初の三行の一行目と3行目に、Took her / Told her と使って、
二つ目の三行の真ん中の二行目に、Took her と使うと言う、音の面白さが主眼なのだろうけど。 

まあ、兎に角、 
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」:
Lovely Rita | The Beatles
Alan W. Pollack's Notes on "Lovely Rita"
Lovely Rita | The Beatles Bible  





( 道化の語り ) 
ほがらかリタ、メタ・メイド。 
私たちの間には、何も起こりそうにないですね、 
暗くなりましたら、「本官」はあなたの「ハート」をレッカー移動しましょう。 

( ある男の語り ) 
僕がリタを一瞥したのは、 
彼女がパーキング・メーターの側に立っている時だった、 
彼女専用の白い官製用紙に違反切符を書込む最中だった。 

制帽を被っていたので、ずっと大人っぽく見えた。 
肩から斜に掛けた鞄は、 
彼女の外見を少々軍人風にしていた。 

( 道化の語り ) 
ほがらかリタ、メタ・メイド。 
慇懃に私が伺いを立てたらどうでしょうね、 
「空いたお時間がありましたら、私とお茶でも如何かです?」って。

( ある男の語り ) 
ハートを射止めようと、僕は、彼女を呼び出した。 
ディナーの間中、朗らかに過ごせた。そして、 
どうしてもまた会いたいと、僕は、彼女に言った。 

勘定を取り上げて、リタが、支払った。 
自動車に乗せて、僕は、彼女を連れ帰った。そうしたら、 
僕の妹と一緒にソファーに座って、下の妹も加わって、…。

( 道化の語り ) 
ああ、ほがらかリタ、メタ・メイド。 
あなたがいないと、私はどこに「駐車」すればいいのか分かりませんよ、 
お空で地上の私たちに点滅して見せて下さいね、そうすれば、 
私はあなたを思い出します。 
posted by ノエルかえる at 11:54| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

TC&I: 'Great Aspirations' EP on PledgeMusic

 Pledge Music 今朝は繋がった。注文は出来る。試聴の動画もあるのかと思ったけど、それはないのか、、 

 Discogs も繋がった。CDBaby は繋がらないまま、
posted by ノエルかえる at 08:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「 Ball and Chain 」2016年LP版のソング・ノート 

Ball and Chain   
 開発者にブルトーザーで棲家から追い出される人たちへ向けてテラス・ハウスから歌いかける僕の讃歌なの。たぶん、M62 モーターウェイの真中当りにあるそういったテラス・ハウスの一つが僕に歌を思い付かせたんだったと思う。スウィンドンに周りは荒れ果ててるのに一軒だけ長い間抵抗して立っているテラス・ハウスがあったのね。どうしてそれを僕が擁護したいと思ったか、理由はもう確かには思い出せないの。スウィンドンが、そもそもそんなにたくさんもなかった、とっても「立派な」建物を取り除いた、と言うだけのことだけど。僕の小歌は何も変えなかったよ。今でもそのまま。ただね、ブルトーザーの運転席に座っている操縦士は、たぶん、次の切妻壁に取り掛かる時には、掘削機とタワー・クレーンを歌ったこの楽しい歌を歌っているだろうね。ラジオで聞いたことがあるんだよ。それで今はどうなっているか、スウィンドンには、テラス・ハウス・タイプの「立派な」建物はほんの僅かしかないんだ。僕は、堆肥撒布機を持って、市議会に行って、壁にざらざらに塗った方が良かったのか知ら。ほら、トローブリッジでの出来事みたいに。聞いたことがない? とっても可笑しい話しなんだけれど、他の機会に取っておこうね。 
コリン・モールディング   

これは、私たちがこの歌の録音を試みた二度目のものだ。アラン・ウインスタンレイの失敗の後、再度試みたのだ。12弦リッケンバッカーをダブル・トラックで録音している、しかし、「 ooomph 」が足りない。アンディは、アイバニーズのアーティスト・モデルをマーシャルを通して、フランジャーを掛けている。ここでまた、以前使っていた小さなコルグ 700S シンセサイザーを使っているのだと思う、「ホーン」のメロディにだ。最後のコーラス部分での三度繰り返すギターのアルペジオは、12弦では弾くのが難しかった。[ 2分45秒あたり、歌詞の「 turned to stone 」の後 ]ヒューとテリー、本当にテリーがそうしたのだが、コーラスでバッキング・ヴォーカルをとっている。理由は忘れてしまったのだが、この曲を録音している間、私たちは大きな口論をした。それから、この曲は、アルバムからの二枚目のシングルとしてリリースされた。
デイブ・グレゴリー   
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2017年09月21日

不通

 コリン・モールディングとテリー・チェンバースのEP、、、 
PledgeMusic に繋げられないので、注文はもちろん、試聴なども出来ていない。 

 目下、PledgeMusic 同様に、Discogs、CD Baby も繋がらない。私のコンピューターに問題があるのか、接続のサーバーに問題があるのか、その他なのか分からない。 
 お天気を見る timeanddate も繋がらなくなって暫く経つ、、、 

 アマゾン等でカタログされるのを待つしかないのか、、、
posted by ノエルかえる at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Dave Gregory 誕生日

 今日は、デイブ・グレゴリーの誕生日。1952年9月21日生まれ。65歳。
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2017年09月20日

「 Lovely Rita 」のこと 2

 「Lovely Rita, meter maid,
 / Nothing can come between us;
 /When it gets dark, I tow your heart away.」の部分は、やはり、ブリッジと考えた方が良いのではないだろうか。 

 それで、このブリッジと、ヴァース部分の発話者は別だと考えた方が良い様に感じる。ヴァースもブリッジも一人称で語られるのだけれど、それは別の人物と言うこと。 

 それで、ブリッジ部分は、オラトリオのレチタティーヴォの様な立場ではないだろうか? ヴァース部分を語っているのが物語りの登場人物で主人公。 
 ブリッジ部分で、レチタティーヴォの役割の人物が、「さあ、お話が始まりますよ、おもしろいですね、さあ、これでお話は終りです、おもしろかったですねえ。」と言う感じで語っている様な気が。淀川長治さんの感じ。それから、歌の本編で、主人公が経験を語る、と言う体裁。  


と、それから、「 Got the bill and Rita paid it, 」はどういう意味だろう? 
ディナーの勘定?? 何故?? 
リタは駐車違反の切符を切っているのだから、それの様な気もするし、k
posted by ノエルかえる at 21:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Great Aspirations

 コリン・モールディングのテリー・チェンバースの EP 、A Pledge Music と言う所からのリリースらしいのだけれど、、、 
 なぜか、「 アクセス先のアドレス https://www.pledgemusic.com/ は現在使用できません。ウェブアドレス (URL) が正しく入力されていることを確認して、ページを更新してみてください。 」に、 

 タイトルは、「 Great Aspirations 」なのだろう。
posted by ノエルかえる at 08:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

今村良樹さんの誕生日 / 「 Love on a Farmboy's Wages 」記念日

 9月19日は、ずうとるびの今村良樹さんの誕生日。 

 1983年9月19日、 XTC は、シングル「 Love on a Farmboy's Wages 」をリリース、今日は記念日。34年前。
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2017年09月18日

「 Lovely Rita 」のこと

 きのうは、『サージャント・ペッパー・ロンリー・ハート・クラブ・バンド』と『夜明けの口笛吹き』を聞いた。と言うか、『サージャント・ペッパー・ロンリー・ハート・クラブ・バンド』の50周年記念版を手にしてから、ほぼ毎日そればかり。なので、実は、Big Big Train の『 Grimspound 』も『 The Second Brightest Star 』も、あまり聞いてない。 

 で、「 Lovely Rita 」を訳して見ようと思って眺めているけれど、マッカートニーの歌詞は、いつものように分かり難い。 
 まず構成だけど、
Lovely Rita, meter maid,

Nothing can come between us;

When it gets dark, I tow your heart away.
と 
Lovely Rita, meter maid,

May I enquire discreetly,

"When are you free to take some tea with me?" 
は、どう考えたら良いのだろう? ヴァースの冒頭? ブリッジ? コーラス? 

Standing by a parking meter,

When I caught a glimpse of Rita,

Filling in a ticket in her little white book.

In a cap she looked much older,

And the bag across her shoulder

Made her look a little like a milit'ry man.
と 
Took her out and tried to win her,

Had a laugh, and over dinner

Told her I would really like to see her again.

Got the bill and Rita paid it,

Took her home, I nearly made it,

Sitting on the sofa with a sister or two.
はヴァースだけれど、つまり、この歌は二つのヴァース。 

そして時制、 
ヴァースの冒頭だかブリッジだかコーラスの部分は現在時制、ヴァース部分は過去時制。 
これをどう考えれば良いのか? 
( 英語の場合、時制の種類が少ないので分かり難い。序でに言えば、名詞の性や格変化がないので分かり難い。 ) 
後は、Took her home のところ、これは日常語でも意味が特定出来なくて、相手の家に送って行ったのか、自分の家に連れ込んだのかが分からない。( たぶん、自分の家なのだろうけど。送って行くの時は、see も使えるし。 ) 
で、その後の、Give us a wink と、us が出て来て、これが何だろう?に。 

「 cut 」した部分がとても多くて、聴く人によって、多様な意味が取れる様に意図しているのか、 
Lovely Rita, meter maid と言う語間でメロディが出来て、後は、メロディとリズムに合う様に適当に言葉を当てただけなのか、 
??? 
little white book と言う言い方も分からないし、
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2017年09月17日

The XTC Bumper Book of Fun for Boys and Girls

 カナダのファンマガジン「 A Limelight 」のアンソロジー、アマゾンにもカタログされている。けれども、今は、「現在在庫切れです。  この商品の再入荷予定は立っておりません。」状態。出版予定は10月2日。入荷されるかどうかは分からない。 
 スティーブン・ウィルソンさんの『 To The Bone 』のBlu-ray版も品切れのまま。 

 シェリークバックのホームページは無くなったまま。なのだけど、Tin Spirits が所属している Esoteric Recordings のホームページも、「契約切れ」の表示。Facebook のページは継続されていて、それに、チェリー・レッドの中のレーベルには掲載がある。 

 スウィンドンでの XTC Convention で、コリン・モールディングとテリー・チェンバースのEPについてのお知らせはあったのかどうか分からない。
posted by ノエルかえる at 12:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

今日はそうんな日だったんだ: Μαρία Κάλλας

 1977年9月16日、マリア・カラスは、隠棲していたパリで死亡。53歳。没後四十年。 

 その同じ日、1977年9月16日、トーキング・ヘッズは、デビュー・アルバム『 Talking Heads: 77 』をリリース。
posted by ノエルかえる at 22:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

「 Runaways 」2016年LP版のソング・ノート 

Runaway 
 これは、崩壊した家庭から家出した子の歌で…、まるっきり「マッカートニー領域」だなと僕は思うけど、三人称で語られる歌なの。一人称の「私」でよりも、三人称の方が僕は上手く行っていたもの。実際には起こっては居ない、想像しただけの物語りを紡ぎ上げて出来た人物像は、僕よりも本当らしいのだもの。自分の腹蔵を全部それにあれやこれやを出して見せると言うのは…、ちょっと英国的ではないもの。この歌が、オリンピック・ランナーのスティーブ・オベット Steve Ovett を扱ったテレビのドキュメンタリーのテーマ曲に使われたことがあるの。まったく間違っているよね、全然繋がらないもの、でも、そんなことはお構いなし、僕の歌の何か呼び起こす様な始まりのところは、ランナーの番組にぴったりの様に思えるものね、ランナーが競技用シューズを履いているか、ピカデリーの明るいネオンに照らされているか、なんて関係無いんだ。それに、たぶん、『長距離ソング・ライターの孤独』にもね。僕があの物語りの中に入り込むことができたらなあ、そのままだと思うの。これまでも言ったけれど、あの歌がどうして出来たかなんて、僕には分からないんだ。  
[ 1982年の ITV の番組。データベースとしては見つけられないのだけれど、YouTube にも投稿されていて、視聴は出来る。プロデューサーは、元陸上選手で ITV 、チャンネル4 でスポーツ番組の解説をしている、エイドリアン・メトカーフ Adrian Metcalfe 。 ] 
https://en.wikipedia.org/wiki/Steve_Ovett オベットはモールディングと同じ1955年生まれ。
コリン・モールディング 

 私のこの曲での仕事は、メインのシンセサイザーの部分だ、プロフィットを使っている、それだけだ。アンディは、6弦と12弦のギターを弾いている。それに、シンセサイザーのトランペットも。テリーは、ほとんどを石造りのレコーディング・ルームで過ごし、レゲエ・スタイルのトムトムの音を作り出した。コリンは、新しく手に入れたフレットレス・ベースを使って、成果を上げている。それから、フランジを付けたバッキング・ヴォーカルも彼だ。如何にも「電子音楽的」なメロディとコーダ部分でのベーゼンドルファーのピアノも彼なのだ。常々、ヴァースがもう一つ、第三ヴァースがあればな、と思っているのだが、そうはならなかった。残念だ。時間がないのだ。 
デイブ・グレゴリー  
[ グレゴリーの最後の文はどういう意味なのだろう? 実際には第三ヴァースもあって録音もしたけれどレコードには残さなかった、と言うことなのか? それとも、モールディングは書いていないのだけれど、物語りに結末を付ける第三ヴァースがある方が好ましいと、グレゴリーは考えていると言うことか? ]
posted by ノエルかえる at 08:20| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Steve Ovett のドキュメンタリー

 モールディングの「 Runaways 」がテーマ曲として使われている、イギリスの陸上選手 Steve Ovett スティーブ・オベットのドキュメンタリーは、YouTube にも投稿されていて視聴出来る。

 例えば:https://www.youtube.com/watch?v=yOxKgcQosSc 

 歌詞の内容などは、テレビ番組に使用する際には、本国でもあまり顧慮されないのかもしれない。
posted by ノエルかえる at 08:16| Comment(0) | English Settlement | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

「 Making Plans for Nigel 」記念日

 1979年9月14日、XTC はシングル「 Making Plans for Nigel 」をリリース、今日は記念日。
Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Making Plans for Nigel" 

 「がんばれナイジェル」は、何時リリースされたのか分からない。 
XTC - がんばれナイジェル = Making Plans For Nigel (Vinyl) at Discogs 
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2017年09月12日

Barry Andrews 誕生日

 きょうは、バリー・アンドリューズの誕生日。1956年9月12日生れ、61歳。 

 その次の日、IBM の研究チームが、ハード・ディスク・ドライブを発明。
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『 Black Sea 』記念日 / Barry Andrews 生誕祭

 1956年9月12日、バリー・アンドリューズが産まれる。 そして、 
 1980年9月12日、XTC は、アルバム『 Black Sea 』をリリースした。  
Chalkhills: XTC: Black Sea 
スリーブ・ジャケットのアートワークは、同郷スウィンドンの画家ケン・ホワイトが描いた、サミュエル・コールリッジの『老水夫行』をイメージしたもの。XTC の文字になっている鳥とマストとガラス灯の鳥は、だから、アホウドリなのだろう。 
The Rime of the Ancient Mariner - Wikipedia

去年書いたの:
『 Black Sea 』記念日: ノエルかえる不恵留 
「この時、XTC は、ニュージーランドをツアー中。この時のツアーは、8月8日からで、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、オーストラリア、ニュージーランド。10月には、イギリスの国内ツアー。それから、アメリカ・ツアー。こうして、『 English Settlement 』に結実する、彼らの「アナバシス」が繰り広げられた。「タラッタ! タラッタ! タラッタ!」 」  

 日本盤発売は、1980年10月21日。緑の袋入り、Obi 付き。 
XTC - Black Sea (Vinyl, LP, Album) at Discogs 


 バリー・アンドリューズは、今年61歳。  



追記:  
トーキング・ヘッズの四枚目のアルバム『 Remain in Light 』がリリースされたのは、一ヶ月程後の10月8日。 
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

きょうはそんな日だったんだ: フォーレ『弦楽四重奏曲 ホ短調 作品121 』

 1924年9月11日、フランスの作曲家ガブリエル・フォーレが最後の作品「弦楽四重奏曲 ホ短調 作品121 」を書き上げた。( 1924年9月12日付けの妻宛のフォーレの手紙に、「昨晩、終楽章を仕上げました。これで四重奏曲は完成です。」とある。 ) 
 その約二ヶ月後の11月4日、79歳で亡くなる。 

String Quartet, Op.121 (Fauré, Gabriel) - IMSLP/ペトルッチ楽譜ライブラリー: パブリックドメインの無料楽譜

posted by ノエルかえる at 22:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パートリッジは踊っている 

 2017年9月10日付けのTwitter上のコメントで、パートリッジが、Twitter上に自分が踊る為の歌を上げていたので備忘する: 

ソニー・ロリンズ 『 East Broadway Run Down 』1966年発表のアルバム。 
East Broadway Run Down - Wikipedia 

トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズ Toots and the Maytals「
54-46 That's My Number 」1968年発表のスカの曲。 
54-46 That's My Number - Wikipedia

ドクター・ジョン 「 Mama Roux 」1968年発表の曲。 
Dr. John, The Night Tripper* - Mama Roux / Jump Sturdy at Discogs

セルジオ・メンデス Sérgio Mendes の演奏する「 Mas que Nada 」 
1963年発表のジョルジ・ベンジョール Jorge Ben Jor の歌。 
Mas que Nada - Wikipedia  

ジルベルト・ジル Gilberto Gil とカエターノ・ヴェローゾ Caetano Veloso の「 Haiti 」。
1993年のアルバム『 Tropicalia 2 』に収録されている。
Caetano Veloso e Gilberto Gil - Tropicália 2 at Discogs

Michèle Arnaud が歌い、セルジュ・ゲンスブール Serge Gainsbourg がバックヴォーカルの
「 Les Papillons Noirs 」。 
1966年発表のEPに収録。 
Michèle Arnaud - Les Papillons Noirs (Vinyl) at Discogs  


posted by ノエルかえる at 21:00| Comment(0) | 注記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

死の棘

 テレビの番組表を見ると、明日、BS12トゥエルビで、映画『死の棘』を放送する。でも、夕方の7時からだから、見られない、、、 
 小栗康平 監督。音楽は細川俊夫。1990年作品。 
小栗康平オフィシャルサイト ─OGURI.info
 XTC 年譜だと、『オレンジズアンドレモンズ』の翌年。 

 この映画が日本で公開された頃、コリン・モールディングとバリー・アンドリューズは、スウィンドン在住のDavid Marks と言う人のバックバンドとして、ライブを行う。 
 録音されてないのか知ら? 
posted by ノエルかえる at 21:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

きょうはそんな日だったんだ: Imagine (John Lennon album)

 ジョン・レノンのアルバム『 Imagine 』が、アメリカでリリースされたのが、1971年9月9日。 
イギリスでは、10月8日。 
Imagine (John Lennon album) - Wikipedia

 日本盤は何時? Disogs だと分からない、9月9日? 
John Lennon - Imagine (Vinyl, LP, Album) at Discogs 


なので、Andy Partridge 「 These Voices 」。
Chalkhills: Reel by Real: Andy Partridge: "These Voices"
posted by ノエルかえる at 13:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トゥ・ザ・ボーン

 『 To the Bone 』、まだ買ってない。ドキュメンタリーに、パートリッジが登場しているのかどうか。たぶん、してないとは思うのだけれど。でも、自分で確かめるのが良いと思って、バーニング・シェッドで購入しようかと思ってみたら、もう、デラックス版とLP版とBlu-ray版は売り切れになっていた。 

 売り上げも好調なので、パートリッジに十分な収入もあるとは思うけど。
posted by ノエルかえる at 09:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月08日

きょうはそんな日だったんだ:Golden Mermaid

 1921年9月8日、Margaret Gorman マーガレット・ゴーマンが「 Golden Mermaid 」になる。
Golden Mermaid は、ミス・アメリカの前身。 
Margaret Gorman - Wikipedia 

 なので、XTC「 Mermaid Smiled 」。
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2017年09月07日

ビッグ・ビッグ・トレイン『セカンド・ブライテスト・スター』

 Big Big Train の『 The Second Brightest Star 』の日本流通版を入手した。これには、本間知夫と言う人がグレッグ・スボウトンさんに宛てて送信した質問書と、スボウトンさんからの解答が、日本語へ翻訳されて付けられている。本間さんの質問は、とても真摯で、スボウトンさんの解答は誠意が溢れるもので、とても良かった。本間さんは、スボウトンさんを通じて、他のメンバーへも、日本へ抱いている印象などをコメントとして寄せて貰える様にと依頼したそうだけれど、どのメンバーもそれに応えているので。 

 その中から、デイブ・グレゴリーさんのコメントを、ここに書き写しておこう: 
「1979年に XTC で、そして最近はティン・スピリッツで日本をツアーしている。BBT と共に日本に戻れることが出来ることを楽しみにしている。」

 デヴィット・ロングトンさんのコメントの一部: 
「日本について考える時、まず一番始めに思い浮かぶのは、東京の武道館で録音された全ての伝説的なライブ・アルバムのこと、そして次は富士山のイメージ。」 

それなら、Big Big Train の日本での公演は、河口湖ステラシアターにしよう。 

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「 Wrapped in Grey 」記念日

 Fujimoto『クロノロジー』に依れば、シングル「 Wrapped in Grey 」がリリースされる予定だったのが、1992年9月7日。結局廃棄。 

 約一週間後の15日には、パートリッジは、家族と共に来日。  

 その頃ヒットしていたのは、The Shamen シェイメンの「 Ebeneezer Goode 」。


Wrapped in Grey 訳: ノエルかえる不恵留  


チョークヒルに写真が掲載されている、パートリッジとモールディングとグレゴリー、それに、デイブ・マタックスさんのサインがあるディスク: 
Chalkhills: The XTC Resource  

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2017年09月06日

Holger Czukay の訃報

 Holger Czukay の訃報 

 Holger Czukay の訃報 

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『 English Settlement 』2016年版 テリー・チェンバースのノート

 Ape house から2016年にリリースされた、180gビニール盤ボックス・セット『 English Settlement 』に付けられた、ブックレットに載せられた、テリー・チェンバースのノート: 


1 私は常に歌に合う最善のドラムを叩く様に努めていたと思う。激しいシンバルであれ、ハイハットを閉じるのであれ、ドスンと来るトムであれ。正直に言って、試合終了後三十年も経つと、どういう経過だったかは思い出せない。ただ、歳を取ればそれだけ以前の自分より良くなった、ということだ。 

2 自然なドラムの音を録る、一つのテイクを録るのに時間を掛ける、と言う時代は去ったのだ、と私は思う。私たちが当時していたのは、最先端のことであった。時代は変わる。今では、コンピューター・プログラムとエレクトリックの時代だ。それは、私の理解を越えたもの、理解したいとも思わないものだ。私が唯一言えることは、私たちの創った音は全く歳を取らない、と言うことだ。『 English Settlement 』がまた現在に発売されても、今日的な意義を有していると、私は思う。この事実に、私は誇りを感じている。 

3. 他のものよりも演奏するのが楽しかった歌、最も力強く演奏に最適だったと、私が感じているものは次ぎの歌の数々だ。これを挙げたのには差して理由もなく、挙げた順序にも意味はない。: 「 Ball and Chain 」。この歌は、興味深い、そして、在り来たりでないドラムのパターンを持った、当時でも今でも重要な歌だと、私は感じている。「 Senses Working Overtime 」。この歌については論を待たず、私たち全員が、初めからヒットすると、そして、バンドのテーマ曲になるだろうと予感していた、と私は思う。「 Jason And The Argonauts 」。「 No Thugs In Our House 」。この二曲については、楽しく演奏出来たのを今でも思い出せる。「 All Of A Sudden 」( ビデオ・クリップでは、イアン・グレゴリーがドラムを演じている。 )。この歌も楽しく演奏出来た、「 Snowman 」も同様だ。「 Heaven Is Paved With Broken Glass 」については、この歌については、私はとても善く出来た歌だと考えていて、私の意見ではあるが、他の歌を差し置いて決勝に進むべきだったと思うのだ。私は、この歌は当時見落とされてしまったと思う。この歌は、適当な発表場所を与えられるべきだったと確信しているのだ。また、私たちが計画した二枚組よりも、一枚のアルバムの方がもっと受け容れられたのではないか、と思う。済んでしまってからなら、良策が言えるものではある。 

4. ウッドストックにあるパブ、ボートマン Boatman に( イエスの ) アラン・ホワイトのレンジローバーで行ったのだが、リチャード・ブロンソンも一緒だった。この男は、「軽食」の為に現金を持って来たことは一度もなかった。わたしは、ブロンソンが自分のポケットに手をやると言う仕草を見た覚えがない。 
[ Boat Inn Thrupp, canal side pub kidlington ]

5. ブランソンは、録音の合間に、家具の移動の仕事を私たちにやらせたのだ。  

 私が今住んでいる「窟屋( インターネットもなければ、外部との接触もないので )」では、オリジナルの二枚組『 English Settlement 』は見つからなかったのだが、その代わりに、アメリカのエピック・レコードが発売した一枚もののアルバムがひょいと出て来た。資金の問題か、マーケット上の理由からで一枚にされたものだ。この輝きを放つ歌の数々の半分 ( あるいは、半分にも充たないだろうが ) の量で、三十年経った今、それも、オーストラリアの好天の下で日に4リットルのビールを毎日飲んだこの脳なのに、私の記憶は瑞々しく再生された。 

 アルバムを探し回っている最中に、私は、アフィントンのホワイト・ホースのあの目の部分の石灰を偶然に見つけてしまった。どうやってオーストラリアにそれを持ち込んだのか、どんな方法で出来たのか、今の私には見当もつかない。オーストラリアの税関を通った経験がある人ならば誰でも、私が言おうとすることは分かるだろう。 

 一つ前のアルバム『 Black Sea 』の次に何をするかは、ある意味、難事業だった。重圧があったのだ。だが、大量の歌があったのだ。そのどれもが録音されて当然だった。その中から、盤に刻む価値があると判断されるものを選び出せば良かったのだ。バンドには、二人のソングライターが居た。為に、選択は難しくなった。とは言え、その選択はバンドとしての私たち、そして( ソングライターの ) 各個人のみにあるのではなかった。マネージャー、レコード会社、…、すべての人間とその飼犬が意見を持っていたのだ。結果として、このアルバムは、これだけの歌が盤に刻まれた。( そして幾つかは刻まれなかった。 ) しかし、このアルバムには、私たちのバンドの最高の瞬間を含んでいる。それは、今に於いても、最高である、あの瞬間なのだ。 

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2017年09月05日

John Ashbery 訃報

 アメリカの詩人ジョン・アッシュベリー John Ashbery の訃報。 

John Ashbery - Wikipedia

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2017年09月03日

「 All You Pretty Girls 」記念日

 1984年9月3日、XTC は、シングル「 All You Pretty Girls 」をリリースする、今日は記念日。33年前。 
Chalkhills: Reel by Real: XTC: "All You Pretty Girls" 

mvdbase.com - XTC - "All you pretty girls" 

All You Pretty Girls 訳: ノエルかえる不恵留  

日本盤「僕のプリティー・ガール 」は、Discogs に依れば、同じ年1984年12月21日発売。 

その頃ヒットしていたものは、スティービー・ワンダーの「心の愛 I Just Called to Say I Love You 」。




去年書いたの: 
「 All You Pretty Girls 」記念日: ノエルかえる不恵留
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2017年09月02日

Brian Eno 「 St. Elmo's Fire 」訳

 セントエルモの火は、サミュエル・コールリッジの『老水夫行』にも登場するので、そうすると、『 Black Sea 』にもちょっと関連するかな、と思って、、、 
 実は、ただ、the cool August moon と言う語を思い出しただけだけど、、、 もう九月、、、 

元にしたのは、イーノのホームページの「 Lyrics 」:
Brian Eno's Another Green World - Lyrics  



私と月見草は疲れてしまっていた。 
ずっと歩いては這い上りまた歩いて来たので、 
ヒースの茂みを、茨の茂みを、 
終着点のない迷路の中を歩いて来たので、 
青い八月の月光の中、 
涼しい八月の月光の中で。 

夜の間中、夜の終りの到着線を越えるまで、 
私たちは気持を昂らせ続けていた。 
高速道路に載って町々を通り抜け、 
四方に雷鳴が轟く嵐を通り抜けて、
八月の二度目の満月の日の、 
涼しい月光の中で。 

私たちは砂漠で落着いた。 
砂漠では、骨が歯の様に白かった、本当に。 
それに、私たちはセントエルモの火を見た。 
大気にイオンを振り撒いていた、 
青い八月の月光の中、 
涼しい八月の月光の中で。    



Brown Eyes は、植物の Chylismia claviformis の意味もあって、それも面白いな、と思って、 
でも、日本では何と言うのか全然分からないから、月見草にしておいた。 
月見草と言うあだ名の人物でも良いし。 
Chylismia claviformis - Wikipedia
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2017年08月31日

Andy Partridge / Wanner Chappell Music

 ワーナー・チャペル・ミュージックに登録されている、アンディ・パートリッジの歌は、 
アンディ・パートリッジ名義で、49曲。アンディ・パートリッジ/ピーター・ブレグヴァド名義で9曲。 
( 49曲の中には、ブレグヴァドとの共作も含まれている。 )
ブレグヴァド/パートリッジのものは、『 Gonwards 』のもの。「 Impeccable Dandy In White 」はない。

アンディ・パートリッジ名義のものは、『ファジー・ウォッブル』シリーズのもの。 
「All I Dream Of Is A Friend」「Autumn Comes Around」「Blue Beret」「Born Out Of Your Mouth」「Bumpercars」「Child Crusade」( 『The Bull with the Golden Guts』収録 )
「Dame Fortune」「Don't Let Us Bug Ya」「EPNS」「Everything」「Everything'll Be All Right」「Gangway, Electric Guitar Is Coming Through」
「Goodbye Humanosaurus」「GOOM」「Goosey Goosey」「Hey, It's Alan Burston!」「Howlin' Burston」「I Don't Want To Be Here」
「I'm Playing My Fano」「It's Snowing Angels」「Lightheaded」「Mechanical Planet」「Miller Time」「MOGO」
「Mopti Fake」( 『Jules Verne's Sketchbook』収録 )「My Train is Coming」「No One Here Available」( 『The Bull with the Golden Guts』収録 )「Obscene Procession」「Ocean's Daughter」「OMGO」
「Peck The Ground Like A Chicken」「Put It On Again」「Ra Ra for Red Rocking Horse」「Ridgeway Path」「Rocket」「Ship Trapped in the Ice」
「Space Wray」「Summer Hot As This」「That Wag」「The Art Song (Something Good With Your Life)」「Tunes」 

これは、どうなるのだろう? 『ファジー・ウォッブル』と『ゴンワーズ』の世界販売? 
その他の新曲は、まだ登録されてないのだろうか?  

Search | Warner/Chappell Music
posted by ノエルかえる at 10:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

『 Mummer 』記念日

 1983年8月30日、 XTC は、アルバム『 Mummer 』をリリースする、今日は記念日。34年前。 
 日本盤は、9月21日に発売。 

Chalkhills: XTC: Mummer  

この日、スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げられた。初めてのアフリカ系の宇宙飛行士が乗り込んでいた。Guion Bluford ガイオン・ブラフォードさん。 
イリナ・ユスポヴァ公女が亡くなった。 

9月29日には、ロンドン市長に初めての女性 Dame Mary Donaldson が就任。

この頃、ヒットしていたアルバムは、ビーチ・ボーイズの『 The Very Best Of The Beach Boys 』。 
ジャケットのアートワークは、パートリッジ好み? ( ここから『スカイラーキング』のアートワークを思い付いた? )
The Beach Boys - The Very Best Of The Beach Boys (Volume 1) at Discogs   


 この年のノーベル文学賞の受賞者は、イギリスの作家で詩人のウィリアム・ゴールディング William Golding 。 
 何となく、XTC 、それも『 Mummer 』と繋がる様な気も、、、
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2017年08月28日

Shriekback Live 2017

 Shriekback は、アメリカでもツアーをする様。日本に来るかどうかは分からない。 
 それで、イギリスでのライブをCD化した様なのだけれど。入手方法が分からない。プライベート版の様に思えるけれど。 

Shriekback - Shriekback Live 2017 (File, Album) at Discogs 

 バリー・アンドリュースとマーティン・ベーカーとクレア・ハーストの『 The Fire Judge 』も入手してないままだけれど、、、 
 Shriekback のホームページは繋がらないままだし、、、
posted by ノエルかえる at 09:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

ちょっとメモ: 山田岳『OSTINATI/オスティナーティ』

 ギタリストの山田岳さんのアルバム。ギター作品集。ジェームズ・テニーもアルヴィン・ルシエもあるけど、山根明季子さんのアコースティック・ギターの為の作品も。 

ALM RECORDS/Gaku Yamada【OSTINATI】  

山田岳 - Wikipedia 

このアルバムにはないけど、藤倉大の「 sparks 」の演奏:
https://www.youtube.com/watch?v=i4n1AFpNFYc
XTC みたい?
posted by ノエルかえる at 13:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

Slapp Happy 「 Slow Moon's Rose 」訳

 Slapp Happy 『 Acnalbasac Noom 』の「 Slow Moon's Rose 」の訳。アンソニー・ムーアの歌、歌詞も。顔ジャケットの手書きデザインの歌詞を元にして。 

手書きデザインの歌詞をそのまま写すと: 
SLOW
MOON'S
ROSE
~ Now
That the slow
moon's rose / on a
silver trellis grows,
Where arctic rivers froze,
now that the ocean is frozen
in motion, snow morning
comes. And the birds on the
wing / have nothing left to
sing / blown in blue glass
like a schooner held
fast / on the ice.
Beside that river
where I picked,
the slow moons
rose -- I wached
the evening
--- Wither
with a
jewel at
the end of my
nose. Tell - tale
snails leave their
trails, running from
hunter's black blunder-
bus under the sun.   



銀の蔓の上に、遂に、遅咲きの 
月薔薇がふくらみだす。 
北極圏の川は凍りだす。 
遂に、海は動いていても凍っている、雪の朝がやって来る。 
広げた翼で飛んでいる鳥は、 
もう、歌う歌がなくなった。
海に落ちた草は、帆船の様に高速を保ったまま、氷の上を吹かれて行く。  

その遅咲きの月薔薇を摘んだ川の辺りで、私は、 
たった一つの宝石の所為で宵が萎えるのを、この鼻先で観察した。 
蝸牛は猟師の喇叭銃から逃れようとするけれど、 
陽の下に明らかに這った跡を残して、秘密を漏らしてしまう。 






意味は私には分からない。シューベルトの『冬の旅』の「春の夢」も思い浮かんだけど、 
Slow Moon's Rose / Frühlingstraum: ノエルかえる不恵留 
訳して見ると、『星の王子様』の感じも。 
それに、「 The Secret 」にも繋がっている様で、アルバム全体が一つの物語りなのか知ら??? 
posted by ノエルかえる at 14:36| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「 Grass 」記念日

 1986年8月26日、XTC は「 Grass 」をリリースする、今日は記念日。31年前。 

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Grass"  

この頃の出来事: 
21日に、アフリカのカメルーンのニオス湖で湖水爆発。約二千人が亡くなる。野生動物の被害も。 
Lake Nyos disaster - Wikipedia 

その頃ヒットしていたのは、Boris Gardiner の「 I Wanna Wake Up with You 」。 
ポール・マッカートニーのアルバム『 Press to Play 』のリリースが、25日。
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2017年08月23日

『 English Settlement 』2016年版 デイブ・グレゴリーのノート

 Ape house から2016年にリリースされた、180gビニール盤ボックス・セット『 English Settlement 』に付けられた、ブックレットに載せられた、デイブ・グレゴリーのノート:  


1.  
 1981年6月2日火曜日、XTC は、カーディフ[ ウエールズの首都 ] のトップ・ランク Top Rank でイギリス本土最後のステージを行った。その時には誰も、それが最後になるとは気付いていなかった、けれど、兆候は至る所にあったのだ。3月30日にサンフランシスコで始まった一つ前のワールド・ツアーが終わったばかりだった。そのツアーで、バンドは、5月まで合衆国に留まっていた、しかも、( 幸いなことには短いものであった ) 南アメリカ大陸での公演も含んでいたのだ。その間、三日間だけ、病気でキャンセルをした、我々は疲労困憊していたのだ。バンドは、5月5日に、帰国の途に付いた、だが、二週間の休暇の後には、次の17日間のイギリス国内ツアーが始まった。 
[ カーディフのトップ・ランクは1982年に閉館。 ]
  
 件の全仕事は、アルバム『ブラック・シー』から最後の一滴を搾り取ることを目的に課せられたものだった。当の『ブラック・シー』は XTC に新しいファンをもたらした素晴らしいレコードである、ただ、富は別であった。そのアルバムの歌は、比較的、ステージでの再演が容易であったし、そのアルバムからのレパートリーは、結果、直に観客受けするものとなった。けれど、我々は、その歌の数々をやり過ぎたのだ、為に、止まることのない踏み車 ( 当時の我々の状況を象徴する言葉である ) に疲憊し始めていた。更には、我々は、少々の飽きの為に、早急に何か、何にしても、新しい新鮮なこれまでと違うことをしたいと感じていたのだ。 

 1981年は、アルバム『ブラック・シー』からの三枚目のシングル「サージャント・ロック・イズ・ゴーイング・トゥー・ヘルプ・ミー」の発売で始まったのだが、このシングルは、『トップ・オブ・ザ・ポップス』とBBCラジオ1の放送予定曲に含まれた御陰で、英国チャートの上位20位に入ることが出来たのだった。その時点では、我々の議論は、XTC の次に企画されているレコーディングのプロデュースを誰に任命するのが妥当であるか、と言うことに主に割かれていた。二月には、エンジニアのクリス・キムゼイ Chiris Kimsey と短い面談を行った。彼のそれまでのの仕事には、ローリング・ストーンの『エモーショナル・レスキュー』( トップチャートに入っていた。 )、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの作品、テリー・レイド[ 『 Rogue Waves 』 ]、ピーター・フランプトン[『 Where I Should Be 』]等があり、彼の履歴は、その十年間に亘って成功を収めていると言う強い印象を与えた。彼は感じもよく、仕事に熱心で、私たちに好意的で、当時の我々が知己を得ている人の中では居ない類の人だったのだけれど、我々は機会を逃してしまったのだ。彼はストーンズの『タトゥー・ユー』のプロデュースの仕事を受けて、行ってしまった。結果、我々は三月にロンドンのタウンハウス・スタジオに戻ったのだ、兎も角は、新しいシングルを録音して、次のアルバムのリリースが準備出来るまでの糊口を得る為だった。 

 コリンとアンディは、それぞれ、新しいシングルの候補として、「ボール・アンド・チェイン」「パンチ・アンド・ジュディー」を既に書き上げていたし、ヴァージンレコード社は、クライブ・ランガー Clive Langer とアラン・ウィンスタンリー Alan Winstanley の助力を確実にしていた。直近のマッドネスとティアドロップ・エクスポローデスの成功を考慮してのことだ。だが、ランガーは、初日に責務を解いて貰っていた、仕事の完成はウィンスタンリーに任せて去って行ったのだ。我々は結果に満足していた、しかしながら、レコード会社は、「否」だった。少なくとも新しいアルバムが進捗するまでは、棚上げに決まったのだ。 

 新発売のシングルを宣伝もしないままに、ツアーのスケジュールは進められ、我々は、自分たちの判断で、三つの新曲をステージでのリストに載せることにした。その三曲とは、上演の為に練習したコリンのもう一つの新曲「イングリッシュ・ラウンドアバウト」とアンディの「スノーマン」、それに、前述した「ボール・アンド・チェイン」である。新しいアルバムは製作中であったのだが、そのアルバムに於いては、新しく手に入れた楽器が我々の音のパレットに新鮮な色をもたらしていたのであるから、その三曲は、どれもが、レコーディングではステージとは違った塗装が施されるであろうと思われていた。まず、スタジオに遣って来たのは、多音のシンセサイザー、シーケンシャル・サーキット・プロフィット5だった。アメリカツーまで後三日の時に、クリーブランドで入手したのだ。遂に、自分たちでプログラム出来る、そして、コードが弾けるキーボードを、我々は持つことができたのだ。 

 何日目かの夜、我々は、シカゴのパーク・ウエストで演奏したのだが、その時、バックステージに、ソングライター/プロデューサー/憧れの人の訪問を受けたのだ。その人の音楽は、その直前の数ヶ月に亘って私のソニー・ウォークマンをほぼ占領していたのだが、その人とは、トッド・ラングレンである。彼は、その夜、街でユートピアと共にショーを行っていたのだが、我々のステージの最後に間に合う様に駆け付けたのだ! 私にはそれが信じ難いことだった、けれども、彼は真正のファンの一人だったのだ。その時、私はこの出来事の将来に於いての意味を少しも理解していなかった。 
[ XTC がシカゴの Park West でステージを行ったのは、1981年4月7日。アメリカ・ツアーは、4月3日から。トッド・ラングレン/ユートピアの「 Camouflage Tour 」はその日、Chicago Auditorium で。4マイル程の距離。車で18分。 ]  

 アメリカツアーの助演をしてくれたバンドたちは、今から見れば、とても興味深い一種の見本市になっている。英国から我々に同行したのは、ヘイゼル・オコナー Hazel O'Connor と彼女のバンドだ。初日のウエスト・コーストthe West Coast では、スタン・[ カモフラージュ ]・リッジウェイ率いるウォール・オブ・ヴードゥー Wall of Voodoo 。ジュールズ・ホーランド Lools Holland と彼のバンド・ミリオネアズが五日間助演してくれたのだが、その五日間にはベネズエラでの二日も含まれている、その時には、無名のウェールズ人のベースの名手ピノ・パラディノがバンドに入っていた。そして、東海岸でのステージでは、四日間、ジョーン・ジェットと彼女のバンドが助演してくれた。ジョージア州のアテネでは、当地で人気のあった、R. E. M と言う名前のバンドが、ステージのオープニングを飾ってくれた。  
Hazel O'Connor - Wikipedia 
Wall of Voodoo - Wikipedia 
Jools Holland - Wikipedia 
Pino Palladino - Wikipedia 
Joan Jett - Wikipedia 
R.E.M. - Wikipedia  

 最後の全英ジグザグ経路ツアーが終わった[ 1981年6月2日 ]。バンドはスウィンドンに戻った。何よりも、休暇が必要だった。そうして、作曲して次のレコードを用意しなければならなかった。二ヶ月の間に、アンディは、15曲以上の曲を書き上げた。更に、コリンの5曲もあった。それはつまり、新しいアルバムは収録曲が不足している為に失敗に終わると言うことは有り得ない、と断言した様なものだった。演奏者として、私は、この大量の曲をある種の賜物と考えたのだ。それ故に、私の持つ知識、技術を最大限に提供して、歌が最高の水準に達する様にしようと、臍を固めたのだ。一方、プロデューサー探しは続行していた。我々のこの時以前の二枚のアルバムで共に働いた、スティーブ・リリーホワイトは、ダブリンの若いバンド、U2 と言うバンドだ、の仕事に入っていた。彼らの二枚目のアルバムだった[ 『 October 』 ]。我々は、有能なエンジニアが望ましいと決定したのだが、それは、スタジオに入る前にほとんどの曲は完全にアレンジされた上に修得済みなので、エンジニアの方が費用が安く上がるだろう、と言うことだった。 

 八月中旬に、地元のスタジオに我々は再度結集した。音楽全体を入念に練習し、新しい楽器を自分たちの手に十分に慣れさせた。私は、その時までに、新しいギター用アンプリファイアを購入していた。小さいけれど活き活きとしてよく響く1963年式の10インチのスピーカー二つが付いたフェンダー・スーパー・コンボ。[ Fender Super Reverb - Wikipedia ] 50ワットのマーシャル社のベース用アンプリファイアー、それはそれは耳が潰れる程大きい音だったのだが。[ Marshall JTM45 - Wikipedia ] 私は、常時、それを12インチスピーカー四つのH+H キャビネットを通して使っていた。最も重要なことであるが、私は、ついに、12弦のリッケンバッカーを見つけることが出来たのだ。過日、自身にこれを買うと約束していたものだ。子供の時、1964年だったが、ジョージ・ハリスンがビートルズの歌「 You Cant Do That 」で弾いているのを聴いて以来、その音色が私の耳から消えることはなかったのだ。他のギターだが、まず、先立つツアーで使用したギブソン・レスポール・カスタムがある。そして、1960年製ギブソン・ES-335、ギブソン・SGジュニア、ギブソン・ファイヤーバードだ。それらが、『ドラムズ』や『ブラック・シー』で使った馴染みのストラスキャスターとES335に加わったのだ。我々は、一挺の大きなサイズのアコースティック・ギターを所有していた。安価なネックがボルトで着けられているイタリアのエコー社のランジェルだ。それは、アルバムでは主にリズム・パートに使った。アンディは、BBCの土曜朝の子供番組『 Swapshop 』[ Multi-Coloured Swap Shop - Wikipedia ]で持っていたドイツのアントリア社[ Antoria - Wikipedia ]のアコースティック・ギターを早々に賞品として出品してしまっていた。( 選りに選ってそんな時に! ) そして、新しいヤマハのアコースティックを手にしたばかりだった。そのギターは、新しい曲の数々のかなりのものに直感をもたらしたのだ。メロディックでパストラルと言う面だ。そして、それ以前の彼の特徴だった刺々しい要素は影を潜めていたのだ。彼は、依然として、自身の1976年製アイバニーズ社のアーティストを弾いていた、それに加えて、私のギターをどれでもだ、勿論、私が使用していない時にだが。そのギターをマーシャル社の二段積み( half-stack )100ワットの2203MVアンプで鳴らしていた。コリンは、おそらく前年のツアーでスティングの演奏を見て聴いて感化されたのだろう、アイバニーズ社のフレットレス・ベースを新しく卸していた。要素として変化がなかったのは、ドラムズだ。テリー・チェンバースは、彼の実証済みで信頼している方法で行進を続けた。それ故、XTC の嘗ての音に繋がりを保持していたのだ。  

2.   
 12弦リッケンバッカーの発見は、私にとっては啓示であった。1976年製ステレオ配線、黒の360/12だ。[ Rickenbacker 360/12 - Wikipedia デイブ・グレゴリーのホームページの写真 ] 弾くのには厄介な代物。用意がたくさんあり、弦を張るのもその数が多い。だが、直ぐに私はこの楽器への愛着を感じたのだ。それがどんな種類の音楽であれ、音楽を作り出す為に要する努力と言うものは、徹頭徹尾、音楽への愛が動機になっての行為なのだ。それはバンドにとっても大当たりだった、気が付くと、私は、新曲の大半でこのリッケンバッカーを使っていたのだ。シンセサイザー・プロフィットの使用は、最小限に留めた。我々は、この楽器が熱くなると音が外れてしまう、と言うことに直ぐに気が付いたからだ。設計者がそれを認識していたことは明らかだ、「 re-tune 」と言うボタンがあって、音程を修正出来る様に設定されていたのだから。コリンのフレットレス・ベースと彼が使い慣れたエプソン・ニューポートは、双方共に、アップライトのドッグハウス・ベース[ ダブルベース ] よりも音を出し易く、アコースティックな音像と言う印象をより強めている。 

 ヴァージン社は、新しいアルバムのレコーディングに、以前のレコーディングの時よりも少々多くの時間を与えてくれていた。不鮮明な記憶だが、( 会社が所有していた ) マナー・スタジオを6週間占有出来たのだったと思う、その間に、我々はそこで作業が出来たわけだ。その時間を最大限に活用して、出来得るであろう二十曲と言う多数の曲を録音しようと、我々は決意していたのだ。それが、二枚組になるとしても、我々の決意は変わらなかったのだ。嬉しいことに、ヒュー・ハジャムがプロデューサー問題を解決してくれた、彼が、共同プロデューサ兼エンジニアとして、我々の元に戻ることを肯がったのだ。我々にとっては思いも掛けないことだった、と言うのも、その直前の彼の仕事、ジェネシスの『アバカブ』とポリスの『ゴースト・イン・ザ・マシーン』はチャートで秀でた業績を築きつつあり、彼は引く手数多だったのだ。マナー・スタジオでは、パジャムは、ハワード・グレイ Howard Gray と言う若い有望なエンジニアに補佐させた。グレイ自身は、数年後には、アポロ440と言うバンドの仕事で成功を手にした。 

 アンディ、コリンそれにテリーは、以前、XTC のファースト・シングルとファースト・アルバムの製作でジョン・レッキーと共に、マナー・スタジオで働いたことがあった、1977年のことだ。私は、1980年の夏にこの場所を訪問したことがあった。BBCのテレビ・ドキュメンタリーの撮影隊が、新しいシングル「タワー・オブ・ザ・ロンドン」をレコーディングする様子を記録する( と謳って ) と言うことだった。( 『 XTC At The Manor 』と言う番組。) 偶然なのだが、リチャード・ブロンソンは、彼の恒例のガーデン・パーティーをその週末を選んで館で行うことにしていた。自然と、撮影隊は催し物の多くをフィルムに収めることになったのだが、当然の成り行きとして、それは保存されて、都合良く彼の会社の宣伝になると言う結果になった。我々がその機会を逃した、と言うこともない。我々は、ブロンソンを引っぱり出して演技させ、くだらない短いシーンを撮影した、それが後日、「ジェネラル・アンド・メジャーズ」のプロモーション・ビデオに使用したものだ。 

 シップトン荘園 Shipton Manor は、起源を17世紀に遡る、総面積27エーカーの田舎の荘園領だった。リチャード・ブロンソンは、総額35,000ポンドと言う大金でそれを購入していたのだが、更に400,000ポンドを払って、館の修繕とレコーディング・スタジオへの改修を行った。館は、六つの主寝室、二つの浴室、撞球部屋、テレビジョンのあるラウンジ、食堂から成っていた。それに二階には四部屋の召使い部屋がある台所が付いていた。応接室は、大きくて広々とした暖炉が終日薪を燃やしているのが、何よりの特色だった。湿気があり隙間風が通り気味が悪いと言うのが大抵の古い家の性質なのだが、シップトンの館はそうではなく、暖かく心地が良かった。ある種の理想の家であり、そこに腰を降ろすと去り難くなるのだった。それぞれの持ち場には、愛想の好い魅力的な女給が配置されていて、食事は、間違いなく、オックスフォードシャーで一番だった。また、ワインセラーもそのコレクションの豊富さを誇っていた。午後四時を回る頃には、女給の一人がお盆に載せた紅茶と焼きたてのケーキ、それも毎日違うケーキを運んで来た。パーセリー女史のご好意だった。彼女は、1930年代に学校を卒業してからずっとこの館で働いて来た管理人なのだ。  

 バンドのレコーディングに掛かる費用には、衣食住も含めると、ブロンソンが考えていたことは明らかだ。ヒッピーの燻らせていた夢想を、彼は、現実の仕事の上で実行に移したのだ。 

 館からは草に覆われた長い堤を見下ろせたのだが、それはゆっくりと傾斜して人造湖へと下っていた。その湖には、鴨の家族と気性の荒い渡りの雁の番いが一組住んでいた。地所の南の方には、ゴーカートのコースがもう既に造られていた。カートは、スタジオのメンテナンス・エンジニアのトム・ニューマンが整備していた。母屋の右には、大きな古い栗の樹が立っていたのだが、その下には、暖炉に焼べる綺麗な薪が積み上げられていた。シングル「センシズ・ワーキング・オーバータイム」の裏ジャケットを飾る写真の中で、XTC の面々はこの栗の樹の下でポーズをとったのだ。[ Chalkhills: Reel by Real: XTC: "Senses Working Overtime"] アンディが抱きかかえている猫は、館に住んでいた動物たちの一匹だ。かわいい黒い猫で、スタンレイと名付けられていたが、いつも、スタジオのコントロール・ルームのパッチ・パネルの側でぐっすりと眠っているのが見受けられた。栗の樹の側には、一棟の鳩舎があって、白鳩と盛りの来たねずみ色鳩の棲家になっていた。ただ、動物たちの中で、最も我々に好かれていたのは、二頭の大きなアイリッシュ・ウルフハウンドだった。ブートレグとライティングだ。ふたりは、玄関ホールと台所の間の渡り廊下に居住権を得て、うずくまっていた。薄明るい時には、ふたりを踏み付けない様にするのには、大変な注意が要った。ふたりは決まって定期的に、足で引っ掻いて、埃や古くなった毛それに蚤のピョンを辺りの地面に落としていたのだが、ケーキが運ばれて来ると、呼ばれてコントロール・ルームに入って来た。ふたりは、従順で温厚な性質だった。満月の夜にでも、吠え頻ることもなかった。 

3.   
 スタジオは、母屋に繋げられて設けられていた。以前はスカッシュテニスのコートであった地所に新しく建てられたものだった。コントロール・ルームには、二台の24トラックのテープレコーダー、ステューダー A800 [ Studer - Wikipedia ] が備えられていた。それに、1970年代中頃にイーストレーク・オーディ社 [ Eastlake Audio ] によって導入された32チャンネルの [ analogmix.com ] ヘリオス Helios 制御盤があった。スタジオの端には、最近になって建て増しされた、本物の石を使った部屋があった。今では聴き間違い様もない1980年代のドラム・サウンドにとって必須の「間近の反響」を捕える為だった。メインスタジオには、ハモンド・オルガンの C3 [ Hammond organ - Wikipedia ] と、素晴らしいベーゼンドルファー社のグランド・ピアノが備えられていた。左端には木製の階段があり、そこから狭い作業歩廊に上がれた。歩廊は右端の「本物の石部屋」にまで伸びていたのだが、それは、マイクを天上近くに設置することを考慮してのことだった。

 我々は十月五日月曜日にスタジオ入りして、その日の内に、最初にレコーディングしようとリハーサルをして来た、アンディの「ダウン・イン・ザ・コクピット」のベーシック・トラックを作り終え、ヘッドホンのバランスを確かめた。火曜日は、この曲の作業を続行し、また、コリンの「フライ・オン・ザ・ウォール」にも取り掛かり、これらを仕上げた。それからの一週間と三四日は、このペースで作業を続けた。テリー・チェンバースは、平均して一日で二曲を仕上げていた。スウィンドンでの六週間のリハーサルの効果は明白だった。しかしながら、ヒュー・パジャムは、エコー社のアコースティック・ギターの音色には不満を持っていた。以前の二枚のアルバムに於いて、後ろで鳴らされ音を補強する役割を当てられていたのは大目に見ていたのだが。アンディの作品「ヨット・ダンス」と「ナックルダウン」を検討している時に、彼の堪忍袋はとうとう破れてしまったのだ。「我々が使用出来うるもっと良いもの」に取り替えるべきだと、彼は主張した。私は、急き立って、現金で400ポンドを持ちロンドンへと向かった。そして、美品の1973年製のマーティン社のD35を手にして戻った。それは、ブリッジにバーカスベリー[ Barcus Berry ]のトランデューサー[ ピック・アップ ] が付けられていて、レコーディングの後にあるであろうステージのライブでも使えるだろうと、私は考えていたのだ。ヒューは、マイクロフォンを設定すると、アンディにギターを持たせてスタジオに入れた。即座に、音の改善が明らかになった。それからの一日中を、アンディは、アコースティック・ギターの録り直しに費やした。 

 アコースティック・サウンドへの試行はある種の強迫観念気味になっていた。私の使い古したギブソンES-335 は、セミ・アコースティック仕様だったのだが、アンディは、そのアコースティックの音をスタジオのマイクで拾って、ピックアップの回路を電気信号になって通って来る音と混ぜると言うことを考えついて、それをいたく気に入っていた。この遣り方を、アンディは、「ジェイソン・アンド・ザ・アルゴナウト」と「イッツ・ニアリイ・アフリカ」で、自分のパートを録音した。パジャムは、弱いアコースティックの音をノイマン社のKM84 コンデンサー・マイクで拾っていた。ピックアップの回路の音は直接にレコーディング・コンソール・デスクに入力された。アルバムの巻頭の曲「ランナウェイズ」では、アンディの弾く12弦リッケンバッカーが目を引くものになっている。それもやはり、外のマイクで拾ったアコースティックの音と、アンプを通した音を混ぜているのだ。 

 我々は、アルバムのほとんどの曲にリッケンバッカーを使い、そのステレオの特性を最大限に利用した。「フライ・オン・ザ・ウォール」では、ブリッジに付けられたピックアップの澄んだ音をフェンダー・スーパー・アンプのヴィブラート・チェンネルに送信し、一方、ネックに付けられたピックアップの音は、私のファズ・ペダル、ビッグ・マフ[ Big Muff - Wikipedia ]を通してから、直接にコンソール・デスクに繋いだのだ。「ジェイソン・アンド・ザ・アルゴナウト」と「メルト・ザ・ガン」では、ネックのピックアップの音は、スーパー・アンプに送り、ブリッジの音は、イーブンタイド・ハーモナイザー [ Eventide, Inc - Wikipedia ] を通してコンソール・デスクに送った。同じ設定は、「センシズ・ウォーキング・オーバータイム」と「オール・オブ・ア・サドン( イッツ・トゥー・レイト )」でも使った。それに、シングルB面の「ティッシュ・タイガー」でもそうなのだが、この場合は、ブリッジとネックを反対に繋いでいる。「イングリッシュ・ラウンドアバウト」と「ボール・アンド・チェイン」と「スノーマン」では、フェンダーのアンプを使って、モノーラルで録音している。 

 私は、ベーゼンドルファー社のグランド・ピアノに強く惹かれた。スタジオが空いている時には、いつも座ってポロンポロンと鳴らしていた。スティービー・ワンダーやスティーリー・ダンの曲の和音をボイシング[ ボイシング - Wikipedia ]して色々試してみたりしたのだ。その間、私は、自分がバート・バカラックにでもなった様な気分でいた。そのピアノが出す音の世界は、私の家のアップライトのホンキー・トンクの音の世界とは、まるで違う宇宙の様だった。私は、このピアノをアルバムのどこかに使うところがあれば良いのにと思っていた。あまりに良い音で、私たちには使い様もなかったのだ。私は、自宅で、コリンの「ブレーム・ザ・ウエザー」に付けるピアノアレンジを仕上げていた。かなり良く出来ていて、シングルの候補になっていた。私は、それがシングルになるだろうと思っていたのが、残念なことに、結局は、第一弾シングルのB面になってしまった。これからは、もっとピアノに傾注しようと、その時に決心したのだ。  

 このノートを書くに当たって、おおよそ二十年ぶりにヴィニール盤に刻まれたオリジナルのこのアルバムを聴いてみたところ、私は、二つのことに驚かされた。一つは、アナログのマスターが供している豪華な程の暖かさだ。「マスター」が、その暖かな応接室に聴く人たちをそこに招き入れてくれるのだが、人々は心底歓待されていると感じるのだ。それは、1984年に「リマスター」され発売されたコンパクト・ディスクが聴衆に押しつけたデジタルの複製版とは、正反対だ。あれは、冷たく、耳障りで、平板で心浮き立つところがまるでないのだ。コンピューターの「パッケージング / 圧縮」については、私は話題にしたくはない。 

もう一つは、ドラムの音を録るのに、何れ程の注意が払われ精進が積まれたか、と言うことだ。実際、ミックスされた段階で、ギターの音に呼応すると言うことに関しては、ドラムの音は完璧なのだ。現在、スタジオの中で自分の楽器を最上の状態で録音すると言うことについて、この三十年の間に、私は幾分かは学んで来た、と自負はしている。けれども、当時に於いては、音像技術の点では、私はまだまだ未熟だったのだ。すなわち、このアルバムで聴くことの出来る、幾挺ものギターの音は、テクスチャーとして他の音と絶妙に混ぜ合わされているのだ。けれども、再度弾ける機会を与えてもらえるのなら、私は、自分の出す音ばかりでなく奏法についてももっと注意深くしたいと思っている。その上に、このアルバムでの私の演奏はヴォリュームが上げられ過ぎていると強く感じるのだ。 

 「 Fi 」を可能な限り「 Hi 」に保ちたいと希求していたので、ヒューは、ミックスダウンを二分の一インチのマスター・テープ[ 1/2″ Master Tape | Product Categories | ATR Magnetics ]に毎秒30インチの速度で行うことにしたのだ。そう決めたのは、ヴァージン社が我々にアルバムを二枚組で発表することを許したと聞いていたからだ。ミックスダウンは、1981年11月15日に最終的に完成した。それから、11月19日にマナー・スタジオを去るまで、我々は、ヒューと一緒に、編集をし、様々な曲順を試してみることに三日間を費やした。非常に生産的な六週間であった。そうして思うのだが、その六週間は我々が共に過ごした時間の中で最も幸福な時ではなかったろうか。1982年1月29日、「センシズ・ワーキング・オーバータイム」が全英ヒット40に入り、BBCラジオ1の放送リストに挙げられ、我々は、再度『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演した。それは、2月にアルバムが発売されるのに、ちょうど合っていたのだ。踏み車が、また、地面に下ろされ回り出したのだった。














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2017年08月22日

Slow Moon's Rose / Frühlingstraum

 さて、スラップ・ハッピーの『アクナルバサック・ヌーム』も、後は、「スロー・ムーンズ・ローズ」を遺すだけになった。 
 でも、この Slow Moon's Rose 。どんなイメージだろう。パッと頭に浮かぶのは、シューベルトの『冬の旅』の第11曲「春の夢」だけれど。 
 冬の冷え切った外気に晒された窓ガラスに、室内の水気が凍りついて結晶を結び、葉脈の様な模様を作るのだけれど。そこに満月の影が差して来ると、まるで丸い薔薇の花のように見える、と言うイメージ。 
 でも、slow と言う形容詞は、どう考えるか??? The Moon rises slowly. という文も含意している? 

シューベルトの「春の夢」( ミュラーの詩 )は、第三スタンザでそのイメージが登場: 
Doch an den Fensterscheiben
Wer malte die Blätter da?
Ihr lacht wohl über den Träumer,
Der Blumen im Winter sah?  

けれど、あの窓ガラスに 
誰が葉を書いたのか? 
お前たちは、たぶん、夢見る者を笑うだろう、 
冬に花の夢を見る者を。   

 「スロームーンズローズ」、慎重に考えよう。
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2017年08月21日

スティーブン・ウィルソンさんインタビュー

 YouTubeに公開されているインタビューが訳されていたので: 
(インタビュー訳)Steven Wilson - To The Bone Live Q&A Session ( ロック・ポップス ) - Prog Not Blog - Yahoo!ブログ 

Blu-ray に収録されている 85 minute documentary shot には、アンディ・パートリッジも登場するのだろうか??? YouTube のインタビューで見られるあの髪形の人は、アンディ・パートリッジではない様な気がするけれど、、、 
やっぱり、Blu-ray を購入すべきなのだろうか??  


posted by ノエルかえる at 18:42| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「 The Loving 」記念日

 1989年8月21日、XTC は、シングル「 The Loving 」をリリース、今日は記念日。28年前。 
( 日付は、Fujimoto『 クロノロジー 』に依る )  

Chalkhills: Reel by Real: XTC: "The Loving"  


この日、プラハの春鎮圧21周年のデモがプラハで行われる。
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2017年08月20日

ちょっとメモ : THE BEATLES LYRICS

 『 THE BEATLES LYRICS 名作誕生』( 書籍 )  
デイヴィス ハンター 
奥田 祐士 訳 
TAC出版  2017年7月刊  
THE BEATLES LYRICS 名作誕生 - Webcat Plus  

原書『 The Beatles lyrics : the stories behind the music, including the handwritten drafts of more than 100 classic Beatles songs 』 
Hunter Davies
New York Little, Brown and Company, 2015. c2014  
The Beatles lyrics : the stories behind the music, including the handwritten drafts of more than 100 classic Beatles songs (書籍, 2015) [WorldCat.org]  


posted by ノエルかえる at 13:31| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Slapp Happy 「 Charlie 'n Charlie 」訳

 Slapp Happy 『 Acnalbasac Noom 』の「 Charlie 'n Charlie 」の訳。ブレグヴァドの作詞、たぶん。作曲はムーア、たぶん。顔ジャケットの手書きデザインの歌詞を元にして。 

手書きデザインの歌詞をそのまま写すと: 
CHARLie
'N CHARLiE

are twins. You can
never tell where Charlie
ends & Charlie begins -------------
The search is on, Charlie looks
for Charlie in vain, no game,
'cos Charlie 'n Charlie are the
same.
Collecting driftwood down by the shore,
Charlie thought he'd open a store...
Across the sands / his first customer
approaching on his hands, ( tin cans ) ---
Charlie faced Charlie like a man.
I saw Charlie jump & holler / when Charlie
dropped a dollar down his collar ---------
" You spoiled my neck! It'll never be the
same again --- ( no blame ) -- 'cos your neck
& my neck are the same."




チャーリーとチャーリーはソーセージ。 
きみは分かんない、どこまでがチャーリーで 
どこからがチャーリーか。 
調査は継続、チャーリーはチャーリーを調べるの、
でもなんにも、途中でやめた。 
だって、チャーリーとチャーリーは同じだもの。 

海岸に降りて集めるのはリューボク。 
チャーリーは思ったの、お店を開けば 
好いじゃない、って。 
砂山越えて。チャーリーの最初のお客が 
接近中、手には、( ブリキ カン )。 
チャーリーはチャーリーを直視したの、男らしくね。 

ぼくは見たよ、チャーリーが飛び上がって叫んだの。 
チャーリーが1ドルコインをチャーリーの 
襟口に落したからね。 
「僕の首を駄目にした! 
もう元に戻らない、( そうだろう ) 
だって、君の首と僕の首は同じなんだから。」って。 
posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(0) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

XTC の日

 1979年8月19日、XTC が来日。20日から23日の間、東京、京都、大阪で公演。 

その頃のヒット曲、さだまさし「関白宣言」、ゴダイゴ「銀河鉄道999」、小林幸子「おもいで酒」、水谷豊「カリフォルニア・コレクション」等。  


 トーキング・ヘッズは、その一ヶ月程前、7月18日から22日まで、来日公演。大阪、東京、京都、福岡で。東京では二日公演。 
Talking Heads Concert History: 1979 
 当時から、トーキング・ヘッズの方が人気が高かったのか知ら? 

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2017年08月18日

トゥ・ザ・ボーン

 今日8月18日は、スティーブン・ウィルソンさんの新しいアルバム『トゥ・ザ・ボーン』の発売日。iTunesやタワーレコードでも試聴が出来る様になった。 
 さて、パートリッジの曲だけ、ダウンロードで購入するか? それとも、アルバムを購入するか? 



Steven Wilson - To The Bone (Track-by-Track) - YouTube
posted by ノエルかえる at 08:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Beatles 「 Yesterday 」訳

 ポール・ビートルの「 Yesterday 」。
元にしたのは、ビートルズのホームページの「 Songs 」
Yesterday | The Beatles 





乍ちの一日。私を捉えようとする紛糾は地平にも現れてなかった。 
目前の一日。紛糾は黙したまま私を捉えて離しもしない様だ。 
ああ。私は、乍ちのあの一日が、まだ、どこかに在ると思っている。 

忽然と、私は半身を失ってしまった、それまであるのが当然だった半身。 
私に覆い被さる陰が差しているのだ。 
ああ。日が変わる変わり目に、忽然と落ちて来たのだ。 

妹が行かなければならない理由、私には分からない、 
妹は言おうともしなかった。 
私は言ってはならない重大事を漏らしたのだ。 
ああ。私はあの一日を思い頻るばかりだ。 

乍ちの一日。恋は獲易い獲物だった。 
目前の一日。私には隠れ家が必要だ。  


posted by ノエルかえる at 00:00| Comment(4) | 薬師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする